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S3第8話【カレイドスコープ・オブ・ケオス】全セクション版

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S3第7話【ナラク・ウィズイン】 ←



1

 空の色は名状しがたいスペクトルであり、異常な輝きが渦巻く闇は、ただの夜ではありえなかった。

 ヤモトは立ち尽くした。その横でヘヴンリイもやはり、空を見上げ、動かずにいた。「これは……」ヤモトの呟きに、ヘヴンリイは不敵に答えた。「天下布武だ。世界を作り変える。オレたちの望む形にな」

「ニッタ・カタツキの力を使ったんだな」ヤモトはヘヴンリイを睨んだ。ヘヴンリイは頷いた。「ああそうだ。不満そうだな、エエッ? 要はお前が、オレにイクサで遅れをとったからだ。自分を責めたり悔しがったりするといいぜ。泣いてもいいんだぜ? いくらでも嘲笑ってやるよ。ハーッハハハハ!」

 争い合って谷底へ墜落した彼女らは、その後、奇妙な旅の道連れとなり、ネザーキョウの奥地を彷徨った。狩人のニンジャと出会い、オオケモノを討つなど、大小の冒険を経験した。しかし……やはりヤモトとヘヴンリイは決定的に違う星の下に生きる存在だ。言葉を戦わせずとも、それは明白。ヘヴンリイは晴れやかだった。


◆◆◆


 異常な色彩の闇の下、襤褸をまとった巨躯の男と、小柄な少女は黙々と歩みを進めていた。男は杖をついていたが、歩幅は着実だった。「……この出来事、わかる?」少女は空色の瞳で巨躯の男を見た。男の瞳は金色だった。「わからんが……」彼は苦しげに目をすがめた。「……先を急ぐぞ」


◆◆◆


 サーモン・サンドイッチを握りしめたままだったことを、サガサマはようやく思い出した。NY、オフィスビルの高層階、ラップトップUNIXを前にIRCミーティングを行っていたサガサマは、もう一度画面に目を落とし、それから窓を見たが、何も様相は戻らなかった。空には多彩な闇が広がっている。

 それを畏れる暇もあらばこそ、サガサマのニンジャ第六感が突如、凄まじい警鐘を鳴らした。そればかりではない。「異常磁気」のアラート表示が網膜に映り込んだ。彼は反射的にテーブルの下へ潜り込もうとしたが……間に合わなかった。

 セントラルパークに光の柱が生じた。

 彼はそのニンジャ動体視力で、光の柱の中を垂直に降ってきたものを視認していた。それは放電する黒紫の矢であり……DOOOOOM! セントラルパークは球状の黒い爆発に、呑まれた!「アイエエエエ!」「アイエエエエ!?」フロアの市民達が悲鳴をあげた。

 球状の爆発は急激に膨れ上がり、市街を……市街を……呑み込もうとした……サガサマは死すら覚悟したが、ある時点で爆発の膨張は止まり……収縮を始めた。クレーター状に抉れた地面を残し、黒い爆発は凝集し……「……!」サガサマは最大倍率まで視野を拡大し、クレーターの中心に残されたものを見守った。

 それは……ポータルだった。

 ドオン。ドオン。ドオン。タイコの音が聴こえた。嫌な予感がした。そのジゴクめいた響きは、サガサマに、ヨロシンカンセン襲撃の記憶を思い出させた。ZANK……ZANKZANKZANK。黒いポータルが稲妻を周囲四方八方に放つと、そこに異形のものたちが出現した。オニだ。オニとしか形容のしようがない。

 無謀な報道ヘリコプターが一機、セントラルパーク上空に近づいてきた。その機体を下から投じられた投げ槍が貫くと、ヘリはキリモミ回転しながら墜落し、爆発炎上した。そこへたちまちオニ達は群がり、パネルを引き剥がし、蹂躙を始めた。

「ア……ア、ア」悲鳴と混乱で満たされたフロアで、サガサマはテーブルに手をついた。この状況下で彼がすがるべきは、愛社だ。彼はIRC端末を操作し、上司に報告しようとした……しかし、酷い磁気嵐に、阻まれた。


◆◆◆


 ジャングル上空を飛行中だったサワタリ・カンパニー社員ローゼンベルグは突然の異常のパルスを察知し、その場でホバリング姿勢を取った。遥か北から翔び来る何かを、オウゴンオニクワガタの頭部を持つ彼の、昆虫めいた黒い目が捉えた。炎の尾を引き、流れ星めいて降ってくる……ひとつはニューヨークへ、もう2つは太平洋へ、もうひとつはこのジャングルへ。

