【メニイ・オア・ワン】
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【メニイ・オア・ワン】

◇総合目次 ◇初めて購読した方へ

この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版は上の物理書籍に収録されています。また第2部のコミカライズが、現在チャンピオンRED誌上で行われています。



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 コッ。コッ。コッ。コッ。コッ。武装ビークルのフロントガラスの雨粒を払うワイパーの規則的な動きがマシナリー・ビートを作り出す。濡れた路上にはネオン看板の蛍光色が滲み、会話の無い車内では、ノイズまじりのラジオ音声がBGMだ。

 スポイラーは助手席でダッシュボードに足を乗せ、ワイパーのBPMに合わせてクチャクチャとガムを噛んでいた。摘発品を署から適当に横領してきた違法物で、気付け効果もある。だが、こうまで単調で画一的なラジオ放送の流れるウシミツ・アワー。車内の光景に薄い夢と化した記憶が重なりあう……。

 その記憶は真昼で、不快に暑く、雲は黄色かった。ドリフトするビークルのドアを蹴り開き、「49課だ!」スポイラーはデッドエンドと共にアスファルトの上に転がり降りた。その一連のアクションに伴い、バリケード前で見張っていた三人のヤクザの脳天と股間に鉛弾を二発ずつブチ込んで殺している。

「お前らには黙秘権がある」スポイラーはデッカーガンをリロードしながら、虚空を見つめる死体に向かって言った。「つまり、そのまま黙って死んでろ」「こいつらも時間を選べッてンだよな。このクソ暑い中に」デッドエンドはスポイラーの背中をどやし、バリケードに銃を構えた。

「スッゾ!」バリケードの奥から別のヤクザが顔を出した。「横暴だぞ!訴えてや……」BLAMN!「アバーッ!」脳天が破砕し、奥に落ちた。デッドエンドは更に、腰からバクチク・グレネードを一束外し、放物線を描くように投擲した。KABOOOOM!「クリア」「クリア」スポイラーは頷いた。

「「イヤーッ!」」二人は回転ジャンプで帯電バリケードを越え、問題テリトリー内に着地した。彼らはマッポニンジャ装束に身を包み、どちらも腕に赤腕章を装着している。マッポ……ニンジャ装束?然り。彼らはネオサイタマ市警49課に属するデッカーであるが、この装備は特別な事態のしるしだ。

 デッドエンドは女、スポイラーは男。どちらもニンジャで、デッカーだ。デッカーがニンジャである必要が何故ある?犯人がニンジャであれば、当然、ニンジャをぶつける必要がある。それが49課、それが「N案件」。ニンジャにデッカーが務まるか?通常、務まらない。ゆえに49課のデッカーは外道だ。

 たった今の爆発によりバリケード付近には四肢や肉片が散乱している。「バイオハゲタカのエサだな」女デッカーのデッドエンドが面白くもなさそうに言うと、「いるンすか?こんな都会に」スポイラーが尋ねた。デッドエンドは彼のふくらはぎを蹴った。「痛」「受け答えのポイントがズレてんだよ、お前」

「ニンジャになっても治らないですね」「ハナから期待してねえよ、坊主」「いやあ」スポイラーはふてぶてしく苦笑すると、砂利が敷き詰められた中庭を見渡した。無造作に点在するコンテナ。クレーン・アームからワイヤーが吊り下げられている。そこに血まみれの果実がなっている。「ああ。居た」

「アー……」デッドエンドはガムを噛みながらタクティカル・ゴーグルをズームした。「虫の息だが、生きてるな」「生きてます」「居たッてのは、アレか?テメエ」デッドエンドは顔をしかめた。スポイラーは「違いますよ」と呟き、銃口を、吊るされた男のやや左下、コンテナ上に定めた。BLAM!

「グワーッ!」バチバチと音が聴こえた。コンテナ上の空間に人型のノイズが生じ、そこに唐突にニンジャが出現した。左肩から白煙の筋。狙いすましたスポイラーの射撃によってステルス装束の隠密エフェクトが破られたのだ!BLAM!BLAM!BLAM!スポイラーは撃ちながら左へ展開!

 BLAMBLAMBLAMBLAMBLAM!デッドエンドは撃ちながら右へ展開!「イヤーッ!」ニンジャはコンテナ上から回転ジャンプして全ての銃弾を回避、砂利の上へ着地すると、流れるようにオジギを繰り出した。「ドーモ。ストールワームです」ワイヤーが切れ、吊られた男が落下した。

「ドーモ。ストールワーム=サン。デッドエンドです」「スポイラーです」二人のデッカーニンジャはアイサツに応えた。オジギから頭を戻した瞬間、デッドエンドのデッカーガンが激しく火を噴いた。BBBBLAMNNNN!「イヤーッ!」ストールワームはブリッジ回避!「デッカーニンジャだと?」

 BLAMBLAMBLAM!デッドエンドはスポイラーに銃撃を継続させながらリロードする。「イヤーッ!」ストールワームは更にバックフリップして銃弾を回避した。デッドエンドはようやく答えた。「ああ、デッカーニンジャだ。こちとらネオサイタマ市警の49課だ。そこの死体の監禁致死容疑」

「まだ死んでないと思います」撃ちながらスポイラーが指摘した。デッドエンドは走り出す。「どうでもいい。イヤーッ!」瞬時に加速!ストールワームのワン・インチ距離に接近したデッドエンドは、脇腹に強烈なパンチを叩き込んだ。「グワーッ!」吹き飛ぶストールワームに追い打ち銃撃!BLAM!

「イヤーッ!」ストールワームは空中でチョップを繰り出し、銃弾を指先で掴んで止めながら着地した。BLAMBLAM!スポイラーは援護射撃を続けながらサイドを取りに行く。「イヤーッ!」ストールワームの片腕が霞んだ。「グワーッ!」スポイラーの両腕付け根にクナイが突き刺さった。

「弱敵!死んでおれ」「ヤバイ……」スポイラーが呻いた。「……ヤバイところだった。この新型のアーマーの助けがなければ……」彼は両クナイを掴み、引き抜いた。無事である。マッポニンジャ装束の中に、鱗状の装甲を連ねたスーツアーマーを着込んでいたのだ。ストールワームが目を見開く。

「イヤーッ!」走りこんだデッドエンドの脇腹パンチが再び叩き込まれる。「グワーッ!」ストールワームは弾かれる。BLAM!追い打ち銃撃!ストールワームは銃弾を指先で挟んで止める!その手首から先が消滅!「グワーッ!?」「バカが」デッドエンドは別の銃を……大型マグナム銃を構えている!

「全くお前はタマ無しのチキン野郎だな!」デッドエンドは罵った。ストールワームにではない。スポイラーにだ。アーマーの件である。「キアイと正義がありゃ必要ないンだ、そんなモンは」「イヤーッ!」ストールワームは無事な手からクナイを放とうとした。BLAM!デッドエンドが速い。

「グワーッ!」クナイ投擲腕側の肩が爆ぜた。ストールワームは次のカラテ手段を取ろうとしたが、デッドエンドの踏み込みは速かった。踏み込みながら彼女は右肘を上げた。そして、逆手に持ったフラッシュライトでストールワームの目を焼いた。「グワーッ!?」

「イヤーッ!」そのまま、フラッシュライトでストールワームの脳天を殴りつけた!「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」頭蓋骨破砕!痙攣しながら両膝をついたストールワームのこめかみにマグナム銃口を当てる!「お前には黙秘権が……」「サヨナラ!」

 ストールワームの胸部起爆装置が光を放つ。デッドエンドは舌打ちして飛び下がった。ストールワームは爆発四散した。「ああ。容疑者を殺っちゃって」スポイラーが銃を下ろし近づく。デッドエンドは反論した。「自爆だ」「ウーン」スポイラーは曖昧に頷いた。「ま、ホネの無いニンジャです」「だろ」

「さいわい、そこの被害者に息があります。キンボシですよ」スポイラーは吊られていた男のもとへ駆け寄り、心音と呼気を確認した。「嫌味か?」銃をホルスターに戻しながらデッドエンドも近づく。スポイラーは被害者を助け起こした。「アー。ネオサイタマ市警です。もう大丈夫だ」「アイエエエ」

「お前は我々が保護する。安全は保証する。そのかわり取引相手のニンジャ組織について喋ってもらうぞ」「アイエエエ」男は震えていた。その時である。キュラキュラキュラ……無限軌道走行車両の走行音が耳に飛び込んできた。スポイラーとデッドエンドはそちらを見た。デッドエンドは顔をしかめた。

 バリケードを乗り越え敷地内へ入ってきた無限軌道走行車両のハッチが開き、中から、もはや見慣れたオナタカミ社製の戦闘服姿の兵員がゾロゾロと降りてきた。背格好は皆同じ。尊大な仕草で最後に現れた隊長格だけは例外だ。彼は小柄で、頭髪を嫌味なバーコード状に撫で付けている。

「ハイご苦労さん、49課」バーコード頭髪者は嫌味たらしく拍手した。それからタバコのソフトケースをトントンと叩き、一本取り出して咥えた。すぐ傍の一人が跪いてライターで着火し、再び直立姿勢に戻った。「ああン?」デッドエンドが睨みつけた。

「ああン?じゃないでしょ、許可取れてないのはそっちでしょ」隊長は咥えタバコのまま近づいた。「後は我々ハイデッカーで引き継ぐ事案だって言ってるの」ハイデッカー。その名を聞いたスポイラーの顔も険しくなった。「勝手な……」「スッゾ!」隊員の一人がスポイラーから被害者を引き剥がす。

「ザッケンナコラー!」デッドエンドが食って掛かる。ハイデッカー隊員が一斉にショットガンを構えた。それだけではない。スナイパーライフルのレーザーサイトが6,7つ、デッドエンドの身体を這った。それらは隣接するビルからだ。「だからね、まあ、アンタらの徒労に免じてね」隊長が言った。

 デッドエンドが歯ぎしりし、ジゴクめいた形相になるほどに、隊長の嫌味な笑顔は強まった。「この件は我々で適切に処理するので安心しなさいッて事だよ!」「アイエエエ」この件の被害者……即ちN案件の重要参考人はバケツリレーめいて隊員から隊員へパスされ、装甲車両へ運ばれてゆく。


◆◆◆


 ……「挙げられる筈だった」スポイラーは呟いた。「あン?」デッドエンドはしかめ面で助手席のスポイラーを睨んだ。スポイラーは肩をすくめてみせた。「いや、ヒマなんで、寝ちまっただけです。でも、そのたび夢に見るんですよ。何度も何度も。だって悔しいでしょう。結局揉み消されて……」

 デッドエンドは欠伸した。ノーコメント。ザリザリ……ラジオの音声がノイズの中から浮かび上がる。テレビ番組の音声放送だ。『彼女は元諜報員です!どこから?ロシア?メキシコ?いえ違います。アメリカだ!』「大体、ハイデッカーが隠滅する理由は……陰謀が……」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 裏拳を鼻面に叩き込まれたスポイラーは鼻血を流した。「なにを……」「スッゾオラー!黙れよ。タイムリーな話だろうが」デッドエンドはラジオに耳を傾ける。『彼女はかつて、磁気嵐下の日本の内情を探りに来たスパイ・エージェントでした』「ハッ!」デッドエンドは笑った。「やってやがる」


【ロンゲスト・デイ・オブ・アマクダリ】

10100217

【メニイ・オア・ワン】


「ナンシー・リーねえ……ハイデッカーの連中、躍起になってますよ、相当に」スポイラーは鼻血を拭った。「懲役何万年でしたっけ?どうでもいいですけどね。美人なんですよね?でも俺はハイデッカーについて、実際そのキナくさい……」「イヤーッ!」「グワーッ!」「しつッこいんだよ、テメエ!」

 デッドエンドは遮り、ダッシュボードのチューナーのツマミを操作する。「さっきから何やってるンです?」「ア?」デッドエンドが睨んだ。「……そういや、話して無かったか?」「何をです」キュルルル……チューニング音がスピーカーから発せられる。キュルルル……「……を発見。急行されたし」

「ハハァ。来やがった」デッドエンドは凄惨な笑みを浮かべ、舌なめずりした。(だから何なんです)スポイラーは言いかけ、黙った。遮れば三度目の裏拳が飛んでくるからだ。「イヤーッ!」「グワーッ!」「オマケだ。あのなァ、要は、日頃の意趣返しをしてやろうじゃねえかッて話さ」「意趣返し?」

「さっきのテメェの話と同じだよ。ハイデッカーの奴らの手柄を横取りしてやろうッてンだよ!」「え?」「書き取れ!」スピーカーから流れてくる急行指示はハイデッカーのものだ。スポイラーは鼻血を流しながらメモに区画を走り書きする。「何のアドレスです?」「ナンシー・リーだ。挙げるぞ!」

「ハァ、ある程度呑み込めてきました」スポイラーはやや上の空で頷いた。「でも、初めて聞かされましたよ、その計画」「だァから、ついさっき決めた事だろうが!何言ってんだテメェは。事件はリアルタイムだろうが!」スポイラーは無言で頷いた。ギャギャギャギャ……後方から、やけに煩い走行音。

 特徴的なその走行音に、幸か不幸か、スポイラーは聴き覚えがある。「じゃあ、大体わかりました」スポイラーは助手席ドアを開いた。「行ってきますんで」「行け!」二秒後、左隣の車線に並ぶ車列とスポイラー達のビークルの車列の間を、武装オープンカーが弾丸じみて走行して来た。

 KRAAAASH!武装オープンカーの悪魔の牙じみたフロントグリルが、開け放たれた装甲ビークルのドアを破壊し、そのまま駆け抜けた。スポイラーはもうビークルの車内にいない。デッドエンドは何食わぬ顔で、引き続き、ハイデッカー無線の傍受に集中した。

「おう坊主」武装ビークルを運転する角刈りの男は、乗り込んできたスポイラーをティアドロップサングラスの奥から見た。「今、デッドエンド=サンと通信したがよ。ナンシー・リーがターゲットだな?」「そうです」スポイラーは曖昧に頷き、メモ紙を差し出した。「行きましょう」「行くとするか」

「そんじゃまあ、もう一発、加速だ!」角刈りのデッカーはシフトレバーに増設されたボタンを押し込んだ。ゴゴウ!武装オープンカーのマフラー付近がロケットの炎を噴き、左右の車列のサイドミラーを根こそぎ破壊しながら急加速する!

「アイエエエ!」「スッゾオラー!」後方へ過ぎ去る車列からは時折罵声が飛んでくる。ティアドロップ角刈りデッカーはピュウピュウと口笛を吹きながら、紙切れの内容をあらためた。「クマナミ・ストリート。オホッ!成る程、成る程」「確かに近いッスね」「おう、俺のクルマならな!」

 ガオン!空気を裂いて、武装オープンカーは赤信号交差点に突入した。交差道路は信号の変わり目だ。「ツイてるぜ」この角刈りデッカー、通称タフガイは、赤信号突入を好む。前に車がなくなるからだ。交差点の先はそこそこ空いており、適当にジグザグ走行すれば、車列の間を無理に抜ける必要もない。

「サイレン鳴らします?クルマ邪魔じゃないですか?」「ンな事したらよォ。ハイデッカーのクソ共に俺らの事がバレちまうだろうがよ」「そうでした」この武装オープンカーは見た目こそ電子戦争以前、1970年台アメリカを懐古するフォルムだが、強度が違う。車両衝突程度ならば何も問題にしない。

 加えて、タフガイの得意とするのは運転だ。何も問題はない。ダッシュボードには液晶テレビモニタが据え付けられ、マイコポルノ映像が映っている。この武装オープンカーはタフガイが規律違反して業務使用する私物なのだ。彼は片手をダッシュボードに伸ばし、チャンネルを切り替えた。

 映ったのはライブ・ジャーナリズム番組「ネオサイタマ・プライド」の緊急拡大放送だ。『ナンシー・リーは、某コングロマリット企業と過去に繋がりがあったのです。訴訟リスクをクリアに出来次第、あなた方にも社名をお伝え出来ます。某社はアメリカとの闇の……』「ミチグラの髪型、笑えるよな」

「オッサンのくせに、すごくボリューム感がありますよね、髪に」スポイラーは足元の紙袋を取った。「オニギリ・サンドじゃないですか。いいですか」バンズにオニギリを挟んだサンドイッチだ。「アア?いいぜ。一個残しとけよ」「がっつきませんよ。カロリーがほしいんです」「食え、食え」

「しかし、この二人がねえ。大僧正を殺し、オムラの会長を殺し、後何でしたっけ、失業率?後は……」スポイラーはオニギリ・サンドを咀嚼しながら呟く。オニギリの中身はテンプラだ。「……こいつらが逮捕されれば、日本が一気に平和になりますね」「だな。戦争中だけどな」「凄いですね」「だな」

 二人はしばし沈黙した。その沈黙には含みがある。頭上を「クマナミすぐ」と書かれた電子標識が通過した。「ま、とにかく俺らが捕まえる。そういうこった」「ええ」スポイラーは拳を握り、開き、確かめる。キューン……耳を凝らせば、微かなモーター音が聴こえる事だろう。サイバネティクスなのだ。

 忘れもしない。フレイムタンという名のニンジャが、49課をカラテで圧倒し、蹂躙した。あの日の屈辱の体験が、ナカジマの、49課として最初の仕事だった。ナカジマはあの日、腕を失い、かわりにサイバネティクスを得、ニンジャソウルを得た。そしてスポイラーの名を。

 実際あの日のインシデントは49課存亡の危機だった。100回程ある49課存亡の危機の中で最悪のインシデントだ。相当数の49課デッカーが殺害された。思えば酷い初仕事もあったものだ。だが、仲間の大量死……隣のタフガイにとっては、ルーキーのスポイラーの100倍は辛い体験だった筈だ。

 あの日、彼らが全滅を免れたのは、間に割って入ったもう一人のニンジャのためだ。その名をニンジャスレイヤー。彼がフレイムタンを殺したという。経緯を知るデッドエンドは多くを語らぬ。49課の「爺さん」こと、ノボセ長官は、デッドエンドよりも更に多くを知っている筈だ。だが、全く語らぬ。

 最悪の存亡危機は多くの教訓も残した。ニンジャ性を隠すデッカー達がN案件を処理する……他部署にも内密に。その暴露の危機をより重視するようになった。秘匿方法の改善。たとえばスポイラーのこの左腕のサイバネアームには、無線LAN通信をキャンセルする有害電磁波発生装置も仕込まれている。

 それは従来の妨害電磁波よりもずっと強力だ。恐らく健康被害すらも引き起こすほどに。相対したニンジャ容疑者は必ず身柄を確保、ないし、殺害せねばならない。秘密がバレそうになれば、各々がトカゲの尻尾になる。そういうコンセンサスができている。

 49課のデッカーは尋常の覚悟で働いていない。必須なのは無理を押し通す暴力、そして、タフになる事。さもなくば死あるのみだ。スポイラーは必死で喰らいつく中で、嫌でもそれを学んだ。左腕だけではない。右のアバラ骨は全てクローム製に置換されている。そういう体験が、彼を男にした。

「いつになったらシックリ来るんだァ、そのサイバネは」タフガイが言った。スポイラーは拳を開閉しながら唸った。「来てます。ただの癖です」スポイラーはサンドの残りを頬張り、シロップのように甘い缶入りコーヒーで飲み下した。要は、狂ってるのさ。彼は心のなかで呟く。俺達はニンジャなんだ。

 

◆◆◆

 

 蛍光ボンボリライトが明滅し、復帰した。ナンシー・リーは金髪を後ろで結わえ、息を吐いた。ファイアーウォール機の一台がおぼつかないLED光を弱め、焦げ臭い匂いを放ち始めた。アマクダリ・ネットの白血球は想像以上に執拗で強力。この場所も割れる。そろそろ次のポイントへ移動する頃合いだ。

「かなり難しい事です」ナンシーのタイピング速度の過負荷によって、モニタ上を悲鳴めいた文字表示が流れる。「もっと強いデッキが奪えれば……」ナンシーは缶入りコーヒーに口をつけた。シロップめいて甘い。顔をしかめ、脇にのける。「贅沢は言えないわね」

 今彼女が居るのはクマナミ・ストリートの深夜オフィス。無作為な選択だ。銀行強盗がセキュリティの甘い車を奪うように、場所を決めた。詰め所の警備員をやり過ごして裏口から忍び込み、カーボンフスマのロックを破り、スタンバイしたのだ。モニタは12分割され、別々の画面が映し出されている。

 画面の一つは、付近の道路地図。道路上を移動する複数の三角印はハイデッカーのビークルだ。既にこちらの位置は掴まれているが、まだ時間猶予がある。ここを捨てるにはまだ早い。ギリギリまで工作を続けなければ、全体の時間切れがそれだけ早まる。そうなればこのミッションの全てが無に帰する。

「ヌンヌンヌンヌンヌン」デッキに有線接続されて赤い光を放つ12面体のドロイドは、モーターチイサイ。今回のミッションは、物理・電子の両面で、分刻みで進める必要がある。UNIXバンや弟子のユンコの力を借りる事ができない。頼れるのは、自分のタイピングと、このか弱いドロイドだけだ。

