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【ネオサイタマ・イン・フレイム4:ダークダスク・ダーカードーン】

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ネオサイタマ・イン・フレイム

ダークダスク・ダーカードーン

1

 オツヤめいた雰囲気で、重金属酸性雨がしとしとと降り続く。コケシ工場での夜勤を終えたそのモヒカン労働者は、猥雑なネオンサインの灯りの下でサイバーブルゾンと破れたジーンズのポケットを順に探り、硬貨をかき集めた。「ゲホッ、ゲホーッ!」体調は芳しくない。マグロが必要だ、と彼は強く思った。

 多層ハイウェイの下の暗がりに並ぶ、ごみごみとしたファストフード店の列。ウシミツ・アワーも近いというのに、無軌道な学生、パンクス、マイコ、ユーレイ・ゴス、浮浪者、今にもカロウシしそうなサラリマンなどで通りはごった返している。モヒカン労働者は、二店並んだドンブリ・ショップを発見した。

 片方はイタマエ崩れの老人が営む老舗ドンブリ・ショップだ。「おいしい」と書かれた薄汚い布製ノボリが立つ。もう片方はドンブリ・ポン社のチェーン店第512号。「実際安い!」「実際安い!」「実際安い!」と書かれたPVCノボリが雄雄しくはためく。しかし、実際の一杯の値段は両者とも同じだ。

 モヒカン労働者は、タケノコめいたサイバーゴーグルで両店を見比べ、どちらに入るかしばし思案する。「実際安いなら…」最終的に彼は、ドンブリ・ポン社のチェーン店を選んだ。自動フスマが開き、ブラックメタルバンド「カナガワ」の最新チューン「ツキジ・チェーンソー・マサカー」が耳に飛び込む。

 モヒカンはカウンターに座り、硬貨を置いてオーダーを通す。「マグロで」「ハイヨロコンデー!」黄色いジュー・ウェアを着たメキシコ人のイタマエが威勢よく返事をし、カウンターの陰でなにやらモージョーを行った。その数秒後には、七色に光り輝くマグロ・ドンブリがカウンター上に置かれていた。

 合成マグロ粉末が熱された時に放つあの独特の異臭を消すために、モヒカン労働者は慣れた手つきでカウンター上のショーユ・サーバーを3プッシュ、ワサビ・サーバーを5プッシュする。本当はスシが食いたい。マグロやタマゴやイカを思う存分食って栄養をつけたい。だが、彼の工場の給料は下がる一方だ。

「ラオモト=サンだ」隣に座る白塗りのアンタイブディストらが、店の奥の大型モニタを指差す「ヘルゲート=サンが投票するっていうんだから、俺たちも投票しなきゃな」。モヒカンもモニタを見た。「…ファストフード企業への税金を安くすることで、価格を下げさせ…」と黄金メンポの男が演説していた。

◆◆◆

「ラオモト=サン、ありがとうございました」番組の進行とともに競泳水着めいたボディースーツのボタンをあちこち外し、ほとんど半裸の状態になったオイランリポーターが、ラオモト候補にドゲザしていた。モニタの下にはリアルタイム予想得票率のバーが光り、すでにラオモト候補が90%を超えている。

「今夜のニュースもお別れの時間が近づいて参りました。最後の対談ゲストは、もし人権があったらラオモト候補に投票したいというネコネコカワイイのお2人です」リポーターがコールすると、オイランドロイド・アイドルデュオが姿を現した。凄まじい歓声がスタジオに巻き起こる!「カワイイヤッター!」

 しかし、ここで不可解なアクシデントが起こる。最先端グリーンスクリーン技術と3D合成によって、ラオモトの横の椅子に出現するはずだったネコネコカワイイの2人が、いつまで経っても現れないのだ。その代わり、コマンドプロンプトめいたUNIX画面が2つ、椅子の上に浮かんでいるのだった。

「おや……アクシデントでしょうか?」思わぬ事態に、オイランリポーターはボディースーツのボタンをさらに外して視聴者の気を逸らす。その直後、3Dインタビュー空間のそこかしこに、厚みのない無数のUNIX画面が出現し、雪崩を起こしたように緑色の文字列が流れ始めた。

「えっ?」オイランリポーターが何か言おうとした瞬間、それら全ての画面に、ナンシー・リーがこれまでに入手してきた隠し撮り映像や極秘ドキュメントなどが、惜しみなく映し出された。ラオモトが全裸になったオイランの上でサシミを食す映像、積み上げられた大金を前に市警要人と握手をしている映像……

「ハッキングよ!止めて!早く!」ナムアミダブツ!何たる事態か!オイランリポーターはパニックを起こす!堅牢で知られるNSTV社のUNIXサーバーがハッカーの侵入を許すなど前代未聞だ!番組の強制終了すらできない!「ムハハハハ!ヨイデワ・ナイカ!」隠し撮り映像の中のラオモトが笑う!

「マグロはコストが高い」ドンブリ・ポン社の重役と会談するラオモトの映像がズームアップされる。ポン社もまた、ソウカイヤの息がかかった暗黒メガコーポのひとつなのだ。「有害成分含有のバイオ・マンボウを使え。粉末にすれば愚民どもに見分けはつくまい!ムハハハハハ!」ブッダ!何たる暴挙か!

 ラオモト候補得票率はみるみるうちに減少し、30%を切ろうとしていた!ネコソギ・ファンド社の株価もチャートが打てないほど急激な下降線を描いている!「ヌヌウウウーッ!」ラオモトはグンバイをへし折り、カタナのように鋭い目つきとともに席を立った。3D空間内に合成されていた彼の姿が消える。

◆◆◆

 ラオモトは肩から湯気を発するほどの憤怒を露にしてスタジオルームを出ると、大股で天守閣の中心部にあるオペレーションルームに戻った。(((TVの件など、後でいくらでも情報操作できる。問題は、あれほどのハッキングを行えるUNIXサーバーは、このトコロザワピラーにしか存在せぬ事…!)))

「これは!?バカなー!?この僅かな時間で!?」ラオモトは絶句した。オペレーションルームのマルチモニタに映し出されたトコロザワピラー断面図では、ダークニンジャを配したセレモニーホールのみならず、シックスゲイツの全フロアが、突破済みを示すレッドアラートを示していたからだ!ゴウランガ!

「ハァーッ!ハァーッ!ラオモト=サン、緊急事態です!」ショウジ戸を開けて、満身創痍のヘルカイトがドゲザの姿勢で姿を現した。「ニンジャスレイヤーがこの天守閣に向かってきております!」

「この無能めが!」ラオモトはヘルカイトの横に立ち、その頭を掴んでぐいと引き上げ、モニタのひとつを仰がせた。そこにはゲイトキーパーの生首を捉えた定点カメラの映像が映し出されていた!コワイ!「アイエエエエエ!ゲイトキーパー=サンまでもがすでに…!」ヘルカイトは悲鳴にも近い声をあげる!

「何故もっと早く報告せんのだ!」ラオモトはやり場のない怒りをぶつけるように、ドゲザするヘルカイトの頭を踏みにじった。「アイエエエエエ!すみません!すみません!」このままでは爆発四散してしまう!「助けてください!どうかもう一度、ラオモト=サンのために戦わせてください!チャンスを!」

「…奴と決着をつけるぞ」ラオモトはストンピングを止めて、不意に恐ろしいほど冷酷な声を発した。怒りがニューロンの閾値を超えたのだ。怒りのオーラが波のように伝わり、ヘルカイトは静かに失禁する。「ヘルカイト=サンよ、貴様は上空に待機しワシを援護しろ。最後のチャンスだ」「ヨロコンデー!」




2

 ドォン……背後の門が重苦しい音とともにひとりでに閉じた。天守閣エントランスは寺院めいて、巨大な柱とブッダデーモンの巨大な木彫り彫刻の数々がニンジャスレイヤーを見下ろしていた。無数のボンボリは紫の光を放ち、それら彫刻をまるで生き物のように照らす。

 ニンジャスレイヤーは天井を見上げた。沢山の鎖が四方八方から伸び、一人のニンジャ……そう、ニンジャだ!……を縛りつけ、吊り下げている。そのニンジャはすでに絶命している。装束からのぞく肌は枯れ木のように乾燥している。まるでミイラだ。コワイ!

 ニンジャスレイヤーは一瞬、警戒した。だがもはやそのニンジャからアクティブなニンジャソウルを感知することができなかった為、構えを解いた。異様な拘束状態におかれたこのミイラ状のニンジャは何であろうか?……彼は直感的に理解した。先程あれだけ自分を苦しめた相手だ、わからぬわけがない。

 天井には魔方陣めいたザゼン数式がミイラを囲むように描かれている。ニンジャスレイヤーはそこから「シックスゲイツ・モービッド」と書かれた部分を読み取った。敵の事情はわからぬ。創設者ゲイトキーパーはシックスゲイツの六人ではなく、本来このモービッドがあの場を守るはずだったのかも知れない。

 ニンジャスレイヤーの精神に三度に渡り直接攻撃をしかけた恐るべき邪悪ニンジャとの戦いは、こうしてお互い相対する前に、既に決着している。いずことも知れぬニューロン空間の果てで魂を爆発四散させたモービッドのこの抜け殻めいた死体に、ニンジャスレイヤーはある種の無常を感じた。

 と、その時だ。グゴゴゴ、グゴゴゴゴ! 音を立てて正面奥の大仏が左右真っ二つに割れ開き、中からエレベーターのショウジ戸が現れた。鳴り響くマイコ合成音。「ニンジャスレイヤー=サン。この天守閣の七割は掌握したわ」「ナンシー=サンか」「あいつはオフライン領域にいる。そこまでの道は作った」

 ショウジ戸がゆっくりと展開する。「直通ドスエ」ニンジャスレイヤーはマイコ合成音声にどことなくおどけた響きを錯覚した。

◆◆◆

「ドーモ」ドアがノックされ、黒スーツの男が入室した。「ドーモ」シバタは顔を上げた。テレビモニターには「しばらくお待ちしてください」とだけ書かれた青いスクリーンが映っている。黒スーツの男はテレビを一瞥したのち、小声で報告した。「フォレスト・サワタリの反応をトレスできなくなりました」

「そうか」シバタは無感情に頷いた。「ヤツがどこまで役に立ったのか知る由も無いが、サイオー・ホースとしよう。所詮は狂人だ。せいぜい好きに動いて死ねばよい」「テレビは」「実際、想定外だ。大変な混乱が起こっている。ニンジャスレイヤー……敵に回せば恐ろしい相手となろう」

「では選挙は……」シバタは微笑した。だが目は無感情のままである。「我々のセンセイの当選も見えてきたやも知れん」そして付け加える。「どうなろうと問題無いが」

◆◆◆

 エレベーターから降り立つと、黄金のフスマがニンジャスレイヤーの目の前を遮った。ニンジャスレイヤーは迷わず踏み出し、両手でフスマを力強く引き開けた。ターン! その奥もまたフスマだ。ニンジャスレイヤーは迷わず踏み出し、力強く引き開ける。ターン! その奥もまたフスマだ。

 ニンジャスレイヤーは迷わず踏み出し、両手でフスマを力強く引き開けた。ターン!その奥もまたフスマだ。ニンジャスレイヤーは迷わず踏み出し、力強く引き開ける。ターン!その奥もまたフスマだ。ターン!その奥もまたフスマだ。ニンジャスレイヤーは迷わず踏み出し、力強く引き開ける。ターン!

 その奥もまたフスマだ。ニンジャスレイヤーは迷わず踏み出し、力強く引き開ける。ターン!その奥もまたフスマだ。ニンジャスレイヤーは迷わず踏み出し、力強く引き開ける。ターン!その奥もまたフスマだ。ニンジャスレイヤーは迷わず踏み出し、力強く引き開ける。ターン!

