【ショック・トゥ・ザ・システム】
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【ショック・トゥ・ザ・システム】

◇総合目次 ◇初めて購読した方へ

この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版は上の物理書籍に収録されています。また第2部のコミカライズが、現在チャンピオンRED誌上で行われています。



【ロンゲスト・デイ・オブ・アマクダリ
10100745:
ショック・トゥ・ザ・システム】




 ゴウンゴウンゴウンゴウン……。そこはこの世の果てか、あるいは地球上の全生命が死滅した後の荒廃したランドスケープを思わせる、広大無辺な暗黒領域であった。上は太陽光を遮る分厚いイカスミめいた汚染大気によって蓋をされ、下では黒いタールめいた冷たい汚染水の海面が不気味に揺れていた。 

 ゴウンゴウンゴウンゴウンゴウン……。重々しく陰鬱な唸り音。海面近くに漂う灰色の霧を抜け、一隻の黒く重々しいサイバー艦が姿を現す。それに続き、さらに何隻もの艦が霧の中から現れた。赤や青のLED灯や漢字サーチライトを、バイオ深海生物が持つ小さく丸い発光眼の群めいて明滅させながら。 

 それは実際恐るべき艦隊であった。だが……マイコ級サイバー艦の威容すらも圧するほどの巨大な影が、いよいよ灰色の霧の中からその全容を露にする。この艦隊の中心部に、巨大海上都市めいて君臨するそのサイバー旗艦の名は……グランド・オイラン級超大型原子力航空母艦、キョウリョク・カンケイ。 

 4個の滑走路。2基の巨大パラボラアンテナ。そして2基の大出力ジェネレータ冷却塔を備えるキョウリョク・カンケイは、言わずもがな、ネオサイタマ湾岸警備隊が有する最大級の航空母艦だ。この艦隊がもし、その全火力を解き放つ事があれば、ガイオン市街を少なくとも12回は焦土にできるだろう。 

 磁気嵐によって物理的鎖国状態にある日本が……ネオサイタマが……何故このような巨大航空母艦を建造することができたのか?いかな日本が暗黒メガコーポ群の支配下にあるとはいえ、どうやって予算を捻出したのか?……その答えは、カイジュウ対策法案とそれによって生み出された膨大な予算である。 

 カイジュウとは存在が実証されていない巨大海洋生物だ。1匹でも上陸すればネオサイタマを12回は焦土に変えるという科学的仮説が、ヨロシサン製薬らにより主張されている。市民はカイジュウの存在に対しやや懐疑的だ。だがもし実在したら…と考え、自然災害めいて万全対策を取る法案に賛成した。 

 しかし実際はどうか……?無論、カイジュウ対策法案は、兵器開発分野にマネーを行き渡らせるための欺瞞であり隠れミノだ。ネオサイタマ市民から吸い上げられたマネーは、公的機関から兵器関連企業の手に渡り、弾薬や戦闘機や原子力航空母艦として生まれ変わり、メガコーポ重役らを満悦させるのだ。 

 …だが、その先を見据える者もいる。暗黒メガコーポ群よりも一手先の、来るべき新統治機構を見据える者が。「ドーモ!」「ドーモ!」警備隊の高官らも、艦内の機密コリドーを歩むその男を見るや、立ち止まって敬礼を行う。SPを引き連れて歩くスーツの男。彼の名はシキタリ・シャンイチ官房長官。 

 シキタリ官房長官はアイサツを返す。「ドーモ」それは真の無表情であった。黒に染められたオールバックの頭髪。赤銅色に日焼けしたシワの多い厳めしい顔。フラットで細い目と硬い一重まぶた。同じ日本人でも……警備隊の高官ですら、シキタリの表情や口調からは、いかなる感情も読み取れないのだ。 

「ネオサイタマでは、大規模テロが継続中とか……」高官の一人が不安げに問う。「イカン・ノ・キワミ」シキタリ官房長官は呪文めいて返した。「……だが、ここを離れるわけにはゆかん。洋上戦闘演習の手筈はどうか?」「ハイ、本艦隊は予定通り磁気嵐を抜け、10100800より開始予定です」 

「ドーモ」官房長官は笑み、小さく頷いた。そして次の瞬間には笑みを消し、つかつかと歩き始めた。そして「来賓」と書かれたショドー立て札の前でSPを切り離し、自分だけで3段認証型の防弾ショージ・ゲートを潜る。この先にある船室4個は、全て彼のためだけに用意されたものだ。 

 艦内だが、狭苦しさは微塵も感じさせない。廊下にはシックなオーガニック絨毯が敷かれ、壁には安らぎを誘発するゼン・カケジク。まるでカスミガセキ・ジグラットの廊下のように快適だ。…シキタリ官房長官は船室の前で立ち止まり、ネクタイに秘密のピンバッジを嵌める。アマクダリ紋のバッジを。 

 シキタリ官房長官の顔が、目が、より一層無慈悲に変わった。これは彼にとって、一種の儀式である。官房長官という表の顔を捨て、ニンジャとなるための儀式。彼は頭の後ろにある6個の生体LAN端子のひとつからケーブルを伸ばし、直結して防弾フスマを開け、無人の通信ルームへ足を踏み入れた。 

『スキャンするドスエ』天井からタレットめいて垂れ下がるスキャニング装置が彼を検知し、最高級電子マイコ音声が鳴った。その完璧に調律された流暢さは、生身のオイランの声にも匹敵する。『認証したドスエ』バッジを赤外線精密スキャンし終えた認証装置は、アマクダリ本部との通信路を開いた。 

 ノイズ混じりの大型モニタにアマクダリ総帥ラオモト・チバの不機嫌そうな姿が映し出された。『ドーモ』キョートとの国境付近から接続する「十二人」の一人、ハーヴェスターの顔もある。『ドーモ』同じく「十二人」の一人、アルゴスもアイサツした。彼は顔の代わりにアマクダリ紋を表示している。 

 マジェスティ、ブラックロータス、メフィストフェレス、そしてジャスティス。眉根ひとつ動かさず、それらのデッド接続IRCアカウントを一瞥しながら、シキタリ官房長官はアイサツした。「ドーモ、マスターマインドです」そのIRCステイタスは……おお、ナムサン!彼もまた「十二人」の一人! 

 邪悪なニンジャ組織、アマクダリ・セクトの最高幹部「十二人」は、ニンジャスレイヤーの手によって既に4人が殺害された。残されているのはマスターマインド、ハーヴェスター、キュア、アルゴス、スパルタカス、スターゲイザー、リー先生、そしてカスミガセキでハナミ儀式を続けるアガメムノン。 

「……ジャスティス=サンが殺害されたことによる、ハイデッカー関連の混乱は?」マスターマインドが問う。他の幹部が何人死のうと、彼は顔色ひとつ変えない。「既に回復した」チバが言う。「では、ニチョーム関連の“掃除”も滞り無く本日中に?」「その通りだ」チバが返す。「それは良かった」 

「我々は厄介事に巻き込まれずに、運が良かったですな。ネオサイタマにいれば、テロリストの対処に駆り出されていたやも」ハーヴェスターが葉巻を噛みながら、酒焼けした嗄れ声で笑った。「ネオサイタマに居たとしても変わらぬ。それはスパルタカス=サンの仕事だ」マスターマインドが彼を睨む。 

「その通り!我々にはもっと大切な仕事がある……もっと収穫しなくてはなりませんからな。今日もセキバハラはいい天気ですぞ。砲声で目覚めも快適。どうです、そちらは。洋上で食すスシは?」とハーヴェスター。「良好だがSPにやや品が無い」「皆、傭兵や警備隊上がりでしてな、ガラは少々…」 

 マスターマインドが眉間に皺を寄せる直前、チバがグンバイを掲げ、ハーヴェスターにIRC退室を促した。「では、良い船旅を!」コート姿の老兵は呵々と笑い、湾岸警備隊式の敬礼を行って切断する。ハーヴェスターの目と口元には、隠しようのないウォーモンガーじみた笑みがこびりついている。 

「アガメムノン=サンの状況は?」マスターマインドが問う。「ハナミは第3段階へ。休憩を挟みタコの間に移った。秋のハナミだ」チバが返す。「予定通りですな。では全体計画に変更は?」「無論、無い。システムは完璧だ」チバが返す。アガメムノンから命じられた言葉を伝えるだけの傀儡めいて。 

 マスターマインドはチバとの形式的な報告を消化しつつ、網膜モニタの時刻とIRCタスクを確認。日本政府からは、アマクダリ・ネットよりもやや遅れて、治安維持関連のノーティスが届いている。彼は己のスケジュールを秒刻みで管理している。あの戦争屋との雑談で、少々時間を削られてしまった。 

 同時に、アルゴスからもIRC経由でデータが届く。「……確かに、この程度の混乱ならば、洋上、前線、ニチョーム、いずれにも支障は出ますまい」マスターマインドは頷く。「むしろ、市民の目がそちらに向けられ好都合。対テロを掲げるシバタ=サンへの権力委譲プロセスも、よりスムーズに進行」 

「滞り無く権力委譲プロセスが進む事を期待しております。私一人では少々、荷が重い…」マスターマインドは政治家的な作り笑いを浮かべた。シキタリは日本政府の官房長官である。当然、ネオサイタマ市議会は日本政府より上位にある。そして、ネオサイタマ市議会より上に暗黒メガコーポ群がある。 

 事実上、現在の日本を裏から操っているのは、暗黒メガコーポ群の有する膨大なマネーだ。シキタリはその事実を快く思ってはいない。複雑だからだ。ゆえに、ニンジャの力によってそれら全ての最上位に君臨せんとするアマクダリ・セクトと、その「十二人」の地位を、彼は大いに好ましく思っている。 

 日本国会は、暗黒メガコーポのために新たな法案を通し、またスケープゴートを提供する場に過ぎない。多ければ年に4度も首相が交代し、大半はセプクで政治生命の幕を閉じる。その度に内閣は総辞職し、進行中の案件も凍結されるのだ。これでは何も進まない。だが、アマクダリならば戦争ができる。 

 戦争は極めて合理的だ。ミニマルで、機能的で、美しい。マスターマインドはそう考える。彼はハーヴェスターのような、前線のケオスに胸躍らせるような戦争狂ではない。自分はあの“収穫者”のために下地を作る。私情は挟まない。そのようにして「十二人」は機能する。そして世界を征服するのだ。 

 世界征服……それこそがアマクダリの究極目標である。計画の全貌を握るのは、アガメムノンただ独り。それ以外の「十二人」は、各々の専門分野に邁進するのみ。だがマスターマインドはその立場上、アマクダリの陰謀規模を推測できている。彼らの征服対象はネオサイタマでも日本でもない。世界だ。 

 Y2Kによってこの世界は一度変わってしまった。それをあるべき姿に正すのが、アマクダリの計画だ。何故秘密裏に、宇宙開発関連の事業が進められているのか。何故湾岸警備隊が、これほどまでの重火力を有しているのか。全てはある一点に収束する。……世界を分断する磁気嵐が、晴れたとしたら? 

 マスターマインドはその計画の一端を担っている。全容を知る欲求など無い。システムは正しく理想的な責務の配分によって構築されているからだ。そのようにして組織は動く。そして世界が磁気嵐とY2Kのフートンに包まれ寝静まっている間に、途方も無い計画の実現へと、一足飛びに移行するのだ。 

 日本政府とのIRCを水面下でこなしながら、ラオモトとの通話は続く。マスターマインドは彼に敬意を払う。チバはやがて、地球の新たな盟主となるやもしれぬ少年だからだ。そこへ艦内の通信網から些末な報告。『ドーモ、前方の戦闘演習海域に、シーライフ保護団体のものと思われる船が一隻……』 

 キョウリョク・カンケイ艦隊は10分後に、オナタカミ社から納品された無人原子力空母艦隊と遭遇戦闘演習に入る予定だ。その遭遇ポイントとなる海域に、微弱な救難信号を発しながら、「ラッコ」「地球規模で」「カウボーイ」などの旗を掲げた、シーライフ保護団体の遭難船が漂っていたのである。 

 人命ごときを優先すれば戦闘演習に遅延が発生する。くだらぬ遅延が。『私は何も聞いていなかった』シキタリ官房長官はIRCを送る。即ち、この遭難船の存在を無視して良いということを意味するのだ。ナムアミダブツ!『アリガトゴザイマス!捗ります!』高官のIRCとオジギ・コマンドが返る。 

「では最後に、洋上戦闘演習の首尾はどうか?」チバが問う。「問題ありません。滞り無く10100800より開始されます。これでオナタカミ社の無人艦隊計画が実用レベルに達することを期待しましょう。よろしいでしょうかな?では、これにて」マスターマインドはオジギし、IRCを切断した。 

「間もなく8時ドスエ、オツカレサマドスエ」高級電子マイコ音声が鳴り、壁がパカリと開く。オーガニック朝食セットが自動アームで彼の前に供された。「ふむ」シキタリ官房長官は時刻を確認し、頷き、食卓につく。総菜は煮物、トーフ、トロなど。見た目の華やかさは無いが、1食数十万円はする。 

 ファオオオオオー、オーン、ファオオオオオーン……。清々しいサイバー雅楽が、船室に響き渡る。シキタリ官房長官はゆっくりと朝食を取りながら、全方位モニタに映し出される洋上戦闘演習の様子を観察した。網膜モニタには、オナタカミ社からリアルタイムで送信される各種高次データが流れる。 

 10100800。艦隊は予定通り、戦闘演習を開始。モニタに最初に映し出されたのは、敵が放ったドローン攻撃機ハイタカの強襲編隊だった。続いて、黒い船体のスリットに青色LED光を灯すオナタカミ無人空母艦隊の威容。そして海中をアノマロカリスめいて泳ぎ進む、多脚戦車シテムシの編隊。 

 10100802。対空射撃を突破したハイタカ編隊が、ショットガンを装備した甲板上の警備隊員に襲い掛かる。隊員視点のカメラ映像が何十個も映し出される。「アイエエエエエエ!」「アバーッ!」そして次々途絶する。「AIが改善されたか。殺傷効率も良い」シキタリはミソ・スープを啜った。 

 10100803。最初のブロードサイド砲撃が開始。タイコを叩くような音と微かな震動が、シキタリの船室まで届いた。リズミカルな水柱が上がり、その一発がシーライフ保護団体の船を爆散せしめた。別な一発が、息継ぎに浮上してきていた不運なクジラの親子を絶命させ、空高く弾き飛ばした。 

 10100804。上空の戦闘は、機動力で勝るハイタカ編隊が有利。甲板を持たず全面を装甲化したオナタカミ無人空母は、左舷側で砲撃を受けつつ、右舷側の射出口を開き、さらなるドローン兵器を放出。負傷者がうめく有人艦隊の甲板上にはシデムシの第一波が這い上り、ミニガン斉射を開始した。 

 10100805。シデムシが甲板から有人駆逐艦の内部へ侵入。キョウリョク・カンケイの主砲が火を吹く。無人空母大きく揺れる。クジラの親子は仰向けのまま、寄り添うように、海中深く沈む。誰も顧みる者は無い。無論、その隣を高速スキューバ潜行する2人も、誰にも見咎められることはない。 

 それは誰あろう……ニンジャスレイヤーと、ナンシー・リーである!果たして彼らは、ネオサイタマから如何にしてこの海域へ辿り着いたのか?その答えは、先程のシーライフ保護団体の船である!あの船に乗っていたのは、彼ら2人だけ。戦闘開始直前に乗り捨て、海中深くへと潜行退避していたのだ。 

 最新鋭のサイバー潜行スーツと推進装置を装備した二人は、偶然遭遇したクジラ死体の物憂げな目の横を進んだ。この世のものとは思えぬ光景だった。ナンシーはすれ違いざま、クジラの頬に優しく触れ、これがコトダマ空間ではないことを確かめた。その横で、復讐者は目標艦隊をじっと見据えていた。 

「クジラ重点!」ナンシーの推進装置に内蔵されたモーターチイサイが、後方に消え行くクジラを照らし電子音声で告げた。「それはもういいのよ」ナンシーが返した。2人は無言で頷き、さらに深く潜った。このまま有人艦隊の腹の下を潜り、反対側へ抜ける。モーターチイサイが進行ルートを照らす。 

 戦闘演習に乗じ、キョウリョク・カンケイ艦隊に潜入する。それは実際途方もない作戦であった。正気の沙汰とは思えなかった。だがこのたった2人の軍団は、この作戦のために、全てをかけていたのだ。マジェスティ戦から始まった一連の過酷なイクサは、まさにこの瞬間のためにあったのだ。 

 敵のUNIX防衛の要、アルゴスの秘密を掴まぬ限り、アマクダリとの戦いに勝利は無い。2人はカギとなる通信施設を探した。だが地上には、アマクダリの支配下にあると思しき、メガトリイ社テック遺物レベルの通信施設が存在しなかった。……その答えは洋上にあった。キョウリョク・カンケイだ。 

 10100800から演習がある事は事前に掴んでいた。だが海域の座標はトップシークレット。ゆえに今夜、ナンシーはアルゴスの攻撃をかわしながら十二人の拠点で情報収集し、最高機密であるこの艦隊の座標を手にした。同時に、ニンジャスレイヤーは敵の注意をネオサイタマに釘付けにしたのだ。 

 10100817。オナタカミ無人空母撃沈。同刻、キョウリョク・カンケイ艦隊の最後尾の艦に、鉤付きフックロープが投じられた。それを上り、いかなるシステムの監視の目にもとまることなく、ニンジャスレイヤーとナンシー・リーは甲板上に到達したのだ。それはまさに、狂気の沙汰であった。



「ドーモ。ミチグラ・キトミです。またまた『ネオサイタマ・プライド』の時間だ!私は実際1分も寝ていないが精力的!今日もネオサイタマ市民に真実をお届け!」TVからはノイズ混じりの報道番組。ミチグラの横のデスクには何本も空のドリンク剤が置かれ、誠実さと勤勉ぶりをアピールしている。 

「ヒナヤ・タニグチ、フジキド・ケンジ、ナンシー・リー……多数の凶悪テロリストが指名手配!懸賞金もスゴイ!」煽情的な金額テロップと拍手。「奴らは皆さんの市民生活を直撃!メガコーポ各社はテロ対策強化のために賃金カットと残業増加を表明!政府はさらに増税を検討中!乗り切りましょう!」 

「ファストフード産業も値上げ表明!皆さんの台所事情を直撃!健康的で美味しいドンブリ・ポン社のネギトロ・ポン・ドンブリが高くなったら私も困る!」ミチグラはわざとらしく頭を抱え庶民派をアピール。「全部テロリストのせいだ。通報チャンス!今から1時間、懸賞金がドン!50%UP!?」 

「その他……ザリザリ…テロリスト潜伏先と思われる危険地域情報は…ザリザリ…NSTVIRCから今……!」TV映像はまたノイズ波にまみれてゆく。椅子に座ってギターを爪弾く下層民めいた男は、画面を不愉快そうに睨んで言った。「てめえはドンブリ・ポンになんか来ねえだろ、カネモチめ……」 

 男はチャンネルを変えた。「頼もしきハイデッカー!」治安維持警察がヨタモノや犯罪者を囲んで棒で叩き鎮圧する、モンタージュ報道特番だ。「素晴らしい効果!」「守りたい市民!」「犯罪率が実際低下!」説得力のある極太ミンチョ体のテロップと電子音声。男は舌打ちし、またチャンネルを変えた。 

「さらに指名手配テロリストが追加ドスエ。ミフネ・ヒトリ。非合法な運び屋で、テロリストを支援…」また別のTV局ではリポーターがオツヤめいた調子で淡々とニュースを読み上げる。伝え方は違うが、主要局はどれも示し合わせたように同内容。多くのインディー局は非常事態下のため電波発射禁止。 

「ナムアミ・ファッキン・ダブツ……!」男はTVを消すと、欲求不満を蹴り飛ばすように、後頭部にLANケーブル直結したギターを強くパワーコード・ストロークした。だがメンテ不足で内側が劣化し始めた生体LAN端子と昨夜のアルコールが相互作用し、酷い頭痛をもたらした。「ちくしょうめ!」 

 男の名はゴウト・ニシムラ。歳は30と少し。「ボーディ・ファッキン・サットヴァ!」彼はこめかみを押さえ、神々を罵った。軽くパーマのかかった長髪、無精髭、襟周りの伸びて色褪せたTシャツには「いいえ、未来です」と書かれている。彼にはカネが必要だ。それも大金が。そのためにここに来た。 

「実業家暗殺、タダオ大僧正暗殺、ハイデッカー長官が過労で緊急入院だァ……?クソッ、ネオサイタマにいた方が面白そうな事が起こってンじゃねえか……!」ゴウトは立ち上がり、室内に流れる古いロックBGMに合わせて床を踏み鳴らし、鏡の前でポーズを決めながらコードを刻む。「ウォーホー!」 

 その時『……インカミング。来客まで10分前ドスエ』冷たい電子マイコ音声が室内に響き、音楽を掻き消した。「ファック……?」ゴウトは壁の電子LED時計を見る。10101050。「ファーック……!」血相を変え、室内の惨状を見渡した。艦内に作られた上級士官用トコヤ・サロンの惨状を。 

「ファーック!」ゴウトは直結LANケーブルを抜き、ネックが反り弦の錆び付いた赤い安物ギターを、未洗濯服まみれのロッカーの中に放り込んだ。それから鏡の前に立って顔を洗い、髭を剃り、髪を強力なサラリマン・ポマードで後ろに撫で付け、ポニーテール状に括る。「急げ、急げ、急げ……!」 

『インカミング……5分前ドスエ、5分前ドスエ』「黙ってろファッキンマイコビッチ!」彼は白い清潔感のあるシャツと紺色ベストを引っ掴み、ロックTシャツの上に大慌てで羽織る。同時に、室内を荒っぽく清掃!タツジン!突如脳内スイッチが入ったかの如き、驚くべき集中力と効率的な動きだ! 

