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【バック・イン・NS】

◇総合目次 ◇初めて購読した方へ


『元気を出してくださいよ、タキ=サン』

 正12面体の浮遊ドロイドが、カウンターに肘をついてオイランポルノ雑誌を読み耽るタキにUNIXライトを当てた。

「アア」

 タキは半眼で生返事をした。

『彼らの無事が確認できたわけですし、あとは待つばかりです』

「アアー」

『お察ししますよ。貴方、今すぐにでも飛んでいきたいくらいなのでしょう。でも、貴方にはあいにく、このピザタキの主としてのつとめがあります。すなわち、地域のコミュニティ・スペースであり、重要なキャッシュ収入源としての、地上階におけるピザ店、そして地下四階における情報取扱店……あのう、どうしてこんな間取りになっているんです?』

「アー! 実際うるせえ!」

 タキはケモビールの空き瓶を投げつけた。KRAASH! モーターツクモはひらりと飛んで回避し、フロアにガラスが飛び散った。

「……」

『大変です。掃除をしなければ。私ができればいいのですが……』

 モーターツクモはUNIXライトを照射し、クルクルと回転した。タキは最悪な顔になって、椅子を蹴飛ばした。

「ザック! ザック居ねえのか!」

『ザカリー少年は買い出しに行っています』

「コイツはマジで何なんだよ……」

『私はモーターツクモ』

 モーターツクモはタキのぼやきを拾い、今まで何度もタキに繰り返した自己紹介を再び聞かせた。

『旧オムラ・インダストリのテクノロジーをもとに設計されたインテリジェント・システムですが、何らかの超自然的要因によって、自我に類するものを獲得しました。オムラ・コーアは該当テクノロジーを継承していますが、あくまでハードウェア・ソフトウェアのリバースエンジニアリングであって、私のような不定形知能を獲得したものは存在しません。なお、私が尊敬するのはナンシー・リー……』

 タキはロッカーからモップを取り、モーターツクモを攻撃した。モーターツクモはひらりと躱し、タキは今度はあやうく窓ガラスをかち割りそうになった。

『危ない! ガラスが割れないでよかった』

「クッソがァ……」

 タキは諦め、モップがけを始めた。……カララン。ベルが鳴り、ドアが開いて、フィルギアが入ってきた。

「やってるかい」

「やってねえ。帰れ」

「まあまあ。他の店を探すのも面倒だし」

「モップをかけろ」

「……ン? 俺?」

「当たり前だ。お前がザックの野郎をここに連れてきたんだ。アイツを置いてやってんだから、お前もいろいろ協力しろ」

 タキはフィルギアにモップを投げ渡した。フィルギアは首を傾げ、半笑いでモップがけを始めた。

 タキはそのさまを眺めてやや満足げに頷くと、尻を掻き、再び椅子に座った。そしてカウンターに足を乗せ、オイランポルノ雑誌を広げた(蹴られそうになったモーターツクモが避けた)。

「ハーアア、まったくあの野郎どもはよォ。オレがどンだけ大変な思いでここを切り盛りしてるか、知りもしねェで……」

『私が見ていますよ! タキ=サンは立派な店主です』

「お前、店番ぐらいは務まるんじゃねえか?」

『私を単独放置すれば、盗難される危険がありますよ。私はタキ=サンの財物なのに』

「財物? たしかにな。質屋に入れるか」

『それは困ります。何をされるかわからない。それに、ナンシー・リー=サンからのメッセージをお伝えできるのは私だけですよ。貴方も困るのでは?』

「困りゃしねえよ! あんな……いや……」

 タキはモゴモゴと言葉を濁し、手を伸ばして、コーヒーマシンからカフェルンゴを淹れた。

「まあ……やぶさかではねえけど」

『ナンシー=サンは、お美しいですからね』

「ぶっ壊すぞ本当に」

「終わったぜ」

 フィルギアがモップを放り、タキは受けそこねて額をぶつけた。

「痛てェ!」

「ピンボールやらせてくれよ。ピンボール。イヒヒヒ……コイン・スロットここか?」

 デロリロリロ。デロリロリロデロリロ。電子音が鳴り響く。

「そういや、あのデカブツはどこ行った?」

 タキはカフェルンゴを啜り、フィルギアに尋ねた。フィルギアはフリッパーを動かしながら答えた。

「ンン? アナイアレイターのやつか? 知らね……もうネオサイタマには居ないよ。サツガイについての調べ物かな……また何かありゃ連絡入れてくるんじゃないの……」

「なんだ、知らねえのかよ。お前らダチなんじゃねえのか?」

「チームでやってたのは昔だから。ネザーキョウじゃ、たまたま同行したけどさ、いつまでも一緒に行動するのも、それはそれで気まずいッていうか……ヒヒヒ」

「で、お前はネオサイタマに残るかよ。妙な奴だよな、お前」

「よく言われる……」

 デロリロリロ。デロリロリロデロリロ。デロリロキャバアーン! キャバアーン! ハイスコア更新ファンファーレだ!

「てめぇ、オレの大切なハイスコアを!? 破りやがったのか!?」

「イヒヒヒヒ、ピンボールは得意でさ……おや、丁度いい時間」

 フィルギアは腕時計を確かめた。

「また来るよ。ちょっと用事があってね。一息入れに来ただけなのに、モップがけなんてさせるから……ヒヒヒ……」

 食ってかかるタキをいなして、彼はそのまま出ていった。

『重点!』

 モーターツクモがアラートした。タキは舌打ちした。

「今度は何だ!」

 キャバアーン! モーターツクモは受信音をうるさく鳴らした。モーターツクモは地下四階のUNIXデッキ群と同期している。破壊されたUNIXシステムを、例のウシゴーム地下アジトから拝借してきたデッキで補い、構成し直したものだ。モーターツクモは傍受IRC通信データから要注意の情報が自動的にGREPされた事を伝えたのだ。

『ヌンヌン。ウキハシ・ポータルで小競り合いが発生……だそうですよ』

「ウキハシ……」

『ウキハシ・ポータルの中からバイクで飛び出してきた不正利用者が、付近の監視カメラを破壊し、配備されたモーターガシラを破壊し、防衛フェンスを破って逃走したとの事です』

「……バイクだと」

 タキは呻いた。呼応するように、ドルルル、とモーターサイクル走行音が接近。程なく、勢いよく扉が開かれ、新たな客がエントリーした。タキは目を丸くし、口を開いて、何か言おうとした。

『IRCホットライン受信……ヌンヌン……』

 モーターツクモがクルクルと回転した。

『モシモシ? タキ=サン!』

 音声通信。モーターツクモはホログラムで「キモン:ムギコ=サン」という文字を投射した。

『ウキハシ・ポータルで正体不明の破壊行為があったッて通報が入ったんだけど。タキ=サン、これってまさか貴方のところの……』

「いや、絶対にねえ。天地神明に誓ってブッダだから。つうか、いま取り込み中だ。令状もなしに気易く尋問しようたって、そうはいかねえ。オレは権力にはへつらわねえんだ。じゃあな!」

 タキは慌ただしく通話を終了した。そして戸口に現れたマスラダとコトブキを睨んだ。

「お前らなァー……!」

「ただいま帰りました!」コトブキが笑顔でオジギした。「今、フィルギア=サンと道ですれ違いましたよ! ザック=サンはどこですか?」

 マスラダは立ち尽くすタキの横を通り、カウンターに向かった。

「スシのデリバリーを頼む」

 席に座るなり、彼はタキを振り返って、言った。



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