 目の前が開けた。なんたる大広間!広間中央にはタタミが台座めいて厳かに積み上げられ、その上に、黄金メンポとアルマーニのダブルのスーツを身につけたニンジャがアグラをかいている。奥の壁は丸々一面、つなぎ目の無い一枚の強化ガラス。ウシミツアワーのネオサイタマの夜景を一望する造りだ。

 タタミ玉座のもとには四人のオイランが、それぞれ青、緑、紫、赤……淫靡なデザインの着物を着、艶めかしく侍る。「アーレ、ウフフフ」「いらしたドスエ」口々に嬌声をあげる女達は四人ともブロンドの白人女性で、ラオモトの嗜好を反映している。顔は皆美しいが、それぞれ違う。クローンでは無いのだ。

「……」ニンジャスレイヤーはタタミ玉座のニンジャを睨みつけた。玉座のニンジャも無言でその視線を受け止めた。背後の夜景を一枚の凧が横切り、旋回しながら上昇して、見えなくなった。やがてニンジャスレイヤーはゆっくりとオジギした。「……ドーモ。ラオモト=サン。ニンジャスレイヤーです」

「ムッハハハハハハ!」ラオモトは哄笑した。だがその笑いには拭い難い憤怒が込められている。「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。ネズミ一匹の分際で、よくぞここまで我が庭を荒らしてくれたものよな」

 ニンジャスレイヤーは眉一つ動かさず答えた。「ネズミは二度噛めばライオンをも倒す。すなわちアナフィラキシー・ショックなり」ポエット!平安ハイクと近代医学を融合させた見事な比喩だ!ラオモトは唸った。「減らず口ばかり叩くドブネズミめが……一つ聞いておくか。貴様の動機を話してみよ」

「罪なき妻子を殺した憎き敵」ニンジャスレイヤーは答えた。「私はオヌシが虫けらのように踏み殺してきた無数の者たちに紛れた一匹に過ぎぬ。だがオヌシは今、その取るに足らぬ一匹の怒りを受けて、全てを失い、死ぬのだ」

「フン!」ラオモトは鼻を鳴らした。「ではまず、せいぜいワシのもとへ辿り着いてみよ」アグラをかいたまま、彼は冷たく言い放った。それに呼応して、四人のオイランが一斉に立ち上がった。「アーレ、ウフフフ」「いきり立っているアリンス」「激しく前後するドスエ」「ウフフフ」

 ナムサン! この期に及んでハニートラップか!? だがニンジャスレイヤーは素早くジュー・ジツを構えた。その警戒は正しい! 四人のオイランは一斉にスリットを開き、艶めかしい太腿をあらわにした。太腿のホルスターから小型マシンガンを取り出し、ニンジャスレイヤーへ向けて連射を開始する!

「Wasshoi!」ニンジャスレイヤーは回転しながら高く跳躍した。「イヤーッ!」目にもとまらぬ早さで投げつけるスリケンが銃弾を怒涛のごとく弾き返す! 四人のオイランは弾の切れたサブマシンガンを投げ捨て、反対の太腿をスリットからはみ出させた。そちらのホルスターには小振りのカタナ!

「キエーッ!」オイランは手に手にカタナを構え、落下するニンジャスレイヤーへ斬りかかる!「イヤーッ!」「アレーッ!」落下しながら繰り出した裏拳が赤オイランのカタナを一撃で粉砕! 赤オイランはバック転を繰り出して飛び離れる! すぐに紫オイランが続けて斬りかかる!「キエーッ!」

「イヤーッ!」「アレーッ!」着地ざまの回し蹴りが紫オイランのカタナを一撃で粉砕!「キエーッ!」紫オイランはバック転を繰り出して飛び離れる! そこへ割り込みニンジャスレイヤーへ斬りかかるのは緑オイランだ!「キエーッ!」

「イヤーッ!」「アレーッ!」回し蹴りの勢いで回転しながらの裏拳が緑オイランのカタナを一撃で粉砕!「キエーッ!」緑オイランはバック転を繰り出して飛び離れる! 青オイランがニンジャスレイヤーの背中へカタナを突き刺しにかかる!「キエーッ!」

「イヤーッ!」「アレーッ!」裏拳を出した勢いで回転しながらの回し蹴りが青オイランのカタナを一撃で粉砕! 青オイランはバック転を繰り出して飛び離れる! ナムアミダブツ! なんたる一矢乱れぬ波状攻撃! そして四人のオイランはニンジャスレイヤーを前後左右で包囲した形となった!

 このオイラン達の身体能力は只事では無い。ニンジャであろうか?ニンジャスレイヤーは実際オイラン達の動きの軌跡からニンジャソウル痕跡を感じ取っている。しかし考える猶予は無い! オイラン達は一斉に足下のタタミを叩いた。タタミが跳ね上がる! その下に格納されていた武器を四人は同時に取り出す。

 危険! 四人のオイランが取り出したそれは、RPG(対戦車ロケットランチャー)である! 波状攻撃によって彼女らはニンジャスレイヤーを集中砲火の射線上に誘導し、自らは、あらかじめ配置された兵器の格納場所へ移動したということであろうか! なんたるショーギめいた立体的戦術!

 ニンジャスレイヤーは低く身を沈めた。「イイィ……」その上半身、装束ごしに縄の如き筋肉が浮かび上がる! オイランはロケットランチャーを一斉に構える!「キエーッ!」四方向からロケットが同時に発射された! ナムアミダブツ!

 ニンジャスレイヤーは!?「……イイイヤァーッ!」投げた! スリケンを! 天井に! なんたるアサッテ!? だがそのスリケン速度は通常の数倍!これはかつてあの特殊ニンジャ、アゴニィを葬ったジュー・ジツの奥の手「ツヨイ・スリケン」に他ならない! 狙いは何だ!?「グワーッ!??」

 天井から悲鳴! そしてオイランがどういうわけか一斉に悲鳴をあげる!「アーレーッ!?」ニンジャスレイヤーは瞬時にうつ伏せとなり、広間に敷き詰められたタタミ上にぴったりと寝そべった。その上を交差して通過するロケット弾!

 それぞれの対角から放たれた砲弾が各オイランに迫る!だがオイラン達はそれを避ける事もせず苦しむばかりである!「アーレーッ!アーレーッ!」KABOOOOM!!ナ……ナムアミダブツ!!オイランは四人同時に対戦車ロケットを受けて爆散した!

 ニンジャスレイヤーはすぐさま立ち上がり、備える。悲鳴の上がった天井でバチバチと音が鳴り、ステルス装束を着たニンジャが火花と共に姿をあらわす!「グワーッ!」

 ナムサン! 黄色と黒の縞模様ニンジャ装束のニンジャだ! 背中にスリケンが刺さった彼は苦悶し、張り付いていた天井から剥がれ落ちる!「イ、イヤーッ!」破れかぶれの落下しながらのチョップが襲いかかるが、「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの蹴りで叩き落され、首の骨を折って即死!

 ゴウランガ! もはや顧みられることも無いこのニンジャの名を読者の皆さんにお伝えしておこう。彼の名はスパイダー。ラオモトのみがその存在を知る闇のニンジャであった。彼は天井でステルスし、フドウカナシバリ・ジツの亜種を用いてオイランをコントロール。ニンジャスレイヤーを襲わせたのである。

 ニンジャスレイヤーはオイランのニンジャソウル痕跡を電撃的速度で辿り、ニンジャソウルをジョルリ人形の糸めいて操る天井のスパイダーを察知したのである! 奥義ツヨイ・スリケンは、かつてナラク・ニンジャにその身を任せねば放てぬ大技であった。だが成長を経た今のフジキドはその限りではない!

「さあ、これでオヌシの元に辿り着いたか? ラオモト=サン」ニンジャスレイヤーはタタミ玉座の上で依然アグラするラオモトへ人差し指を突きつけた。「他にくだらぬ余興があるなら出してみよ。全て受けて立つ。オヌシの寿命が数分延びるだけだ」「ヌウウーッ!」ラオモトが唸る!

 グイン! グイン! グイン! 音を立ててタタミ玉座が下がってゆき、広間のタタミに収納されて平らな高さになる。ラオモトはゆっくりとアグラを解いて立ち上がった。冷酷な目がギラギラと輝く。そのスーツが一瞬で燃え上がり、灰燼となって足下へ散らばる! スーツの下は四聖獣を刺繍したニンジャ装束!

「よかろうニンジャスレイヤー=サン。その前にひとつ教えてやる」ラオモトの声は低く、尊大である。「……」「ワシは七つのニンジャソウルをこの身に宿す。七つだ。ゆえにワシはこの世で最も強い。そんなワシがなぜこれだけ多くのニンジャを配下に抱えておったか、わかるか」「……」

「ワシに勝てるものはいない。貴様もワシの敵ではない。ではなぜここまで多くのニンジャやトラップで防御を固め、外敵を阻まんとするか。わかるか?」「……」「面倒だからだ!」ラオモトは言い放った。

「よいか? 仮にワシが、視察先で財布を落としたとする。ワシはそれを拾わん。SPも拾わん。捨て置くのだ。何故かわかるか? なぜならそれを拾う動作に費やされる時間! その損失! ワシが回しておる経済規模を鑑みれば、それは落とした財布のくだらん中身とはまるで比べ物にならんからだ!」

「……」「ワシがこうして貴様と遊んでやる時間! こうして話してやっておる時間! こうしておる間に、ワシの貴重な才覚は一体どれだけ有意義なビジネスに活用できた事か。こんな面倒は本来堪え難いことだ。ワシがこんな面倒をせずに済むよう、シックスゲイツがあるのだ」

「……だがそんなシックスゲイツも今は無い」ニンジャスレイヤーは口を挟んだ。「私が全員殺したからだ。今や、オヌシ一人。オヌシを守る者などおらぬ。面倒? 同感だ。私にも、延々使い古されたくだらん財布の寓話など聞いてやる時間は無い。今すぐにでもオヌシを痛めつけ、惨たらしく殺す」

「ムッハハハハハハ! やはり噛み合わん!」ラオモトは笑った。「所詮、地べたを這いずる虫に、イーグルの思考は理解できん。もう一度繰り返しておこう。ワシは最も強い。貴様よりも遥かに強い。単に、面倒なだけなのだ。それを、身を持ってわからせてやろう」

 ラオモトは荘厳な仕草で両手を高く掲げた。その両手が光り、迸り出たエネルギーの筋が周囲のタタミを剥がし、裏返す。ゴウランガ! なんたる強力なサイコキネシス! タタミの下にはタケダ・シンゲンめいた甲冑のパーツが隠されていた。それらが浮かび上がる!

「ムッハハハハハハ! ムッハハハハハハ!」ラオモトの周囲を、金で縁取られた黒い鋼の甲冑パーツが旋回! 一つ一つ、まるで磁石で吸い寄せられるように、ラオモトの体に装着されて行く! 脚部! 腰! 胸! 腕! 両肩!

 そしてラオモトの頭上に、バッファローめいた巨大な頭飾りをあしらった兜が浮かぶ。ゆっくりと降下し、装着! ナムアミダブツ! 全身を江戸戦争の甲冑で覆った姿はまさに、当時の最強戦士、タケダ・シンゲンの生き写しか!?

 そして右手には「ナンバン」! 左手に「カロウシ」! ミヤモト・マサシその人が用いた正真正銘の文化財にして並ぶもの無きツガイの名刀、ラオモトが権力を駆使してその手に収めた伝説の武器が刃を光らせる! ゴウランガ! ゴウランガ! ゴウランガ!

「来い! ニンジャスレイヤー=サン! 赤子めいて捻ってくれる。貴様はサンズ・リバーをメソメソ泣きながら渡り、妻子と傷を舐め合うのだ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは飛びかかった!「ムウン!」左手のカロウシが迎え撃つ! チョップとカタナの側面がぶつかり合い、火花を散らす!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは懐へ潜り込み、左手でラオモトの脇腹を殴りつけようとした。装甲が薄いからだ。「ムウン!」ラオモトの右手のナンバンが唸る。速い! 柄頭がニンジャスレイヤーの延髄を直撃!「グワーッ!」

「イヤーッ!」さらにラオモトはひるんだニンジャスレイヤーを左足で蹴り上げる!「グワーッ!」なんとか両腕でガードしつつも、ニンジャスレイヤーは反動で吹き飛んだ。ニンジャスレイヤーはその勢いでバック転を三連続で繰り出し、スリケンを16枚連続投擲する!「イヤーッ!」

「ムウン!」ラオモトはナンバンとカロウシを高速で振り回し、飛来するスリケンすべてを弾き飛ばした。「イヤーッ!」そして右手の ナンバンをいきなりニンジャスレイヤーへ投げつける!ナムサン!まるでスリケンめいた超音速の投擲だ!「!?イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはブリッジして回避!

「ムウン!」ラオモトが右手を突き出すと、手の平から伸びた光がナンバンを絡め取り、再び瞬時にラオモトの手の中へ手繰り寄せた! 己の得物を惜しげもなく投げたのはこのテレキネシス=ジツあってこそなのだ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが反撃する間も与えず、今度は左手のカロウシを投擲!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは側転でカロウシを回避しつつスリケン32枚を投げ返す!「ムッハハハハハハ!」ラオモトはナンバンただ一本を激しく動かして32枚のスリケン全てを弾き飛ばし、もう一方の手で戻って来たカロウシを受け止める。「ムハハハハハ!」

 ニンジャスレイヤーはなおもスリケンを連続投擲、ラオモトを防御に専念させながら円形にスプリント! 側面を取りにかかる! しかし「イヤーッ!」ラオモトは即座にその動きに対応! スリケンを弾き返しながらまっすぐにニンジャスレイヤーへ間合いを詰める! 甲冑の重さを感じさせぬニンジャ敏捷性!

