S4第8話【ビースト・オブ・マッポーカリプス 前編】
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カスミガセキ・ジグラット。
ネオサイタマに屹立する黒いピラミッドは今や巨大なフジサンであり、その上空に輝く太陽は、赤黒のアブストラクト・オリガミである。空に広がるネオン・アートはもはや揺るぎなく、ネオサイタマ市街の人々は、顔を上げればビル群の向こうに、この巨大なウキヨエを見出す。
狩人メイヘムの爆発四散によって生み出されたニンジャスレイヤーのオリガミに、ザナドゥが自身のネオン・グラフィティを組み合わせ、視点を与えた。「ジグラット・フジ」は、その存在自体が、異彩の空から降り注ぐキンカク・テンプルの狂気の光を遮る力となったのだ。
その、ジグラットの斜面。
フィルギアは片膝をつきながら、いまだ目に強い光を灯し、見下ろすシナリイを睨んだ。フィルギアの変身は不完全であった。フクロウの羽根とコヨーテの毛皮がいびつに混じり合い、ぜいぜいと不安定な息をもらす嘴は醜く歪んでいた。シナリイは扇子で口元を覆い、物憂げだった。
「どうやらウキヨエは安定したようだぜ」フィルギアはしたたかに勝ち誇った。「さあ、どうするんだよ。続けるか。俺を殺すなら、もっとキアイ入れろ」
「……もはや、それも無粋か」シナリイは息を吐き、扇子を畳んだ。「済んだ事になお干渉を試みんとするは、実際すさまじき事。やめにするとします」
「そいつは……何よりだ」歪んだフィルギアの姿は人の姿を取り、それから、小さなフクロウに変わった。
「これはお前のゲームじゃない。黙って見てるがいいさ。ニンジャスレイヤー=サンが盤面をブチ壊すさまを」嘴を動かし、胸を膨らませ、震えるフクロウを、シナリイは厭わしげに見つめた。
バサバサと羽ばたき、力を溜めるフクロウに、シナリイは尋ねる。「貴方はニンジャスレイヤーのもとへ行かれるか」「ああ、そうだ。俺が奴を助けられる事も幾らかあるさ」「ならば、かの獣にお伝えを。いかに足掻こうとも、最終には結局、我が神器、セプク・オブ・ハラキリの力に頼らざるを得ぬであろうと」
「奴は初めから、ネオサイタマを犠牲に差し出すような輩じゃない」「それを決めるのは彼です。そして最終的には、そのように決断するであろう」「それぐらいにしておけ。無粋なんだろ」「貴方はかつて私の友であり、師であり、憧れであった。今や見る影もなし。悲しい」「そいつは褒め言葉かもな」
シナリイは無言で首を横に振った。超自然の帳がシナリイの姿を掻き消すと、フィルギアは高く羽ばたき、飛翔した。緑に覆われ、空に向かって崩れながら、やがて静止した都市の上空を。
【ビースト・オブ・マッポーカリプス】
ジグラット・フジが生じてから、5日が経過した。
崩壊しながら宙に浮かび、留まった瓦礫が雲に入り混じり、金色と赤黒、二つの太陽がせめぎ合うように互いの光を遮り、異形の緑が繁茂する。光差さぬ暗部に足を踏み入れれば、顔のない影にたちまち襲われ、食われてしまう。
ネオサイタマはいまだ外界から隔絶されたまま、通信もままならず、浄化された「安全地帯」と狂気の領域とがまだらに分かれ、常に超自然の危険がつきまとう地と化していた。
ジグラット・フジのウキヨエに守られた「安全地帯」は限られている。断続的ながら活動を開始した暗黒メガコーポや自警組織は、物資確保の為、したたかに動き出した。経済活動を再開せねば、いずれ死が待つ。
「暗部に差し掛かった。警戒重点」タチマナ・ディストリクト自警組織のショドー・ノボリを掲げた装甲車列の先頭車輌、ガスマスクを装着したドライバーが、傾いたビル渓谷を前に、トランシーバーで報告した。車輌のルーフにはアサルトライフルで武装したケンドー自警団がすずなりになっている。
「ファッキング・クソッタレだぜ」「コケシマートに行くだけで命がけだからな」「一回でネコソギに物資調達できりゃラクなのによ」「全くだ」周囲を警戒しながら、ケンドー自警団は軽口を叩きあう。緑に侵食され、傾いた高層ビルの影には光が届かない。すなわち……「出たぞ。フェイスレスどもだ!」
彼らのケンドーヘルムの視界に、共有された出現アラートが表示された。「イヤーッ!」「イヤーッ!」カラテシャウトを発しながら、無貌のニンジャの影達が飛び出してきた。そして装甲車輌をめがけ、スリケンを投げつけてきた!「イヤーッ!」
「アバーッ!」自警団の一人がこめかみを撃ち抜かれ、ぐったりと手すりにもたれた。他の者らは騒然とした。「マジかよ!? ヘルメットで守れねえ!」「撃て、撃て撃て! 撃たなきゃファッキング死だぜ!」BRATATATATA! 掃射!「アバーッ!」高度に自動化された照準装置がフェイスレスの側転を追尾し、嵐の如き貫通が影法師じみたフェイスレスの身体を蜂の巣に変える!
