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【ビヨンド・ザ・フスマ・オブ・サイレンス】

◇総合目次 ◇エピソード一覧
この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版が、上記リンクから購入できる第2部の物理書籍/電子書籍に収録されています。また、第2部のコミカライズがチャンピオンREDで行われています。


1

 ゴウウウ……。ゴウウウ……。ゴウウウ……。風穴を吹き抜ける凍るような風の音が、五体を投げ出し遥か上の天井を見上げるフジキドを幽鬼めいてなぶってゆく。彼のすぐそばには鍾乳石の台座がある。そこにあったものは今、力尽きたフジキドの手の中だ。

 ほとんど意識を失いかけながらも、彼はマンリキめいたニンジャ握力でもって、その握りを固く掴んだままだ。その……ヌンチャクを。イクサを終えた今、その黒檀めいた二本の棒はUの字に硬直し、決して開かれる事は無い。

 フジキドは難儀して顔をもたげ、己が滅ぼした敵を視界に入れようとした。彼は目を見開いた。白く細かい光の粒が巨人の周囲に激しく生じ、弾け、今こうして見守るうちにもシュウシュウと音を立てて溶けながら蒸発したのだ。一般的なニンジャ憑依者の断末魔の爆発四散とは異なる崩壊のさまであった。 

「ナラク」フジキドは声に出した。……答えは無い。彼は目を閉じかけ、そのあと驚いて身を起こした。赤黒いおぼろな影が彼の傍に立って見下ろしていたのだ。フジキドが起き上がったのちも、影は消えずにいた。「ナラク?」影は答えない。ただ、その腕がゆっくりと上がり、ある方角を指し示した。

「……マルノウチ」彼はなぜか自然に思い至った。「スゴイタカイビル」赤黒い影はぼんやりと薄らぎ、見えなくなった。ナラクはフジキドのニューロンの中、再び眠りについたのである。


【ビヨンド・ザ・フスマ・オブ・サイレンス】


「アーッ!」カタオキは自分の悲鳴で目覚めた。無事だ!ここは自室だ。正面の壁に貼られた「不如帰」のショドーが彼に確かな実在感を取り戻させる。「現実だな!」そして棚の上のフクスケを指差す。「フクスケ良し!」さらに、床の間のバイオ水仙を指差す。「花瓶良し!」

 カタオキは慌ただしくサムエスーツを着込み、洗面所に飛び込むと、激しい勢いで歯磨きを始めた。「フガフガ、畜生畜生ッ!」鏡の向こうから、自分自身が血走った目で睨んでくる。「何だってんだよ。Spit!」シリコン歯磨き粉を洗面台に吐き捨て、蒸留水で荒っぽく顔を洗う。

 だが……「アーッ!」飛沫の中で目を閉じるや、カタオキはまた悲鳴を上げて後ろへ飛び退いた。そして再び自室へ駆け戻る。「フクスケ良し!……花瓶良し!勘弁してくれ畜生……!」

 カタオキは取り乱したが、やはり壁の「不如帰」のショドーをじっと見るうちに再び落ち着きを取り戻した。彼は独りごちた。「慣れろ。慣れろカタオキ。もうしょうがない。見えるものはしょうがない。大丈夫だ。フー」彼は冷蔵庫からボトル入りのコブチャを取り出し、ボトルのままで飲んだ。

 彼を苛むのは、瞼の裏にしつこく浮かぶビジョンであった。目を閉じるたび彼はそのつど、格子状の緑の光で彩られた闇の中に放り出される。つい昨日の夜からだ。こんな事は彼のこの特異な四年間においても経験の無い事態である。

 四年前の雨の日。高熱に苦しむ彼の混濁したニューロンに、オバケめいた存在が訪れた。そして告げた。「ドーモはじめまして。俺は……名前は忘れた。とにかく今からお前は扉を開く事ができる。俺がいるからだ」「え?」「さらば、そしてオハヨ!お前はシルバーキーとでも名乗るがよい」「え?」

 オバケはそれきり沈黙し、彼はおかしな力を手に入れた。鍼灸師であった彼はそれ以来、処置の最中、患者の中へ指先から潜る(彼はそう表現していた)事が出来るようになった。患者の世界は砂漠であったり、テンプルであったり、様々だが、内奥にある澱みを払うと、患者は皆、快癒した。

 力をある程度理解するまで半年。使いこなすまで一年。いかんせん彼の中に溶けたオバケ存在の説明不足が深刻だった。だがその頃には彼の施術のワザマエは評判を呼ぶようになっており、施術所は大いに繁盛した。彼はお告げに従い、屋号を「シルバーキー鍼灸院」に改めたが、力の内容は秘密にした。

 彼は己の力がより危険なビジネスに容易に転用できる事に、早くから気づいていた。彼は他人の心に潜入できる。心を読めるのだ。いや、もっと恐ろしい事もできるだろう。そしてビッグマネーを生む。……だが、ガイオン地表に己の鍼灸院を構え、順風満帆な暮らし。カタオキは満足していた。十分だ。

 それなのにこの有様だ。昨晩マトリョーシカめいた入れ子状の夢にうなされ、夜中に跳ね起きてからというもの、気を抜けば不気味な宇宙に投げ込まれる自分がいる。奇怪な暗黒空間のずっと遠くに、篝火めいてわだかまる赤黒い輝き。はるか頭上には金色に輝く立方体もある。

 立方体の事を彼は黄金太陽と呼んでいた。患者の心に潜入した時にも、常にその太陽は上空で輝いていた。正体は不明だが、それだけは慣れ親しんだ存在だ。となればこのビジョンは誰かの夢なのか?無理やりに投げ込まれるのか?「バカな、バカな」彼は呟いた。「俺はこうして普通にしてるだろ」

 彼は更に炭酸薬草ドリンコ「ミドリナム」に生卵を入れて飲み干すと、予約客に逐一IRC連絡、謝罪して施術日程を後日に振り分けた。やめだ、今日はもう仕事にならない。彼は思い立って床の間のタタミに正座し、目を閉じた。途端に彼は緑の格子模様の中に放り込まれた。望むところだ。

 暗黒の地平は無限だ。これはとても人の夢や深層意識の類とは思えない。実際そういうものでは無いのだろう、彼は深く考えぬようにした。遠くに見える赤黒い輝きが、落ち着かない原因だ。この暗黒そのものには慣れてきたところだ。彼は赤黒い輝きへ意識を振り向けた。

 赤黒い輝きはよく見れば人型だ。カタオキは少し不安を覚え、忍び足めいた慎重な集中下で意識を伸ばした。(……べし)「え?」(べし。ニンジャ……べし)「え?」カタオキは聞こえてくる微かな言葉に集中した。(殺すべし)「え?殺す?」(殺すべし!ニンジャ!殺すべし!全ニンジャ殺すべし!)

「アイエエエ!?」カタオキは目を見開いて飛び上がった。「アイエエエ!」寝室へ飛び込みフクスケを指差す。「フクスケ良し!」床の間を振り返って花瓶を指差す。「花瓶良し!」そして「不如帰」のショドー。「現実だな!よし畜生ッ!」さらに彼は違和感に気づく。もう夜だ!なんたる時間経過!

