【ロンドン・コーリング】
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関連エピソードや資料
◇【エンター・ザ・ドラゴン・クリプト】
◇「シャード12:磁気嵐の晴れた世界で3(テクノカラテと倫敦)」
【ロンドン・コーリング】
1:【ドラゴン・マウンテン、ドージョー本館】
「それでは。行ってまいります」旅姿となったユカノは、見送りのタイセンに向かい合った。タイセンはセンセイを心配させまいと、不敵に笑った。「留守番、しっかりやりますよ。もしも霊廟からバケモノが出てきたらガッツリやっつけますし……秘密のワザを編み出して、帰ってきたお二人をびっくりさせますよ!」
「頼もしいですね。タイセンよ。実際そなたのカラテは見違えるほど成長しました。粛々と師範代としての責務を果たすべし。わかりましたね」「勿論ス。だけど……」0100101……タイセンの横に、青白く霞むノイズ混じりの半透明霊体が出現し、馴れ馴れしく肩に肘を乗せた。『ま、ここは俺とコイツに任せとけ。しっかり観光して来なよ』シルバーキーはウインクした。
彼は今、ドージョーのUNIXに接続された銀のデバイスの働きで、このドージョー敷地に遠隔干渉する事が可能だ。ライター大の銀のデバイスはフジキドがシトカの隠れ家を訪れた時に受け取った品で、ゾーイが作り出したものである。『オヒガン防備は任せときな。なんなら、俺がIRC-SNSもかわりに……』「それは私が旅先からも更新します」『あ、そ』
「フジキド=サン、どうかセンセイをお願いします」タイセンはオバケに対する畏怖の目で青白いシルバーキーを見ながら言った。「無論だ」フジキドは頷いた。ユカノは微笑んだ。「長い滞在にはなりません」「では行くか。ユカノ」フジキドが促した。2人の表情は張り詰め、当然、観光の態度ではない。なぜなら目的地は死都ロンドン……まともな者であれば敢えて近づかぬリアルニンジャの領域だ。大英博物館はその中心地にあった。
2:【ロンドン・ネクロポリス中心部:カタナ・オブ・リバプール社機械化偵察小隊】
『クソッタレ! こっちはだめだ! ズンビーどもが……ズンビーどもが……俺の足を! アイエエエエエ! アイエーエエエエエ!』
通信機から漏れ出してきたのは、南側に逃げたカタナ・オブ・リバプール社の同僚の悲鳴。そして生きたまま骨を噛み砕かれる音。メイは悲鳴をあげ、通信チャネルを閉じた。
「なんてこと、ロブまで……! もう終わりだわ……!」
ロンドン偵察任務中に本隊からはぐれたメイの機械化小隊は、もはや技術官である彼女一人を残すだけとなっていた。メイは血を流し、足を引きずり、霧に覆われたケンジントン周辺の無人民家に逃げ込んだ。もう歩くこともできず、メイは玄関で座り込み、トランシーバーのスイッチを入れた。
「本隊、応答願います、直ちに現在座標へとニンジャを派遣してください。直ちに現在座標へ……」
だが応答はない。やがてザリザリという電子ノイズ音を、ズンビーたちの低い唸り声が覆い隠し始めた。奴らは血の匂いを追う。家は既に十数体のズンビーに囲まれていた。
鍵は壊れている。メイは自重だけで扉を押さえ続けていた。どん、どんと、ズンビーたちが体をぶつけてくる衝撃が、扉一枚を隔てて伝わってきた。そのたびにメイは激しく揺れ、嗚咽した。
「ウウーーッ……」メイはサブマシンガンの弾倉を確かめた。もう弾がない。気休めの電磁パルスナイフを抜き、深呼吸をした。生きたまま貪り食われるくらいならば、ここで腹を切った方がマシかもしれない。メイは震える手で柄を逆向きに握り直し、刃先を己の方に向けた。その時だ。
「セイ!」外で鋭いカラテシャウトが響いた。そのあとには、ストロボ光めいた白い連続発光と衝撃音、そして凄まじい肉の破裂音が続いた。メイには何が起こっているのか解らなかった。
「セイ! セイヤッサー!」カラテシャウトと発光が連続で続いた。砕け散って黒炭と化したズンビーの肉と思しきものが、白い玄関扉のアーチガラス窓に叩きつけられた。
やがて、外から女の声が聞こえた。
「開けてください、もう大丈夫です」
「アイエエエエエ……」メイは片手で電磁パルスナイフを握りしめ、苦痛に顔を歪めながら、恐る恐る立ち上がった。そして玄関扉の窓の向こうを見た。
外に立っていたのは、風変わりな尼僧装束の女であった。尼僧の両腕には鋼鉄の鎖が巻かれ、両腿のホルスターには大型の聖職者拳銃が備わっていた。
「あ、あなたは……」メイが問うた。
尼僧は両手を合わせ、礼儀正しくオジギした。
「ドーモ、私の名はスマイター。……ニンジャです」
3:【ロンドン・ネクロポリス最外縁部、ブライトン区:アンブレラ】
雨が降っている。海辺の遊園地の屋根の上、鉄のカラカサを立てて座っているのは、謎めいたニンジャだ。地上で蠢く者達を見渡し、「寒い」と呟く。「おう。待たせたな」傍らにもうひとりのニンジャが現れ、魔法瓶を差し出した。「まずチャを飲め」「どこで手に入れた?」「そこらへんでな」
「……」鉄のカラカサのニンジャ、アンブレラは、瓶を受け取り、熱いチャを飲んだ。そして眉根を寄せた。「……マッチャをか?」「ああ、ここには何でもある。探せばな」ニンジャは答えた。そして付け足した。「俺はロンドンに入ってから、長くやってる」「重宝だな」「つうわけで、俺を雇うがいいぜ。この糞溜めの地理は任せな」
「……いいだろう」「言っておくと、契約料はさっきの値段から2割増しになった。お前がモタモタしているからだ」「クズだな」アンブレラは毒づいたが、携帯端末を取り出し、入金処理を行った。ニンジャの名はデッドアイズ。この地に似合った名ではある。地上の厭わしい者達を睨み、大げさな準備運動を始める。「ではカラテの時間だ、お客人」
4:【ロンドン・ネクロポリス中心部、無人家屋の寝室:スマイター】
「大丈夫です。深い傷ではなかったようですね」スマイターは寝台に座らせた技術官メイの足に包帯を巻きなおし、応急処置の痕を確認しながら言った。スマイターの胸は豊満だった。
「ありがとう、本当に、本当に感謝するわ。何て言ったらいいか……あなたといると安心感がある」メイ・フルオートは安堵の息をついた。カタナ社との接続は途絶したままだ。奇妙な気分だった。まさか死都ロンドンの戦闘領域で、所属不明の尼僧ニンジャに命を救われ、そのまま勢いで一晩明かしてしまうとは。仮にスマイターが競合他社のニンジャだったならば、カタナ社に生還できたとしても、機密漏洩のおそれありとして人事部から過酷なインタビューを受けるハメになっていただろう。あるいはもっと単純に……他社のニンジャに殺され、脳内UNIXとサイバネアイを抜かれていたはずだ。メイはとても英国人らしく自嘲気味に笑った。
「自分はもう死んだと思ってた。これから死ぬかもしれないけどね」
「人間いつかは死にます。ニンジャも死にます。儚いものです」スマイターは肩をすくめて微笑み、包帯を結び終えた。「ですから、出会いを大切にすべきでしょう」
「それが私を助けてくれた理由?」メイは10ホールのテックブーツを履き、紐をしっかりと結び直しながら問うた。
「そうとも言えます。無人のはずの家屋から人の気配があり、ズンビーに囲まれていた。拙僧にはカラテがあった。ならば、すべきことは決まっています」スマイターはメイに手と肩を貸し、立ち上がらせてみた。メイはもう独力で歩ける状態にまで回復していた。メイはゆっくりと装備を整え直した。
「あなた、人助けが趣味? ブディストだから、いつも困った人を探して歩いているとか?」
「いえ、拙僧そこまでカルマ・スコアは高くありません。正直に申しますと……」スマイターはバツが悪そうにウインクしながら言った。「拙僧、道に迷っておりまして。それで偶然通りがかったのです」「本当に? 目的地は?」「大英博物館です。ここからどちらの方角ですか?」
「大英博物館」メイは大きく目を見開いて、そう復唱した。スマイターは頷いた。大英博物館こそは無数の不死者が蠢くロンドン災厄中心のひとつであり、彼女の小隊に与えられていた最難関の偵察重点箇所だ。命知らずにも程がある。だが……ニンジャだ。しかも尼僧のニンジャだ。どうにかなるかもしれない。メイは左腕のハンドヘルドUNIXを展開しながら言った。「本当、出会いは大切にすべきね。力になれるかもしれない。お互いに」
5:【ロンドン・ネクロポリス中心部:アンブレラとデッドアイズ】
「アバーッ」「アバーッ」「アバーッ」呻き声と共に出現したのは、生前はカタナ社の武装社員だったとおぼしき兵装ズンビーの群れだった。ロンドンの地下鉄地下街は呪われた霊廟であり……拡大し続ける領域なのだ。兵装ズンビーは二列になってアサルトライフルを構え、アンブレラ達に発砲した。BRATATATATATA!
