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【スレイト・アーカイブ】2022〜2024

総合目次 初めて購読した方へ ひとつ前の年度へ

スレイト(ニンジャの石板)は月に何度も映し出される、ニンジャスレイヤー世界のありふれた日常風景、あるいは謎めいた幻視です(原理は不明です)。さまざまな登場人物の営みは刻々と移り変わります。何が映し出されているか、気が向いたときに見てみましょう。

なお一部のスレイトは長編へと発展し、完結すると加筆修正の上で個別の記事としてまとめられることがあります。ここに収録されたスレイトは基本的に加筆修正を行なっていない、連載当時のものとなります。

親愛なる読者の皆さんへ:スレイトの内容は基本的に現在進行形であり、別次元展開でない限り、時を遡ることは滅多にありません。またスレイトの中には、続きもののストーリー展開になっているものも稀にあります。このため、初めてスレイトをまとめ読みする時は、一番上にある古いスレイトから順に読み始めることをおすすめします。

また上記の理由から、スレイトの風景はTwitterでの本編連載と、時系列がある程度同期しています。例えば本編連載でタイクーン侵攻による被害が世界各地に及んだ時は、スレイトの状況もそのようになっているのです。こうした時系列リンクも含めてじっくり楽しみたい時は、PLUSのトップから月ごとのアーカイブを辿り、その月の本編ログとスレイトまとめを一緒に読むと、また違った楽しみを味わえると思います。







◆2022年 カリュドーンのシーズン

【新年の銀の浜辺】

「イヨオー!」縁側に立つゾーイがおどけた調子で両手を突き出すと、虚空よりダルマヤッコが落下した。「なんだこりゃ」シルバーキーはダルマヤッコを拾い上げた。PVC製のマスコットで、握ると弾力がある。タタミに投げつけると、不規則にバウンドしてから飛び戻り、シルバーキーの頭にぶつかった。「痛てェ! 次は何だ?」

「次はこれ!」ゾーイが生み出したのはハゴイタと赤い玉だった。「これでオショガツ・テニスでしょ?」「ウーン……。ハネツキッてわけだな」二人はハネツキにしばらく興じた。ゾーイが勝った。「わざと負けたんじゃないの?」ゾーイは不満げだった。「失敗したら顔に落書きしていいんだよね?」「それは、やらんでいい」

「じゃあ次。これに着替えてください」ゾーイはシルバーキーの手に衣類を押し付けた。「オショガツ・キモノだよ」「ウーン。モンツキ・ハカマか。本格的だ……」シルバーキーは茶室に入ってそそくさと着替えた。その間にゾーイは次のアイテムを虚空より出現させた。「カドマツです」

「カドマツ? これ、どうすンだ」「わかんないけど、入り口に立てといたらいいんじゃないの?」「まあそうだな」シルバーキーは苦心して大きなカドマツを運び、雪が積もった石段の脇に設置した。「ハアーッ……ハアーッ……次は何だ」「次は、ショドーするよ」ゾーイがショウジ戸を開けると、既にタタミの上には二人分のワ・シとスズリ、墨、筆が並べられていた。

「ショドーをして、今年一年の幸運を祈願するんだよね」「そういうワケでもねえと思うが……まあそうかも知れねえな」シルバーキーはゾーイと並んでショドーをしたためた。シルバーキーは「新年のお守り」、ゾーイは「風林火山」である。「次は何だ?」「じゃあ、オモチにしよう!」「よし。腹も減った。いいぞ。オモチを出してくれ」

 ゾーイは再び縁側に出て、庭に臼と木槌を出現させた。「よし、できた!」「オイ、そこからやるのか?」「なに?」「俺がモチを……ハンマーで?」「基本に忠実にやりたい」「……仕方ねえ」シルバーキーはキモノにタスキを巻いて庭に降りた。ゾーイもついてきた。「オモチに水をつけるのは私がやるよ」「よし……じゃあキアイ入れていくぞ。オモチだ」

 ゾーイが臼の中にオモチを落下させた。ゾーイが手に水をつけてモチを撫で、シルバーキーは重い木槌を振り下ろした。「イヤーッ!」「ハイッ!」ゾーイが手に水をつけてモチを撫で、シルバーキーは重い木槌を振り下ろした。「イヤーッ!」「ハイッ!」ゾーイが手に水をつけてモチを撫で、シルバーキーは重い木槌を振り下ろした。