「ダメだよォー、もうダメだ……」カタオキは虚脱して、敷いたままのフートンに突っ伏した。「明日も仕事休もう……マイコデリバリーしよう……なんだよニンジャって……ニンジャナンデ……?あいつ何だよ……コワイ……」彼はうつ伏せのまま沈黙した。30分そうしていた。そして顔を上げた。

 彼はフクスケを機械的に指差した。「フクスケ良し」そして「花瓶良し」そして不如帰。「現実だな。……フー」ナムサン!カタオキはめげずに再度の探索を試みていたのだった。意外にも粘り腰の気概!「だいぶ掴んできたぞ」彼はノロノロと床の間に歩いて行き、またタタミの上で正座した。

 目を閉じれば、すぐさま暗黒宇宙の只中に投げ出された。もう慣れた。落下の予感に震える事も無い。この空間でこうして浮かんだまま睡眠も取れるだろう。これだけ平常のものとしてこの闇を受け入れてみると、足の下の緑の格子模様のさらにその下に、幾何学的な事象の塊がある事にも気づく。

 等間隔で配置された背の高い柱状物、マスの目じみた背の低い立方体の群れ。カタオキはすぐに勘付いた。これはガイオンだ。立体模型地図めいている。カタオキの足下にあるのが丁度このシルバーキー鍼灸院のエリア。という事は、あの赤黒い輝きは、現実にもあの位置にいる、という事になるのか。

 あれはどこだろう……あの赤黒い輝きが、自分にこのビジョンを見せているのだろうか?何故?「ニンジャ殺すべし」とは一体?あれは何なのか?正体を知るべきなのか、近づくべきでは無いのか。さて、どうしたものか。……遠くで何かが鳴っている。呼び鈴……。鍼灸院の呼び鈴だ。

 カタオキは目を開いた。外は昼。無精髭を擦った。「夜が明けたか」慣れたとはいえ、油断すればいたずらに日にちを過ごして餓死する事にもなりかねない。やはり治療方法を探さねばならない……呼び鈴が鳴り続けている。「フクスケ良し。花瓶良し」そして不如帰。彼はアクビをして階段を降りる。

 壁掛け時計を見た。まだ午後の診療時間ではない。呼び鈴が鳴り続けている。「ハイ、ハイ、ハイ、ハイ誰だ誰だ」サムエスーツに手を差し込んで肋を掻きながら、カタオキはシャッターショウジ戸を開けた。「どちらさんで?ウチは予約が必要……」

「ドーモォ」目の前には背の高い女が立っていた。ボンデージめいた黒革の極めて短いワンピース、豊満な胸元は大きく開いて臍も露わ。何故か大きなマスクをし、アイシャドーと隈取りで飾られた眼には淫靡な表情を溢れさせている。(マイコ?俺、本当に呼んじまったか?寝ぼけて?)

「エート」カタオキはキョロキョロと外の路地を見渡した。見られればバツが悪い。幸い、通りには誰もいない。「どちらさんで?」「アタシ何に見えるゥ……」女がしなを作った。スカートのスリットから白い太腿がこぼれる。「え?」カタオキは答えに窮した。多分マイコだが、客だったら失礼だ。

 カタオキは女の豊満な胸の谷間を見ながら呟いた。「何だろ」「フフフフ?」女はカタオキの腕に胸を押しつけた。「ネェ寒いんだけど!」「あー、ハイ、ウチは予約いるんですけどね……参ったな、じゃあ中で用件聞きますよ」カタオキは疲労もあって考えるのが面倒になり、女を招き入れた。

「エート、今日はどんなご用件で」「マッサージ屋でしょアンタ」「え?」女は待ち合いソファに腰掛けた。引き締まったウエストと豊満な尻!(畜生!なんだこの女!オイランドロイドよりスゴイ!)カタオキは視線をそらせない。女は脚を高く蹴り上げて組んだ。もはやカタオキはそれを凝視!

「靴を舐めてよ」「え?」何をいきなり?訳がわからぬ。カタオキはギョッとした。女の組んだ脚、ボンデージめいた錠つきのハイヒールが揺れた。(ナンデ)口に出せない。カタオキは女を見上げた。そう見上げたのだ。カタオキは膝をついていた。おかしい。女の目、紫色の虹彩。視線を逸らせない。

「従順になってよ。マッサージの前にさ」「はい」カタオキは即答した。(え?ナンデ?)「泥をしゃぶって綺麗にして、早く」「ハイ」(ナンデ?ナンデ俺は即答?畜生、でも実際スゴイ脚してやがる。オイランドロイドよりスゴイ!でも……)ナムアミダブツ!カタオキは女の靴を舐め始めた。

「アカチャン」女はコロコロと笑った。カタオキは苦悶した。(助けてくれ!)女は黒革ワンピースの胸元をはだけ、豊満な乳房を露わにした。「じゃあ、気持ち良くしてよね」「ハイ」(何で俺はこんな?でも実際スゴイおっぱいしてやがる!オイランドロイドよりスゴイ!でもこれは何かヤバイ……!)

 このままでは絶対にまずい。この女は実際スゴイ、オイランドロイドよりスゴイ。でもこんなのはおかしい。わかる。不条理だ。わかる。(助けて!)カタオキは女の胸を揉みながら、ブッダに祈った。女は喘ぎ始めた。「アカチャン……アカチャン!」その時!女のマスクが弾け飛んだ!

「ギャアアアアーッ!?ギャアアアッバァー!?アバーッ!?」マスクを内側から破って飛び出したものを見たカタオキは、乳房を揉みながら狂ったように絶叫!だが逃れられぬ!手の動きも止められぬ!女の眼が紫の光を放つ!女はソファーに掛けながら、両脚でカタオキをガッチリと抱え込んでいる!

「ファハハハハ!ファハハハハハ!」女は狂笑する!ナムサン!読者の皆さんはこの光景を目にするにあたり、どうか心を強く持っていただきたい!女の口は七つか八つに裂け、それらがバッカルコーン触手めいて飛び出して、グネグネと躍っているのだ!カタオキが叫ぶ!「アーッ!アーッ!アーッ!」

「ファファファアカチャン!もっと愉しませて!愉しませてよ!」「アーッ!アーッ!アーッ!」殺される!殺される!殺される!逃げられない!手が止まらない!女の目が光る!女の触手がカタオキの顔を撫で回す!腰を擦り付ける!嫌だ!「嫌だ!」その時!カタオキの視界が銀色に爆発した!

 視界が晴れると彼は一人、薄暗く狭い廊下に佇んでいた。廊下の奥は得体のしれない邪悪な闇に続いている。逆に、背後には暖かい家の気配。前方の闇からは肌色の木の根めいたものが伸び、壁に根を張りながら、背後の世界を侵食している。カタオキは咄嗟に肌色の木の根に飛びつき、引きちぎった。

「アババババーッ!?」女は粘つく紫の液体を吐き散らし、身悶えして仰け反った!顔面に跳ね散らかる正体不明の液体がカタオキを現実世界に引き戻す!身体が自由だ。思考も自由だ。解放されている!「これは……」考える時間は今は無い!「イヤーッ!」カタオキはバック転で飛び離れる!

 そう、バック転である!なんたるアクロバット!カタオキは当然、体操経験も無ければカポエイリスタでも無い。だがそれは実際本人にも不可解なほどに、ごくごく自然な体捌きであったのだ。それだけではない!流麗に着地した彼は、己の体を覆うものに驚愕した。銀のニンジャ装束である!

