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【フラッシュファイト・ラン・キル・アタック】


◇総合目次 ◇エピソード一覧
この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正番は、上記リンクから購入できる第3部の物理書籍/電子書籍に収録されています。また、第2部のコミカライズが現在チャンピオンREDで行われています。



【フラッシュファイト・ラン・キル・アタック】


1

 KRAAAAASSH!「グワーッ!?」突然の破砕音と粉塵に、女はフートンから跳ね起きた。「待て、畜生待て、何?ナンデ?どんな状況だ?」ベランダを見やると、ナムサン!クレーンで吊られた巨大な鉄球が再度、振り子めいて飛んできた。壁が砕ける!KRAAAASH!「グワーッ!」

「待て、ダメ!ありえないインシデントだろ!」女は叫ぶが、鉄球に耳は無い。振り子めいて三度目の破壊準備!「やめろッて!」女は下着のままだ。脱ぎ捨ててあったタイトなジーンズを慌てて穿いた。「ジャケット!ジャケットあった!」掴み取り、タンクトップの上に黒革のテックジャケットを羽織る。

「ヤバイヤバイヤバイ」KRAAAASH!部屋のおよそ半分が床ごと崩壊!「まだ居る!人が居る!」女は叫んだ。「畜生……」玄関脇の鏡まで走り、いつもの日課を慌てて行う。黒いアイラインを引き、鏡の向こうの自分にアイサツをするのだ。「オ、オハヨ!」KRAAAAASH!

 女は黒いショートボブ、痩せて小柄で、長い睫毛、何より特徴的なのは眉毛のかわりに入れられたイバラめかせたタトゥーだ。眉毛は永久脱毛済で、生えてこない。女はベランダ(があった場所)を見やり、悲鳴を上げかけ、ドアを蹴り開けるようにして室外へ飛び出した。KRAAAAAASH!

「アアアアア……」女は廊下にへたり込んだ。「こんなのってないぞ……ネオサイタマいい加減にしろよ……」そこで我に返り、「ヤバイ」タイトなテックジャケットを探る。ナムサン、財布は内ポケットにあった!「ブ、ブッダ!」

 KRAAAAAASH!さらなる破砕音!アパートごと吹き飛ばすつもりか?彼女は泡を食って、転がるように階段を駆け下りた。「アーラ、まあ、あら、エーリアス=サンじゃないの?」太った中年女性が驚いて声をかけた。「ナンデ?なんで中にいたのよお、危ないじゃないのよ、死ぬわよお……」

「実際死ぬ!」エーリアスと呼ばれた彼女は叫び返した。「死ぬ!管理人さん!実際死ぬところだ!」「そうよお、危ないわよお」「アーッ!」エーリアスは髪を掻きむしった。「家財道具全部パアだって!」「張り紙したし、個別に連絡もしてたわよお」と管理人。「だいたいあなたがいつも留守だから」

「張り紙?張り紙ナンデ?」エーリアスは鼻白んだ。管理人はアパートの前に立てられた掲示板を指さす。『老朽化で取り壊し重点。月内に引越すか何かしてください』「……え?」「家賃もあなた二ヶ月滞納。でももうそれはいいわあ」管理人はため息を吐いた。「カラダニキヲツケテネ」「え……」

 エーリアスは口を半開きにし、管理人を凝視する。「……え……住居……」「カラダニキヲツケテネ」

 

◆◆◆

 

「そう。うん。そんなワケだよ」スシ・ソバを食べる手を止めたまま、エーリアスは携帯IRC端末(幸運にも持ち出せた品だ)に向かって呟いた。意気消沈だ。「え?そりゃ、やるしかねえよ。これは突発事故。どうにかするよ。あいつは俺よりよっぽどヤバイ事になってるんじゃないかって。うん」

 屋台はソバ茹で機が吐き出す水蒸気が立ち込め、隣の客の顔も見えないほどだ。「まあ、じゃあ後で。話自体は進捗アリなんだ。うん。この後アポを取ってある。また連絡するよ……」通信を終了し、そそくさと味の濃いソバ・スシを啜りこむ。「こんなの無いよ本当にさ……」

 トークンを粘つくカウンターに叩きつけ、エーリアスは霧雨の街角に足を踏み出す。この程度の雨と含有重金属なら傘はいらない。マフラー(これも、幸運にも持ち出せた品だ)を鼻の上まで引き上げる。マフラーには「地獄お」のレタリング。「気を取り直そうぜ……ビズだぞ」彼女は独りごちた。

 歩道橋を歩くとき、彼女は西の空を横目で見た。こんな曇天であっても、そしてあれだけ離れていても、西の空には黒い渦が闇の太陽めいて浮かんでいる。「なンだろね」彼女は呟き、ジャケットのポケットに手を突っ込んで、猫背ぎみに歩く。「シルベスタ服飾ギルド」のネオン看板。路地裏に入る。

「……」後ろで手を組んだ黒人バウンサーがネオン立て看板「カブ」の傍らに直立している。バウンサーのサイバーサングラスがエーリアスを見据えた。黒い表面に「悪漢は用心する」の液晶表示が瞬く。エーリアスはおずおずとアイサツした「ドーモ、エーリアスです。アポあるんだけど……」「……」

「……ド、ドーモ、エーリ……」「イエスボス。アポイントメント来客重点」バウンサーは通話機にドスの聞いた声で伝えた。サイバネ声帯だ。バウンサーは無言で頷き、エーリアスに地下への階段を示した。「アイ、アイ、失礼しますよ……」頭を下げながらエーリアスは階段を下ってゆく。

 会員制サイバネティクスバー「カブ」に流れるのは荘厳なオコト・サウンドシステムのBGMだ。内装はウルシめいた艶のある黒で統一され、壁に穿たれたくぼみには、黒いバイオ水仙生花が奥ゆかしく飾られている。営業時間外であり、ホールにはモップをかけるサイバーボーイしかいない。

「あのさァ、座っていいのかな……どの席かな」エーリアスはサイバーボーイに呼びかけた。サイバーボーイは手を止め、エーリアスを見た。中性的なか細い美貌で、その目は白目が無い、サイバーサングラス表面めいた漆黒だ。目には0や1が流れた。「ラピ?」サイバーボーイは呟き、作業を再開した。

「ラピ?」エーリアスはおうむ返しにした。「スミマセン、全然わかんないんだけど……」サイバーボーイは清掃を続ける。エーリアスはもじもじと直立し、数分そのまま待った。やがて奥の部屋から目当ての男が現れた。「ドーモ、はじめましてエーリアス=サン。クラクズーです」

 ボンズヘアーの頭頂部を渦巻き状に刈り込んだクラクズーのオジギは、油断ならぬアトモスフィア。この男、ニンジャだ。「ドーモ。エーリアス・ディクタスです」「変な名前ですね」クラクズーは言った。「おかけください」漆黒のソファーを示す。エーリアスは座った。身体が沈み込む。高級!

