【ナイト・エニグマティック・ナイト】
◇総合目次 ◇エピソード一覧
この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版が、上記リンクから購入できる第2部の物理書籍/電子書籍に収録されています。また、第2部のコミカライズがチャンピオンREDで行われています。
【ナイト・エニグマティック・ナイト】
1
キョート・リパブリック。アッパーガイオン・シティ。アラクニッドが戯れに引く花札タロットの図柄は、逆位置のドラゴン。
憂鬱な曇天に支配された夕暮れ刻。「五十歩百歩」……「禅」……暗いキョート山脈に大きな漢字でコトワザが浮かび上がり、緑やピンクの極太ビームが上空の黒雲を貫き始めた。電子基盤のように規則正しく張り巡らされたガイオンの路地に、ネオンやライトの血液が循環する。
重要文化財キョート城の上に華々しいファイアワークが咲いた。観光客らは足を止め、幾星霜の年月の重みを感じて心を奪われる。「美しい」とリキシャーに座した旅行者が呟き、オイランの胸を静かに揉む。日本国から独立を果たしたキョート・リパブリックは、財源のほぼ全てを観光業に依存していた。
……ネオン電飾を埋め込まれた死骸のような街だ。と、教室の窓から見慣れ過ぎた風景に向かって一瞥をくれながら、ナブナガ・レイジは心の中で吐き捨てた。……俺たちは死骸を見世物にして食い繋いでいるんだ、と。そしてまたひとつ、暗い妄想に満たされたゴシック・ハイクをノートにしたためた。
ここはアッパーガイオンに建つ進学校、シノノメ・ハイスクール。数学、ディヴェート、墨絵、帝王学、歴史……観光庁や企業の幹部になることを嘱望されている彼らには、それに相応しい高品質な教育プログラムと環境が用意されている。そして長かった一日も、ようやく終わりを迎えようとしていた。
「エー、つまりこうして、当時最強のウォーロードであった武田信玄がセキバハラで戦うことになりまして……」ネンブツめいた歴史教諭の声が教室に響く。生徒らは皆、背筋をピンと伸ばし教師の方向を向いているが、彼らの目元はサイバーサングラスで隠されており、実際何を見ているのか解らない。
しかし、一番奥の暗い席に座るナブナガ・レイジだけは、何をしているのか一目瞭然だ。授業など聞かず、ぶつぶつと呟きながら、机の上のノートにミンチョ体でハイクを書き連ねているのだ。前近代の夜の闇から生まれ出でたかの如き、暗く攻撃的なハイクを。
「エー、まあ武田信玄は死んだわけですが、彼の下で戦ったハタモトの名前を4名挙げよ。ポイント倍点倍点で32点!!エー、順番的にこれはナブナガ=サン。……ナブナガ=サン?」教師が問いかけるも、レイジは反応しない。生徒らは皆、無言で正面を見ている。次の生徒が答え、8点獲得した。
その間にも、クラスの8割が参加するIRC部屋では、レイジに対する冷笑が匿名で続いている。 ///彼、一年前まではまともだったのに…… ///進学どころか卒業も危うい ///インガオホー ///倍点チャンスも逃すなんて…… ///関わるなよ、チャンネルに入ってきたらkickだ
くだらねえ世界だ、とレイジは心の中で吐き捨てながらスズリをすった。まだセカンドフレーズが思いつかない。筆がノート上を当て所も無く彷徨い、文字ではない何か……意味の無いランダムな、網の目のようなパターンを描き出していく。それから、鎖で繋がれたひとつ眼、ひとつ眼、ひとつ眼……。
「提案ですが、トリュフ豚という言葉を禁止してはどうかしらと思います。誰かを傷つける可能性があります」女生徒が発言した。いつの間にか授業は終わりクラス会が始まっている。レイジはむろん聞く耳を持たない。「ソメヨ=サン、誰かが実際そのような酷い悪口を言われたのですか」と担任教師。
「いえ、でも言われたらきっと傷つくと思います。禁止にすべきです」ソメヨはぴしゃりと言った。ソメヨの家は学年内でも特に経済力が高く、しかも彼女はマイコチア部だ。「ソメヨサンスゴーイ!」「正義的!」「カワイイ!」「賛成!」誰もが当然の如く賛成する。
何たる政治的アトモスフィアか!だがこれも、アッパー・ガイオンではチャメシ・インシデントだ。クラス会は将来に向けた演習である。組織の中でいかに立ち振る舞うべきかを、ここで叩き込まれるのだ。レイジも1年前までは参加していた。父親がカロウシして以降は、全てが馬鹿馬鹿しくなった。
俺は何を描いているんだろう。と、レイジは思った。ノート一杯に広がった網の目、無数に浮かぶ監視の目……。その中に影のような小さい人型をひとつ描き加え終えたとき、レイジは己の無意識の霊感と鋭い感性に恐怖した。これは殺伐都市ガイオンのメタファーなのだと、彼は気付いたからだ。
「するとこの鎖に繋がれし無数の眼は、煉獄で灼かれるべき愚かな……!」昂揚したレイジは、口元の笑みを掌で隠しながら、思わず立ち上がる。クラス会の途中であることも忘れて。生徒たちが無表情で彼を見た。途中から声に出していたようだ。レイジは咳払いして着席した。(((…お前達だ)))
レイジは無言でスズリを擦る。生徒たちもまた無言で正面に向き直り、クラス会が再開した。IRCで何を言われているのか解らない。それがまたレイジには腹立たしかった。腰に吊ったカタナであの馬鹿ども全員をカイシャクしてやりたいくらいだ、と考えた。しかし、実際彼にそんな力は無い。
腰のカタナは、レイジの妄想の産物ではない。ブシドを重点するガイオン・シノノメ・ハイスクールの生徒は皆、男女共に、制服の上から帯刀を義務付けられている。イミテイション・カタナではあるが。彼らはその姿でアッパーガイオンの美観を向上させ、観光客を愉しませる役割を果たしているのだ。
ゼンめいた鐘の音が校舎に鳴り響く。解放の時だ。下校が始まる。レイジも嫌世感に溢れた溜息と共に、席を立った。「今夜は家でスシ・パーティーです」「クラブに寄っていきます」……同級生らの着飾った笑い声を背に、レイジは校内ハイク・コンペティションの結果が張り出された廊下へ向かった。
(((優秀賞は…)))野心的なレイジの目はむろん、一番上に張られた作品へと向かう。「キョート城の上に/鶴が飛んでいた」……ブッダシット!吐気を催すほど陳腐で低脳な作品が、その座に君臨しているではないか。アメフト部の誰かだろう。賄賂か何かを使ったに違いない。レイジは憤慨した。
(((何かの間違いだ、俺の作品はどこに!)))ナブナガ・レイジは全作品を目で追う。選外の一番隅……暗い影が落ちる場所に、彼の作品が人目を避けるように貼られていた。「五重塔の/バイオ柳の下に/女のユーレイゴス」……ポエット!幽玄な美しさすら漂う、陰鬱かつ幻想的なハイクよ!
「何故俺の作品が選外ですか!?」レイジは近くにいたハイク担当教諭に詰め寄る。レイジの作品はむろん荒削りではあるが、少なくともあの優秀作品よりは優れているはずだ。返答に困る担当教諭。「おいおい、みっともない真似はやめろよ、フリーク」背後から自信に満ちた声。アメフト部のイダだ!
