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ロヅメイグ散逸断片集(1):エトゥバへの道程

ロヅメイグ散逸断片集:散逸断片集は、1999〜2002年頃に書かれた「灰都ロヅメイグの夜」シリーズのエピソードの不完全なログです。一部原稿データの電子的破損と散逸により、一本のエピソードとして不完全な状態にあるため、マガジンや電子書籍には現在収録されていません。発掘された正常なログのみを資料的な扱いで当時のまま公開しています。


1 エトゥバへの道程

 夜霧を掻き分け、鋼の弾丸が地を疾走する。<鉄の背骨>は続く。南は遥かヘルムから、灰都ロヅメイグ、イトを繋ぎ、ギュンベイル国境のロドロールグスへ。

 鋼鉄が甲高い音を立て、軋む、軋む、軋む。幾百の車輪と、ただ一つの<鉄の背骨>が擦れ、軋み、火花散らす。大地割る地竜の如き、巨なる体躯。それはヴァンダール様式の鎧甲冑か、或いは体を完全なる殻で包み込んだ何かしらの甲殻魚を思わす威容、偉容、異様。ロドロールグスの終点駅で数多のランタンに照らされ、ハンルース級蒸気鉄車の<装甲>は鈍い黒銀色の照り返しを見せていた。持て余した機関の力を汽笛に変え、壱拾八の蒸気筒が雄雄しくも幻相的な白煙をなおも吐き出し続けていた。夜霧と蒸気に満たされたロドロールグスの全ては、灰色だった。カンテラと街灯の群がこじんまりとした球体を幾つも創り上げ、その朧げな光の中に、あてどない旅人達を夜が明けるまで閉じ込めているのだった。

 いまや蒸気鉄車は、完全に停止していた。その溢れる熱も、間も無く冷え切った夜霧によって冷まされる事だろう。到着を告げる陽気なバグパイプ楽団の演奏の音が、駅の両側に聳える遠見の塔から鳴り響いたが、歓声などは一つも上がらず、ただ人々は黙々と、己の旅路と生業を急ぐのだった。機関室にて重たげな引き金が引かれると、鉄車の扉の鍵が一斉に外された。鉄車の脇腹のそこかしこで、二重の引き戸が内側から開かれ、霧に溶け込む亡霊の如く静かな足取りで、伏せ目がちな人々の群れが次々に駅へと降り立った。ここは<終着駅>なのだ。もはや明日の陽が昇るまで、鉄車の機関室に石炭はくべられない。それを知ってか知らずか、幾らかは座席で不覚に眠りこけ、幾らかはまだ自分の体が先へと運ばれているような奇妙な感覚の余韻に浸って、座席を立とうとはせぬのだった。

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