E-ニンジャスレイヤー【ロード・トゥ・カリュドーンカップ】
世界全土を電子ネットワークが覆い尽くし、ストリーム技術が普遍化した未来。宇宙殖民など稚気じみた夢。人々は灰色のメガロシティに棲み、夜な夜な配信サービス「ニンッチ」へ逃避する。ニンッチ配信者は敬意と羨望を込め「ニンジャ」と呼ばれた。
ここはイーサイタマ。鎖国体制を敷く日本の中心地だ。
「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーが倒れたミニットマンに馬乗りになり、執拗なマウントパンチを繰り出す。「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」一切容赦なし。これはイクサだ。「ハイクを……詠め!」顔面を粉砕! サツバツ!
「サヨ、ナラ!」爆発四散したミニットマンの光を浴び、ザンシンするニンジャスレイヤーの赤黒の装束に恐ろしいハイライトが刻まれた。そして画面右下には「再戦」「待受」の選択肢が表示された。
……「いったん、休憩しますね」コトブキは配信マイクに向かって言い、「待受」を選択した。
『おつかれ』『マジうまくなってね?』『かっこいい』『アガメムノンの当身、終わってんな』『you so good』『最近格ゲーやる事多いですね』チャット欄にコメントが流れてゆく。キャバアーン! キャバアーン! ファンファーレが鳴り、スシ🍣がドネートされると、画面上で2頭身のコトブキがオジギした。
コトブキは一息つき、ホットココアを飲んだ。「そうなんです、最近格ゲー面白くて……あ、ちょっと待ってくださいね」コメントに返信していたコトブキは、個別IRCへの着信を見て、瞬きした。「スミマセン、ちょっと急用が。皆さん、次回の配信も、よろしくお願いします!」彼女は人気ニンジャである。
IRC着信は、たった今彼女がプレイしていた格闘ゲーム、「ニンジャスレイヤー7」のプロプレイヤーであるガーランドからだった。
ニンジャスレイヤー7は、その名の通り、神話的な戦士「ニンジャ」同士の戦いをテーマとした作品「ニンジャスレイヤー」を原作とする格闘ゲームの7作目である。配信者を示す「ニンジャ」と作中登場する「ニンジャ」の概念は同音異義であり、それもあって、ニンッチにおける人気ジャンルとなっていた。
コトブキは以前のプレイイベントでガーランドと軽く知り合い、それ以降、何度かコラボ配信でコーチングを受けていたのだ。「モシモシ」『モシモシ。早速だが……カリュドーンカップの件だが』「はい!」
『配信中にオープンに連絡したかったが、込み入った事情でな。すまん』「大丈夫です! 不用意なにおわせは避けています!」『その当たりの事は俺にはわからんが……本題だ。コトブキ=サン、カリュドーンカップのオファーがあったと聞いた』「あ、そうなんです。よかったら、今までの流れでコーチングを頼めれば」
カリュドーンカップとは、人気ニンジャによる「ニンジャスレイヤー7」のトーナメント番組だ。コトブキは以前から、ガーランドとのコラボ配信を通し、ニンジャスレイヤー7の基礎を身に着けていた。対空ポムポムパンチのタイミング、ジキ・ツキのコンボも習得。一連の配信がウケて、オファーが来た。
