【オウガ・ザ・コールドスティール】
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ニンジャスレイヤー第1部「ネオサイタマ炎上」より
【オウガ・ザ・コールドスティール】
1
埃と煤煙、油と錆。カバヤキ屋台のテリヤキ・ソースが焼ける匂い。タマ・リバーにかかる「絶望の橋」を渡れば、そこは潰れかかったような平屋のプレハブが迷路のように立ち並ぶオオヌギ・ジャンク・クラスター・ヤードである。
煤と泥で真っ黒になった子供達が獣のようにら騒ぎあいながら駆け抜ける道路の脇で、泥酔者が失禁しながらへたり込み、曇天をぼんやり見上げている。プレハブに打ち付けられた無骨なトタン看板には「アンタイセイします」「毎日集会」「立ち退きしないと思う」といった戦闘的文言。
それらのスローガンと競い合うように、それぞれの家屋には、粗末な電球で飾り立てられた「キチン宿」「おいしい蒲焼き」「お祭りみたい」「一日の疲れ」など、本業を示す看板が掲げられている。
「タマ・リバーをわたるとき、すべての希望を捨てよ」。読み人知らずのハイクが「絶望の橋」という俗称のゆえんである。食い詰め、住む場所を失い、カンオケ・ホテルにすら泊まれなくなった日雇い労働者の最後の吹き溜まりが、このジャンク・クラスター・ヤードなのだ。
半壊したガレージめいた食堂のオープンスペースでモジョー・ガレットを食べていた男の、目深に被ったハンチング帽と重金属耐性のトレンチコートという身なりは、この町のネイティブたちと比べれば小綺麗とすら言えた。
小麦粉と化学たんぱく質を水で溶いたペーストを鉄板に流し、半生の状態をヘラですくって食べるモジョー・ガレットは、安価な栄養源としてネオサイタマ下層民の間で重宝される食物である。男はトークンを鉄板の脇に置き、オジギして立ち去った。
住人の胡乱な視線を受けながら、ハンチング帽の男は迷路じみた路地を歩き、やがて目的の店「有限会社ドウグ」のプレハブへたどり着いた。軒先には木彫りのオメンが吊るされ、魔除けめいて通行人を睥睨していた。
男は軒先でしばし立ち止まった。ショウジ戸の向こうで争うような声が聞こえてくる。男は店の脇に停められた黒塗りの車両を一瞥した。
「何度来ようが同じだ! お前には何もやらんと言うておる!」「父さん!僕は貴方から何かを奪おうとか、そんな事これっぽっちも考えてないんです!どうかちゃんと話を……」「出ていけ!ドウグ社はワシの代で終わりだ!」「父さん!」「父さんなどと呼ぶな!オムラの人間は出ていけと言うておる!」
「僕は、僕はただ……クソッ!」「出ていけ!出ていけ!」パァン! 音を立ててショウジ戸が開き、オーダースーツを着た若い男が飛び出してきた。ハンチング帽の男とぶつかりそうになり、「スミマセン」と謝罪した。涙声であった。
ハンチング帽の男は素早くそのサラリマンを観察した。サラリマンの手の甲には雷神を象徴するオムラ・インダストリの社章がバーコードと共に刻印されている。黒塗りの車両のドアにペイントされた金のエンブレムも同様だ。サラリマンは足早に車に乗り込み、発進させた。
少しして、中から日焼けした老人が塩を手づかみして現れた。ハンチング帽の男に気づくと彼は無言で会釈し、まず道路にその塩を撒くと、あらためてオジギした。「ドーモ、モリタ=サン。もしかして、今の見苦しいところ、見せちまいましたか」
「ドーモ」モリタ……つまり偽名を使っているフジキドは、奥ゆかしくノーコメントであった。老人は踵を返し、店の中へ戻って行く。「さあ中へ。出来てますから」「ハイ」
老人はフジキドを伴って、店内へ足を踏み入れる。黒檀の年代物のテーブルの上にはノコギリ、カンナ、象牙のスクリュードライバー等のクラフトマン・ツールが無造作に置かれ、奥には火の入った小型の炉すらある。天井近くの神棚にはカタナと盃、「安全第一」の毛筆が備えられている。
みすぼらしい外からの眺め、建物のロケーションとはうってかわり、建物内は厳かな日本的クラフトマンシップの精髄ともいうべき、ゼン的調和に満たされた小宇宙であったのだ。こここそが、江戸時代に創業されて以来ネオサイタマの今へ古のワザを伝えるドウグ社の本堂である……。
「ドーゾ」老人は黒檀の机の上に、ドウグ社の社紋がプリントされた皮袋を置いた。ズシリとした重み。袋の口から、中に詰まった金属塊が幾つかこぼれ出る。
フジキドはその一つを注意深く指でつかみ、吟味した。クサビ型の刃が放射状に突き出した機雷めいたフォルム……。貴方がシックスゲイツ級のニンジャであれば、あるいはそれが何であるか解るかもしれない。地面に撒いて敵の動きを封じなおかつ傷つける平安時代の非人道兵器、マキビシである。
「良い仕事です」フジキドは呟いた。老人は無言の誇りをたたえ、頷いた。フジキドは老人にこの武器の用途の詳細は伝えない。伝えれば巡り巡ってソウカイヤに情報をつかまれ、老人に危害が及ぶ恐れがあるからだ。老人もあれこれ詮索はしない。この取り引き相手がいかなる存在であるか、察しているのだ。
忍殺メンポ、カギつきロープ、スリケン。ニンジャスレイヤーを支えるツールの数々はドウグ社が信頼の元で用立てたものだ。ソウカイヤのニンジャの中にもこの老人・サブロから道具を手配するスゴウデがいるであろう。しかし顧客の秘密は絶対であった。サブロは顧客名簿を残さず、全て脳内に記憶する。
「お代はいつものように、前金でいただいてますからね、モリタ=サン。そのままお持ちになってくださいよ」「ハイ」サブロ老人は一瞬無言になり、「……今日はお見苦しいところを。スイマセン」フジキドは無言で耳を傾ける。この老人は話したいのであろうから。
「あれは私の息子でね。嫁があれを連れて逃げたのは、あれが十歳の時です。なに、私が悪いんですよ。まあそりゃいいです、そして先日、嫁の訃報を携えて私の前に現れまして……そして言うに事確欠いて、オムラだと」吐き捨てるように、「これも好き勝手やってきた私への、ブッダの罰なんでしょうねえ」
ドウグ社の哲学は「人の手足な」である。義手・義足職人から発祥したドウグ社は、人の営みを支え助ける事をモットーに歴史を刻んできた。産業のオートメーション化を率先して推し進め、人間の仕事を容赦なくネコソギにしていくオムラ・インダストリを彼が蛇蝎の如く憎むのも道理であった。
「いずれ私の体も思うようにいかなくなるでしょう。仕方の無い事です。ドウグ社は私の代で終わりだ」自嘲的に笑った。「ウチのやり方はもう、時代遅れなんでしょう。どこを見ても、サイバネ、ロボット、バリキにズバリだ。弟子もろくに取れなかった私は、ジゴクで先祖に詫びねばなりません」
「……」「こんなくだらない話をしちまって。私ときたら!……ですが、私の目が黒いうちは、貴方の力になります。モリタ=サン」サブロ老人はフジキドをじっと見た。「これはつまらん身の上話で、独り言です。……私ァね、ニンジャに両親と兄弟を殺されてるんです」
◆◆◆
「エー、それでは、そろそろ始めさせていただきます、ハイ」掘りゴタツ式の座席がしつらえられた大型プレゼンテーション・ルームの明かりは仄暗く、隣に座る者の顔も見えるか見えないかといったところである。集められたのは区議会議員、マッポ関係者、オムラの御用ジャーナリスト達だ。
スクリーンの脇でやや緊張した面持ちでマイクを握るオムラ・サラリマンは、咳払いを一つして、話し始めた。「エー、この混迷するネオサイタマ治安、自暴自棄となった末端労働者ですとか浮浪者ですとか、その手の不穏な層の人間が日々さまざまな経済活動を阻害し、市民の安全を脅かしております」
スクリーンには逆関節の二足歩行デザインのロボット兵器の三面図が映し出される。プレゼン・サラリマンの手元の操作にあわせ、スクリーンの左から「モーターヤブ」「実績のある効果」という文言が飛んできて所定位置に固定された。
「そういった治安悪化に歯止めをかけるべく、我が社のテクノロジーは常に皆様に最良に近い選択肢を提供し続けてまいりました。それはこのモーターヤブの導入効果でも明らかでございましたようにですね、ハイ」