(明日は身体、バキバキで動かないかもしれねえな……)木槌を振り上げながらシルバーキーは苦笑した。「ハイッ!」ゾーイが手に水をつけてモチを撫でた。そしてシルバーキーをじっと見て、待った。シルバーキーは下腹に力を込めなおし、重い木槌を振り下ろした。「イヤーッ!」




【新年のドラゴン・シュライン】

「これはもしや……」正月。岡山県へと立ち寄ったフジキドは、胸騒ぎを覚えて歩調を早めた。そして胸騒ぎが確信に変わり始める頃、山道をゆく修験者の列に声をかけた。「……シツレイですが、初詣参拝客の方とお見受けします。どちらのシュラインへ? ミヤモト・マサシ関連ですか?」

「いえ」険しい山道をサイバネ四脚で進むテクノ修験者が返した。「私たちはドラゴン・シュラインに初詣に向かいます」

「ドラゴン・シュラインに? 重ね重ねシツレイですが、一体どこでドラゴン・シュラインのことを……?」

「どこで……? それはもちろんIRC-SNSですよ。岡山県の手付かずの大自然のただ中に、絶景のドラゴン・シュラインがあるのです。そこではきっと真のゼンやマイナスイオンを得られるでしょう。だから私は入念に登山装備を整えて来ました」

「そうでしたか。教えていただき感謝します。では、道中お気をつけて……」フジキドは礼儀正しく一礼すると、なおも歩調を早めた。

 ニンジャの足で小一時間ほど歩くと、険しい石段の先に門松やシメナワを飾られたドラゴン・ドージョーが見えてきた。そしてやはり、参拝客らの列はドージョーの横の竹林を抜け、その先のドラゴン・シュラインへと向かっているのだった。

「最前列はこちらです!」「ここからは列を乱さずに奥ゆかしく参拝してください」「オサナイデネ!」参拝客の整理を行うのは、白いジュー・ウェアに身を包んだシレイやタイセン、およびその他のドラゴン・ドージョー門下生たちであった。『ドラゴン・ドージョー その歴史』と書かれた質素なパンフレットを配っている者もいる。

 ……いつの間にこのような事態に。フジキドは愕然とし、バックパックを取り落としかけた。

「いいところに来くれました、フジキド……!」

 フォーマル正装したユカノがフジキドを見つけ、歩み寄った。純白のジュー・ウェアに赤い袴を履き、烏帽子を被っている。艶やかな黒い長髪が、白と赤の装束を達筆のショドーめいて一直線に貫き、映えをもたらしていた。

「一体何があった? もしや、どこかのよからぬツーリスト系メガコーポと契約し、プロモーションを……?」フジキドは声を潜めて問うた。

「いいえ、違います。私はもうそのようなものに惑わされたりはしません」ユカノはかぶりを振った。その表情には安堵、困惑、喜び、若干の不安……さまざまなものが見え隠れする。

「では私の知らぬ間に、ドージョーの日記がバズったのか?」

「いいえ、残念ながらそれも違います」ユカノは再びかぶりを振った。「まったくの偶然なのです。人々はドラゴン・ドージョーのことなど知らぬまま、IRC-SNSの写真を取るためだけに、大変難儀してこのドラゴン・シュラインまで初詣に来ているのです」

「そんなことが」フジキドは振り返った。確かに数百人近い参拝客らは、岡山県の澄み切った空気を胸いっぱいに吸い、四方360度の絶景に対して拝むように手を合わせ、山や空や社殿にIRC-SNS端末を向けたりしている。

「……あるのかもしれぬな」フジキドからすれば既に見慣れた風景ではあったが……かくの如き神秘のロケーションは、殺伐としたメガロシティに暮らす人々に対し、畏敬の念や憧憬の念を抱かしめるのかもしれぬ。さらに、再建から間もないオーガニック木造建築のドラゴン・シュラインとドージョーは、今なおヒノキの清々しい薫りをたたえており、暗黒メガコーポがリゾート地に乱造するイミテイション・ジンジャなどとは全く異なるゼン効果を与えてくれるのだった。

「昨年、数名のテクノ修験者が、偶然このシュラインを訪れました。もともとここは参拝用に作られてはいないので、どうしたものかと思いましたが、無碍に追い返すのも気が引けたので、急遽初詣やお賽銭などを許可したのです。どうやら、その時の写真などがIRC-SNSなどで広まり……」

「口コミが人々を集めたということか」「そうですね。より正確には、岡山県とドラゴン・シュラインそのものが、人々を呼び集めたのでしょう。大工たちは実に素晴らしい仕事をしてくれましたから」「確かにな」フジキドはユカノにつられ、笑みを浮かべた。

