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【マーク・オブ・ザ・デビル】

◇総合目次 ◇エピソード一覧

この小説はニンジャスレイヤー第3部のTwitter連載時ログをアーカイブしたものです。原作者による全面的なリライトが行われています。これはスピンオフ的な性質を持つ「報道特派員シリーズ」のエピソードのため、物理書籍未収録作品です。




「お願い、あなたの力が必要なの。この事件は……」「この事件はニンジャ案件ではない」イチロー・モリタは席を立ち、掛けていたトレンチコートを羽織ると、ハンチング帽を目深に被って背を向けた。「ナンシー=サン、すまぬが今回、力は貸せぬ」

「待って、ニンジャスレイヤー=サン!」ナンシーが立ち上がり、呼び止めようとする。だが彼はもうドアを開け、秘密アジトを後にしていた。ナンシーは独り、秘密アジト内に立ち尽くし……UNIXモニタの前に戻る。モニタには、問題のドキュメンタリー映像が、繰り返し映し出されていた。

『ハァーッ……!ハァーッ……!ダメだ……!奴が追ってくるぞ!アイエエエエエエ!アイエエエエエエエエ!』暗視モード撮影された夜の松林。激しい手ブレ。山道を逃げ惑う学生たちの悲鳴。『もうダメだ!ナムアミダブツ!アイエエエエエエエエ!アイエーエエエエエエエエ!!』

「……きっとここには、何かが隠されている」ナンシーは悔しさに歯噛みする。だが彼女は諦めなかった。不屈のジャーナリストの信念に突き動かされるように、IRC端末を握りしめた。「必ず……真実を突き止めてみせるわ」




【マーク・オブ・ザ・デビル】



 ブロロロロロー。ナンシーの運転する白い取材バンが、交通量の少ない峠の国道を登ってゆく。ここはネオサイタマの遥か南東、ヤマ山地。『おいしい』『とにかく反対』『少し』などの旧世紀カンバンが国道の路肩で錆び、朽ち果てている。

「どうやらこの辺りね。大丈夫?車酔いしてない?」ナンシーが問う。「ああ、大丈夫。それにしても、えらいとこまで来ちまったな。無線LANどころか、自動販売機も無いぜ」助手席に座る特派員助手、エーリアスが応える。ナンシーからIRCで呼び出され、カメラマンとして急遽雇われたのだ。

 陽は天頂。騒々しいバイオセミの鳴き声が車内にまで聞こえてくる。右手には鬱蒼たる松林と山。左手にはガードレールと崖と川。ゼンめいた松林の間には、細い農道がいくつか見える。蒸し暑い。ネオサイタマ市街とヤマ産地は、まるで別世界めいて気候が違う。

「農道に入るわ」ナンシーがハンドルを右に切る。取材バンは峠道から農道の一本に入った。左右を松林に挟まれた、細い農道だ。ガタン、ガタン。取材バンは荒っぽく揺れながら進み、古いトリイの近くで停車した。眩しい日差しは道の左右の木々に遮られ、それだけで体感温度は数℃も違う。

「ジャージーデビルが出没するのは、決まって夜。あのドキュメンタリー映像もウシミツ・アワーに撮影されている」ナンシーはエンジンを切ると、トレッキング・シューズの靴紐を確かめてから、取材バンのドアを開け、土を踏みしめた。「夜までは、下調べね」

「よし」エーリアスも助手席から降り、後部座席に仕舞っていたTVカメラと録音機材をかついで、ナンシーの後に続いた。「報道の仕事、一度やってみたかったんだよな」カラテは乏しいものの、エーリアスはニンジャである。この程度の荷物運搬ならば造作もない。

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