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【レイズ・ザ・フラッグ・オブ・ヘイトレッド】

◇総合目次 ◇初めて購読した方へ


この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版は上の物理書籍に収録されています。また第2部のコミカライズが、現在チャンピオンRED誌上で行われています。



【レイズ・ザ・フラッグ・オブ・ヘイトレッド】



 夜。キョート共和国との、“見えない戦争”が続く日本。その中心地、ネオサイタマ。重金属酸性雨が、巨大ビルモニタに映し出された過剰消費コマーシャルをしめやかに覆い、液晶面にケミカルな艶を生み出す。 

 巨大モニタには、最新型サイバーサングラスをかけた現役ヨコヅナの勇姿。「スゴイ!興奮的!電子で脳波も!あなたに今すぐ体感してほしい!」彼は見えない敵と戦うように、シコを踏み、チョップを繰り出し、勝ち誇り、空前の仮想現実感をアピールする。右下には申し訳程度に「戦時中です」の文字。 

 マルノウチ・ハイ・ストリートからそれを眺める市民たち。「無いと駄目」「買わざるを得ない」「時代」……短く強力な文言が、マグロツェッペリンの液晶モニタにも映し出され、宣伝効果を高めた。ここを歩く市民の多くは、既にサイバーサングラスを装着しているが、それらはもはや世代遅れなのだ。 

「ワオ……マジで欲しいぜ!やっぱオナタカミのサイバーサングラスだよな!クールさが違うぜ」「俺はサイバネアイのほうがクールだと思う」「でも高いだろ。サイバーグラスなら実際安いって」無軌道大学生たちがモニタを指差し、戯れ合いながら歩く。そして……ウカツ!屈強な男たちにぶつかった! 

 すわ、ヤクザか!?「アイエッ!ス、スミマセン!よそ見をしていただけです!」尻餅をついた大学生が、ホールドアップして謝罪する。マルノウチにも実際ヤクザは多いからだ。……だが、ヤクザではなかった。SWATめいた服装の三人組が、ライオットガンを構え、彼を威圧的に見下ろしていたのだ。 

 口元をオープンにした液晶ヘルメットには、治安維持警察ハイマッポの紋章。三人組は何も言わず、大学生を赤外線スキャニングすると、自らのヘルメットの液晶面に「「「道を開けたまえ、市民」」」の赤色LED文字を流した。その一糸乱れぬ動きは、まるで三つ子だ。 

「アッハイ」大学生は失禁しながら道を開けた。彼らは治安維持機構ハイデッカーの警邏部隊だ。頭から爪先までオナタカミ社の装備に身を包む事から、オナタカミ・トルーパーズの名で親しまれる。「「「違法ハッカーを発見、拘束する」」」「ペケロッパ!?」ハイ・ストリートの犯罪率が減っている! 

「助かったぜ!ヤクザも減ったし!」「最近治安良くなったよな」「戦争が終わっても、ハイデッカーにはこのまま残ってほしいぜ!」大学生らが笑う。確かに、ハイ・ストリートは以前よりも安全な場所になった。表向きは。「でもあいつら、少し気味悪いよな…クローンみたいで」「カトゥーンかよ!」 

 大学生らは、また雑踏に吞み込まれる。足早に歩く市民らのサイバーサングラス外側液晶面には「スミマセン」「急いでいます」「あなたに構う気がない」などの無表情な定型文LED文字が光る。中には「ビョウキ、トシヨリ、ヨロシサン」「洗練、オナタカミです」などの企業CM文章も珍しくはない。 

 ハイ・ストリートを支える立体交差歩道橋の下、「最安値更新か」「過剰割引摘発可能性」などのPVCノボリが揺れる、ありふれたサイバーウェア・ショップ。サイバーブルゾンのフードを目深に被った一人の学生が、周囲を注意深く見渡してから店内へ入る。彼の目は敵を警戒するキツネめいて鋭い。 

「ハイ、あなた、来たの!?安いよ!安いの入ってるよ!」ネコネコカワイイのパーカーを着た店員が、笑みを浮かべて大学生を迎えた。「まだ持ってないの、サイバーサングラス。そんな事じゃ、タフに生き残れないよ?」「最新のやつ。オナタカミのOT-VIIモデルかそれ以降の、ある?」 

「あるよ!これと!これね!」店員はネコネコカワイイの曲に乗って製品を並べる。「ええと…生産シリアルがマ0026以前のやつ、ある?音がいいって聞いたから」「ハ!そんなの迷信よ!聞いた事無いね!……アー、でもあったよ!ほら、残ってたよマ0024!これ今買うの?買うなら安いよ!」 

 大学生は手元のメモを見ながら、製品のシリアル番号を確認する。「アー、この店、そんなに安くないよね」「あなた買わないの!?開けちゃったよ私!もう買うしか無いよ!今なら二個買うと、お得よ!」「買うよ、一個で十分だよ」大学生が笑う。「あなたいい買い物ね!今夜祖先に報告できるよ!」 

 店員はUNIX端末を指差し、そこで必要情報を入力するよう大学生に促す。「あなた初めて?IRC端末も持った事ない?」「そう」「珍しいね!よく今まで生きて来れたね!電波プラン、決めてね。どうせ、マケグミ・クラスでしょ?」「そうだよ」「気が合うね!わたしもそうよ!すぐ慣れるよ!」 

 大学生は注意深く、個人情報を入力する。「デミIPの発行すぐよ!ちょっと待ってね!」店員はタノシイドリンクを飲み干し鼻歌を歌う。販売ノルマを達成したからだろう。大学生は微かに眉根を寄せる。彼はヨロシサン製薬の悪辣な商売を知っているのだ。「さあ!できたよ!スゴイの体験してね!」 

 大学生はそれを着用する。ブブウーン。視界が一瞬、緑色のワイヤフレーム映像に変わった後、リアル視界が映し出された。まるで裸眼で見ているようなクリアな映像だ。虚空にIRCチャットがいくつも開く。溢れるサイバー感!「どう?この壁どう?何が見える?」店員は真っ白な壁を叩いてみせた。 

 ナムアミダブツ!大学生はそこに、暗黒メガコーポ各社のロゴやNSTV社の最新中継映像を見た。「うえっ、酔いそう」大学生がグラスを外す。裸眼で見た時には、それらは見えない。もう一度かける。壁だけでなく、店内の様々な空白スペースに、ネオンサインめいた映像が自動演算投影されている! 

「オッホホホ!本当に初めてね!ニューロン鍛えないと生き残れないよ!でもすぐ慣れるよ!」店員が笑う。「軽減できないの?」「カチグミ・プランにすると消えるよ!ポウ!魔法みたいにね!」「高すぎるって」「ユウジョウ!私もそう!でも便利!これ無いと生きてけない社会よ!すぐ慣れるよ!」 

「本当に?」「そうよ!実際自然に演算されてるからね!まるで本物のポスターか映像だよ!奥ゆかしいよ!すぐ慣れちゃうからね!それに便利よ!手を使わずにIRCよ!」それから耳元で声を潜めた。「体感プログラムもスゴイよ。ネコネコカワイイの、ヘンタイの違法ポリゴン、あなた欲しいか?」 

「いや、また今度で」大学生はサイバーグラスをポケットに仕舞い、フードを被り直すと、踵を返して店を出た。「あなた!またいつでも戻って来れるよ!大変なチャンスだからね!」店員の声を尻目に、大学生は路地に戻る。ズンズンポコッピポコッピ……浮かれたサイバーテクノ音が後方に消え去る。 

 大学生は再びキツネめいた鋭い目で、電脳犯罪都市ネオサイタマの雑踏に紛れる。ブーンブンブーンブンブブーン……気が滅入るようなコケシマートの重低音ソングが、頭上から圧力をかける。邪悪な音楽をシャットアウトするように、彼はヘッドホンをかけ、パンクロック・ソングを聴きながら歩いた。 

 開戦前から徐々に、自由とケオスが奪われ始めた。あらゆる過激な音楽は排除され、アンダーグラウンドへ押しやられた。TVは無難なものか巧妙なプロパガンダ番組ばかり。再結成後のブラックメタルバンド「カナガワ」のように耳障りだけが過激な音楽は健在だが、真に危険な音楽は、もう、無い。 

 社会に出た事はなく、ネオサイタマ大学で学ぶ貧乏学生である彼にはまだ、これが何を意味しているのかは解らない。ネオサイタマがどこへ向かおうとしているのかを、彼は知らない。ただ、胸騒ぎがするのだ。オナタカミ・トルーパーズによる治安改善は、見かけだけだ。彼はそれを直感的に悟っていた。

 いつしか彼は、治安レベル最悪のツチノコ・ストリートに足を踏み入れていた。「アイエエエエエ!」酷使に耐えかね、違法素子で満たした米俵を抱えて脱走したボンデージ・スモトリ奴隷が悲鳴を上げる。サイバネ強化されたオイラン・アサシンが追いつき、背後から銃弾を撃ち込んでこれを射殺した。 

 米俵からこぼれた素子や、ボンデージ・スモトリ奴隷の体に埋め込まれたサイバネパーツを求めて、おかしな身なりの貧民たちが群がってくる。「近づくんじゃないよ!」オイラン・アサシンが電磁ムチを振るって威嚇する。「「「何事だ、市民」」」そこへオナタカミ・トルーパーズの三人組が出動だ。 

「ハイハイ、抵抗しないよ」「「「……」」」オナタカミ・トルーパーズは統制の取れた動きで、オイランの身体を赤外線スキャンする。ピーピピーピピー……そして、オイランの耳に輝く、アマクダリ紋の小さなイヤリングを発見した!「「「正当防衛と認定。これよりスモトリを逮捕する」」」欺瞞! 

「待てよ!何だかおかしいぞ!」薬物過剰摂取で正義感に燃えるモヒカン・パンクスが、欺瞞を声高に糾弾する!「「「ザッケンナコラー!」」」ヤクザめいた威圧的な怒声!まさか……!?公権力だと言うのに!?「アイエッ!」パンクスは腰を抜かし、失禁!「「「危険思想者を追加で逮捕する」」」 

「逮捕!?逮捕ナンデ!?」パンクスが抵抗する。「「「スッゾコラー!」」」トルーパーズは警棒を抜き、一糸乱れぬ動きで叩く!「アイエエエエ!思想統制!言論弾圧ーッ!」痛切な悲鳴を上げるパンクス!ナムサン!もはやアマクダリ・セクトの暗黒管理社会はすぐそこに迫っていると言うのか!? 

 無関係を決め込む市民の波に押し流されながら、サイバーサングラスを懐に仕舞った大学生は、ストリートの奥へと進んでいく。「秩序なんて嘘だ」心臓は激しく拍動していた。理不尽を目の当たりにしたからだ。凶悪事件に溢れたネオサイタマでも前例の無い、唾棄すべき理不尽の時代が、迫っている。 

「でも、俺に何ができたよ」手が震えた。恐怖と、怒りと、無力感が、ないまぜになっていた。彼は闘士でもカラテカでもない。大学生だ。心細い。暴力まみれのこのストリートで、音楽だけが勇気を与えてくれる。彼にとって音楽とは、学校の連中との話題作り以上の、遥かに重要な意味を持っていた。 

 彼は路地裏に貼られたポスターを見つけた。アバンギャルドめいた意匠。抵抗の象徴キツネ・サインを示しながら、空に向かって力強く突き出される三本の腕が並んだ、小さなポスター。下には「キツネ・ムレ・チイサイ・レディオ」とだけ書かれている。仲間が近くにいる。それは彼を勇気づけた。 

 上空のマグロツェッペリン群から照射される威圧的な漢字サーチライトを、無意識のうちにかわしながら、彼は薄汚い無人スシバー「時代」へと入る。空席が目立つ。一番奥の仕切り席に座り、目の前の壁のスリットに百円玉を入れる。壁に描かれたタイガー墨絵の目が光り、音声認識モードになった。 

「タコで」大学生はメモを見ながら、目の前の壁に向かって言う。すると壁がパカリと開き、ぎこちない動作で、スシ・アームがタコ・スシを彼の前に置いた。それを食べてから、彼は店内の様子を伺い、百円玉をもう一枚入れた。「タコで」再びスシ・アームが出現し、タコ・スシを彼の前に置いた。 

 彼はこれも食べた。そして店内の様子を窺う。横の2つは壁とスシ・アームが破壊された上に「バカ」とスプレー落書され、アウトオブサービス状態のため、彼の挙動を探る者はいない。イヨォーッ、と電子雅楽音が鳴った。彼は意を決し、100円を投入して注文する「キツネで」。……キツネとは? 

 おお、見よ!タイガー墨絵の壁がパカリと開き、スシ・アームの代わりに、フードを目深に被った無精髭の男の顔が現れた!これは革命レディオのリスナーたちが用いる秘密暗号だったのだ!「ドーモ」「ドーモ」二人は声を潜めアイサツする。「ハンドルネームは?」「ロックスター」大学生は答えた。 

「マジかよ、ロックスター……!その歳って事は、学生かよ……?」三十近いフードの無精髭男は、驚きで若干顔を前に出す。その声はむろん潜めたままだ。「ハイ、大学生。ネオサイタマ大」ロックスターと名乗った大学生も、バーカウンターに向かったまま若干背を丸め、突然の客の進入に用心する。 

「俺はスペードだ、会えてマジで光栄だ」フードの男は、そう広くはないスシ・アーム開閉扉から、顔半分だけでなくタトゥーの入った右手も差し出して、ロックスターに握手を求めた。「僕もです」二人は不自然な体勢のまま、不格好な握手を交わした。ロックスターは緊張で喉が乾き、チャを呑んだ。 

「ロックスター、お前のIRCポストはマジでクールだ。30歳くらいの反政府ミュージシャンかと思ってたぜ」スペードが手を引っ込め頷く。「音楽はやった事ないんです、全然」「なんでロックスターにした?」「意外性があるかなと」「テンサイ。いいセンスだぜ。何ていうか、将来を見てるよな」 

「名残惜しいが、長話は危険だ。ブツとドネートをくれ」スペードが手を出す。「これを」ロックスターは懐に仕舞っていたサイバーサングラスと、バイトで貯めたなけなしの素子を手渡した。「少し待っててくれ……。スシの注文もできる」壁のドアが何事も無かったかのようにパタリと閉じた。 

 ロックスターは息を吐き、心臓に手を当てた。自分以外のレジスタンス仲間が、血肉を伴ってこのネオサイタマに実在していた事、そして彼らと直に出会えた事が、彼に深い感動をもたらしていた。彼はタマゴを注文し、チャを飲んで、しばし待った。客は誰も来ない。十分後、再び壁がパカリと開いた。 

「待たせたな」スペードの手には違法改造を終えたサイバーグラス。「ドーモ」ロックスターはそれを受け取る。「じゃあな。クソみてえな時代だ。マジで支援に感謝してる」「力になりたくて。力を貰ったから」「こっちもだ。今はそれで十分だ。大学へ行けよ」「銃やカタナには早い」「そう言う事だ」

 ロックスターは違法改造サイバーサングラスをかけ、再びストリートへ踏み出した。灰色の電脳メガロシティで彼は再び、独り。壁や窓や大型ビルに、NSTV社のプロパガンダ番組や、暗黒メガコーポのCMが映し出される。サイバーサングラスと一体化したイヤホンから、スカム歌謡が流れてくる。 

 ロックスターは歩き出した。「ファック、オフ」彼はグラスのこめかみ部分を押さえ、そう唱えた。ポウ!魔法がかかったかのように、全ての悪しきCM群が瞬時に消え去った。「ファック、オフ」再び唱えると、KMCレディオとメガヘルツ解放戦線の旗が、彼方の巨大ビル壁面にマッピングされた。

 ロックスターは自らのキツネサインを摩天楼に向けて突き出し、最後にもう一度唱えた。「ファック、オフ」ポウ!スカム歌謡は瞬時に消え去った。そしてKMTレディオの中心人物、DJゼン・ストームことヒナヤ・イケル・タニグチの声と、クールなスクラッチ音が、違法電波に乗って聞こえてきた。 



 ドコドコドコドコドコドコドコドコ!「アーッ!?」 

「アーッ!?俺は軍隊!」ダダーダ!「銃撃って殺す!」ダダダーダ!「俺は軍隊!」ダダーダ!「銃撃って殺す!」ダダダーダ!「明日起きたら敬礼!明日起きたら敬礼!明日起きたアーッ!?アーーーッ!!」レディオから聞こえる、ハードコア・ヤクザパンクバンド「ケジメド」の発禁反戦チューン。

 ドココ、ドココ、キュオーンキュワワーーン「アーッ!?アーーーーーーッ!」キュワワワーン……。壮絶なファスト・チューンだ。演奏時間は30秒にも満たない。この1曲だけを収録したCDを発売した彼らは、NSTV社や政府に睨まれ、また様々の困難な問題に見舞われて、表舞台から姿を消した。 

 電波ノイズ。違法無線LAN混線。自動再チューニング。再びサイバーサングラスから聞こえる、レディオ。音楽。声。「…ヘイ、人々、聴け。今夜もDJゼン・ストームと12人のクルーが送る、革命レディオ!キツネ・ムレ・チイサイ!」ダダッタダダッタ、ワオワオキュカキュカ、キューキュカコー。 

「ヘイ、聴け、レジスタンス。俺たちは音楽を通して抑圧に抵抗する。共和国との戦争?ファッキン・ブルシットだ!」DJゼン・ストームの声には力が宿る。彼は42歳。伝説のミクスチャーバンド「ブルタル・ショウギ・サイボーグ・ヴァーサス・アングリー・タナカ・メイジン」の元フロントマンだ。 

「重金属の雨!巨大モニタ煽る焦燥感とエクスプロイテーションの飴!ヘイ、人々、聴け!俺たちは搾取され、養分として吸い上げられてる!」ネオサイタマ大心理学科卒。彼の言葉には確かな知性が光る。「黄金の葉脈めいて張り巡らされたネットワークは、ジグラットの生命維持システムに変わった!」 

 常に一定ではない秘密のKMCレディオ収録現場。建設途中で放棄された、暗い高層マンション廃墟の一室。中央吹き抜けには土砂降りの重金属酸性雨。偶然上空を通過していった、マグロ・ツェッペリンが照射する漢字サーチライトの文字は、「警戒」。ぼろぼろのソファに座るDJがゲストを紹介する。 

「ヘイ、人々、聴け。NSTVの独裁的音楽市場支配に対して抵抗活動を続ける、マニュファクチュアド・インダストリアル・プロレタリアン・テクノ・デスメタル・バンド『暗い都市部』!」DJは小気味良く喋り続ける。「そのゼロサプレッサー=サンとロキ・ヴォイダー=サンへのインタビューだ!」 

「「「ドーモ」」」3人はソファの前で握手を交わす。「フー、リラックスしようぜ。こんな時代だからな。IRCで質問が来てる。二人が信じてる宗教は?ブッダ!いきなりシリアスなのが来たな」「何も信じない」とゼロサプレッサー。「俺はデジタル・オーディンを信奉してる」とロキ・ヴォイダー。 

「オーディン!悪くないな!」「ゼン・ストーム=サン、あんたは?」「俺はハーフ・ブディスト、クオーター・クリスチャン、クオーター・アテイスト、そしてクオーター・ハッカーだ」「……待てよ、4分の1多くないか?」暗い都市部のベーシスト兼プログラマー、ゼロサプレッサーが眉を潜めた。 

「ファック野郎!細かい事は気にすんなよ!大らかに行こうぜ!アッラーの思し召しだ!」DJゼン・ストームが笑う。ロキ・ヴォイダーも、ゆっくりと笑って何か返事を返した。「アー、ちょっと、ロキ・ヴォイダー=サンのマイクに問題」収録クルーの一人、体格のいい迷彩バンダナの女が割り込む。 

「ヘイヘイ、人々、珍しいハプニングだ!音響のチェリーの強制介入だぞ。お二人さん、彼女のHNはチェリーだ。アクアパッツァが上手い。彼女が作るとコメの一粒一粒にサットヴァが籠るぜ!」「アタシはクリスチャンだ!」ドレッドヘアに都市迷彩バンダナのチェリーは、キツネ・サインを掲げた。 

「よし、ファッキン・トラブルは片付いたな。じゃあ次の質問だ。お決まりだな。共通で好きなバンドとかは?影響を受けた音楽」「バラバラだな」とヴォイダー。彼は幾分リラックスしているが、ゼロサプレッサーの表情はまだ堅い。「旧世紀のバンドだが……『分岐命令』から強い影響を受けている」 

「『分岐命令』!いいセンスしてるな。ヘイ、人々、知ってるか?血も涙も無い、UNIXテクノコアユニットだ。俺は26になるまで『分岐命令』が好きだなんて奴とは一人も出会えなかったぜ。ヘイ、マンタ、音源あるか?かけながら行こうぜ」ブンブンブブーン、ビープビープ、ピコピコポコポコ。 

「あんたもファンか?」ライブ時と同じ無機質なトーンを維持したまま、ゼロサプレッサーが問う。「ああ、最高にクールだ。20年近く前…BSCVATMの最初の曲『ウェイク・オブ・アングリー・タナカ』には『禅TANK』違法基板の効果音をサンプリングしたが、それは『分岐命令』の影響だ」 

「好きな曲は?」とゼロサプレッサーが逆に問う。「3枚目のアルバムの、4曲目だ……曲名は確か……過剰……過剰……」「過剰負荷」「それだ!」「Tシャツを持ってる」ゼロサプレッサーが小さく笑う。「ファック・ユー!どのツアーのだ?」DJゼン・ストームが身を乗り出す。レディオは続く。 

「ヘイ、要するに俺たちは、ジャンルの対立を煽る広告会社の陰謀なんざクソ喰らえと思ってるファッカーで、音楽の力と自由を信奉してる以外は何もかも違う。生まれも育ちも、好きなバンドも、宗教も、スシも、違う。でも、敵はひとつ」「暗黒メガコーポ!ファック、イェー!」ヴォイダーが叫ぶ。 

「ヘイ、人々、聴け!これと同じだ!これと同じ事がいまネオサイタマで横行している!全ての怒れるタナカ・メイジンを釈放しろ!不法逮捕された政治思想犯を釈放しろ!戦争はブルシットだ!治安維持警察ハイデッカーはクソだ!NSTVは無教養という名の麻薬と対立のための銃弾をバラまき…!」 

 ……頭痛。記憶の混濁。「ハ!?」DJゼン・ストームことヒナヤ・イケル・タニグチは、薄暗い部屋で目を醒ます。照明は壁のLEDボンボリだけ。その横には恐怖感を煽る「家に帰さない」のカケジク。「ファック……?」彼は体を動かそうとした。だが手足は椅子に拘束され、自由は奪われていた。 

 書棚裏の隠しドアが開く。「ファック野郎のお目覚めか?」偉そうな重役の声と、葉巻の香りが入ってくる。天井の小型スポットライトを一斉に照射され、タニグチは眩しさに顔をしかめた。入室してきた連中は全部で6人。スーツ組3人、オナタカミ・トルーパー2人、きわどいバニーオイラン1人。 

「ファッキン……」タニグチの視界は覚束ない。事態が吞み込めない。(((ヘイ、ブッダ、どこだここ。クルーは。暗い都市部は。番組は。リスナーは。ブッダ!そろそろ起きねえと、ケツを蹴り飛ばすぞ!)))タニグチは歯を食いしばり、サイバネアイの映像を頼りに、気絶前の記憶を掘り出した。 

 ……ブンブンキュカキュカ、キューキュカコー。タニグチの視界はサイケじみて多重回転し、『暗い都市部』にインタビューした廃ビルの一室へと戻る。混濁した記憶が甦り始める。 

「ニューアルバム『デジタイズド・スシ』に込めた想いは?」タニグチの質問。「前作は、路地裏でのテクノカルト同士の抗争を扱った。暴発する暴力だ」ゼロサプレッサーが答える。「タイピング肉体労働者の激しい怒りの爆発だ。今作はかなり印象が違うと思う。同じ物を再生産する気は無いからだ」 

 (((……そうだ、インタビューは巧く行っていた。チェリーは上機嫌で、マンタも俺のリクエストする音源を巧く見つけ出した。電波も上々で、ニチレンはブッダみたいな笑顔で波形を弄っていた……。休憩中にニスイが来て、少し話して、俺は少し怒った。レディオはいつもみたいに続いた……))) 

 新曲をバックに、ゼロサプレッサーが淡々と語る。「…今回は、全人類が半電子生命体になり、邪悪なマザーUNIXに支配される近未来を描いた、コンセプト・アルバムだ。海は干上がり、電子化されたデジ・スシが主食で、主人公である『ケイン・モリモチ』はオーディンから啓示IRCを授かり…」 

「おいおいおい、ファック野郎野郎野郎、まだ寝てるのかねかねかね?」現実世界の隠し部屋では、重役の声が残響音めいてタニグチの耳に届く。(((……コンセプトは解った、もっと先だ!)))タニグチは記憶映像を進める。(((インタビュー収録が終わり、俺たちは撤収の準備をして……))) 

 ゼロサプレッサーたちはスーツに着替えた。『暗い都市部』の本業はサラリマンなので深夜勤務に向かうのだ。「次にモリモチは邪悪なデジ・デッカー『オートモ』の待ち伏せをかわし、偶然にもデジ・マグロ工場で恐ろしい真実に気付く」彼は駐車場に向かう間も喋り続けた。タニグチは相槌を打った。 

 (((……装甲バン2台。片方にゲストを乗せる。俺はニスイともめて、向こうのバンに乗せる。万が一の時、護衛役にと思った。チェリーが運転。向こうはマンタ。……だが道路は封鎖されてて……ファック!……俺は道路に引きずり出されて……バンはどうなった……イェー!逃げ去った……!))) 

