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【リヴィング・ウェル・イズ・ザ・ベスト・リヴェンジ】

◇総合目次 ◇エピソード一覧


この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードは物理書籍においては大幅に改稿され、それぞれ上記物理書籍に収録されています。原作者の意向に基づき、このログは一部改訂を行っています。また、第2部のコミカライズが、現在チャンピオンRED誌上で行われています。



1

 彼は燃えながら落下していた。熱と光。彼にとって生まれて初めての経験だ。そしてこの世で最後の。燃えているのは彼自身である。身体を覆う守りは溶け、剥がれ、燃えながら失せ、光は彼の全感覚器に侵食してきた。コンマ数秒で破滅は彼の感覚の閾値を超え、脳は沸騰し、真空中に跡形ひとつ残さない。

 ……当然そうなる筈であった。だが彼は消えなかった。彼は不可思議な静寂の中に己を見出していた。まだらの雲の白を、緑を、黄を、黒を、鮮烈な海の青を。回復しつつある彼の視力は、途方もない接近を、彼のニューロンに届けてきた。彼は消えていなかった。……消えたくない。渇望が溢れた。

「消える必要がそもそもない」無機質な声が彼にこたえた。「余の力をもってすれば、容易きこと。己自身を守れ。お前は既に余であるがゆえ。余を消す事は許さぬ」「誰だ」彼は呟いた。呟くことができた。花火めいて輝く無限の微細パルスが彼の周囲に繭めいた障壁を生み出し、熱と光と大気から守った。

 障壁を突き抜けた瞬間、そのポイントの周囲半径100キロメートルに、蜘蛛の巣状の稲妻が拡散した。波紋のように。だが、彼には破滅の美を振り返って眺める余裕などない。彼の中に入り込んだ他者の自我が溶けてゆく。彼は必死にカラテの手綱を握る。質量を持った熱と光を纏う。ニンジャ装束を。

「余はゼウス・ニンジャ」問いに答えた他者の声を、彼のニューロンは反芻した。「余はお前だ。余は私だ……」落下。世界。自己。彼のものであるべきもの。さだめられたすべてのもの。取り戻すべきもの。彼は目を見開く。決意する。

「……」覚醒したアガメムノンは白い天井を認識した。それから、無意識にかざしていた己の右手を発見する。彼は手のひらをじっと見つめる。身を起こすと、あと数分で夜明けだ。彼の手振りを受け、センサを働かせたUNIXモニタが柔らかい光を放つ。分刻みのスケジュール。昨日は妻の葬儀だった。


【リヴィング・ウェル・イズ・ザ・ベスト・リヴェンジ】


「第三コーナー!今ここで、ずっと最後尾にいたサトウルシファーが猛烈な追い上げを開始!ヤバイ!来ている!アアッ!サトウルシファー来る!サトウルシファー来る!スゴイ!あっという間に先頭グループに肉迫!何が起きた!」「タバコ取ってこい」老人はサイボーグ競馬中継から目を離さず言った。

「アーッ!ブラックスゴイマルがまさかのオーバーヒート!これはマズイ!煙が……アーッ!オミウチケン煙にまかれる!先頭グループ総崩れ!なんということか!スゴイ!サトウルシファー出る!まだ出る!まだまだまだまだ出るこれはアーッ!アーッ!アーッ!」「タバコ」老人はフジキドを振り返った。

 フジキドは木の台から苦心して身体を起こし、テレビモニタの前で半壊のビーチチェアに寄り掛かって寛ぐ老人を見る。老人は咳き込んだ。「聴こえなかったか?タバコだ」「……」「俺のニンジャ洞察力をナメるな。今日から日常生活ぐらい出来る頃合いだぜ」「……」フジキドは適切な言葉を探した。

「タバコはどこにある」「知るか」老人は言い捨てた。「なんで俺が探すんだよォ。取って来い。盗って!お前は文無しだ」「……」老人の言うとおりだ。あの日の敗北からフジキドがこの地で覚醒した時、有り金は「何者かに」全て盗まれていたからだ。「外の……どこにある」「探せよ」

 フジキドは唸り、歪んだ柱に手をついて、立ち上がった。老人の名はマスター・ヴォーパル。曲がりなりにもフジキドを助けた男である。「俺はお前に債権があるわけよ。わかるか」サイボーグ競馬中継を見ながら老人は言った。「生命保険が降りると、幾らだ?カネにすりゃそれぐらいの恩だ」

「その手のカネは解約済だ。ずっと前に」「バカか?本当のバカだな?テメエの掛金なぞ知るかよ。スケールの話よ。スケールの!」「……」フジキドは一歩踏み出す。老人は薄く光る短剣をベルトから抜き、威圧的にかざした。「ウェイッ!ナメるな、俺はニンジャだ。刺し殺すぞ病み上がり!行け!」

 ……フジキドは足を引きずるように荒屋を出、厚い灰色雲を見上げた。遠くの雲に切れ目が生じ、光の帯が漏れ出ている。彼は瓦礫とスクラップと汚い水溜りの中に佇んでいた。ここはドリームランド埋立地。処理キャパシティを超えたネオサイタマの無限のゴミが、この海抜ゼロ地帯に集められる……。

「……フーッ」フジキドは肺で嫌な絡み方をする息を吐き、歩き出した。途中、ちょうどいい鉄棒が突き出ているのを見つけると、これを引き抜き、杖がわりにした。首だけの招き猫が彼を見つめた。どちらを見ても、瓦礫の地平だ。青くシルエットだけが見えるビル群は、カスミガセキだろうか。

 ゴミを踏みしめ、カラカラと鳴らしながら、彼は進む。次第に土地の様子がわかってくる。一見、砂漠の砂を鉄くずに置き換えたようなサップーケイだが、炊事の煙がところどころ立ち上っている。煙の根本を注視すると、トタンやビニールシート製の棲み家が発見できる。こんな場所にも住人がいるのだ。

「ヒアエー!ヒアエー!裁きの時、来たる!」そして、こうした極限の地にまず居るのはこうした辻説法だ……フジキドは電飾看板「サダシの店カラオケ」の残骸の横で真鍮のベルをうるさく鳴らす男を一瞥した。男は新聞を握りしめ、その記載内容から何らかのインスピレーションを得ている。

「そこのお前は邪悪だ!」男はフジキドを指さし、叫んだ。「罪に塗れておる!反省せよ!今ならお布施は安い」「客入りはどうだ」フジキドは声をかけた。「それ以上近寄るべからず!アー……」新聞の見出しに血走った目を近づけ、男は言った。「民間施設への攻撃を避けた人道的爆撃だ!」

 新聞には前線における衝突を伝える記事。男はクシャクシャと音を立てて三面記事欄を、それからオイラン・ピンナップのコーナーを見た。「救いの女神のイコン。お前には見せぬ」フジキドは男が首から下げた空き缶を見た。中には汚れた紙幣やジャンク素子が入っている。説法に一応の需要はあるのか。

「食べ物や水はどうしている」フジキドは尋ねた。「それ以上近づくと神罰が下る!」男はフジキドを睨んだ。「配給を欲するのか!罪人にさような機会は与えられぬぞ」「どこだ」フジキドは見渡した。男は西を指さした。積み上げられた車のあたりに、複数のドラム缶焚き火が確認できる。

「ドーモ」「お布施を払わぬか!」「一円も無い」フジキドは杖をつきながら廃車山を目指した。歩きながら、彼は来し方を思った。シズケサ、バイセクター、デソレイション、カコデモン……殺してきたニンジャ達の名が浮かび、消える。アマクダリ。あるいはその衛星組織。あるいはそれ以外の敵。

 激しいイクサだ。だが、全体像は茫洋としていた。いまだ正体不明の敵。いまだ正体不明の組織。繰り返される戦闘は、まるでこのドリームランド埋立地に新品のタバコを探すような、あてどの無い行いであったろうか?そして彼のカラテはインターセプターに届かず、キョートとの戦端は開かれた……。

 こうしてぎこちなく歩くのは一人のルーザーだ。ナラク・ニンジャが健在ならば、かの邪悪なニンジャソウルは、今のブザマを嘲笑い、叱責し、或いは失望あらわに罵倒した事だろう。フジキドのニューロンには強制的に隔離された領域がある。その奥に、ナラクの存在らしき影をかろうじて感じるのみ。

 ……「オモチ、魚、シチュー」「骨は返してね」「ズルイぞ!」ドラム缶焚き火のそばでは、実際、幾つかのテントからうまそうな匂いが漂い、どこから集まってきたものか、数十人の人々がトークンをやりとりしていた。テントには「利息が非常に少ないボランティア炊き出しです」と書かれている。

「鉄の含有率が高いだろ」「そうでもねえな」集めてきたスクラップをゴザの上でやりとりしている集団がいる。質のいいガラクタをトークンと交換し、日々の生計を立てるのだろう。物々交換でも良いようだ。「ぼんやりしてねえで、品を出せ」市場の男が言った。フジキドは取り扱い品にタバコを探す。

「勝手に見るのは禁止!先に品を出……」市場の男がフジキドの顔を覗き込むように睨む。その額に脂汗が伝う。「品です、頼みます。そんな風にしてもね、ダメですよ。ヤクザを呼びます」「タバコはあるか」「品」市場の男が乞うように言った。フジキドはベルトに吊るしたフックロープを思い出した。

「それ、どうですか」市場の男が神妙に言った。「鋼鉄とかカーボンっぽさがあるんじゃないですか、それは」「……」フジキドは首を振った。「ダメだ」「トークンを20枚出してもいい」「……」フジキドは沈思黙考した。タバコ?そもそもが、ふざけた話だ。あの者に馬鹿正直に従う必要などない。

「……よかろう」「毎度」フジキドはしかし、フックロープを差し出し、トークンを受け取ったのである。彼は流浪の果てに最後の品を切り売りする多重債務者めいていたろうか?ヤバレカバレの行動であったろうか?それとも……?彼の眼差しを受けた市場男はしずかに失禁した。「そこのタバコもくれ」

「アイエ……アイエエエ……」「ドーモ」フジキドはタバコを懐にしまい、炊き出しテントではオモチを数個、残りのトークンは使わずにおいた。そして、つえを付き付き、あいも変わらずマスター・ヴォーパルがサイボーグ競馬放送を見ているであろう荒屋への帰途についた。

「なンだ、もう戻って来……」マスター・ヴォーパルはフジキドが放ったタバコを受け止めた。銘柄は「松の実」。「気に入らねえな。もっとヘヴィなやつをくれよ。茶色い粘土みてえな痰が湧いてくるやつを!」「ならば返してもらう」「当然いただく。どこで手に入れた」「市場だ」「市場で盗んだか」

「債務に関係しない話だ」「チュッ!チュッ!」マスター・ヴォーパルは舌をうるさく鳴らし、早速タバコを吸い始めた。「身軽になったんじゃねえか?俺のニンジャ洞察力は誤魔化せんぞ」フジキドは部屋を横切り、木の台に腰を下ろした。サイボーグ競馬がCMを挟み、短いニュースに切り替わる。

「国境沿いの非武装市民を一掃すべく、キョート軍はカロウシ系のガスを重点配備しているとの情報がリーク。当然これは許されざる非人道的行為であり、真実であれば……」「なんだ!それは!」老人はフジキドが懐から出した二つの白く丸い物体を見咎めた。フジキドは答えた。「モチだが」

「フゥーム。なかなかわかっておる奴だな」「欲しいのか?」フジキドはしかめ面で尋ねた。「債務に関係しない買い物だ。二つとも私の食料だが」「上等だ、ヒーターを使わせんぞ!」「……」二者は睨み合った。

 ……赤熱するヒーターの上で、二つのモチがキノコめいたフォルムに膨れ上がる。「焦げるぞ!」老人が咎めた。フジキドは自分の分を皿に取り、ショーユをつけて食べ始める。SPIT!老人は口をすぼめてタバコを勢い良く飛ばした。焼き網にタバコがぶつかり、もう一つのモチが宙を飛んだ。

 マスター・ヴォーパルは自分めがけ飛来したモチを素手で掴んだ。熱がる素振りも見せず、クチャクチャと食べ始める。コンロや調味料とバーターで、モチの一つをフジキドからせしめた訳だ。「で、お前を何故助けたかって話だろ?わかってる!わかってる。当然、カネヅルよ。だがそれだけじゃねえぞ」

「オヌシの名を耳にした事がある」フジキドは低く言った。「敵の口からだ」マスター・ヴォーパルはモチを咀嚼する。「ハ!ワシは弟子に慕われておるからな。そりゃァ、名を出すのも当然よ。どっちのガキだ。バジリスクか。ニーズヘグか」「……」フジキドの目が細まった。

「私がその者らと戦った事を何故知っている?」「だからよォ!黙って聞いてりゃあ、いいか?黙ってお前が俺の話をハイハイ頷いて聞いてりゃあよ、話の流れはそっちの説明に行くはずだったんだ!礼儀を知らぬバカは年長者のありがてえ話を遮ってはばからねえ!まずその無礼が問題だ!」

 老人は咳き込み、地面に転がる酒瓶をあおって喉を湿すと、話を続けた。「俺様のニンジャ地獄耳をナメるなよ。俺はフジサンの麓の樹海にドージョーを持ってる。樹海を久々に出てみりゃ、まずはザイバツ・シャドーギルドがなくなっちまった話よ。そこからバジリスクの死!誰が殺った?テメエときた」

「仇討ちのイクサをしたいか」フジキドは睨んだ。老人は首を掻いてアクビをした。「知るかよ!弟子のイクサに師がケチをつけて回ったらメンツが立たねえだろうが。ドラゴン・ドージョーの小僧っ子!問題はそこじゃねえ」ビーチチェアから身を乗り出し、人差し指を突きつける。「弱すぎる!」

「経済的な観点からいいますと、かなり市民生活へのポジティブな還元があります」空気を読まぬテレビ放送が二人の会話を遮った。「現状、悲観すべき要素は驚くほど少ない」「コメント有難うございます、キンノ=サン」「例えばコケシマートは開戦セールによって昨年同一クォーターの1.8倍……」

 老人はリモコンを取り、テレビを消した。「戦争だ。感想はどうだ」「……」フジキドは睨み返した。マスター・ヴォーパルは続けた。「お前のせいじゃねえ。ア?慰めてるンじゃねえぞ、逆だ!最悪だッて言いたいんだ!戦争が起きてしまったァー!自分のせいでェー!」ベロベロと舌を出し挑発!