 極楽鳥の群が一斉に飛び立つ。動物達が吠え声をあげる。それがサワタリ・カンパニーのテリトリーに対する攻撃であったならば、彼は何らかの阻止行動に出たかもしれない。だがそれは凄まじい衝撃波だけを残し、南東方角へ落ちていった。着弾地点は恐らくリオ・シティ。……彼はカンパニーへ飛び戻る。


◆◆◆


 キョート城天文台の中央、浮遊する複数の天球儀に囲まれてザゼンするニンジャはネクサス。彼は己のニューロンに強く訴えかける強烈な力の波に震え、耐えた。目鼻口から黒ずんだ血を流し、表情を強張らせ、ホロ地球に刻まれゆく異常な紋様を凝視した。五芒星と、それを囲む巨大な円。魔法陣めいて。

「おのれ」ネクサスは呻いた。凝視の力が阻害される。既に、形作られた五芒星の領域内には意識を向ける事すらできなかった。観測ができぬのであれば、侵入など到底不可能だ。ザイバツの今後の計画に支障をきたす可能性は大いにあった。何が起こったのか、如何なるオヒガンへの影響が及ぶのか、可能な限り情報を集めねばならぬ。この異常事態の発生に一瞬早く、ニーズヘグを回収できたのは、サイオー・ホースと言うべきか……。


◆◆◆


「我はネザーキョウのタイクーン、アケチ・ニンジャである! 惰弱なる者共よ、音に聞け! 今この時、4本のハマヤを以て、我がキキョウ・ジツ、天 下 布 武(ネザーフォーミング)の儀式は成れり! ……以後、天上天下、我の飛翔を妨げるもの無し。第六天魔王、大君明智光秀にひれ伏すべし!」 

「ワオオオオーッ!」「偉大なるタイクーン!」「第六天魔王!」ドオン! ドオン! ドオン! 軍太鼓打ち鳴らされる中、城前練兵場に集いしゲニン達は、ストーンヘンジの中央に開いたネザーポータルの上空で浮遊する雄々しきオオカゲ、その背にまたがるアケチ・ニンジャの力強き姿に歓声をあげた。

「シャギャーッ! ハンニャアアア! ハンニャアアア!」邪龍オオカゲは長い尾を空中でくねらせ、鎌首をもたげ、異常色彩の闇の空に炎を吐き出す。それはまるで呪われた花火。極めて邪悪な祝祭、文明社会への宣戦布告の光景である。「エイッ!」龍上のタイクーンは四本の腕を眼下のニンジャ達に掲げる!

 すると、ナムサン! 畏れよ! 練兵場に集まりしゲニン達は胸を押さえ、苦しみ始めた。彼らの胸に刻まれたコクダカの烙印が、装束を透かして強く光り輝いている。「精強なるアケチモノよ! 今再び、惰弱なる世へ攻め入らん!」タイクーンが叫んだ。ニンジャ達は顔を上げた。その目が強く光っている!

 キキョウ・ジツは成れり! 今や、打ち込まれたハヤマが作り出した領域下において、タイクーンが力を与えた全てのニンジャはより強い力を獲得した! 彼らはポータルを通って惰弱4都市に飛び、カラテによる蹂躙を行うのである! そして……おお、ナムサン! オオカゲとタイクーンすらも、それが可能だ!

「偉大なるタイクーン!」「天上天下!」「ガンバルゾー!」ニンジャ達は目を光らせ、雄叫びを上げる。転移! そして武力征服! 資源獲得! 拡大を続ける限り、ネザーキョウの経済は右斜め上の成長ラインを描き続けるのだ!「虚仮威しとタカをくくる惰弱文明人は在りや!?」タイクーンは叫んだ。

「惰弱!」「それは許せない!」「ヤッツケテ!」ゲニン達が雄叫びで応えた。「ハンニャアアアア!」オオカゲは空に躍り上がる! タイクーンは吠えた。「ならば見せん! 我が圧倒的カラテを音に聞き、目にも見よ!イヤーッ!」タイクーンとオオカゲはポータルに突っ込み、消失した。その行く先、まずはNY!