「これは?こりゃ何だ?」悪夢的邪悪存在を前にしながら、カタオキは思わず己の身体を何度も確かめた。「俺はニンジャ?ニンジャナンデ?」「ブシューッ!」女が人外の叫び声を上げ、跳ね起きる!「ハン……やってくれたね……あのまま大人しくファックしてりゃ、痛くせず済んだのにね!」

 カタオキは後ずさった。女が進み出る。そしてオジギした。「ドーモ。始めまして。パープルタコです」「え?」カタオキは狼狽えた。だが彼の体内の奥ゆかしいニンジャ感覚は取るべき行動を一秒で導き出した。無論、オジギを返したのだ!「ドーモ、始めましてパープルタコ=サン。俺は……」

 そしてその瞬間、彼は悟った。四年前のあの日、せっかちなオバケが残した名の意味を。こういう事だったのだ。彼は名乗った。「俺は……シルバーキーだ!」


2

「シルバーキー!?」パープルタコが触手を蠢かせる。「急にニンジャらしくなっちゃって。アカチャン」そしてコロコロと笑う。「あんたの身のこなしを見てるとようくわかるよ。カラテのできない子がザイバツ・シテンノ相手にどこまでやれるのかね」「そりゃお前……」シルバーキーは身構えた。

 ニンジャ覚醒した彼にはわかる。この女もニンジャだ。装束ではなくレザーボンデージ姿であるが、この女は間違いなくニンジャだ。そして、ザイバツ?シテンノ?得体の知れぬ単語である。パープルタコは小首を傾げた。嘲るように手招きする。「ほら。おいでよ。ファック再開しようじゃない」

「だいたい俺に何の用だよ?エッ?」シルバーキーはパープルタコを指さす。「わざわざこの俺とファックしに来たのか?お断…」「なワケないだろ」パープルタコは即座に否定した。「あンたのジツ。ギルドにとって使い途が色々あるって事よ。アタシもたった今、身をもって理解した」

(ジツ。俺の)シルバーキーのニューロンが加速した。この力、隠して来たのに何故バレた?という思い。同時に、いつかはこうなると思っていた、という諦念とが彼の心を乱す。それが伝わったか、パープルタコはニヤニヤと笑って言った。「キョートでギルドの目を欺き続ける事などできはしない」

 何処でバレたのだろう?いや……どこかのゲイシャバーで泥酔して自慢話をしたかも……あるいは患者にニンジャが偶然いたらどうだ?ギルドとやらがナチのSSみたいな連中だとしたら、それだけで……。理由は幾らでも有りうるのだ。これもインガオホーか、とシルバーキーは苦々しく考えた。

(この4年間、上手く行き過ぎていたんだ。いくらなんでも。いつかこういう落とし穴が来るさ。そりゃそうだな)「オーケイ、オーケイ。それじゃあ、お互いアイサツも済んだんだ」シルバーキーは頷き、素早く踵を返した。「俺はこれでオサラバアイエエエエ!?」走りだそうとして、たたらを踏む!

 いつの間にか彼の背後にはもう一人ニンジャが立っていた!水色のニンジャ装束を着た、男のニンジャだ。両手を上げ、顔の横でゴム手袋めいたグローブをはめた手の甲を見せるようにしている。ニンジャはオジギした。「ドーモ。シルバーキー=サン。サージョンです」「アイエエエ!」

「パープルタコ=サン!なんで私の到着時にターゲットがのうのうとアイサツなんぞしている?」驚愕するシルバーキーの肩越しに、サージョンはパープルタコを叱責した。「拘束を済ませている手筈だろう?遊んでいたな?」「遊んでたのよ」パープルタコが笑った。「当たり前じゃない」「ビッチめ」

「ドーモ、サージョン=サン。シルバーキーです。オ……」シルバーキーはオジギし、頭を戻す勢いで回転ジャンプ!サージョンを飛び越しにかかる!目指すは玄関ショウジ戸!「オタッシャデー!グワーッ!」ナムサン!当然のごとくサージョンは垂直ジャンプしこれを阻止!飛び蹴りインターラプト!

「これはお前さんの仕事だろう!こういう肉体労働は!」サージョンはシルバーキーの背中を踏みしめながら不服げに言う。パープルタコは肩をすくめた。「でも、上手いもんじゃない」「ビッチめ」「グワーッ!」シルバーキーは背中を踏まれ悶えながら、震える手でサージョンの軸足の足首を掴んだ。

「何を……アバババッ!?アバババババッ!?」足首を掴まれたサージョンが突然痙攣を始める!シルバーキーはサージョンの身体に触れ、マインド潜行を試みたのだ!「アババババ!」「アッハハハハハ!」パープルタコはそれを見て身をのけぞらせ笑う!

 ひとしきり笑った後、ツカツカと歩み寄ったパープルタコはシルバーキーの脇腹を力任せに蹴る!「イヤーッ!」「グワーッ!」痙攣していたサージョンは我に返りバックステップして警戒。シルバーキーは床を転がって悶絶する!「言い忘れてたけど、こいつ案外油断ならないのよ。アッハハハ!」

「ビッチめ!」サージョンは激昂した。「許される冗談とそうでないのがあるぞ」「そうね!」「グワーッ!」床を転がって身悶えするシルバーキー!「じゃ、どうぞ、お好きにどうぞ。あたしが見張ってるから安心していいわよ?アッハハハ!」「……」サージョンはシルバーキーの傍らに屈み込んだ。

 サージョンの手にはいつの間にか小さな注射器が握られている。コワイ!彼は悶えるシルバーキーを片手で保定すると、鮮やかな手つきで首筋に注射した。「グワ……」即効性の麻酔である。シルバーキーは瞬時に脱力し、ぐんなりと床に横たわった。「さあ。こいつをベッドかタタミに」「あたしが?」


◆◆◆


「ヤメロー!ヤメロー!」シルバーキーは虚しく叫んだ。眼下には施術ベッドに横たえられた一人のニンジャと、その両脇に立つ二人のニンジャの姿がある。彼は幽体離脱めいて己を見下ろしているのだ。「ヤメロー!ヤメロー!」叫び声が届く事はない。

 幽体離脱……こんな現象もこの四年間で経験したことが無い。思えば昨晩の入れ子状の不安な夢を見て以来、彼の身にはおかしな事ばかり起こっている。不条理の大群が突然に押し寄せ、彼の日常を押し流してしまった。(いや、いい。気持ちを切り替えるんだ)シルバーキーは自分に言い聞かせた。

 彼が無力に見守る中、サージョンはアタッシェケースを開き大量の電気メスを吟味していた。(畜生、俺の身体に何しやがる気だよ……)シルバーキーは歯噛みする。「「ねえ、ついでにこの子のアレもいじってよ」」パープルタコが笑う。サージョンは無視している。

(ナムサン)彼は泣きたい思いだった。だが眺めていても意味が無い。彼は浮上する。ベッドが、鍼灸院が、あっという間に遥か下に遠ざかり、ガイオンは役所のジオラマ模型めく。さらに浮上し頭上の緑色の格子模様をも突き抜けると、そこは昨晩から何十回も訪れている例の暗黒宇宙だ。(やはりな)

 これは言わば、さっき呼び鈴で中断された探索行の再開だ。わかっている事は何も無い。憶測を元に動くしかない……彼は遥か遠くで明滅する赤黒い輝きに意識を振り向ける。気が進まない事だし、現実において意味があるかもわからぬ。だが、今の彼に出来るあがきはこれだけだ。時間の猶予も無い。

 あの輝きがいる場所は、ガイオンのどこなのだろう? それともガイオンの外? ずいぶん遠い……地上なのか、地下なのか……彼は滑るように暗黒空間を飛翔する。肉体の檻を離れている彼にとって、その飛翔は一瞬よりも短く済んだ。彼は先程とは違い、気づかれること承知で赤黒い輝きに接近する。

(殺すべし……ニンジャ殺すべし)ゾッとする呪詛がシルバーキーの意識に絡みつく。(全ニンジャ!殺すべし!)(来やがったな)シルバーキーは警戒した。しかし先程のように逃げたりしない。赤黒い輝きになおも近づいてゆく。(殺すべし……ニンジャ殺すべし……)(おい、望みを叶えてやるよ!)