「ビズのお話したいのですよね」クラクズーは向かい側に座った。別のサイバーボーイが歩いて来て、二人分のグラスを置き、チャを金属ボトルから注いだ。「ノンアルコールでいきましょう」「ドーモ」エーリアスは一口飲んだ。クラクズーも飲む。「で、お話とは」クラクズーが身を乗り出した。

「た、単刀直入に行きます」エーリアスはつっかえながら切り出した。「貴方のクランが管理されてる違法プロキシ施設ありますよね、全部で五つ……」「……」クラクズーの眉間にシワが寄った。エーリアスは両手を突き出し、手を振って見せた。「あいや待った!強請りとかじゃねえんだ!マジで!」

「詳しいですね」クラクズーはジゴクめいて言った。エーリアスは背後に気配を感じた。マフラー越しに押しつけられるものがあった。銃口だ。クラクズーの背後に立つサイバーボーイもエーリアスに銃を向けている。「詳しい、ナンデ?」 クラクズーはゆっくり訊いた。「強請りじゃない……」

「ナンデ?」クラクズーは繰り返した。エーリアスは両手をホールドアップし、深呼吸した。「は、話進めたいんですよ……穏便に……頼むよ」「どうもインタビューするのは俺のほうみたいだぜ、ふざけた名前の小娘」クラクズーがドスを効かせた。「よくまあ単独で飛び込んで来たな、バカか?」

「こっちも必死なんだよ」エーリアスは震えながら言った。「あンた、第四プロキシ施設、管理できてねえだろ?おッ……抑えられてるだろ」クラクズーの眉毛が動いた。エーリアスはまくし立てた。「それでさ!こっちにも関係大アリなんだよ!サイサムライ!な?サイサムライのこと!」「何だと貴様」

 クラクズーは片手を上げた。エーリアスは歯を食い縛った。だがそれは、銃口を下ろさせる合図だった。「サイサムライと関係があるのか?俺の施設のジャックは?エーリアス=サン」「そうだ」エーリアスはホールドアップを解いた。冷や汗が額を流れ落ちる。「色々知ってる」

「サイサムライ……クソッ」クラクズーはソファーにもたれかかった。「そういう事かよ……」「し、信じてくれるかい」エーリアスは言った。クラクズーは重々しく頷いた。「色々繋がる……強請りのネタってもんでもねえしな……」「だから最初から言ってるさ!」

「相手が奴じゃ、どうする事もできねえ」クラクズーはチャを飲み干し、グラスをテーブルに叩きつけた。「ブッダシット!ついてねえ!」「そこを俺……俺たちがどうにかするんだよ」エーリアスが言った。「どうにかする」「アア?」クラクズーは鼻を鳴らした。「バカか?知ってるか?奴の事」

「サイサムライ!賞金稼ぎのサムライニンジャ。顧客にはアマクダリ・セクトもいる」「わかってんじゃねえか。俺はニンジャだ。その俺が、絶望してんだよ。わかってんのか」「わかってる」エーリアスは繰り返し頷いた。「ニンジャってえなら、俺もニンジャだ」「……」「カラテはからきしだけど」

「……」クラクズーはタバコを懐から出し、くわえた。サイバーボーイがすぐに屈み込んで火をつけた。「俺たちってのは何だ。仲間か。そいつもニンジャか」「ニンジャじゃない……けど」エーリアスは言った。「多分どうにかなる。どうにかする。だから情報が欲しいんだ。物理的所在とか、色々」

「てめぇのメリットはなんだ、小娘。関わるメリットは」クラクズーが言った。「俺から便利屋のクライアントめいて、報酬でも期待しようってんじゃねえだろうな」エーリアスは首を振った。「サイサムライに捕まっちまってるかもしれないんだ。仲間っつうか……」彼女は頭を掻いた。

「とにかくバックアップが欲しい。あとは俺たちがうまくやる。サイサムライを排除して、違法プロキシ施設をあんたに返す」エーリアスは頭を下げた。「お願いします」「……」クラクズーは黒いオカメ灰皿にタバコを押しつけた。「俺は知らんぷり、お前が勝手に侵入する。それでいいな」「うん」

 ……地下から階段を上がり、路地を曲がると、エーリアスは誰もいない場所で壁にぐったりと寄りかかり、息を吐いた。「コワイ……コワイ過ぎるって……マジでこんなの……ハァ畜生……全然慣れねえよ……」エーリアスは頭を振った。「い、家も……グスッ」目を閉じ、俯いた。

 そのまま二分ほどそうしていただろうか?彼女は顔を上げた。そして通信機を操作した。さっきの通話相手だ。「ドーモ、ナンシー=サン。うまくいってる。多分結構ヤバイんじゃないかな……急がないと……」

 

◆◆◆

 

 ストココココ、ストココココ、ストココココ。ストココココ、ストココココ、ストココココ。プロキシサーバーのLEDボタンがモザイク模様めいて様々な色彩に移り変わり、うるさい排気重低音、クーラーの唸りが渦巻く。ストココココ、ストココココ、ストココココ。ストココココ、ストココココ。

 バイオバンブー製のラックに満載されたサーバー群は、まるで生きた墓標めいて、薄闇の中、おのおの単調な電子チャントを呟き続ける。そうしたラックの狭間に、狭いガラス張りのオペレーションルームが存在する。そこには椅子に腰掛けたニンジャの灰色の石像があった。

 虚空を睨むニンジャ石像はしかし、どうにも妙な代物である。そもそもこんなプロキシ施設にこんなものを設置する理由が無い。シャチホコガーゴイルめいた魔除けにしても、こんな場所に?原寸大の石像を?しかも椅子に座らせた形で?メンポには「忍」「殺」の文字。ニンジャを殺す。ニンジャ除けか?