「僕の優秀作品に嫉妬したか?」イダは血色の良い肌に教科書どおりの笑みを浮かべた。紫外線アレルギーを持ち、少しでも気を抜くと肌が荒れるレイジは、ジョックスを見るだけで劣等感を覚え感情的になる。彼は頭ひとつ背丈の違うイダの前に立ち、罵倒した。「あの低脳な優秀作品はお前のか?!」
「低脳だと?」余裕に満ち溢れたイダの笑みがわずかに歪む。 「ああ、ハイクですらない!」レイジは唾が飛ぶほどの剣幕でまくし立てた「そもそもセンテンスが2つしか……アバッ……!」 突然膝を付き、苦しむレイジ。イダの刀の柄が突き出され、彼の鳩尾をえぐったのだ。
「お前のハイクは陰気なんだよ、虫唾が走るぜ」イダは、苦悶に歪むレイジの顔の横に、唾を吐き捨てた「お前のハイクは、キョートじゃ永遠に評価されることはないだろうよ、フリーク。僕の家はハイク協会にも顔が利くからな……アハハハハハハ!」
顔を真っ赤にしてむせ込み、ひとしきり涙を流し切ってから、レイジは立ち上がる。イダの姿はもう無い。理不尽に満ちたイミテイションの社会。憎悪、反抗心、殺意、劣等感……ノートに描かれたあの絵のように、言葉にならぬどす黒いハイクが、彼の胸のうちでまたひとつ編み上げられていった。
(((やはり俺の作品を理解できる者は、この学校にはいないのだ……)))レイジはハイク作品群を忌々しげに睨みつけながら、廊下を後にした。そもそも彼が提出したハイク10作品のうち、9作品は壁に貼られてすらいない。それらのハイクはあまりにも暗く邪悪すぎたため、黙殺されたのだ。
(((世界は狂ってる)))レイジは頭を垂れながら、両手を鉤爪のように強張らせ、殺意の化身の如き重い足取りで校門へと向かった。(((俺が見てる世界は嘘だ)))彼の頭の中にしか存在しない、ねばつく暗黒の影のオーラを周囲に纏って(((全てが嘘だ)))。「アッ!レ、レイジ=サン!」
不意に、女の声が聞こえた。レイジは濁った目でそちらを振り向く。青と白のLANケーブルウィッグ、サイバーグラス、ガスマスクで顔を隠したサイバーゴスが居た。「レイジ=サン……私と」シュコーパタンとガスマスクの弁が鳴る「LAN直結してください!ピ、PINGだけで…いいですから!」
またこのサイコパス女か、とレイジは舌打した。隣のクラスのヨモギだ。彼女の家はペケロッパカルトと呼ばれる新興テクノカルト教団員であり、カースト的にはレイジと同じフリークに分類されている。「駄目だ、近寄るな」レイジは冷たく言い放つ。サイコパスに優しくするとロクな事が無いからだ。
「ハッ、ハイク、良かったです!」ヨモギがまとわりつく。「どこが?」レイジは苛立たしげに返す。「暗いところ……。アッ!レイジ=サン、ユ、ユーレイゴスとか、好きなんですか?わ、私も、好きなんですけど!好きなテクノユニットとか、DJとか、バンドとか……!IRCで話しませんか!?」
「ブッダシット…!」怒りで腸が煮えくり返りそうになったレイジは、マシンガンを構えた校門警備員たちの間を駆け抜けて、客待ちリキシャーのひとつに飛び乗った。ヨモギが何事かペケロッパめいたスラングを叫びながら駆け寄るが、ガスマスクのため長距離は走れない。すぐに後方へと消えた。
「ハァーッ!ハァーッ!ハァーッ!ハァーッ!」レイジは嫌な汗をかきながら、リキシャーの座席で息を荒げていた。様々な感情が胸に渦巻いているが、一つは明らかに怒りだった。「暗いところがいいだと?ユーレイゴスが好きかだと?何も、何も解っていない!俺が伝えたいことを、何一つも!」
「好きなテクノユニットだと?好きなバンドだと?馬鹿馬鹿しい!LAN直結したいだけの嘘だ!」胃が鉛のように重い。レイジは汗まみれの髪を強張った手で引っ張りながら、腿に垂れる汗粒を見た。「俺は誰も尊敬していない!俺は誰の真似もしていない!俺はこの世界の嘘を暴きたいだけなんだ!」
レイジは酷い憔悴と共に、5階建てマンションの前まで辿り着いた。ガイオンでは美観保護の観点から、五重塔より高い一般建築物が存在しない。「ステータス/実際安い/木の温もり」……商業的サブリミナルハイクのノボリが、マンション前で揺れている。レイジはそれを蹴り倒して部屋に向かった。
酒瓶やマグロの頭などが雑然と置かれ、酷い異臭を放つ自宅のドアの前で、レイジは顔をしかめた。ドアを開ける前からでも既に、アルコールの臭いが漂う。どこか遠い場所で発砲音とサイレンが鳴り、レイジの心に暗示めいた不安感を抱かせる。(((また、あのスカム野郎が来てるのか……?)))
2
(前回までのあらすじ:アッパーガイオンの高校に通うナブナガ・レイジは、父親をカロウシで失ってからというもの、ノートに攻撃的な暗黒ハイクを編む不毛な高校生活を送っていた。ハイクコンペに落選し失望した彼は、隣のクラスのペケロッパ女学生の誘惑を辛うじて回避し、家路についたのだが……)
レイジは素子と物理鍵でドアを開け、傘立てにカタナを差す。感情をシャットダウンする。ブンズーブンズーブンズズブンズーブンズーブンズーブンズズブンズー。奥の部屋から、不快に歪んだ単調なベース音がBPM165で漏れ聞こえた。フスマの隙間からビートに合わせ明滅する緑、青、ピンクの光。
「……誰、レイジ?」左手、薄暗いキッチンから声が聞こえる。バチバチと、食卓の上のタングステン・ボンボリが火花を散らした。レイジはキッチンに向かう。母親が笑顔で食卓につき、TVクイズ番組を見ていた。テーブルの上にはタノシイドリンクの瓶が十数本と、カラフルな錠剤が散乱していた。
「…次の問題はポイント倍点倍点!ここでコマーシャル!…」ありふれたTV番組だ。「飯は?」「冷蔵庫」母親はウィルスが巨大化したような丸い突起物まみれの丸剤をひとつ取り、口に運んでガリッと奥歯で噛みしだいた。違法薬物だ。赤、緑、オレンジ……毒々しい蛍光色。危険な甘みが口に広がる。
レイジが冷蔵庫を開けると、中にはオデコ・マートの上等なオーガニック・マグロ・スシが透明な樹脂容器に入って置かれていた。「…スゴスギル!こんなに動くなんて!スゴスギル!…」TVからオムラ社新型自動掃除機CMが流れる。「アッハー!スゴーイ!買おうかしら!アッハー!」母親が笑った。
レイジは重い溜息をつきながらマグロ・スシを口に放り込む。立ったままだ。胃がそれを拒否した。1個が限界だ。パックを鞄に入れ、台所を出ようとする。「もう1パック入っていたでしょ」母親がCMに釘付けのままレイジを呼び止めた「それ、持ってって」。「どこに」とレイジ。「知ってるでしょ」
レイジは感情を殺し、キッチンを出て、あの忌々しい部屋へ近づいていく。ブンズーブンズーブンズズブンズー!鶴が描かれた立派なフスマに手をかける。ブンズーブンズーブンズズブンズー!!ベース音が大きくなる。優しいオーガニック・タタミの香りを撲殺するような、荒いアルコール臭が鼻を突く。
レイジはタタミ部屋のフスマを開ける。ブンズーブンズーブンズズブンズー!!!いかつい四十代の体をレザーベストに包んだピンク髪のモヒカンがチャブの前に座り、ビートに合わせ小刻みに体を揺らす。チャブの上には「バンザイ・テキーラ」「集合」「武田信玄」「ソクシ」などの強い酒が並ぶ。
レイジは何も言わず、スシパックをチャブに置いた。モヒカンは丸型サイバーサングラス越しにレイジを睨みつける。「座れ」「勉強が……」「スッゾコラー!」モヒカンはヤクザスラングで一喝した。レイジは恐怖と怒りに震えながら、チャブの前に正座する。力ではこの男に敵わない。
「お前は親父のようにメガコーポで働け」モヒカンはサイバーコンポを弄りBPMを調節する「そして俺のスシ代を稼げ」。いつものようにレイジは何も答えなかった。「戦争さえありゃあな…」モヒカンの首の後ろにはバイオLAN端子が3つ。2つはハンダで埋められている。電子戦争の退役軍人だ。
モヒカンはスシを食い「暴動」と書かれたサケの瓶を傾ける。この男は母親の血縁か何かだ。詳しく知る気にもなれなかった。一年前、父親がカロウシしてから、金の臭いを嗅ぎ付けたこのスカムが家に上がり込み、ナブナガ家の遺産を食い漁り始めたのだ。「もういい、とっとと行け、辛気くせえ」
レイジは立ち、退室しようとする。部屋の奥、LANケーブルやチューブ類が生えたフートンと、そこで永遠にオスモウ中継を見る祖父の姿が一瞬目に入った。フスマが閉じられる。フートンの傍の壁に貼られたレイジの古い絵やオリガミ、ハイクなどが、けばけばしいサイバーライトの明滅に染まった。
◆◆◆
「ハァーッ!ハァーッ!ハァーッ!ハァーッ!」均等な高さに並んだガイオンシティのビルの屋上を、緑色のニンジャ装束を纏った謎の人影が跳び渡る。彼の名はブリガンド。ザイバツ・シャドーギルドの本拠地を探るべく、ソウカイヤによって送り込まれた斥候ニンジャである。
「イヤーッ!」ブリガンドは見事な松の木を蹴って3回転跳躍し、次のビルへと跳び渡る。こうしたトリッキーな動きを取る理由は、追っ手の追跡をまくためだ。その間も、両手は携帯IRC端末のキー入力を怠らない。「ついに掴んだッ……!思っても見なかったッ!まさか、あのキョート城が……!」
その時!闇を切り裂いて五重塔の方角から2枚のスリケンが飛来し、ブリガンドの携帯IRC端末と額に突き刺さった!「グワーッ!?」ナムサン!破壊されバチバチと火花を散らす携帯IRC端末!さらに五重塔の上から1人のザイバツニンジャが稲妻の如く飛び降り、ブリガンドの前に立ちはだかる!
「ドーモ、ブリガンド=サン、キョート城の秘密を知ってしまったからには、生かしては帰さぬ。5秒以内にハイクを詠むがいい」そのニンジャは圧倒的なカラテの気配を放ちながら、ブリガンドへと歩み寄った。「き、貴様は……!シテンノ……!」目を剥くブリガンド。アイサツすらままならない。
……5秒後。レイジが住むマンションの屋上で、ブリガンドはしめやかに爆発四散していた。誰にも省みられることの無い、サツバツとした死に様であった。松の枝が焦血に染まり、キョート山脈には暗示的な「イ」「ン」「ガ」「オ」「ホ」「ー」の巨大文字がライトアップされ点滅していた。
おお、見よ!隠された真の世界を!古事記に予言されしマッポーカリプスへと近づく終末の世を!ガイオンシティの闇では、ニンジャが日夜暗闘を繰り広げている。世界が狂っていると考えたレイジは、ある意味において正しかった。全ては嘘である。全ては隠蔽されている。全ては……ニンジャなのだ。
「ARRRRRRRGH!!!」同じ頃、世界の秘密を未だ知らぬレイジは、暗い自室で叫んでいた。狂ってしまわぬように。線の細い、脆く、暗く、烈しい激情に衝き動かされるまま、学生服を脱ぎ、タンスの中から黒いサイバーパーカー、ネックウォーマー、カーゴパンツ、ブーツを取り出し纏った。
通販で買ったイミテイシションのクナイダートを懐に仕舞い、腰には黒いヌンチャクを吊る。荒い息を吐きながらブラインドを開け放ち、ガラスに映った姿を見る。目の下に黒く墨を引き、両手を鉤爪のように強張らせた。そして笑う!(((太陽は死んだ!俺は夜の世界を彷徨うニンジャなのだ!)))
