【ニチョーム・ウォー】
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【ニチョーム・ウォー】

◇総合目次 ◇初めて購読した方へ

この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版は上の物理書籍に収録されています。また第2部のコミカライズが、現在チャンピオンRED誌上で行われています。



註記:本エピソードは同じロンゲスト・シリーズのフェアウェル・マイ・シャドウとのザッピング形式で書かれ、2アカウント同時並行連載が行われました。またTwitter連載時の終盤クライマックスでは、3個目のアカウントも同時に運用し、合計3チャンネルでの同時連載演出を行いました。このため、フェアウェル・マイ・シャドウとの重要なザッピング箇所や、第3アカウントによる乱入エリアでは、このような引用カコミの形で注釈が入っています。時系列的にはフェアウェル・マイ・シャドウからのスタートになります。




1


「ハァーッ……!ハァーッ……!」ニンジャスレイヤーはザンシンを決めると、ついに視界を揺るがせ……その場で力無く片膝をついた。「ハァーッ……ハァーッ……ハァーッ……」そして頭の重みすらも支えきれぬように後ろに倒れ、全身を、無防備に甲板上へと投げ出した。

 もはや甲板上に、彼をカイシャクする者はなかった。殺し尽したからだ。赤黒の死神は五体を投げだし、ただ、空を見上げていた。彼の身体が取りうる動作は、とにかく今はただ、それだけだった。

 かつて彼はアマクダリ・セクトの陰謀を阻止せんと挑み、そして敗れた。彼はそれを己の弱さが招いた結末として捉えていた。而してこの10月10日。マジェスティ、ブラックロータス、メフィストフェレス、ジャスティス、マスターマインド、ハーヴェスター。「12人」のうち6人が既に倒れた。

 ハーヴェスターは艦砲射撃の爆炎に呑まれ洋上に消えた。他の五人は直接のカラテによって爆発四散せしめた。彼らは皆、ネオサイタマの表社会をリードする名士でもあった。そこには現職の官房長官も含まれていたのだ。社会はタダでは済むまい。それはおよそ人ひとりでは負いきれぬ責任だ。

 負傷と極度の疲労によって途絶えがちなニューロンが脳信号のオルゴールを鳴らす。彼は遥か遠く、ネオサイタマに在る胡乱なセンセイを微かに想起した。それから、同じくネオサイタマに在る胡乱な同盟相手を……その男と、かつてのアマクダリ・セクトとのイクサの折にかわした協定を。

 これは実際、危険な状態だ。死に際のニューロン加速……ソーマト・リコール現象に入りかかっている。ニンジャスレイヤーは抗おうとする。足音が近づいてくる。ためらいがちな足音が。ニンジャの足運びではない。ナンシーでもない。ニンジャスレイヤーの意識は途絶えた。


【ロンゲスト・デイ・オブ・アマクダリ】

10101517

【ニチョーム・ウォー】


 日本国ネオサイタマネオカブキチョ、ニチョーム・ストリート。官製バリケードと検問システムによって囲われ、排他的空気の圧迫によって緩やかに自壊するかと思われたこの小さな街は、10月10日の日の出以降、がらりとその様相を変えていた。

 ハイデッカー秩序によって住人を閉じ込めるべく設置された筈の黒壁であったが、今やその壁面はアクリルスプレーの諧謔的グラフィティ群によって汚され果てた挙句、更にその上を悪魔じみた鉄条網が縦横無尽に覆い、検問車両の残骸もろともに強固に繋ぎ止めて、外敵を排除する防壁と化した。

 防壁を覆う鉄条網は魔王の居城を護る有毒の茨じみて極めて恐ろしいシルエットを形成していた。見た目だけではなかった。ハイデッカーのオナタカミ・トルーパーズは状況の変化に対応すべく、実際、何度かこの壁への攻撃、突破を試みた。結果は悲惨である。近づいた者は引き裂かれ、砕かれ、呑まれた。

 鉄条網群は壁からニチョームの路地に根を張り、伝い、街の中で最も高い建物であるヤグラ337ビルディングに収束している。鉄条網はそのままビルディングを登り、最上階の展望部……気に入りの布を被せたソファーにふんぞりかえる大柄なニンジャの足元に繋がっている。彼の名はアナイアレイター。

 アナイアレイターはニンジャである。それも並のニンジャソウル憑依者ではない。彼に融合するのはいにしえのニンジャ六騎士の一人、フマー・ニンジャであり、街全体を囲む危険な「生ける壁」は、古代ニンジャ大英雄ならばこそのワザマエである。宿主にそれを制御しきる資質があれば、なお良かった。

 ソファにもたれかかる大男の顔を間近で覗き込めば、それがリラックスからは程遠い状態である事がわかった事だろう。アナイアレイターの金色の瞳はカッと見開かれて虚空を睨み据え、震える手が卓上のコロナ・ビールに時折伸びては、浴びるように喉に流し込む。その心中は窺い知れない。

 魔城めいたそのシルエットは実際ウィアードであり、近隣の高台では、事情を知らぬ白塗りの青年達が手元の黒い鬼瓦モッド望遠鏡を交互に覗き込んでは「ゴシック」「……ゴシック」と呟き合うなどしていた。半ば本能的なその尊敬の念は、ある意味では的を射ていた。ニチョームは疎外者の最後の砦だ。

 そしてこのヤグラ773の2階に、自治会設置の電算拠点が位置する。UNIX、LAN、町内の有線監視カメラ網の映像も、ここに集まる。即ちこのヤグラ773がニチョームの物理的・電子的な最重要の要という事だ。しかしながら……「フー」ネザークイーンはエンジニアを振り返り、溜息をつく。

「とりあえず問題ないってことね?」「ダイジョブです」エンジニアは汗を拭った。床や壁に焦げ跡がある。UNIXシステムのうち一基が突如爆発し、彼らの肝を冷やしたのだ。卓上のデジタル時計は「15時17分」の表示のまま、時を刻めなくなっていた。

「どっちにせよUNIXの一つ二つ爆発したところで今更」ネザークイーンは歪んだ笑顔を作った。そして華奢なサイバネ腕で車椅子を漕ぎ、隣室に戻った。「……」隣室で待たされていた「客」は伏せていた目を上げ、ネザークイーンを見た。「ダイジョブだったか」「ええ、平気よ。それよりアータよ」

「俺か?」どこか親しみやすい顔立ちの男は己を反射的に指さした。「いや、俺は平気……」「そうでしょうとも」ネザークイーンは頷いた。「それはいいんだけど、それじゃ、いよいよ説明して頂戴ね。見ての通り、今は有事も有事なの」「本当に済まなかったよ。俺もここの邪魔をしようとは……」

「幸いそうはならなかったわ。邪魔には」ネザークイーンは低く言い、この銀色装束の男を見た。どちらもニンジャである。「だけど、済まないと思うなら、アタシ達に力を貸してほしい。たいした貸し借りもないけどね……」「その、有事ってやつの説明も頼む」男は言った。シルバーキーが彼の名だ。

「今はイクサの真っ最中」ネザークイーンが言った。そして付け加えた。「……絶望的な」「ああ。何のインガか、『状況』ッてやつに投げ込まれるのは慣れてる。コルセアのおっさんも、舟の上でそんなような事を言ってやがったし」シルバーキーは謎めいて言った。「イクサに間に合わせるッてよ」

「コルセア?それは奇術師か何か?UNIXを爆発させて、アータをエントリーさせたって?」ネザークイーンはシルバーキーを睨んだが、やがて溜息をついた。「ンンン……冗談と状況の切り分けが……」「俺はふざけてない」シルバーキーは言った。「だが説明が難しい」「オーケイ。呑み込む……わ」

 まずシルバーキーは時事的問題の知識を驚くほどに持ち合わせておらず……それについては彼自身も困惑していた……状況説明を始めるにはだいぶ遡って始める必要があった。だがネザークイーンは辛抱強く、短く、できる限り的を絞ってシルバーキーに語って聞かせた。「キてるな」が彼の第一声だった。

 ネザークイーンは彼を制御室に連れて行った。監視カメラ網のモニタが彼らを出迎えた。「奴らの手から奪い取ってやった。壁と同様にね」ネザークイーンは言った。「日の出と共に、旗が上がった……旗が」天を仰ぎ、続けた。「その直後、腐れハイデッカーの統制が乱れたの。アタシらは打って出た」

「アタシらは監視員連中をブチのめし、検問所を破壊し、クソ車両をひっくり返した。それをまとめてひっくるめて、ジツで覆って要塞にした。ファックしてやったの。奴らは大慌て。ニチョームのインフラ遮断を試みたけど、地下水道はサヴァイヴァー・ドージョーが掌握済。電気を再び引き込んだ」

「その際、街の市民も外へ避難させ。もう完全に戦争ね。キョートとやり合ってるってのに、こんな事になっちゃって。奴ら、性懲りもなくタケウチを使おうとまでしたわ。知ってる?タケウチ……あらヤダ!アータ、いけない!ワクチンあげるわね、後で」「タケウチ?」「ニンジャを殺すウイルス!」

「ウイルスだって?」「ヨロシサンのクソどもが作った毒よ。昔ニチョームがアマクダリ・セクトに攻撃された時にも悩みの種だった。だけど今回は平気」「どうして」「サヴァイヴァー・ドージョーよ。奴らはタケウチのワクチンを持っている。ヨロシサンと長くやり合ってるのよ、ドージョーは」

 華々しい戦果を語っている筈のネザークイーンの口調は暗かった。シルバーキーはそれを察し、尋ねた。「俄然、イクサの流れは順調じゃないか。どうした?」「……ええ。ここまでは実際、電撃的よね。うまくいっていた」「過去形か」「……ヨロシサンが本腰を入れて来るまでは」

 ネザークイーンは少しの沈黙の後、話を続けた。「サヴァイヴァー・ドージョーの守りは破られた。地下水道領域は奪い返され、インフラは再び遮断された。ネットワークは切られ、電力も今は予備電源のみ」「ネットワーク?だけど……」シルバーキーはUNIX室方向を振り返る。「この後説明するわ」

「ヨロシサンは陣頭にサブジュゲイターというニンジャを立ててきた。バイオニンジャはサブジュゲイターに逆らえない。戦闘は激しかった。どうにか押し返したけど、ディスカバリー=サンが奪取された。彼にはヨロシサンの連中やクローンの居場所がわかる。彼が失われて、一気に戦況は悪化したの」

「並行して、徐々にハイデッカーが統制を取り戻した。アマクダリが本腰を入れてきたのね。外でいろいろ起こっている、アタシらが暴れはじめた……人目を憚りながら潰すには良い機会……そう判断したのね。壁の外から榴弾の攻撃が始まった」ZZOOOOM……「そう、あの音。まるで中世の投石器」

「更に、地下水道を使って、壁の内側に敵が入って来た。マンホールから出てきたのは見えないヤクザよ。信じられないかも知れないけど」「いや信じる」シルバーキーは頷く。「何があっても驚かねえよ、俺は」「……オーケイ。ディスカバリー=サン無しでは透明のクローンヤクザに対抗できないわ」

「外から榴弾、中に既に敵。地下は取られた。ヨロシサンのニンジャ」シルバーキーは指を立てていく。「アマクダリのニンジャは?」「……これから来るわよね」「……」シルバーキーは更に指を立てる。ネザークイーンは更に言う「指揮官は多分、スターゲイザー。やり合った奴の話だと……不死身」

「ムム……」シルバーキーは立てた指を折ったり伸ばしたり震わせた。「何がイクサに間に合うだよ、コルセアのおやじ……」彼は小さく呟いた。そして尋ねた。「で?そこからは?セプクの準備をしているわけでもなさそうだし」「15時17分」ネザークイーンは静かに言った。「システムショック」

「システムショック」「理由はアタシにはわからない。でも、ほんの僅かな時間、敵の通信網が乱れ、遮断されたネットワークがリカバーした。つい今しがたの事。アタシ達は最後の賭けに出た。出るしかなかった。状況を打破する為に」「つまり……」「そう」ネザークイーンはカメラ視点をザップする。

「打って出たウチのニンジャはまず二手に別れた。誰がどんな奴かは後で説明するわ。一方は地上、陽動役。ヤモト、ファーリーマン、セントール。残りは地下水道の奪還。フォレスト・サワタリ、フロッグマン、ハイドラ、ルイナー、スーサイド。地下組は地下水道の連中を排除した後、更に仕事をする」

「オイ……ってことは、出てったばっかりか、みんな」シルバーキーは呟いた。ネザークイーンは厳かに頷いた。「そしてUNIXが爆発し、アータが現れた」「俺が……」システムショックが、ここに道を繋げた?シルバーキーは呟いた。「どっちにせよ、間に合ってねえぞ、コルセア=サンよォ……」

「いやァ、まだわからんぜ」第三の声の方向を、二人は振り返った。戸口に顔を出したのは長い黒髪の男だ。「立ち聞きして悪いね。ドーモ、フィルギアです」シルバーキーはネザークイーンを見た。ネザークイーンは肩をすくめた。「アー……ドーモ、シルバーキーです」「ようこそ、ようこそ」

 フィルギアはチェシャ猫じみて笑った。「キミ、かわいい女の子だったじゃない。まあ、その話はいいや……世の中ってのは何だってサイオー・ホースだからさ、皆に皆おなじ仕事が振られるわけでもないだろうし……キミはキミの働きどころを探せッて事じゃないか?ブッダが言いたいのは」

「ブッダと来たか。まったく」シルバーキーはフィルギアを見た。「そりゃまあ、手伝うつもりじゃいるけどよ」「否。事態はキミが思っているほど呑気じゃない」フィルギアは言った。「このイクサは分水嶺。アマクダリが勝つか、他が勝つか。アガメムノンのルールが勝つか、他が勝つか。気張ってよ」

「ヤモト!」ネザークイーンが唸った。定点監視カメラのザッピング映像に、マフラーめいたニンジャソウルを閃かせる女ニンジャの姿が映り込む。鹿の下半身を持つバイオニンジャはセントール。その背から回転跳躍。Xの字に背負った二刀を振りぬいて、オナタカミの小型無人航空機を両断した。

 セントールの帯にしがみつく毛むくじゃらの存在がファーリーマンだ。セントールの方向転換タイミングで彼は得物のボーを地面に突き立て、垂直に飛び上がると、カメラの視界の上へ消えた。やや遅れて、破砕した別の小型無人航空機の残骸が降り注いだ。「さあ、暴れてくれよ」フィルギアが言った。


◆◆◆


 DDOOM!DDOOM!一定間隔で容赦なく降り注ぐ榴弾の雨の下、ヤモトとファーリーマンはセントールを中心にニチョームの路地を駆け回る。ヤモトの周囲には桜色に輝くオリガミ群が付き従い、拡散と収束を繰り返す。「グワーッ!」叫び声とともにその一つが爆発し、透明ヤクザが可視化された。

 可視化されたヤクザは抉れた肩から緑のバイオ血液を流しながら、サイレンサー付きのチャカを向けた。「イヤーッ!」「グワーッ!」ファーリーマンは素早くクナイを投擲し、これを仕留めた。「その力、よく使え」ファーリーマンがヤモトに言った。ヤモトは壁を蹴り、セントールの背に着地した。

「ハァーッ……ハァーッ……」ヤモトは布を噛み、上腕の傷口を素早く縛った。「ニイイーッ!」『グワーッ!』セントールが進行方向に飛び出したオナタカミ無人機をサスマタで貫いた。ハイタカと通称されるそれはヤクザ生体脳を使用していると噂され、断末魔の悲鳴が生々しい。

 バララバラ……再び上空で破裂音が轟き、榴弾が執拗に降り注ぐ。DDOOOM!「壊し、そして殺す為の文明」セントールにしがみつくファーリーマンが呟いた。「軍事力。エスカレーション。必要以上の命奪う。愚か」「グワーッ!」また一人透明ヤクザが引っかかった。「イヤーッ!」「グワーッ!」

 ヤモトの背に揺れる二刀は、かつての大業物、ナンバンとカロウシの寸法を詰めたものだ。二刀には互いに引き合う不思議なアトモスフィアがあった。恐るべきヤクザニンジャとのイクサの後にもたらされたこの二刀を鍛え直した刀匠は、ヤモトがこれらを取捨選択する事をよしとしなかった。

 周囲を旋回するオリガミ・ミサイルは即席の浮遊機雷として働き、透明のクローンヤクザを感知する役に立つ。原理はわからぬが、ヤクザ達は表面にステルス・コーティングを施されている。オリガミは所詮、場当たり的な対処に過ぎず、ニチョームに散った敵を掃討するには足りぬ。厄介極まりない敵だ。

 流れゆく建物。驚くべき速度にマフラーめいたニンジャソウル布をはためかせ、ヤモトはセントールの背に直立する。セントールは都市戦を目的として作られたバイオニンジャであり、車よりもよほど機敏に疾駆する。ドリフトじみた方向転換を行う時は脇腹のファーリーマンがボーを地面に突き立てる。

 バララ……バララバラ……ヤモトは後方上空の榴弾を振り返る。地下を目指した者達は今どのあたりだろうか。このイクサは何をもって勝利となるのだろう?「いけない」ヤモトは迷う己を叱咤する。セントールは言葉を発せず、文明を軽蔑するファーリーマンはヤモトに対しても尊大でよそよそしい。

 ニチョームの地下に間借りする形で移住したサヴァイヴァー・ドージョーの生態は、当然、地上の者達とはあまりに違う。お互いに利害の一致を見ていはいたものの、バイオニンジャと非バイオニンジャが打ち解け、寝食を共にすることは無かった。それはイクサにおいても同様だった。

 恐るべきサブジュゲイターが現れた事で、バイオニンジャ単一の部隊を維持する事は不可能となった。バイオニンジャはサブジュゲイターに勝てない。地下水道の敗走はあらためてその冷酷な事実を彼らに突きつける結果となった。負傷し撤退したサブジュゲイターだが、傷は浅い。すぐに復帰するだろう。

 地下水道の奪還を目指すのは混成の部隊だ。それでも勝たなければならない。アマクダリの制圧をただ待ってセプクするわけにはいかない。今は断たれていて見えないが、ニチョームの外にも世界はあり、そこでは旗があがり、電波が飛び交い、騒ぎが起こっている。このイクサは彼らだけのものではない。

 バラララ……DDOOOM!DDOOOM!ヤモトは奥歯を噛んだ。「あれが無ければ、もう少し……」「その見当は正しい」セントールの頭の上から声がした。「ニイイーッ!」セントールが怒りの声を上げる。角を止まり木に、フクロウがヤモトを見ていた。「伝書鳩役さ」フクロウは人語を発する。

 ヤモトは目を見張った。「都市の悪魔」ファーリーマンが険しい目を向けた。「ホーホー」フクロウはファーリーマンにからかうような鳴き声で応えたのち、ヤモトに言った。「奴ら地下に滑り込めたよ。だから、少しエキサイティングに行くなら今だな」「……」「榴弾さ。俺も飛びづらくてかなわない」

「アバーッ!」セントールが透明ヤクザを轢き殺した。「外周沿いに、ぐるっと……頼むよ。速度を上げてくれていい」フクロウがセントールに言った。「ニイー」セントールはギャロップする。「行け!」ヤモトがオリガミ群を放つと、前方で数人の透明ヤクザが爆発に巻き込まれた。あてずっぽうだ。

「彼女、一端離れる」フクロウがファーリーマンに言った。「セントール=サンと一緒に、このままちょいと一周してくれ。透明のヤクザは多少我慢だ。セントール=サンを囲む事なんて出来やしない。一周したら彼女は戻る。その時には、あのクソうざったい文明花火が片付いてるって寸法にしようぜ」

「いいだろう」ファーリーマンは速度の中で素直に頷いた。フクロウはヤモトに首を巡らせた。「頼むよ」「わかった」オリガミが進行方向に飛翔し、階段状の高さを作った。「ニイイーッ!」セントールが疾駆し、ハイタカを突き殺す。『グワーッ!』「イヤーッ!」ヤモトは背から飛び離れた。

「ハイッ!ハイッ!」ファーリーマンはボーを巧みに使って跳び上がり、セントールの背に着地した。「イヤーッ!」ヤモトは彼らを離れ、オリガミを蹴り渡ってゆく。フクロウが羽ばたき、彼女を追って飛んだ。DDOOOM!DDOOOM!榴弾がセントールの後を追う。ヤモトは跳ぶ!「イヤーッ!」


◆◆◆


「全アルゴリズム洗い直し」「聖域無し」「強い」「テストケースにおいて満足度は従来の2倍」……モニタを魅力的なフレーズが流れ、ヤクザ三面図が誇らしげに回転すると、最後に光り輝く「Y200」の文字が降りて来た。少女めいたヤイミ・コナギバは、その美貌を極めて魅惑的な笑みで飾った。

「Y200。文字通り桁が違う個体です。従来の新型とは次元の違う進化。いわば猿から人へ」自信に満ち溢れたヨロシサン役員、ヤイミ・コナギバ。美しい乳色の髪とその奇妙な若々しさは見る者をどこか落ち着かない気持ちにさせ、その佇まい自体にヨロシサンの秘密の片鱗が隠されているかのようだ。

 ヨロシサン製薬役員にしてヨロシ・バイオサイバネティカCEOである彼女のプレゼンテーションは、リアルタイムIRC通信で油断なき株主達のもとへリアルタイム配信されている。Y200の型番と微かに傾げた笑顔が映った瞬間、株価グラフは垂直上昇した。「進歩を。そして、いつでもヨロシサン」

 ライブ中継が終了すると、ヤイミはあからさまに侮蔑的な溜息をつき、髪をかき上げて中継ブースを後にした。佇むペイシェントが捧げ持つ盆からマッチャの椀を取り、歩きながら三度傾けて飲むと、タタミ数枚先の地点で佇むペイシェントが捧げ持つ盆からトロ・スシを取り、滑らかに咀嚼した。

「大変お疲れ様でございました」ヨロシサン営業社員がドゲザした。ヤイミは滑らかにその後頭部を踏みつけ、跪いた三人目のペイシェントが差し出した盆に茶器を返した。「それで?カンゼンタイは?」「空輸シーケンスに入っております」ドゲザ社員は床に顔をつけたまま答えた。

「ヨロシイ。今回のニチョームはプレゼンテーションの場であるという事、決して忘れぬよう」ヤイミは第四のペイシェントが差し出したハンカチーフで口を拭った。「勿論でございます」ドゲザ社員は床に顔をつけたまま答えた。「そしてお前達」ヤイミはペイシェントを見た。「同時にイクサでもある」

「承知しております」ペイシェント達は先を争うように120度のオジギを繰り出した。彼らはその外見通りニンジャである。かつての名を捨て、同じ名に改め、ヤイミに全人格と全人権を譲渡した奴隷たちだ。それがヤイミの……キュアというニンジャネームを持つタツジンの……治療契約のジツの力だ。

「しかしながら畏れながら」ドゲザ社員が進言した。「カンゼンタイは依然調整が残っておりまして、実戦投入が間に合わぬ可能性も」「構わない。なんならコンテナを数ブロック移動させて下ろしなさい」思いがけずキュアは言った。「カンゼンタイに関しては、実態の無いプロモーションの一環で十分」

 ドゲザ社員はしめやかに失禁した。キュアはそのまま廊下へ出、ステンドグラスの輝く通路を歩き出した。ペイシェントが同じ速度で付き従い、UNIX端末のモニタを開いて、キュアが横目で確認できるようにはからった。プロモーションと同時に、イクサの場でもある。今回、それがより重要である。

 サヴァイヴァー・ドージョーが新型タケウチのワクチンを所持しているという事実は社として看過できない。首領であるフォレスト・サワタリはヨロシサンの元社員であった事もあってか、野蛮な活動の中で、社の秘密へ独自の執着を見せている。機密データへのアクセスを試みた一件が特に重大だ。

 作戦遂行にあたり、アマクダリ・セクトとの連携は制限されている。大っぴらに破壊活動を行えば不祥事となる。現在、渦中のニチョームの壁外にはヨロシサンの救急ユニットが配置されており、不幸な暴動の巻き添えになった市民を受け入れ、無料で治療するパフォーマンスを行っている。

 ゆえに現在、アマクダリ・ハイデッカー部隊とヨロシサン部隊は別ルートからの攻撃を余儀なくされているのだ。厄介なのは外壁だ。ヨロシサン部隊は地下通路を再制圧し、そこから、バイオニンジャ「マスモーフ」の群体ステルス機能を用いたヤクザを送り込む事に成功した。 

 一方、アマクダリ・ハイデッカー部隊は、生ける壁を無力化するまでは、遠距離攻撃による支援を重点せざるを得ない。ゆえに現在、榴弾による攻撃が継続されているわけだが……。「……」キュアはモニタに映し出されたニチョームを横目で見た。彼女は眉根を寄せた。映っているのは榴弾ユニット。

 ユニットの付近の壁の表面が波打ち、ざわつくのが、遠景カメラの映像でもわかった。キュアは足を止めた。壁の変化は、表面を覆う危険な鉄条網が一時的にでも取り払われた事を示す。アマクダリが何らかの対処を成功させたか?キュアはそうは思わなかった。次の瞬間、桜色の輝きが壁の上に出現した。

「車を!」キュアが命じた。「ハイヨロコンデー!」ペイシェントが命令を遂行すべく走り去った。入れ違いに別のペイシェントが素早く近づいてきて、キュアにコートを差し出した。キュアは無造作に袖を通し、モニタの中継映像を注視した。

 成る程、桜色の輝きの持ち主は女のニンジャだ。それが壁の上に立ち、一種のカラテミサイルを召喚したのだ。そしてそれらミサイルが今、下の榴弾砲に降り注いだ。桜色の爆発が立て続けに起こり、榴弾砲を呑み込んだ。戦局が動き出した。それも、好ましくない方向に。キュアは足を速めた。


2

 ヤモト・コキは壁の上に立った。呻くような音を立てながら、壁を覆う黒い鉄条網は彼女の着地点の周囲数十メートルにわたって萎縮してゆく。ヤモトはヤグラ773ビルディングを横目で見た。この措置は恐らく一時的なもの。アナイアレイターの負担も大きい筈。あのジツは本来こうした使い方ではない。

 彼女は素早くナンバン・カロウシの二刀を背中の鞘に戻し、幅の狭い壁の上で片膝をつく。オリガミがひらひらと舞い、ひとりでにツルやイカ、フクスケの形を取る。それは彼女の口元を覆うマフラーめいた輝きと同色の桜色だ。たちまち複数のハイタカが彼女の周囲に浮上し、機関銃を迫り出させた。

 BRRRTTTT!マズル光閃かせ、銃弾の嵐がヤモトを襲った。フクスケが螺旋回転しながらヤモトの周囲に壁を作る。KBAM!KBAM!それらがリアクティブアーマーめいてジツの主を守る間に、ツル・オリガミは幻惑的な軌道を描いて飛び、ハイタカ達に衝突した。KBAM!KBAM!

「どこだ……どこだ!」ハイタカを迎撃しながら、ヤモトは壁の外のビル群、道路、交差点に視線を走らせる。そうするうちにも空中では新たな榴弾が炸裂し、ニチョームに斜めに降り注ぐ。「近隣区画住民通報ボーナス!一人当たり二倍のポイントがバックします」マグロツェッペリンが遠い空を横切る。

 ヤモトは壁上を走り出した。シュイイイ……シュイイイ……あらたなハイタカが浮上する。「イヤーッ!」ヤモトはカロウシを振り抜き、目の前に飛び出した一機を斬って捨てた。「グワーッ!」ハイタカはバイオ脳漿を切断面から零しながら落下、爆発した。BRATATATA……足元に銃弾が撥ねる。

「行け!」ツルが旋回し、遠いハイタカを撃墜した。ヤモトはカロウシを鞘に戻しながら、ナンバンを振り抜く。「イヤーッ!」斬って捨てたのは飛来したスリケンだ。ヤモトのニンジャ視力は敵が攻撃してきた方向を知らせる。敵!ニンジャ!そして榴弾砲だ!ありったけのオリガミが舞い上がる!

「行……けッ!」ドウドウドウドウ!飛行機型のオリガミはヤモトの頭上で数秒滞空したのち、山なりの軌道を描いて、「電話王子様」のネオン看板を掲げたビルの屋上めがけ飛んでいった。しかし彼女にはその首尾を見届ける暇は与えられなかった。「イヤーッ!」下から垂直跳躍してきたニンジャあり!

「イヤーッ!」跳躍と共に繰り出された危険な一撃を、ヤモトはナンバンの柄頭で咄嗟に防いだ。ニンジャは霜めいた残像を残しながら回転して飛び離れ、タタミ数枚離れた壁上に着地。その時点で既にオジギしている!「ドーモ。シヴァーです」白いニンジャは頭を戻しながら両手を開く。長い氷の爪だ!

「ドーモ。ヤモト・コキです」ヤモトはアイサツを返す。シヴァーは残忍な目を細めた。「ダメだろ……屑連中が檻の外に出ようとしちゃさァ」メンポの隙間から長い舌を出し、氷の爪を舐める。氷に関するジツの持ち主ゆえか、舌が張り付く事は無い。コワイ!「そんな権利を主張しちゃさァ!イヤーッ!」

「イヤーッ!」ヤモトはカロウシで迎撃!「イィーヤヤヤ!」シヴァーは十本の氷爪で絶え間ない攻撃!新たなオリガミを飛ばす間を与えない。「イヤッ!イヤーッ!」ヤモトは打ち返す!そして打ち返す!「ハハァ、そこそこやる!流石ヨージンボ」シヴァーが挑発する。「だけど段々寒くなってくるぜ」

「イヤーッ!」「イヤーッ!」互角の打ち合いだ。だがシヴァーはますます残忍な喜色をその叫びに込める!「ホラホラァ!そんなふうに足を止めると、寒くて寒くて……」「イヤーッ!」「イヤーッ!寒くて寒くて!ホラァ!足元注意ィー!」「!」ヤモトは目を見開く。軸足が壁から離れない!

「イヤーッ!」ヤモトのイアイ斬撃をシヴァーは跳んでかわし、すれすれの攻撃範囲外に着地した。そして左手爪を翳す!「コリ・スリケン!イヤーッ!」ナムサン!五枚の爪が超自然射出され、ヤモトに襲い掛かる!「イヤーッ!」ヤモトはカタナでこれを弾くが、五枚同時スリケン攻撃を防ぎきれない!

「どうした?かかって来いよ」シヴァーは右手をぶらぶらと振って挑発した。左手には新たな氷爪がすぐさま育ち始める。ヤモトの左肩にじわりと血が滲んだ。足元の壁は今や白い霜が覆い始めていた。シヴァーは笑った。「来ないのか?なら右ィ!イヤーッ!」右手のコリ・スリケン射出!「ンアーッ!」

「オイオイ、来ないのか?死にに来ただけかァ?え?」シヴァーは挑発を続けた。しかし決して斬撃の範囲には入ろうとしない。彼は左手のスリケンの装填を待っているのだ。彼は己のジツを熟知している。周囲の気温を低下させるジツによってヤモトの動きを封じたうえで、着実に仕留めるつもりなのだ!

 ヤモトは歯を食いしばった。彼女はシヴァーを怒りと共に凝視した。シヴァーは嘲りの笑みで応えた。だがヤモトはカタナを鞘に戻した。「命乞いの準備か?」シヴァーは挑発を続ける。「自分を買いかぶりすぎだな。お前なんぞ、カス以下だ……我がクランは女王に絶対の忠誠を誓っているんでなァー!」

「自己紹介が好きなんだね」ヤモトはカタナの柄を握り込んだまま答えた。シヴァーは眉根を寄せた。彼のニンジャ注意力は鞘と鍔の間から微かに漏れる桜色の光を見逃さなかった。「無駄なあがき……」「イヤーッ!」ヤモトはカロウシを再び振り抜いた!「馬鹿の一つ覚え!」シヴァーは間合いを取る!

「そして左コリ・スリケン!イ……」シヴァーは左手を突き出し、新たな爪を射出しようとした。そこへカロウシが飛んだ!ヤモトの手を離れて!「グワーッ!?」刀身はサクラ・エンハンスメント・ジツのエネルギーが充填され、桜色に染まっている!オリガミ・ミサイルめいてカタナを飛ばしたのだ!

 腕の付け根を貫かれ、シヴァーは苦悶しながら後ずさった。「邪道な真似を!」「イヤーッ!」冷却のジツが弱まった瞬間、ヤモトはロケットスタートめいて足元を蹴り、シヴァーに斬りかかった!「グワーッ!」袈裟がけにナンバンで斬る!刺さったカロウシを掴み、蹴って引き抜く!「グワーッ!」

「マッタ!」シヴァーは氷混じりの血を噴きながらマッタを乞うた。ヤモトは……「イヤーッ!」その時だ!ヤモトの背後に、垂直跳躍エントリーした新たなニンジャが着地し、アンブッシュを仕掛けたのである!「イヤーッ!」振り向きながらの斬撃で新手の攻撃にかろうじて対応するヤモト!アブナイ!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」新手ニンジャのふるう武器は氷を生成したかのような剣だ。打ち合うたび、ヤモトの髪に霜がまとわりついた。「今ので首を後ろから落とすつもりだったのによォー……」新手ニンジャは氷の剣で激しく打ち込みながら毒づいた。「もっと引きつけろや、シヴァー!」

「救援が遅せえぞ、チリングブレードよ!」シヴァーは傷口を凍らせて応急処置を済ませると、すぐさまヤモトに襲い掛かった。「イヤーッ!」ナムサン!前門のタイガー、後門のバッファローめいた挟撃である!しかも、見よ!ヤモトの身体を徐々に鈍らせる超自然の霜を!新手も冷却のジツを使う!