BRATATATATATA! BRATATATA!「アバーッ!」……「マジで効くぜ!」「ミハル・オプティの徹夜テック・サラリマンに感謝だな!」「マジで大助かりだ」ケンドー自警団は歓声をあげた。車輌群は意気揚々とビル渓谷を通過する。「これなら、いつぞやのネザーキョウのニンジャどもより楽勝じゃねえか?」「実際そうだぜ」
フェイスレスの動きは反射でパターン化されたものであり、ミハル・オプティ社はいち早くこのアルゴリズムを解析。おぼつかないネットワークを通して専用照準プログラムが緊急配布されていた。「面白えくらい当たりやがる! これならズンビー・ムービーの走るズンビーと大して変わらねえ!」「全くだ……オイ、見ろ。次の標的だ」
進行方向。コケシマートのゲート手前に、新手のフェイスレス群がわだかまっている。「邪魔くせえ。轢き殺すか?」「そりゃそうだ。轢くし、撃つぞ」「ラジャー、ラジャー」装甲車輌がギアアップし、自警団員は一斉掃射した。BRRRRRTTTTTT!「アバーッ!」「アバババーッ!」
……「イヤーッ!」
爆発四散するフェイスレス群体の中から、影がひとつ飛び上がった。「え?」「一匹……」「あれ?」自警団員達は訝しんだ。ストン、と音を立て、車輌ルーフ中央に影が着地した。そのフェイスレスはブルブルと痙攣した。自警団員達は泡を食って銃を向けるが、下手に撃てば同士撃ちになる。躊躇した。
「……ドーモ……」フェイスレスは震えながら、見る見るうちにその姿を変貌させていった。ねじれた角が二本、ニョキニョキと生え、顔なき顔に山羊髑髏じみたメンポが生成された。そして黒緑色のローブが首から生え、身体を覆った……。「……クロヤギ・ニンジャです」
自警団員達の時間が止まった。
「イヤーッ!」「アババーッ!」クロヤギ・ニンジャと名乗った影は、左右の手それぞれに自警団員の頭を掴み、引き抜いて殺した!「アイエエエエ!」「撃て!」「ヤバい!」「アイエエエエ!」「ナンデ……」「殺……」「ニンジャナンデ!」「とにかく撃……」BRATATATATA! BRATATATATA!
「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバババーッ!」クロヤギ・ニンジャは先頭車輌の自警団をたちまちの内に皆殺しにした。後続車輌ルーフの自警団はパニックになりながら銃撃を行う。しかし、「イヤーッ!」クロヤギ・ニンジャは回転ジャンプし、第二車輌ルーフの者達に襲いかかった!
「ア……!」「ブッダ……」自警団員達はもはや逃れられぬ死を覚悟した。諦めきった彼らは、視界の端を横切り、斜めに飛び込んできた赤黒の影に気づかなかった。
「Wasshoi!」
赤黒の影はクロヤギ・ニンジャを横ざまに捉えると、そのまま道路上へ共に落下した! KRAAASH! アスファルト破砕!
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