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【ザイバツ・ヤング・チーム】

◇総合目次 ◇エピソード一覧

この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版物理書籍、コミカライズは上のリンクから購入できます。また、第2部のコミカライズが、現在チャンピオンRED誌上で行われています。


1

キュッ、キュッキ、キュッ……。小鳥めいた音を鳴らす特殊な渡り廊下を足早に進むニンジャは二人。どちらも背格好は似通っており、低くも高くもない。一人は群青、一人は砂色の装束に身を包む。並んで歩く彼らの間に会話は無く、むしろ牽制めいたアトモスフィアすら漂う。

 廊下は不気味に薄暗く、装飾が施された円窓から見える空の色は星すら見えぬ暗黒。彼らの装束色が定かになるのは、ボンボリの側を通過するときだけだ。

 ドウ!ゴゴウ!そのとき雷鳴じみた轟音が前方で鳴り響き、渡り廊下の空気を震わせた。二人は視線を交わすが、歩みを止める事はない。依然無言のまま、彼らは廊下の突き当たりのアーチ門をくぐった。

 アーチをくぐると、そこは巨大な円柱状の吹き抜け空間。彼らは壁沿いの螺旋階段の踊り場に出たのだ。螺旋階段を下ってゆく最中、底部ではバリバリと空気を裂く耳障りな音が繰り返されている。

 彼らが円形の底部に到達したのとほぼ同時、ひときわ強烈な鳴動、続いて、白と黒の霧めいた輝きが、中心部の床に描かれた魔法陣めいた文様から溢れ出した。文様を前に、ボロ屑をまとったミイラじみたニンジャがアグラしている。ニンジャは骨と皮ばかりの手を合わせ、拝む。ZMZMZMZM……

 ZMZMZMZM……010110101……「ンアーッ!」白い放電に包まれながら、黒灰色装束のニンジャの影が突如実体化し、床に投げ出された。0101000……さらに一人。オーカー色の装束を着たニンジャが着地し、周囲を見渡す。「……フゥーム」

「ハァーッ!ハァーッ!」黒灰装束の小柄な女ニンジャは脇腹と肩を負傷し、メンポも破壊されて剥がれたと見え、まだ若いその顔が露わだ。女ニンジャは床に手をつき、苦労して上体を起こす。オーカー色のニンジャはやや荒っぽくその腕を掴み、立ち上がらせた。「ツバでも着けときゃ治るわい」

 女ニンジャは口元の血を拳で拭い、頷いた。そして螺旋階段の二人を見やった。彼らは思わず立ち止まり、その光景に見入っていたのだ。「何度やっても慣れんな!どうにかできんのか」オーカー色のニンジャが毒づいた。「……残念ながら」ミイラじみたニンジャが答えた。

「フン」オーカー色のニンジャはズカズカと戸口へ歩き出した。女ニンジャがその後を続こうとする。その時だ。ZMZMZM……0101110「グワーッ!」さらに一人、新たなニンジャが虚空から転がり落ちてきた。「なんじゃお前。生きとったのか」「勝手に殺さんでくださいよォ!センセイーッ!」

 そのニンジャもまたオーカー色の装束だ。痩せて丈高く、まだらに染めた弁髪を垂らし、黒い刺青を顔の左半分に入れている。「俺がしっかりシンガリ守ったんですぜ!努力認めてくださいよ……おいディム!」弁髪ニンジャは女ニンジャに言った。「お前、死なずに済んだのは俺のおかげだぜ!感謝しろ」

「バカは放っておけ!」ニーズヘグは円形広間を去る。「ハイ!」女ニンジャは返事をし、足早にその後を追った。去り際、もう一度階段の二人を見た。「ハイじゃねえぞ!」弁髪ニンジャは叫び、気味が悪そうにミイラじみたニンジャを見、最後に階段の二人を見た。「アーン?てめェら……」

 ゆらゆらと威圧的に首を振りながら、弁髪ニンジャは歩み寄った。「よう!これはこれは誰かと思ったら、ドモボーイ=サンにクアース=サンじゃねえかよ」「ドーモ、スパルトイ=サン」群青のニンジャが弁髪ニンジャを睨みつけた。「死に損なったかよ。こりゃ残念だぜ」

「アーン?」スパルトイは顔をしかめた。「グランドマスターの覚えもめでたい俺様の出世街道に嫉妬か?」「覚えめでたい?誰が?俺の目の前にいるコスプレ野郎じゃない事は確かだな」群青のニンジャはせせら笑った。「テメェー……」スパルトイの眉間に血管が浮き上がる。

 一方、砂色のニンジャは彼らに構わず歩き出した。「付き合いきれんな。バカ共は足の引っ張り合いをしてるがいいさ」「死にてェのはテメエからか?クアース=サン!」スパルトイの挑発を背中に受けながら、クアースは歩を早めた。

 実際、足ばかりでなく、彼の気は急いていた。(((スパルトイ=サンがグランドマスターレベルのニンジャクエストに同行だと?)))さざ波めいた焦りが彼のニューロンをざわつかせた。(((抜けがけしやがって……俺だって、こんなところでサンシタに甘んじる気は無いぜ)))

 彼には計画があった。先日、傭兵ハッカーを拷問して入手した、思いがけぬレリック情報。あれをただ差し出したのでは子供の遣いだ。マスター・ミラーシェードへ直々に進言し、ニンジャクエストの任を得るべし!それで動かぬなら、ロード……ダークニンジャに直訴してでも!


【ザイバツ・ヤング・チーム】


「アイエ……い、いえ……その」クアースは跪いた姿勢から顔をあげる事もできず、床の上でただ震えた。隣には同様に恐縮するドモボーイ。琥珀の玉座に、暗黒のローブを着たニンジャ存在有り。彼の足元には萎びた頭蓋骨。額をカタナで貫かれ、御影岩に釘付けとなっている。

「動機など問題にならぬ。言わば大逆ぞ?これは」玉座やや下に控えるグランドマスター・パーガトリーが銀のセンスでわざとらしく己の顔を扇ぎ、二人の若いニンジャを侮蔑的に見下ろす。「報告・連絡・相談・改善!それを怠る!おこがましや!もはやこれはミラーシェード=サンのケジメ案件では?」

「……」玉座の肘掛けに肘をつく灰色髪のニンジャが物憂げな目をパーガトリーに向けると、ふんぞりかえっていたグランドマスターは言葉を曖昧に濁し、口元をセンスで隠した。「イサオシが欲しいのか」玉座のニンジャは跪いて処断を待つ二人に問うた。

 クアースは唾を飲み、申し開きを考えようとした。レリック情報の隠匿が、よりによってパーガトリーに見咎められようとは!いつバレた?しかもミラーシェードは別のクエストの途上で不在!庇う者無し!そもそもミラーシェードが彼らを庇うかどうかすら……イサオシ?イサオシと今、言ったのか?

「マイロード!私は!」ドモボーイが抜けがけめいて顔をあげ、叫んだ。「ロード?」玉座のニンジャは訊き返した。「おれの名ではない」「ア……」ドモボーイは凍りついた。「ア……ダークニンジャ=サン……申し訳ありません!」(((ざまを見よ!)))クアースは伏せたまま笑みを浮かべた。

「なにを笑う」ダークニンジャが無感情にクアースに問うた。「アイエッ!」クアースは弾かれたように直立した。そしてヤバレカバレめいて叫んだ。「ハイ!申し上げます!イ、イサオシです!俺だって……いえ、私は手柄を立てたいのでございます!実力主義!私もスパルトイ=サンのように……」

「ハイ!」ドモボーイが負けじと挙手した。「俺、私もです!機会さえあれば力が示せます!」クアースは歯噛みしてドモボーイを横目で睨む。(((さっきから抜けがけめいている!)))「ムフ!」パーガトリーが吹き出し、煩わしげに二人の方向をセンスで扇ぐ。「小僧っ子が実力主義とは片腹痛し」

「ですがスパルトイ=サンは……」「よかろう。くだらぬ話は終わりだ」ダークニンジャが片手で制した。パーガトリーが横目であるじを見た。ダークニンジャは続けた。「だがお前達の単独行は許さぬ。ディミヌエンド=サンに従え」「え……」「ディミヌエンド=サン……?」二人は顔を見合わせた。


◆◆◆


 ザイバツ・シャドーギルド!かつてキョートを思うがままにしたニンジャ組織でありながら、ロード・オブ・ザイバツと麾下グランドマスターの大半を失い瓦解した夢の跡。だが、廃墟と化したかに見えた浮遊キョート城は、超自然の帳に身を覆い、アノヨと現世の狭間、いまだその心臓を脈打たせていた。

 ロードと共にダークニンジャが消滅し、キョジツテンカンホーの支配が失われたのち、城内は危険なニンジャ内乱状態に陥った。互いに相食むジゴク・ケオスを制したのはグランドマスター・ニーズヘグとミラーシェード、パープルタコ、即ち、ダークニンジャ派の者らを中心とする一団であった。

 城内を蹂躙した荒ぶる暗黒の神がいかにして取り払われたか、正確な理由を知るものはない。少なくとも、帰還を果たしたダークニンジャと、黙して語らぬネクサスを除いては。ロードの首級にはいまだ危険なキョジツテンカンの熱が宿り、ダークニンジャはこれを以て暗黒を制御したとされる。

 グランドマスター・ニーズヘグは実際生死の淵にあった。パープルタコとミラーシェードにとって、ともすればここからが最大の苦闘、試練の時であった。しかしザイバツニンジャの中でも目立った強者はニンジャスレイヤーによってあらかた殺害されており、皮肉にもこれが重大な生存要因となった。

 やがて彼らダークニンジャ派のもとへ、チャやハイク、ショドーの才に劣り、あるいは複雑怪奇なキョート的タテマエ政治の才に欠けて冷や飯を食わされていたカラテ者、ネンコ(訳注:年功序列に近い価値観)によって抑えつけられていた若者達が徐々に集い始めた。

