見出し画像

【タワー・オブ・シーヴズ】

◇総合目次 ◇初めて購読した方へ




1

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは稲妻めいた速度で両手のスリケンを投げた。コンマ2秒の時間差で、二枚の死の星は敵ニンジャのもとへ到達する。ニンジャスレイヤーは既に床を蹴って接近の途上。スリケンを弾き返す敵に真打ちの一撃を繰り出すつもりである。だが彼は己を強いて急停止し、横に跳んだ。

「ハハハハハハ!」敵のニンジャは哄笑した。そのニンジャ法衣は超自然の風に揺らぎ、名状しがたい色彩を放った。二枚のスリケンは背後の壁にかかった「神秘体験」のショドーの額に突き刺さっていた。二枚とも身体をかすめすらしなかったのだ。まさか! ニンジャスレイヤーが投擲ミスなどと?

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは側転し、油断なく着地。カラテを構え直す。彼は瞬時にスリケン無効を見て取り、追撃を取りやめたのだ。あのまま攻撃に出れば、何らかの致命的反撃をまともに受けていたやもしれぬ。背後の巨大ガラス窓の向こう、スモッグ越しに巨大な月が「インガオホー」と唱えた。

「いかなるワザで楽しませてくれるかと思いきや、スリケンとは」敵ニンジャ、サウザンドマイルの勝ち誇った声が最上階ホールに響き渡る。「今のザマでよく理解できたろう。貴様のカラテが私を傷つける事はない。だが私の攻撃は……ヌウーン!」「グワーッ!?」ニンジャスレイヤーは頭を押さえ苦悶!

「ハッハハハハ! これが神の力だ。我が目は千里を見通す。現代社会における神とは、すなわち情報の速度だよ、ニンジャスレイヤー君。このまま狂死し、その脳髄を……」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは震えながら膝をつく。それでも諦めない。「ニンジャ……ニンジャ殺すべし」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 ニンジャスレイヤーはよろめいた。「なぜ……攻撃が……当たらない……」「私が神の力を代弁しているからだよニンジャスレイヤー君!」「何らかの……打開策が……」「イヤーッ!」「グワーッ!」不可視の衝撃波が再びニンジャスレイヤーを襲った。ニンジャスレイヤーは吹き飛ばされ、ガラスを破砕!

 ニンジャスレイヤーは真っ逆さまに落下する。かろうじて上を見た彼は、割れ窓の縁に立って見下ろすサウザンドマイルの侮蔑的眼差しをニューロンに焼き付ける。敵の声が降ってくる。「ハハハハハ! 楽園放逐だニンジャスレイヤー君! 生きていれば、また会おう! 尤も、二度目は今回の百倍は難しかろうよ!」

 落ちる……落ちる! ネオサイタマの夜を! 無限の光彩を淀ませる巨大な堕落の都に包まれ、落下する……この塔を……ウビナ区の低層建築物群の中、唯一つ屹立する摩天楼を!「スウーッ……ハアーッ!」ニンジャスレイヤーは落ちながら呼吸を深め、やがて手甲を打ち振った。そしてフックロープを投擲!

「イヤーッ!」ガキイン! ガリガリガリガリ……フックロープは金属コーティングされた特殊な壁面に爪跡を刻む。強靭なワイヤーが伸び、落下に抗う……ニンジャスレイヤーは目を見開いた。頭上の壁面の窓のひとつが不意に開き、超震動ダガーを握ったクローンヤクザが身を乗り出し、ワイヤーを切断した!

 一瞬落下をとどまったニンジャスレイヤーは再び落下を始めた。ナムサン! しかし彼は覚悟を決めた。今のブレーキめいた行動は貴重だ。これでおそらくウケミは可能だ!「イイイイヤアアーッ!」ニンジャスレイヤーは全身にカラテを漲らせる。中庭の地面が近づいた! KRAAAASH!


◆◆◆


「ハアーッ……ハアーッ……」闇の中、ニンジャスレイヤーは指先をピクリと動かした。そして腕を。それから全身を。「イヤーッ!」彼は跳ね起きた。小クレーターめいて砕かれた地面の亀裂の中央に、彼は倒れていた。偉大なるウケミのワザが、彼を落下衝撃による爆発四散から守ったのだ。

 彼は中庭の闇を見渡した。高垣に囲まれ、外界から斬り離された邪悪な占星術師の塔の庭を。カドマツやバンブー・ブッシュ、枯山水が築かれ、体長60センチ程度の庭師蟹ドロイドが奥ゆかしく行きかう。だがこの庭に居るのは無害な蟹だけではない。ニンジャスレイヤーはバンブーの陰に走り込んだ。

 塔は強固な防衛システムで守られている。この庭もしかりだ。上空から直接、塔の屋上部に侵入することは不可能である。偏執的な対空砲システムと漢字サーチライトの運用は崩せぬ。ニンジャスレイヤーはこの夜、高垣を乗り越えて敷地に潜入、塔内部をしめやかにステルス移動して最上階に到達した。

 サウザンドマイルは、ネオサイタマの神秘社会において確たる地位を短期間のうちに築き上げた占い師である。この「美しい啓示の塔」は彼の法人の自社ビルだ。彼の占いは驚くほどに正確であり、訪れるカネモチは後を絶たず、彼自身も占いの啓示をもとにした投機行為で経済を荒らし、巨万の富を得たとされる。

 だが、サウザンドマイルは実際ニンジャであり、占いの力には、不可思議かつおぞましいからくりがあった。彼は信者や債務者達を最上階付近の秘密の牢獄に幽閉し、その命を邪悪なる儀式の糧に用いることで、己の占いの力を得ていたのだ! ニンジャスレイヤーは既にそれら証拠を集め、侵入手段も精査していた。だが……!