「俺のニンジャ地獄耳はチベット仕込みよ……ま、チベットの話は今はいい。とにかく俺はあの日、お前の念話を当然立ち聞きさせてもらった。ニンジャを殺すのはヒドイ!一生懸命生きている!完全なるブルシット!お前はあんな今更のブルシットに?ア?動揺してションベンちびって殴られたッてか!」

 フジキドはマスター・ヴォーパルを凝視!「アイエッ!」老人は飛び上がり、光る短剣を構えた。「手は出すな!貴様!俺にそれは許さん。債権があるんだ!」「続けろ」「続けてください、だ」老人はふてぶてしさを一瞬で取り戻して言った。フジキドは眉間に血管を浮き上がらせた。「続けてください」

「そうよなァー」マスター・ヴォーパルはビーチチェアの肘置きの上でソンキョし、タバコの煙を吐いた。「そのザマを目の当たりにしたこの俺の気持の持って行きどころはどこだ?俺様のドージョーの沽券にも関わるンだ。ヴォーパルの弟子を破ったニンジャがこんな弱体者と噂が立てば名誉毀損だぞ!」

「……」「そこでだ」マスター・ヴォーパルの目が光った。「俺はお前を預かることに決めた。俺はお前の株の100%を取得した株主だ。俺の経営健全化策を拒否する権利は、お前にはない。インストラクションを受けよ。わかったかアプレンティス!」「……」「ワカッタカ!バカ!」

 フジキドは……頷いた。

 ヴォーパルは睨んだままだ。フジキドは立ち上がった。そしてオジギをした。「ドーゾヨロシク」「グッド」老人は無愛想に頷いた。この時のフジキドに、「バカハドッチダー!」と叫び返し、憤怒の拳でこの無礼な老人を殴り倒す意志はあったろうか?彼はいやいや頷いたか?否。

 フジキドは……フックロープを手放した時と同様……その意味では冷静であった。彼はこの胡乱な男からインストラクションを掴み取ろうとしていた。「炊事洗濯タバコの買い出し、当然、全部お前だ」「樹海か」「否。ここでやる。俺の弟子は今、ゼロだ。だがいつでもビジネスする気はある。ナメた口をきくな」

 彼の修行は、こうして始まった。


2

「見ろよ」サイシはシャツを捲り上げ、バギーパンツのベルトに挟まった銃を示した。シゲトは訝しんだ。「オイ、それ」「リボルバーだ。イイだろ」サイシは銃を抜き、ふざけたガン・スピンを見せると、シゲトに銃口を向けた。「やめろよ!クソが!」シゲトは銃口を払った。「どこで手に入れた?」

「ウマサマ=サンさ」サイシは勝ち誇った笑みを浮かべた。「あの人、スッゲエよな。ポンとくれたぜ、俺のヤバさを見込んでんだ」「マジかよ」「『肉食獣の素質があるぜサイシ!』」サイシはウマサマの口真似をした。ウマサマとは地元のヤクザで、スポーツジムを経営し、クスリの闇市場をシメている。

 シゲトとサイシがこうして胡乱なスクラップの間を歩いているのも、ウマサマに絡んだ案件だ。幼なじみの彼ら二人は、釘バットでコンビニ強盗を試みようとして失敗し、マッポに追われた。それを保護したのがウマサマだった。「ガッツがあるぜ」と彼は二人を褒め、小遣いをくれるようになった。

 スポーツジムも使い放題、二人はそれぞれ「力自慢」「浪人」等のタトゥーを入れて、女にもモテるようになった。この世の春だ。シゲトはしかし、サイシほどには浮かれきった気分になれなかった。ママに話していないからだ。話せるわけがない。「この辺じゃねえか?」サイシはメモを見ながら言った。

「なあ、多分ヤバイ物だよな……だってわざわざ隠してあるんだぜ、こんなところに」「プッ!ビビッてんのかよ」サイシは嘲った。「そんなだから、お前はダメなんだ。タダのお使いだよ、タダの。もっとも、トラブルに巻き込まれたら、こいつをブッ放す」銃を弄び、「俺はタフだぜ」

「よく言うぜ」シゲトは呆れた。「コンビニじゃ、お前が情けねえから……控え室からカラテカが出てきただけでビビりやがったから、あんなだったんだぜ」「知らねえ」サイシは頭の悪い笑みを浮かべた。「そんな昔のことは忘れたぜ。今の俺は……サムライヤクザだぜ」「自慢こき野郎」「羨ましいか?」

「ブルシット!」シゲトは毒づいた。リボルバーが羨ましくないと言えば、嘘になる。だが、正直、ちょっとスピーディー過ぎる……彼はそう思った。落ち着かなかった。何か大事なことを見落としている気がしたのだ。コンビニに強盗に入ったのだって、家賃滞納が限界に来ていたからだ。必死だった。

 ウマサマ=サンからの小遣いを渡した時、ママはシゲトに文句を言って、パワーウォーターを買ってこさせた。神棚のスピリットに備えるのだという。高揚感はすぐに失せてしまった。そして、不安が身をもたげたのだ。「いいかシゲト。俺はな……正直のとこ、ウマサマ=サンだって超えるぜ。踏み台さ」

「何?」「俺はギャングスタになるために生まれて来たッて、今ならわかる。中学でナメた真似したケンタ、覚えてるか?……昨日、ドゲザさせてやったぜ」「ウマサマ=サンの威光でかよ」「まあな。いずれ俺の威光になるのさ」サイシは無邪気に凄んで見せた。「そん時、お前はサブリーダーにしてやる」

「ハイ、ハイ」シゲトは肩を竦めた。心中穏やかではない。廃車の陰からいつ発狂マニアックや浮浪者、あるいはバイオスモトリが襲いかかってくるかわからない。そんな事を口にすれば、またサイシは鬼の首を取ったように馬鹿にするだろう。サイシはシゲトよりバカなのだ。バカだが、いい奴だ。

 ウマサマ=サンは優しく、面倒見がいい。だが、鮫めいた目は実際恐ろしい……ノー!シゲトは己を奮い立たせた。万事OK。カネもある、女にもモテる、心配ない。片思いだったメヨよりずっとゴージャスなグルーピーと、この前、クラブのトイレで……。素晴らしかった。「どうした?」でも、不安だ。

「見ろよ、アレだ」サイシが銃で指し示す先、ゴミ山の斜面が崖になった先に、横倒しになった冷凍バンがある。運転席ガラスは粉々に割られ、浮浪者がこじ開けようとして失敗したとおぼしき傷がリアゲート周辺に沢山ついている。「ブルズアイ」サイシはクールなポーズを決めた。「早く中を頂こうぜ」

「斜面、気をつけろよ」意気揚々と前を行くサイシに、シゲトは注意を促した。足を踏み外したら、だいぶ下まで滑落してしまう。まったく、ドリームランド埋立地はまるでフジサンの麓だ。「ビビりはそこで待ってるか?」お決まりの返事だ。「うるせえよ!」シゲトは後に続いた。

 その時だ!「ケケーン!」獰猛な叫び声をあげ、冷凍バンの運転席から巨大な影が飛び出し、二人に向かってきた!「アイエエエエ!」サイシは悲鳴を上げた。ナムサン!それはスクラップ場のハンター、バイオキジだ!「アイエエエエ!」サイシは後ずさり、銃をやみくもに撃った。BLAMBLAM!

 当たるはずもなし!射撃の反動でサイシは吹き飛ばされ、後ろのシゲトとぶつかった。「グワーッ!?」足を踏み外すシゲト!斜面を転がり落ちる!「シッ!シッ!」「ケケーン!」サイシはバイオキジと格闘!「オイ!シゲトーッ!」「グワーッ!」転がる!転がる!斜面に突き出した煉瓦に額を直撃!

 ……シゲトは激しい頭痛で目を覚ました。背中が重い。廃トタン板がのしかかるように被さっていた。彼はそれを苦心してどかし、起き上がった。周囲を見渡す。どうやら煉瓦との衝突で気絶し、そのまま斜面を相当長く転がってしまったようだ。額の血は乾いていた。「畜生……今、何時だ?サイシは?」

 サイシの気配は無い。見捨てて、バイクで帰ったかもしれない。背中に被さった廃トタンのせいで、見つけられなかったのかもしれない。後でメチャクチャに文句をつけてやる。シゲトはサイシを、そして己の不幸を呪った。あいつは浮かれすぎなんだ。だがとにかく、この場所から街に帰らないと……。

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「アイエッ!?」シゲトは心臓が口から出そうになった。陽炎めいて霞む前方に、蠢く影がある。シゲトは反射的に、斜めに突き出したネオン看板スクラップ「電話快感」の陰に隠れた。「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」叫び声は陽炎の中の影が発している。

 シゲトは唐突に気づいた。ここは蟻地獄めいたすり鉢状の空間だ。角度や斜面の関係で、おそらく通常のスクラップ徘徊者が注目することは極めて少ないであろう場所なのだ。滑落したシゲトは、偶然ここにエントリーして……「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」(アイエエエエ!)悲鳴を押し殺す!

 彼は見てしまった。陽炎に霞む先に見えたのは、赤黒のニンジャであったのだ!地面から突き出したサボテンめいたシルエットの物体に、繰り返し、チョップや掌打を叩きつけている!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」(アイエエエエ!)シゲトはしめやかに失禁!

 シゲトは踵を返して逃げようとした……なぜか、それができなかった。蛇に睨まれたウサギは、迫力に圧され、ただ捕食されるのを黙って待つという。四方八方に枝を生やした粗末な角材やバットと鉄条網の集合体に、赤黒のニンジャが拳を打ちつける姿を、彼は看板の陰から凝視した。

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「アイエエ……」「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「アイエ……」「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「……」シゲトはふと、己の手の平を見つめた。一心に拳を打ちつける赤黒のニンジャと、震える己の手を、彼は交互に見つめた。

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」赤黒のニンジャはいつからこの動きを続けていたのだろう?集中……極度の集中。陽炎の中、その姿は恐ろしくも荘厳だった。シゲトは拳を握りしめる己自身に気づいた。「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」赤黒のニンジャは打撃を続ける……「イ、イヤーッ!」

 シゲトは見よう見まねの正拳突きを宙に繰り出した。「ヤベッ……」思いのほか、大きなシャウトが出てしまった。シゲトは恐る恐る陽炎を見やった。「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ムーブは続いている。シゲトは深呼吸した。不思議な高揚感。「イ……イヤーッ!イヤーッ!」正拳!……正拳!

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」赤黒のニンジャは打撃を繰り出し続ける。「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」シゲトもまた、その場で正拳突きを繰り出し続けた。汗が飛び、鼓動は速まる。彼はセイシンテキを確かに感じた。不思議だった。ヤクザスポーツジムでのワークアウトとは違う感覚だ。

 (((何をやってる?俺は!)))シゲトはほとんど苦笑しそうだった。だが、彼の身体は動き続けた。(((俺は何をやってる?)))その問いは、過去にまで遡った。ウマサマ、サイシ、コンビニ強盗……「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」カラテ!カラテ!なんてバカな!彼は目に涙を溜めていた。

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」離れた距離で二者はカラテし続けた。一度、赤黒のニンジャと目が合ったように思った。錯覚だろう。シゲトは正拳突きを繰り出し続けた。やがて彼はいても立ってもいられなくなり、瓦礫の斜面を駆け上がった。「ウオオーッ!」

 

◆◆◆

 

「誰か来たか?」「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!……知らぬ」フジキドは木人拳を止め、マスター・ヴォーパルを振り返った。老人は欠伸をした。「熱心にやってるもんだ!」「オーソドックスなトレーニングだな」「まあな」老人は頷き、「やっといた方がいいかと。効果は知らね。タバコあるか?」


◆◆◆


 ……「スゥーッ……ハァーッ……」フジキドは中腰姿勢を取り、深く呼吸した。水平に構えたチョップにカラテが漲り、震え出した。そして、一閃!「イヤーッ!」台の上にボーリングピンの配置で並べたケモビールの瓶が全て首の位置で切断され、白い泡が噴き出した。「ビンゴ!」老人は拍手した。

 マスター・ヴォーパルは台まで歩き、切断されたケモビール瓶を取っては、中身をイッキしてゆく。フジキドは腕組みし、しかめ面でそれを見守った。「何見てやがる!」老人は叱責した。「切り口がゴクゴク、切り口が雑で甘い!続けろ!」フジキドは新たなビール束を配置し、再びチョップを構えた。


◆◆◆


 ……またある時は、ドリームランド埋立地を離れ、カネモチの私有地に忍び込み、静謐なバンブー林の只中、「イヤーッ!」フジキドはあん馬の上で、108通りのバランス維持を行う。師は時折それを横目で眺めては、タケノコの根元に火をつけ、ショーユをかけて食っていた。

 器械体操とはそもそも古代カラテトレーニングに端を発し、ニンジャの攻撃回避手段であるバック転や側転、前転、ブリッジ回避の精度を高めるには最適な訓練だ。タケノコを貪っていたマスター・ヴォーパルは不意に顔を上げ、耳を澄ます。「守衛が見回りだ。あん馬を埋めろ!潜れ!15秒でやれ!」


◆◆◆


 ……またある時は、ネオサイタマ上空を夜景遊覧飛行していた観光セスナの乗組員が、セスナと同じ高さでアグラする老人を見て度肝を抜かれた。「危ねえぞ!クソが!」ファックサインを出す老人は、ゴウランガ、縦一直線に積み上げられたビール缶の上にアグラしていたのだ。

 一直線のビール缶を下へ辿って行くと、彼らはそのビール缶のタワーの根元が、ビルの屋上でブリッジする赤黒のニンジャの臍であった事に気づいたろう。だが彼らは既に重篤なリアリティショック下にあり、逃げるように飛び去るのがやっとだった。


◆◆◆


 ……またある時は、「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」煮えた油めがけ、左右のチョップ突きを交互に打ち下ろす。当然、求められるだけの速度と威力がなくば、突き入れた腕はすぐさまテンプラじみて揚がり、致命傷だ。「バカめ!」老人は叱責した。「鍋底に指がついとらん!手抜きか!」

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!……イイイヤアーッ!」KRAAAAASH!チョップ突きが底部を穿ち、破砕した鍋底から煮えたぎる油がドッと溢れ出す!焚火に引火し、火柱に!「……なかなかやるな!」老人は鼻を鳴らした。「新しい鉄鍋を調達するのはテメエだがな!晩飯のテンプラも延期だ」


◆◆◆


 ……またある時は、彼らは中国地方まで足を伸ばした。フジキドは白装束を纏い、垂直の滝の下で正座する。彼の膝の前にはアドバンスド・ショーギ盤があり、これを挟んで、マスター・ヴォーパルがパラソルつきビーチチェアに寛いでいた。「そこはキャットブレードがきいてる!オーテだ!つまらん!」

「……」フジキドは震える手でプリンスの駒に手を伸ばした。「一手に何分かかってやがる!ア?」マスター・ヴォーパルが叱責した。「そこに入ってから、まだ200時間も経っとらんぞ!ショーギも弱い!何ひとつ取り柄なしだ!」


◆◆◆


 ……「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」木人拳!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」木人拳!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」木人拳!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」木人拳!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」木人拳!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」木人拳!……


◆◆◆


 ……「肉体修練はそこそこ仕上がってきたじゃねえか」「はじめから、どうという事もない」「減らず口はどうやっても治らんか!」フジキドはマスター・ヴォーパルにコメの椀を渡した。チャブにはイカや成形ツケモノ等、モデストなその日の夕食メニューが並ぶ。

「文句も言わず、よくまあくだらん遊びに付き合ったわ」「曲がりなりにもセンセイだ」フジキドは言った。マスター・ヴォーパルは腹を掻いた。「そりゃ、必死よなァ!行き詰まりのどん詰まりでよ」「……」フジキドはここまでのトレーニングがベーシック・カラテの鍛え直しであると理解している。

「お前は弱い!」マスター・ヴォーパルは箸を向けた。「イクサを履き違えていやがる。このままじゃァお前、遅かれ早かれ、雑魚の詭弁にバカ正直に付き合ってよ、足を引っ張られて野垂れ死ぬ定めよ。お前は何だニンジャスレイヤー!」老人は驚くほどの大音声で呼ばわった。荒屋が揺れるようだった。

「イクサの動機を言え!」「復讐だ!」フジキドは即答した。師は遮った。「ニンジャを殺す!妻子を殺めたニンジャの邪悪を滅ぼす」「そうだ」「勝手な動機だ!かわいそうなニンジャ共!」老人は目を剥いた。フジキドは師を見た。「イヤーッ!」師は舌打ちし、フジキドの頬を張った。「グワーッ!」

「バカめ!なんだその遅さ!ヌルさは!」師は瞬時に立ち上がり、チャブを踏みしめた。「綺麗事は臆病者に任せとけ!復讐!手前勝手な復讐!それで最初から……」フジキドの胸元を掴み、引きずり上げた。「戦うにゃそれで十分だろうがッ!」

 フジキドは無言!だが師を凝視する彼の目に揺らぎはない!師は掴んだ手を離し、続けた。「カラテとは要はエゴよ。エゴの強い方が勝つ。テメエの行いが正しいか?間違いか?そんなものは一片たりともカラテに、エゴに関係無し!良心に媚びて聖人認定が欲しいか?イクサに勝つのか?望みを言え!」

「イクサに!」答えは始めから彼の内にある。フジキドは叫び返した。「勝つことだ!」


3

「そンなら、実際その通りにするだけだ」師は言った。「お前はわかっちゃいるが、実際こんがらがってンだぜ。ニンジャを殺すんだろ?ア?」師は心臓を親指で示した。「ほれ。ここにニンジャが一匹いるぜ。なんで殺さない。差別か」フジキドは師を見た。「イヤーッ!」師の張り手が飛ぶ!

