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【プロメテウス・アレイ】

◇総合目次 ◇初めて購読した方へ


1

ダン
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 やがてアパート前の路上でサイレンの音がうるさく聞こえてきたが、ダンはベッドの横に立ったまま、微動だにしなかった。

 玄関のブザーが鳴らされても、ダンは動かずにいた。

 ベッドの上で冷たくなっているリディアを、ダニエル・キャリントンは、ただじっと見つめる他なかったのだ。

 荒っぽくドアが叩かれ、怒鳴り声が耳に届いた頃、ようやくダンは動いた。リディアの瞼に触れ、恐怖に見開かれたままの目を閉じさせた。

 路上には、何事かと野次馬も集まってきていた。ダンは刑事の質問に淡々と答えた。

「私が殺したようなものだ」

「……つまり?」

 刑事が訝しんだ。ダンはポケットの中の、星型の金属片に触れた。この部屋の壁に突き刺さっていたものだ。彼はそれを警察に差し出そうとは思わなかった。

「この世には人智を超えた悪が隠れ潜む」ダンは呟いた。「私の責任だ。私は彼らの存在に気づきながら、何ら行動しようとしてこなかった。それが報いとなったのだ」

 刑事は沈痛そうに首を振った。


ダン
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 お前は甘い匂いがするから嫌いだ

 誰も聞いちゃいない 俺を信じるか

 俯いた頭をぐらぐらと揺さぶる癖毛のギタリストの横で、マイクに唇をつけたまま不明瞭な囁き声をあげるヴォーカルは、肋骨が見えるほどに痩せて、まるでアンデスのミイラだ。粗く切り刻まれた髪は染めた黒。照明の揺らぎの中、ときおりガラス玉のような目が垣間見える。

 俺を信じるか 俺……俺!

 囁き声は、いきなり叫びにかわった。ギターの轟音を浴びた彼は、鞭打たれたように背中をのけぞらせ、もはや意味を持たない咆哮を放ち続けた。ドラム・ビートの底をベースラインが這う。腹を殴りつけてくる。光と光の衝突。スモークの色彩は青から紫にグラデーションを描いた。

 満載の客。うねる音の波に身体をまかせ、ひきつけを起こしたように踊り、手を挙げる。ヴォーカルがフロアに平然と降りてくると、彼らは手をのばして触れようとする。

 ダンはバーカウンターの横に佇み、遠くからそれを眺めていた。

 彼は場違いな男だった。ボタンダウンのシャツに、紺のレインコートを着た初老の男。保安官の類でもないし、レコード会社の大人達でもない。

 この場の誰も、ダンに訝しみの視線すら投げない。たまに居るものだ。出演者の家族だとか、無垢な学生が悪の道に引きずり込まれていないか見張りに来る、勘違いした正義漢が。

「……」

 ダンは小さなステージを凝視する。一挙一動を網膜に焼き付けるように。故郷から遠く離れたこのLAの地で。バンドのパフォーマンスを……プロメテウス・アレイを。


ジョシュア
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 仰々しい門構えの前に一羽のフクロウが飛び来たり、人の姿で着地した。

 肩まで伸びたストレートの黒髪。古着のシャツ。痩せた男だ。彼は心地よく整えられた木々と坂道の石畳、石積みの門のガーゴイル像、黒い格子門を見、その仰々しさにひとり微笑んだ。

 ブザーを鳴らし、待つことしばし。カメラに向かって手を広げてみせる。門はひとりでに開いた。庭に入ってゆくと、しかめ面の中年男性が出迎えた。

「……ジョシュア」

「テッド。ハグしてくれ」

「……」

 テッドはしかめ面のまま、首を振り、ジョシュアをハグした。セオドア・マクレーン。スズリ・レコードの社長。グランジ・ブームで有象無象のバンドを掻き集めてひと財産築いた彼は、カート・コベインが死ぬより早く「シーン」に見切りをつけ、いつの間にかハリウッドに邸宅を買っていた。

「わかっちゃいたが、お前、本当に変わらんものだな。ジョシュア」

「アンタも変わらないよ」

「よせ。お前に言われても、惨めになるだけだ」

「本当さ」ジョシュアは請け合うように言った。「魂の形はそうそう変わらない。むしろ俺なんか……気を張ってないと、命が薄く引き伸ばされたような感じになっちまう……ヒヒ……」