(すべてがうまくいった……いや……うまく行き過ぎていたか?)ニンジャスレイヤーは省みた。まさにサウザンドマイルの居室に侵入せんとしたその時、警報が鳴り響き、アンブッシュは失敗した。サウザンドマイルのジツは彼のカラテを寄せ付けず……今再び、イクサは振り出しに戻されたのである。

 彼は手段を吟味する。「生きていればまた会おう」だと? 望むところだ。次は必ずカラテを叩き込む。しかしサウザンドマイルの増上慢には根拠がある。もはや塔が侵入者を受け入れる事はない。防衛システムの全てがアクティベートされたからには……。

 その時だ。闇を割り、一人の影が間合いに踏み込んだ。

 アンブッシュは成立しなかった。彼らは同時に互いの存在に気づいた。二者は睨みあい……アイサツした。「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」ニンジャスレイヤーが先手を打ってオジギすると、相手の偉丈夫は怯まずオジギを返した。「ドーモ。ウォーペイントです」

 ニンジャである。ニンジャスレイヤーは油断なくこの者の様子を窺う。香油を塗った長い乱れ髪、鋼のメンポ、上半身には革のベルト以外の何も身に着けておらず、鞘には大業物と一目でわかるツルギが収まっている。顔や屈強な肩、胸板にはケルト戦士めいた入れ墨とイクサのペイントが施されている。

「……貴様、この塔の者ではないな」ウォーペイントが低く言った。今にも斬りかからんとする殺気で満ちている。「ニオイでわかる。だが根本は所詮同じだ。貴様も文明人なのだからな」「……」「貴様もさては、盗みに入ったクチか」「盗みだと?」「しらばっくれるな。俺を陥れようとしても無駄だ」

 二者がカラテ緊張を解く事はない。ウォーペイントの肩には血管が浮き上がり、その手はツルギの柄に触れている。「黙っておれば俺を騙せるつもりでいるか? 犬め。くだらん駆け引きが俺を出し抜く事はない。俺の宝のおこぼれにはあずかれんぞ!」「オヌシは……なにか考え違いをしているようだな」

 ニンジャスレイヤーはこの者が少なくともサウザンドマイルの関係者ではなく、なおかつアマクダリ・セクトの手の者でもないと判断した。この者には奇妙なアトモスフィアがある。焼けるような野生の熱と、氷のような殺戮者の身のこなし。そしてその風貌。ゴスやパンクス、ブラックメタリストとも違う。

「文明とはどういう意味だ?」「貴様らが信奉する、素子や、企業、広告、そうしたものだ! この街に、風の音はしない。俺の故郷のように、神は近くにない。堕落している」男の目は厳しかった。だが正気のようだった。それが奇妙である。「オヌシは文明の外から来たというのか」ニンジャスレイヤーは尋ねた。彼はおごそかに頷いた。「そうだ」

 ニンジャスレイヤーはひとまず彼の主張は踏まえる事にした。「オヌシはここに何をしに来た?」「それは俺の問いだ」ウォーペイントは顔をしかめた。「文明人めが。貴様はここへ、コソコソと盗人行為をしにきたのだろう。塔の宝に誘蛾灯めいて誘われてな!」

「それはむしろオヌシではないか?」ニンジャスレイヤーは怯まず、腕組みして指摘した。「その誘蛾灯の何とやらは、まさにオヌシ自身の後ろめたい喩えであろう」「犬め。俺の冒険を、惰弱な文明人のコソ泥行為と一緒にするな!」「私は塔の主を殺しに来た」

「殺しに? フン……暗殺の類いか。どうせ、つまらん株価とやらの諍いで殺すというのだろう。貴様らは命のやり取りすらも雇用関係とやらで決める」「塔の主はニンジャだ。ネオサイタマの市民を幽閉し、順に殺して、己のジツの糧としている。ゆえに、滅ぼす」ニンジャスレイヤーは言った。

「ジツ」という言葉が出た時、ウォーペイントの表情が曇った。「魔力か……」だが彼は胆力をすぐに揺り戻し、鼻を鳴らしてみせた。「妖術ごときに俺は負けぬぞ。しかし、おかしな奴だ。宝の為ではないと? まあいい……だがひとつ教えてやろう。この塔の守りは非常に固い。俺が踏み込んだ時、確かに激しい警報機に捉えられた」

 ニンジャスレイヤーの眉がぴくりと動いた。「では、先程、警報を鳴らしたのはオヌシか」「なに?」「……ともかく、邪魔だ。これ以上……」彼らの殺気が会話の中で極限近くまで膨れ上がったその時である。「ニンジャ存在、確認! ゼンメツ・アクション・モード!」やや離れた地点で電子音声が発せられた。