続けて、少なからず誇張されたモーターヤブ導入台数と区の犯罪発生率の折れ線グラフがレイヤー表示される。上から「関係は明らか」というミンチョ文字が回転しながら降りてきて、画面に収まる。遠慮の無いマッポ関係者が失笑した。ナムサン!プレゼンテーションにおける典型的なセンスレス文字操作だ。
「エー、と、とにかく、このモーターヤブの成功を踏まえてですね……」「成功というが、そのロボットのずさんな人工知能。相次ぐフレンドリーファイヤーのせいでウチの殉職者もうなぎのぼりだ」先ほど失笑したマッポ関係者が口を挟む。「このままでは遺族の突き上げからもそろそろ庇いきれんぞ、君ィ」
「あ、それは、アイエエ……」「まあまあ」上座に座る男が助け舟を出した。ダブルのスーツを着、ニンジャ頭巾に金属製メンポを装着した尊大な男である。「そういった問題を踏まえての新提案、と考えて良いのかね?」「全くその通りでございます!」サラリマンはひたいの汗をぬぐい、勢いを取り戻す。
サラリマンが手元のキーボードを片手で操作すると、画面は切り替わり、左から文言が立て続けに飛んできた。「そこで新たなソリューション提案」「より賢く」「より柔軟」「もっとスゴイ」「WIN-WIN」
「先程のご指摘は実際、我が社も大変心を痛める問題ではありました。モーターヤブの高すぎる戦闘能力は、友軍……ともに鎮圧に当たるマッポの皆様や、市民の方々への誤射の問題もはらんでおりました。今回、それら諸問題を、このマシンが全て解決します!」
画面が切り替わり、新たなワイヤーフレーム三面図が映し出される。ざわついていた出席者が、その異様なシルエットを前に、水を打ったように静まり返った。
それは四本の脚と八本の腕を持っていた。サイズはモーターヤブよりもふた回りほど小さく、スモトリと同じくらいの背丈といったところだ。格納可能な多種多様な武装が三面図を囲むように、誇らしげに並んでゆく。スペックの数値が素早く表示され、最後に、機体のコードネームが回転しながら降りてくる。
「モータードクロ」。威圧的なカタカナ。その下にオムラ・インダストリの社紋が表示される。「えー、このモータードクロの革新的性能については、チーフエンジニアであるマノキノ=サンが、私にかわりましてご説明申し上げます」「ドーモ、皆さんありがとうございます、マノキノです」
ナムアミダブツ!壇上に上がり、マイクを受け取ったこの若いサラリマンのことを、我々は知っている。サブロ老人の店から泣きながら出て行った息子その人だ……!
2
「この、エー、モータードクロはですね、モーターヤブよりもさらに人間に近い動きと飛躍的に賢い人工知能を備え、よりフレキシブルなミッションを行う事を可能としております。このモータードクロの採用に伴って、155の特許を新たに我が社は取得しています」
画面に太字のミンチョ体文字が躍る。「特許」「155」「我が社の先端技術」「実際安い」。「八本のアームと四本の脚は見事な安定性を誇ります。モーターヤブは転倒の危険を抱えており、それにともなう事故も残念ながら見られました。その点、モータードクロに転倒という概念は存在しません」
「倒れそうになると他の脚でカバー」「とても倒れない」「これも特許」「真似が違法」。魅惑的な文言が矢継ぎ早にスクリーンに浮かび上がり、眩しく輝く。イヨオー、という効果音が鳴り響き、和太鼓サウンドが鳴った。プレゼンテーション!
ダブルのスーツにメンポ姿の男が拍手を始めた。「これは革新的な話だ!良いニュースだ!」他の参加者も空気を読んで拍手に加わった。警察関係者が咳払いした。「私が一番気にしとるのは、その改善されたという人工知能だよ、君ィ。あれが実際に鎮圧に当たっている場をその目で見たことがあるかね?」
「と、おっしゃいますと……」マノキノは緊張した面持ちで警察関係者を見た。メンポの男は苛立たしげに机を指でコツコツと打ちながら、警察関係者を睨んだ。警察関係者は言う。「君ィ、あれはねえ、敵味方の認識もロクにできんようなロボットだよ、あのモーターヤブは。現場はマッポー的殺戮の場だよ」
警察関係者は続ける。「投降を受け付けん、味方を認識せず発砲、ネオン看板への手榴弾オート投擲。遺族への賠償金や年金はバカにならんよ?君ィ。カネはいいよ、オムラ=サンによしなにしてもらえばいい(当然してくれるね?)。でもねえ、イメージダウンは深刻なの!ウチの!僕は選挙に出たいの!」
「エー、そのあたりについては、実に万全なのです」マノキノは冷静に回答した。「なにしろ人工知能のシステムが根本から違います。これも特許ですが、人体のニューロンを利用しています。これにより、エー、数値に関する説明は避けますが……つまりですね。実物が、来ております」
室内がどよめいた。マノキノはスクリーンを振り返る。「ドーゾ!ご覧ください、これがモータードクロです!」キリキリと音を立て、スクリーンが上へ巻き取られて行く。そこにはオムラの社章がレリーフされた鋼鉄製の円形ドアがあった。
バシュッ!蒸気を噴き出し、ロック機構が解除された。鋼鉄のドアが左右に開くと、更にその奥の二重ドアが上下に開いた。奥から重い白煙が漏れ出し、異形のシルエットは背後の光を受けて逆光として浮かび上がる。そして鳴り響く合成音声、「ドーモ、ミナサン、ハジメマシテ、モータードクロ、デス」
「なんと、もうロールアウトしているというのですか?」御用ジャーナリストの一人が興奮して叫んだ。「これは大スクープになります!スゴーイ!」ガシン!ガシン!蜘蛛めいて生える鋼鉄の脚は、真上から見ればXの字に見えるだろう。それをしなやかに動かし、モータードクロが室内に進み出た。
「オオ……」「何とこれは……」「ブッダ……」「悪魔……いや、ブッダ……?」「ナムアミダブツ……!」「ブッダエンジェル……!」出席者が口々に感嘆の声を漏らす。彼等の目の前にいるのは、まさに古事記の世界から召喚されたがごとき、悪魔めいた鉄のオニであった。
まずはゴリラめいた屈強な鋼の胸板を見よ。そこには威圧的な赤い毛筆体で「秩序」、さらに補足的に「敵を許さないです」と書かれている。恐るべき上半身の上に乗る頭部は、神話の戦士、ブッダを守って戦ったガーディアン・ニンジャ達の伝承を記号的に取り入れた、畏怖を呼び起こすデザインだ。コワイ!
八本の腕はどうか?これもまた恐るべきデザインである。無骨な鋼のシャフトやシリンダーが剥き出しで、ところどころにカギ爪が生えている。触っただけで負傷せしめることは確実だ。そして背中には恐ろしげな武器が伝説のベンケイ・ニンジャめいて大量に背負われている。殺戮の意志が形をとったようだ!
「ドーモ、モータードクロ、デス!」「エー、このデザインはですね、我が社の特別顧問であるそちらのラオモト=サンの意見を取り入れ、当初のものからかなり……」マノキノが不安げに、メンポの男を一瞥した。読者の皆さんはすでにご存知だろう。彼がラオモト・カン、ネオサイタマの闇の王だ。
「実践的に」ラオモトが低い声で補足した。「そ、そうです。当初のものより、かなり実践的に、より鎮圧対象の戦意を削ぐような外見、格闘能力に関しても相当の調整が加えられた形なのです」なるほど、その言葉に嘘はない。この場の何名かは既に、恐怖のあまり、無言の内に失禁している。
「ドーモ!モータードクロ、デス!」モータードクロはモーター音と共にオジギしてみせた。「なんと!完璧なアイサツだ!あ、いや……」警察関係者は思わず腰を浮かして叫んだが、すぐに咳払いして冷静を保とうとした。「どうやら人工知能の改善はしっかりやったようじゃないか、君ィ」
「そ、その通りです!」一番の難敵からの評価を得て、マノキノは勢いづく。モータードクロの頭部がグルグルと回転する。「マノキノ=サン!」名前を呼んだ!「マノキノ=サン!スシ、を!クダサイ!」「ああっ、これはですね仕様でして、」「スシ!スシッ!」頭部が回転速度を速める!