「よし、間に合うぞ!」ゴウトは仕上げに黒ブチ丸眼鏡をかけて鏡の前に立ち、背筋をピンと伸ばす。そこにはもはや、胡散臭いドロップアウト男のアトモスフィアは微塵も無い。あたかも散髪に生涯の全てをかけると誓った、江戸時代から続く伝統的トコヤ・サロンの真面目な若店主のようであった。 

「どうだ、ざまあ見やがれ、クソッタレめ」ゴウトは満足げに腕を組み、室内の様子を見渡す。完璧だ。『来客ドスエ』11時丁度に電子マイコチャイムが押された。意気揚々と出迎えに向かおうとしたゴウトは、ふと振り返り、店内のポスター類を裏返し忘れていたことに気づく。「ファーック……!」 

 ゴウトは古いアクション映画やCDアートポスターを何枚も大慌てで裏返す。「ファック!ファック!ファック!」するとフジサンや知性的なコトワザや優勝カップを掲げたヨコヅナ写真のポスターが現れる。最後にBSCVATMのポスターを裏返し終え、汗をハンカチで拭いながら出迎えに向かった。 

「ドーモ」ゴウトは深々とオジギしフスマを開ける。あと数秒遅かったら、湾岸警備隊高官は2回目のチャイムを鳴らしていた事だろう。そうなれば面倒な事態に陥っていたはずだ。「うむ……まあ、ヨロシイ」高官は仏頂面で頷きつつも、水槽のネオンキンギョを見ながら店内へ。どうやら機嫌がいい。 

 高官をバーバー椅子に座らせ、ゴウトは仕事に取りかかった。「1週間前からほとんど伸びてませんが」「うむ、まあ、適当に整えてくれ。それと、オスモウ中継ビデオを頼む」高官はゴウトの事などほとんど眼中に入っておらず、限られた自分の時間をいかにしてリラックスに費やすかに集中していた。 

 出港時、この高官用トコヤ・サロンには理髪師が二人いた。もう一人は、熟練イタマエめいた鋭い目つきの老人だった。彼は真のトコヤと呼ぶに相応しいワザマエとアティチュードを持っていたが、出港から間もなくして老衰死した。こうして幸運にも、ゴウトはこのサロンを自らの支配領域にしたのだ。 

「ハッキョーホー!」「ノコタノコター!」チョキ、チョキ、チョキ……リズミカルなハサミ音がオスモウ音に混じり、心地よいリラックス効果を生む。ゴウトは真の理髪師ではないが一通りのタスクはこなせる。常連も、前のマスター・トコヤの技術が高すぎたため、ゴウトの未熟さは当然と思っている。

 そして天国のような髭剃り、高度なミミカキを経て、マッサージが始まった。「如何です?」「アーイイ、イイ、イイよ君……。やはり若いだけあってマッサージはあの老職人に勝る…」「大変お世話になっております。お客様ほどの身分になれば、艦内でも他の専用マッサージを受けられるのでは?」 

「アー……うむ……オイラン高級オーガニックオイルマッサージも何度か試したが、どうにもシックリ来なくてな……アーイイ……」「そりゃ凄い。艦内にあるんですか?」「上のネオン街にある。悪くはない。行ってみたらどうかね……アー」「士官専用では?」「アー、そうだった……アーイイ……」 

 (((ファーック!随分いい身分だな……!)))ゴウトは心の中で毒づきながら揉み続けた。「1週間前に比べると、状態も随分良いですよ。肩の荷でも降りましたか?」「アーイイ……そう……アー、大仕事が片付いてな……」「洋上演習ですか。私などには想像もつかないほどのストレスでしょう」 

「アーイイ……大変さが解るかね、君……。アー……やはりリラックスは、トコヤに限る……アーイイ……」高官はもはや、ニルヴァーナめいた心地で、目も虚ろだった。「アー……」そして目を閉じ……イビキをかき始めたのだ。ナムサン!官房長官セッタイと任務の重圧から一時解放された反動だ! 

「……」ゴウトは肩を揉む力を、徐々に弱めてゆく。顔からトコヤの和やかさは消え、フリーランス情報屋の鋭い目つきへと変わった。ささくれ立ったシビアさが、腹の底から沸き上がって来る。彼は深呼吸しながら、目の前にある途方も無く大きなチャンスを睨んだ。…高官の首筋の生体LAN端子を! 

 (((やるしかないだろ、引き下がったら負け犬の人生だぜ……!)))ゴウトは作業机の引き出しへ手を伸ばす。取り出すのは無論、スゴイテック社のハッカー用LANケーブルと、ビニールに入った白い粉。医療用の合成トロ錠剤を砕いて作った合法薬物だ。違法大トロ粉末よりも安価で、質が悪い。 

 ゴウトは粉を鼻から吸引。SNIFF!SNIFF!ニューロンが即時励起され活性化!遥かに良い指先で、LANケーブルを握る。彼には躊躇など無い。面白そうでクールなものが目の前にあれば、我慢ができない。子供の頃からずっとそうだった。(((それにカネと名声だ……!)))LAN直結! 

 111101011……電子データ奔流!ゴウトは素晴らしい高速論理タイプを行った!彼が実行するのは、生身の人間で喩えるならば、寝ている男の懐に手を伸ばして手帳を盗み見、書き写して戻すような単純行為である。だがそれを、論理タイプと励起ニューロンの力により、圧倒的速度で行うのだ! 

 001000101……彼は文字列の海を必死で彷徨い、針の穴に糸を通すような集中力で、高官のIRCログを発見した。それより高次のファイルは防御が固い。ゴウトは多少のトリックを知っている。だが真のハッカーではない。コトダマ空間認識者でもない。複雑なIRCコマンドは実行できない。 

 だが欲が出た。(((火の中に手を突っ込んでみるか…!)))既にIRCログは複製が終了し、未だ高官が起きる気配は無い。こんな直結チャンスはもう二度と無いかもしれない。ゴウトは高次ファイルに手を伸ばした。ニューロンにさらに負荷をかける。その直後「ウッ!」ゴウトは鼻血を垂らす! 

 ゴウトは直結を解除!「アー……イイ…」高官は未だ眠りの中。間一髪!高官の脳内UNIXデッキに仕込まれた自動対抗ウイルスは、ゴウトの瞬発的タイプ速度を捕えてはいなかった。彼はいわば、ラッシュアワー道路を強引に渡ろうとし、迫り来るクルマの速度に気づき、飛び退いて引き返したのだ。 

 それは単なる幸運ではない。彼は何事も、どこまでなら「飛び出しても生きて帰って来れる」か知っている。彼は真のハッカーでもギタリストでもトコヤでもジャーナリストでもない。どれも中途半端だが、それは彼が持ち前の適応力と発想力と瞬発力で多くの事を器用にやってのけてしまうからなのだ。 

 ゴウトは自分が他の人間より少しだけ優れていることを知っている。だから、他の人間ならば危険で踏み込まない領域へと、恐れることなく足を踏み入れる。だが彼はその先の存在やタツジンにはなれない。少年時代、彼は自分がテンサイだと思っていたが、大学に入って社会に出る頃には違うと解った。 

 (((どうだブッダめ……!危険を知らないのが俺の武器だぜ……!)))ゴウトはハンカチで鼻血を拭い、LANケーブルを隠すと、高官のマッサージを再開した。無論、盗み取ったIRCログを鼻歌まじりに解読しながら。そして発見した。シーライフ保護団体難破船に関するIRCチャットログを。 

「オウ……ファーック……」ゴウトは思わず口をおさえ、そう呟いていた。「ハッキョ!ハッキョーホー!」静かなオスモウTVの音。「アー……イイ……イイ……」マスターマインドの恐るべきニンジャ重圧からいっとき解放された高官は、至福のリラクゼーション空間の中で、未だ夢うつつだった。 

 

◆◆◆

 

「ついに来たぞ……俺の時代が来る……」ゴウトは目を野心でぎらぎらと輝かせながら、艦内の回廊を歩く。トコヤ等の特殊店舗エリアを抜けると、回廊は明らか狭くみすぼらしくなる。しかも今日はそこかしこに負傷者がいる。「ちょっとごめんよ、悪いね、悪いね」彼は隊員たちの間を抜け先を急ぐ。 

「おっと、シツレイ」ゴウトは廊下を曲がってきた負傷隊員にぶつかりそうになる。「シツレイ……」服を血で滲ませたその男は、顔を見られるのを拒むように目を伏せる。ジゴクめいた声だった。「おおコワイ……あんな奴もいるんだな」ゴウトは寒気を覚えたが、すぐに忘れ、また急いで歩き始めた。 

「24時間寝てないです」「私は36時間です」「流石です」「おっとシツレイ!ごめんよ!」「「「アイエエエエエ!」」」ゴウトは死せるマグロ目のエスイー(原注:サラリマンの一種でタイピング肉体労働を担当する)たちの間を抜け、医療行為受付待ち負傷隊員の列の横を通り、食堂へと急いだ。 

 色褪せた極彩色のケーブル類と廃液パイプまみれの天井。天井から腫瘍めいて垂れ下がるTVモニタには、欺瞞を吐き出すニュース番組。「ドーモ!お昼もノンストップ真実!」(((何が真実だファック野郎め!)))パイプから滴る謎の液体をうまく回避しながら、ゴウトはTVに中指を突き立てる。 

 食堂につくや、ゴウトは配給列に並ぶ時間も惜しみ、オカキだけを取って目当ての席へ。彼の仲間は既にそこにいて、ユノミでゴウトの席をリザーブしていた。オナタカミ社系列企業から艦に送り込まれた末端契約社員だ。「ドーモ」ゴウトは座り、机の下を通して、彼にLANケーブルの末端を手渡す。 

「ドーモ」そのくたびれた埋め込みサイバーグラスの男は、中指にケジメ痕のある手で素早くLANケーブルを受け取り、自らの後頭部へと直結した。男のHNは、ミスター・ハーフプライス。ゴウトと意気投合した油断ならぬハッカー。履き古した筋金入りのテクノ・スラックスと、破れたワイシャツ。 

『ヤバイ情報を手に入れたぜ。高官のIRCログだ』『涼しいかい?』『ああ、飛び切りに涼しいやつだ。危ない橋を渡ったがな』『こちらもデッキで死にかけた。そして涼しいものを入手』両者は食事を取り、談笑を装いながら、LAN直結で犯罪計画IRCを行う。これが最も安全な会話手段なのだ。 

 食事の合間も、その男の手はホームポジションを崩さない。ゴウトは、彼と初めて会った時のことを思い出した。……この群生蟲の巣めいた巨大空母に乗る末端労働者は、隊員も技術者も、擦り切れたマグロ目の連中ばかり。その中でこの男だけは……身なりは汚いが、自分と同種の臭いを漂わせていた。 

「涼しいサイバーサングラスだな」とゴウトは問うた。すると男は笑い、真っ白に焼き切れた醜い両目を見せた。「医療用」男はにやりと笑い、続けた。「俺のハッキッシュネスは、ブラインドネスに勝る」それは即ち、己のブラインドタッチが正確無比であることを示す、ハッカー・ジャーゴンだった。 

「見事な偽装だ。普通の奴が見たら、あんたは艦の一番深い所にいる、過剰労働で身体サイバネ化した末端エスイーか何かにしか見えん。その浮浪者寸前の服装もマズい。人生ツーアウトってところだ」「いい気分だね、鏡を見ろよ」男は言った。二人は笑い、意気投合し、次の日にはビズの話を始めた。 

 意識は短い回想を終え現在へ。『ログ見たか?』『高官は誰と話してる』二人の間でIRCが交わされる。肩が触れ合うほど狭い食堂内で黙々と昼食を取る傭兵崩れも、虚ろで誠実な湾岸警備隊員も、ペケロッパカルトじみた奇妙な男たちも、そして過剰労働エスイーたちも、誰も彼らの密談に気づかぬ。 

『もしかすると官房長官だ』『涼しいね、でかいビズだ。だが電子証拠が無い』『どうしたらいい』『IRC認証キーを探る必要性』『そっちのIRCハッキングでいけないのか?』『固いね。物理デッキのロー・テク・ハッキングはどうだい。そっちの得意分野』『官房長官の部屋に忍び込めってか?』 

 ゴウトはオカキを噛み、オチャを呑み、頭を抱えた。『こちらも危険だが撮影した。シーライフ保護団体の船がドボンの映像。これでイーブン』『俺が官房長官の証拠を掴む分は?』『データ転送』『それがあったな』ゴウトは舌打ちする。『官房長官が無くとも十分なスキャンダル?』『いや、弱いぜ』 

 彼らの高度に圧縮されたIRC密談は通訳が必要だ。まずデータ転送とは何か?……この艦から下船する時、乗組員は徹底的で容赦ないデータスキャニングを受ける。所持端末、端子、脳内UNIXの記憶領域まで、くまなくだ。いかにデカいネタや暗黒メガコーポの機密を掴んでも、持ち出しは不可能。 

 もしスキャンダルネタや機密情報を発見されたら、速やかに没収、またはそれに加えて逮捕されるだろう。ではどうするか?それを最初から二人は話し合っていた。キョウリョク・カンケイには二基の巨大アンテナがあり、磁気嵐を超えてネオサイタマと強力な無線LAN通信を行っている。 

 隊員や末端社員は艦内イントラIRCしか使用できず、蓋をされているが、その先には士官やメガコーポがIRCを行うための豊穣なるデータの流れがある。イントラネットに穴を開け、入手したデータをミスター・ハーフプライスが持つと言うセーフハウスのUNIXに秘密転送するのが作戦の骨子だ。 

 その作戦はミスター・ハーフプライスに任せてある。高度なハッキングを必要とするため、ゴウトには理解できぬタツジンの領域だ。彼はかなり前から入念な準微を進めてきた。そして実際、ゴウトによる機密データの取得待ちだったのだ。ゴウトはハッカーの顔をちらりと見た。彼は小さく頷いた。 

『なら、やってみるか』ゴウトも頷いた。昼食時間が終わる。『そうだ、前から聞きたかった事が』『YEP』『そのふざけたハンドルネームは、どこから来てるんだ』『それは』ハッカーは不安に震える指をタイプ仕草で巧みに隠し、にやりと笑って言った。『この目と引き換えに俺が得た勲章なのさ』


 

 カタカタ……カタカタカタカタ……。暗いUNIX制御室内に物理タイプ音が響く。そこはまるで異星の昆虫が蠢くネスト。壁も天井も床も無数のLANケーブルで埋め尽くされている。薄汚いフード付ローブで半サイバネ化された体を覆う二十数名のハッカー・カルティストが、無心にタイプを繰り返す。 

「…ペケロッパ!」「「ペケロッパ!」」数名がシステム異状を感知し、彼らの奉ずる古き神の名を唱えた。艦には数千人のエスイーが乗り込んでいるが、基幹部を監視制御しているのは実はペケロッパ・カルトから派遣された恐るべきハッカーたちだ!アマクダリは今やペケロッパ・カルトをも支配下に! 

「「「ペケロッパ!」」」「……ペケロッパ……!」後頭部から何本もケーブルを生やしたカルティストたちは、論理タイプによる高速IRCで状況を確認しつつ、萎えた声帯や電子音声で、条件反射的に祈りを捧げる。『ハッキング攻撃下な』モニタに警告文字!UNIX制御室内に静かな混乱が広がる。 

 室内モニタにはグラフィカル情報など存在せず、艦内マップや脅威発生箇所が赤く光って示される事も無い。彼らに軟弱なUIは必要ない。ただ緑色の文字列が流れるのみ。まごう事なきハッカーの業!中心にサーバめいて座る男が何か判断を下すと、彼らは群生虫めいて統率を回復。そして事態を報告した。

 10101355。キョウリョク・カンケイ艦内、アマクダリ機密アクセスルームの大型モニタに『ハッキング攻撃下な』の文字が明滅。シキタリ官房長官ことマスターマインドは、直ちにこの緊急事態をアマクダリ・セクト首魁ラオモト・チバへと報告。同時に、艦内の各系統へと対応命令を下したのだ! 

『脅威度は……武田信玄級か、それ以下か?』チバがコマンド・グンバイで口元を隠しながら問う。その表情は険しい。現在ネオサイタマでは、ニチョーム包囲戦が開始されているからだ。「未確定ですが、推定脅威度に関わらず……あらゆる潜在事態を想定し、全力で叩きます」マスターマインドが返す。 

『良かろう』チバは頷いた。ニチョームは当然勝利すべき戦争だ。万が一にも長期戦にもつれ込めば、セクト内の統率に揺らぎが生ずる。今洋上にリソースは割けぬ。『お前の言うあらゆる可能性とは何だ』チバは己の直感を試すように言う。「…ニンジャスレイヤー」マスターマインドが苦々しげに言う。 

「本来ならば有り得ぬ話です。今日の奴の活動データを解析した限り、可能性は実際ゼロに近い。この可能性を提示する事自体が、私の正気を試されているかのようなものだ」マスターマインドは続ける。「だがラオモト=サンの言う通り、奴は狂人です。狂ったニンジャです。故に万全の防衛体制を敷く」 

『流石はマスターマインド=サンだ』チバが返す。マスターマインドも無言で頷く。当初彼は、ネオサイタマの死神がニチョーム戦に介入すると推理していた。ゆえにジャスティスら「十二人」を殺害し、アマクダリの力を減じようとしているのだと。あるいは今日の計画を中止させようとしているのだと。 

 だが計画は完璧だ。そして計画は止まらぬ。ニチョームはヨロシサン製薬との共同戦線により死の領域と化すだろう。計画は完璧なのだ。「…ここで浮き足立ち、どちらかに戦力を移動させる事こそ最大の愚策」『その通りだ。ニチョームの事は考えるな。お前は脅威を完全排除せよ』チバが通信を切る。 

「ドーモ」マスターマインドは大画面に対してオジギし、チバの顔がノイズで見えなくなるまでそうしていた。彼はシステムの信奉者である。ゆえに彼は、狂ったニンジャの存在を、Xファクターの存在を許さぬ。「……そして、アマクダリは勝利する」マスターマインドは顔を上げ、険しい顔で言った。 

 

◆◆◆

 

「シューッ……」複合ガスマスク型メンポを被ったアマクダリ・ニンジャ、シャープシューターは、赤外線カメラで艦内の様子をスキャンしながら回廊を前進した。ゴーグル液晶面にはアマクダリ艦隊内の秘密IRCが流れ、状況の変化が刻一刻とアップデートされている。 

 シャープシューターの外見は、黒い密着ボディスーツ型ニンジャ装束に分厚い防弾ベスト。「シューッ……」左手にはオートマ拳銃、右手にはスリケン。近代戦闘に最適化された身のこなしと、ハイテク装備の数々。そのミリタリーじみた特徴は、彼が湾岸警備隊出のニンジャであることを物語っている。 

 シャープシューターは前方に、小型の六脚戦闘機械を発見。オナタカミ・ハウンドだ。それは音も無く静かにギャロップして迫る。「イヤーッ!」BLAMBLAMBLAM!シャープシューターは低姿勢で屈み、左手の重金属オートマ弾を連射。さらに右手を別の生き物のように動かし、スリケン投擲。 

「イヤーッ!」『グワーッ!』狙い過たず、重金属スリケンはオナタカミ・ハウンドの脳天に深々と突き刺さり戦闘不能状態に追い込んだ。重金属弾もまた脚部に四発、的確に命中している。恐るべき殺傷効率。「シューッ……」シャープシューターはハウンドの残骸に歩み寄り、LANケーブルを接続。 

 ピボボッ。即座に、背中に背負ったUNIXが解析を開始した。シャープシューターはオナタカミ無人空母の中にいる。現在、キョウリョク・カンケイの基幹UNIXシステムと通信装置はハッキング攻撃下にある。ペケロッパ・カルトの解析結果によれば、ハッカーはネオサイタマから接続していない。 

 ハッカーはキョウリョク・カンケイ艦内から有線LAN直結、あるいは、艦隊内のどこかから無線LAN接続している。何故それすら割り出せぬのか?敵は時間差攻撃を仕掛けてきた……2時間前の段階で撹乱ウイルスが仕込まれていたのだ。カルトがこの解析を行うのと並行して、ニンジャが放たれた。 

「シューッ……」シャープシューターは、UNIX経由でメンポゴーグルに送られた解析結果を確認。やはり、ハウンドは艦のシステムに従って自動攻撃を仕掛けてきた。アマクダリ紋を感知しながらも、だ。表向きは正常に見えたこのオナタカミ無人艦のシステム内に、何らかの異常が発生している。 

『オナタカミ無人艦2番にて異常をディテクト』シャープシューターは、収集したデータをアマクダリIRCに送る。断定はできない。これすらも陽動かもしれないからだ。『出撃時、無人艦に既にニンジャまたはハッカーが潜伏していた可能性は?』『ゼロ』『ではこの数時間のうちに?』『解析待ち』 

「シューッ……」シャープシューターは全方位警戒を続けながら、回廊を進んだ。IRCには他に何人ものニンジャがおり、別々の場所から常時報告を行っている。その全員が、マスターマインドの統率下にある。マスターマインドはさらに、カルトや警備隊司令部とのIRCも並行して行っているのだ。 

 マスターマインドからの命令は、前進。シャープシューターは殺戮機械めいて進む。「シューッ……」船倉部へ至る機密ドア。キュコキュコキュコ……彼は大型ハンドルをニンジャ筋力で回転させる。そして解放。直後!BRATATATATA!先の天井から垂れ下がる自動制御マシンガンが突如迎撃! 

「イヤーッ!」シャープシューターは紙一重の連続バック転回避!そしてバック転と同時に射撃!BLAMBLAM!見事な射撃精度でマシンガンを破壊!だが、その先の闇の中から、ジゴクめいたカラテシャウトトともに飛来する物体あり!「イヤーッ!」それは4枚のスリケンである! 

「イヤーッ!」BLAMBLAM!シャープシューターは膝立ち状態から、左の重金属弾を射出!スリケンを撃墜!同時に敵の位置を予測、右手で重金属スリケンを闇の中へと投擲!「イヤーッ!」だが敵の反応速度も速い!「イヤーッ!」カラテシャウトトともに甲高い音が鳴り、スリケンが弾かれる! 

『どうしたシャープシューター=サン』『接敵か』『まさか……こいつは……!』シャープシューターはIRC報告を行いながら、闇の中に浮かび上がる赤黒いニンジャ装束の男を見た。その男はカラテを構え、シャープシューターを睨みつけてアイサツした。「……ドーモ、ニンジャスレイヤーです」 

『オナタカミ無人艦2番にて死神を……ディテクト!』「シューッ……!ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン……シャープシューターです……!」彼がアイサツを返すのとほぼ同時に、ハッカーによる攻撃がパルスめいて瞬時に激化!ペケロッパ・カルトはハッキング攻撃の出所を無人艦2番と特定した! 

「イヤーッ!」アイサツ終了から0コンマ4秒後、ニンジャスレイヤーが動いた!「イヤーッ!」一瞬の後、シャープシューターもオートマチック銃で迎撃。BLAMBLAMBLAM!だが死神は壁を蹴り、鋭角のトライアングル・リープでこれを回避!重金属弾を紙一重でかいくぐるワザマエ! 