「イヤーッ!」だが、今度はフジキドの反応速度は鈍らなかった。彼は顔の横で師の手首を掴んで止めた。「グッド」師はにこりとも笑わず、彼を肯定した。「ちっとはわかったか。入り口だぞ、それが。お前の意志はお前の中にある。お前の善悪を決めるのはお前自身だ。外にルールを置くな。置けば」

 マスター・ヴォーパルは人差指と中指で、フジキドの眉間を突いた。「置けば、遅れる。お前はわかっちゃいる。わかっちゃいるが、ヌルい。こんがらがって、ヌルくなっちまってる」「……」「それこそアマクダリの詭弁野郎どもの思うツボよ。詭弁裁判に絡め取られて、イクサに負ければ世話はねえ」

 師はコメをかきこんだ。「クチャクチャ……くだらねえジツ攻撃!私は何も悪いことはしていないんです!非ニンジャと同じです!暮らしています!権利があります!ブルシット!全くもって詭弁、ブルシットだ。そんな議論に付き合うお前の情けなさ!お前は言い訳の為にイクサしているのか?エエッ?」

 老人はボリボリと音を立てて成形ツケモノを噛んだ。「状況判断が足りてねえんだ、状況判断が。窮屈な事してッから。テメエで好きにやりゃいいんだ。まずはそこからだ。この小市民サラリマンめが」フジキドは再び座り、アグラした。「返す言葉もねえだろう」「……」フジキドはチャを飲んだ。

「私を調べたか?」「図星か?サラリマン」師は睨んだ。「飯を食って寝て働いて飯を食って寝る、お前のルーチンを多少観察すりゃァな、まさにサラリマンよ」フジキドは師を凝視した。師は手を振り、「いや、いい!バカンスしろなんて言わねえ!どうせマジメにバカンスするだけだ、碌な事にならねえ」

 フジキドは息を吐き、妻子を動物園や牧場に連れて行った事を思った。そしてマルノウチ・スゴイタカイビル……。「家族の事か?図星か」とすかさずマスター・ヴォーパル、「やめろ、メソメソされても手に余る」「センセイはどうだ」「俺に質問するんじゃねェよ」

 老人は楊枝で歯をせせった。「飽きたら棄てる。欲しくなったらまた作る。そんなもんだ、家族や弟子なんてものはよ」「……見解の相違としておこう」フジキドは食器を下げ始めた。

 

◆◆◆

 

 タマ・リバー上流。開発途中で廃棄されたベッドタウン建設予定地の鉄骨の連なりの奥に、彼の目指す場所はある。繰り返し引き起こされた土砂災害の爪痕によって周囲の様相は凄まじい。断崖に穿たれた裂け目は人為的なものか、自然物か。それがタイガー・シュラインの入り口であった。

 マスター・ヴォーパルがフジキドをこの地へ遣ったのは、彼の言うところの「精神鍛錬」の為だ。身体を横向けねば進んでいかれぬほど狭いクレバスを進んだ先で、闇が開けた。フジキドはマッチを擦った。そこはタタミ20枚程、意外にも大きな空間である。いや……修行内容が真実ならば、やや狭いか。

 彼はマッチの火を、空洞の壁沿いに張り付く無数の蝋燭に移して行く。この隠し修行場を用いた先人が遺したものだ。空洞は揺らめく明かりに照らされ、奥に鎮座するビヨンボ(訳注:屏風)を浮かび上がらせた。朽ちかかったビヨンボに金の絵の具で描かれているのは、竹林のタイガーであった。

 ビヨンボはかなり大きく、タイガーはフジキドの背丈よりも大きい。揺らめく明かりが影を動かし、修行準備を行うフジキドを目で追うかのようだ。フジキドは赤黒装束の懐から小さな香炉を取り出し、ビヨンボの前に置いた。さらに、懐から黒いヨーカンめいた物質を取り出し、砕いて、香炉に納めた。

 フジキドはマッチをもう一摺り。火を投じる。煙が立ち上り、独特の臭気が洞窟の中を満たす……。(無駄にするなよ。ただのハッパじゃねえんだからな。今日び調達困難なシロモノよ)師は出立するフジキドに言って聞かせた。「当然これもお前のツケになるわけだがな!」声?いや、記憶だ。幻聴か。

 これは古事記にも残された由緒正しきザゼン修行だ。洞窟で香木を焚き、ビヨンボに描かれたタイガーを出現せしめ、これを倒す。フジキドはアグラした。「スゥーッ……ハァーッ……」やがてオレンジの単色だった洞窟の壁は、エコー・エフェクトがかかった音像めいて、にじみ、ぼやけ始める。

 虎よ、虎よ。汝の恐ろしき美を……定めしは……いかなるワザの持ち主か……「GRRRRR」前足が、そして鼻が、牙が、眼が、ビヨンボから抜け出し、アグラするフジキドを値踏みするかのように確かめる……その周囲を、座して、あるいは身を乗り出して、無数のニンジャ達が見物している……。

「まだだ……まだだ」フジキドは呟く。炎の中でニンジャ達がフジキドを見つめる。噎せ返るように濃厚な、ミルクめいた空気。砕いたインゴット……黄金……黄金のタイガーはビヨンボから完全に抜けだした。そしてフジキドの周囲を回り始める。タイガーは炎にとけ、フジキドの周囲を渦巻く……。

 (((殺すべし……))) (((ニンジャ))) (((ニンジャ殺すべし))) (ニンジャ)「ニンジャ」「ニンジャ殺すべし」遠くから届く残響はフジキドのニューロンを塗り潰し、渦巻く炎の勢いはいよいよ強く、周囲のニンジャ達はその眼を爛々と輝かせる……!「ニンジャ殺すべし!」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは立ち上がった。金色の炎が色彩を洗い流す。彼が立っているのは墨絵めいたモノクロームの地平。不毛の荒野だった。それでいて彼はどこかおぼつかない心持ちだった。確かに彼の足の下には墨絵めいた地面がある。だが、重力……然り、重力を感じないのだ。

 彼は天地を見渡した。ナラク・ニンジャの眼を通して。己自身の、否、ナラク…ニンジャの息遣いを……鼓動を……漲る邪悪なカラテを。彼は自らの意志によって、サップーケイ空間へ再びエントリーしたのだ。

 チカチカとちらつく、小山のような物体が周囲に無数にあった。それがうず高く積み上げられたニンジャの死体であることはすぐにわかった。「つぎ のえも の  は だ   れぞ。ま    い   れ」ナラクは燃える息を吐き、ぎこちない言葉を発した。「ナ   ラク?」フジキドは訝った。

 なぜなら彼自身の言葉もまた、うまく流れぬのだ。サップーケイ空間を流れる霞の動きもぎこちない。「バカめ フジ キ   ド。見よ こ  のわ  ずらわし   き」ナラクが唸る。フジキドは頭を潰されそうな重圧を感じた。彼は直感した。死体。多すぎる。ニンジャの情報量が。

「わし   を   は   なてフジ キ  ド」ナムサン。閉じた空間でひたすらにイマジナリー・ニンジャを殺し続けた事が、このような過負荷を作り出しているのだろうか。無情にも、ナラクの前方、一体、二体、三体……新たな敵が出現する。これもまた死した後、この空間を毒す枷となるのだ。

「ド  ー  モ。ブ    ラック   オ ニ  キ  スです」「ク   ル  セイ   ダ  ー    で す」「ス   カベ   ン   ジャ    ーです」フジキドはナラクの感ずる煩わしさを同様に感じていた。身体が重すぎる。ぎこちなく、だが着実に敵ニンジャが迫ってくる。

「イ   ヤーッ  !」「グワ     ーッ!」ナラクはクルセイダーのサイバー馬にチョップ突きを繰り出し、内燃機関を破壊すると、振り向きながらの回し蹴りをスカベンジャーに叩き込んだ。「グ  ワーッ!」吹き飛ぶ。重い。ブラックオニキスの肘打ちが首筋に突き刺さる。「グワー ッ!」

「イヤー   ッ!」「グ  ワーッ!」スコーピオン・ケリがブラックオニキスの顔面を捉え、吹き飛ばす。「ナ   ラク!」「だ   ま  れ フジ  キド! イク   サ   の  さ  なかぞ」「ナラ   ク!」フジキドはナラクに執拗に念話を送り込んだ。

 このままでは埒があかぬ。状況は悪化し続け、早晩、窒息するほど多量の死体の中で、最後のイマジナリー・ニンジャがナラクにトドメを刺すだろう。敵達はカクつきながら体勢復帰する。対応しきれない。「はなて  と 言ったな」「然り!」もはや猶予無し。フジキドの意識がナラクを……捉えた!

 

◆◆◆

 

 フジキドの意志はナラク・ニンジャのそれと重なり合った。普段の共振現象とは逆だ。そして何倍も恐ろしい危険な行いである。憎悪と害意の超自然的集合体、人ならざる存在の煮えたぎるイドの奥底へ潜って行くのは。だがフジキドに逡巡はなかった。先へ進む為、戦い続ける為に必要なプロセスだった。

「ニンジャ」「ニンジャを殺す」「殺すべし」「ニンジャ殺すべし」「ニンジャ」「ニンジャ殺すべし!」「全ニンジャ殺すべし!」「根絶やしに!」「皆殺すべし!」「滅ぼすべし!」「全ニンジャ!全ニンジャ殺すべし!」なんたる殺意の濁流!フジキドの意志は呑み込まれ、押し流されよう……否!

 赤黒い濁流の只中にあってなお、フジキドは自我を保ち、小さいが確固たる輪郭を保ち続けていた。全ニンジャ殺すべし。ナラクの意志はフジキドの復讐心と似ている。似ているが同じではない。フジキドはふと思い出す。かつてもそのような問答があった事だ。彼は濁流の奥を見据え、飛び込んだ。


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「イチロー!最後の言葉はあるか!乞い願うべし!さすれば慈悲深く残してやらんこともない!」

「……」イチローは首を動かし、声の方向を見ようとした。バンブーによって執拗に全身を打ち据えられ、口中は腫れ上がって喋る事も難く、両瞼もオバケめいて垂れ下がり、視界はほとんどない。彼は浮いていた。違う。磔である。身体の自由が効かぬ。尤も、自由であっても、この怪我では動けまい。

 むき出しの土は乾ききり、風が吹く度、白茶けた砂埃が舞い上がった。イチローはまず、声の主……サムライに囲まれて立つダイカンを見た。ダイカンのやや後ろには、金糸の携帯椅子に尊大に腰掛けたニンジャがいる。ニンジャだ。その反対側で、村人達は嗚咽を押し殺し、見物を強いられている。

「砂埃が凄い」ニンジャが呟いた。「申し訳ありません!」ダイカンがドゲザする。イチローは朦朧と、この顛末を思い起こす。途中の山路でダイカンの兵に捕らえられ、嘆願の希望は潰えた。そして、思いがけず、報せを聞いたグレーターダイカン当の本人が村を訪れた。……このニンジャがそうだ。

 ニンジャが支配する暗黒の平安時代において、政治機構の中枢にあるのは当然、ニンジャ達だ。しかし、末端のナイーブな寒村民に過ぎないイチローや他の村人達が、そんな事を知る由もない。彼らは今年のコメの取れ高に苦しみ、ネングに喘いだ。更に空気税まで追加されたとなれば、窮状ここへ極まる。

 村の土地はダイカンの、ひいてはキョートの所有物であるから、その地の空気を無料で吸うのはおこがましい。そういう理屈であった。馬鹿げた話であるが、反抗すれば即ち斬首である。ダイカンのガルザエモンは無慈悲な支配者であり、権力をかさにきて、横暴の限りを尽くしていたのだ。

 ガルザエモンは幾らなんでも酷すぎる。この実情を、もっと偉い人に直接伝えれば、懲らしめてもらえる。村人達は合議でそのように結論づけた。ヒキャク役として白羽の矢が立ったのが家族のないイチローだ。流行病で息子夫婦と孫を亡くし、天涯孤独の身。彼自身もすすんでその役目を受けた。

 だが、結果はこれだ。望みはまだある。グレーターダイカン。直接やってくるとは。要は、嘆願の手間が省けたのだ。彼がこの顛末を知れば……「ダメでしょう、卑しい虫がキョートにつながる空気を吸う、本来ならば重罪ですよ?」グレーターダイカンは滑らかに言った。「それを税で許す。善政です」

「ありがとうございます!」ガルザエモンが素早く再びドゲザした。「面白いゆえ、この税制は中央に持って行きましょう。よくぞ考えたものだ、卑しい非ニンジャの卑しい頭で」グレーターダイカンが雅やかに言った。「ありがとうございます!卑しいです!」ダイカンは三たびドゲザした。

「さて、パチパチ爆ぜる人間の眺めは大好物ゆえ、こうしてリキシャーを飛ばさせた。末期の言葉などよい。始めなさい。……家族はどうしました?この者の」「家族は!」ガルザエモンが村人達に凄んだ。「お、おりません!」最長老が答えた。「ならばそこの一家を焼け」グレーターダイカンは言った。

「アイエエエ!」「アイエエエ!」キヨコ一家が縄で縛られ、イチローの磔の足元に並べられる。「痩せっぽちばかりで、脂が足りず燃えにくい。おお、いやだ……見るのも凄まじい、誇りのない者たち」グレーターダイカンが眉を顰める。「ググーッ」イチローは唸った。無念。なんたる無念か。

 イチローは、圧政を、悪意を、社会を甘く見積もっていた己の愚かを責めた。ジマタやスジモトら、村の過激派の意見を選ぶべきだった。イッキすべきだった。ジマタ達は今、村人の中で歯を食いしばり、ドゲザを保っている。無念であろう。イッキ……だが、彼らの策はあまりに非現実的であった。

 古戦場で拾ってきたニンジャの生首を、ジマタは大事そうに布に包んで保管していた。ニンジャの生首を用いて、この地の悪霊を呼び出す。そうした荒唐無稽な話なのだ。ジマタは日頃から神がかりの気があった。飢饉、そして新妻が初夜権で召し上げられ、最終的に自害した事で、妄想を悪化させたのだ。

 悪霊でダイカンをとり殺す……なんたる愚か。だが、そんな妄想でも、嘆願などというナイーブ行為よりはよほどにマシだ……あのようなニンジャにむざむざと希望をつないで……バカ!ウカツ!「火をくべよ!」「ハイ!」「アバーッ!」「アババババーッ!」……サツバツ!おお、ナムアミダブツ!

 むせかえるような臭いと熱がイチローを襲った。炎が礫台を伝い、イチローを容赦無く焼き始める。「ググーッ……ググ……グワーッ!グワーッ!」「おお、コワイ!サツバツ!」グレーターダイカンは手を叩いて笑った。「ハイクを詠みたくなってきた!心と体にたまらない活力が湧いてくる!」

 脳が煮え、腫れ上がった瞼がめくれ、目が白濁してゆく。叫びながら、イチローはジマタを見た。ジマタがふいにドゲザから顔を上げ、懐から萎びた干し首を取り出した。それを天に掲げ、何か、愚かで禍々しい文言を唱え始めた。グレーターダイカンが眉を顰めた。サムライが弓矢でジマタを射殺した。

 炎がイチローを焼き尽くした。真っ黒に炭化しながら、イチローは震えていた。脳が崩れ、思考を奪い去ったのちも、彼の憤怒と憎悪は少しも衰える事がない。それは、己への、ダイカンへの、支配者への、ニンジャへの、村への、世界への怒りと呪いであった。イチローは死んだ。呪いは消えなかった。

 イチローは闇の中にいた。虚無である。いや、ひとつ、確かなものがある。それはジマタが掲げたニンジャの生首であった。生首が空っぽの眼窩の奥の光をイチローに向けた。闇の中、遥か下から、赤黒い飛沫が奔流となって噴き上がった。イチローはその奔流を己に引き寄せた。呪いによって。

 やがてイチローは赤黒の奔流を纏い、さらにはそれを生首に伸ばし、絡め取った。「名乗れ」イチローはニンジャの生首に問うた。「おのれ……カツ……ワンソー……」古戦場に遺されていたという生首が、譫言めいて呟いた。いにしえの響きを。「名乗るのだ」イチローは繰り返した。「……ナラク……」

「ナラク!」イチローは……イチローであったものは……ニンジャソウルの残滓を己の中へ引き寄せた。赤黒い力は今や彼の体内を血流じみて激しく巡っていた。そこへ、ニンジャソウルは溶けた。「ナラク!」彼は叫んだ。「今から、儂はオヌシだ!ナラク!」彼は刮目した!天地の狭間!礫台が砕ける!

 砕けた礫台を背に、彼は着地した。炭化した死体を蹴散らし、ジゴクの煙を口から吐いた。焼け爛れた皮膚はザワザワと命を持って蠢き、やがて、赤黒の装束を形作った。それからブレーサーを。それからメンポを。彼は赤熱する指でメンポをなぞった。指の力でメンポを抉り、刻んだ。「忍」「殺」。

「アナヤ!?」グレーターダイカンが金糸の椅子を蹴り、後ずさりながら立ち上がった。「デ……」ダイカンがナラクを指差した。「デアエー!デアエー!」「「「ウオオーッ!」」」サムライ達が手に手にカタナを構え、わけもわからず、恐怖の叫びとともにナラクに襲いかかった。

「イヤーッ!」ナラクは先頭の二人の顔面を左右それぞれの手で摑み、捻じりながら引き剥がした。それを振り捨て、両腕をがむしゃらに振り回して、肉を、頭を、臓物を毟り取った。崩れ立ち、背を向けるサムライの背中に指を突き入れ、背骨を引きちぎった。「アバーッ!」「アバーッ!」

「アイエエエ!」村人達が我先に逃げ出そうとする。ナラクはそちらをめがけ、次々にスリケンを投げ、殺していく。腕を振れば、その度に赤黒い炎と灰が放たれ、飛びながらスリケンの形を取って、村人に突き刺さるのだ。「アバーッ!」「アバーッ!」「アイエエエ!」ダイカンが失禁、後ずさる。

「イヤーッ!」ガルザエモンの両目に親指と人差し指を深々と埋め込む。「アバーッ!」「サツバツ!」「アバーッ!」力任せに指を引き出し、二つの眼球を鼻と視神経ごと引き摺り出す。ナラクはそれを捨て、グレーターダイカンめがけツカツカと歩き出す。ガルザエモンはうつ伏せに倒れ、死んだ。

「アイエエエ!」グレーターダイカンは後ずさりを続けた。「オバケ!ジゴクへ帰れ!こんなおかしな事はない!何者!?反逆!イッキは大罪ぞ!わきまえよ……」「ドーモ」ナラクはオジギを繰り出した。「ナラク・ニンジャです。オヌシも名乗るがいい!」「アイエエエ!」

 グレーターダイカンは震えながらアイサツを返す。「ドーモ……ナラク……ナラク・ニンジャ=サン……ワンバ・ニンジャです……許し……」「イヤーッ!」「アバーッ!」オジギ終了からコンマ02秒後、ナラクの右手はワンバ・ニンジャの胸を破り、心臓を摘出していた。「信じられぬか」「アバーッ」

「思うまま虐げてきた卑しきものに殺される無念の味はどうだ」「ア、アバッ」「ググググ……」ナラクは目を細め、唸るように笑った。だがその目はすぐに憎悪に見開かれた。「ニンジャ。殺すべし!」「アバーッ!」ワンバ・ニンジャは倒れ込んだ。「グッハハハハ!イヤーッ!」顔面を踏みにじる!