◆◆◆


「アケチの禍」焚き火を囲むマスラダ達を見渡し、フィルギアはゆっくりとその言葉を口にした。「既にニンジャ支配の世が終わりを告げた江戸時代の話さ。何の前触れもなしに、アケチのハマヤが落ちた。江戸城の一角が焼け落ち……炎は燃え広がって、江戸大火が起こった」

「広がったのは火だけじゃなかった。江戸の街に溢れたのは、ジゴクのオニと、アケチモノ達。ハマヤが落ちた場所に開いた邪悪の門から、奴らは現れた。アケチはもとは平安末期の戦国大名の一人で……主君のオダにムーホンを仕掛け、共に滅びたとされていた。それが……江戸時代に、戻ってきたんだ」

 フィルギアの謎めいた瞳に、焚き火の火が映り込んでいる。「かつてのアケチは、カラテよりもむしろ、ジツや交渉に長けた男だった。奴はウォーロードであるオダ・ニンジャの参謀として知られていたんだ。ハイクも巧くてさ……それが……ハマヤと共に戻ってきたアケチは……当時とは似ても似つかぬ四本腕だ」

「見てきたように語るじゃないか」トムが言った。フィルギアは真顔で彼を見た。「その通り。自分の目で見たからね、俺は」フィルギアの表情は底知れぬアトモスフィアをたたえ、その言葉は厳かだった。トムは唾を飲み、黙り込んだ。フィルギアは取り繕うようにウインクして、話を続けた。

 ……己の内に過酷なるネザーを具現化させたかのような魔王に変わり果てたアケチ・ニンジャは、ネザーのオニとアケチモノを率い、当時のショーグン・オーヴァーロード、徳川エドワード吉宗の膝下を蹂躙した。阿鼻叫喚の地獄図。吉宗は精鋭騎士団「メグミ」を組織して対抗するが、アケチはあまりに強大。

 あわや江戸時代終焉の暗黒も垣間見えた瀬戸際、吉宗の元に現れたのは、ショーグン特別剣術顧問、時を置き去りにした長命の魔剣士、柳生王璽(ヤギュー・ウォンジ)であった。

 彼はミヤモト・マサシより受け継いだ5つの指輪……「リング・オブ・アース」「リング・オブ・ファイア」「リング・オブ・ウォーター」「リング・オブ・ウインド」「リング・オブ・ヴォイド」の強大な力がもたらす呪いにより、天寿を全うする運命を剥奪された存在である。

 王璽はメグミの円卓騎士と共にアケチに攻め入り、激しいイクサの末、ついに勝利を手にした。だがアケチはなお凄まじき戦士だった。伝説の魔剣士といえどもカイシャクにまでは至らず、指輪の力を用いて、ポータルの奥へ再び放逐するのがやっとだった。

「ひどい出来事だよ。とにかくそうやって、ポータルも封じ込めて、めでたし、となったんだ」フィルギアは語る。「だけど……当時打たれたハマヤはひとつだ。そしてそのときアケチは龍にも乗っていなかった。奴の鍛え抜かれた肉体と、率いるオニ達、それだけでも、江戸は傾いたんだ」

「それが、今回は……」「打たれた矢は4つ。力が空を駆け、ホンノウジに繋がっている事からも……5つ目のポータルがホンノウジにある筈」「桁違いというわけか」コルヴェットは顔をしかめた。「何たる事」「待ってください。という事は……」コトブキが問う。「矢は今回、ネオサイタマにも落ちたのですよね?」

「ブレイン=サンが見た白昼夢で、矢の着弾地点は語られていた」トムが言った。彼は悔しげだった。当たってほしくない夢だったのだ。「……その中に、ネオサイタマは含まれていた」「それらの都市で今、当時の江戸のように、危険なポータルが開いて……!」コトブキは拳を握りしめた。

「どう……どうしましょう」彼女は狼狽え、握った手を閉じたり、握り直したりした。マスラダはコトブキを見て、言った。「塞ぐだけだ」「塞ぐ……」「昔にやった奴がいるなら、おれにも出来る。おれがやる」「実際……」フィルギアは咳払いした。「……それしかねえとは、思う」

 フィルギアは空を横切る超自然の力の道を見上げた。そして木の枝で地面に五芒星を描き、中心をつついた。「ホンノウジに力の道が集まってるのは、道理だよ。当時も今も、何かのジツで無理やり作り出したには違いない。それなら、無理をしてるのはアケチの方で……術者本人を倒すのが、セオリーだ」

「おれはホンノウジに向かう」マスラダは言った。フィルギアは頷いた。そしてトムを見た。「トム=サン。アンタは予定通り、本部に帰って電磁テープを届けなよ。出来る限り急いで、その……イイダ博士とやらに渡すんだ。UCAもボンクラばかりじゃない筈だぜ」「ああ」トムは頷いた。「必ずな」

