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【ヘラルド・オブ・メイヘム】#3

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 インヴェインはカタナを鞘に戻した。ガラスの鈴を鳴らすような澄んだ音が、チン、と鳴った。彼の類まれなるニンジャ視力は、UCAのニンジャの首が吹き飛び、その身体が爆発四散した瞬間を見届けていた。

 精強なるネザーキョウの南進軍勢に先駆け、強襲ニンジャ達を摘んでおくのが、このインヴェインのさしあたっての仕事であった。

 インヴェインの居場所は城塞都市トオヤマの北方の荒野である。そこにある廃塔の展望部に彼は立ち、イアイ姿勢を継続。地平線には黒い凹凸がわだかまっている。トオヤマ城塞の姿だ。

「コーッ、シュコーッ……1匹……2匹」インヴェインはクロームキツネメンポの奥で、呼吸音混じりのくぐもった声を発した。「惰弱なるUCAのニンジャどもめ。退治てくれよう……」

「ハンニャアアアア……!」

 インヴェインの肩越し、廃塔の横の空に、邪龍オオカゲが飛び来たった。背にまたがるタイクーンは腕組み姿勢。ドクロじみたメンポの奥、恐ろしく見開かれた目を黒紫色に光らせていた。オオカゲは憎しみに表情を歪め、牙の隙間から濁った瘴気を吐いた。

「猪口才!」

 タイクーンは言い放った。彼はオオカゲの鬣を撫で、そして言った。

「UCA猪口才也! だが……知った上で我が五重塔を破壊したとあらば、敵ながらアッパレ。実際そのように判断したと見るのが妥当であろう」

「ハンニャアアアアア……!」

 オオカゲの唸り声には悲嘆と不満が滲んでいる。タイクーンとオオカゲのネザーの目には、五重塔の倒壊によってトオヤマ付近のオヒガンの力場が弱まった様子がはっきりと見える。……敵もさる者。ようやく五重塔の意味を理解したか。この状態では、オオカゲに跨ってバンクーバー以遠へと遠征することは不可能であろう。塔崩壊直後で磁場が乱れたトオヤマへのこれ以上の接近も憚られた。

 だがこの程度の歯ごたえがなければ、イクサとは呼べぬ。ゆえにタイクーンは、この状況を何ら案じてはいなかった。

「そしてインヴェイン=サンよ。カワリナイカ!」

「ハーッ!」

 インヴェインはその場で片膝をつき、両拳を眼前で打ち合わせた。

「我がイアイ、実際世界最強。不甲斐なき敵に我がカラテの真髄を見せる機会到底無きことを悲しむとともに、殿の刃となりて惰弱なるUCAニンジャを刈り取る喜びに打ち震えるばかりでございます」

「グヌハハハハハハ! クルシュナイ! オヌシのイアイの冴えを見せ続けい!」

「アリガタキ、シアワセ!」

 インヴェインは叫び、再びイアイ姿勢を取ると、カタナに添えた指にカラテを研ぎ澄ませる。天覧じみて、タイクーンはオオカゲの背から彼を見守った。

「……イアイド!」

 SLAAAASH……! 斬撃は空を裂き、トオヤマの城壁を斜めに刳り、建築物の端をケーキじみて削ぎ落とした。屋根の上で戦闘していたゲニンとUCAニンジャがいちどきに切断され、吹き飛んで、爆発四散した。

「アッパレ!」

 タイクーンは当然、並外れたニンジャ視力によって、そのさまを確かに見ている。

「さすが私の見込んだ英雄戦士よ、インヴェイン=サン。貴様のカラテには一点の曇りも無し。私利私欲に塗れた寄せ集めの文明人どもの本能に、打算ずくの抵抗すべてが水泡に帰する(※註:in vain)虚しさと恐怖を刻みつけるべし。ハゲミナサイヨ!」

「アリガタキ、シアワセ!」

 インヴェインはさらなるイアイを研ぎ澄まし……カタナを振り抜く!

「イアイッ!」

 SLAAAAAASH……! 遥か先の空を切り裂き、トオヤマの建造物がまたしても斜めに抉れた。だがインヴェインは眉根を寄せた。

「……異な」

「ほう。仕損じたか」

 タイクーンは言った。インヴェインはキツネメンポの下で歯噛みし、見定め……再び、2連続イアイ長距離斬撃を放つ!

「……イアイッ! イアイド!」

 2連続イアイ長距離斬撃が放たれる! SLAAAASH……SLAAAAAASH! 