「イヤーッ!」シャープシューターはほぼ同時に、重金属スリケンを投げ放っていた。トライアングル・リープの変則軌道に対応する見事なエイミング。だが「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはこれをブレーサーで弾く!そのままシャープシューターの顔に痛烈なトビゲリを喰らわせた!「グワーッ!」 

 後方の回廊に弾き飛ばされるシャープシューター。IRCゴーグルが破壊され、アマクダリIRCとの連携が断たれた。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーのスリケン飛来!「シューッ!」シャープシューターはバネ仕掛けめいて跳ね起き、8連続バック転でスリケンを回避!そのまま後方へと撤退する! 

「シューッ……!」甲板まで脱出せねば死神の餌食。シャープシューターは回廊を小刻みに曲がりつつ逃げ、マガジン交換。疾走しながら後方へ連続射撃を行う。BLAMBLAMBLAM!精密角度で壁に跳弾させた弾が、予測不可能な複雑軌跡でニンジャスレイヤーを襲う!恐るべき射撃のワザマエ! 

 いかなニンジャとて、空間を弾丸で満たされれば肉を削り取られるのみ!だが『閉鎖ドスエ』二人の間にある装甲フスマが突如閉鎖。弾丸を遮った!『閉鎖ドスエ』さらにシャープシューターの左右の通路が閉鎖!前方の大型隔壁も閉じかける!「イヤーッ!」シャープシューターはスライディング脱出! 

 スライディング脱出した所へ、間髪入れず天井の自動制御マシンガンが射撃!『侵入者を発見ドスエ』BRATATATATA!先程まで沈黙していたはずの機械群が、一斉に敵意に目覚めたかのようだ!「イヤーッ!」BLAMBLAM!シャープシューターは側転スリケンで紙一重回避そして破壊! 

 だが攻撃は止まぬ。免疫システムが、血流内の異物を排除せんとするかのように。再びハウンドが襲い来る。これを破壊し進む。(((敵のハッカーは化け物か?まるで艦自体が生物!)))シャープシューターは閉鎖ロックボタンを先制射撃破壊しつつ装甲甲板へ逃げる。この事態を報告するために。 

 電流トラップ、ギロチントリイ、ネギトログラインダーなどの罠を回避し、ちらつく死神の影を跳弾射撃で追い払いつつ、シャープシューターはついに甲板への階段を視界にとらえた。あとは一直線!全力疾走するシャープシューター!だが「イヤーッ!」装甲フスマが開き、ニンジャスレイヤーが出現! 

 無慈悲なるトビゲリが側面から突き刺さった!「グワーッ!」壁に叩き付けられるシャープシューター!「お、おのれ……ニンジャスレイヤー=サン……!」右手を動かし射撃しようとするも、ニンジャスレイヤーの両腕がムチのようにしなりスリケン投擲!「イヤーッ!」「グワーッ!」両目を破壊! 

 BLAMBLAMBLAM!シャープシューターの断末魔めいた重金属弾は、見当違いの方向へとバラまかれる。「頼みの綱のシステムに裏切られた気分はどうだ」カイシャクすべく、死神が歩み寄る。「シャープシューター=サン!いま援護するぞ!」装甲甲板上から増援ニンジャの声が聞こえる。 

「ハイクを詠め」「か、艦は敵の手に落ちた……!シューッ……わ……湾岸警備隊に……栄光あれ!」シャープシューターが死神を巻き込むべく自爆装置を起動させる直前、カラテキック一閃!「イヤーッ!」「グワーッ!」血の円弧が描かれ、シャープシューターの首が飛ぶ!「サヨナラ!」爆発四散! 

「死ね!ニンジャスレイヤー=サン!死ね!」巨漢ニンジャが甲板上から両腕に装備されたシールドガンで艦内に向け乱射を行う!そのミリタリー的近代装備、やはり湾岸警備隊のニンジャか!BRATATATA!BOOMBOOMBOOM!命中箇所に小爆発の花が咲く!炸裂弾を射出しているのだ! 

 回廊が光に包まれる!アブナイ!「イヤーッ!」間一髪、死神は爆炎の中から間欠泉めいて飛び出し、空中で身を捻った!赤黒のニンジャ装束が焦げ、シャープシューター戦で負った傷から微かな血飛沫が漏れる。その血は空中で黒い炎に変わり、フジキドの傷を焼いて塞ぎ、装束を荒く縫い合わせた。 

「イヤーッ!」さらに別の増援ニンジャが、空中のニンジャスレイヤーにクナイ・ダートを連続投擲!ナムサン!「イヤーッ!」死神はこれをチョップで一気に弾かんとする!だが……「イヤーッ!」その増援ニンジャが空中に向かって両手をかざすと、クナイは突如軌道を変え何本かがチョップを回避! 

 これはジツだ!不可思議なジツで操られたクナイはニンジャスレイヤーの背中へと回り込み、意志を持つかのように襲いかかる!ニンジャスレイヤーは咄嗟の判断でオリンピック体操選手めいて身を捻り、これを回避せんとするが、躱し切れぬ!二本のダートが突き刺さり、血飛沫を散らす!「ヌウーッ!」

 ニンジャスレイヤーは装甲甲板に着地。タタミ4枚の間合で左右にニンジャが1人ずつ。挟まれた形だ。ジャカッ!巨漢ニンジャは、シールドガンを再装填しながらアイサツした。「ドーモ、アイアンジャケットです」両腕を覆う角ばったシールドは巨大。顔の前で組み合わせれば強行突入盾の役割も果たす。

 左に陣取るニンジャも、シャープシューターに似て、ミリタリーめいた黒いボディスーツ装束を着込む。ただし頭部は露出しており、傷だらけの灰色の顔に、黒いウェーブの長髪。口元は黒いスカーフで覆っている。このニンジャも両手にクナイを構え、アイサツした。「……ドーモ、サイコダートです」 

 敵はそれだけでは無かった。ニンジャスレイヤーは、姿見えぬ敵司令官の存在を感じ取っていた。キョウリョク・カンケイ艦隊が恐るべきシステム統一感によって動き、彼の方向へ砲門や無線LANアンテナを向けようとするのを見た。艦から艦へと飛び渡り迫り来る、さらなる増援ニンジャの影を見た。

 この艦隊は、マスターマインドの冷徹な指揮下にある。この艦隊の全てがマスターマインドと言っても過言ではない。そしてマスターマインドは、ナンシーの掌握したオナタカミ無人艦に対し、ニンジャ、電子、艦隊砲撃の三重攻撃を加えんとしているのだ。……時間との戦いが、死のイクサが始まる。

『さあ、やるとしましょうか』戦友からIRCが届く。ナンシーはいまや完全に意識を電脳空間にダイブさせ、肉体無防備状態にある。……マスターマインドとアマクダリによって構築された迎撃システムが彼女を捉えるのが先か……それとも死神の一点突破カラテがシステムの心臓を貫くのが先か。

 これは実に分の悪い賭けだ。だが今日に始まった事ではない。ニンジャスレイヤーは「忍」「殺」メンポから憎悪に満ちた禍々しい蒸気を吐き、左右の敵ニンジャに、そして目の前の強大なるシステムに戦いを挑むように、アイサツした。「ドーモ、ニンジャスレイヤーです。ニンジャ……殺すべし!」



「イヤーッ!」オジギ終了から0コンマ4秒!ニンジャスレイヤーは左右の敵ニンジャへと連続でスリケンを投げ放った!「イヤーッ!」サイコダートは自らのクナイダートを投げ放ち、これを撃墜!「イヤーッ!」アイアンジャケットは両腕のシールドガンを顔の前で合わせて大型の盾を作り、これを防御! 

 敵に反撃機会を与える間もなく、ニンジャスレイヤーは四連続側転から低空トビゲリを見舞う。「イヤーッ!」サイコダートはこれをブリッジ回避!同時に、ブリッジ姿勢のままクナイ四本を前方へと投擲!「イヤーッ!」放ったクナイは空中でUターンし、ニンジャスレイヤーの背後へと迫る。アブナイ! 

 だがニンジャスレイヤーは敵のジツを既に体験済みだ。彼はトビゲリの勢いを保ったまま、甲板のアンテナポールを使って旋回ジャンプ!「イヤーッ!」飛来するクナイをブレーサーで弾きながらサイコダートの背後へ跳び戻り、情け容赦ないカラテチョップを振り下ろした!「イヤーッ!」「グワーッ!」 

 矢継ぎ早に左右のカラテを叩き込む!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」だがそこへ、アイアンジャケットが介入。「ARRRGH!」巨漢ニンジャは大きく跳躍し、両腕のシールドガンを巨大鈍器めいて振り下ろした!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはバック転で紙一重回避! 

 SMAAAAASH!アイアンジャケットの重い一撃は、装甲甲板に大きな衝撃を与える。直撃すれば全身の骨を砕かれていただろう。続けざま、アイアンジャケットは両腕を前に突き出し、炸裂弾を連続射出!KBAM!KBAM!KBAM!「イヤーッ!」連続バック転で回避を続けるニンジャスレイヤー! 

 死神のカラテから脱出したサイコダートは、アイアンジャケットの巨体を遮蔽物代わりに用いつつ、ニンジャスレイヤーを狙いクナイ・ダートを操る!「イヤーッ!」さらにキョウリョク・カンケイ艦隊から放たれたオナタカミ社製無人攻撃ドローン、ハイタカ編隊が飛来し、ショットガン射撃を開始! 

 ナムアミダブツ!炸裂弾、散弾、その間を縫うように飛来するサイコ・クナイ・ダート!この恐るべき死の三重奏を、ニンジャスレイヤーは捨て身のカラテで潜り抜けた!左右に炸裂弾の爆風!頭上をかすめる銃弾!極限まで集中したカラテで変則飛行クナイ・ダートを摑み取る!「イヤーッ!」タツジン! 

 ニンジャスレイヤーは前方の敵へとダッシュ!「信じられん、かいくぐって来るぞ!」サイコダートが警告。「イヤーッ!」アイアンジャケットは両腕をガード姿勢に戻し、シールドガンを防御形態へと変えた。その守りは堅牢!ニンジャスレイヤーがこのまま突き進めば、鉄の壁に衝突するようなものだ! 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは甲板を強く蹴り、突如、跳躍!衝突に備えていたアイアンジャケットの視界から、赤黒のニンジャ装束が消えた!「何だと!」「横だ!」サイコダートが叫ぶ!ニンジャスレイヤーは飛行するハイタカの機体側面を蹴り渡り、洋上でトライアングル・リープを決めていた! 

 サイコダートの脳内でニンジャ・アドレナリンが湧き出し、光景がスローモーションに変わる。死神は血の軌跡を残している。無傷ではない。まだ弾幕密度と速度が足りぬだけだ。目を剥きながら、サイコダートは両手のクナイを一斉投擲した。だがニンジャスレイヤーのトビゲリが眼前に迫る。そして。 

「イイイヤアアアーッ!」「グワーッ!」顔面に死神のトビゲリが直撃!サイコダートの体はワイヤーアクションめいて一直線に船外へと弾き飛ばされた!断末魔めいて投じられた十本のクナイダートは、サイコ制御を失い滅茶苦茶な方向へと飛んでゆく!「サヨナラ!」サイコダートは空中で爆発四散! 

「ARRRRGH!」背後に着地した相手に対し、アイアンジャケットは重いシールド裏拳を繰り出す。「イヤーッ!」死神はこれを小跳躍回避。そのままカラテボレーキックを叩き込む!「イヤーッ!」「グワーッ!」よろめく巨漢!ハイタカ編隊はフレンドリーファイア危険性を重点し、支援出来ぬ! 

『迎撃するドスエ』ナンシーにサイバー鹵獲されたオナタカミ無人艦は、高速航行モードでキョウリョク・カンケイ艦隊からの艦砲射撃射線を巧みに躱しながら、甲板周辺のハイタカ編隊に対し自動射撃を開始する。BRATATATATA!ハイタカ編隊は応戦を開始!無人兵器同士の戦闘が始まった。 

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーはアイアンジャケットの懐に潜り込み、連続カラテストレートを繰り出す。さらなるハイタカ編隊が飛来するも、やはり支援射撃は行えぬ。敵の懐へ飛び込む捨て身のカラテこそが、アマクダリの喉を搔き切る武器であった! 

『迎撃するドスエ』BRATATATA!『グワーッ!』ハイタカが自動射撃で撃墜される。オナタカミ最新空母の誇る自動操縦システムがアマクダリに牙を剥いているのだ!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」死神は船首バウスプリット土俵際へアイアンジャケットを追い込む! 

 シュゴウン!シュゴウン!シュゴウン!戦艦から短距離誘導ミサイルが射出されナンシー艦を狙う!『迎撃するドスエ』シュゴウン!シュゴウン!シュゴウン!ナンシー艦も側面装甲を開き、オナタカミ製最新迎撃ミサイルを自動射出!KABOOM!KABOOM!KABOOM!上空で爆発の華が咲く!

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」鋼鉄甲板を踏みしめながら、左右の重いカラテフック。死神は巨漢ニンジャをさらに追い込む。『急いで。艦砲射撃が来るまでは何とか持ちこたえられるわ』ナンシーのIRC。まるで足元の鋼鉄甲板から響いてくるかのような錯覚を味わう。 

 決着を急がねばならぬ事、ニンジャスレイヤーは百も承知であった。増援ニンジャが迫っている。船外へ叩き落とせば無力化できる。あと一歩だ。「イイイヤアアアアーッ!」ニンジャスレイヤーは渾身の力を籠めて、ポン・パンチを繰り出さんとする。だがその瞬間、ニンジャ第六感が危険を告げた! 

 ニンジャスレイヤーは瞬時に決断を強いられる!敢えてのポン・パンチ強行!「グワーッ!」アイアンジャケットに命中!BLAMN!BLAMN!BLAMN!だがそれと同時に、洋上からハイタカの支援射撃が!アイアンジャケットをも巻き込む、意図的なフレンドリーファイアであった!「ヌウーッ!」 

「ARRRRRGH!」銃弾を浴びながら落下してゆくアイアンジャケット。対して、危険を察知していた死神は、既に防御の予備動作に入っていた。ブレーサーとレガースで守りを固め、被弾を最小限に抑える。だが散弾を完全に回避し切ることは不可能。熱い鉛玉が肉を焼く激痛を、歯嚙みして耐える。 

 間髪入れず、ハイタカ編隊の容赦ない射撃が降り注ぐ。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはこれを十二連続バック転で回避。さらに甲板から側面装甲へと跳び降り、急角度をものともせず疾走!前方の戦艦に狙いを定めて跳躍!群れなして飛来するハイタカ機体を飛び石代わりに、洋上を跳び渡った! 

「イヤーッ!」ハイタカを跳び渡りスリケン投擲!『グワーッ!』別のハイタカに突き刺さる!「イヤーッ!」ハイタカを跳び渡りスリケン投擲!『グワーッ!』別のハイタカに突き刺さる!おお……ゴウランガ!ワニの背中を飛び渡りながら矢を射たという平安時代のニンジャ神話光景が、現代に蘇る! 

 彼はさらに数機のハイタカを跳び渡り、戦艦の甲板へと接近してゆく。何たるカラテか!……だが額には、じっとりと焦燥感の汗が滲んでいる。先程の一瞬から、何かが変わった。飛来する無人兵器だけではない。接近する増援ニンジャも、前方の艦隊も、全ての動きが、統率された魚群めいて変わった。 

 ニンジャスレイヤーは戦艦の甲板に着地。前方からグライダー飛来した敵ニンジャ2人も、同時に回転着地を決め、立ちはだかった。「ドーモ、ファイアフライです」「ドーモ、ジャックナイフです」「ドーモ……」死神はアイサツを返す。上空をもう一機のグライダーが飛び、ナンシー艦へと向かった。 

 追う余裕は無し。ナンシー艦の侵入者排除システムに任せるしかない。オジギ終了直後、死神は飛び掛かり、カラテを挑みかかった。敵の火炎放射とナイフ斬撃をかわし、有効打を次々叩き込む。だが、容易には突破できぬ。ハイタカの支援射撃は誤射容認へ変更され、多脚戦車シデムシも加わっていた。 

 それだけではない。この新手の敵ニンジャ2人は、カラテ力量だけ見れば明らかにサイコダートやアイアンジャケットよりも格下。だが……敵の動きには迷いが実際無い。覚悟を決め、迷いを捨てたレッサーニンジャが、しばしばグレーターニンジャにも匹敵するイクサを見せることは、周知の事実である。 

 それは本来、イクサの中でゼンめいた境地に達した者だけが偶発的に発揮する、狂気じみた洞察力だ。だがもし、それを集団戦術で意図的に模倣できるとしたら。……それが兵法である。平安時代の兵法家ミヤモト・マサシも「強い軍師がいると二倍は有利」と、端的にこの事実を示すコトワザを詠んだ。 

 この艦隊に配された敵は、湾岸警備隊で訓練を重ねたニンジャばかり。彼らは個ではなく部隊の一部として戦うことに何ら躊躇を抱かぬ。だが何より重要なのは、彼らの戦闘力を増幅させる司令官の存在だ。ニンジャスレイヤーは眼前のニンジャや無人兵器との戦闘を通じ、その存在感を改めて感じ取った。

 未だ姿見えぬ敵司令官、マスターマインドの存在感を……! 

「燃えろ!ニンジャスレイヤー=サン!燃えろ!イヤーッ!」大型タンクを背負ったファイアフライが、連携からの火炎放射器攻撃を繰り出す!粘つく高可燃性の液体がジゴクめいたケミカル業火のアーチとなって襲いかかった。ナムサン!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはこれを8連続側転で回避! 

 さらにジャックナイフが着地を狙い突撃!「見える!死神の動きが見えるぞ!イヤーッ!」マスターマインドの指揮下にある彼は、あたかも上空から戦局を俯瞰する第二の目を得たかのように的確な連携を繰り出し、戦意を高揚させる。仮に自分が敗北しても大局で勝利する…そのようなマインド一体感だ!

 だが間一髪、ニンジャスレイヤーは、この突撃をブレイクダンスめいた動きで蹴り返す!「イヤーッ!」「グワーッ!」弾き飛ばしたジャックナイフに対しカラテ追撃を加えんとするニンジャスレイヤー。だがハイタカと火炎放射攻撃による支援に阻まれ、バック転回避を余儀なくされる。「ヌウーッ!」 

 死神がカラテを構える上空では、対艦ミサイルの第七波が甲高い音と共に飛び、ナンシー艦へと降り注いだ。ZZAP!ZZAP!KBAM!KBAM!KBAM!迎撃ミサイルと近距離レーザーで、これを辛うじて凌ぐナンシー艦。だが艦隊はナンシー艦を包囲するように、じわじわと隊形を変える。 

 DOOOOM!前方の艦から凄まじい砲声が轟いた。直後、ナンシー艦を掠めるように何本も水柱が上がる。誘導兵器の応酬は前哨戦に過ぎぬ。磁気嵐環境下での主力兵器は、巨大艦砲射撃だ。ニンジャも艦内へと潜入した頃だろう。シデムシ編隊も海中を泳ぎ、ナンシー艦へと接近。一刻の猶予も無し! 

「イヤーッ!」再びファイアフライが火炎攻撃。回避するニンジャスレイヤー。「イヤーッ!」ジャックナイフの追撃。ハイタカが既に支援のため旋回してきている。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは側転から即座にジュー・ジツを構える。射竦めるような目で、ジャックナイフの斬撃軌跡を読む! 

 おお、見よ!何たるニンジャ集中力!それはまるで、オハシで蠅を掴むような紙一重のジュー・ジツ!「イヤーッ!」死神は敵の片腕を巧みにホールド!上腕部に浅い斬撃。焦げ臭い血飛沫が宙を舞う中、死神は敵の顔面に肘打。さらに腕を捩じり上げつつ背後へ回り、敵の肩と腕を破壊!「グワーッ!」 

 だが既にハイタカ編隊はショットガン支援の体勢!アブナイ!BLAMBLAMBLAM!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはジャックナイフの体を盾にして散弾回避!「グワーッ!」痙攣するジャックナイフ!「燃えろ!ニンジャスレイヤー=サン!燃えろ!」ファイアフライの火炎放射攻撃が迫る! 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは炎のアーチを遮るように瀕死のジャックナイフを投擲!「「グワーッ!」」火達磨ニンジャがファイアフライに命中!「おのれ…ニンジャスレイヤー=サン!」ファイアフライが火炎放射カラテを構え直すと、眼前ワンインチ距離には既に、首を狙う死神のトビゲリ。 

「イヤーッ!」「グワーッ!サヨナラ!」ファイアフライの首が飛び、爆発四散!着地した死神は、後方で甲板を転げ回る火達磨ニンジャには目もくれず、一直線に駆け、キョウリョク・カンケイめがけハイタカ飛び石跳躍を開始!「アマクダリ、バンザイ!サヨナラ!」後方でジャックナイフが爆発四散!

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」死神はパルクールめいた回転跳躍でハイタカを蹴り渡り、遥か前方の甲板で待ち構える敵ニンジャめがけスリケン投擲!KABOOOM!後方では小型ミサイルの一発がナンシー艦の迎撃を潜り抜け、その黒い重装甲に対し、不穏なジャブめいた爆発衝撃を与えていた。

#NS_GOKUHI :NJSLYR:状況如何に |||

#NS_GOKUHI :YCNAN:敵はアルゴスを温存可能性 |||

#NS_GOKUHI :NJSLYR:ハッキング単独突破可能か? |||

#NS_GOKUHI :YCNAN:アドミン奪取不可能、当初の作戦通りに ||| 

 死神はハイタカを蹴渡り、同時にIRC携帯端末を操作した。紛う事なきニンジャの業だ。極限状況下の端末操作で、さしものニンジャスレイヤーも額に汗が滲む。眉根を寄せ、情報圧縮されたナンシーからの返信を精読。甲板まであと僅か。余りに短い意思疎通時間。だが、二人にはそれで十分だった。 

 ……ニンジャスレイヤーとナンシーは今日のために、壮大かつ偏執狂的とも言える作戦を積み上げた。さらに、午前中に艦隊へ潜入した後も、二人はスシを食い、治療を行い、仮眠を取るのみならず、徹底した隠密行動を取り、艦内ネットワークの実態徹底調査と、そのシステム抜け穴を探していたのだ。

 ナンシーの狙いは、キョウリョク・カンケイのシステム管理者権限の奪取だ。だが、彼女のハッキング単体では成功確率0%。そこにニンジャスレイヤーの物理ハック支援が合わさり、初めて成功可能性が生まれる。それは、ラクダに針の穴を通させるかの如く困難……平安時代のコトワザの通りだ。 

 では如何にして奪うのか?ひとつの可能性は、アマクダリ十二人の一人、マスターマインドの暗殺。マスターマインドが死亡した場合、または艦隊から遠く離れた場合、指揮権限は自動的に、艦隊内にいるアマクダリ所属高官に移譲される。その候補は複数おり、完璧なバックアップ体勢が敷かれている。 

 無論、下位のアマクダリ高官はデータアクセス権限が制限される。だが、この委譲プロトコルが発生した瞬間に、ナンシーが介入ハックを行った場合、どうなるか……?彼女はキョウリョク・カンケイに搭載された母なるUNIXの認証システムを突破し、接続状態をマスターマインド級に偽装できるのだ。

 これは、管理者の生死確認PINGを行うフェイルセーフ機構の裏をかくトリックだ。成功すれば、彼女は一時的にアマクダリネット内最高レベルのデータアクセス権を得る。そして彼らの秘密を……謎に包まれたアルゴスに関する全情報を……アマクダリの真の目的を……ひとつ残らず、盗み取る。 

 チャンスは一瞬であろう。そのチャンスが巡って来た時に必要なのは、システムを震撼させる途方も無い長距離ジャンプ。そのために彼女は助走を……常時接続攻撃を続けねばならぬのだ。かくして、この危険極まりない別動作戦が取られた。フジキドは後方彼方の無人艦を一瞥し……甲板へと着地する! 