「ならば俺も道中ご一緒させてもらおう。トム=サン」コルヴェットが名乗り出た。「少なくともネザーキョウを出るまでは、いかにも厳しい道程となるのではないかね。俺も文明地へ帰り、ギンカク沈静化について、デジ・プラーグに報告する必要があるゆえに」「……有り難い」トムは受け入れた。

「あんたはどうする。フィルギア=サン」「俺は……」フィルギアは言葉を切った。そして答えた。「ニンジャスレイヤー=サンについていく。ホンノウジには詳しいんでね。役に立つ筈だぜ……」トムは少し考え、握手を差し出した。「世話になった」「よせよ」フィルギアは苦笑し、その手を握った。

 コトブキは彼らのやり取りを眺めていた。彼女の膝の上では、疲れ果てたザックが眠りについている。コトブキは物思いに沈みながら、少年の髪に優しく触れた。マスラダは無言で、そのさまを横目で見ていた。


◆◆◆


「オイ! オイオイオイオイオイ!」タキはエラーコードを吐きまくるUNIXモニタの光を受けながら、遮二無二、再起動操作を繰り返した。ニンジャスレイヤーとの通信中、UNIXデッキが火花を散らし、気絶状態から目覚めてみれば、何らかのエマージェント状態!

「再起動……それどころじゃねえ!?」煙! KBAM! 火花! 破砕したファイアウォールがチロチロと燃え始めた!「ちょっと待て! 待て! 待ってくれ! ヤベエ!」消化スプレーを掴み、押し込むが、スー……と弱々しい空気が噴射されただけだった。「だって交換とかしねえもんよ!」タキは叫んだ。「クソッ! 水!」ペットボトルのコーラを掴む!

 火に水を振りかけるが、まだ足りない。タキは焦った。「仕方ねえ……仕方ねえんだよ」彼はズボンのジッパーを下ろした。「ファック! ファックファーック!」

 ……地下4階から地上店舗まで通ずるハシゴを上り、隠し扉を蹴り開け、店のトイレに出ると、タキは無性に腹が立って、便器に蹴りを入れた。「クソッ!」フロアに出たところで、足下、くぐもった爆発音と震動が伝わってきた。タキは下がったままのジッパーを上げ、デジタル・オーディンに感謝した。土壇場の時間稼ぎが彼を救った。

 店内に漂う焦げたにおいに、彼は顔をしかめる。そして窓の外を見る。「何……」彼は店外に出た。ワアンワアンワアンワアン! 聴いたことのないサイレンの音が空から降ってきた。「何……?」異常な色彩が乱れ舞う空を、菱形の影の群れが旋回していた。

「オイ……何……待て……」タキは焦った。菱形の影の正体が、カイトを背負ったニンジャだと判明した時、彼はNRSを発症しかけた。ネオサイタマに、カイトゲニン。「待てよ」タキは別方向の空を見る。「待ってくれ」落ちてくる。大質量。撃墜されたマグロツェッペリンが。

「ア……ア……ア……アイエエエエエ!」タキは悲鳴を上げた。ツェッペリンは道を挟んだ向かい、「本日休業中」の張り紙がシャッターに張られた、いけすかない人気ライバル店舗「ピザスキ」に墜落した。KRA-TOOOOOOM!

「グワーッ!」衝撃波と粉塵の勢いに吹き飛ばされ、タキは頭を抱えて地面を転がった。ワアンワアンワアンワアン! 鳴り響くサイレンの中、彼は泣きながら身を起こした。そして彼は空に見てしまった……マグロツェッペリンを撃墜したものを。長虫めいた龍にまたがる、四本腕の帝王の姿を。


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「ニンジャ!? ニンジャナンデ!?」タキは頭を抱え、ついにニンジャリアリティショックに堕ちた。消火作業ゆえ失禁する事はなかったが、嘔吐した。「ゴボボーッ!」ワアンワアンワアン……奇妙なサイレンが鳴り響く中、空にはカモメ群体じみてカイトのニンジャが舞っている。叫び。爆発。

 暗黒メガコーポ勢力が過密に入り乱れるネオサイタマの制空権は複雑で、ジェット戦闘機は運用されない。かわりにヘリやVTOL、鬼瓦ツェッペリンが邪悪な侵略者に空中戦をしかける。KABOOM! DOOM! 爆発、そして「グワーッ!」機銃やミサイルを受けて墜落してゆくカイトニンジャ。しかし……!

