S4第2話【ケイジ・オブ・モータリティ】分割版 #5
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吠え声の主はすぐにわかった。KRAAAASH! その者は歪んだエレベーター扉を強引に引き裂き、醜い胞子状に膨れ上がった体躯をあらわしたのである。肩のあたりに「大銀杏」の漢字タトゥーがある事からも、もともとはスモトリギャングであった筈だが……「AAAARGH!」正気ではない!
「イヤーッ!」クレッセントは躊躇ゼロ秒で胞子スモトリの顔面にジャンプ・セイケン・ツキを叩き込んだ。「アバーッ!」膨れ上がったスモトリが破砕し、緑色の血飛沫が散った。いつの間にかクレッセントの顔面はフルフェイス状に変形したメンポで覆われている。サイダ3も慌ててガスマスクをした。
顔を失い肉塊と化した胞子スモトリは垂れ下がるようにしてエレベーター扉を押し分け、うつ伏せに倒れ込んだ。もうこのエレベーターは使えない。クレッセントは振り返った。「出るぞ」「こんなの嘘だ!」サイダ3は叫んだ。クレッセントはサイダ3の頬を殴った。「グワーッ!」「出るぞ」「ハイ……」
薄暗い廊下に二人が降り立ってほんの数秒。メキメキと音を立てて、エレベーターがシャフトを落下していった。クレッセントは肩をすくめて見せた。サイダ3は腰を抜かしそうになったが、再度の殴打に晒されるのは嫌だった。「い……今は……」壁の表示を見る。「じ、実際59階です」「まあいい」
バチバチと音を立て、廊下を狭めるほどに無秩序に設置されたネオン看板が明滅する。擬人化された歯がにこやかに笑う「歯くん」と書かれた絵看板や、擬人化された七面鳥が丸焼きを持って笑う「ターキーくん」の絵看板が不気味に光って、出迎える。「あんなのないですよ……人間じゃなくなってる」
「そうだな。チッ」クレッセントはもう一度エレベーターシャフトを振り返る。「ボディを持っていかれたな。エレベーターに」「え……?」「調べる必要があると言ったろ」フルメンポの奥でクレッセントの冷徹な目が光った。「まあいい。次の奴を見つけた時に……」「次……?」その時だ。「AAAARGH!」
叫び声がシャッターの向こうから聞こえた。そして、KRAAASH! シャッターを破壊し、中から胞子スモトリが飛び出した! 待ちかねたようにクレッセントは躍りかかった!「イヤーッ!」「アバーッ!」鮮やかなムーンサルト跳躍が描いた斬撃が、胞子スモトリの首を斜めに切り裂く!
着地したクレッセントのチョップの指先、プラズマめいて発光する爪の光!「ドッソイ! ドッソイドッソイ!」さらに廊下の奥! 張り手を繰り返しながら電車じみて直進してくる胞子スモトリあり!「イヤーッ!」クレッセントがその場で横薙ぎのチョップを繰り出すと、実際三日月じみた斬光が飛翔!
「アバーッ!」斜めに切り裂かれた胞子スモトリが床に落ちると、その場は驚くほどに静かになった。クレッセントはザンシンを終え、腕部UNIXを確認した。「このフロアの生体反応は他に無い」「全滅させましたか……?」「そうだ。来い」彼女はサイダ3を随行させ、両断スモトリ遺体に近づいた。
クレッセントが何らかの生体スキャナーを用いて遺体を確認する間、サイダ3は廊下の前後を何度も確認する。生きた心地がしない。上層手前の60・70階は閉鎖テナント群。かつてはポンポン社のサラリマンが利用するバーバーや食堂、セントー等が入っていた。退社せず生活できるようにだ。
「こんな酷い事になってるなんて」サイダ3は言った。「上層のギャングの奴ら、そりゃ様子はおかしくなりましたよ。でも、こんな膨れ上がったバケモノになるなんて聞いてないよ。蝿のせいなんですか? いや、蝿のせいッて事ですよね? コワイ! 嫌だ……!」クレッセントは無視してスキャンを継続。
「人間に蝿がタマゴを生むんでしょ!? それでおかしくなって……光とかが見えるんだよ! そ、そのあと、こうやって膨れ上がっちゃうのかよォ! 俺の中にも入ってるかも! そんなの嫌ァ!」『スキャン完了な』UNIX音声が聞こえると、クレッセントは満足して立ち上がり、サイダ3を張り倒した。「グワーッ!」
「いちいち取り乱すな」クレッセントは倒れたサイダ3を踏みにじり、逃げられぬようにしながら腕部UNIXを確認した。『ヨロシ遺伝子不正。不一致な』「やはり……そうだろうな」彼女は無感情に呟いた。「どういう事ォ……」サイダ3は涙目で見上げる。「我が社のプロダクトの遺伝子が破壊されている」
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