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S3第8話【カレイドスコープ・オブ・ケオス】分割版 #1

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S3第7話【ナラク・ウィズイン】 ←



 空の色は名状しがたいスペクトルであり、異常な輝きが渦巻く闇は、ただの夜ではありえなかった。

 ヤモトは立ち尽くした。その横でヘヴンリイもやはり、空を見上げ、動かずにいた。「これは……」ヤモトの呟きに、ヘヴンリイは不敵に答えた。「天下布武だ。世界を作り変える。オレたちの望む形にな」

「ニッタ・カタツキの力を使ったんだな」ヤモトはヘヴンリイを睨んだ。ヘヴンリイは頷いた。「ああそうだ。不満そうだな、エエッ? 要はお前が、オレにイクサで遅れをとったからだ。自分を責めたり悔しがったりするといいぜ。泣いてもいいんだぜ? いくらでも嘲笑ってやるよ。ハーッハハハハ!」

 争い合って谷底へ墜落した彼女らは、その後、奇妙な旅の道連れとなり、ネザーキョウの奥地を彷徨った。狩人のニンジャと出会い、オオケモノを討つなど、大小の冒険を経験した。しかし……やはりヤモトとヘヴンリイは決定的に違う星の下に生きる存在だ。言葉を戦わせずとも、それは明白。ヘヴンリイは晴れやかだった。


◆◆◆


 異常な色彩の闇の下、襤褸をまとった巨躯の男と、小柄な少女は黙々と歩みを進めていた。男は杖をついていたが、歩幅は着実だった。「……この出来事、わかる?」少女は空色の瞳で巨躯の男を見た。男の瞳は金色だった。「わからんが……」彼は苦しげに目をすがめた。「……先を急ぐぞ」


◆◆◆


 サーモン・サンドイッチを握りしめたままだったことを、サガサマはようやく思い出した。NY、オフィスビルの高層階、ラップトップUNIXを前にIRCミーティングを行っていたサガサマは、もう一度画面に目を落とし、それから窓を見たが、何も様相は戻らなかった。空には多彩な闇が広がっている。

 それを畏れる暇もあらばこそ、サガサマのニンジャ第六感が突如、凄まじい警鐘を鳴らした。そればかりではない。「異常磁気」のアラート表示が網膜に映り込んだ。彼は反射的にテーブルの下へ潜り込もうとしたが……間に合わなかった。

 セントラルパークに光の柱が生じた。

 彼はそのニンジャ動体視力で、光の柱の中を垂直に降ってきたものを視認していた。それは放電する黒紫の矢であり……DOOOOOM! セントラルパークは球状の黒い爆発に、呑まれた!「アイエエエエ!」「アイエエエエ!?」フロアの市民達が悲鳴をあげた。

 球状の爆発は急激に膨れ上がり、市街を……市街を……呑み込もうとした……サガサマは死すら覚悟したが、ある時点で爆発の膨張は止まり……収縮を始めた。クレーター状に抉れた地面を残し、黒い爆発は凝集し……「……!」サガサマは最大倍率まで視野を拡大し、クレーターの中心に残されたものを見守った。

 それは……ポータルだった。

 ドオン。ドオン。ドオン。タイコの音が聴こえた。嫌な予感がした。そのジゴクめいた響きは、サガサマに、ヨロシンカンセン襲撃の記憶を思い出させた。ZANK……ZANKZANKZANK。黒いポータルが稲妻を周囲四方八方に放つと、そこに異形のものたちが出現した。オニだ。オニとしか形容のしようがない。

 無謀な報道ヘリコプターが一機、セントラルパーク上空に近づいてきた。その機体を下から投じられた投げ槍が貫くと、ヘリはキリモミ回転しながら墜落し、爆発炎上した。そこへたちまちオニ達は群がり、パネルを引き剥がし、蹂躙を始めた。

「ア……ア、ア」悲鳴と混乱で満たされたフロアで、サガサマはテーブルに手をついた。この状況下で彼がすがるべきは、愛社だ。彼はIRC端末を操作し、上司に報告しようとした……しかし、酷い磁気嵐に、阻まれた。