 モニタの左上はテレビ番組。ネオサイタマ・プライドだ。時間表示の把握と、アマクダリ・セクトによるメディア操作への興味から、ナンシーはこの番組を流しっぱなしにしている。出自の情報を随分と熱心に集めたものだ。こうしたインシデントに備え、準備されていたものだろう。用意のいい事だ。

 KBAM!ファイアウォール一機が火を噴いた。ナンシーはそちらを見もせずタイピングを継続する。TV画面には、フジキドの恩師と、詰めかけた報道陣。恩師の言葉に困惑するレポーター。『スタジオ戻します!早く!』『フジキド=サン!これまでもこれからも誠実であれ!カラダニキヲツケ……』

 ナンシーはタイピングを継続する。画面には絶句したミチグラ。やがてボリューム感のある髪を撫で付けながら、再び尊大な調子でスタジオを歩き回る。『お……親も親なら子も子。そう言います。教師は、いわば親!今あなた方は真実を目にしている。教育制度の堕落はこんなにも我が国を蝕んでいた!』

 ナンシーはタイピングを継続する。ミチグラはカメラを指さす。『我が国の教育は非常にヌルい。目上の者を敬う古式ゆかしい道徳観を重点せねば!愚連隊と化して街をうろつく若者!犯罪への特急列車!リアルな問題は教育現場の堕落が生む。貴方の生活が脅かされています。フジキドはその象徴だ!』

 キャバアーン!キャバアーン!ジングル音が鳴り、確保したゾンビーIPがリスト化されてゆく。時間との戦い。いつ時間切れが訪れるかわからない。それは1分後かもしれない……。『だが希望は有ります』ミチグラが拳を握った。『我々には心強い隣人がいる事も思い出して頂きたい。ハイデッカー!』

 スタジオの液晶モニタに、威厳ある中年女性が映った。ミチグラはますます語調を強めた。「こちらのムナミ・シマカタ長官こそ、我らの隣人、ハイデッカー導入の立役者です!今回はなんとライブIRC通信が確立しており、最悪の凶悪犯罪者であるフジキド・ケンジとナンシー・リーに対して……』

 シマカタ長官はミチグラの前振りが終わるのを待っている。ミチグラはカメラ横の、おそらくディレクターの指示を見ているのだろう、目を見開き、首を振ったり、頷いたり、顔をしかめたりした。それから言った。『なんということでしょう!たった今スクープ映像が入ってきました。またしても凶行!』

 液晶モニタの向こうで、シマカタ長官が表情を曇らせ、側近になにか囁いた。ミチグラは腕を振り回した。「シマカタ長官!これは今現在、ネオサイタマ中をパトロールしている報道ヘリコプターから届けられた最新情報で、きっと貴方にも役立つ筈です!凶悪犯罪者の犯行声明です!ネオサイタマ郊外!』

 シマカタ長官は側近に向かってなにか語気を荒らげている。音声はまだ繋がらない。一方で、名声欲にその表情を輝かせるミチグラは、ライブ通信を隔てた相手の様子を把握しきれていなかった。『映像来ているのか?ヤッタ、でかした!さあ、視聴者の皆さん!ウチの局の独占映像です!今まさに!』

 ナンシーはタイピングを続ける。その眉が微かに動いた。画面に映し出されたのは、ネオサイタマ郊外の空撮映像である。燃え上がる瀟洒な邸宅!その尖り屋根の頂点に立てられているのは……おお……ゴウランガ!黒い旗である!黒い旗には禍々しい「忍」「殺」の文字が血のような赤で書かれている!

『なんという事だ!まさかフジキド・ケンジの魔の手が……あれはダイザキ・トウゴ氏の邸宅だという情報が同時に入ってきております。ダイザキ=サンは慈善事業に全力をあげて取り組むネオサイタマきっての名士であり、まさかそんな……こんな蛮行の犠牲に……え?何だって?いやライブでしょう!』

 ナンシーの口角が上がり、その頬がやや上気した。タイピングを続ける。TVでは混乱がそのまま音声出力されてくる。『え?ダメなんですか?どうして!スクープだろう!私は……え?長官?え、事案?ダメ?アッハイ、え?音声?音声切れ音、』コマーシャルが始まった。『美しいファンダメンタル!』

 ナンシーはタイピングを続ける。『ファンダメンタルー、生活クオリティいっぱいネー……』封建的ボコーダー・テクノ歌謡コマーシャルソング。ナンシーの緊迫したタイピングとはおよそそぐわない。「セキュリティ重点!」モーターチイサイが電子音を響かせた。「何故!?」ナンシーは思わず叫んだ。

 モーターチイサイの警告、それは即ち、このオフィスに踏み込んできた者があるという事を示す。ナンシーは画面を二度見する。ハイデッカーはいまだこの地に到達していない。他のアマクダリ・セクト存在か?それとも……?問うている時間は無い!ナンシーはネットワーク痕跡を消し、強制切断した。

「スッゾー!」その瞬間、カーボンフスマが蹴り破られ、ティアドロップサングラスをかけた角刈りのデッカーが室内に突入してきた。銃口。ナンシーは咄嗟に……否。首を振る。更に一人、角刈りのデッカーの陰から立膝で銃を向ける別のデッカー有り。ナンシーは息を吐く。そしてホールドアップした。


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 プロココココ……プロココココ……UNIX音とLED光で満たされた薄暗い船橋のカーボンフスマが開いた。威厳溢れる足取りで戻ってきた中年女性は、治安維持機構「ハイデッカー」の長官、ジャスティスである。彼女はコートの裾を翻し、中央の指揮官席に座った。「状況を」

「こちらを」ハイデッカー事務官の一人が駆け寄り、レーザーポインターでサブモニタを示した。ネオサイタマ市街区地図が表示されている。交通の要所に点滅するマーカーが意味するのは検問所ユニットの設置状況だ。「粛々と進行しております。遅延はありません」「よろしい」

 別のサブモニタがライブ映像を展開した。4つのローターで飛行する鬼瓦輸送機が、黒塗りの巨大な長方形物体を鋼鉄のワイヤーで吊り下げている。鬼瓦輸送機は交通規制された交差点に、その物体を無造作に落下させた。ナムサン。これこそが今回導入された簡易検問所ユニットである。設置に1秒!

 隔壁には「厳しい」「お上」「絶対的」といった文言が白インクでショドーされ、犯罪者のみならず市民達をも本能的に恐れさせる。市民達はしかし、これも治安維持の為、自分達の為にハイデッカーが尽力している証拠なのだ、と自らを納得させ、隔壁から流れるリラグゼーション音楽に耳を傾けるのだ。

 このシステムはニチョーム地区を隔離する行程でその有用性を実地に検証済であり、今回、フジキド・ケンジの行動を大義名分に、躊躇なくネオサイタマ全域に投入された。ジャスティスは「今夜逮捕者数100倍目標」のショドーを見た。「そしてフジキドの挑発行為」事務官が躊躇いがちに切り出した。

「……」ジャスティスは脚を組み、組んだ手を膝の上に乗せた。彼女は事務官をひと睨みしたのち、天井のエンブレムを見上げた。「天下」の漢字を意匠化したエンブレム!アマクダリ・セクト!「奴め」彼女は呟いた。フジキドが立てた黒い旗は既に三つ。フジキド……ニンジャスレイヤーの目的は明白だ。

「ナンシー・リーの確保は完了したか」「残念ながらまだです」事務官が目を伏せた。「しかし、アマクダリ・ネットは彼女の所在地をほぼ割り出しております。クマナミ・ストリートの封じ込めもじきに完了します」「ほぼ?じきに?そんな無駄口を私にきくな!」「申し訳ありません!」事務官は失禁!

 ジャスティスは検問所設置状況と検挙者数ゲージの増加を見ながら眉根を寄せる。アガメムノンのハナミ儀式。ニンジャスレイヤーの攻撃をトリガーとする非常事態シーケンス。2つが同時進行している。今夜は重大な夜となった。いや……ニンジャスレイヤーもそれを狙ったのだ。

 ニンジャスレイヤーの手によって「12人」に実害が及ぶ状況は最悪の事態として予め想定はされていた。然り、想定内だ。「12人」の誰かが死亡もしくは行動不能となった場合、今回のカウンター・プロトコルが発動し、彼をスケープゴートにした治安維持システム強化にスムーズに移行する仕組みだ。

(何をするかと思えば、旗とはな)ジャスティスは口の端を歪めて笑った。(幼稚極まる示威行為)ニンジャスレイヤーがいたずらに市民を恐怖させればさせるほど、ハイデッカーの地位は強固になる。渡りに船といってよい。だが楽観にはまだ早い。ナンシー・リーの確保に時間がかかりすぎている……。

 

◆◆◆

 

「バッカオメー!先にシャッターしめちまって……真っ暗じゃねえか」「スミマセン」スポイラーは左腕のライトをつけて闇を探った。「電気は……」彼は腕部液晶モニタを開き、倉庫の電力源をサーチした。「今、電気つけます」ガゴン……レバーを引き上げる。点灯。「便利だな!ビールも冷やせるか」

「どこ?ここ」ガレージ内を見渡したナンシー・リーは、拘束されて武装オープンカーに座らされたままだ。「知るか」タフガイはその場で腕立て伏せを始めた。「フーッ、適当な倉庫をフーッ、借りただけだ」「気が合うかもね。さっきの私と同じ事してる」「フーッ、バカが。俺らは公権力バンザイだ」

「署に連行しないの?ミスター公権力さん」ナンシーは尋ねた。「フーッ、してほしいのか?嘘つけ……フーッ、だがあいにく、俺らにゃ俺らのやり方が、フーッ、やり方がある。お前には黙秘権がある……」「あらそう」ナンシーはシートにもたれ、目を閉じた。

「通信が確立しましたよ」車の傍でしゃがみ込み、UNIXブースターに左腕を接続していたスポイラーが、タフガイを振り返った。タフガイは腕立てを続けながらそちらを見た。「フーッ、デッドエンド=サン、フーッ、やけに時間かかってやがるじゃねえか」「それがどうも、寄り道していたッてんで」

 ナンシーは片目を開けてスポイラーのUNIXブースターを見た。「ご大層なもの使ってるじゃない。そんなもの使って、強制排他的通信?LANを使わないの?NSPDのネットワークは?ねえ、私、ニセ警官に捕まったのかしら」「フーッ、俺らをナメるなよ、姉ちゃん。インタビューするのは俺らだ」

「じゃあ、したら?」ナンシーは言った。「黙秘権を使ってみたいわ」「悪いが」タフガイは腕立て伏せを終え、トランクのクーラーボックスからスパイスビールの瓶を取ると、王冠を歯で外し、ラッパ飲みした。「今回それは俺らの仕事じゃねえンでな。おい、後何分だ。寄り道だと?」「それが……」

「何だよ」「ノボセ=サンが一緒なんですよね」「ブーッ!」タフガイはビールを噴いた。「寄り道ッてのが、どうも、そういう事みたいで。ナンシー・リーの身柄確保をデッドエンド=サンに伝えたじゃないですか?それがどうも、ノボセ=サンに……」「面倒くせえな。年寄りは早寝早起きしろよ」

「ノボセ?」ナンシーは思わず口に出した。タフガイとスポイラーが同時に見た。ナンシーは目を閉じた。スポイラーはUNIX画面に目を戻した。「マッポネットに、ハイデッカーからウチへの名指しの報告要請が掲示されてます」「シカトだ」タフガイは即答した。「何様だ。調子に乗ってンじゃねえ」

「参ったな」スポイラーは舌打ちした。「連中、クマナミ地区の封鎖を始めたみたいです。検問ユニット輸送機の動員を他より優先してる」「ここに合流できンのか?」「ウーン」スポイラーは道路図とデッドエンドのビークルの現在地を確認する。「ちょっとマズイかも……」「寄り道してッからだ」

 言うが早いか、タフガイは武装オープンカーに飛び乗り、エンジンを始動した。スポイラーも素早くUNIXブースターを折りたたみ、助手席に戻った。「あら、場所変えるの?」後部座席からナンシーが問うた。「おう。わりィが、ちょいと追加のドライブだ」武装オープンカーがいきなりバック!

「頭下げて!」スポイラーがナンシーに指示した。ナンシーが従った2秒後、KRAAAAASH!急速バックする武装オープンカーは閉まったままのシャッターを突き破り、路上へ躍り出た!「センベイ方面に流しましょう」スポイラーが道路状況図を見ながら言った。「よォし!爺さんにも伝えとけ!」

 ガガガピー……マッポ無線がスピーカーから流れる。『49課。49課応答しなさい』『ア?テメエはどこの何様だ、ガキ!こちらデッドエンド。夜のパトロールの真っ最中だ。潜伏してるナンシー・リーを探せッてえから、駆りだされてやってンだろうが』『情報提供しなさい』『なンも無し!以上!』

 S字にクルマを動かして際どい追い抜きを行いながら、タフガイは欠伸をした。「いつまで騙し通せるか、わからんなァ!」「畜生、俺、何でもいいから絶対カマしてやりますよ今回は……いい加減、頭に来てンですよ、俺は!あ、急いでください!前!」スポイラーが指さす前方上空に鬼瓦輸送機の機影!

「折り合い良くないのね」ナンシーは微笑した。「私にとって吉と出るか凶と出るか……」「言っとくが、犯罪者に吉なんてのはねェんだよ。懲役何万年だ?姉ちゃん」タフガイが言った。「どっちにせよ、お前はスガモ行きだぜ!」武装オープンカー加速!鬼瓦輸送機が検問所を投下!

 タフガイはアクセルを踏み込み、ロケットエンジン点火!KABOOOM!「ンアーッ!」ナンシーが悲鳴を上げる!弾丸と化した武装オープンカーは交通規制を行うマッポ係官の真横を通過!「アイエエエエ!」キリモミ回転するマッポを尻目に、大質量に向かって突進!コワイ!

 BDOOOOM……間一髪、検問所ユニットが真後ろで着地。武装オープンカーは封鎖を切り抜け、クマナミ・ストリートから脱出した。「爺さん、どうだ」タフガイはダッシュボードのオニギリ・サンドをまさぐり、咀嚼しながら訊いた。「検問所を迂回して、センベイに向かってます。畜生まずいな」

「何がだよ」「ハイデッカーですよ。相当疑ってる」スポイラーはマッポネットIRCに目を走らせる。「ナンシー・リーを49課がおさえてるンじゃないかッて」「だって、そうなんだからよ。しょうがねえだろ」タフガイは言った。「押し問答させとけ!」

 武装オープンカーの左右を、滅茶苦茶な速度でネオサイタマの夜景が流れ去ってゆく。どちらにせよ、この先にジゴクが待っていることは間違いがなさそうだ。ナンシーはそう思った。

 

◆◆◆

 

 戦略ザシキ内、グンバイを握るラオモト・チバの手に力がこもり、白くなった。既に「12人」のうち3人が欠けた。ほんの数時間足らずのうちにだ。ニンジャスレイヤーの目的はもはや疑うべくもあるまい。「四人目は誰だ……ニンジャスレイヤーめ……」

 戦略ザシキ内には黒漆塗りのUNIXや回転計、ファイアウォール、コブチャサーバ、ハンニャ、液晶モニタ、フクスケ等が所狭しと並び、空調音と駆動音が競い合って、エマージェント極まるアトモスフィアを作り出している。チバの傍らにはニンジャが二人居る。ネヴァーモアと、シャドウドラゴンだ。

 スパルタカスはニンジャスレイヤーを追っている。それ以外の8人の誰かのもとへニンジャスレイヤーが向かっている事はもはや間違いなし。奴はアマクダリ・セクトがアガメムノンのトップダウン組織であると考えており、彼が不在となる状況を事前に得たうえで、今夜の暗殺作戦を開始したのだ。

 8人のうち、アガメムノンのもとへニンジャスレイヤーが向かう可能性はどうか。チバはその可能性も捨てなかった。だがその難易度は他の11人の比ではない。むしろニンジャスレイヤーの狙いは、アガメムノンがハナミを終えて現場へ戻るまでに、残る11人全てを殺害する事。そう考えるのが自然だ。

 チバはシャドウドラゴンを横目に見る。黒一色、龍頭のニンジャは、今宵もマシーンめいて沈黙し、俯いている。アガメムノンのハナミが終わるまで、決してチバの「護衛」を休みはしないだろう。アガメムノンがチバを監視するために彼を置いたのだとすれば、愚かな事だ。そんな行いにメリットは無い。

 チバは葉巻を吸って、ニューロンにキックを与えた。セクト内ですらその情報を断片化され、一同に会する事もない「12人」について、ニンジャスレイヤーはどこまで掴んでいる?いかにして掴んだのか?とにかく奴は、幹部の暗殺によって組織を機能停止できると考えていよう。甘い考えだ。

 多頭龍の首を切り落としたところで、そこから新たな首が生え替わるだけだ。それが政治、それがアガメムノンの構築したシステムだ。ニンジャスレイヤーは追い詰められた挙句にヤバレカバレな賭けに出た。彼がこの夜、少なくともアガメムノン以外の11人を殺害できねば、自動的にセクトの勝利だ。

 現に、アガメムノン不在時も、こうして予め整えられたプロトコルに沿った対策行動が進行している。アガメムノンがいようがいまいが同じ事。ニンジャスレイヤーのイクサの次元は低い。しかしチバは胸騒ぎを抑えられずにいる。偉大な父を殺した相手への憎しみ、あるいは畏怖?彼は奥歯を噛みしめる。

『ドーモ。スパルタカスです』追跡者からの通信に、チバは応える。「状況はどうだ」『奴は雷雨に紛れ逃走を測っている……あまり歓迎すべき状況ではないですな。私の勘もこの天候では、どうもうまくない』「アルゴスがナンシー・リーの妨害を排除した。ジャスティスと連携を取れ」

『ああ、情報はしっかり共有しますとも。便利なもんだ……こちらはこちらで、自由にやらせてもらいますよ。蟻のような軍隊と、キリギリスめいた遊撃とで、いっちょう、両面から揉んでやろうじゃありませんか……ははは』「ドラゴンベインとスワッシュバックラーの他に兵は要るか」『否』

「……現場の武人の勘に問うとするか。スパルタカス=サン、敵は次に誰のもとへ行くと考える」『もう一つ二つ旗が上がれば、はっきりするかも知れませんな』スパルタカスは声を低めた。

 

◆◆◆

 

「御用!御用!御用!御用!」パトランプ音声と、窓から顔を出すハイデッカー達の罵声、「ザッケンナコラー御用!」「スッゾオラー御用!」それらを背後にまといつかせながら、タフガイの武装オープンカーは際どい蛇行運転とドリフト走行を繰り返す。「畜生、手際がイイじゃねえか!バレたか?」

「スピード違反や信号無視してるからッスよ!そんなもん問題無いッスよ」「だよな!」「そこ右です」「おう」タフガイはシフトチェンジを行い、思い切りハンドルを右にきった。ギャギャギャギャギャ!「ザッケンナコラー御用!」「スッゾオラー御用!」KRAASH!追跡車両が電柱に衝突炎上!

「貴方達って随分楽観的ね!」後部座席でナンシーが身を起こし、呆れた。タフガイは取り合わない。「スッゾオラー!容疑者が偉そうにしてんじゃねえ」「ほら、前!」前方でクルマを横向かせて壁を作る複数台の新たなハイデッカー車両!「面倒くせえぜ!」タフガイはロケット再点火!BOOM!

 武装オープンカーは路上の凹凸を利用して斜めにジャンプした。「ンアーッ!」ナンシーが悲鳴を上げ、「ザッケンナコラー御用!スッゾオラー御用!」ハイデッカー達の叫びが後ろに遠ざかる。オープンカー着地!「ンアーッ!」「ハッハー!」「次はそこ左です!」「ハッハー!」

 すると、角を曲がり別のハイデッカービークルが出現!「さすがにこれは……」スポイラーが顔をしかめた。「いや、これくらい来るだろ」タフガイはハンドルを切った。「いや、しつこすぎませんか?やけに回り込んで来てますし」「アー、そうね」「ネットワークで連携してる」ナンシーが指摘した。

 デッカー二人は数秒沈黙した。そしてナンシーを振り返った。「「それだな」」ギャギャギャギャギャ!グリップを失いかけたクルマを、タフガイは巧みなハンドルワークで立て直した。「何で奴らそこまでする。俺のクルマは私物、ID登録なんかしてねえってのに」「知らないわよ」ナンシーは言った。

「とにかく、マークされてる。このままじゃ遅かれ早かれ立ち往生。合流はできないわね」ナンシーはダッシュボードの時計表示を見る。0320。このままいたずらに時間が過ぎてゆくのか。万事休すか……?否、まだイクサは始まったばかりだ。ニンジャスレイヤーも何処かに。彼女は顔を上げた。

「そっちの貴方。名前」「スポイラーと呼んでくれ」「スポイラー=サン。サイバネにUNIXブースターを繋いで、ネットワークに繫ぐ事、できるわよね」「ああ、見てたろ」「オイ!犯罪者がナマ言ってんじゃねえ」「ちょっと運転に集中しててください」スポイラーは遮った。「何か考えがあるのか」

「決まってるでしょ」ナンシーは手錠をガチャつかせた。「ハッキングよ。私がスポイラー=サンのUNIXからマッポネットワークにアクセスして、この車両のマーカーを不可視にする。これ、外して頂戴。ホームポジションが取れない」「やれるのか?」「オイ!勝手な真似を……」

「ザッケンナコラー御用!」「スッゾオラー御用!」ナムサン!交差点の向こうでビークルバリケード!「チィーッ!」ギャギャギャギャギャ!タフガイはハンドルを右に切る!「ザッケンナコラー御用!」「スッゾオラー御用!」ナムサン!右折先にもビークルバリケード!「チィーッ!」

 ギャギャギャギャギャ!タフガイはハンドルを右に切る!「ザッケンナコラー御用!」「スッゾオラー御用!」既に追跡ビークルが来た道を塞いでバリケード!「チィーッ!」ギャギャギャギャギャ!タフガイはハンドルを右に切る!唯一の突破路!バリケード形成中のビークルに突入!KRAAASH!