「アバーッ!こんな事があっていいはずが……」「ググググ……グハハハハハ!」「サヨナラ!」ワンバ・ニンジャは爆発四散した。「……ウ、ウ、ウ」ナラクは爆発四散痕を踏みしめながら、俯き、嗚咽じみて震えた。嗚咽はやがて咆哮と化した。彼は仰け反り、叫んだ。「ウルオオオオオオーッ!」

 0100111011101……殺す……ニンジャを殺す……赤く染まった視界は、常に、血にまみれたニンジャを映していた。彼らは一様に、畏れ、目を見開き時には命乞いをした。彼らは皆、信じられぬようだった。平安時代の治世に、かような者が。己を殺しに現れる。ナラクは殺し、壊し、殺した。


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 0100101111……「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ナラクは走りながら赤黒く燃えるスリケンを次々に投擲し、シの眷族を殺めてゆく。彼らは良く練れた戦士であり、ナラクには遠く及ばぬながら、一人一人を倒すのに多大な時間を要した。徐々に包囲は狭まっていた。

「イヤーッ!」「ヌウウーッ!」鎖分銅がナラクの腕に巻きつき、スリケンを封じる。そこへ別のニンジャがトビゲリを仕掛ける。このニンジャもやはりシの者!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ナラクは身を捻って蹴りをかわし、脚を掴んで地面に叩きつけた。「グワーッ!」頭を踏み潰す!「サヨナラ!」

「「ヌウウーッ……!」」朝霧の立ち込めるススキの原で、ナラクは敵ニンジャと鎖を挟んで格闘する。「おのれ……姿を見せよ……おのれ……!」「よかろう」霧の中に輪郭が浮かび上がり、女のニンジャがしめやかに進み出た。ザワザワと音を立て、地の草が桜色の光を帯びて浮かび上がる。

 ナラクの攻撃手はいまだ鎖分銅のニンジャによって封じられている。ナラクの両腕が燃える。いかにしてこの者を殺す!忌々しい鎖のニンジャを!そしてこのシ・ニンジャを!奇怪なホタルじみた桜色の光……!「イヤーッ!」だが、その時、霧の中から更に一人が飛び出す!

「イヤーッ!」一人!「イヤーッ!」一人!「イヤーッ!」一人!桜色の光が舞い狂い攻撃方向を惑わす中、ナラクは片腕で攻撃を迎え撃つ!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」……だが、今一人……最後の一人が飛び出す速度は、ナラクの反応速度を以ってしてもなお速かった。

「イヤーッ!」「グワーッ!?」キリモミ回転するヤリと共に飛び来たったのは、深い草色のニンジャだった。ナラクは己を打ち倒した者を見上げる。そして胸をひと突きに貫いたヤリを。「グワーッ!」「これがYoTH」草色のニンジャはメンポの奥から悲哀の眼差しを向ける。「災いよ、滅ぶべし」

「オノ……オノレーッ!」「……我が名はヤマト・ニンジャ」容赦無くYoTH(ヤリ・オブ・ザ・ハント)の穂先を捻じり込みながら、草色のニンジャは名乗った。「ニンジャ!ニンジャ殺すべし!」胸から赤黒い炎が噴き出し、ヤマト・ニンジャの腕を焼いた。「グワーッ!」だが離さぬ!

「滅びよ!邪鬼め!」ヤリを捻じる!炎が噴き出す!シ・ニンジャの怜悧な桜色の目!霧の中から次々に現れる包囲敵!憎悪!ヤリの穂先はナラクの体内の炎によって飴のように溶け……010001000111001110011……


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 01000……「イヤーッ!」彼は最後のチョップを、娘の仇……ストゥージと名乗るニンジャの肩口にめり込ませた。既に彼の左腕と右脚はストゥージの残忍なツルギによって失われていた。彼は己の命を、最後の火を燃やした。「アアアアーッ!」チョップが燃え、ストゥージを袈裟懸けに両断した!

「バカな!俺は!ニンジャとなったのだ!」ストゥージが苦悶した。「俺の!栄光が!こんな事で!」「……」彼はもはや言葉を発する事もできず、くずおれた。「サヨナラ!」ストゥージは爆発四散した。彼は復讐の終わりを知り、安らかに……「やめろ!やめてくれ!アバーッ!」赤黒の炎!苦しみ!


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 010001……「イヤーッ!」「グワーッ!」少尉は切り裂かれた喉から血を噴き出し、たたらを踏んだ。「……」彼はカラテを構え、ザンシンした。「サヨナラ!」少尉は爆発四散した。数秒後、次々にサーチライトが彼を照らす。そしてサイレン。ヘリの音。「……」彼は目を閉じ、両手をひろげる。

「やるがいいさ」彼の呟きは誰にも聴こえなかったろう。BRATATATATA……BRATATATATATATATA……機銃が軍曹を蜂の巣にし、肉塊に変えた。死体は赤黒い炎をにわかに発し、彼を銃の痛みを遥かに超える無限の責め苦に葬った。


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 0101111011……「ウフッ!ウフフフフフ!」もっと!もっと殺したい!ニンジャも!非ニンジャも!彼には力がある!死にたくない!最高なんだから!「もっと力をくれよォー!楽しませてくれアバッ」肉体の限界。彼は痙攣し、立ったまま死んだ。赤黒の炎がその呪われた生を閉じた。


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 010111……「嫌だ……もう終わったんだ」彼は頭を抱え、うずくまって震えていた。「もう誰も傷つけたくない。必要に迫られただけなんだ。何故こんなことをさせるんだ」「ニンジャ殺すべし」水溜りに映る彼自身の姿が命じた。「殺すべし」「嫌だ」彼は自らの手で両目を抉り、脳を掻き壊した。


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 0100011100111……ニンジャ……ニンジャ……ニンジャ……0110111011……全ニンジャ殺すべし……ニンジャ殺すべし……「手綱を握るのは私自身」……01001101……ニンジャスレイヤーは再びその目を見開いた。サップーケイ空間の中で。

 BOOOOOOM……ニンジャスレイヤーを中心に、強烈な放射状の風が放たれた。ニンジャの死体の山々が吹き飛ばされ、空中で立て続けに爆発四散してゆく。それらは01ノイズに変換され、跡形もなく消滅した。ニンジャスレイヤーはジュー・ジツを構え、かかってくる三人のニンジャを見据えた。

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ブラックオニキス、スカベンジャー、クルセイダー。それらニンジャもやはり空中へ吹き飛ばされ、爆発四散して01ノイズに溶けていった。「最後の一人だ」彼は呟いた。「ドーモ。インターラプター=サン」

「ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン。インターラプターです」墨絵空間の中で、彼らは対した。ニンジャスレイヤーの記憶を元に構成された巨躯、カラテ、そして人格。「久しぶりだな」インターラプターは目を細めた。「とっとと始めるとしよう」


4

 インターラプターの身体がゆらりと動いた。彼が取ったのは絶対防御カラダチの構えである。二者を取り巻く墨絵空間を、放射状に吹き荒れる風が洗う。頭上には金色に輝く立方体が浮かぶ。地平の果てにはトリイ・ゲートが出現した。あれは帰還手段だ。既にこの空間を封じる障壁は失せたのである。

 この世界はじきに自壊する。だが、その前にやるべき事が残っている。インターラプターを喚び出したのはニンジャスレイヤー自身の意思であった。彼はインターラプターの非道な殺戮を、そののち浮浪者シェルターで生きたさまを思う。ニンジャの生を。「フジキド」ナラクが念話を飛ばした。

「おめおめと、たわけに戻って参ったわけではあるまいな」「ナラク」ニンジャスレイヤーはチャドーの呼吸を深める。その双眸が赤く光り、ニューロンの、血管の、筋組織の端の端まで、赤黒の邪悪なニンジャソウルが浸透する感覚をおぼえる。深い合一だ。そして、ここより前に彼が戻ることはない。

「おれのカラダチとタタミ・ケンに敵はない」インターラプターは言った。「来い。時間はまだまだある」大地に焦げ茶の色彩が生じる。石くれがパラパラと浮き上がり、空へ吸い込まれる。二者はじりじりと間合いを詰めてゆく。呼吸のリズムが噛み合った。初撃は同時だ!「「イヤーッ!」」

 二者がカラテを打ち合わせるたび、衝撃波は風となって、崩れゆく世界を震わせた。糸口を。糸口を見出すべし。インターセプター攻略の糸口を。アマクダリ攻略の糸口を。その先を!光を!カラテのその先に!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」


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 0100010110111……「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの繰り出した拳は、洞窟を照らす金色の光の中、飛びかかるタイガーの顔面を真芯に捉えた!「GRRRRRR!」「イイイイイイヤァーッ!」更にその顎の根元へ!最後のアッパーカット!

「ゴアアアアオオン!」金色の虎は激しい熱と火花に還元され、爆散した。ニンジャスレイヤーはザンシンし、周囲を認識した。目の前にはタイガーのビヨンボがある。彼は手のひらを見つめた。握り、開く。両目の赤い光は徐々に薄れ、赤い虹彩が留まった。それが彼の、一生戻る事のない瞳の色だ。

 洞窟を去り際、ニンジャスレイヤーは一度振り返った。ビヨンボの周囲にアグラするニンジャ達が一斉に顔を上げ、見返した。瞬きすると、その姿は消え失せた。「終わったか!」洞窟の外で待ち構えていたのはマスター・ヴォーパル、携帯コンロの鍋から顔を上げる。「終わったか!この飯は俺様の分だ!」

「終わったぞ」「チョージョー」マスター・ヴォーパルはアンコシチューを椀によそいながら、ニンジャスレイヤーの目を見た。「いや、ナムアミダブツか。オバケじみた事になったな、エエッ?」「問題無い」「……よかろう。シャンとしろよ」「うむ」「このシチューはダメだ。大根でも取って来い」

「何をしに来た」「そりゃァ、テメエがオーバードーズで死んだら死体を回収せにゃならんだろう。大事なザゼン・スポットに腐乱死体はマズイ」彼はズヒズヒと音を立ててアンコシチューを啜り、「で、うまくいったッてんなら、当然、賞品の授与がある。俺様のドージョーは至れり尽くせりよ!」

「賞品?」「そうだ!これだ!」彼は懐からシワシワのオリガミを取り出し、開いて見せた。のたうつような字で、「マスター・ヴォーパル先生免許の皆伝」とショドーされている。「ありがたく取っとけ!全国のデパートやレストランで100%のディスカウントだ!お前のワザマエ次第で!」

 老人はオリガミをスリケンの形にたたみ直して渡した。「何だ。ああ、副賞が気になっとるな、その顔は。いいか。ウチのドージョーは至れり尽くせりよ。ドラゴン・ゲンドーソーのようなピューリタニズムは無い!俺様がわざわざここへ来たのは死体回収の為だけじゃねえんだ。ここから近い!」

 ……食事を終えたマスター・ヴォーパルは、ニンジャスレイヤーを伴い、土砂崩れ跡の上へ奥へと進んで行った。驚くべきことに、第二の洞窟が実際存在していた。キーコード認証をマスター・ヴォーパルが勿体つけて行うと、鋼鉄のゲートはゴウゴウと音を立てて上に開いた。

「ここは、いわば俺様の資材の隠し場所だ。わかるだろ?こういう工夫が必要だ」徐々に下る狭い通路を、マスター・ヴォーパルはスタスタと歩いてゆく。「ここは、昔の誰やら、下級ニンジャ豪族の遺跡の改装よ!カネをかけたンだ。キョート・ワイルダネスにも巣を作ったが、あっちは飽きた」

 やがて彼らはタタミ敷きの空間にエントリーした。広さはビヨンボ・ザゼンの洞窟と大差ない。奥にも通路があるが、「関係者」と書かれた厳めしいシャッターに塞がれている。ニンジャスレイヤーは壁沿いにずらりと並べられた品々に注目した。「好きな武器をひとつ取れ」とヴォーパル。「実際安いぞ」

 ニンジャスレイヤーは腕を組み、無言である。マスター・ヴォーパルは武器を構えて並ぶニンジャ像や、籠に投げ込まれた複数の刀剣類のもとへ歩いていく。「ワインもある。だがワインはダメだ。そうさな、例えばこれだ」彼は奇怪な三日月状の湾曲剣を手に取った。「わかるか!貴様にこの凄みが!」

「……」「これは、盾を構えたニンジャとの戦闘で非常に役に立つ!ショーテル剣だ。この湾曲で、盾を飛び越えて、こうだ!脳天を直撃!骨董だぞ!ダマスカス鋼だ。プロペラ戦闘機ぐらいの価値があるが、キャデラック一台の値段で我慢してやる」ニンジャスレイヤーは首を振った。

「ダメか?なんたるワガママ!ではこれだ」マスター・ヴォーパルは飾り鞘から一振りの剣を抜いてみせた。「俺の短剣を鍛えた刀匠のクランの、200年後の作だ。価値は随分落ちるが、周囲のニンジャを感知する力はちゃんと伝えられ……要らんか。ペッ!ニンジャ感知能は修行で身につくからな」

 マスター・ヴォーパルは邪悪なアフリカ投げナイフめいたスリケンを指し示した。「あれはどうだ?ヘビ・ニンジャ・クランの武器よ。ヘビ・ニンジャ・クランは技巧に長け、実際バジリスクとニーズヘグの武器は……ダメか?よくよく堪忍袋を温める男よ」老人は肩をすくめる。「ならばベンケの武器だ」

 老人は右手に金棒、左手にサスマタを持って、見せびらかした。「多分本物だ!ベンケ・ニンジャを知っておるな?ムテキ・アティチュードにも長けていたとされるニンジャ戦士……」ニンジャスレイヤーは身をかがめ、籠の中の有象無象の中からひとつ、取り出した。老人は顔をしかめた。「それを?」

 ニンジャスレイヤーは頷いた。「ヌンチャクは過去によく使っていた武器だ」「ものの価値のわからんやつ!」マスター・ヴォーパルは溜息をついた。「骨董的価値も資料的価値もなし!そいつはどこかの列車強盗か何かの武器だ。なんのニンジャ・エンチャントメントも無いぞ!」「実際安いわけだな」

「グヌーッ」マスター・ヴォーパルは唸った。「ツケで許してやるというのに、こんなところでケチをするでない!いや待て、ヌンチャクならば四方刃ヌンチャクと短銃ヌンチャクがあるぞ!」「過不足無し」ニンジャスレイヤーは言い、その場で中腰姿勢を取ると、一通りのヌンチャク・ワークを行った。

「……よかろう」マスター・ヴォーパルは渋々頷き、懐から借用書を出すと、数値を書き加えた。「後はお前次第だ。利息もキッチリつけるぞ。どんどん返して元本を減らせ。忠告だ、師としての!」彼は借用書をニンジャスレイヤーに突きつけた。ニンジャスレイヤーはそれを受け取り、懐にしまった。

「インストラクションを感謝する。センセイ」ニンジャスレイヤーはマスター・ヴォーパルにオジギをした。マスター・ヴォーパルは欠伸をした。「債務履行!絶対だぞ」「承知した」「ならば、とっとと行け」「うむ」ニンジャスレイヤーは踵を返し、駆け去った。老人は腹を掻き、くしゃみをした。

 

◆◆◆

 

 フォンタマ・ストリート。ウシミツ・アワー。重金属酸性雨の激しく降りしきる夜だった。

 普段はこの時間でも人通りの多い地域であるが、数ブロックに渡り、人の気配が無い。強い雨の為か。それもある。だが、道沿いのバーや深夜ゴフク、流しソーメンの店々も、この日は示し合わせたように営業を見合わせていた。

