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ロヅメイグ散逸断片集(3):尖塔のフェルナーイュ


ロヅメイグ散逸断片集:散逸断片集は、1999〜2002年頃に書かれた「灰都ロヅメイグの夜」シリーズのエピソードの不完全なログです。一部原稿データの電子的破損と散逸により、一本のエピソードとして不完全な状態にあるため、マガジンや電子書籍には現在収録されていません。発掘された正常なログのみを資料的な扱いで当時のまま公開しています。「尖塔のフェルナーイュ」は「絞首台は導く」に続くセクションですが、この後のデータは今のところ掘り起こしの見通しが立っていません。


 暖炉にあかあかと薪が燃え爆ぜてはいるものの、その蒼く涼しげに淀んだ古き石造りの小部屋は、依然として、なにかしらの呪われた冷気のようなものを孕んでいると思えた。それが快活な炎の息吹を、無表情で色の無い静物画の如くに冷たく殺しているのは、殆ど間違いが無かった。だが無論、貧窮に喘ぐ、どこか辺境の野良民の廃屋と比べれば、ここは楽園のような場所ではあるのだ。ここは、エトゥバの領主たるカンドロテルロの館に聳える尖塔の、螺旋階段を越えた先に在る一室なのだから。

 部屋は貴族の書斎といった程の、適度な広さであった。しかし天井は、その背高の書棚と比較してもなお不似合いなほどに高く、壁は尖塔の外壁と同じく、直線的な傾きを伴って天井に交わっていた。斜面の高みには三つの天窓が並んでおり、いずれにも黒鉄の縁で輪郭を取られた淡い色入りの硝子絵が精巧なわざでもって嵌め込まれ、そこへ斜めに注ぐ陽か月の光を受けて、陰鬱で巨大な影絵を切り抜く仕組みだった。この他に二つ、より低い場所に、顔を覗かせて外界を眺むるための丸窓があったが、それは内側から重たげな黒布で覆われた上に、板張りを施されてしまっていた。古き壁はこぶし四つほどの大きさの岩と火竜灰を積み上げて作られているようで、所々に微かな罅割れ軋みや、蔦が幾度も広がろうとして枯れ落ちた痕跡をあらわしていたものの、いまだ威厳と共に聳え立つには十分な堅牢さを誇っているように思えた。ただ、どこか見えぬ高い箇所で脱落の兆しか、あるいはそのものが在るようで、時折複雑に入り組んだ石壁の換気孔を通り抜けた隙間風が、その歪みを伴って、死神の吹き鳴らす狂った笛の音の如くに注ぎ込んでくるのであった。それを聴くと、内と外から見ればこの尖塔はまったく頑健に見えるが、その内部は、白蟻に食い進まれた家屋の如く、ガルガルアの毒吐き蟲に中身だけを食い潰された林檎の如く在るのではなかろうか、と、うすら寒気と共に想像を働かしめるのであった。

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