「イヤーッ!」二本のカタナが同時に上から振り下ろされる。狙うは両肩だ。ナムサン! ニンジャスレイヤーの両腕をネコソギにかかった!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはヤバイ級のニンジャ反射神経を発揮、その太刀筋を見切り、瞬時にその体を半身にして、振り下ろされる二本の刀の間へ潜り込む!

「イヤーッ!」カタナをくぐり抜けたニンジャスレイヤーはワン・インチ距離へ踏み込み、ポン・パンチを繰り出した。「グワーッ!」ラオモトの腹部にジゴクめいた拳が叩き込まれる! ラオモトがよろめく! 今だ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは跳躍し追撃! 飛び蹴りを胸に叩き込む!「グワーッ!」

 おお、しかし、なんたる踏みとどまり! ラオモトは鉄板をも撃ち抜く蹴りを胸に受けながら倒れない! 甲冑の恩恵か? 非凡なニンジャ耐久力か!「イヤーッ!」前蹴りが空中のニンジャスレイヤーをとらえる!「グワーッ!」吹き飛びタタミに叩きつけられるニンジャスレイヤー!

「ムッハハハ非力! アクビが出るぞ!」ラオモトが哄笑した。「シックスゲイツとカラテ遊びをしたところで、ワシのリアルカラテの小指の先にも及ばぬ! 貴様はいわば、ブッダの掌の上を無限に飛び続けるマジックモンキーだ! ワシがブッダなのだ!」ラオモトが二刀を構え突き進む!

「ヌウウ……」ニンジャスレイヤーは起き上がりジュー・ジツを再び構える。ナムサン! ラオモトの接近が異常に速い! 既に目の前だ!「イヤーッ!」振り下ろされるカロウシ! ニンジャスレイヤーは危うくそれを避ける。退路を断つように繰り出される右足の蹴り!「イヤーッ!」「グワーッ!」

 ニンジャスレイヤーは蹴りを脇腹に受け、横ざまに吹っ飛んだ。なんたる重い蹴り! 並のニンジャ耐久力であれば今の一撃で臓器が一つ二つ破壊されているところだ。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは側転して間合いを取ろうとする。「ムハハハハハ! イヤーッ!」そこへラオモトがナンバンを投擲!

 ニンジャスレイヤーは体をねじって回避を試みる。ダメだ!「グワーッ!」スリケンめいた超音速で飛来したナンバンがニンジャスレイヤーの左肩を切り裂いた!「イヤーッ!」すかさずラオモトがカロウシを投げつける!「グワーッ!」超音速で飛来したカロウシがニンジャスレイヤーの胸を浅く切り裂いた!

「ヌウウッ……」ニンジャスレイヤーは体勢の立て直しをはかる、しかし、ナムアミダブツ! ラオモトの恐るべき速さの踏み込みにより、すでにワン・インチ距離!「イヤーッ!」ラオモトが右拳でニンジャスレイヤーを殴りつける!肩の傷が災いしガードが間に合わない!「グワーッ!」

「イヤーッ!」今度は左拳のパンチだ!よろめくニンジャスレイヤーはガードが間に合わない!「グワーッ!」さらに右拳!「イヤーッ!」「グワーッ!」左拳!「イヤーッ!」「グワーッ!」右拳!「イヤーッ!」「グワーッ!」ナムアミダブツ!サンドバッグめいた一方的打撃だ!

「ムハハハハハ! イヤーッ!」「グワーッ!」左拳!「イヤーッ!」「グワーッ!」右拳!「イヤーッ!」「グワーッ!」左拳!「イヤーッ!」「グワーッ!」右拳!「イヤーッ!」「グワーッ!」左拳!

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 ニンジャスレイヤーは立っているのがやっとだ!「ムッハハハハハハ! ゴジュッポ・ヒャッポ!」ラオモトは嘲り笑い、ニンジャスレイヤーの首を掴んだ。そして頭を反らし……おお、おお、ナムアミダブツ! 渾身の頭突きを見舞う!「イヤーッ!」「グワーッ!」

 ニンジャスレイヤーはタタミ上に仰向けに打ち倒された。ラオモトはその胸を無慈悲に踏みつけ、抑えつける。「グワーッ!」「これが……ワシに楯突く愚か者のたどる末路だ」ナンバンとカロウシが宙を飛んで戻り、ラオモトの手に収まる。「ハイクを詠むがいいニンジャスレイヤー=サン!」

「断る……断る!」ニンジャスレイヤーは息も絶え絶えに言った。「私はオヌシを殺す! 必ず殺す!」「ムハハハ!なんたるジョークか!」ラオモトは笑った。「じつに、口ばかり達者な男であった! 貴様の闘いは無駄に終わる! ニンジャなど幾らでも集められる。シックスゲイツも来週には元通りよ!」

「私は貴様を……グワーッ!」「ムハハハハハ!」ラオモトが足に力を込める。「我こそはカラテを極め七つのニンジャソウルを支配するリアルニンジャ、デモリション・ニンジャだ! ワシはいずれ八つ目のニンジャソウルをも宿し、ニンジャを超えたニンジャとなるであろう。神にも等しいニンジャに!」

「グワーッ!」「……フム、貴様のニンジャソウルには多少、興味がある。貴様のごとき取るに足らぬサンシタを、少なくともワシの目の前にまでは辿り着かせたのだからな」「グワーッ!」「四肢を切断し、生かしたままリー先生の元へ運ぶとしよう。そしてニンジャソウルを抽出し、試してやろう」

 ナムサン! ラオモト=カン恐るべし! ニンジャスレイヤーにもはや打つ手は無いのだろうか? 彼は震える手を上げかけては下ろし、上げては下ろした。「殺すべし……殺すべし……ニンジャ……殺すべし……」「ムハハハハ!」「殺すべし……殺すべし……!」「ムハハハハハ!くだらぬ!」「殺すべし……!」

 震える手がラオモトの足首を掴んだ。「殺すべし……殺すべし……」「その腕から切ってほしいか」「殺すべし……やめろ……やめろフジキド……フジキド……何を……何を考えている……」「何?フジキド?」うわ言めいた呟きにラオモトは耳を止めた。

「何をする…やめろ許さぬぞ……あああ! フジキドやめろ!」ラオモトの足の下でニンジャスレイヤーが暴れ出す! その瞳孔は点のように縮まり、あるいは開き、また縮まる。「……ニンジャソウルの暴走か。興醒めだ。くだらぬぞ」「殺すべし……殺すべし……やめろフジキド……頼むやめろ!やめてくれ!」

「ヌウッ!?」ラオモトの足首を掴む手に力がこもる。ラオモトは一層の体重をかけ、ニンジャスレイヤーを抑えつける。「クドイ! 黙れニンジャスレイヤー!」「殺すべし! やめてくれフジキド! これではワシが! グワーッ! やめろ! フジキド! フジキド! フジキド! ニンジャ! ニンジャコロスベシ!」

「何だ! これは!」ラオモトは狼狽した。足首から煙が上がる。ニンジャスレイヤーの手の平に陽炎が滲む! ラオモトはたまらずその手を振り払った。「ニンジャコロスベシ! ニンジャコロスベシ! ニンジャコロスベシ!」ニンジャスレイヤーはラオモトを押し払い、バネじかけのごとき勢いで立ち上がった!

「ニンジャコロスベシ! ニンジャコロスベシ!」「黙れ! イヤーッ!」ラオモトが右手のナンバンを横薙ぎに打ち振り、胴体を切断しにかかる!ニンジャスレイヤーはカタナ持つ手を拳で殴りつけた!「ニンジャ!」「グワーッ!?」速い! 親指を激しく打たれ、ラオモトはナンバンを取り落とす!

「イヤーッ!」左手のカロウシが袈裟懸けに斬り下ろす。ニンジャスレイヤーは一歩踏み込み、中腰のポン・パンチを叩き込む!「イヤーッ!」「グワーッ!?」ラオモトの体が弾き飛ばされる!ラオモトはしかし倒れはしない。踏みとどまり右手を伸ばすとナンバンが飛んで戻り、再び二刀流となった。

「何だ? それは?」「ニンジャ!」ニンジャスレイヤーは叫んだ。そしてゆっくりとジュー・ジツの構えを取る。「……べし……ニンジャ殺すべし。妻子を殺めた憎き敵。オヌシに私は殺せぬ。今日がオヌシの命日だ、ラオモト=サン」言い放つニンジャスレイヤーの双眸に、暗い理性と冷たい殺意が……宿る!



3

 ネコソギ・ファンド社のメインオフィスで、社員たちは固唾を呑みながら大型ボンボリ3Dモニタを見つめていた。NSTVのインタビュー番組ハッキング直後から、ラオモトの予想得票率が下落。これを受け、彼がCEOをつとめるネコソギ・ファンド社および各種系列グループの株も暴落を開始したのだ。

「ナムアミ・ダ・ラオモト=サン……ナムアミ・ダ・ラオモト=サン……!」クルーカットのニュービー社員は、まるでオブツダンを礼拝するような姿勢で、モニタとラオモトの写真に繰り返し祈りを捧げていた。現在の株価は、彼が入社した頃とほぼ同じ。間もなく、急激な暴落に対する反発が起こるはずだ。

 周りの先輩サラリマンたちを見渡す。全員蒼ざめた顔つきだが、徐々にデスクに戻り、業務を再開し始めた。皆、ラオモトの勝利を信じているのだ。(((まだいける、まだ俺が入社した頃とほぼ同じ株価だ……急激に上がりすぎたんだよな)))クルーカットも机に座り、引き出しの中の株券の束を見つめる。

 栄光のカチグミを目指してネコソギ・ファンド社に入ったクルーカットにとって、株券は命よりも大切なものだ。実際、給料の5割近くは株券で支払われている。「ナムアミ・ダ・ラオモト=サン!」クルーカットはバリキゴールドドリンクを3本飲み干し、ピラミッド上に積まれた瓶の山にそれを追加した。

◆◆◆

 一方その頃。ネコソギ・ファンド社のメインオフィスが存在するトコロザワ・ピラー最上階の天守閣では、ニンジャスレイヤーとラオモト・カンの死闘が佳境を迎えていた。

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーのハンマーフックがラオモトに襲い掛かる!「ヌウーッ!」ラオモトはダッキングでこれを回避! 頭上の空気が蜃気楼のように揺らめいた。ニンジャスレイヤーの右手の甲は、黒い炎によってうっすらと包まれかけている! かつてダークニンジャを追い込んだナラクの炎か!?

 ニンジャスレイヤーことフジキド・ケンジは、ナラク・ニンジャと呼ばれる正体不明のニンジャソウルに憑依されている。彼はしばしば暴走し、ナラクによって意識を乗っ取られてきたが、ナラクの炎を腕に纏えるのはナラク状態の場合にのみ限られていた。これは何を意味するのか?フーリンカザンである!!

「イヤーッ!」相手の懐に入る形となったラオモトは、そのままニンジャスレイヤーを背後へと高く投げ飛ばす。タツジン! ニンジャスレイヤーの直線的カラテを、ジュー・ジツが巧みに受け流した形である! しかしラオモトの目に余裕は無い……あの黒い炎が七つのニンジャソウルをざわつかせていたからだ!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは前方三回転で体勢を整えた後、室内に据えられたムードの良い御影石トウロウの上にひらりと着地する。ダメージは皆無! すぐに向き直り、ジャンプキックを繰り出そうとする。…しかし、ラオモトの目的は、ニンジャスレイヤーにダメージを与えることではなかったのだ!

 ラオモトは一時的に二本のカタナを収めた。それからニンジャスレイヤーが繰り出すドラゴンのごときトビゲリを高い垂直ジャンプでかわすと、いつの間にか天井から垂れ下がってきていたカーボンナノチューブ製の縄ハシゴを掴んだのである!「ムハハハハ! 追って来るがよい、ニンジャスレイヤー=サン!」

◆◆◆

「イヤーッ!」ラオモトは間欠泉のように高く飛翔し、空中で一度回転してから、片膝立ちで天守閣の黄金カワラの上に舞い降りた。右手には携帯IRCトランスミッターが握られている。「ネコソギ・ファンド社の株を全て売却しろ」ラオモトは冷酷に言い放つと端末を収め、素早くカタナを握った!スゴイ!