 道路に放り出される前後は、映像が乱れ、巻き戻しても判別し難い。おそらく抵抗したのだろうが……「イヤーッ!」「アバーッ!」突如、秘書がタニグチの顔面にヌンチャクを叩き込んだ!「何をボーッとしているか!部長が質問しているだろう!」「ファック……」タニグチは現実へと引き戻された。 

 タニグチは頭を振り、目の前に立つ重役と秘書、そしてスシオボンを持って脇に控える蛍光橙髪のバニーオイランを見た。刺激的な胸元だ。「ヘイ、見覚えがあるぞ」「彼女はNSTVオイランニュースの人気キャスターだ」部長は鼻で笑い、彼女の胸を雑作も無く掴んだ!「そしてこれが私のパワーだ」 

「アイエエエ……」DJに見せつけるように、バニーオイランは艶かしい声をあげて身をよじり、耐え、スシオボンのスシを落とさぬよう奮闘した。部長は愉快そうに、キューバ産の葉巻を燻らせた。ネクタイに光る社章。彼は明らかにNSTV社の部長だ。だが何故、トルーパーズが後ろにいるのか!? 

 タニグチは記憶映像を呼び覚ます。道路を封鎖し、銃を突きつけ、彼らを殴り飛ばしたのも……治安維持警察のオナタカミ・トルーパーズだ!「ヘイ、なんであいつらが、NSTVにいる?おかしいだろ?俺は逮捕されたのか?ならムショだろ?そもそも俺には逮捕時に権利があるはずだ。すなわち……」 

「おい」部長が指を鳴らすと、清楚な顔立ちの秘書がヌンチャクを振るった。「イヤーッ!」「アバーッ!」「彼らは治安維持のために特別に今夜ここにいる。電波ジャックを繰り返しNSTV社や市民を苦しめるテロリスト……すなわち君が、今夜ここに乗り込んできて暴れたからだ」何たるブルシット!

「パワーの違いを理解したまえ。立場の違いを。君には質問の権利などない。ただ、私の質問に答えたまえ」部長が煙を吹きかける。邪悪なるニンジャ組織、アマクダリ紋のタイピンが鈍く光る。だがタニグチはその秘密を知らぬ。暗黒メガコーポすらも裏から操る、残忍なニンジャ支配者達の存在を!

 NSTV社の部長は、邪悪なる秘密結社アマクダリの構成員である!彼は大いなる12人の1人ではなく、ニンジャですらない!しかしニンジャの武力と絶大な財力を併せ持つアマクダリは、ソウカイヤよりも遥かに狡猾に、かつ大胆に、ネオサイタマ表社会の随所へと支配の根を張り巡らせていたのだ! 

「違法電波放送で、随分と我が社の利益を損なってくれたものだ。キツネ……キツネ……」「キツネ・ムレ・チイサイです」秘書が捕捉する。「そう、キツネ・ムレ・チイサイ・レディオ。ふざけた名前だ。本来私は極めて多忙なため、君のようなふざけた男に時間を割く事はない。タイムイズマネーだ」 

「……だが今回のことは看過できん。君らの違法プログラムが選択的ブロックしているサイバーサングラスのサブリミナル周波数だ。どこで計画を知った?ハッキングか?」「サブリミナル周波数……マケグミ用のCM周波数の事か?」タニグチが言った。秘書が何か耳打ちし、部長は葉巻を燻らせた。 

「……話題を変えよう。ビジネスの話だ。いいビジネスだ。我々にとっても、君にとっても」「ハン?」タニグチは未だ事態の全容が吞み込めない。「君は本来なら、このまま電波テロリストとして、スガモ重犯罪刑務所に投獄される。権利とか……そういうのは一切飛ばしてだ。何しろ戦時下だからな」 

「取引しようってのか?」「その通りだ」部長はスマイルした。「君はNSTV社の専属DJになりたまえ。クルーや同盟ハッカーカルトの詳細を吐いて、奇麗な体で。そうすれば、釈放する」「仲間を裏切って、広告塔になれってのか?」「その通りだ」「ファック、ノー」タニグチは床に唾を吐いた。 

「やれやれ……思った通りの反応だ」部長は手を広げ、おどけた顔を作った。迫り出した腹が揺れた。「アカチャン……」バニーオイランも細いひとさし指を舐めながらDJを嘲笑った。「その答えでよかったよ。思う存分いたぶれるからな!」部長は葉巻の火をタニグチの腕に押し付ける!「アーッ!」 

「何が革命レディオだ!ガキどものくだらん遊びだ!お前はのぼせ上がった、廃業バンドマンだ!お前が旗を振って、所得の低いバカなガキどもが群れ集ってくる!それでお前はいい気になった!それだけだ!」部長はタニグチの腕へと葉巻を灰皿めいて擦り付ける!非道!「アーッ!」苦しむタニグチ! 

「パワーの差を思い知れ!」部長が笑う。だが秘書が耳打ちする「そいつの腕はサイバネです」「……」部長が睨む。「ハハハハハ」タニグチが笑う。「「ハハハハハハハ!」」DJと部長は目を見合わせ笑う。ひとしきり笑うと、部長は怒りに燃え、葉巻の火をタニグチの膝へ押し付けた!「アーッ!」 

「両脚もサイバネです」別の秘書が耳打ちする。「聞いとらんぞ」「報告命令が無かったもので」「…全部外せ」「「ハイ」」二人の秘書が、淡々と分解と破壊を行う。「ヘイ、待て!止めろ!ファック!ファック!」「それしか言えんのか君は?」部長はバニーオイランを弄びスシを食いながら笑った。 

 バチバチバチ……破壊された特注ハンドメイド・サイバネ義肢が転がり、床で火花を散らす。DJに残されたのは胴体と白髪混じりのアフロ頭のみ。「これでシンプルになったな」部長は葉巻を頬に押し付ける!肉の焦げる匂いが立ち上る!「アーッ!ファック!ノー!」タニグチが本物の絶叫を上げる! 

「何故そんなに私を毛嫌いする?契約一発で、カネと名声だぞ?」部長が心底不思議な顔を作る。「リスナーを殺す事になる!」「リスナーに手は出さんよ。君らの違法チップは……腹立たしいほど巧妙で……誰がCM除去しているか解らんからね」「リスナーの魂を殺すんだ!クソめ!裏切れるかよ!」 

「ははあ、解ったぞ。これは一大事だな」部長はしきりに頷いた後、新しい葉巻に火をつけさせる。「つまり君は、革命的暴力も攻撃的ハッキングも無く、音楽の力だけで社会変革を起こせると本気で思い込んでる、自己満足のイディオットか?」「ああそうだ、ファック野郎。最初から言ってるだろ?」 

「イヤーッ!」秘書が再びヌンチャク!「アバーッ!」「……本当ならますますタダで釈放するワケには行かんな。他に首謀者がいるのか。もっと賢い奴。周波数を探り当てた奴が……」「ヘイ、要するにお前らは、俺しか逮捕できず、もっと情報が必要って事か?……教えたらマジで俺を釈放するか?」 

「……ああ、君はまだ生きてたのか?釈放するとも。すぐにね。何なら、数百万円ほど、ポンと手渡してやろう」部長がタニグチを睨む。「ヘッ!」タニグチは不敵な笑みを浮かべ、サイバネアイの視点操作で非接触IRCタイピングを行った。『バクハツ』と。「安心して死ねるぜ!マザファッカ!」 

 ナムアミダブツ!タニグチの胸から警告アラーム音!タニグチは脳内UNIX経由で、自らの胸部に搭載したハラキリ自爆装置を作動させたのだ!「アイエエエエエエ!」「アイーエエエエエエ!」その場に居た全員が、爆発に備えて身を屈める!「ざまあ見やがれ!マザファッカ!」タニグチは笑う!  

 だが……ピコピコピコピコ……キューン…。警告アラームは減衰!「おい、何だこりゃ」タニグチは自らの胸に問いかける。「ハハハハハハハハ!」「ハハハハハハハハ!」その場に居たタニグチ以外の全員が立ち上がり、手を叩いて笑う。「その件については報告済みで、解除してある」部長が笑った。 

「ファック……!俺を笑い者にするために、芝居を打ったか?」心の中でハイクすら詠み、死に備えていた彼は、ほとんど放心状態で頭をもたれた。「その通りだ」部長が冷酷な声で告げる。「クズの名誉と自尊心をとことんまでファックして、いたぶるためだ!最終的に、君は笑って服従するだろう!」 

「笑いたまえよ。我々のユーモアはパンチが利いてたろう?」「ファック野郎」「DJにしては随分語彙に乏しいな」「早く殺せよ」タニグチが諦めたように吐き捨てる。「死んでも仲間を売らんという、お決まりのヤツか?愚かなお仲間の後でも追うか?その権利はやらん。生かさず殺さず楽しむからな」

「……オイ、今何て言った?」「今?」部長が秘書に問う。「生かさず殺さず」「ああ。生かさず殺さず!」「仲間の後を追うか、と言ったろ?」タニグチが狂犬めいた目で食って掛かる。「ああ。伝えるのを忘れていた。本当に忘れていた。ひとり死んだ。治安維持警察にカタナで斬り掛かったからな」 

 それがクルーの誰を指しているか、彼にはすぐに解った。そして、これが部長のブルシットなどではない事も解った。あの息子ならば、本気でトルーパーズに斬り掛かるだろう事を彼は知っていた!「ニスイ!馬鹿野郎が!」タニグチが血相を変えて叫んだ!身をよじらすが、もはや振り上げる拳も無い! 

「俺の息子を殺しやがったな!ファック野郎どもめ!おい!ブッダ!聞いてるのか!何とかならねえのか!」タニグチは発狂マニアックめいて暴れる。「息子がいたのか?……何がスイッチになるか、解らんもんだな」部長は淡々と、葉巻の先でタニグチの目に狙いを定めた。その時。 

「イヤーッ!」「グワーッ!」KRAAAASH!上等な桐製の隠し扉が外側から蹴破られ、ボロボロになった警備員の死体が室内へと蹴り込まれた!「アイエエエエ!?」部長が情けない悲鳴を上げる!「「「ザッケンナコラー!」」」オナタカミ・トルーパーズがライオットガンで謎の侵入者を迎撃! 

 BLAMBLAMBLAM!「イヤーッ!」陰惨な空気を切り裂く、鋭いカラテシャウト!連続側転で散弾を完全回避!それはニンジャ!それは紛れも無くニンジャであった!「イヤーッ!」そのニンジャは側宙を決めながら両胸の二挺拳銃を抜き発砲!BLAMBLAM!「アバーッ!」「グワーッ!」 

 オナタカミ・トルーパーズが脳天を撃たれ即死!噴き出すバイオ血液!おお……何たる真実!銃弾で砕かれたヘルムの下には、サングラスをかけた角刈りの男!彼らの正体はクローンヤクザ!「スッゾコラー!」生き残りがカラテ突撃!「イヤーッ!」ニンジャの回転キックが首を飛ばす!「アバーッ!」 

「アイエエエエエエ!ニンジャ!?」部長が失禁!ニンジャは室内にタニグチがいることを確認すると、二挺拳銃を納め、背中のカタナを抜いた。そしてアイサツした。「ドーモ、デリヴァラーです」「デ、デリヴァラー=サン!?アマクダリか!?聞いた事が無いぞ!?私は何も悪い事をしていない!」 

「デリヴァラー……?」タニグチは急性NRSに陥る暇すら無く、ぽかんと見ていた。彼には直感的に分かった。それが己の息子、ニスイであると。「…生きてたのか?」タニグチは問いかけた。だがニンジャは何も返さなかった。代わりに、淡々と歩み寄り、途中にいた無抵抗の秘書二人を斬り殺した。 




 これは、残酷な復讐の物語だ。 

 ニスイは荒んだ少年時代を送った。暗黒メガコーポ各社の下受けであったタカナスター社の違法工場街、コモチャン・ストリートで、4歳から労働に従事。街ぐるみで違法電脳ビジネスを営み、最終的にはその利権を巡り3つのヤクザクランが入り交じる血みどろの衝突の場となった、あの痛ましい事件だ。 

 老朽化した集合住宅が乱杭歯めいてひしめくこの一帯には、登記上、電脳工場など存在しなかった。だが一般家庭の室内には、非合法なマニュファクチャリング工場が実際築かれていたのだ。住民全員が共犯者となり、家族ぐるみで違法なハンダ付けや電脳麻薬作成を行い、監視し、外敵に対し自警した。 

 この異常閉鎖環境で生まれ育った他のテクノ群生相チルドレンの大半に似て、ニスイもまた、整然とした希薄な自我を有していた。彼らにとっては、監視と警戒が続く重苦しさこそが日常であり、時計の針の音の代わりに定期的に鳴り響く重プレス音を聞いて育った。この境遇に疑いを抱くこともなかった。 

 中でもニスイは、飛び抜けて無慈悲であった。8歳の時、彼はオハギ買うカネ欲しさに仲間を裏切り違法抵抗コケシを横流ししようとするクズを偶然発見し、追跡し、射殺した。それは彼の父であった。ニスイは涙ひとつ浮かべることなく、BEEPサイレンを鳴らし、IRCで淡々と事態を報告した。 

 ニスイにとっては、何も難しい事ではなかった。彼はこの街のシステムの一部であり、重プレス機が唸りを上げ、何の躊躇もなく上下運動を繰り返すように、トリガを引くだけだった。ニスイはその無慈悲さを買われ、ストリートに拠点を持つ非合法通信カラテドージョーで、自警アサシンの教育を受けた。 

 正規教育を受けていないため、知識面での偏りはあったが、ニスイは賢かった。昼は違法基板作成やタイピング労働し、夜は堕落したセンセイとUNIXのもと、カラテパンチやキックの方法、銃やカタナの扱いを学んだ。しばしば自警団とともに街を外敵や腐敗から守った。彼の瞳は冷たく、澄んでいた。 

 だが、ニスイが13歳の時。コモチャン・ストリートの暗黒管理体制は、あの電脳麻薬密造トライアングルについて独自捜査を続けていたネオサイタマ市警49課の強制介入により、突如崩壊したのだ。タナカスター社の主導であることは隠蔽されかけたが、NSTVの勇気ある報道特番が、それを暴いた。 

 崩壊後、取材班の中心人物であるカンダ・ノボルバシが、ニスイを養子にした。彼はNSTV社員であったが、若きタニグチの才能に惚れ、密かに5人目のメンバーとしてBSCVATMの活動を支援していた男だ。報道特番BGMに使われた楽曲「ウェイク・オブ・アングリー・タナカ」は、実際売れた。 

 養子として引き取られる前、ニスイはまるで電源を抜かれたUNIXめいて、虚無的な状態にあった。施設で朝目覚め、食事を取り、TV画面を見て、寝る。何故ストリートは崩壊したのか。自分はどうなるのか。ニスイは考えを巡らせたが、ブラックボックスめいた思考雑音が邪魔をした。 

 報道特番を何度も再生していたある日。ニスイの中で眠っていた何かが、揺り動かされた。ラジオ放送チューニングが偶然合った驚きにも似て、彼は身を乗り出し、ボリュームを最大にした。「ウェイク・オブ・アングリー・タナカ」に秘められた爆発的な全方向性エネルギーが、彼のケツを蹴り上げた。 

 全てが噛み合った。ニスイは怒りを知った。そしてその他の様々の感情を知った。そして同時に、自分は暗黒メガコーポの支配下で13年も搾取され続けた事を知った。何もかも遅すぎる、と。だがその時、閉ざされていた施設の扉が開き、光が射した。彼は養子となり、過酷なネオサイタマに歩み出た。 

 ニスイにとって、ノボルバシとタニグチは、どちらも男ではあるが、両親のような存在となった。彼は学校へ通い、級友らとぎこちない交流を持った。だが僅か2年足らずで、彼は再び父親を失う。ライブ前の不幸なUNIXサンプラー連鎖爆発事故により、ノボルバシは死亡、タニグチは手足を失った。 

 この痛ましい事故により、BSCVATMは解散を余儀なくされる。追い討ちをかけるように、放送倫理と服務規程違反が突如指摘され、ノボルバシへの労災は下りず、政治的思想を背後に隠したBSCVATMの楽曲が表舞台から追放され始めた。暗黒メガコーポ群のパワーバランスが、変わったのだ。 

 生死の境を彷徨いながらも、タニグチは口頭でニスイの養子手続きを行い、その後奇跡的な復活を果たした。固い絆で結ばれたネットワークが生き、BSCVATMの熱心なファンでもあるサイバネ職人が、特注でサイバネ義肢を作製した。事故から14ヶ月後、彼は独力でスシを食えるまでに回復した。 

 7年が経過した。タニグチは退院直後から革命レディオの活動を開始し、軌道に乗り始めていた。21歳のニスイは、二人の父の言いつけ通り、三度目のセンタ試験に臨もうとしていた。途中何度も無力感に囚われたが、クルーに励まされた。革命レディオを全力で支援したかったが、父は許さなかった。 

 そしてこの夜が訪れたのだ!戦争にかこつけた欺瞞に対して怒りを燃やし、またセンタ試験の対策に無意味を感じた彼は、レディオ収録現場へ向かい、父と喧嘩した。帰り道。廃高速道。タニグチの車が理不尽な攻撃を受けた時、ニスイの瞳は一瞬でアサシンのそれに変わり、カタナを抜いて飛び出した! 

 おお、夜よ!無慈悲なる夜よ!数メートル先すら視界が通らぬ、激しい重金属酸性雨!ショットガンの銃声!怒号!ニスイは父の方向へ駆けた!カタナを振るい、得体の知れぬバイオ血液の円弧を描いた!だが敵は完全武装のオナタカミ・トルーパーズ16人!上空からは威圧的な漢字サーチライト! 

 ……勝算など皆無だった。それでもニスイは怒りに任せて叫び、カタナを振るった。徐々に体が重くなった。少年時代の彼は、カラテシャウトすら発さず、機械めいて淡々と殺人行為を行えたが、今は不可能だった。彼はトルーパー3人を斬り殺し力尽きた。装甲バン2台は逃がせたが、父は拘束された。 

 死に物狂いの奇跡的健闘であった。仰向けに倒れたニスイ・タニグチが最後に見たのは、ライオットガンの銃口を突きつけながら彼を見下ろし、無表情に心拍音スキャンを行う、オナタカミ・トルーパーズ6人のヘルメットだった。ニスイは心停止し、バッグに詰め込まれ、チャックで視界を塞がれた。 

 バッグは、父親とは別のビークルに乗せられた。このまま処理施設にデリバリーされ、隠蔽される筈であった。だが、死んだ筈のニスイの身体は突如、バッグの中で稲妻に撃たれたかのように痙攣!再び目を開いた!全身に爆発的なカラテが漲った!彼は素手で内側からバッグを引き裂き、身をもたげた! 

「「ナンオラー市民!?」」装甲ビークルの後部乗員スペースに乗っていたオナタカミ・トルーパーズが、異常事態を察知して警棒で殴り掛かった。ニスイにとって、それは呆れるほどスローに見えた。ニスイの頭には、ひとつの名前が浮かんでいた。デリヴァラー。その目的は、父を救うことであった。 

 殺すために、デリヴァラーの心は、少年時代の冷酷な心に戻っていた。彼はカラテシャウトも発さず、素早いカラテパンチで敵二人を殴り、壁に叩き付けた。同時に、片方の敵のホルスターから銃を奪っていた。閉所での戦闘。オナタカミ社製マッポガンMP-IIIK。認証機能無し。オートマチック。 

「ザッケコラグワーッ!」体勢を立て直しかけた敵の胸に銃弾を撃ち込む。敵戦闘服は軽度の防刃防弾。貫通力不十分。ヘルメット特に強固。BLAMBLAMBLAM!「アバーッ!」デリヴァラーは胸に淡々と銃弾を撃ち込み殺した。同時に、もう一人の頭部に音も無くサイドキック。「グワーッ!」 

 閉所。揺れる武装ビークル車内。明滅する非常灯。足元に転がる3個の死体入りバッグ。不安定な体勢ゆえカラテ一撃では殺せない。デリヴァラーは銃弾を叩き込む。BLAMBLAMBLAM!「テメッコラ市民グワーッ!」心臓を破壊。緑色のバイオ血液が噴出し死亡。運転席側が異状を察知。震動。 

 ビークル減速。デリヴァラーは死体から新たな拳銃を回収。さらに壁の散弾銃を取る。オナタカミ社製ライオットガンBT-X“シラクモ”。暴徒鎮圧用。認証機能あり。死体に握らせ解除。「イヤーッ!」ニンジャ筋力で後部ハッチを蹴り開ける。激しい重金属酸性雨。車外へ跳躍。ビークルが停止。 

 新たに3。同型ショットガンで武装したオナタカミ・トルーパーズ。クローンめいた統一感で動き、積荷を探索。デリヴァラーは闇に潜む。BLAMNBLAMN!「「「グワーッ!?」」」機を見計らい背後から連続射撃。敵に混乱。だが再認証でショットガンが動作不能。効率悪し。捨てて二丁拳銃。 

 ……20秒後。殺戮は終了した。重金属酸性雨に濡れるアスファルトの上には、治安維持警察の死体が折り重なっていた。デリヴァラーは息をする間すらも惜しむように、コンパネの通信記録を漁り、父親が連れ去られた場所を知る。彼は向かった。そして殺し、殺し、殺し、部長室へと辿り着いたのだ。 

「ドーモ、デリヴァラーです」彼はアイサツを終えると、室内を見渡した。そこに父がいた。父は打ち据えられ、サイバネ義肢は破壊されていた。アサシンの冷たい瞳に怒りが宿る。父が授けてくれた怒りだ。トルーパーズの死体3。部長。秘書。オイラン。秘書2人をカタナで殺し、父の元へ歩み寄る。 

 あとは部長と気絶オイランだけだ。「待ってくれ!私は何も悪い事をしていない!強いて言うならば君たちよりもカネを持っていたことくらいだ!カネならばいくらでも払う!株券もやろう!」部長が投降姿勢で命乞いを始める。欺瞞。カタナを構える。「待て!ファック、ノー!殺すな!」父が叫んだ。 

「殺すな?」デリヴァラーは父を見ながら、カタナを納めた。胸に黒い怒りの炎が燃えた。タニグチはニンジャへの恐怖を覚えた。「そ……そうだ、私を殺しても何の解決にもならないぞ!」部長は壁際へと這い進み、道を空けた。デリヴァラーは父の拘束された椅子へと歩み寄った。 

「何故だ?」「そいつは最低のファック野郎だ!だがそいつを殺しても、何の解決にもならん!まず落ち着け!」タニグチは自分でも半ば夢中で訴えた。ニスイが、あまりにも淡々と秘書を殺したからだ。「暴力で対抗しても意味が無い……またそういう話か、父さん?」「ファック、ノー!違うんだ!」 

 部長は体正面を向けたまま後ずさりし、希望に目を見開いた。(((イディオットが、仲間割れか!)))ニンジャはDJとの会話に集中し、背を向けている。生身と見分けがつかぬ部長の左戦闘義手には、対ニンジャライフルが内蔵されているのだ。彼は降参姿勢のままごくりと唾を呑み狙いを定めた。 

「何を怖がってる、父さん。俺が怖いのか?俺は助けるために…」「違う!馬鹿野郎!お前のことを、心配してんだ!」(((仲良く死ね!)))部長がトリガを引く。BLAMN!だが、銃弾が撃ち込まれたのは部長の胸だった。「アバーッ!」彼は後ろに倒れ、仕込みライフルの弾は天井に命中した。 

 デリヴァラーには全て解っていた。だから彼は限界まで引きつけ、素早く銃を抜き、後ろに発砲したのだ。「父さん、こいつは俺とあんたの名誉を傷つけたクズだ。だから、死んで当然なんだ。俺はそのために甦った」BLAMBLAMBLAM!なおも後ろ向きで銃弾を撃ち込み完全に部長を殺害する。 

「ニンジャとして甦ったんだ」デリヴァラーの身体を覆う超自然の装束が、不気味に揺らめいた。いまや彼の瞳には、父を敬愛するニスイの少年めいた純粋さと、有無を言わせぬニンジャの暴虐性が、危険な比率でせめぎあっていた。「アイエエエ…」タニグチは深淵を覗き込んだかのように、絶句した。 

 ブガー!ブガー!ブガー!部長の生体反応喪失をトリガに、非常警報が鳴り始めた。デリヴァラーは背のカタナを捨て、胸部ガンベルトを調整した。「……おい、どうするんだ、セプクでもするのか?」「少し黙っていてくれ」彼は己の父を背中合わせで背負い、マフラーめいたぼろ布で堅く縛り付けた。 

「脱出する」デリヴァラーは室内の銃器を手早く物色。タツジン・オミチ工業社製40口径オートマ『は40-26』。強化樹脂貫通弾との相性に優れる。「脱……出?」彼はまだ事態を把握し切れない。息子がニンジャとして甦った事を。「父さん。今からしばらく、俺があんたの脚で、腕で、銃だ」 




 NSTV第3ビル社屋内。己の息子に背負われたまま、革命レディオDJの視界は回転する。ジゴク直行ジェットコースターめいて。赤く明滅する非常ボンボリ。機械的射撃音。連続側転回避。射撃音。悲鳴。血飛沫。殺戮。突破。殺戮。……これは悪い夢か?ニスイが死んでニンジャに?ニンジャナンデ? 