レイジはニンジャソウル憑依者ではない。むろん、脆弱な彼がリアルニンジャになれるわけもない。日本の一部のティーンネイジャーはしばしば、ニンジャという伝説上の半神的存在に対し、強い執着心と変身願望を抱く。加えてレイジにとって、この行為はハイクの霊感を生み出す重要な儀式であった。
(((イヤーッ!イヤーッ!)))ヌンチャクを回し、ぎこちない動きで足の下を潜らせる。開脚ジャンプから着地。両手を前に突き出しクナイを構えた。息が荒い。近年、ニンジャ姿の狂人が増えつつあるが、彼は自分が狂人ではないことを信じていた。実際、彼の中にはまだ十分な理性が残っている。
「井戸の中の闇を覗きすぎると落ちる」。平安時代にミヤモト・マサシが詠んだ名句だ。レイジはその言葉の意味をよく知っていた。(((イヤーッ!)))ゆっくりとチョップを繰り出し、前後左右の見えないクラスメイト全員の首をへし折り殺害する。ニューロンが疼き、新たなハイクの力となる。
(((夜の闇に身を浸す時…!)))レイジは窓を開けベランダに出る。防犯柵を解除し、危なっかしい足取りで隣の非常階段へと跳び渡った。夜が、闇が、影が、活力を与えてくれるような気がした。キョートの風に吹かれ、ざらざらとした焦血の香りが運ばれたが、彼にはそれが何か解らなかった。
レイジは隣のビルの屋上で正座し、懐から取り出したハイクセットを置く。殺戮を終え、彼の心は暗く美しい静けさに包まれていた。「インガオホー……」最初のセンテンスがすぐに湧き出してくる。「チョップで殺す……」セカンドセンテンスもよどみない。
「駄目だ!」レイジはショドーペーパーをぐちゃぐちゃに丸め、ブーツの底で何度も踏みつけた。彼の倦み疲れた心を満たす、暗く攻撃的でかつ美しいハイクは生まれないであろうことが、セカンドセンテンスの時点で解ったのだ。「全く駄目だ!」ヌンチャクで何度もショドーペーパーを殴りつける。
(((ニンジャセッションが足りないのか……?)))レイジは薄闇に浮かぶ五重塔を見た。危険だが、あそこまで跳躍すれば、あるいは。そうした自滅的な考えが生まれた直後、彼の携帯IRC端末が鳴った。特定条件にヒットするIRCメッセージが届いた時にのみ、通知を行う設定にしていたのだ。
彼は直ちに携帯IRC端末にLAN直結する。バイオLAN端子は、父親が彼に残した、数少ない有益な遺産だ。蛍光グリーン色の文字が、レイジのニューロンへと流れ込んでくる。「遂に!」レイジは小さく叫ぶ。彼のハイクを評価し、デビューさせたいという謎の人物から、メッセージが届いたのだ。
その男の名は、ドクター・ハイク。IRCメッセージの内容を信じるならば、かつてネオサイタマで芸能プロデューサーをしていたこの男は、現在アンダーガイオンでアンダーグラウンド的異才を発掘しており、すぐにでも会いたいという。指定場所は、レイジが足を踏み入れたことのない下層であった。
「行くぞ……アンダーガイオンへ……」レイジはヌンチャクを懐に隠し、希望とともに立ち上がる。ガイオンを囲むキョート山脈には、「ナ」「ム」「サ」「ン」の文字が赤々と暗示的に浮かび上がっていた。
3
(前回までのあらすじ:アッパーガイオンの高校に通うナブナガ・レイジは、父親をカロウシで失ってからというもの、ノートに攻撃的な暗黒ハイクを編み、夜は独りニンジャセッションを繰り返す不毛な高校生活を送っていた。そこへ、ドクター・ハイクなる謎の人物からIRCメッセージが届き……)
ガイオンは世界有数の観光都市だ。多種多様の人種が深い歴史を持つこの古都を訪れ、ゲイシャ、テンプル、キョート山脈に映し出される大きな漢字などを楽しむ。美観を損なわぬよう、五重塔よりも高い一般建築物は存在しない。基盤のように均等な各区画には、同じ外観、同じ高さのビル群が立ち並ぶ。
この法に対抗すべく、ガイオン中心部の企業群は、地下へ地下へと自社ビルを拡張していった。やがて、地下数十階規模まで増築されたビル群の間を繋ぐ地下道が形成され、サラリマン向けの商業施設、歓楽街、コフィンホテルなどが築かれ……いつしか3階層ほどのアンダーガイオンが出来上がっていた。
その後もアンダーガイオンは、時に共和国政府による介入を受けながら野放図な拡張を続け、現在のような逆ピラミッド型の混沌とした多層サイバー都市へと成長したのだ。中心部は1~5階層が貫かれ、ネオサイタマに酷似した市街地が広がる。そこには道路も車も存在し、地上と錯覚する観光客も多い。
観光客は猥雑なアンダーガイオンに立ち入らぬことを推奨されているが、実際には、非合法物品や、違法マイコサービス、過激なオスモウピットファイトなどに惹かれて、多くの観光客が大型リフトに乗って地下都市へと足を踏み入れている。安全が保障されているのは、アンダーガイオン第5階層までだ。
そして今、レイジは第8階層行のリフトに乗っていた。激しく金属部と滑車が擦れ、バチバチと火花が散る。上層から染み出してきた汚染水の水滴が暗闇の中へ落ちていく。鉄網状の足場は、いかにも頼りなく揺れていた。タタミ20畳ほどのリフトに、乗っているのは彼と2人のブディズムパンクスだけ。
「ブッダがある男をジゴクから助け出すため、切れやすい蜘蛛の糸を垂らした。ナンデ?」蛍光ブッダヘアーの2人は難解なスカム禅問答を繰り返す。「ゲイのサディストだから」「正解です」。彼らのあまりに異質な思考回路と、露出した逞しい二の腕は、リフトの端に立つレイジを酷く恐怖させた。
「ブッダが谷底で飢え死にしかけた時、タイガーが突然谷に身を投げ死んだ。ナンデ?」「タイガーはゲイだった」「正解です」。…バチバチバチと火花が散る。遠くで第8階層のネオンが煌めく。時折パンクスたちはレイジを見た。レイジは話しかけられぬよう、虚空に向けヌンチャクを振り回していた。
リフトが第8階層の大地をノックする。第6~8階層の環境は劣悪だ。工業区画であり、中心部に居住施設はほぼ存在しない。強制収容所じみたトーフ工場、ショーユ工場、コケシ工場……あとは実際安い歓楽街が並ぶだけである。レイジは汚染空気に耐えかね、防塵ネックウォーマーで鼻を覆い隠す。
早足にリフトを離れるレイジ。(((おそろしい……まるで野獣のような連中だった)))ヌンチャクを背中の鞄に仕舞いながら、安堵の息をつく。それからポータブル・フロッピドライヴをLAN直結し、周辺地図を読み込む。ドクター・ハイクと落ち合うためのバー、「安らぎ」を探しているのだ。
「スラムダンク」「アブナイ」「限界」「バカ」……工場の壁には抑圧された市民たちの叫び声か、あるいはギャング団の秘密暗号めいたスプレー文字が目立つ。ゴミ捨て場の横には薄汚い鹿の群れ。アッパーガイオンとは何もかもが違っており、その全てが、レイジの期待を大きく裏切るものであった。
地下世界には、あの嘘と虚飾にまみれたアッパーガイオンとは違う、何らかの美しきものが存在するのではないか……という儚い希望を、レイジは抱いていたのだ。だが彼はその考えに疑問を抱き始めていた。この粗悪な闇の世界は、彼を受け入れない。汚染大気がまず、彼の生存を拒絶している。
二十分後、レイジはドンブリ・ストリートの中に、ようやくバーを発見した。店の奥の暗がり……大型ファンから漏れる工場の光に照らされて、ランニングに薄汚い白衣を着たみすぼらしい40がらみの男が、ソファに腰掛け静かにケモビールを飲む。「あなたが」「いかにも、私がドクター・ハイクだ」
◆◆◆
一方その頃……レイジが入ったバーの裏手、廃工場と化したコケシ・ファクトリーでは、ヤクザギャング達の秘密会議が行われていた。
トーフの内部を思わせる、だだっ広い灰色の空間。かつてコケシ工場のオフィスであったと思われるその部屋には、数本のLEDボンボリと、大きな机がひとつだけ残されていた。壁には「ジリー・プアー(徐々に不利)」「危機だ」「良くやっていない」などの危機感を煽るショドーの残骸。
机の周囲に立つ十数人のヤクザギャングたちは、ダスターコートの懐から万札、大トロ粉末、素子、違法薬物などを取り出し、机の上に黙々とプールしていく。バチバチと頭上のタングステン・ボンボリが明滅し、彼らのサングラスに反射した。
ヤクザギャングたちは机から一歩退く。代わりに机へ歩み寄るのは……おお、ナムサン!ニンジャである!黒いニンジャ装束で目元以外を隠した男が、戦利品の山を両手で掴んだ。「ククククク、いいぞ、今週の上がりは上出来だ…!」彼の名はデスペラード。ザイバツのアデプト位階にあるニンジャだ。
その時、不意にフスマが開き、新たなニンジャが姿を現した。「ドーモ、デスペラード=サン……」。「……!ドーモ……!あ、貴方は……!」デスペラードが目を剥く。ギャングがどよめく。LEDボンボリが青い火花を散らし、ニンジャ装束を浮かび上がらせる。先刻ブリガンドを始末した男の姿を。
その男は鱗が描かれた黒いニンジャ装束を纏っていた。瞳は全てが黒く、オブシダンめいた無慈悲さをたたえていた。口元はメンポに覆われているが、僅かに露出した頬の端は、爬虫類のそれを思わせる醜い鱗状になっていた。「あ……貴方は、シテンノ!……ブラックドラゴン=サン!」
「観光客を無闇に殺すなと言ったろう」ブラックドラゴンは部屋の隅に積まれたスマキを、鋭い爪の伸びた指で指し示す。その間も、歩みは止まらない。「あれはッ…」。デスペラードの弁明を遮り、シテンノはさらに続けた「そもそも、この集会は何だ?ザイバツの許可を得ずに私腹を肥やしたな?」
「勘弁してくださいよ……」脂汗が滲む。デスペラードは後ろに回した両手でサイを一本ずつ回し、交差させ、相手に見えぬ形で臨戦態勢を整える「マージンを払いますから……」。「クズめが」ブラックドラゴンが言い放つ「貴様は前回のバンザイ・チャントで手を上げていなかったろう。反逆の芽だ」
