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【ラグナロク・オブ・ピザ・タキ】#1

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これまでのあらすじ

暗黒メガコーポ、カタナ・オブ・リバプール社のジアゲ行為をうけて破壊されたキタノ・スクエアビル。1階に店舗、地下4階に油断ならぬ情報屋を営業していたピザタキは、これにより手酷い被害を受けた。しかし駆けつけたニンジャスレイヤーの反撃によってカタナ・オブ・リバプールのあこぎなジアゲ行為は打ち破られ、詐欺的な契約書は焼き捨てられて、賠償金と改装費用を勝ち取るに至ったのである――。

「キタノ・アンダーグラウンド」より



1

 キタノ・スクエア。

 ……に、ほど近い、路地裏の廃雑居ビルの八階。そこに現在、ピザタキの緊急移転アジトがあった。

 凄惨なるヤクザ火炎放射騒ぎから、日にちはそう経っていない。あの時の攻撃をどうにか免れたアジトのUNIXデッキやファイアウォール群は、急遽この場所に運び込まれて、冷却ファンの重低音を鳴らし、緑や紫のUNIXライトを光らせていた。

 地下四階から地上八階への華麗なる上昇にもかかわらず、タキの仕事場は以前とかわらぬ闇の中だ。窓のシャッターはハメ殺しになっており、隠し部屋めいている。

 蛍光ライトの照り返しに、不健康な横顔が浮かび上がる。タキは目をすがめ、高速タイピングを継続する。

『ホーウ、ホーウ、ウーン、ウウーン……』

 ヘッドホンからはオイラン・カーウォッシュの喘ぎ声が音漏れし、タキのタイピングは反復の中で高揚してゆく。その一方で、半開きの目はどんよりと曇り、口元は緩んでいた。高速入力されるスケベ・コマンドに、カーウォッシュ・オイランが電子的に反応する。

『ホーウ、ホーウ、ウーン、ウウーン……カミーン、カミンカミーン!』

『タキ=サン!』

「ウオオオッ!?」

 ヘッドホンに割り込んできた大ボリュームの音声にタキは飛び上がった。オイラン・カーウォッシュ映像にメッセージボックスが被さっていた。コトブキだ。

『今、ダイジョブですか!』

「ダ……ダメだ!」

『例のブツがロールアウトしました! 引受け人のハンコが必要ですよ!』

「畜生、いちいち下まで降りるのも面倒くせえンだ。代理でやっとけよ……!」

『そういうわけにもいきません!』

「まったくしょうがねえな」

 タキはUNIXデッキをサスペンドし、椅子から立ち上がった。黒塗りのコンテナは天井近くまで積み上がって、凄まじいありさまだ。ただでさえタキは自身のUNIXアジトを整頓するつもりがない男であるが、仮住まいともなれば、もはやその気はゼロだった。

 異様に開閉間隔の早いエレベーターに乗り込み、ガタガタ揺れる降下に顔をしかめる。エレベーターは一人か二人が限度の広さで、いつワイヤーが切れて落下するともしれないシロモノだ。タキが見つけた間に合わせ物件だ。伊達ではなかった。

 ブルゾンの前を締めて外に出れば、この日もネオサイタマの空は灰色で、涙をこらえる債務者のようにしみったれている。鉄骨と鉄骨がぶつかり合う響き、クレーン車の稼働音、ドリルの騒音が湿った空気に木霊し、広場では今日も今日とて、ドラム缶で焚き火する路上生活者や、地面にゴザを敷いて似顔絵や詩集や古着を販売する者たちがしめやかに営んでいた。タンブルウィードじみて、丸まった紙屑が風に転げていった。

 ゴーン。ゴーン。カゴーン。クレーン音の源は他でもないキタノ・スクエアビルだ。なにしろミサイルだか火炎放射器だかで攻撃を受けてメタクソになってしまったのだから、修復しない事には、危なっかしくて仕事場には使えない。「改装工事中」の保護シートで覆われた物件の横を通る時、タキはスンスンと鼻を啜った。

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