「イヤーッ!」アンブレラは傘を開き、回転させて盾とした。銃弾はバラバラに跳ね、壁や天井で反射して、ズンビーの何体かを破壊した。「ムーブ……」「ムーブ……」兵装ズンビーがハンドサインを行い、何体かが横へ走り抜けた。投げつけられたのはフラグ・グレネードだ。「イヤーッ!」デッドアイズが壁を蹴って飛び込み、グレネードを空中でキックした。
KA-BOOOM!「アバーッ!」「アバーッ!」爆発! イチモ・ダジンである! 前転着地したデッドアイズの横を、傘を畳んだアンブレラが突き進む。彼が睨む先、煙の中から出現したのは、首から上が大理石の馬頭になっている奇怪なズンビーニンジャであった。「コーッ、シュコーッ。ドーモ。シリーンホースです」
「アンブレラです」アンブレラはアイサツに応じる。「……デッドアイズです」デッドアイズは逃げ腰だった。「なんてこった、コイツはまずい。奴はケイムショの戦士の一人だ。どうしてここまで出張ってきておるのかは知らんが、逃げるが賢明……」
「シュコーッ。王の領域をチョロチョロ走るネズミを退治するのに我は手間を厭わず」シリーンホースは腰の軍刀を抜き、アンブレラに向けた。デッドアイズが周囲を伺う。「ムーブ……」「ムーブ……」闇という闇から兵装ズンビーが走り出る。
「ダメだな、囲まれた。遺憾ながら、このルート経由ではもはや大英博物館には入れん。情報を更新しよう」デッドアイズは悪びれず言った。「お客人、時にはこういう事もある。俺のせいではない。覚悟を決めて、生き残ろうじゃないか」「せめて脱走経路を割り出せ」「ああ、それは無論……」
「殺せ」シリーンホースが号令を下した。BRRRRTTTT! BRATATATATATTAT! マズル光が地下を照らし出す!「イヤーッ!」アンブレラは襲いきたシリーンホースの斬撃を傘で打ち返し、後転しながら再び傘を開いて、掃射弾丸を防いでゆく。デッドアイズは慌ててその陰に隠れる。
「ちなみにな、奴の頭は本物だ。奴は生前、首を斬られて死んだゆえ、ケイムショが……」「その話は今、必要か?」「無論、必要ない。右だ」「イヤーッ!」アンブレラはデッドアイズが指示する方向に向き直り、傘を回転させながら切り込んでいった。
6:【ロンドン・ネクロポリス最外縁部:フジキド、ユカノ】
ロンドン・アンダーグラウンドは、金網や自動タレット、探知機、監視カメラの世界であって、それが人々の安全を確保する場所となっています。いっぽう皆さんは、死者といえば墓地、薄暗い地下や闇、そうしたものをイメージされるかと思います。
しかしこの地においては、地上こそが忌まわしきリビング・デッドの支配する場所なのです。ケイムショという名のニンジャが、ロンドンをそのような世界に変えました。生ある者は日の下を歩けず、こうして地下鉄の駅のホームを改装した要塞的な居住区に住み……。
「ユカノ」フジキドが奥のテーブルでラップトップUNIXをタイプするユカノを見つけた。ここはコーヒーショップを改装した情報屋で、他の店舗同様、金網によって厳重に守られている。「案内人の情報が得られた。ゆくぞ」
「わかりました。もう少しだけ……」フジキドは奥ゆかしく一歩下がり、ユカノがエンターキーを押すのを待った。ユカノは咳払いしてラップトップを畳み、立ち上がった。「継続的なアップデートはなかなか大変ですが、たまには旅行記もよいでしょう」「……うむ」
「ただ、心配もあります。ロンドンの様相は実際なかなか凄まじきもの。渡英以来、私の日記は、所謂危険地域レポートのような物見遊山的なものになっている側面もありますから。興味は惹くでしょうが、結局ドラゴン・ドージョーとは関係のない事ですし……タイセンにももう少し任せてみるべきでしょうか?」
「……」フジキドは無言でユカノを待った。ユカノは深呼吸し、苦笑した。「わかっています。……私は多少……心のバランスを崩しているようですね。よしなしごとに没頭したくなってしまう。ゴダ・ニンジャ=サンの事を思うと、どうしても平静にはいられないのです。地上があの有様では、当然、大英博物館は無事ではないでしょう」
「ゆえにこそ、確かめねば。全ての答えはカラテで切り拓いた先にある」「……その通りです」ユカノは頷いた。「貴方が同行してくれて、よかった。感謝しています。フジキド」「構わん」二人の旅人は情報屋を出、ロンドン・アンダーグラウンドの街並みを進んだ。
地下鉄通路やホーム、廃線路、それら全てが居住区となっており、壁にはグラフィティが施され、監視カメラが動き、曲がり角にはかならず盛り塩が置かれている。電磁クロスボウやショットガンなどで武装した冒険者達が道々ですれ違う。壁際には負傷者が座り込み、「カラテ30段。サイバネ費用を投資してください。私はまだ戦える」という札を掲げている。
歩きながら、フジキドはユカノに説明した。「案内人の名はデッドアイズ。ロンドン・アンダーグラウンドでも指折りの存在だという。複数の情報屋からその名が挙がった。彼を雇う事ができれば……」「できない」声がした。
二人が立ち止まると、声の主はつい今しがた通り過ぎた負傷者だった。男が指差す先に、閉じられたシャッターがある。「そこがデッドアイズのアジトだ。奴さん、今は腕ッこきと専属契約を結んで動いとる。そいつが死んでデッドアイズが帰ってくれば雇えるかもな。諦めな。……だがアンタらは運がいい」
二人は顔を見合わせた。男は口の端を歪めて笑い、難儀そうに立ち上がってアイサツした。男には左腕と右足がなかった。足には鉄で補強された粗末な杭が打たれていた。「ドーモ。スプリガンです」「……ドーモ。ドラゴン・ユカノです」「サツバツナイトです」
「デッドアイズの奴に野伏や盗みのイロハを教えてやったのは、この俺様さ」スプリガンは言った。「それをあの野郎、恩を忘れやがって。俺様がカネの無心に来たら、留守ときやがる。待ちぼうけをしていたら、お前らがやってきた。もはやこれは妖精の思し召しと思わんかね、お友達」「お友達?」ユカノは眉根を寄せた。
スプリガンは頷いた。「これから俺様はお前達の無二の友人になるだろう。俺はこのロンドン・ネクロポリスのどこへだろうと忍び込む。何だろうと切り抜けてみせる。まあその……全力を見せるには、抵当に入れちまった足がまず必要だがな。前金で俺様を雇うがいい、お友達」
スプリガンの眼差しは驚くほどに鋭くなった。二人はもう一度互いに視線をかわした。どちらも、この者を無碍に追い払おうとはしなかった。この胡乱なニンジャには、ただならぬ何かがある。フジキドとユカノ、二人のリアルニンジャのニンジャ第六感は、確かにそれを感じ取ったのである。
7:【暗黒のピラミッド地下神殿:セト】
ドンコドンコドンドン、ドンコドンコドンドン!「ヤメロー! ヤメロー! アイエエエエエ! アイエーエエエエエ!」暗黒のピラミッドの地下神殿に、おどろおどろしい太鼓の音と、哀れな供物の悲鳴が響き渡る。
「「「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」」」その横では、逞しい半裸の男たちが松明の炎に照らされながら、古代エジプトカラテの鍛錬を続ける。これを満足げに眺めたセトは、踵を返し、広間の大食卓へと向かった。
一枚の最上級花崗岩から作り出されたその大食卓は、ロゼッタストーンの数倍に匹敵する巨大さである。中央に置かれたエメツ製の黒皿には、地中海から運ばれたマグロの頭が置かれ、その周囲には新鮮なオーガニック・レタス・サラダ・スシが宝石のごとく散りばめられていた。セトはそれを見て、目を細める。そして自らの黄金玉座に座ると、黄金で作られた古王国時代の箸を持ち、レタス・スシを口元へと運び……咀嚼した。
シャクシャク……シャクシャクシャク……。目を閉じ、ただ味わう。シャクシャクシャクシャク……。瑞々しき味わい。しばし彼は、最高級のオーガニック・レタス・スシを黙々と味わい続けた。……やがて、不意に違和感を覚え……首を傾げる。リアルニンジャのニンジャ第六感が、彼に何かを告げているのだ。
ティアマトの身に、何かあったのであろうか? セトはIRCタブレット端末を取り出し、メッセージを送る。返信はない。無表情のまま、彼はIRCタブレット端末を傍に置いて裏返し、再び黄金箸に手を伸ばした。そしてレタス・スシを咀嚼する。シャクシャク……シャクシャクシャク……。
数十分して再度IRCタブレット端末を表返し、確認する。……まだ返信はない。仮にティアマトでないとすれば、この予感は何であろうか。セトはIRCタブレット端末を操作し、久方ぶりにドラゴン・ニンジャの行動を監視する。最新のテクノロジーであるIRC-SNSを用いて。
……『ロンドン・アンダーグラウンドは、金網や自動タレット、探知機、監視カメラの世界であって、それが人々の安全を確保する場所となっています。いっぽう皆さんは、死者といえば墓地、薄暗い地下や闇、そうしたものをイメージされるかと思います。
しかしこの地においては、地上こそが忌まわしきリビング・デッドの支配する場所なのです。ケイムショという名のニンジャが、ロンドンをそのような世界に変えました。生ある者は日の下を歩けず、こうして地下鉄の駅のホームを改装した要塞的な居住区に住み……』……
ドラゴン・ニンジャが動いたか。ティアマトの痕跡を追い、ロンドンに入ったか。だが、愚かなことよ。もはや何もかもが手遅れだ。貴様らニンジャ六騎士よりも、我らの方が何枚も上手なのだ。貴様らの考えなど、手に取るようにわかる。ゴダ・ニンジャともども、ケイムショに滅ぼされるがよい。セトは嘲笑い、黄金のIRCタブレット端末を置いて立ち上がった。
8:【ロンドン・ネクロポリス中心部:アンブレラ】
「アバー」「アバー」「アバーッ……!」凍てつくテムズ川の泥濘を掻き分け、水底に満載されていた不浄な死者達が這い上がってくる。その数、十や二十ではない。「これはまずいな」デッドアイズが呟いた。彼らは当初、ロンドン・アンダーグラウンドの危険領域を進んでいったが、恐るべきシリーンホースの追跡を逃れる中で退路を絶たれ、やむなく地上に出る事を余儀なくされた。地上はアンダーグラウンドの危険領域よりもさらに危険な、ロンドン・アイの監視と死者ケイムショの膝下である。
「ち……」死者を無視して先へ進もうとしたアンブレラは、手で触れられるほどの濃霧を警戒する。「尋常の霧ではあるまい」「然り、障壁だ」デッドアイズは頷いた。「気をつけろ。カラテを吸うぞ」「フン、バカな……」アンブレラは苦笑したが、一歩下がり、茨のようにのたうつ濃密な霧への接触を避けた。
「この霧の先には進めん。すまんが、再びルート変更だ」デッドアイズは言った。「中心部に接近するに従って、特にその手の小細工が増してゆくワケだ。血を吸う霧は、我ら生者……侵入者……を惑わし、分断し、死者に歓待させるという寸法でな」「誰のジツだ」「無論、ケイムショの手下よ。名は、確かハーズマンと言った筈……」「生きたニンジャか」「さて。会った者はおらん。生きて戻った奴がいない以上、仕方がない……」
「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」アンブレラはじわじわと彼らを包囲する死者たちをカラテで迎え撃った。振り向きざまの蹴りと素早い連続打撃でゾンビーを弾き飛ばし、傘を開き、グルグルと回転させ始めた。「イイイイヤーッ!」
「アバーッ!」「アバーッ!」竜巻に呑み込まれ吐き出されるが如く、ゾンビーはバラバラに損壊しながら撒き散らされる!「アバー……」「アバーッ……!」その倍のゾンビーがアンブレラに向かってくる!「際限なしか」「然り、テムズ川から離れねばならん」デッドアイズは頷いた。平然としていた。彼はロンドン・アイを見上げた。「それから、あの眼になるべく見られんようにせんとな」
「忌々しい……」アンブレラは高速回転する傘を頭上で回転させ……投げ飛ばす!「イヤーッ!」殺戮巨大コマめいて、傘はゾンビーの群れめがけて飛翔!「アバーッ!」「アバババーッ!」「「「アバババーッ!」」」ゾンビーを殲滅し、宙を飛び、アンブレラの手に戻ってくる!「早く道を示せ。もたんぞ?」
「わかっている。ちと待たんか、お客人。俺の頭の中には当然、この死都ロンドンの全てが入っている。刻々と移り変わる半死半生の呪われし土地! その生態そのものを極力この俺は頭に入れて、変化を更新し続けている……これがどれほど稀有な事かわかるか? もう暫く状況を……」
「オオオーンン……」くぐもったうめき声が聞こえた。テムズ川の向こう岸から発せられたものだった。彼らは反射的にそちらを見た。なにか……不吉な……建物ほどの高さのある奇怪なラクダめいたシルエットが身をもたげ、彼らに視線を向けているのがわかった。厭わしい怪物。「まずい」デッドアイズが呟いた。
バァン! 叫び合う彼らの横で、締め切られていた筈の建築物の扉が内側から開かれた。「生者ですね、貴方がた?」女のボンズはアンブレラとデッドアイズを素早く見て、そして誘った。「この建物は安全です。中へ」「……よし」デッドアイズは頷き、女のボンズに続いた。「何をしておる。早くしろ、アンブレラ=サン」「何?」「こういう時の状況判断は、直感の信頼だ。そうやって俺は生き残ってきた」デッドアイズは悪びれず言った。
「イヤーッ!」「「アバーッ!」」押し寄せるゾンビーを傘で薙ぎ倒し、さらに盾めいてかざし、風車回転させて押し戻すと、アンブレラは渋々、邸内に入り込んだ。女のボンズは扉を叩き閉め、閂を降ろした。扉はドスドスと音を立てていたが、やがて静かになった。
「……さて」ボンズは一息つき、玄関ホールを照らす燭台を持った女を振り返った。「拙僧はスマイター。故あってこの地を探索する身です。そして、こちらは……」「……メイよ」「……」アンブレラは燭台を持つ女を見た。カタナ社の格好をしている。面倒が増えそうだ……彼はそう感じた。
9:【ロンドン・ネクロポリス中心部:サツバツナイト、ユカノ、スプリガン】
あらためてユカノ達が、義足のニンジャ、スプリガンに探索の目的を明かし、「ゴダ・ニンジャ」の名を口にすると、スプリガンはしばし黙り込み、シリアスな表情に変わった。「なるほど……アンタら、そこらのダンジョン・アタッカーとは違うッてワケだな。その名を知ってるとは」
フジキドとユカノは目を見合わせた。彼らの気持ちも同じだった。ロンドン・ネクロポリスに詳しいと豪語するガイドが、大英博物館のリアルニンジャを知らぬようでは、先行き危ぶまれるというもの。
「彼に用があります」ユカノは言った。スプリガンは長煙管を咥え、白い煙を吐き出した。煙は邪悪な薔薇の絡まる格子塀の向こうへ抜けていった。「多くの連中がゴダに用がある。つまり……ケイムショの眷属どもがな」スプリガンは目を眇めた。「ケイムショはゴダの領域を侵し、レリックを収奪し、最終的にはゴダの喉首に至らん」
緊張のアトモスフィアが一瞬高まった。
「……無論、我々はケイムショの手の者ではない」フジキドはきっぱり言った。スプリガンは暗く笑った。「だろうな。どう見てもアンタらは生きておる。俺様と同じ……生き物。生肉だ。このネクロポリスじゃ真っ先の異物のひとつというわけよ。ほれ、そこだ!」
「アバーッ!」格子塀の隙間を不定形じみてすり抜けてきた黒いコールタールめいた塊が、グズグズと人型を為し、アイサツした。「ドーモ。アッシュクロフトです」それは黒く膨らむ巨体に骨の仮面を装着した異常なニンジャであった!