「殺せッ!殺せーッ!」進退窮まったデスペラードが叫ぶ!ギャングたちがトミーガンを構え、マズルフラッシュが廃工場をハナビのように照らし出す!「イヤーッ!」ブラックドラゴンは巧みな側転と跳躍でこれを回避!空中でメンポを外し机に着地すると、黒い刺激性の霧を吐き出す!「シテンノ!」
「「「「グワーッ!」」」」生身のヤクザたちが、殺虫剤を浴びせられたコックローチめいて床を転げ回る。「クソッ!何処だ!何処だーッ!」闇雲に両手のサイで周囲を切り裂き、またその風圧で霧を払うデスペラード。すぐ前方に、中腰姿勢のブラックドラゴンが、いた。「…あッ!」「イヤーッ!」
伝説のカラテ技、サマーソルトキック!爪先がデスペラードの顎に食い込み、そして弾き飛ばす。サッカーボールめいて天井にバウンドした生首は、一瞬遅れて断末魔の叫びを上げた「…サヨナラ!」。そして爆発四散。爆風で霧が掻き消えると、そこはマグロの打ち上げられた浜辺のようになっていた。
ブラックドラゴンはまだ息のあるヤクザギャングどもにスリケンを投擲し、全員を始末した。下等な害虫を駆除するかのように、一片の慈悲も無く。
◆◆◆
「私には金が無い」とドクター・ハイクは言った「ネオサイタマの芸能界を追放されたのだ。だが才能を見分ける目はある。ケモビールをおごってくれ」。何と胡散臭い男か。だが社会経験に乏しいレイジには、その男が「本物」なのかどうかを見抜くことができない。彼はただ、相手の言葉に従った。
店内スピーカーから流行遅れのサイバーポップが流れていた。「俺のハイクですが」慣れないケモビールを飲みながらレイジは単刀直入に訊く「どうでした?」。「いい」とドクター・ハイク「実にいい。底知れぬ奥深さと苦悩を感じさせる、かつ美しい」「そうですか」レイジは硬い顔を少し綻ばせた。
「だが評価はされないだろう」とドクター・ハイク。それから少し間を置いて続けた「…キョートではね。受け入れられ難い。私とネオサイタマに来ないか?君をデビューさせ、私は業界に返り咲く」。「ネオサイタマ…!」レイジは思いがけない提案に驚愕した。驚きのあまり、自然と涙が頬を伝った。
「しかし私には金が無い」ドクター・ハイクは10本目のケモビールを飲み干しながら告げた「パスポート代、飛行機代、手数料を用意してくれないか?ざっと、このくらいだ」。男が見せた薄汚いメモを見て、レイジは首を横に振る「……無理ですよ……俺には……こんな金額」。
「……」ドクター・ハイクはしばし無言だった「…君は、アッパーガイオンのカチグミじゃないのか?」。レイジは返す「……そうですが、俺の家にもう、金は無いんです」。レイジは困惑した。(((この男は本当に信用できるのか?確かにハイクの造詣はある程度深いようだが……確かめないと)))
「待ってください、俺、ノートを持ってきてるんです。これの感想を……」レイジは鞄を開けて、教室でいつも書いているハイクノートを探す。……無い。どこにも無い。いやな汗が垂れ始める「ウカツ!まさか下校時に……!」。ドクター・ハイクはそれを遮って無表情で言った「君、今いくらある?」
「数千円です」ノートのことで思考能力が限界に達していたレイジは、素直に答えた。ドクター・ハイクはしばらく無言で考えてから、言った「すぐそこの、電脳マイコセンターに行こう。君も来るんだ」。そして白衣を翻し立ち上がる。「何でですか?」レイジはケモビール代を払いながら追いかけた。
電脳マイコセンターのフロントには、耳障りなベース音が鳴り響いていた。レイジは露骨に嫌な顔を作る。「札をくれ」ドクター・ハイクがせびる。千円札が何枚か自販機に吸い込まれ、様々なマイコの顔が映った券売ボタンが光った。券が出てランプも消える。「君も買いなさい」とドクター・ハイク。
「俺も?訳が分かりません」混乱するレイジ。「君は似ている」とドクター・ハイクは言う「若い頃の私にね。私も自らハイクを志し、失敗した。だから放っておけんのだ。君は汚れを知らな過ぎる。脆過ぎる」。フロントではバーコード眉のサイバーゴス男が、2人の様子を気だるそうな目で見ていた。
レイジはそこに、幾許かの真実が含まれている気になった。そして札を投入する。ケモビールが回り、心臓が鳴る。券売機の写真から、一見してオイランドロイドと解るマイコを選んだ。「終わったらまた安らぎだ、いいね?」とドクター・ハイク「私はまだ諦めていない。デビュー費用は1ヶ月待とう」
ドクター・ハイクは受付に券を提出し、奥へと消えた。レイジもそれに倣って、バーコード眉に券を提出する。レイジはそもそも、電脳マイコセンターの仕組みがよく解っていない。(((実際安すぎる……何故、ドクター・ハイクの買ったマイコボタンは、売り切れにならずに、光っていたんだ?)))
「部屋はバンブーの7ね」バーコード眉は素子鍵カードと、点滴針やチューブが入ったシャーレ、LANケーブル付きのサイバーサングラスをレイジに手渡した。レイジがぼんやりしていると、バーコード眉はかったるそうに、壁に張られた個室見取り図を指した。バチバチと天井のボンボリが明滅した。
ねじれた廊下を進みバンブー7の鍵を空けると、そこは無人スシバーの座席よりも気持ち広い程度の、小さく薄暗い個室だった。レイジは椅子に座り、カエルとウサギの墨絵で描かれたインストラクション・ブックを読む。まず、サイバーサングラスのLANケーブルを壁の端子に直結……
……券売機で買ったのと同じ正しいマイコがサイバーサングラスの液晶ディスプレイに出現したら、腕に点滴針を刺す……店員が刺す場合は追加金額……点滴針のチューブを、壁から生えた蛍光ブルーの液体が入ったチューブと繋いで……あとはニューロンのスパークとケミカル反応に身を任せる……。
最後のページにはサイバーサングラスをかけ恍惚とするカエルが描かれていた。「何だこれ…?」レイジの心に沸々と怒りが、そして恐怖が湧き上がってきた。「こんな不衛生な所で、点滴?病気になるぞ?」足下の暗闇を見渡す。およそ自分の理解を超える下劣さに、怒りと恐怖を覚えた。体が震えた。
「アイエエエエエエ!」突然、隣から壁越しに叫び声が聞こえてきた。レイジは息を飲む。「アイエーエエエエエ!!」獣じみた叫び声と、狂ったように壁を叩き続ける音が続いた。レイジはバンブー7を出て、受付に走った。放り捨てられたサイバーグラスには、実際安い3DCGマイコが映っていた。
「あれ、何か不具合?」バーコード眉がぼんやりと訊く。レイジは息を荒げながら言った「俺の前に入った人の部屋番号、いくつです?」「イロタ=サンかい?悪いけど、どの部屋とかそういうのは、言えないことになってんだよ。アー、防犯上の理由ね」「イロタ=サン?ドクター・ハイクではなく?」
「ドクター・ハイク!?」バーコード眉は笑った。笑い声は上げていない。ガスマスクに口元が隠されていても、目の表情でレイジには解った。クラスの連中と同じ、敗者を見る嘲笑の目だった。レイジはそれで全てを理解した。朝からの全ての出来事が、ぐちゃぐちゃになってニューロンを駆け巡った。
「ARRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRGH!!」レイジは狂ったように叫びながら、電脳マイコセンターを飛び出した。それから声にならない嗚咽とともに、第8階層の闇の中を駆け抜けた。
(((あいつは、うちの従業員だぜ)))嘲笑の混じったバーコード眉の言葉が、脳内で残響する。惨めさのあまり、消え入ってしまいたかった。レイジは呂律の回らぬ口で叫びながら、リフトへ走った。ネオサイタマでデビューし、万事休すの生活から脱出する希望は、脆くも崩れ去った。
どす黒いものがまた、心臓に溜まっていくのが解った。レイジは上層へと向かうリフトの灯りに向かって駆けた。「俺のノート!俺のノート!あれだけは!」
◆◆◆
「レイジ=サン……」ガイオンの浮付いたチョウチンツリーの灯りの中を独り、ヨモギは興奮しながら歩む。その胸には、校門前に落ちていたハイクノートが握り締められていた。彼女は一路、レイジのマンションへと向かう。「……知ってる?ニューロンが焼けると、すごく、気持ち良いんだって……」
4
(前回までのあらすじ:アッパーガイオンの高校生ナブナガ・レイジは、八方塞の現実から逃れるため、授業中も暗黒ハイクを書き連ねる不毛な毎日を過していた。一抹の希望を求めアンダーガイオンに向かったレイジは、バーや電脳マイコセンターで金をむしられ、その低俗さと実際安い世界に再び絶望)
(その途中、暗黒ハイクノートを落としていたことに気付いたレイジは、激しい混乱と憔悴の中アッパーガイオンへと駆け戻るのだった。彼を執拗に付け狙う隣のクラスのペケロッパ女学生、ヨモギがこの暗黒ハイクノートを拾い、それを持って彼のマンションに向かっていることも知らず……)
「ハイク……俺のハイクが……!」息を切らせアッパーへと戻ったレイジは、リフト検問でスモトリ警備員に呼び止められる。「ドーモ。君、どこの階層?」有無を言わさぬ力だ。いつの間にかレイジの服や靴には、得体の知れぬ汚物、針やチューブ、コケシ抵抗器、蛍光色の液体などが付着していた。
だがそれよりもむしろ、この高校生の放つサツバツさが、スモトリ警備員たちの警戒重点対象となったのだ。「俺は……狂ってません……狂ってません……!」レイジはアッパー身分証と素子を提示し、どうにか検問を切り抜ける。くだらない事で時間を無駄にしてしまった……!レイジは頭を掻きむしる。
「たこ焼き」「合法」「オモシロイ」……リフト周辺の屋台街。レイジは群衆の中を荒々しく駆けた。徐々に降り始める重金属酸性雨。健康的な肌で何事もなく笑う、観光客やカチグミや鹿の群が、彼を酷く苛立たせる。(((どけ愚民ども!鹿め!俺を阻むな!俺の暗黒ハイクノートが雨に濡れる!)))