 何たることか……チリングブレードと呼ばれた新手ニンジャの武器はコリ・ケンであり、やはり氷!つまり氷のジツ使いが二人いる事で冷却効果は二倍!その厄介さは百倍にもなろう!何故こうまで氷のジツ使いがアマクダリ・セクトに集まるのか?理由はホワイトドラゴンというニンジャにある!

 古代・平安時代においてコリ・クランに属したニンジャのソウルを宿す者は、夢の啓示に導かれ、氷の眠りの中にある彼女の元に集った。彼女を見出したのはアマクダリだ。ゆえに彼らは迷いなくセクトの戦士となった。いずれ目覚める「女王」に仕える為に!自我無きソウルが憑依者に何かを刻んだのだ!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ヤモトは一転、防戦一方!シヴァーの傷は重いが、氷のジツが彼に力を与えている。逆にヤモトは打ち合う程に追い込まれてゆく!「イヤーッ!」チリングブレードがコリ・ケンを振り上げる!「イヤーッ!」

 チリングブレードは訝しんだ。ヤモトの背後をとった彼の更にその後ろ、新たなニンジャが立ったのだ。「その一撃マッタ」新たなニンジャが呟いた。コリ・ケンの刀身に猛禽めいた鉤爪が食い込み、ミシミシと音を立てる。そのニンジャの手だ。尋常の姿ではない。そしてその頭部も。フクロウなのだ!

 KRASH!鉤爪がコリ・ケンを砕いた。「握力には自信がある!」フクロウ頭のニンジャが言った。「何を……グワーッ!」逆の手の鉤爪がチリングブレードの首筋を捉えた。「ドーモ。フィルギアです」フクロウ頭のニンジャはチリングブレードを吊り上げながらアイサツした。

「ヤモト=サン、ほったらかしのつもりはなかった。俺も伝書鳩役でいっぱいいっぱいなんだ。アナイアレイターの奴、わかるだろ」フィルギアは言った。「とにかく間に合った……ア?そんな化け物を見るみたいな反応をしないでくれよ」「イヤーッ!」チリングブレードがフィルギアを蹴りつける!

「イヤーッ!」フィルギアはチリングブレードを壁外へ投げ飛ばした。「やらいでかーッ!」チリングブレードは捨て台詞を吐きながら落下していった。「イヤーッ!」シヴァーはヤモトに両手爪の攻撃を仕掛ける。二対一となってしまえばもはや時間稼ぎ戦術はとれぬ。ヤモトはぐっと低く身を沈めた。

「ホワイトドラゴン=サン!」シヴァーは女王の名を呼んだ。ヤモトは跳ねた。「イヤーッ!」「グワーッ!」ヤモトが着地し、カタナを鞘に戻すと、シヴァーの身体が斜めに裂けた。ナムアミダブツ!「我が命!捧げます!」シヴァーは叫びながら壁から滑り落ち、そして爆発四散した。「サヨナラ!」

「ハァー……しんどいぜ、イヒヒヒ」フィルギアは薄い壁の上でよろめく。ニンジャバランス感覚を維持する事も困難なほどに消耗したと見える。ヤモトは手を伸ばして鉤爪を掴んだ。そして言った。「ありがとう」「すまんね」その姿が歪み、人の形になった。「獣の形は力が要るんだ。秘密だぜ」

 彼は空を仰いだ。「さっきの掃射でやれたぞ。ご苦労さん。ブルズアイだ」「電話王子様」の看板の陰から、もうもうと黒煙が立ち込めている。「イヤーッ!」ヤモトは手を離し、再び飛来したスリケンを切り払った。フィルギアは二、三のたたらを踏み、「ありゃロングカットだ。しつこいね」と言った。

「徐々にアマクダリの連中が集まってくる。他の皆、どうかな。正直一個も落とせないぞ。是非ともうまくやってもらわなくちゃ」蹄の音。彼は壁の内側を見下ろす。「さあ。グルッと周って来てくれた」然り。セントール。「イヤーッ!」ヤモトは下へ身を躍らせた。フィルギアは頷き、彼女に続いた。


◆◆◆


「かんじるぞ」「感じるか」「かんじる。かずを」「幾つだ」「いち、に、さん、た、たくさんだ」「ムム……」足首の高さまである汚水に泡の筋を残し、しめやかに前進するのは二人のニンジャである。どちらも装束の背には冒涜的なヨロシ・バイオサイバネティカ社の意匠。バイオニンジャだ。

 背の高い方のニンジャは頭巾をしていないが、眼球が18個ある。プラネタリウム機械めいて、全周囲に対応する奇怪な眼球だ。もう一方のバイオニンジャは……少なくとも今のこの非戦闘時は……通常のニンジャとかわらぬ外見をもっているように見える。「そろそろ何か動く頃とは思っていたがな」

「しすてむ……しすてむなんとか」18眼のニンジャがギョロギョロと目を動かす。6種類の周波数に対応するバイオアイだ。「うむ。システムショックだ。あれに乗じてマスモーフのステルスヤクザ部隊を突破したと見るのが妥当。創意工夫の才が無いバカども。単に追いつめられたというのもあろうが」

「ばかども。ぐふ。ぐふっ」多眼のニンジャが笑った。侮蔑と悪意がはっきりと表れた笑いだった。「あいつ、くれなかった。だから、ほかの、おもちゃほしい」「そうだな。だが、うまく捕虜にできればの話だ。基本的には殺してゆけよ。こぼれた奴を捕えるぐらいで丁度いい……」「ころす、たのしい」

 バシャ……彼らの前方で水が音を立てた。多眼ニンジャの視覚映像はバイオプロトコル変換され、隣を歩くニンジャのニューロンに焼きつく。「鼠だな」「イヤーッ!」その瞬間、頭上からニンジャが落下してきた!「イヤーッ!」多眼ニンジャの横を歩くニンジャは予知めいて反応!「そしてニンジャだ」

「イヤーッ!」彼はアンブッシュを跳んで避けるのではなく、サマーソルトキックで迎撃した。落下してきたニンジャの暗殺マチェーテとサマーソルトキックがぶつかり合い、金属音が鳴り響いた。不可思議な事に、打ち合う瞬間そのニンジャの蹴り足は二倍にも大きく見え、鋭利な刃のようでもあった。

「チィー!」アンブッシュ者は舌打ちし、後方へ回転して飛び離れる。「イヤーッ!」サマーソルトキックを出し終えたニンジャは左手を天井へ突き出した。左手はワイヤーめいて伸び、天井に突き刺さった。「イヤーッ!」腰が180度回転し、両足があべこべの方向に伸びる。先端は鋭利な刺突武器だ!

「イヤーッ!」壁の両端を並走していた二人のニンジャが側転でこの的確な攻撃を回避!不定形攻撃!なんたる奇怪!「ブルルル……ドーモ。ポリモーフです」不定形のニンジャはアイサツした。「ドーモ。ヴューです」多眼のニンジャがアイサツした。対する影は三つ。「もっといるぞ」と、ヴュー。

「ドーモ。フォレスト・サワタリです」アンブッシュのニンジャがアイサツを返す。そして側転した二人のニンジャも。「ドーモ。スーサイドです」「ルイナーです」彼らは戦闘の隙に乗じて走り抜けようとしていたところを、アイサツに邪魔された格好だ。「まだいるなあ」ヴューが前方を見据えた。

「イヤーッ!」SPLASH!応えるように低い水位を割って飛び出したニンジャが長い手足でヴューにアンブッシュを仕掛ける。「イヤーッ!」ポリモーフが第四の刺突攻撃を繰り出した。アンブッシュのニンジャは串刺しになったが、自ら無理に脇腹を裂いて脱し、アイサツをした。「ハイドラです」

「侵入者有!」既に地下水路をナリコの警報音が満たしている。「侵入者だと?一度制圧した程度で所有者を気取る!」フォレスト・サワタリが不満げに言った。「フォレスト・サワタリ元研究員」ポリモーフは網めいて四肢を張り巡らせ、フォレストを睨んだ。「重要対象。デッドオアアライブだ」

「イヤーッ!」フォレスト・サワタリはマチェーテを投擲した。ポリモーフは身体の体積を天井付近に移動させてこれを躱し、お返しとばかり、張り巡らせた触手から刺突攻撃を二つ繰り出した。どちらもフォレストの死角からだ。「イヤーッ!」射線に滑り込んだハイドラがこれを受ける。真っ二つだ!

「にげるぞ!にんげん」ヴューが言った。アイサツ後のルイナーとスーサイドは戦闘に構わず、奥へ走ろうとする。しかしポリモーフの触手は彼らの足より速い。回り込み、網状に通路を塞いで退路を断つ!「薄情者め」ポリモーフが嘲った。「仲間を捨てて逃げるとは笑止」

「仲間だと?」地面に落下したハイドラの上半身が下半身を再生し、バネのように地を蹴って跳んだ。「あんなガキどもを!イヤーッ!」ポリモーフの頭部を蹴り潰す!「グワーッ!」「イヤーッ!」そして天井を蹴り、ヴューに跳び蹴りで襲い掛かる!「イヤーッ!」ヴューはブリッジで回避!

「イヤーッ!」スーサイドは目の前の肉の網を殴りつけるが、弾力によって返されてしまう。「こいつ……」彼は生命力を吸おうとするが、この網は肉体の末端部であり、致命部が遠い。うまくゆかぬ。「イヤーッ!」そこで横のルイナーが肉の網を掴み、ゆっくりと裂き開いた。二者は押し通る。

「奴ら」スーサイドは走りながら振り返った。そして再び前を見たが、ブレーキをかけざるを得ない。仁王立ちで前方に立ちふさがっているのは、ポリモーフだ。「チョロチョロと……イクサをする覚悟も無い連中」ナムサン!ブンシン・ジツの類いであろうか?「逃がさんぞ」その両手が刃を形成する!

「イヤーッ!」スーサイドは迷う事なく懐へ跳んだ。「イヤーッ!」鋭利な刃が横なぎに襲い掛かるのを潜って躱し、腰部に組み付く。「離さぬか」ポリモーフの頭部が上へ伸び、鉤めいて湾曲、スーサイドの脳天を狙おうとする。そこへルイナーが襲い掛かった。「イヤーッ!」掌がめり込み、押し潰す。

「くッそ。殺ってねえ」スーサイドはポリモーフの残骸から身を離した。その上体が微かに白い光を帯びている。組み付いてポリモーフの動力を吸い、そこをルイナーに襲わせたのだ。しかし不定形ニンジャの残骸は彼らからタタミ数枚離れた地点に徐々に集まり、ニンジャの姿を再び形成する!

 一方、やや後方のサワタリ達はどうか?「イヤーッ!」「イヤーッ!」こちらのポリモーフも手薄ではない。縦横に張り巡らされた触手から繰り返し刺突部が生じ、カラテをふるうハイドラとサワタリに全方位攻撃を仕掛けるのだ。ヴューの動きは非常に素早く、18の目が攻撃を全て読み取ってしまう。

「大将、ジリー・プアー(徐々に不利)だぜ」ハイドラが触手をチョップで叩き斬りながら言った。フォレストが触手をマチェーテで叩き斬りながら答えた。「コマンダーをやれ」「無理かもだ」ヴューは水の上を三連続バック転して間合いを取る。それ以上は離れない。つかず離れず。侮れぬカラテだ。

「攻撃を絶やすな、あのコマンダーへの攻撃を!イヤーッ!」フォレストはナイフを投擲!「イヤーッ!」ヴューは側転回避!「イヤーッ!」ポリモーフがフォレストを襲う!「イヤーッ!」ハイドラが触手を蹴り飛ばし、トライアングル・リープでヴューを襲う!「イヤーッ!」ヴューは三連続バック転!

「ジリー・プアー!」「黙れハイドラ!」「ジリー!プアー!」「黙れッ!」「イヤーッ!」全方位から襲い来る触手刺突攻撃!クルクルと飛び回るハイドラとフォレストだが、そのニンジャ持久力は底なしではない。特にハイドラはバイオインゴット無くば早晩活動停止状態となり、身体の再生もできぬ!

「攻め続けろ!」ヴューにナイフ投擲!当たらない!「イヤーッ!」ハイドラが攻撃!当たらない!全方位触手刺突!「「イヤーッ!」」あやうく回避!「ジリー……」「イヤーッ!」SPLAAASH!その時、汚水を跳ねあげて、いま一人の新たなニンジャが高く跳びあがったのである!

 ナムサン……そのニンジャはハイドラが飛び出した地点の水底にぴったりと這ったまま、じっと息を潜め続けていたのだ。ヴューはその潜伏を当初は悟っていた筈。しかしそのニンジャ野伏力はあまりに執拗であり、決して潜伏地点から動くことは無く、乱戦の中で石ころじみて地形に溶け込んでいた!

 小柄なニンジャは空中で両手足をX字に伸ばして力強く叫んだ。「サヴァイヴァー!ドージョー!」その瞬間、虚空に巨大な蛙が出現した。否、正確には虚空ではない。小柄なニンジャの腰に臍の緒めいて繋がっていた拳大の蛙が瞬時に巨大化したのである!コワイ!小柄ニンジャは巨大蛙の背に着地!

「かッ、かえる」ヴューは水路を塞ぐほどの巨大なバイオ蛙を畏怖した。「イヤーッ!」そこへマチェーテが油断なく飛来。「イヤーッ!」バック転で回避。こうも絶え間なく攻められては、ポリモーフへのプロトコル伝達も限定的となってしまう。巨大蛙は恐ろしく巨大な口を開いた。「ゲコーッ!」

 そして、食べた!張り巡らされた触手を!「見ろ、救援部隊だ!ハイドラ!」フォレストが叫んだ。「パットン戦車だ。これで地雷原などポピー畑に等しいぞ!勝利は間近だ!」「ゲコーッ!」巨大蛙はズシズシと重々しい足音を轟かせ、バクバクと巨大な口でポリモーフを食べながら前進を開始!

 ポリモーフの肉体末端部は体積が小さく、バイオ蛙の体内に呑み込まれるなり胃液で消化されてしまう!「ゲコーッ!ゲコーッ!」蛙の前進は着実だ。フォレストとハイドラは蛙の尻につかまり、後方を振り返る。立ち尽くすヴューが徐々に遠くなる。「取り逃がすが、作戦を優先だ」フォレストは言った。

 汚水を蹴立てるバイオ蛙の進軍はすぐにスーサイド達の戦闘地点に達した。「ゲコーッ!」「「イヤーッ!」」スーサイドとルイナーは壁際まで先を争うように飛び離れた。蛙の前方で、ポリモーフは何度目かの肉体再生シーケンスの最中であった。蛙は奇怪な舌を吐き、それを巻き取って呑み込んだ。

 スーサイドとルイナーはおずおずと蛙を追う。後に残された僅かな残滓が震え、互いに集まり始める。(おのれ……おのれ……)湿った収束音は呪詛めいていた。ポリモーフは滅び去ってはいないのだろうか?だが、少なくとも今は、遠ざかるフォレスト・サワタリ一行をこれ以上足止めする事はできまい。


◆◆◆


「おさらいだぞ。ガキどもも聞け」蛙乗りのニンジャ、フロッグマンは、一行を厳しい目で見渡した。「もうすぐ壁外のマンホールだ。ここからの作戦が肝要だ」「チッ」ハイドラは不機嫌そうだ。「作戦、作戦かよ。インゴットもロクに盗れねェのにディスカバリーの奴まで取られて、割に合わねえ」

 ズシン、ズシン、蛙の足音をBGMに、彼らのニンジャ・ブリーフィングはともすれば一触即発のアトモスフィアをはらんでいた。蛙の上のサヴァイヴァー・ドージョーと、蛙の両脇を並走するスーサイドとルイナーの精神的距離は物理的距離よりもはるかに隔たりがある。「そもそも、」「黙れハイドラ」

 フロッグマンが黙らせる。「決まった事は蒸し返すんじゃねえ」だがフォレストを睨みつける視線は剣呑である。「問題はあのサブジュゲイターだ」「そうだ」フォレストが暗く頷いた。「ドージョーのニンジャで奴にあたるのは戦術的に不利だ」「頑張りが足らなかったんだ!」ハイドラが言った。

「逃げ腰かよ。てめェら情けねえよ。俺が三倍頑張ればよ!」「真っ先にフリーズされた奴は黙れよ」フロッグマンが手厳しく言った。「なにを!」「うるさい!」フォレストが睨みつけると、ハイドラは毒づきながら不平をやめた。「ゆえにドージョーにとっては不本意だが、混成部隊を作る必要がある」

「それでセントールと長老のかわりにこいつらか」ハイドラは蛙の足元を行く二人を不満げに見る。スーサイドはやや挑発的に肩をすくめて見せた。「俺ら、いない方がいいか?」「……」「目標の一つは」フロッグマンは言った。「当然、ディスカバリーだ。ヨロシサンの救急車部隊のどこかに居る筈」

「生きてりゃいいがな」スーサイドが言った。フロッグマンはスーサイドを見た。「奴無しでこのあと戦い抜けると思うなよ。お前も奴の生存を祈れッてんだよ」「フン……」「まあいい。目標はもうひとつ。包囲車両のおそらく最前列。妨害電波を発生してる装甲車を叩くわけだが……」

 アマクダリによる妨害電波が、現在、ニチョームを電子的に外界と隔絶する大きな要因になっている。大規模な榴弾やオナタカミのマシーンを用いた攻撃が白昼堂々行われるのも、この戦闘の様子を外界に伝える術を封じているからだ。この妨害を排する事で、敵は動きづらくなる。

 そして希望的観測ではあるが、外界にも、おそらくこの包囲攻撃を快く思わない勢力がある筈なのだ。特にメガヘルツ解放戦線とコンタクトを持つ事が出来れば、大きな力となるだろう。「そっちは、じゃあ、ガキどもにやらせりゃいい」ハイドラが言った。「ドージョーが大事だぜ」「わからん奴だ!」

「ディスカバリーの救急車はヨロシサン陣営だ。つまりサブジュゲイターが居る可能性が高い」フロッグマンが言った。「俺らが行ってもしょうがねえんだよ」「ガキに頭を下げろってのか」「鉄拳を喰らうかハイドラ」フォレストが唸った。「救急車には人数は裂けん。俺と、スーサイド=サンで行く」

「他は装甲車、アマクダリだな」フロッグマンが頷いた。「しょうがねえ」「こちらは隠密作戦となる。スーサイド=サン」フォレストが呼びかけた。「とにかくディスカバリーを奪取できれば、まずは良い。多勢に無勢。派手な動きはご法度だ」「ラクそうで助かるぜ」とスーサイド。

「見ろ」前方に地上に上がる梯子が見えて来た。彼らはお互いを見かわす。地上へ上がるなり二手に分かれ、目的の場所に向かう。どちらの目的も必須。失敗は許されない。だが言い換えれば、両方のミッションを成功させれば、形成を一気に逆転する事ができるかもしれない。僅かな、極僅かな希望だ。

 寄せ集めのはぐれ者。この否応の無い包囲戦に追い込まれたきっかけは何だったろうか。スーサイドは思いを巡らせる。決定的な出来事は何もない。小さな要因が幾つも積み重なり、絡み合って、今の状況が生まれた。真綿で首を絞めるように、大きな存在が少しずつ彼らの居場所を奪った。知らぬ間に。


3

「ハイデッカーは無敵の戦士達だ。やったぜ!今日も治安維持!」「ビョウキトシヨリヨロシサン」「あなたの隣人をしっかり見よう!悪ければ通報!それが隣人愛」「ビョウキトシヨリヨロシサン」「来て!ナショナルタクティクスマン=サン!キョート共和国のスパイよ!」「イツデモヨロシサン」……。

 政府による集中キャンペーンの音声はさながらイッキ・ウチコワシのプロパガンダ放送めいて、ネオサイタマのブロックからブロックへさざ波めいて反響している。その中で、とりわけこの区画はヨロシサン製薬の馴染みのスローガンがユニゾンしている。立体駐車場に集まったヨロシ救急車両がその理由だ。

「ハイ、並んで、並んで」「アイエエエ……ありがてえ」「ヨロシサン製薬設立の理念をご存知ですか?温かいミールを幾らでも」「アリガトゴザイマス……アリガトゴザイマス……」白衣にマスク姿の炊き出しスタッフは、負傷者や病院を受け入れるのみならず、浮浪者に食事を振る舞い、奥に連れていく。

 ID所持の市民らは所属社会クラスによって別々の救急車両に案内され、適切な治療を受けたのち、安全な地域まで送られる。オナタカミ・トルーパーに似た完全武装のチームによる護送であり、実際安心だ。「さすがです」NSTV取材スタッフがヨロシ広報担当に賞賛の眼差しを向ける。「無償とは!」

「無償の善意とは、時としてもっとも経済的なのです」広報社員は頷いた。「我々社員一同はニチョームの暴徒が市民を殺傷する悲惨な状況に大変心を痛めております。これは国家の損失であり、特に現在は戦時下ですから……我々の奉公により結局は株価が上がり、WIN-WINという」「なるほど」

 そうしたやり取りが行われる背後の救急車のタイヤとタイヤの間で、狂熱を帯びた油断ならぬ眼光がきらめいた。「シューッ……」フォレスト・サワタリは細い息を吐いた。彼は身体の向きを変える事すらままならぬ狭い穴で夜を明かしたナムのイクサを思い出していた。いや、敵が穴に居たのだったか?

 ディスカバリーは身体に蜜を塗られ、不潔なジャングルに放置される。すると、すぐに羽虫が集まってくる……羽虫が!不快な甲虫が肉を削ぎ血を啜る。奴は悲鳴を上げる気力すらもはやあるまい。敵はそれをただ楽しみの為に行うのだ。奴にとっての救いが安楽死しかなくなる前に、状況を進めねばならぬ。

 彼の呼吸は極めて静かだ。そうして彼はニンジャ聴力を発揮する。身体の上の救急車両の中でかわされる会話を聞き取るのだ。(アー、これは剥離骨折ですね。痛み止めを出しておきます)(ありがとうございます)(誰にやられましたか?)フォレストは機を見て車の下からしめやかに這い出し、隣に移る。

 白く塗られエンブレムがペイントされた装甲車両の数はおよそ2ダースにも及ぶ。それら一台一台を確かめねばならない。ディスカバリーは恐らくそれら医療装甲車両のどこかの中に居る。そして樹にくくりつけられ、放置されている。沼の中で。「何か見えましたか?」「いえ、何も」巡回守衛の会話!

「本当ですか?」「どうしましたか?」ナムサン。あれら巡回守衛は実際のところヨロシサン製薬のクローンヤクザだ。緑のバイオ血液からくる土気色の肌色をもったヨロシサンの兵士達……ヨロシサンの罪。「念のため確認をします」「クリアをしてください」「はい、そうします」足音が近づいてきた。

「あれ?こっちじゃないのか?」さらにそこへ別の声と別の足音。「ドーモスミマセン!あの、俺、薬をもらいに来たんですけど」クローンヤクザの足音が止まる。「どうしましたか?」「IDを提示してください。制限エリアです」「ヤバイ!やっぱりこっちじゃねえんだ!あの、教えてください」

「IDを提示してください」「市民、制限されています」「アイエエエ?あ、IDですか?ちょっと待ってください!ある、あります!」「IDを」「しかしアンタら、ガタイすごいっすねえ……給料幾らですか?」フォレストはしめやかに車両の下から這い出し、スーサイドを詰問する二人の背後に立つ。

「ここに確か……ハハッ、ねえや!」「スッゾコ……」クローンヤクザの口をフォレストは素早く塞ぎ、逆の手で首筋を横に掻き切った。その時、もう一方のクローンヤクザの顔面をスーサイドが鷲掴みにしていた。「アバッ……アバッ」白い光がヤクザからスーサイドの腕に移り、ヤクザは痙攣死した。

 二人は無言でクローンヤクザの体を救急車の下に隠すと、車両の陰にしゃがみ込んだ。(状況はどうなんだ、これは)スーサイドが囁いた。(ヤバくなったのか。それとも、敵が片付いて良くなったか)(ゼロだ)サワタリは囁き返し、別の車両の底に潜り込んだ。(引き続き、囮をやれ)(わかったよ)

 実際、彼らの努力は無益ではない……これら物々しきヨロシ救急車両コンボイの一角、他と変わらぬ一台の中で、恐るべきバイオニンジャ、サブジュゲイターが、拘束されたディスカバリーの覚醒を見下ろしていたのである。「ドーモ。ご無沙汰しています。サブジュゲイターです」「アバッ……畜生……」

「顔突き合わせて会話するのも初対面のあの時ぶりです。プロトタイプ」金の渦巻テキスタイルの緑装束を着たニンジャは無感情な眼差しをディスカバリーに向けた。「俺を殺さないと実際後悔するぞ」ディスカバリーは言った。サブジュゲイターは頷く。「その返答も懐かしいが、表情は違いますね」

 車載UNIXがチカチカと瞬き、ノーティスが入る。『キュア=サンがそちらへ向かいます』「そうか。それはまた大層な事です」『伝達事項がもしあれば』「状況に変化はありません。カンゼンタイは?」『空輸にて多少移動させる事になりました。実戦投入は未定です』「必要ないでしょう」『ハイ』

 サブジュゲイターはディスカバリー捕獲について明言せず、通信を終えた。ディスカバリーは身じろぎした。「何か考えてやがるのか」「何がです?」「カイシャに何か隠してるのか」「貴方の脳に、ニューロンに用がある。個人的にね」サブジュゲイターは低く言った。「貴方は私の枷を外す鍵になる」

 ディスカバリーは敵の吐いた言葉を吟味した。「なら俺の事は丁重に扱うべきだ。心臓発作で死んだら全部パアッてわけか。いいこと聞いたぜ」「イヤーッ!」「グワーッ!」サブジュゲイターはディスカバリーの顔面を押さえつけ、車内タタミにめり込ませた。「グワーッ!」「屑め!分相応になさい!」

 ディスカバリーは己のニューロンが白く焼けるような感覚に陥る。ホワイトアウトした視界に、見下ろす人影が滲む。サブジュゲイターの姿か?違う。すぐにわかる。これは記憶だ。この視界はサブジュゲイターの記憶であり、見下ろすそのニンジャは……もはや人間の身体を所持せぬそのニンジャ……。

(その野心は時に好ましい。しかし……)ダビデ像めいた超然たる顔、その唇は動いておらず、何らかのバイオスピーカー機構から発せられた音声であるが、その機構も彼の肉体と同様バイオクリスタル製である為、詳細は窺い知れない。(ヨロシサンCEOとは君が考えるそれとは……)

「「グワーッ!」」二者はジゴクめいて絶叫した。サブジュゲイターは誤って焼けた鉄に触れた職工めいて身をよじり、憎悪の目でディスカバリーを睨みながら手を離した。ナムサン!ニューロン信号の混線!その性質の源を同じくする二者であるがゆえの突発的インシデントか!

「ヌウーッ!」さらに憤懣やるかたないサブジュゲイターは、UNIX装置に関係しない、破壊しても問題の無い鉄板部分を力任せに殴りつけた。KRASH!それをやや置いて、今度は車両のドアが外から繰り返し叩かれた。「大変です!大変ですサブジュゲイター=サン!お願いします!」「何です!」

 この時の彼は用心を欠いていたと言わざるを得ない。だが同情の余地はあろう!「急ぎの事案なんです!」「所属と名を名乗れ!なぜIRC通信せぬか!」怒鳴りながらサブジュゲイターはスライドドアを引き開けた。そこにアフロヘアーの見慣れぬ若者が立っていた。拳が飛んできた。「イヤーッ!」

 サブジュゲイターのニンジャ動体視力はこの拳の軌跡を瞬時に見て取り、ヒット寸前に横に逸らした。そしてこの闖入者のサングラスめがけ、グラスを破壊し眼球を潰さんばかりの目突きを繰り出した。「イヤーッ!」「イヤーッ!」闖入者は顔をのけぞらせてこれをどうにか回避した。

 そしてそのままサブジュゲイターの胸ぐらを掴むと、倒れ込みながら後ろへ……車外へ投げ飛ばした。トモエ投げである!「イヤーッ!」だがそのワザマエは不完全だ。サブジュゲイターは投げられながら空中で身体を制御し、ひらりと着地するとともにスリケンを投擲した。「イヤーッ!」

「イヤーッ!」スーサイドはこれを危うく回避!だが!SMACK!「グワーッ!」スリケンは炸裂し、その破片がスーサイドの上半身に突き刺さった。スーサイドは踏みとどまった。傷は浅くない!「ドーモ。サブジュゲイターです」サブジュゲイターはアイサツの先手を打つ。「何の御用かな?」

「ドーモ。スーサイドです」スーサイドはアイサツを返す。「決まってるじゃねえか。邪魔なニンジャを直接ブッ潰しに来たんだよ!」「愚かな!」サブジュゲイターは嘲笑した。「貴方がたは互いの肉を喰らいあう極限状況まで追いつめられた末に死ぬほかない。孫子をご存じですか?」「知らねえな!」

「ではミヤモト・マサシは?大勢で一人を攻撃すれば楽に倒せる、というコトワザは?」サブジュゲイターは無慈悲な戦国のハタモトめいてスーサイドを冷たく睨んだ。すぐ隣のコンテナ車両のシャッターがガラガラと開いた。ナムアミダブツ!コンテナ内には腕組み横並び整列する数名のニンジャ!

 スーサイドは舌打ちし、その者らを見渡した。ニンジャ達が見返した。まずアイサツしたのは四本の腕で腕組みする、鉄仮面じみたフルフェイス・メンポの大柄なニンジャである。「ドーモ。アサイラムです」他のニンジャ達もアイサツ!「リッパーです」「パラライザーです」「カーペンタービーです」

「おう、なかなか数連れて来てやがるじゃねえか」スーサイドは不敵に笑い、鎖骨付近の炸裂破片を引き抜くと、口に含んで吐き捨てた。「来やがれ!」「「「イヤーッ!」」」リッパー、パラライザー、カーペンタービーが同時に回転ジャンプでエントリーした。そしてアサイラムは四本のカタナを抜く!

「イヤーッ!」「グワーッ!」スーサイドはカーペンタービーの首を掴み命を吸い取る!そしてリッパーにカーペンタービーの体を叩きつける!「イヤーッ!」「グワーッ!」そしてパラライザーをジツの構えで威嚇、一瞬ひるませると、サブジュゲイターにタックルで奇襲をかけた。「イヤーッ!」

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「回り込め!」「イヤーッ!」「でかしました!追い込め!」「イアイド!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「なかなか厄介なジツを使うが、逃げ足ばかり速くても無駄だ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ディスカバリーは車内で騒乱を聴く!

「ディスカバリー=サン!」フォレスト・サワタリが顔を出すなり、ディスカバリーは拘束された両手両足をばたつかせて急がせた。「早くしてくれ!早く!」フォレストは拘束具を手際よく破壊し、彼を解放した。「無事のようだな」「無茶をしやがる!だが助かったぜ」「行くぞ!」

「なるほど、ドージョーの連中を連れてこなかったのはヨロシ・ジツの対策ってわけか」「そうだ」フォレストは頷いた。「率直に言えば戦況はかなり悪い。だが、貴様を連れ帰る事が反撃の狼煙ともなろう」「無茶苦茶な作戦だけど、結果オーライだ」ディスカバリーは言った。「囮のあいつ、どうする」

(イヤーッ!)(グワーッ!)格闘の叫びは徐々に遠くなる。「……」フォレストは眉根を寄せる。ディスカバリーは何か言おうとしたが、言えなかった。かわりに叫んだ。「大将!」「クアドラプル・イアイド!」SLAAASH!車体ごとフォレストを切り裂きにかかる無慈悲な四刀イアイ斬撃だ!