「ドーモ。サツバツナイトです」「ドラゴン・ニンジャです」「スプリガンです」三人はこの不気味なニンジャのアイサツに応じた。スプリガンは鼻を鳴らした。「来おった、来おったわ! この薔薇庭園の主はこのアッシュクロフトだ。ま、てきとうに相手をすりゃあいい、本体はこの泥人形じゃないからな」
「その手のニンジャか」サツバツナイトは淡々と把握し、進み出た。「ユカノ。周囲を警戒せよ。此奴は私が倒す」ジュー・ジツを構える。彼の手の先に橙の熱い輪郭が宿った。ユカノは素直に一歩下がった。スプリガンはユカノを見た。「任せていいのか」「彼はタツジンといえます」「ほう。信頼かね」
「イヤーッ!」サツバツナイトはアッシュクロフトの鈍重だが致命的なカラテを回避し、脇腹に燃えるショートフックを叩き込んだ。「アバーッ!」洗練された、無駄のない、そして極めて鋭い拳だった。「イヤーッ!」「アバーッ!」さらに右拳!「イヤーッ!」「アバーッ!」左拳! 右! 左!「アバババーッ!」「スウウーッ……!」サツバツナイトは拳を引き、構える。ジキ・ツキの姿勢!
「鮮やかなものだ!」スプリガンは感嘆した。「これならばゴダのもとへ到れるやもしれんな」「彼をご存知なのですか」ユカノが尋ねた。スプリガンは唸った。「さあな。あれも哀れなニンジャだよな。しかも今は風前の灯と言うにふさわしかろ。ケイムショのパラディンどもがヤツの宝を毟り取ってゆくわ」「……」ユカノは痛ましげに眉をひそめた。
「イヤーッ!」「アバババーッ!」アッシュクロフトがジキ・ツキを受け、死の泥を爆散させた。その時、ユカノはギラリと目を輝かせ、不意にスプリガンとの会話を打ち切って、爆散するアッシュクロフトの方向へ飛んだ!「キエーッ!」彼女は空中で身を捻り、虚空を蹴った! ナムサン!? そこにはステルス迷彩めいて透明な宝玉状の物体が空中で静止していた……アッシュクロフトの体内にあったものか!
KRAAAAAASH!(……サヨ……ナラ……!)「何!?」スプリガンが驚愕した。ユカノは着地し、振り返った。「ソウルの根を辿り、破壊した。……これでこの薔薇園を安全に移動できます」「ほう……!」スプリガンは目を見開き、感じ入った仕草をした。
10:【大英博物館、東側エントランスホール】
頭上の球状天井には不気味に色褪せた細密画。南アーチ門からはアンブレラとデッドアイズが。北アーチ門からはサツバツナイトとユカノ、そしてスプリガン。南北それぞれの対角から、二つの集団がほぼ同時にホールにエントリーしていた。
「奴……!」スプリガンがデッドアイズを見、驚愕に顔を歪めた。「クソ弟子めが。貴様の調子こいたツラは不吉だ」「なんとまあ、年寄の冷や水か」デッドアイズもスプリガンに気づき、困ったような苦笑で応えた。
然り、彼らにとっては実際、ある種の瞬間であったが……何より今の彼らが真っ先に対処しなければならないのは、このホールを支配する高位のパラディンであった。「シュララアアアア……」紫の西洋ニンジャ甲冑のニンジャは、彫像めいて不動であったが、彼らの侵入を感知すると眼光を光らせて台座を踏み越えてきた。
兜の隙間から瘴気が溢れ出た。瘴気は空気よりも重く、邪悪な甲冑の表面を垂れて、足元にわだかまり、ひろがってゆく。黒い石畳を埋め尽くす鼠の群れが、ジワジワと広がる瘴気から逃れ、狂い走り、散っては集まり、折り重なる。
床を這う瘴気に呑まれると、床に散らばっていた骸骨がカタカタと揺れ、起き上がり、カラテを構え、シャウトを伴ったセイケン・ツキを始めた。「イヤーッ……!」「イヤーッ……!」「イヤーッ……!」「イヤーッ……!」
紫甲冑のニンジャは柱に突き刺さった巨大な槍斧の柄を掴み、引き抜いた。ホールが鳴動した。KRAAAAASH! 紫甲冑のニンジャは巨大槍斧を床に叩きつけ、アイサツした。「ドーモ。ヘリオトロープです」
11:【大英博物館近くの尖塔:スマイターとメイ・フルオート】
尖塔の高みから見下ろす大英博物館は、さながら死の海に浮かぶ要塞島の如きことざま。Y2Kの後、マケグミを寄せ付けないよう高さ二十メートル近いゴシック様式隔壁が作られ、博物館の周囲を取り囲んだ。壁面には鋼鉄製の長いスパイクが何本も打たれ、治安を乱すパンクスが吊るされた。それ以来、無軌道大学生たちが博物館前の広場にたむろすることはなくなったが、皮肉にも今は不死者の軍勢によって完全包囲されている。取り残された者たち、欲望に引き寄せれて自ら死体へと変わった者たち、その全てが恐るべきニンジャの力によって蘇り、死都ロンドンを徘徊しているのだ。
見よ、いまや一街区にも匹敵する規模へと成長した、呻きながら這いずり回る肉と骨の集合体を。ケイムショの力で捏ね合わされ、不定形の巨大攻城兵器と化した死体の群れが、南と北の隔壁を這い登り、その内側へと流れ込んでいるのだ。見よ、得体の知れぬ巨大な異形の化け物どもが、東のロンドン塔を包み込む深き暗黒を出で、蹌踉めきながら西へと進み来たるのを。あるいは、翼持つ死の獣にまたがったニンジャローブの乗り手たちが、手に手にカナタを掲げてそれらの上空を飛び回り、そのあとには蠅の大群が不吉なコントレイルを描くのを。
イングランドに拠点を持つ暗黒メガコーポ群は当初、この死の軍団の拠点がロンドン塔と大英博物館の2箇所であると推測した。だが彼らが数十万人規模の企業戦士を費やしてようやく知り得たのは、ケイムショの拠点はロンドン塔であり、そこから何らかの理由で大英博物館に対して軍団を送り出しているという事実である。ロンドン塔、あるいは汚濁のテムズ河より出でで大英博物館に向かうズンビーたちは、なんらかの理由によって博物館内への侵入を阻まれ、弾かれ、破壊され、消滅を繰り返しているのだ。
ALAS。まるで地獄のはらわたに降り立ったかのような光景が、ロンドンを覆い尽くしている。いや、存在するのは光景だけでではない。それは悪臭をはらんで鼻腔を刺激し、痛みと、死をもたらすのだ。
メイは隣に座るスマイターの手を強く握り返した。ニンジャの熱が伝わり、一心同体となったかのように、恐怖を払いのけてくれる。社から支給された装備と安定薬剤だけでは、とうの昔に発狂していただろう。それほどの光景が、いま彼女の眼前に展開しているのだ。ニンジャの力で恐怖が払いのけられると、次は惨めさと無念と怒りがメイの中に湧き上がってくる。
「あのアンブレラとかいうクソ野郎……! いつ裏切ってもおかしくないとは思ってたけど……!」
メイは怪しい二人組のニンジャを思い出し、悪態をついた。片方は現地人ガイドのデッドアイズ。もう一人は、アンブレラとかいう名の傭兵ニンジャ。誰のために働いているのかは不明だが……おそらく雇い主は、カタナ社の競合メガコーポか何かだろう。彼らはあからさまに怪しかったのだ。
だとしても、かくのごとき場所では、共闘する仲間の数は多い方がよいと考えられた。即席でアタックチームを組んだ四人は、メイの持つ偵察情報データと、動く死者に対して素晴らしい効果を発揮するスマイターのカラテを武器に、大英博物館へと接近。今から30分ほど前に、不死者の包囲が手薄な北側からの突入を敢行した。
スマイターとアンブレラのカラテは凄まじく、北の大隔壁周辺に群がっていたズンビーどもはたちまち蹴散らされた。メイも足手纏いとなることを嫌い、周囲に打ち捨てられていた軍用車両を直結ハッキングで乗っ取り、これに加勢したのだ。
だが、形勢はすぐに逆転した。彼らの動きに気づいたのか、翼持つ獣に跨るニンジャたちが急降下し、攻撃を仕掛けてきたのだ。これまでに無数の企業戦士の命を挽肉機のごとくすりつぶしてきた大英博物館前の包囲は、そう容易いものではなかったのである。
この大混戦の中、アンブレラとデッドアイズは、メイとスマイターを囮にし、まんまと博物館への強行突入に成功した。その気になれば、スマイターが一番手で突入を成功させていただろう。だが、できなかった。スマイターはメイを守りながら戦っていたからだ。
負傷したメイとスマイターは、北西へと一時撤退し、崩れかけた教会廃墟の高い尖塔から、目と鼻の先にある大英博物館を睨んでいた。
メイの脳裏に、アンブレラとデッドアイズが博物館内へと到達する光景が蘇る。メイはそれを確かに見たのだ。しかも……最後の混乱の中で、メイの左腕に備わっていたハンドヘルドUNIXは、サイバネ腕の肘から先ごとアンブレラによって切断され、奪い去られた。これから死んで行く者には不要であろうとでも言いたげに。
「クソッ……!」
切断された左のサイバネ義手が、バチバチと火花を散らした。
「力及ばずでした」
スマイターはメイの応急手当を続け、機械化された左腕の神経接合部をさすった。異常痙攣を続けていた上腕部が、少し暖かく、楽になってゆく。
メイはため息をつき、やや自嘲気味に言った。
「単純に、私のせいだと思う。足手まといになった。それに、カタナ・オブ・リバプールは敵が多いから」
「いいえ、そうは思いません。誰が悪いかといえば、全てあのアンブレラとかいうクソ野郎です。ブッダから見ても明らかでしょう。私の言葉遣いも許されます」
スマイターは笑み、勇気付けた。いまや装束は傷だらけで、血に濡れているが、そのカラテはいささかも減じてはいなかった。
「まあ、それはそうね。そう言ってもらえると、少し気が楽になる」
「それに全てはサイオー・ホースです。あなたを連れてロンドンから退却するのも、また拙僧の定めかもしれません」
「……退却する? ここまで来て、帰るってこと?」
予想だにしなかった言葉を聞き、メイは困惑した。
「またカラテを鍛え直して、挑めばよいのです。拙僧はニンジャですから、いつでもそうすることができる。それよりも、あなたに死んでほしくないというのが、拙僧の個人的な考えですね」
「……そもそも何のために大英博物館に? この際、話してくれてもいいんじゃないの。私たち、一緒に死んだも同然の仲じゃない?」
「なかなか説明が難しいのですが……」スマイターは頭をかきながら言った。「拙僧はクエストを帯びてここへやってきました。大英博物館に収蔵されているという黄金の錫杖……ボー・オブ・レイディアンスを手にするためです。その先のことは決まっていません。ボーを求める旅の中で、私の進むべき道が示されるとだけ言われました」