◆◆◆


『おい、望みを叶えてやるよ!』「!」フジキドは身構えた。外からの声ではない。ニューロンに直接響く声だ。ナラクのものではない。となれば精神攻撃か?彼はかつてのトコロザワピラーにおける恐るべき戦闘を思い出した。新手の敵!『待った!俺は敵じゃない』声は慌てて言葉を継いだ。

「何者だ!名乗れ」『……ド、ドーモはじめまして、俺はシルバーキーだ。あんたの……多分、魂だな、あんたの魂が見えるんだ。今、俺はずっと遠くにいるんだが、あんたの魂を見つけて、それでこうして話しかけている』「魂だと?」『そうだ。"ニンジャ殺すべし"っての、アンタだろ』

「何……?」フジキドは眉根を寄せる。ナラク・ニンジャのニンジャソウル存在を嗅ぎとったとでも言うのか?「何者だ、オヌシは」『俺にもまだよくわからん。つい最近なんだよ、こんな事ができるようになったのは。アンタの魂が遠くからわかるんだ。本当だ。うまく説明できないが信じてくれ!』

 フジキドは声の主ののっぴきならぬ焦燥に気づく。「目的は何だ」『助けてほしい!"ニンジャ殺すべし"って言ってなかったか?ニンジャを殺してくれ!実際ヤバいんだ!』「そう言うオヌシもニンジャでは無いのか?このようなジツを使うなど」『……』「図星か」『俺、俺の事は助けてくれ!頼む』

 なんたるワガママ!理屈も何もあったものではない。フジキドは呆れた。だがその軽率な有様、かえってそれは罠や陰謀の類から程遠い物とも言える。「もう少し詳しく話せ」『時間が無いんだ!俺の身体は頭のおかしいニンジャどもにヒラキにされかかってる!理由もわからない。いきなり襲われた」

「いきなり襲われた?」『そうなんだ!俺の力が要るとか何とか。ええと、俺はこうやって他人の心に潜行したりできてさ、ええと、それを悪用するんじゃないかな?でもなんで手術?手術ナンデ?狂ってやがる!』「落ち着け!」『マジでヤバいんだ。礼はする。出来ることならなんでもする。後で!』

「そのニンジャどもの事はわからんのか」『……パープルタコ、サージョン、ザイバツ、シテンノ、ギルド。会話に出てきた固有名詞つったら、それぐらいのもんで……』「ザイバツ」フジキドは目を見開いた。「……ザイバツか」『ああ。ザイバツ、ザイバツだ。アンタ、何の事かわかるか?ヤバイんだ』

「よかろう」『助けてくれよ!頼む!……え?』「よかろう」フジキドは繰り返した。「どこだ、そこは」『本当に?マジで?』「どこだ!そこは!」『ア、アッパーガイオンだ!地表エリア、ドラゴン区画!来てくれ!後でもっと詳しくガイドするよ……アンタは?』「……アンダーガイオン第二層だ」

 左様、たった今フジキドは、最下層コフーン遺跡からの旅を終え、第二層のリフトを降りたところだ。『第二層か……畜生間に合うかな……頼むよ……急いでくれ頼む……畜生ヤバイ……』「せいぜい祈っておれ」『ブッダ……』「約束を忘れるな。タダでは無い。オヌシを生かす保証もせぬ」『ブッダ』 36


◆◆◆


「アバーッ!」シルバーキーは絶叫した。現実世界が戻ってきた。ベルト状のもので額や四肢、胸、腰を固定されており、首を起こす事すらできない。自分の施術ベッドでこんなマネをされている事がそもそも屈辱以外の何物でもないのだが、なにより首の後ろの痛み!「アーッ!」

「安心しろ!手術は済んだぞ」見下ろすのはサージョンだ。「済んだだと……」「そうとも!その痛みは生の痛みだ!お前の脊椎にインプラントさせてもらった」先程の不機嫌な様子とは一転、彼はクスクスと笑っていた。「とっておきのインプラントをな」嬉しくてならないといった様子だ。

「インプラントだって?一体そりゃあ……」「簡単な手術だとも。お前は今後ギルドのUNIXシステムに常にログインしている事ができる。常にだ。何処で何をしていても、我々はお前の居場所を把握できるんだ。凄いだろう!」「え?」「血の巡りの悪い男だな」サージョンは舌打ちした。

「これでお前は晴れてザイバツ・シャドーギルドのニンジャだ。この装置のおかげで、お前のようなバカ者でもギルドに貢献する事ができる。忠誠は後から育てれば良いのだ。みっちり教育を受けてな」「ワケが……わからない!」「血の巡りの悪い男だ!イライラさせられる」サージョンは舌打ちした。

「だから、あンたの説明、実際わからないんだよ!」シルバーキーは口答えした。「俺が訊いてるのは、何でこんな目に遭わなきゃならんのかっていう……」「だから!お前がこれでザイバツ・シャドーギルドの一員なのだ!このクズ虫が!バカ!愚鈍すぎる!話にならない!」サージョンは叫んだ。

 その理不尽な激昂にシルバーキーはただならぬものを感じる。会話が噛み合わない!先程はあのパープルタコの陰にかくれていたが、こいつはこいつで相当のサイコなのだ。それにしても……インプラント?常にログイン……?「お目覚めじゃない」くすくす笑う女の声。パープルタコだ!

「なによ怒鳴っちゃってさ」入室してきたパープルタコはその手にオーガニック・サケの瓶を持っている。ラベルに「青い茄子」と書かれている。あれはシルバーキーの秘蔵の一本だ。(勝手に飲みやがって!)「あンたの話、わかりづらいんだよ」瓶をラッパ飲みしながらパープルタコが笑う。

「こいつがバカなんだ!」サージョンは言い捨てた。パープルタコは肩を竦めた。そしてシルバーキーに身を屈め、動けない彼の頬を、眼球を、口から生えた触手で撫で回す。「アカチャン。あたし達はザイバツ・シャドーギルド。ギルドはニンジャの力で、このキョートの全てを支配している。全てを」

「アイエエ……!」「ギルドはあンたのそのテレパスに興味を持った。ニンジャの力……秘密を暴く力。自分でもわかってるんでしょ?こんなケチなマッサージで人生終わらせる気?」「やめてくれ!」シルバーキーは抗った。「俺は何にもできない!やりたくない!」「アハハハハハ!アカチャン!」

 パープルタコは身を離した。マインド潜入を警戒したのかもしれない。「ま、後は慣れればいいのよ。わからないことも、おいおいわかる」「……」彼女は部屋の隅のソファにかけ、寛いだ。サージョンが再びシルバーキーの顔を覗き込む。「さて。必要な手術は終わったわけだが、私は完璧主義者だ」

「え……?」「特に、歯だよ。私は外科医だが、歯が汚いのが我慢ならん。お前の虫歯が気になって仕方ないんだ」サージョンは言葉とは裏腹に、嬉しそうに目を細めた。「本当に沢山あるな!一つ一つ処置してやる。麻酔無しで」「え?」「だから、麻酔無しで、みっちりやるんだ!」「ナンデ!」

「質問にはウンザリだ!」サージョンは舌打ちした。その手には小型のペンチが握られている!「ナンデだと?私が楽しくて気持ちいいからに決まっているだろうが!バカめが!」「アイエエエエ!ヤメロー!ヤメロー!」シルバーキーは絶叫し、もがいた。ガタガタとベッドが音を立てるが逃れられぬ!

「痛みは生の喜びだぞ!」サージョンは言葉を切り、パープルタコを振り返った。パープルタコは小首を傾げた。「ンー、まあ、そうかも」サージョンはシルバーキーに向き直る。「……生の喜びを感じて、良くない部分も全部切除して!お前をピカピカのまっさらなザイバツ・ニンジャにしてやる!」

 サージョンは手際良く金具でシルバーキーの口を開き、固定した。「アババババ!アババババ!」無力!シルバーキーには抵抗の手立てが無い!「まっさらになるんだぞ!ここだな?」ペンチの先で奥歯をカンカンと叩き、ねじ込む。「アバーッ!アバーッ!」激痛!ニューロンが爆発する!

