【デッド! デダー・ザン・デッド!】
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重金属酸性雨降りしきるネオサイタマに雷鳴が轟き、廃東京タワーに落ちた雷がスモッグを白く照らした。無数の広告ネオン看板が、自然現象に負けじと蛍光色のメッセージを滲ませる。「おマミ」「真剣者」「ピーチ桃」「夢子」「一杯やっちゃって」「電話王子様」。今夜のネオサイタマは重金属雲が濃く、2年前に割れた月も、見えはしない。
隣り合ったビルそれぞれの屋上にニンジャ同士が対峙し、激しい雷光を受けていた。まず一方、第三信頼銀行のビルには対照的な二人のニンジャの姿あり。一人は桜色に燐光を発するマフラーを巻き、イアイ・カタナを携えた、小柄な黒髪の若い娘。その横にはズタズタのカソックコートの裾を風に揺らす不吉な大柄の怪人が佇んでいる。
「ドーモ。ヤモト・コキです」「ジェノサイドです」
彼らは対岸のビルの二人にむかってオジギした。アイサツは神聖不可侵の掟だ。古事記にも書かれている。
ふたりの敵意溢れる視線は、対岸の複合コケシ雑居ビルの屋上、ライトアップされたオイランバニーアニメ看板の上に直立する奇怪なニンジャ二名に向けられていた。こちらの二名はヤモトらとは対照的に、余裕溢れる侮蔑の笑みを隠そうともしなかった。しかし、アイサツに応じた。ニンジャの礼儀作法の掟だからだ。
「ドーモ。シュガーブライドです」「サッドネスです」
シュガーブライドはオイラン花嫁衣装を着た少女だった。血で汚れたバイオミンクの白いショールで首を覆い、両手それぞれに不気味な巨大鉈を掴んでいる。鉈の柄は銃身である。つまり、銃身に物騒な分厚い刃が生えているのだ。顔には十字の縫い跡があり、ホチキス状のもので縫合されている。右目は縦に二つ配置されていた。つまり、目が三つだ。その胸は不自然に豊満であった。
一方、サッドネスは紐のように痩せたニンジャで、拷問器具めいた不気味な黒いレザーの装束で全身を覆っている。頭頂部はジッパー式で開いており、ピンクの髪がモヒカンめいて飛び出し、逆立っている。こめかみを貫いて小振りのカタナが。そして心臓を貫いてノダチ・ケン・カタナが突き刺さっている。どちらも明らかに致命傷である。だが、平気なのだ。なぜなら彼は死体だからだ。
否、彼だけではない。この場のニンジャ全四名のうち、三名が死者であった。死してなお動くニンジャ。即ち、ゾンビーニンジャである!
「アッハー! よくまあアタシらの事、ここまで追いかけて……暇なの? ねえ、暇なんだねえ? 今宵もいい夜だってのに……!」
シュガーブライドが舌なめずりした。紫の舌だ。サッドネスは心臓に刺さったノダチ・ケンを無雑作に引き抜き、構えた。
「ま、そう言うなシュガー。まだちょっとだけ時間あるぜ! 相手してやろうじゃん!」
対峙する二者は無言。ジェノサイドのコートの中から鎖付きバズソーが足元に落ちた。ヤモトの目が桜色に燃えた。
KABOOOOM!
稲妻がふたたび空を裂き、同時に飛んだ四者の影絵が乱れ飛んだ。
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」
第三信頼銀行! 複合コケシ雑居ビル! 残像とともにニンジャが行き来し、刃と刃が打ち合って、遥か下のストリートに火花やオリガミ残骸や腐肉が落ちていく。
「アンタ変なの! 生きてやがってサ!」
シュガーブライドが右手のショットガン鉈を空中のヤモトに向けた。BLAMN! ヤモトはオリガミを蹴り、空中で二段ジャンプして散弾を避け、キリモミ回転しながらシュガーブライドに斬りつけた。
「イヤーッ!」「アハハーッ!」
イアイ斬撃を左手のショットガン鉈で弾き返すと、シュガーブライドは三つの目を見開き、耳まで裂けた口を笑顔に歪めた。ノコギリめいた歯の間から紫の舌がチロチロと揺れた。
「だからァ! なァーんだよォ、お前ェェーッ! アッハーッ!」「お前こそ……何なんだ!」「死体に決まってンじゃんよォー!」
ギュイイイイ! そこへバズソーが襲い掛かった。シュガーブライドはバック転で回避し、入れ替わりにサッドネスが攻撃した。バズソーはノダチ・ケンを打ち返し、サッドネスをバラバラの肉片に変えるべく大蛇めいて跳ね回る。サッドネスは踊るようにノダチ・ケンひとつを振り回し、惨殺攻撃を躱し、バズソーの水平部分を足場に跳躍し、よだれを撒き散らして笑い狂った。