「相変わらずの物言いだ」

「アンタはだいぶ悠々自適って感じかい?」

「おかげさんでな」テッドはジョシュアを邸内に招き入れた。「当時の連中には稼がせてもらったよ。非難するか?」

「いや、ちっとも」

「そりゃよかった。当時は50人以上客が入ると、セルアウト扱いだった。まずはその風潮を破らなければならなかった。並々ならぬ努力が要ったものさ」

「ウケたよな」

 ジョシュアは遠慮なくソファに深くかけ、口笛を吹き始めた。

「今まで何をやっていた、ジョシュア」

 テッドはボルスのジュネヴァ・ジンを持ってきた。ストレートでやるのだ。昼から酒だ。ジョシュアは無言で肩をすくめてみせる。

「……まあ、いいが。で? 急に顔を出して、何の用だ」

「いいバンド居てさ……」

「何?」

「どうぞ」

 ジョシュアはカセットテープを差し出した。受け取る前に、テッドはますます苦い顔になった。

「あのな、ジョシュア」

「売れるかどうかは、知らない。だけど、なかなかブッ飛んでるぜ。こいつら、わざわざ俺の事を探し出してさ……ウケるよな。昔の話なのに」

「伝説のA&R扱いか」テッドは溜息をついた。「全く、ガキどもは。お前もいちいち付き合うな」

「付き合ってやるのさ」ジョシュアは言った。「せっかく俺の事、頼ってきたから。ちょっとは働いてやりたいッてわけ……」

「あのな。ジョシュア。例の……カートが頭をブチ抜いてから4年……3年か? サウンドガーデンもダイナソーももう居ない。皆終わったんだ。だから俺も降りた。ましてや貧乏くさいインディ・バンドに何の価値がある? 今の俺はカネを転がして生きてるだけだ。それで何の後悔もない。いいか、俺の人生は今が最高だよ」

「ああ、それでいい。だけど、アンタは俺に借りがある、よな?」

「……」

「スズリ・レコードも名義は残ってるんだろ?」

「……よこせ」テッドはテープをひったくり、デッキに差し込んだ。「聴くだけ聴いてやる」

 スピーカーから狂ったギターと叫びが溢れ出した。


ジョシュア
1997_11_10

「イーサン」

 プールの水面に波紋が生じ、落ち葉が揺れる。昼下がりのしつこい日差しは世界を黄色に霞ませ、そこに影の黒が滲んでいた。

「イーサン?」

 イーサンはプールサイド・チェアに寝そべり、微動だにしない。サングラスに蝿が止まり、手を擦り合わせていた。

「……イィー……サァーン」

 呼ぶ声が大きくなる。手すりに乗せた手がぴくりと動き、身体がかすかに揺れると、蝿は高く飛び離れた。

「ふあ」

 イーサンは欠伸を噛み殺し、振り返った。影の中から屋外に現れたのはジョシュアだった。太陽を不快げに見上げる。目の周りの薄い赤はこの日差しの中でも変わらない。

「おい……ジョシュア」

「ん?」

 ジョシュアは少し首を傾げ、自身を指差した。

 イーサンは手元の空き瓶をジョシュアに投げつけた。緑の瓶はクルクル回りながら、ジョシュアの顔に飛んだ。ジョシュアは顔を横にずらして避け、後ろ手で瓶を掴んで、足元に置いた。