 シルバーキーは必死で意識を逸らそうと務めた。サージョンはどう考えても変態のサディストだが、この行為は彼の嗜好の問題に留まるまい。これは洗脳だ。ザイバツに無理矢理引き入れるにあたって、シルバーキーを想像を絶する苦痛にさらし人間性を「アバーッ!アッバーッ!アッバーッ!アーッ!」

 血塗れの奥歯が金属皿に投げ捨てられた。「まだまだ!次はもう少し楽しもう。抜歯の痛みは一瞬だからな。それではうまくない」「アバーッ!?」涙で曇る視界、サージョンは別の器具を手に取る。シューンというモーター音が聴こえてくる。「アバーッ!?」「アッハハハハ!」パープルタコが笑う!

「そうだ!ドリルだよ!じっくりと!みっちりと!」「アバーッ!?アバーッ!?」モーター音を響かせるそれがシルバーキーの口内にこじ入れられ、奥歯にゆっくりと接近してゆく。回転する金属刃が、ナムアミダブツ!苦痛のパルスがシルバーキーの世界を吹き飛ばす!ナムアミダブツ!

「アガガガッ……助け……!アガガガッ……助け……!」「治療だぞこれは!耐えろ!喜べ!」「アガガガッ……アガガガッ……助けてくれ……ここだ……ここだ……」「うわ言か?情けないぞシルバーキー=サン。愚鈍なうえに情けないときている!」「アハハハ!」「助け……こっち……助け……」

「ホラホラ!ホラホラ!しっかりと消毒だ……素敵だろう?素晴らしいだろう?」「アガガッ……助け……助け……こっち……ここ……」「ダルいわね。反応も薄くなってきたし」パープルタコがあくびをした。「あとね、殺しちゃダメなのよ」「何を言うか!反応が良い悪いは関係ない!治療なんだ!」

「アラそう。だからさ、あのね、あたしが暇……」「ホラホラ!ホラホラ!」サージョンは聞く耳持たぬ!己の残虐行為に酔い、ほとんどトランス状態である!「ホラホラ!ホラホラ!ホラ……」「Wasshoi!」

 採光率の高い大ぶりな窓ガラスが、掛け声と共に割れ砕けた!飛び込んだ影はその瞬間ジゴクめいた飛び蹴りをサージョンめがけ繰り出す!「イヤーッ!」「アイエッ!?」反射的に身を竦めるサージョン!「イヤーッ!」パープルタコが瞬時に割り込み、蹴りをガード!なんたるニンジャ反射神経!

「イヤーッ!」襲撃者は着地と同時に更にもう一撃!パープルタコの脳天めがけチョップを振り下ろす!「イヤーッ!」パープルタコは両腕をクロスしガード!口の触手がその手首に巻きつく!「イヤーッ!」襲撃者はイポン背負いめいて強引に触手ごとパープルタコを投げる!

「イヤーッ!」投げ飛ばされたパープルタコは空中でクルクルと回転し着地!「イヤーッ!」襲撃者はそこへスリケンを連続四枚投擲!「ブシューッ!」触手が唸り、飛来したスリケンをまとめて絡め取る!「イヤーッ!」襲撃者は斜め後ろのサージョンをいきなり後ろ足で蹴る!「グワーッ!?」

 ウカツにも攻撃を予測できなかったサージョンは鹿めいたキックをまともに受け、壁に叩きつけられる!「グワーッ!」壁際の棚の上に飾られていた鋼鉄ダルマがその衝撃で落下し、サージョンの脳天を直撃!「グワーッ!」

「アガーッ!」シルバーキーが叫ぶ。「イヤーッ!」襲撃者はその金具を一撃でむしり取った!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」さらにチョップを連続で繰り出し、拘束ベルトをあっという間に破壊!シルバーキーが絶叫する!「ブッダ!ボディサットヴァ!クライスト!オーディン!」

「ドーモ、はじめましてパープルタコです」パープルタコが先手を打ちアイサツした。「そのメンポ!あんたニンジャスレイヤー=サンだよねェ!」「いかにも」ニンジャスレイヤーが振り向き、アイサツを返す。「ドーモ、パープルタコ=サン。ニンジャスレイヤーです。ニンジャ殺すべし」

「ニンジャスレイヤーだと」サージョンが頭を振って立ち上がる。鋼鉄ダルマの落下はニンジャ耐久力をもってしても相応のダメージがあったと見え、眉間に血が流れている。「ドーモ、サージョンです。何故ここにお前が現れるのだ、お尋ね者め」「知らぬ」ニンジャスレイヤーはシルバーキーを見た。

「ゲボ!ゲボーッ!」シルバーキーはベッドから飛び降り、血反吐を吐いた。そしてオジギした。「ドーモ、はじめましてニンジャスレイヤー=サン。俺があんたを呼んだんだ。俺がシルバーキーだ……こんな有様で済まねえ……助かった」「……」シルバーキーは床を見渡し、「俺のメンポはどこだ」

「ブラックドラゴン=サンを覚えてる?」パープルタコが言った。「あンたが殺したブラックドラゴンをさ」「そ奴がどうした」ニンジャスレイヤーは睨み返した。「おい、そいつの眼をまともに見るとヤバイんだ」シルバーキーが口を挟むが、ニンジャスレイヤーはパープルタコの視線を受けて立つ。

「くだらないセンチメントだけど。あたし達シテンノは血より強い絆で結ばれてる」パープルタコは言った。「ブラックドラゴン。レッドゴリラ。アイボリーイーグル。そして、あたし」「……」「やってくれたよね。ニンジャスレイヤー=サン」「オヌシも後を追え」「イヤーッ!」


3

「イヤーッ!」パープルタコが投げたクナイ・ダートにニンジャスレイヤーが投げ返したスリケンがぶつかり合い、消滅した。次の瞬間二人はワン・インチ距離まで互いに接近していた。即座に打撃応酬が開始される!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ぶつかり合うチョップ!

「ブシューッ!」パープルタコの口の触手が突如襲いかかる!ニンジャスレイヤーは一瞬早くブリッジしてこれを回避、その姿勢からサージョンめがけイナズマめいた速度のスリケンを投擲!「イヤーッ!」「グワーッ!?」突然の攻撃を察知できず、サージョンの右脛にスリケンがまともに突き刺さる!

「イヤーッ!」パープルタコが脚を高く蹴り上げ、踵落としで襲撃!ニンジャスレイヤーはブリッジからバックフリップしてこれを回避!着地点近くで苦しんでいたサージョンに飛び蹴りを見舞う!「イヤーッ!」「グワーッ!」ナムサン!やはりサージョンはガードし損ね、床に叩き伏せられる!

「イヤーッ!」転倒したサージョンにすかさずシルバーキーが襲いかかり、脇腹を力任せに蹴る!「グワーッ!」「散々やりやがって!舐めるなよ!イヤーッ!」「グワーッ!」「痛みは生の喜びだと?イヤーッ!」「グワーッ!」「喜んでみろよ!イヤーッ!」「グワーッ!」

「カバーしろ!パープルタコ=サン!」蹴られながらサージョンが悲鳴を上げる。「バカが!甘えるな!出来たらとっくにやってるんだよ!」ニンジャスレイヤーの打撃をいなしながらパープルタコが吐き捨てる。「イヤーッ!」回し蹴りだ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは腰を落としてこれを回避!

 パープルタコの回し蹴りが戻る速度よりもはやく、ニンジャスレイヤーは斜め上に拳を突き上げた。斜め45度のポムポム・パンチだ!「イヤーッ!」「グワーッ!」なんたる技の切れ味!パープルタコの身体が跳ね上げられる!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは追って跳躍!組みつきにゆく!