 どちらが指示するでもなく、二者は素早くバンブーの陰に身をひそめ、息を殺した。BRRRTTT! 激しい銃撃音が轟き、その音に交じって、獣じみた咆哮が聞こえてきた。「獅子か? 否、それ以上の……」ウォーペイントが呟いた。BRRRTTTT……TTTT……TTT「ピガーッ!」電子断末魔。そして爆発音。そして、静寂。

「……」「……」二者は顔を見合わせた。油断なく、彼らはバンブーの陰から滑り出た。枯山水を乗り越え、戦闘音のあった場所へ辿り着く。「……モータードクロ」ニンジャスレイヤーは彼がよく知る四脚型ロボニンジャの通称を口にした。それは既に残骸と化し、白煙を立ち昇らせている。その傍らに、女が一人、立っていた。

「ムウ」ウォーペイントが驚嘆とも称賛ともつかぬ呻き声を上げた。モータードクロの残骸を踏みしめるのは、プラチナブロンドの長髪を持った美女であり……装束をはだけ、豊満な乳房が露わであったのだ。女は装束のジッパーを上げながら、彼ら二人を見た。ニンジャスレイヤーは唸った。「オヌシは……!」

「おや? 奇遇だな。ニンジャスレイヤー=サン」女はくだけた様子でニンジャスレイヤーを見返し、アイサツした。「ドーモ。フェイタルです」「ニンジャスレイヤーです」「ウォーペイントです」二者はアイサツを返した。「この女は貴様の一味か、ニンジャスレイヤー=サン?」とウォーペイント。「否」ニンジャスレイヤーは首を振った。「だが、面識はある」

「フン……女。貴様もニンジャのようだな」「お前もな」フェイタルは微笑んだ。ニンジャスレイヤーは問う。「オヌシは一人か。フェイタル=サン。何かの依頼を請け負って、ここに来たのか?」「誰も、何も」フェイタルは肩をすくめて見せた。「これは私個人の儲け話だ」「盗人か!」

「盗人とは人聞きの悪い!」フェイタルは口を尖らせた。やがて首を傾げ、納得した。「……まあ、その通りだ。お前たちもそうだろ?」「私は違う」「俺は……とにかく文明人とは違うぞ」「先客が居るとは閉口だよ」フェイタルは長い髪をかきあげた。「情報をもとに高垣の中に忍び込んでみれば、警報に、早速の手厚い歓迎。何事かと思えば、お前たちが下手を踏んだわけか。荒らしてくれたようだな」

 ウォーペイントは嘆息した。「その手の文明問答には興味がない。ゴチャゴチャとうるさい奴め」「……?」フェイタルはニンジャスレイヤーに、ウォーペイントの妙なアトモスフィアを無言で問う。答えはなかったが、表情で察した。やがて彼女は切り出した。「……で。この後どうする。分け前を巡ってデスマッチか」「決闘だと? 構わんぞ」とウォーペイント。「私はお断りだよ」とフェイタル。

 出鼻をくじかれ、ウォーペイントは唸った。フェイタルは囁いた。「ここで時間を潰しても仕方ない。状況が悪化するだけだ。やる事をやって、そのあと白黒つけよう。それでどうだ?」「……私は構わん」ニンジャスレイヤーは殺気立った沈思黙考を経て、そう回答した。「よかろう」ウォーペイントも重々しく頷いた。

 警報が鳴り、ニンジャスレイヤーが落下してから、数分が経過している。中庭を守るモータードクロはたった今フェイタルが排除したわけだが、当然、守りの要は塔本体に集中している。彼らは各自の情報を共有した。「……つまり、既に我々は塔から締め出された格好だ」塔の正門があった筈の場所は、今や、強靭な隔壁に塞がれている。

 ウォーペイントは壁面を指で触れ、確かめる。特殊な金属で覆われた強固な壁だ。やがて他二人を見、低く言った。「ならば手段は一つしかあるまい。上るのだ。壁をな」「壁を?」フェイタルは顔をしかめた。ウォーペイントは厳かに言った。「他に方法があるなら言ってみろ。それとも、怖いのか」

「私は現代文明の恩恵に大いに預かる美女だからな」フェイタルは言い、芝居がかっておどけた。「アナヤ! 壁を上るだなんて、はしたないわ!」「情けない女め。嵐の神の座する地に憩う女たちは、自ら槍を取り竜と戦うぞ」ウォーペイントに文明的な皮肉は通じず、フェイタルはバツの悪い思いをした。

 ウォーペイントは壁の凹凸に手をかけ、既に上り始めた。「仕方ない」フェイタルはそれに続いた。そしてニンジャスレイヤーも。かくして、三人のニンジャは邪悪な占い師のニンジャ、サウザンドマイルが支配する高層ビルの壁を、垂直に上り始めたのである。

 ゴゴウ……雷が轟き、重金属酸性雨が斜めに降り始めた。「呪わしい雨だ」上りながら、ウォーペイントが毒づく。そのやや下を行くフェイタルは、上方の闇に蠢く何かを見て取った。彼女のニンジャ第六感が警鐘を鳴らした。「避けろ!」直後、アブナイ! 人の頭ほどの大きさの鉛のダルマが落下して来た!

