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S1第6話【ストーム・イナ・ユノミ】

総合目次 シーズン1目次


「我らは謳歌したいのだ。時経たこの鮮やかな世界をな……」
「マジでやりやがった!オッサン!」
「"火より早く攻めよ"」
「メンポ……ヲ……使ウガイイ」
「方法がある筈だ」「わかりました。命を捨てる真似は、なりませんよ」
「心得ている」
「ンッ……ンンーッ……さて始めるか」
「ニンジャスレイヤー……というのか」
「成る程な」



1

「八時のニュースです。オマカリ社の敷地で施設破壊行為が確認されました」ジングル音と共に、天井近くに設置された液晶モニタがニュース映像の配信を始めた。旅姿の男は帽子を目深にかぶったまま、原稿を読み上げるオイランキャスターに視線を向けた。「敵対企業による協定違反行為との見方を……」「おや?」男は映像を二度見た。「俺か? 参ったな。ハハハハ」

「お待たせいたしました。ご注文のチャプチーノです」和装メイドを制服とした店員がチャプチーノのカップを置いた。「ご注文は以上で……」「あれ見てくださいよ。俺なんですよ」男はモニタを指差した。「参ったなあ」「え?」

「だからね。オマカリ社の敷地で……ククク……施設破壊行為……ハハハハ」「す、すごいですね」和装メイド店員は困り顔で笑いかけた。男は頷いた。「困ったものですよ。総出で攻撃してくるもんだから。こっちはポータル酔いが酷いってのに」砂糖容器を置いたメイド店員の手首を取った。「アイエッ」

「ンンー……何か緊張しているんですか?」手首を握ったまま、男は尋ねた。店員はもはや恐怖を露わに、震えながら首を振り、店長を目で探した。男は立ち上がった。「こう見えて、ネオサイタマは何度か訪れたくらいなんだ。来るたびに大通りの顔が変わって、とてもエキサイティングだよなあ」

「アイエ……アイエ……」「このフレグランスが今の流行りですか?」男は店員の髪に顔をつけ、香りを嗅いだ。「俺の好みとは少し違うが、試すのもいいかもしれない。ガールフレンド、喜ぶと思いますか?」「助けて……助けて」「店長を呼びたいのか? そこで寝ている」従業員室入り口付近に死体!

「アイエエエエ!」「どうです。ひどい気分かな。誰も助けてくれない。いいよね」ナムサン……彼はただ戯れに驚かせ絶望させる為に、この殺人行為を行ったのだ。「お、お金、持っていってください、助けて」「砂糖をチャプチーノに入れて。量は好きに決めていい」「助け……」「早くしてね」

 店内に他の客はなかった。通りを行き交う人々は中で行われている出来事に気づかない。店員は砂糖を入れた。カタカタとカップが鳴った。「ゆっくりかきまぜて。クリームを崩すなよ」「ハイ……」「で、俺の口元に。飲ませて。笑顔で」彼は携帯端末を取り出し、自撮りの準備をした。「共同作業だ」


◆◆◆


 店のノレンをかきわけてストリートに出ると、男は画像共有サービスに写真をアップロードした。「ネオサイタマ。いつ来てもクレイジーなグッド・シティ! 店員さんのサービス」抑圧された笑顔の店員にチャプチーノを飲ませてもらう写真に、顔文字つきでコメントを添える。 

「アカチャン……オッキクネ」「彼の事、どれだけ知っていますか? ワドルゴウジ探偵社」「電気だ!」「十枚千円! 十枚千円」「良く焼けています」広告音声の奔流と、屋台スピーカーの呼び込み音声。歩きながら彼は思索する。ネオサイタマとは面倒な事だ。雑踏がシャドウトレース・ジツの邪魔になる。

「美味しい……とても!」パステルカラーに塗られたオムラ社の逆関節マシーン、モーターガシラ民生機がスピーカーからPRし、頭上にホロ映像を投影しながら歩いている。浮浪者が踏み殺されそうになる。男はモーターガシラが突如発狂してストリートの人々を皆殺しにするビジョンを思い浮かべる。

「さすがになあ」彼は想像を取りやめた。勘に頼って裏通りをひとつ選び、そこでしゃがみ込んだ。「ニンジャスレイヤー……ニンジャスレイヤー」呟く彼のタタミ2枚先の地点に、奥へ進むニンジャの後ろ姿が浮かび上がった。「ツいてる」目を細めた。彼の名はアモクウェイブ。彼は、ついている。


【ストーム・イナ・ユノミ】


「ピザは焼けたかよ!」スモトリめいたいかつい巨漢が机をガタガタと揺らした。接客するオイランドロイドの髪は明るいオレンジ色で、Tシャツには「ことぶき」と書かれている。「焼けましたか?」コトブキはカウンターを振り返った。「アー?」タキはポルノ新聞を逆さにして目を近づけていた。

「ネエチャン、こっちのピザも来てないんだけど!」窓際の別の客がガタガタと机を鳴らした。その奥では複数のモヒカン客がダーツ投擲に忙しい。「焼いてますか?」コトブキはカウンターを振り返った。「アー」タキはポルノ新聞の角度を戻し、顔を離して眉間に皺寄せた。

「焼いてないみたいです」コトブキは答えた。「そこの冷蔵庫に冷凍ピザがあるので、オーブンに、こうやって入れて、スイッチを入れると、焼けますよ」「わかったよ」巨漢は面倒そうに冷蔵庫に向かっていく。窓際の客も肩をすくめ、後に並んだ。ストコココピロペペー。ダーツ機が鳴った。

 コトブキはタキのところへ歩いて行った。「もっとお客さんのホスピタリティを考えた真心の接客が大事ですよ。ドゲザ接客です」「いいんだよ。オレだって真心のオミヤゲがもらえなかったんだから」「ニンジャスレイヤー=サンにですか?」「サイバーシーシャを頼んでたのによ」「まあ!」

 コトブキはやや思案し、二階に上がってゆく。「オイ! なにサボってんだよ。どこ行く!」「じゃあ、わたしが買ってきたものをあげますね!」「何だと?」「テルヤケ・ピザあるか?」別の客がタキに声をかけた。タキはオーブン前の列を指差す。「あそこに並べ!」

 タキは椅子に深くもたれ、読み終えた新聞をカウンターに置いた。ニンジャスレイヤーはじきにまた戻って来る。サンズ・オブ・ケオスのネットワークを辿り、ニンジャを殺して戻って来る。厄介な異常者だが、標的を探る手助けができていれば、危害は加えてこない。手懐ければ番犬にもなるだろう。

 入り口の扉が開き、風鈴が鳴った。「ッたく客が多いな今日は!」タキは舌打ちし、そちらを見やった。「なんだよ。ニ……」ニンジャスレイヤーではなかった。新たな客は店内を見渡し、肩をすくめ、カウンター席に歩いて来た。店内の笑い声や怒鳴り声、囁き声が不意に一瞬途切れ、また再開された。

