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キックアウト・ザ・ニンジャ・マザーファッカー

この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版は、上記リンクから購入できる物理書籍/電子書籍「ニンジャスレイヤー ネオサイタマ炎上1」で読むことができます。
アーカイブの収録順は基本的にほぼ時系列順となっていますが、そうではない場合もあります。今回のエピソードは例外的に「レイジ・アゲンスト・トーフ」より以前の時系列となっています。このエピソードは、初めてニンジャスレイヤーを読む方にもお勧めします。

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1

 ブンブブブンブ、ブンブンブブンブ。ブンブブブンブ、ブンブンブブンブ。「アタリ!」「ポイント点!」BGMの電子ベースラインの上で、緑色のホログラフィック画面を電子の戦車が行き来する。ギンイチはズレた眼鏡を指で直す事すらせず、レバーとボタンに全神経を集中させる。

 左から電子弾丸が飛来する。ギンイチは左手のレバーを素早く回転させた。電子タンクは横転しながら弾丸を回避し、さらに、撃ってきた相手へ電子弾丸を打ち返した。「アタリ!」「難しいショットでポイント倍点!」電子音声がアナウンスすると、背後のギャラリーが沸いた。「こいつ、ハンパねえぜ!」

 ギンイチは無表情だったが、それは彼の好きなアニメ「サムライ探偵サイゴ」の味方キャラクター、常にクールな「クロコ探偵」を真似たアティテュードだった。ギャラリーが騒ぐたび、本当のところ彼は、自己実現に叫び出したいほどの歓喜を味わっている。

 ブンブブブンブ、ブンブンブブンブ。ブンブブブンブ、ブンブンブブンブ。ギンイチは最後の敵に照準を合わせる。余裕の仕草で、ズレた眼鏡を直す。すでに敵の左右には電子地雷を設置し終えている。回避は不可能だ。右手でボタンをヒットすると、電子弾丸が飛び出し、敵戦車は電子の粒に分解し去った。

「アタリ!」「ポイント点!」「プレイヤー2のカチで終了です」電子音声がアナウンスした。流れ出すファンファーレ。テレーレテレテテーレテレテテテレー。ギンイチはクールに立ち上がり、クールに席を離れた。「ハンパねえな」と呟きあう声を耳にすると、ニヤニヤした笑みをこらえるのに苦労した。

 ギンイチは満足してメタリックな店内を見渡す。ここがギンイチの帰属世界、ゲームセンター「反射神経ストーム」、はぐれた若者たちの無言の社交場であった。ギンイチはここにおいて英雄であり、最強の戦士であり、ガンスリンガーであった。

 だが……。ギンイチは腕時計を憂鬱に確認する。予備校の時間だ。ムテキの時間は終わり、ギンイチは現実という荒野へと放逐される。

 爆発音、アナウンス音声、必殺技を繰り出すマーシャルアーツの音声の渦に包まれながら、ギンイチは重苦しい歩みを進める。脳内でママの小言のリフレイン再生が始まる。「まずセンタ試験を突破して、カチグミになってから!それから好きな事をなさい!その後は何でも自由なんだから!あなたのためよ!」

「クソッ」ギンイチは無力感に打ちのめされていた。勉強なんて!……店を出る瞬間、入り口の側にあるマジックハンド・カワイイキャッチの筐体から目を上げた少女と視線がぶつかりあった。年は同じくらいだ。いや、同級生?彼女の事を見た事があったように思った。ハイスクールで。でも、そんなバカな。

 ギンイチはクールに目をそらし、関係ないね、というそぶりでストリートに出て行った。女なんて、コリゴリさ。半年前、消しゴムを貸してくれた隣の席の女の子に、その日のうちに告白した事がある。その後の顛末は思い出したくもない。ぼくは女運を捨てて、かわりにゲームの才能を手にしたんだ。

 センベイ駅へ向かうムコウミズ・ストリートの治安はあまりヨロシイとは言えない。ゲイシャ・ディストリクトと接するこの路地は、怪しげなポンビキやチョンマゲクラブのスカウトマン、近隣のライブハウスを根城とするパンクスが行き来する。カツアゲが怖いので、キャッシュは靴底に隠している。

 今日は調子に乗って長居しすぎてしまったな。予備校にチコクしてしまう。ママのところに連絡がいってしまう。ヤバイ、ヤバイ。ギンイチは早足になった。

「イテッ!イテコラー!?」怒声がギンイチの頭を揺さぶった。しまった!通行人に肩掛けカバンを引っ掛けてしまったのだ!ギンイチはびくりとして立ち止まった。「ガキがコラー!」恐る恐る目を上げる。ああ、おしまいだ。絡んできたのはウニ状に七色の髪を逆立てたパンクスだった。

「アイエエエ!ごめんなさい!急いでて……」「知らねーファック!ファッキンシット!」胸ぐらをつかまれ、ギンイチは脂汗を流した。通行人は見て見ぬ振りだ。パンクスの肩の「安全ピンが好き」という毛筆風タトゥーを見て、ギンイチは恐怖のあまり気絶しそうになった。殺される。

「すみません……すみませ……」「ファキゴナ!すまねえーよ!」パンクスは舌を突き出した。舌にピアスをしている!ギンイチは死を覚悟した。

「あんた、やめなよ」甲高い声が、それを遮った。ギンイチとパンクスは声のした方を向いた。そこに立っていたのは、さっき「反射神経ストーム」で一瞬目があった少女だった。ゲイシャパンクスと女子高生の制服をハイブリッドさせた独特のファッションに、ギンイチはあらためて目を奪われた。

「なんだてめえファック?」ギンイチの襟首を掴み上げたまま、パンクスが凄む。少女はひるんだ様子を見せず、にらみ返す。「あたし、あんたの顔知らねーんだよね。あんたそんな格好してるけど、『ヨタモノ』来た事ねーだろ?オノボリパンクスって奴か?」「な……」パンクスは動揺した。

「毎日行ってるわ!うるせえ!ふざけんなファキゴナファッキンシット!」罵倒しながら、パンクスはギンイチを解放した。どん、と背中を荒々しくどやされ、ギンイチはよろけた。少女がそれを受け止める。「だいたい何だよそのウニ頭は?必死で雑誌でも勉強したのか?」「くだらねえ!もう許したるわ!」

 肩を怒らせ、彼は足早にストリートを去って行った。「おととい来やがれっての」少女が毒づいた。肩を支えられたままになっている事を思い出し、ギンイチは慌てて身を離した。少し甘い匂いがした。「ご、ごめん、アリガト……」「いいよ。またね」ギンイチはオジギし、全力のダッシュでその場を離れた。

 全力疾走するギンイチの心はヤバイを連呼していた。ヤバイ、ヤバイ。女の子に助けられるなんて。ヤバイ、ヤバイ。遅刻してしまう。ヤバイ、ヤバイ。かっこ悪かったなあ、ぼくは。ヤバイ、ヤバイ。あれ…あの子、「またね」って言った?ヤバイ、ヤバイ!

 走りながら、いつしかギンイチは笑顔になっていた。ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!



2

「アイエエエ!」古傷だらけのいかつい大男が、情けない悲鳴を上げて這いつくばった。うずくまった大男の後頭部を、タメジマ=サンはバッファロー本革靴で容赦なく踏みつけた。「アイエエエ!」「どうするんだ、コラッ!おいコラッ!」「アイエエエ!」

「これじゃあ、話が進まねえじゃねえか!コラッ!業者にキャンセルかけられんのか、コラッ!できるか、コラッ!」「アイエエエ!」矢継ぎ早の罵倒を吐き出し、大男を踏みつけながら、タメジマ=サンは実際泣きたい気持ちであった。

 この大男はこれでも元リキシ・リーグ・スモトリの腕っこきバウンサーであり、ケンカで遅れを取る事などないコワモテなのである。タメジマ=サンのビジネス遂行にあたって、これまで多大な貢献をして来た事は疑いがない。

 タメジマ=サンは闇経済の末端にしがみつくジアゲ・ファンドの経営者であった。若き日は彼自身もまたカラテ使いバウンサーとして鳴らし、反射神経が衰えたのち、こうして人を使う立場となった。手段を選ばず、仕事を選ばず、血と汗と他人の迷惑をつみあげて、この薄汚い茶の間オフィスを築いたのだ。

 彼は己の冴えない生まれを、過去を、茶の間オフィスの間取りを嘆いた。このドブの底から、いつか浮上してやる。そう念じ続けて、はや30年。今回のジアゲ・ビズはそんな彼の元へようやく巡って来た僥倖、ビッグディールのはずであった。

「それがお前……泣きながら逃げ帰っただとコラッ?」「アイエエエ!ボス、あいつら、カタギじゃねえんです、軍隊みたいな奴らが奥から出て来やがって……アイキドーだ、あれは」大男、タケゴが唸った。「もういいわコラッ!後でこってり説教したるわ!電話するから外せ、コラッ!」「アイエエエ!」

