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【デス・フロム・アバヴ・セキバハラ】

◇総合目次 ◇エピソード一覧
この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版が、上記リンクから購入できる第2部の物理書籍/電子書籍に収録されています。また、第2部のコミカライズがチャンピオンREDで行われています。


【デス・フロム・アバヴ・セキバハラ】



 ブーンブブーンブブブンブンブーン……ザリザリとしたギター音が、数マイル先の錆び果てたスピーカーから吐き出され、バトルフィールド・セキバハラの乾いた風に乗って運ばれてくる。ガサガサと鳴る一本松の枝葉。砂煙。上空を旋回する2羽のバイオハゲタカ。照り付ける灼熱の太陽。蝿の羽音……。

 ガイオン・シティの遥か東、見捨てられた禁断の地、セキバハラ。日本との国境地帯に位置するこの広大で不吉な古戦場跡に住む者は無く、落武者のデヴィルを恐れ強盗団ですら寄り付かない。重金属酸性雨は滅多に降らないが、その代わり大西部めいた狂った気候が、そこを渡る者たちを責め苛むのだ。

 ここはセキバハラのさらに奥地。無線LANすらも届かないディスコミュニケーションの荒野。四方を黄土色のキャニオンに囲まれた盆地。ここではかつて、エド戦争で最も激しい戦いが起こり、サムライやダイミョやオクガタが大勢死んだ。あの東の崖を、武田信玄率いる騎馬武者軍団が駆け下りたのだ。

 盆地の中心部には小高い丘……環状列石が乱杭歯のごとく並ぶ、鎮魂の丘がある。岩の数々にはナワが巻かれ、ノロイボードなどが立てられているが、長く放置されていたらしく、文字はもはや判然としない。そして……おお、ナムサン!丘の頂上に立つ鋼鉄製の磔台に磔にされた男を、我々は知っている!

 大の字で磔にされたその男の名は……ニンジャスレイヤー!ぼろぼろの赤黒ニンジャ装束は砂埃にまみれ、「忍」「殺」の文字が彫られた鋼鉄メンポには、干乾びたジャムを思わせる血の跡。長き復讐の戦いによって疲れ果てたフジキド・ケンジの両の眼は、いま、安らかに閉じられていた。

 新鮮な死体の眼は、卵よりも美味い。用心深い2羽のバイオハゲタカは、数時間の旋回の後、ようやく磔台の上へと降下してきた。熱された金属部を避け、所々ニンジャ装束が破れたフジキドの腕に飛び乗る。獲物はぴくりとも動かない。

 ゲーゲーと鳴きながら、バイオハゲタカはニンジャスレイヤーの肩へと飛び跳ねるように歩み寄った。そして鋭いくちばしの先を、閉じられた眼へと……!おお、ナムアミダブツ!フジキド・ケンジは妻子のオブツダンすらない異郷の地で屍へと変わり、その死体を食い荒らされてしまうというのか!?

「イヤーッ!」突如、死んでいたはずのニンジャスレイヤーの両の目が大きく開く。「「ゲーッ!?」」不意を突かれ失禁するバイオハゲタカ!そして反射的に後方へと飛びのく。この好機を見逃すニンジャスレイヤーではない。手枷に固定された両手が、猛禽どもの両首を掴み粉砕した!ナムアミダブツ!

「スゥーッ!ハァーッ!」両手に血の滴るバイオハゲタカの首を握ったまま、ニンジャスレイヤーは素早い呼吸を開始する。心臓が力強く拍動し、ゾンビーめいた顔色に血の気が戻り始めた。彼はカロリー消費を抑えるためにチャドー呼吸を深め、数十分に1回の呼吸とし、冬眠状態に入っていたのだ。

 だがフジキドはメンポを付けたままなので、ハゲタカの血を啜ることもままならない。ブッダ!何たる無慈悲な刑罰であろうか。空腹と乾き、そしてギラギラと輝く太陽が、体力と精神力をじわじわと奪う。「ヌゥーッ……」フジキドはうめく。サワタリめいた狂気がすぐそこに待ち構えている気がした。

 パカラッ、パカラッ、パカラッ、パカラッ……ひっ乾いたサイバー馬の蹄音が、キャニオンのふもとから近づいてくる。全部で13頭。また今日も、あの連中がやってきたのだ。身動きの取れないフジキドは、両の目に復讐の炎を燃やし、射すくめるような鋭い眼光で敵を見据えた。

 サイバー馬から降り立ったのは、2人のニンジャと、黒いスーツにサングラスをかけた11人のクローンヤクザ。一者は、赤橙のニンジャ装束。フジキドを破った恐るべきバリキ・ジツの使い手、イグゾーションである。もう一者は、処刑人頭巾を被ったアデプト・ニンジャ、エクスキューショナーだ。

「ハッハハハ!まだ生きていたか、ニンジャスレイヤー=サン!」イグゾーションは慇懃な拍手を馬上から送った。フジキドは手首のスナップでハゲタカの首を投げつけるが、彼はこれを易々とかわす。反射的に、エクスキューショナーがサスマタでフジキドの脇腹を突く!「イヤーッ!」「グワーッ!」

「やめたまえ」イグゾーションは眉をぴくりと動かし、野蛮人でも見るように露骨に不快な顔を作る。「ハイ!とんだ粗相を!」エクスキューショナーは素早くドゲザして後ろに下がった。「わかったかな、ニンジャスレイヤー=サン、私は君に敬意を表しているんだ。早く答えてほしい。気が狂う前に」

「オヌシに答えることなど……何も無い。ニンジャ殺すべし……ただそれだけだ……」フジキドは乾いた喉で答える。太陽にさらされ続けたゴムホースのように、ひゅうひゅうとした声で。「なるほど、精神力の面でも相当な強靭さとみえる。どうやら本腰を入れてインタビューする必要があるな」

 イグゾーションが指示を出すと、クローンヤクザたちはサイバー馬の背中にある取っ手に手をかけた。馬の体に継目が入り、脇腹部分にインプラントされたサイバネ冷蔵庫が開く。中から旨そうなオーガニックスシとショーユを取り出すと、ヤクザとニンジャたちは磔台の前に正座してこれを食し始めた!

「ヌウウウーッ!」脂の乗ったトロを見せ付けられ、身をよじるニンジャスレイヤー。だが強化ナノカーボンチューブ製の枷は、彼の手足を磔台から逃そうとしない。「どうだろう、ニンジャスレイヤー=サン。答える気になったかな?何故君は考古学者のウミノを……いや、三種の神器を探していた?」

 ニンジャスレイヤーは答えない。イグゾーションは続ける「…君はダークニンジャという男を知っているね?…ああ、その目を見れば解るさ、君と彼に何らかの関係があることをね。私の見立てだと、彼もこそこそと三種の神器を探している…のではないか?ロードからそんな命令は下されていないのに」

 イグゾーションは高貴な家の出を思わせる完璧な礼儀作法で、チャを飲み干した。「……君の目的は、なんなんだ?全ニンジャを殺すだと?なのに何故、三種の神器とやらを探す?ダークニンジャとどんな関係にあるんだ?」「……」ニンジャスレイヤーは頑として答えない。

 スシを食し終えると、乗り手たちは再び馬に跨る。「また明日、スシを持って来てあげよう」イグゾーションが磔台を指差して言った「私の見立てではおそらく、君のニンジャ耐久力も明日で尽きる。だてにバリキ・ジツを使っているわけではない。私は見極めが巧いからね。そして君は……孤立無援だ」

 イグゾーションは不敵な高笑いを残して丘を駆け下り、十二人の乗り手を率いてキャニオンの彼方へと消え去った。おお、ブッダ!何たる卑劣な攻撃手段であろうか!この真綿で首を絞めるような精神攻撃が、何日間も続けられているのだ。そしてフジキドの肉体と精神は、実際限界へと近づいていた。

 フジキドは再び、灼熱の太陽と自らの空腹感という敵に向かい合わねばならなくなった。新しい猛禽が上空で旋回を始めた。ニンジャとて食わねば死ぬ。そして死んだら終わりである。(((おのれ…このような所で、死ぬわけには…!)))その視界がマンゲキョめいて回転し始める。アブナイ!