「ハイ、イラッシャイ」「こんなところに立ち寄ったのかあ」帽子を目深にかぶり、表情はうかがい知れない。「ア? 何だテメエ」タキが顔をしかめた。「会話の通じねえ奴はお断りだぞ」「そうだな、じゃあ話をしようか」男は帽子をずらし、タキの目を見た。「いや……まず注文かな。ここって、なんの店?」


◆◆◆


「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが振り向きざまに繰り出した拳が、トラップマスターの顔面を捉えた。「グワーッ!」トラップマスターのアンブッシュは失敗し、背中から床に叩きつけられた。彼は受け身を取って後転、起き上がりながらクナイを投げた。ニンジャスレイヤーはブレーサーで弾き返す。

「サツガイという男を知っているか」ツカツカと歩み寄りながらニンジャスレイヤーは問うた。トラップマスターは後ずさった。「サツガイだと……?」彼は眉根を寄せた。眉間を汗がしたたり落ちる。「サツガイに何の用がある」「殺す」「イヤーッ!」クナイ再投擲!

 ニンジャスレイヤーは床スレスレまで身を沈め、急接近する。トラップマスターは泡を食って連続でバック転し、背後の壁に体当たりした。ドオン! 衝突音と共に、トラップマスターの姿が……消えた。「何……!?」ニンジャスレイヤーは駆け寄り、壁に触れた。反射的に壁を殴りつけた。強固な鉄壁だ。

 ガコン! 左手通路の闇の奥で音が鳴った。ニンジャスレイヤーのニンジャ第六感が危機を報せる。「イヤーッ!」素早くブリッジした彼のすぐ上をマシンガンの火線が走り抜けた。BRATATATATATA!「クソッ……!」彼は腹ばいになり、素早く匍匐前進した。

 BRATATA…TATA…KBAM! 投擲スリケンで突き当りの機関砲を沈黙させたのち、彼は注意深く身を起こす。視線を感じる。奴がいる。ごく近くに。警戒を続けながら廊下を進む。やがて黒塗りのフスマが現れた。脳内地図からするに、他に未踏破の部屋は無い。躊躇わず引き開ける。ターン!

「バカな……行き止まりだと……?」ニンジャスレイヤーが足を踏み入れたのは、タタミ敷きの四角い小部屋であった。それはシュギ・ジキと呼ばれるパターンで、十二枚のタタミから構成されている。四方は壁であり、それぞれには象、ダルマ、タコ、宝船の見事な墨絵が描かれていた。

 もはや先へ進むためのフスマは見当たらない。では、トラップマスターはどこへ消えたのか。「無駄だ、トラップマスター=サン……!」この謎を解くべく、ニンジャスレイヤーは右手にスリケンを握り、物音ひとつ立てぬ精緻な足運びで、部屋の中心部へと進んでいった。額の汗を右手の甲で拭った。

 ニンジャスレイヤーはついに部屋の中央へと達する。そして……やおら、手にしたものを頭上に投げつけた!「イヤーッ!」KRAAASH! 手を離れて飛んだのは、黒く焼けるフックロープだ! 鋼の鉤爪が天井を裂いた。彼は力任せにロープを下へ引いた!「イヤーッ!」KRAAASH!「グワーッ!」

 天井材がメキメキと裂けながら剥がれ、手負いのニンジャが落下してきた。ニンジャスレイヤーは逃れようとするトラップマスターに踵落しを繰り出した。「イヤーッ!」「グワーッ!」そのまま踏みにじった。「イヤーッ!」「グワーッ!」「無駄だと言ったはずだ……おれにはお前の存在がわかる!」

 (((愚かなり……カラテ足らずをジツに頼り、くだらぬ手管を巡らせた事を後悔させてやるがいい! マスラダ!))) ニューロンの奥底でナラクが嘲笑った。「イヤーッ!」「グワーッ!」「サツガイについて……サンズ・オブ・ケオスについて、何を知っている……話せ、トラップマスター=サン!」


◆◆◆


 彼女は改装途中で放棄された雑居ビルの鉄骨に寄りかかり、向かいの廃セントーを観察していた。何の変哲もない廃墟。少なくとも地上部分は。しかし彼女は辛抱強く待った。彼女は何者であろう? ダスターコートを身に着け、帽子をかぶっている。コートの肩はパディングで補強され、何故か傷だらけだ。

 風が強く吹き、コートの裾をはためかせる。彼女は顔をしかめた。歳は二十頃。だが奇妙なアトモスフィアがあった。わかるものにはわかる奇妙さが。やがて灰色の空を横切って黒い影がまっすぐに飛び来たり、肩に爪を立てて止まった。それは三本足のカラスだった。

 ほぼ時を同じくして、セントーのノレンをくぐって現れた者があった。彼女の追跡対象である。ついに、掴んだ。私立探偵シキベ・タカコは、セントー地下迷宮に潜むトラップマスターを仕留めて帰還したニンジャスレイヤーを見下ろした。三本足のカラスが、促すようにゲーゲーと鳴いた。 


◆◆◆


「注文すんの、しねえの?」タキは商品のケモコーラの栓を開けた。自分で飲むのだ。来訪者はクククと笑った。「別に、してもしなくてもいいんだよ」「ア? 意味がわからねえ。病院は隣のブロックだ。間違えんな。見えるか? ゴクゴク、おい見えるか? ゴクゴク」タキは飲みながら通りを指差した。 

「……そこの列は……」男はタキの手を掴み、グイと曲げて、オーブンに列をなす者達を指差させた。「……何だね?」「めんどくせえアホが来やがった」タキが言った。そして付け加えた。「あ、すまねえな。心の声と接客トークが逆になっちまった」「ンフフフフ! 面白い」「ハハハハハ」

 ペキ。と音がして、タキの手首がおかしな角度に曲がった。男が、折った。「俺が訊きたいのは……」男はグイグイとその指を動かし、なおオーブンに列為す客を指差させた。「アイエエエエエ!」「俺が訊きたいのはさ。あの列は何だ? ッて事……」「アイエエエエエエ!」「うるさいなあ、フフフフ」「アイエエエエエ!」タキは絶叫し、首を振った。男は手を離さない。

「やれやれ」「またタキだ」「やってるな」客は口々に囁き合い、苦笑した。「アイエエエエエ! 何……しやがる……折れ……折れ折れ折れ」「だから、そこの列、何?」「アイエエエエ!」「話にならない……」男は舌打ちし、椅子から立った。

「そこの!」「アバーッ!」「列は!」「アバーッ!」「何だ」「アバーッ!」男はタキの手を掴んだまま、リズミカルにスリケンを投擲し、オーブン前に並んでいた三人のこめかみを一人一人撃ち抜いて即死させた。「……ッて話なんだけど……アー、見ろ。全員死んじゃってワケがわからない」「アイエエエ!」