◆◆◆


 ジャングル上空を飛行中だったサワタリ・カンパニー社員ローゼンベルグは突然の異常のパルスを察知し、その場でホバリング姿勢を取った。遥か北から翔び来る何かを、オウゴンオニクワガタの頭部を持つ彼の、昆虫めいた黒い目が捉えた。炎の尾を引き、流れ星めいて降ってくる……ひとつはニューヨークへ、もう2つは太平洋へ、もうひとつはこのジャングルへ。

 極楽鳥の群が一斉に飛び立つ。動物達が吠え声をあげる。それがサワタリ・カンパニーのテリトリーに対する攻撃であったならば、彼は何らかの阻止行動に出たかもしれない。だがそれは凄まじい衝撃波だけを残し、南東方角へ落ちていった。着弾地点は恐らくリオ・シティ。……彼はカンパニーへ飛び戻る。


◆◆◆


 キョート城天文台の中央、浮遊する複数の天球儀に囲まれてザゼンするニンジャはネクサス。彼は己のニューロンに強く訴えかける強烈な力の波に震え、耐えた。目鼻口から黒ずんだ血を流し、表情を強張らせ、ホロ地球に刻まれゆく異常な紋様を凝視した。五芒星と、それを囲む巨大な円。魔法陣めいて。

「おのれ」ネクサスは呻いた。凝視の力が阻害される。既に、形作られた五芒星の領域内には意識を向ける事すらできなかった。観測ができぬのであれば、侵入など到底不可能だ。ザイバツの今後の計画に支障をきたす可能性は大いにあった。何が起こったのか、如何なるオヒガンへの影響が及ぶのか、可能な限り情報を集めねばならぬ。この異常事態の発生に一瞬早く、ニーズヘグを回収できたのは、サイオー・ホースと言うべきか……。


◆◆◆


「我はネザーキョウのタイクーン、アケチ・ニンジャである! 惰弱なる者共よ、音に聞け! 今この時、4本のハマヤを以て、我がキキョウ・ジツ、天 下 布 武(ネザーフォーミング)の儀式は成れり! ……以後、天上天下、我の飛翔を妨げるもの無し。第六天魔王、大君明智光秀にひれ伏すべし!」 

「ワオオオオーッ!」「偉大なるタイクーン!」「第六天魔王!」ドオン! ドオン! ドオン! 軍太鼓打ち鳴らされる中、城前練兵場に集いしゲニン達は、ストーンヘンジの中央に開いたネザーポータルの上空で浮遊する雄々しきオオカゲ、その背にまたがるアケチ・ニンジャの力強き姿に歓声をあげた。

「シャギャーッ! ハンニャアアア! ハンニャアアア!」邪龍オオカゲは長い尾を空中でくねらせ、鎌首をもたげ、異常色彩の闇の空に炎を吐き出す。それはまるで呪われた花火。極めて邪悪な祝祭、文明社会への宣戦布告の光景である。「エイッ!」龍上のタイクーンは四本の腕を眼下のニンジャ達に掲げる!

 すると、ナムサン! 畏れよ! 練兵場に集まりしゲニン達は胸を押さえ、苦しみ始めた。彼らの胸に刻まれたコクダカの烙印が、装束を透かして強く光り輝いている。「精強なるアケチモノよ! 今再び、惰弱なる世へ攻め入らん!」タイクーンが叫んだ。ニンジャ達は顔を上げた。その目が強く光っている!

 キキョウ・ジツは成れり! 今や、打ち込まれたハヤマが作り出した領域下において、タイクーンが力を与えた全てのニンジャはより強い力を獲得した! 彼らはポータルを通って惰弱4都市に飛び、カラテによる蹂躙を行うのである! そして……おお、ナムサン! オオカゲとタイクーンすらも、それが可能だ!

「偉大なるタイクーン!」「天上天下!」「ガンバルゾー!」ニンジャ達は目を光らせ、雄叫びを上げる。転移! そして武力征服! 資源獲得! 拡大を続ける限り、ネザーキョウの経済は右斜め上の成長ラインを描き続けるのだ!「虚仮威しとタカをくくる惰弱文明人は在りや!?」タイクーンは叫んだ。

「惰弱!」「それは許せない!」「ヤッツケテ!」ゲニン達が雄叫びで応えた。「ハンニャアアアア!」オオカゲは空に躍り上がる! タイクーンは吠えた。「ならば見せん! 我が圧倒的カラテを音に聞き、目にも見よ!イヤーッ!」タイクーンとオオカゲはポータルに突っ込み、消失した。その行く先、まずはNY!