VHSビデオ満載の棚に囲まれた心地良い一室で行うコトブキのニンッチ配信は、今やかなりの人気コンテンツとなっていた。外界から縁のない暮らしをしていた彼女にとって、この上なく嬉しいことだった。そして今回の格ゲー企画。頑張りたい。「是非……」『それなのだが、すまん。先約が決まっている』
「ま……まあ!」コトブキは目を見開く。青天の霹靂であった。しかし、たしかにガーランドとの練習は、カリュドーンカップ以前から時折行っていた個人的なコラボに過ぎない。実際ガーランドはトッププロであり、このような時になれば、各事務所から引く手あまただ。コトブキは呑気にしていた自分を悔いた。「何とか他の方を探します!」
『本当にすまんな……』「だ、大丈夫ですよ! それで、そのう、他のプロの方で、お付き合いのある方などいらっしゃいますか……」『ああ。実際、ヴァニティ=サンやザナドゥ=サンあたりを紹介しようと思ったのだが、彼らも既に他の人気ニンジャからの依頼を受けてしまっていた』「そうですか……」
コトブキは大手ニンジャ事務所に所属しておらず、すべてDIYだ。その弱点が出てしまった。「大丈夫です、わたし、動画とかで勉強して臨みます」『……一人、紹介できる奴がいる』「本当ですか! どんな方ですか!?」『元プロ。今は現役を退いている』ガーランドは言った。『マスラダ・カイという男だ』
【E-ニンジャスレイヤー】
~ロード・トゥ・カリュドーン・カップ~
「スウーッ……フウーッ……」扉の前で、コトブキは深呼吸を繰り返した。玄関ドアのチェーンロックに手を伸ばしかけ、やめ、また手を伸ばし、首を振り、鏡に駆け戻った。「わ……忘れ物なし。寝癖もなし。メイクも良し」メガネをかけ、フードを目深に被る。「た、多分良し」今度こそ、ドアを開けた。
コトブキは自分の部屋をなかば自虐的に「開かずの間」と称していた。居心地が良いので外に出る必要がない。トレーニングベンチで筋トレを行い、配達サービスで生活用品や食料を調達する。イーサイタマは高度に発達した電子社会なのだ。だから、外界に出るなど、とてつもないイベント。覚悟を要した。
小走りで駅に向かうコトブキは昨晩の会話を思い出す。(ガーランド=サン、早速ですがマスラダ=サンのIRCを教えて頂きたく)(無い)(エッ?)(奴はオフラインプレイヤーだ)(オ……オフライン……とは……?)(ネット対戦ではなく、ゲーセンだけだ)(ゲーセンとは……?)(ゲームセンターだ)
(ゲームセンター……アーケード……映画とかで見たことがあります。不良が乱闘をして、タバコの煙とかが?)(今はもっとこう、マジックハンド・カワイイキャッチとか、音ゲーとか、大型筐体だがな。……しかし実際、マスラダ=サンが居るゲーセンは、歴史資料がそのまま残ったようなゲトーだ)
(ゲトー……!)(だが、尻込みするな。話は通してある。キアイを入れろ。無愛想で礼儀を知らん奴だが、腕は確か。かつてのレジェンドだ)(わ、わかりました!)わけがわからぬまま、場所の情報を得た。紹介者であるガーランドの顔を潰すわけにはいかない。コトブキはキアイを入れて電車に乗った。
(そんなに気負わず)コトブキは、人気ニンジャのユカノ先輩の励ましを思い出す。(カリュドーンカップはプロリーグと違うんだから。楽しんで参加すればいい。視聴者の皆は、いつもの真面目なコトブキ=サンを応援してくれるよ)(ありがとうございます。でも、やるからには死力を尽くして頑張りたいです!)