 ガタタ、と音をたてて、客が一斉に席を立った。男に銃を向けたのが二人。「アバーッ!」「アバーッ!」眉間を撃ち抜かれて死ぬ。そして出口へ飛び出そうとしたのが一人。「アバーッ!」後頭部を撃ち抜かれてうつ伏せに倒れ込む。そのワザマエ、もはや明らかにニンジャである。

「て……てめェ」脂汗を垂らしながら、タキが男を見た。「ニンジャ……」「イヤーッ!」「アバーッ!」タキの身体がぐるりと回転しながら浮き上がり、カウンターに背中から叩きつけられた。タキが白目を剥くと、男は薄く笑った。「殺してない、殺してない……優しくしたから。死んだフリはよせ」「……!」タキから手を離す。「なあ、俺の名前を知りたいか?」「畜生……」

 男は帽子を脱いでカウンターに置き、肩をすくめ、それからアイサツした。「ドーモ。アモクウェイブです」「ア……ア」タキが痙攣しながら呻いた。店内の生き残り客たちは攻撃も逃走も行う事ができず、凍りついて事態を見守っている。

 既に彼は紫色を表面に波打たせる紺色のニンジャ装束姿となり、顔には鋼鉄のメンポを装着していた。「ンンン」彼は目を閉じ、力を込めた。客が息を呑んだ。店内に突如、ノイズで形作られたニンジャのストップモーションが出現したのだ。タキは痙攣している。アモクウェイブは客を見る。「知ってる?」

 客は三人残っていた。震えながら首を振った。アモクウェイブは目を細めた。そして言った。「に。ん。じゃ。す。れ。い。やー。知ってる?」「知らね……」「知……」客たちが呻いた。アモクウェイブは首を振った。「いいや」歩いていき、二人の頭をかち合わせて殺し、最後の一人を頭突きで殺した。

 アモクウェイブはカウンター上で痙攣するタキを振り返った。「いやあ、全員殺してしまった。こいつら、友達かね? 常連かね? ここは繁盛店かね?」「は……繁盛店」「そこで見栄を張らないでいい。サンズ・オブ・ケオス、知ってる?」「知……」「うん。知ってるな。その顔」「知……」「知っている顔だよ」

 アモクウェイブはケモコーラの瓶を取り、親指で栓を飛ばし、ノイズで形成されたニンジャに寄りかかって、メンポ呼吸孔からコーラを飲んだ。首筋をコーラが垂れた。「こいつはニンジャスレイヤー。名前も分かる。便利なジツなんだ……。ニンジャスレイヤーは、お前の店の……何だろうな。客か?」

「て、てめェ……オレの店に手を出して、ソウカイヤのニンジャが黙ってねえ……」「ははは。ソウカイヤ」アモクウェイブはコーラをグイグイと飲んだ。「あんまり詳しくないんだが、じゃあ、お前を口封じで殺さなきゃまずいかね?」「ソウカイヤが黙ってねえところだが、何でも話すから助けてくれ」

「いやいや。いいのか。友達を売るなよ」「客じゃねえし友達でもねえ」「いや、なにか繋がってるッて考えるのが自然なわけだよ」アモクウェイブは苦笑した。先ほど同様にキアイを込めると、彼の背後のノイズ・ビジョンは消え、奥へ向かう後ろ姿が生じた。「ほらな……店はこの階だけだろ? なのに」

「奴は狂人だ……オレは脅されて、搾取されてるんだ。何でも話すから……」「友達は大事なんだ」アモクウェイブは諭すように言った。「お前のその態度はちょっと不快だ……」「友達は大事です!」タキが反応したが、アモクウェイブは無視して持論を開陳する。「友達っていうのは宝だよ」

「ニンジャスレイヤーはサツガイってやつの命を狙ってる! サンズ・オブ・ケオスはサツガイに会った連中の集まりだって事を奴は掴んでる。ときどきオレのところに……その……」タキは「オレにハッキングさせて構成員の」と言おうとして言葉を飲み込んだ。それでは自分に累が及ぶと思ったのだ。

「サンズ・オブ・ケオスは……なんていうか……」アモクウェイブは遠い目をした。「共有……かな……体験のね……。サツガイね。そう。情報を交換したり、連絡を取り合って、一緒に旅行をしたり……バーベキューをしたり。いいだろ」「いいです」「気楽な関係で、お互いに支配も被支配も無くてさ」

「気をつけてください」タキは呻いた。「サンズ・オブ・ケオスの方々は狙われています。マジに。何人も殺してるんです」「うん」アモクウェイブは頷いた。「気になってさ。普段から連絡取り合ってる事もないんだけど、どうも最近……居る奴が居ない。違和感。ジェイドマムシ=サンも?」「はい」

「悲しい」アモクウェイブは笑った。「一度、奴にテルヤケをご馳走になった事がある。ペントハウスでね。ネオサイタマにはほとんど来たことが無いから、今回、帰りに会いに行こうと思ったのにな」「トラップマスター……=サンを殺しに行っています。今」「へえ、そうか。本気なワケだ」「はい」

「あのさ、なんで俺達を狙う?」アモクウェイブは目を輝かせた。「ウチにはいろんな奴がいる。組織もバラバラ。ただの私的な集まりだ」「サツガイじゃないッスかね。奴に恨みがあるんだと思うンだけど」「何にせよ……」アモクウェイブは息を吐いた。「消しとかないといけないな。アブナイから」

 アモクウェイブは奥、ノイズ・ビジョンの後ろ姿の方向に歩き始めた。その先には階段がある。タキはカウンターの上で荒い息を吐き、陸に上がったマグロめいてのたうつ。想像を絶する痛みと恐怖、安堵がないまぜになり、意識が遠のき始めた。階上にはコトブキがいたか……。


2

 トラップマスター。大仰な仕掛けを用いたニンジャだったが、肝心のサンズ・オブ・ケオスとサツガイに関する真新しい情報は無かった。ニンジャスレイヤーに勝利の高揚は乏しい。なかでも今回のイクサの徒労感は大きかった。

 サンズ・オブ・ケオス。構成員たちに隠蔽の意識は薄く、少し調べさえすれば幾らでも気楽な活動のログは引っ張って来ることができる。つまり彼らにとってそれは所詮クリティカルな情報でも何でもないという事だ。それがかえって追跡を難しくしている。おおっぴらであるがゆえに核心が近づかない。

 サツガイの正体やその意図を知る者は、接触者の中にも見当たらない。預言、使命、そうしたものは無いのだろうか? サツガイという謎めいた存在は独自の価値観のもとでニンジャを選別し、目の前に現れ、ニンジャソウルに由来しない力を授ける。判明しているのはそれだけだ。

 サツガイは与える者なのだろうか。ではなぜアユミの命を奪った。そしてマスラダを。マスラダはアユミを守れず、なおかつ、死を免れた。その瞬間の記憶は砕けている。八つの乱れ刃のスリケン。「ううう」ニンジャスレイヤーの足取りが緩まり、立ち尽くし、俯くと、地面がぐらぐらと揺れているように思えた。