「イヤーッ!」ラオモトとは反対側の黄金カワラ屋根が粉砕され、ジゴクから黒い翼とともに飛び立つブッダディーモンめいた螺旋跳躍をみせながら、ニンジャスレイヤーが姿を現した! 黄金シャチホコの上に着地し、ラオモト・カンと向かい合う。空には髑髏じみた満月が浮かび、ヘルカイトが舞っていた。

 ブッダ! 明らかに不利! 再び地の利はラオモトの側に大きく傾いた!だがニンジャスレイヤーにとってそんなことは問題ではない。アガタの家を飛び出した時から、いや、もしかするとソウカイヤに対する孤独な戦いを開始したあの日から既に、彼に勝利の算段など無いのだ。ただ目の前のニンジャを殺すのみ!

 2人はほぼ同時に駆け込み、高速で投擲された2枚のスリケンのごとく屋根の中心で交錯した!「「イヤーッ!」」ラオモトの二刀流がニンジャスレイヤーの首元をかすめ、ニンジャスレイヤーの燃える拳もラオモトの漆塗りブレーサーに焦げ痕を残す! すぐさまターンし、至近距離でのカラテの応酬に入る!

 圧倒的ニンジャ反射神経によってラオモトの懐や側面を取ろうとするニンジャスレイヤーが、徐々に優勢になり始めた! 一定の距離以上に近づかれると、カタナはとたんに不利になる。チャドーにより精神の均衡を得たフジキドは、極めて冷静に、かつ冷酷に、ナラク・ニンジャの力を消費し始めていたのだ!

 だが、ラオモトの無慈悲なるリスク回避マネジメントもまた実を結ぼうとしていた! おお、見よ! 上空を舞うヘルカイトのサイバーサングラスから、小型赤外線センサーの光が放たれ、ニンジャスレイヤーの装束にソウカイヤの紋章が刻まれるのを! その直後、夜闇を切り裂き青白いレーザー光線が射出された!

「グワーッ!」フジキドの肩に突然の激痛! 負傷箇所を狙う、血も涙もない一撃だ! このサイバーサングラス・レーザーはオムラ・インダストリの開発した試作兵器であり、最終決戦に備えてラオモトからヘルカイトへと下賜されていたものである。一瞬の隙をつき、ラオモトの蹴りがクリーンヒットする!!

 ニンジャスレイヤーの体はボールのように弾き飛ばされ、屋根の上にまで伸びた見事な松の木の幹に激突してこれをへし折った!「グワーッ!」さらに極細レーザーの一撃!「グワーッ!」ラオモトへの誤射を警戒し、レーザーの出力は最低限だが、ニンジャスレイヤーの体力と集中力を奪うには十分すぎた!

「ハァーッ! ハァーッ!」ニンジャスレイヤーの視覚が揺らぎ、屋根の上のラオモトの姿がぼやけ始めた。ナラクの力を引き出しそれを削り取りながら戦うことは、想像を絶するほどの精神力を要する。長時間はとても続かない。ラオモトが屋内戦闘を中断したのは、これを見越したリスク回避でもあったのだ!

「ニンジャ……殺す……べし…!」ニンジャスレイヤーは折れた松の幹を蹴って、ふたたびラオモトへと駆け込んでいった! 矢のようにまっしぐらに!「「イヤーッ!」」再び両者はカラテに入る!「卑怯と思うか?ニンジャスレイヤー=サン! 戦闘はビジネス同じだ! ロマンなど不要! より卑劣な側が勝つ!」

 そこへ再び上空からレーザー攻撃が降り注ぐ!「グワーッ!」姿勢を崩し方膝立ちになるニンジャスレイヤー! もはや精神集中は途切れ、黒い炎は消え失せていた!「死ね! ニンジャスレイヤー=サン!死ね!」ラオモトがXの字にカタナを振り下ろす! フジキドは両腕でそれを受け止めた! 肉が裂け骨が軋む!

 一瞬の膂力比べと膠着! 両腕からおびただしい流血! レーザー照射が1秒に1度背中や肩口に降り注ぐも、ニンジャスレイヤーは持ちこたえる!「ヌウウウーッ!」そして5秒後、改めて十分な距離から斬りつけるべきと判断したラオモトは、不満そうにニンジャスレイヤーの腹に蹴りを入れて弾き飛ばした!

「グワーッ!」蹴り飛ばされたニンジャスレイヤーは、ロッキー山脈を転げ落ちる犬の死骸めいてカワラ屋根の上を転がり、黄金シャチホコの一体に背中から激突した!「……殺す……べし……」がくりとうなだれ、両腕からは致命的なまでの流血!レーザー光線が降り注ぐも、もはや叫び声すら上がらない!

「イイイイヤアアアーーーッ!!」ラオモトは二本のカタナを頭上に高く投げ、その間に高速カラテ演舞を行ってから、落下してきたカタナを再び掴み突撃姿勢を取った! タツジン! これぞイアイドーの奥義、マキアゲである!二本の切っ先をバッファローのように前方に突き出して、ラオモトは突進する!

 シャチホコに背中を預けたまま、うなだれるニンジャスレイヤー! ラオモトの操るカタナ、ナンバンとカロウシの切っ先が、満月の光を浴びて鋭い軌跡を描く! その距離はあとタタミ10枚、5枚、1枚……ゼロ枚!! ナムサン! カタナがニンジャスレイヤーを両胸を貫通し、シャチホコにまで突き刺さった!!

 からん、からんと音を立て、ニンジャスレイヤーの鋼鉄メンポが黄金カワラの上に落ちる。「ムッハハハハハハ!! サヨナラだ、ニンジャスレイヤー=サン! 爆発するがいい! ムッハハハハハハ!!」ラオモトの哄笑がネオサイタマの空に高らかに響き渡る! その時!

「ヌウーッ!? これは?!」ラオモトは己の目を疑った。確かに手ごたえはあったはず。だが、二本のカタナによって貫かれたはずの体は……いや、フジキドの赤黒い血で織られたニンジャ装束は、再び元の動脈血に戻り、カタナからずるりと滑り落ちてカワラ屋根を流れたのだ! そしてそこに…彼の体は無い!

 ブンシン・ジツだ!「ドーモ、ラオモト=サン…」ジゴクの最下層から響いてくるような不吉な声が、ラオモトの後方10メートルの位置から聞こえる! ゴウランガ! 大シャチホコの上に人影!赤黒いニンジャ装束!両腕には業々と燃える黒い炎! センコのごとく赤く小さい両の瞳!「…ナラク・ニンジャです」



4

「ドーモ、ナラク・ニンジャ=サン、ラオモト・カンです」ラオモトがオジギをした瞬間、ナラクは駆け込んだ。ニンジャスレイヤーの動きとはまるで別人!ジゴクの悪鬼を思わせる身のこなしで素早く左右に飛び跳ねながら、ラオモトへの距離を一気に詰める! ラオモトも二本のカナタを構えこれを迎え撃つ!

「イイイヤアァーーッ!」ラオモトが再びカタナを×の字に振り下ろす!ナムサン! 先程フジキドの両腕に大ダメージを負わせた必殺のイアイドーだ!ミヤモトマサシが乗り移ったかのような冴え渡る太刀筋!「イヤーッ!」だがナラクは、炎を纏った両腕でこれを弾き返した! 響き渡る金属音! これは一体!?

 ラオモトのニンジャ動体視力はその一部始終を見ていた! ナラクの両腕に深々と刻まれた傷跡が黒い炎になめつくされ、焼けただれるように傷が塞がった直後、そこに黒鉄のブレーサーが出現したのだ! キィィィンという甲高い金属音とともに、弾かれたナンバンがラオモトの手を離れてカワラ屋根に転がる!

 続けざま、懐に潜り込んだナラクは、カタナを弾かれた反動でがら空きになったラオモトのボディめがけて痛烈なボディーブローを叩き込む! 右、左、右、左、右、左! 黒い炎が空気を焦がし、ラオモトの纏う胴鎧を砕く! さらに冷たい熱と衝撃が鎧を貫通してラオモトのニンジャ腹筋を襲った!「グワーッ!」

 ラオモトが微かに姿勢を前に崩したのを見逃さず、ナラクは痛烈なアッパーカットを敵のみぞおちめがけて繰り出した!「サツバツ!」「グワーッ!」胴鎧が木っ端微塵に砕け、ラオモトの体が十数メートルの高さまで浮いた! 下では無慈悲な追加攻撃を繰り出すべく、ナラクがカラテ演舞とともに待ち構える!

 だが、この程度で終わるラオモトではない!「ヌウウゥーッ!」ラオモトは周囲を飛んでいたヘルカイトの凧をテレキネシス・ジツで引き寄せ、彼の背中を踏み台にして跳躍! 余人ならばいざ知らず、流石はソウカイ・シンジケートの首領にして七つのニンジャソウルを憑依させた男、ラオモト・カンである!

「ヨロコンデー!」ヘルカイトの声を背に、ラオモトは回転跳躍しながら屋根に着地。それと同時にカラテの力を集中させ、転がっていたナンバンを手元に引き寄せる。「こんな、こんなバカなことが…! ニンジャソウルの暴走というだけでは説明がつかん! 奴に憑依したニンジャソウルの正体は何なのだ!?」

 ラオモトに思考の暇すら与えず、ナラク・ニンジャが駆け込んでくる!ハヤイ!「「イヤーッ!」」ナラクの繰り出した必殺のチョップを、ラオモトはカタナを交差させて受け止める! 刃に直撃したナラクの手から血が流れるが、それはすぐに新たな炎の燃料と、ブラスナックルめいた黒鉄の指輪に変わった!

「イヤーッ!」ナラクは黒鉄の指輪に覆われた右拳で、防御姿勢を取るラオモトのカタナを殴り続ける! カタナが軋む! ゴウランガ!「バカなー! 何というジツだ!!」「ジツではない!」ナラクはさらに左腕のストレートも加える!「こわっぱめ、知らぬのか!? ニンジャの血は鉄と硫黄で出来ている事を!」

 平安時代のカタナ鍛冶が鍛えた名刀が砕け始める!レーザーが射出されるも、ナラクは一瞬のサイドステップでかわし、黄金カワラに反射したレーザーがヘルカイトに命中!「アイエエエ!」「何たる理不尽!」防戦一方のラオモトが叫ぶ!「理不尽が道理を殺すのだ! これぞインガオホー也!」ナラクが叫ぶ!

「イイイヤアァーッ!」振りかぶった渾身のストレートが、遂にナンバンとカロウシを破壊する!「バカなー!?」ラオモトがバックステップで回避しようとするも、体が動かない! 右足をナラクの右足に踏まれていたのだ!「!…ウカツ…!」「イヤーッ!」ナラクの暗黒カラテがラオモトの顔面をとらえる!

「グワーッ!」ラオモトの体が黄金カワラに叩きつけられる! だが踏まれた右足のせいで、後転回避すらままならない! 起き上がり式サンドバッグのごとくラオモトの体が跳ね返る! そこへすかさずナラク・ニンジャの再ストレート!「イヤーッ!」「グワーッ!」さらに情け容赦ないサンドバッグ攻撃が続く!

 右!「イヤーッ!」「グワーッ!」 左!「イヤーッ!」「グワーッ!」 右!「イヤーッ!」「グワーッ!」 左!「イヤーッ!」「グワーッ!」 右!!「イヤーッ!」「グワーッ!」 左!!「イヤーッ!」「グワーッ!」 右!!「イヤーッ!」「グワーッ!」 左!!「イヤーッ!」「グワーッ!」

「イイイヤアアァァーッ!」最後にナラク・ニンジャは足を離し、全体重を乗せた痛烈なストレートをラオモトの胸元に浴びせる!「グワーッ!」ラオモトの体が弾き飛ばされ、そのまま勢いよく大シャチホコに叩きつけられた!インガオホー! 砕け散る赤漆塗りのブレストプレート! まさにインガオホー!

「これでもなお死なぬか……やはりフジキドの脆弱な肉体では、ワシのニンジャ筋力を完全に発揮することは不可能……」ナラク・ニンジャは不服げに呟きながら、シャチホコに背を預けるラオモトへと威圧的に歩み寄る。黒鉄のブレーサーとアーマーリングは、ひときわ大きな黒い炎と化して消えていた。

 ラオモトは素早く起き上がり、ジュー・ジツの構えでナラクニンジャを迎え撃つ!「「イヤーッ!」」二者のカラテがぶつかり合った! ラオモトの回し蹴りをジャンプで回避してから、ナラク・ニンジャの裏拳が繰り出される! ラオモトは金ブチの黒い鋼鉄ガントレットでこれを防ぐも……ヒビが入り砕け散る!