 イーサンは顔をしかめた。ジョシュアは構わず、彼の隣にゆっくり歩いてきた。そして静かに尋ねた。

「やれるかい、明日の夜」

「……」

 イーサンは瓶を探した。ジョシュアは首を振った。

「飲み物? それなら今、俺に投げたし、空っぽだったじゃない」

 ジョシュアはかわりに、蓋の開いていないコーラの瓶を差し出し、握らせた。

「ほら。飲みなよ」

「俺は……やれる」イーサンは繰り返した。「やれるんだよ」

「別に疑っちゃいないさ」

「なら尋ねるな」

「ご機嫌斜めだね」

 ジョシュアはプールサイドに腹ばいになり、水面に顔を近づける。溺れる羽虫を目で追いながら、告げた。

「……明日、来るよ。テッドが」

「ハ……」イーサンは笑い飛ばした。だが、真顔になった。「……マジになのか」

「マジ、大マジ……俺のこと、見直したかい……ヒヒヒヒ」

「ちぇッ」

「だけど、俺の仕事は、繋ぐとこまで。明日はお前達の仕事だ」ジョシュアは仰向けになり、椅子のイーサンを見た。「正念場だぜ、イーサン」

「俺より、ディーだ。アイツによく言ってきかせろ」

「ディーは素直だ」「クソくらえ。アイツをクビにしろよ」「するワケない。アイツの声も顔も、大事だぜ」

「だからだよ」イーサンは爪を噛んだ。「アイツは俺をナメてる。バンドを乗っ取る気だ。絶対にな」

「よしなッて。被害妄想は……」

「デイヴはドラム叩きながら俺を睨んでやがる。セスは……俺より背が高い。気に入らねえよ……クソッ……俺を、コケにしやがってよ」

 イーサンは涙ぐんだ。

「プロメテウス・アレイは俺のバンドだ。俺が好き勝手やる為の……それなのによ……」

「ああ、その通り。誰もお前を責めやしない。しっかりしろよ」

 ジョシュアは起き上がり、イーサンの肩を叩いた。いつもの事なのだ。

「ようやく、それがうまく回ってきたんじゃないか。ディーはお前をリスペクトしてる。バンドはうまく行ってる。お前のギターは……魔法だよ。陳腐な言い方だけどさ。俺が見込んだんだ。それに比べりゃ、お前の憂鬱は、気持ちの浮き沈みさ。まるで斑模様の天気だ」

「……わかってる……不安なんだ……」

「気にすンな。すぐ忘れるよ」

「忘れたい」

「なら、ギター・ケーブルをアンプにブチ込みな」


ダン
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「ア、アンタがダニエル・キャリントン?」

 空港までクルマで迎えに来たのは、いかにもナードじみた若者だった。打ちひしがれたような弱々しい笑みを浮かべ、手を振りながら近づいてくる。ダンは帽子を脱いで挨拶する。

「いかにも、そうです。ということは、貴方がトレインレッカー氏」

「ア、アハハハ……そう、そう」

 "トレインレッカー" は生返事をかえし、行き交う人々を神経質そうに見た。ダンは彼の視線を追った。

「どうしたんです」

「な、なんでもないよ。アハ、ハ、急に名前で呼ばれたから……その……僕らの名前で……」

「問題があった?」

「い、いいえ、いいよ、トレインレッカーで」トレインレッカーは首を振った。「なんていうかさ……クールな名前だけど、クールだってわからない奴も多いから」

「そうですか」

「ひ、飛行機はどうだった?」

「身体が強張りますよ」

「な、長旅だったね……」

「実際、老骨にはこたえます」

「老骨、アハ、ハ、ハ」

 トレインレッカーのクルマはみすぼらしいバンだった。乾いたカビのにおいがした。サイドボードには首切り人形の吸盤フィギュアが揺れていた。

「こ、こ……こんな素晴らしい事になるなんて、思っても見なかった」

 運転しながら、トレインレッカーは喋り続けた。

「ま……まさか本当に来てくれるだなんて。インターネットって凄いよ。夢みたいだ。あ、アンタ、自分が、ど、どれだけ貴重な証言者か、わ……わかってないんじゃないかな」

「光栄です」

 トレインレッカーはカーステレオを流す。ディストーションの深いギターに、瑞々しい声で、失恋を訴える歌。ダンは興味がない。カーステレオのあまりの爆音に、彼は少し顔をしかめる。

「お、お腹は空いてない? 何か食べます?」

「いや。今は結構です。ありがとう」

「アハ、ハ、そうですか」

 2秒間運転に集中したのち、またダンを見る。

「で、電子メールでも、つ、伝えましたけど。……も……問題は差し迫ってるんだ。貴方なら、し、信じてくれますよね……」

「ええ」ダンは前を見据えて頷いた。「信じますよ。だからこそ、ヒースローからここまで長いフライトをして来たのです」

「も、もう、地域で三人が犠牲になっています。い、い……一刻も早く、この問題を伝えなきゃいけない。情報を、あ、集めて、説得力を十分にもたせて……」

 クルマは蛇行し、トレインレッカーは落ち窪んだ目でせわしなく瞬きを繰り返した。

「や、奴らはイルミナティとも繋がっている。吸血鬼というのは、結局のところ、敵性異星人の信奉者と同義なんだ! アンタの国では、ど、どこまで問題が明らかなの!?」

「私の話にまともに耳を傾ける人間なんて、いやしません」

「そ、そりゃ……そうだろうね」トレインレッカーは残念そうに笑った。「ぼ、ぼ、僕らの国でも同じさ。だ……だからこそ情報交換が重要。真実を知っている者同士で協力し合わなきゃダメなんだ。そ、そうしなきゃ、僕らは奴らに各個撃破されるのが、オチなんだよ」