「ドーモ、ナイトクロウラーです」「ドーモ、スチームアンカーです」新手のニンジャ2人が立ち塞がる。さらにハイタカ!シデムシ!導入されたばかりの精鋭突入海兵部隊たるオナタカミ・マリーンまでも!「「「スッゾコラー!」」」キョウリョク・カンケイに到達し、敵軍の防御密度はなお増す! 

「ドーモ、ニンジャスレイヤーです」死神がアイサツする。後方では再びナンシー艦に小型ミサイルが直撃。彼は微かに眉根を寄せ……カッと見開く!「イヤーッ!」オジギ終了からコンマ3秒!死神は血路を切り開くべくスリケン投擲!「「「イヤーッ!」」」そして死に物狂いのカラテ闘争が始まった!

 ……ファオー、ファオオオオオー……。神秘的な電子雅楽音が鳴り響く暗いドージョー。タタミの上、フンドシ一枚で正座する男の姿。シキタリ官房長官、すなわちマスターマインドだ。赤銅色の肉体は、その年齢とは裏腹に、極限まで鍛え上げられている。横には、丁寧に畳まれた政治家スーツがある。 

 シキタリ官房長官は短い沈思黙考を終え、カタナめいて細い目を開く。そして右手に置かれた黒いアマクダリ紋ニンジャ装束を手に取る。立ち上がり礼儀正しくそれを纏う。カチグミ・トレーニングを基礎とした屈強なニンジャ肉体に比し、彼の後頭部の6個の生体LAN端子穴はいかにも異様であった。 

 最後に、マスターマインドは黒く無表情なニンジャ頭巾を巻き、「天下」と書かれたカケジクに礼をする。表情を読めぬ目元だけが、闇の中に浮かび上がる。頭巾の後頭部には6個の穴があり、これが彼専用にしつらえられた装束であることが解る。「…しばしば、真に合理的な最適解は狂気と紙一重…」 

 マスターマインドは己に対してそう言ったのか、あるいは死神の作戦を評してそう言ったのか。その答えは誰にも解らぬ。マスターマインドはタタミの上を歩み、ドージョーの上座に置かれた黒いコショ・チェアに座る。少し遠い場所から、機密エリアの防壁がカラテ突破される音が聞こえてきた。 

「敵の狙いは私だ。これより迎撃態勢に入る」その声に答え、後方の隔壁フスマが開き、自動メカアームが6本のLANケーブルを直結。直後、巨大な物体が迫り上がり……ガゴンプシュー!圧縮蒸気が吹き出し彼を包む。メカアームが動き……彼の顔を黒いサムライヘルムめいた装甲が何重にも覆った! 

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」満身創痍のニンジャスレイヤーは、オナタカミ・マリーン部隊の波状攻撃を左右の連続カラテパンチで殺しながら、官房長官室へと突き進む!「イヤーッ!」「グワーッ!」またも撲殺!さらに「歓迎」と書かれた立て札が木っ端微塵に破壊! 

 ニンジャスレイヤーは両目に憤怒と憎悪をみなぎらせ、死神めいた足取りで廊下を進む。そして右の防弾フスマを蹴破る!「イヤーッ!」SMAAAASH!だが……不在!直ちに、左の防弾フスマを蹴破る!「イヤーッ!」SMAAAASH!だが……不在!残る候補は、突き当たりのドージョーのみ。 

 遂に敵司令官、マスターマインドを追いつめた。「スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ……ハァーッ……!」ニンジャスレイヤーは肩を大きく上下させ、深いチャドー呼吸で息を整えながら、黒塗りのドージョー・フスマを睨みつける。 

 そしてネオサイタマの死神が歩み寄り……勢い良くフスマを開くべく手を伸ばした、その時!ZZZOOOM!「イヤーッ!」「グワーッ!?」弾き飛ばされるニンジャスレイヤー!ナムサン!漆黒のパワードスーツに身を包んだマスターマインドが、恐るべき空中突進ターボ・タックルを仕掛けたのだ!



 

 ZZZOOOM!フスマを突き破って出現したのは、漆黒のパワードスーツに身を包んだ官房長官!「イヤーッ!」「グワーッ!?」弾き飛ばされるニンジャスレイヤー!ナムサン!オナタカミ社製最新型ターボアーマーを装備したマスターマインドが、恐るべき空中突進ターボ・タックルを仕掛けたのだ。 

 ニンジャスレイヤーはジュー・ジツを巧みに使い、オリンピック水泳選手めいた動きで壁への激突を回避。立て膝姿勢のまま、両手をムチのようにしならせ、廊下を全力疾走突進してくるマスターマインドめがけスリケンを連続投擲!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」

 ガキン!ガキン!ガキン!オナタカミ社製の最新アンタイ・スリケン構造がスリケンを弾く。なおもニンジャスレイヤーはスリケン投擲!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」マスターマインドはパワードスーツの腕からショック・プラズマ球を発射!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」スリケンを相殺! 

 直後、全ブースターを急燃焼させ、壁際のニンジャスレイヤーを質量プレス殺すべく空中水平突撃!「イイイヤアアアーッ!」ZZZOOOOOM!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはこれを紙一重の側転回避!SMAAAASH!壁が砕ける!恐るべきヒキャク・マニューバ・システム最終完成形の力! 

 対格差は歴然。敵の体はいまやパワードスーツにより7フィート近い巨体。さらに背面、腕、脚部にブースター機構。全体の総質量は果たして如何程か。破壊された壁から横を振り向くマスターマインドに対し、ニンジャスレイヤーは至近距離カラテを仕掛けた!「イヤーッ!」顔面へのカラテストレート! 

 ZOOM!「イヤーッ!」ブースター急加速したパワードスーツの腕がこれを弾く。予想を遥かに上回る反応速度とコンパクトな機動!続けざま、マスターマインドはブースター・カラテキックを繰り出した。「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはこれを紙一重のブリッジ回避!タツジン! 

 間髪入れず、死神の大鎌めいた切れ味でメイアルーア・ジ・コンパッソを繰り出す!「イヤーッ!」「イヤーッ!」マスターマインドはこれを両腕防御!敵が守りに入ったと見るや、ニンジャスレイヤーは左右のストレート連打へと移行!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」漆黒の巨体を揺らす重いカラテ!

「ヌウーッ……!」黒いサムライヘルムめいた頭部装甲の中で、官房長官の眉間に汗が浮かぶ。このスーツにはスリケンや首狩りチョップのような刃物めいた攻撃は通用しない。だが装甲そのものを徐々に砕く、あるいは内部肉体を直接揺さぶる、鈍器的な重いカラテを受け続ければ、アーマー破損危険性。 

「イヤーッ!」ZZZZOOOM!マスターマインドは防御姿勢から突如、強引な短距離ブースター突進!「グワーッ!」ワイヤーアクションめいて弾き飛ばされるニンジャスレイヤー!再び壁際へと着地!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」官房長官は両腕をかざし、追い打ちのショック・プラズマ球! 

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの連続側転回避!「イイイヤアアアアーッ!」官房長官が再び突進!両者は船内を目まぐるしく動きながら、激しいカラテ攻防に入った!「「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」」SMAAAASH!壁を破り両者は甲板上のネオン街へ戦場を移す!

 復讐者は空中で身を捻り回転着地。官房長官はヒキャク・マニューバを用い、空中を蹴り渡るように距離を取って着地。両者はタタミ十枚の距離で向かい合い、ようやくアイサツした。「ドーモ、ニンジャスレイヤーです」鋼鉄メンポから蒸気。額からの出血が、彼の顔をさらに鬼気迫る表情へと変える。 

「ドーモ、マスターマインドです」官房長官もアイサツを返した。顔を上げると同時に、彼の後ろ上方でキョウリョク・カンケイの主砲、四連装49センチ砲が重い軋みと共に旋回し、火を噴いた。相手を嘲笑うような細い目が、サムライヘルムのスリットから覗いていた。砲弾はナンシー艦を掠めた。 

 アイサツ終了直後、死神が仕掛ける。スリケン投擲からジグザグ軌跡ダッシュで接近し、重い飛び膝蹴りを叩き込んだ!「イヤーッ!」「イヤーッ!」官房長官は防御重点!その間にも艦隊システムの指揮やアマクダリ本営との通信を継続している。六個の生体LAN端子とニンジャ集中力が為せる業だ! 

 ……果たして今、アマクダリ陣営では何が起こっているのか。ニチョーム包囲戦である。ニチョーム・ストリートには、ネオサイタマ全域から、サヴァイヴァー・ドージョーやサークル・シマナガシ等、アマクダリ支配に反抗するならず者自由ニンジャ集団が集い、ゲリラ勢力の砦めいた存在と化している。

 かつてバイセクターらが襲撃を行った時とは、もはや事態は大きく異なっている。アマクダリ下部組織の数々が、その成り行きを固唾を呑んで見守っているのだ。もし万が一にも、ニチョームのニンジャたちが勝利を収めれば……アマクダリはその強固な支配システムを根底から揺るがせることとなる。 

 下部組織の中からニチョームに与するニンジャが現れ始める危険性もある。ゆえに今日、反抗の芽を徹底的に潰すのだ。しかしアマクダリは権力側であるが故、ネオサイタマの一区画をニュークで焦土に変えるようなドラスティックな殲滅作戦は取れない。市民感情の抑圧コントロールに困難性が生ずる。 

 この暗闘は、サキハシ知事倒れるの非常事態宣言と報道特番を隠れ蓑に進行する。閉鎖されたニチョーム外のいかなる市民にも顧みられることなく、ニンジャとニンジャの戦いが繰り広げられ、反抗者どもは踏みにじられるのだ。多少の被害は後程アマクダリが隠蔽する。官房長官はその役目も負っている。

 今、アマクダリはその戦力の大部分をニチョームに割いている。アマクダリ・ネットの管理者たるアルゴスも同様に、ニチョーム戦の支援とネオサイタマIRCの監視に力を割かねばならない。今はまだ水面下に収まっているが、ハッカーカルトやテクノアナキストらが混乱に乗じようとしているからだ。 

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」死神の重いカラテストレート連打!「ヌウーッ!」自動防御を取り続ける官房長官!ニンジャスレイヤーとナンシーの捨て身の電撃的作戦は、確実に、ボディーブローめいてアマクダリ支配を揺るがし始めていたのだ!「イヤーッ!」振り払うように、ブースト突撃! 

「イヤーッ!」だがニンジャスレイヤーはこれを見切った。素早い側転でパワードスーツ水平飛行タックルを回避したのだ。さらに後方の敵めがけスリケン連続投擲!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「イヤーッ!」ZZOOM!マスターマインドは空中を蹴り渡りスリケン回避。高所へと避難する。 

 官房長官は再びその精神を指揮システムの制御に傾ける。DOOOM!DOOOOOM!ナンシー無人艦の対空防御が飽和し、徐々に小型誘導弾が命中し始めた。もはや一刻の猶予も無し!ニンジャスレイヤーは壁とネオンカンバンを蹴り渡り、マスターマインドを鋭角トビゲリで狙う!「イヤーッ!」 

「イヤーッ!」マスターマインドはこれを防御し、再びネオン街ビル上でカラテ激突!「「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」」再び捨て身の攻撃姿勢で押すニンジャスレイヤー!だが……おお、見よ……!後方で主砲砲塔が密かに回転し……その狙いは、ナンシー艦ではない!KA-DOOOOOM! 

「グワーッ!?」怪物めいた砲弾が不意に2人の頭上を飛び、衝撃波がニンジャスレイヤーを揺るがせる!ネオンカンバンが割れる!何たる施設被害を顧みぬ危険角度射撃か!これに対し、重厚パワードスーツに身を包んだマスターマインドは、堅牢なるカラテ姿勢を保っていた。そして反撃に転ずる。 

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」官房長官のブースト・カラテパンチ連打が命中!押されるニンジャスレイヤー!「イイイヤアアアーッ!」さらに両腕のハンマーパンチ!「グワーッ!」叩き付けられ、高くバウンドするニンジャスレイヤー! 

 マスターマインドはブースターを使って高く跳躍し、ニンジャスレイヤーを蹴り落とす!「官房長官をナメるな!イヤーッ!」「グワーッ!」SMAAAASH!屋根を突き破り、ガレキごとネオンビルの最上階へ落下!「アーレエエエエ!」「ニンジャ!アイエエエエ!」オイランや士官が逃げ惑う! 

 ここが勝負所と見たマスターマインドは、ブースター過剰出力で空中静止したまま、真下へとショック・プラズマ弾を連射する!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」KBAM!KBAM!KBAM!ガレキと粉塵の中で、まばゆい光爆の華が咲く! 

 ズズズズズ…。スラスター噴射を行いつつ、マスターマインドは崩壊しかけたネオンビル屋上に着地。『アルゴス=サン、ハッカーのIPはまだ掴めぬのか?』『敵は攻撃の手を止め、回避に徹している』『……ふむ』彼方では、無人艦に対して戦艦の主砲砲撃が命中開始。あと数分で沈み始めるだろう。 

 このままならば、アルゴスが手を下さずとも、ハッキングは途絶える。だが……何かが腑に落ちぬ。マスターマインドは無人艦を睨みながら眉根を寄せ、艦隊指揮系統にIRCを送る。『砲撃継続。さらに艦内の捜索を重点せよ』『…艦内の?』『敵は艦内から無人艦を経由し攻撃している可能性を疑え』 

『お言葉ですが、あ、有り得ません……!人間のタイプ速度では……!ペケロッパ・カルト技術官ですら、その可能性を否定しています!そもそも如何に潜入したのかすら』『有り得るのだ』『何故です……!?』『敵はニンジャスレイヤーとナンシー・リーだからだ……!』直後、階下で赤い目が光る! 

「イヤーッ!」ネオサイタマの死神が砲弾めいた勢いでガレキを突き破り、急角度トビゲリを繰り出した。赤黒のニンジャ装束は既に全身が襤褸布めいている!「ヌウーッ!」マスターマインドは辛くも防御。「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」再びニンジャスレイヤーは無慈悲なるカラテ猛攻を開始! 

 何たる狂気じみた執念と徐々に金属疲労めいて蓄積されるカラテ衝撃……!マスターマインドは歯噛みする。ならば、「イヤーッ!」ブースター突撃で振り払う!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはこれを再び見切り、側転回避!……だが構わない。マスターマインドの目的は攻撃ではなく退避にある。 

「イヤーッ!」マスターマインドが空中を蹴り渡り、反対側の甲板に向かって連続ジャンプを開始しようとした時……彼は違和感に気づいた。強靭なるフックロープが、パワードスーツの背面に巻き付いていたのだ。「何だと……!」振り向き見る、その先には……ロープを握るネオサイタマの死神! 

「一辺倒なシステム戦闘で私を殺せると思ったか」「おのれ!」マスターマインドはフル出力でロープを引き千切ろうとする。だが脱せぬ!ニンジャスレイヤーは巧みに跳び渡って位置を変え、ロープの引く力を操り、徐々に凧めいて敵の動きを御し始めた!「実戦経験の差が出たようだな、官房長官殿」 

 およそ常人には信じ難い光景!両者の質量差は果たして何倍か!?「何故このような事が…!」これは荒唐無稽なニンジャマジックの類いであろうか?否。カラテである。質量差が何倍もある相手でも、支点と力点を適切に御せば即ちイポンを取れる……ジュー・ジツとニンジャテコの原理の応用なのだ! 

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」マスターマインドは空中を跳び回り、ショック・プラズマ球を連射!ZANK!ZANK!ZANK!だがニンジャスレイヤーは巧みにこれを躱しつつロープを強く握り、両手両足に渾身の力を籠めた!「イイイヤアアアアーッ!」背中に縄めいた筋肉が盛り上がる! 

「何たる事だ……!」官房長官は息を呑んだ。漆黒のパワードスーツが機動制御を失い、ニンジャスレイヤーを支点としてハンマー投げのハンマーめいて空中回転を始めたのだ!「イヤーッ!」KRAAAASH!KRAAAASH!KRAAAAASH!「グワーッ!」強化ネオン看板に三連続で激突! 

「おのれ……ならば……!」マスターマインドは4枚目の強化ネオン看板を蹴って激突を回避。さらにスラスター噴射方向を変更し、下めがけて急降下タックルを仕掛ける!「イヤーッ!」SMAAAASH!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはロープを握ったまま紙一重のパルクール跳躍回転で回避! 

 続けざま、上空からパワードスーツの天頂部へ回転カカト落としを叩き落とす!「イヤーッ!」「グワーッ!」重い一撃を受けスタン状態に陥るマスターマインド!DOOOOM!だが彼方では、ナンシー艦にまたもや重い艦砲射撃が命中。フジキドは一気に勝負をつけるべく、両の拳を固く握りしめた! 

 そして目の前の巨大な敵めがけ、渾身の右ストレート!「イヤーッ!」「グワーッ!」左ストレート!「イヤーッ!」「グワーッ!」右!「イヤーッ!」「グワーッ!」左!「イヤーッ!」「グワーッ!」艦隊のブレーンたる官房長官の脳を震動破壊すべく、顔面部を狙った無慈悲なるカラテの連打である!

 DOOM!ナンシー艦に小型ミサイルが次々着弾!立ち上る黒煙!フジキドの額に汗が滲む!「イヤーッ!」「グワーッ!」拳を叩き込む!「イヤーッ!」「グワーッ!」叩き込む!「イヤーッ!」「グワーッ!」叩き込む!だが敵は倒れぬ!固い!何たるアマクダリ・システムの体現めいた堅牢さか! 

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」カラテ連打で壁際に追い込む死神!壁でカラテ衝撃打の威力は2倍!「ヌウーッ!」スタンから回復した官房長官はスーツの制御システム乱れを感知。カラテとブースターの力を振り絞り、敵を薙ぎ払うように腕を大きく振る!「イヤーッ!」 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはしゃがんで回避!頭上を巨大な鋼鉄が通過。今の一撃で明らか。マスターマインドはカラテ連打で平衡感覚と反応速度を失っている。一瞬の、だが致命的な隙!「スゥーッ……ハァーッ……!」死神は短いチャドー呼吸でタメを作ってから、軸足で床を蹴り……跳んだ!

「イイイヤアアアーーーーッ!」見よ!それはチャドー奥義、タツマキケン!凝縮されたカラテがニンジャスレイヤーの軸足爪先から脚、腰の捻りを経由して蹴り脚へと伝わり、爆発的速度で連続空中回転蹴りを生ぜしめるのだ!「グワーーーーーーーッ!!」パワードスーツ頭部を蹴る!蹴る!砕く!! 

 軽量級ニンジャならば瞬時に弾き跳ばされたであろう。だがスーツの重量故、敵は直立姿勢のまま全弾を余さず叩き込まれたのだ。「ア……ア…」サムライヘルムめいた頭部が半壊し、半ば白目を剥いて仰け反るマスターマインドの顔が露となった。死神は回転着地し、止めの一撃を繰り出さんとする。 

 だがその時、マスターマインドは目を見開き、「させるものか……!」パワードスーツの両腕でニンジャスレイヤーを抱え込んだ!「ヌウーッ!」拘束を脱せぬ!「官房長官をナメるな、テロリスト!」ZZZOOOOOOM!パワードスーツの残量僅かなエネルギーを振り絞り、全ブースター最大出力! 

 ナムアミダブツ!死の砲弾と化した漆黒のパワードスーツは、ニンジャスレイヤーを抱きかかえたまま、キリモミ気味の狂った飛行機動で甲板上を飛び回った。SMAAAAASH!「グワーッ!」強化ショウジ戸やネオン看板を突き破りながら飛ぶ!激突の衝撃がニンジャスレイヤーを容赦なく襲う! 

 ニンジャスレイヤーは密着状態からのショート肘打を敵の顔面に叩き込んで抵抗!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」だが離さぬ!彼らの向かう先は何処か!?壁に叩き付け圧殺を狙うか!?海に飛び込むか!?否……!前方では主砲砲塔が彼らを狙うように旋回……アブナイ! 

「完璧なる統治秩序機構完成のためならば、私は死すらも厭わぬ!」官房長官はフジキドと睨み合う。その目が覚悟の狂気に輝く。「それは洗脳電波と情報統制とニンジャの暴威で作る、完璧な奴隷化システムのことか」死神は右肘を振り上げ、そこに渾身のカラテを溜めながら、ジコクめいた声で問う。 

「その通りだ、君は賢いな」官房長官は平然と答えた。「何と素晴らしき世界か。アマクダリ・セクトこそは我がドージョーなり。ニンジャの秩序が世界を統治する!」マスターマインドは弾道計算と射出カウントダウンを開始!「ならば打ち砕いてみせよう」ニンジャスレイヤーはチャドー呼吸を開始! 

「スゥーッ……ハァーッ……」「私を止める事はできぬ!」マスターマインドは飛行を続ける。49cm砲の射角へと。彼方ではナンシー艦が横腹に艦砲射撃の乱打を受け、悲鳴めいた軋みと共に真っ二つに折れ曲がり始めていた。「スゥーッ……!ハァーッ……!」「何故なら私は官房長官だからだ!」 

 艦砲射撃5秒前!ナムサン!最早これまでか!?「スゥーッ……!ハァーッ……!」その時、ニンジャスレイヤーが遂に動く!ゼンめいた精神集中からカッと目を見開き、右拳と左掌を組み合わせると、渾身の右肘打を敵の顔面に叩き込んだ!「イイイイヤアアアアアアアーーーーーッ!」 

 SMAAAAAASH!肘打がマスターマインドの額に命中し、凄まじい打撃音が響く!「グワーーーッ!!」だが官房長官は歯を食いしばり飛行機動維持。何たる執念!ニンジャスレイヤーのカラテ完全敗北か!?「見よ……私の……勝……」だが砲声轟く直前、脳衝撃が再度、波のように押し寄せる! 

