【サイレント・ナイト・プロトコル】#3
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「ジングルベル……ジングルベェル……」クリスマスチャントを唱えながら、恐るべき騎士ニンジャ、シバルリーは事務室に歩を進める。生贄を調達するつもりだ。ツリーの「祭壇」に市民を捕らえ、痛めつけ、迷信的な望みを果たそうとする。しかも今日はクリスマスではない。狂気の沙汰であった。
かつて「サツガイ」という名の存在がいた。サツガイは無作為に選んだニンジャの前に現れ、無作為のジツを余分に授けた。その破格の超自然力は、ニンジャを超えたニンジャ、即ちヌンジャをも思わせ、多くのニンジャを力への欲望に狂わせた。
サンズ・オブ・ケオスとは、かくしてサツガイの祝福を受けた者達の集いである。出自も所属も不統一のニンジャ達は、サツガイとの接触体験を軸にネットワーク上で繋がり、互いの神秘体験を語り合った。彼らはニンジャクランでもなく、ヤクザクランでもない。企業でもない。「繋がり」なのだ。
一部の読者諸氏はご存知であろうが、サンズ・オブ・ケオス(SoC)の創設者はニンジャスレイヤーの手で既に爆発四散している。彼らが崇めるサツガイすらも、遠いシトカの地で、ヒャッキ・ヤギョの混沌の果てに滅びた。それでも「繋がり」は残った。「繋がり」は組織ではない。ゆえに滅びず、拡散した。
今や、SoCに参加するニンジャの大半が、サツガイの祝福を実際には受けていない者達である。神がかりとなった彼らは、サツガイがいつか自身の前に現れ、祝福を授けてくれる事を夢想し、断片化されたネットワーク上で、思い思いの信念を造り出すに至る。……マートの三人も、そうした手合いだった。
シバルリー、ヘルギボン、センターコーク。彼らはクリスマス時期に遺棄されて以来、時を凍りつかせている99マイルズ・ベイのコケシマートに神秘を見出し、放置された巨大ツリーを祭壇とした。諸人こぞりて。クリスマスを固着させ、以て、御子たるサツガイを召喚。鐘。ゴーン・エヴリワン・ゴーン。
「ジングルベル、ジングルベル。次の者は容易く壊れてはならんぞ。それは許可しない……」ナイトヘルムを被ったシバルリーは、ブツブツと呟きながら、事務室のドアに手をかけようとした。ドアはひとりでに開いた。「……?」彼の眼前の闇に、赤黒の眼光と、「忍」「殺」のメンポが浮かび上がった。
「なん……」「イヤーッ!」「グワーッ!?」シバルリーは仰向けに倒れ、床に叩きつけられた。強烈な頭突きアンブッシュだ!「な……何奴……!」後転して起き上がった彼は、へし歪んだ兜の覗き穴越しに、戸口の闇から進み出る赤黒のニンジャの姿を凝視した。ニンジャは手を合わせ……オジギした。
「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」アイサツされれば応えねばならぬ。古事記にも書かれた絶対の掟だ。シバルリーはニンジャスレイヤーのアンブッシュと不遜な態度に憤怒しつつアイサツを返す。「ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン。シバルリーです。貴様、我らの神殿を何と心得る!」「廃墟だ」
「神秘を前に心震わせる事なき外道蛮族め!」シバルリーは瞬時に激昂し、腰のツルギを抜刀した。「我が騎士道、我が剣は貴様を決して許さん! いざ尋常に……」「スウーッ」ニンジャスレイヤーは前傾し、睨み上げた。「フウーッ」「……!」シバルリーは呻いた。彼を上回る憤怒を浴びせられたのだ!
「イヤーッ!」シバルリーはツルギで斬り掛かった。練りの足らぬ斬撃だ! 恐慌にも似た焦りが彼の太刀筋を濁らせていた!「イヤーッ!」前傾姿勢のニンジャスレイヤーは一瞬早くシバルリーの懐に滑り込むと、二度の打撃をみぞおちに食らわせる!「オゴーッ!?」シバルリーは兜の中で嘔吐!
フルプレートアーマーは銃弾や刀剣に対して確かに強い。だが拳のカラテがもたらす衝撃に対し、中の生身の身体は無傷ではおられぬ!「イヤーッ!」「グワーッ!」下からすくい上げる打撃が、シバルリーの顎を破壊した! ナムサン! フルヘルムで守りきれぬ部位!
「キャキャーッ!」その時! 斜め横! 腐食した商品の陳列棚をトライアングル・リープし、ヘルギボンが襲いかかる! きわめて長いサイバネ腕に置換している事で、彼のカラテのリーチは通常の1.5倍! さらには実際猿めいた身軽な動きによって、奇襲能力は100倍近い!「イヤーッ!」「グワーッ!」
ナムサン! 悲鳴を上げたのはヘルギボンだった。ニンジャスレイヤーは上体を反らせて長い腕による爪攻撃をワン・インチ回避し、左腕で抱え込みながら、右手で顔面を掴んでいた。そのまま身体を振り回し、腕関節を破壊しながら、シバルリーの胴体に、叩きつけたのだ!「「グワーッ!」」
それはしかし、回り込んで移動していたセンターコークにとっては格好の攻撃機会であった。「イヤーッ!」百発百中の投擲ナイフを「ハイヤーッ!」「グワーッ!」死角からの空中飛び回し蹴りがセンターコークの側頭部を直撃! 怯んだ彼の投擲ナイフはヘルギボンの首筋に突き刺さった!「アバーッ!」
飛び蹴りを繰り出したのはコトブキである!「ニンジャスレイヤー=サン! アブナイ! ここにもう一人居ます!」警告する彼女に、センターコークはターゲット変更!「切り刻まれたいのはテメエか! ズタズタにしてやるぜ!」両手に構えたナイフで襲いかかる!「イヤーッ!」「グワーッ!?」腕に縄!
センターコークのナイフはコトブキを逸れた。彼は腕に絡みつき、燃えながら喰らいついた超自然の鈎爪に怯んだ。ロープ鈎のもう一方は、ニンジャスレイヤーの手にある!「イヤーッ!」力任せに引き寄せる!「グワーッ!」センターコークの両足が床を離れた!「イヤーッ!」拳が待つ!「グワーッ!」
「カカッ、カカ……」首に刺さったナイフが致命傷か、痙攣するヘルギボンの頭を、「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは容赦なく踏み砕く。「サヨナラ!」爆発四散!「おのれ、自分のやっている事がわかっておるのか!」シバルリーが頭を振って起き上がり、罵った。ニンジャスレイヤーは向き直り、カラテを構える。
戸口で身を乗り出し、ニンジャのイクサを見守っていたコーデュロイ服の市民と野球帽の少年は、色付きの風めいたニンジャのイクサに震え上がった。その詳細を彼らの動体視力が捉えきれなかったのは幸いであろう。目の当たりにすれば、人智を超えたカラテ衝突に発狂した可能性すらあるのだ。
しかもそれは……おお、ナムサン。この物語を深く知る読者の方であれば、今回のイクサはニンジャの神話的恐怖のほんの序の口に過ぎぬという事が御理解いただけている筈だ!「アイエエエ!」少年は極度の恐怖に叫び声をあげ、走り出た!「い、いけない! 待ちなさい!」男が捕まえそこねる!
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