 車体ルーフ付近はスライスされて吹き飛び、空が現れた。フォレストは匍匐姿勢から起き上がり、アサイラムを睨んだ。「なかなかの用心深さだ。ほめてやる」「やはり鼠か!くだらん陽動をする!」アサイラムが残忍な目を光らせる。「ドーモ。フォレスト・サワタリ=サン」

「イヤーッ!」フォレストとディスカバリーは同時に跳躍し、車体切断面上に着地した。「ドーモ、アサイラム=サン。貴様のバイオ・イアイドを俺に披露してみるか?」「イヤーッ!」返答代わりにアサイラムはイアイを見舞った。「「イヤーッ!」」二者は跳んで回避!追うアサイラム!「勝負せよ!」

「してやるとも」とフォレスト。「だが今は戦術的撤退!」「イヤーッ!」イアイド攻撃がさらに襲い来る!「イヤーッ!」フォレストは編み笠を投擲!斬撃が強靭な編み笠繊維を四度斬り、八つに切り裂いた!アサイラムは編み笠のボロ屑の向こう、全力で逃げる二者の背中を見る!「チィーッ!」

「ザッケンナコラー!」「スッゾオラー!」ヤクザスラングを叫びながら、クローンヤクザ達が彼らを追う!「緊急!緊急な!」激しいエマージェントマイコ音声!「市民の皆さん、危険な凶悪犯罪者が立ち入ったとの通報がありました。ヤクザの抗争です。ご安心ください」ナムアミダブツ!

 カラテシャウトと銃声がジグザグに乱れ飛び、騒乱はやがて立体駐車場の外へ飛び出した。三人のニンジャは極めて不利かつ危険な状況下にあった。スーサイドは多勢に無勢、フォレスト・サワタリは仲間を一人抱えた状態で、しかもサブジュゲイターのジツと常に隣り合わせだ。彼らは生きて戻れるのか?

 だが我々はいつまでも彼らを追うわけにはゆかぬ。なぜなら並行するもう一方の作戦小隊に注意を向けねばならないからだ。然り、地下水道を進んだニンジャ達は二手に分かれた。フォレスト達はヨロシサンの救急車両群。彼らと別れた他の者達が向かったのは、アマクダリ・セクトの包囲部隊前線である。

 オナタカミ装甲車と電磁パイロン、組み立て式ウォッチタワーによって物々しく封鎖された大通りひとつがそのまま包囲軍の陣営であったが、既に司令部は相当に騒然とした状況下に置かれていた。榴弾ユニットが壁の内側からの反撃を受けて壊滅し、立て直しを強いられている。

「イヤーッ!グワーッ!」チリングブレードは即席のケジメ場で見事に左手小指をケジメした。コリ・ジツによって切断面はすぐに冷温で塞がる。傷口の止血に特別な医療処置は不要だ。「……ハァーッ……ハァーッ。そんなわけで、うまく行きませんでした」「成る程」パスファインダーは頷いた。

「システムショックのネットワーク・リカバリは一瞬で為された。誤差の範囲。実害は無い筈だが、あいにく私のニンジャ第六感は注意せよと伝えてくる」パスファインダーは言った。チリングブレードも頷き、「目的も無しに仕掛けては来ないでしょうな」と言った。ケジメしたので気兼ねは不要だ。

「申し伝えます」クローンヤクザ伝令がケジメ場のノレンをくぐって現れた。「ヨロシサンの救急車両群が襲撃を受け、現在、社のニンジャにて対応中と」「やはりな。始まったようだ」パスファインダーはヤクザ、チリングブレードと共にノレンをくぐってケジメ場から出た。

「榴弾ユニットの補充を手配せよ。だが再展開はまだできんな。ヤモト・コキを殺しておかねば、元の木阿弥だ。榴弾ユニットは高いからな」パスファインダーは淡々と言った。「ンン」両耳に手を当て、立ち止まる。「これは……幾つだ?ひとつ、ふたつ、みっつ」「ニンジャですか?」「すぐに来るぞ」

 パスファインダーのニンジャ存在探知能力は極めて精密かつ広範囲にわたる。高度差によって探知能力がある程度制限されるとはいえ、実際……KRAAASH!大通りの一角、マンホールの蓋が天高く跳ね上がった。「イヤーッ!」そこから天高くニンジャが一人跳びあがった!

「「「スッゾオラー!」」」既に指示を受けたクローンヤクザはこのアンブッシュ出現に最善対応!マンホールを包囲し、空中のニンジャにアサルトライフル掃射!BRATATAT!「イヤーッ!」空中のニンジャはマキモノを閃かせ、銃弾を弾き返す!「「イヤーッ!」」更にニンジャが二人飛び出す!

「「「アッコラー!」」」クローンヤクザはリロードを行う。そのときである。第一出現ニンジャの付近で、突如ボール状の物体が膨れ上がり、巨大な蛙となった。「ゲコーッ!」蛙は巨大化時に第二・第三出現ニンジャをエアバッグめいて撥ね飛ばした。「「イヤーッ!」」二人が二段ジャンプだ!

 マーブル迷彩装束を着た第二のニンジャは数名のクローンヤクザを文字通り叩き潰しながら着地し、アイサツした。「ドーモ。ルイナーです」その右肩から肘先にかけてはニチョーム隔壁を要塞化したものと同質の禍々しい鉄条網によって覆われており、異様なアトモスフィアを放つ。

「ゲコーッ!」「グワーッ!」巨大蛙はドスで刺しに来たクローンヤクザを長い舌で巻き取り、食べた。そして蛙に乗る第一のニンジャがアイサツした。「ドーモ。フロッグマンです」そして長い手足を持つ第三のニンジャは装甲車の天面を蹴り、一気に陣の先頭方向へ再跳躍した。「イヤーッ!」

「イヤーッ!」「グワーッ!」斜めに飛んできたインターラプト・ケリが、第三のニンジャの跳躍を阻んだ。くの字に折れ曲がった第三のニンジャは装甲車に叩きつけられ、苦悶した。「グワーッ!」「馳せ参じてみれば、これだ」インターラプト者はアイサツした。「ドーモ。スターゲイザーです」

「ド……ドーモ」第三のニンジャは装甲車から身を剥がし、アイサツを返す。「ハイドラです」長い手足、トライアングル配置された赤い眼をもつ異形のニンジャである。「やりやがったな!」「それはこちらの台詞だぞ」スターゲイザーはカラテを構える。「到着したばかりだ。少し休ませてくれんかね」

 スターゲイザーには体毛が一切無く、武骨な鋼のメンポと大柄な体躯。極めて恐ろしいニンジャだ。特徴的なのは心臓部のプロテクターで、ここから謎めいたチューブが複数伸び、四肢と頸部に繋がっている。この異様な姿のニンジャは、アマクダリ・セクトの最高幹部「12人」の一人である!

「スターゲイザー=サン!これは早い到着」パスファインダーが手勢を引き連れ向かってくる。「うむ。ブリーフィングの時間を持ちたい」「仰る通りです」パスファインダーが彼に注意を促す事は無い。なぜならば……「よそ見してンじゃねェー!」ハイドラが攻撃!「イヤーッ!」「グワーッ!」反撃!

 カタパルト・キャノンじみたカウンターパンチが、蹴りを繰り出す寸前のハイドラに突き刺さり、再び吹き飛ばした。「グワーッ!」KRASH!装甲車がひしゃげる!「ゲコーッ!」やや離れた地点、巨大蛙がスターゲイザーめがけ何かを吐き出した。ナムアミダブツ!粘液に包まれたヤクザの死体だ!

「イヤーッ!」スターゲイザーは死体を蹴り弾いた。「グワーッ!」死体を叩きつけられ、ハイドラが呻いた。「忙しくてかなわん」スターゲイザーは首関節をボキボキと鳴らした。「なんだ、あの蛙は」「フロッグマンです」パスファインダーが答えた。「お任せを!」チリングブレードが向かってゆく!

「ゲコーッ!」フロッグマンが舌を繰り出すと、チリングブレードはこれを跳んで躱し、あまつさえその舌を蹴り登って、頭頂部にまたがるフロッグマンにコリ・ケンで斬りつけた。「イヤーッ!」「イヤーッ!」マキモノとコリ・ケンがぶつかり合う。「イヤーッ!」「イヤーッ!」打ち合いが始まる!

「ヤバレカバレの攻撃かァ?逃走かァー?」打ち込みながらチリングブレードが挑発した。フロッグマンは睨み返した。「俺だってこんな事はやりたくねェんだ。だがヤバレカバレとは違うな。イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」彼らの下で、クローンヤクザは蛙に踏み殺される!「アバーッ!」

 ハイドラは死体を振り捨て、カラテを構え直す。「痛くも痒くもねえ!」「フゥーム。あれが、ええと何だったか……」「ハイドラです」パスファインダーが答えた。ヤクザ兵が展開する。スターゲイザーは頷く。「そうハイドラだ。質の低い再生能力を持っているとかいう」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 ハイドラの攻撃をスターゲイザーはいなし、足首を刈り、肘打ちを叩き込む。「グワーッ!」ハイドラは再びコンクリートをなめた。「イヤーッ!」「アバーッ!」ルイナーがカラテをふるい、潰れたクローンヤクザの死体が飛んでくるのを躱しながら、スターゲイザーは呟く。「こいつらの狙いは何だ」

「それは……」パスファインダーは答えようとする。「イヤーッ!」「アバーッ!」ルイナーがカラテをふるい、またしてもヤクザの死体が飛んでくる。閉口した様子でスターゲイザーはこれを弾き飛ばす。その目が見開かれる。腹這いのハイドラが彼の足首を掴んでいる。

「イヤーッ!」「グワーッ!」スターゲイザーはハイドラの手首を踏みちぎった。「ゲコーッ!」蛙がスターゲイザーに舌を伸ばす。クローンヤクザはあっという間に数を減らされている!「イヤーッ!」パスファインダーは舌を蹴って捕食を阻止!「イヤーッ!」「アバーッ!」三度飛び来るヤクザ死体!

「イヤーッ!」スターゲイザーはこれを弾き飛ばす。その陰からルイナーが飛び出した。身を低くして驚くべき速度で接近してきていたのだ。パスファインダーが咄嗟にインターラプトしようとするが、蛙の舌が再度襲い掛かる。スターゲイザーはルイナーに蹴りを繰り出した。「イヤーッ!」

 ルイナーは右手で蹴り足をそらし、スターゲイザーのワン・インチ距離に立つ!「イヤーッ!」スターゲイザーが断頭チョップを繰り出す!「イヤーッ!」ルイナーは左手で受ける!そして右掌を脇腹に打ち込む!スターゲイザーの防御が崩れる。ハイドラ!ちぎれた手を再生し、足を引っ張ったのだ!

 掌がスターゲイザーの脇腹にめり込む。ルイナーは軸足に力を込める。コンクリートに亀裂が走り、おお、ナムサン!掌打はスターゲイザーの脇腹から胴体まで、抉るようにめり込み、破壊する!「イイヤアーッ!」「グワーッ!」だがパスファインダーは上長の窮地を無視!フロッグマンに向かう!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」蛙の上ではフロッグマンとチリングブレードのチョーチョー・ハッシ・ラリーが続く。「ゲコーッ!」蛙はパスファインダーめがけ舌を飛ばす!「離れろ!チリングブレード=サン!」パスファインダーは叫び、腕で舌を受ける!「イヤーッ!」

「グワーッ!」フロッグマンの天地が逆転した。舌だ。ナムサン!パスファインダーは捕食される寸前に舌を両手で掴み、勢いをつけてイポン背負いめいて投げ飛ばしたのだ。ワザマエ!そしてフロッグマンは蛙ごとコンクリートに叩きつけられた!「グワーッ!」「あぶねえ!」チリングブレードが着地!

「バイオ生物ごときにニンジャを攻撃させようなど、慢心の極み」パスファインダーは悶絶するフロッグマンに言い放った。「カラテだぞ!」「オゴーッ!」フロッグマンは蛙をボール状に収縮させながら転がり離れようとする。「やらいでかーッ!」チリングブレードがコリ・ケンを振り上げ、追う!

「イヤーッ!」「グワーッ!」一方、スターゲイザーはルイナーの右肩にチョップを振り下ろしていた!ルイナーは強烈なカラテを受けて膝をつきそうになる。いびつに裂けたスターゲイザーの脇腹と胴体は見る見るうちに元通り再生してゆく。チューブ類とプロテクターすらも元通りに!コワイ!

 ルイナーの右肩から血が噴き出す。生きた包帯じみた鉄条網が相互に浸食し、縫合する。スターゲイザーはもう一度チョップ手を振り上げる。ルイナーがうなだれる。力尽きたか。否!「イヤーッ!」「グワーッ!」ルイナーはスターゲイザーにタックルをかけた!

 ハイドラはしぶとくスターゲイザーの足を掴んだままだ!「グワーッ!」スターゲイザーは仰向けに倒れる。ルイナーがマウントを取り、殴りつける!左拳!「イヤーッ!」「グワーッ!」「行け!」彼はハイドラに向かって叫んだ。ハイドラは地面を殴って身を起こし、走り出す。目指すはアンテナ車両!

「イヤーッ!」ルイナーはさらにスターゲイザーを殴りつけようとする。「イヤーッ!」スターゲイザーの手がルイナーの顎先を掴み返し、強引に妨害!ナムサン!体格差だ!「イヤーッ!」「グワーッ!」ルイナーを跳ね除け、スターゲイザーが起き上がる!「お前のカラテは強いが、俺は無敵だ」

「ンなこたァわかってる」ルイナーは血の唾を吐き捨て、地を蹴った。「相撲しようぜ!イヤーッ!」「イヤーッ!」スターゲイザーは蹴りを繰り出し、タックルを阻止しようとする。ルイナーは横に転がって躱し、再度タックルをかけ、組み付くことに成功した。「ヌウーッ!」そして走るはハイドラ!

「ザッケンナコラー!」「スッゾコラー!」アサルトライフルを構えて立ちはだかるクローンヤクザを素早く倒し、ハイドラはアンテナ車両へ近づく。作戦目標!妨害電波発生装置だ!「イヤーッ!」白装束のニンジャが立ちはだかる!「ドーモ。フロストデビルです」「ドーモ。ハイドラです」

 オジギ終了からコンマ1秒、ハイドラは飛びかかった。「イヤーッ!」フロストデビルは恐るべきコリ・テイを繰り出す。コリ・テイは掌から絶対零度付近の凍気を放つワザだ。「グワーッ!」ハイドラは空中で凍りついた。その足から腰にかけて白く凍ってゆく!フロストデビルは第二射を構える!

「イヤーッ!」ハイドラは上半身をプロペラめいて捩じった。そして自ら凍った下半身を引きちぎった!落下しながらハイドラは切断面から新たな下半身を生やし、着地した。フロストデビルは驚愕に目を見開き、対応しようと焦った。「イヤーッ!」ハイドラが跳ねた。飛び膝蹴りだ!「グワーッ!」

 フロストデビルは受け身を取れず倒れる。死んではいない?カイシャクする時間は無し!「イヤーッ!」ハイドラは車両の装甲ドアを蹴り壊し、車内に突入した。「アイエエエエ!」「アイエエエ!?」妨害電波エンジニアが悲鳴を上げた。ハイドラの赤色LEDめいた目が怒りに燃えた!「イヤーッ!」


◆◆◆


 固唾を飲んでネザークイーンとシルバーキーが見守る中、UNIXモニタのステータス表示と監視カメラ映像に変化が現れた。ザリザリ。最初にノイズがあった。「待って。今」ネザークイーンが呟いた。エンジニアは緊張の面持ちでキーをタイプした。オフラインを示す赤のランプが唐突に緑に変わった。

「赤が緑になった!」シルバーキーが言った。「ゴウランガ……」ネザークイーンが呻くように言った。すさまじい速度で画面上のウサギとカエルが荷物の受け渡しアニメーションを開始した。オンラインである!「やったのか」とシルバーキー。「繋いで!外に!」ネザークイーンが言った。「外に!」

「ザリザリザリ……こちらメガヘルツ……ザリザリ」「来た!」エンジニアが叫んだ。ネザークイーンは拳を握った。「繋いで!これで奴らには好き勝手させないわよ……できるもんですか!」「入場要請です!」別のエンジニアが知らせた。エントランスの映像に映る人影は!「ディスカバリー=サン!」

 ネザークイーンは更に勢い込んだ。「二つ!二つとも行ったわね!」「知らせがさらに!」エンジニアが追加した。「榴弾ユニットの破壊が成功!ヤモト=サンです!」「ゴウランガ!ゴウランガ!」ネザークイーンは叫び、シルバーキーを力強くハグした。「やったのよ!」「何より、何よりだ」

 ネザークイーンは管制室でグルグルと車椅子を動かした。「状況を確認しないと。詳細を。まずは目標達成。ここから反撃ののろしよ。皆を集めましょう」「そうだな。俺もなんでもするから……」「まずは壁の中の透明ヤクザどもを一層させるわよ!忙しくなるわ!フィルギア=サンを呼んで!」

「帰還した」いきなり入ってきたのはフォレスト・サワタリである。負傷している。従えているのはディスカバリーだ。「スーサイド=サンは?まだか。そうか。我々は別々に奴らの手を逃れて来た。奴もじきに……何だ?」フォレストはシルバーキーを睨んだ。「ドーモ。……シルバーキーです」

「シルバーキー……?」「説明するわ。これから」ネザークイーンはフォレストを見た。「ブリーフィングしましょう。一気呵成よ。ここから、始まるのよ。目にもの見せてやろうじゃないの!」応えるように、レディオ音声がスピーカーから流れ出した。そして時同じく、上空を戦闘機が音速で横切った。

 ニチョームの遥か上を通過した際、天下紋を施された戦闘機から一人のニンジャが飛び降りた。真鍮色の装束を着、巨大なオベリスク槍を携えたニンジャだった。彼の名はドラゴンベイン。オベリスク槍の名はツラナイテタオス。槍の直下にはヤグラ337ビルディング……アナイアレイター。


4

 四角錐の槍頭その長さ7フィート。柄の長さ3フィート。槍頭に彫り込まれたルーンカタカナ、ツラナイテタオス。敵を貫き倒す事を定義する強力な呪文だ。ドラゴンベインはこの恐るべき大業物を構え、垂直に落ちてゆく。豹頭を意匠したフルメンポ。彼は対象を見る。排除すべき相手。ニンジャソウルを。

 ドラゴンベインは己に憑いたソウルの名を知らぬ。そう高位の者でもあるまい。ドラゴンベインは己の魂の奥底の激しい恐怖を認識している。直下、ヤグラ337ビルに在り、ニチョームの隔壁を覆う鉄条網を形成したアーチニンジャの存在への畏怖を。ドラゴンベイン自身にとって、それは便利な道標だ。

 ドラゴンベインはまことの王に忠誠を誓った最初のニンジャであり、ゼウスの雷そのものである。アガメムノンが創り上げる新たな世界において、ドラゴンベインのごときニンジャの存在の余地があるか否か、彼自身にも定かではない。どうでもよい事である。彼は未来の安寧の為に生きてはいない。

 ただ敵を貫き、倒し、任務を果たす。それだけだ。敵がアーチニンジャの憑依者であろうと同じ事だ。鳥肌が立ち、直下の凶悪なニンジャソウルが殺意を察知したのがわかる。遅い。「イヤーッ!」ドラゴンベインは瞬時に己の垂直落下速度を急加速させた。そしてヤグラ337ビルディングの屋上を貫いた。


◆◆◆


「ドゥー、ドゥルール、ドゥールドゥー……」スターゲイザーは己が乗り来た異様な装甲トレーラーに背をもたせ、城塞の方角を見やった。上空を通過した戦闘機からドラゴンベインが落下し、加速し、ヤグラ337ビルディングの屋上瓦屋根を鉄条網ごと粉砕破壊し、厚い粉塵の雲が湧くのを見ていた。

「フーム。よし」スターゲイザーは頷いた。「まずは問題解決」隔壁を覆っていた鉄条網がほどけ、朽ちながら崩れてゆくさまを、彼のニンジャ視力は捉えた。彼はボキボキと首を鳴らし、目の前の乱戦を眺めやった。「片づけられそうか?」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 装甲車から装甲車、ジグザグに走る影が見え隠れし、コリ・ニンジャの者らと襲撃者がかわすカラテシャウトは徐々に遠ざかりつつある。ハイドラがアンテナ車両の装置を破壊した事を合図に、ルイナーとフロッグマンは応戦を拒否、撤退に転じた。事態は多少うまくない。逃がさず潰しておきたいところだ。

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「やれやれ」スターゲイザーは閉口し、イクサの方向に動き出す。「グワーッ!」弾き飛ばされたニンジャが装甲車に叩きつけられてバウンドし、コンクリートを転がる。フロッグマンだ。スターゲイザーはそちらに向かった。

「クソッ……」フロッグマンは頭を振って身を起こし、走り出そうとする。スターゲイザーは退路を塞いだ。「相手をしてやる。俺のオペレイションそのものは順調だが、本営をこうまでファックされては、あまりうまくない」「強がってやがる」フロッグマンは血混じりの唾を吐いた。「俺らの勝ちだ」

「お前らはよくやった。数秒前までは」スターゲイザーは頷いた。「イヤーッ!」フロッグマンが跳ねた。そしてマキモノを繰り出す。「イヤーッ!」「グワーッ!」フロッグマンは身体をくの字に曲げて吹き飛び、再び装甲車に叩きつけられた。「グワーッ!」「うむ」スターゲイザーは蹴り足を戻した。

「お手を煩わせまして!逃げ足ばかり速いウサギ野郎どもだ!」チリングブレードがコリ・ケンを打ち振り、フロッグマンの背後に現れた。ナムサン!ビトゥイーン・タイガー・アンド・バッファロー!「だが勝負はついてしまったかな」スターゲイザーは続けた。「お前らの守りの要が今、陥ちた」

「そうか」フロッグマンは懐に手を入れた。「俺らをナメるなよ」スターゲイザーはその動きを見咎めた。「バクチクの類いか?無駄だ」「何ッ!?」カイシャクの剣を振り上げていたチリングブレードが狼狽した。「それが花火だろうがニュークだろうが、俺には効かん」スターゲイザーは平然と言った。

「なら焼け野原の中心でテメェ一人ぼんやり立ってるがいい」フロッグマンは肘先大の不穏な金属シリンダーを取り出した。ナムサン!ガラス部から透けて見えるのは発光するおそらく非常に危険な爆発物か!「ヤメロ!イヤーッ!」チリングブレードが剣を振り下ろす!フロッグマンは転がって回避!

「アディオス!」フロッグマンは起爆装置を!「マッタ!」そのとき、上空から斜めに飛来した鳥影が危険爆発シリンダー物の上に着地した!「俺もこいつらと同意見だぜ、フロッグマン=サン。死ぬのは勝手だが、ちょっと非効率っつうか、無駄っつうか……あまり打撃にならないんじゃないかな……」

「鳥!イヤーッ!」チリングブレードがコリ・ケンで攻撃!「ホーッ!」フクロウは飛び立ち、これを回避!「なんて事をしやがる!ヒヒヒヒ!貴重な動物だぞォ……」変身が解け、フクロウは人間の姿を取る。「ありゃ、貴重じゃなくなっちまった」「フィルギア=サン」フロッグマンが呻いた。

「ローカルLANの通信が生き返った。でも、こッからが忙しい」フィルギアは言った。「壁、見えるか?スターゲイザー=サンの言ってる事はブラフじゃないだろな……だから、なるべく壁の外の奴らを内側に戻したい。アンタもだよ。だからさ」そのシルエットが武骨に膨れ上がる!梟頭、翼、爪!

「だからさァ!こんな連中は、俺がメチャクチャやっちまうからさァ!」怪物的梟頭が吠え叫んだ!「ひとまず、頼んだぜェー!」「イヤーッ!」チリングブレードが斬りかかる!「イヤーッ!」「グワーッ!」腹部に強打!チリングブレードが吹き飛ぶ!「イヤーッ!」スターゲイザーが踏み込む!

 右拳!左拳!さらに右!右!左!ミニマル木人拳めいたショート・カラテ・ワークだ!「フウーム」スターゲイザーはかすかに目を見開く。拮抗?否!その拳の速度が徐々に速まる。彼はフィルギアのカラテをはかっているのだ!「畜生め!」フロッグマンは状況判断し、振り返ることなく走り逃れる!

「どこまで不死身なんだ!アンタ!」殴りながら梟頭が問う。スターゲイザーは答えた「どこまでもだ」「嘘だね!」「イヤーッ!」「グワーッ!」頭突きが梟頭を直撃!「イヤーッ!」怯んだところに膝蹴り!「グワーッ!」「イヤーッ!」首筋にチョップ!「グワーッ!」ケリ・キック!「グワーッ!」

「取ったりィー!」吹き飛ぶフィルギアをチリングブレードは真っ二つにせんとす!「イヤーッ!」フィルギアは空中で回転、ボールめいて一瞬丸まり、勢いをつけて、鞭めいた後ろ蹴りをチリングブレードの顔面に叩き込んだ!「グワーッ!」チリングブレードは吹き飛び装甲車に衝突!「グワーッ!」

「AAAAARGH!」フィルギアは背中の翼を大きく展開し、数度強く羽ばたいた。風圧の中、スターゲイザーはカラテを構え直し、この怪物に正対する。「なんだ!こいつは!」参戦したフロストデビルが呻く。ハイドラを見失い、ケジメ覚悟で戻ってきたのだ。そしてパスファインダーも戻った!

「見ての通りの陽動だ」スターゲイザーは言った。「俺が潰す。相手にするな。パスファインダー=サン、引き続き指揮を取れ。壁の防備が剥がれ、我がオナタカミ戦力が投入可能。メディア報道に注意せよ。粛々とやれ」「ハイヨロコンデー!」「化け物退治だ、ハハハ……イヤーッ!」「イヤーッ!」


◆◆◆


 鉄条網が傷口を縫合しようともがく。無益だ。アナイアレイターの左肩、左腕、左腿はごっそりと失われていた。粉塵で満たされたヤグラ337展望部。多量の血と重金属を撒き散らしながら、たたらを踏み、弱々しく明滅する金色の眼で、稲妻めいた速度のアンブッシュを仕掛けた敵を捉えようとした。

 落下と共に一撃くわえたのち、ドラゴンベインは回転跳躍で距離を取り、大業物ツラナイテタオスを背負い、左手左膝右足の三点で着地した。フルメンポの奥で古強者英雄めいた眼光がギラリと閃いた。勇気、決断、油断の無さ、無慈悲を兼ね備えた戦士の眼だ。「アバッ……」アナイアレイターが震える。

 致命傷であることは間違いない。だがドラゴンベインはそもそもアナイアレイターを一撃で槍の染みに変えるつもりであったのだ。死に際のアーチニンジャ憑依者がいかなる悪あがきに出るか知れたものでなく、慎重なザンシンを必要とした。「アバッ」鉄条網が露出した肋骨に巻き付き、断裂面を這う。

 アナイアレイターの足元から展望部の床の四方八方に伸びていた鉄条網が崩れながら収縮する。本体の命を繋ごうとしているのだろう。それらは見る間に乾き、散ってゆく。展望部の端から外を見渡せば、おそらくニチョームの隔壁を覆っていた攻性の鉄条網防備が衰えてゆく瞬間を目にできるはずだ。

「ヤン……ナルネ……」人ならぬ声がアナイアレイターの口から発せられた。「卑しきニンジャ……下がりおれ……我はフマー・ニンジャなり……三界にその名轟かせ……アバッ……かような……」「滅びよ、闇の獣め」ドラゴンベインが言った。アナイアレイターは後ろに倒れかかり、踏みとどまる。

「イヤーッ!」ドラゴンベインはスリケンを投げた。「アバーッ!」アナイアレイターはよろめく。効きが悪い。ドラゴンベインの知らぬ事だが、フマー・ニンジャ、すなわちマスタースリケンなのだ。「シューッ……」ドラゴンベインはアフリカのアセガイ投擲者めいてツラナイテタオスを構えた。

「イヤーッ!」そして、投げた!ナムサン!ツラナイテタオスは投げ槍である!槍の柄から伸びる長い鎖は投擲者の手首と繋がっており、巨大質量投擲で敵を粉砕したのち、鎖を引いて手元に戻す、まさにニンジャにのみ使用が許される武器だ!だがその時、ドラゴンベインの右踵は削げて飛んだ!

「アバーッ!」アナイアレイターの身体をツラナイテタオスがかすめた。引き裂かれた巨体は吹き飛び、ガラスの爆ぜた窓から零れるようにして塔外へ転落した。ドラゴンベインはバランスを崩しながら、粉塵の中、アンブッシュ者を見極めんとする。その者は低く床に伏せている。その手にククリナイフ。

 ドラゴンベインは瞬時に状況判断した。右足の負傷は軽くはなさそうだった。ツラナイテタオスを引き戻す力を得られるか?彼は迷わず手首のリングを脱落させた。ツラナイテタオスは失われた。「イヤーッ!」ドラゴンベインはカワラ割りを打ち下ろす。「イヤーッ!」アンブッシュ者は転がって回避!

 転がって躱しながら、その者はドラゴンベインの手首をナイフで裂きにいく。手甲がこれを防いだ。ドラゴンベインもまた床を横へ転がり、ひとまずの間合いを取る。粉塵が空へ逃れて薄れるにつれ、敵の姿が明らかになる。メンポをせず、顔には迷彩ペイント。「ドーモ。フォレスト・サワタリです」

「ドーモ。ドラゴンベインです」「司令部へ単騎突入とは、後先かえりみぬヤバレカバレのイクサよ。我が軍の勝利は近いと見える」フォレストはブツブツと呟く。「サイゴン・ロアはお前の踵を奪った。そう容易くは動けぬぞ。ジャングルはお前を呑み込み、暗い沼の底に捕えて逃す事はない……」

「ブリキの城の守りは剥がれた」ドラゴンベインは無感情に言った。「サラバだ」「サイゴン!」フォレストはナイフを投擲!「イヤーッ!」ドラゴンベインは側転回避!「サイゴン!」フォレストはマチェーテを投擲!「イヤーッ!」ドラゴンベインは連続側転回避!「サイゴン!」「イヤーッ!」

 その逃げ足は負傷ゆえに十分ではない!フォレストは床を蹴り、新たなマチェーテを引き抜きながら一気に間合いを詰める。「サイゴン!」「イヤーッ!」ドラゴンベインはフリップジャンプを繰り出し、展望部から脱出!フォレストはなおも追う!しかしここでIRC通信が入った!『通信が戻ったわ!』

 ナムサン!別働隊がミッションを成功させたのだ。フォレストは展望部の淵まで走り、屋上から屋上へぎこちなく跳びわたるドラゴンベインを見た。『深追いはしないで!状況がマズい事に……』「視認できる」フォレストは通信に応えた。彼は鉄条網の失われた隔壁と……突破される南北のゲートを見た。

 ストコココピロペペー。パーオウー。展望部、破壊された調度に混じったディジタル時計が液晶表示を光らせ、緊張感に欠ける時報を鳴らした。フォレストは身を翻した。10101600。『望みはまだ……望みは……繋がないと』ネザークイーンの通信に、フォレストは答えを返さなかった。


◆◆◆


「壁が!」ヤモトは目を見張った。然り、それはニチョームの反撃を支えた鉄条網壁が無力化される瞬間であった。セントールの背に立つ彼女は頭を巡らせ、粉塵を噴き上げるヤグラ337ビルディングをもう一度見た。ジツの主……アナイアレイターの身に何かが起こったのだ。 

「ニイイーッ!」セントールが嘶き、前足を高く上げた。透明ヤクザがバリケードじみて前方に集まっていることを、その嗅覚でかろうじて察知したのだ。「「ザッケンナコラー!」」透明ヤクザはセントールとヤモトめがけ、サイレンサー付きチャカ・ガンの一斉射撃を行う。「ニイイーッ!」

 セントールはサスマタを風車めいて動かし、ヤクザサイレンサー銃弾を弾き返す。しかし防ぎきれるものではない!数発がその巨体をかすめ、バイオ血液が散る。ヤモトは放物線を描くサクラ・エンハンスト・オリガミ弾を撃ち返した。「「「グワーッ!」」」透明ヤクザが爆発を受けて姿を現し、倒れる!