「だが、シュラインの地下には……」フジキドは眉根を寄せた。

「ええ。とても危険です。ですが今のところ、参拝客の皆さんはとても奥ゆかしいので、ドージョーの門下生が番をしていれば、中に入ろうとする人などいません。あまりにも多いので、入山禁止にすることも考えましたが、せっかく来てくれた方々を追い返すのも……」「スゴーイ!」言いかけたユカノの後ろから、快活な声が聞こえた。

「リアルカンヌシ=サンだ! カワイイ!」「ミコー・プリエステスじゃないの?」「どっちにしろカワイイ!」本格的な登山装備に身を固めた無軌道女子大生2人が、カメラつきIRC-SNS端末を持ってユカノに近づいてきたのだ。「「一緒に写真撮ってくれませんかー!?」」

「私と、写真を……? フジキド、すみません。また後ほど」ユカノは困惑しながらも、和やかに記念撮影に応じた。「……さあいいですよ! あちらの崖からは、雲がまるで海のように見えます。案内しましょうか?」「「ヤッタ!」」本殿から少し歩き、秘密めいた絶景スポットへと案内された無軌道大学生は、実際IRC-SNS映えする写真を何枚も撮った。

 ユカノは朝からこのような参拝客対応に追われていた。ドージョー勧誘も合わせて行ってみたが、全く手応えを感じられなかったので、それはタイセンやシレイにドージョー・パンフレットを配布させるだけに留めたのだ。この若者たちも、これで満足して文明圏に帰るだろう。

「ところで、このシュラインはいつからあるんですか?」「歴史とか学んでいるんで、めちゃくちゃ興味あるんですけど!」

「エッ」ユカノは問いかけに困惑した。多くの客は、ただ風景写真を撮って終わりだったからだ。「いつから……? たぶん平安時代よりも前からですね。最近になって再建したのです」

「平安時代!? スゴーイ!」「何を祀っているんですかー!?」無軌道女子大生らは目を輝かせ、ユカノに対する神学的な問いかけを行った。

 シュラインやジンジャの多くは、土地土地に由来するエイトミリオンの神々を祀っていると言われているが、それらの多くは顧みられず忘却されている。人々の心から信仰心やモラルが失われて久しいマッポーの時代において、このような知性的な質問を行うことは、高いインテリジェンスと奥ゆかしさを感じさせる。

「エッ」ユカノは再び面食らった。「それは私……いえ、古の偉大なるドラゴンを祀っているといわれています。カラテを司るドラゴンですね」

「ドラゴン!? マジのドラゴンを祀ってる!?」「カワイイ!」「そうでしょうか」ユカノは少し照れながら一礼した。「また来年も、ぜひ参拝に来てくださいね。来年はお店も作ってみようと思います。カラテに興味があったらいつでもどうぞ。私のIRCブログもあります」「ブログ!?」「スゴイ!」無軌道女子大生たちはユカノと握手して満足げに帰っていった。

「朝からずっとこのような調子で、身動きが取れないのです。何もできず申し訳ありません。フジキド、もしよければですが……」ユカノは懇願した。「今日だけで構いません。オミクジ・オリガミを折るのを、少し手伝っていただけませんか。ドージョーで門下生たちが作っていますから」





【新年のシンセイ・マウンテン:ピザタキ】

(安い、安い、実際安い)(アミュレットを購入して長寿!)(よそのタリスマンよりも強い効果が得られます)(悪霊退散)(オイシイ! それはシンジャ・オモチです!)(十人十色、十人十色……)

 麓の参道の屋台の広告音声が微かに聞こえてくる。ここは麓から石段を登り、既に数百メートル。ネオサイタマをハイウェイにて数十キロ北に離れたシンセイ・ジンジャ・シュライン前、つめかけた人々が列をなし、白い息を吐いて震えるなかに、タキ、ザック、コトブキの三人も居た。タキとザックはモコモコのダウンジャケットを着て防寒対策としているが、コトブキはありがたい鶴柄の振り袖姿であった。この日に備えて誂えた衣装であった。

「姉ちゃんは寒さ平気なんだろ? ずるいよな」ザックは歯をカチカチと鳴らした。コトブキは頷いた。「ハイ! わたしはもともと極端に暑い場所も極端に寒い場所も平気ですし、宇宙空間に投げ出された場合も、少しの間は大丈夫だと思います。実際、これくらい寒いほうが普段よりも調子良いみたいですね!」