 DJゼン・ストームの肉体は、拷問で憔悴し切っていた。デリヴァラーは彼を背負って無言で戦い、血路を開く。タニグチは幼い頃の悪い車酔いを思い出す。ポンコツ車の臭い後部座席に寝転がり、嘔吐を堪えながら揺られる。弱音を吐いても車は止まらない。タニグチの意識は徐々にフェードアウトする。 

 ……「フラッグが必要だ」暗く雑然としたスタジオでノボルバシが言った。「フラッグ?」若きタニグチは、次のアルバムのための歌詞を書く手を止めて、彼に問うた。若きタニグチは、力と衝動と怒りに溢れていた。「旗だ。BSCVATMの活動の象徴だ。我々の軍旗だ」ノボルバシが答えた。…… 

 ……「軍旗?規律。統率。戒律。支配。そんな物、ファック、ノーだ。俺たちは軍団を作りたいわけじゃない」タニグチは衝動的な男ではあるが、短絡的で組織的な暴力行使を嫌った。少年時代にストリートでその醜さと無意味さを嫌というほど叩き込まれたからだ。無論、ノボルバシの考えも同じだ。…… 

 ……「勿論そうだ。でも我々がやろうとしてるのは、実際戦争だ。理不尽な社会への戦争だ。戦争や革命には色々な形がある。これは銃弾もカタナも使わない小規模な戦争だ。君はマイクで、僕はジャーナリズムで。旗は、その宣戦布告の象徴だ」「ハハ!ノボルバシ=サン、俺より言う事が過激だぜ」…… 

 ……「どんなのがいい?」「僕に絵の才能は無い。でもイメージはある。力強く、不屈で、抜け目ない」「じゃあ、こんなのはどうだ」タニグチの奔放なイマジネーションに火が付く。黒く太いマジックで、暗黒摩天楼に力強く突き出されたキツネサインを描く。キツネは横を見て警戒の目を光らせる。…… 

 ……「これはいいぞ」ノボルバシは身を乗り出す。戦略司令室で殺戮のデジタル・ショーギを眺めるショーグンめいて、熱っぽく。「でも1匹じゃ駄目だ」「もう1匹増やすか」タニグチが描き加えた。「さらに1匹増やそう。少し小さいのを」「小さいの?」「僕らの音楽を聞いて立ち上がる子らだ」…… 

 KRAAASH!凄まじいガラス破砕音とともに、タニグチのソーマト・リコールめいた回想映像は中断!目を開いたDJゼン・ストームは、ビル最上階から仰向けダイブの真っ最中だ!夜のネオサイタマが彼を歓迎!「「ザッケンナコラー!」」上から銃声と怒号!「ファック、ノー!」タニグチが叫ぶ! 

「父さん、もう少しだ」デリヴァラーが言った。驚異的なニンジャ運動神経で身を捻る。タニグチを下に。自らの身体を上に。オートマ二挺拳銃で斜め上へと射撃。割れたガラス窓から身を乗り出すしつこい追っ手を。BLAMBLAMBLAMBLAMBLAM!「アバーッ!」「グワーッ!」排除。 

「ファック、ノー!」タニグチは再び絶叫!薄汚れたネオンサインの海が広がる!このまま落下すれば、父子モージョー・ガレットの完成だ!割れたガラス片がトッピングめいて周囲に浮かぶ!BLAMBLAMBLAMBLAM!デリヴァラーはなおも機械めいた制圧射撃!「アバーッ!」最後の悲鳴! 

「ノー!ファック、ノー!」凄まじい風圧でタニグチの顔が歪む。全てが非情なまでにリアル。これは悪夢などではない。全ては現実なのだ。「イヤーッ!」デリヴァラーはビル壁面に張り出したシャチホコを蹴り、空中回転。隣のビルへと着地し、気絶した父とともにウシミツ・アワーの闇へと消えた。 

 

◆◆◆

 

 カラカミ・ファンド社本拠。カラカミビル最上階の暗いボーディング・ルームでは、暗黒投資家たちを集めた秘密カンファレンスが開始されていた。その円形の室内には、壁一面に有機液晶UNIXモニタが埋め込まれ、株価やアズキマメ相場などの折れ線グラフと数字が、リアルタイム描画されている。 

「さあ、最高級スシで気分をスカッとさせた所で、次のトピックへ行こうじゃないか。長らく期待されていた、ある地域の再開発。目処が立った。どこか予想がつく人は、IRCを。……そう、正解!オオヌギ地区!」スクリーンの前でカリスマ性溢れるプレゼンを行うのは、ヤッピーめいたスーツの男。 

 彼の名は、青年実業家カラカミ・ノシト。天才的なデイトレードと投資プレゼンの才能を持ち、「誰にでも勝利のチャンスがある」と説く彼は、過剰なメディア露出パフォーマンスで瞬く間に若きサラリマンたちの経済イコンとなった。現在ではNSTV社をはじめとするメディア各社の筆頭株主である。 

 だが、いかな天才といえど、ヤクザと暗黒メガコーポに支配されたネオサイタマ政財界で、このような活躍が許されるものだろうか?……答えは、ニンジャである。彼の隠された名はマジェスティ。彼は邪悪なニンジャソウル憑依者であり、アマクダリ・セクトの最高幹部たる12人の1人でもあるのだ! 

「本当に可能なのですか?あのケオスの坩堝めいたオオヌギ地区を、再開発なんて」円卓型談合ワークステーションを囲む暗黒投資家の一人が、素早くIRCタイピングした。「可能です」ノシトは言った。その単純明快な言葉には、魔力めいたパワーが籠る。「ヨロシサン製薬にも口出しさせません」 

「具体的には、どのように?」また別の暗黒投資家が質問する。「答えはシンプル。潰して、埋め立てます。オナタカミ社が協力します」「住民は?世論の反発は?」「一帯が反政府革命団体の温床となっていたという許し難い真実が、ニュースで流れます。これはハイデッカーが突き止めた真実です」 

「なるほど!」「説得力!」日本有数の暗黒投資家たちが入金を開始する。ノシトは威厳に溢れた話術で、投資家の射倖心を巧みに操る。だがこれは、伝統的なシコミ・ブルシットの戦略に則ったものではなく、全て彼のニンジャ存在感と才能によるものだ。ノシトは、シコミ等の伝統文化を侮蔑し嫌う。 

「事前に地価を下げたい!」暗黒投資家がタイプする。「いい着眼点です。この投資総額があの赤いバーを超えたら……再開発前に、とある暗黒メガコーポの旧型プラントが爆発事故を起こすかもしれません」「だ、大丈夫なのか?」「我々の結集されたカネが実現します。もう彼らの好きにはさせない」 

「我々のカネの力……」「暗黒メガコーポにさえ口出しさせぬ……」「……そうだ!それがあるべき姿なんだ!」暗黒投資家たちの長年の鬱積が浄化されてゆく。「そうです。我々の時代です。トシヨリ共にはご退場願いましょう。カネを持つ者が強い。我々には力がある。正義を為すのです」一堂拍手! 

「先程のニュースは、今から1時間後に放送予定です。……さあ、皆さん、急ごう。間もなく、このトピックの投資は締め切りだ。ノアの方舟に乗れる人々は少ない」控えめな電子ファンファーレが鳴り、暗黒投資バーが赤いラインを超えた。ノシトはカーテンコール俳優めいて一礼する。再度の拍手! 

「「「オツカレサマドスエ」」」刺激的な赤いスーツを纏った女秘書たちが現れ、暗黒投資家たちにリフレッシュ・スシとサケを供する。「オオヌギでは随分と死者も出るんじゃないか?」「葬祭市場が活性化するぞ」「そんなカネ、彼らにはありません」一仕事終え、暗黒投資家たちは和やかな雑談だ。 

 ここに呼ばれた暗黒投資家の多くは、前途有望で向こう見ずな若者や息子たちだが、中にはもちろん重鎮たる大物投資家もいる。トロ・スシのトロだけを摘む、この羽織袴にサイバーサングラスの威厳ある老人……ゴダルギ・モツヨリもそうだ。「フン……」彼は若造のリーダーシップを快くは思わぬ。 

「先見の明を持つ方が大勢いらっしゃるようだ。次のトピックに行こう。タイトルは……墓が多すぎる」ノシトが立ち上がって手を叩く。その音はシシオドシめいて、場の雰囲気を一瞬でコントロールする。「ネオサイタマには無駄が多い。慰霊碑や公営ハカバを全部合わせると、ドーム球場何個分か?」 

「これは難しいぞ」「ヒントをくれ!」暗黒投資家たちが和やかに答えをタイプする。「なるほど。これは皆さんには難しかったようだ。……何しろ、皆さん、そんなものに無縁だから。正解は、こう」ノシトが数字を指し示して笑う。投資家たちも笑い、驚く。「これほどの土地が!」「経済損失だ!」 

「そう。これだけの土地と、それを維持管理するための税金が、毎年ドブに捨てられている……。馬鹿馬鹿しい旧世代の道徳に、経済が首を締められる……」ノシトはスクリーン前を歩きながら考え込むポーズを取る。そして、正面を向く。「解決しましょう。全て潰し、電子化します」静まり返る場内。 

「おや、どうしました?皆さん、オバケが怖いとでも?」ノシトが問う。投資の伸びが悪い。ゴダルギが立ち上がった。「若造が……。暗黒投資家であろうと、超えてはならぬ一線がある。奥ゆかしき日本伝統をコケにすれば、ヤクザクランも黙ってはおるまい」彼はノシトを嘲笑うように肉声で言った。 

「どうやら、現実から目を背けたがるトシヨリがいらっしゃる。すでにデータが実証しているのに……」ノシトが言った。モニタには、以前彼の主導で撤去されたマルノウチ抗争慰霊碑と、上昇する株価、街頭インタビュー映像が映し出された。「暗いのが消えてスカッとした!」「我々の税金だから!」 

「皆さん、撤去前は半信半疑だった。投資から手を引いた残念な方もいた。だが現実は違った」それはNSTV社の狡猾な世論操作の賜物でもある。「市民も皆、心の底で思っていたのだ。イノベーションの潮流を阻害する、オヒガンやオショガツといった、悪しき因習を誰か打ち破ってくれないか、と」 

「このように、死者へのセンチメントなど、何も生まない、むしろ経済損失であることが実証されました。しかし、これからは違う」一瞬、ノシトの瞳が、青く妖しく輝く。ナムサン!それは彼のジツの一端か!?ゴダルギは一瞬怖気を震う。他の暗黒投資家たちは雰囲気に呑まれ、投資額を増してゆく。 

「これからはカネを生み出すシステムに変わる。そして皆さんは、この電子ハカバ・プロジェクトを管理する会社の株券を、公開前に買える!」ノシトがデジ・ネンブツ社の未公開ロゴを映す!大きな拍手!「そういった話ではない!節度を守れ!カネがカルマで穢れるぞ!」ゴダルギは怒りを露にする。 

 ゴダルギには勝算があった。彼はブディズム界と深いコネを持つからだ。彼は自らのメンツを守るためなら、どれほど損失を出してでも、この思い上がった若造の鼻柱を折ると決めていた。だがノシトは笑った。「カルマは、タダオ大僧正が全て肩代わりしてくれます」その名が出ると、場はざわめいた。 

「デジ・ネンブツ社の特別顧問は、カスミガセキ教区の大僧正、あの偉大なるタダオ=サンが勤める事になっています。なお彼との間には実際強いコネクションもある」モニタには、プライベートで大僧正とゴルフに興ずるノシトが映っていた。「何だと……聞いておらんぞ……」ゴダルギは言葉を失う。 

「スゴイ!」「勝ったも同然だ!」暗黒投資家が活気を取り戻しIRCを再開する。彼らは重鎮たるゴダルギに睨まれぬよう、様子を窺っていたが、もはやその必要は無い。力の差は歴然だ。「どうぞ、出口はあちらです」ノシトが言う。「ロクな死に方をせんぞ!」ゴダルギが下駄を鳴らして退室する。 

「ハー、残念だ。あの老人は以前、ネコソギ社とビジネス関係があったのだろう。実際ヤクザのようなものだ。だが我々はヤクザも、アサシンも、オバケも、恐れはしない」一堂拍手!「カラカミ・ファンドが信じるのは、新たな市場とマネーの力だ」ここで彼はアマクダリネットのIRC着信に気付く。 

「では、次のプレゼンまでしばしのお別れ、私が居ない間にどんどん投資を!」ノシトはボーディングルームの中央に置かれた赤いLED時計を見た。1007010105。「10分後に戻りますよ。あのバーを越えていることを願って。さあタイムイズマネーだ!ノアの方舟に乗り遅れないように!」 

 盛大な拍手。「サンクス」マジェスティは後ろ向きのまま、両手で“お静かに”のジェスチャーを取り、居室へ向かった。赤スーツの秘書たちがオジギし、自動フスマが開く。先程のラジカルな経済行為が与えたインパクトを自己採点し、及第点を出しながら、彼は最高級プレジデントチェアに腰掛けた。 

「大変お世話になっております。弊社の第三制作部長がとんだ失態を…!」モニタにはNSTV社副社長の顔。「90秒で述べろ」凍り付くように冷たいマジェスティの声。「アッハイ」副社長がドゲザした。「「爪、シツレイします」」マジェスティの爪を繊細にヤスリがけするのは二人の美人秘書だ。 

 マジェスティは多忙だ。常時、数十のビジネスが同時進行している。NSTVも重要な駒ではあるが、いま彼らに対し90秒以上の時間を投資する価値は無い。「エー、部長が個人的拷問などを悠長に楽しんでいたため、例のレディオ指導者が、脱走しまして、エー……」副社長は責任転嫁を忘れない。 

「脱走?ありえん。ニンジャが絡んでいるな。映像を出せ」爪を整え終えたマジェスティはアズキマメ相場を片手間で操作しながら、アンニュイげに頭を傾け、こめかみに指を当てる。「ニンジャスレイヤーではない。低脅威度。このケチな反政府団体の私兵か。死に掛けた所にソウルが憑依。成る程」 

「アッハイ!わ、我々としては連中の逆恨みが他の重役に及ぶ事を懸念しており、早急に処理して頂きたく!」副社長がドゲザする。「……例の周波数の件は、思った通り。奴ら自身は何も知らんな。さて……」マジェスティは小さく独りごちる。彼は映像の中のタニグチの反応からそれを察していた。 

 マジェスティはLED時計を見た。投資の時間だ。リソースは限られている。10月9日という静かなる革命の時、最大限の利益を得るには……彼は思案した。「……些細な芽も摘むべきだな。我々で処理する。お前には追加の護衛ニンジャをつける。安心して眠れ。緊急放送の件を滞り無く遂行させろ」 

「た、大変お世話になっております!」「さあ急ぎたまえ!タイムイズマネー!君はいい仕事をしているぞ!この一連のプロジェクトが成功したら、君は、社長だ!」マジェスティは快活に笑い、モニタを両手で指差す。「チョージョーです!」副社長は重圧から解放されたように笑い、回線を切断した。 

「さあビジネス再開だ。忙しくなるぞ!」マジェスティは立ち上がり、鏡の前でスーツを整える。恐れを知らぬ青年。挑発的な甘いマスク。自己主張の強い伊達眼鏡。冷たい笑み。内側から情熱を溢れさせながら、彼は配下のアマクダリ・ニンジャや奴隷ビジネスパートナーに携帯IRCで指示を飛ばす。 

「最高級のシャンパンを振る舞ってやれ!」彼は赤スーツの秘書たちに指示を飛ばす。そして先程爪ヤスリをしていた秘書の一人を、にこやかに指で手招きした。次の瞬間、彼は権威の象徴たるプラチナロッドを握り、ニンジャの力で振り抜いた。彼女は一撃で首から上を飛ばされ、死体となって倒れた。 

 理由の説明など無い。彼女が何かサービスの提供に失敗したのだろう。「スカっとした!次のプレゼンは野球の喩えからいこう!」マジェスティは笑い、フスマを開いた。自我調律が施されたサイバーサングラス秘書軍団も淡々とそれに続く。部屋の隅に控える配下ニンジャたちは、彼のパワーに唸った。 

 マジェスティは意気揚々と廊下を歩く。その足取りはまるで、リングへと向かうチャンピオン。間もなく、カラカミ・ファンド社はネコソギ・ファンド社すら追い落とすだろう。父の七光り故に殺されずに済んでいるだけの、あの“お飾りのガキ”の株価が下がるのも、時間の問題だ。彼は鼻歌を歌った。 

「さあ、皆さん!私は帰ってきた。投資の時間だ!戦争も快調。どんどん死んで、どんどん忙しくなるぞ。張り切っていこうじゃないか!」ノシトは達成バーを見ながら満足げに頷き、シャンパンを振る舞った。 

 

◆◆◆

 

 割れた窓から忍び込む陰鬱な重金属酸性雨の雨音だけが、薄暗いアジト内に響いていた。そして重い溜息の音だ。「音楽かけない?滅入っちまうよ。ゼン・ストームがここに居たら、笑ってそう言うはずさ」KMCレディオの音響担当、チェリーが言った。ハイデッカーに折られた鼻は、応急処置済みだ。 

「レディオで?」機材に腰掛けたマンタが問う。「ダメだ。電波は飛ばすな。俺たちの居場所はここですって、大声で叫んでるようなもんだ」ミートパイが言う。彼は注意深い男だ。「ここで聴くだけさ」チェリーは湾岸防衛軍払い下げのロケットランチャーを整備しながら笑った。虎の子の自衛武器だ。 

「提案。交代で1曲ずつ……アイエエエ!……イタイ、イタイ!ドク、おい!」ソクトウが顔を歪ませた。彼はスゴイ級の物理タイプを誇るハッカーだ。だが長年の矜持を捨て、生体LAN端子を開けるべき時が近い。散弾を食らったからだ。「酒飲むか」しかめっ面の三本腕サイバネ小男、ドクが言う。 

「クソ!派手にやられたもんだぜ!痛えか!ZBRの備蓄がありゃあな!」ドクは精密スシアームを駆使し、温かみのある医療行為を行う。「じゃあ言い出しっぺのアタシから。やっぱ最初はアレだろ。タナカ・メイジンだ!マンタ、頼むよ」「アイ、アイ」湿気ったコンクリを爆発的音楽が殴り始める。 

 壁には、年季の入ったKMCフラッグが掲げられていた。その横には「暴力しない」「反撃はする」などのショドーが並ぶ。タニグチとニスイを失った11人のクルーは、小型スピーカーを囲んで座り、順に曲を流した。ノイズ混じりのその音量は、実際レディオじみていたが、確かな力があった。 

 青いカリフォルニアの海。晴れやかな日差し。豊かなコメ。港に吊り下げられた大きなカジキマグロ。現在からは想像もできぬ、軽快な反抗を歌った、旧世紀のアーカイブ……時にはそうした音も必要だった。だがやはり、最後にはBSCVATMだった。奮い立たせる爆発的パワーの音楽が必要だった。 

「レディオ、やりてえな」ホタルダが、イカケバブを食いながら言った。皆を代弁するように。リスナーは皆、抑圧的暗黒メガロシティの片隅で、孤独と不安に押し潰されそうになりながら、日常生活という名の抵抗を続けている。彼らは今夜も、これと同じレディオの力を必要としているのだ。温かみを。

 少しして、無線IRCが入った。タニグチだった。クルーは初め、それが敵の罠ではないかと警戒した。彼は拘束されたはずだからだ。しかしノイズ混じりに聞こえるタニグチの声が、疑念を払拭した。「ヘイ、俺は帰ってきたぞ」クルーは警戒を解き、迎え入れた。タニグチが仲間を売る筈は無いからだ。

 チェリーたちが内側から装甲壁を開け、暗い戸口に立つタニグチを見た。彼は黒とオレンジ色の大きめのサイバー・レインコートを、目深に纏っていた。「ドーモ」顔はヌンチャクで殴られ酷い有様だったが、その目は闘志に燃えていた。すぐにチェリーは気付く。彼の足と腕が無い事に。「オバケ!?」 

「生憎、まだ生きてるぜ。ファック野郎共にサイバネをブッ壊されて、このザマだ。じゃあ何で俺がここにいるかって?ニスイが俺を背負ってんだ。後ろ向いてんだよ」タニグチが少し複雑な表情で笑った。ニスイの名を聞き、クルーは一瞬言葉に詰まった。彼は明らかに重体…あるいは死んだ筈なのだ。 

 デリヴァラーは振り返った。彼はクルーの受けた損害を見渡しながら、無言でドクの治療台に向かって歩き、父を降ろした。「治療を頼む」「…ニンジャ?」誰かが呆気に取られて言った。「ああ、ニンジャだが、こいつはニスイだ!正真正銘だ!ワケが解らねえが、そう言う事だ!」タニグチが言った。 

「……おい、ワケなんか、どうでもいいだろ!こいつら生きて帰ってきたんだぞ!」ホタルダが目を潤ませ、声を震わせながら父子の肩を順番に叩く。「何か忘れてる事があるだろ!ウォーホー!」そしてキツネ・サインを高々と掲げた。他のクルーも歓声を上げた。 

 タニグチも笑った。この先には、過酷なレジスタンス闘争が待つだろう。だが今は、体勢を立て直し、力を蓄えるべき時だ。デリヴァラーも同じ考えだった。だが、彼の考えるイクサと父の考えるイクサは、次元が異なっていた。「武器を、調達してくる」死の静寂を纏い、彼は13階の窓から跳躍した。 



 数年前のジェネレータ爆発事故で無人地帯と化した、タノシイ・ストリート。その中心に立つ、複合パチンコカラオケ高層住宅ソウゴウ・シセツ。KMCの第三アジトが存在する廃墟建造物だ。 

 十三階の窓から跳躍したニスイは、朽ちた電飾カンバンを蹴り渡る。『中古釣り具』『お急ぎOK』『テリヤキ増す』……そのネオン光は枯れ果てている。重金属酸性雨を鋭いテイルスピンで振り払うと、彼はサイバーレインコートを纏い、廃墟ストリートを疾駆した。激しい焦燥感に突き動かされるまま。 

 敵は強大で情け容赦無し。暗黒メガコーポと公権力が癒着している。逮捕などという生温い手段は使うまい。皆殺しに来るだろう。「武器が足りない」いまやニスイの表情はアサシンの冷酷さ。感情の存在を他者に感じさせぬ機械。だが無垢なる少年めいて、その瞳は不自然なほど澄んでいる。「守らねば」 

 アジトでの光景がニューロンに追憶再生される。ニスイは、死の香りが染み付いたニンジャ装束を通して、KMCの面々を見た。痛めつけられた彼らを。父の有様を。…何故、和やかに笑っている暇がある。彼らはあの脆弱な武器で、乏しいカラテで、敵に対抗する気なのか。遣り場の無い怒りが芽生えた。 

 無論、KMCクルーは徹底抗戦の覚悟を固めており、チェリーなど元湾岸警備隊の人間もいる。もし、平穏無事な日々を生きるサラリマンが同じ光景を見たならば、ゲリラ革命旗を掲げたアジトで牙を研ぐ、いっぱしの武装勢力に見えたかもしれない。だが、おお、ナムサン。ニンジャの目からは違うのだ。 

 ニスイの目からは彼らが、乱獲行為によって絶滅危機に瀕しながらも、愛らしい顔で無邪気に岩の上で戯れ遊ぶ、哀れな小動物の群れめいて見えただろう。ニスイはKMCに敬意を抱いており、それが彼の魂を繋ぎとめている。だがそれゆえ、彼らを傷つける敵が許せなかった。己の傷など問題ではなかった。

 ニンジャ脚力は速い。ニスイは第三アジトから既に遠く離れ、繁華街を抜けて、湾岸地区にさしかかろうとしていた。KMCの潜伏場所が悟られぬよう、離れる必要があった。武器と情報を調達するためだ。「これでいい」ニスイは、倉庫地区に建造されたハイデッカーの小規模な駐屯施設に狙いを定めた。 

 廃マグロ倉庫を改装されたその建物は、かつてヤクザキッチンと呼ばれる非合法施設の一個だった。今はオナタカミ・トルーパーズの合法駐屯施設である。彼らの役目は、毎日ここを通るアマクダリの麻薬輸送船を通過させ守ることだ。ニスイはそのような闇世界の事情など知らぬ。最も効率的ゆえに選んだ。

 これは戦闘能力のテストも兼ねている。ニスイは両手に拳銃を装備。左、ヤナマンチ社製マシンピストル。右、タツジン・オミチ工業社製40口径オートマ。建物正面には威圧的な装甲車二台。歩哨四人。デリヴァラーは道路に着地。右の銃で二連射。BLAMBLAM!「「アバーッ!」」歩哨二人排除。 

「「ザッケンナコラー市民!」」敵の反撃。デリヴァラーは銃撃を回避。空中に脱ぎ捨てたサイバーレインコートが蜂の巣。敵の反応は遅い。まだこちらに銃口を向けられていない。……違う、ニンジャの速度が速すぎるのだ。「「「ナンオラー!」」」装甲車から追加のトルーパーズが降車。六人。 

「イヤーッ!」三連続側転を決めたデリヴァラーは、左の銃を横薙ぎに掃射。BRATATATA!奇襲を受けた形になる敵六人は、反射的に遮蔽を取る。左のトリガを引き続けたまま悠然と歩き、右の40口径で狙いをつける。BLAM!「アバーッ!」BLAM!「グワーッ!」狩り殺す。正確に。 

「「「スッゾコラー市民!」」」敵はマシンピストルの脅威度が低いと判断。体正面の防弾板を頼りに突撃してくる。歩哨の生き残りも反撃に転じる。一斉射撃が来る。緩急を付けて回避。「イヤーッ!」デリヴァラーは徒歩から突如ニンジャ脚力で駆けた。撃ち尽くした左拳銃を捨てる。42口径を抜く。

 BRATATATATATATA!敵の一斉掃射が背後のドラム缶を破壊。だがもうそこにアサシンは居ない。斜め方向へのパルクールから、歩哨二人の脳天めがけ射撃。BLAMBLAMN!「「グワーッ!」」左がやや急所を逸れる。42は重い。BLAMN!「アバーッ!」着地時にクーデ・グラ。 

 BLAM!同時に右側面へノールック射撃。「グワーッ!」敵の肩に。「「「ダッテメッコラー市民!」」」敵の一斉射撃再度。「イヤーッ!」デリヴァラーは連続バック転で紙一重回避。「良くない」彼は反省した。父がいれば銃弾を受け致命傷だ。運良く回避できても彼の肉体への負担が大きすぎる。 

 ニスイは、父を背負って戦う事を想定していた。タニグチのサイバネ四肢は大量生産品で代替できぬ職人の特注品で、脚部のスペアは無い。ひとたび潜伏先で戦闘が始まったならば、父にとって最も安全な場所は己の背となるだろう。何故なら、己はニンジャだからだ。彼は何の疑念も無くそう考えた。 