 だが皮肉にもイグゾーションが言い放った通り、彼は実際孤立無援なのである。彼は誰にも助けを求めぬ孤独な復讐の戦士であり、しかもここは無線LANすらない非情の荒野!誰が彼を助けようというのか!?それを誰よりもよく知るニンジャスレイヤーは、ただ己の精神力だけにすがろうとしていた。

 マンゲキョめいてリボルバー回転する視界……真ん中にぼんやりとした視界がひとつ、その周りに6つの視界がぐるぐると回る…。スシ、テンプラ、ソバなどが出現し、今は亡き妻子、フユコとトチノキがいる温かい食卓の光景がいくつも視界に浮かび始めた。彼のニューロンは狂気の手前にあったのだ。

(((おお……フユコ……トチノキ…!)))フジキドは声なき声をあげる。上空では死の臭いを嗅ぎつけたバイオスズメが旋回し、ハゲタカよりも何倍も大きな影を落とし始めた。その時…!ナムアミダブツ!幻影に混じり、視界の隅に見慣れぬ人影が!

 くたびれたコートにつば広帽を被ったその男は、タカギ・ガンドー!「…オイオイオイ、あいつもう、死んでるんじゃねえか?」彼はキャニオンの陰に潜み、周囲を警戒しながら、サイバーグラスで磔台のニンジャスレイヤーと上空のバイオスズメを見ていた。「行くかやめるか……行くかやめるか……」

 ガンドーは心の中でルールを作った(((よし、迷ってても仕方ねえ。3秒で決める)))。1、ズバリタブレットを奥歯で噛みしだき、2、ニューロンを覚醒状態にすると……3、ガンドーは49マグナムを両手に構えてキャニオンの陰から飛び出した!「ああ畜生!しょうがねえな!」

 蜃気楼のようにぼやけ回転するフジキドの視界に、ガンドーの姿が近づいてくる。幻影が晴れる。上空のバイオスズメは49マグナムの鈍い光を警戒し、いずこかへと飛び去った。……孤立無援のニンジャスレイヤーを窮地から救い出したのは、ニンジャですらない、ズバリ中毒私立探偵の蛮勇であった。



 ガンドーは敵が潜んでいないことを祈りながら、磔台へと駆け寄った。「スシ……スシ……」フジキドが苦しげに呻く。「待ってろよ、もう少しだぜ」ガンドーはフライパンのように熱くなった磔台の裏側を、素早く手で探った。オブツダン式の小さな隠し蓋を開けて、目当てのLAN端子を発見する。

 ガンドーは素早くLAN直結し、磔台のハッキングを試みる。造作も無いプログラムだ。ファイアウォールも無い。(((こいつがこんなブザマな姿を晒してるのは、実際初めてだな…。急げ急げ、敵が来るやもしれねえ)))10秒後。ピガーーー!抵抗が焼き切れ拘束具部分から圧縮空気が放出された。

 忌々しい拘束具が外れてゆく。糸の切れたジョルリめいてフジキドの両腕がガクンと垂れ下がり、それから満身創痍のニンジャは頭から前に倒れ込んだ。キナコめいた乾いた砂が舞い上がる。ガンドーがバイオハゲタカの死骸をブーツで蹴り飛ばすと、群がっていた蝿どもは口惜しそうに飛び去っていった。

 暫くして。正気を取り戻したニンジャスレイヤーとガンドーは、ともにストーンヘンジに背を預けて横並びに座り、激しい直射日光の熱と乾きから身を守っていた。ガンドーは胸元からマグロスシの入ったタッパーを取り出し、それをニンジャスレイヤーにも供する。ショーユは無いが、贅沢は言えない。

 暫く二人とも無言で、瑞々しいスシを口に運んだ。「……無線LAN…」やがてフジキドは枯れかけた声で訊く「……無線LANすら届かないこの荒野で、一体どうやって私の居所を……?」「2日前だ」ガンドーが返す「LAN直結してIRCにログインしたまま寝た俺の夢に、ナンシー=サンが現れた」

「ブッダ!俺は実際興奮した。伝説のコトダマ空間に足を踏み入れたかのようだった。実際そうだったのかもしれん。ともかく…彼女は俺に何故か礼を言った。それから、あんたがこのストーンヘンジにいると言い残して、彼女は消えた…」スシは終わり、腰に吊ったサイバー水筒を取ってチャを2杯注ぐ。

「……フゥーッ……」ニンジャスレイヤーはチャを飲み、安堵の息をついた。完全食品であるスシ、優れた水分補給手段であるチャ、そしてニンジャ耐久力が化学反応を起こし、見る間に乾きが癒されてゆく。ガンドーもまたチャを飲み、世界の果てのような荒野を見ながら、満足げな息をひとつ吐いた。

「そうか、ナンシー=サンが……」まだいくらか意識が混濁しているのか、メンポを直したニンジャスレイヤーは乾いた空に向かって呟くようにぽつりと言う。自分が孤立無援の身であるなどとは、つくづくとんだ思い上がりだ、とフジキドは自省した。そして、隣にいるズバリ中毒者のことを思い出した。

「オヌシのことは、実際死んだと思っていた」とニンジャスレイヤー「ザイバツニンジャどもがそう言っていたのだ。あれは私の希望を挫くための虚言だったか」「いや、あながち間違いでもないぜ」とズバリタバコを吹かすガンドー「ナンシー=サンがザイバツIRCに侵入して、偽の死亡報告を流した」

「さらに付け加えておくと、俺の預金口座も一ケタ増えてた。それで俺は、あの夢が現実の電子的事象だったと確信したのさ」ガンドーは彼方の雄大なキャニオンと、その上に聳えるセキバハラジョウ・キャッスルの廃墟を見ながら言った。世界の終焉があるとしたら、こんな光景だろうと彼は思った。

「……礼を言う」ニンジャスレイヤーもまた、彼方の荒城を見上げながら言った。そして立ち上がろうとするが、膝に力が入らず、産まれたての鹿のようによろめいた後、また同じ場所に腰を下ろす。「オイオイオイ、流石にまだ動けんだろ。……ニンジャってのが、どのくらい回復が速いかは知らんが」

 そのまま二人の戦士は、ストーンヘンジの影の角度が変わってゆく光景を眺めながら、疲れ果てた身体を休めた。乾いた風の音とニンジャスレイヤーの静かなチャドー呼吸音だけが聞こえた。幸いにも、周囲に敵の気配は無かった。十三人の乗り手は皆アジトへ戻り、見張りも配置されていないのだった。

◆◆◆


 一方その頃。数マイル離れた谷間に掘られた、イグゾーションの秘密アジトにて。

 アジト入口は丸い大岩で隠されているものの、その内部にはアッパーガイオンのビルディング内と何ら変わらない、快適なアコモデーションが隠されていた。馬から下りたクローンヤクザたちは自動的にカンオケめいたコフィンベッドへと入り、紫色の光を浴びて荒野の疲れを癒している。

 他にもこの施設内には50人近いクローンヤクザ、10人の奴隷ゲイシャと5人の奴隷スモトリもいる。イタマエもだ。作戦司令テーブルにUNIXも5台以上あり、冷暖房やセントウまで完備されている。無いものといえば、ネットワーク環境くらいのもの。それとて、敢えて設けていないのだ。

 無線LANすらも届かない広大なセキバハラ荒野は、高度にネットワーク化されたキョート・リパブリックにおいて、ある種の聖域であった。イグゾーションにとってこの一帯は、ザイバツの情報網に察知されることなく秘密裏に事を運ぶための、極めて重要な意味を持つ第二の活動拠点なのである。

(((むろん、私がロードに二心を抱くわけではない)))イグゾーションは奴隷ゲイシャに身の世話をさせ衣服を着替えながら、心の中で言った。(((むしろその逆だ。あの男…あのダークニンジャとかいう得体の知れぬ疫病神に制裁を下し、シャドーギルドに正しき秩序をもたらさんがため!)))