 タケゴはフスマ型ドアーを跳ね開け、まろび出て行った。タメジマ=サンは卓上の据え置き型IRCトランスミッターを、おぼつかない手つきで操作した。……この手段はできれば取りたくなかった。後でどれだけ要求されるかわからない。

 だが、このままではクソったれは立ち退かず、その一軒のためにジアゲ計画自体が頓挫する事になる。そうなれば後はない。全てを失う、命も失う。湾岸を死んだハマチのようにぷかぷか浮かぶ事になる。ならば選択肢は他にない。「クソッ、たかが腐れ飲み屋の分際で……」

 タメジマ=サンは陰鬱な緑のLED投写モニタの光を見下ろした。

#SOUKAI_HL:TAMEJIMA:支給依頼。大変ですからどうかお願いします。スモトリでも勝てない件です。
#SOUKAI_HL:SOUDAN :ではニンジャを出します。
#SOUKAI_HL:TAMEJIMA:バー「ヨタモノ」のジアゲです。
#SOUKAI_HL:SOUDAN :そちらの事務所にニンジャが向かいました。
#SOUKAI_HL:SOUDAN :請求金額は後日提示されます。

 請求金額は後日。タメジマ=サンの背筋に冷や汗が浮き出した。どれだけ吸い上げられるか、わからない。だが仕方がない。ビッグディールだ。儲けがゼロでも構わない。マイナスでも構わない。臓器ならある。そんな事は後でいい。とにかく実績とコネクションだ、値千金だ。

「てめえ、どこのモンだ!?」部屋の外でタケゴの怒声がした。タメジマ=サンはビクリとした。「おい、てめえ、勝手に…あ、アイエエエ!アイエエエ!アイ…アイエエエエエエー!アイエエエ!アイエーエエー!」狂ったような悲鳴がタメジマ=サンの耳をつんざき、やがて訪れる沈黙。近づく足音。

 フスマ型ドアーの陰から現れたのは、異様なシルエットであった。タメジマ=サンはまずハリネズミを連想した。それからイガグリを。なんだ、これは?

「それ」はひょろ長く痩せた人間のようだった。全身をラバースーツで覆い、身体中に細かく細かく、タタミ針を刺してある。そう、タタミ針を、全身に、余すところなく!「ドーモ、ハジメマシテ、ああー……近くにいましたので、私が来ました、ああー…」恍惚とした震え声が、針の中から聞こえて来た。

 タメジマ=サンの全ニューロンが激しく稼働し、後悔と恐怖の信号を脳髄へ送り込んだ。こんな。こんなのが来るなんて。「あー…アゴニィです、ドーモ……いい……」針男は痙攣しながらオジギをした。タメジマ=サンはもちろん失禁していた。「タ、タ、タメジマ、です、ハジメマシテ、アゴニィ=サン……」

「ドーモ……私のこれは気にしないでください……私は、ホントウにソウカイ=ニンジャです、お名刺出しましょうか……ああー……」「結構です!アリガトゴザイマス!」タメジマ=サンはガチガチと歯を鳴らしながら、なんとかそれだけ答えた。

「ああー…詳しい打ち合わせ…シマショウ…『ヨタモノ?』」身をよじりながら、アゴニィ=サンは囁くように問うた。「そ、そうです、『ヨタモノ』です。パンクスどもが夜な夜な集まる腐れ飲み屋でして。そこの物件のジアゲにかかってるんですが、どうも抵抗が激しくてね、元スモトリもやられちまい…」

「元スモトリ…ああー…モシカシテ、入り口にいた…スミマセン…彼には…ちょっとひどい事してしまいました…オブジェに……」アゴニィ=サンは不吉に呟いた。さっきの悲鳴、そして沈黙。オブジェ?タメジマ=サンはツバを飲み込んだ。考えないようにした。

「ヨタモノには、強いヨージンボーが複数いるんですよ、アゴニィ=サン。クローンヤクザもダメで、スモトリでもダメとなれば、もうニンジャのお力を借りるしか。何とかしていただきたいんで」「オブジェ……」

「決行日は、店長が出て来ている日で、まあ、それでですね、そこで目にもの見せてやって、契約書にサインさせてやろうっていう、そんな考えでして」「ハイ…あ……あーダイジョブ…オブジェ!」ビクン!とアゴニィ=サンが痙攣した。



3

 クラスはいつものようにオツヤめいて静まり返っていた。ギンイチが選択した特進クラスには、授業中に騒ぐような人間はいない。生徒が高機能ソロバンをパチパチと弾く音だけがせわしなく鳴り続けている。

 電子戦車のレバーとボタンがこの禍々しい計算機械に置き換わっただけで、どうしてこれほど胃の腑に穴が開いたような苦しさを感じてしまうのだろう。ギンイチは自問自答した。この特進クラスに無理矢理登録したのも、もちろんママだ。ギンイチはママに反論する理論は持ち合わせていなかった。

「はいギンイチさん。この計算式の解はどのように求めますか」数学教師に指名され、ギンイチは我に返る。「ええ…と……」ヤバイ。ギンイチは為すすべなく多機能ソロバンを見下ろす。「はいギンイチさん。ペナルティにしておきましょう。ではヒノさん代わりに応えてください」

「ルート44虚無僧です」「アタリです」チャイムが鳴った。リラグゼーション効果を見込んだモクギョ・ビートが陰鬱な教室に鳴り響くと、特進クラスの生徒達は無言のまま席から立ち上がる。今日のハイスクールの授業は終了だ。皆これから予備校へ行くか、帰宅して家庭教師の個人授業を受ける。

 廊下から眺める空は今日もタール溜まりのような黒灰色をしている。朝のニュースではいつも違った企業が違った公害スキャンダルを起こして摘発されている。きっとそのどれかのせいだろう。

 ハイスクールは特進クラスだけではない。特進クラスのゾンビめいた連中と違って、普通科の生徒は皆、好き勝手に制服を着崩し、男女交際もチャメシ・インシデントだ。ほら、今すれ違おうとしているのが、身長7フィート近いバンザキ=サン。校内ヒエラルキーの頂点に位置するジョックだ。

 ヤブサメ特待生、バンザキ=サンの手に入らぬものは無い。今は、左手と右手、それぞれで一人ずつのゲイシャ部女子をかき抱くようにして、ニヤニヤと話している。すれ違う際、背中に丸めたサババーガーの包み紙を投げつけられる。別に理由は無い。ジョックとはそういうものだ。

(あんな奴、調子に乗っていられるのは今だけだ)特進クラスのヤキジ=サンは、以前そんな風に嘲笑してみせた。(しっかり勉強してセンタ試験で認められたカチグミ・サラリマンが、将来ああいう脳みそ筋肉の連中をアゴで使うのさ。僕らが勝者なんだ)……ギンイチは素直に頷けなかった。

 カチグミって何だろう? ヤキジ=サンも、きっとわかってはいないはずだ。親や教師の受け売りだ。ギンイチはパパの事を思う。あれがカチグミなんだろうか? 確かにギンイチの家は裕福な部類と言えた。ストリートの片隅からこちらを見上げる浮浪者たちは、まるで別世界の怪物のように恐ろしい。

 でも、パパは毎日深夜に帰ってきては、トイレで泣きながら嘔吐している。この前、冷蔵庫のバリキ・ドリンクの奥に「ズバリ」のアンプルがしまわれているのも見てしまった。センタ試験でスゴイ級のランクをゲットしたとして、先にあるのはパパみたいな生き方なんだろうか?それはカチグミなんだろうか?

 ロッカーで帰り支度をするまで、ギンイチはそんな出口の無い問いを反芻し続けていた。思考を中断させたのは、背後を通り抜けた甘い香りだった。昨晩のゲイシャパンク少女の記憶が一瞬にしてよみがえる。ギンイチはあわてて振り返った。

 あの子だった。間違いない。髪型も格好も違ったが、確かにそうだった。そして目が合ったとき、彼女は少し笑ったのだ。彼女の後姿を呆然と眺めながら、ギンイチは灰色の校舎と灰色の将来設計が電子の海に崩れ流れていく様子を幻視した……。

「アタリ!ポイント倍点!ゲームセットでプレイヤー3の勝利!」

 ギンイチはクールさをかろうじて保ちつつ、誰にも見えないように小さくガッツポーズした。これで31連勝だ。「あいつ本当にヤバイよね」「狙いが正確すぎるよね」後ろのギャラリーの呟きを味わいながら、今日もギンイチは静かに席を立つ。もう、時間だ。昨日のように遅刻の恐怖を味わいたくはない。

 ギンイチはカバンを肩にかけると、足早に出口へ向かう。マジックハンド・カワイイキャッチの筐体の前を通り過ぎ……「今日もいた」「エエーッ!」声をかけられ、ギンイチの口から奇声が出かかった。ハイスクールとは打って変わったゲイシャパンクスタイルの彼女がいた。

「あんた同じ学校だったんだね。今日、特進クラスから出てくるの見たよ」少女は馴れ馴れしく話しかけて来た。「きの、昨日はドーモ」ギンイチはぎこちなく返事した。「ドーモ、私の名前はイチジクです」少女がオジギした。「ドーモ、私の名前はギンイチです」バネじかけのようなオジギになってしまう。

 なんて事だ!向こうから話しかけられるなんて。アイサツまでしてしまうなんて。歓喜を通り越し、ギンイチは空恐ろしい気持ちにすらなっていた。まさかこれは繁華街で頻繁に行われると噂の、マイコ・ポンビキではないのか?