 右手裏拳のインパクトの衝撃を生かして左側に回転したナラク・ニンジャは、そのまま左手で首元を狙った水平カラテチョップを繰り出す!「イヤーッ!」「ヌウーッ!」ラオモトは鋼鉄の肩パッドでこれを辛くも回避するも、やはり猛烈な衝撃によって肩パッドは粉々に粉砕されてしまった!何たる破壊力!

 ナラク・ニンジャの優勢で続く死闘。だが果たして、我らがニンジャスレイヤーこと、フジキド・ケンジの精神はどこに行ってしまったのか?賢明なる読者諸君ならば、すでに察しはついているだろう……彼の精神は、ニューロンのフートンの中に引きこもっているのだ!

 フートンの中で、フジキドの精神は永遠の悪夢にうなされていた。カスミガセキ抗争の夜、床に這いつくばり、背中をテーブルに潰されて身動きが取れない。硝煙の中、すぐ近くで聞こえるフユコとトチノキの泣き声。(((私はここだ、フユコ、トチノキどこにいる……泣くな、大丈夫だ!私はここだ!)))

「民間人の生き残りです、いかがしますか?」硝煙の奥に、黒いニンジャの姿が浮かび上がる。今ならば、フジキドはその者の名を知っている……ダークニンジャだ。「目撃者は全て殺せ」別な声が命じる「このフロアにいるのはどうせ、カチグミフロアに行けない貧民どもだ。ネオサイタマ経済に影響はない」

 かつてのフジキドならば、あの悪夢の夜の記憶は、これ以上鮮明に蘇ることはなかっただろう。だがニンジャとなった彼は今、望むならば、より鮮明に、より詳細に海馬に蓄積された情報を咀嚼できる。カシャッ! カシャッ! とニューロンの中でズーム音が鳴る。硝煙の奥の人影がズームアップされる!

 拡大とともに、脳内に浮かんだ映像のドットが粗くなり、すぐにまた滑らかになる。どこまででも拡大できそうなほど鮮明だ。カシャッ! カシャッ! ダークニンジャの背後にいる男の影が、さらにズームされる。腕を組んだ威圧的な姿勢。黄金メンポ。金縁の兜。腰に下げた二本の刀。ラオモト・カン!

「御意」ダークニンジャが答え、くるくると妖刀ベッピンを回し、刃を下にして持ち直す。(((やめろ! やめてくれ! フユコ! トチノキ! 逃げろ! 逃げろ!)))フジキドが叫ぶ!だがダークニンジャは容赦なく、感情なき殺戮マシーンめいて素早く2回ベッピンを床に突き立てる! 2つの泣き声が、消えた。

(((ニンジャだと!? 馬鹿な! ニンジャが実在するはずはない!それに、私たち一家が何をしたというんだ! ブッダ! このような不条理が許されるのか!このような非道がまかり通るのか!! ……許さん! 許さんぞ、ニンジャどもめ! 殺す! 殺してやる! ニンジャを全て殺す! 力をくれ! 誰か! 力を!!)))

 フジキドの魂を、黒い憎悪の炎が包み込んでゆく。あのカスミガセキ抗争の夜のように。フジキドは呻いた! ニューロンのフートンの中で呻き、もがき、苦しんでいた! ……その直後、新たな悪夢がフジキドの目の前に広がる。

「揚げた美味しさが」「テンプラ」「DIY」などと極太オスモウ・フォントで縦書きされたノボリが、広い店内でイナセに躍っている。クリスマス装飾の電子ボンボリが、年の瀬感を演出する。 流石はクリスマス・イブ、満席だ。フジキド家の3人は、1ヶ月前から予約していたから、どうにか席を取れた。

「今年も、ここに来れて良かったわ」と、油の入ったカーボン土鍋を前に静かに笑う妻フユコ。「ニンジャだぞー! ニンジャだぞー!」と、椅子の上で狂ったようにジャンプする幼いトチノキ。 「やれやれ、トチノキはニンジャが大好きだな」とフジキド・ケンジ。「一体何処で、ニンジャなんて覚えた?」

「あなたが買ってきたヌンチャクじゃない」と、フユコは子を座らす。 「去年のクリスマスに買ったやつか」「ずっとお気に入りなのよ。それで先日、初めて、箱の絵に気付いたの」「ニンジャー!」「静かになさいトチノキ、危ないわよ。…それに」その先は小声で言った「ニンジャなんて、いないのに」

(((やめろ! やめてくれ! もう見たくない! もう見たくない!)))フジキドの精神が悲鳴を上げる! ナムアミダブツ! なんたる暗黒ファンタズマゴリアか! ナラク・ニンジャに完全にコントロール権を奪われたフジキドは、永遠にリピートされる悪夢を見せられ、憎悪の力を搾り取られていたのだ!

 悪夢の中で再びフユコとトチノキを殺され、フジキドは叫びにならない叫び声をあげる! 満悦至極といったナラクの笑い声が、ニューロン内のチャノマに響き渡った!(((フジキドよ! 未熟者めが! ワシの力を削り取ろう等とは百年早い! このまま永遠にワシがお前の体を操ってやろう! インガオホー!)))

「イヤーッ!」フジキドの憎悪から力を得たナラク・ニンジャは、両足にも黒い炎を纏い、ムエタイめいたローキックをラオモトに叩き込む!「グワーッ!」脛当てにヒビが入り、衝撃が骨に響いてくる! ラオモトは素早くバク転を打って距離を取った「ヘルカイトよ! 何をしておる、無能めが! 支援を急げ!」

(((フジキドよ、案ずるな。妻子の仇はこのワシが討ってくれるわ。そして全ニンジャを殺す! お前はそのまま、精神のフートンの中で永遠に悶え続けておれ! 怒り狂え! 狂うのだ!)))ナラクが哄笑する! フジキドは抵抗を試みようとするが、再びあの夜の悪夢がリピートされてしまうのだった!

 ナムサン! スゴイタカイ・ビルの悪夢の後、フジキドを襲った暗黒の七日間が再来しようとしている! ナラク・ニンジャに憑依され死の淵から蘇った彼は、七日七晩に渡って暴走を続けた。当時の記憶は未だにおぼろげだ。唯一覚えているのは、ドラゴン・ゲンドーソーのジュー・ジツによって止められたこと。

 だが、もはやゲンドーソーはいない。再び完全暴走すれば、止める手立てはないだろう。フジキド・ケンジの精神と肉体は完全にナラクに隷属し、終わりなき永遠の悪夢に苦しむこととなるのだ。ならばどうする?! ……悪夢と悪夢の合間、一瞬だけ取り戻される正気の中で、ニンジャスレイヤーは策を練った!

「イヤーッ!」ナラク・ニンジャが立膝姿勢から繰り出した右ストレートが、ラオモトの股間をえぐる!「グワーッ!」ナムサン! 股間部を守る鋼鉄の甲冑が、辛うじて致命打を防ぐ!

 ……ここで両者は、奇妙な感覚を覚えた。先程までの勢いならば、ナラク・ニンジャのストレートは甲冑を軽々と粉砕できたはず……だが、今回の一撃は明らかに手ごたえが無い。(((フジキドの肉体が限界か?)))ナラクが一抹の不安を覚えて右手を見ると……ブッダ! 何故か炎の勢いが弱まっている!?

「イヤーッ!」ここに一瞬の勝機を見たラオモトは、膝蹴りでナラク・ニンジャを浮かせた後、強烈なサマーソルト・キックを繰り出す!「グワーッ!」ナラク・ニンジャの体がキリモミ回転しながら吹っ飛び、黄金カワラを何枚か砕きながら屋根の中央部に落下した! ナムアミダブツ!

(((フジキドめ、一体何を!?)))ナラク・ニンジャは肉体に防御姿勢を取らせながら、ニューロン内の様子を探った。(((これは!?)))そこには、フートンを脱し、ザゼンを組んでチャドー呼吸を繰り返すフジキド・ケンジの姿があった!(((スゥーッ! ハァーッ! スゥーッ! ハァーッ!)))

 フジキドの脳内では、永遠の悪夢がなおも続いていた。だが彼は、それら全ての憎悪と怒りと悲しみを受け入れながら、チャドー呼吸を繰り返していたのだ!!「あなた!」「パパ!」「殺せ!」「御意」「全ニンジャを殺す!」(((スゥーッ! ハァーッ! スゥーッ! ハァーッ!)))閉じた瞳からは血の涙!

(((やめろ! フジキドよ! 何をしておる! 憎悪こそがお前の力の源だ! 憎悪を燃やせ! 死んでしまうぞ! 仇を討ちたくはないのか!)))ナラクが切羽詰った叫び声をあげる。(((スゥーッ! ハァーッ! スゥーッ! ハァーッ!)))だがフジキドは答えない。

 先程、屋内でラオモトと死闘を繰り広げていた時も、これと似たような状況に陥った。あの時、瀕死の状態に陥ったフジキドは、ニューロンの奥に封印していたナラクを呼び出し、その力を冷たい理性で奪い取ろうと試みた。(((だが、それは間違いだった…)))フジキドはチャドー呼吸とともに思考する。

(((フーリンカザン、チャドー、そしてフーリンカザン……ドラゴン=センセイ、ありがとうございます。今ならば全てが解る……!)))フジキドはさらにチャドー呼吸を続ける。(((フジキド! 死にたいか!)))防御体勢を取る肉体は、ラオモトの繰り出す左右のストレートの前にもはや失禁寸前だ!

(((ナラク・ニンジャよ! ニューロンの同居者よ! オヌシに精神を乗っ取らせるわけにはゆかん! 愛する者を忘れ憎悪に狂った先の復讐など、何の意味も無い! だが、オヌシを呼んだのは、あの日のフジキド・ケンジだ! 我らは一蓮托生! 同じ肉体に宿った2つのソウルだ! 今は力を貸せ! ナラクよ!)))

(((駄目だ! させるものか! 何たるワガママ! ようやく手に入れかけた肉体を…返すものか! 憎悪を否定するのか、フジキドよ!?)))(((ナラクよ! お前を受け入れよう! あの夜、私は確かにお前を呼んだ!私の中のどす黒い狂気と復讐の憎悪が、お前を呼んだ! 否定しようが無い、私の一部だ!)))

 フジキド・ケンジはチャドーの果てに、ひとつの真実を見た。……むろん、完全なる真理ではなかろう。完全なる真理はブッダのみぞ知る。彼が悟ったのは、自らの中に宿る暗黒を拒絶することなく、かといってそれに隷属し操られることもなく、ただ、愛しき妻子の記憶と同じように、受け入れることだった。

「イイイイヤアアアァーッ!」ラオモトは、ほぼ棒立ち状態の相手に対して必殺のチョップを繰り出した! 鋼鉄すらも切断する手刀が、首元へと迫る! アブナイ! ニンジャスレイヤーの首が飛ぶかと思われたその直前……左目がナラク状態からフジキドの力強い黒目に戻り、素早いブリッジでこれを回避!!

「イヤーッ!」続けざまニンジャスレイヤーはバク転を5連続で決め、高く飛び上がる! 口から吐き出された血を掌に取り、両頬に塗りつけた! すると血が燃え上がり、禍々しい「忍」「殺」の鋼鉄メンポを形作る! そのまま彼は、大シャチホコの上に腕を組んだ直立不動のポーズで着地!「Wasshoi!」

「死にぞこないめが!」ここが勝負所と見たラオモトは、ついに自らのニューロンに宿る全ニンジャソウルを順番に引き出し始めた! この猛攻は彼にとって最後の奥の手である! 全てのニンジャソウルのジツを使い切る前に勝たねば、反動でしばし休眠状態に入る! あと数分で決着をつける覚悟を決めたのだ!

 血のメンポを装着したニンジャスレイヤーは、暗黒の七日間を想起する。スゴイタカイ・ビルの殺戮から脱した彼は、気がつくと赤黒いニンジャ装束と「忍」「殺」メンポを身に付けていた。それらが炎に変わって消え去った後、そこに何らかの深い意味を感じ、同じ意匠の装束とメンポを自分でも作ったのだ。

 あの頃と今……多くのことが異なっているが、変わらぬものもある。それは、ニンジャに対する猛烈な憎悪!いまや、フジキドはナラク・ニンジャの存在を受け入れ、まさに一心同体の状態にあった!「来るがいい! ラオモト=サン!」ニンジャスレイヤーとナラクの声が、重なってネオサイタマの夜空に響く!



5

「アバーッ! アバーッ! アバーッ!」クルーカットはデスクの引き出しに嘔吐を繰り返していた。数分前に起こったネコソギ・ファンド社の株価大暴落により、彼の所有する株券は紙切れ同然へと変わっていたからだ!ナムサン! だが、まだここから脅威の大反発があると言い聞かせ、必死で正気を保つ!

