【デッドリー・ヴィジョンズ:ブラック・ストライプス】
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デッドリー・ヴィジョンズとは?: 誰にも顧みられることのないニンジャとニンジャの死闘、そのミニマルさを重点した、シンプルな読み切り短編シリーズです。各話に連続性は無く、どこからでもスナック感覚で読めます。そこにはプロトタイプを含む過去の作品と、全く新たな短編が混在し、時には本編採用されなかった掌篇も含まれます。原作者の意図により、敢えてどれがどの時代に書かれたものか、また第何部の時系列にあたるものかは明記されません。原作者ボンド&モーゼズ氏は「どれが正史でどれがスピンオフかという境界線は、敢えて曖昧にしたい」と述べています。ではニンジャとニンジャの情け容赦ない戦いをお楽しみください。
【ブラック・ストライプス】
空には直視できぬほどに眩い太陽があった。強い潮風が吹き抜け、音を立てて打ち寄せる波が砂浜に食らいつくと、白い泡が幾層にも重なって、濡れた砂の上に貝やカニ、ワカメを残してゆく。パインの木々は黒々とした葉を茂らせる枝をゼンめいたフラクタルに伸ばし、岸壁に沿って並べられたテトラポットの上では、極彩色のヒトデたちが強烈な日差しでボイルされ、美しい屍をさらしていた。
「ハアーッ! ハアーッ!」
人里離れた砂浜を、何かに追われるように繰り返し振り返りながら走るニンジャの姿あり。彼の名はブラックストライプス。深緑のニンジャ装束には黒い縦縞模様テキスタイルが施されていた。その姿は砂浜の白黄色のなかにあって、極めてよく目立つ影であった。もつれながら走る彼の後には足跡が点々と残った。頭上ではカモメがゲーゲーと鳴きながら旋回していた。
(奴らは俺が死ぬ事を待ち構えているに違いない)ブラックストライプスは鳥たちのものほしげなアトモスフィアに怖気を振るった。(ふざけるな、屍肉喰らいどもめ……!)
然り、ブラックストライプスは逃走の途上であった。彼はソウカイ・シンジケートのニンジャであり、このムイガハマ海岸付近の洋上において、漁船に偽装したヤクザボートを用い、敵対ヤクザクランの者たちとその家族をドラム缶に詰めて沈め、水葬処刑した。
順風満帆のミッションであった。水底のイカリを引き上げた時、赤黒の藻屑が絡まっている事に気づくまでは。……はじめはイカリに何か大きな廃棄物でも引っかかっているのかと思った。だが、藻屑が身じろぎし、恐るべき赤黒の眼光で睨んだ時、彼は死神を引き上げてしまったのだと知った。
イカリの鎖を這い上って来た赤黒のニンジャは、ジゴクめいてアイサツした。ニンジャスレイヤーと。ブラックストライプスは当然その名を知っていた。コッカトリスやソニックブームといった手練れのニンジャを殺した恐るべき戦士であり、その首には莫大な懸賞金がかけられていた。
たとえば彼がシックスゲイツ級のニンジャであれば、キンボシのチャンスと奮い立ちもしただろう。しかしブラックストライプスにそこまでの度胸はなかった。少なくとも正面きったカラテで勝てる相手ではない。
彼はボート乗組員のクローンヤクザ達にニンジャスレイヤーを襲わせ、その隙に回転ジャンプで海に飛び込んだ。訓練された泳ぎであっという間に浜辺に到達、這い上がった。だが、彼のニンジャ第六感はいまだ確かに感じている。追跡者のアトモスフィアを。そう遠くはない……!
「ハアーッ! ハアーッ!」
砂浜を走りながら、彼は否応なく、マインドを戦闘モードに切り替えた。このまま逃げ切るのは不可能だ。ソウカイネットにヘルプ要請をしたところで、この人里離れたビーチに救援のニンジャが到着するまでどれだけの時間を要するかは未知数。ならば、どこかの時点で、危険を冒してでも機を見て攻撃を試み、あわよくば仕留めるべし!
◆◆◆
「イヤーッ!」
波濤とともにニンジャスレイヤーは海中から飛び上がり、砂浜に着地した。海水が赤黒の装束をしたたり落ちる。決断的殺意に染まった目が敵を求め、点々と続く足跡をすぐに発見した。
「……」
ニンジャスレイヤーは足跡を追って走りだした。頭上には群れをなすカモメ。風になびくパインの木々。極彩色のヒトデたち。砂は白く、海は青かった。状況が異なれば、それはネオサイタマでは望むべくもない安息のスポットたり得たことだろう。だが今この場所は確かにニンジャ対ニンジャの容赦なきキリングフィールド以外のなにものでもない!
「……これは」
ニンジャスレイヤーは立ち止まり、眉根を寄せた。足跡が途絶えている。だがブラックストライプスの姿はない。どこにいる……?