「イイイヒヒーッ!」
四者は激しい打ち合いを経て、お互いのもとの陣地に着地した。シュガーブライドはショットガン鉈をスピンさせて嘲笑い、サッドネスはこめかみの刃を抜き差しして挑発した。
「狙いは、何だ!」ヤモトが叫んだ。
「だからァ、せっかく街が死にかけなのに、あンたらみたいな生きた人間は気持ち悪いもん。終わらせてやンの。ネオサイタマを正しい形にしようッての!」
シュガーブライドは答えた。そしてジェノサイドに向かって言った。
「だからアンタもこっち来なよ。一緒に、そこの女、フクロにしヨ。大歓迎だヨ!」「俺みてェなゾンビーが増えるのか?」「うん、要は、全人口! 皆んながだゼ! 楽しいヨ!」
「ロンドン、聞いた事あるか? あそこも生きた奴いねえって話じゃん。クールさで負けたくねェ!」サッドネスが付け加えた。「心残りは ”ガイダイケン" のラーメン……。いや違えな、ガイダイケンのおやじもゾンビーになったってラーメンくらい作れる。いや違えな、もっとクールなラーメンになるじゃん。ゾーンビーラーメン。ソー・クール。な!」
「俺みてェなゾンビーが増える。そりゃ、考え得る可能性の中で最低最悪の鬱陶しさだ」ジェノサイドは唾を吐いた。「てめェら構ってる時点で最低最悪に鬱陶しいが、輪をかけて最低最悪だ」
「Gee」シュガーブライドは顔をしかめ、サッドネスと目をみかわした。サッドネスは肩をすくめて言った。「アホはほっとけ」
「じゃ、もういい。所詮アンタら、準備も根性も足りなかったンだよねェ!」
シュガーブライドは鉈であさっての方角を指し示した。ヤモトとジェノサイドはそちらを見た。それは……ナムサン! 表面に光学ステルスコートを施した黒いゴーストマグロツェッペリンであった!
「ンンー時間通り!」
サッドネスは芝居がかって感嘆したのち、ショールを掴んでシュガーブライドの小柄な体を持ち上げ、高速接近する機影めがけて放り投げた。そして自らも跳んだ。「イヤーッ!」
二人のゾンビーニンジャはゴーストマグロツェッペリンから垂らされたロープを掴み、あっという間に遠ざかる。シュガーブライドが舌を出し、サッドネスがファックサインを掲げた。
「準備不足だと?」
ジェノサイドは低く呟いた。ヤモトは後方を振り返り、近くもう一つのエンジン音を聴いた。「来た」
「おう」
ジェノサイドは頷いた。
「つくづく、死体が霊柩車たァ、笑えねェ」「中にカンオケもあるし」「そういう事ァ言わなくていいんだ、別によ」
瓦屋根シュラインを戴くクロームシルバー霊柩車が翼とロケットエンジンで空を駆け、第三信頼銀行の屋上に着地し、ドリフトし、落下すれすれの地点で停止した。ここは上空何メートル? ストリートは遥か下だ。だが、武装霊柩車ネズミハヤイDIIIには造作もない事だ!
助手席ドアとバックドアが開いた。ヤモトは助手席に、ジェノサイドはバックドアから滑り込んだ。
「道が混んでてな」逆モヒカンの運転手が言った。彼の名はデッドムーン。「行くぜ」
「おう。行ってくれェ……」
窮屈そうにジェノサイドが身じろぎした。ヤモトが頷き、デッドムーンはアクセルを踏み込んで、自殺行為めいてビルから飛び出した。たちまちロケットエンジンが点火し、車体が加速しながら浮き上がった。
ヤモトは急加速のGに耐え、フロントガラス越しに夜空を睨んだ。ゴーストツェッペリンとぶら下がる二人のニンジャを、再び視界内に捉えた。奇怪なゾンビー達の余裕と侮蔑の笑みが、懸念と驚愕、敵意に歪んだ。ネズミハヤイDⅢは空を駆け、ゴーストツェッペリンを追う。
稲妻が重金属雲を照らし、眼下のネオサイタマの夜景が流れ過ぎてゆく。国家はもはやなく、警察機構ももはやなく、日夜、破壊と争いにまみれ、叫び声と火柱と広告ネオンに彩られる都、それでも生きて爆発的な破壊と再生を繰り返す都の様相が。
そして今こそ、カタストロフの傷跡も癒えぬ歴史転換の混乱期において、いかにして、後世に語られぬ「ネオサイタマ・ゾンビー事変」が幕を開けたか、そこでいかにしてジェノサイドとヤモトとデッドムーンが共同戦線を張るに至ったかを、あらためて振り返るとしよう……!
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