「ありがとう」ヤモトは呟く。セントールは彼女への銃弾をも防いだ。その言葉無き行動には、共に戦う者に対するリスペクトが感じられた。過酷なこのイクサの中で、その感覚は想像以上にヤモトの気力を支えた。「スッゾオラー!」生存透明ヤクザが第二射を構える。「イヤーッ!」「グワーッ!」

 付近の雑居ビルから落下してきたファーリーマンがヤクザの頭上から襲い掛かり、素早いボー・カラテで生き残りにトドメをさした。「ニイイーッ!」セントールは地を蹴り、再び走り出す。「イヤーッ!」ファーリーマンは巨大な毛玉めいて回転ジャンプし、その脇腹にしがみついた。

 ZZOOOOOM……DDDDOOOOM……セントールの背で、ヤモトは遠く破滅的な地響きを聴く。「ゲート、破られた」脇腹にしがみつくファーリーマンが言った。「北と南、どちらも。棘の悪魔。倒されたか」その声音には隠しようのない苛立ちがある。彼はヤモトに対してもよそよそしいままだ。

 その時……ヤモトはIRC通信機の思いがけぬコールに驚き、懐から端末を取り出した。『通信が復帰したわ。グッドニュース』ネザークイーンだ。『アナイアレイター=サンがやられて壁の守りが失われた。見たかもしれないけど、ゲートも破られた。これがソー・バッド・ニュース』「……見えた」

「ニイイーッ!」セントールは塀を蹴るようにしてカーブを曲がった。『希望的観測で伝える事はしない。アナイアレイター=サンは回収済。治療を試みてはいるけど、厳しい。LAN通信が復帰したのは大きい。ワカル?内部に限られたネットワークだけど、これを生かさない手はないわ』「うん」

『ドーモ。こちらはフォレスト・サワタリ』別のアカウントがグリートした。「ドーモ」『北ゲートからオナタカミを主力とするアマクダリ軍。南ゲートからヨロシサン製薬が入ってくる。まずは防衛拠点に加勢せよ』「わかった」『正念場だ』「うん」ヤモトは頷いた。「皆を守る。敵を倒す!」

『ファーリーマン!』フォレストは付け加えた。セントールのわき腹にしがみつくファーリーマンは己の通信端末を耳に当てる。「モシモシ」『通信が復活し、立体的な連携が可能となった。ミッションを遂行するには互いの信頼が……これまで以上に必要不可欠だ』「……」『頼む』「アイ・アイ・サー」

「ニイイーッ!」セントールのギャロップは第二拠点を前方に!廃バー「粋桃」、バリケードで守られたこの場所では、キリシマをはじめとする非ニンジャのニチョーム自治会メンバーと、もはやアマクダリに居場所の無いディクテイターが押し寄せる透明ヤクザに対して決死の防衛網を敷いている。

『モシモシ!フロッグマンです。壁内に帰還した』『モシモシ。こちらはルイナー。やられたか、アナイアレイター』更にIRCに反応あり。『ハイドラです。今、戻っている』『モシモシ。フィルギアです。ちょっとカラテが忙しいんで、このままニンジャを連れてネオカブキチョに散歩に行く』

『モシモシ、キリシマです』『限界だ。助けてくれ』ディクテイターのアカウントが割り込んだ。『人生は終わった』「見えた!」ヤモトは叫んだ。粋桃!だが、ナムサン!赤レンガの壁に胸の悪くなるようなありさまで張り付くムカデじみた多脚の巨大なマシンが、今まさに装甲窓を蹂躙にかかっていた!

 寄生虫じみた扁平奇怪なフォルムのそれはオナタカミの誇る殺戮多脚戦車NT-80、機体名シデムシ、ゲートが破られてまださほど時間も経っていないというのに、こうまで早く!「ザッケンナコラー!」「スッゾオラー!」透明ヤクザの包囲までも!「イヤーッ!」ヤモトはセントールの背から跳んだ!

 BRRRRTTTT!シデムシ尾部のミニガンが、跳躍したヤモトを火線で追う。寄生虫の背では恐るべき「死」のショドーがLED発光!BRRRRTTTTT……BRATATATATATA!嵐のごとき執拗な銃弾!ヤモトの跳躍速度をUNIX計算し、一秒後の座標を予測して撃ち込まれる!

「マモレ!」ヤモトが叫ぶと、フクスケ型に折られたオリガミが面展開して火線との間にバリアを張った。KBAMBAMBAMBAM!桜色の火花が散る!だが到底それで防ぎきれるものでもなし!「イィーヤヤヤヤ!」ヤモトは二刀を激しく振って銃弾を斬ってゆく。防ぎきれぬ!銃弾が一つ!二つ!

 地上では既にセントールが透明ヤクザの群れにアサルトし、サスマタをめったやたらに突き込んで蹴散らしにかかる。ヤクザは透明であるがゆえに当然倒し漏らしが多数!それらがチャカ・ガンで応戦!「「「スッゾー!」」」粋桃の装甲窓の隙間から散弾銃が顔を出し、その一人を撃ち殺すが焼け石に水!

「ンアーッ!」ヤモトは着地際でさらに被弾。己を強いて再跳躍!だが執拗なミニガン掃射が照準を外す事は無し!BRATATATATATA……「イヤーッ!」そこへ跳び割って入るニンジャあり!ファーリーマンである!「イィーヤヤヤヤヤ!」ボーを打ち振り、ヤモトを襲う銃弾を弾き返してゆく!

 与えられた一瞬の猶予を空中のヤモトは逃さなかった。「行け!」オリガミが二機旋回し、シデムシのミニガンに命中した。KBAM!「イヤーッ!」さらにファーリーマンがボーを投擲!シデムシの尾部を赤レンガに串刺しにする!「「スッゾオラー!グワーッ!」」セントールが透明ヤクザを蹴散らす!

「ブブザザザ」奇怪な駆動音を発し、シデムシが痙攣する。無数の鎌めいた脚部がてんでに動くさまはまさにジゴク・クリーチャーだ。ヤモトは進行方向にオリガミを飛ばし、それを蹴って方向転換した。「イヤーッ!」逆手に持ち替えたナンバンを、シデムシの関節部に突き刺す!ゴウランガ!

「ハイーッ!」更にファーリーマンが同様にオリガミを蹴って方向転換!シデムシの尾部に突き刺さったボーの上に回転着地、強力な重みをかける!テコの原理がシデムシ尾部を引き裂く!ゴウランガ!シデムシは極めて不快な腹部を見せながら壁から剥がれ、地面に頭部を叩きつけた。ナムアミダブツ!

「ハアーッ……ハアーッ……!」地上へ飛び降りたヤモトは額の汗を拭い、カラテを構え直す。透明ヤクザの足音が何重にも近づいてくる。ファーリーマンが背中合わせに立ち、ボーを構える。「カラテ」ヤモトは呟いた。銃弾の傷は浅くない。そして多脚戦車の忌まわしい駆動音が新たに近づいてくる。

 路地裏からぬうとその頭部を現し、「死」のLEDを光らせる新たなシデムシのシルエットは、絶望そのものである。「「「「スッゾオラー!」」」」新たに押し寄せた透明ヤクザウェーブがチャカを構える音をヤモトのニンジャ聴力は捉える。彼女は己に言い聞かせる。諦めるな。カラテだ。倒す。守る。

「ブブザザザ」傍らで、先ほどのシデムシが痙攣した。それはヤモト達の無益な努力を嘲笑うようであった。ヤモトは歯を食いしばった。その時、「「「「アバーッ!」」」」周囲の空間を多重絶叫が満たした。おびただしいヤクザ達が先を争うように地に倒れ、悶絶した。シデムシとて例外ではなかった。

「何だ?」ファーリーマンが呻いた。「何が起きた。娘」ヤモトは首を振る。疑問に答えるように、「粋桃」の屋根に新たなニンジャが着地した。ヤモトは目を見開いた。鈍色の装束を着たそのニンジャに見覚えがあるような気がした。ニンジャは彼らを見下ろした。「俺だ!間に合ったか!?」

「何者だ」ファーリーマンがボーの先を向けた。「アア?話行ってないか?まあ、通信戻ったのはさっきだしな……」鈍色のニンジャは多少不満そうに呟き、アイサツした。「ドーモ。シルバーキーです」『彼は味方よ』ネザークイーンがIRCで発言した。『ついさっきヤグラ337に来て……』

「色々あったンだ」シルバーキーは言った。「正直あンたらに貸しも借りもねえような、あるような、わからねえが……」彼は倒れたクローンヤクザ、機能停止し痙攣するシデムシ二機を見渡した。「とにかく、アマクダリ・セクトの連中とは個人的にも相当やりあってンだ。宜しく頼むぜ」

 それ以上言葉を交わす事を許さぬがごとく、低空を数機のUAVが飛行してきた。もはやオナタカミ戦力はニチョーム市街を制圧にかかっているのだ。ヤモト達は身構えた。「来やがったな」シルバーキーはこめかみに指を当てた。「俺のジツがどこまで届くか……イヤーッ!」「「グワーッ!」」

 ハイタカ達はヤクザ音声で絶叫し、次々に墜落した。シルバーキーは顔をしかめた。「ムカデもラジコンも同じ脳を入れてンだな。胸糞悪りィ事しやがって……アア?」ZZDOOOM……轟音と地鳴りに彼は怯んだ。粋桃屋上から北方角を見やる。目に入ったのは、建物並に大きい水晶巨人の破壊光景だ!

「何だ、ありゃァ?」シルバーキーは片手をひさしに、遠く、巨大な拳でコンクリートを粉砕破壊しながらヤグラ337を目指す水晶巨人を見た。『ニンジャね』監視カメラを注視するネザークイーンが言った。『中にニンジャが閉じ込められてる……いえ、入って操っている』「ヤバイんじゃねえか……」

『向かえ、ファーリーマン!セントール!』フォレストが指示した。『北方戦線は現時点ではサブジュゲイターの危険が薄い。存分に戦え。ヤモト=サンらにその地点の防衛を暫定的に任せ、貴様らはあの戦車部隊を排除するのだ』「アイ、アイ、サー」「ニイイーッ」

 ファーリーマンはひらりとセントールの背に上った。去り際、厳めしい賢人じみた目でヤモトを一瞥した。彼はヤモトに頷いた。ヤモトは頷き返した。「ニイイーッ!」セントールが地を蹴り、水晶巨人の方角へ走り出した。


◆◆◆


「……で、ディスカバリー=サンがニチョーム全体のヨロシDNA存在を、こう、スキャンしてだな」シルバーキーは椅子に腰かけ、オニギリを頬張りながら、立て籠もっていた自治会の面々に説明を続ける。「俺が向かって、ジツで潰す。ひとまずそれを続けていけば、クローンヤクザどもは一掃できる」

「バカめ……そううまく行くわけがない」ディクテイターが部屋の隅で陰気に呟いた。「アマクダリは甘くない……雑魚どもを何万匹潰そうが、精鋭のニンジャ数人を排除できねば、我々は終わりだ。そして実際終わりなのだ。アマクダリは俺を見限った。終わりだ」「なんかおもしれえな。そのオッサン」

「スターゲイザー=サンはアマクダリ最重鎮の一人」ディクテイターは言った。「彼自らが前線に現れ、あまつさえ英雄ドラゴンベイン=サンが直々に……アナイアレイターは敗れた、当然だ……勝てる要素が何一つない。降伏も許されまい」「傷はどうだ」包帯をヤモトに巻きながらキリシマが問う。

「ニンジャだから平気」ヤモトは答えた。「ずっと戦える」「無理をしたらずっと戦えねえんだ」キリシマは言った。ヤモトは頷いた。「しないよ」「なんでヤクザが透明なのかって考えるとさ」シルバーキーは言った。「透明なヤクザをイチから大量に作る?ねえよな。おおかた、ジツを使う黒幕がいる」

「アンタ心当たりないか」キリシマがディクテイターに問うた。ディクテイターは首を振った。「アマクダリ内部の情報は実際断片化されている。俺のように組織に重用された存在であっても全貌は掴めない。だから終わりなのだ。むしろこれは悪夢だ。俺はずっと悪い夢を見ている」「ヨロシサンかもな」

「せめてヤクザが見えるようになりゃあよ」テガタが散弾銃に弾を込めながら言った。「俺らももっと動ける」「俺は身体を取り戻して、ぶっつけ本番……こっちの話さ……だから実際どこまでやれるのか自信は無いが」シルバーキーが言った。「だけど、他の皆よりは透明野郎の大本を見つけ易いと思う」

「直接ブッ叩くッてか」「そう」シルバーキーはチャでオニギリを流し込み、立ち上がった。「ありがとう。本物の飯は良い」「アンタ、カラテは?」キリシマがシルバーキーを見た。「つまり、ニンジャとしてどんぐらいだ」「下だな」シルバーキーは答えた。「見ろ。終わりなのだ」とディクテイター。

「じゃあ、アタイも一緒に行く」応急処置を終えたヤモトが立ち上がった。ディクテイターは狼狽した。「そんな事でここの守りは!いかんぞ!」「行って来い。奴らの攻めには波がある。ここはしばらく平気だろ」テガタがヤモトに頷いた。「通信も戻った。ヤバくなりゃ誰かに来てもらうさ」

「おしまいだ。各個撃破の運命が待つ」ディクテイターは頭を抱えた。「やいオッサン!いい加減シャキッとしろ!」シルバーキーは一喝した。「アンタもニンジャなんだろが。しかも俺ら以上にアンタ、後がねえンだろうが。裏切り者扱いなんだろ?」「……」「しっかり頼むぜ!多少頼らせてくれよ!」

『交戦を開始する』ファーリーマンからの通信だ。あの水晶巨人のもとへ到達したのだ。速い!「あっちも始まった。そんじゃ、行こうぜヤモト=サン」シルバーキーは鉄扉を押し開ける。ヤモトが二刀を背負い、後に続く。去り際、シルバーキーはもう一度振り返った。「じゃあ、わかったな!アンタ!」


5

「アカチャン!オッキクネ」「前線慰問キャンペーン!」「ここでドン!……凄い」「ネオサイタマの貴方。今すぐキャッシュを」「金塊をくれるんですか?」激しい広告音声が縦横に飛び交い、いまだ日の高いうちからネオン看板は薄汚れた空に蛍光色のバックライトを照射、雑踏密度は増す一方。

 ここはネオカブキチョ、大通りを幾つか経た先は恐るべきニチョーム隔壁であるが、そこで進行中の激しい攻防は不気味なほどに見えてこない。立ち並ぶ密集ビルディングと大音量の環境音とスモッグのせいだ。「終末が近い!」辻説法のプリーストが護符を高く掲げた。「とにかくダメなのだ!」

「アイツ先週は学会で発表された催奇形性化学物質でネオサイタマがおしまいだとか言って無かった?」「今週は僧侶だな」フードを被った市民がプリーストを指さして気楽に呟き合い、通り過ぎる。見慣れた日常光景だ。凶悪殺人鬼フジキド・ケンジのニュースも、結局のところ面白い報道娯楽なのだ。

「来週は何かな?」「そんな事より、お前の彼女……」KABOOOOM!「アイエエエエ!」大通り沿いで突如の爆発!周囲の市民が路上に打ち倒され、煙にむせる中、幾つもの不穏な旗が掲げられた。「一揆」「打毀」。「アイエエエ!?」「アイエエエ!」「打倒!」「進歩!」「革命!」「革命!」

 ナムサン!これは反体制テロリズム勢力、イッキ・ウチコワシの蜂起である!「革命!」「強制!」「進歩!」「行使!」それまで路上をうろうろと歩いていた市民の中から、革命ヘルメットを被る者が続々と現れ、手に手に発煙筒を焚きはじめた。「アイエエエ!」逃げ惑う市民!

 だがその騒ぎが拡大する事はない。数分のうちに路地裏から現れ出た黒くスクエアなシルエットの無人バイク。「市民。貴方がたの安全は迅速に確保されます」ギュイー……恐ろしげな駆動音を発し、無人バイクは人間型に変形した。「進歩……」「アイエッ!?」BRATATATATA!「アバーッ!」

「ワオ!どうなってるんだ」「爆発してる!」やや離れたシアター・ビルディングから出てきた市民達は騒ぎを遠くに見て飛び上がった。「何かちょっと今日は……」囁き合う市民の誰かが呟いた。この10月10日は何かが違っている。何も知らぬ彼らでさえ、嵐めいたアトモスフィアを感じるのだ。

「我々は引き続き戦う!」大通りの向かいでは別の活動家が便乗してスピーカーをONにした。「何かがとにかく……何か起きているぞ!」「市民。許可された特定のストリートで、なおかつ事前の申請が必要です。ここでのそうした行いは犯罪であり、処罰されます」「撃つなら撃てよ!」「連行します」

「ザッケンナコラー市民!」「アイエエエ!」バイク型ロボの両脇から走ってきた似た背格好のオナタカミ・トルーパーによって活動家は速やかに確保された。市民は眉を顰め、足早にその場を離れる。「スッゾ市民!ご協力ありがとうございます」トルーパーが頭を下げる。遠くではまた別の悲鳴だ。

「アイエエエ!」「ひったくりだぞ!」そして広告音声!「アカチャン?」「バリキドリンク・エクストリーム!規制緩和でバッチリ!有効成分が20倍!」見る者が見れば、ネオカブキチョは爆発寸前の火薬庫だ。そうした者ならば、路地裏から転がり出てきた傷ついたニンジャに気づいたかもしれない。

「アイエッ!化け物……」路地の前を通りがかった市民はその異様な存在を目の当たりにした途端に失禁しかかったが、すぐに見間違いとわかった。「痛ッてえ、ははは」服の埃を叩いて立ち上がったのは、なにもおかしなところのない一人の人間に過ぎない。「大丈夫ですか」「ええ。転ンじまってね」

「それは良かった……あれ?」市民は瞬きした。「いない」彼は訝しんだ。まず目にしたのは、梟人間とでも呼ぶべきありえない存在。よく見れば当然そんな事はなく、それは黒髪の男だった。だがそれすらも幻か。「アイエエ」追加の騒ぎに巻き込まれでもしたら、たまらない。彼は家路を急いだ。

 ……「ハァー……やれやれ」フィルギアは雑踏を縫うようにして大通りを渡る。後ろの路地を見やる。スターゲイザーは追って来ない。それはそうだ。あの異様な姿で大手を振って歩けば、たちまち極めて大勢の市民が急性NRS(ニンジャ・リアイリティ・ショック)症状に陥り、パニックが生ずる。

 その点フィルギアは無害なものだ。彼を疑う者はない。別の路地へ入り込み、水滴したたるパイプとパイプの狭間、消えかかりの「甲乙」のネオン看板を掲げたバーの階段を降りる。営業時間にはまだ早く、扉は締まっているが、彼はそれを無視した。「イヤーッ!」鍵を破壊し、エントリーした。

「お客さん!まだ始まって……アイエッ」カウンターで準備をしていた店主がフィルギアを見、即時失禁した。極めて恐るべき眼力に気圧されたのだ。「殺さないからさァ。奥に引っ込んでてくれるか」「アイエエエ!」店主が裏へ逃げると、フィルギアはフロアの中央まで歩き、入り口に向き直った。

「イヤーッ!」二秒後、回転ジャンプでエントリーしてきたニンジャをフィルギアは迎撃した。「イヤーッ!」彼の鉤爪はニンジャの首根を掴み、そのまま床に叩きつけた。SMAAASH!「グワーッ!」「イヤーッ!」頭を持ち上げ、再び叩きつけた。「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」再!

「ようこそ俺の店へ。嘘だ。俺も一見さんだよ。ちょうどいい場所があって良かったよ。ヒヒヒヒ」フィルギアはニンジャを見下ろした。「エート……デキュリオン=サンだっけ?」「オノレーッ!」敵ニンジャ、デキュリオンは拘束を脱しようともがいた。フィルギアの腕がミシミシと音を立て、阻む!

「アンタらのボスは陣営に戻った?賢明だよ。俺なんかと追いかけっこしてもダメだって」フィルギアは囁いた。「ヌウーッ!」デキュリオンはもがいた。「イヤーッ!」「グワーッ!」再!「わりィけど、何人か減らしたいんだ……しかも、死ぬのは嫌なんだ、俺……」「イヤーッ!」「グワーッ!」再!

 フィルギアの腕がミシミシと軋む。彼は咳き込んだ。「何発か、イイのもらっちまってさ。シャレにならねえ」「ヌウーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」再!「だけど俺、何でもするよ、何でもする……できるだけの事は。長く生きてンだ、俺は。アンタよりずっと長く!」「イヤーッ!」そこへ新手!

 エントリーしてきたのはフロストデビルだ!「追いつめたり!フィルギア=サン!」フロストデビルはカラテを構える。フィルギアはデキュリオンの頭を掴んだまま立ち上がった。痙攣するデキュリオンを盾に、フロストデビルと対峙する。 「ウカツ……フロストデビル=サン」デキュリオンが呻いた。

「そこまでだ。仲間の命は無いぜ」「カーッ!」フロストデビルは白く輝く霧を吐いた。体内で生成した超低温のガスがそのような自然現象を生み出す!ダイヤモンド・ダスト・ブレスだ!「ヒヒヒヒ……そりゃ躊躇しねえよな!」フィルギアの盾にされたデキュリオンが見る見る白く凍りついた!

「カーアアアアア!」フロストデビルは冷気を吐き続ける。今やこの地下バーは氷温貯蔵室と成り果て、調度類から氷柱が滴り始めた。パキパキと音を立て、グラス類が割れてゆく。「イヤーッ!」フィルギアはデキュリオンを投げつけた。「イヤーッ!」フロストデビルは殴って破砕!ナムアミダブツ!

 だがこのカラテ一打はフロストデビル自身に隙を生じる結果となった。フィルギアはこの隙を逃さぬ!「イヤーッ!」「グワーッ!」右鉤拳!「イヤーッ!」「グワーッ!」左鉤拳!「イヤーッ!」「グワーッ!」右鉤拳!フロストデビルのメンポがひしゃげる!「イヤーッ!」「アバーッ!サヨナラ!」

 フロストデビルは爆発四散し、その四散はきらめく氷によって彩られた。まるでそれは女王の葬送歌めいていた。「ハアーッ……ハアーッ……!」フィルギアは変身を再び解き、裏口へ向かう。階段を降りてくるのは恐らく三人目のアマクダリ・ニンジャだろう。これ以上立て続けに相手にするには……。 

 裏口付近にうずくまるのは凍死した店主の死体だ。「アーア」フィルギアは溜息をついた。それを跨ぎ越え、新たなニンジャ存在を背後に、彼は己を強いて走り出した。


◆◆◆


「そこ右、か?」「うん、行ける」「よし。じゃあ右だ。わりいな。土地勘がねえんだよ」シルバーキーはヤモトを伴い、狭い道を曲がった。近づくにつれ、徐々にニューロン存在の輪郭がくっきりしてくる。クローンヤクザだ。だがニューロン攻撃にはまだ遠い。走りながらシルバーキーは頭を押さえた。

「いや……ヤクザだけじゃねえ……例の黒幕かな……」彼はブツブツと呟いた。画一的なニューロン信号にまぎれて、違う脳波がある。違う脳波……「クソッ!」シルバーキーは足をもつれさせ、踏みとどまった。ヤモトは疾走にブレーキをかけて振り返った。「シルバーキー=サン」「わりィ」鼻血だ。

 近隣のユニーク脳波は一つではない。つまり、それが敵ニンジャであるとすれば、既に複数の敵が壁の中に入り込んできているという事だ。遠くからはマンモスが暴れ狂っているかのような轟音がここまで届いてくる。ヤグラ337ビルへ向かってきた例のガラスの巨人と、戦闘が開始されたのだろう。

 ここは南側、付近にニンジャがいるとすればヨロシサン。「大丈夫?」いつの間にかヤモトが目の前まで来ており、シルバーキーの腕を揺する。シルバーキーは我に返った。「キツい時はキツい」彼は正直に答えた。「俺の体に慣れきってないッてのもあるし。昔と違うしな。チューニングしたかったけど」

 彼は鼻血を拭った。「それより、カラテだ」「……」ヤモトの顔に緊張が走る。つまり、クローンヤクザだけでなく、「ニンジャが来るぞ!」シルバーキーは叫び、周囲を振り仰いだ。こめかみに指を当てる!「イヤーッ!」「「アバーッ!」」透明ヤクザ八体が虚空から現れ卒倒!そして!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」ヤモトは二刀を引き抜き、上からの落下斬撃を迎え撃った。「イアイド!」襲撃者は二刀をヤモトに叩きつけた。だが先があった。「クアドラプル・イアイド!」「ンアーッ!」ヤモトは斬撃を躱しきれず、落下して地に手をついた。「ハーッ!」襲撃者はやや離れた地点に着地!

「こいつじゃねえ……」シルバーキーは呻いた。「ドーモ。アサイラムです」襲撃者は先手を打ってアイサツした。「ドーモ。ヤモト・コキです」「シルバーキーです」アサイラムは身構えるヤモトに侮蔑的な目線を投げる。「ダブル・イアイドの使い手か。劣等なり」四本腕のニンジャにカラテが漲る!

「ザッケングワーッ!」虚空から数体の追加ヤクザが出現即悶絶転倒した。「アーッ!」シルバーキーは己の頭を何度か殴りつけた。「実際キリがねえ。早くコマンダーを潰さねえと……俺は持久戦向きのジツじゃねえや」「行こう」ヤモトが呟いた。「行かせるか」アサイラムが地を蹴る!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」「イヤーッ!」ヤモトはアサイラムの連続攻撃をいなしながら走り出す。「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」アサイラム、ヤモト、シルバーキーは並走を開始。アサイラムは四本の腕で続けざまに斬撃を繰り出す。圧倒的な手数。ヤモトは後手に回らざるを得ない。

「グワーッ!」ヤクザ達が虚空から出現即悶絶!「シルバーキーとやら……貴様がなにか……しているな!」アサイラムの眼がフルメンポの隙間からギラリと光った。「イヤーッ!」「イヤーッ!」ヤモトはアサイラムの斬撃を必死で防御する。アサイラムはヤモトよりもまずシルバーキーを狙うだろう。

「イヤーッ!」「イヤーッ!」ヤモトがカタナを打ち返す。直後、休ませていた別の腕が稲妻めいた斬撃を放った!「イアイド!」「グワーッ!」ナムサン!シルバーキーの腕部装束が裂けた。恐るべき事だが、イアイのタツジンは往々にしてこのように数十フィート離れた地点まで斬圧を届かせ物を斬る。

 KBAM!奥の建物の看板「カブキコラ」が斜めに裂けて落下した。今の斬撃はそこまで届いたのだ。シルバーキーは驚愕の目線を投げた。腕に傷は無い。文字通り皮一枚だ。ヤモトが激しい打ち込みでアサイラムの狙いを阻んでくれているのだ。まともにあれを受ければ真っ二つになるだろう!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ヤモトは防戦に徹する!「くッそ……どうする……どうする!俺がただの足手まといだ、これじゃ」シルバーキーはヤモトと並走しながら呟く。「このままじゃジリー・プアー……だけど……」「グワーッ!」虚空からヤクザが出現即悶絶!

 シルバーキーは鼻血を拭う。「邪魔でしょうがねえ……いや……そうか」何らかの天啓を得た彼は接近してくる新たな敵に集中した。果たして、現れたのは透明ヤクザではなかった。ハイタカだ!「イヤーッ!」シルバーキーは走りながら両手をこめかみに当てる。目から血!転びかかる!

「シルバーキー=サン!?」ヤモトには手を貸す余裕がない。「イヤーッ!」「イヤーッ!」せめてシルバーキーが斬られぬよう攻撃をそらす事に専念するばかりだ。その時!BRRRRTTTT!墜落しかかったハイタカは空中でバランスを取り戻し、マシンガンで攻撃した!アサイラムを!

「これは!」BRRRRTTTTT!オートマチック銃撃をアサイラムに集中させるハイタカ!アサイラムは二本の腕でヤモトに斬りつけながら、もう二本の腕を銃撃への防御にまわした。転びかかったシルバーキーが踏みとどまり、ヤモトに言った。「機械にやらせた!わりィ……ここ、任せていいか!」

「勿論!」ヤモトはシルバーキーを見ずに答える。「こいつは、アタイが倒す!」「小娘!大きく出たものだ!」アサイラムが獰猛に笑った。ハイタカはアサイラムへ断続的な銃撃を行う。もはやニューロン・リンクは切断されている。文字通り、機械的に、書き換えられた命令を反復しているだけだ。

 KBAM!合間を縫ったアサイラムのイアイ斬撃を受け、ハイタカは爆散した。「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ヤモトとアサイラムの攻撃応酬を後に、シルバーキーは全速で駆け出す。目の血を拭う。無茶をやった。彼は数年先、数十年先の己の心身への悪影響を想像した。

 だが、知った事か。彼は不安を振り捨てる。今は非常時だ。今日を生き延びられるかどうかの瀬戸際で、預金残高の類いを気にしても仕方ない。彼は再びこめかみに指を当てる。岡山県で夜空を見上げた時のように、彼の視界には光の粒が無数に見える。ニューロンの輝きが。幾つかの集合が。

 いわばそれらはクローンヤクザの銀河。そこにより輝きの強い星々が点在する。ニンジャだ。それらニンジャの中で、イクサの現場から遠ざかるように妙な動きをしている奴を……シルバーキーは更に集中を深める……よろめき、膝をつく……目当てのコマンダーを、「アアア!」地面を殴り、立ち上がる!

 そう悪い事でもない。彼は己を省み、不意に思った。そして口にも出した。「ああ。そう悪い事でもねえさ」彼は間違いなく今、熾烈な冒険の渦中にある。自分のはたらきと他者のはたらきが繋がり合い、生と死の狭間を揺れ動いている。ずっと昔、目の前で発作を起こして倒れた初老のサラリマンの記憶。

 そして彼はキョート城の暗黒の戦士達に思いを馳せる。イサオシに酔い、イクサに狂う者たちの高揚に。当人達にとって、あれは生きるしるべであり、切実な感情だ。共感はできない。だが、理解はできる。……あの時の彼は急病人を前に動けなかった。今は動く。繋がる。ならば何を迷う事があろう。

「イヤーッ!」シルバーキーは前方を遮ったハイタカに手をかざし、斜めに振って、ビルに自爆衝突させた。そのまま路地から路地へ駆け続けた。「イヤーッ!」「アバーッ!」虚空からヤクザが出現し悶絶した。近い。遠ざかるニンジャのニューロン信号。近い。シルバーキーは全速で接近する。近い!

 広場に飛び出したシルバーキーの周囲で、ひときわ高密度のヤクザ集団が出現即悶絶!「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「イイイヤアアーッ!」シルバーキーは目の前のニューロン信号に向かってタックルをかける!「グワーッ!」彼は何かを捉え、引きずり倒した。彼は透明者ともみ合う!

「ドーモ!シルバーキーです!イヤーッ!」「グワーッ!……」「……オイッ!」「ドーモ。マスモーフです」透明者は答えた。「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」透明者は抵抗し、するりと逃れようとした。だがシルバーキーはそれを阻む。逃せば元の木阿弥だ!「イヤーッ!」

 シルバーキーはマスモーフの首根らしき部位を掴んだ。「一発でいくぜ!」シルバーキーは勢いをつけ、頭突きを繰り出す!「イヤーッ!」「グワーッ!」

 01001001001010ヨロシサン製薬001001111010010忠1001011戦0100100011舟010001001

 00100101トランスペアレント・クィリン010010010011生命の010010……

「グワーッ!」シルバーキーはのけぞり、仰向けに倒れた。「アバーッ!アババーッ!」その付近で、可視化されたマスモーフが痙攣しながらのたうち回る。「アババババーッ!」

 シルバーキーはどうにか身を起こした。そしてIRC通信機に向かって言った。「見えない奴らはどうだ?今、コマンダーをやったぞ」数秒後、『確認した』という返答が返った。彼は胸をなでおろした。そして足元で痙攣するマスモーフを見下ろした。「わりいな」彼はマスモーフをカイシャクした。

『そこはどこ?』ネザークイーンがシルバーキーに問う。「広場だ!あ、いや、土地勘がよ……」『柱にプレートがあるでしょ。それを読み上げて』「ヤモト=サンがアサイラムとかいう奴と交戦中で……そっちはどうなんだ」『時間の問題ね』端的な答えが返った。『ここはもう落ちる』

「成る程」シルバーキーは頷いた。「ア?落ちる?待て!」『挟撃が始まった。南からのヨロシサン、北からのアマクダリ』「バカな」彼は呻いた。「俺ら、遅すぎたか」『ねえ、今どこにいる?アータのところにセントール=サンと……』ZZZZGGGM……地鳴りにシルバーキーは身を竦ませた。 


◆◆◆


 時間はやや遡る。ネザークイーンの指示下、エンジニア達は、復帰した無線通信の焦点を、隔壁外の存在に合わせようとしていた。「……ガヘルツ……こちらメガヘルツ……」「メガヘルツ解放戦線の応答です」エンジニアはネザークイーンを振り返る。ネザークイーンは呟いた。「吉と出るか凶と出るか」

 シルバーキーはじきに「粋桃」に到着する筈だ。彼のジツを用いれば、クローンヤクザとそれに準ずる敵を無力化する事が可能だ。一方、フォレスト・サワタリとルイナー、ハイドラは北ゲートの敵を阻止するために向かった。ネザークイーンがカラテ戦闘に参加する事はできない。だが重大な役割がある。

 ニチョームは今まさに、アマクダリとヨロシサン製薬の連合軍、それも、ニンジャと殺戮機械によって人知れず殲滅されようとしている。そう、人知れず。隔壁とネットワーク規制によって、外の市民の誰にも知らされないままに。

 ゆえに、真実を外へ伝えねばならない。それで状況が覆るかはわからない。しかし、たとえここでニチョームの者達が敗れ、死に絶えたとしても、壁の外に声が届けば、真実が伝われば……せめて次のイクサに繋げる事はできる。誰か別の人間の、次のイクサに。声を絶やしてはならないのだ。

 メガヘルツ解放戦線は、電波規制、ネットワーク規制に反対するレッサー・カルトだ。ペケロッパのような胡乱な集団よりもなお小規模な者達で、武力も有さない。その実態は不透明で、ネットワークの解放の題目はある意味非常に過激、思慮の有無もわからぬ。この手のパンクまがいの連中が力になるか?