◆◆◆


「アケチの禍」焚き火を囲むマスラダ達を見渡し、フィルギアはゆっくりとその言葉を口にした。「既にニンジャ支配の世が終わりを告げた江戸時代の話さ。何の前触れもなしに、アケチのハマヤが落ちた。江戸城の一角が焼け落ち……炎は燃え広がって、江戸大火が起こった」

「広がったのは火だけじゃなかった。江戸の街に溢れたのは、ジゴクのオニと、アケチモノ達。ハマヤが落ちた場所に開いた邪悪の門から、奴らは現れた。アケチはもとは平安末期の戦国大名の一人で……主君のオダにムーホンを仕掛け、共に滅びたとされていた。それが……江戸時代に、戻ってきたんだ」

 フィルギアの謎めいた瞳に、焚き火の火が映り込んでいる。「かつてのアケチは、カラテよりもむしろ、ジツや交渉に長けた男だった。奴はウォーロードであるオダ・ニンジャの参謀として知られていたんだ。ハイクも巧くてさ……それが……ハマヤと共に戻ってきたアケチは……当時とは似ても似つかぬ四本腕だ」

「見てきたように語るじゃないか」トムが言った。フィルギアは真顔で彼を見た。「その通り。自分の目で見たからね、俺は」フィルギアの表情は底知れぬアトモスフィアをたたえ、その言葉は厳かだった。トムは唾を飲み、黙り込んだ。フィルギアは取り繕うようにウインクして、話を続けた。

 ……己の内に過酷なるネザーを具現化させたかのような魔王に変わり果てたアケチ・ニンジャは、ネザーのオニとアケチモノを率い、当時のショーグン・オーヴァーロード、徳川エドワード吉宗の膝下を蹂躙した。阿鼻叫喚の地獄図。吉宗は精鋭騎士団「メグミ」を組織して対抗するが、アケチはあまりに強大。

 あわや江戸時代終焉の暗黒も垣間見えた瀬戸際、吉宗の元に現れたのは、ショーグン特別剣術顧問、時を置き去りにした長命の魔剣士、柳生王璽(ヤギュー・ウォンジ)であった。

 彼はミヤモト・マサシより受け継いだ5つの指輪……「リング・オブ・アース」「リング・オブ・ファイア」「リング・オブ・ウォーター」「リング・オブ・ウインド」「リング・オブ・ヴォイド」の強大な力がもたらす呪いにより、天寿を全うする運命を剥奪された存在である。

 王璽はメグミの円卓騎士と共にアケチに攻め入り、激しいイクサの末、ついに勝利を手にした。だがアケチはなお凄まじき戦士だった。伝説の魔剣士といえどもカイシャクにまでは至らず、指輪の力を用いて、ポータルの奥へ再び放逐するのがやっとだった。

「ひどい出来事だよ。とにかくそうやって、ポータルも封じ込めて、めでたし、となったんだ」フィルギアは語る。「だけど……当時打たれたハマヤはひとつだ。そしてそのときアケチは龍にも乗っていなかった。奴の鍛え抜かれた肉体と、率いるオニ達、それだけでも、江戸は傾いたんだ」

「それが、今回は……」「打たれた矢は4つ。力が空を駆け、ホンノウジに繋がっている事からも……5つ目のポータルがホンノウジにある筈」「桁違いというわけか」コルヴェットは顔をしかめた。「何たる事」「待ってください。という事は……」コトブキが問う。「矢は今回、ネオサイタマにも落ちたのですよね?」

「ブレイン=サンが見た白昼夢で、矢の着弾地点は語られていた」トムが言った。彼は悔しげだった。当たってほしくない夢だったのだ。「……その中に、ネオサイタマは含まれていた」「それらの都市で今、当時の江戸のように、危険なポータルが開いて……!」コトブキは拳を握りしめた。

「どう……どうしましょう」彼女は狼狽え、握った手を閉じたり、握り直したりした。マスラダはコトブキを見て、言った。「塞ぐだけだ」「塞ぐ……」「昔にやった奴がいるなら、おれにも出来る。おれがやる」「実際……」フィルギアは咳払いした。「……それしかねえとは、思う」