 理由は……見よ。水色の巨大招き猫を屋上に戴く会員制クラブ「猫チャン蜜」。招き猫の手の巨大コーベインを。そこに異物がある。コーベインを礫台じみて、大の字に身体を拡げたニンジャの死体があった。両手足首にはスリケンが深々と突き刺さり、これが何らかの不条理事故でないことは明らかだ。

 下の無人ストリートに次々にヤクザリムジンが乗りつけ、ダークスーツとサイバーサングラスを身につけた同じ背格好の者らが続々と降りてきた。彼らのネクタイには「天下」の漢字を意匠的におさめたエンブレムの刺繍がある。アサルトライフルで周囲を警戒しながら、彼らは招き猫を確認した。

 彼らが皆同じ顔立ちをしているのは偶然ではない。兄弟でもない。顔色の悪さは病気ではない。ネオサイタマの闇社会ではクローン技術が実用化されている。彼らはクローンヤクザなのだ。「ドーモ」「ドーモありました」「あれにありました」「センセイ」彼らが上を指し示す中、リムジンから更に一人。

 クローンヤクザのLED傘の下、黒いミリタリーコート姿のニンジャ……然り、ニンジャだ、ニンジャ頭巾にメンポ、酷薄かつ鋭い眼光、ニンジャでなくば何であるか……は、まずは己のニンジャ視力で死体を確認し、そのあと、注意深くスコープを取り出して拡大観察した。「……アイスジャベリン」

 アイスジャベリンはコリ・ニンジャ・クランのニンジャソウルを憑依させた白装束の一門。アマクダリ・セクトの中でも斥候や暗殺者として、組織内でよく知られるニンジャだ。「……」ミリタリーコートのニンジャはスコープ越しに眉根を寄せる。アイスジャベリンのメンポが無い。剥ぎ取られている。

 何故だ?答えはすぐにわかった。アイスジャベリンの口には豚足が詰め込まれ、ワイヤーで固定されていた。あきらかな悪意。アイスジャベリンを殺した何者かは、ニンジャ暗殺者の符丁を知り、それをあえてなぞって見せているのだ。しかもアイスジャベリンは爆発四散していない。おそらくは衰弱死。

「ひでえな」ニンジャは顎で合図した。クローンヤクザが彼のミリタリーコートを脱がせた。中から現れたのは、リベットつきのベルトを複数巻きつけた特徴的なニンジャ装束だ。背中には「トクシュブタイ」のカタカナ。彼の名はファイアブランド。アマクダリ・セクトの中枢のニンジャである。

 ニンジャが一般市民に殺される事など、通常ありえない。即ち、その犯人もまたニンジャ。何らかのトラブル。抗争。アマクダリへの反逆。看過できるものではない。ニンジャを相手にするとなれば、犠牲者よりも手練れのニンジャが必要である。ファイアブランドのような中枢(アクシス)のニンジャが。

 アイスジャベリンの死体が発見されるや、即座に緘口令が敷かれ、マッポ権力によって地域住民は一箇所に集められた。彼らの中で必要な者は自我科の緊急処置を施され、ホテルで一泊したのち、明日には通常の生活に戻るだろう。直接の発見者を初めとする何人かは冷たいところで寝ている。

「もう少しばかり……イヤーッ!」ファイアブランドは「大出火センス」のネオン看板を蹴り、「猫チャン蜜」の屋上に着地した。「……天気のよろしい時にやって欲しいもんだぜ」彼は足場を無雑作に伝い、コーベインに磔になったアイスジャベリンのもとへ辿り着いた。「おお、おお、ブザマだな」

 さて、誰がやったか。ファイアブランドは恐怖で見開かれ濁っているアイスジャベリンの双眸を、そして豚足を見ながら考える。アマクダリ・セクトに明確に敵対するニンジャはそう多くない。愚連隊であるサークル・シマナガシは掃討戦によって地下へ潜伏した。早晩殲滅されることだろう。……ならば。

 ファイアブランドはアイスジャベリンの片手のスリケンを引き抜き、あらためる。死体の手がダラリと垂れ下がる。ならば、答えを出すのは容易ではなかろうか?奴だ。ファイアブランドのニンジャ第六感がザワついた。この位置はまずい。ニンジャスレイヤー……「イヤーッ!」

 その瞬間!水色の招き猫の腹を突き破り、ジゴクめいた赤黒の腕が飛び出した!そして、招き猫に密着するように立っていたファイアブランドの喉笛に、真っ直ぐに襲いかかったのだ!

 ファイアブランドの瞬間的な警戒が彼の命を救った。彼は反射的に身をのけぞらせ、このアンブッシュに対応した……メンポで保護されていない顎下の肉がニンジャ頭巾の一部ごと削り取られ、血が夜空に尾を引いた。「グワーッ!」ファイアブランドは下へ落下、リムジンのルーフに叩きつけられた。

 飛び出した腕はそのまま招き猫の腹を下へと裂き開いた。縦に裂かれた燃える傷口を押し拡げ、赤黒い臓物めいて、ニンジャスレイヤーが出現した。彼は屋上の縁に直立。そこから下のファイアブランドを見下ろした。赤く光る両目が死神めいてファイアブランドを捉え、決して逃すことはない。

「カハッ……カハッ。撃ち落とせ。コロセ……」ファイアブランドがかすれた声を吐き、インカムで指示した。「「「ザッケンナコラー!」」」周囲に展開していたクローンヤクザ部隊が一斉にアサルトライフルを頭上へ向け、集中砲火を浴びせる。BRATATATATATAT……「Wasshoi!」

 ニンジャスレイヤーは回転跳躍!巨大招き猫が、コーベインが、磔のアイスジャベリンの死体が、銃弾の嵐の中、ズグズグに崩れてゆく。回転しながら落下するニンジャスレイヤーの周囲で火花が弾け、銃弾を跳ね返している事が判る。鍛錬されたニンジャ動体視力の持ち主であれば見える。ヌンチャクだ。

「ヌウーッ!」ファイアブランドはリムジンのルーフから道路へ転がり落ち、ウケミしながら更に退避!直後、CRAAAASH!車体がV字に折れ曲がり、ガソリンに火花が引火、炎上爆発!「イヤーッ!」破壊者はそこから更に回転跳躍、「カクテル舞な」のネオン看板上に、止まり木めいて着地した。

 ニンジャ動体視力の持ち主であれば見えたであろう。屋上から落下しながら、ニンジャスレイヤーはヌンチャクを戻し、今度は己の拳を真下へ叩きつけたのだ。位置エネルギーと直下への拳撃が合わさった恐るべき破壊力が、ヤクザリムジンを装甲ごと破砕した。カワラ割りである!

「ドーモ。ファイアブランド=サン。ニンジャスレイヤーです」ネオン看板上で直立したニンジャスレイヤーがオジギした。「よくぞ躱した。褒美に、初撃で死に損なった事を後悔させてやろう」「カハッ……ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン。ファイアブランドです」喉を抑えた。「冗談じゃねえ」

 ファイアブランドは踵を返し、走りだした。走りながらインカム命令。クローンヤクザに引き続き指示を出し、十字砲火を行わせる。メディキットによる応急処置とスシの補給の時間稼ぎだ。「スッゾコラー!」BRATATATATAT……更にRPG!「アッコラー!」BOOOM!「イヤーッ!」

 KABOOOM!「カクテル舞な」の看板と店舗が爆砕!既にそこにニンジャスレイヤーの姿はない!再跳躍した赤黒の死神は、着地点にRPGヤクザを選んでいた。「イヤーッ!」「グワーッ!」空中回し蹴りがRPGヤクザの首を280度回転殺!「イヤーッ!」「グワーッ!」周囲三名スリケン殺!

「イヤーッ!」「グワーッ!」ドスカタナを構えて襲いかかるクローンヤクザをパンチ殺!「イヤーッ!」「グワーッ!」キック殺!「アッコラー!」ギャギャギャギャ!別のヤクザリムジンが進行方向を塞ぐように突入!窓が開き、トンプソンヤクザが機銃掃射!BRATATATAT……「イヤーッ!」

「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」二人のトンプソンヤクザの脳天にスリケンが深々と突き刺さり殺害!死にながら振り回されるトンプソン機関銃でカタナヤクザ数名フレンドリーファイア死!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはリムジンを飛び越える!

「ハァーッ!ハァーッ!」ファイアブランドは稼いだ僅かな逃走時間のうちに首・顎先にバイオ包帯をきつく巻きつけ、更にメンポを開いてトロ・スシを一つ食べることにも成功していた。「ナメるな……狂人ごときが……この俺を」背部マニピュレータがせり出し、両脇腹に散弾銃口が展開した。

 ドウドウドウドウドウドウ!ファイアブランドは殆ど道幅全体に渡る散弾を射出。走り来るニンジャスレイヤーを攻撃する。ファイアブランドは多機能アサルト装束で身を鎧うヴェテラン戦闘者であり、邪悪なるハーヴェスターの悪夢じみた小隊の出身でもある。トクシュブタイの称号は伊達ではない。

「イイイヤアアアーッ!」走りながらニンジャスレイヤーはヌンチャクを振り回し、弾丸を弾き返してゆく。火花の路が生まれる。血が散るが、致命傷たり得ない。ファイアブランドは舌打ちした。BOOM!ブーツの踵がロケット噴射。彼はニンジャスレイヤーめがけ跳んだ。「イヤーッ!」

「イヤーッ!」飛び蹴りとヌンチャクがぶつかり合う!ファイアブランドは左腕を斜め上に突き出す。ブレーサー手首部からワイヤーが射出され、「電話王子様」のネオン看板にクサビを打ち込んだ。「イヤーッ!」ファイアブランドの身体が浮き上がった。ビル側面を駆け、ニンジャスレイヤーの後方へ!

「ここだ!」ファイアブランドは撃ち尽くした散弾銃をパージ!電撃的速度でホルスターの大口径リボルバーを引き抜き、ニンジャスレイヤーを銃撃した。BLAMBLAM!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは振り向きざまにフックロープを投げ放つ。鈎形状はかつての物から改善を経ている!

 ニンジャスレイヤーのフックロープはやはり「電話王子様」のネオン看板にカギを引っ掛けた。ロープ投擲直後、やや首を傾げるようにしたニンジャスレイヤーのメンポを削り取るように、大口径銃弾が通過した。「イヤーッ!」巻き上げ機構が働く!ファイアブランドを追う!

「イヤーッ!」ファイアブランドは「電話王子様」の看板を蹴り、跳ね返るように跳んで、追ってくるニンジャスレイヤーめがけ拳を振りかぶった。ガングローブ!手の甲の銃撃機構で、殴った相手に超至近距離銃撃による致命傷を与える、彼の必殺武器だ。ニンジャスレイヤーが飛来!「イヤーッ!」

 ニンジャスレイヤーは攻撃を繰り出す…否!衝突寸前で強く身を捻った。首のマフラー布が鞭めいてファイアブランドの拳に叩きつけられた。BANG!水を含んだ布めいた重みが拳の射出機構を騙した。誤射?ファイアブランドは反動に顔をしかめた。その肩口にチョップが叩き込まれた。「グワーッ!」

 マフラー布が弾け飛んだ。ニンジャスレイヤーとファイアブランドは共に下の路上へ落下!ゴロゴロと転がりゴミバケツを倒すと、横倒しの中から生ゴミやバイオネズミがまろび出た。ニンジャスレイヤーはファイアブランドのマウントを取っていた。赤い瞳の光が収束し、センコじみた赤黒い光となった。

「イ、」「イヤーッ!」「グワーッ!」抵抗しようとしたファイアブランドの顔面にニンジャスレイヤーの拳が打ち下ろされた。更にファイアブランドを殴りつけた。「イヤーッ!」「グワーッ!」逆の手。「イヤーッ!」「グワーッ!」「イクサは決した」死神はジゴクめいて言った。「ハイクを詠め」

「スッゾオラー!」その時、バイクヤクザが転倒寸前のカーブを切りながら突入、ニンジャスレイヤーに斧攻撃を繰りだそうとした。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはノールックでスリケンを投擲、これを殺す。「グワーッ!」バイクはスピンしながらニンジャスレイヤー達のすぐ横を通り過ぎた。

「イヤーッ!」一瞬の隙を突き、ファイアブランドはガングローブでニンジャスレイヤーの脇腹を狙う!だがそれすらもニンジャスレイヤーの想定内のムーブ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは流れるような動作でファイアブランドの腕を極め、手羽先めいて肘関節を逆に曲げて折った!「グワーッ!」

「……ハイクを詠め」ニンジャスレイヤーは繰り返した。ファイアブランドはヒュウヒュウと息を吐いた。「畜生!くだらねえ人生だった……オイ。俺を殺したからといって何も変わらんぜ」「否」ニンジャスレイヤーは瞑想的に答えた。「全ての行いは結果を生み出す。善きにせよ悪しきにせよ」

 重金属酸性雨が降り続く。底抜けの雨だ。ニンジャスレイヤーは言った。「そしてその結果は私自身のものだ。オヌシらにそれを取り沙汰する権利はない」彼はチョップ突きを振りかぶった。ファイアブランドは咳き込んだ。「灯の……絶えし路傍に……ただ雨な……」「イヤーッ!」

 チョップ突きがファイアブランドを貫いた。ニンジャスレイヤーは立ち上がり、敵を解放した。「サヨナラ!」ファイアブランドは爆発四散した。ギャギャギャギャギャ……ギャギャギャギャギャ……生き残りのヤクザリムジンがニンジャスレイヤーを包囲する。クローンヤクザなど、物の数ではない。

 雨。イクサ。カラテ。ニンジャスレイヤーはクローンヤクザを睥睨する。これは始まりに過ぎない!「ザッケンナコラー!」「スッゾコラー!」「チェラッコラー!」クローンヤクザが一斉に銃を構える!ニンジャスレイヤーは両腕を鞭のようにしならせる。その速度からスリケンが生じる!


5

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」右拳!左拳!右拳!左拳!シゲトはコケシマネキン木人にリズミカルなパンチを繰り出す。木人の根元はバネになっており、打撃の反動で頭部を激しくシゲトへ叩きつけにくる。これを素早いスウェーで回避し、「イヤーッ!」ハイキック!

 バウンム!音を立ててコケシマネキン木人が床近くまで倒れ、その反動で戻ってくる!「イイイイヤァーッ!」更なる回し蹴り!バウウウウンム!シゲトは再度跳ね返ってきた木人を抱き止め、停止させると、壁際に置いたイオン水を取りに行った。「ア?」彼は動作を止めた。戸口に人影だ。

「何やってんだよ、カラテマン!」指差しポーズを決めたのは悪友のサイシ。バイオクーガーの毛皮の悪趣味なコートを着て、目にはサイバーサングラス、タトゥーは更に増え、首筋には「切るこれ」とミンチョ体。シゲトはオジギしてみせた。「ドーモ。バカのクソガキ=サン」「ウヒャホ!タフ!」

 二人は拳をぶつけあってアイサツした。「本気でハマッちまってんのか?ゼンかよ?」サイシは呆れ顔で廃ビルの一角にポリウレタンタタミを敷いた即席ドージョーを見渡す。「こんなにしちまってよ!あのショドーは?自筆か?」彼は壁の「文句無い」を指差した。「ああ」とシゲト。サイシは噴き出した。

「なにやってンだかな!いきなりもイイとこだ。何日経ってもやめねえし。リボルバー貰えた俺へのあてつけか?」「よくわかんねえけどさ……」シゲトは呟き、イオン水を飲んだ。「ウフッ!スピリチュアルパワー?」サイシが笑った。「健康に気を配ってやがる!ヴィーガン!ゼン!」「うるせえなあ」

 シゲトはタオルで汗を拭いた。全てはあの日、ドリームランド埋立地でカラテを見た時からだった。シゲトは中学時代にサイシと隠れ家にしていた廃ビルにゴミを持ち込み、DIYトレーニンググラウンドを作ってみた。突飛な行動だ。サイシがバカにするのも無理はない。理由はシゲト自身も言語化し難い。

 あの日、激しくカラテしていた赤黒のニンジャ……あのアトモスフィアが瞼に焼きつき、彼は知恵熱を出して二日寝込んだ。それから彼はカラテの真似事をするようになった。拳を繰り出し、記憶の見よう見まねで鍛錬を行うと、頭のモヤモヤした鬱屈や無力感を忘れられた。タフガイらしくないのは確かだ。

「ウマサマ=サンのジムを使えよ」サイシは言った。「鍛え上げられたこの俺のギャングスタ・ボディにどうやっても敵わねえからって、こんなオカルト秘密訓練?ますます差が開いちまうぜ?」「カラテさ」「それがダメ」サイシはリボルバーをスピンさせた。「BANGBANG!カラテマンも一撃だぜ」