「こんな所に来て何かラッキーになるんだったら世話ねえンだよ。オンライン参拝で十分だろうが」タキはモコモコのフードを被り、全身をブルブルと震わせた。「でも、行きたかったのです。わたし一人でも行くつもりだったのですよ」「前にお前が勝手に出ていった時、とんでもねえ面倒事になったろうが」タキが顔をしかめた。「マジでしょうもないぜ」

「でも、タキ=サン、さっきからずっと同じ参拝文句を言っています」「いつまでたっても列が動かねえからだよ。クソが! 凍死する」「アマザケありますよ」「よこせ」タキはコトブキがステンレス瓶から注いだアマザケを受け取り、ズビズビと啜った。

 やがて……「イヨオー!」電子チャント・サウンドが、トリイ左右の朱塗りスピーカーから発せられた。そして列の先頭に張られたシメナワが切断された!「お、来た、来た!」「よおし!」タキとザックはコトブキに負けず劣らずテンションを上げて身構えた。

「押さないでください!」「オサナイデネ!」ミコー・プリエステスの必死の制止の声が飛ぶ中、ハイウェイを何時間もかけてこのシュライン・マウンテンにやってきたネオサイタマの参拝客達は、殺気立った早足で階段を上がってゆく。

「アイエエエエ!」悲鳴が上がった。押し合いになった際、参拝客が一人、石段で躓いたのだ! 転げ落ちていく!「アイエーエエエエエ!」この石段はかなりの長さと高さがある。危険だ! タキ達は唖然としてそのさまを見守るしかなかった……「イヤーッ!」

「アイエッ!?」カラテシャウトと共に、赤黒のフックロープが放たれ、転げ落ちる参拝客を絡め取った。「アアッ!」コトブキは口を手で押さえ、参拝列の中に紛れていたニンジャスレイヤーを見つめた。転がっていた参拝客が石段の脇に解放され、失禁しながら座り込んだ時には、フックロープも、ニンジャスレイヤーの姿も、他の参拝客に紛れて見えなくなっていた。

「今の、見ましたか、タキ=サン!」「見……見た! アイツ、ついて来るわけねえと思ったが……どうやってここへ?」「アニキ、半端ねえ」ピザタキの三人は興奮冷めやらず会話しながら、頂上のシュラインに辿り着いた。フエエエー。笙リード音が鳴る中、彼らは賽銭にトークンを投げ入れ、ガラガラと鐘を鳴らして、手を合わせた。

「わたし、本当にやってみたかったんです!」コトブキは笑顔でタキとザックを振り返った。タキは頭を掻いて、賽銭箱の前を離れた。「金運のアミュレットでも買って帰るぞ」「俺、オミクジ引く! アニキのことも探さなきゃ」「そうですね。……見てください、敷地内に茶屋があります!」

 シュラインの瓦屋根のシャチホコ・ガーゴイルの隣、片膝立ちで彼らの様子を見下ろすニンジャスレイヤーは、今年はじめての朝日の光を受けて、マフラー布なびかせるシルエットを赤黒く滲ませた。





【新年のキョート城、偉大なるフェニックスの金屏風の宴の間】

「では、始めよ」十二段重ねの畳の上に座るパーガトリーが、朱色の盃を掲げる。すると暗黒力士めいた装束に孔だらけの奇怪な鋼鉄フルメンポを被ったアデプトニンジャ、ジョングルールが、逞しい肩の上に載せた小さな鼓を叩いた。「イヨオーッ……!」ポン! 

 その音を聞き、居並ぶザイバツニンジャは皆、居住まいを正した。彼らの前には、漆塗りの盆に載せられたオショガツ料理のフルコースが並んでいるが、まだ箸をつけることは許されない。そのような獣じみたフライング行為に及んだ者は、直ちにムラハチにされるのだ。

「……イヨ、イヨオオオオオーーーーッ……!」ポポポポポポポポ、ポン!ジョングルールのオハヤシ・チャントが最高潮に達すると、雛壇の上に並んでいた奴隷オイランたちが一斉にショー・リードを吹き鳴らした。ファオーーーーー!ファオーーーオオオーーーーーーーーー!!

 何たる雅さであろうか。かくなる雅さの最高潮の中、パーガトリーが盃の酒をこれ見よがしに飲み干して言った。「……アケマシテオメデト!」これをもってザイバツ新年の宴、開幕である。キョート城、偉大なるフェニックスの金屏風の間は、アケマシテオメデトの慶によって包まれた!