 正気を失い城内を彷徨っていたパーガトリーが捕縛された時、生殺与奪を握るニーズヘグは彼を助け、迎え入れた。独自の諧謔であり、死をもってする以上に痛烈な報復でもある。複数回の重大手術をニンジャ耐久力によって生き抜いたニーズヘグとパーガトリーが復調した事で、イクサの趨勢は決した。

 今や反ダークニンジャのザイバツ残党は極少数、広大なキョート城廃墟のどこかでゲリラ的自給自足を行うばかり。その後、何らかの手段を用いて、孤立したキョート城へネクサスが入場。ダークニンジャの帰還を告げる。ギルドの弱体化は目を覆うばかりであったが、それが新たな夜明けであった。

 ギルドを掌握したダークニンジャは、ニンジャ六騎士の一人であるヤマト・ニンジャの墓所の捜索を、現時点の最重要目的に設定した。秘蹟を暴くには、彼が用いた神話の武器、YotH(ヤリ・オブ・ザ・ハント)が必要だ。

 キョート城はキョジツテンカンの暗黒に囚われ、通常の手段では入る事も出る事もかなわない。地上からは認識すら困難である。現時点ではただ一人ネクサスだけが、キョート城の機構に己のジツを組み合わせ、地上へのコトダマ・リンケージを作り出す事ができる。

 コトダマ・リンケージを通じて地上を探索し、レリック情報を集め、カラテやジツを鍛錬し、ギルドを強化する。それらはやがて巨大なイクサへ至るための備えであり、ニンジャにとって誇るべき英雄的行為の一端であると理解されていた。閉鎖空間に封じられた彼らにとって、クエストこそが希望だった。

 (((そうだイサオシだ)))クアースは自問自答した。(((ニンジャであるからには、英雄でありたい。神話のごときニンジャに。その為には……)))「銀雲の茶室」のタタミを剥がしたブリーフィングルーム。室内には三人。腕組みしたディミヌエンドが、白昼夢から覚めたクアースを真顔で見る。「……」「……」

 (((成り上がりだ!成り上がる!)))クアースは己を強いてディミヌエンドを睨み返した。「何をボッとしてやがる、クアース=サン」ドモボーイが言った。「足手まといになったら許さんぞ」「何だと?」「おい、ディミヌエンド=サン」次にドモボーイはディミヌエンドを指差す。

「何?」ディミヌエンドが眉根を寄せた。ドモボーイは言った。「いいか?腰抜けのクアース=サンはどうだか知らんが、少なくとも俺はお前を俺より目上とは思わんからな。ダークニンジャ=サン直々の指示だから従うまでだ」「あらそう」ディミヌエンドは嫌悪も露わに睨み返した。

 クアースは内心ドモボーイに同意する事しきりだった。それにしてもこのディミヌエンドは何者なのか?年はクアースやドモボーイよりも若い。何らかのクエストの際に見出され、ザイバツにスカウトされてきたという。スパルトイはともかく、彼女が一目置かれている事は間違いがない。

 ……それにしても、直接話すと意外に鼻柱の強い気性か。転移の広間でニーズヘグに大人しく従っていた彼女を見た為に、クアースは誤解しかかっていた。(((大人しく穏やかなニンジャなどいるものか、阿呆らしい)))「気に入らねえ態度だ」ドモボーイが言った。「カラテで判らせてやろうか?」

「カラテ?」ディミヌエンドはバカにしたように笑う。「そうね。カラテで判らせてやるのが一番だよね」「おい」ドモボーイはカラテを構えた。「言っておくが、俺は敵が女でも普通に殴るぜ」「イヤーッ!」「グワーッ!」次の瞬間、ドモボーイは強烈なパンチを顔面に受け、首が100度回転した。

 やや遅れてドモボーイの首から下がキリモミ回転、床に倒れ込んだ。「ウェイ!」クアースは両手の平を前に向け、害意がない事をアッピールした。ディミヌエンドはそれを睨んだのち、床でのたうちまわるドモボーイにツバを履きかけ、脇腹にケリ・キックを見舞った。「イヤーッ!」「グワーッ!」

「やりすぎだと思うぜ」クアースが抗弁した。ディミヌエンドは「ナメんじゃねえ」と呟き、懐から携帯端末を取り出す。「……ミッション情報をリンクするから、さっさと用意して」「目が見えねえ」ドモボーイが震え声を出し、壁に手をついて起き上がった。「ツバつけておけば治るよ」彼女は言った。


2

 転移魔法陣の広間には既に、ソクシンブツめいた奇怪なネクサスの姿があった。床のゴミ溜まりじみてうずくまる装束姿へディミヌエンドは会釈し、進み出る。クアースとドモボーイは互いの目を見合わせる。示し合わせたわけではない。両者の心にあったのは、コトダマ転送に対する怖れである。

 謎めいたネクサスは、キョート城の古代超ニンジャ科学システムと自身のジツをリンクし、地上世界への限定的転送通路を作り出す。そもそも外界との繋がりを絶ったキョート城に彼ネクサスが出現したのも、このコトダマ転送の一貫なのだという。クアースらには、およそ原理の憶測すらできぬ突飛な話だ。

「どうしたの?」ディミヌエンドが振り返った。「……」ネクサスも顔を上げ、フードの闇が二人の方に向いた。「何でも無いぜ!」ドモボーイはクアースに先んじて前に出た。クアースは顔をしかめた。「俺だって平気ですよ」

 かつてのザイバツはポータル転送のジツを用い、侵略攻撃の要としてきた。ポータル転送は非常に困難なジツであり、転送過程で多くのザイバツ・ニンジャが事故死したという。ネクサスの転送はあれとは別種のものだとは聞いているが……「ビビってんなよ?クアース=サン」ドモボーイが挑発した。

 クアースはもはや無視し、進み出た。ドモボーイも内心怖れているのは間違いない。ディミヌエンドは既に何度もこの転送システムを使用し、ニンジャクエストの経験を積んでいるらしい。あのスパルトイもだ。この前通りがかった、まさにあの時のように。「目を閉じて開けば、外よ」とディミヌエンド。

「始めてください」「……ハイヨロコンデー……」ネクサスは両手を掲げ、こすり合わせた。怪しげな呪詛じみた言葉がフードの闇の奥から漏れ聞こえはじめた。クアースは思わず目を閉じた。吐き気を催す重力消失の感覚が襲ってきた。「オゴーッ!オゴ01000100101001……」010010

 01001グワーッ!」クアースはアスファルトに倒れ込んだ。「ゲホーッ!」「大丈夫?」ディミヌエンドが歩み寄り、クアースの背中に手を当てた。「平気ですよ。初めてではない……」ドモボーイの罵倒を予期した。だが彼は無言だ。やや離れた位置で仁王立ちする彼も、やはり衝撃に耐えているのだ。

 クアースは立ち上がり、空を、そして巨大バンブーめいて林立する独特の芋虫めいた金属柱を見渡した。転送先には事前にアンカーを仕込む必要があり、どこへでも自在に出入りができるわけではない。今回の転送先はネオサイタマ郊外の廃変電施設であるが、目的地はまた別だ。

 キョート、ネオサイタマ、或いは荒野の廃研究施設。当初ネクサスのザゼンルーム唯一つであったアンカーポイントは、その後ギルドのニンジャ達の努力を通して、少しずつ増えて行った。どこでもアンカーにできるわけではない。強力な電力エネルギー、恐らくはネットワークの何らかの条件、様々な……。

 ディミヌエンドが携帯端末を取り出し、座標と方角を確認する。今回の目的地情報はクアースが持ち帰ったものだ。潜入先で拷問した傭兵ハッカーが、あるカネモチのオークション履歴を脅迫用途に所持していた。電算室でフロッピーを解析させたところ、無視できぬ規模の古物収集履歴が浮かび上がった。

 ドモボーイは当時のクエストに同行していた。機を見るに敏の彼はクアースの独自調査を嗅ぎつけ、自らを今回の件にねじ込んできた。(((不快な奴だ!だが、それはこの際いい。奴はどうせボロを出す)))ニンジャクエストの申請が受け入れられ、直々に任された事は、まずは殊勲。しかし……。

 思えば、いまだ目立った成果も上げていない彼らに速やかに任が下った事実は、上層部がクアースの情報に対して半信半疑、さほど重要視していない事を示してもいよう。それを思えば喜びもやや濁る。しかも、お目付役じみたディミヌエンドの存在もある。

 彼女がザイバツ入りして、まだ一ヶ月も経っていないのではないか?その来歴もわからない。それなのに随分と重用されている……クアースの思考はループした。彼女がドモボーイに喰らわせたカラテの手は早かった。恐らく、似たようなやっかみに常にさらされているのだろう。

 彼女の実力は認めざるを得ない。だが、今回のクエストの手柄を彼女一人に取られるようでは、たまったものではない。先頭に立って歩く彼女の背中を眺めながら、クアースの心の中では、功名心や嫉妬、焦りといった感情がせめぎあっていた。彼は己の鎖骨のインプラントのあたりを手で触れた。

 このインプラントが神経毒に対する耐性を高め、アドレナリンをセルフ・コントロールし、LAN直結時のカウンターフィードバックを防ぐ。ニンジャとなる以前、ヤンク上がりのヤクザ鉄砲玉時代に彼が行った手術であり、当時の先端技術だ。ニンジャとなった今も、このテックには助けられる事がある。

 焦りを覚えた時、彼は意識的、無意識的に、装束の上からこのインプラントに触れる。実際の効能以上に、これはモージョーめいた印でもあった。自分がドモボーイ達のような連中と違う、スペシャルな何かを持った存在であると信じる為の取り掛かり、ほとんど神秘的な拠り所なのだ。

「こんなモージョーまで持たされてよ」ドモボーイの言葉にクアースはどきりとし、白昼夢を中断した。「モージョー?ああ」クアースは左手首の合金リングを見た。ディミヌエンドにも、ドモボーイにもある。位置情報等のログを取る、旅客機のブラックボックスじみた代物であり……自爆装置でもある!