「テメッコラー! 最初の暴落時に売り抜けていただと? ザッケンナコラー!」室内でヤクザめいた怒声が響く。「成せばなるだろ!ラオモト=サンを裏切る気か?! 皆がんばってるんだ! スッゾコラー!」密かに株券を売り抜けていた副係長が、周囲の者たちに気付かれ、袋叩きにあっているのだ! コワイ!!

「アバーッ! もう駄目だ! もう駄目だーッ!!」また誰かが叫ぶ。窓際でブラインドを上げ、外の様子を眺めていた先輩が、発狂したような叫び声をあげたのだ! クルーカットは慌てて窓際に走る。暴徒か何かが殺到したか? 否! トコロザワ・ピラー周辺を完全包囲するケンドー機動隊とデッカー部隊が見えた!

「ビルから出る者は、一人たりとも逃がすでないぞ!」ネオサイタマ市警が誇る装甲ビークル『ハニワ』の指揮台にはノボセ老が立ち、サイバー拡声器で周囲のデッカー部隊に対し命令を下していた。「万が一、この作戦中にニンジャらしきものを発見した場合……一方的な射殺を許可する!」

 ノボセ老は数週間前、タマチャン・ジャングルにて謎のジャーナリストからソウカイヤの謀略を収めたデータ素子を受け取っていた。ソウカイヤの息のかかった人間は市警内にも多く、行動が起こせない状態が続いていたが、今夜のインタビュー番組ハッキングが、彼にまたとない好機をもたらしたのだ。

「漢字サーチライト照射!」ノボセ老が再び命令を下す!「「漢字ライト照射用意!」」装甲車両の上に乗ったスモトリ・デッカーたちが、その怪力でサーチライトのハンドルを回す! キコキコキコキコ! 角度が上がり、「御用」の漢字が何個も、トコロザワ・ピラーの壁面や窓ガラスに容赦なく浴びせられた!

「アイエエエエエ!!」漢字サーチライトの直撃を受けたクルーカットは、もんどりうってフロアの床に倒れ、失禁した! そしてうわごとのように、自らの敬愛するCEOの名を唱え続けるのだった!「ナムアミ・ダ・ラオモト=サン! ナムアミ・ダ・ラオモト=サン! 助けて! 苦しい! 苦しい!」

◆◆◆

「ヌウウウウゥーッ!」突撃とともにラオモトがまず引き出したのは、ビッグ・カラテ・ジツを操るビッグニンジャ・クランのグレーター・ニンジャソウルであった! かつてのシックスゲイツの一人、アースクエイクをも遥かに凌駕する凄まじいパワーで、殺人的カラテが繰り出される!「イヤーッ!」

(((フジキドよ、敵のソウルはビッグニンジャ・クラン…力ではなくスピードでカタを付けるぞ)))フジキドのニューロン内で、ナラク・ニンジャの声が響く。(((望むところだ!)))フジキドは素直に、ナラクのアドバイスを受け入れた。「イヤーッ!」シャチホコをも砕くラオモトのキックが迫る!

 ニンジャスレイヤーは紙一重の側転でキックを回避する!そしてラオモトの側面から至近距離でスリケンを投擲した!「イヤーッ!」「グワーッ!」黒い炎をまとった四枚のスリケンが、ラオモトの肩、わき腹、腿、脛に命中!

 虚しくシャチホコを粉砕したラオモトは、足を引いて体勢を立て直してから、今度はニンジャスレイヤーめがけて頭からの突進を繰り出す!「イイイイヤアアーッ!」ナムアミダブツ! ビッグニンジャ・クランの代名詞である頭突き攻撃だ! ガードを試みれば最後、全身の骨を砕かれネギトロにされるだろう!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは迫ってくるラオモトの両肩に手を乗せるようにして、前方回転ジャンプを繰り出しこの突進を回避した! タツジン! さらに一瞬だけナラク・ニンジャが右半身をコントロールし、回転しながら炎スリケンを四連射する!「グワーッ!」ラオモトの背中に激痛が走った!

 さらにニンジャスレイヤーはラオモトの背後へと駆け込み、八連続の回し蹴りを繰り出す! だがインパクトの直前、ラオモトの構えが変わった!「ヌウウーッ!」ラオモトが中腰姿勢を取る!(((離れろフジキド! これはイタミニンジャ・クランの打撃吸収の構え! 今攻撃すれば、苦痛が奴の力となる!)))

 これを聞き、ニンジャスレイヤーの足先が、ラオモトの背中にヒットする直前で止まった! その反応速度、ミリ秒以下! スゴイハヤイ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはバク転を打って距離を取る!(((イタミニンジャ・クランへの対処の仕方は覚えておるな?)))(((ああ、無論だ)))

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは黄金カワラの上に転がったカロウシの刃先を掴む。(((何故打ってこない?)))ラオモトは不審に思い、打撃吸収の構えを解いてニンジャスレイヤーに向き直ろうとする(((まさか、ワシのジツが見抜かれているのか?!)))

 その瞬間、数メートル離れた場所にいるはずのニンジャスレイヤーの姿が、突然揺らいで消えた。右眼の赤い光だけが軌跡となって超高速で迫る!「ヌウーッ!?」ラオモトは咄嗟にガードと打撃吸収の構えを取った! 直後、ニンジャスレイヤーが側面を駆け抜け、ラオモトの左手首の腱を痛みもなく切断する!

「グワーッ! バカな!!」ラオモトの左手首から血が噴出する!この戦略的不利を知ったラオモトは、思わず絶叫を上げずにはいられなかった!「まさか、まさか! ワシの七つのソウルを見抜いているとでも……」ラオモトはイタミニンジャ・クランの構えを捨て、オーソドックスなジュー・ジツの構えに戻る。

(((今だフジキド! 一気に勝負を付けるのだ!)))ナラク・ニンジャの戦術指南を受けたニンジャスレイヤーは、大シャチホコを蹴って三角飛びを繰り出し、イナズマめいたトビゲリを繰り出す!「イイイヤアアアーッ!」だがここでラオモトは、両腕をカニのように広げ、不気味な中腰の戦闘姿勢を取る!

「ムハハハハ! もらった!」ラオモトはそのままドゲザめいた姿勢を取り、メキシコドクサソリの尾のように足を高く伸ばして、トビゲリしてくるニンジャスレイヤーを撃墜した!「グワーッ!?」回避が間に合わない! ニンジャスレイヤーは交錯時にわき腹に痛烈な蹴りを打ち込まれた! アバラが数本折れる!

 ニンジャスレイヤーは激痛をこらえながら前方回転でラオモトと距離を取る。両者はカラテの構えで向き合った。(((フジキドよ、何とウカツな! あれはサソリニンジャ・クランの必殺技! スコルピオンとの戦いを忘れたのか! 馬鹿めが!)))(((ナラクよ、次はせいぜい早くそれを見抜くことだな)))

 しかし、サソリニンジャ・クランのジツでもニンジャスレイヤーを殺しきれなかったことには、ラオモトにとって痛手であった。彼はすでに三個のニンジャソウルのジツを使い切ってしまったからだ。「ヌウウウウーッ!」ラオモトは両手を横に広げた新たな構えを取り、その場で小さく跳躍を始める!

(((ナラクよ、あの構えは?)))ニンジャスレイヤーが脂汗を滲ませながらニューロンの中で問う。(((あの構えは見覚えがある……ツルニンジャ・クラン…? いや、トブニンジャ・クラン…? 昔の事過ぎて、思い出せぬわ)))ナラクが答えた(((いずれにせよ足技よ。奴は左手を失ったがゆえ)))

 ラオモトは上空十数メートルの高さへ跳躍! そしてヘルカイトの胸板を蹴りながら空中反転すると、恐るべき勢いで急降下攻撃を繰り出した!「イヤーッ!」さらにラオモトの足裏に仕込まれたダイヤモンドチタン製の仕込みスパイクが展開される!(((フジキドよ! これはモズニンジャ・クランだ!)))

(((ならばどうする、ナラクよ!)))(((あえての迎撃!)))何と、ニンジャスレイヤーはラオモトの繰り出すモズ・ダイブキックをかわそうともせず、敢えてポムポム・パンチで撃墜する構えを取った! 両脚でしっかりと踏ん張り、対空砲火砲のごとく両腕のパンチを斜め45度の角度で撃ち出す!

「イヤーッ!」獲物を狙う猛禽類めいたオーラがラオモトの全身を包む!「イヤーッ!」対するニンジャスレイヤーの両腕にもナラクの黒い炎が一瞬だけ燃え盛る! そしてインパクト!「「グワーッ!」」周囲に衝撃波が走った! 黄金カワラが震動でカタカタと揺れる! 両者ともに骨が砕けんばかりのダメージ!

 ラオモトはキックの反動で背後に飛び、空中で回転し姿勢を制御しながら着地! だが、ここでバランスを崩した! 片膝立ちになり両手をつく! ブザマ! ポムポム・パンチの衝撃で両膝に負ったダメージが、着地時のバランス制御を妨げたのだ! ゴウランガ! ニンジャスレイヤーがその隙を狙って一気に駆け込む!

 ニンジャスレイヤーも無事ではない。スパイク靴裏による急降下キックを受け、拳が砕ける寸前であった。指の肉はずたずたにえぐれ、おびただしい血が流れている。鋼鉄メンポの奥で、苦痛に顔が歪む! だが、今やフジキドはナラクとともにある! 暗黒の炎が彼の血を焼き、黒鉄のメリケンサックに変えた!

 立膝の状態から未だ動けぬラオモト! ニンジャスレイヤーが迫る! あとタタミ10枚! 5枚! 3枚! 遂にラオモトを殺せる! ニンジャスレイヤーは疾走の勢いを乗せた必殺のカラテを叩き込むべく、黒い炎と黒鉄のナックルに包まれた右腕を振りかぶる! だが!(((フジキド! 駄目だ! 後ろを振り向け!)))

「イヤーッ!!」ラオモトの両目の瞳が蛇のように細く鋭くなったかと思うと、一瞬後、そこから眩い光とともに殺人的なフラッシュが放たれた! ナムアミダブツ! これはシックスゲイツの一人、ビホルダーが使ったのと同じ、コブラニンジャ・クランのフドウカナシバリ・ジツ! しかもその威力は数倍以上だ!

(((モズニンジャ・ソウルによる奇襲攻撃は、いわばステゴマ!)))ジツの余韻のために視界が未だ元に戻らぬ状態で、立膝状態のラオモトは自らの十重二十重に敷いた策略を称賛した。(((ニンジャスレイヤーよ、貴様が油断し真正面から突っ込んでくるのを誘ったのだ! どうだ、即死したか!?)))

 蛇目に変わっていたラオモトの瞳が元に戻り、それとともに彼の視界を覆っていた白い霧が晴れる……そして目の前に現れたのは、ムーンウォークのまま進んでくるニンジャスレイヤーの後ろ姿!「バカなー!?」「イヤーッ!」ガードも間に合わず、ヤリのようなバックキックがラオモトの顔面をとらえた!

 ラオモトはワイヤーアクションめいて吹っ飛び、大シャチホコに背中を強打!「グワーッ!」黄金メンポから漏れる吐血! ナムサン! 何という凄まじい戦闘であろうか! 双方ともに、一歩間違えば死に繋がるサツバツとした戦いを続けている! フジキドの体力は残り僅か、ラオモトに残されたソウルはあと2つ!

「ヌウウウウウーッ!」ラオモトは血と折れた歯をメンポのスリットから吐き出し、立ち上がって両手を広げた! 新たなジツを使おうとしているのか?! ニンジャスレイヤーは攻め込まず、ジュー・ジツの構えを取って出方を窺った。「ヌウウウウーッ!」ラオモトの指先にバチバチと電流が走る!

 黄金カワラ屋根のあちこちに散らばっていた、折れたるナンバンとカロウシが引き寄せられ、ラオモトの周囲を意志持つ刃のように回転し始めた! 真ん中から折れた刃と刃先、そして刃と柄……合わせて四つの危険な刃物が、ラオモトの周囲を旋回する! これぞ、タナカニンジャ・クランのテレキネシス・ジツ!

「ムハハハハハ! 行くぞ、ニンジャスレイヤー=サン!」体の周囲にツムジ・ウィンドめいた刃物を高速回転させながら、ラオモトがカラテの構えで突き進む!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」交錯するカラテ! だが、旋回する刃物によるアシストがある分、ラオモトが遥かに有利!

(((距離を取れフジキド!)))「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは高速八連続側転で距離を取り、ジュー・ジツの構えを取った!(((このままでは勝てぬ! ワシに一時体を預けよ、悪いようにはせん!)))とナラク。今までのフジキドならば頑なに拒んだであろう、だが!(((やれ、ナラク!)))