 平時はサツバツとした雰囲気に包まれるザイバツニンジャたちも、今日ばかりは互いの労を労い合い、酒を酌み交わした。何故とあらば、皆行き先は違えど、この新年の宴のためにパーガトリーから数々の貴族じみた無理難題を言い渡され、現世へと難儀なクエストに向かっていたからだ。

「さて」パーガトリーが咳払いすると、ジョングルールが再びポンと鼓を鳴らした。アテンションの意味である。ザイバツニンジャらの視線が、一斉にパーガトリーに集まった。パーガトリーは満足げに頷いてから言った。「……今年こそはそなたらに、ザイバツニンジャらしい雅さを叩き込んでくれよう。見よ、これはオーガニック・タイの塩焼きである」

 パーガトリーはイタマエ・マスターが恭しく捧げ持って来た見事な尾頭付きの鯛を示した。朱色の台の上には和紙、バンブーの葉、紅白の和紙がセットされ、その上に塩焼きの鯛が載せられて、金粉で見事にデコレーションされている。

「タイとは即ち、メデ・タイとされ、祝賀行事や宴席には欠かせぬ食材である。下賤なるモータルは知らぬであろうが、これは古事記にも書かれており、平安時代には貴族のみが食すことを許されたものであった。こうした支配階級的知識もまた、かつてはニュービーやアデプトに対して座学で叩き込まれたもの……。そうした伝統を、我らは徐々に取り戻してゆく。ザイバツニンジャたるもの、野卑ではならぬからだ。……見よ! このタイの目出度さを! この雅さを解する者こそがザイバツニンジャよ。我らは明日をも知らぬオヒガンの狭間に生きており、リアルニンジャどもに対して日々イクサを続けねばならぬが……だからといって、野卑なる獣へと堕してはならぬのだ。獣にはイサオシなど無いからの。何より、そのような者共は見苦しく、臭い。かつてのザイバツ・シャドーギルドでは、即刻ケジメかカマユデにされておったわ。雅さを知らぬ者は、弱い。奥ゆかしさと雅さを持ち、己を律する事で、そのカラテもなお研ぎ澄まれるのだ。よって、このパーガトリーの目の黒いうちは、礼儀作法を持たぬ無作法者は決して位階を登れぬと知るべし。さて、前置きが長くなったが、これはまだ序の口……」
 
 パーガトリーは十分に勿体つけてから、いよいよ、見事な鯛の塩焼きに箸を伸ばした。だが……すぐには食さぬ。それでは奥ゆかしさが足りぬからだ。ガイオン貴族社会では、鯛に箸を触れてから10秒以内に口へと運べば無作法者として直ちにムラハチ。60秒を超過してもまたムラハチである。

 見よ。パーガトリーはまず、箸先で鯛を撫でるように、そのパリパリに硬い皮の質感と、そこに固まった粗塩を突き崩すときの繊細な感触を味わう。舌ではなく、箸先の感触で愛でるのだ。その小気味好い砕け方から、上等な岩塩が適切に使われているのが解る。思わず笑みが溢れる。次いで、Xの字に切り込みが入れられた皮の内側へと視線を向ける。まだ箸では触れずに、視覚で愛でる。さながら、はち切れる寸前のザクロの果実のごとく、その内側の柔らかな身が、微かにまろび出ている。箸先でその身をつつき、先程の無骨な塩の質感とのコントラストを愛でる。しかし、いつまでもこうして勿体ぶっては逆に無作法。パーガトリーは適切なタイミングで鯛の身を一口分取り、そっと己の口元へと運んだ。

 口の中で咀嚼した瞬間……虚無に近い味が広がった。やはりこの領域においては、現世の食材を現世のように味わうことはできぬのだ。だがそれでも、鯛という情報を食べたことによってニューロンが励起され、パーガトリーの脳裏にはかつての雅なる貴族的日々が蘇った。そして新年の慶が!

「見事なタイである! 合格」パーガトリーが口元を紙で拭きながら頷く。ドジャーン! 奴隷オイランが巨大な銅鑼を叩き鳴らし、ザイバツニンジャたちの間に拍手が沸き起こった。その賞賛が向けられるのは、現世よりこの見事なオーガニック鯛を釣り上げてきたスパルトイのチームだ。スパルトイらは立ち上がり、奥ゆかしく一礼した。再びの拍手。

 かくしてパーガトリーが一口食べ終えると、他のニンジャらもその献立に箸をつけることが許される。ザイバツニンジャらは小ぶりな鯛の塩焼きに箸を伸ばした。やはり、その味は虚無に近い。