 キョート城から外界へ送り出されたニンジャには活動限界時間があるとされる。地上に出ようと、その魂はキョート城の琥珀玉座に強く結びつけられているのだという。組織保安上の理由から、その具体的限界時間、限界を迎えた際にどのような悲惨な出来事が起こるか、明かされていない。

 今のところ、クエスト中に逃走をはかって「悲惨な出来事」を引き起こした不名誉者は存在しないとされる。パーガトリーによれば、この装置は逆説的に信頼の証なのだという。不名誉な事態に陥る前に自らセプクする為の……或いは、極限の状況下で、己の命を使って仲間を助ける為の手段なのだと……。

「……」ディミヌエンドが二人の会話を手振りで止めさせた。目の前の崖下にハイウェイがある。クアースは手をかざし、コメ畑に霞む地平を見た。ハイウェイを走ってくるトレーラーがニンジャ視力によって確認できた。「トレーラーだ」ドモボーイも言った。「運転手を殺して、足を頂こうぜ」

「バカか?バカだな?」クアースは言った「アンカーから近すぎる。トラブルを起こして回るのか?死体はどうする。捨てるのか?夜までかかって穴を掘って埋めるのか?それでキャンプか?キャンプファイアーするのか?トレーラーのガソリンでやるのか?」ドモボーイの眉間にみるみる血管が浮かぶ!

 ディミヌエンドは二人の肩をどやした。「行くよ。トレーラーは使う。運転手は殺さない。簡単」答えを待たず、彼女は崖の斜面を滑り降りる。ドモボーイとクアースは額が触れるほどに顔を近づけ、血走った目で一秒睨み合った。そしてディミヌエンドに続いて斜面に飛び出した。

 ……ゴウウウ……90秒後、破壊的12連タイヤがハイウェイを噛む震動を感じながら、三人のニンジャは巨大トレーラーの黒い荷台上にうつ伏せに寝そべっていた。通過するトレーラーに並走し、タイミングをはかって跳躍、飛び移ったのだ。ニンジャ脚力ゆえに可能な芸当だ!運転者は気づきもしない。

 ネオサイタマ市街を離れたこの地域の空に重金属雲はなく、コメ畑は陽炎に揺れ、空のあちこちで霞状にわだかまる黒い影はバイオスズメの群れだ。バイオスズメはコメ畑プランテーションの副産物として異常繁殖した空のギャングであり、米ばかりでなく時には人をも喰らう危険な害鳥だ。

 このままハイウェイを走り、目的地の側でしめやかに下車、徒歩にて向かう。「それまで寝てりゃァいいよな」ドモボーイが仰向けになり、アクビをした。「俺のアイデアだ、これは」「黙ってろ……」クアースは吐き捨て、携帯端末を起動した。

 ネオサイタマ郊外と中国地方の境、バイオパイン地帯に、ネオサイタマ有数の株トレーダー、ナミコモ・トウイチロウの個人邸宅がある。邸宅とは名ばかり、江戸趣味の彼はバクフ城に外観を模した要塞に住む。敷地内をジープが走り、私兵が警戒する……株トレーディングは表向きの職業というわけだ。

 謁見の折、ナミコモの目録データは既にダークニンジャ自らがあらためていた。ダークニンジャはガイオン地下から持ち帰ったコデックスを所持しており、故アラクニッドの啓示、崩壊したホウリュウ・テンプル蔵書の写本とあわせて、古代ニンジャレリック探索の指針とする。

 今回ディミヌエンド達が持ち帰るべき品は、マツオ・バショーの墨壺だ。既にマツオの「奥の細道」原本はニーズヘグの手によってギルドへもたらされているが、かの書物単体ではニンジャの秘密に迫る暗号を解くプロトコルが得られない。

 マツオの墨壺が本物であれば、内側にはプロトコルが彫り込まれている。壺の中へ小さな鏡を落とし、読み取らねばならない。巧妙な秘密だ。ナミコモも物を知らぬ男ではない。本物であれば決してこのアルケイン・アーティファクトを手離しはすまい。厳重警備の要塞内にしまい込み、死ぬまで隠匿する。

 知っての通り、詩神とも称されたマツオは晩年に熱病の中でアポカリプス戦争のビジョンにうなされ、北の果てへ旅立つと、最後の宿泊地に奥の細道書のマキモノを遺して姿を消した。過去、そして来たるべき未来が、一見平易な巡礼紀行文の中に隠されているのだ。

 そこにはおそらく、ヤマト・ニンジャの足跡が……YotHの場所を知る手がかりが、隠されている筈だ。A級のレリックだ……もしも情報が真実であるならば……クアースやドモボーイの立場には釣り合わぬほどに重大なミッションとなる。(((だからディミヌエンドが同行している……)))

「ディミヌエンド=サン」クアースは隣に顔を向けた。「何?」「ギルドに来る前は、何を?」「私が?」「そうです」「俺も興味あるぜ」ドモボーイが珍しくクアースに和した。「いきなり入ってきて、こいつがリーダーです、なんてよ。納得いかねえんだよな。殴られたって俺の心は折れねえぞ?」

「……」「結束ですよ。結束ッてやつです」クアースは言った。「チームの間に疑心が満ちた状態で、命を賭けるなんて、危なっかしいじゃないですか。ドモボーイ=サンは無礼だけど、気持ちはわかりますよ。いくら鳴り物入りでも、カラテが強くてもですよ?何者かわからないままっていうのはさ……」

「何も隠してなんかいない……ただ退屈なだけよ」ディミヌエンドは答えた。「キョート・ワイルダネスの"美しい馬平原"に、地下シェルターがある。私はそこから来た」「……」クアースはやや肩透かしを食らった気分だった。彼女は続けた。「シェルターに住んでいたのは私とお父さんの二人だけ」

「親父どうしたんだよ」ドモボーイが言った。「もういない」ディミヌエンドは答えた。「一年くらい前に、病気で死んだ。それからは、一人」「一人?」「外はマッポーのジゴクで、悪徳が蔓延っているから、シェルターを離れたらいけない。それがお父さんの教えだったの」

「イカレてるぜ!」ドモボーイが無遠慮に言った。「シェルター民ってやつかよ」「……そうね」ディミヌエンドは続けた。「私はお父さんにカラテを教わった。私達は、シェルターに近づく人間を狩って殺した。備蓄の食べ物を食べて……水もあった。そういう暮らしをしていたの」

「外の世界は悪徳……」クアースは呟いた。あながち嘘でも無いか。「余計なお世話だぜ、そんなもん」ドモボーイが言った。「悪徳なら何だッてんだ。しょうのねえ親父だぜ!」「で、それをニーズヘグ=サンが引っ張り出したんで?」クアースが訊いた。ディミヌエンドは、はにかんだ笑みを浮かべた。

「ひとりぼっちから、今度はキョート城ッてか?腕輪をつけてよ」ドモボーイが言った。「物好きもいたもんだ」「貴方は?」ディミヌエンドが訊いた。ドモボーイは鼻を鳴らし、「俺はお前より不幸だぜ!当然そこのクアース=サンよりもな。俺はガイオン市外の生まれよ。生まれた時から家族はいねえ」

「バカめが……そんな事を競い合ってどうする」クアースは顔をしかめた。ドモボーイは身を起こした。「うるせえ、上層のヤンク野郎。俺に言わせりゃお前なんぞ、とんだタフガイ・ワナビーよ。恵まれてる奴がドロップアウト気取り。生まれのヌルさがニンジャのカラテにも影響するんだ!」「アア?」

 クアースも身を起こし、「こいつは、不幸なミッション中の命取りで貴様を報告する事になりそうだな?」「望むところよ……背中に気をつけるがいいぜ」「ア?」「アアッ?」「プッ!」ディミヌエンドが吹き出した。クアースとドモボーイは出鼻を挫かれ、間のディミヌエンドを見た。

「何がおかしい」とドモボーイ。ディミヌエンドも起き上がり、「貴方達、ずっとそうやって争ってるけど、最初に会った時からそうなの?」「何が言いてえんだ?当然だ……新生ギルドは実力主義!生き馬の目を抜く出世レースだ。ニンジャに馴れ合いは不要!だろ!」「そうだ」クアースは同意した。

「勉強になるわ」ディミヌエンドは笑った。ドモボーイは二の句を継げず、唸り声を上げて濁した。クアースは目をそらした。ディミヌエンドは端末を確認した。「……そろそろよ。あれ」ハイウェイの右手にはいつしかバイオパインの森が拡がっている。彼女が指差す先、天守閣めいたものが見えてきた。

「城だ」ドモボーイが言った。「そりゃ、城だろうぜ」クアースは冷ややかに言った。ドモボーイは手をかざしながら言った。「あんなものオッ建てて、カネにあかせて骨董品を漁って……実際、恥知らずのカネモチなんだろうな!」

「ただのバカがあんな場所に城など建てるかよ」クアースは端末を流し見ながら言った。ザイバツの電算資源は限定的であり、潜入先の詳細な情報は得られていない。「後ろ暗いビズをやってるに決まってる……ヤクザ傭兵、いや、ニンジャがいるかもしれん」「だからどうした?」とドモボーイ。

「片っ端からブッ殺すだけさ。ニンジャ?上等だぜ。そこらの野良ニンジャなぞ、単なるボーナスポイントよ……俺は今までにも何人か殺ったぜ」「敵を侮って真っ先に死ぬタイプさ、お前みたいな奴は」「アア?」「今よ」ディミヌエンドが立ち上がった。そして下めかけて跳んだ。「イヤーッ!」