「イチジク=サンは、そのう、よくここに来るのですか」イチジクはにこやかに頷いた。「うん。あんたもね?」「はい、実際毎日です」「知ってる。奥の電子タンクでいっつも、だよね?」「……どうして話しかけてくれたですか?」ギンイチは勇気を出して切り出した。

「あんたがいつも着てるTシャツが気になってたんだよね」イチジクが指差す。ギンイチは自分の胸を見下ろした。毛筆タッチで「アベ一休」とプリントされている。「アベ一休のTシャツなんて、どこで買ったの?まだアルバムも出してないのに」

「え、いや……」ナムサン!これはママがコケシマートで適当に買ってきたものだ!アベ一休のクールな字体に惹かれていたのだが、アルバム?アベ一休とは何なのだ?モハヤコレマデか!

 ギンイチの背中は嫌な汗でグショグショだった。しかしイチジクは知ってか知らずか、あまりギンイチへ突っ込まず、逆にアベ一休の情報をそれとなく伝えてくれた。ギンイチのプライドを優しく尊重してくれたのかもしれなかった。

 アベ一休とはムコウミズ界隈で活動するマチヤッコ・パンク・バンドだった。代表曲は「スシを食べすぎるな」。過激な歌詞と乱闘も辞さないステージングで頭角を現したリアルパンクスなのだという。

「あのね、アベ一休、今夜『ヨタモノ』でゲリラ・ライブがあるんだ」イチジクは言った。それから、少し待った。「……ギンイチ=サンも行くよね。そんなTシャツ着てるんだから」アタリ!四重衝突でセプク・ポイント点!遠くから電子タンクのファンファーレが聴こえて来た。ギンイチは素早く頷いた。

 ギンイチは決断した。きっとこんな僥倖は一生に一度、今日だけだ。予備校なんて、ママなんて、知るものか。「はい」ギンイチは繰り返した。「はい。ヨロコンデ!」店の外では重苦しくねばついた重金属雨が降り出したが、それすらも祝福のようだった。



4

 ドンブブンブボンドンブボンボボン、ドンブブンボンボボンボバブボバン。

 狭い階段を下りた先に「ヨタモノ」のフロアはあった。

 階段にはボンボリの照明すらなく、まるで胎内回帰のようであった。昨年流行った電子ダンジョンのようでもあった。ギンイチの到達レベルは53、もちろん反射神経ストームのトップランキングである……。

 ズバンドボボボンボンブバンボボ、バボンババーボバンボボボバブバ。

「この音楽、なんですか?」入り口のノレンをくぐろうとするイチジクに、ギンイチはたまらず問いかける。激烈すぎるビートが胃痙攣を誘発するようだ。

「モクギョコア」イチジクは耳打ちした。ノレンをくぐると、その爆音のビートはまともに会話できないほどの音量である。「大衆を沈静するツールであるモクギョをコラージュして、体制にアンタイしてるってわけ。戦闘的皮肉ってやつよ」

 わかったような、わからないような気分になりながら、ギンイチはヨタモノの闇ホールへ足を踏み入れた。そこはエネルギッシュな猥雑と衝動の吹き溜まりだった。

 電子ゲーム音楽のBEEP音にしか興味を示してこなかったギンイチに、ブッダヘアーDJがスピンするモクギョコアはあまりに先鋭的だ。そのビートにあわせ、ブッダヘアーパンクスやスキンヘッドに「明日も働かない」とタトゥーを入れたパンクス、シシマル・スタイルのパンクスが、てんでに跳ね回る。

 イチジクはギンイチの手を取りカウンターまで連れて行く。「よう、イチジク=サン。そっちのニボシはなんだい……」サングラスを埋め込んだバーテンが欠けた前歯でギンイチに笑いかける。「この子は、ギンイチ=サン。同じ学校なんだ。サイオー・グーゼンだよ」イチジクはギンイチに飲み物を差し出す。

 舐めてみて、腰が抜けそうになる。なんて強いアルコール度数だ! ショーガツのシチゴサン・オトソしか飲んだ事の無いギークには強すぎる。しかも、素手でグラスを持っていられないほどに熱い。しかし、ギンイチは意を決した。退いてはダメだ。この夜はいつもと違うのだから。

「おい、このニボシ、見た目はニボシなのに、すっげえな! イッキかよ!」一息で飲み干したグラスをカウンターに叩きつけるように置いたギンイチを、バーテンが賞賛する。イチジクは手を叩いて笑った。「アベ一休Tシャツを選ぶ奴は、やっぱりちがうよね!」

「まあ、もう、やめとけ、死ぬからな……イチジク=サンも煽るんじゃない、」「アベ一休!」「アベ一休!」「アベ一休!」モクギョコアが唐突にフェードアウトし、パンクスがてんでに騒ぎ出した。奥のステージにLEDボンボリ照明が灯る。「アベ一休!」「アベ一休!」「アベ一休!」

 電子的に拡大されたシシオドシの音が繰り返される中、やせ細った裸の上半身をさらした四人のマチヤッコ・パンクスがステージによじ登った。一番背が高く、一番やせている男がスタンドマイクをわしづかみにした。そして叫んだ。「アンタイセイ!」

 ポエット! なんたる機知! このヴォーカリストは「アンタイ」と「体制」をハイブリッドし、叫んだのだ。灼熱サケに脳みそを殴られたようになりながら、ギンイチはそのヴォーカリストの危険な知性に舌を巻いた。「アンタイセイ!」「あ…アンタイセイ!」客もそれを繰り返す。「アンタイセイ!」

 それを合図に、後方に控えるドラマーとタイキスト(訳註:太鼓を叩くパートか)が重戦車のようなリズムを乱打し始めると、オコトもそれに続く。狂ったように巨大ピックを叩きつけるたび、ディストートされたオコト轟音が<無垢>とレタリングされたアンプリファイアーから飛び出し、空気を掻き乱す。

「回転スシが皿に無い!おれのところに回ってこない!昨日おれは理由を知った!イタマエの近くの奴が!スシを食べ過ぎる!」「マワッテコナイ!スシガコナイ!」「コナイ!コナイ!スシガコナイ!」「スシを食べすぎるな!」「スシを食べすぎるな!」「スシを、食べすぎるな!」

「スシを、食べ過ぎるな!」「スシを、食べ過ぎるな!」気づけば、ギンイチは夢中になって周囲のパンクスとともに拳を天に突き上げ、声を枯らして叫んでいた。隣のイチジクと目が合った。笑いあった。

 ステージ近くで、興奮したブディズム・パンクスとキンタロ・パンクスが殴り合いの乱闘を始めた。「アンタイセイ同士でモメゴトしてんじゃねえー!」ヴォーカリストは叫び、そこへ向けてステージ上からダイブした。大変な騒ぎになった。残る三人はまったく意に介する事無く、演奏を続けている。

 やがて、ドラマーとタイキストが一糸乱れぬブレイクを刻み、オコティストはオコトを頭上高く持ち上げると、モッシュピットに力任せに投げつけた。アンプリファイアーからはニューロンを焼き尽くさんばかりの轟音。わずか1曲・2分半の演奏で、この日のアベ一休のライブは終了した。

「すっごい、すっごいね」知らないうちにステージ前のモッシュピットへ突入していたイチジクが汗だくで帰ってきた。ギンイチも水をかぶったようにびしょ濡れだ。「はい、本当にすごかったです……あれ、その人たちは?」イチジクはパンクスを三人、連れてきていた。男二人、女一人。「友達!」

「ドーモ、カンタロです」「ドーモ、エビジです」「ドーモ、チキコです」友人パンクスたちはギンイチに向かって順々にオジギをした。「ドーモ、ギンイチです」ギンイチはオジギを返した。三人とも、ギンイチとおそらくほぼ同じ年齢であろう。

「さっき会ったんだ。いつも『ヨタモノ』で遊んでるんだ、こいつらと」イチジクはにこやかに紹介した。エビジとチキコはその間、互いにべたべたと触れ合いながら、ネンゴロなさまを周囲に隠そうともしなかった。汗であっという間に酒気が抜けたギンイチは、妙な胸騒ぎをおぼえていた。

「アベ一休、本当すげえな」賞賛しつつ、カンタロがイチジクの肩に腕を回したとき、その胸騒ぎの理由がはっきりわかった。「メンバー、まだいますかね」エビジがフロアを見渡す。「もう帰ったみたいですよ」とチキコ。イチジクが何か言ったが、ギンイチはほとんどうわのそらだった。