「グ……ワーッ……」官房長官は白目を剥き気絶した。LAN直結されていたパワードスーツも機能停止し、ニンジャスレイヤー拘束状態のまま落下を開始。直後、二人の真上を死の砲弾が通過する。衝撃波が落下軌跡を乱し、鋼鉄に包まれた二人のニンジャは回転しながらネオンビル壁に激突した。 

 ニンジャスレイヤーは身を捩りながら膂力を振り絞って拘束を脱し、死の鋼鉄棺桶と化したパワードスーツの拘束からジャンプで逃れる。そして傾いた強化ネオン看板に片手で掴まった。マスターマインドは障害物に跳ね返り、回転激突しながら落下を続け、凄まじい音とともに滑走路へ叩き付けられた。 

 官房長官はピクリとも動かず。プッ、プッ、プッ、プーーーーーッ。『バイタルサインフラット化。権限委譲プロセス秒読み。事実の確認を』ナンシーからIRC。フジキドは呼吸を整えながら片手で携帯IRC端末を操作した。……敵は仮死状態にある。これよりカイシャクし、確実に爆発四散させる。 

『準備はいいな、ナンシー=サン』その発言をIRCコトダマ空間内のナンシーが聞き遂げ返す。『助走は十分よ』キャニオン地帯めいた無限遠地平をナンシー論理肉体が高速飛翔する。空に巨大な目が浮かび、レーザー光線が背後スレスレに降り注ぐ。彼女はアルゴスの攻撃を躱し、隙を窺い続けてきた。

『5秒以内に復帰しないと管理者権限委譲ドスエ』パワードスーツから音声。官房長官は反応しない。フジキドはチャドー呼吸を整え終えると、遥か下方のマスターマインドに対し猛禽めいて狙いを定め、跳躍した!『あと5秒でジャンプする、飛んでみせる』ナンシーも委譲プロセス開始の秒読みを行う。

 死神は足を下に、ドリルじみた高速スピンを行いながらマスターマインドの頭部めがけ一直線。電脳空間では委譲プロセスが開始。ナンシーはチャントを唱え、瞬時にタイプ加速する。マスターマインドの権限喪失。電子喇叭が鳴り、ナンシーの論理肉体が金色に光る。全能なるADMINの力が宿った。 

 だが死神が官房長官に到達する直前……システムの喉笛に喰らいつく直前……何者かの影が過った。「イヤーッ!」「グワーッ!?」ミリタリーコートニンジャ装束を纏った男が、急角度のトビゲリを見舞ったのだ。後方では、彼を輸送した高速ステルス輸送機ナイミツが機体を傾けながらビルの間を通過。

 官房長官のバイタルサインは依然消失のまま。ADMINナンシーは、アマクダリ機密サーバに飛ぶ方向を本能的に悟り、睨む。瞬時に亜高速ワープめいた飛翔を行い、無数のトリイゲートを通過。ニンジャスレイヤーは弾き飛ばされ、滑走路上の戦闘機に叩き付けられた。コート装束の男が回転着地した。

 ADMINナンシーは物理世界の事態を感知できない。全ニューロンをIRCコトダマ空間にダイブさせているのだ。彼女はアルゴスの追撃を振り切りつつ、未知なるIP群で構築された暗黒の領域を渡った。かつてコトダマ空間の最深部に潜った時とはまた違う、凄まじい孤立感と寒気が彼女を包んだ。 

「ここが……アマクダリ・ネットの最深部…?」ADMINナンシーは、ワープじみた飛翔で乱れた論理肉体を、01ノイズから再構築した。彼女は巨大なクレーターが並ぶ、灰色の無限遠荒野に立ち尽くしていた。空は暗黒。周囲は荒漠。ナンシーがいま立ち尽くすクレーターにのみ、無数の赤トリイ。 

「トリイ……まるでトリイの墓場……」そこには無数の赤トリイが、大きさも方向も間隔も一切の規則性無く、しかしどこか整然と乱立していた。あたかもシャウレイの丘の十字架めいて。ナンシーはトリイ群の中心に向かって歩いた。『読むだけなら』と書かれた木製の本棚が、ぽつんと置かれていた。 

 冷たい暗黒の空。青ざめた地面。鮮烈な赤漆塗りのトリイ。無音。異物たるADMINナンシーは本棚の前で止まり、鷲の紋章の金属装飾が施された大冊を手に取ると、横の読書机に置いた。物理空間では、ミリタリーコートニンジャ装束の男がアイサツを決めていた。「ドーモ、ハーヴェスターです」



 

 時刻は10101458。キョウリョク・カンケイ艦隊通信システムに対するハッキング攻撃が検知されてから、63分が経過。 

 死神は立ち上がり、不屈のカラテを構えた。傷口から再び血が滴る。「ドーモ、ハーヴェスター=サン、ニンジャスレイヤーです。オヌシはセキバハラ最前線に居た筈…」「我輩はアマクダリのワイルドカードよ」ミリタリーコート装束の老将は、嗄れ声で言った。「部下どもの仇を取らせてもらうとする」 

 ニンジャスレイヤーはジュー・ジツを構え、タタミ10枚の距離に位置するハーヴェスターと、その先で仰向けに横たわるマスターマインドを睨んだ。『ZBRアドレナリン心臓注入、間もなく開始ドスエ』パワードスーツの発する微かなマイコ音声を、彼の鋭敏なるニンジャ聴力は決して聞き漏らさない。 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは赤黒い炎の矢の如く、ハーヴェスターへと一直線に突き進んだ。「イヤーッ!」ハーヴェスターもまた2挺リボルバーを抜き放ち、胸の前で交差させた奇妙なカラテ・スタイルで迎え撃つ。瞬間、ニンジャスレイヤーの脳裏にパルスが走る。己の記憶と、ナラクの警告。 

 敵は両腕を突き出し、BLAM!ハーヴェスターの右拳銃。それを見切り、沈み込んで回避するニンジャスレイヤー。なおも前進。BLAM!左拳銃の銃弾もブレーサーで弾く。懐へ。だが敵は発砲時の反動を己のカラテに乗せ、中段スピンキックを繰り出した。暗黒武道ピストルカラテだ。「イヤーッ!」 

 だがニンジャスレイヤーはこの動きを読んでいた。「イヤーッ!」これをジュー・ジツでいなし、至近距離から胸部へカラテストレート!「グワーッ!」咄嗟にガードを固めるも蹌踉めくハーヴェスター。連打のチャンス。だが攻め込まず、側面を抜けマスターマインドに向かおうとするニンジャスレイヤー。

 ハーヴェスターは突破を許さぬ。BLAMN!左拳銃の的確な射撃で突破路を潰し、ニンジャスレイヤーに側転回避動作を取らせると、続けざま、射撃反動を用いて踏み込みバックナックル打撃!「「イヤーッ!」」防御!だが突破は阻止され「「イヤッ!イヤッ!イヤーッ!」」カラテの打ち合いに入る! 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの掌底が顔面炸裂!「グワーッ!」まだ浅い!ハーヴェスターは次の一撃を潜り込んで回避し、逆にピストルカラテ正拳突きを胸へ。速い!銃身による物理打撃、それに続く密着射撃の過剰殺戮ムーブだ!「「イヤーッ!」」死神は最初の打撃をブレーサーで受け止める! 

 BLAMN!至近距離での発砲。ブレーサーが軋み、骨にまで熱と震動が伝わる。敵はテッポウ・ニンジャクランのソウル憑依者。タカギ・ガンドーと同様のピストルカラテ使い。なれど、ニンジャスレイヤー自身がその使い手と対峙するのは実際初めてである。「イヤーッ!」射撃はさらなる反動を生む! 

 BLAMBLAMBLAMBLAM!恐るべき速度で繰り出される左右の正拳突きと、硝煙を払いながら迫るスピンナックル、そしてスピンキックの上中下段!「「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」」ひとたびガードすれば、十二発撃ち尽くしまでハーヴェスターの反動カラテを防ぎ続けるより他無し! 

 BLAMN!「イヤーッ!」ハーヴェスターの八発目、下から上に大きく突き上げる反動キックがニンジャスレイヤーの顎先を捉えた!「グワーッ!」空中へ浮き上がるニンジャスレイヤー。ナムサン!だがこれは敢えての選択!空中で身を捻り、マスターマインドの額めがけスリケン投擲!「イヤーッ!」

 ニンジャスレイヤーはさらに逆の手で2枚のスリケンを投擲!「イヤーッ!」必殺のスリケン3枚が、官房長官の額、右目、左目へと迫る。情け容赦無し!だがその寸前、「イヤーッ!」BLAMBLAMBLAM!ハーヴェスターは追撃を捨て、しゃがみ姿勢から背後を振り向きリボルバー射撃で撃墜! 

 ニンジャスレイヤーは天地逆の状態で腕から着地。そこを狙い、ハーヴェスターが2連続の反動水面蹴りを繰り出す。「「イヤーッ!」」死神はこれを紙一重で回避し、バック転を打った。またも突破ならず!「どうあっても官房長官を殺したいと見える」ハーヴェスターは笑い、2挺拳銃を投げ捨てた。 

「ならば尚更、突破させるわけにはいかんなあ……。我輩は戦術的勝利よりも戦略的勝利を好む」老将が笑い、準備運動を終えたとでも言いたげに、コート装束のボタンを外す。このままではシキタリ官房長官が目覚め……ナンシーに危機!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは再度のカラテ突破を試みる!

 突風が甲板を吹き抜け、ミリタリーコートニンジャ装束を後方へとはためかせる。その下には……拳銃ホルスター付きの防弾ベスト!胸、側面、背側を合わせて合計12挺!流れるような動きで前後の拳銃を抜くと、再びピストルカラテを繰り出した!「イヤーッ!」リロードの隙を消す物量作戦である! 

 BLAMBLAMBLAM!「「イヤーッ!」」再び泥沼塹壕戦めいたカラテに引きずり込まれる死神!「突破作戦の希望を断つ爽快感はな、無上よ」老将は手傷を負いながらも、笑う。『ZBRアドレナリン心臓注入、並びに直結神経パルス刺激』無慈悲なるカウントダウン『3、2、1……実行ドスエ』

 官房長官が目を見開く。最早カイシャク不可能。物量攻撃めいて繰り出されるハーヴェスターの連続カラテを回避しながら、ニンジャスレイヤーは必死にIRC端末を操作する。一秒のタイムラグも、一文字のタイプミスも、ナンシーの死に繋がる。『アブナイ』送信を終えた直後、端末を銃弾が貫いた。

 

◆◆◆

 

 空恐ろしいほどの静寂。論理肉体のナンシー・リーはひとり、クレーターの中。蒼褪めた地表、暗黒の空、そして鮮烈なトリイの赤。 

 まるで死体に塗られたルージュみたいね、とナンシーはニューロンの片隅でハイクめいて想起した。それは0.01秒ほどの精神パルス。危険信号は未だ届かない。本棚の鷲の紋章の大冊を取り、開く。それはギガス写本めいた巨大さで、重い鎖で本棚に繋がれていた。上書き不可。強固なプロテクト。 

「読むだけなら……」ナンシーが囁く。大冊が開き、膨大な文字列が彼女のニューロンへと流れ込んできた。ナンシー論理肉体は、ZBR覚醒者めいて大きく目を見開く。膨大な文字列は発光する緑色の球体と化して、高速回転しながら彼女を包むと、ソーマト・リコールめいた無数の映像を生み出した。 

 旧世紀めいた画質。てんからくWW2、アポロ計画、あるいは謎めいた映像のモンタージュな。てんからくだるあまくノイズめいた文字列干渉。メガトリイ社の紋章とBGM。黒ブチ眼鏡の男が、てんから諦観に満ちた顔で何かを読み上げる。背後の壁には数十個の世界時計と巨大なスーパーUNIX。 

 監視カメラ映像。てんからくだるあま年号は199912312359。連鎖爆発するUNIX。てんから死に行く科学者たち。報道映像。噴火するフジサン。崩落する山頂の大トリイアンテナ。世界規模の混乱。磁気嵐。男が再び。先程よりも痩せ衰え「メガトリイ月面基地生存者残り3名。孤立。孤独」

 ナンシーは大宇宙の虚空の中にひとり、命綱もなく放り出されたかのような恐怖を味わった。映像が凄まじい速度で巻き戻る。「我々はベストを尽くします」自信に満ち溢れた男の顔。「月面基地と人口衛星リレイ網で、メガトリイは新たなインターネット秩序を定義します。そして法の守護者となります」

 再びジャンプ。「繰り返します、スーパーUNIXが想定外の事態を弾き出しました。我々がグレゴリオ暦2000年の夜明けを迎える事はない。1999年12月31日。日付切り替えと共に全世界のUNIXが連鎖的誤動作を起こしオーバーフロー可能性。世界秩序の崩壊」「我々は切断し」「否」 

 激しいノイズ。磁気嵐。「月面ジェネレータ崩壊!」「何故インターネットは未だ動いている!」「……我々は孤立無援だ」男の後ろではスーパーUNIXが黙々と演算を続け、色とりどりの丸ランプを明滅させ、パンチドテープを吐き出す。ペケロッパカルトの伝説にある真の母なるUNIXの神めいて。

『アブナイ』ナンシーの視界全面に、ニンジャスレイヤーからの警告がレッドアラートめいて明滅した。ナンシーは強引にデータの吸い出しを中断した。『アルゴス=サン、焼け』マスターマインドのIRCが飛ぶのが感じ取れた。ナンシーは書物を放り捨て、走った。ジャンプするために、地平の端へと。

 彼女はここが何処かを直感的に悟っていた。コトダマを残すために、フジキドの端末へと返信する。「アマクダリの機密サーバは月にある!そして……」彼方に地球が見えた。彼女はジャンプしようとした。だが月よりも巨大なアルゴスが腕を組み、宇宙空間に浮かび、彼女を後方から見下ろしていた。 

「メガトリイ社の遺産、月面機密サーバ、それそのものが、アルゴス……!」ナンシーは渾身のタイピング速度で、切断ジャンプを試みる。だがアルゴスは逃がさない。アルゴスの目から衛星軌道レーザーめいた光柱が放たれ、それは地球に向かって亜光速ジャンプするナンシーの論理肉体を包み込んだ。 

 

◆◆◆

 

 DOOOM!DOOOM!DOOOOOOM!完全包囲されたナンシー艦へ、立て続けに艦砲射撃とミサイル弾が命中する。無人空母の黒い装甲を砲弾が突き破り、コールタールめいた冷たい海水が内部に流入する。ひときわ大きな水柱。貫通。暗黒の海の中へ、沈んでゆく。なおも攻撃は止まぬ。 

 遥か後方に沈み行くナンシー艦を背負いながら、死神は鬼気迫るカラテで敵を圧倒し始める。ピストルカラテの動きに順応し始めているのだ。ナンシーを援護せねば!「イイイヤアアアーッ!」連続カラテストレートを繰り出す拳は裂け、血が滲む!「ヌウーッ!」防戦一方に追い込まれるハーヴェスター!

 そしてついに、ニンジャスレイヤーのジゴクめいた中段トラースキックがハーヴェスターの脇腹を捉えた!「イヤーッ!」「グワーッ!」痛烈!ショック吸収ベストに守られた肋骨がミシミシと軋む!キリモミ回転しながら弾き飛ばされるハーヴェスター!滑走路上の戦闘機に背中から激突!「カハーッ!」

 だがザンシンを決める暇も無し!戦闘可能状態へと復帰したマスターマインドがブースター突撃を繰り出して介入!ZZZOOOOM!「イヤーッ!」死神はこれをジャンプ回避しつつ、アーマー破壊され剥き出しになった敵の頭部へと、チョップを振り下ろした!「イヤーッ!」敵はこれをカラテ防御! 

 マスターマインドとチョップ鍔迫り合い状態に入り、ニンジャスレイヤーは赤い瞳で敵を睨みつける。「忍」「殺」メンポから蒸気が吹き出す。鍔迫り合いのままマスターマインドが押し込む。「もはや無駄な努力だ!諦めたまえ!あの女ハッカーは死んだ!アルゴス=サンに脳を焼き切られてな!」 

「…ヌウウウーッ!」フジキドは全身のカラテを己のチョップ腕へ、そして足腰へと集中させる。「忍」「殺」メンポからはジゴクめいた蒸気!おお、見よ……この絶望的戦況の中でも彼は諦めぬ!そしてジャッキめいて徐々に押し返す!パワードスーツのカラテを、押し返す!「イイイヤアアアーッ!」 

「バカな!」体勢を崩すマスターマインド!鍔迫り合いを制した死神の正拳突きが、官房長官の顔面へと叩き込まれる!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」左右の連打!だがそこへスピン跳躍射撃しながらハーヴェスターが加勢!反動空中キック!「イヤーッ!」「グワーッ!」 

 BLAMN!続けざまの銃撃で、ニンジャスレイヤーの防御が崩れた!その刹那、マスターマインドが時宜を得たブースター・カラテを叩き込む!「イヤーッ!」「グワーッ!」腕を弾き胸部に命中!「イヤーッ!」間髪入れず、ハーヴェスターの反動ピストルカラテが死神の顔面に命中!「グワーッ!」 

「これが組織の力だ!これが連携の力だ!」鼻を砕かれ顔面血塗れのシキタリ官房長官は、まさに鬼の形相!渾身の力を籠め、カラテストレートを繰り出す!「イイイヤアアーッ!」「グワーッ!」SMAAAAASH!弾き飛ばされるニンジャスレイヤー!嗚呼!その「忍」「殺」メンポが……砕けた! 

 ニンジャスレイヤーは空中で半ば白目を剥き、キリモミ状態で弾き飛ばされた。凄まじいカラテ衝撃により、頭巾までもがズタズタに断裂。「妻子を失い復讐に狂った反政府凶悪テロリスト」フジキド・ケンジの血塗れの素顔が露となる。そして……アブナイ。このままウケミを取れねば、激突死可能性! 

 だがいま彼を助ける者は無し。いや、ただ独り。内なる禍々しきニンジャソウル。あの夜のようにまた、フジキド・ケンジに語りかける。そして「イヤーッ!」激突直前、ニンジャスレイヤーは両目をカッと見開き、獣めいた柔軟性で身を捻って壁を蹴り、激突回避!両目から赤く細い残光!その髪は白い!

 

◆◆◆

 

「フジキド……サン……!」ナンシー・リーはLANケーブルを引っ張られるような、不吉な胸騒ぎとともに目覚めた。彼女は霧深い海域にひとり、砕かれた船の装甲板に上半身を乗せ、漂っていた。全身が鉛のように重い。そして冷たい。時間感覚は麻痺していた。まだ脳の奥がチリチリとしている。 

 ナンシーは飛翔を試みた。できなかった。現実世界か。ならば艦隊は何処へ。ニンジャスレイヤーは。フジキド・ケンジは。アマクダリに戦いを挑んだ、2人の作戦は。「アルゴスの攻撃を受けて、それから…」重油まみれのクジラの死体が黒い小島めいて浮かんでいる。「どれだけ時間が経ったの……?」

 ナンシーは孤独に漂い、思案した。洋上に放り出された己の身の事など、思考の外だった。世界について。そしてフジキド・ケンジについて。彼は敗北したのだろうか。あるいは、恐れていた他の何かに変わり果てたのだろうか。アマクダリが勝利を収め、世界は暗黒ディストピアと化したのだろうか。 

 何故そのような思考に陥ったのか。ナンシー・リーの中の時間感覚が乱れていたからだ。アルゴスから逃げたあの時から、あたかも何ヶ月も……いや、何年も、何十年も経過してしまったような感覚が、彼女にはあった。それほどまでに世界は己とリンクを失い、ひどく遠い存在のように感じられていた。 

 不思議と、恐怖は無かった。捨て鉢でもない。意識がワンレイヤ上に昇り、己の命やニューロンが、世界と等価存在になったかのような、超然たる感覚であった。それには覚えがあった。ザゼン中毒時代の精神。ならば。彼女は目を凝らした。天を仰ぎ見た。目を凝らした。霧の彼方に黄金立方体があった。

「なら生きてる」ナンシーは力強く微笑んだ。「それほど時間は経ってない」ニューロンの時間感覚を戻す。早く戻らねば。現実世界へ。ニンジャスレイヤーに伝えねば。アルゴスの正体を。そして一刻も早く彼を支援するのだ。……だが戻れぬ。ログアウトができぬ。飛翔すらも。 

 キィ……キィ……キィ……霧の向こうから、軋んだ音が聞こえてきた。それは一隻の小さな船だった。それを漕いでいるのは、海賊帽を被ったニンジャだった。彼はナンシーを見つけると肩を揺すって愉快そうに笑った。「あなたは誰」ナンシーが問うた。「さしずめ、カロン・ニンジャよ」彼は答えた。 

「何でもいいわ、乗せてくれる?」ナンシーが船の縁に手をかける。「ヒヒッ、構わんが…ここから出たいのか。この難儀な海域から」海賊帽ニンジャは続けた。「静かにな。難儀よ」彼が指差す先、霧の彼方には、途方も無い巨人のシルエット。アルゴス。それは大きく緩慢な歩みで大海を渡っていた。 

 ギーコ……ギーコ……海賊帽ニンジャは船を漕ぎ、クジラ死体を迂回し、秘密の岩礁を抜けた。ナンシーは押し黙っていた。やがて巨人の影は深い霧の彼方に消えた。「…このまま現実世界へ。戻りたいの」ナンシーは言った。「ヒヒ……まだ解ってないとみえる。まあ、無理もない」ニンジャは笑った。 

「解ってない?」ナンシーが問う。「俺は結局、潮の流れに乗ってるだけ。あんたは引っ張られた。そして、どこに送り届けるか、航路はもう決まってる。どんな海図よりも明確に。寂しいことだがね」「サンズ・リバーを渡るとでも?」そう問うた時、二人の眼前に傾いたトリイだらけの小島が現れた。 

「さあ、とっとと降りてくれ!瓶詰めのピクルスが軒並み酸っぱくなる前にだ!」海賊帽ニンジャの男が言った。「thx」ナンシーはその言葉に従い、奇妙なトリイだらけの白い砂浜に降りた。何かその先から、LANケーブルを引っ張られるような感覚を味わったからだ。誰かがそこにいる。 