「イヤーッ!」落下線上にいたのはニンジャスレイヤーだ。彼は素早く真横の配管パイプに手を伸ばし、身体を移動させた。さっきまで彼の身体があったところを、鉛のダルマがかすめていった。「ヌウーッ!」

 頭上を仰いだ彼らのニンジャ視力は、武装窓から身を乗り出して鉛のダルマを投げ落とした敵が、再び窓を閉めるさまを捉えていた。「卑劣な!」ウォーペイントが怒りの声をあげた。それだけではない! 壁面を垂直に歩いて来るクローンヤクザ達の姿あり! 靴底に磁石を用い、鉄の壁を歩き降りてくるではないか!

「ザッケンナコラー!」ヤクザ達は壁を上る三者に容赦なきアサルトライフル銃撃を行う。垂直方向に働く重力が乗算され、弾丸の殺傷力が増している事を忘れてはならない。ニンジャスレイヤー達は壁にぴったりと身を添わせ、第一射をやり過ごした。「卑劣な犬め!」ウォーペイントが歯を食いしばる。

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーはリロードの隙をついてスリケンを頭上に投擲し、彼らを殺害してゆく。垂直方向に働く重力に逆らいながらの投擲だが、ものともしない。ヤクザは額を割られて死に、勢い余って壁から剥がれ落下する。ナムアミダブツ!

「見ろ。奴らが履く磁力靴のバランス調整は恐らくかなり微細だ。強力過ぎれば壁から足が剥がれず、先に進むことができぬ筈」ニンジャスレイヤーは他の二人を勇気づけるように言った。ウォーペイントは頷くと、懐からボーラを取り出し、垂直方向の重力に逆らって投擲した。「イヤーッ!」

「「グワーッ!」」ワイヤーで結ばれた拳大の球体二つが音を立てて飛び、隣り合ったクローンヤクザの腰を結び合わせてしまう。たちまち彼らはバランスを崩し、無残に落下した。「イヤーッ!」「グワーッ!」更に一人の額をニンジャスレイヤーのスリケンが割り、殺害した。「やるな」とフェイタル。

 間髪入れず、更なる鉛ダルマが降って来た。三者はパイプや凹凸を掴む腕に力を込めて身体を引き上げ、脇にのいて、致命的な落下物を回避した。フェイタルの側頭部をダルマが掠め、激昂した彼女は驚くべき速さで数メートル上り、窓から身を潜めようとする投擲者の腕を掴んだ。「待て、卑怯者!」「グワーッ!」

 窓枠を利用してダルマ投擲ヤクザの肘を片手でへし折ると、そのまま引きずり出して投げ落とした。「グワーッ!」ナムアミダブツ! だが装甲窓は中へ滑り込む間も与えず、無慈悲な速度で閉じてしまう。フェイタルは舌打ちし、頭から流れる血を拭って舐めたあと、吐き捨てた。「いいさ。望むところだ」

「文明社会にもなかなか骨のある女がいたものだ」ウォーペイントはフェイタルを追って上りながら称賛した。「しかもお前は美しい。風の精霊を思わせる」「あけすけな男だな! 悪い気はしない」フェイタルはニヤリと笑った。「俺は心を偽ったりはせんぞ」「わかった、わかった。後で腰を抜かすなよ」「何?」「女には秘密があると言うだろ」

「ときに、サウザンドマイルが隠す宝とは何だ」上りながらニンジャスレイヤーが尋ねる。彼らは確かなニンジャ腕力とニンジャ持久力を兼ね備えた戦士達であり、常人ならば十数メートル上ったあたりで限界となり落下すること必定の登攀にも適応し、かろうじて会話をかわせるほどになった。

「本当に知らんのか。では宝目当てでないという貴様の話はいよいよ真実か」ウォーペイントは言った。「隠されているのは巨大なルビーだ。マグロ・スシよりも巨大で、血のように赤いとされる。名を"炎の髄"と称する。この世の謎と神秘の凝集物だ」「なんだって? 宝石もあるのか?」と、フェイタル。

「私の目当ては、奴が貯め込んだ株券や脱税コーベインだったが、そんな宝石があるとは知らなかったぞ」「調べが足りんな。ほしいのか?」とウォーペイント。「だが、宝は山分けにする。盗人の掟だ」彼はニンジャスレイヤーを見た。「三等分にする。貴様も受け取れ。わかったか、血の色のニンジャ」

 しばしの沈黙の後、ニンジャスレイヤーは認めた。「よかろう」「ハン! まあ異論は無いさ」フェイタルはかすれ声で笑った。


2

 更に数メートル上がったのち、彼らはバルコニー状にせり出したパラボラ・アンテナ・ポイントを発見し、よじ登ってビバークした。「食うか」ウォーペイントが二人に干し肉を差し出した。

 二人は素直に受け取った。「何の肉だ?」フェイタルは固い肉をしがみながら尋ねた。ウォーペイントは頷いた。「中国地方の水牛だ。俺はトビッコやら、オキアミのレーションやら、貴様らの食べるものは好かん。獣達の魂が穢された肉のカスは、真の力の源とはならない」「忌み嫌う文明社会に身を置くのは何故だ」ニンジャスレイヤーが尋ねた。