「ヌウッ……!」

 インヴェインは唸った。彼が見たのは、オーカー色の装束を着たニンジャが、インヴェインのイアイを弾き返したさまだった。1度、それにつづく2度の斬撃を、得物で逸し、あるいは打ち返した。挑戦的な眼差しが、青く燃えていた。

「これ以上は無意味。敵は既に我が太刀筋を読んでおります。遠方からでは仕留めきれぬ相手……」

 彼はイアイ姿勢を解き、全身の力を抜いた。

「思いがけず、敵にも骨のあるニンジャがおります。この上においては直接に赴き、真のカラテにて決着をつけますれば」

「否、アッパレ! オヌシは十二分にイサオシをあげおったわ」

 タイクーンはインヴェインをねぎらった。

「ここより先はオヌシのイクサでは……ない!」

 ブオウー! 法螺貝の音が轟いた。彼が陣取る廃塔の下をゲニン騎馬集団が駆け抜け、頭上の空をカイトニンジャ部隊が飛行していった。

「ヤア!」「ヤアーッ!」「ヤアーッ!」ダカダ、ダカダ、ダカダ!

 砂塵、蹄の音、鬨の声、笛の音!

「グヌハハハハハハ! 見よ、インヴェイン=サン!」

 タイクーンは言った。

「今日の残る功績は彼奴らのものだ。我がネザーキョウの精強無慈悲ニンジャ軍がUCAに遅れを取ること一切なし!」

「……は! 事程左様にございます」

「彼奴らが向かうは城塞都市トオヤマ。だが……たかがUCA惰弱ニンジャ掃討ごときに何故この大軍勢を差し向けるか疑問に思わなんだか、インヴェイン=サン? 貴様ただ一人で全て事足りると思わなんだか?」

「偉大なるタイクーンのご決断に誤謬等あるはずもなし。而、申し上げるならば……トオヤマのなお南、UCA陸軍戦力の迫りを感じるように思います」

「然り! 実際その通りだ!」

 タイクーンは拳を握った。

「カイト偵察兵より、北上軍ありとの報せが入っておる。貴様のニンジャ第六感に偽りなし。即ち、もはや奴らの狙いは明白、五重塔破壊にて我がオオカゲを弱体化せしめ、機動力を削ぎ、それでだらしなくも安心しきっておると見える。その機に火事場泥棒じみて情けなくもコソついた烏合の衆を北上させる腹積もりよ」

「惰弱の極み……!」

 インヴェインは低く言った。

「然り!」タイクーンは黒紫の目を光らせた。「ならばその増上慢、あえて真っ向引き受け、叩き潰す!」


◆◆◆


「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 蹴りを食らわせ、チョップで心臓を突き刺し、ゲニン達を打ち倒しながら、ヘラルドは大雨の中、トオヤマの市街を走った。どこへ! 東へ。もはやUCAに身を置く意味などなし。

 デズデモーナは死んだ。気まぐれにヘラルドを庇い、死んだのだ。愚かな女だ、何故そのような事をした。生首は薄く微笑んでいた。不気味だと感じた。ヘラルドの心を憎しみが満たした……。

「デアエ!」「デアエーッ!」

 路地から白いゲニン達が走り出てくる。クズどもめ! 立ちはだかるゲニンにカラテを振るい、肉を断ち、引き裂き、突き進む。屋根上に上がれば、あのイアイ斬撃に晒される。ムーンシンガーも斬り殺された。無駄死にはごめんだ。……何に対して無駄なのか?

「イヤーッ!」「アバーッ!」

 槍ゲニンの繰り出した槍の柄を走り、ケリ・キックで顔面を破壊し、跳び、着地点にいるゲニンの両肩にチョップを食らわせて殺し、走る、走る、走る。

「ドッソイーッ!」

 KRAAASH! スモトリゲニンが行く手の建物の壁を破壊して出現した。

「ドッソイ! ハッキヨホ!」

 スモトリゲニンが繰り出す張り手を喰らえば、ただでは済まぬ。ヘラルドはスライディングで躱し、構わず走り抜ける。装束は泥土をかぶり、卑しく凄まじいありさまだった。

「私は……私は……私は!」

 KA-BOOOOM! 稲妻が付近の建物の避雷針に落ちた。

「デアエ! デアエ! デアエ!」「デアエ! デアエ! デアエ!」

「……!」

 ヘラルドはブレーキをかけるように滑り、停止した。ここは用水路脇の石畳。道の前後、槍を構えた多数のゲニンが進み来る。

「チィッ……クズどもめ……!」

「殺せ! 惰弱なUCA兵を!」

 槍ゲニン部隊の後方、隊長とおぼしきニンジャが命じた。

「捕らえても構わぬ。その場合はなぶり殺しに致す。権利は一番槍に与えよう!」

「ヒヤハァ!」「コロセー!」「コロセー!」

 槍ゲニンは目を爛々と輝かせ、死を恐れず突進してきた!