 ディミヌエンドはハイウェイのガードレールへ着地し、高架下へ跳んだ。ドモボーイとクアースは睨み合った。「おい」ドモボーイが言った。「テメェ、あの女に手ェ出すなよ」「何だと」「……俺がモノにする」「ワッツ?いきなり何言ってやがる」「ビリッと来たぜ、俺は」ドモボーイは目を細めた。

「城のオオクのオイランには無い刺激があるぜ、芯がある……俺はビッと来たのよ……しかもアイツ、多少ケンカッ早いが、世間知らずのオボコよ。あれは一押し二押しすりゃあ、コロッと行くぜ」「……」「指咥えて見てろや」ドモボーイはクアースの胸をドンと押した。そして跳んだ。「イヤーッ!」

「イヤーッ!」クアースも後を追った。ドモボーイは救いようの無いバカだ。あのような盛り犬に、クエストで遅れを取るわけにはいかない!……三者がゆるやかな列を作り、駆け抜ける中、バイオパインの森は鬱蒼と張り出し、光は届かなくなる。やがて彼らは唐突に舗装された道路に突き当たる。

 ディミヌエンドの合図一下、彼らはバイオパイン樹を背中に、舗装道路の先の様子をうかがう。城が近い。クアースは木の幹に頭の後ろをつけ、息を吸った。潜入……行動……速やかに……イサオシを!


3

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」張り出したパイン枝にバイオスズメめいて並び立った三者は、舗装道路を塞ぐものものしい城門を見やった。「UAVを飛ばすね」ディミヌエンドは懐から平たい八角形の物体を取り出した。シュルシュルと音を立て、格納されていたプロペラが飛び出す。

「ヒヨヨヨヨヨ……」異音を発し、中心部のLEDを瞬かせながら、小型UAV(無人機)はヘリコプターめいて空を飛んだ。ディミヌエンドは携帯端末を開いた。無線LANによってUAVカメラの映像がリアルタイムで送られて来るハイ・テックなUNIXシステムである。

「おやおや、操作できんのか?」ドモボーイが言った。「私は洞窟に住んでいた未開部族じゃないわ」ディミヌエンドは答えた。「訓練も受けているしね。貴方たちはどうだか知らないけど」「ヘッ!」「……なにか妙だな」クアースは端末に映し出された俯瞰映像を見ながら呟く。

「妙?」「中庭に人っ子一人いないだろ」「……」UAVは上空を旋回した。バクフ城のミニチュアじみた建築物。金のシャチホコ。カネがかかっている。確かに、ヤグラや城壁には機銃を構えた兵士の姿無く、中庭に装甲車の影もない。「無警戒か?」「確かに腑に落ちねえな」ドモボーイは画面を睨んだ。

「カネモチってのはよォ……疑心暗鬼のかたまりだぜ。しかも、お宝貯め込んでやがるんだろ、ここのやつは」ドモボーイは言った。「何で無警戒なんだァ?俺は、なんでもブッ殺してやるつもりだったんだぜ!」「油断は出来ないね」ディミヌエンドは画面をなぞった。「奥側の城壁から攻めよう」

「てめェはどうだ。黙ってやがるがよ」「異議無しだ」クアースは呟いた。鎖骨がピリピリする。ニンジャとなって以来、予兆めいた感覚が、サイバネティクス接合箇所の疼きという形であらわれる。「気が進まねえのか?例の第六感かよ」「……さあな。わからん。だが、あまり良い感じはしない」

「まあいいさ。さっさと行こうぜ。時間切れで死ぬのはゴメンだ。カッコ悪いったらねえからな」ドモボーイは手首を差し上げた。ディミヌエンドは頷き、枝から枝へ飛び移った。二者も間髪入れずそれへ続く。末端であっても彼らはニンジャ。ミッション地点を目前に、その目は冷酷な戦士のそれである。

「ヒヨヨヨ……」UAVはキリモミ回転しながら垂直降下し、ヤグラの陰で地上モードに移行した。「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」そのすぐ側へ、塀を乗り越え、ヤグラを伝い、三人が立て続けに着地した。「実際いねぇな」ドモボーイが腕関節を伸ばしながら中庭を見渡す。「気に食わねえ」

 四つの車輪で自走する地上モードUAVが、バクフ城を模した建築物の周囲を高速で走行する。ディミヌエンドの手元の端末はそのカメラ映像情報をもとに三次元的ワイヤーフレーム図を構築していった。チチチ。正門の他に裏口めいた侵入口がある。「馬鹿正直に正面から行く事は無い」クアースは呟く。


◆◆◆


「イヤーッ!」ドモボーイが壁と同色の扉をこじ開ける。腰を屈めねば通れない入り口。隠し扉めいて目立たない。UAVのセンサー性能と彼らのニンジャ洞察力とが導いた侵入口だ。三人は視線をかわし、しめやかに城の中へ入り込む。走りながら、ディミヌエンドは得物の短剣と曲刀を引き抜く。

 狭い通路をマグライトの明かりを頼りに進みながら、三者は無言。いまだネズミ一匹現れない。「まずUNIXだが……」クアースが言った。デッキをハッキングして、城内の地図を得たい。「城のサーバー室ってのは大抵地下だ」ドモボーイが言った。親指で前方を示す。上り下りの階段だ。

「お前は下だ、クアース=サン」ドモボーイが言った。クアースは顔をしかめた。「一応最後まで聴いておく」「で、俺とディミヌエンド=サンが上だな」「……」「ア?何かおかしな事でも考えてやがんのか?お前はハッキング適性が一番ある。城は下より上に広い。だから上が二人だ。これが合理性だ」

 クアースはディミヌエンドを見た。「リーダーが決めるのが筋だ」「……」ディミヌエンドはやや思考し、頷いた「そうね。クアース=サンはUNIXをハッキングして、各自の端末にデータを送る。私たちは上」「だな!リーダーの命を優先!俺が盾に……」「上で更に二手に別れて、上階をクリアする」

「俺は異論無しですね」クアースが肩をすくめた。「合理的だ。な、ドモボーイ=サンよ」「ア?何だ?文句なんてねえよ。じゃあそれで行こうぜ」ドモボーイが率先して階段に進む「早く行こうぜ。時間もねえんだ」クアースは鼻を鳴らした。「気を散らすなよ、お前」「とっとと行け!」とドモボーイ。

 クアースは二人と別れ、地下階に進む。ドモボーイは全くのバカだ。リーダーのディミヌエンドを籠絡してこれ見よがしに優位に立つ、彼の狙いはそんな所だろう。敵地において緊張感を濁らせる程の対抗意識が不快だ。だがディミヌエンドはそんなバカになびく女ではない。短く接した中で分かる……。

 地下階の曲がり角を何度か曲がると、前方右手に薄い明かりを漏らす戸口が現れた。クアースは鎖骨に触れ、それからスリケンを手にした。彼のニンジャ聴力は部屋の中から聴こえて来る低い唸りを捉える。馴染みのあるUNIX冷却ファンの音だ。ドモボーイの見立てはアタリか。不快な事だが……。

「……」ブルズアイだ。LED薄明かりの中、クアースはUNIXルームをクリアリングした。「!」彼はカラテ警戒した。UNIX机の下に、脚!迷彩服を着たヤクザ兵の死体である!反射的に彼は背後を、それから天井を再度確かめた。フイイイ……冷却ファンの音だけが室内を満たしている。

 クアースは自分の鼓動の速まりを感じる。ニンジャアドレナリンが血中を駆け巡り、ニューロンを騒がせる。大丈夫だ……少なくとも部屋の周囲に敵は無い。クアースは素早くUNIXを操作し、右耳の後ろのLANコネクタを用いてデッキと直結した。兎と蛙の戯画アニメーション待ち時間がもどかしい!

「モシモシ、モシモシ」シークタイム中にIRCチャネルを呼び出し、別行動の二人にノーティスを送る。「モシモシ、モシモシ」「ドーモ」ディミヌエンドが反応した。「首尾は?」「今ハッキングを試みている。それはいい。嫌な予感が当たった。何かおかしい」「何?」「死体だ。この城の兵士の」

「それはつまり……」「ああ、おそらくは先客……それとも、何だって?」クアースは己の目を疑った。マグライトがはっきりと照らし出した死体は……ナムアミダブツ!半ばミイラ化しているではないか!「どうした!」ドモボーイの問いにクアースは答えようとする。「いつの死体……」ザリザリザリ

「SHIT!まだかよ!」クアースはデッキの決定キーを繰り返しヒットした。ザリザリザリ「何だこりゃ……」ザリザリザリ「てめェら!」「イヤーッ!」ザリザリザリ「おい、こいつら」ザリザリザリ「ドモボーイ=サン!ディミヌエンド=サン!オイ!」ザリザリザリ「まだか!」キャバァーン!

「グワーッ!」クアースは上体を仰け反らせ、思いがけないデータ・フィードバックの衝撃に耐えた。タイピングを開始する。速く!もっと速く!城内見取り図データを!急げ!クアースの鎖骨が激痛を発し、霞むビジョンの切れ端が突如ニューロンに去来する!010110110101100

 010011まりたまえ!静まりたまえ、どうか!」「クッフフフフ……」「どうか再び眠りの……ナムアミダブツ!ナムアミダブツ!」「クフフハハハハ!おれはデーモンではない。十字架やマニ車で退散するような……ウフフフフ!笑わせてくれる」「アイエエエ!」「今は何年だ?西暦でいい」

「どうか……どうか命だけは」「命?ウフフフフ!誰が命を取ると言った?愛らしいオシルコめいたモータルよ……主人に跪け」「アイエエエ悪魔!」「悪魔ではない……ニンジャだ!」「アイエエエエ!ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」「今は何年だ、モータル010010100101001001

 01000ハーッ!ハーッ!」クアースは荒い息を吐き、頭を強く振った。ビロードのナイトガウンを着た太ったカネモチがドゲザし、ニンジャがその頭を踏みつける映像の片鱗……恐ろしいニンジャだった。おかしな話だ。そのカネモチとニンジャ、クアースがより近いのは後者……の筈……。

「今のは何だ、一体」クアースはただ畏れた。UNIXモニタには「データ同期出来」のミンチョ文字。順調に城内データが仲間に送られた。そう、順調だ!クエストは順調にいっている。多少の交戦も想定内なのだ。それなのに脂汗が止まらない。背中に氷を投げ込まれたようだ。急がねば。急がねば!