「カネを盗んだところで、オヌシの嫌う文明社会の中におらねば、使うあてもなかろう」「実際その通りだ」ウォーペイントは言った。「俺の故郷は中国地方の更に先、巨石が立ち並ぶ秘密の地だ。清浄で、空気にセイシンテキが満ち、神に近い。だが、退屈だ」「要はここが好きなんだろ」とフェイタル。

「ハ!」ウォーペイントは笑った。「ここは俺のイクサの地だ。イクサに好きも嫌いもあるものか。この地で生きるにはカネが必要だ」「まあ、それはその通りだよ」フェイタルは認めた。「そろそろ出発するか」「ヌウッ!」ニンジャスレイヤーはスモッグを透かし見た。「上がれ! すぐにだ!」

 次の瞬間、BRRRRTTTTTT! 壮絶な銃撃が斜め上方からこのビバーク・ポイントに浴びせられた。「イヤーッ!」彼らがジャンプして壁に再び取りつくかつかぬかという間に、ビバーク・ポイントは銃弾の嵐によって砕かれ、粉塵をまき散らしながら崩落した。ナムサン! 攻撃ヘリの影だ!

「飛行音が聴こえないぞ! 静音攻撃機か?」フェイタルは上方の影を睨んだ。然り、ローター音を打ち消す機構を組み込んだ死のヘリだ!「たかがインチキ占い師が大げさな武装を!」BRRRTTTTT! 激しい銃撃が彼らを追ってくる。凹凸から凹凸へ、彼らは必死で身体を引き上げ、移動させる。

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケンを投げ返した。KBAM! 恐らく命中した筈。だが二度目の投擲は別の妨害に遮られた。BRAKKABRAKKA! 再び磁石靴で壁を垂直に降りてくるクローンヤクザが銃撃を行ってきたのだ!「グワーッ!」銃弾がかすめる! 敵のフーリンカザン侮り難し!

「ヌウーッ!」ウォーペイントはニンジャスレイヤーをクローンヤクザの火線から遮るように移動し、自ら盾となった。「早くあれを墜とせ、グワーッ!」「無茶を!」フェイタルが舌打ちし、ウォーペイントを追い越すと、自身が盾となる!「何をする、女!」「情けないお前らを守ってやると言うんだ」

「わけのわからぬ事を言うな、女!」「黙って……攻撃の準備を……しておけ」フェイタルの語尾は低くくぐもり、ゴロゴロという喉鳴りの音にかき消された。ウォーペイントは頭上でフェイタルのシルエットが変化するさまを目の当たりにした。人が魔に変ずる瞬間を。彼は迷信的な恐怖にとらわれた。

「GRRRRR!」美女は二倍にも膨れ上がったように見えた。一瞬後、そこにあったのは白い毛皮に覆われた人型の魔獣の姿だ。「おお、おお!」ウォーペイントは思わず恐慌に陥りかけた。なぜなら彼はネオサイタマの電脳漬けの人間よりも遥かに神秘の世界に深く結び付いた地に暮らしていたのだ。

「イヤーッ!」KBAM! いっぽうニンジャスレイヤーは二度目のスリケン投擲を成功させた。無音ヘリは空中で大きくかしぎ、黒煙状のものを噴き出した。BRATATATATA……機銃掃射の狙いが逸れ、彼らの遥か下に撃ち込まれる。フェイタルはヤクザの銃撃に耐え続ける!「ゴアアア!」

 そしてウォーペイントは? 彼は強い意志を持って迷信的恐怖を克服した! 目の前でフェイタルは自ら傷つき、ウォーペイントとニンジャスレイヤーを守っている。それが絶対の真実である。義には応えねばならぬ!「ウオオーッ!」彼はウォークライを発し、腰帯に吊られた手斧を投擲した!「イヤーッ!」

 スナップを利かせて投げられた手斧はカーブを描いて飛び、遠距離から卑劣な銃撃を浴びせていたヤクザ二名の頭を立て続けに切断した。「「アバーッ!」」インガオホー! 二つの頭が落下し、緑のバイオ血液が降り注ぐ!「イイイヤアアーッ!」更にニンジャスレイヤーが三枚目のスリケンを投擲!

 KABOOOOM! 爆発が起こり、無音ヘリは煙の尾を引きながら逆さに落ちてゆく! インガオホー!「GRRRRR!」ヤクザ銃撃が止むと、フェイタルは丸太めいた両腕の力を発揮、それまでの三倍の速度で上へ上り、もう一人の磁力ヤクザを鋭利な爪で捉え、殺した! インガオホー!

 三人は今や必死の形相、次の妨害がやってくる前に上りきろうと、120パーセントの力を発揮して急いだ。「それがお前の魔力なのか、女」ウォーペイントがフェイタルに並んだ。「ここぞという時の変身だ。温存していたが仕方ない……それに、お前に説明するとややこしいから自重していたのもある」

「この恩はすぐに返す事になるだろう」ウォーペイントは厳かに言った。「お前はいい女だ」「口説くなら後にしたがいい」フェイタルの姿が人間のそれに戻ってゆく。「次の歓迎が来たぞ」「バイオハゲタカか……? だが様子が」ニンジャスレイヤーは眉根を寄せた。「……遠隔操作か!」鳥影が襲い来る!