「おいなんだ!」「ちょっとやめないか!」「アイエー!」後方で嘲笑と余裕の混じった罵声が響く。(((誰にも理解できるものか!俺のハイクは間違ってない!俺は只者ではないんだ!急げ!誰かに俺のハイクを盗まれる前に!)))ああ、ナムサン!レイジは未だ己のハイクだけを信じ、駆けるのだ!
(((暗黒の太陽の下!死せる骸の都市!チューブを埋め込まれた!黒い影が俺の胸を満たして!浮かぶ眼!煉獄で焼かれろ!死ね!)))校門前へと駆けるレイジのコールタールめいた胸には、澱んだ球のようなハイクセンテンスがぬるりと浮かんでは消える。校門前には…無い。雨脚が強くなってきた。
「もしや……ニンジャセッションの時に……隣のビルの屋上で…」レイジは息を切らしながら呟き、駆けた。その可能性は低いことに薄々感づきながらも、なお駆けた。しばしば酷い息切れを起こし、へたりこんで胃液を嘔吐する。30分後、非常階段を駆け上り屋上に着いた時、携帯IRC端末が鳴った。
「侵入者ドスエ、侵入者ドスエ」合成マイコ音声が危機を告げる。自室の入口に仕掛けた警報装置が作動したのだ。ナムアミダブツ!これは平安時代の哲学剣士ミヤモト・マサシが詠んだ「弱ってきたらさらに棒で叩く」のコトワザを地で行く災難だ。何者かが鍵を開け、彼の聖域へと足を踏み入れたのか!
◆◆◆
数分前-。レイジのマンションの階段を上る、サイバーゴス姿の女子高生。目元はサイバーサングラス、口元はサイバーガスマスクで隠され、病的なほど白い頬がわずかに露出する。
「ハァーッ!ハァーッ!」高まる興奮が、サイバーガスマスクの弁の開閉速度を速める。ゴスファンデーションで覆われた白い肌が、微弱に桜色に染まる。「……レイジ=サン!レイジ=サン!レイジ=サン!レイジ=サン!アイエエエエエ!アイエーエエエエエエエエ!」時折階段で立ち止まり悶えた。
ペケロッパ・カルティストである彼女は、数週間前既にハッキングでレイジの家を探り当てていた。家族構成、部屋の間取り、電子錠の種類、一年前に父親がカロウシしたことまで探り当て、彼の家の周囲を徘徊していたのだ。レイジがヨモギをサイコパス女扱いするのには、それなりの理由がある。
そして家の前へ。マグロやアルコールの悪臭はガスマスクで遮断されている。脳内で聖なる16bit音楽が鳴り続け、不快なブンズー音波長も選択的に排除されている。シリコン製の蛍光リストバンドの中でフラッシュが瞬く。ヨモギはターコイズ色に塗られた爪で、インターホンのボタンを押した。
しかし反応は無い。押す、待つを数回繰り返すが、やはり反応は無い。
16bit音質で歪みまでリアルに再現されたいにしえのチップチューンが、非人間的なビートを刻んでヨモギの背中を押す。(((ペケロッパ神よ、勇気をください!)))ヨモギはインターホンにLAN直結し、同時にハック&スラッシュが使うコケシ型の違法デヴァイスで物理鍵を破壊しにかかる。
インターホンがボンと小さく鳴り、センコめいた煙が立ち上る。同時に物理鍵も破壊された。数週間前から、彼女はいつでもこうすることができた。必要なのはきっかけだった。彼女はレイジの暗黒ハイクノートを拾ったことが、何らかの啓示であると信じたのだ。それが彼女を暴挙へと向かわせた。
ヨモギは一呼吸置いてから、おもむろにドアを開けた。廊下の壁伝いにゆっくりと歩いてくる、レイジの母親の姿が見えた。母親はケミカルに笑った。「アッハー!あなた、誰?」
ヨモギは何も言わず、隠していたスタンガン・ジッテの一撃を母親に浴びせる。叫び声を上げる間もなく、レイジの母親は気絶して廊下に倒れ、浜に打ち上げられたマグロのように口をパクパクとさせた。ヨモギはそのまま無言で進み、レイジの部屋のドアに手をかける。ここも二段階の錠前だ。
もはや何も恐れるものは無い。ヨモギは息を荒げ、物理鍵と論理鍵を同時に破壊する。タツジン……!アッパークラスの18歳とは思えぬ見事なワザマエであった。そして再びペケロッパに祈った後、息を整えてレイジの部屋のドアを……開け放つ!
「……イナイ?」そこはもぬけのカラだった。開け放たれた窓からアッパーガイオンの湿った風が吹き込み、ヨモギの紅潮した頬を撫でた。窓の彼方にはキョート山脈が見え、「インガオホー」の大きな文字が映し出されていた。シュコーパタンと弁が鳴る。「……レイジ=サン、イナイナンデ!?」
「ザッケンナコラー!」突如背後から粗暴な男の声!ヨモギは振り返る!だが反応が遅い!ジッテを使う余裕も無い!異音を聞きつけ背後へと迫っていたモヒカンの拳が、ヨモギ目掛け容赦なく繰り出された!「ダッテメッコラー!」「グワーッ!」部屋の隅へと弾き飛ばされるヨモギ!ナ、ナムサン!!
「ゴホッ!ゴホーッ!」サイバーガスマスクが外れ、ヨモギの白い頬と黒い口紅があらわになる。壁に背中を預け、激しく咳き込むヨモギ。(((こんなモヒカンがいるなんて情報……無かった……のに!)))タイトな黒PVCスーツに包まれた胸が揺れる。それは豊満だった。
「何だテメエは?1人でハック&スラッシュか?出張マイコサービスか?」モヒカンはスタン・ジッテを廊下に蹴り出してから、拳を鳴らして歩み寄る。コワイ!「レイジ=サンのノート……」ヨモギは殴り飛ばされた衝撃で床に転がったノートを指す「同じ学校……なんです…けど……私!」
「レイジはどこ行った?」ヨモギの頭から生えた水色のLANケーブル束を、乱暴に掴み上げるモヒカン。「痛いです!やめてください!最初からいませんでした!!」「テメッコラー!不法侵入じゃねえかコラー!」「アイエエエエエエ!!」耳元で叫ばれる下劣なヤクザスラングに恐怖するヨモギ!
この男に言葉は通じない。力で対抗しなければ!「ペケロッパ!」ヨモギは腰に隠した小型ナイフを閃かせ、敵の首筋を狙う!「テメッコラー!?」それを退役軍人の反射神経で軽々と回避するモヒカン!いかなペケロッパ・カルトのハッカーとはいえ、格闘に関してヨモギは素人以下のワザマエだ!
ヨモギの細い腕を掴み、ナイフを奪い合い、もつれ合ってPVCスーツの胸元が切り裂かれる!アブナイ!羞恥心が働きナイフを取り落とすヨモギ。「ウォーッ!」間髪いれず、モヒカンはヨモギの後頭部を掴み、レイジの学習机めがけサイバーグラスで覆われた彼女の顔面を叩きつける!「グワーッ!」
ヨモギのサイバーサングラスの表面にヒビが入り、バチバチと火花が散る。十数年前の電子戦争を思い出しモヒカンの血が滾った。「興奮してきたぜ!お前が誘ったせいでな!」モヒカンはヨモギを背後から力で屈服させ、頭を学習机に押し付ける!動けない!退役軍人と女子高生の力の差は歴然である!