 だがスパルトイらの顔は、新年アケマシテオメデトの清々しい喜びに満ちている。それはパーガトリーに与えられたクエストを達成し、このような宴席の場でそれを披露するという達成感……のみならず、パーガトリーには無論報告していないが、現世より稀少食材などを集めてくる過程で、それらを現世で既に食しているためである。

 即ち、スパルトイらは何匹もの大鯛を釣り上げ、最も大物の一尾を直ちにイケシメ保存したのち、残りを自分たちでその場で粗塩焼きにして即座に食したのだ。かくして今、虚無の味に近い鯛の切り身を食すスパルトイらの脳裏には、現世で自ら食した鯛の塩焼きの芳醇な味が雷撃のごとくに蘇って、ただの情報に過ぎぬ虚無鯛から、無限のウマミを引き出しているのである。

「次!」「イヨオオーーーッ」ポンポンポン! ジョングルールが鼓を叩いた。すると見事なダテマキがイタマエたちによって運ばれてきた。「見よ、ダテマキとは巻物を模したものであり、即ち叡智の象徴である……」パーガトリーが再び、貴族らしい家柄の良さを感じさせる講釈を行った。

 如此、ザイバツニンジャらが集めてきた数々の稀少食材が、ひとつひとつ丹念に時間をかけ、食されていった。所々にはオイランの演奏やシシマイといったショート・プログラムが挟まれ、まさにキョートの伝統的オショガツの全てがそこにあった。これらは全て、数々の塾講の末にパーガトリー自身によって組まれたプログラムであった。

 パーガトリーは己の努力を反芻する。……長きに渡るキョート城での禁欲的蟄居めいたステイホーム生活にとうとう限界を迎えた彼は、年の瀬が迫る頃、突如ダークニンジャに対して、贅の限りを尽くした新年の宴を催させてくれるよう懇願したのだ。この時のパーガトリーは、拒まれれば主と刺し違えんばかりに鬼気迫っていたという。それほどまでに、彼の中のキョート貴族の血と誇りが、雅さに飢えていたのだ。

 いまやパーガトリーは、見事に整った宴席と、そこに居並ぶザイバツニンジャたちを、十二段畳の高みから満足げに見下ろしていた。そして、かつて隆盛を極めたザイバツ・シャドーギルドの一時代を思い起こすと、かすかに涙ぐみ、金屏風のフェニックスを一瞥した。フェニックスとは即ち鳳凰であり、ホウオウド家の貴族であったイグゾーションを彷彿とさせる。

「……そなたが居なくなって、せいせいしておるわ」パーガトリーは目を細め、昔日を懐かしむように、金屏風に対して軽く盃を向けてから、また酒を一杯飲み干した。その時である。

「良い催しとなったな」無紋の紋付袴に身を包んだダークニンジャが、パーガトリーの後ろのフスマを開き、七色のノーレンをくぐって現れた。「士気も高まろう」

「これは、主……!」パーガトリーが慌てて居住まいを正そうとしたが、ダークニンジャは簡素な身振りで、自分のことなど放っておくよう伝えた。宴席のザイバツニンジャたちも、それをすぐさま理解した。

 ダークニンジャはただ一杯だけ、黒い盃を使ってパーガトリーの横で静かに酒を飲むと、満足したと言い残し、ゆっくりと席を立って、宴の間を後にした。

 ダークニンジャは、遠ざかってゆく賑やかな声を聞きながら、迷宮めいた廊下を歩き、目眩を催すような天守閣への階を静かに昇っていった。

 その先の荒涼としたバルコニーには、ひとり、先客がいた。

「……なんじゃ、夜風が懐かしくなったか? それとも天が落ちてこんか見張りに来たか?」ニーズヘグが欄干の端に陣取り、積み上げたいくつもの奉納酒樽から、大盃で酒を飲んでいた。「ここにはあいにく、夜風も天地もなかったがな、カカカカカ!」

「あるのは、暗黒の磁気嵐と01のノイズばかりか」ダークニンジャが歩み寄り、欄干から彼方を見た。

「だが、ここに長く暮らしてみると、それなりに風情もあるものよ。それ、見よ! あの無限遠の果ての幽かなノイズを。キョート城の高みから見る、東の山脈の遠雷を思い出すわい。戦乱の前触れじゃ」

「ポエット」ダークニンジャは言った。「左将軍よりもハイクの才があるのではないか」

「買いかぶるな。わしの詩情は、武家のそれよ」ニーズヘグはかぶりを振った。「あいつには勝てんわ。宴席の仕切りも、あいつがおれば十分じゃろう? 主も、もっと楽しんでくれば良いものを」