「イヤーッ!」

 ヘラルドは先頭の者の眉間をスリケンで貫き、死体を飛び越える次の者の首を蹴り飛ばした。さらに振り向きざま、後方のニンジャの足を払い、肘打ちで弾き飛ばして後続を巻き添えにした。

「グワーッ!」

 飛び来たった矢が右腕の付け根を貫いた。ナムサン! いつの間にやら屋根上に弓ゲニンが並んでいる。あの恐るべきイアイがUCAのニンジャを全て排除したゆえに……!

「キエーッ!」「キエーッ!」「キエーッ!」

 矢の雨が降り注ぐ。ヘラルドは遮二無二、横を流れる用水路に飛び込んだ。この雨によって増水し、濁流じみて流れが速い!

「……!」

 ヘラルドは身体コントロールを取り戻して泳ごうと必死になった。矢が降り、幾つかがヘラルドに突き刺さった。ヘラルドは濁り水に咳き込み、仮面じみたメンポを自ら剥がして捨て、泳いだ。死ぬわけにはゆかぬ。自分には使命がある……ニンジャスレイヤーを殺すという使命が! 

(奴は私から全てを奪った……全てを奪ったのだ! このような屈辱を強いているのも奴だ! 奴が私の顔を砕き、貴族の誇りを、ザイバツ戦士の栄光を奪ったのだ! 呪われよ……!)

 ヘラルドの意識は呪詛の中に沈んでいった。


◆◆◆


「ゴボッ! ゲホッ! ガッハ!」

 叩きつける雨の中、荒れ地の川辺で、ヘラルドは水を吐き出し、激しく咳き込んだ。

「ゲホッ! ゲホッ! オゴーッ!」

 肺の水を出し切ると、胃液とともに吐瀉物がせり上がってきた。ヘラルドは吐いた。四つん這いになって吐き続けた。

「ゲウーッ!」

「ブザマよ」ニーズヘグが言った。「なんにせよ、ワシに感謝せい」

 彼はやや離れた場所で倒木に腰掛け、ヘラルドを眺めていた。ヘラルドは背中を震わせ、手で近くの地面を探った。彼は落ちているものを探り当てた。それは布で包まれたデズデモーナの生首だった。彼はそれをたすき掛けにして運んでいたのだ。市街を走る中、まるで意識せず、理由も思い出せはしない。ただ、そうした。衝動的に。

「……」

 ヘラルドは手を土に突き刺し、穴を掘った。泥土を掻き出し、跳ね除け、なお深く。

「おう。あの女か」

 いつの間にかニーズヘグはヘラルドのすぐ傍に立っていた。

「左様な仲か」

「……否」

 ヘラルドは女の首を埋め、土で覆った。

「充分です。ただ、死んだ。死ねば価値はない」

 彼はその後、その場を離れ、濁った川で腕にこびりついた泥を流した。衝動的に、彼は川に屈み込み、上半身を突っ込ませた。たっぷり10秒。

「……貴方は」

 ヘラルドは立ち上がって、ニーズヘグを見た。泥水が滴り落ちる。まるで沼の怪物めいている。ニーズヘグは彼の惨めなさまに、無言で苦笑を浮かべた。

「貴方は、ギンカクを目指すと言った。ニーズヘグ=サン」

「ああそうじゃ」

「私も行きます」ヘラルドは言った。「そこに全てがある。私は、必ず奴を倒す」

 ニーズヘグは空を覆う暗雲を見上げる。それから西南の方角を見やった。微かに聞こえる鬨の声と爆音の類は、北上してきたUCA本隊とネザーキョウの南進軍との間で合戦が始まった事を示していた。

 だがそれは畢竟、彼のイクサではない。

「……フン。ならば行くぞ。この雨も鬱陶しい」

 ニーズヘグは言った。ヘラルドは無言で頷いた。

 DOOOM……遠い空で雷が閃いた。彼らはすぐに動き出した。それ以上かわす言葉もない。去り際、ヘラルドは埋めた土を一度だけ振り返った。


【ヘラルド・オブ・メイヘム】終


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