「二度触れた者……二度触れた」ニンジャスレイヤーはマントラめいて呟き、意志を保とうとつとめる。鍛冶のハンマーを振り下ろし、鋼を鍛えるがごとく。サツガイに二度触れた者。より深い秘密の層へ到達する唯一の手掛かりだ。(((サツガイに二度))) ナラクの声が重なった。(((二度だ))) 

 ジャリ、と土を踏みしめる音に目を上げる。ニンジャスレイヤーは己の不注意を責めた。アンブッシュの絶好の機会を与えてしまった!「イヤーッ!」反射的に投擲したスリケンは、身構えた相手の肩のすぐ上を通過し、上空へドライブ回転して消えていった。その者はニンジャではなかった。だが……。

「危なッ……!」探偵ダスターコートを着た女が、背後上空とニンジャスレイヤーを交互に見た。ニンジャスレイヤーは踵を返し、走り出そうとした。だがそこへ黒く小さな影が降下してきて、バサバサと羽ばたき、ホバリングした。行く手を塞いだのは一羽のカラスだった。カラスには足が三本ある。

「ゲーッ! ゲーッ!」カラスが叫んだ。ニンジャスレイヤーは反射的に飛び下がった。ジツを警戒したのだ。ただでさえ、トラップマスターとの戦闘の直後である。いかなる罠が配置されているか……。「ニンジャスレイヤー=サンじゃないッスか?」女が呼ばわった。「勘弁を……攻撃意図、無いンで!」

 カラスが地面にふわりと着地し、足でアスファルトを引っ掻いた。首を小刻みに動かし、少し傾げて、ニンジャスレイヤーを見つめた。彼は居心地の悪さをおぼえた。動物の凝視とは思えない。諭すような、不気味な知性を感じた。女がオジギした。「ドーモ。シキベ・タカコ。私立探偵です」「探偵だと」 

 ニンジャスレイヤーは再びそちらを振り返った。女は帽子を取り、頭を掻いた。「見ての通りッスよ」「見ての通り?」染めていない黒髪。そばかすが散り、歯並びが悪い。セルフレームの眼鏡。目つきが悪い。その悪い目つきでニンジャスレイヤーを見た。「話せませんか。これでも、見つけるのに苦労したんで……」

「ソウカイヤが雇ったのか?」ニンジャスレイヤーはカマをかけた。シキベの瞼がぴくりと動いたが、それは看破された事を示す動きではなかった。「ソウカイヤと揉めてるンスか」シキベは用心深く尋ねた。ニンジャスレイヤーは息を吐いた。「違うようだな。誰がお前のクライアントだ」

「話、このままイイって事スか」「……」ニンジャスレイヤーのニューロンが高速回転する。どう行動すべきか。何故こいつはニンジャスレイヤーの名を知っている。目的は何だ。逆に幾つか訊き出す必要があるが……。

『モシモシ! モシ……モシモシ! 応答しろよ! 応答チクショウ!』

 声が割って入った。それはタキからのIRCコールだった。(どうした)ニンジャスレイヤーはニューロン内で応答した。『ヤバイ、肺がやられて動けねえ。死ぬかも。クソニンジャ野郎……オレの店、客を……ヤベエんだ!』(簡潔に伝えろ)『サンズ・オブ・ケオスの奴が来やがった! つうか、来てる! ピザ・タキに!』

「待ッ……」シキベの声をニンジャスレイヤーは置き去りにした。彼は瞬時に跳躍、看板「大きな多メニー」を蹴ってさらに跳び、屋上を連続側転してさらに跳び、電柱の頂点へ着地し、勢いをつけて電線を滑る。シキベは地上を走り出した。初速、加速度は通常の人間のそれではない。だが引き離す!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは廃ビルから廃ビルへ跳び、フックロープを前方の看板「荻の窪な」に引っ掛け、遠心力を利用してさらに跳んだ。その後方を三本足のカラスが追いすがる。ニンジャスレイヤーはパルクール・ヒキャクめいてビル壁を走り、跳び、繁華街方向へ向かった。

 途端にモノトーンだった情景に暴力的な色彩が溢れる。「セブンス」「貸して返す」「カラオケ市」「電話王子様」「кокэси」「覗いて返す」「おマミ」「餅修羅場」「毎日回転しています」「詐欺NO!」。乱立するネオン電子看板のハレーションと、飛び交う広告爆音だ。

「ゲーッ!」追い来たカラスは突然の光と音に怯んだ。四方八方からバサバサと羽音が近づき、テリトリー侵犯を咎めるスズメギャングが襲い掛かる。更に悪い事には、BLAM! BLAM! ビル屋上でスタンバイしていたアーバン鳥撃ちがこれに反応、バイオスズメを撃ち始めた。「大猟だぜ!」

 一方、ニンジャスレイヤーは密集店舗のテントの上を雲渡りめいて走り続ける。彼は後方の喧騒に構っている暇は無いし、むしろ撒いておくべきと判断した。『助けてくれ! ハヤク! クソヤベエんだよ!』「黙っていろ! いや違う、情報を言え。そいつの名前や、ジツの類いは!」看板、配管、路地裏! 

『名前はアモクウェイブ……オレらがまだ知らねえ奴……いきなり客を皆殺しに……どサイコ野郎だ、ただ事じゃねえ。今までで一番ヤバイ。なにか……ブンシンみたいな事をした』「コトブキ=サンは」『わからねえ、多分ありゃダメだ。オレもじきに殺される。怪我して動けねえ。奴は戻って来る!』


◆◆◆


 シキベは広告ネオンの放つ光を吸い込んで輝く水蒸気と屋台街の光景を前に立ち止まった。付近を歩いていたネオン傘の市民が胡散臭げに彼女を見た。やがて三本足のカラスが降りてきて、肩のパディングに爪を食い込ませるように着地した。「見つかりましたか」シキベは尋ねた。

 腕を上げてハンドヘルドUNIXを掲げて見せると、カラスは嘴で器用にボタンを押していった。液晶パネルに「ブッダファック」と表示された。シキベは顔をしかめた。「ウェー」


3

 ひととおりの破壊音、それから沈黙。やがて、トストスと音を立てて階段を降りてくる。タキは通信を打ち切り、携帯端末を奥に投げ捨てた。彼はカウンターの上でマナイタ上のマグロめいて仰向けに震えていた。実際、起き上がる気力ももはやない。店内には血の臭いが満ちている。死体の山だ。

「たいしたもの、無いなァ……」再び現れたアモクウェイブがタキに声をかけた。「でも、何も無いわけじゃないんだろ?」「命だけは助けてくれ」タキは呻いた。「何でも話す」「何も無いわけじゃないんだろ?」「わかってる。ウチはただのピザ屋じゃないんだ。秘密があるんだ」