『こちらメガヘルツ解放戦線……我々は……』「こちらニチョーム自治会!」ネザークイーンはマイクを掴んだ。「壁の中から呼びかけている。通じる?」ザリザリザリ……スピーカーの砂嵐ノイズは居心地の悪いアナログ。『ザリザリ……諸君。良い電波が通っております』「モシモシ?」『聞こえます』

 ネザークイーンは息を呑み、言葉を継いだ。「我々は謂れのない攻撃に晒されている。殲滅、皆殺し、根絶やし。アマクダリ・セクトによって。アマクダリ・セクトとは政府を私する闇の組織であり、ニンジャの……」『ふむ』「信じてほしいの。考えてもみて。我々の次は、別のマイノリティ。そして次」

『寓話を存じております』通信相手のクルーはかしこまった口調を崩さない。『わかります。ニンジャについても存じております。私が申し上げたいのは』「……」ネザークイーンとエンジニア達は互いに目を見かわした。『解放された自由のネットワークに乗せるべき有意な情報であれば、』「有意よ!」

『そう、実際その通りであります』クルーはかしこまった口調を崩さない。だが、その声の調子には妙な熱があった。その口調がカルトの装身具めいた言語セットであると、じきにわかった。『貴方がたの発信する情報は実際、現ネットワーク体制下では遮断されるであろうものです。つまり値千金、いや』

 ネザークイーンは眉をしかめ唸る。この者達について、判じかねる。「本物ですよ」隣のエンジニアがネザークイーンの腕を掴んだ。「本物(4REAL)です。メガヘルツ解放戦線は」「何?」ネザークイーンはやや気圧されかけた。エンジニアは言った。「俺……私はレディオを聴いたんだ。だから」

『情報の寡占と一方的な管理が最終的に非人道的な弾圧に向かうであろう事は我々にとってファンタジーでも何でもありません!ゆえに解放を……とにかくこの話は後だ。アナログ無線は美しい揺らぎを持ちます。我々は貴方がたの情報を届けましょう』「本当なのね!」マイクがニンジャ握力で軋んだ。

『暗号破壊者にかけて』クルーは誓った。暗号破壊者?カルト・スラングの類いだろう。ネザークイーンは追求しなかった。『……お待ちを。今、我々のもとにセッションリクエストがありました。ナンシー・リーをご存じでありますか?』「ナンシー・リー?」ネザークイーンは思わずおうむ返しにした。

『モシモシ?ドーモ。こちらナンシー・リー』メガヘルツ解放戦線を経由し、ナンシーの肉声が繋がった。「ドーモ!こちらニチョーム。ネザークイーンです」ネザークイーンは勢い込んだ。「ホーリーシット。なんてこと!ああ、なんてこと!」『メガヘルツ解放戦線とは、"つい最近" 縁ができてね』

 アナログ無線越しにも、ナンシー・リーの肉声はどこか弱々しい事がわかる。『DJを助けた事がきっかけで知り合った。こっちの話ね』「今……」ネザークイーンは説明しようとしたが、ナンシーが遮る。『大丈夫。最小限でいい。ニチョームが攻撃下にある事は知っている』

「そういう事」『ニンジャスレイヤー=サンは貴方たちニチョームの防衛戦に力を貸す義理がある。約束がね。詳しい話は省くけど』ナンシーは言った。『問題は、私とニンジャスレイヤー=サンが今、洋上にいるッて事……』『通信中大変失礼致します。追加のセッションリクエストであります』「何?」

『ドーモ。ユンコです』若い女の声だった。「ドーモ。ネザークイーンです」ネザークイーンはアイサツを返した。『ドーモ。ナンシーです』『ナンシー=サン!?今何処に!?』ユンコの声に喜色が滲んだ。『こっちも今しがた繋いだところ。まだまだ洋上よ。艦隊からは無事離脱した』

 ナンシーは続けた。『予定通り、傭兵さんたちにピックアップしてもらったわ』ネザークイーンは会話に割って入る。話が途中だ。「ニンジャスレイヤー=サンは?来れるの?いつ到着するの?」『……正直、まだどれだけかかるか解らない』ナンシーが言った。『情報を共有しましょう、少しでも』

 彼らは手短な情報交換を行った。特に重大なのはニチョームの置かれた状況だ。壁の中に今どんなニンジャがおり、どんなイクサが繰り広げられているのか、ネザークイーンは一秒一秒を惜しんで説明した。「アナイアレイター=サンが落とされて、乱戦が始まったわ」

 北ゲートの戦況は芳しくない。ローカル通信と街頭カメラ映像が無情な現実を伝える。フォレスト・サワタリほどの戦士であっても後れを取るようなニンジャは、アマクダリにもそう多くはない。その敵については、過去数度のイクサに基づく情報が共有されていた。スターゲイザー……「12人」の一人。

 スターゲイザーはカラテの力量もさることながら、正体不明の自己修復・無限再生のジツを持ち、決して倒される事がない。包囲網の指揮本陣で待機すると思われた彼が何の躊躇いもなく先陣を切ってきたのは、そのジツに裏打ちされた行動だろうか。そしてバリケードを容易に破壊する水晶の巨人……。

 サワタリ達は散開し、路地に隠れた。彼らはローカル通信を激しくかわし、対応可能なニンジャを総動員した一斉攻撃の計画を立てた。実行は、16:45……。『待って!こんなのに総攻撃なんてダメ!自殺行為!』ユンコが必死で遮った。機密データとやらに関する話だ。だが、このままでは……。

 しかしユンコの言葉には奇妙な具体性がある。『大型装甲トレーラーが近くに居ない!?オナタカミ社の!アンテナ積んでる奴!』「トレーラー?」ネザークイーンはローカルIRC通信機に持ち替えた。「アンテナつきの大型トレーラー、敵陣に見かけた?」『それがどうかしたか』とルイナー。

「あったのね!?」『それで?』ネザークイーンはゲート付近の監視カメラ映像を睨んだ。移動してきている車両群に、それらしいものが……「いるわ!」ネザークイーンはアナログ無線マイクに持ち替えた。「これを壊せばいいの?」『ダメ!壊したら絶対にダメ!』ユンコが食い気味に言った。

『スターゲイザー=サン。衛星軌道上から不可視波長のボディ構築情報を常に受信しており。不死身ドスエ』唐突な電子マイコ音声。そしてユンコの肉声。『トレーラーのアンテナは、非常時用の衛星との通信手段!ハックすればいい!』

『ナノカラテエンジン。スターゲイザー=サン個人のカラテ粒子生成能力により完成を見たテック。メガトリイ社の遺産のひとつであり、オナタカミ社は彼のテクノロジー提供を期に下請け企業から劇的……』KABOOOM!「グワーッ!」激しい震動!「何がッ!」ネザークイーンは壁に手を突いた。

 ナムサン!その震動はヤグラ337ビルディングに対する巨大質量の衝突によるもの!「イヤーッ!」KRAAAASH!「グワーッ!」ネザークイーンは車椅子のタイヤを押さえつけた。「水晶の巨人です!」エンジニアがカメラ映像を見つめた。「中にニンジャが埋まっている……なんてことだ!」

「止められんか?ファーリーマンとセントールで!」戸口にディスカバリーが顔を出した。「ヤバイか?」「……マズいわ」ネザークイーンは唸った。IRC通信機を掴み、呼び掛ける。「スターゲイザーへの総攻撃を中止!一端戻って!皆、状況は?」ヤモトはアサイラムと交戦!シルバーキー応答無し!

 このときのシルバーキーはマスモーフへのニューロン・アタックの最中であったのだ。そしてその時、「ヌ……グワーッ!」不意にディスカバリーが頭を押さえ、膝をついた!「どうしたの?」「平気だ。俺は守れる。自分をな」ディスカバリーはブツブツと呟いた。「だがよ……兄弟どもは……」「何?」

 答えは数秒後に確かめられた。それはネットワーク断絶下ゆえ、非常に簡易な手段だった。ビルの外から拡声器を通して投げかけられたアイサツは、ネザークイーンの望みを絶つには十分すぎるものだった。「ドーモ。サブジュゲイターです。ニチョームの皆さん。降伏をするもしないも御自由になさい」


6

 KRAAAAAAASH!「グワーッ!」ネザークイーンは転倒をこらえた。『状況はどうだ。帰還するぞ』フォレストの通信。「サブジュゲイターが到達した」ネザークイーンは呻いた。「バイオニンジャは無力化されてしまう。337で戦えるのはフロッグマン=サンとディスカバリー=サン。つまり」

『俺はとにかく戻る。ルイナー=サンとハイドラがスターゲイザーらの足止めにかかった』「アータも無事じゃすまないでしょう」サワタリはヨロシサンのバイオ筋繊維を移植している。『だが俺は他の連中よりはマシだ。戻らねばなるまい。戻る』「DAMN……」ネザークイーンは懐のハンカチを噛んだ。

『見えない奴はどうだ?』不意に割り込んできたのはシルバーキーのアカウントだ。『今、コマンダーをやったぞ』僥倖!ネザークイーンは目を見開く。監視カメラ網には、路上を行き交うヤクザがはっきり映っている!「確認した」だが……遅きに失したか?否!それを決めるのは全てが終わってからだ。

 これで「粋桃」の者達が包囲軍に対処できる。ネザークイーンのニューロンがスパークする。最善手を……最善手を!「そこはどこ?」『広場だ!あ、いや、土地勘がよ……』「柱にプレートがあるでしょ。それを読み上げて」『ヤモト=サンがアサイラムとかいう奴と交戦中で……そっちはどうなんだ』

「時間の問題ね」ネザークイーンは答えた。「ここはもう落ちる」KRAAASH!再び建物が揺れた。「アータたち」ネザークイーンはハッカー達に言った。「ここを引き払う準備に入って」「しかし……」「でもイクサは続く。特に通信機。無線装置。それを死守する。『粋桃』に戦力を集める」

「ネザークイーン=サン」ガガピー!断続的なハウリングと共に、苛立たしげな声が届く。「単独で出てきなさい。話はまずはそこからです。このままあなた方のヤグラ337ビルディングを叩き潰してもよいのですよ!」「クソッ……」ディスカバリーが壁に手をついて体勢を立て直す。「俺ら、どうする」

『ちょっと待て……待て』切羽詰ったシルバーキーの声が入ってくる。『何かやれる筈……やれる筈だぞ。俺も考える。考えるぞ。だから……』KRAAASH!「グワーッ!」車椅子をディスカバリーが支えた。「慣れてきた。動ける。どうする!」「出てきなさい!ネザークイーン=サン!」ガガピー!


◆◆◆


「フン!」サブジュゲイターは拡声器を投げ捨て、腕組みして、攻略対象のヤグラ337ビルディングを睨み据えた。「スッゾ!」クローンヤクザY200が素早く滑り込んで拡声器を受け止める。機敏である。「オーテ・ツミといったところです。時間の問題でしょう」サブジュゲイターはキュアに言った。

「マスモーフ=サンのバイタル信号が消失しました」オペレートヤクザが知らせた。「あらそう」キュアは美しい髪を弄びながら呟いた。「今更どうという事もありますまい」サブジュゲイターが言った。キュアは答えた。「敵を侮ってかかる性格は直しようが無いのかしら?」「侮っておりませんよ」

 ヨロシサン製薬軍はヤグラ337ビルディングの隣の区画に装甲車両を停めて陣を敷く。キュアはパラソルつきのチェアに腰かけて脚を組み、没個性なニンジャに脚をマッサージさせている。ナムサン。治療契約のジツによって名を奪われ、永遠の奉仕を強いられるニンジャ、ペイシェントの一人だ。

 キュアのジツは超自然的な治療。瀕死の負傷者、たとえば心臓を失うほどの重体者であっても、たちどころに治す事が可能だ。だが治療を受けた者は二度とキュアの命令に逆らう事ができない。治療の折にニューロンに楔が打たれるからだ。その代償を含め、極めてヨロシサン製薬的なニンジャといえた。

「サブジュゲイター=サン。貴方は社の期待を背負っている。ゆえに……」「イヤーッ!」「グワーッ!」カラテ・シャウトと共に、陣の境界を警護していたクローンヤクザY200の一人が高く宙を舞った。「あらあら」キュアは不快げに目を伏せた。動こうとするサブジュゲイターを制する。

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」装甲車を挟んで、戦闘の声が徐々にパラソルチェアに近づいてくる。「新商品といえどもヤクザは所詮ヤクザ」キュアは身も蓋もなくコメントした。「どちらにせよ、縁起のよい眺めではないわね」「「私が!」」ペイシェント二人が進み出た。

「褒美がほしいの?卑しいこと」「「ほしいです!」」ペイシェント二人がドゲザした。「なまじ知性があるだけ、豚よりも哀れね」キュアは別のペイシェントが差し出す茶器を受け取り、頷いた。「ヨロシイ。お行きなさい」「「行ってまいります!イヤーッ!」」バック転、側転!装甲車を飛び越える!

「面白いでしょう?」キュアはサブジュゲイターに言った。サブジュゲイターはYESともNOとも言わなかった。「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「……イヤーッ!」「アバーッ!」装甲車の向こうで天高くペイシェントの身体が跳ねあがった。「あらあら」

「イヤーッ!」追うように跳躍、装甲車のルーフに着地し、キュアたちを見下ろしたのは、アフロヘアーのニンジャである。「ドーモ。スーサイドです」「ああ、例の」キュアはサブジュゲイターを見た。サブジュゲイターは頷いた。「面倒な……」「そろそろ貴方は337にヨロシ・ジツを展開なさいな」

「ハイヨロコンデー……イヤーッ!」サブジュゲイターは両こめかみに指をあて、身構える。「グワーッ!」吹き飛ばされてきたペイシェントはキュアの足元に落下した。「イヤーッ!」茶汲みのペイシェントがその者にケリ・キックをあびせ吹き飛ばした。そして装甲車に向かって跳んだ。「イヤーッ!」

「イヤーッ!」スーサイドは飛び移って来るペイシェントを一人また一人殴り飛ばし、更なるカラテを構える。ペイシェントは奴隷といえどニンジャ。バランスを取り直し再びスーサイドに向かってくる。そしてそれを眺めるキュア。「期待に応えられるかしら、貴方たち?それとも再戦でもやはり駄目?」

 再戦、然り。逃げながら戦うスーサイドに迫っていた数十分前までの彼らには、確かに各々のニンジャネームがあった。今は無い。「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」スーサイドを挟み撃ちに攻撃する彼らの目には憎しみの感情が燃えている。そして己の境遇への哀れが。

「頑張りなさい。何度でも治してあげる」キュアはチャを啜った。「何度でもね。だから、私の手をそこの卑しいニンジャ相手に煩わせないよう、頑張りなさい……」「「肝に銘じております!」」スーサイドにカラテを繰り出しながら、ペイシェントは叫んだ。「イヤーッ!」「グワーッ!」

「ム……これは」ジツに集中していたサブジュゲイターは表情を曇らせ、回転ジャンプで陣営を飛び出した。キュアはその後ろ姿を見、茶菓子を手に取る。サブジュゲイターはよくやっている。頼もしい野心。キュアを始めとする上位社員がヨロシ・ジツの抗体を持つ事を知らぬ哀れさも、またよい。

 サブジュゲイターはニューロンをロックされており、上位社員に手を出す事がそもそもできない。何らかの方法でそれを破っても、ヨロシ・ジツは無効。二重三重のプロテクションである。裏を返せば、彼に注ぎ込まれたのはそれだけ重大なテクノロジーという事。キュアらの彼にかける期待は大きい。

「イヤーッ!」「グワーッ!」スーサイドに力を吸われ、殴り飛ばされたペイシェントがパラソルの真上に落下してきた。「イヤーッ!」キュアは優雅な身のこなしでその場を飛び離れ、スカートの裾をつまんで着地する。KRAAASH!「グワーッ!」身悶えするペイシェントを侮蔑的に眺める。

「イヤーッ!」「グワーッ!」ルーフ上でスーサイドはペイシェントの首を掴んで吊り上げ、サングラス越しに睨み据える。「テメェ、誰かと思えばさっきやった奴か。アア?」「グワーッ!」「紛らわしいマネしやがって」「コロセ」ペイシェントは呻いた。「言われなくても……」「頼む。殺してくれ」

 スーサイドは横目で地上のキュアを垣間見る。彼女は落下した方のペイシェントに身を屈め、胸に手を当てた。するとたちどころにそのペイシェントは身を起こし、パラソルの残骸を払いのけて立ち上がったのである。スーサイドはあらためて吊り上げた相手を睨んだ。「言われねえでも……イヤーッ!」

「アバーッ!」ペイシェントが痙攣した。力が逆流し、パンク・ニンジャの力はその命を奪って、スーサイドに還元、負傷を癒していく。「アバババーッ!」「イヤーッ!」スーサイドはルーフにペイシェントを力任せに叩きつけた。「サヨナラ!」ペイシェントは爆発四散した。

「あらあら」キュアは閉口のていで小首を傾げて見せる。「何をやっているのやら」「イヤーッ!」スーサイドは装甲車を飛び降りる。ペイシェントが二人、キュアを庇うように立ち、カラテを繰り出す。「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」スーサイドはバック転でこれを躱す。

「あと何匹だ?ガキ!」スーサイドは足元に唾を吐いた。「どんどん追加して来いよ。全員やってやる」「ドーモ。キュアです」ペイシェントの後ろで、キュアは妖艶に微笑む。ヨロシサンのテクノロジーをもってしても、その眼差しの奥の老いまでもを覆い隠す事はできない……。

「「イヤーッ!」」二人のペイシェントは競うようにスーサイドに襲い掛かる。「イヤーッ!」スーサイドは右手を勢いよく突き出し、指先から放つ白いコロイド光で一人を捉えると、ぐいと引き寄せた。「グワーッ!」何らかの超自然力で前のめりになったところへ、蹴りを叩き込んだ。「グワーッ!」

「イヤーッ!」もう一人が回し蹴りを繰り出す。「イヤーッ!」スーサイドは手の甲で受け、腹部にショートフックを打ち込む。「グワーッ!」「あらあら」キュアは仰向けに転倒した最初のペイシェントに屈み込むと、その胸に手で触れた。「AAARGH!」ペイシェントは弾かれたように起き上がる。

 起き上がったペイシェントは地を蹴ってスーサイドに飛びかかる。「イヤーッ!」「グワーッ!」殴打がスーサイドの顔面を捉える。キュアは足元に倒れ込んだ二人目のペイシェントに屈み込み、その胸に手で触れた。「AAAARGH!」ペイシェントは起き上がり、地を蹴ってスーサイドに飛びかかる。

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」これがクローンヤクザならばいざ知らず、ペイシェントは名を奪われたといえどニンジャ。二人のニンジャを相手に近接カラテで立ち回る事は困難を極める。スーサイドは徐々に打撃をもらい始める。キュアはやや離れた位置で眺める。

「素敵ね。キラキラしていて」キュアは目を細める。「そして、若くって」敵が獰猛であればあるほどよい。刃めいて尖ったニンジャの個性を剥奪し、後悔と自己憐憫にむせぶ絶対服従の奴隷と化す過程にこそ、彼女は悦びをおぼえるのだ。「イヤーッ!」「イヤーッ!」スーサイドは装甲車を背にする!

 KRAAASH!轟音が響く。コリ・ジツによって水晶の巨大鎧を作り出したクリスタライズドの発する衝突音だ。今度はやや近い。「もう少しかみ合った連携をなさいな」キュアは舞踊指導家めいて手拍子を打つ。ペイシェント達は両側からスーサイドに攻撃をかける。「イヤーッ!」「イヤーッ!」

「……イヤーッ!」スーサイドは腹部と脇腹に強打を受けた。敢えてその身を敵のカラテにさらしたのだ。同時に彼は両ペイシェントの頭を掴んでいた。スーサイドの両手が白く光る。そしてペイシェントの頭部が。「……イヤーッ!」「「グワーッ!」」スーサイドは両ペイシェントの頭をかち合わせた。

「オイ!種切れかよ!大したこたァ……」挑発的に手招きしようとしたスーサイドのワン・インチ距離に、キュアは踏み込んだ。そして、「イヤーッ!」「グワーッ!」右チョップ突き!「イヤーッ!」「グワーッ!」左チョップ突き!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

「イヤーッ!」「グワーッ!」恐るべき連続チョップ突きがスーサイドを装甲車両にくぎ付けにする!スーサイドは打撃を受けながらもがく。サングラスが爆ぜ、血がせり上がる!「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」スーサイドは後頭部を装甲車両に叩きつけた。KABOOOM!

 装甲車両が爆発!ナムサン!キュアは回転ジャンプでタタミ数枚飛び離れ、スカートの裾をつまんで着地した。「イヤーッ!」隙をついてスーサイドは跳び上がり、黒煙を噴く装甲車両のルーフに立った。凄まじい連打を受けながら、彼はひしゃげた装甲車両の燃料タンクのカバーを破壊し引火させたのだ!

 キュアは神経質そうに喪服の煤を払った。スーサイドは咳き込み、口元の血を拭った。凄まじきカラテ。その佇まいから自明ではあったが、このヨロシサン製薬部隊の頂点にあるのはサブジュゲイターではなく、キュアなのだ。スーサイドは敵と己のカラテ力量差を測ろうとする。

 キュアは追撃を急ぐそぶりもなく、地面で痙攣するペイシェント達のもとへ悠々近づき、すぐに治してしまった。そしてスーサイドに笑いかけた。スーサイドは己のダメージを測る。打撃と火。これ以上の殴り合いはいたずらに時間を浪費するばかりか……。そしてここで通信が入った。『337を抜けた』

 それはディスカバリーのアカウントだ。KRAAASH!まるで咎めるように水晶巨人の衝突音が轟き、視界内の建物が道を塞ぐバリケードもろとも、煙を上げて崩壊する。スーサイドはそこに水晶巨人と、くわえて、高速で遠ざかる影を捉える。セントールの背に乗ったディスカバリーだ。

「あら、陽動でもしたつもり」キュアはスーサイドを見上げた。「ああそうだ!計画通りだ」スーサイドは咳き込んだ。「俺が暴れて時間を稼ぐ。テメェら、やる事なす事全部手の内なんだよ」「威勢のよい事」キュアは微笑んだ。場当たり的な発言である事は明らかだったからだ。「それで?この後は?」

「これ以上は勘弁してやるさ。今はな」スーサイドは吐き捨て、「イヤーッ!」燃える装甲車の後ろへ飛び降りた。キュアは侮蔑的に肩を竦め、ペイシェントの一人に別のビーチパラソルを手配させた。スーサイドはつんのめりながら裏路地へ滑り込み、闇に潜んだ。そしてIRC通信機を操作した。 

「モシモシ。スーサイドだ……俺だ。スーサイドだ。誰かいるか。応答が遅れた。ずっと立て込んでてよ……」『スーサイド=サン?無事だったの?どこ?』ノイズ混じりの音声が返る。ネザークイーンだ。スーサイドは言った。「今どうなってる!」『ディスカバリー=サンを行かせた。精一杯』「何?」

『アタシ達も引き払う……まず先にディスカバリー=サンを行かせ……』KRAAAASH!破壊音が通信機と耳とでユニゾンした。『グワーッ!』KRAAASH!『グワーッ!』スーサイドは己を強いて意識を保つ。イクサを離れてニンジャアドレナリン分泌が止まり、負傷の重さが際立ち始めた。


◆◆◆


「ちょこまかと忌々しい虫めが」クリスタライズドは呟いた。周囲の建物を殴りつけながら足元の敵を探す。彼のジツは氷の鎧に己を覆う事。"鎧"とは比喩的な物言いだ。事前に十分な生成時間を与えられれば、彼は己を中心にした人型の氷像を、数階建ての建物に比するサイズにまで育てる事ができる。

 ニチョームの壁の中、主要な大通りは自治会の者達によってバリケードやマキビシの類いをあらかじめ張り巡らされ、封鎖されていたが、クリスタライズドはそれらをものともせずに粉砕、叩き潰し、踏みつぶし、道路沿いの建物をスナック感覚で破砕しながら、ヤグラ337に突き進んだ。

 迎撃に出たのはセントールとファーリーマンだ。クリスタライズドの巨大なパンチはファーリーマンを一撃したが、爆発四散せしめてはいない。身軽な毛の塊はバック転を繰り返して路地裏に消え、セントールはヒット・アンド・アウェイ戦術を繰り返したのち、何らかの合図を受けて離れていった。

 クリスタライズドはヤグラ337に十数度のパンチを繰り出した。崩壊は時間の問題だが、その都度、ニンジャが攻撃を仕掛けにくる。「負けイクサを引き延ばす屑どもめ」クリスタライズドは氷像内で呟く。氷像内は空気が極めて少ない。しかし彼はニンジャであり、肺活量は度外れている。

「イヤーッ!」雑居ビルの屋上を渡ってきた影が再び攻撃をしかけた。「イヤーッ!」クリスタライズドは裏拳で払いのけんとす!「ハイーッ!」影は裏拳にボーを突き立て、体操選手めいた勢いで回転、飛び離れた。ファーリーマン!「オノレ!」クリスタライズドは氷像越しに声を放つ。「無駄ダゾ!」

「イヤーッ!」ビルの壁を蹴ったファーリーマンが再び飛びかかった。「イヤーッ!」クリスタライズドは殴りつけようとした。ファーリーマンの跳躍速度は速く、狙いをそれた拳が雑居ビルの三階ベランダを粉砕した。KRAAASH!「イヤーッ!」苛立ち紛れの蹴り!KRAAASH!

「イヤーッ!」「ヌウーッ」ボーの打擲衝撃が氷像を伝わり、クリスタライズドは呻いた。「小虫め……あきらめが悪い」彼は後方に思いを馳せる。「スターゲイザー=サンの到達はどうなっている?」「ハイーッ!」ファーリーマンは更に壁を蹴り、間髪入れず襲い掛かる!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」クリスタライズドは殴りつける!再びファーリーマンはボーで回避を試みるが、その動きが不意に鈍くなった。クリスタライズドは敵の思いがけぬファンブルを逃しはしない。大質量の拳がファーリーマンを捉える。「グワーッ!」クリスタライズドは殴り抜けた。

 毛むくじゃらのバイオニンジャは大の字に叩きつけられ、アスファルトに小クレーターを作った。『こちらはサブジュゲイター。ヨロシ・ジツの焦点を拡大し、広域に展開』「成る程。十分に役に立つ」クリスタライズドは答えた。「あわれな実験モルモットの群れだ」彼はヤグラ337に向き直った。

「あらためて、ビルの破壊に取り掛かる」クリスタライズドは通信し、氷の巨大拳を振り上げた。そして叩きつけた。「イヤーッ!」KRAAASH!既に亀裂を生じていた壁面がついに粉砕!「ンンー……どこをやったかな?」残忍な笑みを浮かべ、クリスタライズドは拳を引き抜く。

「アイエエエ!」彼の手は犠牲者を一人掴んでいた。「アイエエエ!」逃れようともがくが、氷に衣類が張り付いてしまう。クリスタライズドは笑った。この者はニンジャではない。ハッカーか。「非ニンジャノ屑」氷像は嘲笑った。「アイエエエ」拳をビルに叩きつける。KRAAASH!「アバーッ!」

 クリスタライズドは多少満足し、次の拳を振り上げた。破砕した壁ごしにフロアが見て取れる。中にまだ何人かいるかもしれない。「イヤーッ!」「ゲコーッ!」その腕に長い舌が巻き付き、止めた。クリスタライズドはそちらを見た。ヤグラ337の隣接ビルの屋上に巨大蛙が出現し、舌を放ったのだ。

 クリスタライズドの氷腕はシュウシュウと煙を噴いている。舌がなんらかの粘液を分泌し、氷着を防いでいるのか。「イヤーッ!」構わずクリスタライズドは腕を振った。「ゲコーッ!」バイオ蛙の拘束力はいかにも弱い。クリスタライズドは通りを挟んだ建物にフロッグマンを叩きつけた。「グワーッ!」

「ははは、成る程ヨロシ・ジツ。これは実際やりやすい。感動的だ」クリスタライズドは笑った。「バナナの皮をつるりと剥いたような爽快感だ」フロッグマンは蛙を収縮させながら落下する。そこへクリスタライズドはケリ・キックを見舞った。「おや?」目を見開く。「グワーッ!」バランスを崩す!

 ナムサン、何が!クリスタライズドはゆっくりと氷像ごと転倒しながら、インターラプトの内容を理解した。ケリを繰り出さんとした脚部に邪魔な何かが突き刺さっていた……ハープーンだ!隣接ビルのベランダに設置されたロープ付きハープーン発射装置!フォレスト・サワタリがそれを操作していた!

「イヤーッ!」サワタリはハープーン射出装置の車輪型ハンドルを力任せに回す。脂汗が滴り落ちる。彼とてもヨロシ・ジツの一定の影響を受けているのだ。キリキリと音を立てて、ワイヤーが巻き取られる。ZZZDOOOM……クリスタライズドは付近のビル壁を剥がし、アスファルトに手をつく。

「小癪な」クリスタライズドは氷の脚に力を込め、フットボールのタックルめいてロケットスタート前進した。ハープーン射出機はワイヤーに引っ張られ、ベランダを引き裂く!サワタリは転落、猫めいて空中で回転したのち着地した。クリスタライズドは勢い余って通りを挟んだ正面の建物に突っ込んだ。

 KRAAAASH!クリスタライズドは建物から巨体を剥がし、ヤグラ337に再び向き直った。その股の下を何かが走り抜けた。『いけません!』サブジュゲイターの通信。『あれはディスカバリーか?セントール……』「お役御免の不良バイオニンジャなど捨て置けばよい」クリスタライズドは言った。

「それよりも、貴殿はヨロシ・ジツを引き続き重点されたし。しぶとく抵抗してくる屑共が存外邪魔くさい」そして彼は再び拳を振り上げ、ヤグラ337に叩きつける。KRAAAASH!もうもうと立ち込める粉塵!クリスタライズドは拳を引き抜く。更にもう一撃くわえて、フィニッシュしてやろう。

「ゲコーッ!」クリスタライズドは顔をしかめ、横を見る。振り上げた腕にまきついたのはお決まりのフロッグマンの舌である。セントールらの逃走経路を守るように、再び巨大化した蛙が道路を塞いでいた。まただ。面倒な事だ。しかもさっきより更に弱い拘束力。邪魔でしかない。彼は拳に力を込める。

「……何?」クリスタライズドはフロッグマンを二度見た。氷像内の不明瞭な視界であっても、その舌の上を走って向かってくる別の存在に気が付いた。「……何?」何らかの対処が必要か?検討する時間もあらばこそ、次の瞬間その者は高く跳んで、クリスタライズドの視界の上に消えた。「イヤーッ!」

 クリスタライズドにそれ以上の行動の自由は無かった。次の瞬間、氷像の脳天部が砕けた。攻撃者のカラテを止め、氷温によって逆に傷つける無敵のコリ・アーマーは今回、ゆっくりと、だが決して止まることなく侵入してくるカワラ割りの拳を防げなかった。「え?」クリスタライズドは目を見開いた。

 氷塊を裂き開く拳はそのままクリスタライズドの脳天に到達した。拳は止まらなかった。氷の獄の中で、クリスタライズドの頭部はトマトめいて潰れた。拳は止まらなかった。「サヨナラ!」

 ルイナーは己のカワラ割り拳を掘削機めいて氷の巨人の脳天部からめり込ませ、ほとんど全身を氷の中に侵入させるようにしながら、遂に内部のニンジャの頭部を捉えた。通常のカラテの打撃は稲妻めいた一瞬だ。だがルイナーの奇怪なカラテはこれを数秒にまで引き伸ばし、敵を完膚なきまでに破壊する。

 彼のセンセイは既にジゴクだ。故に当時の飢えた若者に戯れに与えたカラテが、その後のセルフ・インストラクションとニンジャの身体能力とによって、このような開花を見た事を知らぬ。ルイナー自身も、語ることが無い。氷像は瞬時に融解し、内部のニンジャは爆発四散。ルイナーは膝立ちで着地した。

「こちらルイナー。巨人を殺った」『スターゲイザーは!?』ネザークイーンが返した。「ハイドラ=サンに任せた」ルイナーは答えた。「奴は足止めを一人でやれると言い切った。なら俺が断る理由は無い」『……オーケイ。承知した』 

 ルイナーは道路上のフロッグマンを見る。金渦巻模様、緑装束のニンジャがトライアングル・リープを繰り返しフロッグマンへ……正確にはその先へ向かって行く。フロッグマンが行く手を阻もうとする。ルイナーはそれ以上目で追えない。「「イヤーッ!」」没個性な二人のニンジャの攻撃をガードする。

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」カラテを捌きながら、ルイナーはフロッグマンの方向をどうにかもう一度、横目で見る。金渦巻緑装束のニンジャが掌を叩きつけると、巨大蛙は一瞬にして収縮する。異能のニンジャはうずくまるフロッグマンに蹴りを叩き込む。

 BRATATATA……BRATATATA……ハイタカの銃撃音とともに、フォレスト・サワタリが走ってくる。走りながらマチェーテを引き抜き、サヴァイヴァー・ドージョー参謀の名を叫び、異能ニンジャめがけ投擲する。異能ニンジャは最小限の動き、小首を傾げるようにして、躱す。

 フロッグマンが震えながら身を起こし、タックルをかける。異能ニンジャ……疑いなくあれがサブジュゲイター……は、ヤバレカバレの足止めに付き合わない。フロッグマンの顎を垂直の昇り蹴りで蹴り上げる。宙に浮いたフロッグマン。サブジュゲイターは地面すれすれまで身を縮めたのち、跳ぶ。

「イヤーッ!」「イヤーッ!」ルイナーは没個性ニンジャのカラテを防ぎ、ヤグラ337への接近を阻む。サワタリがフロッグマンの名を叫ぶ。サブジュゲイターは空中のフロッグマンめがけ三度キリモミ回転した。そして、極めて流麗な回し蹴りを繰り出した。首骨をへし折り、頭蓋を砕いた。

 フロッグマンはなお敵を阻むがごとく、両手両足を大の字に伸ばした。「サヨナラ!」フロッグマンは爆発四散した。掌大のバイオ蛙が落下し、アスファルトの亀裂の狭間で震えた。フォレスト・サワタリがサブジュゲイターに襲い掛かった。

「邪魔です!下級社員!」サブジュゲイターが怒声を張り上げ、手甲でサワタリのマチェーテを弾いた。「貴方とて我がヨロシ・ジツからは……イヤーッ!」「グワーッ!」肩口にチョップ!「逃れられぬ!イヤーッ!」「グワーッ!」サイドキック!くの字に身体を折り曲げ、フォレストが吹き飛ぶ!