「イヤーッ!」敵三人の背後に着地。カラテを叩き込む。「グワーッ!」一人が装甲車に頭部を衝突させ、前後不覚。致命傷ではない。少年時代の違法電脳手術と訓練の後遺症で、ニスイの身長は成人男性平均に劣る。「イヤーッ!」ならば全力の回し蹴り。「アバーッ!」殺害。だが父への負担が大きい。

 着地の隙も長い。「アッコラー市民!」生き残りが至近距離射撃を狙う。BBLAMN!「アバーッ!」二挺拳銃で機先を制し、殺害。ニンジャの速度は圧倒的だ。しかし無敵ではない。やはり白兵戦闘用の武器も必要だ。殺傷力の高いカタナが。澄んだ目で死に損ないを射殺しながら、彼は思案した。 

「ニンジャ……アイエエエ……!」装甲車座席から震え声。ニスイはそれを見た。服装はオナタカミ・トルーパーズと同じだが体格が違う。声も違う。腰に帯剣。クローンめいた連中の隊長格か。それは震える手をハンドヘルドUNIXに伸ばす。BLAMN!「アバーッ!」ニスイは額を撃ち抜き殺害。 

 ガラス窓にゴアを撒き散らし、隊長はうつぶせに倒れた。デリヴァラーは手早く所持品を剥ぎ取る。ハンドヘルドUNIX。38口径銃は特徴無し。刀剣はオナタカミ社製プラズマ・カタナ。試す価値あり。銀色の紋章バッジ。ハイデッカーのものではない。何処かで見た。部長のタイピンか。保管する。 

 装甲車には暴徒鎮圧用ショットガン、火炎放射銃、グレネード、医療キット。武器に一部認証有り。だがハッキングで解除が可能かも知れぬ。「まだ不足」ニスイは息つく暇も無く、隊長のICキーで駐屯施設の正面ドアを開けた。「「「ワドルナッケングラー市民!」」」中では追加のマトが臨戦態勢。 

 

◆◆◆

 

「なあ、ゼン・ストーム、あの子どうなっちまったんだい。13階から飛び降りちまったよ。13階だ」チェリーは唖然とした顔で言った。「ブッダ!夢を見てるみたいだ。まさか、学校に入ってからも、あの子、秘密でアサシン訓練を積んでたのかい?」「そんな訳、あるかよ」タニグチは頭を振った。 

「そうだよね」彼女とはKMC開局前からの付き合いだ。「アタシはさっき、目を見たんだ。確かに、あの子はニスイだったよ。澄んだ目さ。……危なッかしい位にね。まるで、昔に戻っちまったみたいに…」「解ッてる!」タニグチが言った。意図していたよりも厳しい声で。彼はゼンの呼吸を試みた。 

「でもさ、クールじゃん。あいつ、俺なんかよりずっと強い」オヨビサンがセル眼鏡を押し上げて笑った。「ああ、頼もしい」ホタルダも笑った。一般市民にとって、ニンジャはフィクションの産物だ。彼らは未だ、先程の光景を論理的に咀嚼し切れていない。理性がニンジャの実在を拒絶しているのだ。 

「やりすぎなきゃあ、な」タニグチが言った。「……あのファッキン馬鹿野郎!ダートみてえに飛んで行きやがった!戻ってきたらすぐ、俺はアイツともう一回喧嘩するぜ。長い話になる。ブン殴らにゃいかんかも」「ハ!おい、運が良かったな!右腕の予備、繋げたぜ!左は、諦めな!」ドクが言った。 

「ありがとうよ、ドク。…ワオ、生き返った気分だぜ!よし、クサってても仕方ねえ!とっとと作戦を立てるぞ」タニグチは心のヘイキンテキを取り戻し、気持ちを切り替えた。「俺たちゃ最高にヤバい状況に追い込まれている。ドヒョウ・リングのエッジに片足で踏み留まるリキシだ。ここが大一番だ」 

 腕を取り戻したタニグチは、それを振るいながら、とにかく喋り続けた。場に力を生み出すために。彼のバイタリティがKMCの心臓なのだ。「まず現状把握だ。暗い都市部は無事か?」「繁華街に逃がしたよ」「いいぞ。ゲストに何かあったら締まらねえ。メガヘルツ解放戦線に連絡は?」「通信不能」 

「通信不能?秘密IRCもか?」タニグチがマンタに煙草を催促しながら問う。ニチレンが返す。「反応が無い。もしかすると、向こうもアジトも叩かれた」「気になるな。とりあえずPING続けろ」タニグチが煙を吹かす。「まさかあいつら、俺たちを裏切った?」ランドリーが不安げに言う。 

「ファック、ノー。あいつら、そんなヤワじゃねえ。カルトだぞ。死んでも誓いを曲げねえ連中だ」タニグチが笑った。「そうだよな、悪い」ランドリーが謝罪し、疑念を振り払う。疑いだすとキリが無い……平安時代の兵法家ミヤモト・マサシのコトワザだ。敵味方の判断はリーダーに任せねばならぬ。 

「レディオ電波は飛ばせるのか?」「飛ばせる。危ないから、やってないけど」オヨビサンが解説した。「メガヘルツ解放戦線の無人中継基地には、まだPINGが通る。連中のアジトとは別の物理地点にあるからだ。つまり、ここからレディオ用電波を飛ばして、増幅して、放送する事は、まだ可能」 

「放送したら、こっちの居所、バレるな?」「バレるね。間違いなく。アイテテテ…」ソクトウが答える。「何か放送を?」とマンタ。「いや、俺たちの手元にある武器を確認してるだけだ」タニグチが言った。一本残った右腕を情熱的に振るい、クルーを鼓舞しながら。「放送は俺たちの最強の武器だ」 

「結局、敵の親玉は何なんだ。NSTV?ハイデッカー?確かに、俺たちがやってるのは違法電波行為だ。でもさ、かわいいモンだろ?思想統制でしょっ引くなら、他にいくらでも危険な大組織がある。何で俺たちだ?見せしめか?」ランドリーが顎の古いナイフ痕を掻きながら問う。もっともな疑問だ。 

「俺も最初は、どこかのヤクザか暗黒メガコーポの重役のクソに睨まれたかと思った。メンツとかそういう問題でな。だが、どうも違う」タニグチは率直に言った。「俺も朦朧としてたからな、ハッキリと覚えちゃいねえんだが……俺たちの選んだ帯域に、奴ら何かサブリミナル電波を流してやがる」 

「サブリミナル電波って、洗脳とか、そういう奴?」チェリーがランチャーを担ぎながら問う。「実際常時発射されてるのかどうかも解らん。仮に掴めても、解析してみにゃ解らんだろう。サイバーサングラスに関係してる。誰かできるか?」「ノー」「専門外」「メガヘルツ解放戦線に頼むしかないよ」 

 ……KMCクルーは備蓄していた真空パックド・スシや、ドラム缶で焼いたイカケバブなどで栄養補給を行いつつ、作戦会議を続けた。現状取りうる最善策は、やはり、レディオ放送をこらえ、地下に潜伏する事だった。それがどれだけの期間になるかは不明だが、長期的に見て最も現実的な答えだった。 

 尻尾を巻いて逃げる事に、タニグチは即座にノーと言いかけた。21歳の怒れる彼ならば、実際そうしていただろう。……大学弁論大会での優勝。学内で結成したBSCVATMにデビューの兆し。ライブハウスの熱狂。彼と最強の仲間たちは無敵の力を手にし、恐れる物無しだった。……だが今は違う。 

「ヘイ、俺は腹が立ってしょうがねえ。だが、今はKMCの存続が最優先だ」タニグチが言った。クルーの顔を見渡しながら。「リスナーは安全だ。メガヘルツ解放戦線とオヨビサン、ソクトウの考えたトリックは無敵だ。監禁された時にファック野郎から聞き出した。奴らはリスナーを割り出せてねえ」 

 現在、KMCの第一次リスナー数百人は、全員が違法改造サイバーサングラスを持つ。監視と法規制が過酷さを増し、さらには複数のカルトの汚染電波が飛び交うネオサイタマでは、それ以外に方法が無いからだ。彼らが暗号化電波を受信し、そのデータを周囲の第二次リスナーに物理伝搬している。 

 メガヘルツ解放戦線と同盟を組むにあたり、KMCは有事に備え、第一次リスナーの匿名性を守ることを主張した。そこには、多数の若者も含まれているからだ。その防御措置は完璧だった。「あとはリスナーが、早まった行動を取らん事を祈るだけだ。注意喚起は続けてきた。そこは彼らを信じて……」 

 灰色のパーカを目深にかぶった細身の無精髭の男、スペードが、立ち上がってタニグチの言葉を遮った。「おい、ヤバいぞ」彼は頭を掻きながら、チャブの上の小型TVを指差した。そこには、支配的視聴率を持つNSTV社の緊急ニュースが流れていた。「反政府団体KMCレディオのDJ、指名手配」 

「痛ましい事件ドスエ」あの豊満なオイランキャスターがニュースを読み上げる!「反政府団体KMCのDJゼン・ストームことヒナヤ・イケル・タニグチ=サンが、電波ジャックを行い暴動煽動を行うべくNSTV社屋に侵入。器物破損、爆破、殺人などの身勝手の末に逃走…」ナムアミダブツ!欺瞞! 

「放送の正義を守るべく、このテロリストの前に立ち塞がった第三制作部長が、痛々しい死体として発見されていますドスエ。こちらが緊急指名手配犯、ヒナヤ・イケル・タニグチ=サンと、彼の義理の息子であり共謀者、ニスイ・タニグチ=サンの写真ドスエ」残忍な面構えの写真2枚がTVに映った。 

「またKMCはサイバーサングラス用違法改造チップ等を販売し、違法オハギ販売組織くらいカネを儲けていますドスエ」「「「ファッキン・ブルシット!」」」クルーがTVに罵声を浴びせる!「そのカネで武装しており、皆さんの近くに潜伏していますドスエ。その支援者も大変危険な人々ドスエ」 

「何でそんな事するのかなあ」「早く逮捕して欲しい!」「安心して眠れないですね!」ゲストコメンテーターたちも大衆意識操作を行う。……おお、ナムアミダブツ!これこそがアマクダリ・セクトの振るう理不尽なる暴威の真骨頂である!だが無辜なるネオサイタマ市民は、その陰謀に気づかぬのだ! 

 さらにアマクダリとNSTV社は、KMCという絶好の演習相手に対し、さらなる攻撃を加えた。……TV画面の中央に01ノイズ演出が入る。グリーンバックを用いたハイテク合成演出だ。次の瞬間、スタジオの中央に、一人の女性が現れた。治安維持警察ハイデッカーの長、ムナミ・シマカタ長官だ。 

 シマカタ長官は、オナタカミ・トルーパーズと同種の戦闘服の上から、威厳あるマントを羽織ってすっくと立つ。口元まで隠す高い襟がトレードマークだ。黒灰色の髪はシニヨンにまとめられ、二筋ほど白髪が混じる。「この憎むべきテロリストたち。その狩り出しを、高潔なる市民らにご協力願いたい」 

 ネオサイタマ市警の高位職を務めた経験もある彼女の顔は、常にシリアスで、強い社会的説得力を持つ。それは味方には勇気を、敵には不安感と恐怖をもたらす。「また我々は、違法改造サイバーサングラス使用者の9割を既に把握した。直ちに投降しなさい。自首や情報提供には減刑を認めます。以上」 

 NSTVが吐き出す言葉は、全てが欺瞞であった。そしておそらく敵は、それに対してKMCが取る行動を予測しているのだ。……無慈悲なショーギが、彼らを追いつめる。KMCアジトには、爆発寸前の火薬庫めいたアトモスフィアが満ちていた。タニグチたちは互いの顔を見渡し、無言で頷いた。 

 BLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAM!同刻。湾岸地区。死体まみれのオナタカミ・トルーパーズ駐屯施設。デリヴァラーは大型TVに対し、二挺拳銃の銃弾を叩き込んでいた。アサシンには許されぬはずの衝動的行動だった。 

 デリヴァラーは装備をかき集め、サイバーサングラスを装着した。そして夜の市街を弾丸めいた速度で駆けた。彼にはあの放送の意味が解った。そして父が取るであろう行動も解った。レディオが始まった。『……ヘイ、人々、聴け!今夜もDJゼン・ストームと12人のクルーが送る、革命レディオ!』 



 キュラキュラキュラキュラ……オナタカミ・トルーパーズを満載にした装甲ビークルが、一糸乱れぬ二両縦列を組み、タノシイ・ストリートへと向かう。合計6両。上空には、「通報」「今」の漢字サーチライトを投射するマグロ・ツェッペリンが4台、目的座標に向けて四方から集結しようとしていた。 

「ホー、ホー、ホー。久々に思う存分殺せるぜ!」細身のアマクダリ・ニンジャが、装甲車のダッシュボードUNIXに足を投げ出し、ふんぞり返った姿勢で言った。その爪先は道化めいて尖っている。「まだか?我慢し切れなくなってきたなァー!」「あと10分です」右に座る運転トルーパーが言った。 

「あまり興奮するなよ、マーシフル=サン。もう一度言うが、オナタカミ社の戦闘データ収集が優先だ」左に座るもう一人のアマクダリ・ニンジャ、アイアンゲートが言った。「ああ、ハイハイ。アレね…」マーシフルと呼ばれた男は、サイドミラーを一瞥する。大型トレーラーが1台、最後尾に合流した。 

「汚染区域な」と書かれたタテフダを撥ね除け、装甲車部隊は廃国道を前進。廃ビル屋上を跳び渡る別のニンジャが、彼らに追いついた。アマクダリではない。彼は斜め上から見下ろし、車両部隊を追い越してゆく。「ン……?」マーシフルが眉根を寄せ顎をかいた。「まァいいか……濡れるのも嫌だし…」 

「どうした。ニンジャか?」アイアンゲートが問う。情報によれば、敵にはニンジャが1人。マーシフルの警戒能力は、彼より遥かに鋭敏だ。だがマーシフルは風景写真でも撮るように両手の指で覗き窓を作り、空を見上げて愉快そうに笑った。「バイオ三毛猫が空を飛んでたのさ……ホー、ホー、ホー!」 

「……」デリヴァラーはサイバーサングラスを装着したまま、屋上から屋上へと跳び渡り続ける。KMCのアジトであるソウゴウ・シセツが見え始めた。彼のニンジャ脚力は速い。装甲車部隊よりも遥かに。ラジオ放送は先程から延々と続いている。 

 ブンブンキュカキュカ、キューキュカコー!「ヘイ、人々、次のBGMは、狂ったジャンク・オイランドロイドを楽器として迎え入れたミクスチャー・ユニット『人工的』のデビュー曲だ!」DJゼン・ストームの調子が上がってきた。「今日が最後のレディオかもしれねえ、好き勝手やらせてもらうぜ」 

「ヘイ、人々!俺、DJゼン・ストームが、これを叫ぶぞ!聞け、これだ、俺の最終レディオだ!暗黒メガコーポ、NSTV、ハイデッカー、日本政府、知ったことか!」タニグチは無限の弾薬を持つマシンガンめいて喋り続ける。「一切合切を、全てブチまけてやるぜ!俺が見た事や聞いてきた事を!」 

 タニグチは軽快で不謹慎なユーモア、そして怒りを交えながら、NSTVとハイデッカーの癒着、彼らの暗黒権力と欺瞞をリスナーに訴えた。「ヘイ、俺は何度だって繰り返すぜ。NSTVが吐き出すのは全てブルシットだ。いいか、リスナーは安全だ。どんなに不安でも早まるな。自暴自棄も絶望もダメだ」

「ヘイ、人々、そろそろ起きろ!敵は何なのか自分の頭で考えるんだ!」タニグチは右腕でマイクロフォンを掴む。「ガキは待て!お行儀よくしてろ!銃を持つな!五年後、十年後、それまで、力を貯めろ!自分の頭で陰謀を考えるんだ!おい、人々、陰謀だ!世界を揺り動かすような陰謀を考えろよ!」 

「ヘイ、相棒、生まれた時から搾取は始まってた。お前の命は、重役室で爪にヤスリをかけてる奴らのために吸い上げられてる。隣に座ってるのは政治家とNSTV!手を組んでスマイル!ヨー、そうだ、八方塞がりだぜ。いい加減腹が立ってきたな!」彼の主張は一貫している。まず、見えぬ敵を見よ。

「ヘイ、奴らのゲームに乗るな、怒れるタナカ・メイジン!奴らはスーツにネクタイ姿でフェアに行こうと笑い、えげつないゲームを仕掛けてくる!ヨー、奴らのハナフダ・デッキには鹿が4枚も入ってる!(原注:本来は1枚)」第二に、対抗手段を考えよ。「ヘイ、待てよ!暴力も奴らのゲームだ!」 

 BGMは「ウェイク・オブ・アングリー・タナカ」に変わる。「ヘイ、人々!怒りに燃えるタナカ・メイジンを釈放しろ!振り上げた拳をどこに振り下ろす!?そのくらい自分で考えろ、この大馬鹿野郎!その怒りは本物か?!奴らの与えるファストフードな憎悪か?!奴らは同士討ちを狙ってるぜ!」 

 CRAAAASH!ガラス窓を割り、突如何者かがレディオ放送中のアジトへ着地!全員がそちらを向き、チェリーやホタルダは銃を向ける!だが、トリガは引けなかった。侵入者はニスイだった。彼はクルーの甘さを見て取った。「ヘイ、人々、大丈夫だ。曲を聴いててくれ」タニグチはマイクを切る。 

「武器を調達してきた」デリヴァラーはレインコートを脱ぎ、担いでいた大量の武器や医療キットをチャブの上にバラ撒いた。クルー全員の分だ。「でも一番重要なのは、ためらわずにトリガを引く事なんだ。俺を撃ったって良かった。敵か味方か判断してたら、やられる。これから来るのは全部、敵だ」 

 デリヴァラーの声は機械めいて冷酷かつシリアスだった。「敵を甘く見すぎてる。あと10分足らずで、奴らはここに来る。ここに、来る。何故こんなに長くレディオを続けたんだ」彼の焦燥感が、クルーを恐怖で圧し、黙らせる。「ヨー、ニスイ。ちょっとこっち来い」タニグチが仏頂面で手招きした。 

「奴らがクソ放送をやりやがった。リスナーに真実を伝えにゃならん。リスナー全員がスタンバイしてるワケじゃねえ。できるだけ長くやる必要がある」タニグチが言った。この驚くほど剛胆な男は、ニンジャの恐怖を克服していた。血と硝煙の臭いの染み付いたニンジャを前にしても、怖じ気づかない。 

 ニスイは父の隣に歩み寄り、目を見た。「解った。でも敵が来てる。逮捕とか生易しいものじゃない。殺しにくる。だから、殺さなくちゃ」「ヘイ、俺たちの武器はレディオだ!ファック野郎共の横暴を、最後までドキュメンタリ放送だ!」「以前から疑問だった。父さんは、勝利する自信が無いのか?」 

「ファック!またその話か?」タニグチは拳を握りしめた。「この放送でクルーと自爆して、自己満足な勝利か、父さん。昔歌っていたことと違う」……他のクルーは息を呑んで見守った。この親子喧嘩には、誰も介入できない。ハッカーたちは攻撃に備えてタイプし、技師たちは波形を調整し続けた。 

 タニグチは不安定な姿勢にも関わらず、息子を殴りつけようかと考えた。だが堪えた。「今も昔も、俺のメッセージは一貫してる。何だと思う?」「自分の頭で考え、自分の手にある武器を見ろ」「そうだ。暴力で抵抗しても永遠に終わりは……」「状況が変わったんだ、父さん。俺はニンジャになった」 

「だから俺は殺せる。人間にはできないゲームをやる。どんな敵が来ても殺す。全員殺す。俺の望みは父さんを助けることだ。リスナーがどうなっても、父さんが助かればいい。リスナーはまた作ればいい」デリヴァラーは奥ゆかしくない自らの望みを吐露した。「ファック!」タニグチが拳を振るった。 

「無理だ。解ってるだろ、父さん」デリヴァラーは父の拳を易々と受け止めた。「ニスイ!てめえはKMCクルーか!?俺の息子か!?それともニンジャか!?」「……その全部だ。だから一緒に銃を持って」「リスナーを見殺しにする奴はクルーじゃねえ!勘当だ!銃なんざ捨てて、とっとと逃げろ!」 

「父さん、センタ試験は受けられそうにない。でも、これで良かったんだ。自分が何になったか、解る。ニンジャだ。血も涙も無いニンジャだ。もっと速く、こうなっていれば良かった。そしたら、もっと速く、父さんを助けられた。……言いつけは守らない。放送を続けてくれ。俺が全部、殺してくる」 

「おい、待て、ニスイ!ファッキン馬鹿野郎!」「ニスイ!」タニグチや他のクルーが、ニスイを呼び止める。だが彼は、機械的なアサシンの足取りで窓へと向かった。「もう時間が無い」KABOOOM!施設前の駐車場で火柱!「仕掛けておいた対車両地雷が爆発した。戦闘開始だ」そして跳躍した。 

 地雷を踏んだオナタカミ・トルーパーズの先頭車両が前のめりに傾き、オイル臭い黒煙を上げていた。まだ炎がくすぶり、重金属酸性雨が降りしきる闇の中でチラチラと、火竜の舌のように揺れている。隊員達が一斉降車し、夜間戦闘用特殊装備の青色LED光が、ホタルの群れめいた細い残光を描いた。 

「ザッケンナコラー市民!違法武装集団とみなし全員処刑する!」装甲車上に搭載されたスピーカーが唸り、威圧的な漢字サーチライトが廃ビルを照らす。「「「スッゾオラー!」」」隊員らがクローンヤクザ由来の号令を上げる。彼らはアサルトライフルを構え、散開隊列でトリイ・ゲートを潜った。 

 敵は三方向から攻め込んでくる。見通しの良い高所で敵の動きを分析したデリヴァラーは、トリイ・ゲートからの経路1へと音も無く回転着地。非人道武器マキビシをばらまいた後、見事な槙の木を蹴り渡って、パチンコ立体駐車場側の経路2へ跳躍した。その途中、絞殺ワイヤの終端を灯篭に固定する。 

 BRATATATA!「「「スッゾコラー市民!」」」経路2のヤクザ・トルーパーズが闇雲な制圧射撃とともに前進。デリヴァラーは壁を蹴りながら周囲を驚異的速度で三回転。「「「アバーッ!」」」ワイヤで同時殺害。後続はトラップを警戒し遅滞する。二挺拳銃を抜き、デリヴァラーは経路3へ。 

 経路3はカラオケ正面エントランスから中庭へと至る、広い通路。敵の主力が来る。漢字サーチライトを背負いながら、オナタカミ・トルーパーズが1ダースほど突入してきた。そこにデリヴァラーは立ちはだかった。独りで大河を塞き止めんとするように。BLAMBLAMBLAMBLAMBLAM! 

 二挺拳銃が火を吹く。デリヴァラーの左腕と右腕が別個の精密マニピュレータめいて動き、制圧と殺傷を規則的なリズムで繰り返す。「アバーッ!」「グワーッ!」「「「ナンオラー市民!」」」BRATATATA!「イヤーッ!」デリヴァラーは弾切れの拳銃を捨て、敵の一斉射撃を連続側転で回避。 

 BRATATATATA!銃弾が「実際安い」「1000円で?」と書かれたノボリの列を破壊。だがデリヴァラーはもうそこにいない。一瞬早く、柱の陰へ。さらに別の柱の陰へと駆け、連続側宙を決める。手には次の二挺拳銃。BLAMBLAMBLAMBLAMBLAM!何たる殺戮のワザマエか! 

 経路3の敵が勢いを衰えさせ、即席バリケードを展開。デリヴァラーは即座に経路1と2へ戻り、足留めのために銃弾を撃ち込み、マキビシをばらまき、殺戮トライアスロンめいて経路1へと取って返す。ガゴンガゴンガゴン……駐車場ではオナタカミ社の大型トレーラーが不穏な積荷を吐き出し始めた。 

「大変お世話になっております、オナタカミです!FD-22“ハイタカ”、NT-80“シデムシ”の実戦試験、暴徒鎮圧想定で開始します!」スーツ姿のサラリマンが、装甲車の中で寛ぐニンジャ2人に対し、深々とオジギした。「名前なぞどうでもいい。手が必要になったら呼べ」「ホーホーホー」 

「ハイヨロコンデー!オナタカミ社が提供する最新の機能美を経験して下さい!」高等サラリマンは再びオジギすると、雨の中をキビキビと小走りし、トレーラーに戻った。「敵は多いか?」アイアンゲートが問う。「いや、何人にも見せかけてるなァー。努力してるよ」マーシフルが含み笑いを漏らす。 

 経路3では、一直線にバリケードを連結展開していた敵が、隊の間にいくつか“隙間”を空け始めた。何か大きなものが来る前触れ。デリヴァラーは僅かに後退し、右の装備を大口径銃に交換する。装甲車両か。だがハイデッカーの装甲車両は、カラオケ正面エントランスを潜れるほど車高が低くない…… 

 次の瞬間デリヴァラーは、甲高い駆動音とともに蛇行前進してくる黒い影を見た!「「「スッゾコラー!」」」それに合わせ、ヤクザ・トルーパーズが制圧射撃を行う!デリヴァラーは跳躍回避しながら、謎の影めがけ射撃!BLAMBLAMBLAM!チュン!チュン!強固な装甲板が弾丸を逸らす! 

 扁平型の多脚戦車だ!横幅はタタミ一枚ほど。まるで、何枚ものタタミを長く繋ぎ合わせた機械昆虫のようだ。黒い装甲板に覆われたその異様な機体は、装甲体節から青いサイバー光を放ちながら、デリヴァラーの足元を狙い、頭部に内蔵されたガトリング銃を斉射する!BRATATATATATA! 

「イヤーッ!」デリヴァラーはこの未知の敵を前に、本能的なニンジャ回転跳躍で反応!銃弾を回避し、敵の頭部へ着地した。タツジン!シデムシは中庭へと高速蛇行前進!常人ならば即座にバランスを崩し転落であろう。BLAMBLAMBLAM!だがデリヴァラーは至近距離で銃弾を叩き込む! 