「そういうお前は益々ウマサマ=サンのパシリ小僧だな、エッ?」「羨ましいかよ。すげえだろ?」彼はコートを見せびらかした。「マブなコート、そこらのサラリマンじゃ手も出ねえ。なあ、ウマサマ=サンはお前の事気にかけてるぜ。もっと顔出せッてさ……」「行くさ」「ちゃんとしろよ?」

 サイシは葉巻を咥えた。「禁煙だぞ」とシゲト。「ヴィーガンボイ!晩飯はトーフ・プレートか?天井に穴空いてるっての」サイシは構わず火をつけ、ふかした。「なあ、マジな話もっとドンドン行かねえと。大事なとこだぜ、俺たち。ビッグになるか、ここで死ぬか!」「ビッグなパシリ」「今だけさ!」

 サイシは咳き込みながら、「まあ、テメエの臆病は今に始まった事じゃねえしな……わかってンだろ?ここでこうして、どうすンだ?何もねえ!」「わかってるさ。やるッての!」「わかってねえな!お前は苦労する覚悟が足りねえ!」「やるさ!」「本当か?……ウマサマ=サンが俺とお前を呼んでる」

「ビズか」「その通り」サイシは頷いた。「今までよりずっとデカいヤマだ。マネー!ムーブ!ウマサマ=サンに男を見せてよ、装甲車みてえなSUVを貰って、ファイヤーパターンとキツネをペイントすンだよ……きっとすげえぜ!やるよな?まさか小便漏らして逃げねえよな?」「ナメんな!やるさ!」

「本当のとこ、テメエはやる奴だって思ってたぜ!」サイシは笑い、マネキン木人を殴った。「イヤーッ!」バウンム!跳ね返る木人の頭!「グワーッ!」「プッ!」シゲトは笑った。「ジャブ!ワンツー!こうだ!」「ブルシット!どうせカラテビデオが何かだろ?」「いいからやってみろよ」……。

 

◆◆◆

 

 オーガニック・タタミを敷き詰めた室内には、アグラ姿勢の男、唯一人。撫でつけた金髪と鍛え上げられた褐色の肌。特徴的な瞳。彼こそは、余命幾ばくも無いとされるサキハシ知事の筆頭秘書にして、悪のニンジャ組織アマクダリ・セクトの実質的な支配者。アガメムノンその人だ。

 彼の周囲には無数のホログラム・モニタが浮かび、彼が処理すべき事案の判断材料とすべきリアルタイム数値、リアルタイム画像が常にその姿を変え続ける。それらは政治経済という名の恐るべきキメラを休まず描くビヨンボである。

 アガメムノンはそれら情報を稲妻めいたニンジャ判断力で吟味、手元の床机型デッキを時折操作しつつ、瞑想的な物思いにふける。流れはほぼ理想的に推移している。電磁嵐下で機能する長距離弾道ミサイル開発、メガトリイ社の遺産を基盤とするネットワーク・テクノロジーへの投資は極度加速している。

「戦争はいい」。ハーヴェスターの言葉に、アガメムノンは実際異論が無い。戦争はいい。物事がとても早く進む。とても早く、彼が理想と考える状態に近づく。ビオトープめいて程よく管理された破壊と創造の車輪に、メガコーポは我先に飛び込む。そうせねば競争に敗れ、停滞と死が待つばかりだ。

 コンセントレーション・ルームの天井には「天下」を意匠化したアマクダリ・エンブレムが描かれているが、注意深くそれを透かし見ると、もう一つの無色のエンボス意匠が浮かんでくる。竜を狩る鷲。これはアガメムノンの一族を示す。この意味を理解する者はセクトの中にも殆どおらぬだろう。

 1999年以前の世界を管理していたのは、彼の属する鷲の一族だ。彼らはローマ皇帝の血統であり、全世界の武器市場をコントロールし、死とマネーで人類を駆り立ててきた。彼らの地球規模の支配計画にさしたる曇りや淀みは無く、2020年頃までには世界のブロック化は完了する予定であった。

 2020年。これはインターネットの発見によって再計算された達成年だ。インターネットは地球をめぐる秘匿された毛細血管であり、一族がメガトリイ社を手中に収めた事で、計画は極端なまでに加速した。……では、その結果は。

 ホログラム・モニタが滝めいて流すデータ群。それらも当然、アガメムノンのもとにあるべきものだ。本来そうあるべきもの。「この速さはいい」。彼はひととき目を閉じる。非常にうまく推移している。ミクロの規模では幾つかのケオスが目につくが、さしたる支障にはなるまい。

 彼はコヨイ・シノノメの不可解な行動を思う。彼女はニンジャとして有能であり、かつ、今後のアガメムノンが公の場で妻として伴うに申し分のない家柄を持っていた。それが失われた事は残念だ。条件を満たす伴侶を手配し「家族」を整えるには、今後、多少の時間を要する。煩わしさがある。

 あの日の大使館のイクサの顛末には不透明な部分が幾つかある。全容の解明の為には、瀕死のニンジャスレイヤーを始末した際に重篤なダメージを負ったフージ・クゥーチの回復を待つ必要があった。アガメムノンはニンジャスレイヤーの死をさほど信じていない。その生死には興味があった。

 フージはザゼン・シリンダー施設で治療を受けている。医師の見立てでは、それこそあと数日のうちに意思の疎通が可能となる模様だ。彼へのインタビューを通し、不可解な点が明らかになろう……「ノーティスドスエ」新たなホログラム・モニタが宙に開き、「天下」のエンブレムが明滅した。

 アガメムノンは眼だけ動かし、そちらを見た。モニタにはザゼン・シリンダー施設担当医。シンクロニシティだな。アガメムノンは微かに微笑んだ。「ドーモ。アガメムノン=サン。アヤマです。フージ、」「ノーティスドスエ!大重点な!」別のホログラム・モニタが宙に開いた。アラートノーティスだ。

「ドーモ、アガメムノン=サン」画面に映ったのはカスタムクローンヤクザである。「どうした」アガメムノンは遮るように訊いた「話せ」「ファイアブランド=サンが殺害されました」クローンヤクザは言った。「御存知の通りアイスジャベリン=サンの遺体確認作業を行っておりましたが、その最中に」

「ファイアブランド=サンが?」アガメムノンは眉根を寄せた。クローンヤクザは続けた。「ニンジャスレイヤーです。状況的に、アイスジャベリン=サンを殺害したのもニンジャスレイヤーである可能性が非常に高く……」「成る程」アガメムノンの白金色の髪を稲妻のパルスが走った。「生きていたか」

「アガメムノン=サン」もう一方の回線モニタでアヤマ医師が言った「フージ・クゥーチ=サンが回復し、会話が可能に」「グッド」アガメムノンは頷いた。そしてクローンヤクザに命じた。「報告を私とスターゲイザー=サンに電送しろ」「ヨロコンデー!」クローンヤクザがオジギし、通信を切断した。

「私が彼から直接話を聞こう」アガメムノンはアヤマに言った。アヤマはオジギした。「準備を整えます!ヨロコンデー!」通信が切断されると、彼は再び他のマルチモニタのデータ内容へ注意を戻す……。 

 

◆◆◆

 

「オハヨ!」音楽的なアナウンス音声が鳴り響き、蒸気を発しながら、カンオケじみたザゼン・シリンダーのハッチがスライドした。フージ・クゥーチはシリンダーの中からまず天井を、天井の蛍光ボンボリを見上げた。リラグゼーションBGMが流れ、複数のチューブから麻薬物質が供給され始める。

『フージ・クゥーチ=サン』スピーカーを通してアヤマの声が響いた。『アガメムノン=サンがIRCコンタクトを希望されており……』「アア……アア」『大丈夫ですね?』「アア……大丈夫だ」彼のニューロンに過去の情景が無限にフィードバックする。麻薬物質がそれらを整理する力を与えてくれる。

 生まれ変わるかのような……ニューロンを再構成されるかのようなリフレッシュメント……「アア」彼は快楽の呻きを漏らす。今回のような不測の負傷時に限らず、ザゼン・シリンダーはフージにとって手放せぬシステムだ。自我を保ち、肉体の整合性を保つために。まこと不便なものであるが……。

 カーボンフスマがスライドし、医療スタッフが入室した。シリンダーに近づきフージを見下ろす。フージは呻いた。「オオ……問題ない。今は何時だ」「……」スタッフは答えない。フージは訝しんだ。「どうした」徐々に明晰化する彼の注意力が、見下ろすスタッフの目に吸い寄せられた。赤い目に。

「その目……誰だ?常駐スタッフではない……」フージは訝しんだ。彼のニンジャ第六感は、その到底医療スタッフらしからぬアトモスフィアを感じ取った。意識の混濁が見せる幻……否。「前任者は退職しました」その者は言った。モニタリングUNIXを操作し、フロッピーディスクを引き抜いた。

 ガガピガガー!モニタが点滅し、「不正操作な」のミンチョ文字が瞬く。戯画化されたウサギとカエルが炎から逃げ惑うアニメーションが流れた。「何をしている……何者……やめろ、私は回復したのだ……」「オヌシはこのままジゴクに還る事になる」その者は白衣を脱いだ。上着の下は赤黒の装束!

「貴様は!ニン……」「ドーモ。フージ・クゥーチ=サン。ニンジャスレイヤーです」「アバババババーッ!?」その瞬間、破壊されたUNIXの誤作動によって麻薬物質が異常供給され始めた!フージは身悶えし、シリンダー内で頭を激しく振って、なんとかチューブ群を引き剥がした。「クセモノ!」

「イヤーッ!」KRAAAAASH!「グワーッ!?」シリンダー内の天地が逆転し、フージを苛んだ。ニンジャスレイヤーがシリンダーに激烈なケリ・キックを叩き込んだのである!「イヤーッ!」更に一撃!KRAAAAASH!「グワーッ!?」「イヤーッ!」KRAAAAASH!「グワーッ!」

 配管まわりから激しい火花と煙が噴き出す!転がって横向きになったハッチから、フージは這い出す。「イヤーッ!」KRAAAAASH!シリンダー完全破壊!「グワーッ!グワーッ!」フージは床を転がる!

「マッタ!マッタ!ニンジャスレイヤー=サン!」フージはマッタしながら壁際までずり下がった。「イヤーッ!」決断的ミドルキックが座り込み姿勢のフージの顔面を狙う!フージは咄嗟に両腕クロスで顔面を庇う!重い蹴りだ!「グワーッ!」ガードが破れ、フージは再ダウン!

「ヤメロ!なんたる卑劣非道……弱っている敵を叩いてなんとするか……卑怯者!アンフェアだぞ……」「笑わせるな。外道め」ニンジャスレイヤーはフージの頭部を掴み、引きずりながら吊り上げた。「言うに事欠いて、オヌシが……卑怯だと?」その目が赤黒の光を放つ!ナムサン!

「ヤメ……ヤメロー!ヤメロー!肉体……肉体を繋ぎとめるに、どれほどの労苦……どれほどの……何の落ち度もない私が……」「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーはフージの後頭部を壁に押し付け、そのまま腕を高々と掲げ、より高く吊り上げた。フージは恐慌に陥りかけていた。

 クローンヤクザの肉体と己の損壊遺体をバイオサイバネ縫合、生への執着と他者への怨みによって自らのコトダマ自我の器を再構成し ……再び掴んだニンジャ・エリートの地位……それが今、ジツで身を守る事すら許されず、脆くも崩れ去ろうとしている。なぜこの殺戮者はこれ程に速く、迷いが無い!?

 彼はこの状況の不条理を呪った。それは、ヤバイ級のハッカーが流麗なネットワーク・アサルトを行うも、思いがけずその攻撃痕跡を逆探知され、決してありえぬと信じ込んでいた物理攻撃に唐突にさらされた滑稽な悲劇にも似ていた。

 そしてその連想は比喩には留まらなかった。ニンジャスレイヤーはいかにしてこの施設を見出すに至ったか?ハッカーの力を借りた情報収集?否。ニンジャスレイヤーは己のニューロンを好き放題に侵害した存在が開け放しにしていた侵入痕を捉え、コトダマ自我の道を辿ったのだ。憤激とともに!

 フージの呪いはその意味で不完全であった。あの日、瀕死のニンジャスレイヤーが放った飛び蹴り……あれが綻びの始まりであった。彼は負傷により、真の意味でジツを完成させることができなかった。あの時点で勝負は……ついていたのか?「グワーッ!」

 一方、ニンジャスレイヤーは決断的殺意をもってこの獲物を視界に捉えながら、ある種のアイロニーを覚えていた。この者が口にする手当たり次第の非難はバカバカしさの極み。所詮はその場しのぎの欺瞞に過ぎない。「イヤーッ!」「グワーッ!」「ここはジュドーの試合ではない」彼は言った。

「弁論大会の場でもない。エキジビションでもない」「グワーッ!」その手が赤熱する。ジゴクの熱は指先からフージに流れ込み、縫合痕をこじ開け、暴き、頭蓋を、脳を、ニューロンを焼き始めた。「アバーッ!アババババーッ!」「終わりだ。決して逃がさぬ……ここで滅びよ!ウォーロック=サン!」

「アアアア……アアアアアア………アバババババババーッ!」赤黒の炎がフージ・クゥーチの肉体を……ウォーロックを焼き焦がす!ウォーロックは炎と化し、なおも逃れんとした。だが……ナムサン……ニンジャスレイヤーの燃える手は彼のコトダマ自我を離しはしなかった。二者の周囲には、暗い浜辺。

『こんな……バカな……事が……』ウォーロックは身をよじった。ニンジャスレイヤーは……赤黒い炎の化身、邪悪なニンジャソウル融合者は……黄金立方体の光の下、呪われたニンジャに滅びの熱を送り込み続けるのだった。『ニンジャ!』老いた嗄れ声と復讐者の声が重なり合った。『殺すべし!』

『オオ、オオ』ウォーロックのコトダマ自我は火の粉と化して見る見るうちに散り消えてゆく。影が震えた。『私は……私はウォーロック』その残滓もついに爆発四散した。『サヨナラ!』

 ……ニンジャスレイヤーは眩暈に片膝をつき、破壊されたシリンダー室を再び認識した。(((かような弱体者を増長させたは完全にオヌシの不覚ぞ)))嗄れ声が絡みついた。ニンジャスレイヤーは踵を返し、部屋を飛び出した。「アイエエエ!」縛られた職員が失禁しながら、復讐者の背中を見送った。


◆◆◆


「アカチャン。オッキク……育ってね!」「成分はバリキの40倍!とにかくバリキだ!」「不眠不休のあなた……イキイキできます」。地下カンオケ・ホテルに偽装した施設を後にしたニンジャスレイヤーを再び迎えるは不夜城ネオサイタマ、ノビドメ・シェード・ディストリクト。彼は走り出す。

 夜空には、広告映像、好戦的プロパガンダ映像を投げるマグロツェッペリン。「敬意の心」「先輩精神」などのホロショドー。ヘリコプターがうるさい。アマクダリ・セクトであろう。見よ。「ワレッコラー!」「スッゾー!」「アイエエエ!」街路の市民を蹴倒しながら、クローンヤクザ達が襲い来る!

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」クローンヤクザを打ち倒しながら、ニンジャスレイヤーは運河を目指す。次の獲物だ。敵には面子があろう。仕留めたと思っていた相手が健在であったのだから。「来るがいい。確かめに来るがいい。次は貴様だ。インターセプター=サン!」


6

「ザッケンナコラー!」「スッゾオラー!」ドスカタナを構えたクローンヤクザバイク隊がドリフトしながら次々に現れる。カタナの切っ先がアスファルトを擦り、火花を散らす!「イヤーッ!」「グワーッ!」うち1人がスリケンを受けて即座に転倒死!だが続けて二番手が斬り込む!「アッコラー!」

「イヤーッ!」ガキィン!ニンジャスレイヤーはブレーサーの鉤状突起でカタナをひしぎ、テコの原理で折り取った。お返しにバイクヤクザの顔面には強力無比な拳骨が叩き込まれていた。「グワーッ!」転倒死!「スッゾオラー!」三番手!「イヤーッ!」「グワーッ!」転倒死!

「ワメッコラー!」四番手!「イヤーッ!」「グワーッ!」転倒死!「チェラッコラー!」五番手!「イヤーッ!」「グワーッ!」転倒死!「スッゾオラー!」六番手!「イヤーッ!」「グワーッ!」転倒死!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは回転ジャンプ!乗り手を失ったバイクに飛び乗る!

 ギャルルルルル……アスファルトに半円のバーンアウトを残し、ニンジャスレイヤーは急発進した。「「テメッコラー!」」BRATATAT……雑居ビルの屋上から複数のクローンヤクザが顔を出し、アサルトライフル掃射開始!ニンジャスレイヤーはもはや構わず、バイクを加速!射線は追いつけぬ!