5

 カンタロはイチジクの肩を抱きながら、ギンイチに笑いかける。「ねえ、それ、アベ一休のTシャツでしょ……」「あ、ハイ」「すごいアンテナ高いですね、さすがです」「イエ……」「どうしたの?」イチジクが、うつむいたギンイチの顔を覗き込もうとする。「イエ、ちょっと酔ってしまいました」

「本当に大丈夫?」「オカマイナク……」「ヨタモノは朝までやってます。朝まで騒ぎましょう」カンタロがにっこり笑った。「サケを買ってきます」カンタロはパンクスをかきわけ、カウンターのほうへ移動していった。「僕は、トイレに」ギンイチは、弱々しくイチジクに笑いかけた。

「トイレ、あっちだよ」イチジクの声を背中に受けながら、ギンイチはうつむき加減に出口へ向かって歩いた。痩せたキンタロ・パンクスが興奮しすぎて過呼吸になったのか、ギンイチの前で痙攣しながら倒れた。ギンイチは上の空でそれを踏みつけ、なおも歩く。モクギョコアが再びフロアに轟く。

 ドバンブンバボボボバンブボーン、ボンボベンブンビバンブブンバボ。

 なにを期待していたんだろう、僕は。そりゃそうだ、あんな魅力的なゲイシャパンクガールに、ボーイフレンドの一人や二人。今日この場に誘われたぐらいで、僕が特別な何かだとでも?戦車戦、アベ一休のTシャツ。そんなことで思い上がって。これじゃ昔のケシゴム事件と変わらない。

 ドブンビブブンバンババンビバ、ブババンバブバブンブブンブブーン。

 読者の皆さんは「ナムサン!なにをそんな大袈裟な!ちょっとしたテリヤキ・スキンシップに過ぎないじゃないか!」とあきれてしまうかもしれない。だが、哀れなギンイチにそんな余裕は無かったのだ、そんな心の「タメ」を育てる環境は、これまでの彼の短い人生には、無かったのだ。

ズンズブンバビンバブンブンブブ、バビブンブブンバンビビバーボバー。

 ギンイチは戦うまえに負けていた。ミヤモト・マサシであれば、まさにこの情けない状況を前に、「敵前のスモトリ、ドヒョウ・リングを踏まず」とコトワザを詠んだことだろう。

 ギンイチはケータイIRC端末で時間を調べた。まだ電車で帰ることはできる時間だ。調べるまでもなく、ママからのノーティスがいっぱいに入ってきている。ギンイチは防塵ブルゾンのポケットに端末機を押し込み、出口のノレンをくぐり抜けた。

 地上へ上がる階段がまるでハリキリ処刑台へ向かう階段のように思われた。うつむき、よろよろと段を踏みしめ、上がって行くギンイチ。狭いその階段で、彼はヨタモノへ降りて行く客とすれ違った。

 ふわりと漂ったなんともいえず不快な臭気に驚き、ギンイチはすれ違った背の高い男を振り返った。……トゲトゲ?

 背の高い男はコートも着ずに、びくり、びくりと時々痙攣しながら階段を降りて行く。ズバリかオハギでガンガンにキメているのだろうか?「あー…あーイイ…肉…」妙な男はそのまま地下の闇に飲み込まれていった。ギンイチは今夜見たなかで一番強烈なパンクスから視線を外し、地上へ上がった。

「あと10分後に開始してください」。ケータイIRC端末でSOUKAI_AGONY宛てにWhisperをコマンドした後、タメジマ=サンは思わず天を仰いだ。天といっても、そこは『ヨタモノ』のスタッフ茶の間オフィスの低い天井が見えるだけだが。

 タメジマ=サンを取り囲んでいるのは、6フィート以上の屈強な体格をもつ四人のシシマル・パンクスであった。なるほど、この4人のアイキドー使いに、今は亡き元スモトリ・タケゴは手玉に取られてしまったというわけだ。無理もない。

 ここでタメジマ=サンがたとえばチンピラ防塵スーツの内ポケットへ手を入れたとする。その瞬間、前後左右からアイキ・パンチが繰り出され、タメジマさんは全身を複雑骨折して病院送りとなるであろうことは間違いない。

「オマエはバカか? 繰り返しノーを突きつけられるために、わざわざまたこうしてやってきたのか? お前のドンくさいバウンサーみたいにシコタマ殴られたいか?」 部屋の隅のチャブテーブルにあぐらをかいたまま、『ヨタモノ』オーナーは凄んで見せた。

「へへへ、いやあ、もう物騒なことはやめようと思いまして。危ないんで」タメジマ=サンは卑屈な笑みを浮かべて見せた。「考え直しちゃあ、くれませんかねえ? もうね、同意取れてるんです、こちらさん以外……」「カーッ!ペッ!」オーナーが痰を吐いた。

 痰は放物線を描き、四人のシシマル・パンクスに囲まれたタメジマ=サンの額にピシャリと当たった。四人に囲まれた状態で、タメジマ=サンはハンカチに手を出すことすら許されない。恥辱!

 オーナーは親指・人差し指・中指をくっつけ、小指と人差し指を立てて威嚇した。これは日本古来から存在する明確な敵意表現であり、キツネ・サインと呼ばれる。「オトトイキヤッガレ!」オーナーはどやしつけた。

「へへへ、いやいや、物騒はやめました。かわりに、後戻りできないことしちゃいまして、もうね、アンタも私も、後戻りできないんです、ええ」タメジマ=サンは笑い出した。笑いながら、泣き出した。オーナーが眉をしかめたそのときだった。「アイエエエエエーエエエエエ!」

 表のフロアで鳴り響いていたモクギョコアが、ウギョウギョと不快なノイズを発し、ぷっつり途絶えた。その静寂を、痛ましい悲鳴が切り裂いた。パンクスの怒号があがりかけるが、「アイ、アイエエエエエエ!」さらに痛ましい悲鳴が、ざわつきを制してしまった。

「お前らそこで待っとけ!」言い置いて、オーナーは茶の間オフィスを飛び出した。静寂のフロア。騒ぎの発端はDJブースだ!何が起こっているかを知ったとき、オーナーの口からも悲鳴がほとばしり出ていた。「ア、アイエエエエエエエ!」

 モクギョコアDJは回転を続けるターンテーブルの上で、蝋人形のディスプレイのごとく棒立ちになっていた。その隣、ミキサーの上に土足で立つのは、ラバースーツを着て体中にタタミ針が刺さった異様な男である。自分の体に刺さったタタミ針を一本一本抜いては、回転するDJの体に、ナムアミダブツ!

「お、オブジェはゆっくり作るんです、あー、あーイイ……そうして、こう、私があなたになります、あなたが私に、あーイイ……」 針まみれの男は震えながら満足げに呟いた。また一本タタミ針を抜き、DJの眉間に、ナ、ナムアミダブツ!「アイエエエエエエエエ!」

「オーディエンスのみなさん、動いてはいけません、ひとりひとり順番にやっていきます、とても時間がかかりますので。動いてはいけませんよ、その人が次のオブジェですね、わかりますね、あーイイ……邪魔は不可能なんです、そのう、わたしはニンジャですので……」

 ニンジャという言葉が彼の口をついて出たとき、この場にいるすべての人間の脳裏に絶望が去来したに違いない。もはや、まったき静寂がヨタモノのフロアを支配していた。

 地震、雷、火事、ニンジャ。命知らずのパンクスが例外的に恐れるものを言い表したジョークである。裏を返せば、それほどまでに災害的なものでなければパンクスを恐れさせることはできない、という意味でもあった。だが、今こうしてこの場を掌握しているのは、まさにそのニンジャだというのだ。

 へその下から額まで、一直線に八本のタタミ針を突き刺されたモクギョコアDJは、静寂の中、トコロザワ・ケバブのようにターンテーブルの上でクルクルと回り続けていた。彼は既に恐怖と苦痛によって絶命していた。

「フザッケルナー!」裏口から飛び出してきた二人のシシマル・パンクスが、凍りついた客の間をぬって、DJブースへ殺到する。四人のアイキドー使いのうちの二人である。走りながら、二人はアイキ・パンチの構えを取った。だが、しかし!「イヤーッ!イイー!」「アイエエエエエ!」「アイエエエエ!」

 一瞬のことであった。針男が体を震わせたと思うと、二人のシシマル・アイキドーが、びくん!と棒立ちになっていた。二人の額から臍下にかけて、8本ずつ、タタミ針が縦一直線に突き刺さっていた。ナムアミダブツ!二人はその姿勢のまま絶命していた。DJと同じ運命を、一瞬にしてたどったのだ!