「そうだろ? だよな。じゃなきゃ、おかしいんだ」「秘密のUNIX室がある。それは、なんつうか、ゲホッ、隠し部屋で、そこでハッキングの仕事なんだ」「ご大層だな」「場所は……」「いや、いい、充分」アモクウェイブは再びノイズの人型を作り出した。「トイレの中だな。よし、お前はもう殺しておこう」

「いや、後がいい!」タキがもがいた。「パスワードとかもあるし、そういうのは、後がいいぞ! な、頑張ろうじゃねえか。ニンジャスレイヤーを一緒に倒そう! 全部教えてやるし、おびき出してアンブッシュしようじゃねえか。なあに、報酬は要らねえ、命あっての物種だからさ! 殺さないでくれ!」

「お前、プライドとか無いの?」アモクウェイブがタキのもとへ歩み寄った。彼は眉根を寄せていた。「ありません!」「プライドが無い奴はムカつく……何のために生きてるんだ。かなり不快だ」「あります!」タキが叫んだ。アモクウェイブは断頭チョップを振り上げた。「全く……」

「ハイヤーッ!」

 そのとき、カウンターの陰から突如オイランドロイドが跳びあがり、カウンターを跨ぎこえながら、アモクウェイブにドロップキックを繰り出した。コトブキだ。アモクウェイブは瞬時に反応し、手甲で防いだ。コトブキはカウンターに両手をつき、二段、三段蹴りを繰り出した。 

「ハイハイッ! ハイヤーッ!」鮮やかな連続蹴りだ。アモクウェイブはそれを苦も無くいなし、カウンターにカワラ割りパンチを繰り出した。KRAAASH! コトブキは間一髪、横へ転がり降りて躱し、タキは悲鳴を上げて床に落下した。コトブキはアモクウェイブめがけ手近の椅子を滑らせた。

「痛てェ……! コトブキてめェ、生きて……」「会話を黙って聞いていましたが、お前は腰抜けですか! そういう時は、仲間は売らんぞ、って言うんですよ!」コトブキがタキを叱った。アモクウェイブが蹴り返した椅子がコトブキの顔の横をかすめた。

 コトブキはいかにしてカウンターの陰に至ったのか? 彼女は階上で騒ぎを聞きつけ、当初は階段の中途まで降りて、一階の争い事を観察した。そのあと音を立てぬよう階上へ戻り、二階の窓から地上へ降りた。そのまま……西部劇の偵察シーンめいて……店の外をしゃがみ移動で回り込み、アモクウェイブが上がったタイミングで入店した。

 匍匐前進でカウンターの陰まで移動した彼女は、じっと反撃の機会を伺っていたのである。アンブッシュはしかし、防がれてしまった。コトブキは手近のスロットマシンに手をかけ、配線を引き剥がして持ち上げ、アモクウェイブに投げつけた。「ハイーッ!」「イヤーッ!」KRAASH! アモクウェイブは難なくそれを蹴り払った。

「ンンン……人間ではないな。オイランドロイド?」アモクウェイブが首を傾げた。「なんだこれは。オイランドロイドに護らせているのか」「お店に来ていた人の命がたくさん失われました。みんな、ピザを楽しみにして、歓談していたんです。よくないですよ」コトブキが言った。

 ニンジャは嘲笑った。「人間めいた口の利き方をする」「自我があるんです」「自我。アレか。ウキヨとかいう。面白いな」「あなたはニンジャのファック野郎ですね? ブッ飛ばします」「ははは、無理だ」アモクウェイブは無造作に片手をかざした。「このジツがあるからな」片手を握り込むと、コトブキがふいに痙攣した。

「さあ、ブッ飛ばしてみろ」アモクウェイブが言った。コトブキが瞬きし、身じろぎした。ミシミシと音が鳴るばかりで、棒立ちである。「どうした! どうなってる。見えない」床でタキが呻いた。「動けません」コトブキが言った。アモクウェイブが頷いた。「ジョルリ・ジツだよ、無生物!」「動けません」

「そういうジツだからな」アモクウェイブが嗤った。グイと手を動かすと、コトブキが歩き出した。「おい店主、せっかくだからこいつに殺してもらうといい。ウキヨらしくな」「わたしは勝手に動いています」「ヤメロ! 来るんじゃねえ……!」タキが身じろぎした。コトブキは歩いてゆく。

「そうだな、ファックしながら殺すのがいい」アモクウェイブが言った。彼は手近の椅子に腰かけ、足を組んだ。コトブキがうつぶせのタキを仰向けにした。「助けてくれ」アモクウェイブは携帯端末を取り出し、カメラを向けた。「またがれ」彼は命令した。そして……コトブキの肩越し、戸口の影に気づいた。「ん……?」

「イヤーッ!」KRAAASH! 扉が吹き飛び、コトブキの真横を飛び過ぎて、アモクウェイブに衝突した。「ヌウーッ!」アモクウェイブは咄嗟のクロス腕で防御した。その手から砕けた携帯端末が落下した。彼は見た……燃えるような人影が戸口に立ちはだかっているのを。

「オイ来たか! 遅せえぞ!」コトブキにマウントを取られたタキがもがいた。「ファック・アンド・サヨナラされちまう! 早くあのニンジャ野郎を……」「黙れ!」戸口の者がぴしゃりと言った。そしてアモクウェイブにアイサツを繰り出した。「ドーモ。アモクウェイブ=サン。ニンジャスレイヤーです」

「ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン。アモクウェイブです」アモクウェイブはアイサツを返した。コトブキも立ち上がった。「このオイランドロイドは使わせてもらうぞ」「……おれを捜してここまで来たのか」ニンジャスレイヤーがジゴクめいて言った。「手間を省いてくれた礼だ。このまま殺す」

「ハイヤーッ!」「グワーッ!」やおら、コトブキがサッカーボール・キックを繰り出し、床のタキに蹴りを食らわせた。「畜生テメェ! 絶対おぼえてろ!」タキは悶絶して床を転がった。「ごめんなさい!」コトブキは謝りながらカンフーを構え、アモクウェイブと並んでニンジャスレイヤーと対峙した。

 (((ジョルリ・ジツだ。マスラダ))) ナラク・ニンジャがニンジャスレイヤーのニューロンに警告を発した。(((無生物、人形、今の世にては機械やサイバネティクスの類いを操るジツよ。グググ……所詮は搦め手。この程度の手管にかかずらうべからず。早々にあれを破壊し、ニンジャと対せ)))

「ここはお前の……アレだ。庭か? 大事な大事な?」アモクウェイブが手をひろげ、店内を見渡した。破壊された調度類、そして転がる惨殺体を強調するように。

「大したもんじゃないか。バッチリ殺してやったぜ。アイサツの一環さ。お前はサンズ・オブ・ケオスの連中を殺した……やってる事は似たようなものだろ?」「どうでもいい連中だ」ニンジャスレイヤーは言った。