 これはアラバマオトシ!敵を羽交い締めにして共に落下、脳天から地面に叩きつける暗殺カラテ技!勝負あり……否、見よ!パープルタコの柔軟極まる関節の動きを!ニンジャスレイヤーはグラップし損ねる!「何!」パープルタコは一瞬にして上になり、両脚で彼の首を挟み込む!「フフフどうなるかなァ」

「ウヌッ!」ニンジャスレイヤーは抵抗するが、パープルタコの両脚はまるで水をたっぷり含んだ布のごとくニンジャスレイヤーに絡みつき、逃さぬ!そのままパープルタコはニンジャスレイヤーを抱え込んだまま空中でムーンサルト回転!勢いを乗せて床に叩きつける!「イヤーッ!」「グワーッ!」

 自身も似た技を持つニンジャスレイヤーは、チャドー由来の受け身でこの空中投げの衝突ダメージを最小限に留めた。だがパープルタコは機会を逃さず、ニンジャスレイヤーのマウントを取ったのである!「フフフ!アカチャン」パープルタコが腰をグラインドさせ笑う! ナムサン!

「イヤーッ!……イヤーッ!」マウントを跳ね返そうとニンジャスレイヤーは力を込める。だが、そのピンナップモデルめいた外見からは想像できぬほどの怪力がニンジャスレイヤーの両肩を押さえつけている!パープルタコは身を屈める……蠢く口元の触手がニンジャスレイヤーのメンポを撫で回す!

 ニンジャスレイヤーがもがく……パープルタコの瞳が紫に光る!「グ……グワーッ!」「ファハハハハ!アカチャン!」「え?形勢逆転かよ?」サージョンを蹴り続けていたシルバーキーが蒼ざめた。その隙を捉え、サージョンが下段蹴りを繰り出す!「イヤーッ!」シルバーキーは転倒!「グワーッ!」

「ゲホッ……思い上がるな!」サージョンはシルバーキーにツバを吐き、激しくストンピング!「グワーッ!」「お前は殺さない!命令だからだ。手術も無駄になる。イヤーッ!」「グワーッ!」「だが!私を!イヤーッ!」「グワーッ!」「足蹴にしたな!イヤーッ!」「グワーッ!」

「イヤーッ!」「グワーッ!あんた」「イヤーッ!」「グワーッ!熱く」「イヤーッ!」「グワーッ!熱くなり過ぎ」「イヤーッ!」「グワーッ!なり過ぎだぜ!」シルバーキーがサージョンのストンピング足首を、掴んだ!「ちょっとウカツだろ、これは」「な……アバババッ!?アババババーッ!?」

 途端にサージョンの身体が痙攣を始める。シルバーキーはこめかみに指を当て、眼と鼻から血を流す。マインド潜行だ!彼はこのままサージョンのニューロンを焼き切ってやるつもりだった。だがニンジャ相手では一筋縄でゆかぬか、一時的にショック状態に陥らせるのがやっとだった。「アバーッ!」

「思い知ったかエエッ!?」サージョンが仰向けに転倒すると、シルバーキーはパープルタコとニンジャスレイヤーの方向へ向き直った。彼を救った謎の赤黒のニンジャは今、パープルタコに覆い被さられ、名状し難い触手の洗礼を受けている最中だ。「グワーッ!グワーッ!グワーッ!」ナムサン!

 シルバーキーはニンジャ地獄絵図と割れた窓とを素早く見比べる。一方には悪夢めいた殺し合い……しかも協力者はこのまま倒されそうな状況ときたものだ。もう一方には……自由!このままこの鍼灸院を飛び出し、逃げてしまえばいい。それで全て終わりだ。「実際、選択の余地は無いだろ……」

「グワーッ!グワーッ!グワーッ!」「ファハハハハハ!アカチャン……アカチャン!」パープルタコは腰を揺すりながら上体を仰け反らせた。そして再び屈み込み、ニンジャスレイヤーの顔を触手で包み込む!「あンたのニンジャソウル甘いの?ねェそれとも苦いの?ドクドク流してよ!ねェ!」

「グワーッ!グワーッ!グワーッ!」「……選択の余地なんてものは無いんだよ!」シルバーキーは駆け出す!「ファハハハアカチャン!アカチャンアバッ!?アバーッ!?」パープルタコがスタンガンを首筋に当てられたように反応し、痙攣!彼女の両こめかみに後ろから当てられたシルバーキーの指!

「ウ……ウオッ!」シルバーキーはフィードバックにひるんだ。マインド潜行が拒絶されたのだ。なんたるニンジャ精神力!後ろへ弾き飛ばされそうになるが、彼は必死でかじりついた。「GRRRRRRRR!」獣じみた唸り声を上げ、パープルタコがシルバーキーをもぎ離そうとする!

「つれない女だなッ……」シルバーキーは暴れるパープルタコの首を肘の内側でガッチリとロックした。「さっきはネンゴロだったろ?心変わりか?俺も混ぜてくれよ」「GRRRRRR!」そして無理に振り向かせ、額同士を密着する!途端にシルバーキーを蹂躙にかかる触手!「イヤーッ!」

 額から額!原理はわからぬが、これが一番強力な潜行方法であることをシルバーキーは理解していた。途端に二者の間で超自然のトンネルが拓かれ、シルバーキーの意志はエネルギーの流れめいた存在と化してパープルタコのニューロンに突入した!「アアアアアア!」

 ……ドオン……ドオン……巨大な石柱で囲まれた荘厳なドージョーに跪く、黒、赤、象牙のニンジャ。そしてこの視点の持ち主パープルタコ。天井に掲げられた「格差社会」のショドー。これは彼女の記憶だ。祭壇に立つ異様なニンジャ……透明なボディを持ったニンジャが、四人を睨みおろす。

「よくぞ辿り着いた」多彩なる装束をまとう透明のダビデ像めいたニンジャは、溢れるような威厳をもって彼らを見渡した。「今こそ最終試練に臨む時。怖じ恐れる弱体者はまさかこの中におるまいが、なまなかな覚悟で臨めば、容易く地獄に落ちるであろう」

「誰ですか?その情けない野郎は」背の高い赤いニンジャが不敵に言う。「少なくとも俺じゃねえ事は確かだぜ」その赤いニンジャを横目で見ながら、象牙のニンジャは無言で口の端を歪め、鼻を鳴らす。黒いニンジャが言った。「この四人の中に、そのような未熟者はおりませぬ」

「さすがだ」透明のニンジャは満足げに頷いた。「最終試練に臨み、半神に比する肉体を手にするがいい!」そしてパープルタコを見た。「……どうした?」「師父」パープルタコは口を開いた。すると突如ドージョーの光景がグニャリと歪み、三人の仲間の姿もろとも消え失せた。「師父、どうして」

「……」「師父はどうして私達を捨てたのですか」透明のニンジャは答えず、その姿もまた歪み、ノイズの中へ散ってゆく。「どうして!あたし達を捨てた!どこに行ったんだ!」パープルタコが叫ぶ。「……シテンノ……シテンノ……」彼女はいつしか暗黒の宇宙に独り浮かび……。

「ウオオッ!」シルバーキーは耐え切れず地面に叩き伏せられた。「何だってんだ?今のは?」「グワーッ!」パープルタコが身悶えする!「イヤーッ!」「グワーッ!」この隙を逃さず、ニンジャスレイヤーはパープルタコの身体をブリッジ動作で弾き飛ばす!マウントが破られた!

 空中で危うくバランスを取り着地したパープルタコへ、ニンジャスレイヤーは決断的速度でツカツカと接近してゆく。「スゥーッ!ハァーッ!」ゴウランガ!早歩きしながらのチャドー呼吸!パープルタコが横目でシルバーキーを睨む!「覚えてろよクソ野郎……」そしてニンジャスレイヤーに向き直る!