 遠く離れた相手を一瞬に絶命させたタタミ針。これはいかなるトリックか。それすなわち、ニンジャ筋力のなせる業であった。彼は己の体に刺さった針を、さながらジャンピング・チヨヤ・サボテンのように、ニンジャ筋力によって押し出し、射出したのである。

「フザッケルナー!」裏口から残る二人のシシマル・パンクスが飛び出し、凍りついた客の間をぬって、DJブースへ殺到する。この二人も走りながらアイキ・パンチの構えを取った。だが、同じことだ。「イヤーッ!イイー!」「アイエエエエエエ!」「アイエエエエエエ!」

 次の瞬間には、棒立ちのタタミ針・オブジェがもう二つ増えただけだった。「あー、イイ……」針男が感極まった様子で痙攣する。「皆さんハジメマシテ、私の名前はアゴニィです。今日はここをジアゲしにきました。オーナー=サン、いましたら……どうかジアゲさせてください……」 

「そうです、わかりましたか、言う事をききなさいよ」裏口からタメジマ=サンがのそのそと進み出てきた。そしてオーナーにキツネ・サインをつきつけた。「さもなくばインガオホー!」だがその時、アゴニィの体が再び痙攣した。「イヤーッ!イイー!」「アイエエエエエエエエ!」

 次の瞬間には、あわれなドチンピラ、タメジマ=サンもまた、オブジェとなって棒立ちの死体になりはてたのであった。「あー……この土地、ジアゲ、私のボスが全部いただきます……とてもイイでしょう……これ……」アゴニィが痙攣した。「オーナー=サン、お願いしますね……」ナムアミダブツ!

 彼らを襲った突然の不条理を前に、パンクスは呼吸も忘れて、てんでに立ち尽くしていた。そして殺戮のフロアの片隅で、イチジクもまた、震えながら、サンズ・リバーの無慈悲な風景、死神の指先を、脳裏に幻視するのだった。



6

「あー、イイ……あんまり邪魔しないで……とても困ります……ちょっとずつ消費していかないと……つまらなくて……」 アゴニィは震えながら、腰のバイオ巾着袋をまさぐる。新たなタタミ針だ。それを自らの体にブスブスと刺し始める。「あ、あ、イイ…!!」

 血気盛んなパンクスたちも、そのさまをただ黙って見ているしか術がない。アゴニィというこのラバースーツ・ニンジャは、ほんの数分のうちに6人を殺害してみせた。しかも、そのうち4人はアイキドーの使い手だ。これにより彼は完全に「ヨタモノ」のフロアを掌握してしまったのである。

「ハイ、では、次は、あなたに決めました、わかりますね?」アゴニィが手近のリバースモヒカン・パンクスのアゴを右手でわしづかんだ。「ア……アイエエ……」恥も外聞もなく、そのパンクスは情けない悲鳴を漏らした。その眉間に、アゴニィは自分の体から引き抜いたタタミ針を……ナ、ナムアミダブツ!

「アイエエエエエエ!」リバースモヒカンパンクスは飛び出さんばかりに目を見開き、絶叫する。「イイーッ!」アゴニィは上体をのけぞらせ、感極まって痙攣した。「アーッ!あなたの苦痛! これでニンジャソウルが、とても湧いて来るんです!わかってください! さあ、二本目です!オ、オブジェ!」

「アイエエエエエエエ!」リバースモヒカンパンクスの絶叫が再びフロアに反響する。イチジクは顔を引きつらせ、目をそむけた。カンタロがそれを気づかい、小声でささやきかける。「大丈夫だ、きっとチャンスがある」 イチジクは青ざめ、目を閉じたままだ。チャンス? なんのチャンスが?

「アイエーエエエ!アイ、ア、アイエエエエエエ!」「イイーッ!」ナムアミダブツ! これ以上のマッポー地獄がどこにあるというのか! 「アイエエエエ!」耐えかねたゲイシャ・スキンズ・パンクスの一人が脱兎のごとく出口へ駆け出す。「イヤーッ!イイーッ!」「アイエエエエエエ!」

 もちろん、それを見逃すアゴニィではない! ニンジャ筋力によって射出された八本のタタミ針がスキンズ・ゲイシャ・パンクスの首から腰にかけ 縦一列に突き刺さると、哀れ、棒立ちになって絶命した。

 イチジクは目を硬く閉じ、両手で耳をふさいだ。いったいどうして、こんなことに!?

(……いったいどうして、こんなことに!?) 階段からわずかに顔をのぞかせ、「ヨタモノ」の中の様子をかろうじて伺うギンイチもまた、まったく同じ文言を脳裏に思い浮かべていた。

 ムコウミズ・ストリートを駅へ向かっていくらか歩き、そしてやはり後悔と胸騒ぎを抱きつつ引き返したギンイチに、こんな光景は想定できようはずもない。彼はただ、最後にイチジクに一言声をかけたかった、ただそれだけなのに。それで、ふんぎりをつけ、日常に戻ろうと……。

「アイーアイエエエーエエエーーー!」犠牲者が4本目のタタミ針に悲鳴を上げる。ギンイチはわれに返った。どうしよう。どうにかしなきゃ。どうしたらいい? 飛び込むか? そしてサムライ探偵のようにサムライ・カラテで……ギンイチは妄想を振り払った。イヌジニだ!

 ギンイチは奥歯を噛み締め、そろりそろりと、階段を再び上がり始めた。今この状況を外に伝えられるのは自分だけだ。イチジク=サン、どうか、どうかそれまで。「アイーアイイイイイエエエエエエエ!アイエーエエエエー!」「イイー!」

 背後の闇に悲鳴を置き去りにしながら、ギンイチはウシミツ・アワーのムコウミズ・ストリートへ転がり出た。防塵トレンチコートを着込んだ人々が雨水を蹴り散らかしながら足早に駅の方角へ歩いている。ギンイチは路上を見渡す。そして朱塗りの瓦屋根を発見した。マッポ・ステーションだ。

「タスケテ!タスケテください!」両開きのフスマ式自動ドアーを開け、ギンイチは中へ飛び込んだ。デスクのスズリで墨を磨っていた若いマッポが立ち上がり、「どうしました。君ぃ、IDを見せなさい。ダメでしょう、子供がこんなウシミツ・アワーに……」

「その話は後で何でも聞きます!今は、お願いします、『ヨタモノ』で……」「ヨタモノ?またあそこか。ケンカか。仕方がないな。だがねェ、あそこは元来そういう所で…」マッポがしぶしぶスタン・ジュッテを手に取ったが、ギンイチはその腕を掴み、ゆさぶった。「一人じゃダメだ!殺人事件なんだ!」 

「どういう事か」マッポの表情が険しくなる。障子戸が開き、奥の茶の間から年配のマッポが出てきた。「殺人事件?詳しく話しなさい」「ニンジャです!」

「……ニンジャ……」 若いマッポは絶句してギンイチを見つめた。沈黙を経て、年配マッポが若マッポの肩を叩き、再びデスクに座らせた。「書き物、続けなさい。明日になっちまうぞ」「え……」ギンイチと若マッポは同時にその言葉をいぶかった。

「それはどういう……」ギンイチは年配マッポの背中に問いかけようとした。彼はもう茶の間へ戻るところだった。衝撃!何たる職務怠慢!「出動無しですか?いいんですか?」若マッポも質問するが、年配マッポが「書き物!」と叱責すると、すぐに気持ちを切り替え、再びスズリで墨を磨りはじめた。

「そんな!タスケテクダサイ!ニンジャがたくさんの人を殺しているんだ!早くしないと、もっとたくさんの人が……」ギンイチが言い募るが、年配マッポは険しい顔で首を振るだけだった。「ニンジャっていうのはな。まあ、いろいろ難しいんだ。そのうちわかる。残念だが、帰ンなさい」

 ピシャリ、と音を立てて、茶の間の障子戸が閉まった。ギンイチはすがるような目で若マッポを見た。だが、もはや若マッポはその表情から人間らしさを自ら拭い去り、機械的にスズリで墨を磨るばかりであった。「帰りなさい」 ギンイチを見ずに言った。上司の命令は絶対なのだ。

 ギンイチはよろよろとムコウミズ・ストリートをあてもなく歩く。霧のような重金属含有雨が降り出し、行きかう人々はトレンチコートの襟をかきあわせて、足早に通り過ぎていく。「重複すると不利益」と書かれたネオンサインが雨水を受けてバチバチと音を立てる。

 上空ではどこかの企業のチャーターヘリがヒュンヒュンと音を立てて飛んでゆく。バリキ・ドリンクの空き瓶が転がってきて、ギンイチの靴のつま先に当たって、止まる。編み笠をかぶった電子浮浪者たちはマイコ・センターの看板を手に持って、雨の中、棒立ちになっている。そうして日銭を稼ぐのだ。

 ギンイチは自問した。どうしてイチジクは自分の前にあらわれたのだろう。どうして自分は「反射神経ストーム」、あの無機質な高揚、電子タンクの残像の世界から、進んではみ出したのだろう……そして、どうして? ……だからって、どうして、こんなひどい結末を、運命は用意して、待っていたんだろう?