 ギーコ、ギーコ、ギーコ……船はまた霧の向こうへと消えてゆく。別れ際、海賊帽ニンジャは帽子のつばを掴み、彼女にアイサツした。「だが俺の名前はカロン・ニンジャではない。俺はコルセアだ」その声を後ろに聞きながら、ナンシーは白砂の小島を歩いた。白砂と乱立赤トリイしか存在しない島を。 

 ナンシーは秘密のサーバ領域を踏み超え、何者かの存在を感じ取った。覚えの無いハンドルだ。複雑に交差する赤トリイの下、深い霧の中にふたつの人影が浮かんでいた。ナンシーはなおも進んだ。霧が晴れた。そこには、サラリマンめいたアルビノの男と、ユンコと良く似た無表情な少女が立っていた。 

「ドーモ、はじめまして」アルビノの男は礼儀正しくオジギし、名刺を手渡した「私の名前はエシオです。ピグマリオン・コシモト兄弟カンパニーのエージェントをしております」「ドーモ、はじめ…まして」ナンシーはオジギを返し、少女を一瞥した。やはりユンコではない。何かが決定的に違っていた。

 ナンシーはまず訝しんだ。何を?何もかもだ。エシオと名乗るスーツ姿の男、そして謎の少女……おそらく両者ともにコトダマ空間認識者だ。さらに、このトリイ領域……このドメインの支配者は彼らであり、あたかもサンクチュアリめいてアルゴスの監視の目を逃れている。彼女は直感的にそう悟った。 

「ここに引っ張ってくれたのね?」ナンシーが問う。「そうです。正確に言うならば、我々はPINGを送っただけですが。実際危険な状況でした」「ありがとう、でも何故?」ナンシーは再び、様々な意味を込めて問う。「それは」エシオが和やかに言う。「ナンシー=サン、あなたのIRC発言です」 

「アルゴスの正体とメガトリイ社の遺産に関する……?」「その通りです。その2つが、弊社ピグマリオン・コシモト兄弟カンパニーの最大関心事です。実際、あなたがアルゴスに対しアタックを仕掛けている兆候は掴んでいました。あなたが読み取った月面サーバの情報の一部……それを共有頂きたい」 

 エシオはそう言い、改めてオジギした。隣にいる少女は無表情のまま、ナンシーを観察しているようだった。「助けてもらったうえで断るのは気が引けるけど」ナンシーが言う。「納得のいく説明と情報をもらえるなら、考えるわ」「もっともです。弊社はあなた方と良好な協力関係を築けると思います」 

「弊社の歴史についてご案内します、これは本来社外秘です」エシオが両手を広げ、プレゼンを開始した。いくつものノイズ混じりのイメージが、傾き崩壊しかけたトリイ群の中に浮かんだ。「弊社が何故アルゴスおよび月面基地サーバに興味を抱くか。その理由は、弊社と同じテックの祖を持つからです」

 ナンシーは突風めいた01が全身を吹き抜けるのを感じ、目を見開いた。凄まじい量の情報が彼女の論理肉体を通過し、美しいブロンドを後方へ吹き流す。「つまり、あなたたちは」エシオの思考がパルスとなり同時共有される。「ハイ、地球に残され秘匿された、メガトリイ社AI開発部門の遺児です」 

 展開される旧世紀イメージの中に、A.R.G.O.Sと刻印された巨大なメインフレームと、その周囲で誇らしげに腕を組むメガトリイ社技術者たちの顔が一瞬映った。「アルゴスは……人工知能なの?」「ハイ、我々の親たる世代がプログラミングしたものです。そして彼に男性格と人格を与えました」

「親たる世代」ナンシーは、月面サーバから読み取った黒ブチ眼鏡の男の表情を想起し、目の前にいる男との間に、いくらかの形質的一致を見た。エシオは残念そうな表情を作り、小さく頷いた。「ともあれ、地球で育った我々は、月面における仲間の全滅を知りました。物理的には到達できていませんが」

「弊社はアルゴスと月面サーバ、そして衛星網も全滅したと考えていました」エシオは再びサラリマンめいた表情に戻る。「しかしつい先日、アルゴスなる謎のアマクダリ・ハッカーニンジャがIRC上に出現したのです。弊社は推測しました」「そして私が、その正体を突き止めたってワケね」「ハイ」 

「あなたたちの目的は何?アルゴスの奪還ね?」「実現可能性は低いですが、それが最も理想的なシナリオです」「そして何をするの?」「まだ考えておりません」エシオは屈託なく笑った。「考えていない?まさか」「未だ見当もつかないと言った方が正しいかもしれません。ただ、少なくとも」 

「少なくとも?」ナンシーは唾を呑んだ。脱出間際に月面サーバから辛うじて持ち出した機密データの断片、そして恐るべき暗黒管理社会の完成予想図が脳裏を過った。「……弊社はアマクダリの協力者にはなり得ません。彼らが実行しようとしているであろう“再定義”は、弊社のポリシーに反します」 

 再定義。その不気味な単語が意味するものを、ナンシー・リーは理解していた。それこそが、彼女の盗み取った機密データの内容だからだ。しかし未だ不完全ではあった。彼らと共有することによって補完が可能やもしれぬ。だがその前に確かめねばならない。本当に彼らは……信用に値する味方なのか? 

「エシオ=サン、これが共有を決断する為の決定的な質問になるわ」ナンシーが言う。論理肉体の掌に汗が滲んでいる。「何故あなたたちは、再定義を望まないの?」「理由は単純です。弊社の人工知能プログラムを含む、多くの可能性が虚無に帰すからです」「やはり崩壊するのね?」「ハイ、高確率で」

「つまりそれがポリシー?可能性や多様性を守る事が?」「より率直に言えば」エシオは隣の少女を一瞥した。「我々は何にも増して、弊社の子らを残そうとします。たとえ、親や祖父の築いたシステムと対立しようとも」「何故?」「名は体を表します。弊社名をご参照ください。ポリシーがあります」 

「メガトリイ社とは違うという事?」「我々はピグマリオン・コシモト兄弟カンパニーです」アルビノの男は静かに言った。ナンシーは少女とエシオを交互に見、深く思案した。そして己の胸の前で、両手を向き合わせた。内側に不完全な情報キューブが形成され、彼女はそれをエシオに対し静かに投げた。

 エシオもまた同様のコマンドを実行した。互いに向かって投げ渡された2つの不完全情報キューブが、中間地点で静かに衝突して対消滅したかと思うと……次の瞬間、小さな点から凄まじいデータの激流が外側の全方位へと放射されて、彼らを包み込んだ! 

「再定義」「インターネット再定義」「アルゴスとメガトリイ社の遺産があれば」「それを成し遂げられる」「アマクダリは既に」「世界全土に」「通信基地を建造」「再定義」「それにより起こるもの」「Y2Kの再現」「再度の大規模なUNIX爆発」「ポールシフト」「磁気嵐消滅」「でも何故?」 

「待って……解ったわ」ナンシーは自ずと悟り、青ざめた表情で言う。意識をワンレイヤー上に昇らせた彼女ですら、その事実に愕然とした。「YK2で偶然開いたIRCとコトダマ空間……オヒガンとのオーバーラップを」「人類のテック進歩が掘り当ててしまった豊穣なる海とのリンクを」「閉ざす」 

「Y2K以降に誕生した全オーバーテックが」「存在機能不全を起こし」「爆発もしくは消滅」「未曾有の災害」「その先にあるもの」「コトダマ空間がもたらしていた不条理も可能性も発生し得ない、秩序の世界」「完全に制御された世界」「でも、それを制御するのは」「アマクダリ・セクトのみ」 

「アマクダリを止めなくちゃいけない、何としても」ナンシーは言った。再定義によるオーバーテック崩壊……エシオの推論は……実際起こる被害規模は不確かだ。実際起こるその時まで、誰にも解るまい。だが少なくともアマクダリは、それで何が起ころうと、誰が苦しもうと、全く意に介さないのだ。 

「ハイ。先程、まだ何も考えていないと言いました。次第に考えるのです。世界への影響などを。それが本来あるべき姿勢だと弊社は考えます。荘厳なテックと対峙した時に示す、ある種の敬意」エシオは言った。彼らはやはり得体が知れず、その理念はどこか歪で異質。だが少なくとも共通の敵を持つ。 

「アマクダリの横暴と戦わなくちゃいけない」ナンシーは拳を握った。物理世界では未だニンジャスレイヤーが戦い続けているに違いない。一刻も早く彼を支援せねば。そしてこの事実を伝えねば。「まず私の意識を物理肉体に戻すわ。手伝って」「我々はベストを尽くします、ですが…」エシオは言った。

「でも……何?」ナンシーの脳裏を不安が過る。「ナンシー=サン、あなたの物理接続は既に切断されているようです」「切断?」「ハイ、物理的に、LAN直結が。あなたは現在、ソウルワイヤードな状態にあります。……シツレイ、これは社内用語でした」「つまり、精神が」「切り離されています」 

 ナムアミダブツ!UNIXとの接続が切断されているのに、彼女の意識はコトダマ空間に残り続けている?だがナンシーは、その疑問の答えについて既に予想がついている。彼女にはそのような経験が過去にあるからだ。だが皆目見当がつかぬ疑問がもうひとつ……「誰が私のLAN直結を解除したの?」 

「私にも確かなことは、解りません。ニンジャスレイヤー=サンではないのですか?」「ええ、有り得ないわ」「……あなたはオナタカミ社無人艦の中に潜んでいたのでは?その撃沈による肉体の破損……」「違うわ。あれはデコイよ」「では、あなたの物理肉体はいま、どこに?そして、誰が解除を?」 

「私ははじめから、キョウリョク・カンケイ内部から接続し、モーターチイサイを無人艦に載せて、偽装接続していたのよ」おお、ナムサン!彼女の物理肉体はオナタカミ無人艦の中には存在しなかったと!?では、果たして誰が彼女のLAN直結を解除したのか!?果たしていかなる高次存在の介入か!?

 ……キョウリョク・カンケイの最深部……かつてオムラ社などの手によって2隻のオイラン級サイバー空母が強引に接合され空前絶後の洋上要塞が誕生した時に生まれ、忘却された、ケオスの胎内の如き秘密の接続ポイント……。そこに、ハッカー崩れの見すぼらしい男がいた。 

 ハンドルネームはミスター・ハーフプライス。彼の手は恐怖と混乱に震えていた。彼は脳を焼かれかけていた女ハッカーを偶然発見し、切断したのだ。一秒でも遅ければ、彼女の脳は死んでいた。咄嗟の判断が正しかったのか、まだ解らなかった。「……どうだい、モナコ。俺は涼しいかい?涼しいよな」



 10101450。ゴウト・ニシムラは、頭から血を流して気絶し、艦内回廊の壁にもたれかかっていた。非常LEDボンボリ灯が、あちこちで目まぐるしく回転していた。 

「……何だこりゃ、チクショウ」ゴウトはゆっくりと目を開いた。酷い頭痛だ。白いワイシャツは乱れ、自分の血でべっとりと濡れている。頭を銃底で殴られたのだ。誰に?オナタカミ・マリーンだ。だが今、彼の近くには、額にスリケンの突き刺さったオナタカミ・マリーンの死体が何体も転がっていた。 

「……何だこりゃ」ゴウトは合成トロ粉末を吸引し、瞳孔を開いた。ニューロンが加速し、乱れた記憶を繋ぎ合わす。……ゴウトはこの艦に床屋として乗り込んだ非合法ジャーナリストだ。ミスター・ハーフプライスと同盟を組んだ彼は、スキャンダルをスッパ抜くべく、官房長官の居室に単身潜入を試みた。

 実際チャンスではあった。折しも、オナタカミ無人艦がハッキングを受け、艦隊は非常事態下にあった。ゴウトは詳細など知る由も無かったが、混乱に乗じようと無謀な賭けを行ったのだ。だが彼の潜入作戦はあえなく失敗。精鋭部隊オナタカミ・マリーンに見咎められ、誰何のうえ囲んで殴られたのである!

「ザッケンナコラー!」「スッゾコラー!」オナタカミ・マリーンの恐るべき怒号と振り下ろされる銃底がニューロンに蘇り、ゴウトを小さく身震いさせた。再び頭がズキズキと痛んだ。彼の左手の指は2本が安物のサイバネ義肢に置き換えられている。ドジを踏み、ヤクザクランにケジメされた時の痕だ。 

 だが今回、如何にしてか、ゴウトは窮地を脱した。「何が起こった……」彼はこめかみを押してサイバネアイの記録映像をサーチしつつ、立ち上がった。そして周囲の死体を観察する。彼らの額から流れる緑色のバイオ血液は徐々に酸化し、どす黒い赤へと変わってゆくところだった。「バイオ血液……?」 

 彼はおもむろに、オナタカミ・マリーンのサイバーグラスを外した。1体目。2体目。3体目。全て同じ。その顔はまるで3つ子!「まさか、クローン……」さらにジャケットを剥ぐと、首の後ろには製造番号とバーコードが刻印されている!ナミアミダブツ!「こいつら……クローンヤクザかよ……!?」 

 ゴウトは、ヨロシサン製薬がクローンヤクザを秘密裏に商品化し、暗黒メガコーポ群に流通させている事を既に知っていた。だが、まさか湾岸警備隊にまでとは!そして、それだけではない……!「スリケン……?」ゴウトはその鋼鉄の殺戮武器に触れた。それはザラザラと重く、冷たく、血に塗れていた。 

 次の瞬間、ゴウトは思わず叫んだ!「アイエエエエエエ!」サイバネアイの記録映像が偶然にも、現在の座標と全く同じ視点で重なり合ったからだ。恐るべきカラテシャウトを伴って!『イヤーッ!』『『『アバーッ!』』』記録映像の中には赤黒のニンジャ!投擲されるスリケン!即死するクローン海兵! 

「ニンジャ……ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」ゴウトは混乱状態に陥った。記録映像に乱れが生ずる。恐らく一度気絶したのだろう。だが必死で抗うように目を開き……再開した。今後は、先にある回廊の突き当たりで、先程の赤黒のニンジャが戦っている!パワードスーツを纏った別のニンジャと! 

 奴は何者だ。アップされる顔。メンポに禍々しい書体で刻まれた「忍」「殺」の文字。「忍」「殺」。「忍」「殺」。「忍」……「殺」!ニューロンの中で何かが爆発した!頭の中で、点と点が結びつくのを感じ取った!明け方近く、彼が寝ぼけ眼で偶然視聴していた、ノイズまみれの報道特番映像……! 

 (((……「ご覧ください!ネオサイタマ中が混乱の只中に!旗!旗……なんと、旗!」……)))空撮レポーターの声が頭の中で響く!そして網膜の奥底、無意識下に確かに焼き付けられた、「忍」「殺」の旗……!メンポと同じ!ニューロンの中で連鎖爆発が起こり、脳内物質が止め処なく湧き出す! 

 恐怖は拭い去られた!わけのわからぬ高揚と衝動が、胸とニューロンの奥底で脈打ち、爆発する!「ニンジャ……!」ゴウトは走った!前方の回廊、激しいカラテとプラズマ弾で破壊された壁に向かって。猛烈な風が外から吹き付けてくる。彼は手すりを掴み、身を乗り出し、遥か斜め下方の甲板を見た! 

「「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」」そこにはニンジャが!壮絶なカラテをぶつけ合う2人の男が!「ニンジャ……!」ゴウトは目を見開き、言葉を失った。ただニンジャとしか言えなかった!KA-DOOOOOM!49cm連装砲の轟音!ゴウトは衝撃波にあおられ転落しかけ、体勢を立て直す! 

「……ニンジャ!」激しい感情の爆発が押し寄せ、ゴウトは涙を流し笑みを浮かべた。ニンジャの動きは速すぎ、彼はサイバネ視界内で同時にスロー再生を行った。一者は顔を露出させていた。それはパワードスーツを纏うシキタリ官房長官であり、ニンジャであった!もう一者は赤黒のニンジャであった!

 それはNRSの一種であろう。ニンジャ研究家が恐るべき真実を目の前にした時、恐怖を塗りつぶすほどの知的好奇心の連鎖爆発が生ずることがある。ゴウトの脳内でも、彼がこれまでに積み重ねた人生と怒り、そして10月10日の謎めいた数々のピースの符号により、凄まじい爆発が生じていたのだ! 

 ジャーナリストの勘が疼く。何かが起こっている。サキハシ知事の緊急手術。放送事故直後に暗殺されたカラカミ社CEO。続くタダオ大僧正暗殺。指名手配されたテロリスト、フジキド・ケンジとナンシー・リー。掲げられた謎の「忍」「殺」旗。ハイデッカー最高司令、ムナミ・シマカタの緊急入院。 

 どれが真実だ?どれが欺瞞だ?ゴウトの瞳孔が開き、脳神経がブーストする。……「忍」「殺」の旗。「忍」「殺」の旗だ!TVはあれから一度も「忍」「殺」の旗について言及していない。放送事故として封殺されたのだ。暗黒メガコーポ……あるいは政府筋の圧力を受けて封殺されたに違いない……! 

「なら、あいつは……何者なんだ!官房長官を殺そうとしているあの男は!」(((……オイ!人々、そろそろ起きろ!爪先を見て、上を見ろ!欺瞞と洗脳電波を垂れ流すブルシットNSTVは、KMCレディオがジャックした!聞け、アマクダリ……!)))昨夜の放送事故で発射されたノイズが重なる!

 サイバネ視界に、昨夜の放送事故映像が割り込む。タニグチを背負う赤黒い影。一瞬のノイズめいて。もしやあれも、ニンジャ。ゴウトは叫んだ。……世界を揺り動かすような陰謀だ……!ひとつではない。いくつもの陰謀だ!それが今、ぶつかり合っている!それを、俺のニューロンが感じ取っている! 

 ZZZOOOOM!一機のステルス輸送機が凄まじいスピードで飛び去る。そこから新手のニンジャが飛び降り、赤黒のニンジャに対しトビゲリを決めた!「イヤーッ!」「グワーッ!」響き渡る壮絶なシャウト!「オイ、どうなるんだ!どうなっちまうんだ!」ゴウトは頭から目に流れ込む血を拭った!

 ニンジャたちは何かを叫ぶ。だが彼の耳は49cm砲の砲声に聾され、何も聞き取れぬ。ただ壮絶なカラテシャウトだけが、空気をビリビリと震わせ心臓を揺らすのみ!官房長官は息を吹き返し、赤黒のニンジャにカラテを叩き込む!SMAAAASH!「忍」「殺」メンポが砕け、フジキドの顔が露に! 

 −−−「あなた、いつも一人で熱くなって。ほとんどサイコよ」マヨミは言った。「もう、ついていけないの。子供も生まれるかもしれないのに」「子供が生まれるからこそだろ!カネが要るんだろ!だからサエた番組作って、ロックスターみたいに世界をアッと言わせて、デカく稼ぐしかないんだよ!」 

「違うのよ」「そうしなきゃ、永遠にマケグミだって解ったんだよ.。俺も、俺の子も、その子も!」ゴウトは叫んだ。逆にマヨミの表情はどんどん冷たくなった。「違うのよ。無難にサラリマンで、オカネを稼いでくれたら十分なの。できるでしょ?あなた、アタマいいんだし、器用に生きれるでしょ?」

 −−−「……感想?クソですね。こんな視聴者をバカにしたようなスカムクイズ番組はやめて、俺が提案した報道特番にしましょう。ヤンバナ・サシミ社の闇を暴け……これですよ!やるなら今だ!」連日連夜のバリキ夜勤で深い隈を刻みながらも、ゴウト・ニシムラは熱っぽく、会議室の面々に語った。 

「この時代、報道特番のほうが断然クールですよ。昔あった、NSTVのドキュメンタリ特番……覚えてます?タナカスター社の電脳麻薬の……。あれは最高でしょう。やりやがったな、って感じですよ。あれを見て俺は、TV業界入りを決めたんです。大丈夫です、対抗企業をスポンサーにつけて……」 

「……キミ、全員に展開されたIRCはちゃんと読んだのかね?」制作部長がオチャを呑みながら言う。「あのクイズ番組は、モロタミ副社長のお孫さんが企画した記念すべき初作品なんだぞ。彼はこの春入社したばかりの、期待の超新星だ」「「「最高に面白かったです!」」」他の社員らが拍手する。 

 −−−12歳のゴウトは教室でドゲザしていた。斬新かつクールな解法を思いついて算数の問題を解いたが、それは教科書に載っていないハックじみた解法だったため、クラスの調和を乱したとして、教師にドゲザを強いられた。彼は何故それが良くない事か理解できなかったし、今も理解できていない。 

 −−−「ワーオ……そいつは」ゴウトは重役用監視カメラを一瞥した。他の社員たちは声にこそ出さないが、彼にケジメを強いている。そのようなアトモスフィアだ。いつも彼を庇ってくれたタワダ主任すら、苦々しい顔で下を向いている。ゴウトは堪え性が無かった。「クソですね」彼は中指を立てた。 

 −−−「器用に生きろって、俺に死ねって言ってンのか?」「そんな事言ってないわ」「魂が死ぬんだよ」「もっと大人になってよ。バクチみたいな事はヤメテ。失敗してムラハチされたり、暗黒メガコーポに目をつけられなくても、次はどう?その次は?勝ち続けられるの?テイネン後の事考えてるの?」

「ああ、マヨミ=サン」ゴウトはハッと真顔になって言った。「俺はそんな先の事まで、考えない。だから辞めたんだ、あのクソ会社を」「ナンデ?」「世界は目まぐるしく変わってるんだ。だからその都度、頭をひねって考えりゃ……」「世界は変わってないわよ。変わるとしても、もう悪い方にしか」 

「マヨミ=サン……違う、俺は……!」「あなたには、チャンスを掴むほどの才能は無かったじゃない。もうヤメテ」「俺は……ジャーナリストとして……!なあ、この世界がクソだって思ってないのかよ?!それを伝え……」「いいから、もう別れましょう。そして、オカネをください。この子のために」

 SMAAAAAASH!ニンジャスレイヤーは空中で半ば白目を剥き、キリモミ状態で弾き飛ばされた。凄まじいカラテ衝撃により、頭巾までもがズタズタに断裂。反政府凶悪テロリスト、フジキド・ケンジの血塗れの素顔が露となる。そして……アブナイ。このままウケミを取れねば、激突死可能性! 

 だが今、彼を助ける者は無し。否……ただ独り。内なる禍々しきニンジャソウル。あの夜のようにまた、フジキド・ケンジに語りかける。そして「イヤーッ!」激突直前、ニンジャスレイヤーは両目をカッと見開き、獣めいた柔軟性で身を捻って壁を蹴り、激突回避!両目から赤く細い残光!その髪は白い!