「あンたの負けだ、往生際の悪い奴」パープルタコはカラテを構える。全部で八本の触手が音を立てて伸び、放射状に拡がった。そのそれぞれの先端部の異様な緊張!何かが来る!ニンジャスレイヤーは早歩きで接近!「ブシューッ!」触手の先端からスリケンめいた何かが一斉に放たれる!

 それは粘液!黒紫色の分泌物が圧力によってスリケンめいた物体となり放たれたのだ。なんたるバイオテックにもとづいた高度なジツ!八枚のスリケンをこの一瞬の予備動作で投擲できるニンジャなど、殆どおらぬ!「イヤーッ!」早歩きするニンジャスレイヤーの両手が残像を伴って高速で閃く!

「な、何ィー!」ワザマエを目撃したシルバーキーが思わず叫んだ。ニンジャスレイヤーは早歩きしながら両手を前に掲げて見せた。その指と指の間には八つの粘液スリケンが全て挟み取られている!ゴウランガ!なんたるニンジャ動体視力そしてニンジャ器用さか!

「ブシューッ!」パープルタコがさらに八つの粘液スリケンを発射!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは指に挟んでいた八つの粘液スリケンをツブテめいて投げつける。それぞれがぶつかり合い相殺消滅!その時には既にニンジャスレイヤーは床すれすれまで身を沈めてダッシュしている!「イヤーッ!」

 急加速で一瞬にしてパープルタコの足元へ潜り込んだニンジャスレイヤーは、組んだ両拳をハンマーめいて振り上げる!「イヤーッ!」立ち上がる膝のバネ力と両腕の勢いが乗った強烈な打撃は、パープルタコの咄嗟のガードをたやすく崩した!「なッ……」パープルタコの 両手が強制的に開かれる!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはこの機を逃さぬ!さらに半歩踏み込んだその姿勢は必殺のポン・パンチ!だがその時「シテンノ!」パープルタコの瞳が紫にストロボ発光する!ナムサン、これは彼女の奥の手、最大出力ヒュプノ・ジツだ!「ヌウッ!」

 敵の自我を支配し、服従させる恐るべきジツ……パープルタコは魅了した相手の口に触手を捻じ込み、髄液やニンジャソウルを吸う恐怖存在なのだ!ニンジャスレイヤーはシルバーキーの警告を覚えており、彼女の眼に焦点を合わせぬようにしていた。しかしこの最大出力のジツはそれでもお構い無しだ!

 だが!「グワーッ!?」悲鳴を上げたのは……パープルタコである!「なんだこれは……なんだこれは!」ヒュプノ・ジツを阻害されたパープルタコが悶える!「俺だ!」見よ、それはシルバーキー!床に膝をつき、己の両こめかみに人差し指と中指を当てている。両目と鼻から血を流す壮絶な有様!

「あンたちょっとウカツだぜ!ゲホッ!」シルバーキーが咳き込む。「精神攻撃やるなら気をつけねえと……ファイアーウォールが開いちまうぜ。俺もいい勉強になった。あンたと触れ合うのも三度目だしな」「アアアーッ!」そして再度踏み込むニンジャスレイヤー!ポン・パンチ!

「イヤーッ!」「グワァーッ!」身体をくの字に折り曲げ、パープルタコが吹き飛ぶ。割れていないほうの窓ガラスを突き破り、路上に叩き出されて転がった。「アバッ……アバーッ!」「ウオオーッ!」そこへ失神状態から復帰したサージョンが突如インターラプト!両手に握った電気メスが閃いた!

 ニンジャスレイヤーは振り返りもせず、サージョンの顔面に裏拳を叩き込む!「アバーッ!?」顔面を破壊され仰け反るサージョン……そこへ「イ、イヤーッ!」シルバーキーが決死のジャンプパンチ!「グワーッ!」立て続けに頭部破壊ダメージを受けたサージョンは転がって爆発四散!「サヨナラ!」

「ハイクを詠むがいい。パープルタコ=サン」「アバーッ……!」ニンジャスレイヤーは窓枠を跨ぎ越える。 「カイシャクしてやる」「そうは行かぬ」

 声は頭上から飛んできた。一瞬後、真っ直ぐ降下してきた象牙色の巨大なイーグルがパープルタコの傍らに着地した。否、それは巨大なイーグルではない!ニンジャである!天使めいて背中に翼を生やす象牙色のニンジャがニンジャスレイヤーを睨みつけた。人間離れした金色の瞳!嘴めいたメンポ!

 象牙色のニンジャは瀕死のパープルタコを抱きかかえた。「……ドーモ、アイボリーイーグルです。貴公は……ニンジャスレイヤー=サン」「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」ニンジャスレイヤーは素早くオジギを返し、コンマ1秒後に飛び蹴りで襲いかかった。「イヤーッ!」

「イヤーッ!」アイボリーイーグルはしかし、パープルタコを抱きかかえたまま垂直に跳び上がって攻撃を回避!なんたる跳躍力!そのまま向かいの建物の鬼瓦の上に立つと、ニンジャスレイヤーを無感情に見下ろした。「今はまだそのときではない」「臆病者め」「じきに相手をしてやる」

「何であンたがここにいる」腕の中でパープルタコがアイボリーイーグルを見上げる。アイボリーイーグルは鼻を鳴らした。「……サラバだ、ニンジャスレイヤー=サン。イヤーッ!」アイボリーイーグルはパープルタコを抱えたまま跳躍!羽ばたいて飛翔し、あっという間に飛び去った。

「あいつ……象牙色……」遅れて路上へ出てきたシルバーキーが、太陽の光に目を細めて呟いた。ニンジャスレイヤーは彼をゆっくりと振り返った。シルバーキーはあらためて、この赤黒のニンジャが放つ凶悪な殺気に打たれ、後ずさった。「何者だ。オヌシは」ニンジャスレイヤーが踏み込む。「言え」

「アイッ……エ……」ジゴクめいた目で射抜かれ、シルバーキーの背中に嫌な汗がにじんだ。そして悟る。まだ今日の凶運は去っていないのだと。彼はニンジャスレイヤーの後ろの街並みに、サンズ・リバーの映像を思わず重ね合わせた。


4

「何者だ。ニンジャめ」ニンジャスレイヤーは繰り返した。シルバーキーのニューロンが加速した。実際ヤバイ!「俺は、その……」「ソウカイヤの残党か」「ソウカイヤ?」「イッキ・ウチコワシか」「イッキ?」シルバーキーはツバを飲み込む。「あ、ああ、イッキね……」「知らんのか。では何だ」

「俺はケチな鍼灸師だよ」「……」ニンジャスレイヤーは瞬き一つせず、シルバーキーに凄味のある無感情な視線を据えている。「俺は……ニンジャで、力を使って鍼灸師をしていた」「ニンジャが?」「アイエッ、おかしいのかい?ニンジャ的に?その、事実を知ったのはさっきで」シルバーキーが慄く。

「ニンジャ、殺すべし」ニンジャスレイヤーはシルバーキーの目を凝視しながら言った。「私がオヌシを殺さぬ理由はあるか?」「な……」シルバーキーは絶句する。殺す事がまず前提なのか?「ナンデ?俺がニンジャだから?殺すのか?」「そうだ」「ナンデ?」「ニンジャだからだ」

「例外を認めてくれよ」シルバーキーが言った。「今までもまさかだぜ、100%例外なく殺して来たって事はあるまい。おっ、俺だってなりたくてニンジャになったわけじゃねえよ?」「……オヌシは何者だ?」質問には答えず、ニンジャスレイヤーは問いを繰り返した。「私に呼び掛けたな」

「咄嗟だったんだよ」シルバーキーは正直に話すしかないと考えた。誠意!誠意に賭けるしかない。「俺は見ての通り、殺されかけてた。いや、さらわれそうになってたのかも。とにかくヤバかった」「オヌシがザイバツでないと証明できるのか。誘い出しの罠の一部では無いと?」

「俺は……つい最近だよ、この俺のテレパスがあんたを捉えたんだ。目を閉じると見えるようになったんだ。あンたの赤黒い影、魂だよな?『ニンジャ殺すべし』って繰り返してたからさ……だからザイバツ?の奴らを倒してくれるかも、って、身体の自由も効かなかったし、あんたしかいなかったんだ!」

「最近だと?」ニンジャスレイヤーは腰に吊るした「それ」がにわかに重みを増したような感覚に陥った。彼は訝った。そして腰に吊るしたヌンチャクに視線を下ろした。「光ってるぜ!」指摘したのはシルバーキーだ。「ヌウッ……」嘘ではない。聖なるヌンチャクの鎖がマグマめいて輝き出したのだ!