 気づけばギンイチはアスファルトに膝から崩れ落ちていた。こうしている間にもあの異常ニンジャは無意味な殺戮を続けていることだろう。いずれその魔の手はイチジクに及ぶ。そしてギンイチは何もできない。それを止める手立てを持たない。今では道行く人々もまばらだ。電車が終わったからだ。

 どの道、声をかける手立てもない。助けを求めたところで、進んで見ず知らずの人を殺人鬼から助けようとする者などいるわけがない。いたとして、あのニンジャに勝てるわけがない。……ハッポー塞がりの絶望であった。ギンイチの胸中に、次第に悲愴な決意が育ちつつあった。

 戻ろう。「ヨタモノ」に戻って、イチジクを助けるんだ。そして殺されよう。後悔を引きずって惨めに生き続けるよりは、美しい記憶でこの人生を閉じてやろう。素敵な女の子に話しかけられて、心揺さぶられる音楽に触れた。あとは素敵な女の子のために命を投げ出して、この記憶を永遠のものとしよう。

 雨の中、ツカツカと歩いてきた男が、うずくまるギンイチの前で立ち止まった。泥水が撥ねた。進路を妨害してしまった。「スミマセン」ギンイチはよろめきながら立ち上がった。脇に退いたが、男は行かなかった。ハンチング帽を目深にかぶった男は、低く問うた。「さっき『ニンジャ』と言ったのはお前か」

「アイエエ……」ギンイチは震えて後ずさった。男はさらに一歩近づいた。「お前だな。確かにお前の声だった。……『ニンジャ』。『ヨタモノ』。間違いないな」

「ア、アイエエ……」ギンイチはさらに後ずさった。男はさらに一歩近づいた。ギンイチの背中にモジョ・ガレットのセルフサービス屋台がぶつかり、横倒しになったが、男は意に介さなかった。「『ヨタモノ』にニンジャがいるのだな?」 

 ギンイチはからからの喉から声を絞り出した。「タスケテください、タスケテ……僕には何にもできないんです……」涙が溢れ出した。男はハイともイイエとも言わなかった。ただ、その瞳は、ゾッとするようなマッポー的表情を浮かび上がらせていた。憎悪と……愉悦!

「イヤーッ!」男はバク転とともにハンチング帽と耐重金属トレンチコートを脱ぎ捨てると、そのまま頭上の「おいしい食べ物です」と書かれたネオン看板を蹴って跳び、ギンイチの視界からいなくなった。赤黒のぼんやりした残像がギンイチの網膜に一瞬焼きつき、消えた。



「ア、アイエエエエエエ!」「アーッ!アーッ!もう、イイーッ!」アゴニィは自分の体を激しくねじって悶絶していた。「すごくイイーッ!」「アイエエエエエ!」 カンタロは4本目のタタミ針を心臓のすぐ脇に打ち込まれ、口からあぶくを噴出した。エビジは既にカンタロの隣でオブジェ化している。

 一人殺すと、次はその一番近くのパンクスが標的となる。野蛮な喜びを味わい高揚しているのか、アゴニィが犠牲者にタタミ針を突き刺すスピードは徐々に速くなっている。カンタロの一番近くで目に涙を浮かべ凍りついているのはイチジクである!

 カンタロに屈み込む長身のアゴニィが、ぐるりと首を動かし、イチジクを見つめた。「ああ……あなた素敵です、早くあなたの番にしたいですが、この、じらされている感じが、とてもイイーッ!」「ア、アイエエエエ!」

 五本目のタタミ針がカンタロの鎖骨の中心に突き刺さる!「アイエエエエエエ!」 「イヤーッ!」「イイーッ!?」

 ブルズアイ! それはさながら赤黒のボブスレイ・スレッドがまっしぐらに階段を滑り降り、入り口のノレンを潜り抜け、弾丸のごとき勢いで衝突してきたかのようであった。不意を打たれたアゴニィは側頭部に直撃を受け、不自然な姿勢で壁に叩きつけられた。

 トビゲリ・アンブッシュを成功させた突入者は反動でバク転しながらDJブースへと跳んだ。そしてターンテーブルの上でいまだクルクルと回転し続けていたモクギョコアDJの死体を横から蹴り飛ばし、自らがターンテーブルの上に膝まづくと、稲妻のようなチョップで機材を破壊。回転を停止した。

「い、イイーッ!」アゴニィは素早く3連続の前転でDJブースに接近し、ブリッジの姿勢から突入者を見上げた。「すごくイイーッ!誰ですか、あなたは……」ブースのLEDボンボリが、突入者の赤黒の装束を、そして「忍」「殺」と彫金された恐ろしいメンポを照らし出した。

「あー……あなた、ニンジャスレイヤー=サンですね? ハジメマシテ、アゴニィです」ブリッジした姿勢のまま、アゴニィがアイサツした。「痛めつけ合いましょう、ニンジャスレイヤー=サン」

「ドーモ、ハジメマシテ、アゴニィ=サン。ニンジャスレイヤーです」 ターンテーブル上からニンジャスレイヤーがアイサツした。「……ニンジャ殺すべし」



7

「イヤーッ!」膝立ちの姿勢からニンジャスレイヤースリケンを投げた。12枚のスリケンがブリッジ姿勢で待ち受けるアゴニィの体に立て続けに突き刺さる。ナムサン!異常ニンジャは避けようともしなかった!「アーッ!イイーッ!」

 血が吹き出すが、アゴニィは歓喜に震え舌なめずりをするのだった。なんたる嗜虐!アゴニィは自ら待ち望み、ニンジャスレイヤーのスリケン連射を受けたのだ!

「アッ!アーッ!死んでしまう!我慢できないーッ!」ブリッジ姿勢のまま、アゴニィの痙攣がひときわ強まったかと思うと、次の瞬間、彼の体に刺さったタタミ針が360度方位に射出された!

「アイエエエエ!」「アイエエエエ!」「アイエエエエ!」「アイエエエエ!」「アイエエエエ!」「アイエエエエ!」「アイエエエエ!」「アイエエエエ!」「アイエエエエ!」「アイエエエエ!」「アイエエエエ!」「アイエエエエ!」

 ひと呼吸のうちに一度に12人のパンクスが体軸に沿ったタタミ針を受け、オブジェ化して絶命した。その中にはすでに瀕死だったカンタロも含まれている。「アイエエエエ!」イチジクが床に倒れた。カンタロの体の陰になりはしたが、左ふくらはぎと左脇腹にタタミ針が深々と刺さっていた。

 ニンジャスレイヤーはどうか!?彼は無傷だった。彼は両手を掲げて見せた。両手の人差し指と中指で、飛来したすべてのタタミ針を挟み込み、止めていたのである!

「あー……なるほど噂通りのウデマエ……」全身のタタミ針を飛ばし尽くしたアゴニィは(スリケンは地面に抜け落ちていた)、全身の細かい穴状の傷から血を流しながら、ぐねぐねと立ち上がった。

「これはとても期待しています……」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの飛び蹴りがアゴニィの延髄に叩き込まれた。「アーッ!イイーッ!」アゴニィは痙攣しながらよろめいた。懐へ飛び込んだニンジャスレイヤーは、体制を崩したアゴニィの腹部へチョップ突きを乱れ打った。「イヤーッ!」「アーッ!」

 乱れ突きは止まらない!「イヤーッ!」「アーッ!」「イヤーッ!」「アーッ!」「イヤーッ!」「アーッ!」突きを受け続け、アゴニィの体が徐々に浮き上がる。そこへニンジャスレイヤーはトドメとばかりに回し蹴りを繰り出した。「イヤーッ!」「アアーッ!イイーッ!」

 長身のアゴニィがワイヤーで引っ張られたように吹き飛び、ヨタモノ・パンク・バンドの公演告知、「お客が来るパンク」「デモ行進に近い」「破壊的」「スゴイ」などと無政府主義者の文言が墨書きされた張り紙で埋めつくされた壁に手ひどく叩きつけられた。

「あー…イイー……」ずるずると壁から降りながら、アゴニィは満足げな吐息を漏らす。「こんなに痛い事はあんまりありません……ダークニンジャ=サンに痛めつけられた日を思い出します……」あきらかに致命傷に近いはずの打撃を受けていながら、彼はさほどこたえていないようであった。

 ニンジャスレイヤーはカラテの構えを取り、アゴニィの次の手をうかがう。単なるニンジャ耐久力では説明のつかぬアゴニィの不死身のヒントを読み取ろうという腹づもりである。

 一歩、二歩。ニンジャスレイヤーへと歩みを進めながら、アゴニィは腰のバイオ巾着袋からタタミ針を取り出し、ブスリ、ブスリ……己の体に「再装填」を始める。「イ、イイ……」「アイエエエエ!」「アイエーエエエ!」さきの全方位攻撃を生き延びたパンクスが、割れ先にと出口へ駆け出した。

「あー…オブジェ…減ってしまう!」アゴニィが跳躍した。「でもイイーッ!」奇怪!空中で側転しながら、遠心力を乗せた蹴りがニンジャスレイヤーの脳天を襲撃する!「イヤーッ!」「アーッ!」

 ニンジャスレイヤーは大振りのチョップを繰り出し、アゴニィの奇怪なカラテ蹴りを弾き返した。反動で飛び離れるアゴニィへ、スリケンを投げつける。やはりアゴニィはガードしない。「イイーッ!」

 ブリッジ姿勢で着地したアゴニィは鎖骨と胸板に刺さったスリケンを自らの手でさらに押し込み、愉悦に震えた。「あーイイー……」アゴニィが痙攣するたび、その周囲の空気がわずかに陽炎めいて揺れる。ニンジャスレイヤーは目をひそめた。

「あー……とってもいいのですが、あなたの痛みが足りませんから、そろそろお願いしたいです……アーッ!」ぶるっ、とアゴニィが強く震えると、再び無数の針がラバースーツから解き放たれた。さきの全包囲攻撃と違い、標的はニンジャスレイヤーただ一人。タタミ針全てがニンジャスレイヤーに集中する!