「ここだ! イヤーッ!」
ナムサン! その瞬間、ニンジャスレイヤーの斜め後方で殺意あふれる叫び声が聞こえた。ニンジャスレイヤーは反射的に向き直り、カラテを構え直した。だが、そこには何も無し!
「バカめ! かかったり!」
向き直ったニンジャスレイヤーの背後でさらに声! ナムサン! これは意図した地点から物音を発生させるヤマビコ・ジツのアンブッシュ転用である。
「コシャク……」
「イヤーッ!」
さらに向き直ったニンジャスレイヤーの視界が、砂の上に現れた緑と黒縞柄のニンジャの上半身を捉えたとき、既にアンブッシュのクナイは放たれていた。
「グワーッ!」
ニンジャスレイヤーは反射的にクナイを打ち払った。だがそれがブラックストライプスの狙いだった! クナイはチョップを受けて容易に爆散し、明らかに不穏な粉塵をニンジャスレイヤーに浴びせかけたのだ!
「グワーッ催涙ガス!」
ニンジャスレイヤーは砂の上でたたらを踏んだ。目が霞む。開けていられない! そればかりかガスには神経撹乱物質すらも含まれており、すぐさま目鼻の粘膜を通してニンジャスレイヤーの体内を冒しはじめた。平衡感覚が失われ、激しい痛みが襲って来た。
「グワーッ!」
ニンジャスレイヤーは立っていられず、倒れこみ、のたうった。アブナイ! 起き上がり、身を守り、反撃せねば……! 彼は盲滅法にチョップを打ちまくった。当然それが敵をとらえることはない。
「「「ハッハハハハ! 愚かなり!」」」
ブラックストライプスの嘲笑が響いた。まるで頭の中で反響しているかのようだ。
「「「俺がただ逃げているだけと思ったか! こうなれば返り討ちにしてキンボシ重点するまでよ! 俺とて腐ってもソウカイヤのニンジャ戦士。所詮サンシタだと侮った貴様がマヌケなのだ!」」」
「ヌウウウーッ!」
砂の上でもがく彼の手に、何かが触れた。それは砂に埋まった木片であった。折れたパインの枝か、材木か。とにかく彼は藁を掴む溺死者めいてそれを取り、杖代わりに起き上がった。
「どこだ……どこにいる……!」
「「「「「「ここだ! ニンジャスレイヤー=サン! ハハハハハ!」」」」」」
四方八方から声が投げかけられる。ニンジャスレイヤーは残響する世界で怯んだ。
「ヌウーッ!」
「「「「「「いいザマだ。毒が回って来ただろう! 死神といえども所詮ケミカル脆弱性は拭い去れぬものよ!」」」」」」
「イヤーッ!」
ニンジャスレイヤーはボーで薙ぎ払った。手応え無し! 苦し紛れの攻撃に意味はない。そればかりか、お返しとばかり、数発のクナイ・ダートが飛来し、ニンジャスレイヤーを惨たらしく傷つけた。
「グワーッ!」
攻撃は執拗かつ連続で行われる。チャドー呼吸による解毒を試みるも、新たなクナイが身体を傷つけ、その集中を破ってしまう。このままではジリー・プアー(注:徐々に不利)である!
「「「「「「ハハハハハ! 死すべし、ニンジャスレイヤー=サン!」」」」」」
「イヤーッ!」
ニンジャスレイヤーはボーを打ち振った。偶然にもその攻撃は彼の眉間をめがけたクナイを弾き飛ばした。
(そうだ。まだ戦える。まだ死ねぬ……!)
ニンジャスレイヤーはこの降って湧いた幸運にすがりつき、ケミカル影響下の狼狽を闘争心で再び塗り潰そうとした。
(耐え続け、攻撃の機会を……!)
「「「「「「イヤーッ!」」」」」」
「グワーッ!」
クナイがニンジャスレイヤーの身体をかすめた。
「まだだ……諦めるわけにはいかぬ……!」
(((ググググ……なんとブザマな姿であることか)))
ブラックストライプスとは異質の声がニンジャスレイヤーのニューロンに木霊した。
(((ブザマの極み……この程度のサンシタニンジャを相手に遅れをとったは、まさしく増上慢の招き寄せたインガオホー也。言うた筈。未熟なオヌシ独りの手では復讐は果たせぬ。儂に身体をあずけよ。さすれば此奴ごとき、瞬きひとつする間に退治てくれよう)))
(黙れ……ナラク……)
ニンジャスレイヤーは朦朧とした意識下で、かろうじてその名を絞り出した。ニューロンの同居者、邪悪なるニンジャソウルの名を。彼にその身を預ければ、戦いの意義は無に帰する……!
(敵の居場所を言え、ナラク! オヌシが目となるのだ!)
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