「ンアーッ!」「グワーッ!」ナンシーとスポイラーは衝撃に悲鳴を上げた。「チィーッ!こいつァさすがにカネがかかるぜ」タフガイはぼやいた。強引な突入によって車体両サイドが滅茶苦茶だ。「早く!」ナンシーは叫んだ。「スポイラー!鍵をくれてやれ。だがオーバーホールの費用はテメェ持ちだ」

「手を出せ」スポイラーがナンシーの手錠のロックを解除した。スポイラーはナンシーに指を突きつけ、「いいか、当然だが今だけだ。釈放でも何でもないッてことを」ギャギャギャギャギャ!「グワーッ!」蛇行運転!「やると決めたらとっととやらねえか!バカ野郎!」タフガイが吠える!

「ハイヨロコンデー!」スポイラーはブースターと左腕を接続、オプショナルキーボードをナンシーに差し出した。ナンシーは怒涛のタイピングを開始する!ナムサン!ハイデッカーはあくまでマッポの中の一組織であるが、マッポネットワークに侵入する行為は、マッポ全体に対する更なる明確な挑戦だ!

「オイッ、こんなもんケジメじゃ済まねえんだ。痕跡消せよ!」タフガイが叫んだ。「俺は責任取らねえぞ」「俺もだ、ナンシー・リー!」「今更……そりゃあ消すけどね」ナンシーはタイピングを加速させる。0101110110……キャバアーン!神聖なる達成音が鳴り響き、マーカーが消滅した。

 弄ったのはマッポネットワークの末端に過ぎない。容易な作業だ。ナンシーはすぐに痕跡を偽装・消去し、ネットワークから切断……する前に、密かに飛び石行為を行い、ニンジャスレイヤーの所持する携帯端末のIPアドレスにアクセスした。そして位置情報を送信した。「終わった。急ぎましょう」

 

◆◆◆

 

 雷鳴が轟き、闇の中でアグラするニンジャと、そのメンポの「忍」「殺」のレリーフを、白黒に浮かび上がらせた。チャドー呼吸によってセイシンテキと傷の回復を行っていたニンジャスレイヤーはカッと両目を開き、メンポの隙間から白い息を吐き出した。彼は懐から携帯端末を取り、内容をあらためた。

 その数秒ののち!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはアグラを解きながら回転跳躍!隠れ潜んでいた廃屋の庭のススキ群の中から飛び出した。危険な刃を散りばめた投網が、彼のアグラしていた地点に落下して来た。アブナイ!「フシューッ」闇の中、襲撃者の円眼鏡メンポが光った。「用心深い奴め」

「だがそれは悲しいかな、貴様の死期をいたずらに延ばしたに過ぎず」別の襲撃ニンジャの声。隣接する廃屋の屋上で腕組みしている。「五分もあれば、結局テメェはボロ肉になっちまうって、寸法よ」ジャラジャラと鎖を鳴らしながら、三人目の襲撃ニンジャが姿を現す。

「シューッ!お前の逃避行もこれで終わりよのォ!」円眼鏡メンポのニンジャがアイサツした。「ドーモ。ラクエリィです」「ククク……何たる僥倖……オヤブンやドラゴンベインらに先んじて獲物を捉えようとは。だがそれもオヤブンの的確な指示あってこそか。ドーモ。スキピオです」「そして俺様が」

 三人目が得物の鎖を威嚇的にふるってアイサツした。「俺様がバルバロス!」「我らはスパルタカス=サンの忠実なる配下」スキピオが言い、三者が和した。「「「古代ローマ三闘士!」」」ニンジャスレイヤーはオジギを返し、ジゴクめいて睨み返す!「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」雷鳴が轟いた!


3

 雨足が強まっている。オゾンの匂いだ。崩れかけた廃屋の集まりに到達したスパルタカスは、断続的に空の闇を染める雷光の下、微かなニンジャソウルの残滓を辿った。ドラゴンベインとスワッシュバックラーは他の「12人」のもとへ向かった。ニンジャスレイヤーにとって攻略可能性が高い者達のもとへ。

 スパルタカスは屈み込んだ。泥土をニンジャ足袋の跡が乱している。複数。彼は眉根を寄せる。「……」彼はキラキラ光る繊維を拾った。投げ網の一部。すぐにわかる。ラクエリィの得物だ。交戦があった。彼は小走りに進み、新たな痕跡を発見する。廃屋の壁に撥ねた血と、ブレーサーの一部だ。

 ひしゃげたブレーサーはラクエリィのものではない。行動を共にするスキピオ、バルバロスのものでもない。スパルタカスは目を細めた。泥土の足跡と壁材の歪み、空気中のニンジャソウル痕跡成分が、この場で行われた戦闘のさまを、影絵じみて朧に浮かび上がらせる。

 赤黒のブレーサーは獲物ニンジャスレイヤーのものだ。三闘士は投網や鎖を投げつけ、スキピオによるトドメを狙う。古代ローマカラテにおいて、投網は特に習得難度が高い。遺跡や古文書にもその戦術の一端は記載されている。所詮はニンジャのカラテを畏れるしか術のないモータルによる記録であるが。

 三闘士はニンジャスレイヤーと応酬しながら(スパルタカスはここで壁に突き刺さったスリケンを見た)、この廃屋地帯を抜ける。スパルタカスの目には、戦闘する彼らの影が見える。セオリー通りのイクサだ。だが……スパルタカスは軽く笑う……つまらぬイクサである。三闘士。至らぬ連中だ。

 ニンジャスレイヤーの腕からブレーサーを剥がしたのはバルバロスの鎖だ。筋はいい。スパルタカスに言わせれば武器を用いた古代ローマカラテは邪道。彼の個人的な考えである為、古代ローマカラテ会のカリキュラムには習得項目として残してはいる。だが、本来は組み技を主体とする素手のカラテこそ要。

 ゆえに「ナムアミダブツ」スパルタカスは無感情に呟いた。そこにはバルバロスの首が転がっていた。血走った目は彼を殺害した敵を憎悪とともに凝視しようと見開かれたままだ。ブレーサーひとつと引き換えの命か。スパルタカスはバルバロスの頭を踏み砕いた。彼は弟子を取らぬ。カラテ会はビジネスだ。

 スパルタカスが真に愛するのは、常に、目の前の敵だ。敵は彼に成長の機会を与えてくれる。彼はニンジャスレイヤーに強い興味を抱いている。ザイバツのサラマンダーを殺し、ハーヴェスターのインターセプターを殺した者のカラテ。自ら仕留め、血肉とすべし。……必ず勝てる状況に追い込んだ上でだ。

 バルバロスを失ったラクエリィとスキピオは、ニンジャスレイヤーと互いに攻撃を繰り返しながら廃屋の屋根へ……徐々に高所へ(「イヤーッ!」スパルタカスは屋根へ飛び乗り、走り出した)。そして廃屋地帯から雑居ビル街へ。屋上から屋上へ(スパルタカスは垂直にビル壁を駆け上った)。

 スパルタカスは風を嗅いだ。どの方向だ?ニンジャスレイヤーの次の狙いは「12人」の誰だ?彼の頭上をマグロツェッペリンが通り過ぎる。その横腹には「10100400」の電光日時表示。夜明けまで二時間弱。「……」彼は眉根を寄せた。向かいのビル屋上、給水タンクに鎖が巻きついている。

 すぐに、給水タンクに巻きつけられたものを見て取る。変わり果てたラクエリィだ(「イヤーッ!」スパルタカスは飛び移った)。スキピオは少なくともこの場で死んではいない。ゆえにこれはイクサの後の仕打ちではない。イクサの最中にバルバロスの鎖を利用され、いかにしてか、この場に磔となった。

「アバッ……スパルタカス=サン」ラクエリィが血を吐いた。まだ息があった。「力及ばず」「スキピオは?」「戦闘を継続……」ラクエリィは眼球を動かす。スパルタカスはその角度から精緻な方角情報を得る。「そうか」「奴は、アバッ!」ラクエリィは痙攣!もはや限界だ。「サヨナラ!」爆発四散!

「……」スパルタカスは足元の血痕を指ですくい、メンポを開いて口に含んだ。複数の血。そこにはニンジャスレイヤーの血も混じっているとわかる。だが、三闘士ではかのネオサイタマの死神をどこまで削ることができるか……。それは十分か……?

 

◆◆◆

 

 フラッシュライトがかざされた。ナンシーはビクリと震え、覚醒した。目の前に机がある。机越しにスポイラーが呆れる。「たいした度胸だ。寝やがるなんて」「他にやる事も無いじゃない。黙秘権よ」ナンシーは言った。「……ちょっとでも仮眠をね」そう、仮眠。このミッションはまだまだ長い。

「今何時?」「うるせェ」扉の横に立つタフガイが舌打ちした。「貴方が悪い警官で、スポイラー=サンが善い警官?」「そういうセオリーを期待してんのか?」タフガイは弾丸をこれ見よがしに込め直す。「ロシア式を教えてやろうか、ア?」「事情聴取は俺達じゃない」スポイラーがナンシーに言った。

「勿体つけるのね」「合流できたから起こしたんだ」スポイラーが言った。ナンシーは室内を見回す。「ここ、本当に警察署?お茶は出る?」「スッゾオラー!」SMASH!「グワーッ!」ドアを蹴り開け、短髪の女デッカーが入ってきた。スポイラーが立ち上がった。「ドーモ、デッドエンド=サン!」

「イヤーッ!」「グワーッ!」デッドエンドはスポイラーをいきなり殴り倒し、唾を吐きかけた。「何を、」スポイラーは鼻血を拭った。デッドエンドは顔をしかめた。「面倒押し付けやがったからだ!」「スミマセン!」「テメェがナンシー・リーか」ナンシーの金髪を掴む!「何をやらかした、ア?」

「知らないのに何で逮捕されるのかしら……」「ナメたクチを」「そこまでだ!」老いた、だが力のある怒声が部屋の外から発せられた。ナンシーの顔面を机に叩きつけようとしていたデッドエンドの手が止まった。彼女は舌打ちしてナンシーから手を離した。スポイラーは目をそらした。

 スポイラーは慌てて立ち上がり、オジギした。割れたサングラスを拾っていたタフガイも素早く戸口に向き直ってオジギをした。「「ドーモ、ノボセ=サン!」」「ドーモ」現れたのは、黒いPVCコートを着、左目を眼帯で覆った、厳めしい老人であった。同行してきたデッドエンドも彼にオジギをした。

「後は、わしが引き継ぐ」「ちょっと待ってくださいよ」デッドエンドは言いかけた。ノボセの隻眼がギラリと光った。「クチゴタエスルナー!」「ハイヨロコンデー!」「外の哨戒にあたれ!」「ハイヨロコンデー!」タフガイが駆け出して行った。デッドエンドが、畜生、と呟き、彼に続いた。

 出て行きそびれたスポイラーは恐縮しながら椅子を差し出した。「その……つまり……ナンシー・リー……容疑者でして」ノボセは彼の肩を叩いた。「行け」「ハイヨロコンデー!」スポイラーは戸口へ走り、もう一度オジギをしてから戸を閉めた。「……さて」ノボセとナンシーは目を合わせた。

 老人はコートを着たまま椅子にかけ、卓上で手を組んだ。その指は、右手の中指、左手の人差し指と中指を欠いている。長きキャリアのなかで果敢に闘い、ケジメを重ねた者の手であった。彼こそはノボセ・ゲンソン。伝説のデッカー、NSPD重鎮、引退後なお現場にあって、49課を指揮する老戦士だ!

 しばしの沈黙の後、ノボセ老はナンシーを真っ直ぐに見据えながら切り出した。「こんな機会でもなければ、話す機会も持てんものだ」「……ドーモ。久しぶりね」「今の状況は当然把握しておろうな」「そうね」「何が起こっている」「……」ナンシーは答えない。やがてノボセが言った。「手を出せ」

 ナンシーは数秒躊躇い、そののち、手を机に乗せた。ノボセは懐からキーを取り出し、彼女の拘束を無雑作に解除した。ナンシーは呆気に取られかけた。「逃げるわよ?」「どうやってだ、お嬢さん」ノボセ老は低く言った。「……」ナンシーは肩をすくめた。

「時間は多くない」ノボセが言った。「早晩、ハイデッカーどもはこの場所を嗅ぎ当てる」「仲間じゃないの?警察にも色々あるのね」「そうだ」ノボセは重々しく頷いた。「ハイデッカーは設立されて間もない組織だ。そしてネオサイタマ市警を実際呑み込もうとしておる。……わしの話を、少ししよう」

 雷鳴が遠く聴こえる。「ラオモト・カン、そしてソウカイ・シンジケートにまつわる一連の出来事は、わしに一つの考えをもたらすに十分だった」彼はやや声のトーンを落とした。「……ニンジャによる社会支配に対し、わしらは戦わねばならぬ。闇の社会に根を下ろす悪に、楔を打ち込まねばならぬと」

「ニンジャの絶対数はそう多くはない。社会に害を為す戦闘者達……彼らを都度、淡々と取り締まれば、それでよいか?そう上手くはゆかん」「当然ね」「最終的に、わしは職を辞した。表向きには、引退だ。警察組織内の何人かの協力者の力添えのもと、どうにか確保した庭。それが49課だ」

「あの様子じゃ、日頃から苦労してるんじゃない?」「彼らはニンジャだ」ノボセ老が言った。ナンシーは無言だ。ノボセは続けた。「なおかつ、あの三人だけではない。ニンジャとなる以前から、デッカー、あるいはマッポの立場にあった者達が、49課には集められている。そうではない者も居るが」

「ニンジャとなった者は、警察組織の中で遅かれ早かれ単純な問題沙汰を起こす。そうした者らが集められている。闇社会のニンジャの犯罪を取り締まる、ニンジャの武力だ」「毒をもって毒を制す?」「彼らの精神の根底にあるのは正義感だ」ノボセは言った。「素行に問題があろうと、それは揺るがぬ」

「……私から特に言うことはないわ」ナンシーが呟いた。ノボセは頷いた。「ネオサイタマを、或るアトモスフィアが覆いつつある。戦争が始まり、政治が、都市が、姿を変え始めた。ハイデッカーの隊員達を間近に見たことがあるか。正式に予算が組まれている。何もかもが、すり替えられつつある」

 再び、沈黙が訪れた。やがてノボセ老が口を開いた。「この夜、ネオサイタマの名士が立て続けに三人、命を奪われた。フジキド・ケンジと、お前の手で」「事実よ」ナンシーは頷いた。「懲役を加算して頂戴ね」「殺害現場の付近に、黒い旗が立てられた。『忍』『殺』の旗が」「ええ。その通り」

「……かつてラオモト・カンとソウカイ・シンジケートを滅ぼしたニンジャスレイヤーは、この夜、何を目的に動いている」「……」二者は睨み合った。ナンシーは呟いた。「旗を立てる為よ」

 KABOOOM!「御用!御用御用!」その時、部屋に届いて来たのは、なんらかの爆発音と鳴動、群れをなす御用サイレンの音だった。ナンシーは腰を浮かせた。ノボセ老は動かない。「来たか。ハイデッカーの包囲だ」低く言った。「一度目は威嚇だ。奴らとて、公にマッポ同士で殺しあう事はできん」

「引き渡さないの?私はテロリストの片割れよ。システムを混乱させ、犠牲者を生み、市民を……」「当然、我々49課は犯罪者を逃がしてやるつもりなどない」ノボセ老は言った。「力を貸す事もない。だが」彼は厳めしくナンシーを見た。「我らとハイデッカーの競り合いは、この後しばし続くだろう」

 

◆◆◆

 

 KABOOOOM!「御用!御用御用!」廃スーパーマーケット「をべなや」の正面店舗ウインドウが爆散し、分厚い煙が夜空に立ち上った。敵は正面店舗にはいない。裏側の事務所内だ。威嚇目的である。包囲部隊指揮官はタクティカルスコープを下ろした。Y字切れ込みの入った装甲フルヘルメット。

「あまり根比べに時間を割いてもつまらぬ」指揮官はブレーサーの液晶画面を操作し、戦略指示を出した。ハイデッカーの包囲部隊には装甲車両が3台、新型のオナタカミ・ホバー自動機「ハイタカ」が4機含まれている。物量は十分すぎるほどだ。どのみち、おおっぴらにマッポ同士が戦闘はできぬ。

 極悪非道の残虐テロリストとして周知されているナンシー・リー容疑者を匿い続ける大義は49課にはない。縄張り意識が高じての行動に引っ込みがつかぬか。指揮官は侮蔑の感情をもって49課に思いを馳せた。不良デッカーの掃き溜めは、新秩序の構築者たるハイデッカーに生理的拒否感を抱くのだ。

 49課は自らを袋小路に追い込んだ格好と言えよう。この件を不祥事として徹底的に追求し、日頃から気に食わぬ行動を繰り返す愚連隊を解体、辞職に追い込むのがよい。抵抗を理由に殺害してもよい。何故なら、この指揮官はニンジャである。その名をマージナル。

 正義を司るハイデッカー・スーパーバイザーのマントを翻し、彼は裏口方向へ移動する。「ドーモ!」「ドーモ!」「ドーモ!」一糸乱れぬ動きでハイデッカー達がオジギを行う。更に、一人が進み出て報告した。「中とIRCセッションが確立しました」「ご苦労」彼はブレーサーUNIXをタイプした。

 ojigiコマンドののち、彼は高圧的メッセージを送信した。『諸君らは重大な内規違反の疑いをかけられている。ナンシー・リーをすぐに引き渡さねばならない。さもなくばこの件について査問委員会を招集する事になる』数秒後、49課からメッセージが返った。『我々が署に直接連行するのが筋だ』

『本件に関しては我々ハイデッカーが現場の指揮権を持つ。協力に感謝する。すぐにナンシー・リーを引き渡せ。さもなくばこの件について査問委員会を招集する事になる』『そんな話は聞いていない。我々はハイデッカーを承認しない』マージナルは眉根を寄せる。どこまで頑ななのだ。愚かな。

『これは命令だ』『命令に根拠無し。異論あらば、しかるべき手続きを踏んで申請せよ』しかるべき手続きだと?マージナルは舌打ちした。日頃息を吸う用に違反行為を繰り返す49課が手続きの話をするとは。やがて再度のメッセージが届いた。『要するに、朝の9時まで待ってみろ。ボンクラ野郎』

「ウヌッ……!」「どうなさいました」随行事務官が心配そうに尋ねる。マージナルは退けた。彼は心中激しく罵った。獣と変わらぬ知性の持ち主どもが、賢しらに!49課はハイデッカーの邪魔をしばしばする。ニンジャ犯罪に喰いつく事が多いからだ。そのたび、秘密保持と揉み消しに労力がかかる。

 たかが不良デッカーの寄せ集めが、奥ゆかしさの概念を持たぬばかりに、アマクダリ・セクトの日常的なマネー活動を阻害する。そんな事がこれ以上あってはならない。非ニンジャの屑ごときに、これ以上……!マージナルの双眸は次第に不穏な光を帯び始めた。

 

◆◆◆

 

「スゥーッ、ハァーッ」ニンジャスレイヤーはチャドー呼吸を深める。「スゥーッ、ハァーッ」両肩が震え、赤い瞳の光は弱く明滅し、「忍」「殺」のメンポがミシミシと音を立てた。「スゥーッ、ハアーッ!」彼の視線の先には、何十年も前からモニュメントと化した廃東京タワーのシルエットがある!