「惰弱!」龍の背にまたがりし暴君が断じ、ヤリを投擲!「エイッ!」KRA-TOOOOM! KA-BOOOOM! ヤリがツェッペリンを貫通、その後ろのVTOLをも貫いて爆発せしめると、龍は首を巡らせ、黒紫の炎を吐きかける!「シャギャーッ!」KBAM! KBAM! KBAM! 追尾ミサイルもろとも爆発する鬼瓦ツェッペリン!

「惰弱! 惰弱也! 我がカラテの意味する事を知れ! 即ち……」DOOOM! オムラの超弩級鬼瓦ツェッペリン「モータージンベエ」の顎が開き、空対空ミサイルが射出された。オオカゲは突進をかける!「ハンニャアアア!」「イヤーッ!」タイクーンは交差させた二刀流を開き、ダブル・イアイドする!

 KA-BOOOOOOOM! 飛翔したタイクーンの背後で巨影は真っ二つに切り裂かれ、爆発炎上しながら地上ビルに衝突したのだ! ナムアミダブツ!「……即ち、ネザーにて鍛え上げし我が無双の筋肉以て、惰弱な鋼はトーフに同じ也! 愚かな文明人よ。我に無駄に楯突いて、いたずらに征服資源を損わしむべからず!」

「もう……もうダメだ……おしまいだ……!」タキは啜り泣いた。「天上天下!」タイクーンの大音声が空を震わせた。そして……悪逆ニンジャキングは……あっさりとその身を翻し、飛び去ったのである。それはネオサイタマより少し以前に、ニューヨークの市民が体験した絶望と同様の光景であった。


◆◆◆


 3日経った。

 ドンピコ、ピコポピピココピコ、「5万円~、タノシイ会話楽しませてくれるなら」軽薄な電子音ビートに乗る退廃的な歌詞。オイランドロイド・アイドルグループ「NNK-128」の楽曲が流れるピザタキ地上階で、タキはカウンターに足を乗せ、冷めたコーヒーを啜っていた。「出ねえぞ。オレは。外には」

 冷凍ピザや真空パック・スシなどの食料は十分ある。シャッターも締め切ってあるし、汚い店構えだから、収奪を受ける可能性は……多分、低い。悩みのタネは、隠し通路扉の奥、地下施設のUNIXデッキがボヤで全滅したせいで、軽いインターネットしかできない事だ。

「アーア、アイツらどうしてっかな」タキはあくびをした。「気楽なもんだよな。オレはこんなヤバい状況なのに」侵略開始の瞬間のあの大規模磁気嵐は去ったが、以後、海外へのインターネットが全く繋がらない状況だ。「今夜サッキョーライン降りたらー、あなた特別な存在よー」NNKの歌が癒やしだ。

 コーヒーを飲む。冷めて、まずい。あの恐るべき瞬間……タイクーンが宣戦布告した時の記憶をぼんやりと手繰る。相当危険な作戦行動中のマスラダとの通信を試みていたその瞬間、強烈な磁気嵐に襲われた。ファイアウォールが煙を噴いて……焦げ付くにおいが、姉の事を思い起こさせ……意識が飛んだのだ。

 ノイズ奔流に沈むカナダドメインからの強制切断。まったく神がかった危機判断と切断処理だった。テンサイ・ハッカーの面目躍如……そう言いたいところだが、あのときタキは誰かにKICKされた……ように思えた。女性の影のようなものと、01の残像。覚えている。ニューロンがヒリヒリする。

「デジタルオーディンの遣わしたデジワルキューレ……電子精霊……金髪……よし」タキはマグカップを横にのけ、レジスター用の簡易UNIXでポルノサイトを見ようとした。「マシンパワーが不足しています」のつれない表示。「クソッタレだぜ」彼はもう一度欠伸をし、店のTVをつけた。

 シャワワーン、ドンツクブーン。ジングルが流れ、「NSTVダイミョニュース」のロゴが回転しながら画面を横切ると、サイバーサングラスをかけたオイランキャスターが頭を下げた。「オハヨ。ダイミョニュースの時間ドスエ。今日も皆さん、頑張りましょう」「オハヨ」タキはTVに返事した。

「35%」の数字が虹色に輝いた。「本日のタイクーン襲撃確率は35%ドスエ。4都市における出現アルゴリズムを各社が解析しており、信頼のおける予測です。外出する際はむしろネザーキョウの『ゲニントルーパー』との遭遇に注意しましょう。実際、様々な被害報告が寄せられているドスエ」