「ここからがカラテ機能美です!生体脳が適切に判断します!」高等サラリマンは、トレーラー内で戦闘モニタリングしながらキビキビと報告した。ガキャガキャガキャ!突如、シデムシは車輪による駆動を停止!折り畳まれていた強靭な鎌状脚部を展開!機体前部をプッシュアップし、仰け反らせる! 

 彼はなおもしがみつき、銃弾を叩き込む。多脚戦車はさらに体節を起こし、威嚇するコブラめいた姿勢に達すると、脚部搭載のミニガンを頭上に向けて射撃した!「イヤーッ!」彼はこれを間一髪で察知し、跳躍回避で距離を取る!シデムシの背中に埋め込まれた「死」の漢字が音も無く発光し敵を威圧! 

 デリヴァラーは連続バック転を打ち、中庭まで退却した。重金属酸性雨が叩き付ける。経路1、2の足留めも時間の問題。塞き止めていた大河が再び流れる。シデムシの射撃。側転回避。13階から聞こえるレディオ放送。それだけではない。デリヴァラーのニンジャ聴力は小型機の飛行音を捉えた。 

 ハイタカの制御系UNIXには、シデムシ同様に新世代の静音機能が備わっていた。四個の突起型バーニアとジャイロを搭載した装甲UNIXの如きこの機体は、ゲイシャが閉じるフスマ戸のように静かに、KMCアジトの窓の前で浮遊していた。機体前部に、小型ガトリング銃を吊り下げながら。 

 デリヴァラーは内なるカラテを解き放ち、中庭側の壁を垂直に駆け上った!両手の拳銃を、ハイタカの下腹部に向けて射撃しながら!……だが遅かった。中庭地階からの制圧射撃を受け13階の窓際に座り込んでいたホタルダとチェリーは、自分たちの頭上にぬっと突き出されるガトリングガンを見た。 

 流れていた曲はBSCVATMのレイズ・ザ・フラッグ。「オイ、黒いキツネの旗!反抗の旗だ!それは太陽の旗!ガキ用の銃弾と無思考の麻薬をバラまく支配者どもを怯えさせる、太陽の旗!ヘイ、人々、走れ!ヨー、人々、起きろ!俺はこれだけは言っておくぜ!オイ、何度だって這い上がれるぞ!」 

 BRATATATATA!ガトリングガンが左右を3往復した。何発もUNIXや機材に命中し火花が散った。「アイエエエエエエ!」「アババババババーッ!」ミートパイとニチレンが銃弾でダンスを踊った。「アイエエエエエエエ!」「アババババババーッ!」ソクトウとランドリーも並んで踊った。 

「踊ろう、踊ろう、今夜、タノシイ」同じ頃、カラカミ・ファンド本社ビル中階のダンスホールでも、ディスコボールが回転し、カラカミ・ノシトはTV業界のセレブたちや暗黒投資家らとともに、レトロなダンスミュージックで踊っていた。最高の笑顔を浮かべて。「踊ろう、踊ろう、今夜、タノシイ」 

 ハイタカは姿勢を崩していたが、なおも銃を乱射した。「……!」彼は声にならぬ叫び声をあげ、壁を蹴り、腰のプラズマ・カタナを抜き放った。その高熱電磁ノイズを帯びた円弧は、雨粒を蒸発させてから、ハイタカに突き刺さった。「戦え!全部殺せ!」チェリーとホタルダはニスイの声を聞いた。 

「グワーッ!」ハイタカの機体から電子音の断末魔が発せられた。制御UNIXに納められたクローンヤクザ生体脳が破壊され、緑色のバイオ血液が噴き出した。それは激しい火花を散らし、斜めに墜落しながらUNIX爆発した。デリヴァラーはすでに機体を蹴って跳躍していた。 

 デリヴァラーの大きく見開かれた冷たい目は、追加飛来する二機のハイタカを見ていた!電磁ノイズを負荷すべくカタナを鞘に!BRATATATA!銃弾が襲う!空中で身を捻る!回避しきれず軽傷を負う!「イヤーッ!」プラズマ・カタナが円弧を描き、空中に爆発の花が咲く!「「グワーッ!」」 

 中庭から制圧射撃。トルーパーズが集結したのだ。デリヴァラーは銃弾を回避し、壁から突き出したシャチホコ・ガーゴイルに着地した。直後、シデムシが壁を這い上り、13階に向かおうとするのを見るや、デリヴァラーは驚異的なニンジャ脚力で壁を斜めに駆け下りた。頭から全ての音は消えていた。 

 彼の背後のコンクリ壁を銃弾が削ってゆく。彼はイアイめいた姿勢で駆け、シデムシを見た。脳の場所を推測した。頭部は非効率的。尾部に狙いを定めた。ダートの如く一直線に駆けた。跳躍斬撃を繰り出そうとした瞬間、スリケンが飛来し、彼は回避動作を強いられた。ニンジャがいる。自分以外にも。 

 彼はパチンコ駐車場前に着地し、アイサツした。「ドーモ、デリヴァラーです」雷が光った。「ドーモ、アイアンゲートです」「ドーモ、マーシフルです」二人組の影絵を刻んだ。その横では、名誉あるセプクで有名な歴史上のサムライ、マケド・ナオチカの大型パチンコ広告が、壁で静かに朽ちていた。 

 今この瞬間まで、自分以外にもニンジャが居ることを、デリヴァラーは知らなかった。無理もない。ニンジャソウル憑依現象も、邪悪なニンジャ組織の存在も、彼やタニグチの想像力が及ぶところではないのだ。(((こいつらに、勝てない)))デリヴァラーは、アサシンの直感に従い、そう計算した。 

 アイサツ終了から二秒後。ニスイの聴覚は、敵の声と息づかい以外をフィルタリングし、他は何も聞こえない。永遠にも思える睨み合い。ニューロンが焼け付くような焦燥感の果てに、彼は胸の四連ガンベルトから二挺拳銃を引き抜いた!「イヤーッ!」そして突撃した!BLAMBLAMBLAM! 

「「イヤーッ!」」アイアンゲートとマーシフルは、これを嘲笑うように側転回避!だがデリヴァラーは、ダートの如き速度で前進!BLAMBLAMBLAMBLAM!彼の狙いは、敵ニンジャの先にいたトルーパーズだ!「グワーッ!」「アバーッ!」背後から撃たれ、緑色のバイオ血液が飛び散る! 

 ヤクザ・トルーパーズは奇襲を受けても隊列を乱す事無く、13階窓への制圧射撃と、階段への前進を続ける。感情無き機械めいて!「イヤーッ!」敵ニンジャの左右からのスリケン投擲を、紙一重のテイルスピン跳躍でかわしながら、デリヴァラーは銃弾を撒き散らし、敵の大波の中に飛び込んだ! 

 BLAM!BLAM!BLAM!BLAM!デリヴァラーはその小柄な体躯を活かし、トルーパーズの間を縦横無尽に駆け、彼らを遮蔽として使いながら二挺拳銃で射殺してゆく!「ホーホーホー、よく考えたな」マーシフルは両手でカメラファインダーめいた印を組み、そこから風景を覗き込んで笑う。 

 対人間のイクサであれば、デリヴァラーの作戦は見事であった。同士討ちを恐れ、ウカツに手を出せなくなるからだ。だが敵は非情なアマクダリ・ニンジャである。「イヤーッ!」アイアンゲートは鋭角のトビゲリを繰り出し、邪魔なトルーパーごと、その背後のデリヴァラーを弾き飛ばした!タツジン! 

「グワーッ!」デリヴァラーはワイヤーアクションめいて吹っ飛び、立ち枯れた見事な一本松に背中を叩き付けられ池に落下!斜め前方では、シデムシが「死」の文字を冷たく輝かせながら壁を登り、8階付近に達そうとしていた。デリヴァラーは水飛沫を上げながら飛び出し、松の木を蹴り登って跳躍! 

 高く跳躍したデリヴァラーは、腰のプラズマ・カタナに両手を添え、シデムシに斬撃を加えんとする。だが再び、アイアンゲートが彼の前に立ちはだかった。この動きを読んでいたアイアンゲートは、情け容赦ない垂直ジャンプチョップで介入し、アサシンを叩き落とす!「イヤーッ!」「グワーッ!」 

「ファックオフ!」シデムシ型多脚戦車の接近を察知したホタルダが、ヤバレカバレで窓から真下にロケットランチャー射撃!BOOOOM!「ピガーッ!」シデムシ頭部が爆煙に包まれ、壁に張り付いたまま動作停止!「ざまあ見やが……アバッ?アバババーッ!」だが次の瞬間、ホタルダの頭が爆発! 

 シデムシの迎撃か?「ホーホーホー、我慢し切れなかった……」否、マーシフルである!彼は鼻血を拭いながら笑った。彼は中庭を挟んだ反対側のシャチホコ高所から、自らのジツを行使したのだ!両手で印を結び、その中の被写体を睨み続ける事で、最終的にニューロンを爆発させる邪悪なるジツを!  

 デリヴァラーは近接カラテに拘束されていた。実戦慣れしたアイアンゲートは強く、武器を抜く暇を与えない。「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」敵の目には、邪悪なニンジャの愉悦があった。「デリヴァラー=サン。解放者か?大仰な名前だ!」弱者の希望を砕く愉悦! 

「グワーッ!」焦るデリヴァラーは巧みなカラテを腹部に叩き込まれる!「アイエエエエエ!」13階では無線LAN攻撃を試みていたオヨビサンのUNIXがウィルス反撃を受けて爆発!即死!「「「マッテロッコラー市民!」」」トルーパーズが整然と階段を駆け上る!シデムシも動作を再開する! 

 一瞬、ニスイの感覚時間が止まった。彼は内なるニンジャソウルの拍動を感じた。それはかつて少年時代に聴いていた、街全体に響くシステマチック環境音と同期していた。重プレス機が唸りを上げ、何の感慨もなく上下運動を繰り返すような機械的拍動。セミオート拳銃が規則的に銃弾を吐き出すような。

 瞬間、ニスイは迷う事無く同期した。そしてパルスは速度を増した。それはデリヴァラーを研ぎ澄ました。もはや彼には焦りも、恐れも、怒りも無い。簡単な事だ。昔に戻ればいい。父さえも殺すほど無慈悲だったあの頃に。彼は恐ろしく澄んだ目で敵を睨み、声も無く、プラズマ・カタナを抜き放った。 

 ZZZZZT!冷たく青いアーク放電と斬撃の円弧が、斜めに敵の胸を切り上げた。「グワーッ!?」浅い。だがワザアリ。続けざまに回転カラテキック。「イヤーッ!」「グワーッ!」顎を蹴り上げ再び有効打。だがニスイの魂は悲鳴を上げていた。ニンジャソウルの闇が、彼を吞み込もうとしていた。 

「ホーホーホー……!」背後斜め上。マーシフルが彼をジツで狙う。BLAMBLAMBLAM!背後へのノールック射撃で追い散らす。13階から再び誰かの悲鳴。フィルタリング。目の前の敵の排除に集中。「イヤーッ!」「グワーッ!」カタナが再び浅い斬撃。焦げる血の臭い。フィルタリング。 

 プラズマ・カタナの電荷が不安定。躊躇無く放り捨てる。生まれながらのアサシン。殺すために生まれてきた。二挺拳銃スタイルに切り替える。「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャに大口径は遅い。捨てる。自警団が襲われた場合、自己の生存を最優先。生存のために不要物は捨てる。負傷者も捨てる。

「イヤーッ!」「グワーッ!」殺戮の機能美に溢れたカラテ。精度が増す。魂の歓喜。違う。彼は抗う。チューナーを捻るように、聴覚が乱れる。父の声を探し当てた。放っておけ。駄目だ。セプクが彼の勝利だ。敗北するぞ。だが俺はデリヴァラーだ。ニスイだ。身勝手なニンジャだ。俺の望みは何だ! 

 BLAMBLAMBLAMBLAMBLAM!デリヴァラーは眼前のアイアンゲートに対して弾丸をフルオート射出!「イヤーッ!」敵は連続側転でこれを回避!デリヴァラーは自動ロックオン殺戮兵器めいて、両腕の銃口の先を敵ニンジャ方向に完全固定し、制圧射撃を続けたまま、壁方向へ駆ける! 

 BLAMBLAMBLAMBLAMBLAM!デリヴァラーはアジトに向け、最短距離で壁を斜め上方に駆け上がる!その間も敵ニンジャへの牽制射撃を続行!銃を捨て持ち変える!シデムシに構う時間は無し!攻略する術も無し!トルーパーズがKMCを殺戮し尽くす前にニンジャ2人を殺す力も無し! 

 敗北だ!敗北だ!俺は初期貫徹すらできない愚か者だ!「イヤーッ!」デリヴァラーは高速テイルスピンで重金属酸性雨を振り飛ばしながら跳躍し、窓枠を掴み、死屍累々たるKMCアジトに突入した!ソクトウ、ニチレン、スペード、ランドリー、ミートパイ、ホタルダ死亡。ゼン・ストーム、健在。 

「ヘイ、これを聴いてる人々!俺よりもう少し上手くやれるだろう!それまでは世界を見ろ!ヨー、小僧、お前がこれから戦う相手だ!巨大な陰謀の獣だ!そいつは無数の顔を持ち、大陸をまたぐ巨人のようで、セールスマンほどに小さくもある!」タニグチは殆どゼン忘我の状態でラップを繰り返す。 

「ヘイ、そいつは……ファック!?」目を閉じマイクロフォンに叫んでいたタニグチは、突然、ニルヴァーナめいた高潔な悟りの境地から引き戻される。デリヴァラーがダートのように駆け、一瞬も動きを止めずに彼を背負い、有無を言わさずニンジャ装束布で固定したのだ。 

 チェリー、マンタ、オヨビサン、ドク、セントエルモ、生存または負傷。だが彼らの乗る船は無し!俺はこれから、クルーを、見殺しにするのだ!デリヴァラーはチャブを蹴り、壁を駆けて部屋を半周し、KMCの旗を剥いだ!それでもう一度、背中の父を包みながら、迷い無く反対側の窓を割って跳躍! 

「「イヤーッ!」」ニンジャの反応は速い!敵がアジトに突入!追ってくる!BLAMBLAMBLAMBLAM!父と共に落下しながら、デリヴァラーは身を捻り、斜め上方に銃弾を叩き込んだ!「ゴー!ニスイ!ゴー!」チェリーが笑って叫んだ!「アバババーッ!」セントエルモが絶叫して爆ぜた! 

 シデムシが顔を出し、生存者に殺戮のミニガンを浴びせた。クルーは満面の笑みで踊って死んだ。狂気の勝利だ。上空からはマグロ・ツェッペリンの漢字サーチライト。接近する武装ヘリの飛行音。生き残った父子は、追っ手に銃弾を浴びせ、スリケンを受けながら、ひたすらに逃げ、夜の闇へと消えた。



 寂しい秋。陽光無きネオサイタマの陰鬱な午後。あまり治安の良くないスラム街、テモダマ・ストリートの端。解体工事の途中で放棄された高層集合住宅、アドミラブル・テモダマ。その廃墟をもとに作られた、違法頽廃ホテルの一室。 

 部屋の中は荒れ果て、もはや二度と交換される事のないであろうタタミは、ひび割れたベランダから染み込んできた重金属酸性雨に湿る。かつてそこに住んでいた家族の残置物が、何年間もそのままで使用されている。憔悴したタニグチは、錆びたパイプベッドの上に寝かされ、覚束ない眠りを眠っていた。 

 ジジジジジ……漏電したタングステン・ボンボリ灯が火花を散らし、どうにか持ち直す。それは壁に掲げられたKMCの旗を照らす。チャブの上には銃器、グレネード、医療キット、小型UNIX、無線機材、食べかけのスシなどが置かれている。 

「安い、安い、実際安い」「エッ過激!アナキストがあなたの隣に?」「すぐさまローン」遠い繁華街の上空では、横腹にモニタを掲げたマグロ・ツェッペリンが、赤いホロトリイ・コリドーの近くを滑るように空中交差していた。それを見ながら、デリヴァラーは脛に受けた散弾を熱したハシで摘出する。 

 KMC第3アジト壊滅後、デリヴァラーはタニグチを背負って逃げ、断続的な戦闘と、撤退と、潜伏と、休息のサイクルを繰り返した。あの夜、ゼンめいた忘我の境地と、名誉ある革命家のセプクを目前にしていたタニグチは、息子の身勝手により死に損なった。だが彼は、決して息子を責めはしなかった。 

 デリヴァラーは最後の銃弾を摘出する。痛みは感じない。一時的に痛覚を閉ざしたからだ。そしてスシを食う。ニンジャソウル憑依者となった彼は、この極限状態の中で研ぎ澄まされ、自らの肉体を一個の武器のように、淡々と整備してゆく。彼の回復速度は速い。だが父のそれは、もどかしいほどに遅い。 

「アルヨ多幸感ー!」暗いスラム街の向こうでは、マグロツェッペリンが極彩色ネオン光を放射し、底無しに明るいアイドル曲を大音量で撒き散らす。デリヴァラーは立ち上がり、UNIX時計を確認し、父の寝息を聞いた。本来はずっと背中に負っておきたいが、それでは彼の回復効率が悪いのだ。 

 デリヴァラーは医療キットから精力アンプルを取り出し、眠る父に注射する。少しは回復が早まるだろう。果ての見えない戦いだ。だが全世界を敵に回そうと、タニグチを失うわけにはゆかぬ。父を失えば、己の魂も砕けると悟っていた。邪悪なニンジャソウルは、その時を待ち望んでいるようでもあった。 

「マジなんだろうな?思想犯が潜伏してるって」デリヴァラーの鋭敏ニンジャ聴力は、接近する声を聞きつけた。「フロントが言ってたから、間違いねえだろ」「ハイデッカーを呼ばなくていいのかよ?」「DJだろ確か。俺たちでやっちまう」男が四人。「懸賞金だ!」「ヤッタ!」銃の撃鉄を起こす音。 

 建物の四分の一が鉄球破壊された状態のアドミラブル・テモダマは、裏側から見ると、さながら爆撃を受けて放置された廃墟のようだ。武装ヨタモノたちは、剥き出しになった鉄筋の上を器用に渡り、ハイエナめいて群れ集う。このような光景は、犯罪都市ネオサイタマではチャメシ・インシデントだ。 

 444号室近くに到達すると、武装ヨタモノは声を潜め、サイバーサングラス液晶面で会話する。『敵は何人ですか』『2人です』『とりあえず全員殺します』『IC鍵で開けます』彼らは銃や棍棒を握り、舌なめずりして突入準備を整える。その直前。背後の細い鉄筋橋にデリヴァラーが回転着地した。 

 BLAMBLAM!デリヴァラーのサイレンサー付き二挺拳銃が火を噴き、スラッシャー崩れの眉間を撃ち抜く。「アバッ!?」「アバーッ!」BLAMBLAM!「ニ、ニンジャアバーッ!」「ニンジャナンアバーッ!?」残る二人も射殺。使えそうな武器を手早く奪う。あのバッジを持つ者はいない。 

 違法興奮薬物メン・タイの臭いを含んだ薄汚い血が、湿ったコンクリートに染みを広げてゆく。ここももう安全ではない。発砲音は隠せても、鋭敏なニンジャ感覚は欺けないだろう。匂いを嗅ぎ付けて、鮫が寄ってくるはずだ。デリヴァラーは部屋に戻り、装備を整え、未だ眠りの中にある父を背負った。 

 重金属酸性雨が強くなる。だがそれも、二人の逃走を覆い隠してはくれなかった。……見よ!無慈悲なる二人のアマクダリ・ニンジャが、テモダマ・ストリートの闇を渡る。マーシフルとアイアンゲートだ。彼らは急いていた。ゆえにツェッペリンやハイデッカー装甲車両を大きく後ろに引き離している。 

「ホーホーホー、まだ生きてるぞ、奴ら」マーシフルが笑う。顔面には鉄拳カラテ制裁の跡が見えるが、こたえていない。彼は元から少々頭がおかしいのだ。「今度は遊ぶな。頭を吹き飛ばすのは要らん」アイアンゲートは殺気立っている。あの夜、彼の一味であるパイロマンサーが消息を絶ったからだ。 

 彼らは中枢から派遣される実行部隊「アクシス」のメンバーではない。脅威度の低い敵に対し、アマクダリが一段階目に取るプロトコルは決まっている。それに従って動いたアイアンゲート率いる一味「テツノモン」は、アマクダリの下部セクトであり、その勢力範囲はこのテモダマ・ストリートまでだ。 

 あの夜、アイアンゲートの一味はデリヴァラーの追撃に予想以上に手こずり、隣接する他の下部組織のテリトリーを干渉しかけた。功を焦ったパイロマンサーは、デリヴァラーの退路を断つべく緩衝地帯へ踏み込んだ。その挙げ句に消息不明だ。パイロマンサーの失態は、まだセクトに報告していない。 

 ネオサイタマ暗黒社会も随分と様変わりしたものだ。元ソウカイヤであるアイアンゲートは、微かな苛立ちを覚える。全てが恐ろしいほど整然と管理され、彼ら下部組織は、隣接するテリトリーの情勢も12人の詳細も知らぬ。たとえ彼らを拷問しようと、セクトの敵は絶対に12人に到達できぬのだ。 

「ニンジャスレイヤー=サンとやらに、やられたんじゃ無いのかァ?」「無い。死神があの場にいたならば、我々も無傷では済まなかった」「じゃあ、何だ?あの小僧が?」「ヤバレカバレを侮るなよ」「ホーホーホー」マーシフルは鋭敏なニンジャ感覚で獲物の痕跡を察知し、先導するように駆ける。 

 そして彼らは獲物に追いついた。複雑に交差した高架道路と屋台街を跳び渡る、異様に着膨れしたサイバーレインコート。この先の橋を突破されれば、またテリトリー外に逃げられる。「挟撃するぞ」アイアンゲートとマーシフルは、全身のニンジャ筋力を躍動させた。イクサだ。ニンジャの血が騒ぐ。 

 デリヴァラーも追っ手の接近に気付いた。前方の橋はハイデッカーによって封鎖され、検問所が作られている。川には武装屋形船も浮いている。「敵」「ワオワオワオワオ!」突如の加速と、目の回るような連続パルクールを体験し、タニグチは叫んだ。そして無線スイッチを入れる。レディオの時間だ! 

 突風!テイルスピン跳躍!サイバーレインコートが向かい風を孕んで大きく翻る!「ヘイ、人々、俺はアノヨから帰ってきたぜ!」デリヴァラーの背にはタニグチを乗せる金属パイプ、そして第2アジトで調達した小型機材が!出力は弱くノイズまみれ。妨害にも脆弱。だが声と僅かな音楽を届けられる! 

 BLAMBLAMBLAM!デリヴァラーは左右の追っ手に射撃を加えながら着地し、立体交差を駆ける。タニグチは違法改造サイバーサングラスを操作し、BSCVATMの曲をセットすると、ニスイの心臓となるべく喋り続ける!「NSTVじゃ散々言ってくれてるが、俺たちは逃げちゃいねえぞ!」 

「俺たちが降参して支援者情報をバラ撒いた?ブルシットだ!奴らの過剰攻撃で、KMCクルーは一足先にアノヨへ行った!ヨー、送り出されて生き残った俺は、息子と戦う事にしたぜ!」タニグチはマイクロホンに食って掛かるように叫ぶ。デリヴァラーが身を捻り、後方からのスリケンを機材で防ぐ。 

 デリヴァラーは敵の包囲戦術を知っている。速度とフェイントで対抗するしかない。「ヨー、DJゼン・ストームはあの日有終の美を飾ると言ったな。生憎俺は往生際が悪い。ニルヴァーナからブッダに蹴り出される始末だ。ヘイ、人々、聞け!DJヒナヤ・イケル・タニグチが送る、革命レディオ!」 

 BLAMBLAM!デリヴァラーは父への負担を最小限に留めつつ、目まぐるしく駆け、アイアンゲートの接近を阻む。BLAMBLAM!マーシフルの動きも警戒する。彼はマーシフルが危険な遠隔攻撃を持つことを経験済みだ。タニグチが食らえば、ものの数秒で脳を電子レンジにかけられてしまう。 

 ワオワオキュカキュカ!『ヘイ、お前の読みは正しい。ガキの頃考えたろ、国民全員から1円ずつ盗んで銀行口座に入れる。それより大胆不敵な無法が、合法的に行われてやがる!』ノイズまみれの曲が微弱電波で発射!BLAMBLAMBLAM!デリヴァラーは橋に向かって駆ける、一度目のトライ! 

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」アイアンゲートが意地でも突破を阻止すべく、連続スリケン投射!「イヤーッ!」デリヴァラーは間一髪の側転でこれを回避!だがトライは失敗!BLAMBLAMBLAMBLAM!デリヴァラーは道路を逆走し、ニンジャたちは死の追跡劇を再開!仕切り直しだ! 

 キュカキュカコー!『ヘイ、奴らのゲームに乗るな!大勝ちしたお前の前に上等なスーツ姿の男登場!ヨー、ガンマン、来いよ!フェアな勝負だ。ブルシット!お前が構える銃!奴の背後に無数のガトリングガン!』BLAMBLAMBLAM!デリヴァラーは鋭いトリックムーブを決め、再度のトライ! 

「イヤーッ!」立ち塞がるアイアンゲート!下の道路へ行くと見せかけ上へ!再度のフェイントで抜く!橋までは一直線!「ホーホーホー……」だが立体交差の最上段に陣取ったマーシフルが印を組み、ジツの遠隔投射でタニグチを狙う!それを察知したデリヴァラーは、遮蔽物に入り減速!またも失敗! 