「早く!」マノキノが傍らのニュービー・サラリマンを叱責した。彼は慌てて脇のケータリング・ワゴンのフロシキを取り払った。カーボン重箱にはぎっしりとスシが詰まっている。すべて、タマゴだ!ニュービー・サラリマンはタマゴ・スシを掴むと、小走りにモータードクロの目の前に行った。
「スシ、スシッ!サカナは、ダメ!」腹部のハッチがスライドし、その先端のマジックハンド・カワイイキャッチを地獄でリメイクしたかのような小さなアームがスシを求めて蠕動する!サラリマンが恐る恐るタマゴ・スシをセットすると、アームがガッチリとそれを捉え、腹部に格納した!
途端に、関節各部が白い蒸気を噴き出し、モータードクロは満足気に腰を落とした。頭部の回転が停止する。「ウウ……ウマーイ……」そして合成マイコ音声が告げる。「正常値です」マノキノは静まり返った出席者に向き直った。「エー、これは人間由来のバイオ・ニューロンを正しく働かせるためです」
「バイオ……ニューロン……」御用ジャーナリストの一人が溜息を漏らした。「そうです。バイオニューロンを働かせる為に多量の糖分を必要とするのです。これをスシで補います。特殊なサプリメントを必要としません。ちなみにこの仕様も特許です」「なんと……」「まるで人間だ……」
「およそ2から21時間に一度、このスシ・フィード行為が必要となります。しかし繰り返しますがスシはそこらの屋台でも入手可能、どこででも運用が可能です」「オムスビでもいいのかね?」誰かが質問した。「あ、それはダメです。彼はセンシティブなのでして。マグロのスシ等での代用もダメです」
「考えられている……」「好き嫌いがあるのか……」「なんたる人間味!」出席者がざわついた。「さて、それではこれから皆さんに実際の技術デモをお見せすることになります」営業サラリマンが晴れ晴れと宣言した。「え?」マノキノは訝しげに彼を見た。営業サラリマンは笑顔で、退がるよう促した。
(デモって?)(いいから!)営業サラリマンは誇らしげに、「技術デモはこのモータードクロの初陣でもあります。皆様はここで快適な掘りゴタツに掛けたまま、オシルコを味わいながらライブ映像をお楽しみになれます!」「これから、だと?」警察関係者は驚いて言った。「聞いとらんぞ君ィ!」
「エ、エートですね、暴動の鎮圧というかですね、クリーンアップ作戦の実行です、ハイ」「クリーンアップだと!マッポの許可なくそんな事を?まだ採用するかどうかも決めては……」「いやはや!仕事が早くていらっしゃる!さすがオムラ=サンですな!」威圧的な声が口を挟んだ。声の主はラオモトだ!
「な……」警察関係者が凍りついた。ラオモトはさらに己の威圧力を上乗せすべく、立ち上がった。頭巾とメンポの間で鋭い眼光が輝き、警察関係者を睨み据える。「アイエエエ!」感受性の強い御用ジャーナリストの一人がいきなり失禁した。ラオモトの殺気に触れたのだ!
「なあに、心配には及びません。これは私も監修している。しっかりした計画です。あなた方がやりたくても出来なかった事を、このオムラの新技術がかわりにやる!そういう事ではないですか!」「クリーンアップ作戦とはしかし…暴徒の鎮圧といっても、今は特に目立った騒ぎは無い……いったいどこを?」
「オオヌギ・ジャンク・クラスターヤードです!」営業サラリマンが叫んだ。「アイエエエ!」そして失禁した。ラオモトが睨みつけたからである!帝王たる彼は、自分の話に口を挟まれるのが大嫌いなのだ。
ラオモトは尊大に言う、「オオヌギ地区は実際、周辺自治体にとっては目の上のガングリオンですな?ええ?」「むむ……」「そこをこのモータードクロで浄化して差し上げようというのだ。犯罪の温床とも言えるあのごみ溜めを綺麗にして差し上げる!地ならしだ!ムハハハハハ!」
一連のやりとりを、マノキノは真っ青になって聞いていた。浄化……?オオヌギ地区をこのモータードクロに襲わせるつもりか?では、父の住むあのドウグ社も当然……しかし、今からやるというのか?
「やはりそれは上に掛け合わんと……」「謎の怪物が現れ、市民を虐殺した!それでいけばよかろう」ラオモトは警察関係者を遮った。「選挙に出たいのだろう?俺様のバックアップが要らんのか?」その一言が決定打となって、警察関係者は曖昧に頷き、着席したのだった。
ラオモトはもはや完全にその場を掌握していた。だが、疑問を差し挟む者はいない!「では開始しようではないか!オープンナップ!」轟音が鳴り響き、天井のハッチが開く。おお、なんたることか!ハッチは建物の屋上まで貫通するシリンダー状の竪穴だ。はるか上でヘリコプターがホバリングしている!
「ラオモト=サン!スシを!ください!」モータードクロの頭部が激しく回転する。「シャラップ!」ラオモトは叫び、ケータリング・ワゴンへ名刺を投げた。スリケンめいて飛んだ名刺は重箱にヒットし、その衝撃でタマゴ・スシの一つが回転しながら跳ね上がり、モータードクロへ向かって飛んだ!
タマゴ・スシは緻密な弾道計算がされたかのように、モータードクロの腹部アームにすっぽりと収まった。タツジン!スシは一瞬にして飲み込まれる。「ウウウウウ……ウウマーイ……」
はるか上のヘリコプターからクレーンが投下され、真っ直ぐにプレゼンテーション・ルームへ降りてきた。モータードクロはクレーンを器用にキャッチすると、おのれの首の後ろにそれを固定した。「ミッション!を!行きます!」すぐにモータードクロの身体は引き上げられる!「ヨロコンデー!」
一瞬の沈黙ののち、ラオモトは尊大に腰を下ろした。「さあ、我々はここで実戦テストを楽しむとしようではないか。スクリーンを用意せい」「ア、ハイーッ!」営業サラリマンがヘコヘコとオジギし、素早くリモコンを操作した。天井と壁のハッチが閉じ、巻き上げられたスクリーンが再び降ろされる。
(何という……何という事だ……)マノキノは立っているのがやっとだった。(何故こんな事態に……俺のせいじゃない……俺は一体どうすれば……!)「どうした?」営業サラリマンが耳打ちした。「いえ、緊張のせいか今朝の腹痛が悪化して……」「もう君の用は済んだ。退出していいよ」「ハイ……!」
ざわつく席を背後に、マノキノはよろよろと退出した。廊下を小走りに走りながら、マノキノは叫び出したくなる己を必死で堪えるのだった。
3
オオヌギ・ジャンク・クラスターヤードと外界をつなぐタマ・リバーの「絶望の橋」の上では今、一触即発の緊張状態が生み出されていた。
橋のこちら側ではオオヌギ地区で暮らす人々が老若男女、手に手にプラカードを持ち、険悪な面持ちで。橋の上には一台の瓦屋根付きリムジンが威圧的に停車。オムラの役員用リムジンだ。橋の向こうではカーボン盾やチョウチン、電気ジュッテで武装した者達。彼らはマッポではない。オムラの契約警備員だ。
オオヌギの人々が持つプラカードには、町中に貼られた闘争スローガンと同様の文言が思い思いに書き殴られている。「ヤメテ」「オムラ企業粉砕骨折」「アベ一休がアンタイセイと言うぞ」「ちょっとやめないか」。
張り詰めた空気下、リムジンのドアが開き、ヤクザ的なSPとともに、小柄な中年男性が降り立った。少ない髪を神経質になでつけ、バーコードめいた模様を形作る攻撃的ヘアースタイルと黒縁のメガネが目を引く。おお、なんたる事か!彼こそはオムラ・インダストリの専務、オムラ・チャールストンだ!