 シュコーパタン、シュコーパタン。呼吸音がガラス張りの部屋へ接近する。そしてチチチチチ、ピピピピピ……ハイ・テック・コンピュータめいた電子音が。角を曲がり、サーバーの陰から姿を現したのは、黒い甲冑。甲冑には細かい切れ目があり、七色に脈打っている。

 それは実際、有機UNIXシステムの計算光である。江戸戦争様式のその甲冑は、一皮剥けばハイ・テック武者鎧なのだ!シュコーパタン、シュコーパタン……半月型の飾りつきの武者兜の下は、顔全体を覆う恐ろしげなサムライメンポ。甲冑存在は入室し、隅の石像を一瞥した。

「おやおやァ」UNIXデスクの下から、光沢のある黒みがかった紫のニンジャが這い出してきた。「ドーモ、サイサムライ=サン。もうお戻りでェ?」このニンジャの名はゴーゴン。身体が柔らかく、狭い場所が好きな男だ。「ここは暗くて落ち着きますよォホホファ……空調もイイー……」

 様々な伝説に非常に精通した油断ならぬ読者のどなたかであれば、あるいはお気づきになったかもしれない……この石像、そしてこの不気味なニンジャのコードネームとの暗示めいた関係、導き出される一つの真実を。この石像はもとは生身であった!ゴーゴンのジツでこのような姿になったのだ!

 シュコーパタン。サイサムライがゴーゴンを見もせず言った「あらためて問うが、これは元に戻るか?」電子的に変換されたボイスだ。「ええへへ、戻りますともホファファ」ゴーゴンはオペレーションルームのドアまで身体をくねらせて下がった。サイサムライは念を押した。「報酬は10倍も変わる」

「ええ勿論」「生きて、だぞ。精神も無事にだ」「ええへへフフ」「方法は?」「報酬を頂いてから教えますデスウフフホホファファファ」「……よかろう」サイサムライは手振りで退出を促した。「フォフォフォ」ゴーゴンは笑いながら従い、匍匐で出て行った。

 サイサムライはゴーゴンが匍匐しながら角を曲がって消えるまで待ち、卓上UNIXを操作、物理暗号キーを接続し、秘密セッションに接続した。甲冑の切れ目の光がオレンジに変わる。何らかのハッキングに伴うフィードバックを阻止する機構だ。セッション相手はアマクダリ・セクトの……。

「ドーモ、ラオモト=サン」ライブカメラモニタに向かってサイサムライは厳かにオジギした。モニタの向こうには、グレーがかった明るい髪と群青色の目を持つ少年が映っている。美しい顔立ちであるが、その眼差しは驚くほどに酷薄めいており、対する者を畏れさせる帝王のアトモスフィアが漂う。

「成就しました」「遅いわ!カス犬め!」罵倒が返った。「僕をモニタの前に待たせたな?」「申し訳ありません」「まあいい!カメラを動かせ。見せろ」「かしこまりました」サイサムライは素直に応じた。この少年こそ、ネオサイタマを私する暗黒組織アマクダリ・セクトの首魁……ラオモト・チバだ!

「ムハ……ムッハハハハ!ムハハハハハハ!」部屋隅の石像を確認するなり、チバは呵々大笑した。「ブザマ!なんたるブザマよニンジャスレイヤー!ムッハハハハハ!」「如何でございますか」「僕を待たせた事は許してやろうサイサムライ=サン!感謝することだな。僕は大変に機嫌が良くなったぞ!」

「ありがたき幸せ」「当然これは元に戻るのだな?戻らねばケジメだし、報酬も一割しかくれてやらんぞ」「は。抜かりありません。ジツによる石化です。戻せます」「生かしてか?」「生かしてです」「ムッハハハハハ!」

 ラオモト・チバは膝を打って笑った。「便利なジツ使いもいるものだな!ただ殺すよりもそのほうが面白い!我がもとで石化を解いたのち、しっかりといたぶって、父上の恨みを晴らさせてもらうぞ!今から処刑のフルコースを考えねば!ムハハハハハ!ムハハハハハハ!」

 

◆◆◆

 

 カラカサ・アイスクリームのオープン屋台席に所在なさげに腰掛け、向かいの壁の配管パイプの蒸気を見ながらキュウリ黒豆ジェラートを黙々と食べていたエーリアスであったが、持ち前のニンジャ感覚がオートバイの接近を感じ取ると、慌てて半分ほど残っていたアイスクリームを口の中に放り込んだ。

 走り込んで来たのは骨董めいたロードキル・デトネイターの流麗な車体、そこにまたがるのは、レザーのライダースーツに豊満なバストのラインを浮き上がらせた女性だ。エーリアスの屋台席の前でモーターサイクルを停止させると、フルフェイスのヘルメットを脱いだ。

 美しい金髪が零れ落ちる。エーリアスは顔を赤くした。「ドーモ、エーリアス=サン」コーカソイド美女はモーターサイクルにまたがったまま、エーリアスに親指でカモン・サインを出した。「ドーモ、ナンシー=サン。エート……」「後ろ。乗りなさい」「つまり、このまま」「そう、このまま行く」


2

 ナンシーは言った。「貴方も色々大変よね」「何だよ?顔合わせるたびに言うつもりかい」エーリアスは立ち上がった。「そこそこうまくやってるよな?俺は?」ナンシーは彼女の隈取りした目、額を広く出して水平に切り揃えた前髪をじっと見た。「……そうね。貴方こそ顔を合わせるたびに訊くつもり?」

「他に訊く相手がいねえし」エーリアスはモーターサイクルのシート、ナンシーの後ろにまたがった。「いいよ、出してくれ……うぉっ!」ナンシーはキックを入れ、モーターサイクルを急発進させた。「落ちる!」「ちゃんとつかまらないからよ……」「畜生!」エーリアスはナンシーにしがみついた。

「しかも俺、俺ノーヘルだ」「ニンジャなら平気じゃない?」 二人を乗せたロードキル・デトネイターはスロープを上がり、ゲートを通過してハイウェイへ入った。「課金開始されました」デトネイターのUNIX音声が告げる。ウキヨエトレーラーを抜き去りながら、ロードキルは速度を増して行く。

「アメハダ区まで30分強」ナンシーは言った。「施設の情報は十分過ぎる程にある。クラクズーが嘘を吐いていないのならの話だけど。このまま行く」「アイ、アイ」エーリアスは答えた。「どうせあっちにゃニンジャがいるんだ。少なくともサイサムライにゴーゴン。細かく計画を立てる時間もねえし」

「そういう事」ナンシーは言った。陰鬱なネオサイタマの建物群がハイウェイの下に広がる。はるか遠く、西の空にはアンタイ太陽じみた黒い渦の塊が異様な存在感を発揮している。実際それは太陽や月の類いに似て、特に重大な関心のもとで顧みられる事もない景色だ。

「貴方なりの妥協ってとこ?」「え?」「その格好」ナンシーは言った。「ああ、まあ。そういう事になるかな!」とエーリアス。「それっぽいよな?あんまり変えちまうと、そのう……悪いからさァ」「聞き流していいけど、私の頭を踏んだ女を後ろに乗せるっていうのは、個人的には不思議な気持ちよ」