 三度目のトライ、失敗。四度目のトライ、失敗。デリヴァラーが四発のスリケンを食らう。「ヨー、人々、解るか、俺たちが今いる所、どこだ、ブッダ、おい」殺人ジェットコースターに揺られ続けたタニグチの意識が遠のき始める。敵は陣形を入れ替える。マーシフルが橋正面付近に陣取る。 

 デリヴァラーは意を決し、突撃してくる。「ホーホーホー……来たぞォ……!」マーシフルは舌なめずりし、印を組む。前回のイクサで、デリヴァラーのカラテは値踏み済みだ。敵が向かってくるならば、ノロイ・ジツでニューロン攻撃を行い、苦痛で動きを鈍らせる。そこをアイアンゲートが仕留める! 

 BLAMBLAMBLAM!デリヴァラーは銃弾を撃ち込みながら前進!マーシフルは最低限の動作で回避しつつ、印の中に敵を捉える!「イヤーッ!」特殊波長のノロイが投射され、マーシフルとデリヴァラーは共に鼻血を垂らす!BLAMBLAMBLAM!デリヴァラーの銃弾軌跡が正確さを乱す! 

 足取りが重くなったデリヴァラーは跳躍する!だがそれは橋へと飛び渡るには短く弱々しい!「ホーホーホー……無駄な努力……たまらない!」マーシフルは後方から追撃してくるアイアンゲートと挟撃タイミングを合わせるため、デリヴァラーの着地地点前へと先回りし、嘲笑うように印で捉え直した。 

 デリヴァラーは息を乱し、立て膝状態で道路に着地!体が鉛めいて重い!「チーズ」マーシフルが満面の笑みを浮かべ、さらにジツを投射。視界が揺らぐ。後方から迫るアイアンゲート。マーシフルを撃ち殺せても追いつかれ殺される。ナムサン!デリヴァラーはやむなく、切り札を使った!「コロス!」 

「コロス……?」マーシフルが嘲笑った。次の瞬間、彼の周囲は荒漠たる暗黒手工業街の路地裏に変わる。アイアンゲートは突如前方に不可解な霧が立ちこめ、マーシフルらの気配が消失した事に気付く。デリヴァラーが立ち上がり、ノロイを撥ね除ける。マーシフルは訳が解らずバック転で距離を取る。 

「何だ、どうなってる。ホーホーホー、こりゃおかしいぞ」マーシフルは冷汗を垂らしながら笑った。カラテが乱れている。ジツが効果を発揮していない。ガス欠の車のアクセルを踏んだように空回りしている!ナムアミダブツ!これこそはコロスニンジャ・クランの恐るべきキリングフィールド・ジツ! 

 生憎、彼は饒舌ではなかった。デリヴァラーは何も言わず立ち上がり、フル装填の二挺拳銃を抜いてカラテを構えた。足元には彼がこれまでに葬り、あるいは見棄ててきた死体の数々が、水の中の墨めいて浮かんでは消える。背に負ったタニグチも墨絵めいてぼやける。ここに長く留まるべきではない。 

 魂をヤスリ掛けするような、サツバツとした風が吹き抜ける。「おい、アイアンゲート=サン、どうなってる!」マーシフルも狼狽しながらカラテを構える。むろん彼も、鋭敏なニンジャ第六感で悟っていた。このジツがパイロマンサーの死の原因であることを。その死体がこの中にまぎれていることを。 

「イヤーッ!」動揺したマーシフルのカラテ。道化めいて尖った足先が首を狙ってくる。これを紙一重で回避。次のチョップも回避。側面から軸足の膝に銃弾を撃ち込む。BLAMBLAM!「グワーッ!」敵が頽れる。BLAMBLAM!さらに銃弾。仰向けに倒れる。BLAMBLAM!さらに銃弾。 

 キン、ゴン、ガシャン……定期的なプレス機械音が微かに響いてくる。倒れもがくマーシフル。横で脚を掴むホタルダの骸が墨絵めいて沈む。デリヴァラーはマガジン再装填。「ホーホーホー、ちょっと待て……取引を」BLAMBLAMBLAM!「サヨナラ!」インガオホー!マーシフルは爆発四散! 

 タニグチはどうであったか。朧げな視界ではあるが、彼はショウジ越しに死者の世界を覗くイタコめいた気分を味わっていた。それは当然精神に著しい負荷をもたらした。それでも彼は辛うじてゼンを保ち、レディオを続けた。ブッダ、オーディン、ジーザス・クライスト、息子の魂に護りあれと。 

 BLAM、BLAM、BLAM、BLAM、BLAM。マーシフルの骸を見下ろし、デリヴァラーは無表情で淡々と射撃を続けていた。定期的に。機械のリズムで。キン、ゴン、ガシャン……キン、ゴン、ガシャン……重プレス機音の奥に、ニスイは微かな音を聞いた。それは己が背負う父の声であった。 

 物理空間の霧が晴れ、デリヴァラーが現れる。彼は一瞬頭を振って方向感覚を取り戻すと、橋めがけダートの如く走った。冷徹なるアイアンゲートが阻まんとする。だが遅い。トリックムーブを決める。「イヤーッ!」デリヴァラーは道路端のフェンスを蹴り、灯篭を跳び渡り、検問をパルクール通過! 

 デリヴァラーの背で、タニグチは気を失っていた。だが背中合わせのデリヴァラーは、父の未だ力強い心音を感じ取っている。父を助けねば。再び眠れる場所まで運ばねば。激しい銃撃を辛うじてくぐり抜けながら、デリヴァラーは橋を渡り切った。そして二人は再び、ネオサイタマの闇に紛れたのだ。 



 その日ネオサイタマでは、アマクダリによる壮大な陰謀が進められていた。不穏なアトモスフィアを感じ取り、ジンジャ・カテドラルの鳥居に巣食う見窄らしい鴉たちが喚き立てる。だが人々は、サイバーサングラスや街頭モニタから溢れるサブリミナルで沈静化され、ビジネスに忙殺され、整然と流れる。 

 まさにそのような夜に、ネオサイタマ知事サキハシが、過労で倒れたのだ。街頭を歩く人々は、NSTV社の緊急オイランニュースを見た。 

「かねてより健康面不安可能性が報じられていたサキハシ知事が倒れ、カスミガセキ・ジグラット内ICUに運ばれましたドスエ」無表情なサイバーサングラスをかけたオイランリポーターが読み上げる。「カロウシも危ぶまれましたが、奇跡的バイタリティとオナタカミ社の生命維持装置で実際復調……」 

 中継映像には、生命維持車椅子に乗り、サイバーガスマスクとヘッドギアをつけ、満面の笑みで両手ピースを作るサキハシ知事!『私は帰ってきました』力強く威厳ある電子音声!「すごいなあ!」「根性がある!」「政治家の鑑だ!」ゲストコメンテーターたちが感動し、拍手する。人々は受け入れる。 

 カメラのフラッシュが激しく焚かれる。薄緑色のエマージェンシー作業服を着たカリスマ性溢れる男が、報道陣とサキハシの間に割って入った。知事の秘書、シバタだ。「皆さん。知事の体力はまだ完全には回復しておりません。しかし彼は、不安に包まれた市民に力と安らぎを与えたいと考えたのです」 

「知事が倒れた直後から、ネオサイタマ各所で不穏な爆発事故やアナキスト活動が活性化しています。ですが、ご安心ください」シバタが会見を代行する。エマージェンシー作業服は、日本の政治家にとって重要な正装であり、非常時にこの服装で会見を行わないと、ケジメや支持率低下につながるのだ。 

「彼は甦りました。ネオサイタマの秩序のために。キョートとの戦争、暗い経済、卑劣なテロリスト。不安な時こそ市民の団結と相互監視。そして消費活動です」シバタはサキハシ知事から受け取ったという名目の原稿を読み上げる。「我々は決して、テロに、屈しない」そして素晴らしいオジギを行った。 

「中継終わりますドスエ」最後に知事の顔がアップに。装置のオナタカミ社章が印象づけられる。シバタはまだオジギしている。「すごいなあ!」「誠実さがある!」「秩序だ!」ゲストコメンテーターが感動し、拍手する。人々は受け入れる。直前まで急下降していた株価指数と支持率グラフがV時回復! 

「如何です」カラカミビルのカンファレンスルームで、カラカミ・ノシトが暗黒投資家たちを見た。「儲かった!」「全力でショートしてロングするだけだったから痛快だ!」……おお、ナムアミダブツ!何たる欺瞞!比類なき欺瞞!かつてこれほどの欺瞞行為がこの地上を支配した事があっただろうか!? 

 見よ!灰色のメガロシティ、ネオサイタマに、真の暗黒秩序の時代が到来しようとしている!日本政府も、ネオサイタマ市議会も、ジャーナリズムも、いまや全ては彼らの傀儡に過ぎない。邪悪なるニンジャ組織アマクダリ・セクトと、それに同調する暗黒メガコーポ群による、欺瞞と圧力の支配体制だ! 

 カラカミの正体は、アマクダリ最高幹部「12人」の1人、マジェスティ!シバタ秘書もまた「12人」の1人、アガメムノン!宗教界の重鎮タダオ大僧正もまた「12人」の1人、ブラックロータス!ハイデッカーのシマカタ長官もまた「12人」の1人、ジャスティス!そして彼ら全員が…ニンジャ! 

「市場はフェアだ。誰にでも勝利チャンスがある。……つい先程まではね。だが洪水で方舟はもう出航した。皆さんで満席だ」ノシトは自信に満ちた身振りで追加投資プレゼンを行う。「チートで這い上がろうとする連中は、バットで叩いて海に追い落とそう!息ができなくなるまで頭を押し付けよう!」 

「奥ゆかしく無いですよ!」暗黒投資家の誰かが笑う。「ビンゴ!私はそういうものを捨てたんだ。邪魔だからね。皆さんもそうだろう。それは愚かな市民のためのものだ。カルマが穢れるとか言ってる、愚かなトシヨリのためのものだ」ノシトは予定時間を延長して、伝説的なパフォーマンスを続けた。 

「皆さんはオバケが怖い?この電脳と理性と秩序の時代に?」「「「「まさか!」」」」皆は笑った。「ではさらなる投資を!力を結集しよう!……もうひとつスカッとするニュースが、今届いた。あの前時代的なゴダルギ=サンの会社だが……先程の大変動で逆を張り、破産したらしい」皆は冷笑した。 

 BEEP、BEEP。ノシト専用のプレゼン机に埋め込まれたアマクダリ紋ランプが青色に明滅し、彼だけに聞こえる密かなビープ音を伝えた。縦縞スーツにサスペンダー姿のノシトは、魅力的な髭を撫で、壇上で木製バットをスイングしてから、皆にしばしの別れを告げ、プレジデントルームへ向かう。 

 マジェスティは木製バットを放り捨て、秘書が持ってきた権威の象徴たるプラチナロッドを握ると、秘密通信用の大型モニタの前に座った。その上部にはやはり秘密めいたアマクダリ紋が掲げられ、BEEP音と明滅によってIRC着信を告げている。「ドーモ」ボタンを押し、マジェスティが応答する。 

「ドーモ」画面の向こうには、グンバイを持つラオモト・チバ。ラオモト・カンの息子にして現アマクダリ・セクト総帥。年齢に不相応なほど豪奢な大椅子に腰掛けたその少年を、マジェスティは傀儡君主と見抜いている。ネコソギ社の力も、ヤクザの力も、ラオモト家の力も、間もなく不要となるからだ。

「定時報告が予定より遅れたぞ」チバは不機嫌そうだ。ノシトはかつてアガメムノンの奴隷投資家であった。ニンジャと化した今も、その忠実な下僕だ。そして実際の組織運営権は、チバではなくアガメムノンの手にある。「スミマセン。しかし、それを上回るファンド利益です」マジェスティは笑った。 

「メディア各社の動きは完璧。煽動実験も良い結果です。静かなる革命。全ては予定通り」マジェスティは1時間前と同じ報告を繰り返す。現在、知事の代行者たるアガメムノンは政治中枢支配権を掌握中であり、完了までの24時間、アマクダリは臨時体勢を取る。12人はチバに報告義務があるのだ。 

 アマクダリの支配体制は既に盤石。だがそれでも、彼らは徹底的に備える。ジグラット周辺には過去最大数のアマクダリ・ニンジャが配されている。チバの椅子の両隣には、シャドウドラゴンとネヴァーモア。彼はさらに元ソウカイヤ古参や傘下のヤクザクランを集め、トコロザワの屋敷で守りを固める。 

「警護は十分か?不安ならば増援をやる」「不要です」マジェスティはヤクザを嫌う。「よかろう。ニンジャスレイヤー=サンの動きは無い。各地の撒き餌に食い付き次第、アルゴス=サンが報告する。ニチョーム周辺は依然騒がしいが、それも明日で終わる」チバが言う。アガメムノンの筋書き通りに。 

「実際、このリソース配分はベストだと考えています」今回の戦力配置には、マジェスティも深く参画している。彼には何の不安も無い。アガメムノンは既に支配のシナリオを完成させた。それは真に無慈悲なシステムだ。たとえ12人の誰かが殺されようとも、代替があてがわれ、再生を果たすだろう。 

「それでも奴を甘く見るな。調子に乗った奴から死ぬ。ミヤモト・マサシの言葉だ」チバは眉根を寄せ葉巻を吹かした。「ニンジャスレイヤー=サンを?化けの皮も剥がれ、無敵ではない事が証明されたあの男を?」マジェスティが笑う。「無論警戒はします。適切なレベルで。感情的ではなく論理的に」 

「アルゴス=サン、聞いているか?今回の戦力配分の、現時点での評価を知りたい」マジェスティが呼びかける。顔の見えぬアマクダリ紋が、秘密通信モニタに割り込んでくる。「ドーモ、アルゴスです。スコア988。現実的理想値。最新のデータ解析による数値。セクト中枢に被害皆無可能性98%」 

「では……“撒き餌”を考慮した場合は?」マジェスティが問う。今夜、各地でアマクダリ・セクトの下部組織が行う予定の非人道行為だ。これらはニンジャスレイヤーの行動パターンに基づき配されている。「99.9%以下にまで減少」「12人の社会的地位を考慮」「99.99%以下にまで減少」 

「何事にも100%は無い。これ以上は無意味な試算。投資家のあなたならばお解りでしょう。小数点以下を求めるのは非合理的だ。ヤクザや伝統主義者の方々は、そういったロマンを求めるきらいがあるが」マジェスティはアガメムノンを代弁するように言った「それはシステムに脆弱性を呼び込む」 26 

 荒々しく閉ざされるフスマめいて、定時報告は終了。マジェスティはビル内の警備状況を問い、オールクリアを確認する。…かようにして、この日、アマクダリは万全の防衛体勢を敷いていた。敢えて攻め込む者がいれば、モスキート・ダイビング・トゥ・ベイルファイアのコトワザの如き愚行であった。 

 加えて、この厳戒態勢の夜に、マジェスティの居城たるカラカミ・ビルを狙おうという者など、皆無のはずであった。アマクダリ・セクトの冗長性に富んだ組織構造ゆえに、下部組織やアクシスのニンジャから、「12人」の1人たるカラカミ・ノシトの正体を辿ることは、絶対に不可能であったからだ。 

 およそ、常人にそのような真似ができる筈はなかった。……いや、考えすらもしなかっただろう。カラカミ・ビルに潜入し、NSTV筆頭株主カラカミ・ノシトを人質に放送ジャックを行い、強大無比なる陰謀組織の不正を糾弾しようなどと考える剛胆な者は、本来、存在するはずはなかったのだ。 

 

◆◆◆

 

 空に乱れ雲。サツバツたる風がカブト・ストリートを吹き抜ける。再び重金属酸性雨が強く降り始めた。父を背負った子が立つ薄汚い水たまりに、ぽつぽつと波紋が生まれ、すぐにそれは、ノイズ波形めいた土砂降りの様相を呈した。満身創痍の怒れる父子のキツネは、最後のイクサに臨もうとしていた。 

 激しい重金属酸性雨の中、モージョー・ガレット宅配員用の蛍光サイバーレインコートを纏い、カラカミ・ビルの正門へと向かう石段をゆっくりと登る、ひとつで二人の人影……彼らこそは……誰あろう、数々の死線を突破したデリヴァラーと、彼の背負う父、DJヒナヤ・イケル・タニグチであった。 

 極限まで追いつめられた彼らの偽装は、滑稽なまでに完璧であった。大型のサイバーレインコートが、無数の銃器とプラズマ・カタナを隠したデリヴァラーと、背中の大きな四角い膨らみを覆っている。それは否応無く、パルクール宅配員特有の、あの背負い式ボックスが隠されていることを連想させた。 

 二人は幅広の大理石の石段をゆっくりと上がり、冷たい強化プラスチック桜の間を歩む。テツノモンの包囲を突破した後も、平穏は訪れなかった。ひとたび敵として登録されれば最後、ガン細胞を攻撃する白血球めいて、アマクダリというシステムが表裏の力を振るい、自動的に彼らを締め上げるからだ。 

 何のための戦いか?彼ら父子にしか理解できぬ、名誉のための戦いである!彼らは、他の誰一人も、この戦いに巻き込むつもりはなかった。ニスイが強要し、タニグチが応じれば、彼らは一部のリスナーを蜂起させ、自殺突撃に付き合わせることも可能だっただろう。だが彼らは、それを望まなかった。 

「「市民!」」石段の上で、警備のハイデッカーが見咎める。デリヴァラーは立ち止まり、動ずる事無く、アマクダリ紋のバッジを掲げてスキャンさせた。タニグチが背で息を殺す。これすらも、何ひとつ、成功する保証など無いのだ。「「……ドーモ」」ハイデッカーたちがオジギし、通過を許した。 

 連戦に次ぐ連戦で、二人の全身がぎしぎしと軋む。血肉だけではない。キリングフィールド・ジツの荒漠に何度も曝された、その精神もだ。……昨日、包囲を突破して辿り着いたメガヘルツ解放戦線のアジトは、壮絶な撤退戦と血の跡だけが残され、もぬけの殻であった。 

 息子を死の淵から甦らせた力は、彼を遠く邪悪な所へ連れてゆこうとしている。この戦いを長く続けてはならない。「負けにいくつもりはねえぞ、お前がいるからな」放送ジャックで欺瞞は暴けるか?解らない。だが逆転の勝機は、市民がKMC事件を記憶している今一瞬しかない。忘却は恐るべき敵だ。 

「「市民!」」煌びやかかつ空虚なエントランスで、警備のハイデッカーが呼び止める。デリヴァラーはアマクダリ紋のバッジを掲げてスキャンさせた。「「……ドーモ」」彼らはオジギし、通過を許す。人間味を排除されたその無音オフィスビルは、やがて来たる恐るべき管理社会の縮図を思わせた。 

 逃亡中のゲリラ放送を控えれば受けずに済んだ銃創やスリケン傷痕も、1個や2個はあるかも知れない。だが、自分たちの運命を翻弄してきた陰謀の断片を知った彼らは、それを伝えずには居られなかった。父子が共に戦った証として。そして今夜、あの最大級の欺瞞放送が彼らの怒りを爆発させたのだ。 

 彼らはアマクダリの全貌など知らず、カラカミ・ノシトの正体も知らない。むしろ「絶対にカラカミビル内で人を殺してはならない」と、事前の作戦会議でニスイに厳命したほどだ。そして今夜、ニンジャ防衛戦力の迅速な展開を助けるためのセキュリティ措置が、偶然彼らに味方してきた事も知らない。 

 テロリストの攻撃に備え、カラカミビルの窓は全て鉄格子で守られている。二人はハイデッカーの警備を通過し、エレベータに乗り、ビル中階へと到達した。ガラス張りの大フロアを通り、反対側の上層階用エレベータに乗り継ぐため歩く。その時だ。「……そこで止まれ」残忍な声が彼らを呼び止めた。 

 モージョー・ガレット宅配員は、静かに背後を振り返った。「ドーモ、サンダーローニンです」そこには、上階の吹き抜け部から着地したニンジャが、タタミ6枚の距離で立っていた。直後、宅配員の背後へと、もう一人のニンジャがやはりタタミ6枚の距離で着地した。「ドーモ、ストームホークです」 

 タニグチは息を殺した。モージョー・ガレット宅配員は、アイサツを堪え、何も答えず、身構えもせず、アマクダリ紋を掲げながらゆっくりとその場で振り返り、今度はストームホークを見た。敵は言った。「ボスが増援を呼んだという話は聞いていない」「宅配屋を呼んだという話も今日は聞いていない」

「ドーモ、デリヴァラーです……」彼はサイバーレインコートを纏ったままアイサツした。「宅配員は呼んでいないと言っているだろう、イディオットめが。その背中に誰を背負っている」サンダーローニンが嘲笑った。「待て、デリヴァラーだと。どこかで聞いた覚えがある」ストームホークが言った。 

 サンダーローニンは耳を澄ます。彼は先程から二個の心臓音を察知している。ストームホークがサイバーサングラスを操作し天下網に接続する。一瞬の静寂。タニグチが目を閉じ、ゴクリと唾を呑む。直後!「イヤーッ!」デリヴァラーは回転しながらレインコートを脱ぎ、二挺拳銃で全方位射撃を行った!

 BLAMBLAMBLAMBLAM!針鼠めいたマズルフラッシュとともに、四方八方に銃弾がバラまかれる!「「イヤーッ!」」だが二人のアマクダリ・ニンジャは、これを連続側転で容易く回避!エレベータを諦め、吹き抜け部の階段を上るべく走るデリヴァラー!レディオを開始するタニグチ! 

 ブガー!ブガー!ブガー!ブガー!ビル内に非常警報が鳴り響く!「「「スッゾコラー!」」」上層階、中層階、地階の区別無く、待機していたハイデッカー全部隊が展開を開始する!もはや退路無し!「「イヤーッ!」」サンダーローニンとストームホークが、熟練のコンビネーションで侵入者を追撃! 

 BLAMBLAMBLAMBLAM!デリヴァラーは牽制射撃を行いながら階段を駆け上る!「イヤーッ!」サンダーローニンはジツの電荷を帯びたカタナを抜き、銃弾を斬り払う!タツジン!「イヤーッ!」ストームホークは色付きの風の如き疾さで銃弾を回避し、獲物との距離を詰める!ワザマエ! 

「皆さん、落ち着いて。すぐに戻ります」上層階で暗黒投資家らにプレゼンを行っていたノシトは、非常警報に気付き、回廊へ出て通信を行う。「何があった、ストームホーク=サン。ニンジャスレイヤー=サンが現れたか?」「いいえ、違います」「違う?では誤作動か?微かに銃声が聞こえるぞ」 

 銃弾を回避しながらデリヴァラーを追い抜き、上層階への道を塞ぎながら、ストームホークが報告する。「敵はアマクダリニンジャに偽装。天下網に登録済みの敵性独立ニンジャです。名前は、デリヴァラー」「「イヤーッ!」」下ではサンダーローニンとデリヴァラーが電荷カタナで激しく斬り結ぶ! 

「ニンジャソウルに引き摺られるような粗雑なカラテ。手負い。情報通りDJを背負っています。狂人ですな。そして……イヤーッ!」サンダーローニンと鍔迫り合いに入ったデリヴァラーの背を狙い、ストームホークがトビゲリ降下!「グワーッ!」父を庇ったデリヴァラーは直撃転落!「弱敵です」 

「デリヴァラー……デリヴァラー……ああ」ストームホークのサイバーサングラスを介して届けられる戦闘情報をモニタしながら、マジェスティはようやく、デリヴァラーなどという取るに足らぬ反逆者の存在を思い出した。そして鼻で笑い、上層階の警報を解除した。社内スタジオでの会見放送も近い。 

「時間を浪費したな!奴隷たちに景気付けの特製シャンパンを振る舞ってやれ!」マジェスティは秘書たちに命ずる。「ボス、処分して構いませんか?」サンダーローニンからの通信。違法電波の影響でノイズ音が混じる。「何故ここを襲ったのか尋問しろ。それと、もう少し下でやれ。電波が不快だ」

「尋問」サンダーローニンがデリヴァラーの腹を蹴り飛ばしながら確認する。「そいつらがここに来る理由が不明瞭だ。セクトの防衛システム上、あり得ない一足飛びだ。秘密漏洩ならば、どこから漏洩したか調査の必要がある」マジェスティは並行的に思案した。「囮の可能性もある。警戒は怠るな」 

 デリヴァラーは二挺拳銃を抜いて立ち上がり、カラテを構え直した。息が上がり始めている。タニグチはまだ大丈夫だ。「イヤーッ!」サンダーローニンが斬り掛かる!ZZZZT!ZZZZT!ZZZZT!電荷カタナ同士が火花を散らす!「イヤーッ!」そこへストームホークがスリケンを投げ込む! 

「ヨー、人々、聞け!オイ、人々、そろそろ目を覚ませ!」父のレディオ。敵の狙いは足を奪うことだ。それは最後まで失ってはならない。デリヴァラーは咄嗟にカタナを投げ捨てバック転を決める!「イヤーッ!」間一髪!デリヴァラーの足を狙って飛来したスリケンは、床の強化ガラスに突き刺さる! 

「ヨー、俺の今いる場所はどこだ!こうなりゃ一切合切ブチまけてやる!ヨー、カブト・ストリート、カラカミビルでKMCの怒りが爆発!」タニグチが叫ぶ。デリヴァラーは走り、突破を一旦諦め回避に専念する!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」スリケンが、カタナが、銃弾が紙一重! 

「「「スッゾコラー市民!」」」オナタカミ・トルーパーズが殺到!「イヤーッ!」デリヴァラーはその海に紛れ込み駆け抜ける!「ヨー、どれもこれも同じ顔!同じ言葉!欺瞞まみれのファッキンTVに腹が立った俺は、10年振りにTV出演しようと思ったが、どうにも様子がおかしいぜ!」 

 デリヴァラーはクローン達のホルスターから拳銃を奪い、ネズミ花火めいて回転しながら銃殺!BLAMBLAMBLAM!「「「グワーッ!」」」休む間もなく上階から殺戮のミニガンだ!何者か!?BRATATATATA!跳躍!回避!シデムシ多脚戦車が顔を出し「死」の背文字を青く光らせる! 