 彼がチャドー待機するビルディングと廃東京タワーを挟み、その向こう、エジプトの大神殿じみたカスミガセキ・ジグラットのシルエットがある。ネオサイタマの政治の中枢。アガメムノンがハナミ儀式を今もなお継続中の、暗黒の宮殿が。

 近い。手を伸ばせば届きそうなほどに。だが、実際はなんと遠いことか。ジグラットの周囲にはハイデッカー部隊が展開し、その内奥には、表社会において決して言及される事のない透明の戦力が潜んでいる。即ち、ニンジャが。アマクダリ・セクトの者たちが。そして地対空ニンジャ兵器の数々が。

 廃東京タワーは分水嶺のようなものだ。あの地点を越えて先に進めば、ハイデッカーの警戒領域へ踏み込む事になろう。そしてその先……今はまだその時ではない。ニンジャスレイヤーはチャドー呼吸を深める。左腕のブレーサーは三闘士とのイクサにおいて失われた。背中の傷も無視できぬ。

 本来、彼はすぐにでもナンシー・リーの元へ向かわねばならない。捕縛された彼女を奪取せねば、「12人」のうち3人を殺害し、ここまで積み重ねてきたイクサの全てが水泡に帰する。この期を逃せば、二度は無い。しかし……「スゥーッ……ハァーッ……」この傷。そして、追手の存在!

 彼の視線は廃東京タワーに注がれている。正確には、その頂点部……針めいて尖った尖端部に。彼は湧き上がる殺気を殺す。チャドー。フーリンカザン。そしてチャドーだ。アグラする彼の両手にはスリケンがある。だが、投げるイメージを育ててはならない。それは必ず気取られよう。

 雷鳴が轟き、先端部の影を照らす。その一瞬で、読者の皆さんの網膜には充分に焼き付いた筈だ。廃東京タワー尖端部に心臓を貫かれ、雷に打たれて黒焦げの死体と化したニンジャの死体が。古代ローマ三闘士最後の一人、もっとも油断ならぬ戦士、スキピオの死体が!ナムアミダブツ!

「スゥーッ……ハァーッ……」ニンジャスレイヤーは惨たらしきその死体をニンジャ視力によって見据えながら、ヘイキンテキを保ち続けた。水のように。かつてのあの日。彼の亡き息子、トチノキが、小学校に通いだす前日。家族で出かけたタマ・リバー支流の渓流釣りの、あの穏やかな水のように。

 彼はニューロンの中で、過去の一日を静かにリピートし続けた。木々の向こうは赤黒の闇と火と霧がざわつき、憎悪の眼差しが見え隠れしていた。だが、彼はレジャーの光景に集中した。チャドーがそれを助けた。そうする必要があった。そうせねば、すぐさまスパルタカスが彼を見つけ出す!

「スゥーッ……ハァーッ……!」KABOOOOM!再び東京タワーに雷が落ちた。雷は鉄骨を伝い、大地に散ってゆく。今、その鉄骨を、垂直に、ほとんど悠々とした足取りで、上がってくる者があった。あれがスパルタカスだ。

 三闘士と闘いながら移動するニンジャスレイヤーを、一定の距離を保ちながら追跡してくる存在があった。アトモスフィアですぐにわかった。並みの存在ではないと。スパルタカスであった。「12人」の一人にして、おそらくアマクダリにおいても最強の一画を担うであろう極めて危険なニンジャ。

 闘いながら、ニンジャスレイヤーは幾つかの伏線を張った。バルバロスの手掛かりを残し、瀕死のラクエリィを残した(戦闘のさなか、彼の独特の投網投法を逆に利用し、バルバロスから奪った鎖で縛りつけることに、辛くも成功した)。そしてスキピオの死体。スパルタカスは必ずあらために来る。

 そして、見よ。ブルズアイ。スパルタカスは垂直に東京タワーを歩いてくる。カラテの化け物だ。真のタツジンは川の水面を歩いて渡ると言われている。そうしたムーブの一種である。その歩みは緩慢なようで、実際あっという間に頂点部に至ろうとしている。死体から、ニンジャスレイヤーの痕跡を……。

 スパルタカスは針めいた尖端部で、尖端部に対して垂直に屈んだ。そしてスキピオの焼死体に触れた。その瞬間、ニンジャスレイヤーはニューロンから川遊びの情景を消し飛ばした!「イヤーッ!」アグラ姿勢から螺旋回転を描くように跳躍したニンジャスレイヤーの両手から、スリケンが放たれた!

 二枚のスリケンはDNA螺旋じみた軌道を描きながら空を裂いた。雷とは異質の、何かが弾ける音が、周囲のビルのガラスに亀裂を生んだ。奥義ツヨイ・スリケン!必殺の投擲!当然その先に在るのはスパルタカス!「イヤーッ!」ゴ……ゴウランガ!?

 ツヨイ・スリケン投擲モーションを経て着地途中のニンジャスレイヤーの目が見開かれた。その顔面に閃光めいた衝撃が加わった。「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは真横に吹き飛び、ガラスを粉砕しながら、ビルの反対側から射出された。射出された彼はキリモミ回転しながら「寄」の看板に衝突した。

 KRAAAASH!「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは砕けたネオンガラスとともに落下しながら、打撃の衝撃によって失われた約1秒の記憶をリコールしようとした。螺旋軌道を描くスリケン。その時既にスパルタカスは首を巡らし、はっきりと捉えていた。スリケンと投擲者ニンジャスレイヤーを。

 何たるニンジャ反応速度か……何たる……反応速度?否、それはもはや予知能力か。スパルタカスはスリケンがニンジャスレイヤーの手を離れるコンマ数秒前にそれを知っていた。瞬間的に膨れ上がったニンジャスレイヤーの攻撃意志のパルスを読み取り、それに対して反応した。そう考えれば説明がつく。

 スパルタカスはスリケンが放たれるよりも先に、東京タワー尖端部を垂直に蹴り、横に跳んでいた。彼は飛来するツヨイ・スリケンを上から踏んだ。それを飛び石に、さらに跳んだ。そしてニンジャスレイヤーに到達。そのカラテ……「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは落下しながら再度スリケン投擲!

 砕けた窓ガラス穴から顔を出し、ニンジャスレイヤーを見下ろしていたスパルタカスは、やや首を傾げた。耳の横をニンジャスレイヤーのスリケンが通過した。メンポをしていても、笑顔がわかった。アトモスフィアで、わかった。ニンジャスレイヤーは受け身をとった。スパルタカスが落ちてきた。

 東京タワーと潜伏ビルの距離は、飛び石さえあれば、一流のニンジャが跳んで跳べない距離ではない。だが……飛来するスリケンを踏み台に?「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはバック転を打った。スパルタカスが着地とほぼ同時にオジギした。「ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン。スパルタカスです」

 飛来するツヨイ・スリケンを無害な角度から踏み、そして再度跳ぶ。恐るべき精密なタイミング計算。ニンジャスレイヤーは折れぬ心でアイサツを返す。「ドーモ。スパルタカス=サン。ニンジャスレイヤーです」セイシンテキを保て。殺すべき「12人」の一人。最後の標的ですらないのだ!だが……。

「古代ローマカラテは魔技」スパルタカスの両手が、じわりと残像を描きながら動いた。そして構えた。「極めたと思えば、なお研究の余地が見えてくる。いわば俺のライフワークよ。そして……ぶっちゃけた話、俺の権力の源でもある。カネのなる木よ。カネ、女、旨いスシ。アマクダリ・セクト」

 ニンジャスレイヤーはジュー・ジツを構える。瞬間的にニューロン内で百の打撃軌道を想定する。イマジナリー・カラテは無慈悲な答えを返す。スパルタカスはそれらに対応し、ニンジャスレイヤーに何らかの反撃を行うだろう。スパルタカスが一歩すり足を踏み出す。ニンジャスレイヤーは間合いを保つ。

 ニンジャスレイヤーは次に取るべきムーブを試行錯誤し続ける。ニンジャアドレナリンが血中に激しく送り込まれ、時間感覚が泥じみて鈍化する。彼は答えを出した。カスミガセキ・ジグラット!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーがスパルタカスに仕掛ける!スパルタカスの両腕が揺らぎ、動く!

「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは吹き飛び、背中から冷たいコンクリートに叩きつけられた。スパルタカスの無慈悲な眼光はカラテをみなぎらせ、その輝きを増す。「イヤーッ!」「グワーッ!」雷鳴が轟く!おお、ナムアミダブツ!ニンジャスレイヤーよ……!


4

 プロコココ……プロコココ……移動式治安維持拠点「セイギオオキイタテ」の船橋司令室は張り詰めた沈黙の中、UNIX駆動音だけを冷たく響かせる。ジャスティスは無慈悲な戦女神めいて仁王立ち姿勢を取り、全方位に張り巡らされた報告モニタ群やCCTVのザッピング映像を確認し続けていた。

「検挙者数目標達成率:92%」とミンチョ文字が左右を流れ、折れ線グラフがリアルタイム変動を続ける。「平和」「安全」「イレギュラー性の排除」「声かけ」「鎮圧」「スパイの検挙」「静的」「火の用心」「非行少年」といった文字、それらに付随するデータ群。

 もはやジャスティスに対し「順調です」と声を発する者はない。彼女がエマージェント状態にあり、その手の愚にも付かぬ報告こそが彼女を怒らせる事を身にしみてわかっている者達の集まりである。ハイデッカー司令室はアマクダリ・セクトを知り、ニンジャを知り、ニンジャスレイヤーを知る。

 ニンジャスレイヤーは今回の厳戒態勢の発端に過ぎない。全てはより適切なネオサイタマ社会システム構築の一環である。ニンジャスレイヤーがどうなろうと大局に影響は無い。「12人」が欠けようとも。ジャスティスが死ねば別のニンジャ、ないしモータルが、つつがなく地位を引き継ぐ筈だ。

 しかし、「アイエッ」感受性の強い事務官の一人が失禁を堪える。ジャスティスの無言の怒気に打たれたのだ。ナンシー・リーは49課が確保している。だが引き渡しに応じようとしない。実際、明文化されたシステム上で、ハイデッカーにそこまでの権限は与えられていない。痛いところを突いて来ている。

『ザリザリ……突入……実際突入を』包囲部隊のマージナルがホットライン回線で請う。『すぐにでも……クズどもを……この私とハイデッカーが絶対的正義を』「まだだ」ジャスティスは否定した。くだらぬ駆け引きだが、これもアガメムノンが知事の座につけば終わる事。ハイデッカーは全てを統治する。

 彼女はネオサイタマ地形図を見やった。カスミガセキ付近。「スパルタカス」という文字マーカーが移動を開始する。IRC位置情報である。彼女はこめかみに指を当てる。近すぎるか?現在、スパルタカスはニンジャスレイヤーを追跡している。既に交戦を開始している可能性がある。カスミガセキ……。

 スパルタカスは最強の戦士だ。しかし、アガメムノンのハナミ儀式の場であるカスミガセキ・ジグラットの目と鼻の先、東京タワー付近を戦場としているとすれば、穏やかではない。ジャスティスはIRCリクエストを検討するが、取りやめる。単なる状況確認で彼の極限のカラテを乱してはなるまい。

 

◆◆◆

 

「ハァーッ……!ハァーッ……!」KRA-TOOOM!東京タワー頂点に再び雷が落ちた。雨の中、ニンジャスレイヤーは走り続ける。走りながら振り返る事はない。速度が落ちる。そんな事をせずとも、追手の強烈なカラテ存在感を痛いほどに感じ取ることができる。スパルタカスを!

 赤黒装束の背は引き裂かれていた。鍛えあげられた剥き出しの背中、新たな傷を、雨とともに流れる血が覆っていくと、そこに再び装束が蘇った。(((なんたる惰弱!)))ニューロンの同居者、ナラク・ニンジャの叱責が響いた。(((なんたる情けなさ、弱さ!ニンジャに背を!屈辱の極み!)))

(黙れナラク)ニンジャスレイヤーはネオン看板「お米歌」からネオン看板「ソーラ波」へ跳びながら、ナラク・ニンジャの怒声を退けた。スパルタカスは恐るべき使い手。彼ははっきりと感じ取った。今の状態でそのカラテに真っ向から抗すれば、最悪、千日手。千日かからずとも、全てが水泡に帰する。

 (((ニンジャを殺せぬとなれば……いよいよオヌシも価値を失ったという事だ、フジキド。観念し、儂に身を委ねるがよい)))(できぬ相談だ。このイクサは続いている)「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは瓦屋根の上へ跳んだ。「イヤーッ!」後方でスパルタカスの跳躍シャウト。近さは変わらず。

「安い、安い、実際安い」「これらツェッペリンはアド目的であり、安全な飛行を心がける」「ご安心ください」「安らかです」「あなたは安全です」前方の空に複数の光。黒塗りのマグロツェッペリンの飛空隊列。尋常の光景ではない。ニンジャスレイヤーはその下に見た。カスミガセキ・ジグラット!

「追いかけっこもいいが」耳元で声。「そっちはいかんなァ。いかん、いかん」否、錯覚だ。スパルタカスはまだ、やや後方だ!圧倒的ニンジャ存在感がそのような錯覚をすら生み出す!「そっちには偉い奴がおるぞ……俺より偉い奴がな!」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは懐から取った品を足元に叩きつける!KBAM!蛍光色のスモッグが分厚く拡がり、更に、叩きつけた周辺に、火を噴く回転体と、溶岩めいて隆起しながら伸びる謎めいた黒い物体が解き放たれた。ケムリダマ!そしてニンジャ花火!目眩ましである!

「イヤーッ!」そしてニンジャスレイヤーは跳躍!大通りを飛び越える!だがスパルタカスは更にその上!彼よりもより高く跳び、追いすがってくるではないか!目眩ましを事前察知して、回避と追跡を両立させたムーブに出たのだ。「イヤーッ!」だが、ニンジャスレイヤーは空中でフックロープを投擲!

 次の瞬間、ニンジャスレイヤーは斜め空中方向へ強烈な勢いで引っ張られた。スパルタカスは対岸のビル屋上に着地。苦笑する。「装備の差が出たかァ?」ニンジャスレイヤーは地上付近を飛んでいたマグロツェッペリンに吸い寄せられた。ロープの巻き上げ機構だ!鈎はツェッペリンに!

 さしもの古代ローマカラテ最強戦士であろうと、跳躍した後の着地方向を、そうまで急激に変える事はできない。彼のニンジャ洞察力を持ってしても、やや荷が重いタスクだった。「だがな……わかっとるかは知らんが」スパルタカスは再びニンジャスレイヤーを追う。「そっちもジゴクだぞ、エエッ?」

 一方ニンジャスレイヤーは、マグロツェッペリン機体にヤモリめいて張り付き、下のスパルタカスを一瞥、それから、カスミガセキ・ジグラットを見た。ゴウウ……ツェッペリンは後方でジェットを噴射し、方向転換を開始する。ニンジャスレイヤーは再び空を見る。接近する別の機影。「安い。実際安い」

 ニンジャスレイヤーは目を見開く。体当たりか?無人機?「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは向かってくるマグロツェッペリンBにフックロープを投擲、巻き上げ機構で飛び移った。KRAAAASH!その瞬間、強烈な衝撃と爆炎!飛び移らねばアブナイだった!だが、突入した側もこれで墜落を開始!

 ジグラット周辺を警護するツェッペリンが武装している件については事前に情報を得ており、ニンジャスレイヤーは充分に警戒していた。しかしこの対応速度、対応方法は?彼は寒気を感じた。その方向を見やると、そこには……ジグラットに隣接するタワー頂上には、アグラする別のニンジャが居た。

 (((あれはジョルリ・ニンジャ・クランの者)))ナラクが伝えた。(((ツェッペリンをジョルリ遠隔操作てか。グググ……この距離。練れておる)))(成る程)いまさら驚愕はすまい。ここはカスミガセキ・ジグラット上空。敵の巣の中なのだ!「イヤーッ!」アイサツがわりのスリケン投擲!

 ジョルリのニンジャはアグラしたまま片手を突き出し、スリケンを指先で掴みとった。もとより当たることは期待していない。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは跳んだ。恐るべきはそのジツもさる事ながら、このエリアへの接近者を察知するや即座にカミカゼ的な対処を決めた無慈悲な決断力である。

「安い。安い。実際安い」「管制テストな」「映画の撮影です」ZMZMZMZM……黒煙を噴きながら、2機のツェッペリンがカスミガセキを離れて斜めに飛んでゆく。ニンジャスレイヤーは空中でキリモミ回転を開始。その視界に対空ニンジャ砲を続々と露出させる付近ビルディングが映る!

 BOOM!BOOM!BOOM!BOOM!BOOM!BOOM!BOOM!BOOM!BOOM!BOOM!地対空ニンジャ砲弾が、落下するニンジャスレイヤーめがけ撃ち込まれる!「イイイイイヤアアアーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケンを四方八方へ投げ返す!ゴウランガ!奥義ヘルタツマキ!

 爆発と炎と破壊の中、ニンジャスレイヤーは着地!噴き出した血液を回転しながらグルグルと巻き取り、マフラーめいた赤黒の布に再び取り込むと、彼は休む事なく走り出した。上空をツェッペリン群が旋回、漢字サーチライト照射が追う!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはビルを跳び渡る!

 ジグラットは遠い!彼はジグラットを中心に、円周上を跳び、走る。砲弾、爆発……そしてスリケンが……彼を責めたて、サーチライトが追う!光の中に「悪」「暴漢」「藤木戸」の漢字!ニンジャスレイヤーは走る!走り続ける!それを追うスパルタカスは不快げに眉根を寄せる。防衛機構が邪魔なのだ!

「派手にやり過ぎだろうが」スパルタカスが急制動で立ち止まると、目と鼻の先で砲弾が炸裂した。KABOOOM!彼は舌打ちし、再び走りだす。BRATATA、TATATA……マズル光とサーチライト。「イヤーッ!イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは周囲にスリケンを投げつける。挑むように。

 あれでは防衛機構のカウンター攻撃を尚更招くばかり。イクサの大局を知らず暴れるばかりの、噂通りの狂犬……否。スパルタカスはニヤリと笑った。「これが貴様のフーリンカザンかよ。小僧。セクトのワン・インチ距離で、遊ぶッてのか……ククク……」KABOOOM!前方の爆発を彼は避けた。

「だが俺を甘く見ちゃいけねえな……年季が違う……年季がよ……」スパルタカスは爆発と銃弾の中を跳び渡る。腕先を熱いものがかすめる。彼はまた舌打ちした。それでもその驚異的な足取りは、今やニンジャスレイヤーを攻撃可能範囲に捉えようとしていた。

 スパルタカスは……しかし、立ち止まった。「まァ、次だ」追うのを潔く止めた彼は、身を翻し、下の道路へ飛び降りた。遥か上空を旋回するヘリコプターはアマクダリ・セクトの管理する飛行物ではなかった。それは……。


◆◆◆


「カスミガセキで何が!ご、御覧ください!何かが」モニタの一つが映すスカム報道特番の独占スクープ映像に、ジャスティスの視線は釘付けになった。空撮映像だ。爆発とサーチライト。彼女はカメラの端に微かにチラついた正体不明の存在を見た。モータルにはわかるまい。だが彼女にはわかる。

 一瞬、画角の隅にちらついた赤黒は、ニンジャスレイヤーだ。既に空撮映像は消滅し、ラッコ映像に差し替わっている。ジャスティスの手元でミシミシと音が鳴った。ニンジャ握力で、手すりのスチールを握り潰したのだ。空撮禁止区域。管制をくぐり抜けた勇み足の報道イディオットは夜明けを見るまい。

 さいわい、彼を追跡していたであろうスパルタカスが映像に収まることはなかった。それにしても。彼女は息を吐いた。実際、潰しても潰しても、そのつど湧いてくるものだ。好ましくないランダムな事象が、害虫めいて。それを学ぶ事ができるのもまた、この夜か。彼女は前髪のほつれ毛を払った。

『突入指示を!』マージナルのIRC通信は殆ど悲鳴に近い。その気になればひと押しで潰せるモータルの愚連隊が、現行のマッポシステムを笠に着る。遥かに劣った者らの怪気炎を目と鼻の先にぶら下げられたマージナルの苦悩はいかばかりか。『理由など幾らでも!』「その理由がほしい。もう少しだ」

『……もう少しと?』「そうだ」ジャスティスは時計表示を見た。10100425。時の経つのは何と早いことか。「お前は無謀な航海に駆り出された哀れな尖兵ではない。希望を持て。ハイデッカーの紋章を背負う誇り高きセンシとして」『……!』「ヴァニティ=サンからの通信リクエスト」「通せ」

『011……ドーモ。ジャスティス=サン』気だるげな女の声がIRCインポートされて司令室に奥ゆかしく響いた。「首尾はどうか」『約束の時間にはまだ余裕がある』ヴァニティは冗談めかして言った。ジャスティスは口元をほころばせた。彼女は無駄な通信はよこしてこない。「部下が焦れていてな」

『当然ながらマッポの内規など専門外もいいところ。埃をかぶったアーカイブを漁りに漁った甲斐は……』ヴァニティは焦らすように間をおいた。ジャスティスは眉根を寄せ、目を閉じる。やがてヴァニティが言った。『あった。なにしろ、私だからね』「それだけか?」『アイ、アイ、今すぐに』

 ヒロリロヒョロー。UNIXプリンタが音を立て、ガタガタと震動した。それからマキモノめいたパンチシートが凄まじい勢いで吐き出され始めた。「ジャスティス=サン!これは!」「確認せよ」「ハイヨロコンデー!」事務官が数名、屈みこんで、それら書類のミシン目を切り取り、重ねてゆく!