「手にするってことは、持って行くってこと?」
「そうですね。拝借するつもりでした。これは拙僧のテンプルのものなので、返してもらいます云々であるとか、一時的にお借りします云々とか、書き置きは残す予定でしたが……。ハハハ、つまりは盗掘ですね。あの連中と同じく。ですから、伏せておこうと思っていました」
「なんだ、そんなこと。どうせもともと、博物館の展示品なんて、盗品ばっかりなんだし。あなたの故郷から盗んできたものなんでしょ?」
「生まれ故郷ではありませんが、まあそのようなものです。いずれにせよ、物は物ですから、今を逃しても、また手にする機会があります。しかしあなたは……」
「でも、私も帰るわけにはいかない」
「どうしてです?」
「競合他社にUNIXを奪われたら、もう死んだも同然。コーポ務めは世知辛いの。ワーキングクラスだからね。それでも大英博物館内の偵察に成功したら、帳消しにできるくらいのボーナスが貰えると思ってたけど、もう私の運命は終わったも……」
「待ってください」
シーッ、とスマイターが息を吐き、メイの唇に指を当てた。何かが聞こえる。静寂を促す。耳を済ます。サイバネで強化されたメイの聴覚にも、ザリザリとしたノイズが聞こえ始めた。あの蠅の大群の羽音だろうか? いや、違う。その音はメイの服の中、胸のあたりから聞こえてきた。
メイは一瞬、生理的嫌悪で言葉を詰まらせた。
このノイズは自分の体から漏れているのではないかと。博物館前にいた、あの奇怪な怪物に、卵か何かでも産み付けられたのではなかろうかと。
だがその恐怖は、思いがけぬ希望へと変わった。
「……ちょっと待って。信じられない……!」
メイは、懐に入れていた短距離通信用の小型トランシーバーを取り出した。それこそがノイズの発生源であったからだ。
「……こちらカタナ・オブ・リバプール! 応答せよ。そちらの信号を捉えた。所属部署とコードを宣言せよ」
メイが呼びかける。二人は固唾を飲んで返信を待つ。だが答えはない。
「カタナ・オブ・リバプール、応答せよ。応答せよ。生き残りがいるの!? 所属部署とコードを宣言せよ!」
祈るような、三度目の呼びかけ。ついに応答があった。
『……おい、マジかよ!』
ノイズ混じりの男の声が聞こえた。メイは見事な手つきでチューナーを操作し音声接続を確立した。声はより鮮明に聞こえた。
『……こちらはカタナ・オブ・リバプール第十三次大英博物館強行偵察連隊。その生き残りだ。俺はマット・マナガミ。年収は310万。ロンドン勤務で生き残りすぎて編入されたばかりだ!』
「十三連隊!? 数ヶ月前に全滅したと思ってた!」
『全滅したも同然だぜ! 生き残ったのは1ダースと少し! 立てこもってるうちに数人が発狂して殺し合いだ! マトモな奴は俺を含めて五人! あとは全部死んだかズンビーになっちまったぜ!』
「こちらは第七営業部、機械化偵察小隊所属、技術官メイ・フルオート。年収は420万!」
『年収400万超えを送ってくるなんて、カタナ社は本気らしいな! ありがたいね! そろそろ備蓄食料も底をついてきた!』
「本当を言うと、あなたたちのことはもう死んだと思われてるけどね」
『死んだも同然だ! 攻撃が激しくなってる! 少し前から、上のホールが騒がしい! ニンジャどもがカラテをしてるようだ! いよいよここも終わりかもしれん!』
「……アンブレラ!」
『アンブレラ? 何だそれは?』
「どこかのメガコーポが放った盗掘ニンジャだと思う。そいつに、ハンドヘルドUNIXを奪われた。ともかく、二人組のニンジャを見たら、カタナ社のコードを提示しても信用しないで! もし出会ったら、先に自分の頭を撃ち抜いたほうがいいかもね!」
『ああ、わかった! まあ、そいつらが俺たちのところまで来れるかどうかは疑問だけどな!』
「どういうこと? 現状を詳しく教えて!」
『いいか、俺たちは博物館奥のミイラ展示エリアに立てこもってる。信じられねえと思うが、包帯グルグル巻きミイラの一体が、ワケのわからねえニンジャパワーを放出しながら浮かんでいて、それでズンビーどもから守られてるのさ!』
「信じられない! 中は安全ってこと!?」
『安全だった、と言ったほうがいいかもな! 次第に押されて、ついにズンビーどもが攻め込んできた! ミイラのニンジャパワーが切れかけてるのかも知れん!』
「レリックは回収済み?」
『勘弁してくれよ、それどころじゃなかった!』
「オーケイ、やっぱり私が行かなきゃいけないってことね」
『お話し相手だけじゃなく、ここに来てくれるってのか? ありがたいね! 俺たちゃここから出ることもできねえ! 外に出たら、たちまちズンビーどもの餌だ! 補給も尽きる一歩手前だ!』
「今すぐにでも救助に行きたい! でも包囲がきつすぎて一度失敗した!」
『正面エントランスや裏口から入り込むなんざ、狂気の沙汰だ! あんたがニンジャでもなけりゃあな! いいか、西側搬入路を使ってくれ。その程度の操作なら、ここから俺たちにもできる』
「西側搬入路? 詳細を!」
『特別展示エリアに物品を運び込むために使う、大きな隔壁シャッターがある。西側はゾンビーどもも手薄だ。座標コードを送る。今いる場所はどこだ』
「北西にある教会の尖塔! 1キロも離れてない!」
『動けるなら600秒後だ。今からきっかり600秒後に、西側搬入路のシャッターを一瞬だけロック解除する! それでどうだ!』
「了解! 絶対にあなたたちを助け出す。あのクソ野郎の思い通りにはさせない。600秒後に突入する。振り下ろされるカタナのように!」
メイは通信を終え、立ち上がった。切断されたサイバネ腕の継ぎ目は、スマイターが布で覆い隠してくれていた。
もはや言葉をかわす必要もなかった。サイオーホース。これが定めなのだ。二人が出会った理由なのだ。今度こそ死ぬやもしれぬ。だがそれもまた定めか。メイとスマイターは拳を突き合わせ、頷いた。スマイターは彼女を抱きかかえると、助走を開始した。傾いた尖塔の先から、再び大英博物館の死の胸壁に挑むべく、高く跳躍した。
12:【大英博物館エントランス:アンブレラ、サツバツナイト】
「シュラアアアア……!」ヘリオトロープは斧槍の柄を床に打ちつけた。邪悪なる西洋甲冑のニンジャの唸りに共鳴し、セイケン・ツキを繰り返していた骸骨が一斉に動き出した。「イヤーッ!」「イヤーッ!」単なるズンビーの動きではない。彼らの側転のキレは実際ニンジャのそれである! たちまちホールの状況はズンビーとニンジャの入り乱れる乱戦の場と化した。
「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」サツバツナイトとドラゴン・ニンジャは襲い来る骸骨を鋭いカラテで打倒し、突き進む。「シュラアアア!」ヘリオトロープは凄まじい長リーチの槍斧を振り回し、アンブレラに叩きつけた。「ヌウーッ!」アンブレラは鉄傘を閉じて槍斧を受けた。衝撃で後ろに滑った彼の背中を、デッドアイズが受け止める。
「残念ながら、このパラディンをスルーして行くワケにはいかん」デッドアイズはアンブレラに言った。「奴はケイムショによって大英博物館の完全攻略を命じられた重要存在。ゴダがこれ以上領域を拡大できんように、奴のようなパラディンがプレッシャーをかけている。ゴダが支配する内奥へ至るには、奴を倒し、封印領域の一部を無効化する必要があるな」
「面倒な事だ。しかし……」「連中が気になるか?」デッドアイズがヘリオトロープを挟んだサツバツナイトらを見ながら呟いた。「俺は気になる。なにしろ老いぼれのスプリガンが一緒だ」「知った相手か?」「そんなところよ。極めて不愉快でな」「まあいい……」
「イヤーッ!」さらなるヘリオトロープの攻撃!「イヤーッ!」「グワーッ!」アンブレラはデッドアイズを蹴って庇った。一瞬前までデッドアイズが居た地点を槍斧が穿った。そしてアンブレラは高く跳んだ!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ヘリオトロープはアンブレラを対空斬撃で迎え撃った。しかしアンブレラは空中で鉄傘を開き、落下速度を減じた!
真下を通過した槍斧の刃をアンブレラは踏みしめ、更に跳んだ。「イヤーッ!」「グワーッ!」ヘリオトロープの西洋フルヘルムにアンブレラの強烈な空中回し蹴りが命中! よろめき、後退したヘリオトロープのもとへ、反対側から走り近づくのはサツバツナイトとドラゴン・ニンジャである。
アンブレラは目を眇めた。サツバツナイト=フジキド・ケンジ。知らぬ筈がない。十数年前のニチョーム戦争に加担し、アマクダリ・セクトの、当時の日本政府の敵、パブリック・エネミーとなった存在。
今のアンブレラが過去のアマクダリ・セクトに抱く感傷の類いは、ほぼ皆無といってよい。しかし彼の雇い主は実際メガトリイ周辺の技術継承者たちであり、今の彼の環境が当時と完全に断絶しているわけでもないのだ。不意にあらわれたサツバツナイトは、彼にとってあまり面白くない存在であることは間違いなかった。
KA-DOOOM! ドラゴン・ブレス・イブキが爆発し、カラテ・アンデッドの群れが散り散りに吹き飛ばされた。穿たれた通り道を、サツバツナイトが突き進む。「イヤーッ!」「イヤーッ!」ヘリオトロープの槍斧攻撃をサツバツナイトは特殊な構えで無効化した。空気が震動し、ヘリオトロープは反動で跳ね上がった槍斧を上段に構え、こらえた。「シュラアアア……!?」
読者の皆さんの中にはご存知の方もおられよう。サツバツナイトの「サツキの構え」は奥義ジキ・ツキの予備動作でもある。しかしヘリオトロープの巨躯と長リーチ武器ゆえに、防御をそのまま反撃につなげる事は困難だ。かわりに……サツバツナイトの肩を、後ろから走ってきたドラゴン・ニンジャが踏み台にして、跳んだ。
「キエーッ!」ドラゴン・ニンジャは数度の空中キリモミ回転を行い、ミサイルじみたトビゲリを喰らわせた。「グワーッ!」ヘリオトロープはこれを防御できず、喉装甲を砕かれて仰け反った。アンブレラはこの機に乗じ、背後から接近、ヘリオトロープの紫の甲冑、腰部分の接合部を狙い、深々と突き刺した!