「アー……申し訳無いとしか」「貴方が謝る事じゃないわね」ナンシーはにべもなく言った。「私の目の前でそいつが元に戻る日が来ない事を祈るだけ」「申し訳無い」「別に誰にも怒っちゃいないわ」……ロードキルはゲートを通過し、スロープを降りた。「課金終了しました」UNIX音声が告げる。

 二人が目指すアメハダ区はサーバー、データセンターの類が密集する地域であり、ストリートの警備自体もカネモチ・ディストリクトばりに行き届いている。ジャンキーやヨタモノの類いは寄りつかず(寄りつく旨味も無い)、いたとしても、データ企業の施設巡回ガードに誰何される仕組みだ。

 各敷地には金網が張り巡らされ、「外して保持」「結構危ないですよ」「死ぬ」といった警告パネルがLEDを点滅させる。「ペケロッパー!」前方で悲鳴と爆発音が轟いた。ナンシーは速度を維持したまま、金網をよじ登ろうとしてたった今感電死したペケロッパ・カルトの死体オブジェの横を通過する。

 さらには前方の小さな橋で検問だ。ナンシーは勿論、ここで強行突破などしない。ロードキルを大人しく停車させると、橋の脇の詰所から電気カタナを手に現れたケンドー装備のガードマンにオジギした。「ドーモ」「ドーモ、ハイ」ガードマンは特に説明せず、ミトンに包まれた手を差し出す。

 ガードマンはナンシーから渡された認識カードを、首から下げたハイ・テックな読み取り機にかざした。キャバァーン!認識成功音が鳴った。同時にこのガードマンの個人口座へ、幾らかのチップが振り込まれる。これは違法であり背任行為であるが、常態化している。なおナンシーのカードは偽物だ。

 かくして、二人乗りのロードキル・デトネイターはしめやかに川向こうの「重点区域」へと進入したのだ。管理会社に高額のセキュリティ費を積み立てるカチグミデータ企業だけがこの区域の情報的安全を確保できる。ナンシーの偽造カードはそこらのハッカーがおいそれと用意できる物ではないのだ。

「サイサムライは違法プロキシサーバー施設を占拠している」ナンシーはロードキルを近隣施設の駐車場に堂々と停め、ロックした。「つまり、管理者データを改竄して、クラクズー側の人間がアクセス出来ないようにしている。物理的にも、電子的にも。常駐のスタッフは皆殺し」「うん」

「クラクズー達は今の川も通れない。違法の弱み、マッポに頼るわけにもいかず、アマクダリに力を借りる事もできない」「可哀想だよね」「いいえ。インガオホー」UNIXヘルメットを脱いでシートに収納し、オートマチック銃と改造デッカーガンをセットアップ。足早に歩き出す。追うエーリアス。

 二人は霧雨の中を数ブロック進んだ。一度、ドリンク自動販売機の陰に隠れ、巡回する「モーターヤブ再び改善」をやり過ごした。この区域はあんなロボットまで有しているのだ。ニンジャであってもサンシタならば返り討ちとなる。偽造IDがあるとはいえ、トラブルは避けるに越した事が無い。

 ……やがて二人は目当ての違法プロキシサーバー施設を見出す。人工街路樹の下、エーリアスがナンシーから借りたUNIXスコープを覗き込む。「あれだ」門の上に巨大なダルマが飾られ、塀の内側から伸びたノボリには「合法的な相撲資料室」「一般非解放」「大漁」といった欺瞞的なオスモウ文字。

 だが、データ受信済のUNIXスコープは巨大なダルマのあたりにマーカーを表示し、厳しく「欺瞞」「目標ランドマークしなさい」と点滅インジケートしている。エーリアスは門の脇に立つスーツ姿の男に視点を動かした。「クローンヤクザだ」

 エーリアスはナンシーにスコープを返すと、無造作に進み出た。「腐ってもニンジャだ。ここは俺だろ」ナンシーは肩をすくめた。エーリアスは道路を走って横断し、まず施設の塀のたもとまで辿り着くと、角から顔を出してクローンヤクザの様子を伺う。一体のみ。手にはアサルトライフル。

 エーリアスはナンシーに視線を送り、手招きの合図をした。クローンヤクザは5秒ごとに規則正しく向きを変え、痰を吐く。後ろを向いたタイミングでエーリアスは飛び出した。気配に気づきクローンヤクザが振り向こうとする。「悪いな!いただくぜ!」「ザッケ……」「イヤーッ!」

 エーリアスは低くジャンプし、振り返ったクローンヤクザの顔面に掌を叩きつけた!そのまま勢いをつけて地面に叩き伏せる!「グワ……」クローンヤクザは一瞬もがく動きを見せたが、そのまま動かなくなった。二秒後、クローンヤクザは顔を掴んだエーリアスの手を剥がし、自ら起き上がった。

「俺だぜ!」ナンシーが近づいてくると、クローンヤクザは素早く注意した。「撃つなよ」ナンシーとクローンヤクザはエーリアスを見下ろす。エーリアスはゆっくりと立ち上がる。「「クソ……実際ここが一番キツい」」クローンヤクザとエーリアスが震えながら同時に呟く。

 クローンヤクザは懐を探り、物理キーを取り出した。「「あった」」震える手で、物理キーを鍵穴に差し込む。ナンシーがその先を引き継いだ。物理キーを回し、その下のテンキーを素早い指操作で高速入力した。門が内側へ開かれる!三人は施設の中へ滑り込んだ。庭は無人だ。

「「畜生……」」エーリアスとクローンヤクザが同時に毒づき、鼻血を流した。エーリアスは震えながら歩き、塀に寄りかかって座った。そして目を開いたまま動かなくなった。「よおし。移ったぜ」クローンヤクザはゼイゼイと息を吐いた。鼻血を拭い、指を立てる。「確認だ。ルール1。接触が必要」

 指二本を立てる。「ルール2。同時に動かすのはリンク直後のほんの少し。すげえ疲れる」指三本「ルール3。操作時間は保って十数分。離れ過ぎるのもダメだ。リミットが来ると、俺の意思に関係なく、こいつの……イグナイト=サンの身体に引っ張り戻される」「オーケイ。難儀ね」「難儀だ」

 クローンヤクザ=エーリアスは身体を伸ばしながら、「男の身体は勝手が合うな。こんなちょっとの間でも。クローンヤクザでもさ……ちと身体は重いが。ニンジャだもんな、あいつは」「その子の身体が傷ついたらどうなるの?死んだり」「ルール4」エーリアスは顔をしかめた。

「……何かダメージを受けると、すぐに戻される。即死だったら?俺にもわからん。多分すげえヤバイだろうな。だから、あれだ。頼んでおいたやつ……」ナンシーは赤い正12面体、掌大の小型ドロイドを取り出す。「それだ!」嬉々として受け取り、電源を入れた。「起動重点!」合成音声が鳴った。