オムラ・チャールストンはチャツボの虫を見るような軽蔑的な視線を人々に向けた。「やれやれ、我が国のGNPに誤差程度の貢献しかできないゴミクズどもめが」聞こえぬ程度の小声で呟く。「オムラー!」「出てきたな!」「ここはワシらのインフラストラクチャなんじゃ!」「非道い!」
傍のヤクザ的SPが小型拡声器をチャールストンに手渡す。彼は片手で片耳を塞ぎながら拡声器に向かって言った。「エートあなた方、この地域、エートつまりこのジャンク・クラスターヤードですね、ここをあなた方のモノだと誤解されてらっしゃいますね?」「なんだと!」「黙れー!」「頭髪が奇妙だ!」
「不快なヤジにはうんざりします!」チャールストンは怒鳴り返し、拡声器がハウリングした。「いいですか、この区画の不動産は先週づけでオムラが一括して権利を全て買いあげているんです。その旨の通知はしましたね?あなた方、不法占拠なんですよ!不法!」「そんな無茶があるか!」「頭髪が妙だ!」
「全く困った方々です!本来ならば不法占拠で全員逮捕させるところ、我々はあえて穏やかな民事解決の手を差し伸べようとしている!プロジェクト区画に住居を用意し、働き口もある。工場だ!温かい食事と仕事!近くにパチンコまである!何が不服なのですか!理解できん!」
カッポーギを着た中年女性がフライパンを振り上げ、進み出た。「ここはねぇ、行き場のない連中の最後の砦なんだ!夢なんだよ!あたしゃ知ってるよ、オムラのプロジェクトに行った奴らの末路をね!死ぬまで奴隷として搾り取られるんだ!」「そうだ!」「体制!」「腐敗!」「搾取!」
「し、死んでも俺はここをどきやしねえぞ!」声を荒げたのは安宿の主人だ。「御用役人が許しても、ブッダが許さねえよ!知ってるぞ!無茶やりやがったら悪評が立って株価が下がるんだ!本当は何もできねえんだ!騙されるもんかよ!」「勝利!」「論破!」「頭髪!」
「あなた達は……」「革命!」「抵抗!」「攻撃!」「我々の……」「欺瞞!」「搾取!」「喝破!」チャールストンが何か言い返そうとすると、群集の数人が拡声器にも負けないユニゾンですぐに話の腰を折りにかかる。闘争訓練をほどこされた者達が少なからず混じっているのだ。
「嘘つきめ!」さらに一人進み出る。ナムサン!サブロ老人である!「そもそもワシのドウグ社社屋は江戸時代から一度も移転しておらん、正真正銘のワシの持ち家、ワシの土地だ。証書を見せるか?いつワシから買った?買っとらん。あんたの言葉は嘘まみれだ!カエレ!」「論破!」「無様!」「頭髪!」
「……マノキノ=サンの奴、工作失敗しておったのか?」チャールストンは拡声器をおろし、憎々しげに独りごちた。「だから営業未経験のエンジニアはいかんのだ。肉親の情などともっともらしい事を言いおって」「チャールストン=サン」ヤクザ的SPが耳打ちした。「本社から通信が」「何?」
SPが差し出した車載IRC通話機を受け取ると、チャールストンはわずかな時間、会話する。「そうか、よし。やりたまえ!」通話を終了したチャールストンが空を見上げると、曇天を斜めに横切る黒点があった。それは少しずつ大きくなり、爆音が次第に近づいてくる。輸送ヘリである!
「なんだ?」「降りてくるぞ」「バカな……オムラか?」群集が不安げに言葉を交わす。チャールストンはひきつった笑いを浮かべた。そして拡声器へ向かって叫ぶ。「よかろう!交渉決裂!最後に言っておくが、これはお前たち自身が招いた結果です!自分自身のせいです!その事実を胸に刻むがいい!」
4
チャールストンとヤクザ的SPがリムジンに乗り込み、全速力で橋をバック、対岸へ戻ってゆくのを、オオヌギ住民は唖然として見つめていた。バラバラバラバラバラ、ヘリコプターのローター音は今や堪え難い騒音となり降り注ぐ。ヘリコプターのハッチが……開いた!
投げ落とされる複数のロープ!それを伝って全部で五人、オムラ社章つき迷彩服を着た武装サラリマンが降下してきた。彼らは素早く橋の両脇に散開し、ヘリコプターを見上げる。まだ中にいるのだ。中に。
と、前触れなく、ヘリの底部が両開きに開いた。質量をもった異形存在が落下、橋の上に音を立てて着地し、八本の腕が背中のキャリアカーゴに格納した武器を引き出し、構えた。すなわち、サスマタ、ジュッテ、カマ、ツルギ、斧、カタナ、ナギナタ、ハンマーである。古事記の神話戦争に由来する武器だ!
「な……な……なんじゃありゃあ?」食堂の主人が口をあんぐりと開けて見守った。群衆が不安げに囁き合う。「悪魔……いや、ブッダ……?」「ブッダエンジェル……」「まずいんじゃないのか……」「や、やれるわけないんだ……」「ブッダ……」
怪物めいたデザインの頭部が高速回転し、X字に伸びた四本の脚の関節各部が水蒸気を吹き上げる。モーター音を鳴らしながら鋼鉄の戦士はオジギめいた動作をした。「ドーモ、モータードクロ、です。現在アナタがたの投降を受け付けております。……ドーゾ!」
「投降って……」「あれ、オムラのロボットか」「ブッダエンジェルめいた……なんたるバチアタリ!」「しかしあれ、やる気としか思えないが……」「大丈夫さ、そんなことしたら株価が……」ビー!ビーガビー!耳をつんざくブザー音がモータードクロから放たれた!「ハイ時間切れです!戦闘を開始で!」
ぎこちなくも、ある程度流暢な合成音声が告げるや否や、モータードクロは一瞬身を沈め、群衆へ向かって跳躍した!「アイエエエエ!?」「アイエエエエ!?」「アイエエエエ!?」群衆は唐突に己のさらされた危険を察知し、蜘蛛の子を散らすように四方八方へ駆け出した。
しかし全員が奇襲を回避できたわけではない!「アババババーッ!」逃げようとして転倒した一人の労働者が無残にも背中を踏み潰され、うつ伏せに吐血して即死した。ナムアミダブツ!なんたる暴虐!「ドーモ、モータードクロ、デス。投降受付時間、終了されました」
「アイエエエエ!」「アイエエエエ!」「た助けてくれええ!」「アイエエエエ!」モータードクロは近くのアパートへ顔面を向けた。口が開き、そこからグレネード弾が射出される。シュポム!
グレネード弾が光を放ち爆発した!平屋の古い木造アパートは爆発の前にひとたまりも無い。「アイエエエエ!」焼け出された人々が中から数人飛び出し、勢いよくタマ・リバーへ飛び込んだ。「モータードクロは、戦っています」四本の脚を素早く動かし、悪魔めいたロボットはジャンク街を突き進む。
「展開!」「迎撃!」「攻勢!」相互に声をあげつつ、機敏な動作で何人かの若い男たちが平屋の屋根に現れた。うち一人は風にたなびく旗を掲げる。旗には「イッキ・ウチコワシ」とミンチョ書きされている。「強制!」「迫撃!」「爆破!」彼らは手にした火炎瓶をモータードクロへ投げつける!
イッキ・ウチコワシは企業支配の粉砕を掲げ、ネオサイタマにおけるゲリラ闘争を支援する非合法組織である。彼らは住民の重鎮的存在が今回の抵抗運動にあたって派遣依頼をかけたイッキ・ウチコワシのアジテーター戦士達なのだ。
複数の火炎瓶がモータードクロへ飛来!しかし、おお、なんたる事か!モータードクロがナギナタを一振りすると、火炎瓶はモータードクロに達する前に一度に全て割れ砕け、炎の塊は地面に虚しく落下した。モータードクロは彼らに向けて二発目のグレネードを発射した。シュポム!カブーム!
「「「「グワーッ!」」」」断末魔のユニゾンだ!爆風で吹き飛ばされ、手足をバタつかせて落下してきた戦闘員を、モータードクロは容赦なくサスマタでカイシャクしてゆく。「ドーモ、モータードクロ、デス!私は、オムラ・インダストリとは、一切関係ありません。偶然ここへ来て、戦闘しています」
ゴウランガ!無関係?なんたる狡猾な偽装工作!これではモータードクロの悪魔的殺戮がうやむやになってしまう可能性がある。恐るべきはオムラ・インダストリの人工知能技術である!