(死力? 時々すごいこと言うね)ユカノは驚き笑った。コトブキは勢い込んだ。(ニンジャスレイヤー7、面白くて。配信抜きでも、なんだか、やり甲斐があります。全力でやりたいんです)(健闘を祈るわね)
……物思いするコトブキに、IRC端末のメッセージ着信。インシネレイトだ。『お前やってんの?』
インシネレイトはチャラチャラしたキャラと意外な熱さのギャップで支持を集める人気ニンジャ。今回のカップ参加者でもある。コトブキはメッセージを返す。『やってますよ』『コーチが見つからないって聞いたけど大丈夫か。日にちねえぞ』
「ご、心配、なく……と」呟きながら、コトブキは返信を打つ。インシネレイトはチャラチャラしているが好人物だ。ニンッチ配信は人間力の世界。性格の悪い配信者はそもそも人気が出ず、やっていける事はない。コトブキの身の回りの人気ニンジャ達はナイスな人ばかりだ。
コトブキはIRCリストの名前を流し見る。ヤモト・コキの名が目に入る。恐らく日本トップのニンジャ。今もメッセージは通じる。送ればの話だ。……だが、妙な抵抗、気まずさがあり、彼女は今回も、何もせず画面を閉じた。
「セキバハラ。セキバハラ」車内放送がコトブキの物思いを断ち切る。セキバハラ駅に降り立つと、立ち食い蕎麦やケバブの匂いが漂った。サラリマンの群れをかわしつつ、コトブキは指定のアドレスを目指す。距離はさほどなかった。雑居ビルと雑居ビルの間に、異様な地下階段あり。「ここですね……」
周囲を見回し、階段を降りてゆくと、闇の底から凄まじい騒音が溢れ出た。グワラララ! ストコココピロペペー! ハンパスンナヨ!キャバアーン!「うう」コトブキは被ったパーカーを手で押さえ、キアイを入れて、騒音の中へ踏み入った。「……」最初に目に入ったのは半端な金髪の店員。名札に「タキ」。
「……」店員は寝ぼけ眼でコトブキのつま先から頭までジロジロと見つめた後、布巾と洗剤を手に、カウンターの奥に戻った。コトブキは妖しい光と闇の渦の中にいた。騒音はゲーム筐体が発するものだ。人々は背中を丸め、レバーとボタンを激しく操作していた。
「ザッケンナコラー!」騒音を割って罵声!
ギョッとしてそちらを見ると、一人用のシューティングゲームで何らかのミスをしたと思しきプレイヤーが癇癪を起こして台を殴っていた。まずは手荒い洗礼といったところか。店員が胡散臭げに見つめるなか、コトブキは奥に向かった。人だかりがある。向かい合わせの筐体はニンジャスレイヤー7だ。
「イヤーッ!」「グワーッ!」騒音の中から、聞き慣れたカラテシャウト。そして慣れ親しんだゲーム画面。コトブキはほっとした。同時に、自宅でプレイしているゲームがこういう場所に存在すると、また違って見えてくるものだなという感心もあった。6つの筐体は満席。観戦者も沢山だ。驚いたことに、ニンジャスレイヤー6、ニンジャスレイヤー5、往年のニンジャスレイヤー2の筐体も、ここでは現役だった。
観戦者達は一様に、胸の上で高く腕を組み、しかめつらで直立不動。プレイを見ている。「終わりだ。カンジ・キル!」「グワアアアーッ!」バキキーン! 丁度、画面の中のダークニンジャが超ヒサツ・ワザをブルーブラッドにキメた瞬間だった。「アアアーッ!」ブルーブラッドのプレイヤーが頭を抱えた。
プレイヤーはコイン投入を躊躇し、後ろを振り返る。腕組み観戦者達は無言で首を横に振り、プレイ意志無しを示した。なかにはチョップめいた手で「やらないですよ」と示す者も居た。
そんな中で、一人が進み出た。コトブキはその瞬間、騒音が遠くに消えたような錯覚を覚えた。空気のうねりだ。一瞬、目が合った。コトブキは息を呑んだ。男はすぐに視線を無関心に逸らし、筐体に向かって座った。