 クアースはLAN直結を断ち、部屋を飛び出した。その彼を、廊下左右から進み出て来た者達が挟み撃ちにした……!「アーイイー」「アーイイー」ナムアミダブツ!それらは先程の枯死死体同様に迷彩服を着たヤクザ兵の成れの果てであったが、その首は長く垂れ、逆さを向いているのだ!なんたる悪夢!

「イヤーッ!」だがクアースはニンジャ!胆力はまともな人間よりも遥かに勝る。素早くスリケンを投擲して一方の歪んだヤクザ兵を殺し、「イヤーッ!」振り向きざまの回し蹴りで反対側から迫り来たもう一方の胸板を砕いて殺す!「アーイイー!」歪んだヤクザ兵はカラテを受け、床にだらりとのびた!

「一体なんのジツだ!畜生!」クアースは口に出して毒づいていた。「イヤーッ!」彼は思わず、横たわる者達の長い首を踏み砕き、オーバーキルした。ディミヌエンドとドモボーイが気がかりだ。先程の通信中断の様子からして、既に交戦が開始されている事は間違いない。この悪夢じみた連中とか?

 彼は階段を駆け上がりながら、携帯端末の城内図を参照した。どこだ?まずは合流だ。否、それよりも通信を先に、「アーイイー」「イヤーッ!」「アーイイー!」階段をのそのそと降りて来た歪みヤクザの腹部を蹴り破り、回廊を走る!さいわい、所詮はモータルの変化の範疇。十分に対処は可能だ。

 フドウカナシバリを始めとして、他者をジョルリめいて操るジツはベーシックニンジャ知識において決して未知のものではない。だが、このジツの……ジツであるとするならばの話だが……犠牲者達は、なにか原初の歪なワザによって捩じ曲げられたかのようだ。その様はクアースの正気を揺さぶって来る!

「アーイイー」「イヤーッ!」「アーイー!」回廊の前方の歪み者をスリケン投擲で倒すと、フスマを蹴破り、広間にエントリーした。「フゴーッ!」その頭頂部めがけ、棍棒が振り下ろされた。クアースは横へ跳んでこれを回避しようとした。そして踵にしがみつく歪み者に気づいた。「な、グワーッ!」

 頭部に棍棒が直撃した。ぼやける視界の中で、クアースは己に攻撃をくわえた者を……天井に頭部がぶつからんばかりの巨大な歪みスモトリを絶望的に見つめた。「イイー」踵にむしゃぶりつく歪み者が虚無的な恍惚の喘ぎ声を発した。クアースは踏みとどまろうとしたが、無理だった。彼は倒れ伏した。

 ウカツ……なんたるウカツ……ニンジャでもない相手にアンブッシュを受けるなどと……なんたる精神的動揺……これではイサオシに程遠い。二人は無事だろうか?あのビジョンは一体?ビジョンの中に現れたニンジャのジツなのだろうか?クアースは歪みスモトリを見上げる。二撃目のカイシャクは無い。

 そう、スモトリは彼を殺さない……かわりに身を屈め、クアースの肩を掴んで持ち上げる。クアースはされるがままに担がれ、薄暗いタタミ広間を運ばれてゆく。ザリザリ……耳元でIRC通信のノイズが爆ぜ、そののち、彼の意識はブツリと途絶えた。

 

◆◆◆

 

 無音の廊下を進む二人を包む空気は淀みの気配をはらんでおり、ディミヌエンドはもとより、ドモボーイすらも、その面持ちを固くしていた。彼らは今や城内なのだ。衛兵、侍従の類いすらない。不穏である。「なあ、ディミヌエンド=サン」「何?」

「グランドマスター・ニーズヘグ=サンがお前を拾ったんだよな?何て言って連れ出したんだよ」「私に?」「そうだよ」彼の声には、緊張状態を無理に和ませようとする努力が滲んでいた。廊下が角にさしかかる。彼は壁に背中をつけ、奥を確かめた。「外は悪徳、ビョーキ、堕落だッて聞いてたんだろ」

「そうね」ディミヌエンドは周囲を警戒しながら答える。「お父さん以外の人と話をしたのは、あの人が初めてだったから……」「会話?お前が親父さんと一緒に襲ってたトレーダー連中のなかに、命乞いする連中とか、いなかったのかよ」「いたけど、狩りだからね」「殺るだけッてか」「うん」

「おっかねえな。俺もニンジャになる前から色々やったけどよォ」ドモボーイは言った。「で?有無を言わさずブッ殺してたお前でも、ニーズヘグ=サンは殺れなかったか」「うん。それで、話をしたの。あの人は言った。私を迎えに来たって」「……」「お父さんに私がいる事を、最近知ったって」

「それでそのままザイバツに?」「私がきっと強いニンジャになるって、言ってくれた。こんなところでこのまま死ぬなって。私のカラテを役立てられる大イクサが……シェルターにはない、色んな物事が待ってるって」ディミヌエンドは呟いた。

「大イクサな」ドモボーイは呟いた。「確かになァ」イサオシ……彼の胸に何とも言えない高揚が去来する。世界の果てから帰還したダークニンジャの号令。あの日の記憶は、荒みきった出自の彼の心にも、熾火のように残っている。きたるべきカツ・ワンソーとのイクサ。新たなニンジャ大戦……。

 下界で欲望のままに振る舞い私腹を肥やすニンジャは、ザイバツの者達にとっては侮蔑の対象だ。目的がないゆえに、我欲に走る。ニンジャの本懐はイクサとカラテだ。モータルはその為の肥やしであり、搾取・耽溺の対象では無い。ドモボーイにも納得のいく、シンプルで力強い、新たなザイバツ思想だ。

「で、実際ギルドに来て、どうだよ」「なにもかも新しいよ」ディミヌエンドは答えた。ドモボーイは笑った。「ヘッ!シェルター暮らしと比べりゃあ、何だってそうさ」そして呟いた。「実際、ギルドは昔と全然違うんだ、俺にとっても、色々とよ……」「……」ディミヌエンドが手で制した。別れ道だ。

 チチチ……二人の携帯端末にIRCノーティスが灯った。「あン?クアース=サンか」「……」二人は通話をアクティベートした。「ドーモ。首尾は?」「……」彼らは目を見合わせた。「何?……それはつまり……」「……」ドモボーイが目を見開いた。「どうした!」ザリザリザリ、ノイズが被さる。

「あの野郎。死体が何だって?」「ノイズがひどくて……」「ア?」ドモボーイがディミヌエンドの肩越しに、別れ道一方の角からしめやかに現れたものを見つめた。彼は一瞬、呆気に取られた。ウカツである!「アー……イイ……」その者が……その者の逆さに垂れ下がった頭が呻き、両手を掲げる!

 ドウン!続けて、反対方向の天井ダクトが吹き飛び、同様の歪んだ存在が着地した。なぜ気づかなかった?ドモボーイはニンジャアドレナリンの逆流を感じた。足音や呼吸音があれば、知覚する事は出来たはず……息もせず、動く事も無く、じっとしていた……?「イヤーッ!」ディミヌエンドが跳ねた!

「イイー」歪み者の両腕が瞬時にケジメされ、ディミヌエンドが着地と同時に身体を回転させると、垂れ下がった首も切断されて吹き飛んだ。「イヤーッ!」ドモボーイは残る一体にスリケン投擲!「イイー」頭部をトマトめいて砕く!「何だこりゃ」彼は呆然と呟いた。「アーイー!」ナムサン!新手!

「てめェら!」ドモボーイは上からボタボタと落ちてくる人間型の生き物にカラテを構えた。「イヤーッ!」ディミヌエンドが振り向きざまに短剣を投擲!ドモボーイに同時に襲いかかった二体のうち一体の胴体を刃が貫通、ひるませる!

「イヤーッ!」ドモボーイがその者の脚部をケリで破壊し、迫るもう一体にチョップを叩き込む!「イイー」肩口を叩き伏せられた歪み者はべしゃりと崩れ、床に潰れた。それをのりこえ、さらに一体!「おい、こいつら」「イヤーッ!」ディミヌエンドのトビゲリがその者を壁に吹き飛ばし、叩きつける!