 おお、ナムサン!それは通信説明の通り、あるマッポ内規の写しである!20数年前に定められはしたものの、その後、一度たりとも用いられたことのない取り決めである。しかしそれゆえ殆ど忘れ去られ、廃止はされぬまま、改正もされぬまま、生きながらえてきた。これがカギとなる!

「これは!」事務官が目を見張った。続けて吐き出されて来たのは、円卓会議めいて捺されたハンコ色紙の写し!そのハンコの数、じつに45個!どれも課長のハンコ!数にして全課の9割超!第14条第16項第34号補足の条件を満たす数だ!「デカシタ!」ジャスティスは思わずガッツポーズをした。

「これはその場しのぎではない。アーカイブされる公文書だ」ジャスティスはIRCごしに言った。「これらハンコに偽装を含むなどという事はあるまいな。何が禍根を残すかわからんのだ!」『バカにしないでもらいたい』ヴァニティは挑発的に答えた。『多少予定を早めただけ。そこそこ地道な根回し』

 誰の根回しだ。法律屋め。ジャスティスは罵倒を呑んだ。良い気分だからだ。タイミングよく、検挙総数の目標達成率が100%を超える。キャバアーン!「バンザー、アイエッ」思わず立ち上がってチャントを唱えかけた事務官が怯えた目でジャスティスを振り返る。ジャスティスは気難しい顔で頷いた。

 事務官達が互いに目をみかわし、一斉に立ち上がると、バンザイ・チャントをあげる!「バンザーイ!バンザーイ!バンザーイ!」「バンザーイ!バンザーイ!バンザーイ!」「サン!サン!ナナビョウシ!」サンボンジメのリチュアル柏手!司令室は歓声に包まれた。きっかり三分後、彼らは沈黙した。

 プロコココ……プロコココ……再びセイギオオキイタテ司令室は、冷たいUNIX音と、しめやかなタイピング音に支配された。ジャスティスはマージナルに繋いだ。「ドーモ」『突入を!どうか!』「正当性を付与してやる。プリントアウトしろ」『ヨ……ヨロコンデー!』

 それはあまりに重大なハンコ承認だ。恐らく課長達の中でその重大性を真に理解していた者は半数もおるまい。諸君!そのような理解下でハンコを捺してはならない!ジャスティスは日付日時を素早く記入!10月10日4時50分!今後72時間、ハイデッカーはNSPD全課を自由に指揮・動員可能だ!

 ヴァニティは元弁護士。ネオサイタマを揺るがすとある汚職事件によって表社会を追われた後、ニンジャと化し、流浪の果てにアマクダリ・セクトに身を寄せると、法務のエキスパートとしてあっという間に頭角をあらわした。今回の手続きも彼女にとってはベイビー・サブミッションの範囲なのだ!

「ニンジャスレイヤーはどうなった。フジキド・ケンジは!」ジャスティスは事務官に問うた。モニタ上のネオサイタマ地図に、かのネオサイタマの死神の戦闘痕跡が、赤いX印で塗り重ねられてゆく。カスミガセキ・ジグラット周囲を円を描くように移動し、激しい迎撃に遭っている。「生きているか!」

「ネオサイタマの97%に検問ユニット設置完了!」事務官がジャスティスを振り返った。「よかろう」ジャスティスは頷いた。状況はもはや整った。無力なネズミは遅かれ早かれ網にかかるだろう。まずナンシー・リー!そしてニンジャスレイヤーだ!

 

◆◆◆

 

「カラカミ・ノシト、タダオ大僧正、ダイザキ・トウゴ。彼らはニンジャだ。フジキド・ケンジ……即ちニンジャスレイヤーによって今夜殺害された三名は、ニンジャだ」ノボセ老は言葉を切った。隻眼が同意を強く求めるようにナンシーを見据えた。ノボセは付け加えた。「組織を同じくする、ニンジャ」

「……」「違うかね」「……」「違うまい。奴らは何者だ。どこに頭がある」「私から言えるのは」ナンシーはコブチャを口にした。「貴方達が関わるべきは、恐らく、ここまでだということ。表社会の真っ当な戦いで倒せる程度の存在ならば、キョートと日本は初めから戦争など起こしはしない」

「ナメるなよ」ノボセ老の目がギラリと光り、かつての伝説的デッカーの片鱗が覗いた。彼は続けた。「奴らの組織末端は過剰なまでにセグメント化され、全貌の把握を妨げている。異常で偏執的な存在が構築した異常なシステムだ。情報がほしい……少しでも、手掛かりが」「私の話を聞く気はないの?」

「こうして聞いている」おどけたようにノボセが言った。ナンシーは溜息を吐いた。「残念だけど、こちらから伝えられる内容はまるで無いも同然。貴方の言う通りよ。まるで全てがトカゲの尻尾のよう」「そうだ。ワシは幾度か潜入捜査官を使った。生きて返った者はなく、獲得した情報も微々たるもの」

 ノボセは戸口に意識をやった。外でなんらかの喧騒。「始まったか?いよいよ時間が無い」彼は再びナンシーを見た。口を開きかけ、閉じ、沈思し、呟く。「情報……情報」「……」ナンシーが見返す。ノボセは繰り返した。「情報か」KABOOOM……漏れ聞こえるのは確かに爆発音だ。そして震動。

「ワシも出て行かねばならんようだ」ノボセは立ち上がった。「やれやれ、それにしてもこの部屋の鍵はどこだ?仕方のない連中だ」ナンシーはくすりと笑った。ノボセはナンシーに尋ねた。「ニンジャスレイヤーと行動を共にする理由は何かね、ナンシー=サン」「闘争よ」彼女は答えた。「そして正義」

「泥棒が正義とはな」「ええ、私の正義」ナンシーはノボセを真っ直ぐに見たまま言った。「私はこの国に残り、ジャーナリストを始めた。そしてある日、ニンジャに敗けた。そのまま己の意志を棄てて、舞台を降りてもよかった。でも、そうね、そこで火がついた。……私はムカついた。そういうこと」

 ノボセは口の端を歪めて笑った。「ワシも似たようなものだと思うがな」彼は懐から名刺を取り出し、ナンシーに渡した。「持っておけ。お前の言う通り、ワシとお前たちのイクサは交わるまい。だが、そうさな……お前がまたブザマに留置された時、雑誌の一つでも届けるぐらいは、してやる」

「期待してるわ」ナンシーは軽く笑った。ノボセはオジギを返し、出て行った。BRATATATATAT……BRATATATATAT!今やアサルトライフル銃撃音や怒号がここまで届いて来る。始まったのだ。何らかのきっかけから、デッドエンド達とハイデッカーの包囲舞台が戦端を開いたのだ!


◆◆◆


「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」デッドエンドとタフガイ、それぞれの強烈過ぎるストレートが、襲いかかってきたハイデッカーの顔面をサイバーサングラスごと叩き潰した。「スッゾオラー汚職警官!」新手のハイデッカーが突入し、アサルトライフルを構える!

 BANG!「アバーッ!」その腕と胸と顔面が爆ぜ、血飛沫を上げながら仰向けに倒れた。デッドエンドとタフガイは後方を振り返った。片膝をついてサイバネアームを前に向けるのはスポイラー!腕部ショットガンによる攻撃だ!「ヤッちまった……曲がりなりにもデッカーを」若いデッカーは呟いた。

 震えながら、彼は腕部ショットガンに弾を込め直し、そして死体に近づいた。「何てこッた……俺、どうしたら」「仕方ねえ」タフガイは肩をすくめた。スポイラーはもう一度、自分が殺したハイデッカーを見た。血が緑?スポイラーが怪訝に見守る中、鮮血は急激に酸化し、赤く変わっていった。「エッ」

「オイ!とっとと気持ちの切り替えしろよ。ケツを蹴ってやるか?そンなもん、死んだら肉だ!」前方の足跡バリケードを睨みながら、デッドエンドが叫んだ。「いや、待ってくださいよ!タフガイ=サン!」「ア?」「血が……緑なんです!」「わかるぜショックは。じつは俺は昔な、汚職した同僚をよ」

「そういう事じゃなくて……」「なんだありゃあ?」タフガイが口を開いた。バリケードを超えてくるフローティング無人機がその機銃をデッカー達に……「ヤバイぜ!イヤーッ!」三者は三様の方向へ側転!BRRRRRTTTTT!ハイタカは機銃掃射を開始!

 倒れたハイデッカー達が銃撃を浴びて仰向けのダンスを踊った。飛び散る緑の鮮血!ドラム缶の陰からそのさまを目撃したタフガイとデッドエンドは目を剥いた。「血が緑?」「緑?まるでデッカーが……ア?」デッドエンドは顔をしかめた。「クローンヤクザ?」「クローン」「デッカーが、クローン?」

 BLAMBLAMBLAM!コンテナ陰から身を乗り出し、スポイラーがデッカーガンを連射する。銃弾を受けてハイタカがバランスを崩す。「堅いな、あの野郎……で、そうですよ、クローンでしょう!まるでヤクザだ」「クローンヤクザな」「クローンで、デッカー、頭がおかしくなりそうです!」

「ヤクザは関係ねえ」デッドエンドが言い捨てた。「ナメやがって……クローンヤクザをデッカーだと?」「ハイデッカーがクローンなんですよ!」スポイラーが言った。「とにかくこんな事って、どうなってやがる!」おお、彼らの混乱も無理はない!まさにこの時ハイデッカー暗黒真実が露呈したのだ!

 シュイイイ!ハイタカのガトリングガンが再び駆動音を鳴らす!銃口がデッドエンドを狙う!アブナイ!BRRTT……BLAM!「アバーッ!」電子合成音声を発し、ハイタカは緑の脳漿を撒き散らし墜落、爆発した。スポイラーは振り返った。ノボセ長官はスナイパーライフルをボルトアクションした。

「見るがいい。これこそが我々NSPDの事なかれ主義と日和見が最終的に招いた恥そのもの。クローンデッカーだ!」ノボセは叫んだ。「次が来るぞ!備えぬか!」「ハイヨロコンデー!」スポイラー達は叫び返した。呼応するように、新たなハイデッカー達が即席バリケードを乗り越えて現れる!

「ザッケンナコラー汚職警官!」「スッゾオラー汚職警官!」BLAMBLAM!TATATAT!BRRRTT!ZZZTT!銃撃戦開始!三人の49課デッカーは呼吸するように次のウェイブをスムーズに殲滅してみせた。腹を決めれば鮮やかだ。彼らはニンジャなのだ!だがノボセ老は眉根を寄せる。

 なぜならば、彼のデッカーセンスは無慈悲に告げている。これで終わるはずがない事を。「ジャマーを起動せよ、スポイラー=サン」「エッ……」「ジャマーだ!」「ハイヨロコンデー!」スポイラーが腕部UNIXを操作し、ジャマーを作動させたその直後!「イヤーッ!」

 高く回転ジャンプした新手が一人、即席バリケードの上にまっすぐに直立し、49課を冷たく見下ろしたのである。「ドーモ」その者はオジギを繰り出した。「49課の皆さん。マージナルです」その両横に一機ずつ、あらたなハイタカが浮上した。スポイラーの首筋が総毛立った。敵もまた……ニンジャ!


5

 バリケード上のニンジャ……そう、ニンジャだ!マージナルと名乗りオジギを繰り出したハイデッカー隊長は、まぎれもなくニンジャであった。威嚇的なマントがはためき、左右に浮かぶハイタカが不気味なLED走査光を瞬かせる。「出おったな……やはりニンジャか」ノボセは呟いた。

「どうなってンだ」タフガイが唸る。「クローンに、ニンジャだと?」「ドーモ。デッドエンドです」デッドエンドがまずアイサツを返した。マージナルの片眉が上がった。スポイラーはそれに続いた。「スポイラーです」タフガイはノボセを見た。ノボセは頷く。タフガイはアイサツした。「タフガイです」

「貴様ら……ニンジャか」マージナルが低く言った。彼は腕部UNIXで通信を試みる。ノイズが返った。「ジャミングだと」「そりゃそうだ。バレちまったら仕事がやりにくいだろうが」タフガイが言った。マージナルはノボセを睨む。「このような企みを……貴様はニンジャではないのか?何者だ」

「テメェこのジジイを誰だと心得る」タフガイが叫び返した。「よい!」ノボセはそれを一喝した。「ワシは名乗るほどの者でもなし。ニンジャでもない。通りすがりの隠居者よ」「いわくがありそうだな」マージナルは目を細めた。「思いのほか実り多きミッションになりそうな事よ!イヤーッ!」跳躍!

 その瞬間、左右のハイタカが弧を描くように旋回、恐るべきガトリング掃射を開始する!BRATATATATATAT……デッドエンドとタフガイは銃を構えそれらを撃ち落としにかかる!「イヤーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」ナムサン!二人の手の甲に突き刺さったのは白いスリケン!

 怯んだ二人にハイタカの機銃が浴びせられる!「グワーッ!」「グワーッ!」二人は再びバリケードに身を隠さざるを得ない。マージナルは空中で更に身体を捻り、新たな白スリケンを投擲した。狙いはノボセである!「イヤーッ!」「イヤーッ!」クロス腕で立ちはだかったスポイラーがこれを防ぐ!

「「「「ザッケンナコラー汚職警官!」」」」堰を切ってバリケード上から雪崩落ちてくるのはハイデッカー隊員である!なんたるクローンヤクザめいた一糸乱れぬ連携行動か!「ジョウトウダラー!」タフガイは両拳を握り、身を晒す!「イヤーッ!」デッドエンドも跳び出す!彼女の狙いはマージナルだ!

 BLAM!「グワーッ!」ハイタカの一機が火花と脳漿を噴き上げ墜落!スポイラーの腕部ショットガンである。「イヤーッ!」マージナルはデッドエンドのジャンプパンチをいなし、チョップを叩き込んだ。「グワーッ!」「イヤーッ!」更にスリケン投擲!「グワーッ!」スポイラーの鎖骨部に命中!

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」一方、タフガイはクローンヤクザじみたハイデッカー隊員を殴り、蹴り、投げつけて、一対多数の乱戦を繰り広げる。BRATATATAT!ハイタカが銃撃!「アバーッ!」タフガイは手近のハイデッカー隊員を吊し上げ、盾に!

 BLAM!「グワーッ!」ハイタカが火を噴いた。ノボセはライフルをボルトアクションする。眼前にマージナルが出現した。その肩越し、デッドエンドは強烈な蹴りを受けて身体をくの字に折り曲げて吹き飛び、スポイラーは足元に叩きつけられていた。「爺さん!」タフガイが叫んだ。

「イヤーッ!」「イヤーッ!」KRASH!マージナルが目を見開く。「これは驚いたぞ」「グワーッ!」ノボセは唸った。その利き腕がライフルと共にひしゃげた。マージナルは笑った。「非ニンジャの老いぼれが断頭チョップを防ぐとは。イヤーッ!」すぐさまトドメの一撃を見舞う!

「イヤーッ!」「ウヌッ!」二撃めがノボセの首を刎ねる事はなかった。無慈悲なチョップはかすかにその首をそれ、ノボセは後ろへ倒れこんだ。マージナルは後ろからタックルしてきた敵を見た。スポイラーである!「逃げて!ここは任せてください!どうか逃げて!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 無慈悲な肘打ちがスポイラーの身体を沈める。「これは俺達の独断専行です!そういう事です!」スポイラーはマージナルの腰になおもすがりつき、動きを妨げる。「イヤーッ!」再びの肘打ち!「グワーッ!ど、独断で俺達がマッポに背いたッて事で、アンタは単なる人質」「イヤーッ!」「グワーッ!」

「若造め」ノボセは呻き、身を起こす。彼は迷わなかった。壁に手を突き、退路へ向かう。「イヤーッ!」タフガイは死んだハイデッカー……否、クローンマッポを多勢に投げつけ、叫んだ。「いいアイデア出すじゃねえか!それ採用だ!」「「スッゾオラー御用!」」その左右からクローンマッポが殺到!

「イヤーッ!」「グワーッ!」三度目の肘打ちが、スポイラーを地面に再び叩きつけた。そのスーツアーマーの接合部からバチバチと火花が噴いた。「シューッ」マージナルは息を吐き、カイシャクのストンピングの足を振り上げた。「イヤーッ!」スポイラーを跳び越え、デッドエンドが襲いかかった。

「イヤーッ!」マージナルは振り上げかけた脚でデッドエンドの蹴りを受けた。そしてチョップを打つ。「イヤーッ!」「イヤーッ!」デッドエンドは片腕でガードし、もう一方の拳をマージナルの腹部に叩き込んだ。「イヤーッ!」「グワーッ!」マージナルが殴り返した。「イヤーッ!」「グワーッ!」

「こいつ」デッドエンドが鼻血を流し、たたらを踏む。マージナルはカラテを構え直す。「畏怖か」すり足で間合いを詰める。「これまで遊んできたニンジャと私は、違うかね?」「ダマラッシェー!」デッドエンドが殴りかかる!「ヒカエオラー!」マージナルが踏み込む!ポン・パンチ!「グワーッ!」

「甘い甘い、甘い!」マージナルは壁に叩きつけられたデッドエンドを指さした。「マッポごときが我々に勝てるなら、そもそもハイデッカーは存在せぬ」「テメェー」デッドエンドは咳き込み、身を起こす。やや離れたところではタフガイが続々湧いてくるクローンマッポに追い詰められようとしている。

「時間がかかるぜ畜生」タフガイは地面に赤い唾を吐いた。一人倒せば二人現れる。一体何人のクローンマッポを叩きのめしただろう?ヒュイイイイ……上空では更なる異音。新たなハイタカの機影だ。「さて、どこまで逃げたか、どう逃げるか」マージナルは身を翻す。「そう遠くまでは行かれまいよ」

 実際、マージナルの想定は無慈悲な現実そのものであった。廃スーパーマーケット「をべなや」の商品搬入通路を、ノボセ老はよろめき進んだ。前方に佇む人影があった。「ヌウーッ」つまずきかけた老人を、走り寄った影が支えた。「久しぶり」ナンシーは冗談めかして言った。

「逃げようとしたけど、ちょっとばかり遅かった」「……」ノボセは悟った。「包囲網が既にか」「ええ」ナンシーは搬入通路の陰から外を指し示した。夜明け前の空の下、後ろで腕を組み整列するクローンマッポ。ナンシーは肩を竦めた。クローンマッポ達の後ろに、黒い検問壁がゆっくりと落下した。

「貴方が来たってことは、後ろもダメって事ね」「部下が戦っている」ノボセは沈痛に言った。「戻る事はできん。退く事は」「でしょうね」「万事休す」ノボセは呟いた。そしてナンシーの目を見た。「……策があるか」「いいえ、今はない」彼女は首を振った。淡々としている。ノボセは怪訝に思った。

 カツ、カツ、カツ……ノボセが来た闇から、足音が聴こえてきた。「ナムサン」ノボセは呟いた。「追ってきているのはハイデッカーの……ニンジャだ」「その通り」闇から現れたのはマージナルである。「いたずらに時間を引き延ばしただけだったろう?ドーモ、ナンシー・リー=サン。マージナルです」

 マージナルはおどけたように両手を上げてみせた。「さあ。待ってやるから、そのまま行くがいい。自由への逃走だ」外のハイデッカー検問所へ顎をしゃくり、「さあ、やってみるがいい。歩きなさい。自由を噛み締めろ」ナンシーは最後の抵抗にマージナルを銃撃する事すらできない。丸腰なのだ。

 ナンシーはノボセを見、頷いた。一歩。そして止まる。ノボセも続く。マージナルは嘲った。「なるほど!そうやって遊ぶのもいい……私が飽きるまではな」「ええ。しばらく、自由への別れを惜しませてもらうわ」二人はもう一歩踏み出す。検問ゲートを背に、クローンマッポは鎮圧銃を一斉に構える。

「ンンッ!」マージナルは咳払いした。二人はもう一歩進んだ。「そうだ。テンポ感は必要だ。前進への意志というのが必要だぞ」ババラババラ……ババラババラ……薄明の空をオナタカミのヘリが旋回する。検問ゲートには「10100520」「笑ってシートベルト」「隣人愛」の液晶表示。

「御用御用」「通過できません」「御用!御用!」ゲートの向こうから警告音が聴こえてきた。ナンシーとノボセはもう一歩進んだ。マージナルは腕を組み、それを見つめている。やがて言った。「もう、よかろう」KRAAAAASH!その瞬間、検問ゲートが破砕し、巨大な影がこちら側へ飛び出した。

「アバーッ!」「アババババーッ!?」「アバーッ!」「アババーッ!」検問ゲートを破壊しながら突入してきた鋼鉄の質量は、怒れる象が如くクローンマッポを轢き殺し、撥ね飛ばし、ギュルギュルと音を立ててドリフトした。「イヤーッ!」マージナルは回転ジャンプで距離を取り、カラテを構えた。

「これは」ノボセが呆気にとられた。ナンシーはその肩を叩く。「急ぎましょう!」ギャギャギャギャ!突入してきた車両はドリフト旋回を続けている。車両はクロームシルバーのクラシックスポーツカーであり、その屋根には神秘的なシュラインが据え付けられている。霊柩車……否!武装霊柩車である!