 イグゾーションは背を向けたまま、静かなキリングオーラを放つ。奴隷ゲイシャたちは思わず失禁しそうになった。その直後、彼はアメリカ大統領めいたにこやかなスマイルで、エクスキューショナーの肩を叩く。「君には本当に期待しているよ。この極秘任務が終われば、我々の派閥は再び力を得る」

「ハイ!」上半身裸のエクスキューショナーは、黒い処刑人頭巾の奥で目を輝かせた。「クラミドサウルス君は残念な事故で脱落してしまったが、将来的に彼の穴を埋められるのは……君しかいないと思っているんだ。まだ位階は低いがね。不相応に低い。君の能力はもっと評価されるべきだ」「ハイ!」

「私はウミノ=サンにインタビューをした後、しばしキョート城へ戻る。あらゆる侵入者からこのアジトの留守を守るのだ」「ハイ!ヨロコンデー!」エクスキューショナーは握り締めた鋼鉄サスマタで大理石の床を叩き、片膝立ちの姿勢を作ると、イグゾーションへの揺るぎない忠誠をアッピールした。

 穏やかな笑みを作って頷くと、イグゾーションは部下に背を向け、麻薬的センコの香りが漂う回廊へと向かった。その途端、イグゾーションの顔は驚くほど冷淡で虚無的な表情へと変わる。(((ハン、愚鈍で扱いやすい奴だ。……だがそれでいい。ニンジャも人間も、所詮欲望には勝てぬもの……)))

「逃げるところが無い」「外は暑い」「ハゲタカ」等と書かれた警句ショドーの横をつかつかと歩くイグゾーション。彼の心は穏やかではない。近頃、彼の信念を揺るがしかねない敵が…私利私欲をおくびにも出さぬ敵が2人現れたからだ。一者はダークニンジャ、もう一者はニンジャスレイヤーである。

 特に彼の敵愾心はダークニンジャへ向けられていた。(((あの男はシャドーギルドを滅ぼしかねない尊大な欲望を抱いている。私があの男の真の野望を暴き、ロードに進言し、カマユデにしてもらうのだ!)))彼は暗殺など好まない。上層の出である彼にとっては、政治的策謀こそが真の闘争なのだ。

(((そしてあの男を失墜させるための2枚のカードは、この私の手に。ニンジャスレイヤーと、そしてウミノ。あと少しでこの2枚は完全に私のものになる。このゲームは私の勝ちだ!)))イグゾーションは、直立するワータヌキが描かれたフスマの前で立ち止まった。ウミノを軟禁している部屋だ。

◆◆◆

 白い壁紙に包まれた部屋に、高級ヒノキ板の書斎机がひとつ。椅子に腰掛け静かにマキモノを読むのは、知的な光を目に宿らせた中年の男。痩身を上等な白いワイシャツと、品のあるベルベットのジャケットで覆っている。ボタンが3つほど開いた胸元には、漢字焼きごて「禅」の拷問痕が微かに見えた。

 部屋には3人の奴隷ゲイシャもいて、その男……ウミノ・スドの身辺の世話をしていた。彼の目は古事記に注がれている。「キョートの林を歩いていた高貴な男が、棒で藪を叩いた。するとコブラが現れ男の右脚を噛んだ。男はこれにどこのコブラかと問う。しかしコブラは答えず、男の左脚を噛んだ…」

「…すると男は怒り、棒でコブラを叩き殺してしまった」ワータヌキのフスマが静かに開き、近代貴族めいたスーツ姿の男が現れる。彼は詩でも吟じているかのような流麗さで、古事記の一説の後半を諳んじた。彼はフスマレールを踏まず、またウミノに背を向けることもなく、後ろ手でフスマを閉じた。

「ウミノ=サン、体調はどうかな」その男…イグゾーションは、白金色の光彩と暗黒の瞳孔を持つ目に仮面劇めいた笑みを作り、考古学研究家の書斎机へと近づいた。それでもなお滲み出る支配的なオーラを感じ取り、奴隷ゲイシャたちはその場でドゲザし動こうとしない。頭を上げれば失禁してしまう。

「やあ、イグゾーション=サン……とてもいいですよ、ここは快適だ…」ウミノ・スドは顔を上げて小さく笑った。真丸く無防備に見開かれた、その茶色の瞳の奥には、どこかケミカルな狂気が見え隠れしていた。「外には出ないのかね?」「外は……暑いですしね…ハゲタカもいますから……コワイ…」

「それはいい」ニンジャは笑みを作った。ウミノも笑った。薬物、麻薬的ハーブ、バリキ・ジツ、エクスキューショナーによる拷問、洗脳サイバーサングラス、ツツモタセ、支配的ニンジャオーラ…数々の手厚い歓待により、ウミノ・スドの自我は壊れ、イグゾーションを親友と考えるようになっていた。

「古事記の一節を諳んじるとは…奥ゆかしい」ウミノは口をだらしなく開け、涎をベルベットのスーツに垂らした。「キョート貴族のたしなみだよ」ニンジャは書斎机に手を置き、古事記に躍る難解なエンシェント漢字を白い手袋の指先でなぞった「教えてくれたまえ、先程の一節の真の意味は何だね?」

「…ある時、カツ・ワンソーのもとをコブラ・ニンジャが訪れ、不公平を訴えた。自分はアンブッシュ・ジツを鍛えたが、アイサツをしてからではアンブッシュの意味が無いと。この掟を改めて欲しいと。ワンソーはこれをよしとした。よってアイサツ前の一度のみアンブッシュが許されるようになった」

「興味深いが、それは神話だろう」イグゾーションは手袋の指先についた屑を払いながら言った「今となっては確かめる術もない。そういったものは、全て神話だ。私が聞きたいのは、より具体的な真実なんだよ、ウミノ=サン」「アッハイ」「メンポ、ヌンチャク、ブレーサー…すなわち三種の神器だ」

「こ、これらの金属には全て、古のニンジャの骨の一部、そしてキンカク・テンプルの破片が混ざっているという伝説が」ウミノの顔にいささか緊張が走る「一説にはカツ・ワンソーその人の骨だとも」「講釈はいい」「アッハイ」小さく失禁。「三つ集めるとどうなる?唯の支配的シンボルなのかね?」

「そ、それは…」ウミノは笑みを作りながら冷や汗を垂らし始めた。昨日まではここから先へと進めなかった「それを調べて……マッポーとの関連性……マッポーの予言の一側面にも似た……び、ビジョンを視たのです、恐るべきビジョン……コワイ」「ビジョンとは?」イグゾーションが身を乗り出す。

「……その者はヌンジャへと近づく!そして恐るべき太古のオーパーツが!ジゴクめいた装置がその封印を解かれ!黄金の構造物の浮上!無数の死!無数のモータルソウル!無限の焦土!マッポーカリプス!ヘル・オン・アース!キョートは、ヘル・オン・アースと化す!ジゴク!ジゴクだ!コワイ!!」