「こいつら……何だ?ヤクザ?ゾンビーか?」「クアース=サン!」ディミヌエンドが通信を試みる。「どうだ!」ドモボーイが足元でひくつく歪み者を踏み潰し、ディミヌエンドを見た。「通じない、イヤーッ!」回し蹴りが迫る一体の長い首を刎ね飛ばす!「何のジツだ畜生……ニンジャだと!」

「モシモシ!駄目だ……でも、データが来てる」ディミヌエンドが端末を確認した。MAPデータの同期が成った!「アイツもどうにかなってやがるに違いねえぞ」ドモボーイが最後の歪み者を念入りにカイシャクし、言った。ディミヌエンドは一瞬沈思黙考し、呟いた。「進もう。宝物殿。もう近い」

「何を言ってやがる!合流が先……」抗議しようとしたドモボーイの声は立ち消えた。「ああ。畜生仕方ねえ。クエストが先決だ」ディミヌエンドは無言で頷いた。下級ニンジャのかわりなど、ギルドには幾らでもいる。センチメントを捨てよ。クエストを果たし、アーティファクトを回収して帰還すべし。

 いまや彼らのニンジャ聴力は、周囲にざわざわと蠢く物音を知覚していた。あの者たちはもはや、息を潜める事をやめたのだ!「こっちへ」ディミヌエンドが先導する。再びの別れ道、壁に悪趣味な油絵有り。モンツキ姿のカネモチの肖像画だ。顔の部分が無残に漂白され、「闇」のカンジが書かれている。

「何だこりゃ……闇?」「とにかく、ここからよ」ディミヌエンドが肖像画の額縁に手をかけた。「見取り図には、壁の奥の隠し通路の情報があった」「イヤーッ!」ドモボーイがディミヌエンドの横から額縁を掴み、力を込めた。ガゴン……額縁が15度ほど斜めにずれた。歯車音が響いた。

 すると、壁の両脇に垂直の切れ込みが生じた。ディミヌエンドは端末をドモボーイに見せた。「ここから城の中央部に繋がるはず。他の場所からのアクセス方法が無い。ナミコモ・トウイチロウの隠し部屋……」ゴゴゴゴ、目の前の壁が肖像画ごと、シャッターめいて上へスライドしてゆく。奥には階段!

「上か」ドモボーイは頭上を見上げた。天井が見えない。ジグザグの階段が闇に呑まれている。おおおお……唸り声めいた不気味な音が、生温かい風とともに吹き降りる。「なあ。さっきの奴ら、何だと思う」ドモボーイが訊いた。

「わからない」ディミヌエンドは言った。「でも昔は……古事記の時代には、ああいうものを作るジツもあったって……ギルドの書庫の、何かの古文書に書いてあったわ」「さすが勉強熱心な奴は違うな」ドモボーイが混ぜ返したが、その声音に余裕はない。「ニンジャがいやがるぜ。カネモチじゃなく」

「戦って倒す」ディミヌエンドが新たな短剣をベルトから引き抜く。「勝てるならの話ね」彼女は笑おうとしたが、笑顔は引きつった。ドモボーイは鼻を鳴らした。「とにかく一人が脱出すりゃいい。要は墨壺だ」「うん」その時は、どちらが囮となり、どちらが逃げる?彼らは階段の先へ視線をやった。

 縦長の空間、壁沿いの階段を早足で上がりながら、ドモボーイはキョート城の転送の間を思い出す。「お前、この前のクエストと今回、どっちがキツい」ドモボーイが訊いた。「ニーズヘグ=サンもいたんだろ……あと、スパルトイの野郎のワザマエはどんなもんなんだ?奴はよ……」おおおお……おおお!

 唸り声の主が、階段の淵に立っていたドモボーイに、垂直落下しながら襲いかかった。ディミヌエンドの反応は、咄嗟にカラテガードを行おうとしたドモボーイの頭を長い鉤爪がスシめいて切り裂くよりも一瞬早かった。「イヤーッ!」ディミヌエンドはドモボーイの装束を掴み、強く引っ張って助けた!

 ナムサン!それは雷撃めいた一瞬の閃光交錯!「グワーッ!?」ドモボーイは階段をすぐ下の折り返し点まで転がり落ちた。一方ディミヌエンドは、振り下ろされた襲撃者の鉤爪を曲刀で跳ね返し、短剣を繰り出していた!「イヤーッ!」「おおおお!」

 襲撃者は空中で身体を捻り、ディミヌエンドの短剣にケリを繰り出した。刃が足の裏を貫通した!「おおおおお」襲撃者の吠え声は苦悶ではなく、むしろ笑いだった。ディミヌエンドは短剣から手を離そうとする。遅い!その者は足を貫く短剣を支点に回転し、ディミヌエンドの上半身を捉える!ナムサン!

「ディ、」「上へ!行って!」「おおおお」歪んだニンジャはディミヌエンドもろともに、階段から下へ身を踊らせる!「ディミヌエンド=サン!イヤーッ!」ドモボーイはスリケンを投げた。二者は垂直に闇へ落下!「後で!」ディミヌエンドの声!「畜生ーッ!」ドモボーイは階段を……駆け上がる!

「畜生!畜生!」ドモボーイは階段を駆け上がる。上へ!上へ!ディミヌエンドを捉えた歪んだニンジャの、邪悪で虚ろな目が網膜に焼きついている。そう、あれは歪み者であり、ニンジャだった。ここは何なのだ?何が起こっている?ザリザリ……そのとき、耳元のIRC通信ノイズが、ブツンと爆ぜた。


4

 チャリチャリチャリ……チャリチャリチャリチャリ。鎖を巻き上げる陰鬱な音を聴き、くたびれたガウン姿のやつれきった男は顔をしかめる。すぐ目の前の闇の中からバカにしたような笑いが発せられた。「ウフフフフ……クッフフフフフ」「ご、ご満足で」やつれきった男は笑顔を作ろうとした。

「とてもいい。とてもいいぞナミコモ=サン。そなたは実にカワイイ茶菓子……」含み笑いまじりの声に、やつれきった男は震え上がり、発作的にドゲザする。「助けてください」「ウフフフ……」チャリチャリチャリチャリ。音を立てて上へ上がってゆくのは金属製の鳥籠である。中には……気絶ニンジャ!

「助けてくださいとは異な事を。おれがいつ危害を加えると言ったかね?こんなにもかいがいしく働いてくれるモータルを、どうして……クフフ……いたぶるなどと」「許してください」「許してくださいとは異な事を。おれは何も責めてなどおらぬではないか。愛しきハチミツダンゴ……」「アイエエエ」

 ドゲザするナミコモの後頭部を、そのニンジャの足がゆっくりと踏みつける。然り。ニンジャだ。彼は愉悦に濁った目で頭上空間の闇を見渡す。天井から鎖で吊られた金属鳥籠が幾つもある。鳥籠?そのサイズはあきらかに人間を想定したものだ。それぞれの籠には住人がある。意識のあるものもいる。

 カシャ、カシャ……弱々しく内側から揺さぶられる籠の音。声は無い。「解放してください。どうか私を」ナミコモは言った。「データの放流は十分の筈です。これからもここにどんどんやってきます。ウィッカーマン=サン……どうか」「ウィッカーマン?」ニンジャが訊き返す。「そうだ。おれの事だな」

 ウィッカーマンは後頭部に置いた足をねじるように動かした。「だが、なぜ解放を?」「アイエエ……私は何もかも差し出し、何もかも……何もかもお膳立てをして、全てを捧げました」「その通り。ウフフ……利発でよく気がつくカンテン……だが、なぜ解放を?」「どうか」「なぜ、おれが解放すると?」

「私はもうお役に立てません」「確かに少し痩せたな、モータル……」「ただの老いぼれです。貴方に何もかも捧げてしまいました」「なかなか、ウフフ、馬鹿げて楽しい城ではないか。文明のいじましさがカワイイ……」「どうか解放してください」「おれに命令してはダメだ」「アイエエエ」

 ウィッカーマンは足をどけた。そして、逆の足で踏んだ。「今の……」上を見る。「奴はニンジャだな……一人でやって来たと言う事はあるまい。複数のニンジャか?」「わかりません」「そうだろうとも。ニンジャはいい。とてもいい。おまえたちはカワイイだが、滋養の点ではちと物足りぬゆえに」

「殺してください。楽にしてください」ナミコモが泣き声を漏らした。「なぜ?」とウィッカーマン。「その必要がどこに?おれに命令してはダメだ」「アイエエエエ!」「フームム……フム?」ウィッカーマンは足を離し、踵を返して奥へ歩いた。そして、台座の上の拳大の陶器を見下ろす。……墨壷。

 ウィッカーマンは手を伸ばし、白磁の墨壷の蓋をいとおしそうに撫でた。バチバチと火花じみた音が微かに鳴り、蓋の隙間から緋色の脈打つ光が漏れた。光は台座に、さらにその周囲の床に、謎の緋色の文様を一瞬だけ閃かせた。文様は葉脈めいて、広間の壁を伝い、天井を伝い、鎖を、籠を光らせた。

 ウィッカーマンは台座の傍の操作台に触れた。操作パネル液晶が反応し、ガゴン、と軋む音が頭上から降って来る。そして、チャリチャリチャリ……鳥籠がひとつ、降りて来た。「ウフッ、グフッ」嗚咽しながら、ナミコモは鍵束を手に取り、床に降りた鳥籠へ向かう。籠の中の人影は動かない。死体だ。

 ナミコモが震える手で解錠し、籠を開く。「オゴーッ」歪んだスモトリが荒々しく歩み寄り、ナミコモは泣きながら横へ退いた。歪んだスモトリは死体を引きずり出した。「よき時だった。ウフフ……あのニンジャ。よき補充」ウィッカーマンは呟き、ミイラめいた死骸に屈む。その額を爪で傷つけた。

「アイエエエ……アイエエエエエ……!」ナミコモは後ずさり、床を這いずるように遠ざかる。ドクン!ドクン!大きな鼓動音が死骸の中から聴こえたかと思うと、その枯れ果てた身体は電気ショックを受けたように痙攣した。額に爪でつけられたのは傷ではない。とある神話時代の印である。邪悪な印だ!