「……!」ほとんど確信に近いコトブキの感覚を、腕組み観戦者達の囁き合いが裏付けた。(マスラダ=サンだ)(マスラダ=サン、ついに見れるぞ)(マジ、パネエ……)コイン、投入。
「あ!」コトブキは口を押さえた。マスラダが選択したキャラクターは、自分と同じニンジャスレイヤーだったのだ。(マジでニンジャスレイヤーだ)(マジか)(ニンジャスレイヤーやれんの?)(いや、ないでしょ)(マジ、パネエ……)タカタカタカ。読み込み時間、マスラダはボタンを叩き確かめる。
コトブキの使用キャラはニンジャスレイヤー。主人公だからだ。しかし配信時の反応は芳しくなかった。「絶対オウガパピーがいい」「初心者はシンプルなドラゴンベイン」「ニンジャスレイヤーは理論値は強いけどTierリストは低位だから嫌になるよきっと」「やめな」沢山の指導が集まった。だが無視。
ニンジャスレイヤーはかつてのシリーズでは最強の一角だった。その秘密はチャドー呼吸。中腰姿勢の構えを取ると、体力が回復するとともに高性能のヒサツ・ワザが飛び出す。もともと通常性能は使いやすいワザが揃っているうえに、チャドーによって一発逆転も可能。だがチャドーはナーフされた。
そうなると、ニンジャスレイヤーの特別な火力は、猶予わずか2フレームの最速入力を条件とする最速ポン・パンチからのコンボに頼るしかなく、それを安定できないプレイヤーにとっては、単なる使いやすいワザが一通り揃った器用貧乏キャラとなってしまう。そういう評判を嫌と言うほど聞かされた。
(コトブキ=サンはエンジョイ勢だから、気にするな)ガーランドはそう言って、親身に基本戦術を教えてくれた。しかしコトブキは何処か寂しい思いだった。彼女自身でも自覚していなかった悔しさだった。ラウンド開始。ダークニンジャと向かい合うニンジャスレイヤーに、彼女は呟く。「頑張れ……」
「イヤーッ!」開幕0.5秒、ダークニンジャが瞬間的バックステップで攻撃を誘った。マスラダのニンジャスレイヤーは前へ踏み出している。ダークニンジャはその一瞬の無防備を狙い、コンボ始動斬撃を……「イヤーッ!」「グワーッ!」最速ポン・パンチがダークニンジャの腹に叩き込まれた!
最速ポン・パンチのしるしに、マフラー布が赤黒の炎を噴く。ダークニンジャは身体をくの字に折り曲げて吹き飛ばされ、画面端で跳ね返った。最速ポン・パンチでなければ、このコンボチャンスは訪れない。
ニンジャスレイヤーは上体を小刻みに揺らすような奇妙な動きを取りながら、吹き飛ぶダークニンジャを一瞬で追い、リズミカルな追撃を当てていった。「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」
地面に叩きつけられたダークニンジャは、ブレイクダンスじみたウインドミル蹴りによる反撃を狙う。だが反撃はマスラダのニンジャスレイヤーの爪先1ドットを通過しただけだった。完璧な間合い管理と反撃の誘いだ。生じた隙に、再び最速ポン・パンチが叩き込まれる。「イヤーッ!」「グワーッ!」
最速ポン・パンチからのコンボは体力ゲージの6割強を奪う!これを二度受けたダークニンジャはたちまちダウン!「ワオオオオ!」「ヤンバーイ!」腕組み観戦者達が湧いた。マスラダは微動だにせず、ただボタンの効きを確かめ、軽く首を傾げていた。次なるラウンドも、全く同じ無慈悲な結果となった。
(マスラダ=サンだ)(マジマスラダ!)(本物だ)(マジパネエ!)静かな歓声の中でコトブキは棒立ちとなっていた。すぐに次の対戦者が座った。使用キャラはレッドゴリラ。だが、投げは垂直ジャンプで逃れ、牽制技を打てば再び1ドットで避けた後の足払いが命中する。未来予知めいたマインドゲームにより瞬殺!