「出おったか、オバケめ!」ハーヴェスターはまっさらの二丁拳銃を新たに引き抜き、フルオート連射の弾幕を張る!BLAMBLAMBLAMBLAMBLAM!だがニンジャスレイヤーは赤黒い風の如く銃弾を回避し接近!「コワッパめが!」壁を蹴って跳躍し、ハーヴェスターの側面へ!ハヤイ! 

 ニンジャスレイヤーの腕が黒い炎を纏う!首を撥ね飛ばさんとする跳躍回転チョップ!「イヤーッ!」ハーヴェスターはこれをブリッジ回避。だが次の瞬間には、着地したニンジャスレイヤーが燃え盛る右手で彼の顔面を掴んでいた!「イヤーッ!」そのまま後頭部を甲板へ叩き付ける!「グワーッ!」 

 大きく仰向けで浮き上がったハーヴェスター。これを一気にカイシャクせんとするニンジャスレイヤー。だがそこへ「イヤーッ!」官房長官がブースター突撃介入して阻止!「ヌウーッ!」咄嗟にガード姿勢を取るも、質量差によって押し切られる死神。そのままマスターマインドとのカラテ攻防に入る! 

「「イヤーッ!イヤッ!イヤーッ!」」真正面から激突するブースター・カラテと暗黒カラテ!「イヤーッ!」キックを弾きカラテストレート連打の好機を掴む!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」強い!だが死神の腕を覆う黒い炎は勢いを減じ、ブスブスと煤めいた粉を散らす!

 果たして何が?……疲弊である。今日の作戦の中で、彼の肉体は限界を超えて酷使され続けてきた。いかなネオサイタマの死神とて、肉体の限界は存在する。だがフジキドはなおも、残された燃料を絞り出すように、己の魂の欠片を炉に焼べるように、黒い炎を生み出すのだ!「イヤーッ!」「グワーッ!」

 仰け反ったマスターマインドの脳天めがけ、必殺の跳躍チョップを繰り出さんとするニンジャスレイヤー!「イイイヤアアーーーッ!」だがそこへハーヴェスターが介入し、吸着小型グレネード・マキビシを投擲する!「イヤーッ!」「グワーッ!」KBAM!KBAM!KBAM!小爆発が死神を包む! 

 次の瞬間には、小爆発の中から襤褸布の塊めいた死神が現れ出で、敵の胸板めがけヤリめいたキックを叩き込む!「カハーッ!」ハーヴェスターは防御姿勢も取れず弾き飛ばされた!ワザマエ!だがフジキドの動きは常軌を逸し、関節部の壊れかけたジョルリを操り主が強引に動かしているかのようだ! 

「「イヤーッ!」」再び死神はマスターマインドとカラテ激突!薬物心臓注入で復活した官房長官は、痛みすら感じず、捨て身のカラテを打ち込み続ける!「ここが君のオブツダンだ!安心してジョウブツするがいい、哀れな復讐鬼よ!我々が築く新たな秩序の中では、君のような犠牲者は生まれ得ない!」

 SMAAAASH!拳と拳が真正面から激突!絶望的戦況の中でも、なおも押し負けぬニンジャスレイヤー!何たるカラテ!フジキドの胸の奥で、新たな憎悪の炎が燃え上がる。鍛え直された憎悪が!「オヌシらは犠牲者が悲鳴すら上げられぬ世界を作ろうというのだろう、ニンジャの力によって……!」 

「ならばどうする!君は世界をどう変えたい!その大志も覚悟も持たぬ臆病者に、アマクダリは殺せぬ!」シキタリの眼が狂気じみた信念に輝き、フジキドと睨み合う!だが鍛え直されたフジキドの憎悪は、もはや揺るぎなし!「殺せるのだ!オヌシらニンジャは、独りとして生かしておかぬ!イヤーッ!」

 SMAAAASH!ナラクの炎を纏ったカラテストレートが官房長官のパワードスーツ胸板へ痛烈打!「グワーッ!」装甲がひしゃげ、塗装面が無数のパーティクルとなって水平飛散!「イヤーッ!」「グワーッ!」さらに連撃!オナタカミ社製最新鋭パワードスーツの装甲を砕く!砕く!!砕く!!! 

 だが官房長官もひるまぬ!既に彼自身も肉体の限界を超えながら、ブーストカラテキックを繰り出す!「イイイヤアアアアアアーッ!」「グワーッ!」ガードの上から弾き飛ばされるニンジャスレイヤー!空中で身を捻って回避!そこへハーヴェスターが復帰し、死神を再び挟み込む形で向かい合った! 

 遠く離れた場所から、ゴウトはそのイクサを見ていた。言葉を聞き取る事はできぬ。ただ壮絶なカラテを感じるのみ。どちらが正義で、どちらが邪悪なのか。テロリストなのか、官房長官なのか。それは解らぬ。解ろう筈も無い。ただ、もどかしさと、何かをせねばならぬという爆発的衝動だけがあった。 

 ゴウトは一瞬だけ怖じ気づいた。自分はまた、あの夜と同じように独りで熱に浮かされ、取り返しのつかない暴走をしようとしているだけなのでは。そうだ、ゴウト。このヤマはヤバ過ぎる。カネどころか破滅を呼び込むぞ。ネオサイタマの闇は巨大すぎる。お前の出る幕ではない。お前はもう年老いた。 

『どうした、強い人』ハーフプライスからIRC。正確には、ゴウトがそれに気づいた。彼は何分も前からIRCを受信していたが、ニンジャ光景に気を取られ、ミスしていた。『ああ……ああ……殴られ過ぎで俺はついにイカれちまったのかもしれないが……ニンジャなんだ』『おおよそログで既に拝聴』

 ゴウトはIRCを見た。彼の言葉は全てIRCで同時にタイプされていた。ログを遡る。『そっちにはフジキド・ケンジ、こっちにはナンシー・リー』『一体何が』『成り行きで助けた。おかげで窮地。身動き不能。涼しいだろ』『ミスターハーフプライス=サン』『何?』『あんたも相当命知らずだな!』

 ハーフプライスが指を震わせながら笑った。記憶の底に封印していたニンジャの恐怖が蘇り、彼を震わせていた。だが彼はかつて一度それに勝利したのだ。『ツーアウト満塁だ』そして問うた。『どうやってカネにするんだ。できるのか強い人?』『ああ、できる』『ヤバすぎて買い手が付かない了解?』 

『丸ごとじゃあデカすぎる。情報をサシミみたいに切り刻んで、小分けにして、別々の相手に売ればいいのさ。だからカネになる。ヤバいくらいのカネになるさ』ゴウトが殆ど閃きのように返した。『涼しいね。なら作戦続行だ』ハーフプライスが息を吹き返したように言った。『すぐに走るんだ、強い人』

 

◆◆◆

 

 IRCコトダマ空間に構築された、トリイ廃墟の小島。そこに立つのは、ナンシー・リー。ピグマリオン・コシモト兄弟カンパニーのエージェント、エシオ。そして彼の横につきそう、電子的アトモスフィアの少女。「……いったい誰が、私のLAN直結を、解除したの……?」ナンシーが繰り返した。 

「高次存在の介入かもしれません」エシオが事も無げに言った。「それ、本気?」「そのくらい、予想がつかないのです。我々はけっして、全能の存在などではありません。安心させられず申し訳ありませんが。いずれにせよ、あなたの物理肉体は、我々の誰も知らぬ、どこかの誰かの手に委ねられた」 

「状況は理解したわ、私はいつ消滅したっておかしくない」ナンシーは頷いた。「じゃあ、どうするの?」「アルゴスに挑んでみませんか」エシオは言った。ナンシーは己のニューロンを疑った。「アルゴスに、挑む……?」「再度のアタックが必要です。盗み出した情報断片は不完全だからです。それに」

 エシオは続ける。「アルゴスが月面に実際存在し、キョウリョク・カンケイからの接続速度が最も速いと仮定した場合……そしてあなたが消滅してしまった場合……弊社はアルゴスを沈黙させる手段を永遠に失うでしょう。弊社はあなた方のように物理的な無茶ができない」「具体的な対抗策はあるの?」 

「僭越ながら、弊社が全力でサポートいたします。私と、彼女で」「ヨロシクオネガイシマス」電子的な少女は屈託の無い笑顔でオジギした。ナンシーはその少女に対してWHOISを飛ばした。頭上には「ネコチャン」と表示されていた。コトダマ空間認識者か否かは、やはり解らなかった。 

「ま、信用するしか無いわよね」ナンシーは肩をすくめた。「ハイ」エシオが頷く。「我々は生き残りを賭けていますから」「お互い様ね」ナンシーは上空を睨み、屈伸運動を開始する。額から汗が滴る。三者は、門の彼方にある同じ一点のIPアドレスを見据え、ザゼンめいたPING同期に入った。 

 三者は並んで立ち、飛翔する好機を待つ。「この秘密ドメインは、いわば弱々しい庇です」エシオが警告した。「この島を覆う霧のドームの先は、アルゴスから降り注ぐ土砂降りの01スキャニングの豪雨。出れば瞬時に見つかります。豪雨の中を濡れずに飛翔するには」「それを上回るタイプ速度が必要」

「我々は必ずあなたより遅い」「それなら尚更、完全に3人のPINGが同期した周期を狙う必要がある」「さらに、アルゴスの01スキャニングの雨が最も弱まる一瞬を見極めてください」「4つの周期を重ねるわけ?私の精神力と肉体が持つ事を祈ってて」ナンシーは肩で粗く息をし、額の汗を拭った。

「彼女がアルゴス内部に到達できれば、可能性があります」「やってみるわ」ナンシー・リーは論理肉体の両の拳を握り、斜め上方の彼方にあるIPアドレスを見据える。チャンスは一度きり。あたかも狙撃手だ。時間は無制限ではない。ナンシー・リーは歯を食いしばり、鼻血を垂らし、それを拭った。 

 

◆◆◆

 

『すぐに走るんだ、強い人』ミスター・ハーフプライスはIRCを送信した。両手は小動物めいて小さく震える。『走れって、何処へだ!?』ゴウトからの返信。『そこを離れろ、オナタカミ・マリーンが艦内のハッカーを探して重点巡回』『アシがついたってのか!?』『つまりはこの先客のハッカー』 

「ザッケンナコラー!」「スッゾコラー!」回廊を進むオナタカミ・マリーンの怒号と軍靴が聞こえてくる。天井から垂れ下がる無数のLANケーブルで入口を覆い隠された、この隠しハッキング小部屋のすぐ近くへと!ナンシー・リーは彼の横でぐったりと気絶したまま動かず、PINGも返さない! 

「ジーザス、ファッキン、クライスト!」ゴウトは神を罵りながら、艦内を必死で駆け抜ける!世界を揺るがすほどの映像データを脳内に抱えたまま!「ナンオラー!」「ダッテメッコラー!」ヒヤリ!オナタカミ・マリーンの巡視部隊は、ゴウトを発見することなく官房長官居室方向へ前進! 

『どこかの端末から接続できるか、強い人』ミスター・ハーフプライスは口元に手を当て、息を殺したまま、ゴウトに指示を送る。マリーンの突撃銃に備わった小型ライトが闇をせわしなく切り裂き、時にLANケーブルの隙間を抜けて、細く鋭いナイフめいた光の筋となって彼とナンシーの肌を撫でる。 

『何をすりゃいい!?』ゴウトはザゼン室の横を駆け抜け、壁の埋め込みUNIX端末の前から問う。『ハンドルはYCNAN2、基幹システムIRCにログイン試行な』『パスは?』『無い。無茶苦茶で可』『ただの偽装って事だな!』ゴウトは瞬時に察し、血塗れの手でUNIXキーをタイプする! 

『YCNAN2でログイン失敗!YCNAN2でログイン失敗!YCNAN2でログイン失敗!畜生、まだか!もっとか!?』ゴウトは尻に火がついたような表情でキーを叩く!いつ巡視部隊が来るか解らぬ犯行現場!『もっと』『YCNAN2でログイン失敗!』ブガー!ブガー!ブガー!端末がロック!

「ナンオラー!」「ダー!?」オナタカミ・マリーンが無線機を通じて叫ぶ!そして一糸乱れぬ統一感で、不審なロック端末へと緊急転進!遠ざかる靴音!『涼しいね!走れ、強い人!』ミスター・ハーフプライスは安堵の息を吐く!「ン……!」ナンシー物理肉体が痙攣し鼻血を垂らす!危険な状況だ! 

「クソッ!クソッ!クソッ!何だこりゃ!」ゴウトは死神の進入路と思しき道を逆に辿るように走る。オナタカミ・マリーンの死体が転がり、ニンジャの爆発四散痕が焦げ付き、監視カメラは破壊されている。『どこで合流できる?』『さらに陽動、時間が必要』『データを飛ばす手はずはどうなんだ!?』

 事前に示し合わせた犯罪計画によれば、ゴウトが機密情報を入手し、それをミスター・ハーフプライスが艦の巨大アンテナを通して本土へ密かに送信。この盲目のハッカーが所持するという秘密のUNIXハイドアウト、堅牢なる隠れ処へ送る手筈であった。そして下船後にデータを回収し売却する流れだ。

『困難性がPOP』『どういう事だ!?』『先客の失敗で全チャネル、重点封鎖』ハッカーは緊張のあまり吐き気を催しつつも、IRCではアウトロー然として返す。「オゴ!」堪え切れず、口元をおさえ、えずく。「オゴーッ!」胃液が這い上がる。横では女ハッカーがみるみる体温を失い痙攣し始める!

『何をすれば!』『焦るなn00b』ハッカーは指を震わせナンシーと直結を行う。『俺が考える!何か情報をくれ!』ゴウトは死に物狂いで回廊を駆ける!SMAAAAAAASH!後方の壁が爆発!貫通!死神をカラテ拘束した官房長官がブースト突撃!反対側の壁を貫通し、再び一瞬で甲板へ消える!

「ARRRRRRRRGH!」飛散したガレキ片で後頭部を痛打し、ゴウトはうずくまる。だが歯を食いしばって立ち上がり、再び駆け出した!彼はいわば生ける中継基地だ。今死ねば、誰にも顧みられることなく、このデータは死ぬ!『何か無いか!?データをくれ!俺がサエたアイディアを出す!』 

『焦るなn00b』ハッカーが返す。LAN直結してもナンシーは目覚めぬ!「オイ!死んでるのか!?」揺する!彼女のファイアウォールは無防備に開かれている!「死体をファックする趣味は無いんだぞ、畜生め!」一瞬の躊躇の後、不法侵入!先程抜き出されたと思しき熱い艦内データの数々を探る!

 膨大なデータの奔流!直ちにゴウトへ転送!同時に、直結している艦内LAN端子IPの防御を固める!「アーッ!アーッ!」限界が近い!ミスター・ハーフプライスの視神経の奥が、チリチリ言い始めた!鼻神経から出血!全身を、ジェットコースターに括り付けられたような疑似感覚が襲い、震える! 

 ハッカー崩れの負け犬は、震える指先で錠剤砕きSNIFF!危険な加速!ミスター・ハーフプライスはサイバーサングラスを強く押さえ、歯を食いしばり、全神経を論理タイプ集中!まるでコックピットに座り、超高速のサーキット回路を無茶苦茶に走り抜けるドライバー!一瞬気を抜けばクラッシュ! 

 DOOOOOOOOOOM!ナンシーらが潜む論理トリイ結界は、この世の終わりの如く震動!霧の彼方に聳える巨人の影!アルゴス!世界揺らす足音!察知しかけている!「まだですか!?」エシオが叫んだ!「まだよ!」ナンシー論理肉体は両目両鼻から出血!既に指先は01消滅と再生を繰り返す! 

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ハーヴェスターのカラテ連撃が命中!(((フジキドよ!)))(((まだ退かぬ!!)))「サツバツ!」死神は足にナラクの炎を纏い、ジゴクめいた旋風カラテキックで反撃!「グワーッ!」「イヤーッ!」血みどろの官房長官が突撃介入!

 ナンシーらの論理視界は激しくシェイクされ壊滅寸前!「ドメインが破られる!」「まだよ!」DOOOOOOOM!「死ね!ニンジャスレイヤー=サン!死ね!」官房長官の拳が、死神を打ち据える!「グワーッ!」膝をつくニンジャスレイヤー!おお、ここまでなのか!?希望が潰えかけた、その時! 

 ガガガガガ……ガガガガガガガピー……。ネオサイタマ全域で、NSTVの映像に激しい横殴りのノイズが走った。それは欺瞞にまみれたミチグラ・キトミのネオサイタマ・プライドを何度も殴りつけ、やがて、その場をジャックした。 

「何だ!何が始まる!何で私の番組を遮った!」ミチグラは血相を変えスタジオで怒鳴り散らす。「アマ……政府筋からの緊急放送電波発射です!確かに暗号が一致しており我々は口出しして面倒な事になりたくない!」従順なるシステムの奴隷たる局長が弁明する。ヒドラの首は未だ再生しきっていない。

 ノイズ混じりの映像は、ネオサイタマ湾を超えて、漆黒の洋上から届けられた。艦上にいた誰一人も、このサイバー空母に搭載された2基の巨大アンテナから無線LAN電波とともに発射されている、強大無比なるTV片方向波に注意を払ってなど居なかった。その放送室を、彼はローテク・ハックした。 

「ドーモ、親愛なるネオサイタマ市民の皆さん、ここで俺から特別番組だ!」ノイズまみれの音声とともに、サブリミナルじみた速度で、無数の映像モンタージュ断片が細切れに叩き込まれた。それは苦肉の策だった。遮断されるまでの僅かな時間で、システムに最大級のショックを与えねばならぬからだ。

 サキハシ知事の緊急手術。DJタニグチ。直後に暗殺されたカラカミ社CEO。タダオ大僧正暗殺。指名手配された2人の凶悪テロリスト。謎の「忍」「殺」旗。ハイデッカー長官の緊急入院。そして……ニンジャ!艦上で死闘を繰り広げる2人の……ニンジャ!そのカラテ!その血に塗れた素顔までも! 

 通信機が何かガナり立てている。クソのような三十何年の人生で、世界が俺に教えてくれたのは、チートせず整列してろって事だけだ。世界が俺の耳を掴んで、繰り返しガナり続けたのは、周りで一番鈍くてナイーヴな奴の基準に合わせろって事だけだ。ファックオフだ。俺はもう御免だ。ざまあ見やがれ。

 ケオスあれ!ゴウトはただ、己が視た物全てを突きつけた!顧みず!狂気の沙汰!「世界は悪い方に変わってくんじゃない!変えられてくんだ!暗黒管理社会に!お前の行列の先に何がある!俺はそれが見えただけなんだ!」ゴウトは叫んだ!「抗え!この世界は!」ガガガガ「ニンジャに…!」ピガー! 

 ピガガガガガー!ノイズは消え、ネオサイタマに再び、見慣れたミチグラ・キトミの顔が戻った。「アイエッ!?」「アイエエエエエ?」「さっき映ったのは」「ニン…」「官房長官?」「ニン…」「まさか、合成可能性ですよね」市民はサイバーサングラスの映像や、巨大モニタを凝視し、立ち尽くす。 

「……エー、電波テロ遮断でご安心ください。我々はこうしたテロを許さない!午後もまだまだ……ネオサイタマ・プライド!」ミチグラ・キトミが笑う。市民は平静を取り戻し、無表情で歩き出した。「アイエエエエエ……」謎の不安感に恐われ失禁する者や、蒼白してへたり込む者も僅かにいた。 

 誰も信じなかった。誰も考えなかった。世界がニンジャに支配されているなどとは。官房長官がニンジャであり赤黒のニンジャと戦っているなどとは。愚かな電波テロだ。ナイーヴな者の自我をいたずらに傷つけるだけの許し難いテロだ。言うに事欠いて、ニンジャとは。ネオサイタマは平然としていた。 

 だが、IRC空間は違った。『アイエエエ』『合成可能性ですよね』『そうだと思います』『けしからん』『ニンジャ』『テロ撲滅して欲しいです』『でももしかして』『「忍」「殺」』市民のニューロンに焼き付いたニンジャの違和感と疑念と不安が……自己防衛本能めいてIRC空間に吐き出された。 

 それは爆発した。天下網にもサイバーマッポにも御し難い、巨大な獣の如きうねりを一瞬だけ生み出した。それは都市の表面に現れはしなかった。市民をNRSによる恐慌や暴動に陥れもしなかった。……ただ、誰にも意図される事無く……行動の連鎖の結果は……IRCコトダマ空間を揺るがしたのだ! 

 一瞬のシステム麻痺。そのとき行動を起こせたのは、真にその瞬間を待ち続けていた、ごく僅かな抵抗者だけだった。そして暴徒も日和見主義者もテクノ・ヨタモノも追随できぬ程の速さで、その無秩序は収束した。一般市民の目から、世界は何も変わっていなかった。だがそれは、十分な隙だった。 

 メガヘルツ解放戦線は固いガードをこじ開け、レディオ受信プログラムの断片を小さな弾丸のごとく発射した。ハイデッカーによる包囲を受けていたコードロジストたちは、周囲のオナタカミ社製兵器にのみ感染する恐るべきウイルスを解き放った。そしてIRCコトダマ空間では、ナンシーが飛翔した。 

 111101010101011『**素早い茶色の狐が怠惰な犬を飛び越す**……!』ナンシーはワープ波めいた強烈なリプルに乗じて、巨人の隙をついて高速飛翔した。0001010101飛翔!飛翔!飛翔!月面UNIXサーバへと!そしてニューロンの速度で無数のコマンドが叩き込まれた! 

 KBAM!KBAM!KBAM!アルゴスとIRC連携していたマスターマインドとハーヴェスターの通信装置が、フィードバック機能不全!「まさか……何故だ……アルゴス=サンが……!?」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは官房長官にジゴクめいたカラテストレートを叩き込む!「グワーッ!」 

「どうした官房長官殿、余所見をしている暇はないぞ」死神が情け容赦ない拳を繰り出す!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」ハーヴェスター介入!だが連携システムは今だ麻痺!「イヤーッ!」「グワーッ!」渾身のポムポムパンチがハーヴェスターを撃墜する!

 既にナラクの炎は消えかけている!禍々しき瞳の発光は収まり、フジキドの頭髪は次第に黒へと!顧みず、マスターマインドへ右カラテストレート!「イヤーッ!」「グワーッ!」左カラテストレート!「イヤーッ!」「グワーッ!」右!「イヤーッ!」「グワーッ!」左!「イヤーッ!」「グワーッ!」 

「バカな!ADMIN権限は未だ私の手にあるのに!」システムが麻痺してゆく。フジキドはナンシーの生存と勝利を疑いはしなかった。「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!お、おのれ!」マスターマインドもまた、信念の力で踏み止まる!何たる暗黒管理社会実現にかける執念!