 ウミノは発狂マニアックめいて書斎机を叩き始めた「コワイ!!スゴイコワイ!!」。「あと少しのところでッ……」イグゾーションが踵を二度鳴らすと、よく訓練された奴隷ゲイシャたちがウミノを椅子に押さえつけ、針痕だらけの腕に鎮静剤を注射した。「アイエエエエエ!」「ヌンジャとは何だ?」

「ハァーッ!ハァーッ!ハァーッ!じ、実際解らない!それは謎めいたニンジャ古代文明的センテンス!」トランキライザーじみた薬物を注射され、ウミノは息も絶え絶えに叫んだ「わ、私はそれを単にカツ・ワンソーと解釈したが、フジオ君は異説を唱えた!か、彼はそれに異常に執着していた!」

 イグゾーションは口元に真の笑みを浮かべる。ついにダークニンジャことフジオ・カタクラとウミノ、そして三種の神器が明確な繋がりを見せ始めた。残る1つのピースは、ニンジャスレイヤーだけだ。彼は、フジオ、ウミノ、ニンジャスレイヤーの三者が協調関係にあるというシナリオを望んでいた。

「ニンジャスレイヤーとは以前から関わりがあったな?」「ハァーッ!ハァーッ!無関係です!」ウミノは痙攣を始める。あと僅かで気絶だ。「囚人になりすまして君に遭いにきた男だ。そして少し前まで、仲良く並んで拷問されていた男だ」「無関係です!」「思い出すんだ!名前を変えているやも!」

「アイエエエエ……コワイ……コワイ……スゴクコワ……イ…」ウミノはがくりと首を横に倒して気絶した。「ふむ……」イグゾーションは涎がついた手袋を脱いで捨てた。確信にまでは辿り着かなかったが、あと一歩だ。おそらく明日には。イグゾーションは後の世話を奴隷たちに命じ、部屋を出た。

 実際、ザイバツの監視の目から逃れながらこの2枚のカードを隠し持ち続けることは限界に近い。ダークニンジャを欺くために、ギルドをも欺かねばならぬことは、彼にとって不本意なことである。だが、それもあと少し。イグゾーションは勝利の確信とともに、キョート城の黄金茶室へと向かった……。



 ここはバトルフィールド・セキバハラ。ガイオン・シティの遥か東に横たわる、広大な古戦場跡だ。江戸時代、ここで悲惨な大戦争が起こり、サムライやニンジャやダイミョが大勢死んだ。ネットワーク化された現在でもなお人々は太古の怨念やイービルスピリットを恐れ、この地に住み着こうとはしない。

 そしてセキバハラの中心部である、ヘルボンチ。四方をキャニオンに囲まれたこの乾いた荒野に、太古の怨念を鎮めるために築かれた盛り土の丘とストーンヘンジがある。荒城が聳えるあのキャニオンも、かつては松の生い茂る美しい山だったが、異常気象等の影響を受け、いつからか現在の有様となった。

「……って話はまあ、知識程度には知ってたが、まさかこんな所に自分で足を運ぶたあ、思っても見なかったぜ。サイオー・ホースだな」タカギ・ガンドーはしめ縄の巻かれたストーンヘンジに背を預け、49リボルバーの手入れをしながら、どこか他人事のように言った「俺の馬はくたばっちまったがよ」

 ヘルボンチの陽は傾き、夕暮れが近い。「スゥーッ!ハァーッ!」ニンジャスレイヤーは目を閉じ、チャドー呼吸を続ける。「ナンシー=サンに貰った金でサイバー馬を買ったはいいが、少し南でコブラに噛まれてよ…」ズバリ中毒のガンドーは一定の口調で語り続けていた「……あ、もしかして邪魔か?」

「いや」ニンジャスレイヤーは目を閉じたまま素っ気無く答える「続けてくれ。気が紛れる。できれば何か、取り留めの無い話を…」。陽光の下で誰かと話をするなど、何時以来だろう。ふと、ニンジャスレイヤーことフジキド・ケンジの脳裏には、スガワラノ老人との余りにも短い安らぎの一時が蘇った。

「…でよぉ、馬の死体からショーユ瓶と水筒、どっち持ってくるかって言ったら、やっぱり水筒だろ…」ガンドーはリボルバーの回転を確かめながら続けた。チャドーをするフジキドの耳には彼の声が遠いラジオめいて聞こえる。「…スシを持ってきたのは、ナンシー=サンのリクエストで……それから…」

 だがそうした人間的な安らぎも、今の彼には酷く異質なものに感じられる。かつてのように素直に受け入れられない。フジキドは静かに、昨今の自分が呪わしき人外の存在へと向かっていたことを悟った。このままナラク・ニンジャを失い、人間性さえも失ったらならば、自分は何になってしまうのだろう?

 宿敵ラオモトを破ったあの夜以来、ナラクは長い休眠状態に入った。そして次第に、ナラクの自我と力が弱まりつつあることを、フジキドは感じ取っていた。かつて彼は、この邪悪なニンジャソウルを徹底的に嫌悪し、排除しようとしていた。それを喚んだのは、他ならぬ自分自身であったというのに……。

「……でな、俺もガキの頃は、他愛もねえオスモウカトゥーンとかニンジャカトゥーンが好きだったよ……」ガンドーの低い声が心地良いネンブツめいて聞こえる。「……あの頃はまさか、ニンジャが実在するなんざ思ってもみなかった。ドラゴンとか吸血鬼とか、そういうのと一緒だと思ってたのさ……」

 フジキドは半ばザゼン状態に入りながら、さらに数十分も瞑想と自問自答を続けた。ニンジャの世界では迷いが死を招くことを、彼は知っている。では感傷は弱さだろうか?「……で、まあ色々あったけどよ……俺が学んだのは、私立探偵の世界じゃ、シリアスになり過ぎた奴から死ぬってことだな……」

 成る程そうなのかもしれない、人間ならば。とフジキドは考えた。いつの間にか自分は、自分の中でさえ、人間ではないことに気付いた。問答はこれまでだ。自分はニンジャだ。ガンドーは人間だ。そして人間らしい人間が自分の隣にいてくれることが、まだ不幸中の幸いなのだろうと考え、目を開いた。

 すでにヘルボンチは血のように赤い夕暮れ刻だった。地平線の彼方にバイオスズメの群れが飛び去ってゆく。「起きたか?じゃあそろそろガイオンに帰ろうぜ?」ガンドーが49リボルバーをなめし革のホルスターに押し込んで立ち上がる。「できぬ」とニンジャスレイヤー。「ナンデ!?」とガンドー。

「ウミノ=サンを助け出さねばならぬ。私はスシを食えたが、今こうしている間にも、ウミノ=サンはどんな拷問を受けているか……」「帰り道に助けりゃいいだろ。俺はナンシー=サンとの約束どおり、あんたをガイオンまで連れ帰る」「ウミノ=サンの囚われているアジトの場所が、不明なのだ」

「どうやって助け出す算段だ?」ガンドーが問う。「アジトはこの荒野のどこかにある。奴らは明日の朝もここへ来るはずだ。私はニンジャを殺してサイバー馬を奪い、アジトへ案内させる」「オイオイ、俺はどうなる?」「先に帰っていてくれ」「帰れねえ」「オヌシ、そもそもどうやってここへ?」

◆◆◆

 明朝。黄土色の砂煙を巻き上げながら無慈悲にセキバハラ荒野を渡る、13人の乗り手。鋭い日差しが、サイバー馬のサイバーサングラスに反射していた。

 隊列の中央付近には、赤橙のニンジャ装束を纏うイグゾーション。その横には、黒いニンジャ装束に黒い処刑人頭巾、そして上半身裸のエクスキューショナー。後ろにいる2人の側近クローンヤクザは「イグゾーション」と細くミンチョ書きされた旗を力の象徴として背負い、威圧的にはためかせていた。