「イヤーッ!」「アバーッ!」バック・スタブを成功させたアンブレラは、傘を回しながら開き、ヘリオトロープの胴体をかき混ぜるように刳り壊した。致命傷だ!「サヨナラ!」ヘリオトロープは爆発四散し、ホール内の邪悪な瘴気は晴れて、カラテ・ズンビーはバラバラと床に転がった。「……よし!」デッドアイズは装着しているハンドヘルドUINXを慣れぬ手付きで操作し、カラテメーターの反応を確認した。「パラディンがくたばり、対ゴダの障壁が取り払われた。いい案配……」
アンブレラは顎を振ってサツバツナイト達を示し、デッドアイズを警戒させた。デッドアイズはあらためてスプリガンを見つめ、鼻を鳴らした。戦闘が終わったホールで、三人と二人は警戒とともに睨み合った。「バカ弟子め。テムズのロンドン・アイを起こしたのは貴様だな。貴様の不始末のせいで、ここまで来るのに三倍は労を要したわ」スプリガンがデッドアイズに言った。
デッドアイズは挑発的に首を傾げた。「三倍といわず、そのまま全滅してくれてもよかった。頭数が減れば分け前もうまくなるというもの。正直、邪魔が入ったと感じている」「何を……?」「最も用心深く、最も冒険に適した者が報酬を手にする資格を得る。甘い者、劣った者は踏み台にすればよい。違うかね?」デッドアイズは嘯き、アンブレラと視線を交わした。フジキドは、彼らが何らかの血腥い駆け引きを経たばかりであると見て取った。
「その慢心、まるで昔のワシを見ておるようだ、デッドアイズ=サン。やはり首の根掴んででも従わせるべきだったようだな。インストラクションがまるで足りておらんわ」「あんたには実際それは出来まいな。俺にどう勝つつもりかね? その脚、取り戻せて良かったことだな」デッドアイズは義肢を一瞥した。「貴様……」スプリガンはこめかみに血管を浮かび上がらせた。
「ガイドがわたし達よりも先走ってどうするのです。スプリガン=サン。ヘイキンテキを保ちなさい」ドラゴン・ニンジャがスプリガンの肩に手を置いた。スプリガンはバツが悪そうに唸って言葉を濁した。「……とにかく、此奴には注意しろ。信用するな」
アンブレラは咳払いし、一歩進み出た。「ドラゴン・ニンジャ=サン、あんたは話せる相手に思える。この博物館はいわば呪いの腹中。こんなところで我々生者同士が目先の事でいがみ合えば互いの破滅に繋がるだろう。コトが終われば、色々と確かめたい事も……」彼はサツバツナイトを一瞥し、「……各自あるだろうがな。今は協力すべきではないかね」
「……よかろう」サツバツナイトは腕組みをしたまま、重々しく頷いた。彼は続く言葉を発しようとしたが……「上だ!」ホールの天井を睨み、叫んだ。KRAAAAASH! ドーム状の天井が細密画ごと破砕し、上から複数……否……無数の黒い影が降ってきた。ズンビーの群れと、それを先導するニンジャ装束のズンビーである! 数十……否、数百……!「「「「アバーッ!」」」」
サツバツナイトとドラゴン・ニンジャは咄嗟に身構えたが、「用はない!」デッドアイズは降り注ぐゾンビーの群れから身を翻し、アンブレラを促した。「キリがないぞ、障壁は消えた。奥へ進め!」奥の大扉をめがけて走り出す二人! スプリガンは頭を振った。「チッ……奴の言う通りだ。来い! 続くぞ、お友達!」
SMAAASH! SMAAASH! 破城槌めいて、アンブレラが傘を叩きつける。大扉が悲鳴をあげる。「「「「アバーッ! アババーッ!」」」」雪崩じみて落下してくるズンビー達は互いを押し潰しながら、生者に向かってくる! 黒装束のズンビーはネガティブ・カラテで宙に浮かび、アイサツする!「アバー! ドーモ、ヘルシェパードです」
「まだか!」デッドアイズが急かすなか、アンブレラは繰り返し大扉に衝撃を加え続けた。そしてサツバツナイト達がヘルシェパードのズンビー雪崩に対応すべく向き直った、その時だ。
「アバー」「アバー」「アババーッ!」押し寄せたズンビー雪崩が高波めいて跳ね上がった。生者たちは訝しんだ。すぐにその理由がわかった。障壁だ。ズンビーの群れが突如生じた透明の障壁に引っかかるようにして阻まれ、折り重なっていくのだ。
「ゴダ・ニンジャ=サン……!」ドラゴン・ニンジャはハッとして呟いた。障壁は確固たる斥力を以て、ズンビーを跳ね返し……「アババーッ!」ヘルシェパードのネガティブ・カラテをも拒絶した! ゴーン! そして、音を立てて開け放たれた大扉! アンブレラは勢い余って前につんのめり、毒づいた。
『よくぞ参った』ニューロンに直接響く神秘的な声。見えない壁に体当たりを繰り返して滅びてゆくズンビー雪崩を後に残し、生者たちは博物館のさらなる内奥へと向かうのだった……。
13:【大英博物館:アンブレラ、ユカノ、サツバツナイト】
大英博物館、特別展示エリアの天井は高い。強化ガラス天窓を持つ荘厳なアーチ状の梁からは、巨大海洋生物やプテラノドンの骨が吊るされ、その下では雄々しく二足直立したT-REXの骨格標本が天を仰ぐ。
それらは古代生物の絶滅から人類の文明の曙へと続く悠久の歴史を再現しており、やがて展示物はロゼッタストーンや世界各地のミイラ群、あるいはアッシリア文明の巨大レリーフ、そして世界各国の様々な宗教的レリック群へとグラデーションしてゆく。
多くの予想に反し、死都ロンドンの中心にあって、この特別展示エリアは完全に手つかずの状態で守られていた。その理由は……無論、ニンジャである。この特別展示エリアの中心部には、光を放つニンジャのミイラが浮かび、謎めいたニンジャパワーによって死者の軍勢の侵入を防ぎ続けていたのである。
あるいは、このミイラが形成する不可視の力場は、大英博物館そのものを内側から支えてすらいるのやもしれぬ。何故とあれば、強化ガラス天窓の外にはしばしば、肉の翼を生やした奇怪な屍肉の怪物や発行する巨大蠅の群れが蠢き、その重みで天井を押しつぶさんとしているからだ。
「中も死体、外も死体……どこもかしこも死体だらけだぜ! このまま本社に戻ったら、自分たちはニンジャの死体に守られておりましたって報告するんだろうな!」
マットは予備弾薬を手際よくポーチに押し込みながらぼやいた。カタナ・オブ・リバプール第十三次大英博物館強行偵察連隊の生き残りたちは、せわしない“帰り支度”の真っ最中である。彼らはありったけの銃弾と薬剤をかき集め、傷だらけのプロテクターとヘルメットを着用し、シャカリキとZBRアドレナリンを摂取していた。
「なあお前ら、生きて帰ったら何をしたい!?」マットはアサルトライフルの最終確認を行いながら、周囲の仲間に呼びかけた。
「家族と休暇でも取るに決まってるだろう!」「ああ、できればビーチに行きたいねえ!」「だが、本当に救援が来たのかよ!? マットの妄想じゃねえのか?」「大丈夫だ、俺も通信を聞いた!」「あんたらの頭がイカれちまって、幻聴を聞いたんじゃないことを祈るぜ!」「どっちにしろ、もう西の隔壁は開けちまったんだからな!」
「そういうことだ! 留まっていても早晩死ぬか、狂うかだろう! メイ=サンがここに到達するのを信じるんだな!」
マットが無痛剤を奥歯で嚙み砕くのとほぼ同時に、東側の大扉が、凄まじい音とともに開かれた。マットは心臓を掴まれたかのように驚き、体をビクリとさせた。メイたちが突入して来るならば、西側からのはずだ。早くも脱出の希望は潰えたのであろうか? マットらは咄嗟に、スフィンクス展示物の影に隠れ、固唾を飲んだ。
「「「「「イヤーッ!」」」」」直後、恐るべきカラテシャウトが響いた。開け放たれた大扉をくぐり、特別展示エリアへ駆け込んできたのは、得体の知れぬ五人組であった。その風貌や身のこなしからして、明らかにニンジャであろう。後ろにゾンビーの群れを引き連れている気配はない。
部隊の一人が、悲壮な表情で自決用グレネードのピンに手をかけ、マットの肩を叩いた。マットは首を横に振ってそれを否定した。まだ早い。まずはあのニンジャたちの正体と目的を確認せねばならない。
五人のニンジャたちは連続側転やバック転、あるいは全方位に対しての抜かりない警戒のカラテ演舞などを行い、このエリアに死者の軍勢がいないことを確かめた。それからニンジャたちは警戒を解き、安堵の息をつくと、各々の目的を果たすために探索を開始したようであった。
◆◆◆
「信じられんな! まさか、心臓部が手つかずのままとは!」スプリガンは鉄棒の義足を鳴らし、どこか懐かしげに館内を歩んでいた。
「ようやく、ここに辿り着けましたね……!」ユカノとサツバツナイトは、吊るされた骨格標本のあわいに浮かぶゴダ・ニンジャを見上げ、近寄った。だがユカノが大音声で呼びかけるも、ゴダ・ニンジャの反応は鈍い。おそらくは、大英博物館全体をムテキ・フィールドで覆うべく、極度の精神集中状態に入っているためであろう。
「ハハハ……! どうだ、ついにやったぞ! この俺のガイドの腕を見たか!? 未だ誰も成し遂げていなかった、大英博物館への潜入に成功だ!」デッドアイズはスプリガンを嘲笑うように一瞥すると、アンブレラとともに館内を我が物顔で闊歩した。彼はショウケースに収められた古代エジプトの黄金装飾品に目を奪われていたが、如何にしてここから運び出すかを考えると、現実的な困難性に直面した。「それで、アンブレラ=サン、あんたは何を探してるんだっけなあ?」
「先客に聞くのが早かろう」アンブレラは閉じた鉄傘の先端を床に垂直に突き立てるように置き、目を閉じて、ソナーめいたニンジャ聴力を研ぎ澄ました。バイタルサイン隠蔽パルスの向こうに、心音が複数感じ取れた。「あのスフィンクスの陰か……」アンブレラは目を開き、マットたちの潜伏場所に向かってつかつかと歩き出した。「姿を現すがいい! 我らはケイムショの手のものではない! お前たちを救助に来てやったのだ!」
(……おい、まさか本当に、救援か!?)(ヤッタ!)(ニンジャの助けとはありがたいねえ……!)カタナ社の生き残りたちがざわつき始めた。
「待てお前ら。俺が話をする……!」マットが仲間たちを制し、スフィンクス展示物の陰からひとり歩み出た。マットはごくりと唾を飲み、覚悟を決めて呼びかけた。「俺たちはカタナ・オブ・リバプールの偵察部隊だ。色々あって、ここに閉じ込められていた。……あんたは何者だ?」
「ドーモ、俺はアンブレラ。傭兵だ。カタナ本社より遣わされ、お前たちの救援に来た」アンブレラは立ち止まると、腕に装着したハンドヘルドUNIXを操作し、カタナのホロ社紋を中空投影した。「これでわかるな? 手短に答えてもらおう。ロイヤルレリックの保管室はどこだ。回収は終わったのか?」
「……ロイヤルレリックだと!?」やりとりを盗み聞いていたスプリガンが小さく唸った。「カタナ社めが、大胆にも大英帝国の誇りに手をつけるとは……!」スプリガンは呆れたように吐き捨てた。だが、マットの答えは予想とはやや異なるものであった。
「生憎だが、ファック野郎に答える筋合いはねえぜ」マットはアサルトライフルを構え、その銃口をアンブレラに向けた。
「何を……?」銃口を向けられたアンブレラは、目を細めた。
「そのUNIXをどこの誰から引っぺがしたのか、言ってみなよ」マットは床に唾を吐いて続けた。「俺は低年収で、さほど愛社精神のある方じゃねえが、カタナ社を騙るクソ野郎にいいようにファックされる気はねえんだよ」
たちまち、剣吞なるアトモスフィアが周囲を圧した。マットに対するアンブレラの視線は、不快な虫を見るような冷酷な目つきに変わった。実際、アンブレラはほとんど反射的にクナイ・ダートを投擲し、マットを見せしめに殺さんとするところであった。いつの間にかアンブレラのすぐ横にいたサツバツナイトの突き刺すような視線とキリングオーラが、彼の動きを制していなければ、今頃マットの額にはクナイが突き立っていたことであろう。
「……サラリマンの事情に立ち入る気はないが、オヌシら、仲違いをしている暇は無いぞ。仲良く並んで死体に変わりたくないのであればな……」剣呑なアトモスフィアを察したサツバツナイトは、国際探偵としてアンブレラの目的を確かめるべく、両者の間に割って入ろうとした。……その時である!
DOOOOOOOM! 突如、大英博物館全体が激しく揺れた! マットはその場に倒れ、他のニンジャたちも態勢を崩した!「ヌウーッ!?」「回廊から追っ手か!?」「違う、あれだ……!」スプリガンが天井を指差した。「アイエエエエエエエエ!? アイエーエエエエエエエ!!」哀れにもそれを直視してしまったカタナ者の生き残りが一人、即座に発狂して気絶!
おお、見よ……! 大英博物館の天井がたわみ、軋んでいる! 強化ガラス天蓋の一面を覆うように張り付いていたのは、触手持つ巨大な単眼、ロンドン・アイそのものであった! テムズ河沿いの大観覧車に形成されていた死肉の単眼は、自らの腐った筋繊維をスリングショットめいて引き絞って発射し、宙を舞い、大英博物館に覆い被さったのである!
14:【大英博物館:ロンドン・アイ、ケイムショ、ヘルシェパード】
ロンドン・アイは、大英博物館内のゴダ・ニンジャを睥睨した。その暗黒の瞳には、ロンドン塔の御座にあるケイムショの姿が浮かんでいる。すなわち半身髑髏の肉体を骸布によって包んだ屍と腐敗の王が、ロンドン塔の骨の玉座より、ロンドン・アイの瞳を通してこちらを見ているのだ!
おお……ナムアミダブツ! それはまさに死と狂気のヴィジョンと呼ぶに相応しい。心臓の弱い読者諸氏は、どうか直ちにブラウザを閉じて理性の世界に戻って頂きたい! 陶器じみて白く美しいケイムショの顔は、死体めいた無表情。上半身に生えた大小様々の腕が昆虫めいて不規則に動き、最も大きな腕はデスヤリナギナタを王杖めいて構え、また最も小さな腕は礼儀正しくナイフとフォークを持ち、真っ白な皿の上に盛られた新鮮な死体の山を切り刻んで無表情な口元へと運んでいた!
「アイエエエエエエ! アイエーエエエエエエエ!」その狂気の光景を直視してしまったカタナ社の生き残りがまた一人、たちまち狂気に呑まれ卒倒。浜に打ち上げられたマグロめいてビクビクと痙攣を繰り返す!
わあんわあんわあんわあん! わあんわあんわあんわあんわあんわあん! 暗黒が鳴き、上空で渦を巻いていた。地獄のイナゴの大群めいて、ロンドン全域よりおびただしい蝿の群れが集っているのだ。さらにはロンドン・アイの命じるままに、ロンドン全域の動く死体が、一つの目的地へと行進を開始した。キイイヤアアアーーーッ! キイイヤアアアアアアーーーッ! そして翼持つ死の獣や屍の怪鳥たちも甲高い声で泣き喚き、その背にニンジャを乗せながら一斉に飛来し始めた……大英博物館へと! ロンドン・アイの命ずるままに! ゴダ・ニンジャを滅ぼすために!