「展開!」「接近!」「白兵!」掛け声を叫びながらウチコワシ戦闘員が路地裏から飛び出した。「ヤッチマエー!」数人の屈強な労働者も手に手に角材を持ち、奇襲に加わっている。全部で八人がモータードクロを取り囲む。「イヤーッ!」モータードクロが叫び、八本の腕を打ち振った!
「イヤーッ!」「アバーッ!」ツルギがウチコワシ戦闘員の首を跳ね飛ばす!「イヤーッ!」「アバーッ!」カタナがウチコワシ戦闘員の首を跳ね飛ばす!「イヤーッ!」「アバーッ!」斧が屈強な労働者の首を跳ね飛ばす!「イヤーッ!」「アバーッ!」ナギナタが屈強な労働者の首を跳ね飛ばす!
「イヤーッ!」「アバーッ!」サスマタがウチコワシ戦闘員の心臓を貫く!「イヤーッ!」「アバーッ!」ジュッテがウチコワシ戦闘員の心臓を貫く!「イヤーッ!」「アバーッ!」カマが屈強な労働者の首を跳ね飛ばす!「イヤーッ!」「アバーッ!」ハンマーが屈強な労働者の頭を砕く!
ナムアミダブツ!たちまち酸鼻なマッポーのジゴク・ブラッドプールが貧民街の真っ只中に作り出されてしまった!「私はオムラ・インダストリとは一切関係がありません。あと、投降の受付は、締め切られています。ミナサン、オオヌギ・ジャンク・クラスターヤードから出て行ってください」
「アイエッ!」走って逃げていた老女が足をくじき転倒した。助け起こそうとするのはサブロ老人だ。「ちょっとしっかりしなさい。さあ」「ナムアミダブツ!ナムアミダブツ!あたしゃおしまいだよ……この町はおしまいだ……」老女は首を振って悔し涙を流す。「カツ!何をバカな!」サブロが叱責した。
「あんなバカバカしいロボット一つでワシらをどうにかできるなど、とんだ思い上がりだ!いいかね、ワシらは人間だ、生きておる!奴が暴れて家が壊れた?ワシらはまた作る!わかるかね!」「ア……アイエ……」老女はよろけながら立ち上がる。
「ドーモ、モータードクロ、デス。私はオムラ・インダストリとは無関係です。単独に行動しています」無慈悲に歩を進め、殺戮機械が二人に迫る。道すがらタバコを捨てるかのような無造作な動作で道路脇の建物にグレネードを発射、爆破する。「降伏は時間切れですから認めていません」
「こっちだ!さあ!」サブロは脇道へ老女をうながす。だがモータードクロの反応は素早い。「イヤーッ!」手にしたジュッテを老女へ投げつけたのだ!「グワーッ!」「アイエエエ!」サブロは老女を押しのけて庇う。彼の右の太ももにジュッテが突き刺さる!「さあ行け!逃げなさい!」「ア、アイエエ!」
モータードクロは駆け去る老女を無視。動けないサブロ老人に向けて、無慈悲にナギナタを構える。「降伏は……コフク、スシ!スシッスシ!」モータードクロは突如として取り乱し、頭部を回転させて叫び出した。後ろから追ってきた武装サラリマンがオカモチを持って駆け寄る。「スシはこっちだ!」
「まったく、どうした事だこれは」モータードクロに追いついた武装サラリマン二人は困惑気味に言葉を交わす。「データより随分スシ・フィードの頻度が高いじゃないか」「全くだ!殲滅しきれるのか、これで?」背後に焼ける家屋、目の前にサブロ老人を前にしながら、まるで罪悪感の無い平易な口調!
「スシッスシ!スシ!」「がっつくな!」武装サラリマンはオカモチからタマゴ・スシを取り出し、腹部アームに慎重に収める。ガション!「アイエエエ!?」「アー、ウウウウ、ウウンマーイ」「アイエエエエエエ!」ナムアミダブツ!武装サラリマンの右手首から先がスシごと失われた!
「サカナ、は、いらない!」腹部アームはスシだけを腹の中に格納、サラリマンの手を地面に投げ捨てた。「アイエエエエエエ!アイエエエエエエ!どうしてこんな……!」武装サラリマンは失われた手首を押さえ泣き叫んだ。インガオホー!「おい!まずい……」もう一人が注意を促す。だが!「イヤーッ!」
「アバーッ!?」モータードクロのカタナが手負いの武装サラリマンの首を跳ね飛ばした!「アイエエエ、や、やめ……」「イヤーッ!」「アババババーッ!!」モータードクロのツルギがもう一人の武装サラリマンを脳天から真っ二つに叩き斬った!サツバツ!「モータードクロ、は戦っています、ウマイ!」
ここまでか!サブロは突然アグラ・メディテーションの姿勢を取った。「哀れなガラクタめ!ならばワシを斬ってみよ!」怒りに燃える目を見開き、邪悪なロボットを睨み据える。モータードクロの頭部が回転する。「アラート、データ外状況な。手動入力を行ってください」無機質なマイコ音声が鳴り響いた。
「……」ラオモト・カンは営業サラリマンを無言で凝視した。その瞬間、営業サラリマンはスプリンクラーめいた勢いで再失禁し、なおかつ嘔吐した!「アイエエエ、アババーッ!」さらに吐血!無理もない!恐怖のデモリション・ニンジャの怒りを真正面から受けて、平常でいられる人間など存在しないのだ!
スクリーンでは後続の武装サラリマンが構えるカメラの動画がリアルタイムIRCストリーミングされている。カメラはオムラ社員二人を無残に斬り殺し、なおかつ動作を停止したモータードクロを中継しでいた。
「やはりロボットは時期尚早じゃないのかという気になるね、これを見ていると?どう取り繕うんだね、君ィ?」警察関係者が這いつくばる営業サラリマンに容赦なく指摘する。「アバッアバババッ」吐血!ラオモトは 眉一つ動かさず、「ま、この彼はセプクするのでしょうなあ」「アババーッ!」
「しかし、戦闘能力、順応性という点で見れば、実に期待通りと言えましょう。人工知能に関してもこれはベータテスト段階ですから、些細なバグをフィクスするだけの事」実際の胸中がどうあろうと、こうして話すラオモトは何もかも想定内であるかのように平静だ。ざわついていた出席者もやがて静まった。
「オホン、まあ、確かにこの柔軟な戦闘力はモーターヤブとは比較にならないレベルにある事は確かだがね」警察関係者は彼なりの威厳を保ちつつ引き下がった。「今回の材料がきっちり踏まえられるであろうことを期待するよ、君ィ」「アババーッ!」
ライブIRC映像はモータードクロが関節各部から蒸気を噴き出し頭を回転させつづける様子を引き続き捉えている。カメラを持つ武装サラリマンへ、他の二人が何がしか話しかける。協議が行われ、カメラの持ち主以外の二人がモータードクロへ足早に近づいて行く。「手動入力」を行おうというわけである。
老人は少しもひるまず、アグラ・メディテーション姿勢をとりつづける……。
5
「待ってくれ!待った!」マノキノは全力疾走に息も絶え絶えになりながら、武装サラリマン三人の背中へ呼びかけた。ハイヤーを使ってオムラ社屋からこのオオヌギ地区まで必死にモータードクロを追った彼の案ずる肉親が、なんと今まさに殺されようとしているのだ。マノキノ自身の創造物によって!
「なんだ?ウチの社員か?」撮影サラリマンがマノキノの手の社章インプラントを見て、他の二人が護身用のニードルガンを構えようとするのを押し留める。「誰ですか」「ド、ドーモ、主任エンジニアのマノキノです」荒い息を尽きながらマノキノはオジギした。「モータードクロの開発者です」
「開発者!これはドーモ失礼しました!」三人は素早くオジギした。「ですが、ご覧になってますか?非常事態です、社員の二人が住人もろともモータードクロに殺され、さらに何らかの不具合でシャットダウンしました」数メートル先のモータードクロの背中を指差す。
「見てください、あの老人を。座り込みですよ。我々が住人を排除したり建物を壊したらオムラの責任が問われてしまう。殺したいのに!どうにかしてください」武装サラリマンは平然として言ってのけた。マノキノは青ざめた。彼らの目には、この破壊行為になんの苦悩も罪悪感もないのか?だが……。
それは欺瞞もいいところだ。それを言うなら、真に罪深いのは開発者である我々ではないか。マノキノは自問自答した。あの恐ろしいラオモト顧問の言うがままに仕様を変更して行った私に罪悪感は、恐怖はあったのか?そんなものは麻痺させてしまっていたではないか。治安への貢献という題目にすがって!