「ホ! どうでもいいときたか」アモクウェイブが目を細めた。「友達を大事にしない奴は嫌いだ……俺は友達を大事にするよ……正直、サンズ・オブ・ケオスの連中なんぞ、どいつもこいつもたいして覚えちゃいないんだけどな!」「ハイヤーッ!」コトブキがニンジャスレイヤーに飛びかかった!「ハイッ! ハイッ! ハイハイッ!」

 コトブキが繰り出す連続短打をニンジャスレイヤーは素早くいなしてゆく。足払いで軸足を刈りにゆくと、コトブキはその場で逆立ちして躱し、そのまま側転、壁でトライアングル・リープして、空中から側頭部を蹴りに来た。「ハイヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは手甲で受けた。

 そのコンマ1秒後、ニンジャスレイヤーの顔面にアモクウェイブの正拳が叩き込まれた。「イヤーッ!」「グワーッ!」KRAAASH! テーブルを破壊し、吹き飛ばされたニンジャスレイヤーが倒れ込む。「あれあれ? 何故やらない。壊すの勿体ないって? 確かに、こう、いい造りをしているなあ」アモクウェイブはコトブキの頬を手で撫でる。

「ネオサイタマはテクノロジーの嵐の中心だっていうけど、こんなしみったれた店にこんな精緻なオイランドロイドが居るってんだからな。ンンー……」コトブキの手が動き、アモクウェイブの頭を愛おしそうに撫でた。「ニンジャスレイヤー=サン、頑張って何とかしてください」コトブキが言った。

 ニンジャスレイヤーはスプリング・ジャンプで起き上がり、そのままアモクウェイブに攻撃をしかけた。アモクウェイブはわざとらしく欠伸し、ニンジャスレイヤーの打撃をいなした。「ほら、今だ」コトブキに命じる。「ハイヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの側頭部にコトブキが肘打ちした。

 ニンジャスレイヤーは続く打撃を躱し、カウンター上に退避した。アモクウェイブが肩をすくめた。「オイオイ。ロングゲイト=サンも大した事ないんだなあ。たしかに俺は強い。強いが……なあニンジャスレイヤー=サン、お前、サンズ・オブ・ケオスの奴を何人も殺ッてるんだろ?」「……」「目的は何? サツガイに会いたいんだっけ」

「貴様を殺す」ニンジャスレイヤーは言った。「死に際に、貴様の知っている事は喋らせる」「サツガイになんて、会えるものか」アモクウェイブが言った。「あいつは……そうだなあ……寒いなあ……寒いよ、今でも背筋が凍る」コトブキがカウンターに向かってゆく。「強烈な体験だったよ。マジで」

 ニンジャスレイヤーはカウンターから回転ジャンプで着地し、アモクウェイブに襲い掛かった。「イヤーッ!」「ハイヤーッ!」すぐにコトブキがゆくてを遮り、強烈なカンフー・カラテを繰り出す!「ハイッ! ハイッ! ハイハイッ!」「ヌウーッ!」その反応速度は、オイランドロイド……即ち普段のコトブキを遥かに超えるものがあった。つまり、ニンジャのそれだ。アモクウェイブの。

「あまりナメるなよ、ニンジャスレイヤー=サン。そのロボットは俺が動かしているんだからな」ドルルル……ストコココピロペペー。壁のダーツ・マシンが電子音を鳴らし、液晶が「BULLSEYE」と表示した。更に「AMOK WAVE」「SUTEKI SEXY」。「サツガイの贈り物だ」

 ニンジャスレイヤーはコトブキの攻撃を防御し続ける。弧を描いてスリケンが飛来し、首をかすめた。後ろからアモクウェイブが戯れめいて投げたのだ。「難易度を上げていこう。俺もしっかり参加して、フレッシュなネオサイタマ体験をしないとな」「ハイヤーッ!」「イヤーッ!」ぶつかり合う拳!

 (((バカ! マスラダ!))) ナラクが叱責した。(((なんたる惰弱! なんと不甲斐なきか! 壊すのだ!)))「腰抜け!」コトブキの声が重なった。「早く何とかしなさい! 具体的には、私をブッ壊すのですよ!」ニンジャスレイヤーは眉根を寄せた。コトブキが畳みかける。「直せばいいんです!」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはコトブキの膝を下向きに蹴り、破壊した。「ンンーッ!」コトブキは目を見開き、唇を噛む。「痛覚を切ったから痛くないです! ザマ、ミロ!」倒れ込んだコトブキはアモクウェイブを罵りながら、なおも意に反してニンジャスレイヤーの足首を掴もうとする。ニンジャスレイヤーはまたぎ越えた。

「罪悪感は要らないです。平気ですからね」コトブキの声を背後に、ニンジャスレイヤーはアモクウェイブに向かっていく。「うるさいぞ」向かいながら、後ろのコトブキに声を投げる。「うるさいぞ、お前も、タキも」握り込んだ拳がブスブスと音を立て、黒く燃え始めた。「ハハーハハ!」アモクウェイブが笑い、カラテを構えた。ニンジャスレイヤーはジゴクめいて唸った。「お前もだ。アモクウェイブ=サン」

「イヤーッ!」「イヤーッ!」二者が衝突した。BOOOM! 衝撃波が店内を放射状に吹き抜け、調度類が壁にぶつかった。「アイエエエ!」タキが悲鳴をあげた。「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」二者はワン・インチ距離でミニマル木人拳めいたショートフックを打ちまくった。

「イヤッ! イヤーッ!」アモクウェイブはニンジャスレイヤーの打撃を躱し、脇腹に、胸板に、一撃ずつ拳を入れた。「……!」ニンジャスレイヤーのバランスが崩れた。アモクウェイブは瞳に喜悦の色を湛え、断頭チョップを繰り出した。「イヤーッ!」

 ニンジャスレイヤーは……首を傾げるように、肩と側頭部でアモクウェイブのチョップを挟み、止めた。「イヤーッ!」「グワーッ!」腹に拳を叩き込む!「イヤーッ!」「グワーッ!」顔に!