「アイエエエエエエエエ!あと少しだったのに!あと少しだったのに!」ヨモギは黒いリップを屈辱に歪ませる。頬に刻まれたペケロッパ・カルトのタトゥーの横を、サイバーグラスから漏れた黒い涙がジグザグに伝っていった。目の周りに塗った黒いゴスシャドウが、悔し涙で溶け出していた。
「ペケロッパ!ペケロッパ!」ヨモギは叫んだ!「レイジ=サン!助けて!レイジ=サン!」「レイジなんざ居ねえんだよ!この不法侵入者が!俺を誘惑しやがって!」モヒカンが頭を近づけ、耳元で嘲るように叫んだ。ナムサン!このままヨモギはファック&サヨナラされてしまうのか!?……その時!
「……ハァーッ!ハァーッ!」息を切らせ、顔を苦しげに歪めながら、開け放たれたベランダへとレイジが着地したのだ!ちょうど真正面、学習机の前で、モヒカンが背中を向け前後しようとしている。敵はレイジの存在に未だ気付いていない。
(((背後からなら、やれるか?)))レイジは己のヌンチャクを見た。これまでに何度もモヒカンに挑み、そのたびに力で捻じ伏せられてきた屈辱的な過去がソーマト・リコールする。「アイエエエエエエ!」痛ましいヨモギの悲鳴が、何故か、胸をえぐる。次の瞬間、レイジは突撃していた!
「イヤーッ!」渾身の力を込め、レイジはがむしゃらにヌンチャクを振り回し、暴力モヒカンの後頭部を殴りつけた!「グワーッ!」背後からのアンブッシュを受け、モヒカンが絶叫を上げる!ニューロンで思い描いていたイメージでは、モヒカンの頭はカンテロープめいて粉砕されるはずだったが……
頭蓋をサイバネ手術で鋼鉄化しているモヒカンにとっては、致命傷とならなかった!逆に慣れない運動によって足をもつれさせ、転倒するレイジ!ブザマ!ヌンチャクを闇雲に振り回しながら身体を起こしたときには、すでにモヒカンのカラテが鳩尾にめり込んでいた!「スッゾコラー!」「アバーッ!」
「ウォーッ!」「アバーッ!」壁際での執拗な暴力がレイジを襲う!「ウォーッ!」「アバーッ!」膝蹴り!「ウォーッ!」「アバーッ!」膝蹴り!「ウォーッ!」「アバーッ!」膝蹴り!……そこへ背後から飛びつく、ヨモギ!水色LANケーブルを、無防備なモヒカンの首筋LAN端子へと……直結!
アンブッシュによる一方的コマンド攻撃!「ペケロッパ!」「グワーッ!」パン!というショウジ戸の破れるような音が鳴った!ファイアウォールが貫通されたのだ!モヒカンのLAN端子から火花が散り、ハンダの溶けるような異臭と灰色の煙が上がる!反撃を食らう前に素早くケーブルを抜くヨモギ!
「グワーッ!グワーッ!」ヘッドショットを喰らったゾンビめいて部屋中を歩き回った後、仰向けに倒れるモヒカン!ゴウランガ!レザーベストの中から、違法な香りのする大量の万札や素子、大トロ粉末が思いがけずドロップした!むせ込み、切れた口から血唾を吐き、立ち上がろうとするレイジ。
サイバーグラスの奥で目を爛々と輝かせ、ヨモギが駆け寄ってきた「レイジ=サン!」細いヨモギの肩を借りて体を起こす「レイジ=サン!」柔らかい胸の感触が「デーモンまだ死んでないわ」そして混濁した意識で部屋の中を見渡す「はやくKILLしないと」一体何が起こったのか「ナイフ何処?!」
床に落ちた万札や粉末や素子「えっ、私?私は」サイバーガスマスク、PVCスーツの切れ端や蛍光色の女性物パンツが床に「ノートを校門で拾ったから…」暗黒ハイクノートとヌンチャク、悶えるモヒカン「持ってきただけ…」ドアが開きぼんやりとした顔の母親が現れた「アッハー!何やってんの?」
ヨモギに抱え上げられてからここまで、僅か3秒。あまりにも混沌とした膨大な情報がレイジのニューロンを蹂躙し、瞳孔が開く。ノート。万札束。大トロ粉末。素子。下着。ヌンチャク。母親。未だ生きているモヒカン。そしてヨモギの白い胸の感触が混ざり合い、レイジのニューロンがスパークした。
「逃げるぞ!」ナムアミダブツ!レイジよ何を思いついたのだ!?レイジは床に落ちた万札、素子、大トロ粉末、暗黒ハイクノートを全て乱暴に背負鞄の中へ詰め込むと、ヨモギの細く白い手を引いてベランダへと駆けた。腫れた顔に勝利の笑みを浮かべ。「えっ?」とヨモギ。「逃げるぞ!」とレイジ。
「何処へ?」「ネオサイタマだ!」レイジはヨモギにだけ聞こえるよう小さく叫んだ。(((逃げる……一緒に…?受け入れて……くれたの?)))ヨモギはズバリを静注されたように恍惚とした。「イヤーッ!」レイジはふらつく足取りでベランダの手すりへと上り、隣のビルの非常階段へと飛び移る!
(((彼女は俺のハイクを理解できないが、俺の大切なハイクを守ってくれたんだ。それをあのモヒカンに襲われて…)))「こっちだ!」躊躇するヨモギを呼ぶレイジ!危うい足取りで跳躍するヨモギ!キョート山脈に「禅」の文字が映し出される!着地!ヨモギの足首が曲がり骨折!「アイエエエ!」
脊髄反射的にヨモギを背負うレイジ!英雄めいたアクション!胸の感触が、背負鞄とハイクノート越しに伝わってくる。彼のイメージの中では力強いニンジャの足取りで階段を駆け駆け下りるはずだったが…実際はよろめき、足下が覚束ない。「私…今、体温何℃あるんだろ…!」恍惚状態で囁くヨモギ!
(((ブッダ!俺はこれまでさんざん辛苦を味わってきたんだ!いいよな、ブッダ!これで、何もかも手に入る!これで!逃げ出せる!)))4階の踊り場に達し、ヨモギを背負ったまま立ち止まり、深呼吸で小休止を取るレイジ。恍惚とするヨモギ。そこへ、自室のベランダから怒号が聞こえてきた。
「レイジイィィィ!?」ニューロンを損傷し狂乱状態に陥ったモヒカンの姿がそこに!ブィイイイイン!ブィイイイイイン!鳴り響くチェーンソー音!モヒカンは右腕のテッコ・アタッチメントを、サイバーチェーンソーに交換していた!そして火花を散らしながら、上階の非常階段踊り場へと……跳躍!
「アイエエエエ!ペケロッパ!ペケロッパ!」恐怖し聖なる名を唱えるヨモギ!すぐ上の階に、チェーンソーを持った狂人が!「…逃げるぞ!」再び走り出すレイジ!だがその足取りは実際遅い!背負われたヨモギの目には、ゴアめいた死の運命が見える!「あと少しだったのに!あと少しだったのに!」
「逃げ切れる!」何の根拠も無く言うレイジ。「スッゾコラー!」上から迫るモヒカンの怒声!「デーモン!KILLしなかったせい!あと少しだったのに!あと…少し…」ヨモギは、フードが脱げ露になったレイジのうなじに目を奪われた。LAN端子。刹那、烈しいサイバー的衝動が彼女を支配する。
ペケロッパ・カルトの教義は、いにしえのデバイスを発掘崇拝し、いずれは世界を1bitへと退行させることを究極目標とする。カルティストにとって肉体はただの箱であり、改造もサイバネ手術も陵辱も彼らの精神を汚し貶めることはないのだ。問題は、そこにヨモギの妄想癖が加わったことにある。
「ハァーッ!ハァーッ!」ヨモギはレイジの首筋に薫るフェロモンでケミカルな陶酔に陥った「ね!レイジ=サン!し、知ってる!?」「喋るな、舌噛むぞ!」駆けるレイジ。迫るチェーンソー!ヨモギのLANウィッグを数本切断!「ニューロンが焼き切れると、す、すごく、気持ち良いんだって…!」
ヨモギの手が、何度もこの瞬間を待ちわび練習した手が、自らのLANケーブルの先端を掴む。もう片方の手が素早くレイジの強化シリコン端子カバーを外し、金色の金具の中へと……LAN直結!流入する無数の緑文字!「ペケロッパ!ペケロッパ!ペケロ!ペケ!」がくがくと震えるヨモギ!
「アバーッ!」絶叫するレイジ!その時、電子的な奇跡が起こった!電極を刺されたカエルめいて、レイジの脚に驚異的筋運動が発生したのだ!チェーンソーをかわすように、高く!速く!跳躍!階段を蹴り、手すりを蹴ってさらに高く跳ぶ!「ブッダが助けるぞ」と書かれたカンバンをも蹴って、高く!
……いや、駄目だ!それは高すぎる!実際5階付近の高さまで、重金属酸性雨降りしきる闇の中をレイジは跳躍してしまったのだ!ガイオンの空を浮遊する2人!全てがスローモーションに!パン!ヨモギの攻撃で物理ファイアウォールが破られる!露出端子へと重金属酸性雨が流れ込む!