次々に挑む対戦者。フォレスト・サワタリ。フューネラル。ロブスター。ドラゴンベイン。1ラウンドすら取らせない。マスラダはたったのワンコインで108連勝。興奮、満足、驚愕の感情を土産に、人々が去っていき、マスラダはペットボトルの「枯山水」を飲んだ。コトブキは一歩も動けなかった。
「……」マスラダは不意に振り返り、「……すみません。やたら長引いた」と呟いた。コトブキを見上げている。コトブキは身を固くした。そしてしどろもどろに答えた。「あ、あの……わたし、ガーランド=サンの紹介で、あの……わたし、コトブキといいます……!」「……ッスよね。話、聞いてます」
「それで、わたし、ええと、大会があって……コーチングしてもらう必要があって……」「役に立てるかわかんないスよ」マスラダは瞬きせず、真顔で言った。「おれはもうゲームから降りてる。本業もあるんで」「本業」「まあでも、やれるだけの事はやりますけど」「ア、ア……アリガトゴザイマス!」
コトブキは慌ててカバンを探り、二頭身のキャラが描かれた名刺を差し出した。「うん。まあ」マスラダはコトブキを一瞥して、それを懐にしまった。少し考えた後、彼は「じゃ、一応」と、自身の名刺を出した。マスラダ・カイの名と連絡先、奇妙なアブストラクト・オリガミの透し彫りが為されていた。
「そ、それじゃ、今からここで……?」「いや、ここうるさいでしょ」マスラダは一瞬たりとも笑顔がない。「連絡入れますんで」「……ハイ……」コトブキは極度の緊張で心臓を口から吐き出しそうだった。その後どう帰宅したか、実際覚えていない。だが、IRC端末に、友達リクエストが確かに届いていた。
――『アイツ大丈夫だったか?』「はい! なんとか……おかげさまで! その節は!」コトブキはガーランドに感謝した。『もともとクチのきき方知らない奴で。どうか辛抱してもらって』「とんでもないです! 助かりました!」コトブキは画面に向かって頭を下げた。通話を終えると、約束の時間だ。
『アー……よろしく』マスラダのアカウントが入ってきた。然り。数日でオンライン環境が整えられているのだ。「マスラダ=サンはオフラインのみだと聞いていたのですが……」『PC一式、送られてきました』「え? 誰が?」『ガーランド=サンですよ』マスラダは面白くもなさそうに言った。『そういうとこあるんだよ』
アイサツもそこそこに、二人はオンライン対戦空間にログインした。赤黒のニンジャスレイヤーと黒橙のニンジャスレイヤーが向かい合った。『ニンジャスレイヤーで大丈夫なんスか』マスラダが尋ねた。『結構厳しいかも知れないスよ。相手の人気ニンジャの人達の練度とかわからないスけど』
コトブキは少し言葉に詰まった。マスラダは言った。『一応、ドラゴンベインみたいな、強いワザ振ってればなんとかなるキャラ居るんで、ちょっと触るくらいなら、そっちのほうが十分楽しめるとは……』「ち、違うんです!」コトブキは遮った。思いのほか、強い勢いが出てしまった。「これがいいの!」
マスラダが少し気圧されるさまが伝わった。コトブキは少し後悔しながら、話し始めた。「わたし、格ゲー面白いと思ったんです。だから、納得できるまで頑張りたいんです! てきとうにやりたくないんです、だから……」「……」コトブキは自分の嗚咽にうろたえた。「ウグッ……ちゃんと教えてほしい……!」
『……なんか、すいません』マスラダは言った。コトブキは目をこすり、咳払いした。「やります。練習もしてます、配信外でも」『わかりました。じゃあおれも頑張りますよ。まずニンジャスレイヤーは最速ポン・パンチっていうのが……』「イヤーッ!」コトブキのニンジャスレイヤーが拳を突き出した。
ポン・パンチを繰り出したニンジャスレイヤーのマフラー布は、赤黒の火の粉を散らしている。最速入力のしるしだった。コトブキは再びコマンドを入力した。レバーを前に入れる瞬間にボタンを押す。狂い猶予は2フレームのみ。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが拳を突き出す。マフラーが燃えている。
「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」成功。成功。失敗。成功。コトブキのニンジャスレイヤーは最速ポン・パンチを繰り返す。『マジか。やるじゃないスか』相変わらず喜怒哀楽のトーンは薄いが、マスラダの反応は真摯だ。『練習したンスね』「あれから毎日15時間、これだけ、やりました」
『はは……マジか。いや、いいッスよ』と、マスラダ。「配信で、ずっとこればかり繰り返してるんで、視聴数が心配です」コトブキは冗談を言った。『わかりました。やれるだけの事、やりましょう。……勝ちたいニンジャの人、居るンスか。おれは詳しくないスけど』「ヤモト=サンです」『おれも名前聞いた事はあるな』
コトブキは目を閉じた。ヤモト・コキ。今やイーサイタマで最も人気のあるニンジャであり、状況変化が疎遠にしてしまった友達……かつて隣の部屋に住んでいたニンジャ友達であった。「ガーランド=サンが、ヤモト=サンを教えてます。わたし、勝てるようになりますか」『……コトブキ=サン次第スね』
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