 フォレストは受け身を取れず、アスファルトをバウンドした。サブジュゲイターは追撃をあきらめた。踵を返し、道路を走り出した。セントールと共に逃走したディスカバリーを追ったのだ。「イヤーッ!」フォレストは弓矢を構え、数度その背中に矢を放った。どれも当たらなかった。

 フォレストは構えた弓をもはやサブジュゲイターには向けず、追跡してきたハイタカを狙うと、一機につき一つの矢で撃ち落とした。残る一つの矢は、ルイナーに二対一のカラテを挑む没個性ニンジャに向けた。「グワーッ!」肩を射抜かれたそのニンジャを、ルイナーは袈裟がけに引き裂き、殺した。

 震える蛙がアスファルトの亀裂から這い出し、フォレストの足元へ跳ね来たった。彼は素早くそれをさらい、拾い上げた。フロッグマンの身体と繋がっていた臍の緒めいた管は根元から切り離され、通常ならば死は避けられぬと思われたが、実際衰弱の様子はない。体表の光沢がポリモーフを想起させた。

「フロッグマンが死んだ。戦って死んだ」フォレストはIRC通信した。「サブジュゲイターがディスカバリーを追った。奴への執着。我々の見立てを裏付ける行動かも知れん。敵の手に落とすべからず!」彼は震える蛙を懐におさめ、戦闘中のルイナーのもとへ走り出した。「勝機はいまだあり!」


7

『ヨー、この死に損ないの耳にも色々入ってきてるぜ。すぐそこじゃイッキ・ウチコワシが暴動を煽動中だ!スナック感覚な破壊衝動!グルーヴレスなシケた暴動!抜けたらそこにハイデッカー検問!奴らの中身ヤクザクローン!同じ脳ミソ積んだ殺人ドローン!市民!市民!市民!お前は何処に属してる!』

『今すぐ所属を言え!銃を持つか支配者様に平伏せ!今すぐ返事をしてチャンス倍点!……どれもファック!くだらん選択肢と制限時間押し付けるマザファッカども!全てファックだ!俺の所属は俺だ!……そして、ヨー、人々!ニチョーム・ストリート……』

 ガリガリ……ザザッ……隔壁封鎖以後、沈黙していた街頭スピーカーが咳払いめいたノイズを発し、そして、鳴った。『ニチョーム・ストリート……高いヘイの向こう何かが起こってるぜ!』「イヤーッ!」ヤモトはアサイラムの打ち込みを二刀で弾き、後ろへ跳んで、看板を蹴った。「イヤーッ!」

『何もかも覆い隠して、ヨロシサン製薬とハイデッカーが死と欺瞞の一大キャンペーン展開中!』「イヤーッ!」アサイラムは驚異的跳躍力によってヤモトを追う。ヤモトは瓦に手をかけて身体を引き上げ、背後から斬りつけるアサイラムのジャンプ斬りを二刀で受ける。「イヤーッ!」

 二者は瓦屋根の上で睨み合う。「放送……?何のつもりだ」アサイラムは呟いた。ヤモトはやや身を低くする。もはやオリガミはとうに弾切れ。「さあね」彼女は呟いた。『どうやらそこにもリスナー!このレディオを聴いて抵抗中だ!無線電波のホットライン!』「アタイ達はレディオを聴いて……抵抗中」

 アサイラムのニンジャ第六感はニンジャ存在の接近を察知。ほどなく、下の通りに走り込んでくるセントールとディスカバリーを発見。サブジュゲイターの通信が彼を急かした。彼は舌打ちした。「無駄の極みだ。おとなしく四刀に裂かれて死ね、小娘。音など空気」「空気を取り返した」ヤモトが言った。

「イアイド!」「イヤーッ!」アサイラムはカタナを繰り出す!ヤモトはひらりと身をかわし、打ち返す!「イアイド!」「イヤーッ!」アサイラムは更にカタナを繰り出す!ヤモトは打ち返す!嵐のごとき斬撃、その焦りは、下を走ってくるディスカバリー達を殺害する道を拓くためのブーストである。

 ヤモトにもそれがわかる!ゆえに退くわけにはゆかぬ!彼女の目の桜色の輝きが増し、ナンバンとカロウシの刀身に光が差す。マフラーめいた光の布が炎めいてボウボウと爆ぜ始める!『……ヨー、KMCレディオ、始まって以来の即時リクエスト受付中、声を聞かせてくれよ、ニチョーム!』

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」時間当たり二倍以上の斬撃が飛び交う。「イヤーッ!」「ンアーッ!」アサイラムのカタナがヤモトを捉える。カロウシがクルクルと宙を飛び、瓦に突き立つ。「イヤーッ!」「イヤーッ!」ヤモトは一刀で、防ぐ!……防ぐ!

『モシモシ、こちら、ニチョーム』レディオと繋がった声は……ザクロ。『アータのレディオのリスナーが隣にいるのよ』『アッ……俺ですか……マジですか!』場違いな緊張と喜びを滲ませる声は、ハッカーの一人。熾烈な攻撃に歪んでいたヤモトの口元に、思わず笑みが浮かぶ。アサイラムは激昂する。

『ヨー、名前は』『エート……じゃあ、サシバで』『サシバ?ファッキンクールだな』『その、今も俺がいるこのビルは吹っ飛びそうで、ニンジャに攻撃を受けていて……今も、エヘヘ、壁に空いた風穴から壁が吹き込んできます。隣でタイピングしてた友達は……一足先にサンズ・リバー渡っちまった』

 ヤモトはいなし、躱す。刃を当てる。アサイラム。フルメンポの隙間からのぞく目。怒りと殺意、そして、目の前の小娘が、幾度もの死線を潜り抜け、死を看取り、敵を滅ぼしてきた熟練の戦士である事へのあらためての認識……。『……ヨー、ならお前は死なねえさ。大丈夫だ。頑張れよ』

『リクエストしなきゃ』ザクロが口を挟み、促す。ハッカーはどもりながら言う『アッ……BSCVATMの……あの、新曲を!』『ハッハハハ!そう来るよなァ!ちょっと待ってろよ!間を持たせてくれ!』『あのッ!リスナーの皆……聴こえますか!俺たちは、その、ニチョームの真っただ中、壁の中』

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」『声も出せないまま、地図から消されそう。信じてほしいが自信は無いや、政府もハイデッカーも全部敵、八方塞がり、奴らのニンジャとテックが向かって来る、そう、ニンジャ、何のインガか、俺らはニンジャと共にニンジャと戦ってる……』

 ハッカーの声には嗚咽が混じる。『ヨー、しっかりしろ!しょうがねえ、サシバを助けてやれよ、頼むぜDJニスイ!DJデリヴァラー!俺の息子!……ファック!ああ!畜生め!また生き返れよ!……』「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「ンアーッ!」『……レイズ・ザ・フラッグ!』

 ヤモトとアサイラムは軽傷を負い、タタミ二枚の間合い。ヤモトは瓦を蹴り、跳ね返るように再び向かって行く!アサイラムは四刀を交互に構え、必殺の構えを取る!『ヘイ、奴はカラテの怪物!チャカ抜く暇ない哀れなホルスター!キック!キック!カラテ!フォー、ファイヴ、シックスで15人殺す!』

「イヤーッ!」「クアドラプル・イアイド!イヤーッ!」『BLAMBLAMBLAM!変則ブラストビートめいた無慈悲なる銃弾のアサシンカラテ!』二者は交錯し、背中合わせ、瓦に着地、ビートはニチョーム無線通信ノイズ、サシバの声をリアルタイム・サンプルし、リピートし、打ち鳴らす。

 それは有機物じみて形を変える、一定しないBPM、ブレイク、サンプル、さながらニンジャのイクサのごとく、ヤモトは迸る己の血を押さえ、しかし踏みとどまり、振り返る、アサイラムもまた方向転換、四刀を水平に、竜巻めいた回転斬撃、ヤモトはナンバンを右手で逆手に持ち、左手は前にかざす。

「イイイイイヤアアーッ!」襲い来るアサイラムの殺戮斬撃、「イヤーッ!」ヤモトは踏み込む、そして止める、アサイラムのカタナ、ひとつ、ふたつ、みっつ、四つ目が狙い来るはヤモトの顔を水平に両断せんとする刃、切っ先が止まる、ヤモトの口で止まる、噛みしめる、血が滴る、歯で、止める!

 アサイラムは弾かれた三刀でトドメを狙う、振り上げる、肩甲骨、否、少し上、首の後ろのやや下に、その時深々と埋め込まれたのは、後ろから飛び来たったカロウシ。サクラ・エンハンスメント。『ヨー、人々、聞け!そいつはニンジャ!こちらニチョーム!空いた風穴!』ヤモトは飛び退がる!

「ヌ……アバーッ!」アサイラムの背中から緑のバイオ血液が迸る。ヤモトは深く呼吸しようとし、咳き込む、後ずさり、よろめき、屋根から落ちる。アサイラムの目がギラリと輝く。彼もまた追って跳ぶ、カタナを振り上げ、落下しながらのカイシャクを狙う!「イヤーッ!」

『お前暗闇の中で捻る違法電波ラジオのチュナー!やがて立ち上がる人々の津波!オイ!ゲームの支配者を守る壁に大穴が開くぞ!ニチョーム!人々!起きろ!』落下するヤモトの目は再び焦点を取り戻す。そして投げた。ナンバンを。桜色に光るカタナは空中で跳ね返り、アサイラムの首を横から貫いた。

 ヤモトは肺に残った空気を血と共に吐き出し、今度こそ目を閉じる。「イヤーッ!」下の道路、駆けつけたニンジャが斜めに飛び、頭からアスファルトに落ちるヤモトを抱えて着地した。そして彼、シルバーキーは、背後に落下するアサイラムを振り返った。「サヨ……ナラ!」アサイラムは爆発四散した。

 彼は注意してヤモトを降ろした。彼はIRC通信機に報告する。「シルバーキー、ポイントに到達、合流する。その……結構ヤバイ。ヤモト=サンが……敵は殺ったンだが」彼は装束の袖を裂き、出血おびただしい傷口をきつく結んだ。すぐに血の染みが生じる。彼はより強く縛った。「誰か来れるか!」

「ニイイーッ!」答えるかのように視界内へ走り込んで来たのはシルバーキーの合流相手だ。だが助けではない。KBAM!セントールの足元を飛来した炸裂スリケンが抉ると、鹿めいた半人半獣のバイオニンジャの巨体はバランスを崩して転倒した。「グワーッ!」騎乗ニンジャが転がり落ちる。

 シルバーキーは一瞬の逡巡ののち、全力でその事故ポイントめがけ走り出した。転倒したセントールを追ってくるのは金色渦巻緑装束のニンジャだ。たった今地面に投げ倒されたディスカバリーと、どこか似ている。サブジュゲイター。「手こずらせおって!失敗遺伝子の寄せ集めどもが!」

「イヤーッ!」サブジュゲイターに追随し、両道路脇建物群の屋根を跳びわたってくる没個性なニンジャ達!「イヤーッ!」後方にも接近ニンジャの声、走りながら振り返れば、やはり同様に没個性なニンジャ達が二人着地!そして真上の屋上!「死んだ、えらそうなやつ」奇怪な多眼ニンジャが顔を出す!

「おれ、すごくみえる、そして、テレパシー。だから、ぜったいに、にがさない」多眼ニンジャは笑った。「褒めてつかわします」サブジュゲイターは肩で笑い、起き上がれずにいるセントールを踏んで乗り越えると、身を起そうと呻くディスカバリーに近づいた。シルバーキーは走りながら手をかざした。

 その瞬間、シルバーキーの時間感覚が泥めいて鈍化した。ニンジャアドレナリンの過剰分泌に伴う主観時間の増大。彼はまず、後にして来たヤモトを思った。無事を祈るしかない。少なくともヨロシサンはディスカバリーを追い込む事に必死だ。サブジュゲイター。白熱するようなニューロン密度を感じる。

『人々、起きろ!掲げろ!旗を掲げろ!お前の……旗を……』空の色が黒く消し飛び、レディオの音がエコーめいて遠ざかる。追い来るニンジャ達がスリケン投擲の姿勢。シルバーキーは口を動かす。叫ぶ。「ディスカバリー=サン……応えろ……俺に!」ディスカバリーが顔を上げた。彼は手をかざした。

 距離は離れていた。だが二者の手は直線で繋がった。その瞬間、シルバーキーは己の肉体を残し、ディスカバリーのニューロンに衝突した。彼は人間のそれと似て非なる奇怪なニューロン組成に慄き、バリアめいた自我の壁で正気を守010100011砂漠の只中で、彼とディスカバリーは向かい合った。

「手順はぶっつけ本番だ。うまく行くかどうかもわからねえ」シルバーキーは言った。ディスカバリーは肩をすくめた。「とっととやれよ。ダメならもう駄目って事だ」「ああ」シルバーキーは頷いた。「とにかく、うまくやるさ……」二者は互いを見た。砂漠は瞬時に遠ざかった。

 シルバーキーはニチョーム全域の全ヨロシDNA所持者の位置を感じ取った。これがディスカバリーの能力だ。波乗りめいて、シルバーキーはその力に己のユメミル・ジツを重ね合わせる。ヨロシDNA所持者は現在、一人のニンジャによってニューロンを無線接続されている。サブジュゲイターに。

 ヨロシDNA所持者……クローンヤクザ……ハイタカ……シデムシ……ドラグーン……337を総攻撃にかかるヨロシサン側のニンジャ達……そしてサブジュゲイターと共に追い来た没個性ニンジャのうちの何人か……サブジュゲイターはそれらに干渉が可能。なんたる強大かつ支配的なジツであろう。

 サブジュゲイターのニューロンの迷宮はディスカバリーのそれによく似ている。とても……似ている。シルバーキーは足元に不快なざわつきを感じる。見下ろせば脛から下あたりまでが「ヨロシサン」の無数のカタカナに喰われ、分解を始めている。ニューロン・リンクが長引けば命にかかわる。急がねば。

 行き当たりばったりの攻撃を実行するにあたり、彼は松、竹、梅のプランを考えていた。最上の松は、サブジュゲイターのニューロンに相乗りし、少なくともニチョーム内の敵対ヨロシサン存在全てを戦闘不能にする事。竹は、サブジュゲイターを破壊しサヴァイヴァー・ドージョーの者らを復帰させる事。

 だが、サブジュゲイターのニューロン迷宮はただそれだけで危険だった。ディスカバリーに重なり合うだけで相当なリスクを伴う。彼は松と竹のプランを放棄した。「だがよ」彼は呟いた。「梅で十分だ。任せてくれよな」シルバーキーはサブジュゲイターに攻撃をしかけた。「イヤーッ!」

「「「「「「アババババーッ!」」」」」」シルバーキーを含めたその狭い地点の全てのニンジャが同時に叫び、痙攣した!「アバーッ!」多眼ニンジャのヴューが落下し、頭からアスファルトに叩きつけられた。「アバーッ!アバーッ!」シルバーキーは悪魔払いの対象じみてその場で仰向けに撥ねた。

「アバーッ!」ヤグラ337の地上階で戦闘するルイナーは、相手にしていた敵ニンジャが転倒痙攣するさまを見、作戦の成功を知った。おなじ視界内で、フォレスト・サワタリが壁に手を付き、嘔吐していた。

「アバーッ!」キュアの足元でペイシェントが血と吐瀉物を吐いて転がった。「アナヤ!」キュアは不快をあらわにし、椅子から飛び離れた。「これは!」『ザリザリ……申し上げます!』社内専用回線がキュアにコールをかけた。『タマ・リバー上空をデモンストレーション輸送していた輸送機が……』

「何ですって!」『不測の事態です。カ、カンゼンタイが……休眠停止処理が施されていた筈の……それが……』「何ですって!」『スガモ・プ』ザリザリザリザリザリ……ブツン。「スガモ・プリズンがどうしたというの!」キュアは再接続要求を繰り返した。

「誰だ!何が!どうしてこんな事になったか―ッ!」キュアは地団駄を踏み、復帰した通信機に口汚く罵った。「貴様らッ!誰がセプクするのじゃッ!」ヨロシ・ジツのエラーはコンマ数秒、それもニチョーム区域内に収まる程度の規模であったが、カンゼンタイの強い感受性は図らずもその例外となった。

 だが今我々が見届けるのはそうした枝葉のインシデントではない。ジツのエラーはすぐに過ぎた。血を吐きながら痙攣するのは今や二人。シルバーキーと、サブジュゲイターである。ディスカバリーは頭を振って起き上がった。そしてセントール。「ニイーッ……」器用に身を起こす。

「嫌な霧……晴れたぞ!」ディスカバリーは瞬きして、思わず笑顔になる。すぐにシルバーキーの窮状に思い至り、セントールに飛び乗った。「急げ!」「ニイイーッ!」「グワーッ!」セントールはペイシェントの頭を蹴り飛ばし、ギャロップしてシルバーキーに近づく。ディスカバリーが拾い上げる。

「アバッ……梅だ……」抱えられたシルバーキーが呻いた。「少なくとも今ので……ヨロシ・ジツとやらは……当分は……」「よくやった。骨のある奴だ」ディスカバリーが答えた。彼は後方、ペイシェントに助け起こされるサブジュゲイターを振り返った。「よォ兄弟……お互いインガなもんだよな」

「ニイーッ!」セントールが一度ブレーキをかけ、ヤモトを抱え上げた。「よかった。頼む」シルバーキーが言った。「だけど……こッから……アマクダリの……」彼は意識を失った。


◆◆◆


「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」サブジュゲイターを装甲救急車に搬送して戻ってきたペイシェントを端から順に殴りつけ、ドゲザさせ、それらを見下ろしながらあらためて深い呼吸を行う事で、キュアは己の無駄な激情を漂白した。彼女は再び椅子に腰かけ、チャを啜った。

『こちらスターゲイザー』アマクダリ・ネットに、北方から進撃するアクシス部隊からの通信が入る。「モシモシ。こちらはキュア』キュアは手短に伝えた。『サブジュゲイターのジツが破られた。今後はサヴァイヴァー・ドージョーのニンジャも再び敵の戦力として無視できないでしょうね」『成る程』

「残念ながらエラー発生時にサブジュゲイターの周辺を固めていた弊社のバイオニンジャはニューロン・ダメージが大きく、再調整が必要となる。こちらは潮時ね」キュアは脚を組み換え、茶菓子を口にした。「ごめんなさいね」『厄介なニンジャがおらんか?情報に無い』「然り。どう隠していたのだか」

 アマクダリ「12人」の二人はシルバーキーの行使したジツについて僅かな情報を交換した。会話の最中にも、街頭スピーカーから流されるレディオは不快だった。『特にクローンヤクザ生体脳を用いた兵器の運用が限られる事は想定外……まあいい』スターゲイザーは言った『面倒だが、俺が二倍働こう』

『オイ!俺たちが食わされるスシ偽物の整形ツナ!お前暗闇の中で捻る違法電波ラジオのチュナー!やがて立ち上がる人々の津波!』「おお、嫌だ」キュアは厭わしげに瞼を伏せた。『どうしたね』とスターゲイザー。「音楽よ。汚らしい無軌道な若者と、だらしない大人の」

 彼らのIRC会話から救急装甲車両の厚い壁を挟んで、チューブ類に繋がれたサブジュゲイターは不意に目を開いた。身体の自由はいまだ効かない。だが彼の表情筋は乾いた笑顔を作った。(((これは……!)))試さずとも、実感でわかった。ニューロンの蹂躙はサイオー・ホースな土産を残したのだ。


◆◆◆


『ヨー、人々!死ぬ前に、これだけは言っておくぞ!』BLAMBLAMBLAM!『オイ、何度だってやり直せるぞ!ヨー、聴け!お前の手で開け!俺のレディオ!届いてくれ!』銃声、カラテ、イクサ、叫び、サンプリングは過去、そして現在、今この時も無線越しにニチョームから届けられるソース。

『進行中イクサ!キョート?どこだ?誰だ?そこで?何故だ?ここは?どこだ?ここは?お前の膝元、そこで何が?誰が見てる?何が起きてる?何処が消える?ニチョーム!隣人をチクって貰うケチなトークン、それでどこの門が開く?ヨー、お前ら、聴け!』BLAMBLAMBLAMBLAM!

『ニンジャ?何だ?ニンポ?誰が?何処だ?そこで見ろ、背伸びすりゃ見える黒い壁、忘れてたか?見えるだろ?ヨー、聴け!イクサだ、ニンジャだ、ど真ん中だ、だから届け、メガヘルツ、ヨー、ネオサイタマ・プライド、実際安い、ヨーお前ら見たか、旗は見たか?官房長官センセイは?ニンジャは!』

「成る程、あれはなかなかに捨て置けん」ジグザグに折れる裏路地、スターゲイザーは顎をさすり、断片化された肉を踏み潰した。ハイドラはバイオインゴットのエネルギーを使い果たし、もはや自力では再生できない。「こいつも随分手こずらせおったわ」彼は鼻歌を歌いながら大通りに出た。

『ヨー、お前らどうだ?俺は信じるぜ。他はどうだ?コモチャンの奴は?トコシマの奴は?オオヌギは?どうだ?早速繋ごうぜ、リクエストをくれよ!応えろ、お前たち!』「ザッケンナコラー!」「スッゾオラー!」ヤクザ連隊がドラグーンを先頭に突き進む。その先にバリケード!そして337ビル!

 それに応じ、バリケードの内側から放物線を描いて射出されるのは瓦礫群!「アバーッ!」「グワーッ!」クローンヤクザ達がそれらの下敷きとなり、ドラグーンも一機が被弾!BRATATATATA!BRATATATATA!ハイタカが銃撃を開始!しかし飛び来たった矢が撃ち落とす!

「ドゥー、ドゥールドゥー……」スターゲイザーはレディオの粗悪な音楽には興味を示さない。彼が口ずさむのは電子戦争以前のレリック・ミュージックだ。悠々と歩き進む彼の左右を、ゲートから侵入する装甲車両が追い越してゆく。徐々にバリケード類の除去が進んでいるのだ。

 巨大トレーラーはゲートよりもなお大きく、壁の中に入る事はできない。「敵ニンジャの配置が……ま、順調に進んでおるようです」近づいてきたスターゲイザーを、パスファインダーが振り返る。装甲車とジュラルミンシールドヤクザの列がこの前線の防備を形成している。

「やれやれ。足止め目的とわかっておったが、えらく手こずったぞ。すまんな」スターゲイザーはハイドラに言及した。パスファインダーは頷いた。「こちらも特に問題は」「例のジャマーはどうだ?動きは?」スターゲイザーはシルバーキーの件を確認する。「ヤクザやメカは無事か?」「今のところ」

「フー……」スターゲイザーは手をかざし、バリケードを見た。KABOOOM!ドラグーンが地雷を踏んで吹き飛んだ。「困ったものだ。どの道ジャマーが出てくれば雑兵は役に立たん。今のうち流し込めるだけ流し込んでおこう。そのまま押し潰せればよし、ジャマーが出れば……ニンジャのイクサだ」

「ザッケンナコラー!」「スッゾオラー!」そうするうちもオナタカミトルーパーが断続的に隊から左右に分かれ、迷路を這い進む蟻じみて、裏路地ブロックのクリアリングを重点する。銃声、ガラス破砕音が響き渡り、黒煙が方々で噴きあがる。「一般市民は既に壁外ですな」パスファインダーが言った。

「却って殲滅の手間が省ける」スターゲイザーは答えた。オナタカミトルーパーが機械的にパイプ椅子を用意しようとするのを手で制し、彼は正面のヤグラ337ビルディングを注視する。「クリスタライズド=サンはなかなか働いたが、落ちんな」「惜しいニンジャをなくしました」「まあ、そうだな」

 ヤクザ部隊は地雷やマキビシをものともせず、じわじわと前進してゆく。彼は目を細めた。「結局のところ、あの本陣を落としてやらねば……んん?」バリケード上に影が立ち上がった。スターゲイザーはタクティカルゴーグルを構えた。「ほう」フォレスト・サワタリである。彼はもう一人を支えている。

 その外見特徴はイクサ開始以来見慣れぬもので、すぐにその者が例のジャマーとわかった。フォレスト・サワタリに支えられ、まっすぐ立つのもままならぬ状態であるが、目の光は確かだ。「やれやれ。ヤクザはここまでか」スターゲイザーは呟いた。「……アマクダリ・セクトよ!」フォレストが叫んだ。

 息を潜めるがごとく、レディオ放送のボリュームが下がった。スターゲイザーらが注視する中、フォレスト・サワタリは長い竹槍を掲げ、バリケード上に突き立てた。先端部には横向きのマキモノがはためく。「生き残り達が道場」。続けて彼は別の竹槍を突き立てた。カタカナのショドー。「シマナガシ」

 パスファインダーがスターゲイザーを振り返り、肩をすくめて見せた。フォレストは最後に円形エンブレムの旗を刺した。ニチョーム自治会だ。「ドーモ。私はサヴァイヴァー・ドージョーのフォレスト・サワタリである。こちらはシルバーキー」「ドーモ。スターゲイザーです」

「我々は!」フォレストは大音声を発した。爆発寸前の火薬庫じみたアトモスフィアが大通りを満たした。シルバーキーはこめかみに指を当てた。フォレストが付け加えるように無造作に言った。「……今更言う事も無し」「イヤーッ!」シルバーキーが力を込める!「「「「「アバババーッ!」」」」」

「そうだ。こうなる」スターゲイザーは頷き、腕組みして、バリケード前のアビ・インフェルノ絵図を見守った。大通りに接する建物の屋上に一人、また一人、ニチョーム側のニンジャ達。「どちらにせよ我々からも譲歩要素の提示は無い」バラバラバラバラ……壁を越えヘリコプター連隊が上空から迫る。

 ザリザリ…スピーカーがノイズを発した。『中からシツレイするわ。ドーモ。ネザークイーンです。観念をし!アマクダリ!』「「イヤーッ!」」ビル屋上からニンジャが飛び降りた。ファーリーマン!スーサイド!ルイナー!一方空中のヘリコプターから縄梯子が垂れ、アマクダリのニンジャも降下開始!

 バオーン!バオーン!バオーン!バオーン!バオーン!レディオ放送のボリュームが引き上げられ、雑音を研ぎ澄ませたかのような激烈な爆音ノイズ・ビートがたちどころにニチョームを満たす!BRATATATATATA!装甲車が飛び降りてくるニンジャ達へミニガン掃射を開始!

「イヤーッ!」機関砲の直上に落下したルイナーが、まずこれを叩き潰した。負傷した肩にはいまだ鉄条網が巻き付き、カラテの流動に応じて生き物めいてざわめいているようにも見えた。「イヤーッ!」そこへまっすぐ斜めに跳んだのはスターゲイザー自らである。「グワーッ!」ルイナーを蹴り飛ばす!

「イヤーッ!」間髪入れず、スーサイドがスターゲイザーの後方から襲いかかった。アマクダリ・ニンジャの増援よりも、彼らの攻撃がわずかに早い。スターゲイザーはただ振り返り、スーサイドを受け入れるかのように余裕あるカラテを構えた。「イヤーッ!」両者の手と手が掴み合った。

「ははは。相撲か」スターゲイザーは笑い、冷たく無感情な目でスーサイドを見た。「お前のジツには興味があったぞ」「イヤーッ!」スーサイドの上半身が白い光を発した。スターゲイザーは光に捉えられる。「そうだ。力比べをしよう。スーサイド=サン。俺と……ははは。お前とでな」「イヤーッ!」

 スターゲイザーは己の両手から生命力を引きずり出される感覚を味わう。「面白い」「イヤーッ!」彼の力の源は空にある。彼は静止衛星から転送される身体構築情報とエネルギーを受け取る。無尽蔵に。幾らでも。ゆえに彼は無敵であり、不死身だ。

 彼のプロテクターは超高密度の触媒を貯蔵しており、これと、場合により大気中の重金属成分を利用し、転送されてくるエネルギーを捉え、肉体を生成する。ニンジャの肉体を。果たして彼が生物と呼べるのだろうか。そして彼を動かすエネルギーを生命力と呼べるだろうか?これがナノカラテエンジンだ。

 肉体も、装束も、プロテクターそれ自体も、天上からの供給エネルギーをもとに再生させる。彼は地上の世界から一次元高いカラテを為すのだ。「イヤーッ!」スーサイドは吸収を継続する。アマクダリのニンジャ達が次々に地上へ降り立ち、インターラプトに向かう。ルイナーが迎撃する。

「イヤーッ!」ファーリーマンが到達し、ルイナーを援護する。アマクダリのニンジャ達が一人また一人と降り立つ。イクサにおける個別のアイサツは、開戦時の両大将が代表する事で省略可能だ。「イヤーッ!」「イヤーッ!」攻撃応酬を周囲に見ながら、スターゲイザーとスーサイドは押し合う。

「俺の力を吸えるのか?幾らでもくれてやろう!」スターゲイザーは言った。「……いくらでも!」「アバーッ!?」スーサイドは叫んだ。光が流れ込む!「喰らえ!さあ、喰らうといい!ノスタルジーの力を……美しき知恵の果実をな!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」

 スーサイドは危ういところで組み合いを脱し、身をもぎ離した。「イヤーッ!」そこへスターゲイザーは丸太めいたサイドキックを叩き込んだ。「グワーッ!」キリモミ回転しながらスーサイドは大通りを反対まで吹き飛び、ビル壁に叩きつけられた。「グワーッ!」「おお……」スターゲイザーは震えた。

 彼は、己の守護天使……常に寄り添い、だが近づくことかなわぬ静止衛星の存在を、愛し、そして憎む。乾いた悲しみが彼のニューロンを常に満たしている。分散したメガトリイの一部を引き継ぐ彼にとって、宇宙とは放逐された楽園であり、月とは彼が本来到達してしかるべき地である。

 イッキ・ウチコワシのバスター・テツオの甘言に操られてオムラを追い落しにかかったオナタカミであったが、所詮は権力欲に駆られた蒙昧な集団、さしたるビジョンなど持ち合わせていなかった。ゆえに彼が思想を与え、テクノロジーを与えた。メガトリイの遺伝子を注入し、矯正したのだ。

「イヤーッ!」乱戦を飛び越え、フォレスト・サワタリが回転しながら斬りかかった。スターゲイザーはそちらを見たが、特に避けない。マチェーテが彼の左肩と鎖骨と首を切り離した。「うむ」吹き飛ばされながらスターゲイザーは声を発した。ナノカラテエンジンが発動し、ボディが構築された。

「サイゴン!」サワタリは地を蹴り、足首を斬り裂きに行く。スターゲイザーは上からサワタリの頭部を押さえつけ、叩きつけた。「グワーッ!」「イヤーッ!」そしてケリ・キック。「グワーッ!」サワタリは両腕をクロスして防ぐが、タタミ七枚分撥ね飛ばされる。

 宮殿を失い、しかし滅びず、この地球上へ落ちて来たアガメムノンを見出した時、スターゲイザーのニューロンには様々な感情が去来した。好ましいものばかりではない。むしろ感傷は強まった。当時のアガメムノンには何の保証も後ろ盾も無く、一人二人のニンジャを従えるばかりだった。

 しかしメガトリイのスターゲイザーにとって、鷲の一族の正統なる末裔に従わない理由は1ミリグラムも無かった。ごく自然な事だった。アガメムノンは歴史を戻し、スターゲイザーの歪んだカラテ・テクノロジーも白紙に帰するであろう。だがそれはスターゲイザー自身の望む、テックの浄化である……。

「サイゴン!」スプリング・ジャンプで体制復帰したフォレスト・サワタリが再び襲い掛かる。「イヤーッ!」相手ニンジャを打ち倒したファーリーマンが一瞬の隙をついてスターゲイザーに攻撃する。「イヤーッ!」スターゲイザーはサワタリをいなして投げ飛ばし、ファーリーマンのボーを踏みつけた。

「イヤーッ!」「グワーッ!」そしてファーリーマンの側頭部にチョップを叩き込んで沈め、「イヤーッ!」「イヤーッ!」飛びかかって来たルイナーの腕を取ってイポン背負いを決めた。「グワーッ!」KABOOOM!スターゲイザーはヤグラ337ビルが火を噴くさまを満足げに見た。「さて……」



【ロンゲスト・デイ・オブ・アマクダリ:ニチョーム・ウォー】#7 終わり。【フェアウェル・マイ・シャドウ】 #6 に続く。



8

 KABOOOM!「グワーッ!」ZZZTOOM!「グワーッ!」ネザークイーンは怯んだ。今の爆発は近い!既に内部に侵入したアマクダリ・ニンジャが、いよいよこのヤグラ337を叩き潰しに来ている。ビル内の戦力はごく僅か。ヤモトは負傷し、シルバーキーとディスカバリーはカラテ戦向きでない。

「イヤーッ!」風穴の空いたUNIXフロアに、遂に敵ニンジャが跳躍侵入した。「ドーモ。ネザークイーン=サン。フォースカインドです」「ヴァルキリーです」「ドーモ。ネザークイーンです」「おやおや、守り無し!オーテ・ツミだな」「あいにく誰も彼も忙しいのよ」ネザークイーンは睨み返した。

『ヨー、人々!耳を塞いだって聴こえるぜ!KMCレディオ!』音はビル内、街中を満たす。そしてネオサイタマのあちこちで鳴っている。『隣人に注意せよ、奴らはそう言う。隣人は今、理不尽との戦闘真っ最中だ。そいつが負けたら次はアンタだ。ヨー、起きろ!』「アタシ達を倒して、次はどうする?」

「出来損ないどもめ。貴様らで最後だ」フォースカインドが言った。ネザークイーンは息を吐いた。「アータたちはどうするのッて聞いてるの」「アマクダリ・セクトは世界を支配する。お前は負け馬に賭け、俺達はゲームに勝った。そういう事だ」「気楽なものね」終わりか。だが、その時だ。IRC通信。

『ザリザリ……ナノカラテエンジンの人工衛星をハックしたッ!』ネザークイーンの耳元で鳴った電波音声は……ユンコ?『今から再起動完了までの15分間、ナノカラテエンジンは使えない!15分で……』KBAM!UNIX爆発!通信網断絶!だがそれはニチョームの者達にとって十分すぎる狼煙!