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「ヌウーッ!」アモクウェイブは腕を絡め、押し切ろうとする打撃を阻止した。肩の関節を極めにゆく。だがニンジャスレイヤーの腕を黒炎が這い、掴みを阻止した。ニンジャスレイヤーは自ら投げ飛ばされて難を逃れた。アモクウェイブは血の唾を吐いた。 

「貴様の……」アモクウェイブの言葉とカラテの構え直しよりも早く、投げ飛ばされたニンジャスレイヤーは地を蹴り、下から抉るような鉤爪を振り上げた。「イヤーッ!」「グワーッ!」血飛沫! アモクウェイブが後ずさり、壁にぶつかった。

 殺す。ニンジャスレイヤーは一歩踏み出す……否、背後か!「イヤーッ!」「イヤーッ!」振り向きざまに、ニンジャスレイヤーは背後からのチョップ打撃を受けた。攻撃者は奇怪なノイズ状の人型だった。「痛てェ……ふざけてるなあ……」アモクウェイブが咳き込み、傷を押さえてズルズルと尻餅をついた。彼はノイズの人型に手をかざした。「惜しかったなあ、ハハハハ」

「イヤーッ!」「グワーッ!」ノイズ人型が逆の拳をニンジャスレイヤーに叩きつけた。更に一撃。「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは肩でタックルをかけ、押し返して間合いを取った。ノイズ人型はニンジャスレイヤーに馴染みのあるカラテを構えた。その顔面部に「忍」「殺」の文字がちらついた。悪夢じみていた。

「ハアークソッ」アモクウェイブが身じろぎした。「観光旅行で酷い怪我をしちまった。もうちょっと早くやれれば挟み撃ちで楽に片付けられたかな……未熟だな」攻撃を応酬するニンジャスレイヤーと影とを見ながら、彼はブツブツと呟いていた。「まあ、結果論だ。頑張らないと。ポイント取り返すぞ」

 ナムサン。それはシャドウトレース・ジツとジョルリ・ジツを複合させた奇策。ジツによって立ち上がらせた残像体を、ジツによって操作する……通常のニンジャであれば到底不可能な行いを、アモクウェイブはやってのける。これがサツガイの祝福だ!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」破壊されたピザ・タキ店内で、ニンジャスレイヤーとジョルリ・ニンジャスレイヤーはチョップで切り結び、跳び離れ、再び切り結んだ。「アイエエエエ!」カウンターの陰からタキの悲鳴があがった。「オレの店! オレの店だぞ!」

「ハアーッ……ハアーッ……ゴッホ、ゴホッ!」アモクウェイブは片手で深い抉り傷を押さえ、片手をジョルリ体にむけてかざしていた。その目が妖しく光り、ジョルリの動きに精彩が増していく。ジョルリ体の輪郭の乱れが減り、赤黒い色彩すらも帯び始めていた。

 ジツを注ぐほどに、この店に残されたニンジャスレイヤーの「存在」の再現度は強まってゆく。それとともにカラテはアモクウェイブのものから「存在」の情報により近づいてゆく。(アモクウェイブ=サン……)サツガイの音声記憶が、ジツへの極度集中でトランス状態となったアモクウェイブのニューロンに木霊した。

(遠慮する事は無い。躊躇うのか?)サツガイはからかうように問う。アモクウェイブは後ずさる。(その、本当にやらないといけないですかね?)(何故。お前が望んだのだろうに)(いや、やはり、ちと……)(MWAHAHA! BWAHAHA!)腕が伸び、アモクウェイブの手首を掴み、引き寄せる。

 指先がサツガイの開かれた衣の中の虚無に触れた。アモクウェイブは究極の孤独の前触れとでもいうべき怖気を感じた。それは冷たかった……冷たかった。(やめろ! やめてくれ!)(MWAHAHAHAHA! 見届けるがいい!)(AAAARGH!)腕の付け根まで引きずり込まれる。濁った白目を剥く。

(呪われしアカシ・ニンジャ・クランの者よ! 嗚呼、何を得たのだ!?)(AAARGH!)薄汚れた路地裏、アモクウェイブは孤独の痛みに吠えていた。やがて彼は孤独と孤独の奥底で、ひとつの力に触れた。手繰り寄せ、引きずり出したそれはジョルリ・ジツだった。彼はもう独りではなかったのだ。

 サツガイの祝福……ジョルリ・ジツは彼のシャドウトレース・ジツにひどく馴染んだ。過去このようなジツを用いたニンジャは居ただろうか? 否、平安時代にとて居なかったに違いない。それが直感できる。今も嬉しくてたまらない。「ニンジャスレイヤー=サン、さあ、どうだね……!」彼は顔を歪めて笑った。

「お前はお前を倒すことはできまいよ……それはお前自身なのだからな!」「イヤーッ!」ジョルリがニンジャスレイヤーを殴りつけた。「グワーッ!」さらに殴りつけた。「グワーッ!」「ハァーハハハハ……ゼェー……ゼェー……」血を滴らせながら、アモクウェイブは苦労して立ち上がった。

 KRAAASH! ニンジャスレイヤーが蹴りを受けて吹き飛ばされ、床に叩きつけられた。そこにあった死体が血を飛び散らせた。「モウダメダー!」タキが叫んだ。「コトブキ! どうにかしやがれ!」「ピガッ……」コトブキは損傷の大きさゆえか、何らかのリブート・プロセスに入ってしまっている。

 ジョルリが飛びかかった。ニンジャスレイヤーが殴り返した。今度はニンジャスレイヤーが一瞬早い。だが次はどうだ。ジョルリは生まれたばかりであり、一方のニンジャスレイヤーは負傷と疲労の影響を残している。何滴かの血がしたたり、床で煙を噴いた。鏡映しめいた姿がカラテを構え直した。 

 ニンジャスレイヤーはやや前傾姿勢になり、ジョルリを睨んだ。「わかってきたぞ」彼は小さく呟いた。自分自身が相手。ならば簡単なことだ。「スウー……フウー」彼は息を吸い、吐いた。焼けるカラテを血管に循環させる。簡単なことだ。相手が過去の己だというならば、今ここで成長すればよいのだ。

「イヤーッ!」ジョルリがスリケンを投擲した。ニンジャスレイヤーは既にスリケンを投じていた。赤黒の装束が燃えた。スリケン同士が衝突、対消滅したとき、既にニンジャスレイヤーは前傾姿勢で走り込んでいた。ジョルリの動きは己自身だ。ゆえにわかる。ゆえにニンジャスレイヤーが一瞬早い。歯を食い縛る。このままコンマ一秒早く!

 ニューロンが軋み、主観時間が泥めいて鈍化する。相手が繰り出す抉るような拳の軌跡が見える。当然だ。わかる。己のカラテ。なんと粗いカラテだろう。では改めねばならぬか。あの黒橙のニンジャの動きを道標として。否、引き返して何になる。ただ己のカラテに勝て。より速く、より強く動かすべし。

「イヤーッ!」「グワーッ!」声が遅れて耳に入った。相手の手が伸びきるより早く、ニンジャスレイヤーの手は相手の顔面に到達し、鷲掴んでいた。そのまま後頭部を床に叩きつけ、押し付けながら、削るように押し滑らせた。「イヤーッ!」勢いをつけ、投げ飛ばす。「グワーッ!」KRAAAASH!

 床材に、一直線に黒く焼け焦げた無残な抉られ道が生まれていた。投げ飛ばされたジョルリはピザ・タキ正面扉を破砕して表通りに転がり出た。ニンジャスレイヤーは追って飛び出した。BRATATATATA! 店外に出るや、彼の側面から機銃掃射が浴びせられた。巡回していたモーターガシラである!