「ワドルナッケン……グワーッ!?」道路に飛び出したトンファーヤクザの脳天にスリケンが突き刺さり転倒!その数十メートル先に立ち塞がるはスモトリヤクザ!「ドッソイオラー!」張り手を素振りし威嚇!ニンジャスレイヤーは加速!「グワーッ!」トンファーヤクザを轢き殺し、ウイリージャンプ!

「アバーッ!?」ギャルギャルギャルギャル……ナムサン!バイク前輪がスモトリヤクザの顔面を捉え、高速回転で焼き焦がす!「ドッソイ!」「ドッソイオラー!」その数メートル先の地点にはスモトリヤクザ三人がトライアングル陣形を組み、さらにその肩の上に一人が乗って立ち塞がった!タワー!

「アババーッ!」手前スモトリヤクザ遂に顔面破砕!ナムアミダブツ!そのまま跳ね上がったバイクからさらに斜め上前方へ、ニンジャスレイヤーは回転跳躍!「イヤーッ!」「ドッソイオラー!」タワー上のスモトリヤクザはオスモウ二丁拳銃で迎撃!BLAMBLAMBLAMBLAM!「イヤーッ!」

 ニンジャスレイヤーは空中で体操選手じみた驚異的身体捻りを繰り出し、四つの致命的オスモウ専用大口径弾丸を回避!「イヤーッ!」頭頂部をストンプ!「アバーッ!?」スモトリヤクザの脳天破砕!その勢いで更に跳ぶ!「イヤーッ!」

 KABOOOOOOM!ニンジャスレイヤーが飛び離れた僅かコンマ5秒後、スモトリヤクザは爆発した。ナムアミダブツ……屋上のRPGヤクザが発射したロケット弾が着弾したのである。だがその時すでにニンジャスレイヤーは上空にあり!「イヤーッ!」フックロープを放つ!その先にはヤクザヘリ!

 ロープ鉤がヤクザヘリのスキッドをがっきと噛み、巻き上げ機構によってニンジャスレイヤーを高く跳ね上げる。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはガラスを破壊して操縦席へ乱入し、「イヤーッ!」「グワーッ!」チャカで応戦しようとした操縦ヤクザに拳骨を叩き込んだ。操縦ヤクザは夜景に転落!

 キュンキュンキュンキュンキュン……空中で四回転ほど暴れたのち、ヤクザヘリは辛くもバランスを取り戻す。ニンジャスレイヤーは片手で操縦桿を、片手で機内のUNIXタッチパネルを操作する。「友」「友」「友」「友」……友軍マーカーが光りながら浮かび上がった。彼は目を細め、集中した。

『HQ……被害甚大な』『ニンジャ』『HQ』『ニンジャスレイヤーが……』次々に発せられる無線通話が機内を満たす。ニンジャスレイヤーの険しい視線の先……「友」のマーカーと運河上の屋形船が重なった。その時!KABOOOM!衝撃!ヘリの横腹にRPGヤクザのロケットが命中した!

 ニンジャスレイヤーは狼狽えず、ただ淡々と操縦桿を操作した。ヘリコプターは煙を噴きながら斜めに落ちてゆく。その先は……エメラルドグリーンにライトアップされたノビドメの運河……運河に浮かぶ屋形船!


◆◆◆


 ……「来るか」ハンニャじみたメンポと乱れ髪のニンジャ、インターセプターは、己のニンジャ第六感をどよもす警戒感に、オチョコを握り潰して立ち上がった。「アレー!」半裸のオイラン達が振り払われてタタミ上に倒される。「アレー!?」ショウジ戸の隙間から船外を仰ぎ見たオイランが叫んだ。

 ヘリが!落ちてくる!「アーレエエエエ!」オイラン達は我先にと運河へ飛び込んでゆく。「カハッ……ハッハッハッハハハハハハ!」インターセプターは身体を揺らして大笑し、逃げ遅れたオイランの首を無造作に捻じり折ると、垂直跳躍!「イヤーッ!」天井を突き破り、瓦屋根の上へ着地!

「来たか!ニンジャスレイヤー=サン!」インターセプターは叫んだ。「負け犬めが!」ヘリが……迫る!操縦席から赤黒のニンジャが跳躍!隣の屋形船の屋根へ飛んだ!「イヤーッ!」インターセプターも跳んでいた!目指す屋形船は同じだ!KRA-TOOOOM!一秒後、ヘリがもとの屋形船を直撃!

 破壊されたヘリが、屋形船が、水面に散らばったオイルが燃え上がり、ノビドメに不穏な破滅の美を添える。ニンジャスレイヤーとインターセプターは向かい合った。「アイエエエ!」足下の屋形船からアマクダリエンジニア達が転がり出て、我先にと運河へ飛び込んでゆく。屋形船が滑るように動き出す。

 然り。水上に浮かぶ屋形船が、即席の包囲作戦の司令部だったのだ。ニンジャスレイヤーの状況判断は的確であった。「ドーモ。インターセプター=サン。ニンジャスレイヤーです」「ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン。インターセプターです」ネオンとライトアップの中、二者はオジギを繰り出した。

 

◆◆◆

 

 ウマサマは実際サメめいたヤクザだ。顔色が悪く、剃り込みを入れた側頭部の青々した剃り跡は実際サメの皮膚めいているし、全ての指には牙じみたクロームのいかつい指輪。置換された両目の高級サイバネ眼球は、サメのそれを意識した酷薄げなデザインなのだ。水晶チャブを挟み、若者二人。

 シゲトは完全に竦みあがっていた。ボールも縮み上がっている。彼はサイシを横目で見た。同じだ。シゲトの前ではヤングスターを気取り、ゲコクジョを嘯くサイシも、こんなバケモノを前にすれば当然こうなる。「グアハハ!グアハハハ!」ウマサマは威嚇的に笑い、チャブに巨大なナイフを突き立てた。

「こいつを使え!首をカッ切るんだ。シュッとやれ」彼は己の首筋を指でなぞった。「気持ちイイぜ」「……」シゲトとサイシは震えながら目を見交わす。ウマサマはドカリとソファーに寄りかかり、葉巻を咥えた。「アッハイ!」サイシが素早く立ち上がり、驚くべき速度で葉巻に火をつけた。

「お前ら見てるとよ」ウマサマは笑いながら紫煙を吐き出した。「俺の義心が疼くぜ。無茶やったストリート・チルドレン時代の侘しさ、悔しさがよ。ドッと押し寄せる……なんとかしてやりてえ。引っ張り上げてやりてえ」「「アリガトゴザイマス!」」二人はオジギした。今度はシゲトも遅れなかった。

「特にサイシ。お前、スゲエ良くやってきた。シゲト。お前も俺は気に入ってる。もっと頑張れ。な?……で、だ」ウマサマはナイフを見た。この刃のように冷たい目だ。「ここらでお前ら、オトコにしてやりてえ。俺は嬉しいよ。こんなうってつけのシゴトを見つけて来ることができてよ」「アッハイ」

「あの……」サイシが呟く。「ア?」ウマサマの目がギラリと光った。「アイエッ!その、知っておきたくて……どこの誰を……その……」「首をシュッとやるか。グアハハ!グアハハハ!」何が面白いのか、ウマサマはひとしきり笑う。「言われたとおりやりゃイイ。……ほらよ」彼は写真を出した。

「……」シゲトは息を呑んだ。幸せそうに笑う夫婦と、二人の子供。「抵抗あるか?ワカル、ワカル」ウマサマは頷いた。「騙されちゃいけねえ。こいつらが……まあ、この男だがよ、こいつがクランを裏切って、精製場をマッポにタレ込んだせいで、クランの……お前らのアニキ達が六人死んだ!」

 ウマサマは言葉を切り、二人を見た。「ワカルぜ。辛さはワカル。だがよ、ヒデエ話だぜ……クランの連中には生活があり、家族があった……それこそ、こんな家族がよ!それをこいつが裏切って!タレコミ!銃撃戦!未亡人!孤児!」ウマサマの叫びはどんどん大きくなる。シゲトはブルブル震えた。

「ヒデエ……ヒデエ話だぜ……」ウマサマは泣きながら、「それを……グスッ、マッポに保護されて、整形して、ほとぼり覚ましてよォ……見つけた時にゃ、こんな、テメエだけ幸せに……クランの屍の上でよォ!のうのうと!」「……!」シゲトは歯を食い縛った。ウマサマは静かに言った。「全員殺せ」

「全員……」「ワカルぜ。子供も二人いる。ワカル」ウマサマは頷いた。「血で贖うんだ。それがデスデリバラー・クランの流儀よ。絶対の決まり。ルールよ。やらなきゃいけねえ!ここでオトコを見せた奴だけが先に進む」「ア……」サイシは震えながら、ナイフを、ウマサマを見る。シゲトは拳を握る。

「決まり……流儀」サイシは呟き、唾を飲んだ。シゲトは緊張のあまり、身体の末端が痺れたようになっている。ウマサマはソファーにふんぞりかえり、じっと若者二人の一挙一動を見ている。「ビッグに……ビッグな男」サイシは涙をこぼした。「できません……」「ザッケンナコラー!」「グワーッ!」

 ウマサマの拳は素早かった!サイシは殴り倒され、うずくまった。それをウマサマは蹴りまくった!「チャルワレッコラー!」「グワーッ!」「ワドルナッケングラー!」「グワーッ!」「ソマシャッテコラー!」「グワーッ!」「ナマルベッケロアー!」「グワーッ!アイエエエ!スミマセン!」

 サイシは血塗れとなって子鹿めいて震えた。「やめてください!」シゲトはウマサマを止めようとした。「やめて……グワーッ!」裏拳が顔面にめり込む!「スッゾオラー!」「グワーッ!」「ワメッコラー!」「グワーッ!」痛み!否、痛みもさる事ながら、有無を言わさぬ恐怖!「アイエエエエエ!」

「テメエら!テメエら!」ウマサマはゆっくりと語気をクールダウンさせた。「……だが、ワカル。辛いよな。ワカル。殺人だもんな。知らない奴を。ワカルぜ」彼の声は優しかった……シゲトは震えた。ウマサマは水晶チャブに腰掛け、ナイフの柄に指で触れた。「もう少し。気の持ちようだ。ガンバロ」

「俺、アバッ」シゲトは血反吐を吐いた。ウマサマは諭した。「クランってのはよ。こういうキツイ事も沢山ある。これは教育だよ。キツイ事を通して、オトコになるンだ。ルールを守る覚悟。な?お前らは見込みがある……もうちょっとだ」「俺……」「やれる!ハングリーなお前らにはパワーがある!」

「スンマセン……」サイシは泣き声を出した。「覚悟足りなかったこと、スンマセン……」「そうだ。サイシ。無慈悲なギャングになれ。ハクをつけろ」サイシは嗚咽した。シゲトは驚いていた。自分自身に。シゲトは拳をかたく握っていた。シゲトは怒りに歯を食い縛っていた。シゲトは……。

 シゲトの脳裏に浮かび上がったのは、あの日の神秘的なカラテ光景だった。砂塵の中で木人にチョップを繰り出す存在……その光景を皮切りに、今日に至る短い記憶が逆流した。カラテの記憶が!己をカラテに駆り立てた、わけのわからぬ強い感情!その正体の一端!「サイシ!ヤメロ!」彼は叫んだ!

「あン?」ウマサマの目がギラついた。「今なんつッた」「シゲト」涙目のサイシが床からシゲトを見上げた。「こんな事は!」シゲトはナイフを掴んだ。ハヤイ!そしてそれを壁の「規則正しい」のショドー額縁に投げつけた!KRAASH!ガラスが割れ、凶器が突き立った!「もうやめだ!」

「ザッケンナコラー!」「グワーッ!」ウマサマのパンチがシゲトの頬に突き刺さ……らない!シゲトは頬にぴったりと己の拳を沿わせ、殆ど本能的に、ウマサマのヤクザパンチをガードしていたのだ!「ア……」手を動かせ!シゲトはウマサマを殴りつけた!「イヤーッ!」「グワーッ!?」

 拳が感じた生々しい衝撃が、腕を、肩を、脊椎を伝い、シゲトのニューロンに新たな力を送り込んだ。この瞬間、シゲトは目の前のウマサマがサメめいた怪物ではなく、一個の対等な人間なのだと認識した。倒すのだ。倒して生きるのだ!「スッゾオラー!」「グワーッ!」腹に強烈な蹴り!シゲトは蹲る!

「テメッコラー……テメナニヤメラッコラー……」ウマサマはシゲトの髪を掴んで引きずり上げた。だが、その時!「ウオオーッ!」横からウマサマに体当たりをかけたのはサイシである!「グワーッ!」だがウマサマはタックルに倒れない!サイシの背中に肘打ち!「グワーッ!」「ザッケンナコラー!」

「ウ、ウオオオーッ!」シゲトは力を振り絞って立ち上がり、サイシにストンピングを繰り返すウマサマを殴りつけた!「グワーッ!」ウマサマがよろめき、壁を背にする!ウマサマは懐からチャカ・ガンを……「イヤーッ!」サイシが灰皿を投げつけた!「グワーッ!」チャカを取り落とす!

「イヤーッ!」「グワーッ!」シゲトがウマサマを殴りつける!「スッゾオラー!」「グワーッ!」ウマサマが殴り返す!シゲトは!倒れない!ウマサマを睨む!ウマサマは息を呑む!「テメエ……」「カラテだ。カラテなんだ!」「ザッケ……」「イヤーッ!」「グワーッ!」

「アニキ!」「アニキ!ドシタンス!」旗色のなんらかの異常に気づき、一階ロビーの連中が階段を駆け上がる物音!「ウオオーッ!」サイシは水晶チャブを持ち上げ、ドアを塞いでしまった!「ザッケンナコラー!」「グワーッ!」ウマサマのパンチ!「イヤーッ!」「グワーッ!」シゲトが殴り返す!

「スッゾオラー!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「チェラッコラー!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」シゲトが的確なパンチを喰らい、押され始める……「シゲト!」そこへサイシが割り込んだ!見よう見真似のカラテを構えて!「ウオオオオーッ!」

 

◆◆◆

 

 オジギから頭を上げると、二人のニンジャは互いに油断なきカラテを構え、屋形船上で睨み合った。「ヒートリ、コマキタネー」「アカチャン……オッキク」「タノシイ事は続かない……このパワーピルが無ければね!」ノビドメ・シェードの喧騒とネオンの光。サンズ・リバーから垣間見る下界の姿だ。

「おめおめと二度殺されに参ったか」インターセプターがせせら笑う。「物覚えの悪い頭に何度でもタタミ・ケンを叩き込んでくれよう」「貴様は所詮、有象無象の一匹」ニンジャスレイヤーは低く言った。「だが、これはケジメだ。私と戦うとはどういう事か。セクトの余の者に、あらためて知らしめる」

「ハ!勝ったのは俺だ……貴様のその不条理なまでの増上慢!一度学んでみたいものよ」「然り。私は負けた。ゆえに戻った」ニンジャスレイヤーの赤い目が光った。「アイスジャベリン。ファイアブランド。そしてフージ・クゥーチ。全てジゴクへ送った」ニンジャスレイヤーは言った。「次は貴様だ」

「勘違いをしておるな」インターセプターの構えはいまだ例の絶対防御カラダチではない。互いに牽制の算段である。「呪い屋のニンジャは所詮、スムーズにミッションを進める為の仕掛けに過ぎん。貴様のカラテは、ブザマの一言であった先日と比すれば、成る程充実していよう。だが、結局は俺が上だ」

「そう信じているのならば」ニンジャスレイヤーは手招きした。「来い」「望むところよ!」インターセプターが踏み込んだ。足元の瓦が破砕し、粉塵が放射状に散った。「イヤーッ!」牽制掌打!だが、それは半身になってかわしたニンジャスレイヤーの装束を風圧だけで抉り取るほどの威力!アブナイ!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは掌打を繰り出したインターセプターの腕を極めにいく!だがインターセプターの腕の戻しが一瞬速い!逆の手で袈裟懸けのチョップを繰り出す!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはブレーサーでこれをガード!ブレーサーが歪み、ひしゃげる!「イヤーッ!」

 ニンジャスレイヤーは鞭めいたミドルキックをインターセプターの脇腹めがけ繰り出す!インターセプターは片脚を上げ、肘を腿につけるようにしてこれをガード!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはさらに蹴る!「イヤーッ!」蹴る!「イヤーッ!」蹴る!衝撃が水面を波紋となって伝う!