「その通りです」ダンは相槌を打った。「奴らは身を隠し……我々を嘲笑っている。我々を搾取し、戯れに命を奪い、省みることはない」

「よ、よ、よかった。こんなに話が通じる人が居て、本当に嬉しいよ。し、し、しかも貴方のような立派な人が……」

「それはいささか買いかぶりだと思いますよ」

 ダンの目が暗い輝きを帯びた。トレインレッカーは食い下がった。

「り、り、立派な人間ですとも! 教授だなんて! ア……危ない!」

 道をはみ出しかける。

「ゴメン……ぼ、ぼ……僕らは貴方と違って、言わば、社会のつまはじきものさ。ゲームショップの隅っこでカードをやっている僕らの言うことなんて、皆は聞きやしない。よ、よくわかってるんだ、僕ら自身」

「自分を卑下する事はありません」

「あ……ありがとう。とにかくさ……そ……それでも、恐ろしい人類の敵が居ることが明らかになったら、だ、だ……黙っちゃいられないんだ。こんな近くに、い、居るだなんて……信じられない……」

「恐ろしい話です。本当にね」

 ダンは手帳を取り出し、ページをめくる。写真が数枚挟まっている。ソファにかけた金髪の男女。ハイになっているのだろうか、とろんとした目でカメラを見ている。

「奴らが棲みついたのは先月だ」トレインレッカーは言った。「家主が死んで以来、一年ぐらい放置されていたんだ。屋敷がね。所有者は今も居る。でも放ったらかしなんだ。い、い……維持する事には興味がないみたい。それで」

「そうですか」ダンは眉根を寄せる。「これは確かに……"吸血鬼" です」

「そ、そうでしょう!」トレインレッカーは勢い込んだ。「ア、ア、アナはこんなところに入り浸るような子じゃないんだ。昔から知ってるんだ。隣同士で。か、彼女は、こんな奴らとつるむような娘じゃない。そ、それなのに」

「ふむ」
 
 ダンは眉を動かした。再びクルマが道から飛び出しかかって、トレインレッカーは慌ててハンドルを切った。

「ア……ごめんなさい。こ、興奮してしまって……!」

「いいんですよ。当然の事だ」ダンは言った。「奴らに対し、平常で居られはしません。まして、キミが気になっていた女性が毒牙にかかろうとしているとなれば……」

「エッ! 僕は!」トレインレッカーは慌てた。「ち、違うよ! そんな、や、やましい気持ちは持ってない!」

「やましくなんか、あるもんですか」

「僕は、アナみたいな、しっかりした女の子が、吸血鬼に誘惑されるなんてことがあったら、き、客観的に、その、絶対いけないと思って……」

「わかります」

 ダンは写真をじっと見つめる。ソファにはアレがある。鋼鉄の星が、フラッシュを受けて、光っている。それはニンジャの投擲武器である。


ダン
1997_11_09

 夜の闇をヘッドライトが割り、林道を走りきたみすぼらしい中古バンが停止した。ダンは車外に降りて、運転席のトレインレッカーに顔を近づけた。

「それでは、手筈通りに」

「け、健闘を祈ります、教授」トレインレッカーは緊張した面持ちで、小さく震えている。「僕もご一緒できればよかったのですが」

「いいえ、それでは誰も私をピックアップできない」

 ダンはにっこり笑った。

「一時間後に、また」

 トレインレッカーは深呼吸して、頷いた。ダンが離れると、クルマはその場を走り去った。

 ダンは懐中電灯で闇を照らし、確固たる足取りで進んでゆく。既に場所の下調べは済ませてある。迷うことはなかった。まず、重低音が聴こえてきた。ダンの足取りは心持ち速まった。

