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【ビースト・オブ・マッポーカリプス後編】セクション別 #3

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『010001……0010101』マルノウチ・スゴイタカイビル内、無人のカフェ。拝借したレジUNIXがノイズを吐いた。コトブキはLANケーブルを外し、頷いた。ナンシーとの通信は不安定で、やり取りの為に確立できた時間はごく短いものだった。だが、すべき事を整理するには充分だ。

「紅茶が入りました」リバティがコトブキに呼びかけた。薄白い湯気が漂う。窓際の席にカップを準備したリバティは、妖精めいた儚げなアトモスフィアだった。窓の外にはネオサイタマの景色が広がっているはず……平時ならば。今、その眺めは曖昧で、非現実的であった。非現実は、あるいは、この塔内か。

「先程、ノイズが走りました。カリュドーンの鐘が鳴り、アヴァリスとニンジャスレイヤーのイクサが始まった」リバティは言った。「かつて狩人であった僕には、感じ取ることができます」カップを持つ彼の手が微かに震え、カタカタと音が鳴った。「妙な胸のざわつきを感じる。きっと、よくない何かだ」

「よくない何か?」「見えも聴こえもしないが、確かに感じる。憧れのような、高揚のような、畏怖のような。説明のつかない心の疼きです。……凄く近い。近いゆえに、見えていない……から」リバティは胸を押さえた。「この感情に向き合うのは、よくない気がする。作戦に集中しましょう。すみません」

「紅茶、いただきます」コトブキはリバティと向かい合い、紅茶を口にした。リバティは尋ねた。「そちらの準備は済んだのですか」「後は、やってみるだけですね」コトブキは卓上に並べられた品を見る。ビル内を巡り、店舗や警備施設で調達してきたアイテム。そしてリバティが携える魔術品の数々。

 師を自称する邪悪なニンジャよりリバティが授けられた品は、先刻のタンモノ・オブ・コンシーリングだけではない。磨かれた青銅のランタンや、タリスマン。そして茶器。ヒラグモを模した偽物で、これの使い道は明らかだ。あるいは粘土状の物体、C4爆弾。極めて物騒だ。これはビル内で得た品である。

「ティアマトは恐るべきリアルニンジャ」リバティは言った。「実際、先程は危ないところでした。彼女は我らの気配を警戒し、茶器ヒラグモを所定の位置から取り外し、持ち去った。しかし、いつまでもヒラグモを逃してはおけない。カリュドーン儀式の力を茶器に集めるのですから。戻す必要があります」

「それが今、ですね」コトブキは言った。「儀式が始まったからには、あの場に再び設置する筈」「然り」リバティは頷く。「我らの目的は一致している。ティアマト、セトの企みを阻止する事です。我々は彼女を出し抜かなければならない……これらの品を以て」「そして、勇気を!」コトブキは言った。


◆◆◆


 スゴイタカイビル地下、大空洞は、配置されたエネアドの人員によって、にわかにその様相を変えていた。燐光を放つLANケーブルが岩の上を這い、それらが円柱状のファイアウォール類や、爆発の可能性を示す赤色のサーバー機器を繋いでいる。銀のオベリスクの傍らには戦術テーブルとUNIXエンジニア。

 エネアド部隊の隊長たるニンジャ、ディヴィナーは、厳しいニンジャ第六感警戒を空洞内に向けながら、まずは頷いた。ヒラグモは再びオベリスクの前に設置され、今や目で見てわかるほどの光を帯びている。力が流れ入っているのだ。

「不安だったかえ? ディヴィナー=サン」囁き声に、彼女は緊張した。「神話呪物ヒラグモを、妾が持ち去ってしまうものと?」「め……滅相もございません」「ふふふ」ティアマトは艶めいた影じみてディヴィナーに寄り添い、頬に手を触れた。「よい。その不安ももっともじゃ。そなたらはセトの遠大なる計画の全てを知らされてはおらぬから。許してくれるな? 時として真実は正気に有害ゆえ」

 震えるディヴィナーに、ティアマトは歪んだ器を差し出した。それもまた茶器。黒いユノミはマッチャで満たされている。「飲むがよい。そなたの心のざわめきが収まろう」「い、いえ……私の精神は至って平常で……」「天にはキンカク。父祖の呼び声は、なべてのニンジャソウルを従えん。疼いておろう」

「ア……ア……嗚呼……」震えるディヴィナーのメンポを外し、ティアマトはマッチャを口に含ませた。「ゼンが満ちよう。チャドーの真髄を感じるかの?」「ハイ……」「この地はキンカクの直下。無風の台風の目じゃ。しかし、塔外は面白い事になっておろうな」「何も……感じない……」「それでよい」

「スウーッ……ハアーッ」ディヴィナーは深く呼吸し、背筋を伸ばし、力に満ちて仁王立ちした。隊長の一連の葛藤を、エネアドの兵士達は無言のうちに直視せず見守っていた。UNIX駆動音が空洞に響き、液晶モニタを文字列が滝めいて流れ落ち続ける。コードの要所に、幾重にも暗号化された「仇」の文字。

 バツンバツンと音が鳴り、ヒューズの幾つかが火花とともに吹き飛んだ。すぐさまエネアドのメンテナンス兵が交換作業に入る。神秘的なエネルギーが今、この大空洞に……オベリスクの前に置かれたヒラグモに流れ込んでいる。そのフィードバックは凄まじいものだ。「……おや」ティアマトが目を上げた。

 邪悪なるリアルニンジャの眼差しは闇を射抜いた。ティアマトの知覚は、領域内に忍び入ってきたニンジャソウルの揺らぎを感じ取ったのだ。だが、不可視の存在はティアマトの凝視に即座に反応した。「イヤーッ!」空間が歪み、フード上衣を翻しながら、ニンジャが飛んだ!

「何奴!」ディヴィナーが身構えた!「グワーッ!?」血飛沫! 飛び出した影は地面を滑りながら、振り抜いたカタナを擦りつけ、火花と共に方向転換した。「ア、カカ、カッ……?」ディヴィナーはガクガクと膝を震わせ、首筋を押さえた。溢れる血潮を留めるすべはない。「カカッ……バカ……な……この私が……!」

「キリステ、ゴーメン」美少年がカタナにこびりついた血脂を美しく払うや、ディヴィナーの命の糸は切れた。「サヨナラ!」爆発四散! ナムアミダブツ!「クセモノ!」「ムーブムーブ!」エネアド兵が銃を構える!「ならぬ。重火器はわきまえよ」ティアマトが制した。「ここはさながら火薬庫じゃ。そして何より……」

 ティアマトは舌なめずりし、腿に携えた二本のタント・ダガーを引き抜き、逆手に構えた。「捨て置け。構わず作業を継続するがよい。そなたらでは此奴の相手にならぬ。見事な太刀筋じゃ」「……ドーモ。ティアマト=サン」美少年はアイサツした。「……リバティです」

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