「重点!重点!」「守れ。頼んだぜ!」「重点!」ヒトダマめいた赤い光を放ちながら、小型ドロイド、モーターチイサイは動かない元のエーリアスの身体の周りを飛び回った。「アンタが持ってて良かったよ!もし俺だったら……いきなり住処をぶっ壊されちまったから……家財道具ごと……アー……」

「その顔で泣かないで」ナンシーは言った。クローンヤクザ=エーリアスはサイバーサングラスをずらして目を拭う「すまねえ、あんまりヒデェから……いいぜ、行こう。イグナイト=サンの身体がヤバくなったら、モーターチイサイが俺にアラートする。そしたら済まねえが俺は一旦戻る」「オーケイ」

 ナンシーとクローンヤクザ(エーリアス)はしめやかに庭を横切る。偽装のためか、庭には苔のむしたオスモウ彫像が数体設置され、ガーゴイル像めいている。「敵は中か」「多分ね」戸の上にシメナワが渡された正面玄関を避け、二人はクラクズーの情報にあった井戸型の裏口エレベータへ急ぐ。

 はたして、建物の裏側に屋根付きの井戸があった。ナンシーは井戸を覗き込む。屋根から鎖で吊られた小さなリフト型エレベーターである。クラクズーの情報はひとまず信頼の行くものであるようだ。ナンシーとクローンヤクザ(エーリアス)は躊躇せずリフトに乗り込み、奥ゆかしいパネルを操作した。

「どうッて事ねえぜ!」下降しながら、クローンヤクザはナンシーに笑いかけた。「これでも場数は踏んでるしな。見せてやりたかったぜ。ネオカブキチョのイクサ……まあ、今の俺は住処も無いけど」「……」「ここはケチくさいデータセンター。な?アマクダリのアジトでも無いんだ」「着くわよ」

「到着ドスエ」自動マイコ音声。目の前のフスマがLEDで照らされ、浮かび上がる。ナンシーはデッカーガンを、クローンヤクザ(エーリアス)はチャカを構えた。フスマが左右に開くと、オーガニックな先ほどの古井戸とは正反対の、薄暗く冷たい廊下である。壁には「データセンター秘密」の文字。

「サイサムライ……ゴーゴン……あるいはその両方」クローンヤクザ(エーリアス)はブツブツと呟く。「あるいは全く別のニンジャ……あるいは……」廊下は行き止まり、扉だ。ナンシーが進み出、テンキーを素早く操作した。ロック解除!クラクズーの情報と彼女のタイピング速度の合わせ技だ。

 扉をくぐると、そこはだだっ広い空間、バイオバンブー製ラックに収められたサーバー類が背徳的図書館めいて並び、薄闇にLEDライトを瞬かす。これこそクラクズーの闇のビジネスの源、違法プロキシサーバーだ!「広いわね」「昔は俺、離れたニンジャソウルを探ったりできたんだが……今は無理だ」

 銃を構えた二人は薄闇を進む。ふいにエーリアスは不安を覚えた。ニンジャスレイヤーはサイサムライの手中。ゆえにこの場所に隠されている筈。だがもしアテが外れていたら?移送後だったら?探索に時間がかかり過ぎ、例えばサイサムライとの戦闘中にナンシーを置き去りにしてしまったら?「上!」

 ナンシーが叫んだ。BLAM!BLAM!天井めがけデッカーガンを連射!「ホホホファファファ!」ギラギラと光る目!軟体めいた動きのそいつは天井を這い、銃弾を回避!「ウオオーッ!」クローンヤクザ(エーリアス)も闇雲に銃弾を発射!「ホホホファファファ!」敵はカサカサと音を立てて滑る!

「畜生ッ!ゴーゴンだ」クローンヤクザ(エーリアス)がチャカをあちこちへ向けながら毒づいた。ニンジャスレイヤーの石化はゴーゴンが原因だ。彼はサイサムライとの戦闘中に巧妙なアンブッシュを受けてしまったのである!不気味な軟体と非凡なニンジャ敏捷性を活かした攻撃を!

「ドーモウフフフフォフォ、ゴーゴンですウフフフ」甲高い笑い声が反響する。「ドーモ、エイリアスです!出て来いよ!卑怯だぞ」「奴を助けにいらしたので?……エイリアス?はて」離れたサーバーの陰から気味の悪いニンジャが顔をのぞかせた。床すれすれの位置に顔がある。這っているのだ。

「ははァ、今はクローンヤクザのお姿?厄介なジツでございますよ貴方、ウォーロック=サンを思い出します。実際お懐かしいジツ!で、そちらのび、び、美女は非ニンジャ!美体!イイ……」BLAM!ナンシーが撃った。「フォッホ!」ゴーゴンは顔を引っ込めた。「お美体……」 闇に響く声!

「貴方がたも石にして差し上げますからね、クローンヤクザの石像など何のインスピレーションも湧かぬところですが……」別の方向からゴーゴンが顔をのぞかせた。BLAM!クローンヤクザ(エーリアス)が撃った。「フォッホ!」再び顔を引っ込める!ハヤイ!

「策はある……策は」クローンヤクザ(エーリアス)がナンシーに言った。「だけどああ逃げ回られちゃ……畜生、あいつ警戒してやがるのかな……このままじゃ接続が切れちまう」ナムサン……ジリー・プアー(徐々に不利)か!そしてさらに新たな接近者!「ネズミか?ゴーゴン=サン」

 シュコーパタン。シュコーパタン。声の主は不気味な呼吸音とともに、挟み撃ちめいて現れた。江戸戦争めいたサムライ甲冑……その繋ぎ目には有機UNIXの光が脈打っている!「ドーモ。サイサムライです」危険なハイ・テック・サムライニンジャはオジギした。「クローンヤクザ?」

 BLAM!ナンシーがデッカーガンで撃った。「イヤーッ!」サイサムライは得物のサイサムライケンで銃弾を叩き斬った!「そして非ニンジャの女?それだけか?」「あれは私がイタダキマスでイイですねッ?」とゴーゴン「石化するにあたって全裸にして縛ります!先にクローンヤクザを殺る!ウフフ」

「おい!俺は今こんなクローンヤクザだけど、あれだ、エーリアスだ!ニンジャだぞ!」エーリアスが割って入った。「この前は世話になったな!ニンジャスレイヤー=サンを騙し討ちしやがッて!」「エーリアス?エーリアス・ディクタスか。クローンヤクザの身体で現れるとは。何のつもりだ」

「決まってンだろ!もう一戦交えに来たんだろうが!」エーリアスが吠えた。チャカを乱射する。「なんたる無策」サイサムライのカタナが恐るべき速度で動き、銃弾をすべて真っ二つにする。エーリアスはさらに発砲!ゴーゴンは?いない。ナンシーは別方向に駆け出す!