 馬上のイグゾーションは終始無言であった。計算高い彼のニューロンには今、昨日のキョート城でのミーティング光景が反復再生されている。狡猾なる彼は、セキバハラでの秘密行動をパラゴンやダークニンジャに察知されぬよう、連日キョート城の黄金茶室と秘密アジトを涼しい顔で往復していたのだ。

 昨日の茶会中も、イグゾーションはダークニンジャの腹の内を探るべく、何度か奥ゆかしい言葉を交わした。採掘現場から行方をくらましたウミノがまだ発見されていないことが他の者からふと話題に上せられたが、ダークニンジャは平静を保ち、イグゾーションもまた淡々と高度な仮面劇を続けたのだ。

 おそらくダークニンジャはまだ、こちらがあの2人を捕獲したことに気付いていない筈……イグゾーションはそう推し量った。彼の社交能力は極めて高く、また彼自身もそれを誇りとしていた。だが、他のグランドマスターやパラゴンはどうか。ザイバツ上層部には彼と同等の政治力を持つ者が大勢いる。

 あと数日この隠密行動を続ければ、その誰かが不信感を抱くやもしれない。その時、その者がダークニンジャの側に与する者でないという保証は、何処にも無いのだ。ザイバツ上層部を占めるのは、自分と同じ、油断ならぬ化け物ばかり。「残された時間はあと僅か…」イグゾーションは静かに口を開く。

 イグゾーションはカラテだけでなく、政治的手腕にも絶大な自信を抱いていた。事実、ダークニンジャに1対1のカラテを挑めば、彼を倒せていただろう。だがそれは彼にとっての勝利ではないのだ。「エクスキューショナー=サン、御苦労だった。今日がセキバハラを離れる日となるだろう」「ハイ!」

「万が一、今日のスシ・トーチャリングでもまだ……彼が従順にならないならば、君に彼をやろう。肉体を自由に破壊してよい」「ヨロコンデー!」処刑者は頭巾の奥で目を輝かせた。ナムアミダブツ!かくも無慈悲にして冷酷なるニンジャたちを乗せたまま、サイバー馬たちはヘルボンチに到達する!

 キャニオンに囲まれた盆地を駆け抜ける乗り手たち。イグゾーションとエクスキューショナーの鋭いニンジャ視力は、サイバー望遠鏡並みに視界をズームアップし、ストーンヘンジの丘に立つ磔台と、そこでうなだれるニンジャスレイヤーの姿を見た。上空ではバイオハゲタカたちがまた旋回している。

 磔台にスシ・トーチャリングは、江戸時代の貴族が好んで使った残酷かつ雅な拷問方法である。自らの手を汚すことなく、対象が衰弱し狂う様子を観賞できるのだ。(……さしものニンジャスレイヤーとて今日こそは屈するだろう。そして次はフジオ・カタクラを……)イグゾーションが考えた、その時!

「「アーッ!?」」前方を駆けていた2騎のクローンヤクザが、丘のふもとのストーンヘンジで突如転倒!砂煙が巻き上がり、後続の視界を奪う!ナムサン!何が起こったのか!?列石と列石の間の地面に隠されていた古いシメナワがトラップめいて引き上げられ、サイバー馬たちの脚を襲ったのだ!

「「ザッケンナコラグワーッ!」」BLAM!BLAM!岩陰から聞こえる49マグナムの銃声とクローンヤクザの絶叫。いななき声をあげて棹立ちになるサイバー馬たち。ストーンヘンジの丘は大混乱に包まれた。そして磔台で拘束のニンジャスレイヤーもまた、砂煙に紛れて、動く! 

 罠はシメナワだけではない。前方を走るクローンヤクザたちのサイバー馬は、突然の事態に対応できず、1騎また1騎と非人道兵器マキビシに引っかかり乗り手を投げ出した。「アイエエエエエ!」こちらでは不運なクローンヤクザが落とし穴に落下し、タケヤリに刺さってキリタンポめいた死を遂げる。

 並走していたイグゾーションとエクスキューショナーの馬もまた例外なく、マキビシ・トラップに引っかかる。「「イヤーッ!!」」だがニンジャである2人は、その直前にサイバー馬の鞍を蹴り、砂煙に包まれた丘の麓へと鮮やかな回転ジャンプで跳躍していた。二者は直ちに臨戦態勢に入る。

 一方タカギ・ガンドーは、転倒したサイバー馬の横にいるクローンヤクザをピストルカラテで射殺し、素早く鞍の上に飛び乗っていた。タツジン!常人とは思えぬこの判断力と運動能力は、ズバリ過剰摂取によるニューロンの力である!そしてサイバー馬の首の後ろにあるLAN端子に素早くLAN直結!

 わずか3秒のIRCハッキングで、サイバーグラスに「強制的な」の文字が。ゴウランガ!それに跨り、闇雲にストーンヘンジの外へ向け駆けるガンドー!生身の人間である彼は、ニンジャと直接戦闘すればまず勝てないことを知っていた。この混乱が収束しないうちに離脱せねば、実際命はないだろう!

「「「アバババババーーッ!」」」2、3個の爆発が起こり、クローンヤクザの断末魔の叫びが聞こえた。イグゾーションのおそるべきバリキ・ジツが人間爆弾を作り出し、その爆風で砂煙とトラップ煙幕を強引に吹き飛ばしたのだ。

 そして砂煙と煙幕が晴れた直後、ガンドーの斜め前方にエクスキューショナーが現れ、サイバー馬に乗った彼の姿に気付く。「ヤバイヤバイヤバイ!」ガンドーが片手で49マグナムを抜き放つ!「イヤーッ!」サスマタでそれを弾くエクスキューショナー!そして卑劣なるサスマタをサイバー馬の首へ!

 だが背後からトビゲリ・アンブッシュ!「Wasshoi!」「グワーッ!」エクスキューショナーの首が一撃でちぎれ飛ぶ!サスマタは地に落ち、ガンドーのサイバー馬は無事に通過!ガンドーは背後を見た。陽光の下で雄雄しくトビゲリ飛行するフジキドと一瞬視線が交錯した。「オタッシャデー!」

 ストーンヘンジを軽やかに三度蹴り、回転ジャンプから着地するニンジャスレイヤー。その直後に、背後でエクスキューショナーの死体が爆発四散した。ナムアミダブツ!間髪いれず、その爆煙の向こうから、バンザイ状態のクローンヤクザと、口角から泡を噴いたサイバー馬たちが突き進んでくる!

 ヤクザも馬もその目、口、鼻、耳から激しく発光している。イグゾーションのジツにより、バリキ爆弾と化しているのだ!ニンジャスレイヤーはジュー・ジツを構え、スリケン連続投擲でこれに対抗する!「イヤーッ!」「アバーッ!」カブーム!「イヤーッ!」「アバーッ!」カブーム!ヤクザは弱い!

「イヤーッ!」続いてサイバー馬爆弾へスリケン!だがいかなニンジャとて、人間の何倍もの体躯を誇るサイバー馬を、一撃のスリケンで葬ることは不可能だ。「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」カブーム!ようやく1頭を爆死させると……次には新たな2頭が現れ、猛スピードで距離を詰めてきた!

「イイイヤアアアーッ!」ニンジャスレイヤーは片膝立ち姿勢を取り、ピッチングマシーンめいた動きで大量のスリケンを交互に両手投擲!カブーム!カブーム!爆発の衝撃がニンジャスレイヤーの身体を揺らす。だが爆炎の彼方から、さらに3頭のサイバー馬爆弾が疾走してくるではないか!ナムサン!