「「「「ザッケンナコラー市民!」」」」轢殺を免れたクローンマッポ達が鎮圧銃からアサルトライフルに持ち替え、掃射を開始!車体装甲は銃弾を跳ね返す!そしてリアハッチが突如オープンした!「Wasshoi!」決断的な叫びとともに、高速回転する赤黒い風が飛び出した!

「イィーヤヤヤヤヤ!」マージナルは瞬時に状況判断し、白いスリケンを連続投擲した。赤黒の風車と思われた影は空中で高速回転を解き、恐るべきニンジャの姿をあらわにした。そしてスリケンを凄まじい勢いで投げ返した。「イィーヤヤヤヤヤ!」二者の間で火花が散り、空気を焦がした。

「出来る」マージナルは呟いた。着地と同時に赤黒のニンジャは先手を打ってオジギを繰り出した。「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」「ここへ来たかニンジャスレイヤー=サン」マージナルはアイサツを返した。「ドーモ。マージナルです」アイサツ終了と同時に二者は再び跳んだ!「「イヤーッ!」」

 空中で二者は木人拳めいた接近カラテの打ち合いを開始!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」一方、武装霊柩車は銃撃クローンマッポに体当たりをかける!「「アバーッ!」」

 ギャギャギャ!轢殺しながら武装霊柩車は再ドリフト!そこへ身を屈めながらナンシーとノボセが近づく!「ヘイ!」ナンシーが叫ぶと、武装霊柩車はオートで素早くドアを開いた。二人は車内へ滑り込んだ。後部座席空間に据えられたモニタに、逆モヒカンの運転者が映った。「おや、乗り合いかね……」

「オカキ・サービスの前に、UNIX接続をお願いできるかしら!」畳敷きの後部座席、ナンシーが乱れた髪を後ろでまとめながら乞うた。「これで再開できる」「そいつは立て込んだ話」運転者は表情を変えず呟いた。左目のサイバネアイが光る。「デッキのようにはいかないが」「今は充分!」

 ナンシーはLAN端子を見つけ出し、己の生体端子とケーブルを繋ぐ。ノボセは負傷直後のアドレナリンの波が去った事で、脂汗を流し震え始めた。「これは何だね」「武装霊柩車ネズミハヤイ」「DⅢ」運転者が付け加えた。「ネズミハヤイDⅢ」ナンシーは訂正した。「と、ドライバーのデッドムーン」

 ドズン!ルーフの上でくぐもった音が聴こえた。(イヤーッ!)(イヤーッ!)(イヤーッ!)(イヤーッ!)そして2つのカラテ・シャウトが続く。「成る程、頭の上でおっぱじめやがったと……」「出して」ナンシーは言った。デッドムーンはアクセルを踏み込んだ。

「アバーッ!」検問所付近に倒れていた負傷クローンマッポを轢き、ネズミハヤイは検問ゲートを突破すると、そのまま加速した。そのシュライン瓦屋根の上では、驚異的なニンジャバランス感覚を発揮した二人のニンジャ、ニンジャスレイヤーとマージナルがカラテ応酬を継続していた。

 追い来るハイデッカーのビークルを後方に従え、ネズミハヤイは環状ハイウェイに走りこんだ。「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ショートフックを打ち合う二人のニンジャが、薄明の空の下、逆光の影となる。「アイエエエ!?」対向車が操作を誤りガードレールに衝突した。

 ニンジャスレイヤーとマージナルの打ち合いは、互角……否。恐るべきカラテラリー・ドライブにあって、マージナルが徐々に流れを掌握しつつある。(ソウカイヤとザイバツを滅ぼした?)彼は目を細める。(そして「12人」の3人を?確かに油断ならぬワザマエ。だが、如何せん連戦が堪えておるか)

「イヤーッ!」「イヤーッ!」拳と拳がぶつかり合い、「イヤーッ!」「イヤーッ!」逆の手の肘と肘が噛み合った。ニンジャスレイヤーの眉間を汗が流れ落ちる。背中が焼けるようだ。スパルタカスの強打、ジグラット付近の挑発行動。回復行動の時間が取れぬ。身体の芯にダメージが蓄積している。

(一騎当千のイクサの鬼神が、群がるニンジャをひと薙ぎで葬ったならいざ知らず)マージナルはチョップ突きにフェイントを混ぜ、ニンジャスレイヤーのリズムを崩していく。(此奴の大量殺忍も、要は各個撃破の賜物。戦略の勝利に過ぎぬ。立ち合いのイクサを無条件に決する程の絶対的な力は無い!)

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの目潰し(サミング)が繰り出される!マージナルは顔面を敢えて前に突き出し、瞬間的な頭突きを見舞った。「グワーッ!」ニンジャスレイヤーが怯んだ。マージナルが吠えた。「モラッタ!」負傷と極度の疲労がニンジャスレイヤーのカラテを焦らせ、曇らせている!

 並みのニンジャならばサミングを頭突きで迎撃された際にその指をへし折られていただろう。ニンジャスレイヤーがすんでのところで指を戻し、破壊を免れたのはさる者。だがマージナルはこの好機を逃すまいと右手を心臓めがけ……「「イヤーッ!」」ナムサン!二者は突如その場でアグラした!

 ゴウン!ゴウン!ゴウン!ゴウン!武装霊柩車の瓦屋根上でアグラし睨み合う二者の頭頂部のスレスレの上を、張り出したアニメーション看板が繰り返し通過する。それらは数百枚の看板によってコマ漫画めいた効果を生み出す先進的アドバタイズなのだ。だが今はイクサの邪魔以外の何者でもない!

「スウーッ……!」向かい合ったマージナルを睨みつけながら、ニンジャスレイヤーは深いチャドー呼吸を繰り出す。さながら瀕死の海棲哺乳類が水面へひととき逃れるかの如き必死の行動か!「イヤーッ!」マージナルはチョップ突き!「スウーッ!ハアーッ!」ニンジャスレイヤーは顔を逸らして躱す!

 赤黒の炎が炭火めいてその目に光る。(何らかのリカバリー・ムーブか!)マージナルは阻止にかかる。「イヤーッ!」逆の手でチョップ突き!「スウーッ!ハアーッ!」ニンジャスレイヤーは円を描くように腕を動かし、突きを逸らす。腰の入らぬアグラ打撃は回避が容易!「チィーッ!」

「イヤーッ!イヤーッ!」「スウーッ!ハアーッ!」繰り出すアグラ打撃をニンジャスレイヤーは逸らしてゆく。(所詮は数秒……気休め程度と見た!)マージナルは殺意を膨れ上がらせる。ゴウン!アニメーション看板が途絶えた。「「イヤーッ!」」二者はアグラ姿勢で同時にバウンド!

「「イヤーッ!」」バウンドした二者は同時に低空跳び回し蹴りをぶつけあい、ネズミハヤイの瓦屋根上に同時に着地した。そして再びワン・インチ・カラテの応酬を開始した。「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「アイエエエ!?」対向車が操作を誤りガードレールに衝突!

 二者の打ち合いは互角だ。マージナルは眉根を寄せる。(多少、戻してきたか。しかし手の内は知れた)「イヤーッ!」「イヤーッ!」(やはり、もう少し時間が要るようだな!)「イヤーッ!イヤーッ!」「イヤーッ!イヤーッ!」(気休め程度のブーストで果たしていつまで持つか!見せてもらおう!)

 車内!ナンシー・リーは車体に格納されたキーボードを引き出し、高速タイピングを開始していた。ノボセはショック状態から脱するべく、マッポ用ZBRアドレナリンのアンプルを注射する。伝説のデッカーといえど、老齢だ。これ以上のキックに頼ってはならぬ。「……どこへ向かう」ノボセは呻いた。

「それを……今……」ナンシーの言葉は不明瞭になってゆく。ZBR効果で意識を鋭敏化させるノボセとは対照的に。だがその指先の動きはますます加速されてゆく。「上の特等席も長引いてるようだぜ」デッドムーンが呟いた。「ヌウーッ……」ノボセは歯を食いしばった。

 やがてナンシーは小刻みな痙攣を始めた。ノボセは一瞬驚愕しかかったが、それはハッカーの高速タイピング没入である事をすぐに把握する。彼女とニンジャスレイヤーはこの後何を仕掛けるつもりなのか?ノボセは考えを巡らせる。それはマッポに逮捕される以前から計画されていた何らかの行動の筈だ。

 デッドムーンはダッシュボード液晶モニタに表示された映像を横目で見る。ネオサイタマのハイウェイ図。ノイズをかきわけるように、光り輝くマーカーラインが引かれる。ナビゲーション。ノボセは後部座席モニタとナンシーを交互に見た。後部座席モニタに文字列。「LAN速度01001足りない」

「速度だと。支障が出ているのか」「車載UNIXじゃ限度がある。データセンターに突っ込むかい……どっちにせよすぐには無理な話」「ヌウーッ……」ノボセは沈思黙考する。ナンシーとニンジャスレイヤーは何を企む?それは反社会的行動であろうか?だが少なくともそれは共通の敵に対する行動だ。

 010100101ナンシー・リーは黄金立方体の輝きの下、黄緑色の格子線に浮上し、無機質な直方体や球体が散らばる地平を見渡している。彼女の指先からはジグザグに光の線が伸び、遠方に光る秘密を探る。光の枝葉の生育速度はあまりに遅い。地平に不穏な圧力を感じる。閉じた瞼。 

「急がないと」ナンシーはタイピングを速める。もっと速く。ナムサン……地平の果ての瞼が開く。瞳の中からなにかがずるりと這い出し、格子上に立つ。瞳には「天下」の文字。ナンシーの網膜に「アルゴス」のカタカナが焼き付いた。その者がてんからくだるあまくだりてんからく「ナンシー=サン!」

 ナンシーは背後の窓を振り返った。ネズミハヤイ車内のノボセが窓越しに見つめている。「01001聞こえるか、ハイデッカーのネットワークを踏み台にせよ01001」彼女の頭上にカラテする二人のニンジャのワイヤフレーム・イメージが生まれた。「上のマージナルのハンドヘルドUNIX010」

 アルゴスが歩いて来る。数歩のうちにナンシーの眼前にまで迫る。信じ難いデータ密度てんからくだるあまくだりてんからくだるあまくだり逡巡する時間は無い。ナンシーはマージナルのファイアウォールをこじ開ける!その小さなハンドヘルドUNIXを起点に、広大な樹形図が展開した。マッポネット!

 アルゴスの相対距離が急激に遠ざかった。ナンシーはマッポネットの拡がりの中へ逃れたのだ。節くれだったルートのあちこちに鬼火じみた光が残っている。先程マッポネットの末端にアクセスした際に残してきた悪戯だ。ナンシーはそれを辿り、速度をつける。ニューロンの加速。凄まじい快楽。世界!

 ナンシーはネオサイタマを見下ろした。眩しい。近い。頭上でゆっくりと自転する黄金立方体。「祝福してくれる?」ナンシーは呟いた。少し照れながら、彼女は芝居がかった指揮者仕草で両手を振り上げた。これまでに確保してきたネオサイタマ各所のゾンビーIPが一斉に覚醒した。……旗が上がった。

 0111001「ニンジャスレイヤーだ!」ジャスティスは叫んだ。「トコシマ区かッ!」監視カメラ映像は捉えた。博物館屋上で、赤黒の忍殺旗がバネ仕掛けめいて屹立するさまを!「付近のハイデッカー部隊を向かわせろ!スパルタカス=サンと連携を……」「待ってください!カスガ区!」「何!?」

 事務官が狼狽し、監視カメラ映像をせわしなく切り替える。「まるで正反対の、エッ!?オ……オオモリ地区にも旗です!赤黒の……」「色などどうでもいいッ!どういうことだ!」「ム、ムコウミズにも!」「ツキジの入り口!」「タノシイ・ストリート!」「ヤカタバンナ!」「マネキ・ストリート!」

 大モニタのネオサイタマ地図に「旗」の漢字が増殖してゆく!「ご覧ください!ネオサイタマ中が混乱の只中に!旗!旗……なんと、旗!」モニタの一つから、無責任な報道番組の空撮中継!「ヤメロ!」ジャスティスが叫び、両拳を繰り返し指令席手摺に叩きつけた。手摺が歪む!「ヤメロオオーッ!」


◆◆◆


 ……KBAM!マージナルの腕のUNIXが火を噴いた。内蔵ファイアウォールが負荷で焼き切れたのだ。「何?」注意が奪われたのは僅か一瞬!だがハイウェイ前方、急カーブ!ギャギャギャ……ネズミハヤイが車体制動!マージナルは踏み留まる。視界の端に明け方のネオサイタマ……幾つもの旗。

 ほんの一瞬見渡すだけで、幾つもの黒旗。恐怖を煽る字体で「忍」「殺」の漢字が赤く。夜明けの太陽。吹き払われる雲。息がかかる距離にニンジャスレイヤー。そのメンポには恐怖を煽る字体で「忍」「殺」の……「アバッ」マージナルは胸元を見下ろす。ニンジャスレイヤーの腕が埋め込まれている。

 マージナルは震えた。ニンジャスレイヤーは腕を引き抜く。その手にはぬらぬらと赤い脈動が掴まれている。「アバッ……貴様……」「ニンジャ」ニンジャスレイヤーはマージナルを見た。「殺すべし!」彼はマージナルの心臓を握りつぶした。「サヨナラ!」マージナルは振り落とされ、爆発四散した。

「ケリをつけた」ニンジャスレイヤーは休む間なく瓦屋根に屈みこむと、瓦にメンポを密着させ、車内に声を響かせた。「このまま、ゆけ!」「アイ、アイ」デッドムーンの声が返った。KABOOOOM……ネズミハヤイがロケットエンジンを点火した。ハイウェイはある一点に向かう。

 それはいまだ拡張工事中のハイウェイ……斜めに上がるスロープが中途で切れて、その先は虚空だ。だがネズミハヤイDⅢが速度を減ずる事はない。逆だ。増してゆく。倍に。倍に。また倍に。早朝のネオサイタマ。「忍」「殺」の旗が各地で揺らめく。UNIX遠隔操作で屹立させる事前設置式フラッグ!

「ンアーッ!」車内!ナンシーは生体LANケーブルを引き抜き、倒れ込む。ノボセは無事な方の腕で彼女を受け止めた。ナンシーは汗まみれの額を拭い、笑う。「聞こえたわ、感謝するわノボセ=サン」「これが」老人は窓越しに街を見下ろす。「このセレモニーが狙いか?」「いいえ。まだ、ここから」

「ベルトで身体を固定。三秒で」デッドムーンが指示した。ナンシー達は言われたとおりにした。「旦那は……平気だろ。ニンジャだ」デッドムーンは呟いた。ナンシーは頷いた。「ええ。このまま行っ」KABOOOOOM!更なるロケットエンジン点火!「ンアーッ!」「グワーッ!」

 武装霊柩車は空中へ飛び出した。だがクロームシルバーの車体が眼下のストリートへ落ちる事はなかった。車体左右側面に、折りたたみ式の翼が展開した。誇らしげに朝日を受けながら、それは真っ直ぐに飛んだ。瓦屋根の上には龍の尾めいて首布をたなびかせる赤黒のニンジャの姿があった。

 ネズミハヤイと共に空を飛びながら、片膝立ちのニンジャスレイヤーは腰に帯びたニンジャギアを取り外した。ドウグ社が新たに製作した改良型フックロープ。彼はそれをほどき、頭上でビュンビュンと振り回し始めた。前方の空中に、黒い染みが見えてきた。マグロツェッペリン?否。それよりも大きい。

 八基の垂直式ローターによって支えられる邪悪なタコめいたシルエットのそれは、ハイデッカーが所有する移動式司令部……「セイギオオキイタテ」ノボセ老が呻いた。「なんということだ。まさか直接シマカタ長官を」「私達は社会の敵」ナンシーは言った。「止めてもいいけど、やめないわよ?」

「ナムサン」ノボセ長官は険しい顔で目を閉じた。「ナムアミダブツ!」「いよいよ俺も指名手配かね……ヤキが回ったぜ」デッドムーンが言った。「努力するわ」ナンシーが答えた。デッドムーンは肩を竦めた。「ま、遅かれ早かれこうなった。ピザ配達業に鞍替えする気は無い……」「そりゃそうよね」


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【10100550】

「若?」ネヴァーモアは呟いた。IRCコールへの応答はまだだ。10秒が経過した。ラオモト・チバは報告映像のザッピングを凝視している。幼い暴君の時間は突然凍りついたかのようだ。ネヴァーモアはザッピングされる忍殺旗に、わけのわからぬ畏怖を覚える。……これは、いやな、ものだ。

 20秒が経過。IRCリクエストのノーティス音が続く。ネヴァーモアは唾を飲み込んだ。殴られることを覚悟で、もう一度促した。「若。スパルタカス=サンからの」「……つなげ」「え?」「つなげ、ネヴァーモア」「ハイヨロコンデー!」「接続確立な」マイコ音声と共にスパルタカスのIDが流れた。

『旗をもう一つ二つと言いましたがね』スパルタカスは苦笑混じりに言った。『こいつは参りましたな。"十二人"、まさかこんなに沢山おったとは、いや、参った。自ら属しておきながら、知らなんだわ。ははは』「奴は」チバはグンバイを握りしめた。「何処だ」『完全にコケにされました。天晴れだ』

「散々追い回した挙句、貴様は敵を有り難がるのがせいぜいか」『返す言葉もござらん。カラテでは恐らく俺が上手。しかしながら……いや、侮っておったと言う他ない。我々全体が。"12人"の皆殺し、その結果の誇示。それが奴の、ニンジャ殺戮者の今宵の狙いであると確信し、納得してきた。しかし』

「マジェスティ、ブラックロータス、メフィストフェレス。彼らの殺害すらも布石だと?」『然り、あまりに重過ぎる。前菜にするには、おごり過ぎですな。だからこそ奴は水面下にまんまと逃れ、我々は今こうして黒旗の群れを眺めている……』「奴の狙いは?」『さあて……今はまるで混沌のマグマだ』

「夜モ破レ/明クル墓標ニ/黒キ陽ノ花」ふいにハイクを呟いた者を、チバとネヴァーモアは振り返った。シャドウドラゴンはネオサイタマ空撮光景をじっと見つめていた。「……字余り」

 戦略室に沈黙が訪れる。ネヴァーモアにはハイクはわからぬ。チバは眉根を寄せる。シャドウドラゴンはそれきり喋らず、無感情に腕組みしたままである。その肩が、じわりと波打つように、ひと震えする。モニタの向こうでは、一つ、また一つ、いまだに新たな黒旗が上がり続けている。

 

◆◆◆

 

「ニンジャスレイヤーを!特定しろ!」ジャスティスは叫んだ。「アバーッ!」事務官の一人がタイピングしながら吐血し、倒れた。配属されて日の浅い人間だ。ゆえにニンジャの怒気に耐性が無い。「情けないクズめ……!」ジャスティスは吐き捨て、セイギオオキイタテの司令室を見渡す。

「何故こんなことを許した!ハイデッカーの恥、私の恥、アマクダリ・セクトの恥だ!」「申し訳ありません!収束後にケジメします!」「我々皆でします!」事務官達が泣きながら詫びた。「旗は人力ではなくUNIX制御の自動装置です、単純で安価な……恐らく何週間も前から仕込まれていたものと」

「スウーッ」ジャスティスは目を閉じ、息を吸う。刮目。事務官達が固唾を飲んで見守っている。彼女はヘイキンテキを取り戻した。何の前触れもないうちからネオサイタマ全域で旗の設置を事前に警戒しろ?愚かな……絵空事レベルの予知能力でも持たぬ限りは不可能だ。「すまない。取り乱した」

 事務官達は目を見交わす。怯えに張り詰めた空気に、生気と、リスペクトと、能動的な忠誠心のアトモスフィアが広がってゆく。「諸君ならば、この難事を必ず乗りきれる。ハイデッカーこそネオサイタマの秩序と正義を護る盾だ。……テロリストを、倒そう。未来の為に」

「情報統制を再重点」「所詮テロリストの示威行為」「いたずらに市民を怯えさせただけです」「アルゴス=サンが既にリカバリーを開始しています。同時に、ハッカーの追跡も」「各チャネルに緊急ホットライン重点」……ジャスティスは満足げに頷いた。「ガンバレ」KRAAAAASH!