「ウフーッ!」ナムサン!危険な素早さで天井を這い進んだゴーゴンが上からナンシーにアンブッシュを仕掛ける!「!」メンポが展開!芋虫めいたバイオ舌が飛び出す!これで刺す気か!「イヤーッ!」クローンヤクザ(エーリアス)はしかしその時すでに動いている。ナンシーを突き飛ばし、転ばせる!

「グワーッ!」ゴーゴンの舌から鋭利な針状のものが飛び出し、庇ったクローンヤクザの首の後ろを貫く!突き飛ばされたナンシーは転がりながら身を起こし、駆け出す!彼女は仲間の犠牲的動作をセンチメントでむざむざと無駄にする弱者ではない!「待てい!」サイサムライの踵部の車輪が駆動!

 ゴウランガ!これはサイサムライのサイアーマーに内蔵された様々なUNIX制御システムのひとつ、車輪でダッシュするサイローラーシステムだ!いまだ遠い位置にいたサイサムライは地面を滑るように加速接近!おお、そして、エーリアスはどうなったか!

「フシューッ、クローンヤクザは……つまらん……」「グワーッ!」クローンヤクザ(エーリアス)がのたうつ。徐々にその身体の自由が効かなくなってゆく。これが恐るべきイシ・ジツ!遅効性の石化毒なのだ!ゴーゴンはクローンヤクザにおぶさるようにのしかかり、さらに深く舌針をうずめた。

「フスッ!フーッス!」ゴーゴンは痙攣するクローンヤクザを押さえつける!「グワーッ!」「フーッス!」押さえつける!「グワーッ!」「フーッス!」押さえつける!「グ、ル……ルール。1。ルール1だ」「フーッス……アバーッ!?」ナムサン!?悲鳴をあげたのはゴーゴンである!

 シュイイイ!その横を猛スピードで通過しようとするサイサムライめがけ、ゴーゴンがいきなり回し蹴りを放つ!「イヤーッ!」「ヌウッ!」サイサムライは咄嗟にサイローラーをドリフトさせ、サイサムライケンの柄で蹴りを受ける! 「イヤーッ!」さらにゴーゴンが蹴りを繰り出す!

「イヤーッ!」サイサムライは流麗なブリッジを繰り出し回避!そして掌にも仕込まれた車輪を駆動!ブリッジ姿勢のまま、滑るようにタタミ三枚分間合いを取る!「乱心したか?いや、違うな」回転しながら起き上がり、サイサムライケンを構える。「憑依か!エーリアス=サンだな?油断ならぬ奴」

「実際油断し過ぎだな、ゴーゴン=サンは!俺のジツを知りながら、あんなノリノリになっちまうンだから。何かやってくるって考えなきゃ」ゴーゴン(エーリアス)はカラテを構えた。「しかし、こんな気持ち悪い奴でも、やッぱ男のニンジャの身体は調子イイぜ……慣れてるからな!」


3

「"調子に乗っている奴から負ける"。ミヤモト・マサシのコトワザだ。つまりそれがゴーゴン=サンであったわけだ。だが、お前もそうだ。エーリアス=サン」サイサムライは抑揚の少ない電子増幅音声で言った。ゴーゴン(エーリアス)は一笑した。「じゃあ、その真偽、試してみろよ」

 両者の実力差は明白。サイサムライが強い。エーリアスは自覚していた。つい威勢良くしてしまっただけだ。エーリアスのジツはそう万能な代物ではなく、接触による憑依はただ触れば済むというものではない。ゴーゴンは熱中のあまり、言わばニューロンのファイヤーウォールを疎かにしたのだ。

 このサイサムライはどうか?残念ながらその手の油断は期待できまい。「かかって来いよ!俺にはまだまだ手の内があるぜ、えッ?石になるのかな?お前みたいな鎧野郎でもさ!試してみるか?」ゴーゴン(エーリアス)はまくし立てた。実は、石化能力を彼がそのまま使えるのか、彼自身にもまだわからぬ。

 彼が憑依身体の力をどれだけ引き出せるか。彼自身も理解しきれていない複雑なルールがある。ジツがニンジャソウル由来のものか、カラテ由来のものか。あるいはエーリアス自身の経験、ワザマエ。単に相性の問題。ジツだけでなく、身体能力、格闘能力においても同様だ。この身体はどうか?アタリか?

「俺は挑発には乗らぬ男だ」サイサムライは冷たく言った。そしてサイサムライケンの鍔のダイヤルを操作する。「サイミネウチモード」と合成音声が発した。サイサムライケンの刃が格納され、いわば鋼の棒となった。「え……ミネウチ?」「イヤーッ!」ローラーが駆動!斬りかかる!

「イヤーッ!」降り抜かれるケンをゴーゴン(エーリアス)はブリッジ回避!さらに床を転がって逃れようとするが、サイサムライはローラー制御の驚くべき速度で方向転換を済ませていた。「イヤーッ!」転がるゴーゴン(エーリアス)にケンを叩きつける!「グワーッ!」

 脇腹を打たれたゴーゴン(エーリアス)は苦悶!「イヤーッ!」さらに振り下ろされる強打!「イ、イヤーッ!」ゴーゴン(エーリアス)は咄嗟に床を稲妻めいた速度で這って逃れる!コワイ!(畜生アイツ……ミネウチだと?殺さないつもりなのかな?だけど、あんなもので叩かれ続ければ実際死ぬ……)

 ルール5……憑依体が激しく負傷すれば、恐らくエーリアス自身にも深刻なダメージがあり、ホームポイントたるイグナイトのニューロンにも危険が及ぶ!シュイイイ、音を立ててサイサムライが追う。ゴーゴン(エーリアス)はサーバーラックの角を曲がり身を隠そうとした。だが、サイサムライもハヤイ!

「イヤーッ!」加速しながらの危険なケリ・キックがゴーゴン(エーリアス)を襲う!「イヤーッ!」ゴーゴンは匍匐から瞬時に跳躍し、サーバーラックのさらに向こう側へ這い逃れた。(この身体、なんて気持ち悪いニンジャだ!だがおかげで助かった。慣れてきたぞ)エーリアスはしめやかに潜む。

(考えろよ……アイツは少なくとも殺す気では来ていない。仲間のセンチメント?ありえねえ。ビジネス?もう少し……このゴーゴンを殺さない理由があるんだ、ああそうだ)エーリアスは黙考した。(こいつのジツだ……石化?ああ、思い出せ!そうだ、こいつの石化毒の原理を探らなけりゃいけねえ!)