「35ッて、一番ハッキリしねえよ。クソ」タキはぼやいた。ニュースは被害報告の映像を流し始めた。白装束のゲニン達がジープに乗って街を走り回り、ぞろぞろと降りて市民を追い回し、あるいは機材ショップのガラスを割って、ターンテーブルやラジカセを収奪する。彼らの目は異常発光している。 

「囲んでボーで叩かれたんだ。生きているのが奇跡だよ」インタビューを受けるサラリマン市民。モヒカンの市民がそれを押しのけ、キツネ・サインする。「ここだけの話、俺はドサクサで、いけすかねえ勤務先に押し入ってよォ、ボーナスゲットしてやったぜ。コーポ・オフ!」ナムサン。

「このように混乱が各地で広がっており、シェリフやメガコーポは自衛の構えを強めております」淡々としたアナウンス。オイランキャスターが咳払いした。「エー……ここから先の映像は、非常にショッキングである為に、持病のある方、ショック映像に弱い方は一端見るのを控え、チャンネルはそのまま」

 ザリザリ……ノイズ混じりのハンディカム映像に切り替わる。「ザリザリ……非常に危険な地域に来ております……ご……御存知の通り……成層圏から落下した質量兵器ですが……ネオサイタマにおいてはカスミガセキ・ジグラット残骸に落ちたわけです。今、私はその目と鼻の先まで来ております」

 ザリザリザリ……「ジグラットに矢が落ち、その周辺にゲニントルーパーや……皆さん既に目撃されたでしょうか……謎めいた有角人間たち……あるいは不条理生命体が出現……非常に危険な中で……私は今、命がけで……ご、ごらんください! ジグラットです!」リポーターの指が映った。「……エッ!?」

「「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」」禍々しいカラテシャウトが聞こえた。リポーターはジグラット残骸を見つめ、思わず息を飲んだ。『明智光秀』『ネザー』『征服する』等の旗。ガレキまみれとなった階段状の斜面には、それぞれがミニゴルフコース程もある無数のトレーニング場が築かれていた! 

「「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」」おお、何たる冒涜的光景か! 太鼓の音に合わせ、数十……いや、数百人規模の白装束ニンジャ達が、一斉にトレーニングを行っていたのである!「「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」」それはセイケン・ツキと呼ばれる情け容赦ない殺人カラテのムーブメント!

 響き渡る無数の掛け声のユニゾンと同期するかのように、ジグラット残骸の左右に建てられた五重塔からは激しいパイロ火柱が吹き上がっていた!「アイエエエ!」追随クルーが失禁した。カメラマンの手が痙攣した。「……この世の……終わりだ……」レポーターは涙を流し、呟いた。

「オイ待て!」「ヤバい!」「そっちだ!」激しくブレるカメラが右にパンした。「サフォサフォス」のたうつ触手が、「サフォスソサフォサフォス」ザリザリザリザリザリ。画面が切り替わり、真顔のオイランキャスターが映し出された。「これはCGではありません。彼らに追加報告を要請しており……」

「どうなっちまった……?」タキは呻いた。キャスターの横の解説委員がメガネを手で直した。「エー、カスミガセキ・ジグラット廃墟は撤去に甚大な費用がかかるのでどのメガコーポも手を着けておらず……実際、遺棄設備を巡る争いも常態化しておりましたからね……彼らの手ですぐに要塞化されてしまいましたね」

 彼らの後ろのサブ画面には、ビジネスビルの壁をロープ無しで競うようにクライミングするゲニン達と、それを見て操縦者がNRSを起こしてヘリが墜落する痛ましい映像が流れた。「この通りです。市街各地は非常に危険なエマージェント状態です」「そしてなにより、タイクーンですね」「その通りです」

 サブ画面には航空戦力を易易と破壊する帝王の映像が映し出される。「ウカツに手出しすれば神出鬼没のタイクーンの反撃を招き甚大な被害を受ける……メガコーポ各社はその事態を恐れています」「どうすれば」「社を越えた協力と対処がASAPで必要です。あるいは和平工作……水面下で進んでいるやも」

「非常に大変ですね。タキ=サン」キャスターがカメラ目線になり、タキに話しかけた。タキは瞬きした。「ン?」「頼れる人が今、貴方しかいないのよ」「その通り」解説委員がカメラ目線で頷いた。背後のサブモニタに「その通りです」とミンチョ文字が流れた。タキは納得した。オレは発狂したんだな。

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