「テロリストめ!世界の事など顧みぬ破壊者!貴様の行動は!無数の!自分と同じ境遇の者を生むのだぞ!貴様の如き者にアマクダリは……殺せぬ!イヤーッ!」全身全霊をかけたカラテパンチ!だが死神は、それをジュー・ジツでいなした!「まだ解らぬか。私は、オヌシを、カラテで殺しに来たのだ」

 体勢を崩すシキタリ!「ウカツ……!」ソウルが恐怖に怯える!理論が通じぬ理不尽!そしてニンジャスレイヤーのチョップ突きが「イイイヤアアアーッ!」装甲と心臓を貫通!「グワーッ!」「左様。儂は、オヌシを殺しに来た不条理よ」死神の眼が一瞬だけ光り、口元に禍々しき愉悦の笑みを刻んだ。

 ニンジャスレイヤーはチョップ突きを引き抜き、ザンシンを決める!最新鋭パワードスーツに鎧われた官房長官の胸部と背から、凄まじい血飛沫が噴き出した!「グワーッ……!!サ……サヨ……ナ……ラ!」アマクダリ・セクト12人の1人、マスターマインドは膝をつき、壮絶な爆発四散を遂げる!


 

「整列しろッコラー市民!」「ザッケンナコラー市民!」治安維持警察ハイデッカーの情け容赦ない怒声が響き渡る。ネオサイタマ市民は列を作り、黙々と即席スキャナーゲートに向かって歩く。道路には古く神聖な電子基板がバラ撒かれ、その横には不審者を送りこむための特殊波長ライト身体検査ゾーン。

 ナムアミダブツ!まるで中世の魔女狩りめいた光景がこの電脳メガロシティに現出している!少しでも躊躇した者、違法生体LAN端子を持つ者、または単に挙動がおかしい者は、全員ピックアップされてスキャンを受ける。何たる乱暴かつ効果的な無差別検問か。だが市民らはテロ撲滅のため黙々と並ぶ! 

 市民らとともに、死のスキャニングゲートに向かって悲壮な表情で歩いてゆくのは、アマクダリの手から逃れるべく故郷を脱したコードロジストたちの一団。放浪者めいたローブを纏い、その先頭に立つ女は、ホリイ・ムラカミ。彼女らの逃走路は、ハイデッカーの突然の検問設置によって遮断されたのだ。 

 無数の監視の目が、銃口が、オナタカミ社製暴徒鎮圧兵器の数々が、彼女らを圧する。ホリイたちは最後の手段を、イナゴを隠し持っていた。絶望せず、それを解き放つ最高の瞬間を、あるいは最後の瞬間を、辛抱強く待ち続けていた。そして、その時は不意に訪れた。NSTVが突如、電波ハックされた。 

 一瞬、セキュリティが揺らいだ。ホリイたちは一斉に、無線LANの出力を最大解放し、コーディングされたイナゴを解き放った。それはオナタカミ社のジーンめいたコード特徴を認識し、ローカル拡大し、貪り食った。混乱の中で一人の男が走り、管制デッキにフロッピーを挿入した。連鎖爆発が発生した。

 KBAM!KBAM!KBAM!暗黒管理社会の象徴たるスキャンゲートがUNIX爆発し、横に立つオナタカミ・トルーパーズが爆死!「「「グワーッ!」」」その正体はヨロシサン製のクローン兵器だ!「アイエエエエエエ!」「魔女だ!」市民らが叫び逃げ惑う!ホリイたちは検問を突破し、逃げる! 

 一方、ネオサイタマのまた別な場所では、赤いトレーラーが熱烈シュプレヒコールを継続!「進歩的革命闘争連帯!団結!思想のもとに!」拡声器の男はTVを見る。そして機を見るに敏!「フジキド・ケンジもまた我らの同志である!彼こそは決断的革命の尖兵!今こそクワを掲げよ!破壊の時!」欺瞞! 

 何たる見境の無いアジテート!「「破壊だ!」」「「革命!」」「「進歩!」」「「闘争!!」」「「ワオー!!」」浮き足立った不満分子や貧民が拳を突き出し、一斉オルグされかける!「欺瞞だ!騙されるな!」街頭から誰か勇気ある者が叫んだ。「彼らのやり方は間違っている!自分の頭で考えろ!」 

 男の胸には苦い記憶がわだかまり続けていた。イッキ・ウチコワシに対し、並々ならぬ対抗心を燃やし続けていた。そして暴徒化した人々を止めるには、理性だけでは不足と悟っていた。彼は手に持っていた新聞を丸め、即席のメガホンを作った。そして叫び続けた。「考えろ……!ニンジャの意味を……!」

「ニンジャ」「そういえば今の放送」「世界はニンジャに」「ニンジャに何だってんだよ!」暴徒たちの間に名状し難い恐怖が染み渡る!「「ザッケンナコラー暴徒!」」暴徒鎮圧ビークルが接近!決起失敗!トレーラー逃走!「……」革命ヘルメットに赤ゴーグルの煽動家は、雑踏の男を一瞥し車内に! 

 また別の場所。うらぶれた非合法酒場。ノイズ混じりのTVを見ながら、ヤクザや労働者がクダを巻く。凶状持ち、ハッカー崩れの屯する、取り潰し寸前ヘイヴン。看板娘は狂ったオイランドロイド。「何だい」二本煙草を咥えた女が、カタナを握って微笑む。「一晩でえらく有名人になっちまってさ……」

「まだか」「まだだ」大学の構内食堂。ロックスターの二人の軍団は声を潜め、KMCレディオに、TVに、周囲の声に耳を澄ます。「今か」「今だ……!」彼らはサイバーグラスを操作し、海賊電波の中継点となった。「アイエエエ?何だ、俺のサイバーグラスに……」食堂にいたジョックが狼狽した。 

「俺もだ!ウイルスか?」「アイエエエエ!爆発する!」「アイエエエエエ!」……だが爆発せず、ただ音楽だけが流れた。メガヘルツ解放戦線が違法レディオ受信プログラムを発射したのだ。一瞬で数十万市民が「共犯者」と化し、真のKMCレディオ受信者を燻り出さんとする当局の捜査網は崩壊した。

 ニチョーム・ストリート。ハイデッカーの敷設した隔壁と簡易検問が超自然の鉄条網で覆われ、サークル・シマナガシとサヴァイヴァー・ドージョーを中心とした抵抗勢力が、そのバリケードの内側に立てこもる。アマクダリ・セクトとヨロシサン製薬による、第何波とも知れぬ攻勢ウェーヴが再び迫る。 

「ハァーッ……!ハァーッ……!」負傷したヤモトはガレキ山の上に立ち、迫り来るアマクダリ勢を睨んだ。情け容赦ない敵の包囲攻撃。ニチョームの命運も、最早尽きようとしている。……その時、巨大モニタがハックされ、敵の通信網が一瞬、揺らいだ。2人のバイオニンジャが敵陣深く斬り込んだ。 

 一個一個の点は小さな爆発だった。だがネオサイタマ全域でIRCが揺れ動いた。人々が様々な思いでニンジャという言葉を口にした。モニタに映る「忍」「殺」の文字を怪訝な顔で読み上げた。大暴動やアモックを引き起こす事は無かった。それは代わりに、コトダマ空間に巨大なうねりを引き起こした。

「ニンジャだなんて……馬鹿馬鹿しい。NSTVに即座に抗議のIRCを送らなくちゃ……」カチグミ豪邸のリビングで、母親がTVを消した。「ニンジャは大丈夫、悪い夢だよ」小さな男の子が言った。そして続けた。「……お父さんは今日も遅くなるよね」「ええそうよ。……よく解ったわね……?」 

「仕事だからね」男の子は妙に大人びた表情でうなずいた。「大事な仕事があるんだよ」「そうよ……」母親はNSTVに抗議IRCを何通も自動送信した後、妙な不安感に襲われ、夫の職場にIRCを送った。「あなた、今日くらいは…」またひとつIRC渋滞が発生し、アルゴスの百の目を撹乱した。 

 艦上!ニンジャスレイヤーはチョップ突きを引き抜き、ザンシンを決める!最新パワードスーツに鎧われた官房長官の胸部と背から、凄まじい血飛沫が噴き出した!「グワーッ……!!サ……サヨ……ナ……ラ!」アマクダリ・セクト12人の1人、マスターマインドは膝をつき、壮絶な爆発四散を遂げる!

「あのクソ真面目のバカめ、引き際を見誤るからこうなる……」ハーヴェスターが憔悴し切った死神に対しトビゲリを打ち込む!「イヤーッ!」「イヤーッ!」死神は疲労筋断裂寸前の体に鞭打ち、なおもカラテ!いまや艦隊のADMIN権限はハーヴェスターの手に。だがナンシーらのハックは覆せぬ! 

「イヤーッ!」「グワーッ!」死神の鳩尾にヤリめいたサイドキックが突き刺さる!だが反撃!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの裏拳、さらに二段キックがハーヴェスターに命中!「オヌシも引き際を見誤ったか?イイヤアアアーッ!」回転チョップ! 

 ZZOOOOM!補給を終えたステルス輸送機ナイミツが飛来!ハーヴェスターはその下腹部に磁力ワイヤーで飛び移る!「イヤーッ!」「ヌウーッ!」ニンジャスレイヤーの攻撃は空振りに終わる!このまま撤退か?否!ナイミツは旋回し再飛来!ハーヴェスターは機上に立ち、新たな二丁拳銃を抜く! 

『出てこい。一気にカタをつける』老将はADMIN権限を用い、IRCを飛ばす。SPLAAAAAAASH!舷側で二個の水柱が上がり、海兵ニンジャが出現!一人はアイアンジャケット!彼のシールドは強力スクリューを内蔵していた!もう一人はナンシー艦に潜入していた新手、アクアスパイダー! 

 何たる伏兵!アイアンジャケットとアクアスパイダーが満身創痍の死神にカラテを挑む!ハーヴェスターは折れた歯を吐き捨て、笑う。「海兵をナメるな……!」そして輸送機の上に立ったまま上空を旋回し指揮!ナイミツ機銃掃射と二丁拳銃で、ニンジャスレイヤーを襲う!「「「イヤーッ!」」」壮絶! 

 111101101……電脳IRC空間ではナンシーがアルゴスの攻撃をかいくぐり、突入ポートを開く。「急いで!」暴れ狂う巨人に向かって、エシオと少女が月面サーバへ飛翔する。彼女が何者かを、ナンシーは知り得ていた。それはユンコと直結し、スズキ・マトリックスを共有した、あのAIだ。 

 ナンシーは月面サーバにおける戦いを、ピグマリオン社に任せた。彼らは古のTELNETプロトコルを使い、アルゴスに対抗できるからだ。コトダマ空間の海にそびえ立つ巨大なアルゴスの肩から上は暗雲に覆われ、神々の戦いめいて、KICKの雷光が走った。ナンシーは己の作戦に移った。 

『気持ちいい流れだ。涼しいね』ミスターハーフプライスが鼻血を拭いながらIRCを飛ばした。彼にはコトダマの地平は見えなかったが、敵のセキュリティはガラ空きだ。動かないパンチングボールを殴るより簡単だ。データを送信する。陸へと。誰にも見咎められずに。『強い人、満足して死んだか?』

『死んでられるか!クソッタレめ!』ゴウトは艦内を逃げ回りながら叫んだ。『カネを稼ぐんだよ!クソッタレめ!』警備隊の位置はミスターハーフプライスが送信してくれる。『取り分の減少』ミスターハーフプライスは火花を散らし何も見えないサイバーグラスの下で、ハッカーめかして笑った。 

 11111101101011……ハーヴェスターの乗るステルス輸送機ナイミツ。火力はさほどでもないが、機動力に長ける。操縦はオナタカミAIの援用。アイアンジャケット。しぶとい奴。ショットガン銃撃を受けて海に落ちて生きてた。動きは鈍重。アクアスパイダー。新手。でもファイルはある。 

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」フジキドは残されたカラテを絞り尽くすように戦い、左右から迫る海兵ニンジャを弾き返す!だが攻勢に転ずる間もなく、ナイミツの銃撃!BRATATATATATA!「イヤーッ!」連続側転で回避を試みるも被弾!「グワーッ!」嗚呼! 

「一気に仕留める!」ハーヴェスターが命ずる。ニンジャスレイヤーは傷を燃やして塞ぎ、艦首方向にむかって連続跳躍する。海兵ニンジャが容赦なく追う。ニンジャの動きは速い。ニンジャ動体視力を持つ者でなければ、その動きを追う事など到底不可能である。……だが、ニューロンの速度ならば? 

 ハーヴェスターは老将の直感めいて、それを悟った。見られている。監視されている。彼はナイミツの機上で周囲を見渡した。いつの間にか並走する駆逐艦の一隻。その全砲門が……ハーヴェスターらに向けられている!DOOOOM!轟く砲声!「回避ーッ!」だがナイミツもハッキングを受け異常旋回!

 DOOOM!DOOOM!DOOOOM!艦砲射撃!!情け容赦ない艦砲射撃!!突風の中を乱れ舞うモミジの葉めいて空中旋回していたナイミツの機体に、砲弾が直撃した!「おのれ……!」直前ジャンプで逃れるハーヴェスター!彼を巻き込み空中爆発!「グワーッ!」KRA-TOOOOOOOM! 

「イヤーッ!」迫る砲弾にもフジキドのカラテは揺るがず!舳先でジュー・ジツを構え、眼前の敵を睨み、回避動作を取らぬ!「き、狂人め……!」アイアンジャケットは耐え切れず回避動作!逆にアダとなり、艦砲射撃に飲み込まれ、足首から下だけを残し弾け飛んだ!「サヨ……ナラ!」空中爆発四散! 

 ナンシー・リーによる嵐の如き支援砲撃が晴れると、甲板にはニンジャスレイヤーと、半ば戦意を崩壊させ、カエル・セラピーめいて凍りついたブザマなカラテを構えるアクアスパイダーだけが残されていた。「……イヤーッ!」死神は再び、空気をビリビリと震わせるようなカラテシャウトを放った! 

「ア……アイエエエエエエエエ!こんな、こんな事が……!」アクアスパイダーは震え上がった。だが目を逸らすことも、構えを解くこともできぬ。目の前にいる男のカラテに、完全に呑まれていた。「……な、何をする気だ?」アクアスパイダーは震える声で言った。「オヌシを殺す」死神は言った。 

「ヤメロ……」アクアスパイダーは気圧され、すり足で一歩、後ろに退いた。必殺のクモ・カラテを繰り出す覚悟も無し。ソウルが恐怖しているのだ。「ヤメロー!」さらに退いた。「オヌシを殺す……!」死神は残された力を振り絞り、獲物ににじり寄ると、情け容赦ないカラテチョップを繰り出した! 

「イヤーッ!」それを防ごうとしたアクアスパイダーのガードよりも早く、鋭い手刀が彼の首を……海上へと刎ね飛ばす!「グワーッ!」ゴ……ゴウランガ!「サ……!」頭部を失ったアクアスパイダーは、傷口から噴水めいた血飛沫を迸らせながら、両膝をつき……「サヨ……ナラ!」爆発四散! 

「ハァーッ……!ハァーッ……!」ニンジャスレイヤーはザンシンを決めると、ついに視界を揺るがせ……その場で力無く片膝をついた。「ハァーッ……ハァーッ……ハァーッ……」そして頭の重みすらも支え切れぬように後ろに倒れ、全身を、無防備に甲板上へと投げ出した。 

 もはや甲板上に、彼をカイシャクする者はなかった。殺し尽くしたからだ。『勝ったのよ……』IRC電脳空間に精神を投じたナンシー・リーは、その様子を、キョウリョク・カンケイの甲板監視カメラ越しに見て安堵した。だが次の瞬間、監視システム網に、激しいノイズが走った。 

 ブガー!ブガー!ブガー!艦内に再びレッドアラートが鳴り始める。侵入者迎撃システムが、ナンシーの制御に反して動こうとしていた。ハーヴェスターはナイミツもろとも海に落下した筈。……ならば、残された可能性はひとつだけ。『まさか……もうアルゴスが復帰したの!?』ナンシーは仰ぎ見た。 

 111100101てんからくだる。あまくだり。てんからくだる。あまくだり。てんからくだる。あまくだり。てんからくだるあまくだりてんからくだるあまくだりてんから01001てんからくだるあまくだりてんからくだるあまくだりてんから01001てんからくだるあまくだりてんからくだる 

 上空から無数の光の筋が降り注ぐ。コトダマ視界が目映い光で覆われてゆく。留まれば消し飛ばされる。ナンシーのニューロンが加速した。月面から瀕死の2つのアカウントが逃げ戻る。間に合う。ギリギリまで待つ。彼女はデータ立方体を転送しながら降下するエシオとネコチャンの論理肉体を見た。 

 エシオは血みどろで、足先を01崩壊させかけていた。その圧縮データ立方体は重すぎ、彼はそれをナンシーに手渡そうとした。アマクダリ機密サーバの全容を。システムの心臓を。『11101010111』アルゴスは彼らと同じサイズの人型へと論理肉体を変容させ、精密に狙いを定めて飛来した。 

 その一撃はエシオのIPを狙っていた。ネコチャンは彼を守るべく、論理肉体をニューロン網めいた形状に変化させ、身を挺してアルゴスのアタックを防いだ。『011111011』衝撃で圧縮データ立方体は所有権を失い、弾き飛ばされた。そして、誰も感知していなかった転送ストリームに乗った。 

 再びIRCコトダマ空間が揺れた。寄せたケオスの波が引いてゆくように。『001111何110011が起こっ00011011』ナンシーはコトダマ空間の激しい揺らぎの中で、その圧縮データ立方体の転送先アドレスを追跡した。『01111100101111』アルゴスもまた指を伸ばした。 

 

◆◆◆

 

 ピーピピーピガガガー、ピピーガガガガガピー……。暗く湿った老朽化マンションの一室で、チャブの上に置かれたUNIXモデムが突如鳴り始めた。ホコリまみれの排気ファンが唸りを上げる。「ファー……?」壊れかけたベッドの上では、ピンク色の髪のホットなベイブが、眠た目をこすっていた。 

 荒んだ生活だ。チャブの上には、安物のスシパックやドリンク瓶、バリキ成分濾過用フィルターなどが転がり、UNIXキーボードには分厚い埃が降り積もる。「なるべくドラッグ禁止」のショドーも虚しい。カーテンレールには、彼女の勤務先と思しきオイランバーガーのエプロンが吊るされていた。 

 ピーピピーピガガガー、ピピーガガガガガピー!UNIXモデムが必死に何かを受信する。だが彼女、モナコ・チャンは夜勤開けで眠い。彼女は毛布を被り、孤独な夢の中でまた後悔した。暫時のヒステリーでナボリを遠い洋上に送り出してしまった事を。「……ウッ、ウッ、あの時、ああしていれば……」

 かつて彼女とミスター・ハーフプライスことナボリ・ドックは、サエたハッキングで大金を掴みかけた。だが結局は身を持ち崩し、再びネオサイタマの暗黒秩序にからめとられ、この老朽化マンションでマケグミ生活を送っていた。ピーピピーピピガー、ガガガガガー……モデムがデータ通信を終え……。 

『IP逆探知された!逃げろ!モナコ!逃げろ!データを持って逃げろ!』ノイズ混じりに聞こえるミスター・ハーフプライスの声。「ファー……?」モナコが焦点の合わぬ目をこすりながら、身をもたげる。「デ、データ着信……?」直後……KBAM!ファイアウォール爆発!「アイエエエエエエ!」 

 ナムアミダブツ!ミスター・ハーフプライスの隠し持つ堅牢なるハッカー・セーフハウスとは、何たる噎せ返るほど杜撰な老朽下マンションの一室であった事か!誰にも気づかれずデータ送信を行い、完全犯罪を遂げようとしていた彼の計画は、天下網機密データのアクシデント的転送により水泡に帰した!

 二転三転する事態に、ナンシーは眩暈をおぼえていた。アルゴスが転送先UNIXに対し本格的な攻撃を仕掛ける直前、彼女は月面サーバと艦隊ネットワークの通信を遮断した。間一髪である。だが遅かれ早かれ、アルゴスは別経路で接続を確立し、アマクダリは転送先に対し物理攻撃を開始するだろう! 

『転送先は?』ナンシーは自分と並列直結するハッカーを探り当て、問うた。『俺のビズを台無しにしてくれた』ナボリは、伝説のヤバイ級ハッカーを前になおも虚勢を張った。それはモナコを守るためでもあった。そして今度こそカネを手にするためでもあった。『報酬山分けで協力』彼は必死だった。 

『いいわ。セーフハウスの物理アドレスを。時間が無いの』ナンシーは了解した。ハッカーの流儀に照らせば、彼の言い分は尤もだった。彼女が混乱の中でtouchし、データ立方体をミスター・ハーフプライスの転送ストリームに乗せなければ、彼は誰にも気づかれずデータ送信を終えていたのだから。

 10000100101……『ユンコちゃん、聞こえる!?』『アイ、アイ』モノバイクに跨がってハイウェイを疾走するオイランドロイド全身義体のサイバーゴス少女が、ナンシーからのIRC通話を着信した。後方からはハイデッカー武装車両による執拗な追跡を受けている。 

 ZOOOOOM!モノバイクは車両と車両の隙間を縫うように走り、追跡を回避!アマクダリ・ニンジャは各所に散り、現在ユンコはノーマークでネオサイタマを動き続けている!『世界の命運を賭けた機密データがアクシデント送信。アマクダリより先にそれを奪取。了解?』『ファッキン・クール!』 

『物理アドレス送信な』『イエッサー!』ユンコ・スズキはゴーグルを下ろした。LANケーブルウイッグがハイウェイの乱暴な風に揺れた。AIシステムに物理アドレスが入力される。『ャー都会カルチ……!』マンション名と最短経路が視界ナビに示されると、ユンコはハイウェイから飛び降りた!



【ロンゲスト・デイ・オブ・アマクダリ10100745:ショック・トゥ・ザ・システム】終



N-FILES(設定資料、原作者コメンタリー)

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世界征服を企む邪悪ニンジャ組織、アマクダリ! その陰謀を砕くべくニンジャスレイヤーとナンシーは原子力空母キョウリョク・カンケイへと潜入!官房長官の表の顔を持つアマクダリ幹部「マスターマインド」の暗殺と、同幹部ハッカーニンジャ「アルゴス」の機密情報奪取を狙う! メイン著者はフィリップ・N・モーゼズ。

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