「イヤーッ!」ネザークイーンはZBRシリンジでニューロンをキックし、車椅子を蹴り飛ばして立ち上がった。そして決死のカラテを構える!「死ぬまで足掻いてやろうじゃねえの!」「ならばそれは数十秒程度の事!死ね!」ヴァルキリーが踏み込む!「イヤーッ!」BLAM!「グワーッ!」

 ヴァルキリーの肩口を弾丸が撃ち抜いた。「グワーッ貴様!」残忍な女ニンジャは一転、血走った目を見開き、フロアにエントリーしてきたスキンヘッドとガスマスクのニンジャを見た。「裏切り者!」「後が無いんだよォー!」金属質の高音で喚きたてながら、その者はニンジャモーゼル銃をリロードする!

「イヤーッ!」「グワーッ!」ネザークイーンの拳がヴァルキリーの顔面を捉えた。「イヤーッ!」フォースカインドがサイコキネティック・タナカ・ジツで破砕UNIXモニタを引き剥がし、ネザークイーンに投げつける。「イヤーッ!」ネザークイーンはガード!ムテキ・アティチュード!

「イヤーッ!」ヴァルキリーがカラテ・ジャベリンでネザークイーンに襲いかかる!だがネザークイーンはクロスしていた腕をヴァルキリーに向けると、衝撃エネルギーを撃ちかえしたのだ!KABOOM!「グワーッ!」そしてディクテイター!ネザークイーンの横へ並び立ち、BLAMBLAMBLAM!

「アバーッ!」ヴァルキリーのメンポ、腿、心臓をモーゼル弾丸が貫通!「後が!後が無い……ねえンだよォー!するかよセプク!しねえよッ!」ディクテイターは喚き散らす!「アバーッ!サヨナラ!」ヴァルキリーは爆発四散!「イヤーッ!」狼狽えるフォースカインドを殴るザクロ!「グワーッ!」

「クッソ」ディクテイターは震える手で再びニンジャモーゼルをリロードする。「クッソ!俺がこんな……私の人生設計!」「イヤーッ!」「グワーッ!」フォースカインドがネザークイーンを蹴り飛ばし、ディクテイターに向かって行く!ディクテイターは装填の間に合わぬ銃を捨て、カラテを構える!


◆◆◆


「イヤーッ!」「グワーッ!」再び攻撃してきたフォレスト・サワタリをいなし、わき腹に丸太めいたケリを叩き込んだ瞬間、スターゲイザーは唐突な究極的空虚を味わった。この不可解な感情の動きはなにか?彼は反射的に空を見上げ、まず理解した。静止衛星からのデータ送信が停止している。

 成る程、通信トレーラーへの攻撃があったか。あり得ぬ事態だが、ゆえに敵はいかにしてか、そこを突いた。通信トレーラーは単なる機動前線であり、仮にそれが破壊されたとしても、空の上の静止衛星が連鎖爆発する事などない。オナタカミ本社をはじめとする複数の拠点で継続オペレート可能だが……。

「なんとまあ、コシャクな工夫をしてきたものだ」スターゲイザーは呟いた。確かめずともわかる。トレーラーを乗っ取ったうえで、静止衛星にシステム再起動命令をかけたか。こうなればもはや、外部からはただ指をくわえて、静止衛星が再起動処理を完遂するその時を待ち続けるより他になし。

 KABOOOM!再びヤグラ337ビルが火を噴いた。ヤグラ337は敵の決意の象徴だ。ゆえに潰す。レネゲイドを筆頭に、破壊工作ニンジャが処理にあたっている。あちらを落とすのは時間の問題と言えようが、「さて、これは困ったな」スターゲイザーはカラテを構え直し、周囲を睨む。

 再起動に要する時間は15分。陣頭指揮をとるアマクダリ最高幹部が路地裏におめおめ逃げ込むわけにもゆくまい。低レベルなユーモアだ。彼はここで敵の攻撃に耐え抜く必要がある。こちらの頭数は、パスファインダーと、降下ニンジャ達。モナーク、アドミラル、カッツバルゲル、エクイテス。

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」彼らのカラテと敵のカラテでは後者が上回る。厄介なアーチ・ニンジャも混じっている。「グワーッ!」カッツバルゲルが地を舐め、ルイナーがスターゲイザーに向かってきた。スターゲイザーは腰を落とす。「イヤーッ!」「イヤーッ!」

「グワーッ!」肩から背中にかけてを叩きつけるカラテ奥義ボディ・チェック。スターゲイザーのような巨体の持ち主が繰り出せば、列車衝突事故にも等しい。ルイナーは弾き飛ばされ、受け身を取れずにバウンドする。「イヤーッ!」そこへファーリーマン。ボーを突き立て、モナークを飛び越えて来る。

 これはたいした相手ではない。「イヤーッ!」「グワーッ!」斜め45度ポムポムパンチがファーリーマンを捉え、斜め上に吹き飛ばした。「イヤーッ!」「イヤーッ!」部下のニンジャ達がスターゲイザーをフォローするために集まろうとする。ローマ・ファランクスめいた密集体型でもとればよいか。

「スターゲイザー=サン!」パスファインダーが叫んだ。「まずい!」彼は示すように装甲車上に飛び乗った。「イヤーッ!」スターゲイザーは後を追って跳んだ。「奴が!」パスファインダーは己のニンジャ第六感が察知した恐るべき敵をバリケード上に指さした。何かがうごめいた。棘だらけの影!

「AAARGH!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」一瞬後、濁流めいた鉄条網の嵐が、路地という路地、四方八方から襲い来て、ニンジャ達を絡め取ったのである!敵味方区別無く!「グワーッ!」「グワーッ!」「スーサイド!」バリケード上の影が吠えた。「面倒見ろ!」

 影は金色の目をギラギラと輝かせ、パンク・ニンジャ憑依者に叫んだ。「俺は器用じゃねェからなァー!」「イヤーッ!」応えるまでもなく、スーサイドは己に絡みついた生きた鉄条網をソウル・アブソープションによって崩壊させ、拘束を脱すると、仲間を封じる鉄条網を選択的に排除してゆく。

 間違えようもなく、バリケード上の影はアナイアレイター……このニチョームに陣取った反アマクダリのニンジャの中で、もっとも危険な排除対象だ。ドラゴンベインがこれを討ち、ほぼ真っ二つにするも、カイシャクする事はかなわなかった。どちらにせよ戦線復帰は不可能と見ていたが……。

「フォハハハハ……畏れよ!」金色の瞳の持ち主は、失われた半身に鉄条網の群れをまとわりつかせ、それをバリケード上のシマナガシ旗に同化させるようにして、その身を支えているようだった。「俺はアナイアレイター……テメェら……全員まとめて……!」「イヤーッ!」ルイナーが装甲車に跳ぶ!

「イヤーッ!」スターゲイザー応戦!「イヤーッ!」そしてサワタリ!「イヤーッ!」パスファインダーが身を挺してスターゲイザーを守る!「サイゴン!」マチェーテがパスファインダーの左腕を斬り飛ばす!「グワーッ!」「AAAARGH!」部下のニンジャ達の腰から下がもはや鉄条網に呑まれる!

「イヤーッ!」「グワーッ!」スターゲイザーはルイナーの腹部にパンチを叩き込んだ。吹き飛ぶルイナーのもとへ鉄条網が延びるが、「イヤーッ!」ボーを突き立てて跳んだファーリーマンが彼をキャッチ。隣接ビルの看板上に着地した。「うまくない」スターゲイザーは呟いた。

「ア……アア……アバーッ!」エクイテスが血を吐き、引き裂かれた両腕が宙を舞った!スターゲイザーはIRC通信をコールした。『ドラゴンベイン=サン。交戦中か?悪いが優先命令だ。ゲート内へ来い。アナイアレイターが戦線復帰し、ちと押されている。加勢しろ』

「サイゴン!」「グワーッ!」パスファインダーがサワタリに胸板を斜めに切り裂かれ、怯んだ。スターゲイザーは……「イヤーッ!」「ヌウッ!」後ろから組み付いたのはスーサイドだ!「さっきは味な真似してくれたじゃねえか」パンク・ニンジャ憑依者は不敵に言った。「おかわり貰えねえか!」

「イヤーッ!」「グワーッ!」スターゲイザーはスーサイドに肘打ちを食らわせる。「イヤーッ!」スーサイドの上体が白く発光を始める。「イヤーッ!」「グワーッ!」スターゲイザーは再び肘打ちを食らわせる。スーサイドはとどまる!スターゲイザーはぞっとするような生命力減衰の感覚を味わう!

「イヤーッ!」「グワーッ!」パスファインダーのチョップがサワタリの肩を砕いた。サワタリはパスファインダーの肋骨を割ったナイフを動かし、心臓を抉った。「グワーッ!」パスファインダーの血が天高く噴き上がる。彼はもう一撃サワタリに加えようとしたが、果たせなかった。「サヨナラ!」

「イヤーッ!」スターゲイザーは再び肘打ちを食らわせる!「グワーッ!」スーサイドが怯んだ。スターゲイザーは組み付いているスーサイドの腕に己の腕を挿し込み、テコの原理で前に向かって投げた。「イヤーッ!」「グワーッ!」装甲車から落下するスーサイドを後目に、サワタリが挑みかかる!

「イヤーッ!」「グワーッ!」スターゲイザーはサワタリの負傷した肩に再度のチョップを叩き込んだ。サワタリは激痛に顔を歪ませた。「イヤーッ!」「グワーッ!」スターゲイザーは怯んだサワタリにポン・パンチを叩き込んだ。自らは回転ジャンプで装甲車から大通りへ飛び降り、鉄条網を振り払う。

 苦闘する部下のニンジャ達を救ってやる合理的理由は無い。スターゲイザーは絡みつきに来る一筋二筋の鉄条網を踏みにじり、鉄条網重点展開地帯から脱すると、バリケードに向かって着実に前進を始めた。「イヤーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ファーリーマンを裏拳で叩き伏せた。

「イヤーッ!」「イヤーッ!」サワタリがかろうじて投擲したマチェーテを払い飛ばし、スターゲイザーは前進を続けた。ルイナーが立ちはだかる。彼のダメージ蓄積はごまかしきれぬレベルだ。「イヤーッ!」踏み込み、掌で打つ。遅い。側頭部にチョップを食らわせる。「イヤーッ!」「グワーッ!」

「AAAARGH!」バリケード上のアナイアレイターが咆哮する。「イヤーッ!」スーサイドがスターゲイザーにタックルをかける。「イヤーッ!」「グワーッ!」白金色のニンジャがインターラプトをかけ、殴り倒す。ドラゴンベインだ。「イヤーッ!」もう一人のニンジャ、チリングブレードも到達。

 残り11分。スターゲイザーはバリケード上のアナイアレイターを見る。そしてその向こう、ヤグラ337ビルを。レネゲイドの仕事はどうか?「イヤーッ!」アナイアレイターの手がスターゲイザーに向かって突き出された。鉄条網が飛んだ。「イヤーッ!」スターゲイザーは身を沈め、駆けた。


◆◆◆


 ネザークイーンは床に手を付き、どうにか立ち上がった。「ハアーッ……」ヤモトは肩で息をしている。ディクテイターはすぐそばでくの字になり、苦悶している。フォースカインドはがっくりと膝をつき、血を吐いた。そして爆発四散した。「サヨナラ!」「間に合った……」ヤモトは弱々しく言った。

「下は」「セントール=サンが戻ってきてくれた」「粋桃はどうなってる?」「この337ビルを落とす為にニンジャ戦力が、ゲホッ、集中しておるのだろうが!」ディクテイターは起き上がった。「つまり私の臨機応変の状況判断と救援あらばこそだぞ!ここが落ちれば終わりだ。粋桃など犬に食わせろ」

 ヤモトは言い返す言葉をグッとこらえる。「助かったわ」ネザークイーンは言った。ヤモトは頷き、すぐに踵を返して再びUNIXフロアから走り出る。敵は下階……レネゲイドをはじめとする破壊工作ニンジャを倒さねば。ディクテイターは装束の埃を叩き、壁の風穴から下の様子を見、慄いた。

 バリケードの上に立つのは恐るべきアナイアレイター……なんたるしぶときニンジャ生命力か……鉄条網によってニンジャ達を捉え、動きを留めている。しかしスターゲイザー自体を滅ぼすには至っていない。「さっきの通信は」ディクテイターは言った。「あと何分だ。もう終わりだ」

 ネザークイーンがなにか言いかけた時、風穴からフロア内へ斜めに飛翔してきたのは一羽のフクロウである。「グワーッ!」フィルギアは変身を解きながら床を転がり、大の字に寝そべった。「ハアー……ハアー……こんなに頑張った事は無いや……」「状況は!」「さあな……どう転ぶか……もう決着だ」

「何たること」ディクテイターはもはやフィルギアを見ることすらせず、空に湧いた影を見、立ち尽くす。「ハァー……ハァーッ……」フィルギアは痩せた胸を上下させながら、声を絞り出した。「アー……ありゃあアマクダリの航空部隊だ……参ったよな……だけど……」彼は目を閉じた「諦めねえぞ」

 スターゲイザー。その無限の命を担保する静止衛星は再起動オペレーションの最中。アマクダリ・セクト12人の一人にして、このニチョーム殲滅作戦の最高責任者である彼を墜とせば、進軍の手が止まる。レディオ放送がアマクダリの欺瞞的情報統制に揺さぶりをかける。生存の道はその先にこそある。

 再起動オペレーションの終了まで10分弱。その間にスターゲイザーさえ倒せば……「奴を倒したからといって、運命は変わらんに違いない」ディクテイターが言った。「ハ!」フィルギアは笑い飛ばした。「俺らの生き方は変わるさ!騙されたと思って、下のヤモト=サンらを助けに行けよ!」

「グムーッ……」ディクテイターは唸り、UNIX機の焦げ跡にもたれかかるネザークイーンと、大の字に仰向けのフィルギアを交互に見た。そそくさとニンジャモーゼルを拾い上げ、「私しかおらんなどと!私しか!」肩を怒らせ、足早に退出した。「……ハッハハハハ!」フィルギアは笑った。

「さて、まだやれる事はあるかも」フィルギアは呟き、大儀そうに身を起こす。「アータ、何なの?」ネザークイーンは青い顔で言った。「アータは、シマガナシは、どうしてここまで」「ヒヒヒ、レディオも言ってる」フィルギアは見ずに答えた。「隣の奴をほったらかせば、明日は自分で、味方は無し」

 ディクテイターが立った場所にフィルギアは立ち、空の編隊と、大通りの攻防を見下ろした。「アマクダリはごめんだよ……俺はニンジャで……長生きで……楽しくやりてェだけなんだ。楽しくやりてェだけ……それだけの為に、こんなに苦労するんだ。びっくりだよ……」彼は北ゲート方向を見やった。

「ワッツ」北ゲート方向で今まさに起こっている出来事を、フィルギアのニンジャ視力はさやかに見た。「どうしたの……」ネザークイーンが呻いた。暴走トレーラー。フィルギアは笑い出した。


◆◆◆


「イヤーッ!」「ンアーッ!」セレニティの二刀流サイ攻撃はヤモトの防御をかいくぐって傷つけた。337ビルの正面口前、ヤクザの死体が散乱する中、ニンジャ同士のイクサは激しさを増す一方だ。ヤモトの首元のニンジャソウル布はブスブスとくすぶり、その密度も長さも減衰を始めていた。

「イヤーッ!」セレニティはサイをクルクルと回転させ、ヤモトの鎖骨部を付き刺しにいく!「ニイイーッ!」「グワーッ!」スリケニストを吹き飛ばしながら突進してきたセントールは、上体を反らし、ヤモトの襟首を後ろからグイと掴んで引き寄せ、投げ飛ばす!「イヤーッ!」ヤモトは壁を蹴り反転!

「イヤーッ!」「ニイイーッ!」走り込んだセントールの胸元に強烈な飛び蹴りを食らわせ、ヤモトを追うように二段ジャンプを繰り出したのはレネゲイド!「イヤッ!イヤッ!イヤーッ!」空中で三連続回し蹴り!「イイーヤヤヤヤ!」ワン・インチ距離ゆえ、ヤモトはカタナの鍔でこれを防ぐ!

「イイイヤアーッ!」「ンアーッ!」四連目の蹴りはヤモトの首筋を横から捉え、地面に流星めいて叩きつけた。蜘蛛の巣状のクレーターがアスファルトに生じ、ヤモトは肺の中の空気を残らず吐き出した。「イヤーッ!」レネゲイドはカイシャクのバクチクをヤモトに投擲!……KBAM!

 これを二者の中間地点の空中で撃ち落としたのは、こそこそと忍び出て来たディクテイターのニンジャモーゼル援護射撃であった。ヤモトは咳き込みながら身を起こし、飛びさがった。「ニイイーッ!」セントールがセレニティをサスマタで突いた。「グワーッ!」そして投げ飛ばす。「グワーッ!」

 KKKKBAMMMM!アブサーディティはバクチクを散布しながら流麗に着地した。そして舌打ちした。「凡庸な言葉になってしまうが、悪あがきもここに極まれりだな」走り込んでくるセントールを見ながら、彼は瞑想的に言う。「ニンジャのイクサの時代は終わりだ。お前らも、俺達も、等しくな」

「イイイイーヤヤヤヤヤ!」スリケニストが凄まじい勢いでスリケンを連投する。セントールの脚部に無数のスリケンが突き立つ。転倒しながら、セントールはサスマタを繰り出す。「イヤーッ!」アブサーディティは飛び、ただこの突進を回避する。後ろでセントールが倒れ、もはや起き上がる力は無し。

「来るな!鉛弾を叩き込む!」ディクテイターがニンジャモーゼルを構える。歩きながらアブサーディティは手招きした。BLAM!撃ち込まれた弾丸をアブサーディティは指先で掴み、捩じり潰した。「生き汚い連中だ。巨大な流れ……システム……もはや個人の意志が物事を動かす楽観的な世界は夢だ」

「アイエエ!」ディクテイターが飛びさがった。ヤモトがカタナを構える。二刀流を捨て、一刀のイアイだ。スリケニストはアブサーディティのやや右後ろで20枚のスリケンを準備した。アブサーディティはヤモトの眼差しを見返し、呟く。「そうしてイクサを繰り返した先に何があるか、考えんのか」

「ごちゃごちゃうるさいよ」ヤモトは言った。「言葉遊びは他所でやれ!ここはアタイの街だ!」その目に桜色の火が灯る!「若いな」レネゲイドは低く呟く。「俺はアブサーディティだ」そして地を蹴る。スリケニストがスリケン高速投擲開始!「イイイイーヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤ!」

「イイイイイヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤ!」ヤモトはカタナでスリケンを弾き返す!ナムサン、これでは必殺のイアイ斬撃を繰り出す事はできぬ。アブサーディティは踏み込み、ローキックを繰り出す。「クウッ……」ヤモトはこらえる。そしてアブサーディティのハイキック!「イヤーッ!」「ンアーッ!」

 スリケニストは怯んだヤモトに再び20連スリケン投擲準備!「イイイー……」BLAM!「グワーッ!」ニンジャモーゼルがスリケニストの肩を撃ち抜く!「イヤーッ!」ヤモトは体勢復帰し、アブサーディティの蹴りを回避!ディクテイターは次の動きを決め兼ね、視線をさまよわせた。「アイエッ!」

 彼の視線はバリケード方向に定められた。アナイアレイターが陣取るバリケードの上に、もう一人のニンジャの巨体の影が立ったのだ。既に絶望の色濃いディクテイターのニューロンは二倍の絶望を味わった。スターゲイザーがアナイアレイターのもとに到達したのである。

 スターゲイザーはアナイアレイターを殴りつける。「終わりだ」ディクテイターは呟き、ニンジャモーゼルを構えた腕をだらりと垂らしかけた。だが、彼はなお訝しんだ。戦闘光景の更に奥……バリケードの向こう……地鳴りが伝わり、砂塵めいて霞む。何かが迫ってきているのか?


◆◆◆


「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」アナイアレイターをスターゲイザーは繰り返し殴りつける。金色の瞳が己を滅ぼそうとする敵をなおも見据える。「フォハハハハハ……ハハハハハハ!効かぬ……効かねえな……痛くも痒くもねえな……!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

「厄介だな」スターゲイザーは率直に言った。大通りの鉄条網は崩壊を始めているが、アナイアレイター自身はバリケードに突き刺さった旗を支柱に、半ば己の身体と鉄条網を介して同化させている。スターゲイザーのカラテは非常に強力であるが、このニンジャ耐久力の持ち主をカイシャクするには骨だ。

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」チリングブレードとドラゴンベインは、バリケードに取りつこうとするフォレスト・サワタリらを阻み、遠ざけている。信頼に足る戦士達である。再起動までに4分44秒。鮮やかな勝利とはゆかぬが、守護天使の加護を取り戻すのは容易だ。

 地鳴りが近づいてくる。「アソボウゼ!」アナイアレイターが血泡を吐き、言った。スターゲイザーは閉口する。このアナイアレイターはここで殺しておくべきだ。『あと五分!』彼のニンジャ聴力は拡声器の声を拾った。『潰せる!?』「む……」スターゲイザーは目を細めた。再び拡声器。『伝えて!』

 頭上をフクロウが横切った。続けて、スターゲイザーのニンジャ聴力は拡声器方向からのニンジャの叫び声を捉えた。「ヤグラ337!いいか!このまま突っ込むぞ!」「正気か?」スターゲイザーは耳を疑った。ここまで来てヤバレカバレの自爆行動とは。「ヌウッ」彼は己の腕を見やる。鉄条網。

 鉄条網はアナイアレイターを殴ったスターゲイザーの腕に巻き付き、シマガナシ旗にとらえて繋ぎ止める。「イヤーッ!」スターゲイザーはもう一方の腕で鉄条網をチョップ、切断。左腿に鉄条網。シマガナシ旗にとらえて繋ぎ止める。「逃げんじゃねえ」アナイアレイターが笑った。「チキンレースだ」

「イヤーッ!」スターゲイザーは左腿の鉄条網を切断。右腕に鉄条網。シマナガシ旗にとらえて繋ぎ止める。「イヤーッ!」振り払い、引きちぎる。足先に鉄条網。シマナガシ旗にとらえて繋ぎ止める。「ビビッてるか」アナイアレイターは言葉を押し出す。「俺は全然平気だぜ。屁でもねえ」

「オイッ!」ニンジャの呼び掛ける声。「くだらねえマネするんじゃねえ!ダセェ事は!」「ダセェ事だ?バカか、テメェは」アナイアレイターは叫び返した。そしてスターゲイザーを見た。「土壇場で恥かかせてくれるよなァ。ウチの奴は。締まらねえ……続けようぜ!」

 スターゲイザーに、もはやそちらを見やる余裕はない。「イヤーッ!」鉄条網を引きちぎる。「イヤーッ!」アナイアレイターの片腕がのび、鉄条網がのび、スターゲイザーをとらえて繋ぎ止める。再起動完了まであとどのくらいだ?スターゲイザーは電撃的に思考を巡らせる。これは……これは一体!

「ヌウウーッ!」「じゃあな」アナイアレイターはスターゲイザーを解放した。鉄条網が彼と旗の根元に収束した。「カラダニ!キヲツケテネ!」アナイアレイターは哄笑した。KABOOOM!鉄条網が爆発し、真上にアナイアレイターの半身を跳ねあげる!「オオオオ!」スターゲイザーは跳……。

 超巨大トレーラーはスターゲイザーに衝突した。その死の瞬間、許されれば、彼は空を見上げようと試みただろうか。己の守護天使を。あるいは月を。しかしその答えを知る者はない。そのとき彼に与えられた時間は極めて短かったからだ。「サヨナラ!」スターゲイザーは爆発四散した。



【ニチョーム・ウォー】#8 終わり。続く #9 は 【フェアウェル・マイ・シャドウ】#8 とのザッピング進行。



9

 スターゲイザーは爆発四散した。巨大トレーラーはドリフトしながらヤグラ337ビルに衝突、横転し、後方の無人ビルに突っ込んで停止した。その瞬間、イクサの場に全き沈黙が訪れた。

「死んだぞ!スターゲイザーは死んだ!」ニチョームの空をフクロウが旋回し、決定的な事実を宣言した。「アマクダリ・セクト最高幹部の一人、ニチョーム包囲網の指揮官、スターゲイザーが、くたばった!」

「バカな。ありえん」ディクテイターは震えだした。彼はかえって混乱していた。「終わりだ」「スターゲイザー=サンが?」スリケニストが呻いた。「死んだだと?……最高幹部……?どうする、レネゲイド=サン」「……」彼はヤモトと睨み合った状態で、やや距離を取る。状況判断が必要だ。

 ヤグラ337はやや傾き、巨大トレーラーはシュウシュウと音を立て、粉塵と熱蒸気は霧めいてイクサ場を満たしていた。どちらの勢力も下手に動けなかった。敵の指揮官は滅びた。いかなる指示がくだる?これでアマクダリは撤退するのか?それとも……?

「生きてるか?」ヤグラ337の最上階展望部、ソファーにしがみついたディスカバリーが顔を上げ、シルバーキーを呼んだ。瓦礫を押しのけ、シルバーキーが身を起こした。「今のはキたな……」よろめきながら、彼は端まで歩き、ニチョームの様子を見渡した。そして空の影……アマクダリ航空部隊を。

「帰れよ……帰れッてンだ」シルバーキーは呻いた。真下の大通りは雲海めいて、その状況の細部はわからぬ。蠢くニンジャソウルの存在を彼は感じている。だが、とにかくスターゲイザーは死んだのだ。「動かねえな」ディスカバリーが言った。「南側。ヨロシサンの奴ら動かねえ。むしろ、数を固めてる」

 先ほど彼らがサブジュゲイターに仕掛けた大規模ニューロン・ハックは、彼ら自身にとっても尋常ならざる負担を強いた。二度三度と試みればおそらくロクな結果を呼ばぬであろうことはわかりきっている。彼らは緊張した面持ちで互いに視線をかわした。

「奴らが動いたらよォ……しょうがねえ……俺が調べて、お前が引っ掻き回す。な」ディスカバリーが言った。シルバーキーは頷いた。ディスカバリーは嘆息した。「お前、こんだけ高い場所から跳んだ事、あるか?」「あるような、ないようなだ」「冗談言ってんじゃねえよ。こういう時によ。まあいい」

「ありえんぞ……」呟きながら、ディクテイターはじりじりと横へ移動し、睨み合うヤモト達から遠ざかる。タタミ5枚、タタミ6枚……そして踵がざわつくなにかに触れる。「アイエッ」彼は悲鳴を殺し、足元を見る。ナムサン、鉄条網!それはアナイアレイターの半身を形成する無機物から伸びたものだ!

 鉄条網は彼の踵に巻き付き、ズルズルと音を立てて、仰向けのアナイアレイターの生身を引きずってくる。バリケードのこちら側に落ちたのだ。「アイエエエエ……!」「ざまァ……見ろ……ハハハハァ……」アナイアレイターの声は消え入るようだったが、晴れやかだった。

 一方、フォレスト・サワタリ達は晴れゆく粉塵の中で、片手にマチェーテを握り、チリングブレードと対していた。もう一方の手はだらりと垂れている。死角を守るように立つのはスーサイド。そこからやや離れた地点に、ルイナー、そしてファーリーマン。ドラゴンベインと対する。

 サワタリ達は、背後のバリケード、その向こうのヤグラ337に、じりじりと後退を始めた。アマクダリのニンジャは動きを見せない……動きを……その膠着が、不意に破れる!ドラゴンベインの恐るべき殺気によって!「イヤーッ!」白金のニンジャが地を蹴る。イクサの火蓋が再び切って落とされた!

「「「「ザッケンナコラー!」」」」南側で怒声!ヨロシサン陣営が動き出した。ドスを振り上げるクローンヤクザ達が、アケチの軍勢じみて雪崩れ込む!『ドーモ。キュアです。スターゲイザー=サンにかわり、私が指揮を引き継ぐ』ペイシェント神輿に担がれた喪服姿の少女が拡声器を使用!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」一足先に到達した戦闘機が上空を通過すると、新たなアマクダリのニンジャの増援が回転しながら大通りに落下してきた。「ヤグラだ!」フォレストはチリングブレードの斬撃をかわしながら叫んだ。「各自ヤグラに戻るべし!」

「今にもブッ潰れるケチな本拠に戻ってどうするッてンだ?イヤーッ!」チリングブレードはサワタリに斬りかかる!「イヤーッ!」サワタリはブリッジから後ろへ転がり間合いを取る。そして踵を返し、脇路地へ!「イヤーッ!」チリングブレードは大きく剣を振ってスーサイドを牽制、サワタリを追う!

「グワーッ!」ルイナーはドラゴンベインのケリを受け、後ろへ吹き飛ぶ。ドラゴンベインは片足を負傷している。「逃げる戦士は追う戦士より遠ざかるので致命傷は受けにくい」とはミヤモト・マサシの兵法であるが、消極的戦術とドラゴンベインの傷がルイナーに逃走のチャンスを与えていた。

「イヤーッ!」「ナムサン!」ディスカバリーとシルバーキーは展望フロアのガラスの穴から外へ跳んだ。「アアアアアア!」落ちながらシルバーキーは叫んだ。彼らが対処すべきは南から雪崩れ込んでくるヤクザウェーブだ。彼らは着地と同時に前転しすべての落下ダメージを無効化、立ちはだかる!

「てめェら、まとめて……」シルバーキーはこめかみに指を当てた。目鼻から血が流れ出した。「まとめて……くそッ、イヤーッ!」「「「「スッゾオラー!グワーッ!」」」」先陣のクローンヤクザ達が倒れ、後続のクローンヤクザ達が転倒する。だがその効果範囲の狭さ!

 神輿の上のキュアがそのさまを眺め、サディスティックな笑みを浮かべる。「何をするかと思えば、その程度!随分と、お疲れかしら?」「「「「「ザッケンナコラー!」」」」」クローンヤクザY200は二人のニンジャに襲い掛かる!「イヤーッ!」ディスカバリーはカラテで応戦!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イーヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤ!」ヤモトはアブサーディティの連続攻撃、スリケニストの20連スリケン投擲を防ぐので精一杯だ。「ニイーッ!」「グワーッ!」セントールがスリケニストに体当たりをかける!満身創痍だというのに!