「昔から、宴席はあまり好かぬ」ダークニンジャは近くの欄干に腰掛けた。

「知っとるわい」ニーズヘグが小さく笑った。「こんな時でも、主はイクサのことしか頭になかろう。わしと同じにな」

「そうだ。だが、酒は飲まねばならん。英気を養わねば」ダークニンジャが黒い盃で酒樽を指し示した。「……それの味はどうだ?」

「まずいぞ。誰も飲まんわ」ニーズヘグはまた一杯飲み干し、その口元を荒々しく手の甲で拭った。

「構わん。まずい酒が好きだ」ダークニンジャはふんと鼻で笑った。「それをついでくれるか」

「おうよ」ニーズヘグも笑い返し、積み上げた奉納ネザー米酒俵のひとつにヒシャクを伸ばした。そしてダークニンジャの盃に注いだ。

「うむ」ダークニンジャは、ニーズヘグから受け取った酒を一息でごくりと飲み干した。「……前よりは良くなったか」

「もう一杯だな?」ニーズヘグがにやりと笑った。「飲みながら、ゆっくりと今年のイクサの計画でも聞かせてもらうとするか」

「よかろう」ダークニンジャは頷き、盃を差し出した。




【新年のドラクル城、配信の間】

「……先のクリスマスの夜、余は厳かに、奥ゆかしくあることをネオワラキアの民に願った。何故ならそれはキリスト教の伝統的な祝祭であり、静かなる夜に対してリスペクトを払うべきであると考えたからだ。では一方で、これより訪れるニューイヤーはどうであろうか?」

 ブラド・ニンジャはいつものように悠然と玉座につき、ドラクル城の配信の間で、IRC-SNSのリアルタイム動画配信を行なっていた。

 ネオワラキアの不倶戴天の敵である〈教会〉は演算装置に支配されているがため、年末年始にワラキア侵攻を行うことなど不可能。かつて1999年から2000年に切り替わる時に起こったとされる伝説のY2Kカタストロフィのごとき事態に怯え、敵は各拠点で電子的守りを固めている。

 ゆえに、この平穏なる年末年始には民のための盛大な祭りを後押ししたいとブラド・ニンジャは考えたのだ。

「今から遠い昔のこと……余がワラキアを治めていた15世紀においては、IRCもリアルタイム生配信も存在せず、新年にカウントダウンを行って浮かれ騒ぐような風習は無かった」

 ブラド・ニンジャは一瞬だけ頭上……画面外の天井を見た。平時とは異なり、配信の間の天井にはシャンデリアと並んでミラーボール照明がとりつけられ、ニューイヤー・カウントダウンが始まるのを今や遅しと待ち構えている。加えて、配信の間にいるモータルのスタッフたちは皆、クマの着ぐるみに身を包み、最新のインダストリアル・サイバーヴァンパイア・テクノに合わせてリズムを取っていた。ルーマニアのクマ踊りの一種だ。

「これらは余にとって、実に馴染みの薄いものである。正直なところ、このニューイヤー・カウントダウン生配信に臨むにあたり、余の中に些かの困惑や躊躇があったことも、隠しはすまい」

 粛々と自らの胸中を語るブラド・ニンジャ。そのIRC-SNS配信画面の上下左右には、煌びやかな額縁のごとき特別インフォメーション・バーが設置され『新年カウントダウン配信』『余から感謝です』『†VAMPIRE NIGHT†』などの固定文字や、IRCでリアルタイムに送られてくる民からの祝賀メッセージなどが流れていた。

「だが、今宵のこのIRC-SNS生配信の視聴数、およびチャンネル登録数を見るかぎり、余の判断は正しかったようだ。過去になかったものや、己に馴染みのないものを拒んでばかりいては、新たな時代には生き残れぬのだろう。ゆえに……今夜はブレイコである。皆、今宵ばかりは盛大に浮かれ騒いで構わぬ! 今年一年、よくぞ耐え忍んだ!」

 この宣言によって、リアルタイム動画配信はますます盛り上がり、視聴者数やIRC-SNSのコメント数はピークに達した。配信の間の片隅にブースを築いたクルーたちの間からも、歓声と拍手が上がった。それらの声が配信に混入しても彼らは気にしない。今宵ばかりはそれら全てが許されるゆえ、むしろ率先して浮かれ騒ぐべしと、事前にブラドから許可が出ているからだ。

「流石にございます、殿……!」クルーたちの後方に控えていたカシウスが感極まって立ち上がり、拍手した。今夜のこのユースカルチャーめいた演出も、元はカシウスの助言である。