「これは」見る間に赤熱するヌンチャクの鎖は黒い煙を噴き出し始める。否!それは煙ではない。赤黒く輝く瘴気である!「ナラクだと?ヌンチャク?どういう事だ!?」「これだ!これだよ!」シルバーキーは己の危機的状況も一瞬忘れて叫んだ。「俺が見たのは!これだ!」

 シルバーキーが駆け寄り、ジゴクめいて輝くヌンチャクの鎖を掴んだ。「これが呼んだんだな!」「何を!」ニンジャスレイヤーはシルバーキーの首筋にチョップを叩き込もうとした。「イヤーッ!」シルバーキーは咄嗟に頭を振り、振り下ろされるニンジャスレイヤーの手首に頭突きを繰り出す!

「「グワーッ!」」……。……。

 ……フジキドは独り、無限の暗黒の中にいた。目を凝らすと、地平には赤黒い人型の影が佇み、一定の方角を指差している。微動だにしないそれを目指し、フジキドは歩き出す。ナラク・ニンジャ。指差す方角はネオサイタマ、マルノウチ・スゴイタカイビル。コフーン遺跡で見た幻の繰り返しか。

 指差すナラク・ニンジャの周囲はスポットライト状に明るく、落ち葉めいて敷き詰められた乾いた骨が視認できる。明かりの中に先客がいた。アグラで座る銀色のニンジャ。シルバーキーだ。「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。ケンカ再開するか?」「……いや」フジキドは首を振った。

「これがオヌシのでっち上げた幻で無い事は……わかる」フジキドは暗黒を見渡した。頭上には黄金の立方体がゆっくりと自転している。「ああ違う」シルバーキーはニンジャスレイヤーを見上げる。「俺はこうやって、人のニューロンに入り込む事ができる。ここは、アンタだ。俺が余所者なんだ」

 会話する二者のすぐそばで、人型の爛れる影はマルノウチを指差したまま彫像めいて動かない。「……殺すべし……ニンジャ殺すべし……」影の中から低い唸りが繰り返される。シルバーキーは時折それを不安げに見やりながら、話を切り出す。「俺はこいつに呼ばれてたんだよ。今ならはっきりわかる」

「呼ばれただと」「心当たりがあるんだろ。教えてくれないか?」シルバーキーは勢い込んで、「正直、呼ばれるようになってから綺麗に俺の人生お先真っ暗だぜ。いきなりツキが無くなったよ。もう店も畳まないといけないんだろ?ザイバツとかいう奴らから逃げるにはさ」

「殺すべし……全ニンジャ殺すべし……」ナラク・ニンジャの影は呪い続ける。「これさァ」シルバーキーは言った。そしてフジキドを見た。「あンたと同じ事言ってるな」「……」フジキドは答えあぐねた。やがて言った。「……そうだ。ニンジャ殺すべし。それが私の存在理由だ」

「全く同じ?」シルバーキーは言った。「あンた、こいつと同じなのか?この化け物と?」「……」「信じにくいんだよ」彼の口調は驚くほど平静だった。ひととおりの恐怖を乗り越えると腹が据わる、それがこの男の性質であろうか。「あンたなりに、ニンジャを殺す理由があるんじゃないの?」

「だから何だ」フジキドは不快感を露わにした。「ここで詮索をしたか!」「いや、してない。あの太陽とブッダに誓う。さすがに殺されると思うし」シルバーキーはひるまず「『俺を殺す』っていう結論が不自然だと思うだけさ。どう考えても理不尽だよ。俺がニンジャだから?何の因縁も無いよな?」

「ニンジャ……全ニンジャ殺すべし……」ナラクの影が呪い続ける。シルバーキーは片眉を上げた。「これはこいつの都合だよ。あンたはもうちょっと色々あるだろ?」「……」「あンたのその理性で考えて、俺はどうだい……。殺すべき敵かい?……俺は、あンたに感謝してる。助けてくれたからな」

「……」フジキドは沈黙する。シルバーキーはまばたき無しでフジキドを凝視する。その額を冷や汗が流れ落ちる。正念場なのだ。「……」やがてフジキドは長く深い息を吐いた。「わかった」

 二者の周囲に現実のアッパーガイオン路地が戻ってきた。「恩に着るぜ、マジに」シルバーキーが鼻血を拭う。「……で、だ。俺はまだ、あンたにサヨナラするわけにはいかないんだよ。これだ。これがな」シルバーキーは己の首の後ろを指し、「さっきのニンジャ野郎が機械を埋め込んだ」

「機械?」「位置情報を逐一ザイバツに送信してンだとよ。今もだ。ヤバイんだ!切除つっても、脊椎だろ?素人にゃ無理だ」「……」「いいかい、ここですなわち、ビジネスが成立するってわけなんだ。俺はあンたに呼ばれた。あンたのその……それに!」ヌンチャクを見た。今は安定している。

「教えてくれていいだろ、それ」シルバーキーは早口に言った。「俺のこのジツは……あンたの中のバケモノに触る事ができる。わかったろ?俺にしかできない事がある。だから、それが俺を呼んだ。な。合理的だ」ニンジャスレイヤーは眉根を寄せた。「信頼しろと?オヌシを?」「ノー。ビジネス」

「……」ニンジャスレイヤーは一瞬置いたのち、渋々ながら頷いた。「……よかろう」彼は認めざるを得なかった。おぼつかない道筋が今、闇の中でつながったのだ。ナラク・ニンジャを覚醒させ、聖なるヌンチャクを継承する道筋が。よりにもよって、この頼りない一人のニンジャがカギとなって。

「じゃ、急ごうぜ。こうしてる間もザイバツに俺の居場所は筒抜けだ。あのサージョンの奴が死んだ事が伝わったら、次の奴らが来るだろ?善は急げってな!」「どこへだ」「ネオサイタマだろ」シルバーキーはニヤリと笑った。「サイバネ闇医者もそこ。あンたの目的地もそこ!」 「なぜ解る?」

「なぜってそりゃ、まあわかるよ」シルバーキーは目を伏せた。ニンジャスレイヤーが睨む。「詮索したか」「センシティブな所は、詮索してねえ!マジだよ。黄金太陽とブッダに誓う!」シルバーキーは歩き出す。「行こうぜ!こっちだ。……本当だ!深い記憶はそう簡単にはいかねえんだ、マジだ」

「そうか」「マジだよ!侵入時にどうしても見えちまうものはそりゃあるよ。それしか見えなかった。道中説明してやるよ、俺のジツについて。説明しろってンなら。俺だってあンたをキレさせたら終わりだってのは理解してるよ。本当だ」「そうか」「信じてくれって!」「ノー。ビジネス」


【ビヨンド・ザ・フスマ・オブ・サイレンス】終



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