一瞬、2人の意識は8畳の茶室にジャンプした。学生服のまま正座して向かい合う2人。「俺のハイクの、何処が好きなんだ」とレイジ。「暗くて……」ヨモギが恍惚としたまま言う「狂ってるところ」。レイジは無言になった。「それより見て」とヨモギ「相性ばっちり。私、指先、0と1になって…」
レイジの意識だけが、ぱっとガイオンの空に戻った。肩を抱いていたヨモギの手がほどけ、安らかで嬉しそうな表情のまま落下を始める。レイジもむろん落下する。背負鞄から金やノートが散らばった。(((ブッダがある男をジゴクから助け出すため、切れやすい蜘蛛の糸を垂らした。 ナンデ?)))
「ARRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRGH!」おお、ナムサン!ナムサン!ナムアミダブツ!レイジは空中でもがきながら、ガイオンの重力へと落下していった……!
5
同時刻、アッパーガイオン某所。
「ワンドフォー」「ハイク展示即売」「エキシビチョン」……漆を思わせる赤色に、白くかすれた極細ミンチョ体。真新しいPVCノボリが、古風なギャラリーの前ではためく。入口には黒スーツにサングラスをかけた厳しいSPが2人立ち、オープニングパーティーの入場客を会場内へと迎え入れていた。
会場は1階建てで、広さは100畳ほど。広すぎず狭すぎず、キョート国民が愛する奥ゆかしいサイズだ。高い白壁にはショドーされたハイク作品が額に入れられ、数メートルおきに1つ並ぶ。中央部分には瀟洒なキョート風庭園が模され、白い砂利、赤い橋、傘、スシの盛られたチャブなどが並んでいる。
「素晴らしいハイクですね!」スーツを着たトリュフ豚めいた中年の男たちが、イダの周囲に群れ集っている「ハイスクールのハイク・コンペティションでも優勝だそうじゃないですか?いったいいつからハイクを始めたんですか?」。「そうですね、実際……」イダは勿体ぶって言う「2ヶ月くらいです」
「2ヶ月!」「ポエット!」「テンサイだ!」「ヤバイ!」周囲のトリュフ豚や、アメフト部の取り巻き学生たちが口々にイダを称賛する。イダはさも当然といった顔で、自分より20歳以上も上のカチグミサラリマンの一人に返した「それでアマシロ=サン、もうハイクはお買い求めになったんですか?」
「エッ?!アッ!ハイ!もちろん、買うことに決めていますよ!あそこの角にあるやつ、あれがとてもいい!」アマシロは赤らんだ顔で、低脳なハイクをひとつ指差した。値段は100万円ほどだ。カチグミにとってはさほど大きな金額ではない。ここはイダ・グループに対する忠誠心を発揮する場なのだ。
「それじゃあ皆さん、楽しい夜を過してくださいよ」イダがすっと手を上げると、取り巻きたちはすぐに散っていき、茶屋やスシチャブの周囲で新しいグループを作り始めた。ここは他業種のカチグミと親睦を深める、社交の場でもあるのだ。高校生からカチグミ重役まで、老若男女数十名がこの場にいる。
「坊ちゃん」SPの1人が近づきイダの耳元で囁く「ドクター・ハイクとかいう胡散臭い男がエントランスを通ろうとしていたので拘束しましたが」。「知らんな、何者だ?」とイダ。「身分素子をチェックしたところキョート国民です。数年前にアッパーのカチグミ企業をクビになり、アンダーにいます」
「そいつが何だというんだ?」とイダ。「自分は大物で、金を払えばネオサイタマのハイク界に売り込むと言っていますが……」とSP。「イディオット!」イダは鼻で笑った「詐欺師か何かだろう。どこかで今日のプログラムを見て、スシを食いに来ただけだ。あわよくば金を騙し取ろうという腹だ」
「私もそう思います」とSP「そもそも頭が狂っていると思います」。「じゃあ囲んで警棒で叩いておけよ、アンダーにも帰れない位な。僕は忙しいんだ」。SPはエントランスに向かう。くぐもった叫び声と打擲音が聞こえてきた。イダはネクタイを調え直し、彼を待つ女学生へと近づく「お待たせ!」
「だいぶ私のことを待たせたわね」マイコチア部のソメヨだ。周囲に誰もいないのを確認すると、イダは健康的な笑みを浮かべてソメヨの耳元で囁いた「どうだい、すごい物だろう?僕のパワーは。この後、奥でファックしないかい?」。「いいわよ」とソメヨは逞しいイダの首に腕を回してキスをした。
◆◆◆
同時刻、アッパーガイオンの空。
一瞬だけコトダマ空間へとジャンプしていたレイジの意識は、アッパーの空へと戻り、薄気味悪い浮遊感を味わっていた。周囲にはヨモギ、万札、大トロ粉末、ハイクノート、クレジット素子……様々なものが猥雑に浮いていた。蜘蛛の糸は重みに耐えかね……切れたのだ。全てが自由落下を始める。
レイジのニューロンの中で、無数の記憶がソーマト・リコールした。自室で繰り広げられたサツバツの数々、ブッダパンクスのスカム禅問答、暗い部屋で暗黒ハイクを編む毎日、父親がカロウシした日のこと、あのモヒカンがやってきて母親が狂った日のこと……(((ふざけるな!ブッダめ!!)))
落下速度が増す。逆さまの世界。頭上にカワラ屋根が接近する。レイジの胸に、コールタールのような闇が満ちる。それが編み上げられてハイクとなり、レイジの口から鴉の囁き声のように吐き出された。……次の瞬間、彼の体に黒い稲妻が落ちた。五重塔の上で、一人のニンジャがそれを偶然見ていた。
CRAAAAAAAAAAAAASH!!!!凄まじい音を立ててハイク展示会場のカワラ屋根が破壊される!上空から降って来た男女の体が、白い砂利の上へと激しく叩きつけられた!遅れて舞い散る万札!「アイエエエエエ!?」「アイエエエエエエエエエ!?」ナムアミダブツ!会場はパニックに!
仰向けで大の字に叩きつけられてから5秒後……レイジは突然、よろめきながら立ち上がった。サイバーパーカーはぼろぼろだ。周囲のざわめきが、リヴァーブめいて聞こえる。死んだのだろうか?と彼は不思議に思った。痛みをほとんど感じないからだ。あの高さから落下したのに。
右手を見下ろした。手足が不自然に曲がった少女の死体があった。無慈悲なほど鋭くなった彼の耳は、LANケーブル伝いに心音停止を知り得たのだ。サイバーグラスも外れ素顔を晒したヨモギは、不思議と穏やかな顔をしていた。レイジのニューロンの奥がチリチリし、理由の解らぬ涙が頬を伝った。
銃や警棒、サスマタなどを構えたSPたちがレイジの周囲を包囲していた。来客者たちは壁沿いへと避難しつつ、息を飲む。イダとSPの話す声がレイジの耳に聞こえた。「……おい、死んでるようだが、僕らに落ち度はないな?」「当然です坊ちゃん。どこかのアナーキストが飛び込んできたんです」
「そうだよな……ん?」イダはふと、立ち上がった軟弱そうな男の顔を見た。落下の衝撃で煤まみれだが、明らかにそれは同じ高校のフリーク、ナブナガに見えた。横で倒れている女も、フリークのヨモギではないか。見たところ、銃器の類は持っていないようだ。気が狂って投身自殺でも図ったか。
「…妙な動きがあったらすぐに撃てよ」「えっ、坊ちゃん何を?」余裕の笑みを浮かべたイダはSPに囁くと、カラテめいた構えを作ってナブナガ・レイジ包囲サークルの中へと入った。「皆さん!危険なアナーキストです!」イダが叫ぶ「ここは僕のカラテに任せてください!シュー!シュシュッ!」
イダは後方にいるソメヨに爽やかな笑いを贈った。それからすぐに前を振り向き、アメフトじみたファイティングポーズで黒ずくめの闖入者へと近づいていく。ナムサン!だがレイジはぼんやりと立ち尽くしたままだ。「……おい、どうした?かかってこいよ!フリーク!」イダが小さく叫ぶ。
「……」レイジは呟く。イダは周囲を旋回する「どうした!僕を引き立てろ!フリーク同士で仲良く、展示会を邪魔しに来たんだろ?」。レイジはもう一度、ハイクを吐き出した「……骸怨ノ/死セル陽ノ下/影ヲ編ム」。「何だそりゃ?ハイクか!?暗くて幼稚だな!ハハハハハ!ハハハハハハ!!!」
異形のハイクを詠んだ刹那、レイジの背後に伸びていた影が足下へと縮み、消えた。それから十二時の全方向へと、瞬時に十二個の影が伸びた。そのうちの一部は彼の体により糸のように巻きつき、一瞬にして暗い灰色のニンジャ装束を形作ったのだ!「ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」イダが叫ぶ!
「坊ちゃん!」SPの2人が異常を察知し、反射的に発砲した!だがレイジの目には、その弾道が見えている!ゴウランガ!そして体がひとりでに動き出す!彼の体に憑依したばかりのニンジャソウルが、半主導権を握っているのだ!「イヤーッ!」レイジは紙一重のブリッジでこれを回避!タツジン!
続けざま、レイジはブリッジの姿勢から高く跳躍。ほぼ無意識のうちに空中で体を捻り、イダの側頭部へとボレーキックを放つ!「イヤーッ!」「グワーッ!」何たるニンジャ脚力!イダの頭はラグビーボールめいて吹っ飛び、キョート風庭園に立つ小さな赤トリイの上を超えて行った!ポイント倍点!
「アイエエエ!」「イダ=サンが!」「アイエエエエエエ!」再びハイク展示即売会場がジゴクめいた悲鳴に包まれる!チャブが蹴り倒され、オーガニック・スシが飛び散り、靴で踏み潰される!SPたちは手に持ったサスマタや警棒でレイジへと突撃し、客は他を押しのけ我先にとエントランスへ殺到!