「この一年を締めくくるに相応しい配信にございます……!」カシウスだけはクマ着ぐるみではなく、ベルベットの細身スーツを着て正装し、顔には2049の数字を象ったファンキーな大型サングラスをかけていた。そのサングラスの七色の輝きが一瞬、ブラド・ニンジャの視界に入った。

 ブラドはそれを軽く流そうとしたが、一瞬カメラの方を見てから、再びカシウスを二度見した。その格好が、あまりにも道化めいていたからだ。

「すまぬ」ブラド・ニンジャは言葉を失い、難しい顔をして、口元を押さえた。しばし堪えていたが、ついに額に手を当て、盛大に笑った。ブラド・ニンジャが配信中に如此笑うなど、前代未聞である。

 彼はすぐに咳払いして、偉大なるワラキア君主の顔に戻った。クルーやカシウスも、それでほっと胸をなでおろした。

「では……間もなくカウントダウンである。今年は様々な苦難があった。それらを乗り越えられたのは、ネオワラキアの民の力と、赤竜騎士団の力、そして、余の偉大なる副官や戦友たちの力あってこそである。今日は、余の最高の副官を皆に紹介したい」

 ブラドは立ち上がり、配信舞台のソデに対して手招きした。「……カシウス=サン、ここへ」ナムアミダブツ! 台本にない行動である! クルーがざわめき、一瞬カメラが揺れた!

「エッ?」カシウスは狼狽し、反射的に2049サングラスを外そうとした。だがブラドが機先を制した。「そのまま、ここへ」「アッハイ!」

 カシウスは畏まって歩き、玉座のもとへと近づいて、カメラフレームの中に収まった。「シツレイします……!」カシウスが礼儀正しい姿勢でオジギし、二人並んで配信画面内に映ると、リアルタイム配信数はさらに上昇した。「もっと寄らねば映らぬぞ」「アッハイ!」

(((殿、この私に一体何をさせるつもりなのですか……?)))カシウスはブラドのすぐ横で案じていた。あまりにもハメを外しすぎ、主君の怒りを買ってしまったのであろうかと。

 確かにブラドには、予想外の扮装で自分を笑わせたカシウスに対する意趣返しの気持ちがあったのかもしれぬ。だがその些細な仕返しは、カシウスを狼狽させることで既に終わった。ここから先は、台本にないブラド・ニンジャのアドリブであった。

「これなるは、カシウス=サン。余の右腕。側近中の側近である。このたびのブレイコを進言したのも、やはりカシウスであった。余はネオワラキア君主となってからの数々の苦難を、このカシウス=サンとともに乗り越えられたことを、誇りに思っている。ゆえに、共にカウントダウンしたい」

「殿……!」カシウスは主君とともに並んで配信カメラを見ながら、声を震わせた。そして己がファンキーな大型サングラスをかけていることに感謝した。なぜならその両目からは、今にも涙が零れ落ちんとしていたからだ。

「では、ネオワラキアの民の健やかなることを願い……10、9、8……」ブラド・ニンジャは立ち上がり、葡萄酒の満たされたゴブレットをカメラ目線で掲げた。カシウスもカメラ目線でポーズを決めた。

「「……7、6、5、4……」」さらに、上下左右のインフォメーション・バーに流れる無数の文字列もカウントダウンにリンクした!「「「「「3、2、1……ハッピーニューイヤー!」」」」」

 DOOM! その瞬間、ドラクル城が揺れた。DOOM!DOOM!DOOM!
新年のカウントダウンに合わせ、血のように赤く鮮やかな花火が、ドラクル城とネオブカレストで一斉に打ち上げられたのである!

『0_o』「うッわ……すごい花火だニャー」雪深いドラクル城の中庭、偉大なるマツの木の周りで年越しパーティーに参加し、物陰で高価なスモークサーモンとチキンレッグを食べ続けていたオー・オーとツインテイルズは、しばし手を止め、〈夜〉に咲くハッピーニューイヤー花火を仰ぎ見た。すっかりウォトカで出来上がったソニアが、精巧なクマの着ぐるみを身にまとって後ろから奇襲し、ツインテイルズにベアハッグを仕掛けて笑った。

 このニューイヤーの夜は、ブラド・ニンジャが望んだ通り、ネオワラキアのニンジャも、またニンジャでないものも、皆、幸福な夜であった。王の生配信画面は、いつまでも民からの祝賀メッセージで溢れかえっていた。

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