 開脚ジャンプによる回避も可能だろう。だが、方向がまずい。ジャンプでこの突進をやり過ごせば……暴走し異常脚力を見せるサイバー馬爆弾たちは、ガンドーの馬を追尾し、追いつき……彼を爆死させてしまうに違いないのだ。ニンジャスレイヤーは迫り来る馬爆弾に向け、ジュー・ジツを構え直した!


 ニンジャスレイヤーの手前、わずかタタミ2枚の距離で、2頭のサイバー馬爆弾が激しく爆ぜた。空気が波打つ。たなびく爆煙の彼方から、新たな3頭のサイバー馬爆弾が迫る。コワイ!いずれの馬も、サイバーサングラスをかけた目元、耳、鼻、口からタングステン・ボンボリめいた白光を放っている!

 イグゾーションの操るバリキ・ジツは、対象に接触し特殊波長のカラテを流し込むことによってその生命力を異常活性化、オーバーロードさせる。オーバーロードした生物は全カロリーを数秒間で消費、その際の熱エネルギー反応により爆発して死ぬ。要は、恐るべき生体爆弾が一瞬で生み出されるのだ。

 イグゾーションの居所は定かでないが、恐らくはこの馬爆弾がやってきた方向にいるのだろう。ニンジャスレイヤーの後方には逃走中のガンドーがおり、馬爆弾をかわせば彼が馬に追いつかれて爆死する……アドバンスド将棋の定石「チャリオット・ビハインド・ショーグン」の型にはめられているのだ。

 ガンドーも確かにサイバー馬に乗っている。だがバリキ爆弾たちはネジを法外に巻かれたキッズトイめいて、通常の倍の速度で迫ってくるのだ。ニンジャスレイヤーはそれをよく知っている。フジキド・ケンジの心を冷たく凍りつかせ、昆虫めいて無表情にした、ザシキ・ダンジョンの虐殺の悪夢だ……。

 何たるサツバツか!ゆえにニンジャスレイヤーはここで何としてもサイバー馬爆弾を止め、ひいては、イグゾーションと完全決着をつけねばならぬのだ。バリキ・ジツの犠牲となる民間人もスモトリもいない、このセキバハラ荒野で!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは片膝立ちの姿勢のまま、両腕を殺人ピッチングマシーンめいて高速回転させた。致命的な速度でスリケンが飛ぶ!迫り来る3頭の馬爆弾のうち、右と左の馬にそれぞれ2ダース以上のスリケンが突き刺さった!タツジン!2頭の爆弾馬は前方へ転倒し爆発!カブーム!!

 だが、おお、タタミ2枚の距離まで迫った中央の馬爆弾は無傷!どうするというのだ、ニンジャスレイヤー!?「イイイイヤアアーッ!」跳んだ!殺人的な円弧を描き、跳んだ!これは伝説のカラテ技、サマーソルトキック!頭部を破壊された馬爆弾は体を傾けながら下を通過し、転倒爆発!カブーム!!!

 空中で体をひねるニンジャスレイヤー。だが目の前には、内側から激しく白光を明滅させる馬の首が浮いていた。ウカツ!いくら体の一部を破壊しようとも、バリキ爆弾は…!カブーム!ニンジャスレイヤーは咄嗟に防御姿勢を取るが、防ぎきれず、両腕のニンジャ装束と肌の一部を焼き焦がして着地した。

(((ウカツ!だが、この程度の傷は……刑務所グラウンドで負った傷に比べれば実際浅い)))着地後の一瞬で、ニンジャスレイヤーは冷静に戦況を分析した。マグロ・スシが彼のニューロンを冴え渡らせているのだ。(((やはりこの荒野で奴は不利、これぞ…)))「フーリンカザンと思ったかね?」

 突如背後から、イグゾーションの声!背後だと!?ニンジャスレイヤーはブレイクダンスめいた動きで隙を消しながら後方を振り向く。数十メートル先。サイバー馬がぼんやりと立ち尽くし……その少し手前には、背をこちらに向け両足を伸ばし座り込むガンドー、それを引きずるイグゾーションの姿!

「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン……イグゾーションです」赤橙のニンジャはぞっとするほど冷酷なアイサツを行った。余裕を見せつけ相手に敗北感を味わわせるための、支配者然としたアイサツである。「ドーモ、イグゾーション=サン、ニンジャスレイヤーです」焦燥を隠しオジギするフジキド。

 ガンドーは生きているのか?ニンジャスレイヤーは目を凝らす。判別がつき難い。まだ下手に動けぬ。怒りを誘っているのやも知れぬ。「奇襲とは、味な真似をしてくれる。君には真のフーリンカザンというものを教え込んでやろう。しかし……」とイグゾーション「何かが釣れる頃とは思っていたが…」

「ニンジャですらない、こんな薄汚い下賎な探偵が釣れるとは。正直、がっかりしているよ」イグゾーションはフジオ・カタクラの名を心で呟きながら言う。「…て…めえ…」ガンドーが痛々しく呻き、その指先をホルスターへ……だが間髪入れずバリキ!「アバババババーッ!」ナムアミダブツ!

 ガンドーの目、耳、鼻、口から白い光が漏れる!両腕が垂れ下がり、ハーフバンザイし、垂れ下がり、またハーフバンザイする!光がしぼみ、白目をむいて痙攣するガンドー!「ハッハハハハ!大丈夫だ、まだ殺さんよ」イグゾーションは笑う「大事な人質だからね」「人質など効かぬ!」スリケン投擲!

「イヤーッ!」立て続けに投げ込まれた5枚のスリケンを人差し指と中指で挟み、受け流すイグゾーション。タツジン!「動揺しているね?私には解るよ。君のようなどんな拷問も通じない、何の欲望もないと見える男を屈服させるための理想的人質だ」そしてガンドーを壊れた玩具のように投げ捨てた。

 ガンドーはうつ伏せで動かない。首の後ろの生体LAN端子からは、鉛色の煙が漏れていた。「……無傷かどうかは保障できないがね。バリキ・ジツは調整が難しいのだ。ハ!ハハハハ!脊髄に違法サイバネ手術とは、いかにも下層民らし……」「イヤーッ!」急速接近したニンジャスレイヤーのカラテ!

 数十メートルの距離を一気に詰め、疾走の力を乗せた渾身のチョップだ!「イヤーッ!」だがイグゾーションも構え無しからのインスタントチョップで応戦!ゴウランガ!限界カラテの激突により、大気が揺らぐ!二者はつばぜり合いの状態で3秒ほど押し合った後、弾けるように5連続バク転を決めた!

「やはり戦場は良いな!」イグゾーションはスリケンを投擲しながら駆ける「反抗心が芽生えぬよう、君にはもう一度敗北を味わってもらおう。格差社会を理解したまえ。支配者と、被支配者の意味を。江戸時代のように!」。ニンジャスレイヤーもスリケンで応戦し駆ける!高速ドッグファイトめいて!

 両者はタタミ数枚分の距離を維持しながら並行に駆け、スリケンを投げ放つ。ある時は指で受け流し、ある時は連続サイドフリップでスリケンを回避する。両者の進行方向には鎮魂の丘とストーンヘンジ!上空にはいつしか、太陽の周囲を暗黒コロナめいて旋回する無数のバイオハゲタカとバイオスズメ!

 このランクのニンジャ同士のイクサにおいて、スリケン・ラリーで決着がつくことは珍しく、これは相手の出方を窺う前哨戦に過ぎない。和食で言えば、最初に出てくるミソスープだ。おお、見よ!そして実際、ストーンヘンジ地帯に達した2人のニンジャは、その岩を蹴って同時にトビゲリを繰り出す!