 エーリアスはこめかみを押さえ、ゴーゴンの混濁したニューロンへ潜行する!身体記憶情報の断片の泥濘がエーリアスの意識を取り込む……!

 一方、ゴーゴン(エーリアス)を見失ったサイサムライであったが、彼は全くの平静であった。右腕サイガントレットの内側にあるUNIX制御装置を素早くプッシュする。ビボバボバボ。「サイ索敵システム」合成音声が小さく告げる。コーン!ソナー音がサイサムライの身体から放射状に発せられた。

 ソナー音が周辺情報をサイサムライのニューロンへ送り込む。さらに赤外線による識別情報。さらにはサイ兜の半月型アンテナから発せられる索敵電波が天井を反射。これらの索敵行為が短時間で行われた。サイサムライは離れたラックの下にゴーゴン(エーリアス)をあっけなく発見!

 ナムサン!エーリアスは現在マインド潜行中だ!無防備に過ぎる状態!ウカツ!「これがまともなイクサならば、お前は五回ほど俺に殺されている」サイサムライは腰に装着したサイフラッシュパンを取り、ラックの下に投げ込んだ。FLAAAAASHH!閃光が炸裂!下から悲鳴!「グワーッ!?」

 転がり出たゴーゴン(エーリアス)の腹を、サイサムライケンの先端部で油断なく押さえつける!「グワーッ!」ゴーゴン(エーリアス)は苦悶し痙攣!「クソ、ヤバイ!」さらに一際強く痙攣!その後ぐったりと動かなくなった。「……」サイサムライはゴーゴンの身体を足で押し、裏返した。無反応だ。

 彼は素早く踵を返し、サイローラーシステムを再起動した。シュイイイイ!床を滑る!通路をドリフトしながら高速移動!そしてガラス張りのオペレーターセクションへ突入!UNIXに屈み込み何らかの操作を行っていたナンシーを、手加減したミネウチで一撃!「イヤーッ!」「ンアーッ!」

 床に倒れこんだナンシーにサイサムライはツカツカと近づく。シュコーパタン。シュコーパタン。不気味な呼吸音。「ナンシー・リー。何をやらかした」「う……」椅子に後ろ手に縛られた姿勢で石像と化したニンジャスレイヤーは、この絶対絶命の光景に虚ろな目を向けている。万事休す!

 キュイイイ、サイサムライのサイアーマーの継ぎ目がオレンジに発光した。「ハッキングか?ちと時間が足りなかったな」サイサムライはUNIXモニタを一瞥する。違法プロキシサーバー施設の地上階の地図が表示されている。「ナンシー・リー。ニンジャスレイヤーの殺戮の陰にお前の暗躍有り」

「過大評価ね」ナンシーは無理に笑った。サイサムライはナンシーの首を掴み、起き上がらせた。「ゴーゴンにお前を好きにさせる事は無い。安心せよ」サイサムライは言った。「お前もニンジャスレイヤー同様、アマクダリの小僧とは因縁浅からぬ間柄であったはず。お前の身柄で追加報酬が期待できる」

「どうかしら」とナンシー「一度しか面識の無い赤の他人にカネを出すかしら?」「それはラオモトが決めるだろう」サイサムライはナンシーを床へ倒し、UNIXに向き直った。モニターにカラーバーが映っている。「何?」ブガー!ブガー!ブガー!照明が激しく点滅!「何?」「間に合ってたのよ」

「ハッタリを。一瞬でそんな事ができるわけがない」ブガー!ブガー!ブガー!ナンシーは口の端を歪めて笑う「あいにく、元の施設管理者が味方だと、色々できるのよね」彼女はフロッピーを振って見せた。「あらかじめ作ってあったの。物理キーと同じ、挿せば済む」ブガー!ブガー!

「ウヌッ……これは」ビボバボビボボボ、サイアーマーのオレンジの光が点滅、異音が漏れる。ブガー!ブガー!「早くどうにかしないと、外部に違法プロキシサーバーの情報を送信しちゃうんじゃない?マッポが来るかもしれない。大丈夫?」「バカな事をする。お前もただでは済まんぞ。捨て身か」

「どこまでがハッタリか、調べないとね」ナンシーは立ち上がり、後ずさった。そしてUNIXを示した。「やってみたら?」「ナメるなよ、ナンシー・リー」サイサムライがサイサムライケンを構えた。「追加報酬は諦めてもいい」サイミネウチモードを解除!「あら、後ろ」「イヤーッ!」

「ヌ?グワーッ!」飛び蹴りが、振り向きかけたサイサムライの頭部を直撃!うつ伏せに転倒!対ハッキングシステムの重点起動が、彼のニンジャ第六感を大きく減退させていたのだ!蹴りを食らわせたのは眉毛のかわりにイバラのタトゥーを入れた小柄なパンクス女!「俺だ!悪いが俺はしぶといぜ!」

 起き上がろうとするサイサムライめがけ、容赦なくナンシーがデッカーガンを撃ち込む!「TAKE THIS!」BLAM!BLAM!BLAM!「グワーッ!グワーッ!」重装備のニンジャといえど、これは生半可な衝撃では無い!「そのまま頼むぜ!もうちょっとな!」

 彼(……彼女?)……エーリアスがこうも早くエントリーできたのは何故か?ナンシーがUNIX操作で地上階の正面玄関を開け放ったのだ。ゴーゴンの身体を抜け出し、庭で眠る本体へ戻ったエーリアスは、モーターチイサイが受信していたナンシーからの緊急メッセージをその場で理解。再突入した。

「重点!重点な!」モーターチイサイはニンジャスレイヤーの頭上を飛び回った。エーリアスは彼の頭に両手を当てた。「治せるの?」とナンシー、「任せろ!」石化毒……そんな不可思議な物は無かった。あくまでジツだ。麻痺毒で対象の抵抗力を奪い、フドウカナシバリジツを仕掛けていたのだ!

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(「ヌウウーッ……」首のつけ根に突き刺さった針から麻痺毒が駆け巡り、みるみるうちにニンジャスレイヤーの身体の自由を奪ってゆく。「ウフフホフォフォフォフォ」天井からぶら下がった奇怪なニンジャはヌルリと着地し、ニンジャスレイヤーを振り向かせた。「おのれ……」 )

(「油断大敵。勝負あった」サイサムライは一歩下がり、ザンシンした。ニンジャスレイヤーはもがくが、力が出ない。「ウフフフ」ゴーゴンは笑いながら、ニンジャスレイヤーを強いて椅子に座らせ、激しく抵抗されながら、後ろ手に縛った。ゴーゴンの目が光り、ニンジャスレイヤーの身体が強張る。)

(「ヤメロー!ヤメロー!」金網の向こうで叫ぶエーリアスを残し、大型エレベーターは上昇してゆく。もはやニンジャスレイヤーに力は残されていない。視界が霞む。「畜生!ナメるなよ!後悔させるぞ!てめェら!」叫び声が下へ遠ざかる……)

 010100010111=サン!0100010ンジャ010111スレイ0001001001000ー=サン!起きろ!」視界が!晴れる!目の前にはエーリアス!一瞬にして己の置かれた状況を理解!「Wasshoi!」後ろ手のロープを引きちぎり、両腕を振り上げながら飛び上がる!