 ナムサン! それは脊髄部に遠隔操作の電気信号ユニットを取り付けたバイオハゲタカだ。訓練されているうえ、そうした操作までも可能となっている。バイオハゲタカの爪と嘴にはチタンの刃が装着されている。彼らはニンジャ動体視力でそれを見て取り、備えた。「グエーッ!」バイオハゲタカの叫び!

「イヤーッ!」ウォーペイントは襲いかかったバイオハゲタカの頭を掴み、壁に叩き付けて殺した。サツバツ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケンを投げ、飛来した二羽目を排除する。「イヤーッ!」更にウォーペイントは三羽目を掴んで壁に打ちつけ殺し、四羽目に投げつけた。「グエーッ!」


◆◆◆


「これは……!」サウザンドマイルは外壁監視映像越しに、怒り狂った三人のニンジャがバイオハゲタカすらも退け向かってくるさまを、驚嘆と共に眺めていた。ニンジャスレイヤーによって破壊された大窓にはシャッターが降り、再度の侵入を許すことは無い……筈、であった。

「イヤーッ!」KRAAASH! そのシャッターが、外側からの力で凹んだ。更に、「「「イヤーッ!」」」KRAAAAAASH! シャッターが破砕し、三人のニンジャが飛び蹴りと共に転がり込んできた! ナムサン! 窓枠にニンジャ握力によってぶら下がった状態から、振り子めいた動きの蹴りを三人同時に叩き込んだのである!

「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」「フェイタルです」「ウォーペイントです」降りこむ重金属酸性雨。身構えるサウザンドマイルに、三悪人は揃ってアイサツした。ニンジャスレイヤーはカラテを構えた。「100倍の難度を克服した褒美を頂こう」「コシャクな……!」サウザンドマイルは唸った。

「宝をよこせ、妖術師め!」ウォーペイントは大業物のツルギを引き抜いた。「盗人どもめ。不法侵入もよいところだ」サウザンドマイルが言った。だがフェイタルは鼻を鳴らした。「法を犯しているのはお互いさまだ、人さらい殿。ならば後はカラテでケリをつけるまでだろうよ!」

「ハッハハハハ! 減らず口の屁理屈と、つまらん加勢を引き連れて、おめおめ戻ってきたわけだな、ニンジャスレイヤー=サン!」サウザンドマイルは笑い出した。「だがこの私のジツを破れるものは、そこもとの中にはおらぬだろう! 三度目のチャンスは無い……ここで与える褒美は死だ!」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケンを投擲した。左右それぞれの手でコンマ数秒の時間差を作り、避けられぬ呼吸で投げたのだ。だがサウザンドマイルは高笑いし、これを避けも守りもしない!「ハハハハハ! 何度やろうが同じ事だ!」スリケンが背後の「神秘体験」のショドーに突き刺さった!

「ゴウオオオン!」フェイタルが再度の変身を行う。輝くような美女は一瞬にして白い毛皮で覆われ、四つの目と鋭い牙を持つ鬼めいた姿に変わった。鋭利な爪が振り下ろされ、サウザンドマイルの身体を引き裂く。ナムサン! 無傷!「イヤーッ!」ウォーペイントがツルギで斬りつける! 無傷!

「バカな。幽鬼か!」ウォーペイントの声には抑えきれぬ迷信的恐怖が滲んでいた。サウザンドマイルは哄笑でこたえた。「ハハハハハ! 幽鬼などではない……我は神の代弁者なり!」「神だと! 嘘をつくな! 魔術師め!」「魔術師だと? よかろう、要は神の代弁者よ!」「ウオオーッ!?」

 ウォーペイントがしゃにむに振り回すツルギはホールの調度を次々に砕き、破壊した。水盆の水が跳ね散り、観葉オーガニック植物が切り裂かれて落下した。「イヤーッ! イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケンを投げた。それらは天井の監視カメラ類やスプリンクラーを破壊した。水が降り注ぐ。

「ハハハハ! いじましい努力!」サウザンドマイルが笑う。その顔をフェイタルの爪が切り裂いた。「ハハハハ!」サウザンドマイルは笑い続ける。「コシャク! これでは確かにいたずらに私達が消耗するばかりだぞ」「考えるのだ」ニンジャスレイヤーは言った。「真に無敵ならば、ヤクザに守らせはしない」

「イヤーッ!」ウォーペイントが「神秘体験」のショドーを破壊!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは考えるニンジャ像を踵落としで破壊!「成る程……さてはホロ送信機の類を疑っておる」サウザンドマイルは余裕ある口振りで指摘した。「無駄な努力だ。神の力を知れ! イヤーッ!」「グワーッ!」

 サウザンドマイルがキアイを込めると、三人は割れるような頭の痛みに襲われ、うずくまった。脳が不可視の爪で掻き回されるかのような苦痛である。「グワーッ!」「あああああ!」「堪えろ……この手のジツに経験が無いわけではない……屈すれば……ヌウーッ!」「よい眺めだ! はっきり見えるぞ!」

 ニンジャスレイヤーは血走った目を見開き、ふらつきながら起き上がった。まっすぐ立てない。彼はよろめき、壁に頭を打ち付けた。「ヌウーッ!」「邪教め! グワーッ!」ウォーペイントは己の頭を殴りつけた。「俺の頭から出てゆけ!」ツルギをパルテノン神殿風の調度柱に叩きつける!