「Wasshoi!」 ニンジャスレイヤーはシャウトし、天井近くまで跳躍した。「アッ!アッ!アッアッ!」それを追いかけるように連射されるタタミ針!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは棒立ちになった手近のパンクス・死体オブジェを蹴り、逆方向に跳んだ!

「アッ!アッ!アッ!アッアッ!」それを追いかけるように連射されるタタミ針!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはシシマル・パンクスの死体オブジェを蹴り、逆方向に跳んだ!

「アッ!アッ!アッ!アッアッ!」それを追いかけるように連射されるタタミ針!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはタメジマ=サンの死体オブジェを蹴り、逆方向に跳んだ!

「アッ!アッ!アッ!アッアッ!」それを追いかけるように連射されるタタミ針!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはカンタロの死体オブジェを蹴り、逆方向に跳んだ!

「アッ!アッ!アッ!アッアッ!」それを追いかけるように連射されるタタミ針!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはリバースモヒカン・パンクスの死体オブジェを蹴り、逆方向に跳んだ!

「アッ!?」 タタミ針が無くなった。リロードが必要だ。その隙を逃すニンジャスレイヤーではない。ニンジャスレイヤーはスキンズ・ゲイシャ・パンクスの死体オブジェを蹴り、ブリッジするアゴニィへ跳んだ!「イヤーッ!」回転して勢いをつけた踵落としである。ALAS!なんたる見事なアクロ空手!

 アゴニィはブリッジ姿勢の腹部へ踵攻撃をまともに受け、地面に叩きつけられた。そしてその反動で、空中へバウンドした。

「イ、イイイーッ!」ゆっくりと空中へ浮き上がったアゴニィが不気味に手足をばたつかせる。ニンジャスレイヤーの肩の筋肉が縄のように盛り上がった。そしてアフリカ投げ槍戦士のごとく、上体をねじってスリケンを持つ手に力を込める。ジュー・ジツの大技、ツヨイ=スリケンの構えだ!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケンを投げた。スリケンはアゴニィの左足首を貫通した。「イイーッ!」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケンを投げた。スリケンはアゴニィの左手首を貫通した。「イイーッ!」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケンを投げた。スリケンはアゴニィの右足首を貫通した。「イイーッ!」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケンを投げた。スリケンはアゴニィの右手首を貫通した。「イイーッ!」

 スリケンが四肢を貫通し、衝撃で体を大の字に開いた空中のアゴニィに狙いを定め、ニンジャスレイヤーは体を限りなく低く沈める。跳躍の準備動作である。

「イヤーッ!」跳び蹴りがアゴニィの腹部を直撃した。アゴニィは大の字の姿勢で壁面に叩きつけられた。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはそこへスリケンを再び投げつける。投げるスリケンは四枚。狙いは四肢に既に刺さったスリケンである。

「イイーッ!?」追加スリケンは釘を打つがごとく、アゴニィに既に刺さった両手足首のスリケンを深々と壁にめり込ませた。ナムアミダブツ!瞬く間に、アゴニィは壁面に大の字になってハリツケにされていた!

「アーッ!動けません」アゴニィがぜいぜいと息を吐いた。逃れようともがくが、スリケンはアゴニィをがっちりとヨタモノの壁に縫いつけていた。「……苦痛がオヌシの力の源か」ニンジャスレイヤーはアゴニィのもとへ、ゆっくりと近づいて行く。その声はそれまでとうって変わり、奇妙にしわがれている。

「あなた……何ですか……?」荒い息を吐くアゴニィは、ニンジャスレイヤーの奇妙な変化に気づいたようだった。一歩一歩、ニンジャスレイヤーが近づく。「苦痛がオヌシの力の源か」ニンジャスレイヤーは繰り返した。「では、どうすればオヌシを殺せるか、少し考えてみるとしような」

 アゴニィはニンジャスレイヤーの「忍」「殺」のメンポを見、それからその目を見た。その瞳を、瞳の奥の暗い輝きを覗き込んだ時、彼はニンジャらしからぬ情けない悲鳴を、初めて知る怖れの感情を、喉をからして搾り出したのだった。「アイエエエエエエエエエエエ!」



 トミモト・ストリートを駆け戻ったギンイチは、ようやく「ヨタモノ」の通りへ辿り着いた。そして、周囲の路上で恐怖と苦痛に打ちひしがれるパンクスの群れを見い出したのであった。何人かは身体の刺し傷から血を流していた。失禁したり嘔吐するパンクスもいた。誰もが肉体か精神に重い傷を負っていた。

 ギンイチは訝った。なにが起きているのか!?さっきの男と、なにか関連が?パンクスの中にイチジクを探すが、見当たらない。では、まだヨタモノの中だ。ギンイチはためらわなかった。「やめろ!中は…」「ニンジャ…」何人かが、階段を駆け下りるギンイチの背中に警告の言葉を投げる。

 ノレンを潜り抜け、フロアへ飛び込む。LEDボンボリが不気味に照らすのは、サボテンのように針を生やした棒立ちの死体の数々である。それはまるで居並ぶハカイシのようであった。イチジクは? この死体の中にイチジクがいるのか? そんな! 

 ギンイチは絶望しかけた。だがその時、暗い床の上で身じろぎした者があった。「イチジク=サン!」駆け寄ったギンイチは屈み込み、倒れた少女の上体を起こした。「ギンイチ=サン?……」弱々しい声が漏れた。生きている!イチジクの脚と脇腹にむごく刺さったタタミ針にギンイチは思わず涙した。

「みんな……」イチジクは呟き、そのあとの言葉を飲み込んだ。みんな死んでしまった。硬直し棒立ち姿勢のまま横倒しになっているのはカンタロの死体だった。その近くにエビジとチキコのオブジェ死体が直立している。そして、それを殺したのは、あのアゴニィというニンジャ、「ニ…ニンジャは!」

 ギンイチとイチジクは同時に気づいた。オブジェ死体が立ち並ぶフロアの奥、あの悪魔のような残虐ニンジャが、壁面に大の字になってハリツケにされている事に。

 そのハリツケへゆっくり近づく人影。LEDボンボリで照らされる、赤黒のニンジャ装束を着た存在……それはギンイチがムコウミズ・ストリートで助けを求めたあの男であろうか、あの、網膜に焼きついた色と同じ装束を着た、ニンジャ……ニンジャを殺すニンジャ……。

「ニンジャ……スレイヤー……」ギンイチの口から自然に漏れたその言葉は、まさにその赤黒のニンジャが自ら名乗る名前に他ならなかった。



8

「アイ……アイエエエエエエ!」先程までの恍惚とうってかわり、アゴニィは必死でハリツケを脱しようともがいていた。だが、深々と両手足首を貫通し壁に食い込んだスリケンはびくともしなかった。ニンジャスレイヤーはそのさまを無慈悲に嘲笑う。

「イタミニンジャ・クランのニンジャは苦痛をニンジャ回復力に換えるジツを持っておる。オヌシを見て思い出したわ。首だけになりながら、なおもワシから逃れんとしたイタミニンジャ・クランのグレーターニンジャをな」ニンジャスレイヤーはゆっくりと近づいた。

「オヌシのようなヒヨッコに、そこまでのジツはあろうものか?まあよい……」「アイエエエエエエ!」ニンジャスレイヤーはアゴニィの首の後ろへ手を伸ばす。人差し指と中指が、ナムアミダブツ!

「イヤーッ!」血濡れの指が頸部から引き抜かれると、暴れていたアゴニィの四肢が力を失い、ぐったりと垂れた。「もはや痛みは感じまい。なに、頭を砕いてしまえばどのみち終わりだが、それではつまらぬ」ニンジャスレイヤーはハリツケとなったアゴニィの足元に屈みこむ。手にしているのは火打石だ!

 火打石を打ち合わせると、アゴニィの爪先に小さな火が灯った。徐々にそれは、ひどい悪臭とともにアゴニィのラバーニンジャ装束を侵食し、燃え広がる。「アーッ!グワーッ!」ナ、ナムアミダブツ!なんたる残虐!それはさながらニンジャ松明である!