「イヤーッ!」インターセプターはワン・インチ距離まで一歩で潜り、コンパクトな掌打を打ち込む!ニンジャスレイヤーは両腕をクロスしてこれをガード!だがその一瞬後、掌打の衝撃にやや身体バランスを崩したニンジャスレイヤーを、キャノン砲じみた逆の手のポン・パンチが襲った!「イヤーッ!」

「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは後ろへ弾かれ、瓦屋根のきわまで後退した。彼は左腕のブレーサーを一瞥。歪み、留め具も壊れて使い物にならなくなったそれを引き剥がすと、捨て去った。インターセプターは奇襲攻撃を警戒しながら、摺足で間合いを詰める。陽炎じみて彼の周囲の空気が歪む。

「俺はフーリンカザンをためらわぬ戦士だ」インターセプターの目が光った。「じき、セクトの増援がこの屋形船を囲む事になろう。どうあっても貴様がこのイクサを生き延びる事はかなうまい」「言い訳じみた男よ」ニンジャスレイヤーは言った。「懸念ばかり並べ立てる貴様からは恐怖しか感じぬな」

「さあて……」インターセプターは目を細めた。「何を企んでおるのやら」じりじりと巨体がニンジャスレイヤーめがけ迫る。カラダチの構えはまだだ。インターセプターは警戒している。一度破った相手が二度現れる……即ち、以前のキマリテに対し何らかの対応策を秘めている事を当然想定している。

 (((此奴に敗れたかフジキド。情けなや……確かに、さきのインターラプターとやらに類似のカラテ……)))内なる声がニューロンを揺らす。(((名のあるニンジャソウルの持ち主ではない。故にジツの小細工を恐れる必要無し。カラテで追い詰め、例のカラダチを引き出せ……)))

「イヤーッ!」インターセプターが仕掛ける!ガードすれば腿ごと切断するかのような強烈なローキックである。ニンジャスレイヤーは瞬時にこの惨劇じみた破壊力を判断し、その場で跳躍!「イヤーッ!」ジャンプパンチ!「イヤーッ!」インターセプターはこれを腕で払いのける!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは逆の手で殴りに行く!「イヤーッ!」インターセプターは逆の手でこれをも払う!だが拳撃は止まらない!「イヤーッ!イヤーッ!」さらに右!左!「イヤーッ!」さらに右!「イイイイヤアーッ!」さらに左!着地までの短時間に六度の拳撃!「グワーッ!」

 インターセプターのガードが開いた!ニンジャスレイヤーは踏み込む!足元の瓦屋根が破砕!背中から肩にかけてをダンプカー衝突じみて叩きつける!暗黒カラテ、ボディチェックである!「グワーッ!」インターセプターは怯んだ。倒れない!巨体!だがニンジャスレイヤーは更なる攻撃を繰り出す!

 彼はボディチェックによってインターセプターに背中を向けていた。一見それは無防備な絶体絶命状況!彼はそのまま両腕を真っ直ぐに突き出した。その時インターセプターは両腕を無慈悲に振り下ろし、稲妻めいたV字チョップを繰り出していた!「「イヤーッ!」」「グワーッ!?」

 ナムサン!今度こそ吹き飛ばされたのはインターセプターだ!ニンジャスレイヤーは背中を向けたまま、付き出した両腕に勢いをつけ、両肘をインターセプターに叩き込んだのである!インターセプターは一回転して瓦屋根にバウンド!「グワーッ!」滑りながら体勢を立て直し、反対側の縁で立ち上がる!

 その時にはニンジャスレイヤーは既にインターセプターのワン・インチ間合いにまで到達していた!ハヤイ!彼の背後ではこの急接近時に踏みしだいた瓦が衝撃で宙に浮き上がり、一直線の列を空中に作っていた!「イヤーッ!」ショートフック!「イヤーッ!」ローキック!「イヤーッ!」ボディブロー!

 インターセプターはそれらを見事にガード!そして反撃に移る!「イヤーッ!」コンパクトな肘打ち!「イヤーッ!」掌打!「イヤーッ!」断頭チョップ!「イヤーッ!」そしてフェイント回転裏拳だ!ニンジャスレイヤーはそれらを一つ一つ丁寧に捌き切った!そして反撃に移る!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ゴウランガ!両者譲る事なし!まさにそれは木人拳修行じみたコンパクトな打撃応酬!この攻撃的膠着状態の打撃列車からひとたび振り落とされれば、たちまち極大打撃が敗者を襲い、粉々に打ち砕く事だろう!

「イヤーッ!」僅かな時間の溜めを獲得したインターセプターが、一瞬の隙をついた殺人ハイキックを繰り出す!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはこれをブリッジ回避!そのまま両手で身体を支えながら下半身を捻り、カポエイラじみた蹴り技を繰り出す!「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 インターセプターは驚異的柔軟性を発揮、上半身を90度近く真横に傾け、蹴りを躱す!回転してニンジャスレイヤーに背中を向け、バック転だ!「イヤーッ!」着地点にニンジャスレイヤー!これはドラゴン・ドージョーにおいてはドラゴン・シャと称される類の危険なエアリアル・カラテ!アブナイ!

 ニンジャスレイヤーには、この驚異的なドラゴン・シャ類似技、カポエイラにおいてはフォーリヤ・セッカとも呼ばれる落下攻撃を回避する時間も空間も無し!ナムサン!脳天直撃の悪夢迫る!だがその時!「イヤーッ!」KRAAASH!ニンジャスレイヤーは足元に拳を叩きつけた!瓦屋根完全破砕!

「ヌウーッ!?」瓦や天井材の砕片とともに、二人のニンジャは屋形船のザシキへと落下!「「イヤーッ!」」互いに着地と同時に反対方向へスプリング動作で起き上がり、カラテを構え直す!彼らを囲むはショウジ戸!頭上の大穴を見上げれば、地上の煌々たる明かりを受けるスモッグの夜空!

「スゥーッ……ハァーッ……」ニンジャスレイヤーはやや前傾姿勢に身構え、深く呼吸した。バカリと音を立て、右腕のブレーサーが砕けて落ちた。「スゥーッ……ハァーッ……」前傾姿勢は徐々に徐々に中腰姿勢へ移行してゆく。緩慢な、しかし隙のない、大山鳴動するがごとき雄大な動作である。

「……例のNARAKUか。ニンジャスレイヤー=サン」インターセプターは言った。再び間合いを詰めにかかった彼の足が止まった。ニンジャスレイヤーの赤い目の光は収束し、赤黒いセンコの光となる。インターセプターは油断無きカラテを構える。「貴様の負けだ。奥の手を先に晒すとは」

「スゥーッ……」ニンジャスレイヤーは、深く、深く、深く吸った。そして言い放った。「笑止」「オオオオオ……」インターセプターはカラテ戦士の暴力性を一際あらわに、ブッダデーモン像めいたカラテ圧力を解き放つ!バリバリバリ……ショウジの紙が音を立ててひとりでに裂けてゆく!

「イヤーッ!」インターセプターが仕掛けた!ニンジャスレイヤーの深い呼吸を放置すれば、恐るべきワザを呼ぶであろう事は明らかであったからだ。ソウカイヤ、ザイバツのみならず、セクトにもその破滅的カラテ・ヒサツ・ワザの餌食となったニンジャは数多い!ニンジャスレイヤーは接近に応じる!

「イヤーッ!」インターセプターはハイキックを繰り出す!だがこれはフェイント!上げかけた右脚の角度を変え、ローキック!「グワーッ!」ニンジャスレイヤーが怯んだ。しかしその目の赤黒い光は一層強まる!「イヤーッ!」インターセプターは大振りのフックを振りかぶる!隙ありだ!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはこれを逃さず一歩踏み込む!そしてチョップだ……だがナムサン!大振りのフック動作はニンジャスレイヤーの反撃を誘発する更なるフェイント、罠であった!フックは飛ばなかった。その大仰な動作が帰結したのは独特の構え……絶対防御カラダチである!

 インターセプターにチョップが吸い込まれてゆく。ニンジャスレイヤーは己の鼓動を大きく聴いた。空気の抵抗が何十倍にも重く増し、全ての動作が緩慢となる。ニンジャアドレナリンの分泌だ。今回あまりにもその分泌量が過大であった為、流れる時間は彼の周囲でほぼ完全に静止、無音の世界が訪れた。

 ニンジャスレイヤー。インターセプター。ともに動くことがない。やがて無音の世界に、徐々に沸き起こる呻き、呟き、言葉、叫び、咆哮。(((殺すべし。全ニンジャ殺すべし。根絶やしにすべし。滅ぼすべし!ジゴクを生み出すべし!)))ナラク!ニンジャスレイヤーは邪悪な害意と歓喜に浸される!

 それは彼の内なる声でありながら……しかし、彼自身ではない。(それは別のものだ)ニンジャスレイヤーはナラクの邪悪な意志を装束めいて纏いながら、その本質を明け渡しはしなかった。(俺が振るうこの力は、ただ俺のために在る)(((……いずれわかる。フジキド))) ナラクの声が溶けた。

 ニンジャスレイヤーの意志がニューロンを走り、腕先に雪崩を打った。チョップを繰り出す右手が微細な震動を開始。この反自然の動きを実現する為に、毛細血管が裂け、筋肉が裂け、鮮血が噴きだした。墨絵空間における、数えきれぬ程のインターラプターとの対戦。その先に見えた対カラダチのカラテ。

 絶対防御カラダチ!敵のカラテを吸い付け、あるいは弾いて身体の自由を奪う!インターラプターのカラダチは吸い付け捕らえる作用を持ち、一方、インターセプターは逆に拒絶して封じる作用を持っていた。いわばそれはプラスとマイナス!コインの裏表!正と負!作用と反作用!

 二者のカラダチの作用は真逆であるが同じ原理にもとづいている。カラテ震動だ!インターセプターの防御姿勢は微細なカラテ震動下にある。その振動周波数と逆位相の……即ちインターラプターのカラテ震動をぶつけ、そのカラテノイズをキャンセルすべし!チョップが……触れる!「イイイヤアーッ!」

 KRAAAASH!「「グワーッ!」」ナムサン!破砕!インターセプターの腕が……へし折れた!一方ニンジャスレイヤーもまた、右腕からおびただしい量の血を迸らせ、歯を食いしばってたたらを踏んだ!「バカな……?俺のカラダチを……破る!?」インターセプターは目を見開いた。

「ヌウウーッ……」ニンジャスレイヤーは敵を凝視!だらりと垂れた右腕を覆う赤黒い血が泡立ち、沸騰し、徐々に金属光沢を帯び始める。ブレーサーが生じた!彼は拳を握る!再び踏み込む!「貴様……」インターセプターが無事な方の手で断頭チョップを繰り出そうとする。ナムサン!

「「イヤーッ!」」KRAAASH!ニンジャスレイヤーは血のブレーサーで覆われた右腕を断頭チョップに叩きつける!即席のブレーサーは一撃で再び砕け、その腕もろとも犠牲となった。「「グワーッ!」」しかしインターセプターのダメージも相当である。ニンジャスレイヤーは一瞬で状況判断!

 瞬時に踵を返した彼は、敵と反対側へ突如走りだした。その先には屋形船の柱のひとつがある!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは回転跳躍!腕が使えぬのなら、脚!彼は柱を両足で蹴り、跳んだ!反射的飛翔が生み出す圧倒的トビゲリ……名づけてトライアングル・ドラゴン・トビゲリ!ゴウランガ!

「ヌウウウーッ!」一方のインターセプター!折れていない腕、傷ついてはいるが、まだ動く!死力を振り絞り、その手はあの独特の握りの拳……ツヨイ・タタミ・ケンの構え!上半身がぐるりと回転した!そこへドラゴン・トビゲリ到達!

「イイヤアアアーッ!」「フンッ……ハーッ!」おお、見よ!どちらが死闘を制したか!……ニンジャスレイヤーは転がりながら着地!一方、インターセプターは?ナムサン!インガオホー!心臓部に赤熱する足型が焼きつき、ハンニャめいたメンポの呼吸孔から血を吐きながら後退!「ゴボ、ゴボーッ!」

 インターセプターは堪えられず、仰向けに倒れる!ニンジャスレイヤーは決断的に接近し、のしかかり、マウントを取った!振り上げるは左腕!その両目が赤黒く輝く!「ニンジャ……殺すべし!」「バンザイ!ハーヴェスター=サン!バンザイ!ザムラ・カラテ!」インターセプターが叫んだ!

 ニンジャスレイヤーは左腕で殴りつける!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」おお……おお!


◆◆◆


 その同時刻……デスデリバラー・ヤクザクランの二階事務所では、ウマサマのケリ・キックが無慈悲にサイシを捉えた!「グワーッ!」サイシは床を転がり、血みどろで倒れるシゲトの横で身悶えする!肩で息をするウマサマが呪詛を吐く。「ワドルナッケングラー……」「イヤーッ!」シゲトが立った!

「テメエいい加減に……」ウマサマの目にはもはや恐怖があった。シゲトは向かっていく!あの日のカラテ!あの日の高揚!前へ進む!「イヤーッ!」ウマサマはガードしようとした。腕が上がらぬ!「グワーッ!」顎先にクリーンヒット!「ムン」白目を剥き……崩れ落ちた!「勝った……勝った!」

「ドッソイオラー!」凱歌をあげる暇もあらばこそ、遂に部屋の外では地回りから帰ってきたとおぼしきスモトリヤクザがオスモウタックルで水晶チャブごと扉を破った!雪崩れ込むヤクザ!「ザッケンナコラー!」「スッゾオラー!」BLAMBLAMBLAMBLAM……「ウオオーッ!」

 銃撃の中、シゲトはサイシを引き起こした。サイシは自分の足で立ち上がった。BLAMBLAMBLAM……銃撃が窓ガラスを割り砕く。逃走路を!「「イヤーッ!」」二人の若者は闇の中へ身を躍らせた……BLAMBLAMBLAMBLAM……銃撃……銃撃……。

「クッソ……メチャクチャだ」走りながらサイシは唸った。「どうしようもねえ。撃たれてるかな」「ゲホッ、わからね」シゲトは答えた。「メチャクチャ殴られてるしよ」「テメエが悪いんだぞ」とサイシ。「栄光のサクセス計画……」「黙れよ、クソが」シゲトは吐き捨てた。「やってられっかよ!」

「アサシンが来る。ゲホッ……おしまいだぜ」「ここにいたらおしまいだな」シゲトは答えた。だから走るしかない。彼は闇を見据えた。霞む視界。だが、前へ。あの日のカラテ。彼は名も知らぬ赤黒のニンジャに、不思議な畏敬めいた気持ちを抱いた。前へ進む力。生きる力……。


◆◆◆


「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」決断的殺意のもと、ニンジャスレイヤーはインターセプターを無慈悲に殴り続けた。「……」左腕を振り上げる。ハイクを詠ませる力もない。陰惨なイクサだ。手強い敵だった。だがこれは始まりなのだ!「……イヤーッ!」「サヨナラ!」

 インターセプターを爆発四散させたニンジャスレイヤーは、しめやかに屋形船のザシキの外へ進み出た。その右腕はだらりと垂れ、もはや新たなブレーサーの生成もままならない。バラバラとヘリのローター音が聴こえる。更に、ニンジャらしき圧倒的な存在感が幾つか、運河の両岸に感じられる。

「アカチャン。オッキクネ」「ドコドコどこにもいない?それなら我々我々が駆けつけて何でも?」「成分40倍」「アマーイ」享楽的広告音声。渦巻くネオンの明かり。ニンジャスレイヤーは思考する。まず治療が必要だ。そして、フージの施設から奪った情報の解析。ヴォーパル師への送金……。

 大使暗殺に関わったニンジャはまだ居る。カメレオンという名の女ニンジャだ。それを以って最初の狼煙の完成とする。そののち、あの場に居合わせた幹部級らしき者らの居場所を突き止める。そしてアガメムノン……シズケサを尋問し、訊き出した情報……世界を支配していた一族……「笑わせるな……」

 バラバラバラバラ……ヘリのローター音が大きい。ニンジャスレイヤーは暗い運河へ身を躍らせた。一瞬後、ヘリの漢字サーチライトが水面を照らし、彼を追った。ニンジャスレイヤーは暗い運河を……。


◆◆◆


 ……静かな朝焼けが、タマ・リバーの土手をオレンジに染めてゆく。二人の若者は草の上に仰向けに寝転がり、動くことはない。血塗れで、顔もひどく腫れ上がっている。二人のうち一人が、朝焼けの色彩に薄目を開ける。彼は溜息ともうめき声ともつかぬ小さな声を漏らし、再び、目を閉じた。


【リヴィング・ウェル・イズ・ザ・ベスト・リヴェンジ】終



N-FILES(設定資料、原作者コメンタリー)

画像2

インターセプターに敗北したフジキドは辛くも死から逃れ、謎のニンジャ、マスターヴォーパルのもとで暮らす事となる。マスターヴォーパルはフジキドの敗北の理由を、戦う理由の揺らぎと意志のブレにあると看破し、第二のセンセイとして、己のカラテが世界に及ぼす影響をあるがまま受け入れてなお先に進む為のインストラクションを与える。大使館襲撃作戦に関わったアマクダリ・セクトのニンジャに、ニンジャスレイヤーのリヴェンジのカラテが迫る。メイン著者はブラッドレー・ボンド。

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