「逮捕権を行使使使使使使死ね、ニンジャスレイヤー=サン」モーターガシラが宣告した。チュン、チュン、と甲高い着弾音が聞こえ、燃える血が散る。数発だ。構わない。ニンジャスレイヤーはモーターガシラに構わず、向かいの建物の壁にめり込んだジョルリのもとへ走り込んだ。「イヤーッ!」

「アバーッ!」至近距離からのハイキックがジョルリの顎を蹴り上げ、頭部を吹き飛ばして活動を停止せしめた。BRATATATATATATA! モーターガシラが両腕のガトリング・ガンをニンジャスレイヤーに浴びせかける。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは側転で回避する。

 BRATATATATATATA! 連続フリップジャンプするニンジャスレイヤーを火線が追う。攻撃は執拗だった。AIではなくニンジャがガトリング銃で攻撃しているのと同じだ。このままではジリー・プアー(徐々に不利)。戸口に進み出たアモクウェイブがジツの精度を更に高める……BLAM!

 アモクウェイブは背後から飛来した銃弾が到達する寸前に危機を感じ取り、上体をそらして躱した。血走った目で店内を見ると、カウンターに肘をついて身体を支える満身創痍のタキが、備え付けとおぼしきリボルバー銃の引き金を引いていたのだった。瞬間的な憤怒と状況判断が、アモクウェイブのジツの集中を乱した。

 アモクウェイブは当然そのようなくだらない非ニンジャの事は一旦まず放置し、ニンジャスレイヤーをモーターガシラとの連携で一気に殺す事にした。だがその判断に一瞬を必要とした。銃撃が途切れるや、ニンジャスレイヤーは跳びながら身を捻り、右腕のフックロープをモーターガシラに投擲していた。

 フックロープはモーターガシラの逆関節脚部を捉え、ぐるぐると巻き付き、鉤爪で掴み、その動作をひどく妨げた。モーターガシラが悲鳴めいた音とともに自重で潰れるように倒れ込み、粉塵が舞うなか、ニンジャスレイヤーが地を蹴り、アモクウェイブにまっすぐに向かって来た。

 アモクウェイブはカラテを構え……速い……速い……速い……ニンジャスレイヤーが迫る!「イヤーッ!」アモクウェイブはチョップ突きを繰り出した。眉間を撃ち抜き脳を破壊する恐るべき殺しの突きを。その腕の内側を、交差するようにしてニンジャスレイヤーの左腕が滑ってきた。死が。

 ニンジャスレイヤーのチョップ突きはアモクウェイブの右目を潰し、そのまま眼窩に入り込んできた。ニューロンが白く焼けた。……「アバーッ!」アモクウェイブはのけぞり、たたらを踏んだ。ニンジャスレイヤーが左手を引き抜き、右手で首を掴んだ。「貴様を殺す……!」「アバーッ!」

 アモクウェイブは震えた。ニンジャスレイヤーは高く吊り上げた。「サツガイはどこにいる。言え」「知るわけが、ゴボッ、知る、わけが、ない」「だろうな」ニンジャスレイヤーの目が赤黒く光った。「ならばニンジャを売れ。サツガイに二度接触した者が居る筈」「……!」「貴様。知っているな」

「知って……アバーッ!」「言え! お前は知っている。それがわかる!」「アバーッ!」「そいつは何処にいる。何を知っている!」ニンジャスレイヤーの……マスラダの目が燃えた。「サツガイは何故アユミを殺した! 何故おれではなくアユミが死んだ! 何故だ、ナラク!」「アバーッ!」「何故だ!」

「死ん、死んじまう、そいつ」タキの弱々しい声が飛んだ。「死んじまったら……」「何故だ!」「アバーッ!」アモクウェイブの身体の縁が焦げ始めた。それでもニンジャスレイヤーは離さなかった。「二度触れたニンジャは……サツガイを……知っている筈だ! 話せ!」「アバーッ! 奴の! 奴の名は!」

「話せ……!」「アバーッ! 奴の、奴の名は……!」アモクウェイブは内側から燃え始めた。その身体が微かに震え、声が染み出した。「奴の、名は……ブラスハート……」「ブラスハート。覚えたぞ」ニンジャスレイヤーが呟いた。「何処だ」「知らない……奴は用心深く……」身体が砕け、火を噴いた。

「畜生……俺はこんな……」アモクウェイブの左目が破裂した。ニンジャスレイヤーは力を込めた。「サヨナラ!」アモクウェイブはニンジャスレイヤーに吊り上げられたまま、爆発四散した。タキが咳き込み、カウンターに突っ伏した。「ピガガガ……」コトブキが規則的な呻き声を発していた。 


◆◆◆


「お前のせいだ。徹頭徹尾お前のせい!」「ああ、そうだ」「すごい悲劇だ。悲劇! 店の連中、みんないいやつだったのに死んじまって」「情報は得た」モップをかけながらニンジャスレイヤーは憮然と言った。タキは引き続き毒づきながら、片腕でモップがけを続ける。片腕は痛々しいギプスだ。

「いいか? お前がいなけりゃオレはこんな目に遭わなかったし、オレのピザ・タキがファックされる事もなかったんだ。ファックト・アップだ」「やかましいぞ」遂にニンジャスレイヤーが言い返した。「おれは止めるつもりはない……!」「絶対おまえに請求するぞ、改装費をだ! ソウカイヤにチクる!」

「争いが見苦しいです」コトブキはカウンターに腰かけていた。「やめてください。そして、罪のない死者を悼まないといけませんよ」「こいつはホントにこんな事ばっかり言ってやがるな」タキが舌打ちした。「そンならブッダにでも祈ってろよ。オイランドロイドも生まれ変わりとかすンのか?」

「魂の問題ですね」コトブキは目を伏せた。「わたしには自我がありますが、わかりません」「カウンターにどうやって上ったんだ、まったくよォ」「安らかに……」コトブキは目を閉じ、祈り始めた。タキはモップをバケツに突っ込んだ。「床材も総取り換えだぞ畜生!」

 アモクウェイブはどうやら単身思い立ってこのピザ・タキ襲撃を行ったもののようだった。タキは必死で調べたが、他のサンズ・オブ・ケオス構成員の連携的な動きは確認できなかった。それは吉報ではあったが、ブラスハートとやらの居場所や活動ログは一切収集できていない。

「ブラスハート」ニンジャスレイヤーは呟いた。「ブラスハート……」タキは彼の背中を目で追い、頭を掻いた。「腹が減ったから、ピザを焼け。オレ、こんな手なんだ。メシの時間だぞ!」祈っていたコトブキが目を開け、ニンジャスレイヤーを見て、オーブンを指差した。「セルフですよ。簡単です」「……」ニンジャスレイヤーは彼らを一瞥し、唸った。


【ストーム・イナ・ユノミ】終わり

第7話に続く


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