「「イヤーッ!」」交錯!着地!鮮やかなターンを決めたイグゾーションに対し、精彩を欠くニンジャスレイヤー。ナムサン!エクスキューショナーに何度もサスマタで突かれた脇腹が、まだ癒えていないのだ。駆け込むイグゾーション!ジュー・ジツを構えるフジキド!至近距離カラテの攻防が始まる!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ワザマエは互角!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ゴジュッポヒャッポ!

「「イイイヤアアーッ!」」そして再び、両者のチョップが袈裟懸けで激突!ゴウランガ!油断ならぬつばぜり合い!しかし脇腹へのダメージが、一瞬ニンジャスレイヤーの姿勢をぐらつかせる。それはほんの0コンマ数秒の、精密機械ですら誤差と呼んで差し支えないほどの……しかし致命的な揺らぎ!

 イグゾーションがチョップを押し込む!のけぞるニンジャスレイヤー!その胸元へと、全カラテを重点した痛烈なランスキック!「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの体はワイヤーアクションめいて吹っ飛び、ストーンヘンジの岩のひとつに背中から激突する!岩に亀裂が入るほどの威力!

 ニンジャスレイヤーの体はそのまま、岩に背を預けて座るように地面に落下した。糸の切れたジョルリじみて、頭も手もだらりと垂れ下がっている。本来ならば早々に間合いを詰め、カイシャクして爆発四散させるべき場面だが……イグゾーションは距離を取ったままジュー・ジツを解かない。何故か?!

「…すべし……ンジャ…殺すべし…」ニンジャスレイヤーの「忍」「殺」メンポから漏れる不吉な言葉を、イグゾーションは聞いていた。前回、刑務所の戦いでは、戦闘不能に陥ったとばかり思っていた相手が同様の状態から復活し、ニンジャソウルを高め、狂戦士じみた奇襲攻撃をしかけてきたからだ。

「ニンジャ、殺すべし!」閉じられていたフジキドの両目が再び開かれた。右の黒眼はセンコめいて小さく赤くなり、ユーレイじみた光の軌跡を空中に残す。ナムアミダブツ!フジキドの肉体が限界に達したことで、彼のニューロンに憑依するナラク・ニンジャの力が一部だけ強制的に引き出されたのだ!

「「イヤーッ!」」再び激突するカラテ。だが今回はニンジャスレイヤーがイグゾーションを凌駕!(((やはり不利か!)))イグゾーションは3連続側転でニンジャスレイヤーの3連続キックを回避すると、そのままストーンヘンジ上に跳躍した。コーナーポストめいた攻撃を仕掛けるつもりか!?

 いや、違う!イグゾーションは上空の暗黒太陽を見上げて口元に笑みを浮かべると「イイイヤアアアーッ!」跳んだ!高く!焼け焦げた肉の放つ香ばしい臭いにつられて舞い下り始めていたバイオハゲタカや巨大バイオスズメを飛び石代わりに、次々と高く!跳躍!ブッダ!まるで平安時代のニンジャだ!

 おお、この信じ難い光景を仰ぎ見た常人は等しくニンジャリアリティ・ショックに襲われ、発狂し、アサイラムへと強制収用されるであろう!イグゾーションが接触したバイオ猛禽の目、鼻、口、耳から光が放たれ、数百あるいは数千の生体ミサイルとなって飛来する!「これが真のフーリンカザンだ!」

「ヌウウウーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケンを投じた。カブーム!カブーム!カブーム!誘爆が起こらない程度の小爆発が、空中でいくつか咲いた。人間と比べれば、バイオ猛禽の体は遥かに小さい。正確に命中させれば一撃でヤキトリにできる。だが……この数はあまりにも常軌を逸している!!

 地平線の彼方からこの光景を観察する者がいたならば、セキバハラ荒野の上空に咲く白く無慈悲な菊の華が見えたことだろう。これぞデス・フロム・アバブ!ニンジャスレイヤーにはヘルタツマキという大群一掃用の殺戮スリケン・ジツがあるが、ヘルタツマキは真上の敵を撃墜することができないのだ!

 ナムサン!絶望的状況である。もし、この時ニンジャスレイヤーの肉体をコントロールしていたのがナラク・ニンジャだったならば、それでも何か人間の想像を超えたジツによってこの窮地を乗り越えたかもしれない……だがフジキドは、荒野に捨て置かれたガンドーの存在に気付いてしまったのだ。

 バリキ爆弾が全てニンジャスレイヤーに迫り来るわけではない。しばしば流れ弾めいて何発かの生体ミサイルがガンドーへと飛来する!フジキドはスリケンを投じ、流れ弾スズメを撃墜し、岩の陰にサイドフリップしてハゲタカ爆弾を回避し、丘を駆け下り、ジグザグ走行しつつガンドーのもとへと急ぐ!

「ハハハハハ!私の裏を掻くことは不可能だ!」上空からイグゾーションの高笑いが響く。ニンジャスレイヤーは、白い光の小爆発によって少しずつ視界が削り取られてゆくのを感じながら、ガンドーを決して見捨てず、闇雲にスリケンと回避だけを続けた。そのためだけに鍛えられたマシーンのように… 

 聴覚も爆発音に聾され……視界はさらに狭まり……力を失ったニンジャスレイヤーの体は跳躍中にハゲタカに食いつかれ、爆発し、ゆっくりと回転し、連続的小爆発に包まれる……フジキドの意識がニューロンのフートンの奥へと……遠ざかってゆく……右眼のセンコが……消えゆく…… 

◆◆◆

 ミサイル攻撃開始から約3分後。全てのバイオ猛禽を撃ち尽くしたイグゾーションは、江戸時代を髣髴とさせるキリングフィールドへと変わったセキバハラ荒野へと、しめやかに着地した。

 そしてニンジャ装束に付着した薄汚い羽を払い終えると、やや芝居じみた調子で、両耳に手を当てた。そして精神を集中させる。「……素晴らしい!まだ微かに息があるのか!」イグゾーションはダイミョ・ショーグンめいた支配者の足取りで、ゆっくりと鎮魂の丘へと向かう。

 おお、何たる機転か……イグゾーションの一撃で亀裂の入っていたシメナワ立石が、ニンジャスレイヤーの決死のカラテによって破壊され、ガンドーの体はその下で無傷のままに隠されていたのだ。だがうつ伏せで横たわるニンジャスレイヤーの体は、刑務所グラウンドの戦闘直後よりも酷い有様だった。

 もはやニンジャスレイヤーの体はぴくりとも動かない。イグゾーションは凱旋するナポレオンめいた足取りで丘を登ろうとしている。その頃、フジキドのニューロン内にあるローカルコトダマ空間のチャノマでは…… 

 8畳の暗い和室。色褪せた妻子の写真や数個のショドーが砂壁に掛かっている。ラオモト戦以来、長らくナラク・ニンジャが寝たきりとなっている安らぎフートンの横には、フジキドが苦虫を噛み潰したような顔で正座していた。「ナラクよ、すまぬ……オヌシならばガンドーを捨て生き延びただろうが」

 だがナラクの目は開かない。ザリザリザリザリ!ザリザリザリザリ!突如、精神チャノマに置かれたアンティーク調TVにノイズが走った。「これは……?以前もに確か……」フジキドはTVのボリュームダイヤルを回す。『……すべし……殺すべし……ニンジャ……殺すべし……』

 ナラクか?いや違う。耳を澄ます。ショウジ戸で四方を囲まれた精神チャノマの外側から、その声は聞こえてくる。いや、風のようにどこからか流れてくる。もし読者諸君が秋の夕暮れに、ゲイシャ旅館でうたた寝した経験があれば、フスマの隙間から忍び込んでくる冷たく湿った風を知っているだろう…

 精神チャノマに引き篭もっているフジキドはリアルスペースでの方向感覚を失っていたが、その怨念レギオンめいたモータルソウル集合体の風は、実のところ彼が破壊したシメナワ立石のひとつから吹き込んでいた。「これは!」不意にナラクが上半身を起こす!振り返り驚きの目でそれを見るフジキド!