 再び上階へのアタックを試みるデリヴァラー。だがカラテ力量差は酷薄!「イヤーッ!」ストームホークの回転チョップを防御し、「イヤーッ!」サンダーローニンの跳躍斬撃をかいくぐるも、「イヤーッ!」父を庇うがためにトビゲリ被弾!「グワーッ!」強化ガラス中階ホールへ逆戻りを強いられる! 

「……動くでない!」ストームホークの大音声が空気を震わせる。トルーパーズとシデムシの放つ照準光が、斜め上から彼らに群がる。汗だくのデリヴァラーは片膝立ち状態のまま、項垂れ、乱れた息を整える。いま、何ダースもの銃口と、アマクダリ・ニンジャ2人のスリケンが狙いを定めているのだ。 

「カイシャクの準備をするか?」「やめておけ、あまり近づくな」ストームホークは天下網に蓄積されたデータを確認し終えていた。「おそらく、何か危険なジツを隠し持っている。少なくとも三人、ニンジャを殺している。報告によれば、それは恐らく、至近距離で使われるものだ。……間合いを保て」 

「目的を言え。何故今夜ここを襲った?」「オイ、俺が答える。……俺が首謀者だ」タニグチが呼吸を整えながら言う。体勢を立て直させるため、少しでも時間を稼ぐ。インパクトを与える。「……ファッキンNSTVのせいで失った名誉を取り返すためだ。俺たちゃ、カラカミ・ノシト=サンに話がある」

「ニュースで見たが、もうじき、サキハシ知事関連で会見をやる頃だろ。このビルの中の、いつものスタジオで」「……続けろ」ストームホークはIRC指示を受けながら、頷く。「だから俺たちは、市民の頭をファックし続けてるファッキンNSTVのファッキン放送に物申すために、直接来てやった」 

「中継放送を乗っ取るつもりだったのか?」「ヨー、落ち着けよ。まずは暴力に訴えず、ハラを割って話してみようかと思ってたぜ。カラカミ=サンはNSTVだけじゃなく、あっちこっちの筆頭株主で忙しい。だから教えてやろうと思ってな。あんたの所有するNSTVの中に秘密結社員が居るってな」 

 マジェスティは、自室の大型モニタ前でタニグチの表情を見、その声を聞いていた。類稀なる人心掌握術と交渉能力を持つ彼は、モータルの挙動を目の当たりにするだけで、それが真実か虚言かを見抜ける。だが、この男は難しい。狂人の類いであろうか。冗談のような言葉全てが、本気としか思えぬ。 

「誰が信じる?誇大妄想めいた陰謀論など」「ヨー、信じさせる必要なんざ無い。考えさせりゃいい。俺たちの音楽で怒りを呼び起こす。俺たちの陰謀で、世界を揺り動かす」「貴様らの如き塵芥に、世界は変えられん」「ファック野郎、変えられるぞ」ニスイが言った。「それは俺の世界を変えた」 

 ははあ、なるほど、糧だ、とマジェスティは得心した。……誇りとメンツを取り戻すための戦い、庇い合う親子、音楽とやらで世界を変える、伝統主義の崇拝者……。邪悪なニンジャの本性が覗き、整った顔を笑みで歪ませる。あのゴダルギより、さらに滋味溢れる糧だ。此奴らの破滅は、私の糧だ、と。 

 メディアを掌握し、市民の自我を希薄化させ、無力化する事。そして此奴らの如き反抗者を破滅させ、その空虚な死をカスミガセキ・ジグラットという名の祭壇に捧げ続ける事こそが、アマクダリ・セクトの「12人」たる彼にアガメムノンより与えられた支配のシステム。そして同時に彼の悦びでもある。

「……ボスがお前たちと話をする」「ハン?」タニグチが斜め上を見ると、大型モニタにアマクダリ紋が映し出された。そしてマジェスティの声が聞こえた。より確実にタニグチの言葉が真実か虚言かを確かめるために。「アイサツは抜きにしよう。なるほど、それで、たった二人で乗り込んできたと?」 

「生憎、二人じゃねえ。俺の持ってる旗、名誉を汚されたままハカバも無く死んだKMCの11人。汚ねえ手でハカバに追い込まれたBSCVATMの3人。そして、ヨー、これだ、俺が腹に巻いたノボルバシの位牌。墓参りのついでに持ってきて…」「そうか。ニンジャスレイヤー=サンは元気かね?」 

「ニンジャ……ファック?何だって?」タニグチが顔をしかめる。マジェスティは含み笑いを漏らす。彼は無論、メガヘルツ解放戦線が既に崩壊した事を知っている。そして、この哀れな狂人の飛ばす電波がいかに無益かを知っている。この者らは、ただ自己満足のためにレディオを続けているのだ、と。 

「それで、ニンジャになった息子にモージョー・ガレット宅配員の格好をさせ、やって来たか?どこかでくすねた、そのバッジがあれば、プレジデントルームまで通過できると思って?」「ああそうだよ、ファック野郎」「ここにニンジャ部隊がいるとも知らずに?」「ああそうだよ、ファック野郎」 

「それで……そのニンジャの名前が……デリヴァラー?」「ああそうだよ、ファック野郎」「ウワアーッハハハハ!ヒーヒヒー!ハアッハハ!ジーザス・クライスト!……失敬!ハハハ!笑いで暗殺する気か?……君の電波は、このビル内ですら途切れているぞ。リスナーは皆無だ。息子は知ってるか?」 

 ナムアミダブツ…!タニグチは脂汗を垂らした。果たして現在、この放送がどれだけのリスナーに届いているのか、彼自身にも解らぬのだ。数十か?数人か?あるいは、背の息子だけか?それでも十分だ。「動揺させようってんだ、信じるんじゃねえぞ」彼は背の息子に言った。「ああ」ニスイは答えた。 

 マジェスティはその様子を見て、再び嘲笑った。サンダーローニンも、ストームホークも、オナタカミ・トルーパーズも笑った。「オイ、ここに人はいなかった。思う存分やれ、ニスイ。お前の中に煮えたぎっているのは、お前が生み出した、正しい怒りだ」タニグチもまた怒りに震え、言った。 

「では死にたまえ」葡萄酒に飽いた老人めいて表情も無く、マジェスティは通信を切り、TV会見中継室へと向かった。その酷薄ぶりは、まさにニンジャの所行であった。次の瞬間、階下では、凄まじい銃撃が始まった。束の間の休息を終えたデリヴァラーは、父を背負って再び躍動し、抵抗を開始した。 

 BLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAM!BRATATATATATA!BRATATATATATA!デリヴァラーは腕に2発の被弾!だが浅い!豪雨の中を走り抜けるヒキャクめいて、銃弾の洗礼をかいくぐり、サンダーローニンへと接近! 

「イヤーッ!」サンダーローニンはスリケン投擲!BLAMBLAM!デリヴァラーはこれを撃墜し、なおも前進!これは銃弾の雨で敵ニンジャを巻き込まんとする目論見!「コシャク!」サンダーローニンが素早い連続側転回避!「イヤーッ!」ストームホークが援護!BLAMBLAM!射撃で牽制! 

 デリヴァラーは最上階アタックを狙い縦横無尽に動く!銃器を補充すべくトルーパー部隊を狙う!敵の迎撃だ!BRATATATA!「イヤーッ!」「「グワーッ!」」「ヨー、人々、聞け!そいつはサイドワインダーみたいに動き、悪魔のインダストリが生み出した銃弾かわす!」ゼンがキマってきた! 

「ヘイ、奴はカラテの怪物!チャカ抜く暇ない哀れなホルスター!キック!キック!カラテ!フォー、ファイヴ、シックスで15人殺す!」タニグチがグルーヴィーなサウンドに乗せ、己の息子を歌う!BLAMBLAMBLAM!息子は変則ブラストビートめいた無慈悲なる銃弾のアサシンカラテ! 

 BRATATATA!BRATATATA!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」だが父を銃弾とスリケンから守り、二人のニンジャの攻撃を回避し、ハイデッカー軍団とシデムシの弾幕を超えるのは不可能に近い!「グワーッ!」デリヴァラーは傷つき、強化ガラス床に再び退却!駆け続ける! 

「ヨー、走れ!ヨー、起きろ!死ぬ前に、これだけは言っておくぞ!オイ、何度だってやり直せるぞ!」タニグチが叫び続ける。デリヴァラーは再び被弾。「イヤーッ!」サンダーローニンが荷電カタナを構えて階段に立ち塞がる。キリングフィールドの好機!だが仕掛けぬ!レディオを止めれば死だ! 

 これを鋭い跳躍で回避!「イヤッ!イヤッ!イヤーッ!」続けざま、ヤリを調達したストームホークが連撃。再び好機!ニスイの胸を憎悪と殺意が満たす!こいつを殺して進めば、父を嘲笑った顔見えぬ男もキリングフィールドに引きずり込める!だが仕掛けぬ!「イヤーッ!」レディオを止めれば死だ! 

 BRATATATA!BRATATATA!再びトルーパーズとシデムシの弾幕が上階アタックを失敗させる。デリヴァラー再度の被弾。おお、ナムサン!果たして彼はどれほどの弾丸をその身に受けているのか!?コロスニンジャ・クランの力で痛覚切除し、アサシンはなおも駆け出す!抵抗を止めぬ! 

「オール!聞け、今夜!DJヒナヤ・イケル・タニグチが送る、革命レディオ!今夜!たった2人の!ブルタル・ショーギ・サイボーグ!VS!アングリー・タナカ・メイジン再結成!」タニグチには背の息子がどれほど弾丸を食らっているか見えぬ!だがその苦しみは解る!それを上回る怒りと喜びも! 

 BRATATATA!BRATATATA!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」だが父を銃弾とスリケンから守り、二人のニンジャの攻撃を回避し、ハイデッカー軍団とシデムシの弾幕を超えるのは不可能に近い!「グワーッ!」デリヴァラーは傷つき、強化ガラス床に再び退却!駆け続ける! 

 なお立ち上がる!ニンジャは駆け二挺拳銃で殺す!BLAMBLAMBLAM!システムの生み出した冷たい反逆者!歌うモータル革命家!「俺たちは小さな軍団!軍服なんざ窮屈で着れねえミクスチャー!その全員が司令官!掲げろ!抵抗の旗!警戒の旗!解放の旗!憎悪に染まらぬ黒い太陽の旗!」 

 敵は理解できぬ!この狂気じみた突撃と失敗の反復!レディオ継続の執念!ブルタル・ショーギ・サイボーグ!VS!アングリー・タナカ・メイジン!ヘイ、人々、見ろ!それは暴動でも略奪でもない!ヘイ、人々!お前自身の頭で考えろ!世界を揺り動かす陰謀だ!旗はお前の胸ポケットの中にあるぞ! 

 おお、おお、デリヴァラーの肉体にはもはや数え切れぬ銃弾。BLAMBLAMBLAM!敵の真っただ中に跳躍しハリネズミめいた回転射撃。「「「アバーッ!」」」そして跳躍!跳躍!跳躍!肉が削げ、メンポは弾け飛び、装束は無惨!血飛沫の華!だがデリヴァラーは、父と楽しげに笑っていた! 

 ゴウランガ!何故デリヴァラーは未だに戦い続けられるのか!?いかな痛覚遮断とてその傷は致命的!上階トライ成功可能性皆無!だが再結成されたブルタル・ショーギ・サイボーグ・ヴァーサス・アングリー・タナカ・メイジンは、あたかも21歳のライブステージの疾走感と全能感の中にあったのだ! 

 BLAMBLAMBLAMBLAM!跳躍。疾走。殺戮。被弾。壮絶な怒りとカラテに突き動かされながらもデリヴァラーの目は澄み、その笑みは勝利を確信したかのように穏やか。そして言った!「俺にも、マイクを!」「行け!DJニスイ!やれ!DJデリヴァラー!ヨー!お前の中のゼンを信じろ!」

 父はマイクを向ける!「何を言えば」「何でも言え!」ニスイは回転跳躍でスリケン回避!そしてついに銃弾を凌ぎ切れないと見るや、プラズマ・カタナでガラス床の疲弊点を突いた!「……俺のレディオ!届いてくれ!タノシイ・ストリートへ!テモダマ・ストリートへ!コモチャン・ストリートへ!」 

 プラズマ・カタナも折れ、全ての武器を失う!ミニガンが彼の左腕を根元から切り飛ばす!「ニチョームへ!オオヌギへ!システムに抑圧される場所へ!」KRAAAASH!強化ガラス床の1セクションが砕ける!「俺たちの勝ちだ!」ニスイは残った腕でキツネサインを掲げる!二人の男は落下する! 

「ヨー……かましたな!」タニグチが笑った。デリヴァラーは背中のベルトを外し、空中で父と機材を抱き締めた。一秒でも長くそれらを守り、レディオを続けさせるために、両脚を崩壊させながら柱を蹴渡り、無人地階へ着地すると、僅かに駆けて力尽きた。「俺の名前!俺のソウル!そして父さん!」 

「サヨナラ!」デリヴァラーは爆発四散!タニグチはそれを見た。ニンジャソウル憑依者としてジゴクから蘇った己の息子が、骨ひとつ装束ひとつ残さず、灰燼に帰して四散する光景を。……そしてタニグチは、仰向けに身を投げ出した。システマチック無人エントランスの冷たい床の上に。 

 ……タニグチに虚脱している暇などなかった。ニスイにあとを託されたからには。彼はどうにか首をひねり、あたりの様子を伺った。四方どちらを見ても、ビルの外は完全に包囲され、侵入時の何倍ものハイデッカーが守りを固めていた。それに対し、地階は、不気味なほどの死の静寂が支配していた。 

 体が軋む。タニグチは笑った。「……ヨー、ニスイ、やったな……」勝利の高揚感は驚くほど早く過ぎ去り、脳内興奮薬物が劇的な減衰を遂げてゆく。彼は震えるサイバネで機材をたぐり寄せ、チュナーを捻った。微弱電波の灯火は、まだ生きている。 

 上階から始末屋が降りてくる気配は無い。「……マザファッカども、ニンジャじゃねえ俺なんかに、用はねえって事かよ……」旗で身を包んだタニグチは、サイバーサングラスを再び無線電波発射機とリンクさせ、再放送の準備を整えていった。無人の地階に、彼の吐息とノイズ音だけが小さく響いた。 

 タニグチはサイバーサングラスを操作し、録画データを確認する。先程のBSCVATM再結成シーンの映像と音楽が、そしてニスイの生きた証が、そこには01データの集合体として保存されているのだ。もはや憔悴しラップも苦しい。だがこれを曲として再生し続ける限り、レディオは続けられる。 

 タニグチは微弱電波で再生放送を開始した。時折、意識が飛びかけたが、頬を張って奮起した。まだすぐそこにニスイがいるかのようだった。ガキン、ガキン、ガキン、ガキン……何かの重い金属音が、ゆっくりと、定期的なリズムで聞こえてきた。それは無慈悲なデスウォッチめいた不吉さであった。 

「ヨー……なんだ、アノヨから、ファッキン幻聴でも聞こえてきやがったか……」タニグチは頭の中でひとりごちた。ガキン、ガキン、ガキン、ガキン……。無機質な音が徐々に地階へ迫っていた。死は上階から壁伝いにやってきた。それは静かな排気音とともに「死」の文字をサイバー発光させた。 

「……ファッキン多脚戦車かよ……」タニグチは遠く離れた壁を見上げながら、呻いた。「……自爆装置の相手が、あんなのかよ……」ジジジジ。タニグチの無線機が見慣れぬ暗号周波数をキャッチした。「……応答せよ!DJゼン・ストーム=サン!こちら……ザザザザ……メガヘルツ解放戦線!」 

 ノイズ混じり無線音。「……ザザザ……我々は再集結を完了し、電波解放戦争の最前線へと復帰した……!我々の中継車が、そちらの微弱電波を増幅キャッチすべく急行中……!間もなく力強い放送が可能だ……!」「……ヨー……あとどれだけだ」「……5分ほどだ!偉大な同盟相手に敬意を!……」 

「……もうちょい早くならねえか……ニスイの声を届ける最後のチャンスなんだ……」「……全力を尽くしている!」オナタカミ社製多脚戦車“NT-80”シデムシの壁を這い降りる音が近づいてくる。フォオオオオー。それはついに地階に達し、優れた静穏性で全ての体節を床に這わせた。 

「……ちくしょう……!」彼は歯を食いしばった。無念のあまり、涙が止めどなく溢れ出した。ニューロンの奥が焼けこげるように熱い。「ニスイ……!ニスイ……!」この瞬間を覚悟してはいたはずだった。だが、彼は達観することができなかった。椅子に拘束された時のように、もがき口惜しんだ。 

 フォオオオオー。シデムシは、頭部からホタルめいた青く細いサーチ光を放ちながら、地階の異常をスキャンしていった。割れたガラスを踏みしだく音が聞こえた。シデムシはゆっくりと、タニグチに接近した。……これは、残酷なる復讐の物語だ。 

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 タニグチは歯を食いしばり壮絶に祈った!己の中のゼンに!ブッダ、オーディン、そしてジーザス・クライストに!やがて……無力感から、黒い憎悪と怨念の炎が燃え上がった! 

 おお、夜よ!聞くがいい!この怒りを!タニグチは不条理を呪った!この理不尽を!マッポーの世のありふれた一側面を!家族を引き裂くニンジャの不条理を!罰される事も無く、のうのうと生きながらえる暴虐のニンジャどもを! 

 タニグチは気づかなかった。自らの周囲でアビ・インフェルノめいた地獄の騒音が、けたたましく鳴り響いていた事を。鋼鉄の食屍蟲を打ち据える死神のカラテを。……禍々しきアトモスフィアが這い寄り、タニグチに怖気を振るわせた。ハッと目を見開いたとき、彼の憎悪は畏怖に塗り替えられた。 

 タニグチは、闇の中に浮かび上がる、禍々しき「忍」「殺」のメンポを見たのだ。そして己を覗き込む、赤黒いニンジャ装束の死神の姿を!……己と同じく、ニンジャの暴虐によって家族を失った復讐者の目を!……解放と太陽の旗ではなく、憎悪の旗を掲げるべく現れた男を! 

 タニグチはしかし、怯えはしなかった。彼は声にならぬ声で何かを請うた。死神は、ひとこと短く問うた。タニグチは、頷いた。すると死神はその身を屈め、太陽の旗を持つヒナヤ・イケル・タニグチと彼の機材を自らの背に負った。おお、ゴウランガ!……ニンジャスレイヤーは、彼を背負ったのだ! 



 マジェスティことカラカミ・ノシトは、TV中継放送を目前に、プレジデント・ルームでアマクダリ・セクト総帥ラオモト・チバとの定時連絡を行っていた。 

 アマクダリ紋のランプが明滅する大型モニタ。その向こうにはチバがいる。マジェスティはエルゴノミック椅子に深々と座し、権威の象徴たるプラチナロッドを弄んでいた。「現時点で、ニンジャスレイヤー出現の情報は無い」チバが言う。「こちらも、変わりありません」マジェスティも涼しい顔で言う。 

「本当に今夜、奴が行動を起こすとでも?平時よりもむしろ警戒態勢が強い、こんな夜に?」マジェスティが問う。「奴に常識は通じん」チバが言う。マジェスティはにこやかに微笑み、この頭の固いヤクザを胸の内で嘲笑った。「では、待機中のアクシス全員で貴方のいるトコロザワを守らせてみては?」 

「ナンセンスだ」チバが苛立つ。……そう、ラオモト=サン、個人的感情を含み過ぎる貴方の警戒ぶりも、全くもってナンセンスなのだ、とマジェスティは心の中で独りごちた。彼は自ら関わった今夜の戦力配置の確かさと確率論を信じる。ひとたび己のポジションを決めたならば、恐怖心や迷いは不要。 

「それに、奴は非常識に見えて、意外にも奥ゆかしい。だから我々は付けいる。奴は自らの復讐に他者を巻き込んだり、社会に多大な影響を与える事を、嫌っている。奴は公の場には現れない。そして私は間もなくTV中継……」微かな通信ノイズ。彼は蠅の羽音を聞いたかのように、僅かに顔をしかめた。 

 それはあの微弱な電波だ。あの狂人がまだ生きているのか?デリヴァラーとかいうニンジャは始末したのではなかったのか?「どうした、マジェスティ=サン」チバが問う。「何でもありません。TV中継の時間ですので、ごきげんよう!ニンジャスレイヤー=サンにお気をつけて!」定時通信は終わった。 

 マジェスティは同じフロアにあるTVスタジオへ向かう。奴隷秘書が群がり色直しをする。彼は自分のペースで歩み、部下にIRCを送った。「イディオット共め。こんなくだらんノイズが上に伝わり、防衛システムの調和を乱したらどうする」そして秘書を三人ほどロッドで殴り殺し、リフレッシュした。 

「スカッとした!」彼は使い捨てタオルで汗を拭ったかのような気軽さで笑い、撮影スタジオのドアをくぐった。これから彼は、カラカミ・ノシトとしての戦いに臨むのだ。シバタが今夜、ネオサイタマの政治システムを簒奪するのと同様に。この重要な戦いを、あの汚い二匹の小蠅に乱されてはならない。 

 同じ頃、ストームホークは強化ガラス階に開いた小さな穴から1階へ着地していた。「……シデムシが破壊されている。あのDJの気配がない。機材もだ」彼は確実に、デリヴァラーの爆発四散を察知していた。そしてリソースを効率化するため、取るに足らぬモータルの始末を末端システムに任せたのだ。 

 ストームホークは妙な胸騒ぎを覚えた。だがそのような漠然とした報告は、マジェスティが最も嫌うものだ。デリヴァラーを殺し損じたか?有り得ぬ。ではこれは何だ?……遥か上の強化ガラス階で、エレベーターが開いた。トルーパーズが射撃を開始した。何が起こっている?やはり生きているのか? 

「報告しろサンダーローニン=サン!奴が生きているのか?」ストームホークはIRCを飛ばし、嫌な汗を滲ませながら柱を蹴り登った。ノイズが強まる。DJは間違いなく上だ。サンダーローニンが上層階から着地し、DJを背負ったニンジャがオナタカミ・トルーパーズの大軍と交戦するのを認めた。 

「過信が招いた、私の重大な判断ミスでした。蠅が生きています。奴らを確実に始末します……」ストームホークはIRCを送り、強化ガラス階へと急行する。既にスタジオでは「知事の健康状態に対する経済界からの視点」が開始されていた。ノシトはIRC端末の文面を見やり、舌打ちして裏返した。 

 冷徹なショーギ盤めいて、強化ガラス階の床には黒く細い支柱が縦横に走り、マトリックスを成している。先程デリヴァラーがプラズマ・カタナで突き破った小さな1セクションを下からくぐるように、ストームホークは風のように回転跳躍し、着地した。そこには、赤黒い死の旋風が吹き荒れていた。 

「ヨー、人々!再び反撃開始だ!」殺戮の中心でゼン忘我の境地に達し、マイクロフォンに向かって叫ぶのは、DJヒナヤ・イケル・タニグチ!「ヘイ、人々、聞け!今夜まさに!ジゴクへと向かうレディオだ!」彼は死後にニスイと同じ場所へ向かう覚悟だ。だが、まだ死ねぬ!彼は往生際が悪い! 

 そしてタニグチを背負い、悪鬼の如きカラテでクローンヤクザの大波を次々と突破する男……!彼はかつて、ニンジャ抗争によって妻子の命を奪われ、自らも死の淵にあった。ニンジャソウルの憑依によって一命を取り留めた彼は、ニンジャスレイヤーとなり、果てしない復讐の戦いに身を投じたのだ。 

 それは私的な復讐の戦いであった。そして憎悪を鍛え直し、エゴを鍛え直したニンジャスレイヤーは、ナンシーとともに分刻みの緻密な作戦を練り上げていた。彼は予定時刻にマジェスティのビルへと突入した。そこで彼は偶然にも、タニグチを見た。そして彼は、自らの意志でこの男を背負ったのだ! 

「何だ……こいつは…!」ストームホークは四方八方へと弾き飛ばされるオナタカミ・トルーパーズの大軍をかきわけながら、それを見た!サンダーローニンの生首を腰に吊った殺戮者の姿を!「ドーモ、ストームホーク=サン」死神は一瞬の銃撃の隙をつき、アイサツした。「ニンジャスレイヤーです」 

「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン、ストームホークです……!」彼はノイズ混じりのIRCを上層階に届けると、直ちにカラテ交戦を開始した!「イヤーッ!」死神が跳躍!トルーパーズの頭を蹴り渡り、ジャンプチョップを振り下ろす!「イヤーッ!」ストームホークはこれを側転回避!ワザマエ! 

「ヘイ、人々!聞け!テイルスピンで跳躍!投擲!システムの喉に突き立てる八芒星!」DJタニグチのラップが神懸かる!叫び続ける!さもなくば意識が途絶えてしまうからだ!「奴らのブルシット・ハナフダ奪い取り、破り捨てて失禁させ、馬乗りになって殴り続ける!ナムアミダブツ!光あれ!」 

 マイクロフォンに血の唾が飛ぶ!ニンジャのイクサで再びタニグチの視界は狂ったように回転し、どちらが地上かも解らぬ!血飛沫と煙が視界を覆う!銃弾とスリケンが頬を霞める!「人々!起きろ!」だが意識を途絶えさせるわけには行かぬ!ニスイの声を伝えねば!「光あれ!」すると電波があった。 

「ヨー、人々!…行くぞ!」サイバーサングラスに、電波インジケータが漲った!レディオが息を吹き返す!おお、メガヘルツ解放戦線は到来せり!『……俺のレディオ!届いてくれ!タノシイ・ストリートへ!テモダマ・ストリートへ!コモチャン・ストリートへ!』ニスイの放送データが再生される! 