「フジキド、ようやくわかりました! あれは……ドゥルジ・ニンジャです。バトル・オブ・ムーホンより遥か昔、ゴダのカラテによって倒され、デスドージョーの残党もろともアッカド谷に投げ落とされ封印された、恐るべきニンジャ……!」
ロンドン・アイから発せられる狂気じみたキリングオーラに、ドラゴン・ニンジャとサツバツナイトすらも気圧され、背中合わせに最警戒のカラテを構える。ロンドン塔の高みより全土を睥睨するケイムショは、宿敵ゴダ・ニンジャとその仲間に滅びをもたらすべく、己の切り札にして化身のひとつを投入したのだ。ゴダ・ニンジャが展開する不可視のムテキ障壁がなければ、ロンドン・アイ着弾の衝撃で、この建物すべてが完全に崩れ去っていたことであろう。
「まずいな、こりゃあ」マットは凄まじい物音がする東側回廊にアサルトライフルを向けて舌打ちし、額からとめどなく流れる汗をタクティカルグローブで拭った。「ミイラのニンジャパワーも消えかけてやがるぞ……!」
サツバツナイトはスリケン迎撃の態勢を整えながら、ゴダのミイラを一瞥した。おお……なんたる不吉な兆候か。ゴダ・ニンジャの体から発せられていた青い光が、弱々しい明滅を始めているではないか! ドーム状に展開された不可視のムテキ・フィールドが、ミシミシと軋み、減衰を始めていた。死者を弾き返し続けていたゴダの力、ついに尽き果てようとしているのだ!
(((滅べ。滅べ。滅べ……!)))禍々しい多重音声が、大英博物館に響き渡る。それはケイムショの声に他ならぬ。ロンドン・アイこそはケイムショの化身のひとつであり、その中継塔なのだ! (((ゴダ・ニンジャよ、死と腐敗の抱擁を受け入れ、滅ぶがよい! 我とひとつになるがよい……!)))そしてケイムショの力は、ロンドン・アイの瞳を通し、忌まわしき暗黒の稲妻となってゴダ・ニンジャに降り注いだ! まさに一瞬の出来事!
『グワーッ……!』精神波の唸り声が、生者たち全員のニューロンに響き渡った。そして……おお、ナムサン! ゴダのミイラはついに浮遊する力を失い、ピアノ線を切られた展示標本じみて落下を開始したのである!
「イヤーッ!」ユカノはゴダを咄嗟に空中回転キャッチしたが、頭上ではムテキ・フィールドの割れ砕ける超自然的な破砕音が鳴り響いていた! 次の瞬間、ゴダの力で押しとどめられていた死者の軍勢が、堰を切ったように天窓から博物館内へと雪崩れ込んできた! さらには、塞がれていた四方の扉も軋み始める!
「イイイヤアーーーーーッ!」身構えていたサツバツナイトは即座にスリケンを連続投擲し、天窓から飛び込んでくる翼持つ奇怪な死の獣を次々に仕留める! だがこのままではキリがない。巨大なロンドン・アイに至っては、スリケンなど意に介さぬ! さらにゴダの障壁が弱まり、あの蝿の大群が押し寄せてくれば……この内部に立てこもる者たちの運命は、オーテ・ツミにも等しかろう!「ユカノ、凌ぎきれぬぞ……!」
「私がゴダにチャドーの力を注ぎ込みます! その間、ケイムショの軍団を食い止めてください!」意を決し、ユカノが呼びかけた。「スウーッ……! ハアーッ……! スウーッ……! ハアーッ……!」そして彼女はザゼン状態のゴダのミイラを床に置くと、目を閉じ、その躯に手を触れながらチャドー呼吸を開始したのだ!
いまやモータルも、ニンジャも、リアルニンジャも関係なく、ケイムショに抗う生者たちの運命は一蓮托生であった。弱々しきムテキ・フィールドの発生源であるゴダとユカノの周囲を取り囲むように、カタナ社の部隊が即座に円陣展開。さらにその外周にサツバツナイト、スプリガン、デッドアイズ、アンブレラによる即席のフォーメーションが形成された!
ドウン! ドウン! ドウン! ドウン! 四方の扉が、ついに回廊側から押し開けられた! まさに肉の津波か洪水のごとく、左右の壁にぶつかり蛇行しながら、大量のゾンビーが押し寄せてくる! 直立不動の姿勢をとり、ゾンビーの大波の数センチ上空を滑るように浮遊飛行するのは、死者の波を操る地獄の羊飼いのごときヘルシェパードである!
(((ヘルシェパードよ、我が祝福を授ける……! ゴダを滅せよ……!)))再びロンドン・アイよりケイムショの声が響く。ヘルシェパードの額に不気味な王の烙印が輝いた! 「アアアアーーーーッ!」ヘルシェパードは高く空中浮遊し、その全身を奇怪に仰け反らせる!
次の瞬間、無数の腕を伸ばし渦巻いていた死者の大波が溶け合って半液状化し、ヘルシェパードを中心核として凝集、さらには特別展示エリアに展示されていた巨大な骨格標本の数々すらも取り込んで、瞬時にして忌まわしき死の巨人と化したのである! 「アバーーーーーーーッ」凄まじき死の咆哮! その右腕には白骨と腱で形づくられた投擲型鮮肉フックが備わり、左腕は恐るべき骨の回転ミキサーそのものであった!
ZGOOM! ZGOOM! 死の巨人と化したヘルシェパードは、サツバツナイトらに向かって突き進んでくる。しばしばツヨイ・スリケンやネオン・プラズマ弾の直撃を受けて体の一部がえぐり取られ、数歩後退するも、その体は液状化したゾンビーの大群によって再生と変形を繰り返しており、何事もなかったかのように再び攻撃を仕掛けてくる! 「アバーッ」ZGOOOM! そして巨大な骨の腕を振り下ろして床に叩きつけ、命中した箇所からは粉々に砕け散った骨片が鋭い針のようになって四方八方に飛び散るのだ!
「ヌウーッ!」ムテキ・フィールドの外縁部で矢面に立つサツバツナイトが鉄壁のブロック防御姿勢を固めても、無数の骨片の飛弾を凌ぎきることはできぬ。装束が切り裂かれ、血しぶきが飛び、激痛が全身を襲う。他のニンジャたちも同様である。さりとて、この陣形を崩すことはできない。後方に控えるカタナ社部隊はモータルであるがゆえ、流れ弾の一発でも喰らえばたちまちその場に倒れてしまう。
「天井の目玉を見るな! 頭がイカれちまうぞ!」「撃て! とにかくゾンビーどもだけを撃て! ありったけ撃ちまくれ!」「抜き身のカタナだ!」「振り下ろされるカタナのように!」カタナ社員が必死の形相で叫び、残り少ないネオン・プラズマ弾で死者たちの波に対抗した。
カタナ社が装備した対ゾンンビー用のネオン・プラズマ弾や焼夷グレネードの火力は極めて頼もしく、何としてもこれを背後に守りながら、ゴダの復活まで持ちこたえねばならぬ。だが倒せど倒せど、敵は上空から、さらには四方の通路から際限なく流れ込んでくる! そして……いつの間にか、アンブレラの姿が見えぬ! 果たしてこれは如何に!? 彼ほどの使い手が、押し寄せるゾンビーの波に飲まれてしまったのであろうか!?
「クソッ、アンブレラの旦那はどこへ!?」デッドアイズはスリケン投擲とカラテでゾンビーの大群を押し返さんとするが、凌ぎきれぬ! 「アバー」間隙を突き、ヘルシェパードの腱と白骨の鮮肉フックが投擲された! デッドアイズはムテキ・フィールドの内側まで咄嗟にバック転せんとするも、間に合わぬ。「グワーッ!?」鮮肉フックが肩に突き刺さる! だが……その絶叫を上げたのは、デッドアイズではなかった!
「未熟者めが! ガイドが客から目を離すとはな……!」不肖の弟子デッドアイズを救うべく身を挺したのは、スプリガンである!「……この老いぼれが! 余計な手出し」デッドアイズが目を見開き、言い返そうとしたその時、フックに吊られたスプリガンの体はくの字に折れ曲って飛び、あっという間にヘルシェパードの巨大なミキサー腕へと引き寄せられていった。
「アバッ! アバッ! アバババババーーーッ!」サツバツ! スプリガンの体は巨大な肉と骨のミキサー器械に飲み込まれ、見えなくなった! 一瞬、彼の鉄棒義足が回転部に挟まったのであろうか、ガチリと鳴って骨のミキサー回転が止まった。直後、ガリガリと不快な音を立てながらミキサーは再び動作し、それきりスプリガンの声は聞こえなくなった。「アバーーーー」ヘルシェパードは満足げに唸り、さらにゾンビーを集め、天井に頭がつかえんほどの巨体を形作り始めた。
「ユカノ! 急げ……! イヤーッ!」サツバツナイトは天井から伸びてくるロンドン・アイの巨大触手に必死でカラテチョップ応戦しながら返した。
「スウーッ! ハアーッ! スウーッ! ハアーッ!」……あと少し。ユカノは一心不乱にチャドー呼吸を続ける。あと少し! だがその時、ロンドン・アイの伸ばした死肉の触手がユカノに絡みつき、天井へと引き寄せたのだ!「ンアアアーーーッ!?」複雑に締め上げられるユカノ! ナムサン!
「ユカノ!」サツバツナイトが咄嗟に跳躍し、ユカノをトビゲリ救出せんとするも、ヘルシェパードの巨体が彼の前に立ちはだかった!「イヤーッ!」「アバー」仰け反るヘルシェパードの巨体! だがさしものサツバツナイトも受け止められ、突破不能! もはやこれまでかと思われた、その時!
「……セイ!」SMAAAASH! 聞き慣れぬカラテシャウトが、どこからともなく響いた! 「セイ!」SMAAAASH! それは再び聞こえた! サツバツナイトは、その光を見た! 回廊を埋め尽くしていた不死者の肉の壁を突き破って現れたのは、輝かしき黄金錫杖と、光爆のカラテエンハンス! 何者かが、展示エリアの西側回廊よりエントリーを果たしたのだ!
それは死者の大群を強引に切り開くべく、燦めく黄金錫杖に力を込め……ついに振り切った!「セイヤッサアアーーーーッ!」SMAAAAASH! 黄金錫杖が輝かしき円弧を描き、ストロボめいた大型光球が発生して1ダース近いゾンビーの群れが消し飛ばされた! ゴウランガ! 暗黒を抜けて現れたのは、満身創痍の尼僧ニンジャ! その背には、負傷したカタナ社の女社員を背負っている!
「セイヤアアアアーーーーッ!」尼僧ニンジャは高く跳躍すると、ユカノを拘束しているロンドン・アイの触手を鮮やかな黄金錫杖の一振りで切断し、ともに床へと着地してザンシンを決めた!
「ドーモ、スマイターです!」スマイターは背中のメイを床に下ろし、カタナ社の生き残り部隊に合流させると、自らは黄金錫杖を構え直して大音声でアイサツした!「そしてこれなるは、ボー・オブ・レイディアンス! ボンジャン総本山の至宝ゆえ、展示ケースより拝借! ブッダの気まぐれな導きにより、拙僧助太刀いたします!」
15:【大英博物館:スマイター、メイ・フルオート】
スマイターの援護を受けたサツバツナイトは、自らを掴むヘルシェパードの巨体に対し目にも留まらぬ三連続カラテ回し蹴りとチョップ突きを叩き込んで、強引に拘束から脱した。再びボンジャンの徒と巡り会えるとは、何たる僥倖であろうか。フジキドは強く笑んだ。事情は知らぬが、いまこれほど頼もしい増援もなかろう! 「スマイター=サンとやら、感謝する! イヤーッ!」サツバツナイトはひとり円陣を描くように連続側転を決め、迫り来るケイムショの軍勢めがけて、スリケンの雨を浴びせた!
「どう、間に合った!?」メイはカタナ社の生き残り部隊にスライディング合流し、ハンドガンで射撃に参加!「遅刻だぞ!」マットは狂気に抗うために笑い、焼夷グレネードを手渡した!「アンブレラのクソ野郎はどこ?」「解らん! どこかに消えやがった!」「オーケイ! 今は……こいつらをどうにかしないとね!」メイはハンドガンを置き、受け取った焼夷グレネードのピンを歯でもって引き抜くと、押し寄せるゾンビーの群れを睨んだ!