 木々の間を抜け、草地に出ると、重低音の発信源が……打ち棄てられた屋敷が……ヴィクトリア朝時代めいた様式の建築物が見えてきた。窓には紫の明かりが滲み、夜の深青を一層恐ろしくしていた。

 この家が「生きていた」頃は、さぞ洒落た建物であったろう。今はもはや、死んで、堕落している。奴らによる汚染だ……。ダンの表情は静かな怒りに強張った。

 屋敷の前には何台もクルマが停まっている。誰かがクルマの陰で嘔吐していた。上下に揺れているクルマもある。中で盛っているのだ。ダンは構わず、駐車車両を通過し、屋敷に向かった。

 重低音は大きくなる。スラッジ・ドゥームを浴びながら、しかし、ダンは当然そんな音楽は知らない。屋敷の扉は開け放たれており、傍らには泥酔した若い娘が座っていた。

「ご機嫌よう、おじさん」

 若い娘はダンを見上げ、笑いかけた。

「ご機嫌よう。平気かね」「勿論よ」

 娘は曖昧に呟き、タバコを咥えた。ダンは心を殺し、中に入った。屋敷の中は薄紫色の明かりで満たされていた。ネオンで飾られているのだ。あちこちにスピーカーが置かれ、重低音を響かせている。廊下、階段、酔った若者たち。ダンは懐から写真を取り出し、もういちど眺める。歩きながら、一人ひとりの顔を確かめていく。

「どうした、オッサン」若者の一人がダンを咎めた。「何しに来たよ」

「親戚の娘を探していましてね。アナは居ますか」

 ダンのクイーンズ・イングリッシュに、若者はおかしな顔をした。

「知らねえよ。帰れ」

「そうはいかない」

「帰れ……うおッ!?」

 若者がダンの肩を掴むと、ダンは逆に、その腕を捻じり、壁に叩きつけた。スラッジ・ドゥームの轟音と酩酊のなか、その光景を明確に目撃した者はいなかった。ダンは階段を上がる。

「そのジジイ捕まえろ! オイッ!」

 若者が腕を押さえて悲鳴をあげた。ホールの何人かが顔を見合わせ、ダンを追って上に上がった。

「おい、ジジイ」「お前、何だ?」

「……!」

 ダンは立ち止まり、振り返った。静かな怒りを湛えた目がギラリと輝いた。

「何だそりゃ」「カラーテ?」「ハッハッハ」

 若者は三人。攻撃的な笑みを浮かべ、ダンに向かってくる。

 ダンは受けて立った。正拳突き、手刀、そして回し蹴り。ダンはあっという間に三人を叩き伏せると、そのまま先に進み、うるさい音が聴こえる扉を押し開いた。

 爆音が溢れた。テレビには地獄の黙示録のビデオが映っていた。ソファに、それを鑑賞する数名の若い男女がいた。映画はお構いなしに、スピーカーではスラッジ・ドゥームを流している。ベッドの上にも数人が座っており、ウィードを吸いながら談笑している。ダンは彼らを確かめた。ソファの金髪の一人はアナで、金髪のもう一人は、写真で彼女の肩を抱いていた男だった。

「アナ」

「……何。おっさん」

 アナはぼんやりとダンを見たが、そのただならぬ様子を訝しみ、他の者達に目配せした。ダンは尋ねた。

「お前達の、どちらがニンジャだ。それとも、他の誰かが、そうなのか」

「イカレてるの? 誰か、どうにかしてよ」

 アナは他の者に呼びかけた。意識のはっきりしている者が笑い声で答えた。だが写真の男は真顔になり、立ち上がって、ダンを睨みつけた。

ニンジャと言ったか? お前」

「……お前か……」ダンの冷たい怒りが深まった。「1993年10月2日。ロンドン。お前はそこに居た筈」

「ワケがわからねえ事、言ってんなよ」

「私の娘を殺した」

 ダンは言い放った。そして、BLAMN! 次の瞬間、彼は一切の躊躇なく、男の胸に銃を当て、撃った。男は驚愕の表情を凍りつかせて吹き飛び、窓に背中を衝突させた。アナをはじめ、事態に気づいた何人かが凄まじい悲鳴をあげた。

「何だ……お、お前……」

 胸の穴を手で押さえ、男は血走った目を見開いて、ダンを睨んだ。やはりニンジャは銃の1発2発では殺せない。ダンは覚悟を決めた。身を屈め、肩からぶつかっていった。

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