 ジャスティスの血中をニンジャアドレナリンが駆け抜け、時間間隔が泥めいてスローになった。視界の端、UNIXモニタのひとつが、セイギオオキイタテの下部ブリッジに何らかの損傷があった事をリポートする。事務官が警告表示にやや遅れて反応する。キーボードをヒット。ヒット。ヒット。

 外部カメラ映像。クロームシルバーの飛行物体が遠ざかる。ジャスティスは凝視。自動車……霊柩車。飛行機じみた翼を生やし?「下部ブリッジに損傷!」担当事務官が叫んだ。「状況から、恐らく何者かが船内に侵入……」オナタカミ・トルーパーズが待機室からゾロゾロと司令ブリッジに入場してくる。

 ジャスティスは状況判断する。何が起きた?わかりきった事。ニンジャスレイヤーはどこに行った?「ここだ」ジャスティスは呟いた。カシャ、キュイイイ……微かな駆動音と共に、コートの襟元が変形し、メンポを形成。そのまま後頭部を同様の襟の変形が覆い、フルフェイス・ニンジャヘルムとなった。

「総員、備えよ!」ジャスティスは右手を真横へ力強く振った。「ニンジャスレイヤーが来るぞ!」「「「スッゾオラー!」」」オナタカミ・トルーパーズがオナタカミ・ショットガンを一斉に構え、カーボンフスマを扇状に囲んだ。「イヤーッ!」KRAAAASH!フスマが内側に膨らみ、張り裂けた。

「イヤーッ!」KRAAAASH!フスマが勢い良くブリッジ内に飛んできた。トルーパーズがショットガンを掃射開始。BLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAM……「アバーッ!」「アーッ!」事務官の2,3人が跳弾を浴びて死んだ。

 BLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAM……ジャスティスは指令席からその容赦なき迎撃の首尾を見守る。宙に浮いたフスマが穴だらけだ。侵入者はどこだ?

 答えを知るにはコンマ一秒も必要ない。フスマの裏から赤黒の影が跳び出した。自ら蹴り込んだフスマに再度跳び蹴りを入れ、トライアングル・リープしたのだ。BLAMBLAMBLAMBLAM……トルーパーズが撃ち続ける。「アバーッ!」また事務官が跳弾で死亡。ジャスティスは無視する。

「「「「ザッケンナコラーリロード!」」」」ショットガン兵が後退し、撃ち尽くした散弾を込め始めた。「「「「スッゾオラー侵入者!」」」」後方からサブマシンガン兵が進み出、跳ねた赤黒の影に照準しようとする。「イヤーッ!」「グワーッ!」赤黒の影がサブマシンガン兵の首に突き刺さった。

「イヤーッ!」トルーパーの首を蹴り折りながら、赤黒の影は再度トライアングル・リープした。「スッゾ、グワーッ!?」狙い直そうとするトルーパーの一人に赤黒い襟巻きが生じた。否。それはニンジャである。ルチャ・リブレの首刈り投げめいて、両脚を巻きつけ、グルグルと回転、遠心力を乗せる。

「撃ち続けろ!360度!」ジャスティスが指示した。BRATATATA……「アババババーッ!」赤黒のニンジャの絡みつくトルーパーは緑の血飛沫を全方位に撒き散らし、穴だらけになって死んだ。「イヤーッ!」赤黒のニンジャが力を込め、死体は遠心力によって放たれる!「「グワーッ!」」

 包囲トルーパーの一角がなぎ倒されるが、赤黒のニンジャは床を蹴り、地面スレスレまで上体を下げながら、逆方向へ弾丸めいて飛び出した。「「「ザッケンナコラー!」」」「イヤーッ!」赤黒のニンジャは足元へ滑り込み、ブレイクダンスめいてウインドミル回転水面蹴り!「「「グワーッ!?」」」

 トルーパー数人が足首を刈られ、宙に浮いた。「殺せ!」ジャスティスが指示を出すと、他のトルーパー達は面制圧射撃を開始した。BRAKKA!BRAKKA!BRAKKA!BRAKKA!「アバーッ!」「アバーッ!」「アバババーッ!」宙に浮いたトルーパー達が緑の血飛沫を上げて死亡!

「イヤッ!イヤッ!イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは宙に浮いた死体が落下するより速く、リズミカルなヤリめいたサイドキックを繰り出し、対向の敵達めがけ蹴り飛ばしてゆく。「「グワーッ!」」「「グワーッ!」」「「グワーッ!」」トルーパー達が巨大質量を叩きつけられ、まとめて倒れ込む。

「「「「ザッケンナコラー侵入者!」」」」「イィーヤヤヤヤヤ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」トルーパー達が銃火器の引き金を引くより早く、赤黒のニンジャのスリケンは致命点に立て続けに突き刺さった。数秒の溜め時間を確保した影は、その場で高速回転を開始。

 ジャスティスはベルトに吊るした1フィート弱の金属棒を取った。一振りすると、それは一瞬にして彼女の身の丈の長さに伸びた。赤黒のニンジャは回転の中から……無数のスリケンを放つ!「イイイイイヤアアーッ!」奥義、ヘルタツマキ!「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」

 ジャスティスは眉一つ動かさず、飛来してきたスリケンをボーで弾き飛ばした。トルーパーズが次々に死んで倒れた。事務官は?その時点で既に無事なものは一人もない。スリケン投擲よりも前に、オナタカミ・トルーパーズの包囲銃撃の流れ弾で、軒並み死亡ないし重体となって横たわっているからだ。

 ジャスティスは小さく舌打ちした。死亡者にかわって別の事務官を再配備するまで、ハイデッカーの監視検問システムに穴が生ずる。煩わしい事だ。だが幸いな事に、捕捉すべき最大の敵は、街なかに放たれたのではなく、今、彼女の目の前に居る。「イヤーッ!」彼女は司令席からブリッジへ飛び降りた。

「ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン。ジャスティスです」彼女は赤黒のニンジャにアイサツした。そして言った。「セイギオオキイタテは……ここは秩序の心臓だ。貴様ごとき野卑な獣が土足で踏み入ってよい場所ではない」「秩序?秩序とは抑圧の事だったか」赤黒のニンジャの目が燃えた。「初耳だ」

 KBAM!銃撃にさらされたUNIXデッキのひとつが火を噴いた。「ドーモ。ジャスティス=サン」ニンジャスレイヤーはアイサツを返す。「アマクダリ”12人”の1人……或いは、ハイデッカー最高司令官、ムナミ・シマカタ=サン。秩序と言ったな。だがこの砦は所詮、ならず者のアジトに過ぎぬ」

「破壊者、殺人鬼、テロリスト」ジャスティスはボーの先端を床へ垂直に叩きつけてバウンドさせ、掴み取ってカラテを構えた。白のフルメンポのスリットから眼光が漏れた。「日陰を這い、命を啜る。それを悪と呼ばずして何と呼ぼう。世の為に今ここで死すべきは貴様だ。ニンジャスレイヤー=サン」

「オヌシには私を断じ裁く権利も力も無し」ニンジャスレイヤーはジュー・ジツの構えを取り、応じた。「オヌシが依って立つ権威はニンジャの暴威と詭弁の産物。ネオサイタマの僭主に連なる者、全て滅ぼす。……ニンジャ、殺すべし!」

「ほざくがいい!」ジャスティスが先手を打つ!手元でボーをスライドさせ、恐るべきリーチの突き攻撃を繰り出す!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは両手を閃かせ、ボーを打ち返した。クオーン……音叉めいた振動音が、死と血の臭いに満ちた司令室に反響した。彼の手には黒いヌンチャクがあった。

 ジャスティスはその胡乱な武器を警戒する。黒いショート・ボー二本、それを繋ぐ鎖。どうということのない武器だ。しかもそのバランスに整合性を欠いている。いかにも即席で処置をしたかのような鎖の接合部。まるでそのさまは、このニンジャスレイヤーという存在そのものだ。醜く不整合な混沌の獣。

 ジャスティスはこの者の全てが気に食わない。切って捨て、地中に沈め、まっさらのコンクリートで堅く覆うべき、共感可能性も更生可能性も望むべくもない、不条理の塊だ。だが、それゆえに侮ってはならない。理解できぬ者を侮ってはならない。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが仕掛けた!

 ヌンチャクはヘビめいてしなり、ジャスティスのボーに絡みつこうとする。「イヤーッ!」ジャスティスは素早くボーを振ってこれを拒絶し、ニンジャスレイヤーの額を打ちにいった。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはブリッジで回避。そのままバックフリップで間合いを取り、スリケンを投げた。

「イヤーッ!」ジャスティスはスリケンをボーで払い、素早く下段を突いた。身を沈めて急接近するニンジャスレイヤーの動きを読んでいるのだ。ニンジャスレイヤーもまた、この反撃を読んでいる。床すれすれの顔面を打ちにきたボーをヌンチャクで打ち払い、跳んだ。「イヤーッ!」

 大地を跳ねるコブラの急襲めいた飛び蹴りの奇襲に対し、ジャスティスは素早くボーを手元へ引き戻すと、垂直に床に立て、盾とした。クオーン!鋼が音叉めいて響いた。ニンジャスレイヤーの蹴りを防いだジャスティスは、ボーを掴んだまま跳んだ。そして、それを支点に回転した。「イヤーッ!」

 ナムサン!強烈な遠心力だ!ニンジャスレイヤーはこのおそるべき反撃の蹴りを咄嗟に腕で受けた。ブレーサーはスパルタカスとのイクサで失われている。「ヌウーッ!」弾かれ、ガードが開いた。そこへ二段目の蹴りが襲いかかった!「イヤーッ!」「グワーッ!」

 ニンジャスレイヤーは横面を蹴り飛ばされ、吹き飛んだ。だがそれで終わりではない。彼は身体を丸く縮めて備えた。そこに研ぎ澄まされた打突が襲いきた。「グワーッ!」三段目はボーの突き!吹き飛ぶニンジャスレイヤーを更に追い打ちしたのだ。何たるリーチか!ビリヤードめいて弾かれる赤黒の球!

「イヤーッ!」赤黒の球はUNIXデッキに衝突してバウンドした。否!ニンジャスレイヤーは体勢をリカバーし、後方のデッキを蹴って跳んだのだ。「イヤーッ!」繰り出す飛び回し蹴り!「イヤーッ!」ジャスティスはボーで薙ぎ払う!喰らい合う蹴りとボー!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはそこから更にヌンチャクを繰り出す!ジャスティスはボーを引き寄せ、これを防いだ。だがヌンチャクの鎖はボーを支点に折れ曲がり、ジャスティスの顔面を打つ!「グワーッ!」ニンジャスレイヤーはこの機を逃さぬ。「イヤーッ!」「グワーッ!」

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ヌンチャクの連撃がジャスティスを襲う。ニンジャスレイヤーは攻め手を緩めない。一気に押し切ろうとする。ジャスティスはヌンチャクで打たれながら後退する。一方的であろうか?否、徐々に振れ幅が小さくなる……その時!「イヤーッ!」

 ……ニンジャスレイヤーは脇腹を見下ろした。直後、片膝を突いた。「ゴボッ」メンポの隙間から血が零れた。「イヤーッ!」ジャスティスは無慈悲な断頭キックを繰り出す。ニンジャスレイヤーは腕を上げて受けようとした。「グワーッ!」守りきれない。彼は横へ吹き飛び、床を転がった。

 ジャスティスはザンシンした。やや腰を落とし、呼吸を整え、ボーを構え直した。ニンジャスレイヤーは赤く酸化するバイオ血液の中を転がり、起き上がった。脇腹から、栓の抜けたワイン樽じみて、血が流れ出した。フルメンポのスリットからジャスティスの冷たい凝視の眼光が垣間見えた。

「ヌウーッ……!」ニンジャスレイヤーは脇腹に拳を押し当てた。瞳の赤い光彩が赤黒く瞬き、傷口がシュウシュウと煙を噴いた。熱による止血である。ジャスティスは眉根を寄せる。「NARAKUか」ニンジャスレイヤーは身を震わせる。ジャスティスは注意深く間合いを保った。

 ニンジャスレイヤーはジャスティスに焦点を合わせようと気力を振り絞る。ニンジャアドレナリンが供給され、激しい痛みが隔離される。嗄れ声が近づいてくる。(((オヌシを射抜きし光の矢……!敵が何らかの奥の手を隠しておる事はイクサにおいて……フジキド!身を守るのだ!)))「イヤーッ!」

 ボーの打突が襲い来た。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはヌンチャクを打ち振り、打突を払った。「イヤーッ!」更なる打突だ。ニンジャスレイヤーはこれも防ぐ。防ぎながら後退する。ジャスティスの打突速度が徐々に加速する!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」

 ニンジャスレイヤーは後退する!ヌンチャクが無くば耐えられなかっただろう。彼は嵐のごとき打突をヌンチャクで跳ね返しながら間合を取ろうとする。ジャスティスはそれを許さない。どのみち彼女のボーの長大なリーチから逃れることは不可能だろう。

 (((攻撃の正体が掴めぬ)))ナラクが告げた。(((いたずらに連撃をかけるべからず。まずは見極めよ。誘え。奴のジツを再び引き出すべし……)))「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」襲い来る連撃!ニンジャスレイヤーはヌンチャクで防御!彼は背中に壁を感じた。ナムサン!

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはヌンチャクで対応する。ジャスティスの目が光った。更なる打突!ヌンチャクが間に合わぬ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは身を捻る!SMASH!

 ジャスティスはフルメンポの中で目を見開き、腕を伝わる衝撃に耐えた。即ちニンジャスレイヤーの誘いである!彼はジャスティスの目の前に餌をぶらさげたのだ!防御が崩されたと見せ、ジャスティスに追撃を誘い……ギリギリでそれを躱した。ジャスティスは壁を叩いてしまったのである。

 ジャスティスは咄嗟に身を守ろうとする。ワン・インチ距離にニンジャスレイヤー。ニンジャスレイヤーはジャスティスの心臓めがけチョップ突きを繰り出す。「イヤーッ!」「イヤーッ!」ジャスティスは角度を調節!光を放った!ZAAAAP!だがニンジャスレイヤーはそれをこそ誘ったのだ!

 ニンジャスレイヤーは横へ倒れこみ、転がり、素早く起き上がった……ニンジャスレイヤーはチョップ突きを繰り出しながら、ジャスティスの反撃を待ち構えていたのだ。而してジャスティスは再び反撃を繰り出した。回避はセットプレーだった。恐るべき攻撃を逃れながら、彼はそれを網膜に刻んだ。

 それは彼女の右脇腹、装束に小さく増設された、煌めくレンズ状のシステムだ。熱線照射である!(((なんと……ヒカリ・ニンジャ・クランだというのか!)))ニューロンをどよもすナラクの声には驚愕めいた響きがあった。(((バカな……奴らの怯懦な目眩ましに、これ程の力がある筈無し!)))

 フジキドは対照的な驚愕を味わっていた。彼は背後の壁の円い穴を垣間見た。奥に空が見えた。レーザー?いかにネオサイタマがテクノロジー進化の坩堝であろうと、このレベルの熱線をああも小さなシステムから照射する事などできようか?否!彼自身の戦闘経験が、それはありえぬ事だと告げている。

 ((((即ち、テクノロジーによるジツの増幅))))フジキドとナラクのニューロンの叫びが重なりあった。(((コシャクな)))(マネを!)ニンジャスレイヤーの目が赤黒く燃え上がった。ジャスティスは奇襲が回避された事に苛立ち、舌打ちして、ボーを構え直した。

 フジキドは融け合いかけたナラクの自我を分離した。ニューロンの防衛機構だ。そうせねば危険なのだ。その背から蒸気が立ち昇り、変形しかかったメンポが保たれる。「イヤーッ!」ジャスティスが襲い掛かる!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはヌンチャクで打ち返す!「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 今度はジャスティスが間合を離した。ニンジャスレイヤーは訝しんだ。彼は腰を落としてヌンチャク・ワークを継続する。一方、ジャスティスはボキボキと首を鳴らし、何かを受け容れるように両手をひろげた。ニンジャスレイヤーは目を見開く。ブリッジの天井付近、複数枚のパネルが数秒間、発光した!

「……!」ジャスティスは再びカラテを構え直した。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは踏み込む!繰り出すヌンチャク!「イヤーッ!」ジャスティスがボーで応戦する。恐るべき打突だ。ニンジャスレイヤーはヌンチャクの届かぬ距離を飛び回る事しか出来ない……否!機を捉え、彼は間合いを詰める!

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」至近距離のヌンチャク連打!ボーでは対応できぬ。再びジャスティスはレーザーを撃つ!ZAAAAAP!ニンジャスレイヤーは床に自ら倒れ込み、射抜かれる事を免れる。「イヤーッ!」ジャスティスがボーを垂直に打ち下ろす!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはゴロゴロと横へ転がり、連続打ち下ろしを回避する。ワーム・ムーブメントだ!その時!KBAM!天井付近のパネルが砕け、ガラスが降り注いだ。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは蹴りながら起き上がった。ジャスティスは跳び下がった。二者は再び睨み合った。

 砕けたパネルに突き刺さっているのはニンジャスレイヤーのスリケンである。ワザマエ!彼はワーム・ムーブメント回避行動でボーを躱しながらぬかりなくスリケンを投擲し、極めて怪しい発光パネルのひとつを破壊したのだ。「イヤーッ!」ジャスティスは休む間を与えない。再びボーの連撃である!

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ぶつかり合い、火花を散らすボーとヌンチャク!切り結んだ二者は再び間合いを取る。その瞬間!ZAAAAP!前触れなしに放たれるレーザー攻撃!ニンジャスレイヤーはかろうじてこれを横に回避!だが!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはそのままブリッジした。その瞬間、ジャスティスは真横に向きを変え、光を薙ぎ払った。ニンジャスレイヤーの胸元の装束が焼け、溶ける。極限状態における彼のニンジャ第六感がかろうじて命を拾った。彼の後方の壁に赤熱する水平線が刻まれた。熱線による切断だ。

「この船ごと心中するか?」KBAM!起き上がりながら後ろ手に投げたニンジャスレイヤーのスリケンが、対角のパネルを粉砕した。「私は御免こうむる」「フン」ジャスティスは鼻を鳴らした。「封じたつもりか」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは横に避けた。ZAAAAP!再びレーザーが襲う!

 ZAAAAAAP!ジャスティスはレーザーを照射し続けた。ニンジャスレイヤーは床を転がり、匍匐し、前転し、跳ね、フリップジャンプし、弧を描いて走る。彼はイクサの記憶を引き出す。マスター・トータス。あの超自然の兵も熱線攻撃を用いた。あの敵は鈍重な巨人であった。今の敵はニンジャだ。

「イヤーッ!」弧を描いて走りこむニンジャスレイヤーを、ジャスティスのボー打突が襲う!「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは胸を突かれて吹き飛ぶ。ジャスティスは両手を広げる。残存パネル発光!「イヤーッ!」KBAM!転がりながらニンジャスレイヤーはスリケンを投擲、パネルを更に破壊!

「イヤーッ!」起き上がったニンジャスレイヤーめがけ、ジャスティスが身体を傾けてボーを繰り出す!手の中でボーを滑らせ、凄まじいリーチを生む!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはブリッジ寸前まで身を反らして回避!ヌンチャクをボーに絡め、テコ原理めいて身体を引き上げる!「イヤーッ!」

 ジャスティスは息を呑んだ。ニンジャスレイヤーがボーの上に立っていた。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの両手が閃いた。KBAM!KBAM!発光パネルの残る2つがスリケンによって破砕した。「イヤーッ!」ZAAAAAAAP!ボーから跳んだニンジャスレイヤーをレーザーが追う!

 光の軌道上にあるデッキが、壁が、フスマが焼き切れてゆく。だが数秒後、その照射も止んだ。ジャスティスは舌打ちした。ニンジャスレイヤーはジュー・ジツを構えた。ヌンチャクは離れた床の上だ。「オヌシのボー・カラテには、もはや慣れた」彼はジゴクめいて言い放った。「素手で充分」

「バカめが!」ジャスティスは飛び出したニンジャスレイヤーめがけ、再度のレーザー照射!ZAAAAP!何故だ?何故レーザーが尽きぬのだ?諸君の絶望も尤もだ。だがニンジャスレイヤーは状況判断から既に答えを導き出していた。彼は再度の照射を予期していた。ゆえに、倒れ込み、これも躱した。

「イヤーッ!」倒れながら投げ放ったスリケンが狙ったのはジャスティスの脚だ。ジャスティスはボーを突き立ててこれを防いだ。ニンジャスレイヤーはビーチフラッグ選手めいて起き上がりながら踵を返し、ジャスティスとは逆側に走りだした。彼の走る先の壁が軋んだ。数度の熱線照射による切断……。

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは迷うことなきとび蹴りを壁めがけ放つ!KRAAASH!ニンジャスレイヤーは切れ目の入った壁を容易に蹴り壊すと、司令室の外へ……そればかりか、廊下の壁をも蹴って打ち抜き、跳んだ!外の空へ!「貴様!」ジャスティスも駆ける!ニンジャスレイヤーを追う!