「ああ、上は見るなよ! ……いいかお前ら、ありったけのタマを使うぞ! 後のことは考えるな!」マットは生き残りのカタナ社員に呼びかけ、アサルトライフルにネオン・プラズマ弾を再装填した。サツバツナイトやデッドアイズが上からの敵を凌ぐ間に、カタナ社部隊は四方の回廊から押し寄せるゾンビーの群れに対処する! スマイターの助けも得て、生者たちは徐々に敵を押し返し始めた! あとはゴダ・ニンジャの力さえあれば……!
「スウーッ! ハァーッ! スウーッ! ハァーッ!」おお……見よ! チャドー集中を再開していたユカノは、フィニッシュムーブを行うべく、目を見開いた。そして両手をダイナミックに動かしてショドーめいた複雑なパターンを描き、ゴダの背を叩くように撫でる! バッ! バッ! バッ! バッ! ゴダ・ニンジャの乾涸びた四肢へと、カラテが注がれてゆく! 最後にユカノは、謎めいたカラテシャウトとともに、高く振り上げた両手をゴダの背に叩きつけた!
「イエ! ……モトーッ!」『ARRRRRRRGH!』ドラゴン・ニンジャからありったけのカラテを注がれ、ゴダ・ニンジャの目に再び光が戻った! ミイラの体はガクガクと痙攣し、青い光を放ちながら、凄まじい勢いで数メートル浮かび上がる。そして空中静止! 両腕を大きく広げ、ムテキ・フィールドの力を半ば暴走気味に放射した!
ZANK! ZANK! ZANK! ムテキ・フィールドの波動が放射状に広がり、不死者たちは爆発的に弾き飛ばされた! ヘルシェパードやロンドン・アイですらもその動きを止める!
『イイイヤアアーーーッ!』さらにゴダ・ニンジャは空中浮遊したまま腕を回転させ、カラテシャウトを放ち、万華鏡めいた複雑パターンで大小様々のカラテミサイルを全方位射出した! これこそはカラテミサイルの奥義、フラワー・オブ・デスである!
「アバッ?」「アバーーーッ!」「アババババババーーーッ」ナムアミダブツ! その安全圏は、ゴダと重なり合って真下方向にいる生者たちのみ! 次々に打ち砕かれてゆくゾンビーの大波! ヘルシェパードは両腕でブロック態勢を取るも、壁に向かって後ずさりを余儀なくされる! そして無論、巨大なるロンドン・アイは、カラテミサイルを回避すること能わず!
『グワーーーーーッ!?』ロンドン・アイが怪音を発する! KBAMKBAMKBAM! カラテミサイル光球が連続着弾! ロンドン・アイの瞳に映っていたケイムショの幻影は、凄まじいノイズによって掻き乱される! 接続障害である! 「ア、アバー……!?」ヘルシェパードの巨体も軋み、自重によって動きが鈍ってゆく! ネガティブカラテの力が阻害されているのだ! 一方カラテミサイルを撃ち尽くしたゴダ・ニンジャは、そのままムテキ・フィールドを維持し続けている!
「マスターパワーは蘇ったぞ!」ユカノ自身のカラテは尽き果て、もはや足腰も立たぬ状態である。今の彼女には、その場で拳を高く突き上げ、仲間たちを鼓舞することしかできない。だがチャドーを完遂したドラゴン・ニンジャの快活なる声は、特別展示フロアに朗々と響き渡り、太陽のごとき温かみと熱を放射し、それだけで不死者の軍勢をたじろがせた!「勝機は我らにあり! トドメオサセーー!」
「Wasshoi!」KRAAAAAASH! サツバツナイトは天窓のガラスを垂直に蹴破り、自ら博物館の屋根の上へ躍り出る! 敵の小物どもは、再び展開され始めたムテキ・フィールドに阻まれ接近できぬ! サツバツナイトはロンドン・アイの側面に取り付くと、殺戮の暴走特急じみた勢いで左右の連続パンチを叩き込み始めた!「イヤーッ!」『グワーッ!?』「イヤーッ!」『グワーッ!』「イヤーッ!」『グワーッ!』「イヤーーーーッ!」『グワーーーーーッ!』
「セイ! セイ! セイ!」SMASH! SMASH! SMASH! 館内ではスマイターが一気呵成に突き進み、力の限り黄金錫杖を振るってゾンビーの大波を蹴散らす! 黄金錫杖が叩きつけられるたび、カラテ・エンハンスの眩い光球が発生し、屍肉の怪物を破壊してゆく! そしてスマイターは、動きを鈍らせた死の巨人、ヘルシェパードへ一直線!
「アバーー!」壁際に追い込まれていたヘルシェパードは、力任せに骨の大腕を叩きつけて迎撃! 「セイヤアアアアーーーーッ!」スマイターは体の前で黄金錫杖をバトンめいて回転させ、敵の攻撃と骨の散弾を防ぎきる! さらにそのまま勢いを乗せ、巨人の膝に黄金錫杖の先端を突き刺した! SMAAAASH!「アッバッ!」巨人の膝から全身に向かって光の亀裂が走り、紡ぎ合わされていた骨と肉の鎧が爆ぜ、核をなしていたヘルシェパードの体が露わとなった! 『シューッ!』頭上ではロンドン・アイが再びケイムショとの接続を確立せんと試みるも、サツバツナイトがそれを許さぬ!
「ロンドン・アイ=サン、どこを見ている! オヌシの相手は私だ! イヤーッ!」『グワーッ!?』「イヤーッ!」『グワーッ!』「イヤーッ!」『グワーッ!』目にも留まらぬ左右のカラテパンチ連打は、次第に橙の炎の輪郭を描き始める! 無論、圧倒的質量を持つロンドン・アイに対し、サツバツナイトのカラテは決定打に欠ける! だがケイムショの力の中継を乱し、スマイターを援護するには十分であった!
「セイ!」最後の一撃を繰り出すべく、スマイターは跳躍!「ア、アバーーー……!」ヘルシェパードが呻き、今まさに振り下ろされんとする鉄槌めいた一撃を防ぐべく、ミキサー腕を振り上げた! だがスマイターは臆することなく、残されたカラテを黄金錫杖にこめ、渾身の力で振り下ろした! 「セイヤッサアアアーーーーッ!」SMAAAAAAAAASH! 黄金に輝くボー・オブ・レイディアンスの一撃は、巨大な骨と屍肉の腕を砕き、さらにヘルシェパードの上半身をも破砕!「サヨ……ナラ!」爆発四散!
「ボンジャン! ……ハイ!」スマイターが床を力強く踏み鳴らし、黄金錫杖をついて見事なバトルモンク・ザンシンを決めると、後方でカタナ社部隊を飲み込まんと這いずり回っていた僅かなゾンビーたちも、カラテ衝撃波によって灰燼へと帰した。力を使い果たし、黄金錫杖に寄りかかり、不安げに後方を振り返るスマイター。これに対し、生き残ったメイはサムアップして応えた。そして……見よ! カタナ社部隊のすぐ横を駆け抜ける人影あり!
「あとは魔眼のみか! 露払い、ご苦労!」機を見るに敏! それは一時戦線離脱し、まんまと地下からロイヤルレリックを回収し終えたアンブレラであった! 秘密のトラップドアから飛び出したアンブレラは、柱をジグザグに蹴り渡って高く跳躍し、ロンドン・アイへと飛びかかったのだ! 魔眼の真正面からとは、自殺行為!
『シューッ!』これを迎え撃つべく、ロンドン・アイは咄嗟に暗黒の光を放つ!「イヤーッ!」だがアンブレラは傘を半開きにし、魔眼の直視を防ぎながらジャンプ突撃を続行! その先端を突き刺した! 『グワーッ!?』
「イイイヤアアーーーッ!」さらにアンブレラは半開きの鉄傘をドリルめいてスクリュー回転させ、ロンドン・アイの眼球内部を掘削! カラテネジ回しの原理によって推力を生む!『アバッ! アバッ! アババババババーーーッ!』絶叫するロンドン・アイ! ナムアミダブツ! これこそはカラカサ・ニンジャクランの禁じ手、アイ・オブ・サーペントである!
だが……次第に、アンブレラの推力が落ちる! 四方の眼球肉壁が再生し、彼を押しつぶさんと力を増し始めたのだ。ケイムショの力が戻り始めているのであろうか? 鉄傘の骨がミシミシと軋み始める!
「……ちと足りんか!?」アンブレラは舌打ちした。死がすぐそこにある。ドクン! 瞬時に限界までニンジャアドレナリンが湧き出し、体感時間が鈍化! アンブレラは、館内の柱を垂直に蹴り上がってくるサツバツナイトの姿を認めた。サツバツナイトはアンブレラの動きを察知するやいなや、速やかに屋上から館内へと飛び降り、トビゲリのための助走動作を開始していたのである!
サツバツナイトが如何なるカラテを目論んでいるのか、アンブレラはニンジャ第六感によって瞬時に察した。ロンドン・アイに対し、即席の連携攻撃を行おうというのだ。だが……アンブレラの知るかつてのサツバツナイトは、狂った殺忍モンスターである。サツバツナイトならば、この状況を打破するよりも、己を殺すことを優先してきたとして何らおかしくはない。アンブレラは一瞬、ベイン・オブ・ソウカイヤの狂気に対して恐怖を覚える。
「ええい、ままよ!」だが迷いは死を招く! アンブレラはロンドン・アイを両足で蹴ってサマーソルトで飛び離れ、サツバツナイトの放つトビゲリを己の足裏で受け止めるべく、空中でドッキング準備態勢をとった! ナムアミダブツ! アンブレラの差し出す両足裏に、サツバツナイトの繰り出したドロップキックめいた両足トビゲリが、寸分違わぬ精度で……命中した!
「「イヤーーーーーッ!」」ゴウランガ! 何たるタツジン同士の即興インプロヴィゼーションめいた連携であろうか! さながらカラテ空中給油めいた狂気の沙汰である! だがそれを、この二人のニンジャは寸分違わぬ精度で、見事に決めてみせたのだ!
「「イイイヤアーーーーーッ!」」両足の裏同士を完璧に合わせたサツバツナイトとアンブレラは、そのまま空中でジゴクめいたキリモミ回転屈伸状態に入り、加速! いまやサツバツナイトは無慈悲なる回転カラテカタパルト発射台そのものである! サツバツナイトは限界まで両脚のカラテを引き絞ると……アンブレラをドリル砲弾めいて打ち出した! ナムアミダブツ!
ZOOOOOM! 垂直射出されたアンブレラは、ロンドン・アイめがけ一直線! 命中! 掘削開始! 『アバッ! アバッ! アバババババババーーーッ!?』 再度その内側をドリル掘削され絶叫するロンドン・アイ!
「イイイヤアアーーーー!」アンブレラは凄まじい急加速Gに耐えながらカラカサ回転掘削! 掘削! 掘削! ついに巨大眼球と肉壁を反対側まで掘削し終えた彼は、最高のタイミングで傘を閉じてカラテを先端一点に集中させると、分厚いゴム状の外皮膜を突き破り、上空へと飛び出した!
『サヨ……ナラ……!』ロンドン・アイはオモチめいて急激膨張した直後、壮絶なる爆発四散! ……おお、神々も照覧あれ! 破裂したロンドン・アイは凄まじいカラテ衝撃波を生み出し、死都全域にその屍肉を華々しく飛び散らせるとともに、群れ集まっていた蝿の大群を雲散させ、全ての聖堂と教会の高みに取り残された鐘の数々を揺らし、死の都に取り残されし幾千万の哀れなる不死者に捧げる弔鐘めいて鳴り響かせた! ゴウランガ! ゴウランガ! ゴウランガと! ゆえに汚濁のテムズ河より無数の死体の数々とともに這い出したばかりのストリートオイランゾンビーも、あるいはその死せる幼子もまた、いっときケイムショの永遠の呪いから解き放たれ、その場で手をとって立ち尽くし、ともに曇天模様の空を仰いだのである! 諸人安らかにあれ! ロンドン・アイの弔鐘鳴り止むまでは!