「お前ら……正気を保て……」フェイタルがぜいぜいと荒い息を吐いた。「くそっ……AAAARRRGH!」サウザンドマイルに体当たりをかける! すり抜ける! KRAAAASH! 壁に衝突!「グワーッ!」「ハハハハハ!」サウザンドマイルが嘲笑う!「どこを狙っておる! 私はここだぞ!」

 ニンジャスレイヤーはその様子を苦しげに見ていた。「ヌウウーッ!」己を強いてサウザンドマイルに向き直り、突進からの飛び蹴りを繰り出す!「イヤーッ!」「無駄だ!」すり抜ける! KRAASH! 壁に衝突!「グワーッ!」ウォーペイントはそのさまを見て息を呑む。「イヤーッ!」KRAASH!

 今やウォーペイントもツルギを捨てて素手! 三人はてんてばらばらの方向へカラテを繰り出し、壁を殴り、蹴り、頭突きを食らわせる。なんたる無惨な光景か! サウザンドマイルは哄笑する!「ハハハハハ! 我がジツを前に気でも触れたと見える。だが緩めてはやらぬ! イヤーッ!」

「「「グワーッ!」」」ひときわ強烈な精神攻撃を受けた彼らは、頭を押さえて床をのたうった。だが、一人また一人、屈せずに起き上がり……再び壁を殴り始めたのである! ナムアミダブツ!「ハッハハハハ! ハッハハハハ! 我が神の力を前になすすべなし! ドゲザして許しを乞えニンジャスレイヤー君! しもべの者達もだ!」

「イヤーッ!」KRAASH!「イヤーッ!」KRAASH!「イヤーッ!」KRAASH!「ハッハハハハ! 何を馬鹿な真似を!」「イヤーッ!」KRAASH!「ここ……ここだ!」フェイタルが壁にめり込んだ血塗れの拳を引き抜いた。亀裂と壁の歪みが他の箇所よりも明らかに大きい!

 たちまちニンジャスレイヤーとウォーペイントはフェイタルのもとへ走った。「何をしておる! 無駄だぞ!」サウザンドマイルが叫んだ。「無駄だと思うならば黙って見物を続けるがいい!」ニンジャスレイヤー。「どのみち遅いがな! イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」KRAAASH!

 三人のニンジャの渾身の打撃を受けて、壁の妙な個所はたちまち砕け散った。薄暗い通路がその先に続いている!「私の打開策が……オヌシらにも、通じたようだな」ニンジャスレイヤーは意識を保とうと努めながら、ほかの二人を見た。ウォーペイントは頷いた。「俺は文明人の失った以心伝心に長けるのだ」

「人聞きの悪い! 私は文明人をこれっぽっちも捨てていないぞ」フェイタルが言った。三人はふらつきながら通路を進み始めた。ニンジャスレイヤーはサウザンドマイルの「見えている」という言葉を聞き逃しはしなかった。彼が実際にあの不死身存在そのものならば、見えているなどと言う必要はない。

 恐らくこのホールとは別の場所……それも、相当近くにサウザンドマイルの本体がある。最上階に本体が無いのであれば、塔の下階を守らせ、上がってこようとするニンジャスレイヤー達を遠ざける必要もないからだ。不死身のサウザンドマイルはカラテ攻撃を一度も行わなかった。つまり実体ではない。

 ニンジャスレイヤーはまず調度類を破壊し、手がかりを得ようと努めた。そのうえで、彼が更なる打開策のインスピレーションを得たのは、フェイタルの偶然の壁への衝突だ。あの時壁に亀裂が生じたさまを見て、ニンジャスレイヤーは壁へ攻撃して隠し通路の類いを発見する事を考えた。

 建物の外観から、ホールがあれだけ広ければ、完全に隔離された開かずの別室などは持ちようがないことがわかっていた。一つ下の階の構造を、ニンジャスレイヤーは把握している。彼が大窓から一度落される前に、まず塔の内部を上って行ったという事を忘れてはならない。

 隠し通路の発見をほかの二人にあからさまに指示することははばかられた。サウザンドマイルの力の全貌が完全にはわからぬ以上、はっきりと説明すれば警戒され、何らかの妨害を受ける可能性がある。そうなれば手詰まりだ。だがウォーペイントとフェイタルは行動を察し、無言のままに彼に従った。

 かくして彼らはサウザンドマイルの隠蔽を破り、今、秘密通路を突き進む!「ヤメロ! やめるのだ!」サウザンドマイルの狼狽した声が反響した。「イヤーッ!」「「「グワーッ!」」」再びの精神攻撃だ! だが今や目指すべき場所ははっきりと示されている。耐え抜き、前へ進むのみだ!

「イヤーッ!」「「「グワーッ!」」」彼らはよろめき、壁に手を突き、しかし着実に進んだ。やがて目の前に鉄製カンノン扉が現れた。「イヤーッ!」ウォーペイントはツルギを差し込み、テコの原理でこじ開ける!「イイイイヤアアーッ!」ズズウウウム……彼らは秘密の部屋にエントリーした!

