【バック・イン・NS】
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『元気を出してくださいよ、タキ=サン』
正12面体の浮遊ドロイドが、カウンターに肘をついてオイランポルノ雑誌を読み耽るタキにUNIXライトを当てた。
「アア」
タキは半眼で生返事をした。
『彼らの無事が確認できたわけですし、あとは待つばかりです』
「アアー」
『お察ししますよ。貴方、今すぐにでも飛んでいきたいくらいなのでしょう。でも、貴方にはあいにく、このピザタキの主としてのつとめがあります。すなわち、地域のコミュニティ・スペースであり、重要なキャッシュ収入源としての、地上階におけるピザ店、そして地下四階における情報取扱店……あのう、どうしてこんな間取りになっているんです?』
「アー! 実際うるせえ!」
タキはケモビールの空き瓶を投げつけた。KRAASH! モーターツクモはひらりと飛んで回避し、フロアにガラスが飛び散った。
「……」
『大変です。掃除をしなければ。私ができればいいのですが……』
モーターツクモはUNIXライトを照射し、クルクルと回転した。タキは最悪な顔になって、椅子を蹴飛ばした。
「ザック! ザック居ねえのか!」
『ザカリー少年は買い出しに行っています』
「コイツはマジで何なんだよ……」
『私はモーターツクモ』
モーターツクモはタキのぼやきを拾い、今まで何度もタキに繰り返した自己紹介を再び聞かせた。
『旧オムラ・インダストリのテクノロジーをもとに設計されたインテリジェント・システムですが、何らかの超自然的要因によって、自我に類するものを獲得しました。オムラ・コーアは該当テクノロジーを継承していますが、あくまでハードウェア・ソフトウェアのリバースエンジニアリングであって、私のような不定形知能を獲得したものは存在しません。なお、私が尊敬するのはナンシー・リー……』
タキはロッカーからモップを取り、モーターツクモを攻撃した。モーターツクモはひらりと躱し、タキは今度はあやうく窓ガラスをかち割りそうになった。
『危ない! ガラスが割れないでよかった』
「クッソがァ……」
タキは諦め、モップがけを始めた。……カララン。ベルが鳴り、ドアが開いて、フィルギアが入ってきた。
「やってるかい」
「やってねえ。帰れ」
「まあまあ。他の店を探すのも面倒だし」
「モップをかけろ」
「……ン? 俺?」
「当たり前だ。お前がザックの野郎をここに連れてきたんだ。アイツを置いてやってんだから、お前もいろいろ協力しろ」
タキはフィルギアにモップを投げ渡した。フィルギアは首を傾げ、半笑いでモップがけを始めた。
タキはそのさまを眺めてやや満足げに頷くと、尻を掻き、再び椅子に座った。そしてカウンターに足を乗せ、オイランポルノ雑誌を広げた(蹴られそうになったモーターツクモが避けた)。
「ハーアア、まったくあの野郎どもはよォ。オレがどンだけ大変な思いでここを切り盛りしてるか、知りもしねェで……」
『私が見ていますよ! タキ=サンは立派な店主です』
「お前、店番ぐらいは務まるんじゃねえか?」
『私を単独放置すれば、盗難される危険がありますよ。私はタキ=サンの財物なのに』
「財物? たしかにな。質屋に入れるか」
『それは困ります。何をされるかわからない。それに、ナンシー・リー=サンからのメッセージをお伝えできるのは私だけですよ。貴方も困るのでは?』
「困りゃしねえよ! あんな……いや……」
タキはモゴモゴと言葉を濁し、手を伸ばして、コーヒーマシンからカフェルンゴを淹れた。
「まあ……やぶさかではねえけど」
『ナンシー=サンは、お美しいですからね』
「ぶっ壊すぞ本当に」
「終わったぜ」
フィルギアがモップを放り、タキは受けそこねて額をぶつけた。
「痛てェ!」
「ピンボールやらせてくれよ。ピンボール。イヒヒヒ……コイン・スロットここか?」
デロリロリロ。デロリロリロデロリロ。電子音が鳴り響く。
「そういや、あのデカブツはどこ行った?」
タキはカフェルンゴを啜り、フィルギアに尋ねた。フィルギアはフリッパーを動かしながら答えた。
「ンン? アナイアレイターのやつか? 知らね……もうネオサイタマには居ないよ。サツガイについての調べ物かな……また何かありゃ連絡入れてくるんじゃないの……」
「なんだ、知らねえのかよ。お前らダチなんじゃねえのか?」
「チームでやってたのは昔だから。ネザーキョウじゃ、たまたま同行したけどさ、いつまでも一緒に行動するのも、それはそれで気まずいッていうか……ヒヒヒ」
「で、お前はネオサイタマに残るかよ。妙な奴だよな、お前」
「よく言われる……」
デロリロリロ。デロリロリロデロリロ。デロリロキャバアーン! キャバアーン! ハイスコア更新ファンファーレだ!
「てめぇ、オレの大切なハイスコアを!? 破りやがったのか!?」
「イヒヒヒヒ、ピンボールは得意でさ……おや、丁度いい時間」
フィルギアは腕時計を確かめた。
「また来るよ。ちょっと用事があってね。一息入れに来ただけなのに、モップがけなんてさせるから……ヒヒヒ……」
食ってかかるタキをいなして、彼はそのまま出ていった。
『重点!』
モーターツクモがアラートした。タキは舌打ちした。
「今度は何だ!」
キャバアーン! モーターツクモは受信音をうるさく鳴らした。モーターツクモは地下四階のUNIXデッキ群と同期している。破壊されたUNIXシステムを、例のウシゴーム地下アジトから拝借してきたデッキで補い、構成し直したものだ。モーターツクモは傍受IRC通信データから要注意の情報が自動的にGREPされた事を伝えたのだ。
『ヌンヌン。ウキハシ・ポータルで小競り合いが発生……だそうですよ』
「ウキハシ……」
『ウキハシ・ポータルの中からバイクで飛び出してきた不正利用者が、付近の監視カメラを破壊し、配備されたモーターガシラを破壊し、防衛フェンスを破って逃走したとの事です』
「……バイクだと」
タキは呻いた。呼応するように、ドルルル、とモーターサイクル走行音が接近。程なく、勢いよく扉が開かれ、新たな客がエントリーした。タキは目を丸くし、口を開いて、何か言おうとした。
『IRCホットライン受信……ヌンヌン……』
モーターツクモがクルクルと回転した。
『モシモシ? タキ=サン!』
音声通信。モーターツクモはホログラムで「キモン:ムギコ=サン」という文字を投射した。
『ウキハシ・ポータルで正体不明の破壊行為があったッて通報が入ったんだけど。タキ=サン、これってまさか貴方のところの……』
「いや、絶対にねえ。天地神明に誓ってブッダだから。つうか、いま取り込み中だ。令状もなしに気易く尋問しようたって、そうはいかねえ。オレは権力にはへつらわねえんだ。じゃあな!」
タキは慌ただしく通話を終了した。そして戸口に現れたマスラダとコトブキを睨んだ。
「お前らなァー……!」
「ただいま帰りました!」コトブキが笑顔でオジギした。「今、フィルギア=サンと道ですれ違いましたよ! ザック=サンはどこですか?」
マスラダは立ち尽くすタキの横を通り、カウンターに向かった。
「スシのデリバリーを頼む」
席に座るなり、彼はタキを振り返って、言った。
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