 ニンジャスレイヤーは狂ったように哄笑する!「薪をくべてやろう!ほれ!」手近のブッダヘアー・パンクスの棒立ちオブジェ死体をつかみ、ハリツケ・アゴニィの足元に投げ込んだ!「アーッ!グワーッ!」

「何を恐れるか!苦しみが欲しいのであろうが? 苦痛は欲しくとも、死は恐ろしいてか!なんたるハンパな覚悟!グッハハハハハ!」狂ったように笑いながら、手近のシシマル・パンクスの棒立ちオブジェ死体をつかみ、ハリツケ・アゴニィの足元に投げ込んだ!炎が燃え盛る!「アーッ!グワーッ!」

 ナムアミダブツ!マッポーの地獄の門が今ここに開いた!体を反らせて笑い狂うニンジャスレイヤーの瞳は今、点のようにすぼまり、炎よりもまぶしく赤く光り輝いている。おお、読者諸氏はご存知あろうか、まさにそれはフジキドの自我をナラク・ニンジャが掌握したしるしである!

「やめてください死にたくない」息も絶え絶えのアゴニィが炎の中で呟く。ニンジャスレイヤーは哄笑した。「ブザマ!己は殺したいだけ殺すが、殺されるはごめんとな!そうよのう、そうよのう。今のオヌシはまさにインガオホー、観念してハイクを詠め!グッハハハハハ!」「グワーッ!グワーッ!」



 まさにその瞬間。遠く離れたとあるドージョー、力強く神秘的なカタカナで「ドラゴン」と刺繍された掛け軸の下、龍の刺繍を入れたニンジャ装束を着、積み重ねた座布団に正座して瞑想にふけっていた老人が、カッと目を開いた。

「お爺様?」近くで同様に正座していた美しい娘が、老人を振り仰いだ。老人は唸った。「なんたる邪悪!?」娘は不安気な視線を送った。娘のバストは豊満である。「邪悪?」「ユカノ!牛車を用意せい!」「こんな時間にでございますか」老人は厳しく頷いた。そして呟く。「これは一体いかなるシルシか」



 人型に燃え上がる炎、その熱と煙でぼんやりとなりながら、ギンイチはなんとかイチジクの体を支えようとした。二人は眼前の殺戮の光景に視線をしばられ、ほとんど魅入っていた。だが、このままでは炎にまかれ、一酸化炭素中毒で死に至る事は確実だ。ギンイチは己を奮い立たせた。

「行こう、イチジク=サン。ここから出なきゃ……」衰弱したイチジクに肩を貸し、ゆっくり立ち上がる。フロアの奥で、赤黒のニンジャは手近のオブジェ死体をつかんでは投げ、薪のようにくべている。後ずさったギンイチを、振り向いたニンジャの赤い眼光が、捉えた。

 ニンジャは哄笑した。「生きた薪もあったか!これはチョージョー!」言うが早いか、一息で二人の眼前に跳び来たった。その手がイチジクのゲイシャパンク・ガーゼキモノシャツの襟元をつかむ!「サツバツ!」ギンイチは弾かれ、床に尻餅をついた。まるで相手にせず、というていである。

「ア、アイエエエ!」衰弱したイチジクがもがき、叫ぶ。ニンジャはそれを容赦なく引きずってゆく。「イ、イチジク=サン」ギンイチは震えた。

「イチジク=サン!」ギンイチは叫んだ。そのとき彼の心を満たしたのは、やみくもな激情、理不尽に対する悲痛な怒りだった。「イチジク=サン!」ギンイチは力を振り絞り、立ち上がった。「アアー!」そして口をついて出る、おぼえたてのシュプレヒコール!「アンタイセイ!アンタイセイ!」

 ギンイチはニンジャの背中めがけて、拳を振り上げ、飛びかかった。「アンタイセーイ!」ニンジャはよどみなく、振り向きながらの回し蹴りを繰り出した。「イヤーッ!」

 回し蹴りは正確にギンイチの首筋を目掛けていた。時間が止まったように思えた。とりとめのない思考がギンイチのニューロンを駆け巡った。

 どうしてこんな事になったのだろう。身の丈以上の望みを持ったからだろうか。反射神経ストーム。空虚な電子の王様。喝采を送るが名も知らぬわずかなギャラリー。ママの叱責。泣きながら嘔吐するパパ。センタ試験。

 日常を振り捨て、一転、身を焼くような非日常、まぶしい躍動、美しいイチジク、頭を吹き飛ばすようなライブ、そんな素敵なものを、ぼくのようなギークが求めるなんて、そんなのは過ぎた欲望だった、だからこうして罰が下り、イチジクの肩を抱くカンタロが、殺戮が、ニンジャが……違う!いやだ!

 ぼくにだって拳はある!言葉はある!ふざけるな!こんな運命、捨ててしまえ!このニンジャを倒すんだ!イチジクを助けるんだ!ふざけるな!ふざけるな!アンタイセイ!

「アーッ!」ギンイチの拳はニンジャのメンポを打った。回し蹴りは当たらなかった。ギンイチの首を吹き飛ばす寸前で止まったのだ。ニンジャはよろめいた。「アーッ!」ギンイチは泣きながら叫んだ。ニンジャのメンポを力任せに打った。ニンジャがよろめく。拳の皮が破け、血が噴き出した。

「アーッ!」ギンイチは左の拳で殴りかかった。ニンジャはその手をマンリキのような握力でつかんだ。今度こそ、おしまいだ。イチジク=サン!

「ハ ヤ ク イ ケ」

 どん、とニンジャがギンイチを突き飛ばした。ギンイチはニンジャの顔を見、衝撃を受けた。ニンジャは血の涙を流していた。小刻みに震えていた。まるで自分を押さえ込むかのように。「ハヤクイケ」絞り出すような声でニンジャが告げた。

 ニンジャの後ろで炎が爆ぜた。炎が床材を伝ってフロア全体にひろがるのは時間の問題だ。ギンイチに訝ったり考える時間は無かった。イチジクを助け起こす。カジバチカラ!ギンイチは気を失ったイチジクをそのまま肩に担ぎ上げた。出口を目指し、イチジクを担いだまま、自分でも驚くほどの速さで駆けた。

 走りながら、ギンイチは一度振り返った。目に写ったのは、火に包まれたハリツケ・ニンジャへ今一度向き直り、飛びかかるニンジャの姿だった。「イヤーッ!」「サヨナラ!」ジャンプしながらのチョップが脳天を粉砕、ハリツケ・ニンジャが爆発した。ギンイチは最後の力を振り絞り、階段を駆け上がった。

「おい、出てきたぞ!」「ナムアミダブツ!」「早く……」霞む視界の中、深夜のムコウミズ・ストリート、ギンイチの耳に幾つかの声が飛び込んできた。それきり、ギンイチの意識は遠くなった。



 そのあとギンイチが目を覚ましたのは、ヤカタ式救急車の後部ベッド、スモークシールドされた窓ガラスをぼやけた星のように行き交うネオン、背中に感じる道路のガタつき、モーター音。横で同じように寝かされたイチジクは、腹と脚に包帯を巻かれ、オヒナ人形のような白い寝顔。

 混濁した意識が徐々にクリアになるなか、ギンイチは思考を巡らせる。救急車。こうして手厚い処置が受けられるのは、二人の属する社会階級あればこそなのだ。路上生活者やプロジェクトの人間、あるいは真にアンタイセイに身を置く人間であれば、路地に打ち捨てられるか、闇医者に献体として売られるか。

 ママが毎日イライラして、パパが押し潰されそうになって、そうして維持するアッパーな世界に、最終的に救われたのだ。でも……。ギンイチは苦々しい気持ちを整理できなかった。今夜は余りにもひどい事が起こり過ぎた。

 やがてイチジクが目を覚ます。彼女はまばたきをして車内の様子を把握しようと努める。そして、同じようにベッドで横になるギンイチと目があった。その目に、見る間に涙が溜まった。

 ギンイチは何か言おうとしたが、言葉など出るわけがない。イチジクが無言でギンイチに震える手を伸ばす。涙が筋になっている。ギンイチはそれに応え、冷たい手を握り返した。二人はしばらくそうしていた。ただ苦しく、辛かった。段差を踏むたびに救急車は上下に揺れた。

 明日から始まる生活は何だろう。どんなものだろう。今までの世界がそのまま戻ってくるはずもない。色んな事があったのだ……。

 ギンイチの手を握ったまま、イチジクは再び眠りに落ちていた。ギンイチは思いを巡らすのをやめた。ただ眠ろう。そうすれば少なくとも朝にはなる。眠ろう。ギンイチは目を閉じた。

 ギンイチの手の中で、イチジクの冷たい手は少しずつ暖かくなる。ギンイチはただその事だけを感じ取ろうとした。何も考えず、ただイチジクの手の温度の事だけを。ただそれだけを。


【キックアウト・ザ・ニンジャ・マザーファッカー】完


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