【ヴェルヴェット・ソニック】#7
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「来た! ニンジャスレイヤー=サン、見えるぞ!」タキは大声をあげた。「アニキ死んでないよな!?」背中越しにザックがモニタに向かって叫んだ。フラットラインだった電子窓に、今、波形が生まれている。『ビゴビゴビゴ』ファイウォール直結されたモーターツクモがUNIXを激しく点滅させていた。
『ゼロが1になった』電子のナンシーがコトダマ空間でタキに語りかけた。『でも、何も安心できない』心臓は動き、脳に酸素が送り込まれている。しかし各バイタル値は悪化の一途を辿っている。監視カメラ越しに見えるのは、血溜まりを広げながら苦しむニンジャスレイヤーと、痙攣状態のナンシーだ。
彼らを守り仁王立ちでカンフー・カラテを構えるのはコトブキ。廃遊園地に入り込んできたSoCカルトを威嚇している。(こいつは……どういうこった!)タキはナンシーが指摘するまでもなく、ニンジャスレイヤーの異常に気づいた。タキのUNIXと繋がった自我アカウントに、奇妙な腫瘍じみた異物がある。
(こんなウイルスは知らねえ。アンタはどうだ)『そうね。あまり記憶にない。だけど……』(正体はハッキリしてらあな。サロウだろ)『そういう事ね。物理世界においてサロウは爆発四散した。でも……自らをウイルス・プログラム化した……あるいはそれに類する何かを……』(無茶苦茶やりやがる)
コトダマ空間の黄金立方体の冷たい光と無限の緑格子地平に01の風が吹き、タキは本質的恐怖をおぼえた。(YCNAN=サン。やけにスースーするんだがよ)『そうね』ナンシーが答えた。360度全方位、凝視するIPアドレスが幾つも浮かび上がった。『彼の自我のポートが全開放されている。意識が無いままに』
(クソが! だけど、そりゃそうだよな。それがヴェルヴェット・ソニックだ……。ハッカーだったらプロキシを幾つも踏んで自身のローカルコトダマ空間を防御するとこだが……)『ハゲタカ連中への守り、少し任せる』ナンシーはタキの返事を待たず、高く飛び上がり、旋回して、垂直降下した!
タキも口を開けて見てはいられない。彼はタイピング速度を必死で高めた。(オレはテンサイだ! 数分なら、もしかしたら出来なくもねえ! やってやンよ!)様々な形状の電子ブロックが組み合わさって電子隔壁を形成、ニンジャスレイヤーのIPに繋がる電子路を塞いでゆく。既に野良ハッカー達は奇妙なIPアドレスをめがけ向かってきている!
暗黒メガコーポのメインフレームでチキンレースをする破滅的嗜好の持ち主たちは、常に刺激と一攫千金と脳死の緊張に飢えている。退屈なネットワーク空間に突如、見慣れぬIPが出現、しかもポート全開放とくれば、有象無象のハッカーは誘蛾灯に誘われる蛾めいて集まってくる。カネ、名声、破滅!
(暇人のクソどもめ!)タキは電子パスを隔壁で塞ぎ、その後ろに幾つもタレット型の攻性プログラムを並べてゆく。一秒たりとも気は抜けない。見よ、早速塞いだばかりのパスに無防備な野良ハッカーが突入してきた!『アバババーッ!』無謀なノーガード突入! 自動罠に弾かれ瞬時に借金600万オムロ!
だがその時には違う方角、スモトリ型の破城槌プログラムが隔壁を殴り始めていた。(オイふざけるな! ヤメロヤメロ……)KRAAASH! 隔壁解放!『ドッソイ!』だが次の瞬間、隔壁通過時にギロチントラップ型プログラム発動!『アババーッ!』おそらく脳死! ナムアミダブツ!(見たか、アホめ)
『見ろよIPだぜ!』『クゥーッ! 露出してやがる!』『最高!』集団ハッカーが掲示板で有志を募り、別ルートから侵入を試みる。『すごいカーウォッシュだ!』『たまらねえ! 秘密はコレか!』(それじゃねえよアホめ)タキは迷い道を設置し、向かってきた彼らを別IPに導いた。従量課金エッチチャットの無限地獄だ。秒単位で彼らの債務は増え、天文学的被害となるだろう。
その間にもタキは危険な兆候のある掲示板に対する「再接続するだけでランダムに1~3オムロ無限に手に入ります」という偽情報を流し機能不全に追い込み、小学生らしきハッカーの家にはスシの出前を無慈悲に集中させた。ニューロンがビリビリと痺れ、黒い指先は残像を伴い始める。アドレナリン!
「オトトイキヤッガレ!」電子中指を立てながら、タキは鼻血をぬぐう時間すら惜しんでタイピングする。次々に隔壁が落下し、ループ路が生成され、電子悲鳴やサーバーダウン轟音が轟く。こういうの懐かしいよな。姉貴。無意識のうちに語りかけ、彼は乾いた喪失感を思い出す。
(だけど実際、昔みてえに指は動くぜ。最近いろいろあったしよ)タキは自信を深めた。(オレはマジにテンサイだな。こいつは……)だが幾つか不穏なアカウントが見え隠れしている。凍りついた顔文字が分裂と集積を繰り返しながら動いているのは、スライト・モノ・ヒールミーユミコその人だ。
そして別方角、今のところ一歩も動かず、佇み、だが継続的に不穏なPING行為をおこなってくるハッカー、バチ・キンゲンの事もタキは知っている。ヒールミーユミコもバチも、絶対に関わりたくないクソ中のクソである件に関しては優劣がない。彼らが同時に襲いかかってくれば、恐らく……。
「ここには何もありません」「偶然ペンタゴンです」と書かれた電子掲示をタキは配置した。テンサイ以上のハッカーには意外とこの手のハッタリが効く事もある。気休めである。そして……何より不穏なのは、ト・キコのアカウントだ。サロウの守護天使。電子地平からこちらをじっと見ている……。
(あのオバケめ、一体なんのつもりだ? 急に様子見に入りやがった。ありがてえが……)タキは電子こめかみ汗を滴らせた。サロウとのイクサが始まって以来、あのオバケからいかにして逃げ回るかがタキの重大なミッションだった。幾つもファイアウォールをダメにした。
まともに心配しはじめれば、タキのちっぽけな自我はすぐさま限界になり、全ての防御行動がフリーズしてしまうだろう。タキは黄金の立方体の輝きに意識を向けた。できることをやり続けるだけだ。(なるべく早くどうにか余力を戻して助けに来てくれ、YCNAN=サン)タキは電子呻き声をあげた。
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