「イイイイヤアアアアーッ!!」ナラク・ニンジャはセンコのごとき右眼を赤く禍々しく光らせながら、黒い炎に包まれた右掌をタタミ10枚先のラオモトにかざす! ブッダ! ラオモトの周囲を旋回していた刃物の動きが、突然止まった! これは一体!? ナラク・ニンジャはテレキネシス・ジツなど持たぬはず!

「ヌウウウーッ!?」ラオモトも異常を察知し、突撃を止めて両手を広げ、テレキネシス・ジツ重点! 重点! 重点!「イイイヤアアーッ!」ナラクも暗黒カラテの力を集束させる! そう、ナラクはラオモトが放つカラテの力に、自らの暗黒カラテの力を投射することで、テレキネシス・ジツを妨害していたのだ!

 両者ともに憔悴! 互いのカラテは拮抗している! どちらか一方が少しでも相手を圧倒すれば……恐るべき破滅の瞬間が訪れるだろう!「イイイイヤアアーッ!」ナラク・ニンジャの黒い炎が業々と燃え盛り、ラオモトがよろめく! だがその時! 上空からヘルカイトのレーザーが降り注いだのだ!「グワーッ!」

 精神集中が乱れ、吹き飛ぶナラク・ニンジャ! ウカツ! フジキドと肉体を共有しているがゆえの注意不足か、それとも憔悴がもたらす単純な反応の遅れか!? その体が大シャチホコに叩きつけられると同時に、開放されたラオモトのテレキネシス・ジツによって、四本の危険な刃物が飛来した!「グワーッ!」

 咄嗟にガードを固めるフジキド! 右腕、左肩、左脛、そして右脇腹にナンバンとカロウシの残骸が突き刺さった!「グワーッ!」肉体の制御権がフジキドに戻り、激痛にあえぐニンジャスレイヤー!

(((ウカツ! ウカツ! ヘルカイトを生かしておいたのが間違いだった!)))己の詰めの甘さを悔いるフジキド! 下の階で確実に止めを刺しておけば、このような事にはならなかったはずなのに! 爆発寸前の体に鞭打って、フジキドは大シャチホコを蹴り、高く跳躍! 先にヘルカイトを叩き、憂いを断つのだ!

「イイイヤアアーッ!」ニンジャスレイヤーは空中十数メートルまで大ジャンプを見せ、ヘルカイトの真横につけた。「アイエエエエエ!」ナラクのソウルを間近に感じ、失禁するヘルカイト! あとは空中回し蹴りを繰り出すだけでヘルカイトはサヨナラだ! その時!(((フジキド! 何たるウカツか!!)))

 ナラクの意識に促されるまま、フジキドは一瞬、斜め下を見る。ナムアミダブツ! ラオモトが中腰の姿勢で目を閉じ、合掌し、チャドーの呼吸を重ねているではないか!「スゥーッ! ハァーッ! スゥーッ! ハァーッ!」直後、彼の背後に拳大の光球が次々と出現し、戦闘的ブッダ像めいたマンダラを描き始めた!

(((ヘルカイトよ、良くやった! これぞ僥倖!)))ラオモトはチャドーを行いながら、最後のニンジャソウル、ブケ・ニンジャの力を引き出していた。これはラオモトにとって、いわば最後の賭け! ヒサツ・ワザだ! 万が一にもこのジツで相手を倒せねば、力を使い果たし、間もなく戦闘不能に陥るだろう!

 空中に浮かぶフジキドは、ラオモトの全身から壮絶なソウルの力を感じた。ヘルカイトへの回し蹴りも出せず仕舞いだ!最後の最後で、短絡的な怒りが一瞬だけ彼の判断力を鈍らせたのだ!「ラオモト=サン! バンザイ!」空中で姿勢を制御し後ろに回りこんだヘルカイトが、ニンジャスレイヤーをグラップル!

「スゥーッ! ハァーッ!」残された全ての体力と気力を搾り出すかのように、ラオモトは中腰姿勢でチャドー呼吸を続ける!背中に浮かんだ光級は、すでに数十個にも達していた!その全てが、ニンジャスレイヤーに対する凄まじい殺意をたたえて、張り詰めた弓矢のように、敵に放たれる時を待っているのだ!

 ニンジャスレイヤーは背後へのエルボーでヘルカイトの頭蓋骨を砕きにかかるが、目玉が飛び出してもヘルカイトの力は緩まない!「ラオモト=サン!ラオモト=サン!」ナムサン! これが死を覚悟した真のシックスゲイツのカジバ・フォースか! 空中に磔にされ、ラオモトのヒサツ・ワザ一斉射撃を待つのみ!

(((おお、おお! 呪わしい! なんたるウカツか! あれを喰らえば、フジキドの体は持たぬ)))ナラクはニューロンの奥で、フジキドに聞こえる事なく独りごちた。(((ワシのニンジャソウルの力を、余さず防御に回すしかない。だが、脆弱なフジキドの体では、それでも持ちこたえられるかどうか…)))

 ナラク・ニンジャもまた、覚悟を決めた。ヒサツ・ワザが放たれた直後、フジキドの体を強引に奪い取ってでも、全力をもってジツを防ぐしかない。この強引な方法は、長きに渡る不和と不審を乗り越え、フジキドとの間にようやく芽生えかけていた強力な信頼関係を、粉々に打ち砕いてしまうかもしれない。

 それだけではない。仮にあのヒサツ・ワザ一斉掃射を耐え切ったとしても、ナラク・ニンジャのソウルは休眠状態に陥ってしまうかもしれない。逆に、ナラクがニューロンのフートンの中に引き篭もるのだ。ナラクの力無しでフジキドは戦い抜けるか? フジキドの肉体が破壊されれば、ナラクもまた爆発し滅ぶ。

「ヌウウウーッ!!」ラオモトの背中に浮かんでいた光球の群が、眩い光の軌跡とともに上空へ放たれる! 凄まじいスピード! 耳を劈く音! まるでガトリングガンの斉射のごとく、あるいは光の帯をともなった流星群めいて、ヒサツ・ワザが高速射出される!「ラオモト=サン! バンザイ!」ヘルカイトが叫ぶ!



6

「ヌウウーッ!」ラオモトの背中に浮かんでいた光球の群、すなわちカラテ・ミサイルが、死の流線型を描きながら上空に磔にされたニンジャスレイヤーへと次々に飛んでゆく! ZAP! ZAP! ZAP! ZAP! ZAP! 耳をつんざくような高速射出音! これぞラオモトの最後の切り札、ヒサツ・ワザである!

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはグラップルから脱出すべく、背後のヘルカイトに対して力任せにエルボーを叩き込み続ける! CRAAASH!! 頭蓋骨がついに砕けるが、ヘルカイトのニンジャ筋力は衰えない!「アバッ! ラオモト=サン! アバーッ!」カラテ・ミサイルが迫る!!

(((カラテ・ミサイルは自動追尾! 今ここでヘルカイトを殺しても間に合わぬわ!)))ナラク・ニンジャは、フジキドの肉体を再び強引に奪った!(((何をする、ナラク?!)))意図を読めず困惑するフジキド!一瞬にして彼の体はナラクの手に落ち、両の瞳は燃え盛るセンコのごとく細く赤く変じた!

「イイイヤアアァァーッ!!」ナラク・ニンジャは、自らの魂をグラインダーで削るかのるような壮絶な叫びを発しながら、空中で両手両脚を×の字に交差させた! ナムサン! カラテ・ミサイルの命中まであと1メートル! 瞬時に両手両脚が黒いヘルファイアに包まれ、フジキドの肉体を護る炎の盾を成す!

 ZAP! ZAP! ZAP! ZAP! 握りこぶし大の光球が次々と黒い炎の盾に命中し、爆ぜて消える!!「ヌウウウウウウーッ!!」ラオモトは目を血走らせながら、両腕を空中に向けて突き出し、さらにカラテを集中させる! ジツを使い終えた他の6ソウルからも、残った力をすべて搾り出すつもりなのだ!!

 ラオモトの背中から、カラテ・ミサイルがとめどなく生み出される! 0.1秒たりとも途切れぬ連続射出! ニンジャスレイヤーとヘルカイトの視界は光の線によって飲み込まれてゆく! 次第に炎の盾に綻びが生じ、体の前で組んだ両手両脚の物理的ガードすらも超え、フジキドの体に命中し始めた!

「グワーッ!」凄まじい激痛! 一発一発が雷撃のようなショックをもたらし、物理的衝撃もラオモトの渾身のストレートに匹敵する重さ! それが数百発単位で撃ち込まれているのだ!「イイイヤアアアアーッ!」ナラクもまた、己のソウルを限界まで振り絞る! 腕や脚から流れた血が、黒鉄の盾を形成してゆく!

「アッ! アバッ! アババアババアババッ!!」ナラク・ニンジャの手足を包む黒い炎と、カラテ・ミサイルの流れ弾によって、ヘルカイトの腕が焼け焦げ炭と化してゆく!「アバババババババババババーッ!!!」ついに、彼は穴だらけになった凧ごと斜め上方に弾き飛ばされ、さらに流れ弾が全身に命中する!

「アイエエエエエエエ!!」カラテ・ミサイルの直撃を受け、ヘルカイトは空中で死のダンスを踊る! 一発ごとに骨が砕け、肉が焼けただれ、臓器が破壊されてゆく! まさにネギトロ!「…サヨナラ!!」壮絶な爆発四散! ニンジャスレイヤーも、炎と鉄の護りが失われれば、たちまち同じ運命を辿るだろう!!

「イイイヤアアァァーッ!!」ナラクは防御姿勢を解かず、暗黒カラテを振り絞る! ヘルカイトの束縛からは脱していたが、斜め下から絶え間なく射出され続けるカラテ・ミサイルの猛攻によって、物理的に空中に浮かび上がっているのだ!「ヌウウウウウーッ!!」ラオモトも吐血しながら精神集中を続ける!

「イイイヤアアァァーッ!!」「ヌウウウウウウーッ!!」壮絶なソウルとソウルの激突!! ミヤモトマサシならば、この光景を見て何というコトワザを詠むであろう?! ナムアミダブツ! ゴウランガ! ブッダ! ナムサン! 次第に鉄の盾にも穴が開き、再びフジキドの体をヒサツ・ワザが襲う!「グワーッ!!」

 ニンジャスレイヤーの体が、死のダンスを踊り始める!「イイヤアアァァーッ!!」ナラクはなおも! なおも! 自らのソウルすらも省みず! フジキドの肉体を護るべく黒い炎と血の盾を生み出し続ける!そしてヒサツ・ワザの開始から1分後……永劫とも思えるような時間の果てに……ついに決着の時が訪れた!

「グワーッ!!」ナラクが断末魔めいた叫びを放つ! 両目がフジキドの黒目に戻り、炎と黒鉄は血の霧と化して消滅! ナムアミダブツ!!「グワーッ!!」だが同時に、ラオモトもまたニンジャソウルの力を枯渇させ、その場にくずおれ吐血した! 制御を失った十数個のカラテ・ミサイルが四方八方に飛散する!

 絶叫もないまま、ぼろぼろのジョルリのように、ニンジャスレイヤーは頭から黄金カワラ屋根へと墜落した。そしてうつぶせに倒れ、血みどろの手足をピクピクと痙攣させる。赤黒いニンジャ装束は数百年の時を経た骸布のごとくぼろぼろになり、再生すらもかなわない。

「ム……ムハハハハハ! 勝った!!」ラオモトは立膝状態からゆっくり立ち上がり、動く死体のようにぎこちなくニンジャスレイヤーへと近づいてくる。カイシャクを行い、全てに終止符を打つために。「このワシを……デモリッション・ニンジャを……ソウカイ・シンジケートの首領を、殺せると思うたか!」

 だがその時、ラオモトの目に信じがたい光景が映る。ニンジャスレイヤーもまた、大きな吐血とともに辛うじて息を吹き返し、糸につられたジョルリのごとくその身をもたげたのだ! そして酔歩するようなブザマな動きでジュー・ジツを構え、ラオモトにすり足で接近してゆく!「ニンジャ……殺す…べし……」

「「イヤーッ!」」666ラウンドを戦い抜いたボクサー同士のごとき、力無きカラテの応酬が始まった! ブッダもご照覧あれ!! いまやこの2人のニンジャは、肉体の限界とニンジャソウルの限界をとうに超え、精神力のみで動き続けているのだ!! ロウソク・ビフォア・ザ・ウィンドのコトワザの如く!!