 ドクン!ドクン!やがて死骸は歪み始めた。「アー、イーアアアー」死骸は呻き始めた。ウィッカーマンはそれを振り向きもせず、スタスタと歩き、ナミコモを追いつめる。「どこへ行く?モータル」「アイエエエ!」ニンジャはナミコモのガウンを掴み、元の場所へ引き摺った。失禁の跡が床に筋を作る。

「ウフフフフ……まだ容器の半分も満たせていない。ニンジャが必要だ」「アイエエエエー!アイエエエハハハハ!」絶望のあまり、ナミコモは笑い出す。ウィッカーマンはうっとりと呟いた。「我が君カツ・ワンソー……これでは失望されようから……ウフフフ」「アハハハハハハハ!」

 ……クアースは目を見開き、眼下の狂笑光景に打ちのめされた。檻!籠か?鳥籠!彼は格子に手をかけ揺さぶった。(((何だ?これは?)))彼のニンジャ視力は下で狂笑するガウンの男をまず捉えた。見覚えが……どこかで……そして男の後頭部を無造作に踏みつけたニンジャを!奴は今、何と言った?

 カツ・ワンソー?カツ・ワンソーの名を出しはしなかったか?脳裏に先程垣間見た映像がフィードバックする。あの身なり……頭を踏みつけられたあの男は、まさか、ナミコモ……?あの太った男の成れの果てだというのか?そして、おお、ナムサン!眼下のニンジャがクアースの覚醒を知覚!目が合った!

 そのニンジャの瞳の奥には、奇妙な老いの影が……否、老いというのは正確ではない……永い時間の影があった。それがクアースを震撼せしめた。彼がザイバツにおいて知る、あるいはクエストにおいて敵対した、他のどのニンジャとも違う目……「ドーモ。ウィッカーマンです」ニンジャがアイサツした。

「ドーモ」クアースは唾を飲み込んだ。震える手を抑えながら、アイサツを返した。籠の中から。「クアースです」「ウフフ……クアース=サンか。ウフフフ。時代は様変わりした」ウィッカーマンは話しだした。「ハトリの系譜のハラキリ者だな?この時代の……ウフフ……姑息な真似の……」

「貴様はどこのニンジャだ」クアースは呻いた。ウィッカーマンは眉をしかめた。「フゥーム、やはり話にならぬ。おれは今後永劫、この手の不作法に耐えねばならぬ定めか。よいか、これは尋問だ。おれが問うたのだから、お前の問いは、おれの問いに答えてからだ。お前はハトリのハラキリ者だな?」

「ハラキリ者」クアースは呆気にとられた。ウィッカーマンはかぶりを振った。「もうよい。質問をしくじったな。で、何だ?」「お前は何者だ」「ウフフフ!おれはニンジャだ。そしてお前らハトリ者の不倶戴天の敵」ニンジャの目に不穏な表情がよぎった。「最後に眠りについたは、アルマダ海戦の折」

 困惑するクアースにも、このウィッカーマンが何者であるか、漠然とわかりかけてきた。あれが誇大妄想者でないとすれば、恐るべき事だ。むしろ誇大妄想者であってほしかった。だが、彼のニンジャ第六感は残酷にも、憶測が真実であると伝えてくる。「ハトリ者」なる対象化。不倶戴天の敵という言葉。

 敵だ。明確な敵。まさにギルドの敵……来たるべき敵……!「貴様、カツ……カツ……カツ・ワンソーの……」「我が君の名を、汚れた唇が発する」ウィッカーマンが一瞬、怒気をはらませた。「だが耐えねばならぬ。まこと、卑劣な騙し打ちに端を発する蹂躙と排撃の歴史、屈辱の雌伏……ウフフフ……」

「アーッ!アイエエエー!」やつれたカネモチがもがき叫んだ。ウィッカーマンはうっとりと笑い、その後頭部を再び悠々と捻じり踏んだ。そしてクアースを見た「屈辱と同時に嬉しさも有り。我が君の名そのものが失われて久しい。我が君の名を知るは、これまでのハトリ者と少し舌触り異なる珍味」

 クアースのニューロンは、ギルドのニンジャとして叩き込まれた基礎ニンジャ神話知識を激しくスパークさせる。目の前のニンジャがカツ・ワンソー側のニンジャの生き残りであるとすれば、当然、後の世のハラキリ儀式とは無縁。つまりニンジャソウルを憑依させた現代の人間ではない……つまり……!

「ア、」(((アイエエエ!)))クアースは悲鳴を噛み殺した。なまじその正体の一端を理解してしまったがゆえの極限の恐怖!そして、それを逃れる術は無い!「アバーッ!?」クアースは突然の激痛に叫ぶ。緋色の光が彼の鳥籠牢獄を満たす!「ウフフフハハハハ!」ウィッカーマンが仰け反り笑う!

「アバーッ!」「ウフフフフフフ!弱く、怖がりの、可愛いくそして無力なオマミ……よいぞ、やはりニンジャの贄に限る!」ウィッカーマンが墨壺の蓋を微かに傾け、中の光を覗き込んだ。「アバーッ!」「クッフフフフ!恐れる事は無い!今暫くは、話し答えるだけの余力が残るであろうゆえ!」

「アバーッ!」「アイエエエ!」クアースとナミコモの悲鳴が、そしてウィッカーマンの哄笑が、邪悪な緋色の空気を満たす!「ウフフフフフハハハハ!お慕い申し上げまする!お待ち申し上げまする!一日千秋の思いにて!いざ、いざ、いざ、いざ帝国へ!帝国へ!帝国へ!ハハハハハ!」「イヤーッ!」

「アーッ!」歪んだスモトリがトビゲリ・アンブッシュで背骨を割られ、吹き飛んだ。「イヤーッ!」さらにスリケンが投げつけられ、垂れ下がった首を壁に縫いつけた。トビゲリ・アンド・スリケン・アンブッシュを成功させたニンジャは前転着地し、起き上ってオジギした!「ドーモ。ドモボーイです」

「ドモボーイ=サン!」クアースが緋色の光に苦しみながら叫び声を搾り出した。「墨壺だ……あれだ!あれを!アバーッ!持って帰れーッ!アバーッ!」「ウフフフ!ハトリ者の仲間だな。やはり複数……美味し」ウィッカーマンはアイサツを返す。「ドーモ、ドモボーイ=サン。ウィッカーマンです」

「やはりニンジャがいやがったな」ドモボーイはカラテを構えた。台座上の墨壺とウィッカーマン、鳥籠牢獄のクアースへ視線を走らせる。「助けてッ!あなた助けてッ!」四つん這いのナミコモが叫んだ。ウィッカーマンは笑った。「下のゴーレムはどうした?あれの材料はニンジャだったのだが」

「てめェのジツかよ」ドモボーイが言った。「チャチいマネだぜ」「フム……」ウィッカーマンはカラテを構えた。「やり合うな!ドモボーイ=サン!」クアースが叫んだ。「そいつはヤバイ!ヤバイんだ!アバーッ!」「イヤーッ!」ドモボーイが跳んだ!常人の三倍脚力!狙いは……墨壺だ!

 ドモボーイの手が墨壺に伸びる!「イヤーッ!」「グワーッ!」その手の甲を逆棘つきのクナイが貫通!クナイからは真鍮の鎖が伸び、鎖は、ナムサン、ウィッカーマンの手の中だ!「イヤーッ!」「グワーッ!」ドモボーイの身体が宙を飛び、ウィッカーマンの手元へ引き寄せられる!

「ウフフ……フフフ」ウィッカーマンがドモボーイの右腕を捻じり上げる。「グワーッ!」ドモボーイは苦悶し、力負けして両膝をついた。ウィッカーマンはドモボーイの背中を踏みつけ、「イヤーッ!」右腕を捻じり切って引き裂いた!「グワーッ!アバーッ!」「ウフフフ」「アバーッ!アバーッ!」

「畜生!畜生ー!」クアースが吠え、鳥籠牢獄を揺さぶった。何の有効手段も無し!「アバーッ!」緋色の光が脈打ち、苛む!そのたびクアースの全身が痺れ、ひどい疲労感がのしかかる。クアースはもがいた。格子を力で捻じ曲げようとした。できなかった。ウィッカーマンがドモボーイの左腕を掴んだ。

 策は!策は……クアースは悔し涙を滲ませ、超自然の拷問じみた苦痛に耐えた。ディミヌエンドはどこだ?このクエストは荷が勝ちすぎた。全滅だ。このままでは、何もかもおしまいだ。彼女だけでも逃がせないか?緋色の光が脈打ち、「アバーッ!?」クアースは籠の中で突っ伏した。

 ウィッカーマンが再びドモボーイをひしいだ。左腕を捻じり上げる。「アバーッ!?」クアースはなかば朦朧としながら、ドモボーイの左手首にはまった合金の腕輪を凝視した。あれだ……あれを使う事ができれば……「イヤーッ!」「アバーッ!」一秒後、その望みは絶たれた。クアースは嗚咽した。

「イヤーッ!」ディミヌエンドは円月刀を掲げ、強烈なヤリめいたサイドキックをガードした。防御姿勢のまま、ディミヌエンドの身体は後ろへ数十センチ滑った。「アー……」時折ジョルリめいたぎこちない動きを見せながら、歪んだニンジャは生理的な不快をどことなくもよおさせるカラテを構える。

 ディミヌエンドはフットワークを踏んだ。万全ではない。この者ともろともに落下した衝撃を完全に殺すことはできなかった。歪んだニンジャのカラテはまさしく子供が操作するジョルリめいた不可解な軌道を描き、ディミヌエンドに本格的な連続攻撃をためらわせた。

「イイー……」ディミヌエンドを見たまま、歪んだニンジャの頭部がぐるりと逆さを向いた。その両腕が後ろへ翼めいてピンと張る。「イヤーッ!」ディミヌエンドは垂直に跳んだ。直後、歪みニンジャの両腕が挟み込むようにダブルチョップを繰り出す!KRAAASH!破砕する床の木板!