「私が…やります」マノキノは武装サラリマンに頷き、進み出た。モータードクロは頭部を回転させながらマイコ音声アラートを繰り返している。「予期せぬシチュエーション下でのシステムがエラーな。アドミニストレーター=サンが手動入力を行ってください」……その足元でアグラする老人と、目が合う。
「父さん……」「フン、貴様か」サブロ老人はマノキノを冷たく睨んだ。「エンジニアとな。では、このくだらん冗談は貴様の蒔いた種か、ええ?もはや涙も枯れ果てた。実の息子が破滅の導き手として戻ってきたとな。これも全てワシのインガオホーよな」「父さん……」
「僕は……僕はこんな事になるなんて知らなかったのです」マノキノは己の言葉の空虚を噛みしめる。「僕はただ、貴方にオムラの技術指導員として就任していただいて……僕なりに貴方へ恩を返そうと……それがこんな事になってしまって……まさかこんな……この町が……」
マノキノの目に涙が滲んだ。「ごめんなさい……父さん……僕はただ、僕の技術を僕なりにネオサイタマに役立てたかっただけなんです……どこでこんな事になったのか、わからないんです……」「馬鹿もんが」サブロが叱責した。「馬鹿もんが。……お前の馬鹿はワシの遺伝だな」「え……」
サブロは少し笑ったような顔をした。「オヌシは若い。いくらでもやり直しが効く。間違えれば、正せばよい」「父さん……」マノキノは涙をぬぐった。「なにしてるんですか!」後ろで急かす武装サラリマンを睨みつけて黙らせ、 マノキノはモータードクロの背部カバーを操作した。
背部カバーの下から引き出されたのは、実体キーボードである。赤いスキャンレーザーがマノキノの社章インプラントを読み取る。最新式のロック機構なのだ。「アドミニストレーター権限を確認」マイコ音声が告げた。マノキノは 素早く実体キーボードをタイピングした。
「イ、マ、ス、グ、セ、ン、ト、ウ、チ、ュ、ウ、シ」
「アドミニストレーター=サンからの戦闘を中止命令。ヨロコンデー」間の抜けた機械音声が応答し、モータードクロの全関節が蒸気を吹き上げた。「え?」「何をした!」「ちょっとあなた!」武装サラリマン達が口々に叫ぶ。マノキノは力なく笑い、サブロのもとへ歩み寄ると、肩を貸した。
「父さん……僕は未熟です……」マノキノは呟いた。サブロは目を伏せた。……と、その時だ。ビガー、ガー!不気味なアラーム音が、戦闘停止を受け入れたモータードクロの頭部から鳴り響く!「何だ?」「イヤーッ!」「危ない!アイエエエー!」
マノキノはとっさにサブロを突き飛ばした。地面へ投げ倒され老人は苦しげに呻いた。マノキノは?おお、なんたることか!その背中はモータードクロのカタナの不意打ち攻撃を受けて斜めにざっくりと裂け、鮮血を噴き上げる!ナムアミダブツ!
「……と、このように、何らかの造反があったとしても、遠隔操作IRC解除キーによって命令の再設定、再遂行が可能というわけだ」ラオモト・カンは卓上の携帯型ボタン装置を出席者に示して見せた。たった今彼が押したウルシ塗りのボタン装置を。そして冷酷にスクリーンを見やり、「さあ、試験再開だ」
スクリーンに映るモータードクロが七つの武器(ジュッテは投げてしまった)を構え、戦闘姿勢を取る。「ドーモ、モータードクロ、です。私は偶然ここへ来て、戦って、います。オムラは無関係」起き上がろうとする老人へ無慈悲にサスマタを振り上げる。「ん?」「なんだ?」出席者がざわついた。
スクリーンの映像が揺れた。画面隅の武装サラリマンの頭上になにか影めいたものが降って来て、跳ねたようだった。その影は近くのもう一人の武装サラリマンの頭めがけて飛んだ。そして、また跳ねた。「何だ?」最初の武装サラリマンの頭は?次の武装サラリマンの頭もだ。「頭が?無い?」
映像が激しく揺れた。カメラが落ちたのか、視界は地面に真っ直ぐに突進し、砂嵐が走る。「何だ?」「何です?」「トラブルですか?」砂嵐。そしてスパーク。ブツン…………。
ゴウランガ!三人の武装サラリマンは全員絶命した!三人の頭部は真上からの恐るべき打撃を受け、押し潰されて肩の間にいびつにめり込んでいた!「イヤーッ!」飛び石めいた連続ストンピングを終えたニンジャスレイヤーはそのまま空中で六回転し、モータードクロへ飛び蹴りを繰り出した。
「イヤーッ!」サスマタの柄がそれを受け、 ツルギが反撃する。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは柄を蹴って飛び離れることで反撃を回避!空中で八回転し、サブロを庇うように着地した。そしてモータードクロへ向かって力強くオジギした。「ドーモ、はじめましてニンジャスレイヤーです」
「ピガッ!」モータードクロはニンジャスレイヤーを覗き込んだ。「ニンジャソウル検出。あなたはニンジャです」顔面が変形し、メンポめいたマスクが展開した。おお、なんたる形相!あらわれたのは憤怒の木彫り面だ!「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン!モータードクロ、です!ゼンメツだ!」
「ニンジャソウル?機械の分際で」ニンジャスレイヤーはジュー・ジツの構えを取る。視界の端に、背中を斬られて倒れた若いサラリマンが映る。あのときの若者だ。血溜まりが広がって行く。致命傷であろう。ニンジャスレイヤーは無感情に言い放った。「……外道め。ネジクギ一つまで分解してくれる」
6
「モータードクロは!戦っています!」邪悪な機械は四脚を巧みに動かし獲物に殺到した。「イヤーッ!」カタナ、ツルギ、カマが同時にニンジャスレイヤーを襲う!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはしゃがみながら前進し、ふところへ潜り込んだ。三つの邪悪な武器は虚しく空を切る!「イヤーッ!イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤーッ!」ニンジャスレイヤーはしゃがみ姿勢のまま、おそるべきショートフックの乱打を繰り出す!「ピガーッ!?」
2秒間にモータードクロが受けたミゾオチ・パンチはじつに11発。鋼鉄の体が押し上げられ、わずかに浮き上がる!「イヤーッ!」「ピガーッ!」だめ押しに繰り出されたミドルスピンキックの凄まじい刺突力を受け、モータードクロはワイヤーで引っ張られたような勢いでくの字に吹っ飛んだ。
「マノキノ!マノキノ!!」サブロ老人はマノキノに駆け寄り、助け起こそうとした。「……お、お父さん、力至らず……なんと愚かな子供だった事か……」「息子よ!」サブロの目から涙が滲み出た。「くだらん事を言うとる場合か」「スミマセン……」マノキノの口からゴボゴボと血が流れる。
「モータードクロは難度の高い敵ニンジャを認識」四脚を巧みに動かしモータードクロが身を起こした。関節部から蒸気が噴き上がる。ニンジャスレイヤーの打撃は効果があったのか。無かったのか。「ゼンメツ・アクション・モード承認状況。ゼンメツ・アクション・モード展開」電子音が発声した。
ゼンメツ・アクション・モード!いかなるモードか?見よ!ゴリラめいた胸板の「秩序」の文字が不穏に輝くと、蒸気とともにその胸板が左右にカンノン開きした。胸板の内側、鋼の肋骨の隙間から、無骨なミニガンの銃口が複数迫り出す!「ゼンメツだ!」
さらに八本の腕それぞれの甲殻が開き、そこからも機関砲の銃口が迫り出す!「ゼンメツだ!」背中に背負っていた武器キャリアが変形し、肩口にバズーカ砲めいた武器が二門、出現!「ゼンメツだ!」腹部のスシ投入口が開き、可動型ガンに変形したサブアームが出現!「ゼンメツだ!」
「ホノオ!」モータードクロが叫んだ循環、展開したあらゆる火器が弾丸を連射開始!ニンジャスレイヤーに火線が集中する!「ゼンメツだ!ゼンメツだ!」ナムアミダブツ!ニンジャスレイヤーはブリッジからバックフリップ、側転と、目まぐるしく回避動作を繰り返す!