「イヤーッ!」ラオモトの顔を狙ったニンジャスレイヤーのストレートが真横に逸れ、そこへラオモト自身ももつれて転倒しそうな前蹴りが命中!「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは腹を押さえてよろめきながら歩き、ラオモトの背中へとチョップを叩き込む!「イヤーッ!」「グワーッ!」

「オゴーッ!」ラオモトは苦痛にあえぎ、のけぞりながらグルグルとその場を回る。急性バリキ中毒者のように目玉は回転し、視線が定まらない。それはニンジャスレイヤーも同じだった。前かがみになり腹を押さえながら、吐血を繰り返してよたよたと酔歩する。少しでも気を抜けば、顔が黄金カワラに沈む。

 タタミ3枚分ほど離れた場所で向かい合うと、2人は再びジュー・ジツを構える。ほとんど、構えの体をなしていない。トチノキにも笑われるほどブザマなカラテだ。だが、彼ら2人を笑える者はいないだろう。よたよたと相手に向かって駆け込み、顔面を狙った前蹴りを同時に繰り出す!「「グワーッ!」」

 両者の視界がスパークする。LAN直結ハッキングされてニューロンを焼き切られる犠牲者が死ぬ寸前に見るという、無限の星空のごとき世界が視界いっぱいに広がる。両者は再びよろめき、8の字を描くようによたよたと歩き回る。あと一発、先に決めたほうが勝利するだろう。先に復帰したのは…ラオモト!

「ヌウウウウーッ!」ラオモトは体勢を整える間も惜しみ、最後の力を振り絞ると、ニンジャスレイヤーの顔面を蹴り上げて首を切断すべく殺人的キックを繰り出した! ナムサン! だが、フジキドも無策ではない! 彼はあえて頭を上げず、無防備な姿勢をさらしたまま、チャドーの呼吸を整えていたのだ!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの右手がほぼ無意識のうちにすっと動き、ラオモトのキックを受け止めた。ゴウランガ! そしてニンジャ握力をこめ、右足の甲を掴む。「ヌウウーッ!?」片足を取られ、ブザマに姿勢を崩すラオモト!「イヤーッ!」フジキドの蹴りがラオモトの左膝を破壊!「グワーッ!」

 ラオモトの膝があり得ない方向に折れ曲がる!勝機!フジキドは握っていた右足を離し、その右膝へと蹴りを放つ!「イヤーッ!」「グワーッ!」右肩!「イヤーッ!」「グワーッ!」左肩!「イヤーッ!」「グワーッ!」四肢を破壊されたラオモトは、糸の切れたジョルリのように無防備に立ち尽くす!

 「殺す……べし」ニンジャスレイヤーはラオモトに体の正面を向けたまま、すり足でゆっくりと後ずさる。ラオモトの目には、それが何を意味しているのかすぐに解った。フィニッシュムーブを繰り出すための助走距離を作っているのだ。「待て…ワシの負けだ…! 貴様の望むものをやろう!」精神的ドゲザだ!


◆◆◆


「ヒッ!」暗い座敷牢の中で、何かを感じ取ったかのように、痩躯のニンジャの体がびくりと痙攣する。背中の肉を吊った何本もの細いフックと鎖、それらを天井や壁で繋ぎ交錯させ、蜘蛛の巣のように複雑怪奇に繋ぐ滑車の数々が、キイキイ、チャリチャリと鳴った。ボンボリの炎が不気味に揺らめく。

 タタミの上30センチの場所に吊られたそのニンジャは、ヨガ業者めいた姿勢で細く長い両脚を肩の上から前に出し、手の指先と合わせた二十本の繊細な指で、タタミの上に敷かれた花札タロットの表面を撫でた。そして、一枚をめくる。「…禿山にドラゴン…」赤い翼を広げる竜が、黒い山の上を舞っていた。

 そのニンジャは黒目がちな瞳をぎらぎらと輝かせて、2枚目のカードをめくる。「……塔……」。そして最も重要な3枚目。「……逆位置の……ライオン……」

 薄暗い広間に十数人のニンジャが正座し、占いの光景を3Dボンボリモニタを通して見守っている。一座の首領が座るべきキモンの方角には、ミコシめいた平安風玉座……果たして彼は何者か!? その顔は紫色の高貴なノレンに覆い隠され、窺い知ることはできない。ただ、純白の手袋をはめた手だけが見える!

「……かかれ……」その正体を秘匿するエフェクト過多な電子音声が、ノレンの暗闇の向こうから静かに漏れ出した。直後、十数名のニンジャが一斉に散る。ビュウ、という死の風がフスマの隙間から忍び込み、キョート城の風鈴をしめやかに鳴り響かせた。


◆◆◆


「ラオモト=サン……何が欲しいかだと……?」ニンジャスレイヤーは、無慈悲なジュー・ジツの構えを取りながら訊く。「そうだ! 望むもの全てをくれてやる! あのコーカソイド女は犯してはおらん! ソウカイヤが望みか!? 力か!? 金か!? 何があれば、お前の復讐心を鎮められる!? 何だ!?」

 あの暗黒の帝王、ラオモト・カンが、ここまでブザマな姿をさらすとは……。フジキドの心に一瞬の迷いが生じた。一瞬、彼のニューロンに、隠し部屋で見た子供の顔が浮かびかけたからだ。「私が……求めるものは…!」ニンジャスレイヤーは、憎悪の炎でその記憶を塗りつぶした。「……オヌシの命だ!」

「Wasshoi! Wasshoi! Wasshoi! ニンジャ、殺すべし! イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは無防備に立ち尽くすラオモトへと駆け込み、全身全霊をこめたトラースキックを放つ!「グウウウウウウウウワアアアアアアアーーーーーッ!」ラオモトの体がワイヤーアクションめいて吹っ飛ぶ!

 弾丸のように弾き飛ばされたラオモトの体は、天守閣のカワラ屋根から水平方向に数十メートル真横に飛び、2秒ほど空中に浮いた。ラオモトの目と、天頂に浮かぶ髑髏めいた満月の目が合う。「インガオホー」月が確かにそう言い放った。直後、ラオモトの体は落下する。四肢が破壊され、身動きが取れない!

「ヌウウウウウーッ! おのれーッ! ニンジャスレイヤー! このワシが! このワシがーッ!?」ラオモトの体は仰向けの姿勢で、数百メートルの距離を落下してゆく!「アグッ!!」そして停止! ラオモトは背から心臓を貫通する剣を見た。トコロザワピラーの前で、ミヤモトマサシ像が天に向かって掲げる剣を!

 インガオホー! ネオサイタマの闇の帝王ラオモト・カンは、自らが崇拝するミヤモトマサシ像の剣によって心臓を串刺しにされ、最期の時を迎えたのである!!「ヌウウウアアアーッ!! サ! ヨ! ナ! ラ!!」直後、猛烈な爆発が夜のネオサイタマを照らした!ついにフジキドのインガオホーは果たされたのだ!



7

 フジキドは激しい苦痛にニューロンを揺さぶられた。そして目を開いた。目に入ったのは天井、蛍光灯。安アパートの内装。「……殺すべし……?」フートンを跳ね除け身を起こす。朝の台所から漂ってくるミソスープの匂い。ここは。

 フジキドは己の身体を見下ろす。包帯。適切な処置が施されている。どこだ。いや、ここは。わかる。「お目覚めかしら」台所からアガタが顔を見せた。「アガタ=サン。これは……私は」アガタは静かな笑みをたたえて頷く。

「私は……どうやってここへ」「あなたって、いつもこうなのかしらね」アガタはコブチャをフートンの脇に置きながら穏やかに言った。「でも、何があったのかは訊かないわ、今は」「ラオモト……」フジキドはぼんやり呟いた。アガタはかぶりを振った。「終わったのよ、きっとね」「……終わった……」

 フジキドの脳裏を、壮絶極まる最後のイクサの映像の断片が駆ける。トコロザワ・ピラー天守閣から真っ逆さまに落ちてゆくラオモト。その映像はスローモーションになってゆき、やがて停止する……そして視界は暗転し……終わった……? 終わったのか。フジキドは呆然とした。

 いや。フジキドは謎の二人のニンジャとともに不敵に消えたダークニンジャを思う。終わってなどいない。なんの落ち度もないフジキドの妻子に直接手をかけたのはダークニンジャだ。ドラゴン=センセイを殺したのも。必ず探し出し、復讐する。探し出して殺すべし。惨たらしく。殺すべし。

「怖い顔をしているわ」アガタの言葉にフジキドは我に返る。「……ドーモ」「終わったのよ。きっと。何もかも」「何もかも……」「恐ろしいことはもう終わりにして、ゆっくり休んで、そしてあなたの人生を取り戻しなさい」「私の人生?」アガタはフジキドの目を見た。どこか超然としたその瞳……

「あなたは充分すぎるほどに苦しんだ」「……」「充分すぎるほどに」「……」「あなたの人生を取り戻しなさい」……人生を取り戻す……フユコ……


◆◆◆


「ニンジャスレイヤー!」「グワーッ!」「shit、このままじゃ……」「グワーッ!」「許してよね。これしかない」首筋に針の痛み。瞬時に歪んだ活力が血中を駆け巡り、ニューロンを激しく刺激する。「ヌウッ!」ニンジャスレイヤーはバネじかけめいてジャンプしながら覚醒した!

「ナンシー=サン!?」ニンジャスレイヤーはナンシーを見た。ナンシーは注射針を捨て、肩をすくめた。「ご名答」

「ここは……天守閣だな。そのままか。そうか」ニンジャスレイヤーは素早く状況判断した。「悪いわね。今打ったのはズバリ・アドレナリン……あなた、インプラントも無いし、ナチュラリストか何かかも知れないって、ちょっとね」「いや、助かった。感謝する」ニンジャスレイヤーは礼をし、「時間は」

「もうすぐ夜が明ける」ナンシーは言った。「悪いけど、もうひと頑張り要るわ。ここから逃げなきゃいけない」「……」「デッカーがこのトコロザワピラーを制圧にかかっている」「デッカーか」「色々とイタズラさせてもらったし、そのせいかしらね?」

「ナンシー=サン」ニンジャスレイヤーは唐突に訊いた。「私は……やったのか」一瞬の沈黙。ナンシーは天守閣の屋根のへりを示す。踏み砕かれた黄金カワラが道めいて、ラオモトを蹴り落とすまでの道筋を無言で示唆している。ニンジャスレイヤーはそこを歩き、はるか下を見下ろした。

 フジキドのニンジャ視力は確かに認めた。爆散したミヤモト・マサシ像。そして、それらに紛れて散乱する、惨たらしく四散した人体を。ラオモトの死のしるしを。「……インガオホー」同時に、周囲に展開する武装デッカーや漢字サーチライト、ヤブサメ、ケンドー機動隊のボンボリ……「成る程な」

「どうしたものか、ってところだけど。考える時間もあまり無いわ」ナンシーが隣に立った。ニンジャスレイヤーは答えようと口を開きかけた……その時だ。

 遠方で空が光った。マルノウチ?ニンジャスレイヤーは目を凝らした。スゴイタカイビル! 炎につつまれている。高層階が爆発炎上したのだ。松明めいて燃え上がるスゴイタカイビルに己の体験をフラッシュバックさせる時間も無く、今度はカスガ区で爆発炎上の火柱! カブーン!「何が!?」

 次は……トコシマ区! まるで狼煙めいて、方々で次々に上がってゆく爆発炎上の火柱と黒煙! ナムアミダブツ! 一体この古事記アポカリプスめいた光景は!?「わかっていると思うけど、私の計画じゃないわよ」冗談めかして言ったナンシーの声は震えていた。するうち、さらにまた遠方で爆発炎上!

 不気味に照らし出されるネオサイタマの空。それは夜明けの徴ではない。ソウカイ・シンジケートの崩壊に呼応するかのような、この光景……ゲイトキーパーの詭弁がフジキドの脳裏をよぎる。フジキドの復讐は統治機構のバランスを崩し、ネオサイタマを巻き込みインガオホーしたのだろうか?

 それを考えはすまい。フジキドに後悔は無い。すべき事を、すべき時にした。それだけだ。後悔など死んでからすればよい……では、これからは?これから彼はどうするのか。

 ダークニンジャだ。ダークニンジャを追い、殺す。夢での自問自答の再現だ。……では、その後は?ダークニンジャを殺し、その後は。その次は?「あなたは充分過ぎるほどに苦しんだ」。夢の中でアガタが発した言葉はフジキドの意志をすり抜け、ニューロンの深淵へ沈んでいった。

 ネオサイタマが。炎上している。





 ニンジャスレイヤー第1部「ネオサイタマ炎上」ここに終わる。




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