「愚民どもめ!」暴走するレイジは蜘蛛めいて着地した姿勢から、鉤爪のように強張らせた両手の指を床につきたて、何かを抉り取るように引き上げた。果たしてこれはいかなるジツか!?「グワーッ!?」レイジへと突撃してきたSPたち自身の影から暗い手が突き出し、彼らの足首を掴んだ!コワイ!
SPたちはカナシバリ状態に陥り、その場から微動だにできない!「イイイヤアアアアーッ!」レイジは胸の前で糸車のように大きく腕を回す!すると……おお、ナムアミダブツ!彼の周囲に伸びていた12個の影が彼の背後で編み上げられ、全く同じ立膝姿勢の黒い人影を背中合わせに生み出した!
「「イヤーッ!」」レイジと影は、互いの目の前にいるサスマタSPへ痛烈な左ストレートを繰り出す!「「グワーッ!!」」さらに時計盤めいて右へ側転し、ケリ・キック!「「イヤーッ!!」」「「グワーッ!!」」ケリ・キック!!「「イヤーッ!」」「「グワーッ!!」」ケリ・キック!!!
レイジの周囲には、スプリンクラーめいて血を撒き散らす死体だけが残った。怒り狂ったレイジは、憑依したばかりの邪悪なニンジャソウルとほとんど精神を同化させ、無意識に繰り広げられる殺戮の数々を見ていた。逃げ遅れたクラスメイトを撲殺し、名も知らぬカチグミ・サラリマンの首を撥ねた。
ハイク展示即売会場はいまや、巨大なオブツダンと化そうとしていた。…だが、次第にニンジャソウルの力が弱まり始める。レイジは、自分以外の意識が徐々にどこかへと遠ざかっていくのを感じた。それとともに、彼の影は十二個から六個に、三個に、やがて一個になり、カラテにも精彩を欠き始める。
ナブナガ・レイジに憑依した強大すぎるニンジャソウルが、彼自身の余りに脆弱なカラテと精神力によって枷をはめられ、その真の力を発揮できなくなっていったのだ。ジツが失われ、驚異的なカラテの数々も失われていく。ニンジャ筋力やニンジャ脚力は残っているが、どう使えばいいのかわからない。
突然、精神がフートンの中から起き上がったかのように鮮明になった。気がつくとレイジは死体の山の上で、ドクター・ハイクの白衣の襟首を掴んでいた。「おい」レイジは言った。「はい……」ドクター・ハイクは怯えながら答えた。「嘘を吐けば殺すぞ、お前は元ハイク・プロデューサーか?」
「……いいえ、ハイクを志しカチグミから転落した、哀れなサラリマンです……ブッダ!お慈悲を……!」ドクター・ハイクは恐怖に目を剥き、訴えた。これは一歩間違えば俺が歩んでいたかもしれない未来だ、とレイジは心の中で吐き捨て、ドクター・ハイクの心臓をケリキックで破壊した。…その時!
「アイエーエエエエエ!」「アイエーエエエエエエエ!チェーンソー!チェーンソーナンデ!?」エントランスから血みどろの客たちが逆流してきたのだ!そのうちの一部はレイジのほうへと駆け込み、カラテを受けて虫けらのごとく絶命する。それでも逆流は止まない。一体何が!?
「レイジィイイイイィィィ!?」おお、ナムサン!それはニューロンの一部をヨモギに破壊され、ゴアまみれの殺戮マシーンと化したモヒカンであった!ナムアミダブツ!これはまさに、平安時代の哲学剣士ミヤモト・マサシが詠んだ「前門のタイガー、後門のバッファロー」のごときアトモスフィア!?
「レイジィィィイイ!ザッケンナコラー!」血みどろのモヒカンが、サイバーチェーンソーを構えて突撃してくる!「ウォーッ!」「イヤーッ!」ブイィィィン!唸りを上げるダイヤモンドチタン製の回転刃が、間一髪でブリッジ回避動作を取るレイジの腹をかすめた。
「イヤーッ!」レイジはそのままケリキックを繰り出す!「グワーッ!」よろめくモヒカン!膝が一撃で粉砕されるかと思われたが……「ウォーッ!?」ものともせずチェーンソーを振り反撃するモヒカン!連続バク転で辛くも回避するレイジ!レイジのニンジャ筋力はなおも弱体化を続けていたのだ!
ぎこちないバク転で距離を取ったレイジは、胸に隠したクナイ・ダートをモヒカンめがけて投擲!だが所詮はイミテイションのクナイ・ダート!モヒカンの鋼鉄化された頭蓋骨に弾き返される!ナムサン!その時、天井に開いた大穴から、誰のものとも知れぬ声が響いた!「影を狙え!」
レイジはその声に導かれるまま、最後の一本のクナイ・ダートを、モヒカンの横に伸びる影めがけて……投げた!「イヤーッ!」「グワーッ!?」影に突き刺さるクナイ!突如、モヒカンの体がフドウカナシバリ・ジツにかかり、チェーンソーはレイジの数インチ手前で止まった!タツジン!
「グワーッ!?ダッテメッコラーッ!?アーッ!?アーッ!?」モヒカンは野獣めいた荒々しい言葉を吐き続ける。レイジはサイバーチェーンソー・アタッチメントが備わったモヒカンの片腕を掴み、ニンジャ筋力を集中させ、徐々にモヒカンの首筋へ刃を近づけた!「アバーッ!?」破壊される頚動脈!
壊れたジュースミキサーのように黒い血をまきちらし、倒れるモヒカン。返り血を浴びたレイジは、いつの間にか影で縫われたニンジャ装束が消え去っていることに気付いた。息つく間もなく、エントランスの外からマッポサイレンの音が聞こえてくる。「助かった!」「デッカー部隊だ!」の叫びも。
(((どうすれば?!)))レイジは困惑した。胸に宿ったソウルは、もう何も答えてくれない。「跳べ!」再び大穴から声が聞こえる「お前にデッカーは殺せぬ!」。レイジは大穴を仰ぐ。高さは十数メートル以上ある。絶望的な高さに思えた。だが、跳ぶしかない。ニンジャならば、やれるはずだ。
「イイイヤアーッ!」レイジは駆けた。一直線に大穴の下へ向かうのではなく、まず展示会場の中心に立つ赤トリイへと走り、跳躍!これを踏み台に、さらに跳躍!高く!大きく跳ぶ!デッカー部隊が雪崩れ込んで来る!大穴が近づく!レイジは破壊された天井の木材へと手を伸ばす……届かない!
あとワン・インチの距離が、届かない!(((また落下するのか!?)))その時、屋根の上から鋭い爪の生えた腕が伸ばされレイジの掌を掴んだ!「シテンノ!」暗闇から掛け声が聞こえる!背中をデッカーガンの重金属弾頭がかすめた!レイジの体は力強く斜め上方へ放り投げられ、夜の闇に浮かぶ!
「イヤーッ!」レイジは前方三回転を決めながら、オリンピック体操選手めいた姿勢でカワラの上に着地した。そして、謎の声の主に対して振り向く。そこには、白目の無い異形のニンジャが仁王立ちになり、レイジに対して静かにオジギをした。「ドーモ、ブラックドラゴンです」
「ドーモ」レイジもまた、両の指先をピンと伸ばして腿の横に当て、ニンジャ本能的な動作を取っていた「はじめまして、ブラックドラゴン=サン。……シャドウ……ウィーヴ……です!」。「イヤーッ!」オジギ終了からわずかコンマ2秒!ブラックドラゴンの腕が鞭のようにしなり、スリケンが投擲!
「えっ?」オジギから顔を上げたレイジの顔の横を、凄まじい切れ味のスリケンが飛んでいく。それは、数十メートル後方のビルの屋上に展開を始めていたスナイパー・デッカーの額に深々と突き刺さった。後ろを見たレイジは、その光景を鮮明に見ていた。夜の闇が自らに味方しているようだった。
「ザイバツに来るか?」とブラックドラゴンは言った。「何ですかそれは?」レイジが問う。「真のニンジャの世界だ。世界の真の姿を見せてやる。そして来るべき理想世界を。答えろ。来るか?」「……ヨロコンデー!」レイジは叫んだ。彼は生まれて初めて、尊敬に値する相手を見つけたのだ。
「ならば急げ!お前のジツには未来がある!」ブラックドラゴンは恐るべき速度で駆け出した。「ハイ!」レイジは大穴の下にいるヨモギに、そして見えないほど遠くに居る家族に、心の中でサヨナラを告げた。ガイオン市警の武装ヘリ部隊が彼方から迫り、威圧的なサーチライトを照射し始めていた。
夜のガイオン市街を、2つの闇が走り抜ける。ビルの屋上からビルの屋上を、2人のニンジャが飛びわたる。「お前はシャドーギルドの入団儀式を受けねばならん」「ハイ!」漢字サーチライトをかいくぐり、駆ける。「人間性に別れを告げろ、人間はすべてクズだ!」「ハイ!」五重塔へと大きく跳躍!
そして数十メートルのネオン街を超え五重塔の屋根に着地!レイジは意外な顔を作った。跳べるはずがないと思っていた五重塔に、今立っている。そして駆けている。「俺は狂ったのか…?」ふと呟いた。「お前は狂っていない」先を走るブラックドラゴンが力強く言った「お前はニンジャになったのだ」
【ナイト・エニグマティック・ナイト】終
N-FILES(設定資料、原作者コメンタリー)
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