モータードクロの容赦なき火線はモーターヤブとニンジャスレイヤーが戦った際のガトリング乱射とは比較にならない瞬間火力である。ニンジャスレイヤーを追って銃弾が背後の建物をなぶると、木製の建材はあっという間に蜂の巣になり、潰れ、もうもうたる煙を噴き上げて崩れて行く!
ニンジャスレイヤーの回避動作は、サブロ老人とマノキノをモータードクロの狙いから逸らし、攻撃範囲から外すためのものであった。当たるようで当たらないニンジャスレイヤーのゼン・ダンスめいたステップは、その実、いつ蜂の巣にされるかわからぬギリギリの綱渡りであったのだ。
「モータードクロはニンジャより強いロボットです」電子音が警告した。ガトリングを乱射しながら、手にした七つの武器を構えてニンジャスレイヤーへ突進をかける。ニンジャスレイヤーは銃撃を避け、素早く側面へ回り込む。「モータードクロはとても凄いです」
「イヤーッ!」カマが振り下ろされる!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは踏み込み、モータードクロの手首をチョップし粉砕!「ピガーッ!?」モータードクロは武器を取り落とす!
「イヤーッ!」ハンマーが振り下ろされる!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは踏み込み、モータードクロの手首をチョップし粉砕!「ピガーッ!?」モータードクロは武器を取り落とす!
「イヤーッ!」ツルギが振り下ろされる!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは踏み込み、モータードクロの手首をチョップし粉砕!「ピガーッ!?」モータードクロは武器を取り落とす!
「イヤーッ!」カタナが振り下ろされる!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは踏み込み、モータードクロの手首をチョップし粉砕!「ピガーッ!?」モータードクロは武器を取り落とす!
「イヤーッ!」サスマタが振り下ろされる!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは踏み込み、モータードクロの手首をチョップし粉砕!「ピガーッ!?」モータードクロは武器を取り落とす!
「イヤーッ!」斧が振り下ろされる!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは踏み込み、モータードクロの手首をチョップし粉砕!「ピガーッ!?」モータードクロは武器を取り落とす!
「戦闘状態!」モータードクロはたたらを踏んだ。ナギナタを八本の腕で持ち直そうとする。ニンジャスレイヤーは追撃を……「!?……イヤーッ!」アブナイ!腹部のスシ・ハンドガンが待ち伏せめいて火を吹いたが、ニンジャスレイヤーは瞬時に状況判断し、ブリッジしながら後退してそれを回避!
「集中しますロックオン重点!対ニンジャ・ミサイル!ゼンメツだ!」さらに、肩のバズーカ砲めいたランチャー二門から、煙を吹いてミサイルが発射される!ニンジャスレイヤーは全力のスプリントでミサイルを回避するが、ゴウランガ!その二発の弾丸は空中で向きを変えて追いすがる。追尾性なのだ!
「イヤーッ!イヤーッ!」走りながらニンジャスレイヤーはスリケンを二枚投げた。撃ち落そうというのだ。しかし表面に「馬」とミンチョ書きされたミサイルはスリケンを弾き返してしまった。硬い!
ニンジャスレイヤーは全力疾走し、近くの安宿の壁を走り、そのまま屋根の上に駆け上がった。なおも飛び来たるミサイル!「イヤーッ!」一度に6枚のスリケンで再度迎撃を試みるが、やはり無駄だ。この対ニンジャ・ミサイルの弾頭は、ニンジャソウルに限りなく接近したとき、初めて爆発するのである!
ニンジャスレイヤーは路地の奥へ身を翻し、ジグザグに移動する。これでどうだ?ナムサン!ダメだ!二発のミサイルはその硬い弾頭で、爆発する事なく建物を貫通しながらニンジャスレイヤーへ迫って来る!
◆◆◆
プレゼンテーション・ルームのカンファレンスは長丁場である。出席者がふるまわれたトコロテンを無言で食べる中、モニター映像が再点灯した。瀕死の営業サラリマンはラオモトへ向き直ると、正座した。「モ、モニタ映像をモータードクロのアイカメラに切り替えました。ヨロコンデ!アバーッ!」
セプク!営業サラリマンは咎を一身に受け、小刀で己の下腹部を割いて果てた!「ムッハハハハ!片付けい!」ラオモトは数秒だけ拍手して喜ぶと、モニターを注視した。
モニタに映るモータードクロの視界は、そのヘッドアップディスプレイ上の各種インジケーターもそのまま表示する。「メニュー」「ミサイル」「スシ」「サーチ」「感動」といった電子文字、ゲージ類や二次元レーダーのデジタル表示が眩しい。
「モータードクロのログを受信しています」エンジニアがUNIX端末を操作しながら緊張した声音で解説する。その脇を、営業サラリマンの死体をストレッチャーに載せた警備員が通過する。エンジニアは印刷機から溢れ出すパンチシートを取った。「戦闘が行われています。これは……ニンジャ相当存在?」
「ニンジャ」「ニンジャだと……」「さっきの映像の乱れは……」「ンー、カーッ、オホン!」ラオモトは咳払いひとつで場のざわつきを掌握した。「実に嘆かわしい事ですが、ネオサイタマの治安を乱す悪のニンジャというものが存在しておる。いわば、テロ組織の尖兵ですな」
ラオモトは尊大に言った。「ゆえに、このモータードクロにはニンジャと戦うための専用のモードを搭載させた。いわばこれは目玉的な機能です。数世代かけてこの機能が洗練すれば、ゆくゆくはニンジャなどこの世に必要無くなるのだ。この状況はテストとしては好都合ですな。ご覧なさい、あれを」
ラオモトは顧問的な尊大さでモニターを指し示した。画面中央上の端に「ゼンメツだ」と表示されている。「主観視点ではわかりにくいが、これはゼンメツ・アクション・モードに入っている事を示す。モータードクロの体内には2万発の銃弾が格納されている。それで殺すのだ」
「交戦データが来ました。ニンジャ相当存在に対しては既にミサイル『馬』が発射されており、追尾中と」エンジニアがパンチシートから顔を上げた。「これはニンジャソウルを追尾し、対象ニンジャを必ず破壊するものです」「ムッハハハハ、『馬』。感傷的な名前よな!」
モータードクロはせわしなく視点を動かし敵ニンジャの方角をサーチしている。遠方でボロ屋が粉砕し、立て続けに煙を吹き上げる。「あれは『馬』が障害物を貫通しているシルシです」エンジニアがパンチシートを確認しつつ、「弾頭はバイオバンブーの分子構造から発展させた特殊素材なのです。硬いです」
「ムッハハハハ!交戦中のニンジャは忌々しいイッキ・ウチコワシの小蝿といったところであろうが、所詮はサンシタの集団。恐るるに足らん。せいぜいデータとなってもらうとしよう」おもむろに出席者へ向き直り、「皆様いかがですかな?ムッハハハハ!」「その通りです!」追従笑い!「アハーアハー!」
チチチ、画面上に「見敵」の表示が瞬く。近くの食堂の屋根に飛び上がった影を照準が囲む。そこへ回転しながら追いすがる二発のミサイル。カメラがその赤黒のニンジャへズーム・インすると、メンポにレリーフされた禍々しい「忍」「殺」の文字がくっきりとモニタに焼き付いた!
「何!!」ラオモトが思わず椅子から腰を浮かせた。「アイエエエエ!」「アイエエエエ!」「アイエエエエ!」「アイエエエエ!」「アイエエエエ!」「アイエエエエ!」膨れ上がったラオモトの殺気に触れ、さほど感受性の高くない者を含んだ出席者の約半数が失禁し気絶!「なぜヤツがいる!!」
モニターの向こうで赤黒のニンジャは飛来する二発のミサイルに向けて何かを投げた。スリケン?いや、ちがう。ロープ状の何か……長く伸びたそれは……ミサイルに巻きついて……「……ニンジャスレイヤー……!」ラオモトが吐き捨てるように、その名を口にする!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは両手に力を込め、屋根瓦の上で踏ん張った。装束越し、 背中と腕に縄のような筋肉が盛り上がる!カギつきのニンジャロープが二発のミサイルそれぞれの胴体部分に巻きつき、先端の鉤爪がガッキと食い込んでいる。
ドウグ社製の強靭なロープに食いつかれたミサイルは、ニンジャスレイヤーを中心に、ジャイロ凧揚げめいて円を描いて飛行する!ひとつは時計回り、もうひとつは反時計回り……そして、おお、見よ!弾頭同士がぶつかり合い、跳ね返る!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは力の限り踏ん張った。足元で屋根瓦が割れ砕ける!ぶつかり合って跳ね返ったミサイルは、逆向きの時計回り・反時計回りに飛行!さらにぶつかり合い跳ね返る!「イヤーッ!」跳ね返ったミサイルは、逆向きの時計回り・反時計回りに飛行!さらにぶつかり合い跳ね返る!