「でかしたぞフジキドよ!ここは、セキバハラか……!」ニンジャスレイヤーの意識が醒める。ローカルコトダマ空間は黄金に光り輝く01011010101011に変わり、高速上昇を開始した静止軌道エレベーターから見る夜景めいて無数の光の点の集合体に変わり、縦に長く伸び、消えていった。

 それを見たイグゾーションは戦慄した。いや、彼に憑依したニンジャソウルが、ナラクの存在を感じ取って本能的に戦慄したのだ。彼が丘を登り、瀕死のニンジャスレイヤーの横へと歩み寄ったとき……突然それは物理法則に反するような動きで立ち上がった。両腕をニンジャ殺しの黒い炎で包みながら。

 それを見た瞬間、イグゾーションは反射的にセルフバリキ・ジツを使っていた。暴走が起こらないギリギリの状態へ……多少のニューロン損傷は度外視する……目、鼻、耳、口から白光!「…ドーモ、マズダニンジャ=サン、ナラクニンジャです」両目を赤く発光させたニンジャスレイヤーがオジギした。

「……ドーモ、ナラクニンジャ=サン、イグゾーション……です!」理性を保ちながらかろうじて答える、バリキ状態イグゾーション。ここまでのセルフバリキを試みたことはない。解き放たれるのを待つ猛獣のように、抑えが効かない。その頭髪は微かな黄色が混じる完全な白髪へと変わり果てていた。

「「イイイヤアアアアアーッ!!」」両者は残像を残さんばかりの速度でカラテを繰り出し合った。空気すらもぶすぶすと焦がす黒い炎がイグゾーションの脇腹をかすめ、指先から微かな光を放ち始めたイグゾーションのバリキチョップが空を切る!一撃絶命の力を秘めた暗黒カラテの応酬!応酬!応酬!

 一体ニンジャスレイヤーに何が起こったのか!?ヘルボンチのストーンヘンジは偶然にも、太古の昔にニンジャに殺害されたダイミョやサムライやオクガタの怨念を、いわば大型パンチドテープ内蔵UNIXめいて蓄積していたのだ。それが何を意味するのか!?残念ながら今はまだ申し上げられない!!

 その間にも、ニンジャスレイヤーとイグゾーションのカラテ攻防は続いている。ナムサン!その継続時間はいまや1分、3分……何と5分を超えたではないか!そして徐々に……ナラクの片眼が黒に変わってゆく(((ナラクよ、オヌシの正体は一体…)))(((黙れフジキド!時間が無いわ!)))

 ナラクが焦燥する。片腕の黒炎が燃え尽き始めた。(((マズダニンジャは強敵ぞ!万全の状態ならば難なくくびり殺しておろうが……フジキドよ!このうつけめが!精神が脆弱になりおったな!復讐の気概は何処へ行った!?このような心停止寸前の状態で、儂に肉体を明け渡しおって!!)))

 CRAAAAAAAAAAAASH!!破局へ向けて速度と破壊力を高めていったニンジャスレイヤーとイグゾーションのカラテは、ついにアイウチ・クロスカウンターめいた形で互いの顔面に叩き込まれた!ナムアミダブツ!両者ともに回転ワイヤーアクションめいて正反対方向へと弾き飛ばされる!

 数分後。ハカバから蘇ったかのように、がばりと上体を起こす一者。もう一者は仰向けに倒れたまま動かない。おお、ブッダよ、その秘密めいたアルカイック・スマイルをどちらに投げかけたというのか……?

「ハァーッ!ハァーッ!ハァーッ!」イグゾーションは左の眼窩を手で押さえながら、荒々しい息を吐いた。バリキの光は消え去っている。彼の顔の4分の1、頬骨から前髪にかけては黒い炎に焼かれ、目玉は爆ぜ、粘性の血が漏れていた。白いハンカチーフを胸元から取り出し、片目を隠すように縛る。

「我々はッ!我々はッ!……支配しなければならないッ!」バリキ・ジツの副作用か、昂揚したイグゾーションは立ち上がりながら叫んだ。厚手の上等なハンカチーフに血が滲み、40がらみの皺が刻まれた頬を血が伝った。彼はズンビーめいた足取りで、ニンジャスレイヤーへと向かってよろめき歩く。

「ニンジャソウルに憑依されたからといって、その者が高貴な存在になるか?否!否!否!奴らは永遠に野蛮なままだ!下層ショーユ工場で働く労働者と本質は何ら変わらない!支配の使命を課せられたるはッ、我ら高貴なる家柄に生まれついた、ニンジャソウル憑依者のみッ!」イグゾーションは叫ぶ。

 イグゾーションはニンジャスレイヤーの横へと達し、なおも叫ぶ「我々貴族はッ!セキバハラ貴族の末裔はッ!何百年以上もキョートの支配階層に君臨してきたッ!今はメガコーポとしてッ!我々は君臨し続けねばならんッ!伝統も作法も知らぬ、蛮人の如き下層民どもを支配し続けねばならんのだッ!」

 イグゾーションはよろめきながら片足を持ち上げる。頭を踏み潰すカイシャクの構えだ。「…この傷は支配者の戦傷に相応しいッ!私は永遠に支配する!偉大なるショーグン・オーヴァーロードの末裔、ロード・オブ・ザイバツがお導きになる、栄光に満ちた千年王国!ニューワールドオダーの中でッ!」

 BLAM!……ヘルボンチに一発の重い銃声が響き渡った。

「何だこれは?」イグゾーションは空洞と化した己の胸を見てくり返した「……何だこれは?」。「……何がセキバハラ貴族だ……てめえらの時代は……数百年前に終わったんだよ、時代錯誤のイービル・スピリットめ……くそったれめ……」ガンドーは血唾を吐きながら立ち上がった。

 BLAM!さらに一発。49マグナムが火を吹いた。

「グワーッ!」イグゾーションの右膝が吹き飛ばされた。彼はバリキ副作用のために痛みは感じない。屈辱感があげた絶叫だった。イグゾーションの体はよろめき、ゆっくりと崩落する古の五重塔めいて倒れ……丘を転げ下ちてゆく。キナコじみた砂が血に混じる。

 イグゾーションは砂まみれの手を見つめながら爆発四散した。「サヨナラ!」ショッギョ・ムッジョ……ザイバツ・グランドマスター最強の一人と目される男には相応しくない、泥臭い死に様であった。遥か遥か彼方のスピーカーから、ザリザリとサツバツ・ウェスタンの音楽が乾いた風に運ばれてきた。

 ガンドーは気絶したニンジャスレイヤーを担ぎ、ふらふらと丘を下る。そして運良く荒野に佇んでいたサイバー馬に跨ると、乾いた口笛を吹きながらその鞍に飛び乗った。「アジトの場所はサイバー馬の頭の中さ。ウミノ=サンを連れて、帰ろうぜ、アンダー・ガイオンへ。ホーム・スウィート・ホーム」


(【デス・フロム・アバヴ・セキバハラ】 終わり)


N-FILES(設定資料、原作者コメンタリー)

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N-FILESは原作者コメンタリーや設定資料等を含んでいます。
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