『ヨー、ちょっと寝ちまってたか!?プアー!ファッキン・ヨロシサン製薬の馬力ドリンクで、第3ラウンド開始だ!』街頭スピーカーが息を吹き返した。そして軽快なパンクロックが流れ出す。「イヤーッ!」「グワーッ!」ヤモトはアブサーディティに蹴りを入れて遠ざけると、イアイで斬りつける!

「グワーッ!」アブサーディティは両腕をクロスし、これを受ける。片腕のブレーサーが吹き飛び、刃は骨まで達した。アブサーディティは飛びさがり、バック転を打った。「イヤーッ!」スリケニストがヤモトにスリケンを、「ニイーッ!」「グワーッ!」セントールの後ろ足が蹴り飛ばす!

『ヨー、目覚めの曲はどうだ?次はアベ一休で、スシを食べ過ぎるな!そしてまたもやリクエスト・ホットライン!』「イヤーッ!」「グワーッ!」ディスカバリーがクローンヤクザを殴り飛ばす。その陰からシルバーキーが片手を突き出すと、続けて襲い掛かった数人のヤクザが血を吐きながら転倒した!

「なんとまあブザマな戦いぶりだこと!」キュアは扇子で己をあおぐ。『ドーモ、繋がってるかい?』『ドーモ、レディオ番組にリクエストするなんて初めてだけど』『ヨー、これは驚きのセクシーボイスだぜ。何かレディオネームは?』「呑気な放送……実際滑稽ね!」ヤクザが押し寄せる!

「スッゾオラー!」「グワーッ!」「ザッケンナコラー!」「グワーッ!」キュアは乱入してきた第三のニンジャに不快げな目線を投げる。「あら。ネザークイーン=サン?あらあら……本陣も車椅子も捨てて決死の覚悟?ウフフフフ」「チェラッコラー!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

『そうね、YCNAN、洋上から聴いてるわ』「YCNAN?」キュアは呟いた。「……洋上?」『YCNAN!イェー!目下指名手配中の謎の美女!試算懲役数千年のヤバい級ハッカーが、KMCレディオに突如現れた!俺の懲役なんて足下にも及ばないぜ!』キュアは眉間に皺寄せ、固唾を飲んだ。

「イヤーッ!」「「「「アバーッ!」」」」ヤクザ達が血を吐きながら倒れた。シルバーキーは咳き込み、吐血した。守るようにネザークイーンとディスカバリーが立った。更なるヤクザウェーブを繰り出しながら、キュアのニューロンには、様々な懸念の雲が立ち込めはじめていた。アルゴスの分析は?

 嫌な感覚だ。ニンジャスレイヤーはネオサイタマから洋上へ向かい、マスターマインド、ハーヴェスターを倒した。「12人」の共有する情報だ。ニンジャスレイヤーに手引きを行ったYCNANが、なぜレディオに?何を企んでいる?このニチョームに何らかの関係が?『私もぜひ真実を伝えたくって』


「スゥーッ……!ハァーッ……!スゥーッ……!ハァーッ……!」彼はただ無心でチャドー呼吸を繰り返した。(((……引く波。寄せる波。よいかニンジャスレイヤー=サン……己の呼吸を、地水火風の精霊、そしてエテルの流れとコネクトさせよ……!これぞドラゴン・ドージョーに伝わる極意よ)))


 キュアのもとには、ニチョーム市街に散ったニチョーム・ニンジャ達との交戦情報がリアルタイムに入ってくる。彼女は随時それらに応答し、徐々に送り込まれる増援を手足のごとく操る。敵はヤグラ337へ再び集まろうとしている算段だが、その結末は平安ニンジャじみた集団セプク以外にあるまい。

 いかなる抵抗を行おうと、圧倒的物量がそれを押し潰す。スターゲイザーの死亡はあまりに大きな痛手であり、悲劇である。ゆえに、それをこそ克服する事で、アマクダリ・セクトのシステムの完全性をより強固に証明する必要がある。それにしても、異常な一日だ。これほどの事が起こる。


「スゥーッ……!ハァーッ……!スゥーッ……!ハァーッ……!」限られた時間の中で限界まで傷を癒し終えると、死神はカッと目を見開いた。そして時速666km/hの風の中で、己の意識をイクサに向けて鍛え上げ、研ぎ澄ました!彼の頬は再び「忍」「殺」のジゴクめいたメンポで覆われていた!


『フォレスト・サワタリと交戦中……不覚……』チリングブレードからの通信。「どうした?レッドキャップ=サン、セコエンシア=サンをそちらの区画へ向かわせた。連携を」『セコエンシア=サンがアンブッシュを受けて死亡……私も一端体勢を立て直さねば……』「情けないこと」彼女は呟いた。

『ヨー、こりゃ穏やかじゃねえな。NSTVじゃとても無理!たちまちスポンサー様を怒らせて、番組は打ち切り!何しろ奴らのスポンサー様がアマクダリだ!』「なにを……」キュアは呻いた。レディオ……?即ちネオサイタマ全域に……?市民の支持など得ておらぬ零細放送局といえど、これは……。

 目の前の三人のニンジャをヤクザによって追い詰めながら、キュアは各ニンジャへの追加指示を検討、並行してレディオ懸念についても思考を巡らす。戦線は膠着状態に入りかけている。敵はフィールドを熟知しており、増援ニンジャはいまだ慣れておらぬ。

 レインメイカーやロングカットのようなスナイパーニンジャの睨みが現在も利いておれば、取れる戦術もまた違った筈。彼らは戦闘の初期に、ニチョームに組みする何者かの手で直接のアンブッシュを受け、殺害された。斥候めいて立ち回るニンジャの存在を彼女は把握している。変身能力。情報が少ない。

『秘密結社アマクダリ・セクト、謎に包まれてた幹部十二人のリストを初公開』YCNANの挑発的な声が流れた。「何ッ!」キュアは神輿の上で立ち上がる。「イヤーッ!」「アバーッ!」シルバーキーが再びジツを発動、ヤクザが転倒。凄絶な表情のネザークイーンが見上げた。「アーラ!何かしら!」


 そしてニンジャスレイヤーは立ち上がる。キョウリョクカンケイより射出され、磁気嵐を耐え抜いた一発のミサイルの上に!彼はミサイル胴体部に巻き付けたフック付きロープを、片手で手綱めいて掴む。ナムアミダブツ!およそ正気の沙汰とは思えぬ!すでにミサイルはネオサイタマ上空へと達していた!


「イヤーッ!」「グワーッ!」プリザーヴのダブル・ショート・ボー・ツキがスーサイドを打ち据え、膝をつかせた。「イヤーッ!」「グワーッ!」シャドウウィーヴはモナークの強烈な蹴りを喰らい、壁に這う配管パイプに叩きつけられた。それは生死を決する瞬間だろうか。ユンコは怒りに吠える。

「GRRRR!」「な……グワーッ!?」モナークは上から降ってきた獣に食らいつかれ、狼狽して振り払った。コヨーテは地を蹴り、そのままプリザーヴに襲い掛かった。「GRRRRR!」「イヤーッ!」「GRRRR!」プリザーヴは振り向きざまにボーを叩きつける。

 与えられた一瞬をシャドウウィーヴは逃さなかった。プリザーヴの動きが凍り付いた。そこへスーサイドがタックルをかけた。モナークがシャドウウィーヴに襲い掛かる。「カラテ!」ユンコが殴り掛かる。モナークはこれを防ぐ。そこへフクロウが飛びかかり、モナークの左目を抉り出す。「グワーッ!」

「イヤーッ!」「アバーッ!」シャドウウィーヴはモナークの首を絞めつける。そしてスーサイドはプリザーヴの生命力を直接奪いにかかった!「ハァハァハァハァ!」フクロウは着地し、コヨーテに変身すると、尻尾を振って若者たちを振り返った。「後、よろしく」「クール」ユンコが親指を立てた。


 果たして何故!?……キョウリョクカンケイ甲板上で気絶していたニンジャスレイヤーは、ゴウトの手で助け出され、ナンシーとの合流を果たした。ミスター・ハーフプライスを含めた彼ら四人は、傭兵ブラックヘイズによってピックアップされる手筈だったが、それではニチョーム包囲戦に間に合わぬ。


「押せッ!とにかく押せ!」キュアは扇子を振り捨て、後方から続々と合流してくるクローンヤクザY200を煽った。「半端者のニンジャなど!」ネザークイーン達は決して下がらない。これ以上!スピーカーからは「12人」の醜聞!『……ここまで全員、今日ニンジャスレイヤー=サンが殺したわ』

『残る6人は、リー先生、アルゴス、スターゲイザー、キュア、スパルタカス、アガメムノン。ちなみにアガメムノン=サンは、サキハシ知事に仕えるシバタ秘書。今頃カスミガセキ・ジグラットで忙しいかしら?エマージェンシー作業服、とっても似合ってたわ』『ヨー、ニチョーム、聴こえてるか?』

「ダマラッシェー!」キュアは目を剥き、歯茎を剥き出して絶叫した。『キュア=サン』チリングブレードからの通信だ。『今の放送はどの程度信憑性が』「惑わされるでないわ!」『無視はできん』ドラゴンベインからの通信だ。「無視……とにかく戦えい!ワシらの絶対的有利じゃ!戦線を維持せい!」


ゆえにカラテあるのみ!彼は己の身体をミサイルに括り付けると、ナンシーが艦の兵装制御システムに干渉できるごく僅かの時間で、己を高速射出させたのだ!ニチョーム包囲戦に参加する十二人の生き残り、スターゲイザーとキュアをカラテで惨たらしく殺し、アマクダリに絶望を与えるために!


「聴こえてるぜ!」ディスカバリーがレディオに叫び返した。「スターゲイザーはくたばった!」離れた区画からはっきりと別のニンジャが応えた。『ヨー、ニチョーム、無線が切れて心配してるが、まだ戦ってるよな?サシバ=サン、生きてるだろ?』「生きている!」どこかで応える声!


 そして今、カラテを振り絞りミサイル上に立つニンジャスレイヤーは、ニチョームの空を睨め付ける!システムの蟲めいて群がるアマクダリの航空戦力を!憎悪の眼差しで!「ニンジャ……殺すべし!」凄まじい風が身体を揺らし、死神の眉間に滲んだ脂汗を消し飛ばす!身体制御を一瞬でも誤れば即、死!


『これは』『キュア=サン』増援ニンジャ達からも訝しむ通信が入り始めた。キュアは唸った。やはりニンジャはバイオでなくば。不測の事態に無駄に狼狽え、ロクに働きもせず不平ばかりをこぼす!サブジュゲイターとバイオニンジャのピラミッドが機能すれば……!サブジュゲイターは戦闘継続不可だ!

『ドーモ。ディバステイターです』その時、航空部隊を率いるニンジャからキュアに通信が入った。キュアは空にわだかまるツェッペリンとヘリの編隊を見上げた。『作戦行動可能距離に到達』……セクトの勝利は、今、決した。「目にもの見せてくれようぞ」キュアは呟き、拳を握りしめた。

 その時、彼女のニンジャ視力は捉えた。航空部隊に向かって矢のごとく飛び来たる輝きを。彼女の明晰な思考力は残酷な結論を出す。あれは湾岸の方向から飛翔してくる。あれは……彼女のニンジャ視力は、理解させてしまう……あれはミサイルであり……その上に……赤黒の死神の姿。


 だがニンジャスレイヤーは恐れる事無く、鉤付きフックロープをミサイル胴体から離した!命綱無し!ミサイル胴体を力強く踏みしめる両足、そしてサーフィンめいた堅牢な中腰姿勢と、上半身の柔軟かつ精緻なバランス制御のみ!敵航空戦力の指揮艦機操縦席に狙いを定める!何たる男だ!何たるカラテだ!

「……コーッ!シュコーッ!了解いたしました!これより総攻撃を……!」十二個ものLAN端子を黒いマグロツェッペリンと直結させた恐るべきサイバネニンジャ、ディヴァステイターは、両目だけを露出させた大型ガスマスクを不気味に動かす!この機体の名はディヴァステイター。彼自身と同じ名だ!

 彼はこのマグロツェッペリンと電子的一体化を果たしており、たった独りでこの巨大兵器を操縦している。言わばディヴァステイターこそが、この強大なる兵器そのものなのだ!だが彼が総攻撃命令を実行しようとした矢先……!機体に備わったカメラ映像が、脳にダイレクトに飛び込んだ!狂気の光景が!


「何だよ」シルバーキーは拳で血涙を拭い、ディスカバリーの肩に手を置いて立ち上がった。ヤクザウェーブが絶えた。キュアのペイシェント神輿の周囲はヤクザの死体で一杯だ。神輿の後方からなおもヤクザ増援が合流しにくるが、多少休むことができるかもしれない。ところでキュアはどこを見ている?


「……コーッ?シュコーッ?コーッ!?シュコーッ!!?」ディヴァステイターは見た。迫る黒い影を。ミサイルの上に立つ人影を。それはニチョームにまつわる恐るべき伝説を想起させる!ミサイルに乗って消えた殺伐の騎士の伝説!アマクダリ中枢がその存在を否定し続ける謎のニンジャ介入者を!


 キュアのやや虚ろな眼差しを追って、シルバーキーは思わず後方を振り返る。絶望的なアマクダリ航空戦力。こんなにも近く。こんなにも……「何だありゃ」シルバーキーは呟いた。光の矢?「追加が来るわよ」カラテを構えるネザークイーンが咎めた。「集中して頂戴」「悪りィ……なんか、だけど……」


『どうしたディヴァステイター=サン!何を狼狽しておるか!?』キュアのIRC!「信じられぬ!サ、サツバツナイ……ち、違う!」ディヴァステイターは見た!敵のメンポに刻まれた「忍」「殺」の文字を!「奴は、奴は!アイエエエエエエエ!」ソウルが恐怖に呑まれた!「ニンジャスレイヤー!」


「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イイイーヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤ!」今やヤモトは横たわるセントールを守るように立ち、ただ攻撃に耐え続けていた。彼女は死を覚悟していた。だが、敵の共有するアトモスフィアの変化に敏感に気づいた。それはレディオ放送に起因しているようだった。


「イイイヤアアアアアアアーーーーーーーーッ!」ニンジャスレイヤーは操縦席に座るアマクダリニンジャを睨むと、着弾直前にミサイル胴体部を蹴り、素晴らしいムーンサルト回転跳躍を決めた!この最終軌道補正を受けたミサイルは、ディヴァステイターの対空機銃をかいくぐり……操縦席へと着弾!

 KA-BOOOOOOOOOOM!「グワーーーーーーッ!」ディヴァステイターの断末魔の叫び声が、黒いマグロツェッペリンの大型プロパガンダ・スピーカーから響き渡った!「サヨナラ!」デイヴァステイターは爆発四散!


「ハアーッ……ハアーッ……小娘……」スリケニストがよろめいた。アブサーディティは既にヤモトへの接近戦を挑むことはなく、沈思黙考といってもよい状態だ。増援のユコバックは何度か切り結んだのちに数か所負傷し、なお果敢であったが、今は何故か、荒々しく命を獲りに来る気配はない。

「どうしたディヴァステイター=サン!何を狼狽しておるか!?」キュアはIRC通信を激しくコールした。『信じられぬ!』ディヴァステイターの声が返った。『サ、サツバツナイ……ち、違う!奴は!奴は!アイエエエエエエエ!……ニンジャスレイヤー!」KABOOOOOOOOOM……。

 キュアは口を開いた。言葉は無い。マグロツェッペリン「ディヴァステイター」はミサイルの直撃を受け、黒煙を噴きながら降下を始めた……狼狽えるようにホバリングするヘリコプターを尻目に、ディヴァステイターはニチョームの壁の中へ。ヤグラ337の横を飛び……。

「ア」キュアは呻いた。

「Wasshoi!」

 墜落してゆくディヴァステイターから、フックロープが放たれた。それはヤグラ337ビルディングの頂上の避雷針を噛んだ。赤黒装束のニンジャがロープの巻き上げ機構で跳んだ。ディヴァステイターは黒煙の尾を伸ばしながらそのままニチョーム上空を越え、壁を越え、最終的にタマ・リバーに落ちた。

 赤黒装束のニンジャは避雷針の周囲を遠心力によってグルグルと回りながら徐々に近づき、最終的に、避雷針の頂点部分に着地した。ニチョーム・ウォーに参戦している全ニンジャがこの新たなエントリー者を見上げた。その者は夜の訪れを背に、アイサツした。「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」

「ニンジャスレイヤー」「ニンジャ……スレイヤー……?」「ニンジャスレイヤーだと……?」アマクダリのニンジャ達は口々に呟いた。「サツバツナイト」誰が言った。「サツバツナイトではないのか?」「ニンジャスレイヤー……サツバツナイト」「サツバツナイトだと?」「ニンジャスレイヤーが!」

「ア、アイエエエエ!」満身創痍で戦線離脱していたセレニティが動けぬ体を震わせ、叫び出した。己に迫る死の危険、精神の乱れ、恐るべき伝説と目の前の事象の自明な一致、そうした容赦なき要素が揃い、ニンジャスレイヤー・リアリティ・ショック反応を引き起こしたのである!「アイエエエエエ!」

「イヨオーッ!」突如、ノイズ混じりの小気味のよいシャウトが発せられた。トントトントトントントントントン!小太鼓の音!「ハッ!ハッ!ハッ!ハッ!」ニチョームの語り部、盲目の翁の声!それはニチョーム自治会の街頭スピーカーに混線し、KMCレディオの届ける音楽と即興でビートを重ねた!

「Wasshoi!」そしてニンジャスレイヤーは再び跳んだ!ヤグラ337の頂点から!「ア、アイエエエエエエ!」何人かの錬度の低いニンジャは心折れ、情けなき悲鳴を上げる。キュアは舌打ちし、降りくる影を見上げる。「狙いはこの私か!ニンジャスレイヤー=サン!あくまで12人を……!」

「ホロウ!ホロウ!ホロウ!ナッシン!ホロウ!エンター!サツバツ!」原始シャーマニックなリズムと叫び!雷鳴めいて轟きわたる!「イヤーッ!」落下するニンジャスレイヤーへ逆に向かってゆく存在あり。白金装束のニンジャ、ドラゴンベイン!ビルの壁を蹴り、トライアングル・リープで迎撃する!

「イヤーッ!」赤黒のニンジャと白金のニンジャは空中で切り結んだ。回し蹴り!チョップ!二段蹴り!空中ブリッジ!空中サマーソルト!スリケン投擲!スリケン投擲!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」降下しながら二者はカラテをぶつけ合う!

 ニンジャスレイヤーは敵のカラテの恐るべき切れ味と、奥底に孕む僅かなバランスのほつれを読み取る。この者は負傷している。処置を受けているが100%の万全状態ではない。ニンジャスレイヤーは疲弊しきった己の身体に鞭打った。ならば互角!消耗の程度など知らぬ!互角のイクサに持ち込む!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーのメンポはミシミシと音を立て、ジゴクの蒸気を排出する。殺す……ニンジャを殺す!ニンジャ、殺すべし!落下地点の先には殺すべきアマクダリ・セクト「12人」の一人、邪悪なるキュア!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「「イヤーッ!」」KRAAASH!二者の着地点を中心に、クレーターめいた亀裂が生じ、風が吹いて瓦礫を吹き飛ばした。「ニンジャスレイヤー=サン」シルバーキーは呻いた。「「「「スッゾオラー!」」」」更なるヤクザウェーブ襲来!

『ただならぬカラテの持ち主は、竜巻と同じよ』マスターヴォーパル=センセイの教えが、サツバツの吹きすさぶフジキドのニューロンに舞った。『殺し、怖し、畏怖させる。竜巻に人の尺度なぞ無意味よ!善も悪も矛盾も無し。テメェ自身がその重みに……自由に……萎縮するべからず!』「イヤーッ!」

「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの右ストレートがドラゴンベインのメンポを捉えた!「イヤーッ!」「グワーッ!」ショートフックがドラゴンベインのわき腹を捉えた!「イイイ……」右拳を構える!「……イヤーッ!」「グワーッ!」ポン・パンチ!ドラゴンベインは壁に叩きつけられる!

「キエーッ!」キュアは垂直回転ジャンプ!神輿を支えていた四人のペイシェントが瞬時に神輿を地面に投げ落とし、ヤクザと共に向かってゆく。キュアは垂直着地して神輿をバラバラに踏み砕き、その小さな体にカラテを漲らせて歩き進む。敵はニンジャスレイヤー!「ワシが相手してくれようぞ!」

「アアアアア!」シルバーキーは吠えた。「アバーッ!」クローンヤクザY200が先を争うように倒れてゆく。「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ディスカバリーとネザークイーンが無事なヤクザと殴り合う。そこへペイシェントが到達!「イヤーッ!」「グワーッ!」

 ナムサン!もはやニンジャを押し戻せるほどの余力は彼らには無し……!「雑魚はほどほどに捨て置けい!」キュアが指示する。「ニンジャスレイヤーをやれ!」「「「「ハイヨロコンデー!」」」」ニンジャスレイヤーはドラゴンベインを睨みつけ、次にペイシェント達を見る。多勢に無勢か!

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーはペイシェントを迎え撃つ。カラテ!そしてカラテだ!「イヤーッ!」ドラゴンベインが体制復帰し、横からニンジャスレイヤーに再び襲い掛かる!「サイゴン!」「イヤーッ!」飛来したマチェーテを手甲で弾き返す!

 新たに到達したのはフォレスト・サワタリ!片腕で頭上に竹槍を振り回し、構え直す!ニンジャスレイヤーとフォレスト・サワタリはコンマ数秒睨み合う。ニンジャスレイヤーはこの因縁浅からぬ長年の敵を一瞥し、状況判断ののち、ドラゴンベインを任せて向かった……キュアのもとへ!

「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは襲い来たペイシェントに裏拳を叩き込む!「イヤーッ!」「グワーッ!」別のペイシェントに肘打ちを食らわせる!「イヤーッ!」更に一人、ペイシェントが襲い掛かる!「イヤーッ!」「グワーッ!?」ナムサン!そのペイシェントは痙攣し転倒!

「ニンジャスレイヤー=サン!」シルバーキーはかざした手をもう一方の手で支え、膝をついた。「とっととやっちまえ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」四人目のペイシェントをヤリめいたサイドキックで蹴り飛ばすと、ニンジャスレイヤーはキュアと相対し、ジュー・ジツを構えた!

「ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン。キュアです」「ドーモ。キュア=サン。ニンジャスレイヤーです」「システム破壊の悪魔めが」キュアは唸った。「社会に及ぼした影響の重みがわからんのか!」「知った事ではない」彼は言い捨てた。「街ひとつ抹消し顧みぬシステムと、私のカラテの勝負だ」

「ほざくがいい!」キュアは滑るように踏み込み、低い姿勢からの中段突き連打を繰り出す!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは打撃を受けながら後ろへ押し戻し、間合いの優位を取らせぬようつとめる!

「イヤーッ!」キュアはニンジャスレイヤーの前足を踏みつけ、顎を掌で打つ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはバネめいて上体を反らし、わき腹を殴りつける!「イヤーッ!」キュアはショートフックを手の甲で反らし、足を踏みつけたまま、鳩尾に拳を叩き込む!「グワーッ!」 

「キィエエーッ!」キュアはニンジャスレイヤーの頸動脈へ人差し指と薬指を突き立てにゆく。致命的血管を引きずり出して断ち殺害する、おそるべき暗殺カラテだ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはキュアの襟元を掴み、踏まれた前足を跳ねあげた!キュアの身体がぐるりと回転した!「グワーッ!」

 回転の勢いと共に叩きつけられたキュアはごろごろと地面を転がり、追撃を逃れる。ニンジャスレイヤーは踏み込む。その時!「取ったりィー!グワーッ!?」隣接ビルの屋上、ニンジャスレイヤーの死角から兜割り断頭垂直斬りでアンブッシュしようとしたチリングブレードが凍り付いた。足元にクナイ!

 ニンジャスレイヤーは叫び声の方向を横目で見る。動きを封じられたチリングブレード……さらにそのずっと遠く、ヤグラ337ビルの外周部、クナイを投擲したシャドウウィーヴがニンジャスレイヤーを見下ろしていた。シャドウウィーヴの目の奥底には、言い尽くせぬ複雑な感情が渦巻いていた……!

「キエーッ!」キュアはカラテ精製ニンジャ手術刀を投擲!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケンを投げ返し、これを相殺!キュアは瞬時に踏み込む。「キエーッ!」そして股間破壊を狙う!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは交差した両手を打ち下ろし、これを防ぐ!

「キエーッ!」キュアは下へ打撃を反らされた勢いを利用して上体を屈め、サソリ・ニンジャ・クラン伝承のカラテめいた逆さ蹴りを繰り出す!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはこれをガード!「キエーッ!」キュアはこれを足掛かりに身体を上へ跳ねあげ、逆向きの肩車めいて両肩に乗り上げる!

「死ねい!ニンジャスレイヤー=サン!死ねい!」キュアはニンジャスレイヤーの首を挟み込んだ両腿に恐るべき力を込めて締め上げ、振り上げた両手に逆手で構えたニンジャ手術刀を延髄めがけ振り下ろした!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは電撃的速度でそのまま地面へ倒れ込んだ!

 ナムサン!倒れ込むニンジャスレイヤーは不意に重心を後ろへグイと引き戻す!「グワーッ!?」キュアのバランスが強制的に崩される。ニンジャスレイヤーは尻餅めいて腰を落とす……ゴウランガ!これは恐るべき禁じ手の投げ技!パワーボムである!「グワーッ!」地面が砕け、粉塵が噴きあがった!

「グワーッ!アバーッ!」恐るべき断末魔の形相で吠えるキュアは、さながらエクソシズムによって祓われる間際の悪魔の如し!そこにはもはや株主を魅惑する美しきスポークスマンの面影はなく、極めて長命かつヨロシサン製薬のテクノロジーを惜しみなく投じた邪悪なニンジャの本性があらわれていた!

「ニンジャ……」ニンジャスレイヤーはキュアを再び持ち上げ……「殺すべし!」二度目のパワーボムを叩きつけた。「サヨナラ!」キュアは爆発四散した。圧縮された異常な生命力が爆発と共に吹きすさび、亡霊めいた唸り声が風となった。無数の声が呪詛を浴びせ続けたが、やがてそれも……消えた。

「「「「アバーッ!」」」」ネザークイーンらと優位なイクサを繰り広げていたペイシェントが一斉に嘔吐、痙攣して倒れ、マグロめいてのたうった。ドラゴンベインはフォレスト・サワタリを地面に叩き伏せ、ニンジャスレイヤーにカラテを構え直した。チリングブレードがジツを脱し、剣を振り上げた。

 ニンジャスレイヤーは敵と睨み合う。ニンジャ達と。ヤクザウェーブの供給は止まった。ヨロシサン側の判断だろう。殺せるか?これ以上のイクサはフジキドの自我にいかなる影を落とすか?沈黙はおよそ数秒……。 

「ドラゴンベイン=サン」チリングブレードが呼びかけ、目くばせした。構えていた超自然のコリ・ケンが瞬時に蒸発した。ドラゴンベインは微かに頷き、じり、と後ずさった。フォレスト・サワタリが呻いた。……。「「イヤーッ!」」ドラゴンベインとチリングブレードは身を翻し、跳んだ。

「……」ニンジャスレイヤーはザンシンを解いた。「忍」「殺」のメンポがメキメキと音を立て、ジゴクの煙を排気した。「ニンジャスレイヤー=サン」ネザークイーンは呻き、座り込んだ。「恩にきる。本当に」「ニンジャ殺戮者にニンジャ・コミュニティが守られる」コヨーテが細道から現れ、言った。

「ニンジャだけの街じゃないわ。ニチョームは」ネザークイーンは荒い息を吐いた。「ヒヒヒ、同じさ」フィルギアはコヨーテから人の姿に戻り、言った。「なんにせよ、貸し借りを覚えててくれて感動だぜ。ニンジャスレイヤー=サン。ありがとうな」「……」シルバーキーはニンジャスレイヤーを見る。

「身体が戻ったか」ニンジャスレイヤーは言った。シルバーキーは頷き、言葉を探す。ニンジャスレイヤーにはしかし、これ以上の時間は与えられていない。ネオサイタマにニンジャスレイヤーが現れれば、即ちスパルタカスが動く。既に強大なカラテを持つニンジャソウルの接近を肌で感じている。近い。

「ああ……じゃあ、近いうちに」シルバーキーは言った。ニンジャスレイヤーのアトモスフィアを察知したのだ。ニンジャスレイヤーはその場の者らをもう一度見渡し、跳んだ。「イヤーッ!」赤黒の影は色付きの風となり、ニチョームの建物の屋根から屋根へ渡って、あっという間に消えた。


◆◆◆


 ……かくして、ニチョームの戦争は終わった。死と沈黙が壁の内側を満たしていた。双方に甚大な被害をもたらしたイクサは、アマクダリ・セクト撤退の形で終了をみた。ニチョーム自治会の者達は、ニンジャが去ったのちも街区を荒らしたオナタカミ兵器を排除し、死者を弔い、負傷者を回収した。

 アナイアレイターにはまだ息があった。半身を失い、奇怪なジツで命を繋ぐ彼が今後、戦線に復帰できるか……そもそも生きながらえる事ができるのか……わかる者はいない。ハイドラも然り。そして終局に至る激しい戦闘の中、ディクテイターは命を落とした。ヤモトは彼の死にざまを見届けていた。

 ニチョームの壁の外へ目を転じれば、ネオサイタマのあちらこちらで破壊的テロの炎が上がり始めていた。イッキ・ウチコワシが市民扇動の方針を変更し、直接の暴力革命行動に切り替えたのである。タマ・リバーのスガモ重犯罪刑務所でも時同じくして巨大な火の手が上がっていたが、これは別の理由だ。

 違法レディオの発信源を捜索するハイデッカーの特別部隊がこの数十分の間に組織され、現在、ブリーフィングが行われていた。レディオは止まなかった。そればかりかアトランダムにハッキングされる街頭モニタが、繰り返し、ニンジャの正体を現して戦闘、爆発四散する官房長官の映像を流していた。

 スパルタカスはニチョームをすぐさま離れたニンジャスレイヤーの痕跡を、執拗に辿った。彼はジゴクの猟犬めいて追い続けた。追跡の中で、一人のニンジャが彼を待ち構えていた。みすぼらしいなりのそのニンジャは、スパルタカスにアイサツし、「マスターヴォーパル」と名乗った……。


◆◆◆


「リンゴリンゴ、リンゴランゴ、ランゴリンゴ」奇妙な歌を歌いながら、サヴァイヴァー・ドージョーの者達は焚火の周りを跳ねまわった。焚火を円く囲むのはバイオニンジャだけではない。風が吹くたび、訪れたばかりの夜空に火の粉が噴きあがった。ニチョームを守り切った者達は盃をかわした。

「ゲコッ……」掌大の蛙が喉を鳴らした。ディスカバリーは砕いたバイオインゴットをスシ皿に乗せ、そばに置いた。「ゲコッ、ゲコッ」蛙は食べ始めた。バチバチと焚火が音を立てた。風がヤモトの髪を揺らす。フォレスト・サワタリは編み笠を編む。瞬きをせず、黙々と。

 サヴァイヴァー・ドージョーの戦果は幾つかある。サブジュゲイターは倒れ、キュアは滅び、ヨロシサン救急車両襲撃のおりに、アンタイ・ヨロシDNAにまつわるデータを獲得した。犠牲は大きかった。今はしかし、今日をサヴァイヴした者達を祝おう。ほんの数十分に過ぎぬかもしれない平安を。

「リンゴリンゴ、リンゴランゴ、ランゴリンゴ」シマナガシの者達が歌い踊るバイオニンジャのもとに加わり、ネザークイーン達が手拍子を打つ。ディスカバリーとフィルギアがヤモトの手を引く。はにかみながら、彼女も加わる。焚火は一層高く火の粉を上げる。

「イヤーッ!」屋根から屋根へ、ネオン看板からネオン看板へ。ニンジャスレイヤーは夜を駆ける。長い一日の終局が始まろうとしている。 




【ニチョーム・ウォー】終わり。【ネオサイタマ・プライド】に続く




N-FILES

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隔壁で覆われ、封鎖され、メディア・コントロールによって一切の情報を遮断されたニチョームに、遂にアマクダリ・セクトの殲滅作戦が迫る。来たるべきアマクダリ支配を正当化する為、反抗的な価値観の拠り所となる場所を存続させてはならないという強い意志のもと、投入されるのはスターゲイザーとキュアがそれぞれ率いる最大戦力。この戦いにニチョームが敗れれば、住人はことごとく虐殺あるいは洗脳施設送りが待つだろう。天下分け目のイクサの結末や、いかに。メイン著者はブラッドレー・ボンド。

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