「イヤーッ!」空へ飛び出したニンジャスレイヤーは自殺をはかったのか?否!彼は空中でフックロープを投げた。フックは空中司令部セイギオオキイタテの外郭を噛み、固定した。ニンジャスレイヤーは巻き上げ機構を働かせ、己の身体を跳ね上げる。「イヤーッ!」

「イヤーッ!」セイギオオキイタテに開いた穴からニンジャスレイヤーを追って、数秒後に飛び出したのはジャスティスである。彼女は自殺をはかったのか?否!彼女の装束の背中が裂けた。両側に何かが突き出す。それはカシャカシャと音を立て展開。サイバネ大翼となった。彼女の身体が浮上した。

 何たるハイテックとニンジャのカラテを高次融合させるジャスティスのハイテック・ニンジャアーマーであろうか!ジェットを噴射しながら飛び上がったジャスティスは、セイギオオキイタテの上部に取り付いて朝日を浴びるニンジャスレイヤーを忌々しげに睨んだ。そして彼が目指す集光装置を。

 ニンジャスレイヤーは推測したのだ。ジャスティスのジツはノーリスクで濫用するには強大すぎる。必ずパワーソースがあると。光のエネルギーを何らかの電磁的手段で転送する装置、それは即ちブリッジ内の怪しげな発光パネルだ。同時に、それらの破壊だけでは不十分である事をも想定していた。

 ブリッジ内のパネルの破壊だけで足りぬからといって、船内をくまなく探り、パネルの全てを破壊して回ることは非現実的である。根源を叩くべし。ニンジャスレイヤーは船外に集光装置が存在するアタリをつけた。推測ベースの行動である。推測が外れたなら、別の手段を新たに考える。それだけの事だ!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはオナタカミ社のエンブレムが刻印された集光装置に拳を叩きつけた。「イヤーッ!イヤーッ!……イヤーッ!」KABOOM!装置がひしゃげ、火を噴いた。ジャスティスは大翼をはばたかせ、ホバリングした。「よかろう!無駄な努力に免じて、そいつはくれてやる」

 ニンジャスレイヤーはジャスティスを振り仰いだ。朝日を逆光に、翼をひろげる影が黒く滲んだ。「すぐに貴様はその選択を後悔するだろう!フーリンカザンを私に与えたことを!」ジャスティスが消えた。否!旋回したのだ!「裁きを受けよ!イヤーッ!」「グワーッ!」横殴りの体当たりが襲った!

 セイギオオキイタテから、もつれあう影が飛び離れた。ジャスティスと、それにしがみつくニンジャスレイヤーである。ZAAAP!ZAAAP!もつれあう影は天空を狂い飛びながら、時折、かすかに見える白い光線を放つ。ジャスティスが残存エネルギーでニンジャスレイヤーを焼こうとしているのだ。

 だが赤黒の死神は、勝利の女神じみた敵に喰らいつくジゴクの悪霊めいて、決して振りほどかれはしなかった。ジャスティスは腰部から光線を放つが、ニンジャスレイヤーに当たりはしなかった。「イヤーッ」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーはジャスティスを殴りつけた。

「悪あがきを」ジャスティスも負けてはいない。彼女はニンジャスレイヤーの脇腹に繰り返し拳を叩き込んだ。「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」遠目には荘厳ですらある飛翔光景は、その実、泥沼の争いである。

 ジャスティスは己の揺るがぬ勝利を確信している。この邪鬼を飛翔のなかで一度振り払えば、それでよい。翼なき無力な者はそのままネオサイタマへ落下し、潰れて死ぬ以外にないのだから。「イヤーッ!」「グワーッ!」だが……「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは……離れない!

「貴様!」「フーリンカザンか」ニンジャスレイヤーは呟き、音立てて軋むメンポの隙間から瘴気を吐いた。メンポとメンポを挟み、二人のニンジャは互いを凝視した。「オヌシはこの後」ニンジャスレイヤーの目が赤黒く燃えた。「真のフーリンカザンを知る事になる」ジャスティスは……ついに畏れた。

 ZAAP……腰のレーザーはついにそのチャージを使い切り、沈黙する。ニンジャスレイヤーはジャスティスの右の翼に手をかける。「……イヤーッ!」そして、引きちぎった。「グワーッ!?」ジャスティスは怯んだ。ニンジャスレイヤーは逆の翼をも引きちぎった。「イヤーッ!」「グワーッ!」

 墜落が始まった。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは乱暴に重心操作し、頭を下に、足を上に持っていく。ジャスティスはもがいた。「ええいッ……離せ!離さぬかッ!」「地上まで何秒ある」ニンジャスレイヤーはジゴクめいて言った。いつしか彼はジャスティスを羽交い締めにしていた。

「ハイク程度ならば詠めよう」「おのれ貴様……!狂人めが……!」ジャスティスは呻いた。ニンジャスレイヤーは言った。「これは心中にあらず。アラバマオトシ也。その身に刻み、死ぬのはオヌシ唯一人よ!」「グワーッ!」キリモミ回転しながら、二者は朝のネオサイタマを垂直に落ちていった。


7

 落下速度が増すとともに、螺旋状の回転もまた、際限無く増してゆく。ジャスティスは早朝のネオサイタマの遠景を見る。都市の各所の高い位置にはためくのは、「忍」「殺」の旗たち。最悪だ……この街は彼女の物だ。築き上げてきた心地よい庭だ。それが心無い者の手によって、無残に蹂躙されたのだ。

 彼女は生存の可能性を探る。セイギオオキイタテは変わらず空にある。その冷たい威容!あれこそが秩序の象徴だ。彼女はIRC通信機で自動援護射撃指示を出そうとする。ザリザリザリ……ナムサン、落下高速回転の熱、ニンジャスレイヤーの発する熱によって、彼女のアーマーは機能停止に至っていた。

 然り、熱だ。苦しい。ジャスティスは落下の先を見る。タマ・リバーか。植林区域か。否。堅い大地だ。彼女は悲鳴をあげようとする。乾く!正義!秩序!インガオホー!ニンジャスレイヤーの叫び!「イイイイイイヤアアアーッ!」彼女の身体は脳天から大地に衝突し、白く吹き飛ぶ、「サヨナラ!」

 KRATOOOOOOOM……BOOOOOM……ZGGGGGTTTTTT……流星めいたアラバマオトシの着弾点を中心に、突風が半径数百フィートにわたって拡散した。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは飛び離れ、たった今コンクリートに生じた小クレーターの淵に、片膝を突いて着地した。

 ニンジャスレイヤーは肩で呼吸し、内なる衝撃に耐える。アラバマオトシを用いるタツジンは、地面との衝突瞬間に落下ダメージの全てを敵の身体へ流し込み、逃れる。さもなくば敵もろともに死あるのみ。エンシェント・ウケミを必要不可欠とする奥義だ。彼はやってのけた。それでもこの高度は、堪えた。

 アマクダリ・セクト「12人」の一人、ハイデッカー最高司令官……ネオサイタマを独善的な警察組織で管理支配せんとしたニンジャ、ジャスティスは、こうして死んだ。だがセイギオオキイタテはいまだ空にあり、ハイデッカーも、なによりアマクダリ・セクトも健在である。

 陽炎のなか、ニンジャスレイヤーは記憶をたぐるように、おぼつかないチャドー呼吸を始める。「スゥーッ。ハァーッ」歪みかかったメンポがミシミシと音を立てて軋み、形状を戻してゆく。休まねば。少しでも。彼は落下地点周辺を確認する。雨に強い合金アート彫像の数々。寂れた屋外展示場の一角。

 彼は目を閉じる。今すぐこの場を離れたがよい。いたずらに時を浪費すれば、忍殺旗のあれ程の大仕掛けを用いたカモフラージュもその効力を発揮できぬ。だが……もう数分、否、もう数十秒でよい。もう数十秒だけ、時間を……。やがて、エンジン音が近づく。ここまでクルマで入ってきた。そして制動音。

 特徴的なアイドリング音。そしてドアが開き、完全に防音された車内のBGMが外気に流れ出る。「ブッダコスモス……ユーアーインザスペース……」ニンジャスレイヤーは目を開いた。ナンシー・リーが手を差し出した。「行きましょう」

 ニンジャスレイヤーは車内ザシキに滑り込んだ。武装霊柩車ネズミハヤイDⅢはセイギオオキイタテへフックロープで跳んだニンジャスレイヤーと空中で別れたのち、安全地点まで移動、ノボセ老を降ろし、戻ってきたのだ。時間表示は10106010。「で。どっちに行くね」デッドムーンが尋ねた。

「ナビをする」ナンシーはデッドムーンに言うと、ニンジャスレイヤーにパック・スシを差し出した。「少しでも休んで」ニンジャスレイヤーは頷き、スシを素早く食すと、メディテーションに没入した。スペイシーなBGM。「……ユーアーインザスペース……」「瞑想にもいい」デッドムーンが呟いた。

 

◆◆◆

 

 カコーン……。金箔塗りシシオドシがゼンめいた音をハナミ会場に響かせると、参加者達は奥ゆかしく目で会話し、さざなみめいて立ち上がった。厳粛に規定された「ひと段落」がつき、初めての休憩時間が一同に与えられる。老齢の閣僚には、あからさまに顔色優れぬものもいる。当然であろう。

 儀式中、中座は勿論、姿勢をいたずらに崩すことすら不作法の誹りを免れない。読者の皆さんの中にハナミをご存知の方はおられようか?失礼ながら、おそらくそれはレジャーとしてのものであろう。政府中枢、カスミガセキ・ジグラットにおいて行われるのは、決して生半に扱ってはならぬ古代儀式だ。

 閣僚、政府高官達が、SPに付き添われ、各々の休憩室に向かう。ハナミの間を出るなり、酸素ボンベやストレッチャーを必要とする者もいる。「アイエエエ!」立ち上がる際にふらつき、床に手をついて四つん這いになったのは、閣僚のひとり、タムノガオカ=サンだ。ナムサン……彼の辞任は決まった。

 戦場めいて壮絶な休憩時間にあって、アガメムノンの怜悧な美貌も、身にまとうモンツキの着付けも、全く崩れていない。彼はニンジャなのだ。悠々と歩き進むその姿を、モータル達はなかば呆然としながら見つめる。彼らはゼウスの面影を、遺伝子に刻まれた恐怖記憶を、ニューロンによぎらせたか……。

 今回の儀式の主役であるアガメムノンには専用のトコノマがあてがわれている。とはいえ、悠々とくつろぐ時間など、ありはしない。彼はタタミの上で正座し、目の前の掛け軸を見据える。彼は待った。カスミガセキ・ジグラットのこのフロアは完全なオフライン。強固な電磁的閉鎖環境に置かれている。

「シバラク」フスマの向こうで囁く声があった。アガメムノンは答えた。「入れ」染み入るようにトコノマにエントリーしたのは、ニンジャである。SPと同じダークスーツ姿は、後ろ手にフスマを閉めた時、既にニンジャ装束になっている。「ドーモ。スクラピュラスエミッサリーです」

「ドーモ。スクラピュラスエミッサリー=サン」アガメムノンは低く言った。「……つつがないか?」彼はスクラピュラスエミッサリーを横目で見る。伝令ニンジャは奥ゆかしく目を伏せる。アガメムノンは既に予期している。ニンジャスレイヤーがこの機に何らかの行動を起こさぬはずはないからだ。

 スクラピュラスエミッサリーの緊張が、畏怖が、空気中の微弱な電気の揺れを通じてアガメムノンに伝わってくる。「……ふむ。やはり事が起きたか」「……は」「お前の罪ではない。非合理な恐れを抱くな。時間の無駄だからな」「……は!」スクラピュラスエミッサリーは目を上げた。「申し上げます」

「……」アガメムノンは、やや苛立つ。伝令ニンジャがなおも躊躇うからだ。「話すがいい」「は。……マジェスティ=サン、ブラックロータス=サン、メフィストフェレス=サン、ジャスティス=サンが、ニンジャスレイヤーによって殺害されました」「ほう」「殺害……されました」

 スクラピュラスエミッサリーは唾を飲み、言葉を継いだ。「彼らの殺害に伴い、その護衛のニンジャであるサンダーローニン、ストームホーク……」「戦士の名は後でいい」「は。……マジェスティ=サンはTV出演中に殺害されております。さほど時を経ずして、ブラックロータス=サンが」「……」

「この時点で非常事態プロトコルが発動し、ニンジャスレイヤー、即ちフジキド・ケンジの指名手配が行われました。ニンジャスレイヤーはメフィストフェレス=サンの邸宅に移動し、彼を殺害。ダイザキ・トウゴが”12人”の1人であるという事実、その居場所を事前に把握していた事は確実です」

「ロケット計画に紐付けたか」アガメムノンは淡々としていた。「続けろ」「は。……厳戒態勢を指揮するラオモト=サンはニンジャスレイヤーに対して手を打っておりますが……現在のところ……スミマセン、続けます。スパルタカス=サンが追跡を開始。アクシスの精鋭が各”12人”の臨時の護衛に」

「うむ」「しかしニンジャスレイヤーは追跡を振り切り……その……このカスミガセキ・ジグラットにも一時肉薄……そののち、ハッカーのナンシー・リーと共謀し、ネオサイタマ各地に旗を掲げました」「旗?」「旗です、即ち……順序が逆になりますが、奴はマジェスティ=サンらを殺すたびに旗を」

 伝令ニンジャは次第に早口になる。「その殺害をセクトに対して誇示する行動です。ですが、ここへ来て奴はネオサイタマ全域に突如として旗を……これにより我々の追跡網を撹乱……先程、ジャスティス=サンが殺害された事が確認され……」「数時間のうちにセクトの最高幹部の4人が死んだか」

 スクラピュラスエミッサリーはぎゅっと目を閉じた。「申し訳ありません!」「もう一度言う。お前が詫びる必要などない」アガメムノンはリラックスして言った。「私はシステムを構築した。幹部が欠けようとも揺らぐ事のない、強固なシステムを。死んだ者のかわりはモータルでも構わぬ程のな」

「と……おっしゃいますと」「多少の脆弱性をあぶりだすには良い機会だ。私はこの日を、予め、そのように捉えていた」「と……ということは……この事態も想定のうち……計算のうちという事でございます……か」アガメムノンは目を閉じる。「当然だ」「なんという……なんという慧眼!」

 スクラピュラスエミッサリーは思わず拳を握りしめた。そして唸った。「ニンジャスレイヤー何するものぞ!全てが想定内なり!」「とでも言うと思ったかッ!!!」アガメムノンが立ち上がった!「この愚か者!」「エッ、」「イヤーッ!」アガメムノンは右手を振る!デン・スリケン!「アバーッ!?」

 スクラピュラスエミッサリーは青白い電光に撃たれ、大の字に吹き飛んだ。「アババババババババーッ!」フスマに叩きつけられるよりも早く、彼の身体は消し炭となり、崩壊し、過剰な熱と光にそれすらも呑まれ……フスマの微かな黒い染みと化した。ナムアミダブツ……!

 トコノマは青白い光で満たされた。その中心で、怒れる神めいたニンジャは上体を微かに反らし、後ろに逆立つ髪は光そのものと化して流れ、両掌は触れたものを瞬時に溶解させるほどの極めて恐るべき熱と光を帯び、足元のタタミを稲妻が這い回った。嵐の如き怒りは数秒間続いた。

「いかがされましたか!」室外から近づく守衛の声。アガメムノンはプラチナブロンドの髪を後ろへ撫で付け、襟を正してトコノマを後にした。「アイエ?」鉢合わせた守衛が悲鳴を上げかける。アガメムノンはその肩に触れた。「どうという事はない」「アイエエ……エ……」電気が守衛の身体を駆ける。

「次の休憩時間は、トコノマを替えたい」彼はアルカイックな笑みを浮かべ、室内を横目で見た。焼け焦げたタタミや、壁や、天井を。「くつろぐには少し散らかっていたようだからな」「アッハイ」焦点の合わぬ目で、守衛は頷いた。「迅速に手配いたします。申し訳ありません!」「謝る必要はない」

 アガメムノンは廊下を歩き出した。彼は平常心を取り戻した。スクラピュラスエミッサリーには、なんら落ち度は無い。ただ……間の悪い者というのは、居るものである。アガメムノンはほつれた前髪をもう一度撫で付けた。休憩時間が終わろうとしている。

 彼がラオモト・チバらに追加の指示を出す必要はない。否、出してはならない。これは試練である。彼はこの試練に耐えねばならない。なぜなら彼が単なる一個人の強大なニンジャとして振る舞えば、それは即ち、彼の築き上げた完璧なシステムの敗北、支配の敗北を意味するからである。

 世界に君臨すべき鷲の一族としての振る舞いが試されている。ニンジャスレイヤーが彼を試している。これほどの憤怒は彼自身も経験が無かった。ニンジャスレイヤーは必然的な絶対敵だ。これは真剣勝負だ。これまでも。これからも。彼の構築したシステムは完璧だ。この負荷テストに、彼は必ず勝つ。

 

◆◆◆

 

「オイ……坊主……」ゼエゼエと息を吐きながら、タフガイは言葉を搾り出した。やや離れた棚の陰で、スポイラーが身じろぎした。スポイラーの傍らで銃をリロードするのは、デッドエンドである。「タフガイが呼んでるぜ、オイ」「……少し生きてます」「まだまだ元気いっぱいだな?」「少しです」

 戦闘は既に「をべなや」の店舗内に場を移していた。三人はここまででもクローンマッポの突入を数度のウェイブにわたって凌いでいた。棚には手付かずの廃商品が陳列されたままだったが、それらは戦闘の中で散乱し、そこかしこのクローンマッポの死体にかぶさっていた。

「ニンジャがオメェ謙虚な事ほざいてんじゃねェ」タフガイは咳き込んだ。「アアッ畜生!治るんだろうなァ、こいつは。サケもタバコも止めねえぞ」タフガイの胸の傷は決して軽くない。スポイラーは今も棚に寄りかかっている。マージナルから受けたダメージが重いのだ。「俺、とんだ足手まといです」

「全くだ」デッドエンドはガムを噛みながら言った。「……そンでな、最後の足手まといの時間だ」「最後ッスか」「弾丸がもう無えンだよ」「おう。俺も無い」タフガイが言った。「ニンジャらしく、こッからは、カラテでいこうや」「ああ。カラテでな」デッドエンドは頷いた。「何人ヤれるか競争だ」

「よォし」タフガイはその場で屈伸した。「クローン1匹1点。隊長格は?」「5点でいいだろ」「ニンジャは」「御免こうむる」「じゃあ30点にしとくか」「ああ」「オイ!テメェもやるんだぞ、スポイラー」「くッそ……」スポイラーは手をついて起き上がった。「やりゃあいいんでしょう」

「ドンケツは、一週間ずっと一位にビールを奢る」「俺がドンケツ確定じゃないですか。立つのもやっとですよ。最初に死にますよ」「そりゃしょうがねェ」「ジゴクにビールあンのか?」「知らねえよ」「まあいいか……」デッドエンドは拳を打ちつけた。「3,2,1!」三人は飛び出した。

「ウオーッ!」「アアア!」「ザッケンナコラー!」三人は怒り狂う獣と化し、「をべなや」正面口から外へ走り出た。殴って殺し、蹴って殺し、とにかく殺す!そして死ぬ為に!「アアアーッ!」スポイラーは二人を追い抜き、前へ出た。「アアアーッ!」「オイ!オイ待て」「アアアーッ!……え?」

 スポイラーも異変に気付き、立ち止まり、振り上げた腕をだらりと垂らした。「……え?」包囲網は忽然と消えていた。ビークルの1台、クローンマッポの1人も無い。「何だこりゃァ」タフガイが頭を掻いた。「……撤収……?」「イヤーッ!」「グワーッ!」デッドエンドはスポイラーを殴りつけた。

「アッホくせェ!」デッドエンドは倒れたスポイラーを蹴り転がした。「締まらねえなァ!」タフガイはぼやき、その場に両手足を投げ出して仰向けになった。「締まら……ねェ!」緊張の解けた彼はその場で腹筋を開始した。デッドエンドは舌打ちした。バラララ……上空にヘリのローター音。「ア?」

「オイ……オイオイ……」腹筋しながら、タフガイは目を細めた。「爺さんじゃねえか?」「知らねえよ」デッドエンドはぼやいた。「貴様ら!」ヘリの側面から身を乗り出したのは、片腕にギブスをしたノボセ老である。「無事か!」「乗せてくれよ!」「調整はワシに任せておけ!」「乗せてくれよ!」

「救急車は既に手配した!ルーキーをいたわってやれ!」ヘリは再び遠ざかってゆく。「乗せろ!そのタクシーに!」デッドエンドは叫んだ。太陽が昇ってゆく。だがこの晴れ間も、すぐに分厚い重金属雲が覆い隠してしまうことだろう。

【ロンゲスト・デイ・オブ・アマクダリ:メニイ・オア・ワン】終


N-FILES(設定資料、原作者コメンタリー)

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