16【大英博物館:ゴダ・ニンジャ、サツバツナイト、ドラゴン・ニンジャ】
ロンドンに鳴り響く弔鐘は、大英博物館の生者たちにも短い休息の時を与えた。狡猾なるアンブレラは館内に戻らず、ロイヤルコレクションのいくつかをせしめたまま、一足先に撤退を行ったようであった。
スプリガンは既に爆発四散しており、死体は残らなかった。それはこの死都では幸運なことのように思えた。デッドアイズはスプリガンの鉄棒の義足を見つけると、懐からスキットルを取り出し、無言でウイスキーを振りかけてやった。ユカノとフジキドも、それに気づくと、静かに手を合わせた。
残された時間は少なかった。マットの部隊は、アンブレラが破壊したトラップドアから地下へ降り、英国王室秘蔵のレリックを探した。そして封印されし数々のレリックの中から彼らが運び出してきたのは……黄金装飾が施された、ひとつの細長い木箱であった。
「おい、こいつはまさか……」マットはその箱を展示室の床に置き、丁重に留め具を外し、蓋を開けた。部隊全員の視線が、その箱の中身に注がれた。そして、皆、息を飲んだ。赤いベルベット布にくるまれて箱の中に収められていたのは……ひとふりの抜き身のカタナであった。それを見たマットは、血湧き肉躍るような興奮を覚えた。マットだけではない。メイも、他のカタナ・オブ・リバプール社の生き残りたちも同様であった。遠巻きにそれを覗き見るデッドアイズさえも。
あらゆる英国人は、カタナを見ると全身の細胞が湧き上がるような高揚感をおぼえる。彼らは遺伝子レベルで、カタナという武器に対する興奮因子が刻み込まれているのだ。……だが何故? その答えが、この謎めいたロイヤルレリックのひとつに隠されていた。
「……英国王室はその存在をひた隠しにしてきたが、聖剣エクスカリバーは実在し、かつ現存する。しかも一本ではない。そうしたくだらん陰謀論や都市伝説が、昔から囁かれ続けてきた……」近くの彫像の上に座り、酒を呷りながら、デッドアイズは語った。語りながら彼は、かつてスプリガンから教わった数百ものガイド都市伝説を思い起こしていた。「……だが、与太話の一部はどうやら真実だったらしい」
おお……刮目して見よ。その刀身には、控えめな古代ルーンカタカナで『エクスカリバー』と刻まれているではないか。これこそは英国三神器のひとつにして、闇のロイヤルコレクションのひとつ。聖剣エクスカリバーに他ならなかった。その危険なニンジャ真実は闇に葬られて久しいが、かつてアーサー王が振るったとされる伝説の聖剣エクスカリバーは、実のところ……カタナだったのだ。
「おい、やったな」「ボーナスが貰える!」「生きて帰れたならな!」カタナ社の生き残りたちは、勝利に沸いた。メイもマットと握手を交わし、笑った。それからメイはスマイターと抱き合って喜び、短いキスを交わした。スマイターは己の運命を探すため、ロンドンへとやってきた。「黄金錫杖を手にすれば道がひらける」との啓示を受けたのだ。そして実際、スマイターはこの上なき己の運命を見出したのである。
歓声を上げるカタナ社部隊からいささか離れた場所で、ユカノとフジキドは天井近くに浮かぶゴダに語りかけていた。
『ドラゴン・ニンジャよ、こたびは何故、ここに戻ってきた?』ゴダはエコーがかった精神波の声を二人に返した。
「戻ってきた?」ユカノは首を傾げた。「十数年前の話ですか? 確かにロンドンがこのような状態になる前にも、私はここを訪れ、ガラスケージの中にいるあなたに会いました。ですがまさか、あの頃から意識があったとは」
『違う。何日か……あるいは何ヶ月か前にも……おまえはここを訪れた。建物を取り巻く不死者の群れと戦うことすらなく、不意に、この館内に現れたのだ。そしておれの名を親しげに呼び、たおやかに愛撫したではないか』
「ユカノ、これは……」
「やはり、恐れていた事態が起こってしまっていたようですね」ユカノは首を横に振り、ため息をついた。「ゴダ・ニンジャよ、それは……私ではありません。おそらくは、分かたれた私のニンジャソウルの一部から生み出されし、別人です。今はティアマトと名乗っているはずです」
『ティアマト』ゴダ・ニンジャは唸るように復唱した。『感傷的な名だ』
「それでティアマトは、私の名をかたり、ここで何を?」
『……その時、おれはまだ深いまどろみの中にあったがゆえ、確かには覚えておらぬ。ティアマトはここを、おれの宝物殿か何かと勘違いしていたようだ。……カノプス茶器など、ここに収蔵されたいくつかのレリックを持ち出すべく、おれに許しを乞うたのだ。もとより、おれのものではないゆえ、好きにしろと告げた。おまえは……否、ちがうな……ティアマトは、必要なものを集めると、再び消えていった……。虚空に現れたトリイを通って……オヒガンを渡って行ったのだ』
「すると目的はわからずじまいですね……」ユカノは腕を組み、唸った。「ティアマトだけでなく、世界各地で旧きニンジャたちが目覚め始めています。それも、この10年のうちに、急速に。ドゥルジ・ニンジャもそうでしょう。何かが起ころうとしています」
『違う。おそらく、それは既に起こっているのだ、ドラゴン・ニンジャよ』ゴダ・ニンジャは言った。『いまのおれはほぼ目が見えぬ。それがゆえに、エテルとカラテの流れを鋭敏に感じ取ることができる。今まさに、均衡が崩れ始めているのだ。暗黒のカラテが再び世界を覆わんとしている。エイジ・オブ・マッポーカリプスが訪れるのだ。……おまえからティアマトのことを聞き、全てに合点がいった。ダークカラテ・エンパイアが動き始めている』
「ダークカラテ……」「エンパイア……」ユカノとフジキドは、その不吉なる言葉を復唱した。
『バトル・オブ・ムーホンや、それ以前の戦いで敗北した父祖派のリアルニンジャは、現世に肉体を残したまま永い眠りについた。……ソクシンブツと化したこのおれのようにな。やつらがいま、数千年の眠りから目覚め始めたのだ。……ダークカラテ・エンパイアを築き、この世界すべてを支配するためにな。ドゥルジ・ニンジャもそのひとり』
「やはり。ロンドンが死の都に変わったのは、大英博物館に眠るあなたを、ドゥルジ・ニンジャが滅ぼそうとしたからですか」
『いかにもその通りだ。そのインガの元は、静かなるザゼンのうちに眠っていたおれをバイカル湖から引きずり出し、大胆にもそこの黴臭いガラスケージに収蔵した連中にあるといえるがな』
「いずれにせよ、あまり現在のロンドンを良いとは思えませんね」
『さもあろう。だがドゥルジ・ニンジャは強大で、しかも狂っている。滅ぼすことなど不可能に近いぞ』
「このまま我々の手でロンドン塔を攻め、ケイムショを滅ぼすことはできぬのか?」サツバツナイトが問いかけた。「ケイムショの呪いにより、多くの者が苦しめられているのを見てきた。……私はこの都市に縁もゆかりもない、ただの通りがかりではあるが、その可能性があるのかどうかを知りたい」
『容易くはあるまい。仮に滅ぼせたとして、ロンドンもまた崩れ去るだろう。すでにこの都市は奴のフーリンカザンと化しているのだ。そしてロンドン塔に近づけば、おまえたちとてただでは済むまい』
「あなたはネオワラキアで戦うブラド・ニンジャを見ましたね、フジキド。彼をネオワラキアの〈夜〉の下で殺すことは、不可能に近かったはず。それとほぼ同義なのです。すでにこの都市が、この地が、ケイムショそのものと化している……フーリンカザンとは、突き詰めればそのようなもの」
「ヌウウ」サツバツナイトは腕組み姿勢で思案した。彼の脳裏には、ヨグヤカルタでのムカデ・ニンジャとのイクサ光景が蘇っていた。あの時と同じである。極めて強大なるリアルニンジャを相手取れば、最終的にはそのような問題に行き着く。そこをなお押し通るとなれば、それはある種の狂気の領域となる。かつて彼が有し、そして今は持ち合わせぬもの。「では……ゴダ=サン、せめてオヌシをどこかへ運び、逃がせぬか。少なくとも、ここにいるよりは、オヌシにとっても安全の筈だ」
『おれが動けば、奴もまた動く。奴がその身をもたげれば、この都市は跡形もなく崩れ去るだろう。根を引き抜かれたボンサイのようにな。そして世界の別な場所に、また新たな死都が作られるだけだ。あるいは気まぐれを起こし、奴はこのまま大陸全土を死の都に変えようとするやもしれん。それもあまり好ましいとは思わん。おれは奥ゆかしいニンジャだ。それよりも……おまえたちに頼みたいことがある。ダークカラテ・エンパイアの動きを探るのだ』
「詳しく、教えて下さい。もとはといえば、あなたとそのことを話すために来たのです。復活したリアルニンジャたちの目的を知るために……」
『ダークカラテ・エンパイアは、父祖の復活を企んでいる。そして世界を再び、数千年前の法によって支配せんとしている。すなわち……カラテだ。新大陸を支配下に置いたタイクーンの噂は聞き及んでいるが、あの若造よりも遥かに危険な者たちだ……』
「ドゥルジ・ニンジャもその一員なのですか?」
『いかにも。ドゥルジ・ニンジャはおれへの復讐を第一に考えており、他の奴らと足並みを合わせるつもりも無いようだが……ロンドン塔から漏れ聞こえた情報によれば、奴らは暗黒の遊戯を開始せんとしている。ニンジャスレイヤーという名の若きニンジャを使ってな』
「ニンジャスレイヤーだと?」その思いがけぬ名を聞き、サツバツナイトの表情が険しくなった。ユカノとフジキドは一瞬、視線を交わし、頷いた。
『何者かの呼びかけによって、〈カリュドーンの獣〉の儀が始まろうとしているのだ。ドゥルジ・ニンジャは、そのために愛弟子ベルゼブブを東へと送り出した。……目下のおれの胸騒ぎは、これだ。誰が〈カリュドーンの獣〉を主催し、その目的は何なのか? 単なる遊戯とは考え難い。かつての〈カリュドーンの獣〉のように、二重三重の陰謀が張り巡らされていても、おかしくはなかろう……』
「この呼びかけの元凶は誰なのです? やはりティアマトですか?」
『おれにも解らぬ。おれは多くのことを忘れ去った。おまえと同じようにな。それに、この狭苦しい場所に閉じ込められていれば、解らぬことばかりよ……。再び地を歩めるようになるまでは、いくらかの時を要するだろう。ならば若きドラゴン・ニンジャよ、若きダイ・ニンジャよ、世界をめぐってそれを調べるのが、おまえたちの役目なのではないか?』
「ですが、ゴダ・ニンジャよ。あなたが爆発四散しないかどうか心配なのです。あなたを残していって、本当に大丈夫なのですか?」
『おれは自分の面倒は自分で見る。ロンドン塔が奴のドージョーであるように、この博物館もいわばおれのドージョーだ。ここは完全にエテルの脈が整っている。おれが急にここを離れれば、ロンドンで十年近く続いてきたカラテ・ラリーの如き力の均衡が崩れるのだ。ゼンとカラテ。何事もその均衡だ。均衡が崩れれば、瞬時にドゥルジの力が増し、押し潰されるやもしれぬ』
「あなたのジツもまた、ここにいることで強化されているということですね。しかし、多勢に無勢だったのでは? 現に今も、こうして、追い詰められていたでしょう」
『何を言うか。今こうして押されていたのは、傷つけるべきではない者たちが、次から次へとこの博物館に侵入し、ゼンが乱れたからだ。……要するにだ。お前たちさえ来なければ、おれはケイムショの軍団を今まで通り封じられていたのだ』
「歓迎してくれるのかと思いましたが、私たちの訪問のせいで、たいへん迷惑しているということですね」ユカノは笑った。
『いかにも、そうだ。多大なる迷惑だ』ゴダ・ニンジャが言った。『それにおれがドゥルジ・ニンジャに敗れ、爆発四散したならば、それまでのことよ。ニンジャとはそういうものであろう?』
「解りました。……ですが、ひとつ教えてください、あなたは死にたがっているのですか? 違うと言ってくれるとありがたいのですが」
『それも正直わからぬ。おれは神ではないのだからな。わからぬことばかりよ。……さあ、時が来た。鐘の音が止み始めている。ケイムショの軍勢が再び目覚め始めるぞ。急ぎ、この都から離れよ。またしばしの別れだ』
ユカノはフジキドを見た。フジキドは頷き、カタナ社のほうをユカノに指し示した。既にカタナ社の部隊は脱出の準備を整え終えているようであった。デッドアイズが歩み寄り、己がガイド役を引き継ぐことを告げた。生きて帰るまでがロンドン・アンダーグラウンド・ツアーであり、それを履行する義務が己にはあると。
「わかりました」ユカノは別れ際、宙に浮かぶゴダ・ニンジャの背に向かって微笑みかけた。「最後にいいですか。最初に言うべきだったのですが」
『ああ』
「オハヨ、ゴダ・ニンジャ=サン。この時代も、それほど悪いものではないですよ」
【ロンドン・コーリング】終