 フィルギアは空を横切る超自然の力の道を見上げた。そして木の枝で地面に五芒星を描き、中心をつついた。「ホンノウジに力の道が集まってるのは、道理だよ。当時も今も、何かのジツで無理やり作り出したには違いない。それなら、無理をしてるのはアケチの方で……術者本人を倒すのが、セオリーだ」

「おれはホンノウジに向かう」マスラダは言った。フィルギアは頷いた。そしてトムを見た。「トム=サン。アンタは予定通り、本部に帰って電磁テープを届けなよ。出来る限り急いで、その……イイダ博士とやらに渡すんだ。UCAもボンクラばかりじゃない筈だぜ」「ああ」トムは頷いた。「必ずな」

「ならば俺も道中ご一緒させてもらおう。トム=サン」コルヴェットが名乗り出た。「少なくともネザーキョウを出るまでは、いかにも厳しい道程となるのではないかね。俺も文明地へ帰り、ギンカク沈静化について、デジ・プラーグに報告する必要があるゆえに」「……有り難い」トムは受け入れた。

「あんたはどうする。フィルギア=サン」「俺は……」フィルギアは言葉を切った。そして答えた。「ニンジャスレイヤー=サンについていく。ホンノウジには詳しいんでね。役に立つ筈だぜ……」トムは少し考え、握手を差し出した。「世話になった」「よせよ」フィルギアは苦笑し、その手を握った。

 コトブキは彼らのやり取りを眺めていた。彼女の膝の上では、疲れ果てたザックが眠りについている。コトブキは物思いに沈みながら、少年の髪に優しく触れた。マスラダは無言で、そのさまを横目で見ていた。


◆◆◆


「オイ! オイオイオイオイオイ!」タキはエラーコードを吐きまくるUNIXモニタの光を受けながら、遮二無二、再起動操作を繰り返した。ニンジャスレイヤーとの通信中、UNIXデッキが火花を散らし、気絶状態から目覚めてみれば、何らかのエマージェント状態!

「再起動……それどころじゃねえ!?」煙! KBAM! 火花! 破砕したファイアウォールがチロチロと燃え始めた!「ちょっと待て! 待て! 待ってくれ! ヤベエ!」消化スプレーを掴み、押し込むが、スー……と弱々しい空気が噴射されただけだった。「だって交換とかしねえもんよ!」タキは叫んだ。「クソッ! 水!」ペットボトルのコーラを掴む!

 火に水を振りかけるが、まだ足りない。タキは焦った。「仕方ねえ……仕方ねえんだよ」彼はズボンのジッパーを下ろした。「ファック! ファックファーック!」

 ……地下4階から地上店舗まで通ずるハシゴを上り、隠し扉を蹴り開け、店のトイレに出ると、タキは無性に腹が立って、便器に蹴りを入れた。「クソッ!」フロアに出たところで、足下、くぐもった爆発音と震動が伝わってきた。タキは下がったままのジッパーを上げ、デジタル・オーディンに感謝した。土壇場の時間稼ぎが彼を救った。

 店内に漂う焦げたにおいに、彼は顔をしかめる。そして窓の外を見る。「何……」彼は店外に出た。ワアンワアンワアンワアン! 聴いたことのないサイレンの音が空から降ってきた。「何……?」異常な色彩が乱れ舞う空を、菱形の影の群れが旋回していた。

「オイ……何……待て……」タキは焦った。菱形の影の正体が、カイトを背負ったニンジャだと判明した時、彼はNRSを発症しかけた。ネオサイタマに、カイトゲニン。「待てよ」タキは別方向の空を見る。「待ってくれ」落ちてくる。大質量。撃墜されたマグロツェッペリンが。

「ア……ア……ア……アイエエエエエ!」タキは悲鳴を上げた。ツェッペリンは道を挟んだ向かい、「本日休業中」の張り紙がシャッターに張られた、いけすかない人気ライバル店舗「ピザスキ」に墜落した。KRA-TOOOOOOM!

「グワーッ!」衝撃波と粉塵の勢いに吹き飛ばされ、タキは頭を抱えて地面を転がった。ワアンワアンワアンワアン! 鳴り響くサイレンの中、彼は泣きながら身を起こした。そして彼は空に見てしまった……マグロツェッペリンを撃墜したものを。長虫めいた龍にまたがる、四本腕の帝王の姿を。


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