バチン!バチン!バチン!硬質の弾頭がぶつかり合い、円を描き、またぶつかり合い、また跳ね返る!バチン!バチン!バチン!ナムアミダブツ!これはあまりにも物騒なアメリカンクラッカーめいた地獄の遊戯ではないか!なんたる狂気めいた対処方法!
「ピガーッ!」モータードクロが頭部を激しく回転させた。「モータードクロは戦闘状況をデフラグ中です!これは、よくわかりません!エート、わかりにくい!」八本の腕をニンジャスレイヤーへ向け、機関砲を乱射!「ゼンメツだ!」「イヤーッ!」バチンバチンバチン!クラッカーがスピードアップ!
乱射される銃弾のおおかたはクラッカー扱いされたミサイルがバリアーめいてたやすく跳ね返してしまう!ナムアミダブツ!過剰な硬質さが予想外の状況を生み出してしまっているのだ!ニンジャスレイヤーはクラッカーを鳴らしながら屋根から屋根へ飛び移り、ついにはモータードクロめがけてダイブした!
「モリタ=サン」這いつくばって戦闘を見上げるサブロ老人が震えながら呟いた。「モリタ=サン。おお……」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは滞空しながら力任せにロープを操り、眼下のモータードクロへ攻撃をしかけた。二発のミサイルが醜い殺人機械の体を左右から……挟み撃つ!
「ピガーッ!」肋骨部にミサイルがめり込み、跳ね返る。ニンジャスレイヤーはロープを操り、背後で打ち合わせる。バチン!跳ね返ったミサイルがモータードクロを挟み撃つ。「ピガーッ!」バチン!「ピガーッ!」バチン!「ピガーッ!」バチン!「ピガーッ!」バチン!「イイイイヤアアアーッ!」
クラッカーの速度が限界に達し、ミサイルに蓄積された衝撃はついにその強度を超えた。「ピガガーッ!」閃光が迸る!爆発だ!カブーム!
爆風を受けながらニンジャスレイヤーは空中で八連続のバク転を繰り出し、華麗に着地した。「ピガガガガガ!ピガガガガガ!ピガガガガガ!」もうもうたる黒煙の中で稲妻めいた火花が散り、モータードクロの壊れた電子音が繰り返される。「ピガガガガガ!ピガガガガガ!ピガガガガガ!」
煙がゆっくりと晴れて行く。「ピガガガガガ!ピガガガガガ!ピガガガガガ!」痙攣する黒いシルエットが徐々に露わになる。ニンジャスレイヤーはゆっくりと歩いて近づいてゆく。「機械にハイクは詠めまい」「ピガガガガガ!ピガガガガガ!ピガガガガガ!ピガ…」ガシン!モータードクロが一歩踏み出す。
「カ、カ、カ、カラテ・アクション・モード!カラテ!」ガシン!さらにモータードクロが一歩踏み出す。なんらかの変形が行われている。二足歩行だ。二本ずつ、脚をまとめたのだ!「カラテで戦うモードです!オムラ!ピガガガガガ!」回転する頭部が現れる!「カラテ!」
歪んだ胸板の「秩序」の文字が狂おしくフラッシュする。ガシン!さらに一歩踏み出す。モータードクロの八本の腕から六本が脱落した。鋼鉄のシャフト。砕けた手をカラテめいて構える。「ドーモ!モータードクロ、です!ドーモ!モータードクロ、です!ドーモ、モータードクロ、です!」
ニンジャスレイヤーは接近しながら、ほとんど無雑作にカラテを構えた。「ピガガガガガ……イヤーッ!」モータードクロの右手がイビツなカラテ・チョップを繰り出す。ニンジャスレイヤーは歩きながら左腕を掲げてそのチョップを反らした。そして右腕を、真っ直ぐに突き出した。「……イヤーッ!」
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「ピガガーッ!」ニンジャスレイヤーのチョップ突きはモータードクロの下腹部を深々と抉り、肘関節まで潜り込んだ。「イヤーッ!」「ピガガーッ!」ニンジャスレイヤーが右腕を引き抜く!スシ・ハンドがギュウタンのごとく根元から引きずり出される。黒い機械油とシャリとタマゴに濡れたハラワタだ!
「戦闘続行が難しい!モード変更があまりよくない!」モータードクロはもがき、両腕でニンジャスレイヤーの背中を殴りつける。ニンジャスレイヤーは意に介さぬ!「イヤーッ!」スシ・ハンドと消化器官が内部から根こそぎ引きずり出され、引きちぎれた!「ピガガーッ!」
「カラテッ!カラテッ!オムラ、オムラ!ムカンケイ!オムラ!」叫びながら回転する頭部をニンジャスレイヤーは両手で鷲掴みにした。そのニンジャ膂力で、モータードクロは無理矢理オジギめいた前傾姿勢を取らされる。「人間の真似事はおしまいだ」「オムラ、オムラ、オムラ、オムラ」「イヤーッ!」
「ピガガーッ!」モータードクロの頭部は人工脊椎とともに引きずり出され、引きちぎれた!黒い機械油とシャリとタマゴが撒き散らされる!「イヤーッ!」地面に投げつけたそれをニンジャスレイヤーが無慈悲に踏み潰すのと、がらんどうの体が黒煙を噴き上げ力無くくず折れるのは同時だった。
「サヨ……ナラ……」破壊されたモータードクロの頭部は最後に弱々しい音声を発し、それきり動かなくなった。
オムラ・インダストリのプレゼンテーション室では、ただモニタ砂嵐の音だけが聴こえていた。ダブルのスーツと邪悪なメンポ、頭巾が特徴的なラオモト・カンは、しばらくその砂嵐を無表情に見つめていた。そして振り返った。
ホリゴタツにかけた出席者は全て沈黙している。半数が失神し、半数が心停止に至っている。耳や目から出血している者もいる。失神した者の何人かは、あるいはこの後に社会復帰ができるかもしれない。それには体力と幸運が必要だ。
怒りとともに己のニンジャソウルをむき出しにしたラオモト・カンを間近で目撃し、まともでいられる非ニンジャなど存在しないのだ。一方のラオモトは再びもとの冷酷な平静を取り戻していた。「……」出入り口に視線を送ると、そこにひざまずく影はダークニンジャである。「ドーモ。お迎えの時間です」
風がスス焦げた空気を運んでゆく。遠くにいくつかの黒煙の筋が見え、ヒケシが鳴らすサイレンが聴こえてくる。橋を挟んで睨み合っていた地元の人間とオムラの下請けチームはどちらも解散し、一人も残っていない。
この広範囲な破壊行為を引き起こした存在の成れの果てである鉄屑を傍らに、サブロ老人は息子のなきがらを抱き、ニンジャスレイヤーを見上げていた。
「モリタ=サン」サブロは呟いた。「モリタ=サン。これは、わしの人生に下された罰であろうか……インガオホー……」ニンジャスレイヤーはしばし無言であったが、やがて答えた。「オムラ・インダストリというシステムが暴力をおこない、貴方の息子はその犠牲になった。ただそれだけだ」
「やれやれ」サブロはつとめて苦笑した。「この息子、いきなり帰って来たと思うたら、このザマとは。親不孝の極みよ」「……」「……だが、よく育ったものだ。よく育った」ニンジャスレイヤーは無言である。
「モリタ=サン」「……」「あんたの正体は知らぬ。知らぬが、何者かはわかる」「……」「頼んだぞ……これからも」サブロとニンジャスレイヤーの目が合った。やがてニンジャスレイヤーはサブロに背を向け、近くの屋根へ跳躍した。「Wassyoi!」屋根から屋根へ。彼はすぐに見えなくなった。
ヒケシの鳴らす半鐘が鎮魂歌めいて、サブロの頭上の焦げ臭い空に鳴り響くのだった。
【オウガ・ザ・コールドスティール】終
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