 げに恐るべきは犠牲者の身体を石に変える程に強力なフドウカナシバリ・ジツ!麻痺毒の助けが要るとはいえ、かつて戦闘したバジリスクのイビルアイに匹敵する強力なジツであった。だが今、見事カナシバリ呪いは破られたのだ……ローカルコトダマ空間へ潜行する脅威のジツによって!ゴウランガ!

 デッカーガンが弾切れだ!「イヤーッ!」「ンアーッ!」サイサムライは転倒姿勢からウインドミル蹴りを繰り出し、ナンシーを転ばせながら立ち上がる!サイサムライケンを逆手に持ち替え、ナンシーに突き刺そうと振り上げる!「イヤーッ!」させぬ!ニンジャスレイヤーの飛び蹴りだ!「グワーッ!」

 サイサムライは強化ガラスを粉々に破砕、蹴り出された。ニンジャスレイヤーは決断的速度でそれを追う。背後ではナンシーが頭を振って起き上がる。エーリアスが助け起こす。「なあ、さっきの警報ヤバイんじゃ……」「外部送信の話?ハッタリよ」ナンシーが微笑む「そんな物を仕込む時間、無いわ」

「え?警報は?」「そう、音を鳴らして、照明を光らせて、それだけね」「それだけ」エーリアスはしかめ面をして、やがて頷いた。「結果オーライか」「結果オーライ」

「しぶとい奴め」サイサムライは素早くバック転しながら起き上がり、サイサムライケンを構えた。「オヌシもだな、サイサムライ=サン」ニンジャスレイヤーはジュー・ジツで近づく。「だが運の尽きだ。ハイクを詠むがいい」「まだ早い」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが仕掛ける!

「イヤーッ!」サイサムライケンとブレーサーがかち合った。「ヌウウーッ!」「シュコーパタン!」互いのニンジャ膂力がせめぎ合う!その上の天井を横切る影!

 紛れもなくゴーゴンの影!気絶状態から復帰したのだ!音もなく天井からニンジャスレイヤーをアンブッシュ!ナムサン!屈辱の敗北を繰り返すのか!「イヤーッ!」「グワーッ!?」ニンジャスレイヤーはサイサムライを押しながら、後ろ脚を高く蹴り上げ、落下してきたゴーゴンの顔面に叩き込んだ!

 ゴーゴンはサーバーラックに突っ込み、火花を散らせて苦しむ。「グワーッ!」「イヤーッ!」サイサムライがせめぎ合いを破って斬撃を繰り出す!ニンジャスレイヤーは上体を床すれすれまで沈めて回避!そのまま回転して蹴る!「イヤーッ!」攻防一体の蹴り技、メイアルーアジコンパッソだ!

「グワーッ!」サイサムライは側頭部に蹴りを受け、吹き飛んで転倒!サーバーラックに突っ込み火花を散らす!蹴り終えたニンジャスレイヤーめがけ、ゴーゴンが間髪いれず攻撃を繰り出す!飛びかかって舌針で刺そうというのだ!アブナイ!「フォハーッ!」BLAMBLAMBLAM!「グワーッ!」

「ニンジャでも」BLAMBLAMBLAM!「グワーッ!」「不死身ってわけには」BLAMBLAMBLAM!「グワーッ!」「いかないでしょ」BLAMBLAMBLAM!「グワーッ!」オートマチック拳銃を容赦なく撃ち込むのはナンシーだ!ゴーゴンは床をのたうって苦悶!

「おい畜生!後悔してるか?」エーリアスが叫ぶ「俺をナメるからだぜ!」「フォス…」ゴーゴンは床上で痙攣していたが、いきなりその体を跳ね上げ、弾切れを起こしたナンシーに飛びかかる!「フォハーッ!」「イヤーッ!」その足を後ろから掴んだのはニンジャスレイヤー!なんたるニンジャ瞬発力!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは振り返りざま、ゴーゴンの身体を床に叩きつける!「グワーッ!」足を離さぬまま、さらに振り返り、ゴーゴンの身体を床に叩きつける!「グワーッ!」振り返り叩きつける!「イヤーッ!」「グワーッ!」振り返り叩きつける!「イヤーッ!」「グワーッ!」

「イヤーッ!」「グワーッ!」振り返り叩きつける!「イヤーッ!」「グワーッ!」振り返り叩きつける!「イヤーッ!」「グワーッ!」振り返り叩きつける!「イヤーッ!」「グワーッ!」振り返り叩きつける! 「イヤーッ!」「グワーッ!」振り返り叩きつける!

「おぼえていろニンジャスレイヤー」サイサムライがサーバーラックから難儀して身を剥がし、後ずさる。サイアーマーは煙を噴き上げ、有機UNIXの点滅も不規則だ。彼はサイローラーシステムを起動、高速で滑るように逃げ去った!「イイイヤアアーッ!」「サヨナラ!」ゴーゴンは爆発四散!

「ヘッ、インガオホーだ。アマクダリめ」エーリアスが唾を吐き捨てた。ナンシーはオートマチック拳銃の弾丸を込め直し、ホルスターに戻した。「……ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。ご無事で何よりってとこ」「礼を言う。ナンシー=サン」そしてエーリアスを見る。「オヌシもだ」

「いいさ」エーリアスが笑う。「人生ってのは貸したり借りたり。その繰り返しだろ?ビジネス!」「成る程」とニンジャスレイヤー。エーリアスはサーバー施設を見渡し「これでクラクズーも報酬を弾んでくれるぜ!サイサムライを追い出してやったんだ」「その契約はかわしたか」「え?」「書面は」

 ナンシーは苦笑して肩をすくめ、出口へ歩き出す。ニンジャスレイヤーも彼女に続いた。歩きながら振り返り、「ともかく礼を言わせてもらう。エーリアス=サン。行くぞ」「あのさ、俺、ところで家を無くしちまって……住処を」「探せ」「探しなさいね」

【フラッシュファイト・ラン・キル・アタック】終



N-FILES(設定資料、原作者コメンタリー)

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