 そこはごく狭い、四角い部屋だった。しかし左右の壁沿いの棚にあるのは、身の毛もよだつ品物だった。ガラスシリンダーは薄茶の液体で満たされ、そこには……ナムアミダブツ……摘出されたむき出しの脳髄が一つずつ納められているのだ。フェイタルは顔をしかめた。だがサウザンドマイルの姿は無い。

「何たる胸糞悪い行いだ!」ウォーペイントは怒りをあらわに突き進んだ。そして前方に貼られた赤い緞帳をツルギで斬り払った。「イヤーッ!」SLASH! 彼はその奥から見返した存在を目の当たりにし、力萎え、ツルギを取り落とした!「あ……アアア!」原初の恐怖がニューロンを満たしたのだ!

 そこに在ったのは……おお! アナヤ! それは人ならざる者……否、人だろうか! 鱗の無い巨大な蛇の身体と、ニンジャの頭を持った冒涜的存在が、もはや逃げ場すらなく、ただニンジャスレイヤーらを睨み返すのである!「愚か者どもめ!」サウザンドマイルは唸った。脳髄シリンダーが一斉に光を放った。

「アイエエエ!」フェイタルすらも心折れ、恐怖に叫んだ。シリンダーの光はすぐに薄れ、かわりに、サウザンドマイルの邪悪な瞳が爛々と輝きを増した。「あれらの脳は十分に新鮮だ……まだまだ貴様らを殺して余りあるジツの力が湧いてくるぞ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが決断的に踏み込む!

「カーッ!」サウザンドマイルは強烈な呪詛を放った。チョップがサウザンドマイルの首筋に届いた。それは同時……否、ほんの一瞬ニンジャスレイヤーのカラテが速かった。さもなくば彼は何らかの強烈なジツにとらわれ、捻れた死を迎えていたやもしれぬ。チョップは炎の軌跡を残し、敵の首を刎ねた。

 切断された首はクルクルと回転しながら宙を飛び、ウォーペイントの胸板に当たって床に落ちた。「ウオオーッ!」ウォーペイントはかろうじて我に返り、ツルギを拾うと、この冒涜的怪物の頭に繰り返し打ちおろした。「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」「サヨナラ!」怪物は爆発四散した。


◆◆◆


 数分後、「美しい啓示の塔」の最上階から、炎が噴き上がった。忌まわしき脳髄装置に留められた魂をカイシャクし、アノヨへ開放する炎だった。そして三人のニンジャは破砕した大窓からジップラインで壁を蹴りながら降下していった。悪夢的存在との戦いを体験した彼らの顔は青ざめていた。

 サウザンドマイルとは何者であったのか。それはあるいは、この悪魔的ニンジャ占い師が頭角を現す数週間前に、キョート経由でネオサイタマのカネモチのもとに密輸されて来た棺と関係があったやもしれぬ。深く調べれば、調べたものを狂気に導く真実の一端が明かされたやもしれぬ。

 だが確かなことは一つある。ニンジャスレイヤーらの手によって、ともあれ、この呪わしき邪悪は滅ぼされ、二度とその侵略の手をネオサイタマに伸ばす事はかなわぬであろう。「死んだら終わり」、いみじくもミヤモト・マサシが詠んだように。地上に降り立った彼らは、互いに疲弊した目を見かわした。

「いずれ夜が明ける」ニンジャスレイヤーが呟いた。ウォーペイントはアグラをかき、懐から、おもむろにプラスティールの携帯金庫をドンと置いた。「なんだと!」既に人の姿に戻ったフェイタルが目を見張った。「あきれた! あんな中、奴の宝を持ち出したのか!」「当然だ。俺は油断はせぬ」

 ウォーペイントはダイヤル錠をニンジャ腕力で破壊し、こじ開けた。中からはささやかなコーベイン束と……ゴウランガ……マグロめいたルビーの原石が現れた。「なんてことだ」フェイタルは息を呑んだ。「炎の髄……その……本当だったんだな」「持っていくがいい」ウォーペイントが低く言った。

「コーベインを、俺と此奴で分ける」ウォーペイントはニンジャスレイヤーを顎で示した。ニンジャスレイヤーは異論は唱えなかった。フェイタルはおずおずと宝石をつまんだ。「いいのか……?」「うむ」ウォーペイントは厳めしく頷いた。「それで三等分だ。美しい宝石は美しい女にふさわしい」

「なら、有難くもらっておくよ」フェイタルは宝石を懐におさめた。ウォーペイントは立ち上がった。「これ以上の面倒を招く前に、退散といこう。忌まわしいイクサだ。すぐにでも忘れるべきだ」「文明社会には懲りたか?」ニンジャスレイヤーが尋ねた。蛮人は見返した。「ますます闘志が湧いてくるさ」


【タワー・オブ・シーヴズ】完



N-FILES

奇妙な占い師の支配するビル「美しい啓示の塔」に挑まんとする存在があった。ニンジャスレイヤー、ウォーペイント、フェイタルである。三人のニンジャは塔の外壁を垂直にのぼり、それぞれの目的を果たそうとするが……。メイン著者はブラッドレー・ボンド。


ここから先は

646字 / 1画像

サイバーパンクニンジャ小説「ニンジャスレイヤー」の連載やDHTLSの活動を応援しよう! プランに対応…

ニンジャスレイヤーPLUS

¥590 / 月

ニンジャスレイヤーPLUS+TRPG

¥1,100 / 月

PLUS+TRPG+DHTフルセット

¥1,500 / 月

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?