 同刻。サイバーレインコートを着た失意のロックスターは、陰鬱な重金属酸性雨にその反抗的な頭を押さえつけられながら、ストリートを歩いていた。感覚を麻痺させた人々の列は冷たく、プレス工場へ向かう素材めいて無表情。だがロックスターは不意に、既に死に絶えたはずのKMC電波を受信した。 

 ロックスターは息が止まりそうなほど驚き、仰ぎ見た。おお……ゴウランガ!見よ!過剰消費広告とブルシット報道に塗れたネオサイタマのサップーケイ摩天楼を、再び、黒いキツネの旗がジャックする!そしてDJデリヴァラーの声だ!『…ニチョームへ!オオヌギへ!システムに抑圧される場所へ!』 

 電波は増幅され奇跡的にリレイされた。タノシイ・ストリートへ。テモダマ・ストリートへ。コモチャン・ストリートへ。ニチョームへ。オオヌギへ。そしてシステムに抑圧される場所へ。一夜限りの再結成を果たしたBSCVATMの新曲とともに。ロックスターは涙をこらえ、キツネサインを掲げた! 

「イヤーッ!」体勢を立て直すべく、ストームホークは脛を抱え込みながらの前転跳躍でスリケンを回避!オナタカミ・トルーパーズの背後へと着地する。「殺れ!」「「「スッゾコラー!」」」BRATATATATA!だがニンジャスレイヤーはサブマシンガンの銃火をジグザグ走行で回避!接近! 

「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの拳がトルーパーの強化ヘルメットを砕く!「イヤーッ!」「グワーッ!」次なるトルーパーのヘルメットを砕く!「イヤーッ!」「グワーッ!」砕く!何たる速度か!彼は再び、ストームホークを近接カラテへ引きずりこんだ。「「イヤーッ!」」 

「イヤーッ!」死神の痛烈なカラテキック!「イヤーッ!」ストームホークは両手を爪のように強張らせた構えを取り、素早く巧みに動かしてキックを払い除ける!これは攻防に優れるタカ・ケンだ!「「イヤッ!イヤッ!イヤーッ!」」拳!拳!爪!チョップ!裏拳!チョップ!両者のカラテが激突! 

 余りにも熾烈なカラテがため、オナタカミ・トルーパーズは射撃すら行えない。迂闊に撃てばフレンドリーファイア必至!「「イヤッ!イヤッ!イヤーッ!」」彼らは二人のニンジャを遠巻きに囲みながら、銃を構え、固唾を呑んで待機するしか無い!センセイのカラテを見守るドージョー門下生めいて! 

 そしてカラテ均衡は破られた。「イヤーッ!」複雑な軌跡を描きながら繰り出された嵐の如きタカ・ケンの爪の一撃を、ニンジャスレイヤーは巧みにジュー・ジツで払い除け、その手首を掴んだ!「シマッタ!」「イヤーッ!」顔面への裏拳!「グワーッ!」「イヤーッ!」腹へのキック!「グワーッ!」 

 死神はザンシンを決めた。銃弾の紙一重回避により、装束は傷だらけの状態だ。弾き飛ばされ転がるストームホーク。懐から滑り落ち、床を滑るIRC端末!彼は目を見開き手を伸ばす!「イヤーッ!」だが死神は機先を制するように手首をスナップ!血がスリケンへと変わり、IRC端末に突き刺さる! 

 IRC端末は火花を散らし、小爆発を起こした!「何だこいつは……!」ストームホークは竜巻めいた回転から身を起こす。頭部を砕きカイシャクせんとする、死神の跳躍攻撃を間一髪で回避!「「イヤーッ!」」ストームホークのすぐ後ろで死神の拳が叩き落とされ、床に蜘蛛の巣状のヒビが入った! 

 再び両者は近接カラテ距離で睨み合う!ここまでの流れは、息を呑むほど流麗かつ鮮烈である。トルーパーズは射撃準備姿勢のまま一切手出しできず!「何だこいつは……!」ストームホークはタカ・ケンを構え、折れた歯を吐き捨てた。敵の背負うDJは未だ無傷で、何事か叫び続けている。理解不能! 

「シューッ…!」ストームホークは複雑に構えを変えながら敵を睨み、深い息を吐いた。そして……「「イヤーッ!」」両者は同時に打ち合う!「「イヤッ!イヤッ!イヤーッ!」」拳!拳!爪!チョップ!裏拳!チョップ!両者のカラテが激突!「イヤーッ!」「グワーッ!」死神のポン・パンチ炸裂! 

 

◆◆◆

 

 パラッパッパッパー!「緊急特番!ネオサイタマ経済を救え!」最新型の黒いサイバーサングラスをかけた誠実そうなスモトリ司会者が、眉間に皺を寄せながらカメラを指差した。黒漆塗りの円卓が映し出されスーツ姿のカラカミ・ノシトが笑う。観客席にいる赤い刺激的なスーツの秘書たちが拍手する。 

「ご覧のチャンネルはNSTV!……エー、キョート共和国との戦争、そしてネオサイタマの良心たるサキハシ知事の緊急入院!マッタナシ!先が見えない大変な時代です!」スモトリ司会者が口を尖らせる。「心配だなあ」「何でこんな事になったんだろう」ゲストコメンテータが大衆心理を代弁する。 

 それは欺瞞であり、真実でもある。夜勤帰りの無数のサラリマン、あるいは工場労働者などが、この生中継が映し出された大型モニタやサイバーサングラスを見ながら、言葉にならぬ不安に襲われているのだ。だが、逃避法は無数に存在する。暗黒メガコーポの洗脳電波や電飾カンバンがそれを指し示す。 

「エー、速報にもありました通り、サキハシ知事は幸いにも一命を取り留めました。カクシャクとしております!ICUにいる間はシバタ秘書……敏腕と名高い……が代理人を務める事になっており、ジグラットでは様々な手続きや緊急会議が行われております」各界の大物と握手するシバタの姿が映る。 

「そしてオナタカミ社の生命維持装置、スゴイ!これがネオサイタマ経済を救ったと言っても過言ではない。しかも株価が上がった!」司会者がノシトに振る「儲っている所は正しく儲っている。カチグミになりたければ人生を賭けて投資すればいい。誰にでも勝つチャンスがあります」ノシトが言った。 

「要するにこうです」ノシトは『公正なゲーム』と書かれたフリップボードを卓上に置いた。強い説得力だ。大きい拍手が鳴る。「どうやら、非常に安心できる経済見通しです!」スモトリ司会者がスマイルした。ゲストコメンテータらも追随する。「エー……しかし、戦争による負荷は実際大きい……」 

「こんな時こそ経済です。経済が元気なら安全や物価は保障される。戦争は悪い、そういう古い考えは…こうだ!」ノシトは大袈裟にボードを放る。「いい側面を見よう。そこに投資チャンスがある!例えば、前に私が言った通り、治安度は実際向上しているでしょう?ハイデッカー、非常に頼もしい!」 

「エー、戦時下の特別体勢として、追加案件が議会を通過中です」とスモトリ。「オフィスワーカーの始業後1時間をマインドセット時間とみなし会社側は賃金を払う義務無しに。投票による労働時間の無駄を回避するため上長が代理で選挙投票可能に。最低労働年齢や電脳手術可能年齢の引き下げ……」 

「エー、これらの件に関して、議会からのコメント映像です」「……実際市民は、これまでより強い団結を強いられるでしょう。しかし、戦争の惨禍をネオサイタマ市街に及ばぬようにするには、避けられぬ事です。我々はシステムを構築し、団結するのです。システムを信じ、不安を捨て去りましょう」 

「エー、確かに大きな法案が多いので、不安な方も多いでしょうが、これは戦時下だけの特別措置!そこを重点して行きたいですね!」スモトリが原稿を読む。「ハイデッカー導入時を思い出して!皆さん、不安だったでしょう?でも実際、フタを開けてみたらいい事ばかり。システムを信じましょう!」 

「エー、経済見通しは?」「明るいですね」「市民生活はどうでしょう。幸福未来でしょうか?」「幸福未来です。今後より社会や地域の役割分担が洗練されるという事です。ケオスや曖昧な暗部……皆さんを脅かす危険や不正やテロは排除され、整備されて秩序だった、フェアで快適な経済社会が見え」

 おお、ナムアミダブツ!まさにネオサイタマ全域をコモチャン・ストリートの如き暗黒管理社会へ移行させんとするアマクダリの暴虐!だがそこで、カラカミ・ノシトの言葉は突如途切れた!「Wasshoi!」禍々しいカラテシャウトと共に、中継スタジオの防音フスマが外側から蹴破られたからだ! 

 痛烈なシャウトの残響が、収録スタジオに轟いた。あたかも、シシオドシが打たれたかの如き静寂。全員が、カメラ台の後方にある、蹴破られた防音フスマの方向を振り向いた。ノシトもそれを見て、手元のIRC端末を表返してから、もう一度それを見た。そこには、ネオサイタマの死神が立っていた。 

 スタジオの常人は、それが何か理解できなかった。漢字サーチライトを浴びたかのように凍りつき、手をかざし、その禍々しい影を見た。「……ヨー」爆発的カラテシャウトに肉体と魂を蹴り上げられ、タニグチは再び目覚めた。怒りに燃える二人の父親は、厳粛な足取りでシステムの喉笛に歩み寄った。 

 ノシトは携帯IRC端末を耳元に当て、セクトへ緊急音声報告を行おうとした。己の姿が大写しになったTVモニタを見て、彼はそれを中断した。「撮影を止めろ!」彼はカメラ台を指差し叫んだ。「直ちに!撮影を!止めろ!」歯茎を剥き出しにした、猛悪なる人外の唸り声!その眼は青く不吉に輝く! 

 だがそれよりも力ある声が、復讐者の背中から響いた。「オイ!」「アイエッ!」カメラ台に乗る屈強なスモトリ・クルーは、思わずそちらにカメラを向けていた。カメラは大振りで乱れ、ジゴクの蒸気を纏った不確かな赤黒い影を一瞬通過した後、DJタニグチの姿を街頭プラズマTVに大写しにした。 

 こちらも人外じみた鬼気迫る風貌!だが人の目だ!彼はキツネ・サインを掲げ笑う!ヨー、ニスイ、見てるか、お前の企んだ陰謀だぞ!「オイ!人々、そろそろ起きろ!爪先を見て、上を見ろ!欺瞞と洗脳電波を垂れ流すブルシットNSTVは、KMCレディオがジャックした!聞け、アマクダリ……!」 

 ここでTVは乱れ「安心です」と書かれた大きな放送事故ダルマが現れた。この先はKMCレディオの独占放送だ。「聞け、アマクダリ・ファッキン・セクト!このファック野郎どもめ!」そしてBSCVATMの爆発的音楽が発射された。殺戮者はその間も、ノシトと睨みあいながら粛々と歩き続けた。 

 二人の考えるイクサは違った。二人の怒れる男は、互いに敬意を払いつつも、異なるイクサにいた。彼らは互いのイクサに干渉する気も、される気も、また相手の名を利用する気も無い。では全て偶然か?否!タニグチらの執念が引き寄せた必然である!彼らの私的な戦いが必然的に、一瞬交わったのだ! 

 スタジオにいた常人は、ようやく、その赤黒い影が何者かを理解した。ニンジャだ。「アイエエエエエエ!」舞台裏の暗黒投資家らも恐慌状態に陥った。「アイエーエエエエエエエ!」彼らは直感的に悟った。オバケが現れたのだと。自我調律されたサイバーサングラス秘書らだけが無表情に座っていた。 

 人々はどうか。ロックスターは、無慈悲なシステムの如き大衆のマトリックスが、一瞬、揺れ動くのを見た。無論、暗黒メガコーポの構築したロバストネスは強かった。人々は魂で異常を感じ取り悲鳴をあげながらも、すぐにそれを無思考の彼方へ追いやり、再び整然と歩き始めた。彼はそれを見ていた。 

 何故だ?何故人々は!今まさに何かが起ころうとしているのに!ロックスターは己を翻弄し押し流さんとする酷薄なマトリックスの中で、四方を見渡した。彼は抗うように、足で、体で、密かにリズムを刻む。レディオから流れるのはブルタル・ショーギ・サイボーグVSアングリー・タナカ・メイジン! 

 絶叫渦巻くスタジオ!タタミ4枚の必殺めいたカラテ距離で、マフラーめいた襤褸布を超自然の憤怒にざわめかせ、殺戮者は静かに止まった。そしてオジキした。「ドーモ、カラカミ=サン、いや、マジェスティ=サン。ニンジャスレイヤーです」憎悪の眼差がブルタル・ショウギ・サイボーグを射抜く! 

 死神が顔を上げる。その不吉な赤眼と、威厳に溢れた青眼は、一瞬も逸らされる事無し!ナラク・ニンジャの有無を言わせぬ怨念めいた力が、モータルの化けの皮に隠されたニンジャソウルを引きずり出し、表出させる!「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン、マジェスティです」敵もアイサツを返した! 

「イヤーッ!」オジギ終了からコンマ02秒後、殺戮者の腕が目にも留まらぬ速度でしなり、スリケン連続投擲!「イヤーッ!」マジェスティはほぼ同時に円卓を蹴り空中回転!スリケン全弾回避!一瞬にしてその口元をメンポで覆いながら、ストライプスーツ姿のまま三連続空中回し蹴りを繰り出した! 

「「イヤッ!イヤッ!イヤーッ!」」ニンジャスレイヤーの攻防一体チョップと、マジェスティの三連続空中キックが激突!衝撃波めいたカラテ斥力で大気が震動!「イヤーッ!」マジェスティの回転の勢いは衰えず、着地後即座にレッグスイープを繰り出す!「イヤーッ!」殺戮者はこれを小跳躍回避! 

 ニンジャスレイヤーはそのまま敵の顔面を爪先で蹴り上げんとす!「イヤーッ!」マジェスティはこれを両腕で防御し、カラテパンチを叩き込む!「イヤーッ!」殺戮者もジュー・ジツでこれを捌く!そのまま腕を掴み逆関節を極めんとするが、マジェスティは跳躍して拘束を脱した!「イヤーッ!」 

 両者はタタミ2枚の距離で睨み合う!ニンジャスレイヤーは、情け容赦ない殺人ジュー・ジツの構え!マジェスティは伸ばした両腕を波打つように動かす、不気味なカラテの構え!じりじりと時計回りに横歩きした後、激突!「「イヤーッ!」」「「イヤーッ!」」「「イヤーッ!」」「「イヤーッ!」」 

 危険なカラテ均衡の高まり!ここで、敵の攻撃をニンジャスレイヤーのチョップが弾く!体勢を崩すマジェスティ!一瞬の、だが致命的な隙!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの拳がマジェスティの顔面を捉えた!「グワーッ!?」首の骨が軋み、その身体はワイヤーアクションめいて弾き飛ばされる! 

 端正なマジェスティの顔を、真っ赤な鼻血が伝う!「オゴーッ……」彼は唸り声をあげながら立ち上がり、笑い、手近にいた赤スーツの秘書を撲殺した。ザンシンを決めながら敵を睨むニンジャスレイヤーは、邪悪なるジツが作用した事に気づく!マジェスティの身体にカラテが漲り傷を塞いでゆくのを! 

「貴様はアマクダリ・セクトには勝てんぞ!ニンジャスレイヤー=サン!」マジェスティは哄笑しながら、プラチナロッドを水銀めいた速度で振るい、再びカラテを挑みかかる!ニンジャスレイヤーは燃えるような憎悪の眼差しで敵を睨み、腰に吊った黒いヌンチャクを構えた!「イヤアアアアアーッ!」 

 両者の武器が激突!「「イヤーッ!」」「「イヤーッ!」」さながら超自然の死の旋風!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーのヌンチャク打撃が、マジェスティの腕を砕く!「グワーッ!」だが彼は手近な秘書の頭を殴り血煙に変え、蓄えていた活力を吸い取り傷を回復!おぞましきオファリング・ジツ! 

 彼らは最上階を移動し、秘書の死体の列をあとに残しながらカラテをぶつけ合う!ニンジャスレイヤーの目論見は無論、敵を一撃でカイシャクする事。だが驚異的なニンジャ耐久力とジツにより、容易くは行かぬ!マジェスティの狙いは居室への活路を開き、本部に通信を行う事!だが容易くは行かぬ! 

 ここで、マジェスティの動きに異変!ジリー・プアー(徐々に不利)と見た彼は突如、手当り次第に秘書を殺戮し始めたのだ。暗黒投資家やスモトリも巻き添えで無意味に消し飛んでゆく!ヌンチャク打撃を受けようとも彼は秘書の殺戮を重点する!奴隷に蓄えた活力を、過剰なまでに結集させてゆく! 

 目に付く全ての秘書を殺し尽くしたマジェスティは、眼を妖しく発光させ、カラテ突撃!これを迎え撃つ、復讐者のカラテ!ロッドの死の軌跡をかわし、黒いヌンチャク……一閃!SMAAASH!プラチナロッドが砕けた!「イイイヤアアアアーーーーーーッ!」間髪入れず、顔面に痛烈なヌンチャク! 

「グワーーーーッ!」命中したヌンチャク自体をも粉々に砕くほどの一撃!それはマジェスティのメンポと顔面を粉砕し、弾丸ライナーめいた勢いでその身体を弾き飛ばした!ザンシンを決め「忍」「殺」メンポからジゴクの蒸気を吐く死神!マジェスティは背を向けてブザマに倒れ、顔面を抑え、呻く! 

「貴様の負けだ、観念してハイクを詠むがいい。惨たらしくカイシャクしてやる」死神が歩み寄る。「私の顔……私の顔が……!ウワアーッハハハハハ!永遠に!戻らない!」マジェスティは血塗れで床に転がり、顔面を抑え、狂ったように笑った。そして死神が止めの一撃を繰り出そうとした、その時! 

 マジェスティは瞬時に身体を起こしカラテを繰り出す!「イヤーッ!」「グワーッ!」死神が有効打を受ける!ナムサン!別人のようなカラテの冴え!ニンジャスレイヤーは変わり果てた敵の顔を見た。いや、それは顔ですらない。顔があるべき場所には、黒い霧と、瞼のある青い二つの目だけが浮かぶ! 

「「イヤッ!イヤッ!イヤッ!イヤーッ!」」両者は再び、目にも留まらぬ速度でカラテを激突させる!再び均衡か!?否!今回はマジェスティが押す!徐々に後退するネオサイタマの死神!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの裏拳がマジェスティへ!だが黒い霧と化した頭部を…貫通!ダメージ皆無! 

 カラカミ・ノシトは、カラテ勝利のため、自らの表の顔を永遠に捨て去ったのだ!『思い出したぞ、此奴の名は…』ナラク・ニンジャが云う!『サバト・ニンジャ!』「イヤッ!イヤッ!イヤッ!イイヤアアーッ!」拳!拳!拳!さらに五連続のヤリめいたキックが、ニンジャスレイヤーに叩き込まれる! 

「グワーッ!」死神はくの字に折れ曲がり、弾き飛ばされた!ナムアミダブツ!このままでは背中のタニグチが激突死!「……ナラク!」フジキドも己の人間性を憎悪の炉にくべ、叫ぶ!刹那、ニンジャスレイヤーは両眼をセンコめいて輝かせ「忍」「殺」メンポを凶悪な牙めいてバキバキと展開させる! 

 空中で身を翻したニンジャスレイヤーは、黒い不浄の焔を纏った両手を鈎爪めいて強張らせ、四足獣めいた禍々しさで床に叩き付けた!ゴガガガガガガガ!黒い焔の爪痕が刻まれスパイクめいて勢いを殺す!さらに両脚も使い壁の手前で停止!死神は口からジゴクの瘴気を吐き、サバト・ニンジャを睨む! 

「イヤーッ!」マジェスティがスリケン連続投擲!「サツバツ!」ナラク・ニンジャは稲妻めいた連続サイドステップで回避し肉薄!カラテを激突させる!「「イヤッ!イヤッ!イヤッ!イヤーッ!」」そして邪悪な笑みを浮かべた!「コワッパめ!」その拳がマジェスティの胸部に命中!「ゴボーッ!」 

 弾き飛ばされ、連続バック転から膝立ち状態になるマジェスティ!対するニンジャスレイヤーは、己の闇を御するように、ザンシンからチャドー呼吸を行う!「スゥーッ、ハァーッ、スゥーッ、ハァーッ…!」この戦法ではタニグチのカロウシは必定ゆえ!メンポの形状が戻り、片目の瞳が大きさを増す! 

 そしてフジキド・ケンジとカラカミ・ノシトは互いの憎悪を剥き出しにして睨み合い、矢のように駆け、最後のカラテを開始した!「「イヤーッ!」」マジェスティの拳を捌く!「「イヤーッ!」」弾く!「「イヤーッ!」」砕く!「イヤーッ!」「グワーッ!」死神の重いカラテフックが、胸部を抉る! 

 見よ!ニンジャスレイヤーの両腕を覆う、黒い焔を!「イヤーッ!」「グワーッ!」さらに左フック!マジェスティは押され、一歩後ろに後退!「イヤーッ!」「グワーッ!」右フック!敵はまたも一歩後ろに後退!無敵と思われたブルタル・ショーギ・サイボーグの守りが揺らぎ、悲鳴を上げるのだ! 

 さらに踏み込み左!「イヤーッ!」「グワーッ!」右!「イヤーッ!」「グワーッ!」右!「イヤーッ!」「グワーッ!」左!「イヤーッ!」「グワーッ!」右!「イヤーッ!」「グワーッ!」左!「イヤーッ!」「グワーッ!」顔を持たぬ暗黒のシステムが、痛烈なカラテフックによって殴られ揺らぐ! 

 奴隷から吸い上げたマジェスティの再生力と活力が、徐々に剥ぎ取られてゆく!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」 

 その重い打撃が、DJタニグチのゼン忘我めいた叫びと同期する!「オイ!俺たちが食わされるスシ偽物の整形ツナ!お前暗闇の中で捻る違法電波ラジオのチュナー!やがて立ち上がる人々の津波!オイ!ゲームの支配者を守る壁に、大穴が開くぞ!人々!世界を揺り動かせ!お前自身の陰謀を考えろ!」 

 今どこかで、抑圧システムの壁に穴が穿たれんとしている!世界が揺り動かされようとしている!だが己を押し流そうとする人々は圧倒的無表情!ロックスターは涙にむせび、己の拳を見た。この衝動をどうすればいい!そして爪先を見た。そして上を見た。自分にはまだ武器が無い!敵の全貌も見えぬ! 

『オイ、それは解放の旗!子供用の銃弾と無思考の麻薬をバラまく支配者共を怯えさせる、太陽の旗!人々、起きろ!』ロックスターは爆発的音楽に乗って跳ね、重金属酸性雨に抗うようにキツネ・サインを掲げた。高く、高く。そして視界の果てに、同じく突き出されるひとつのキツネ・サインを見た。 

「イイイヤアアアーッ!」ニンジャスレイヤーの連続チョップがマジェスティの両腕を切断!さらにチョップ突きが砕け散った胸骨を破り、心臓を貫通!「グワーーーーーッ!馬鹿な!馬鹿な!」マジェスティの身体は燃え、恐怖の悲鳴を放ち痙攣!そして「サヨ……ナラ!!」爆発四散!インガオホー! 

「……ハァーッ!……ハァーッ!」ニンジャスレイヤーは最後のザンシンを決め、片膝をついた。そして死屍累々たる最上階に一瞥をくれた。背中のDJはぐったりと項垂れていた。「……おい、報告しろ!マジェスティ=サン!何が起こっている!」壁のモニタでアマクダリ紋のランプが明滅していた。 

 ニンジャスレイヤーは余りにも短い休息の後、再び歩き出した。後方ではラオモト・チバのヒステリックな通信音声が響いていた。構っている時間は無い。宣戦布告の相手はあの小童ではない。彼は内側からロックを解除し屋上へ向かった。そこは冷たい夜風が吹き付け、重金属酸性雨が叩き付けていた。 

「イヤーッ!」彼はカラカミ・ビル屋上のポールに威圧的に掲げられていたフラッグを引き剥がした。それは、アマクダリ紋を巧みにサブリミナル配置した、カラカミ社のエンブレム旗であった。変わりに、ニンジャスレイヤーは黒い大布を取り出し、奪った首級とともに、それをポールに高々と掲げた。 

「「イクサは、始まったばかりぞ」」彼は鋼鉄メンポから死の蒸気を吐き、カスミガセキ・ジグラットの威容と、彼方から迫る武装ヘリを睨んだ。そしてポールを掴み、己の軍旗の下に立った。強い向かい風を孕んで大きく翻った、その黒い憎悪の旗には、赤く禍々しい「忍」「殺」の文字が躍っていた。 

 それはアマクダリ・セクトの最も長い一日の始まりを意味していた。そして、今夜ここに掲げられた旗は、憎悪の一本だけではなかった。違法改造サイバーサングラスを持つ者は、この窓の無い高層ビル壁面にデジタルマッピングされた、KMCとメガヘルツ解放戦線の巨大な二本の旗を仰ぎ見ただろう。 

 今夜、放送をリアルタイムで聞いたKMCリスナーの数は僅かに400。だがそれは、400個の世界を決定的に揺り動かした。それは新たに蒔かれた抵抗の芽であった。彼らはキツネの如く鋭い目で、世界を監視する。何が起こったのか。何が起ころうとしているのか。そして、その時はいつなのかを。 

 ロックスターはどうなったか?彼はマトリックスの中を掻き分けて進み、もうひとつのキツネ・サインにアクセスした。奇跡的な確率で巡り会ったKMCリスナーと。違法改造サイバーサングラスをかけた二人は、肩を抱き、誇り高く笑った。そして、レディオが聞こえた。『ヨー……まだ死んでねえぞ』 



【ロンゲスト・デイ・オブ・アマクダリ:10100017 レイズ・ザ・フラッグ・オブ・ヘイトレッド】終



N-FILES(設定資料、原作者コメンタリー)

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あらすじ:暗黒メガコーポによる抑圧を糾弾し、非暴力による音楽と電波の解放を主張する革命レディオ局、キツネ・ムレ・チイサイ(KMC)は、サイバーサングラスの違法改造チップをリスナーに配布して抵抗。だがKMCが選択した帯域は、意図せずしてアマクダリのサブリミナル電波帯域と衝突していた……。メイン執筆者はフィリップ・N・モーゼズ。


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N-FILESは原作者コメンタリーや設定資料等を含んでいます。
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