 アブナイ!彼女が歪みニンジャの両腕の異様な緊張を持ち前のニンジャ洞察力で瞬時に読み取らねば、その華奢な身体はアルミ板じみて両側からねじり壊されていたやもしれぬ!「イヤーッ!」ディミヌエンドの身体が空中で回転!放たれるダガー!歪みニンジャの肩に突き刺さる!「イイーッ!」

「イヤーッ!」ディミヌエンドはダガーの柄頭に落下!その勢いで深々と刃を埋め込む!「アーイイー!」歪みニンジャが長い首をばたつかせ、いきなり肩の上のディミヌエンドの足を噛みちぎりに来た。「イヤーッ!」ディミヌエンドは更なる追撃を意図していたが、これを諦め、宙返りで飛び離れる!

 しかし彼女が着地したその地点めがけ、長い腕をばたつかせながら、歪みニンジャは突進!「イイーイイイイーイイーイーイイー!」両腕を振る!振る!振る!振る!めちゃくちゃな打撃!ディミヌエンドはバック転をさらに繰り出すが、背後は壁!円月刀を両手持ちし、防御!防御!防御!

 刃によって歪みニンジャの腕は容赦なく切り裂かれ、ところどころ骨がはみ出しすらした。だが攻撃は一向にゆるむことがない。血が流れる事も無い。傷口は不快なカラシ色をしていた。しゃにむに振り回す長い腕が、ディミヌエンドの防御をかいくぐってついにその横面を捉えた。「ンアーッ!」

「イイーッ!」「ンアーッ!」さらに真上から打ち下ろす拳の一撃!ディミヌエンドは頭を殴られ、うつ伏せに転倒!歪んだニンジャは跳躍!地団駄めいてストンピングを繰り出す!「アーッ!アーイイーッ!イイー!イイーッ、イ、イ、イイーッ!」「ンアアーッ!」危険!危険だ!

 ディミヌエンドはしかし、一方的にストンピングされつつも、内臓や頭部への致命打を避ける、グラウンド・ガード・メソッドを怠らなかった。彼女の身体には亡き父に施されたカラテ戦闘訓練が染み付いている。もはやそれは彼女にとって本能ですらあった。

 (((お父さん……お父さん……お父さん)))ディミヌエンドは奥歯を噛み締め、過酷なストンピングに耐えた。強烈な攻撃ではあったが、それは子供が無軌道に暴れるにも似ている。正確に致命打を狙うニンジャのカラテではない。彼女は耐えた。

 ここでこうしているわけにはいかない。死ぬなど、もってのほかだ。彼女は優しく厳しかった父の背中を思った。恐るべき熱病に冒され、彼女の身を守るべく、自らシェルターを後にした父を……セプクして果てるべく、谷へ向かった後ろ姿を……。「イイーッ!」「イヤーッ!」転がり出る!脱出!

「イヤーッ!」「アーイイー!」転がりながら、ディミヌエンドは歪んだニンジャのふくらはぎを切り裂いていた。ベルトに収められていた短剣、最後の二本だ。そのままディミヌエンドは飛び起き、短剣二刀流のカラテを構える。歪んだニンジャは向き直る。生身であれば立てない傷……意に介さぬ!

「アー」歪んだニンジャが首をねじった。よろめき、傷ついた足でおぼつかないステップを踏む。ディミヌエンドは刃を交差させ、攻撃を待ち構える。いや、攻めるべきか?彼女の額を血と汗が伝う。死んではダメだ。この敵が最後の一人ではないのだから。彼女は目を細めた。歪みニンジャが動いた!

「イイーッ!」「イヤーッ!」ディミヌエンドが速い!その両腕がムチのようにしなり、二本の短剣が射出される!歪んだニンジャの両足首を貫通!倒れ込む歪みニンジャめがけ、ディミヌエンドは疾駆する。そしてコマめいて一回転!ねじれた首の先端、奇怪な頭部めがけ、拳を突き出す!「イヤーッ!」

「イイーッ!?」歪みニンジャの額が砕けた!ディミヌエンドは低く身を沈め、右拳を前へ、左手を後ろへ突き出した姿勢のまま、敵を睨んだ。歪みニンジャが痙攣しながら後ずさった。「イ、イ、イイイー……」仰向けに倒れ、オガクズめいて四散した。

 ディミヌエンドはザンシンした。彼女は自身のダメージをニンジャ自律神経で測った。どれだけ時間を費やしてしまったろう。二人は無事だろうか。消耗の中の焦りが、彼女のザンシンを甘くした。回廊を伝って追跡して来た別の歪み者の入場に気づくのが、やや遅れた。

「……!」ディミヌエンドは弾かれたように振り返る。その時既に、歪み者は彼女の喉頸に掴み掛かろうとしていた!「イイーッ!」ナムサン!だが、その不浄身体はグイと後ろへ引き戻された。ディミヌエンドは後ずさった。歪み者の心臓部から、鋭利な刃の先端が飛び出している。背中側からの貫通だ。

「イ……」歪み者は首をねじって、後ろの存在を確認しようとした。バチバチとノイズ音が聴こえ、ニンジャのステルスが解けた。そのニンジャは歪み者の背中から素早く刃を引き抜くと、今度はその頭部を掴み、手術めいて滑らかに切断した。歪み者は音も無く倒れ、動かなくなった。

 ディミヌエンドは驚愕に目を見開き、アイサツすらも忘れかけた。なぜ彼がここに?「マスター……ミラーシェード=サン」「……」ピシィ、と音を立て、手首から生えたブレードが瞬時に収納された。濡れた光沢を放つ黒装束のニンジャは階段を見上げた。「この上だな。他の連中は死んだか?まだか?」


5

「今生の別れが訪れたわけでも無し。何をメソメソと。ウフフフ」ウィッカーマンはクアースを見上げ、嘲った。そしてドモボーイの身体を軽く蹴り、仰向けに転がした。ドモボーイは苦悶の果てに気絶していた。数秒のうちに、惨たらしいカラテによって両腕を失ったのだ。「ニンジャは頑丈ゆえ……」

「アハハハハ、イヒーッ!ダメ!ニンジャ、ダメーッ!ニンジャもダメーッ!」ナミコモが声をからして笑い、両手で床に拳を打ちつけた。そして泣き叫んだ。「貴方達ダメーッ!」「クッフフフフ!お前の実際安い絶望の愛しき舌触り」ウィッカーマンは可笑しくてたまらぬ様子!

「ウ、ウウーッ!」クアースは歯を食いしばった。鳥籠牢獄の格子に手をかけ、捻じり開こうとした。だが、ナムサン……緋色の光に照らされ、疲労ばかりがつのる。通常の彼のニンジャ膂力をもってすれば、恐らくこの鳥籠程度であれば脱出もできよう筈だ。だがそれが出来ないのだ!

「さて、墨壺……」ウィッカーマンは台座上の陶器の蓋を撫でた。「墨壺と申したか、クアース=サン?同胞に確かに申したな?この墨壺を奪取せよと……ムフフ……拡散させた宝物の情報の中から墨壺を敢えて選ぶ、何らかの意図ありや」「ザイバツ。ザイバツ・シャドーギルド」クアースは朦朧と呟く。

「フム。ギルド……」「我々は……カツ・ワンソーとのイクサに備え……」クアースはブツブツと呟いた。ウィッカーマンは質問に答えた……彼は正体の一端を明かした気がする……だから、今度は自分も答えねば悪い。礼儀にもとる。礼儀にもとれば主君ダークニンジャの恥……「ニンジャ六騎士の……」

「六騎士とは!」ウィッカーマンは繰り返した。「我らが前方後円墳に身を潜めて幾星霜。地には鉄の自走機械が蠢き、天に鉄のマグロが泳ぐ。夢を飛ばし、モータルの文明果実の熟するさまを愉しむは格別……人の世にありて、お前達は蛆のたかる六騎士の腐れ法螺話漁り」

 クアースの舌がもつれた。まだ話さねばならない。ウィッカーマンは問いの答えに満足していないからだ。問いを交互に応酬するいにしえのニンジャ作法「問い返し」……クアースはいまだ経験浅く、その作法に則り狡猾に立ち回る術を知らない。加えてこの緋色の光だ。彼の精神力は限界に近い。

 もっと答えなければ……もっと答えなければ……クアースは焦った。満足させなければ、主君の恥……「ウーッ」ドモボーイが身じろぎした。うわごとめいて瀕死のニンジャは言った。「ダメだ……馬鹿野郎」意識を取り戻したのだろうか?クアースは震え声を出した。「でもウィッカーマン=サンが」

「やめろ……お前、ペースに乗せられ……アバーッ!」ドモボーイはのたうった。腕の付け根から、ビュッビュッと鮮血が迸る。ウィッカーマンはそれを見、残忍な笑いに眼を細める。恐るべきニンジャはドモボーイに再び近づこうとした。「イヤーッ!」それを邪魔したのは闇から飛来した短剣であった。

「イヤーッ!」ウィッカーマンは上体を反らして短剣を回避!飛来方向へ鎖クナイを投げ返した。彼が鎖を引き戻すよりも速く、ディミヌエンドが前傾姿勢で飛び出してきた。躱したのだ!「イヤーッ!」ウィッカーマンはチョップで応じた。「イヤーッ!」ディミヌエンドが円月刀を繰り出す!火花!

 ウィッカーマンのチョップは円月刀の側面を打ち、切っ先を逸らす。すかさず膝蹴りを繰り出すと、ディミヌエンドはやや横へ身体をずらし、これを回避!「イヤーッ!」肘打ちを繰り出す!「イヤーッ!」ウィッカーマンは身を屈めて回避!ショートフックを繰り出す!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」ディミヌエンドは至近距離の取り回しにそぐわぬ円月刀を垂直頭上へ放り、ショートフックを掌で押さえ込んだ。逆の手で人差し指と親指を伸ばし、ウィッカーマンの両目にサミングを繰り出す!「イヤーッ!」ウィッカーマンは一瞬速く頭突きで応じる!「イヤーッ!」「ンアーッ!?」

 ナムサン!なんたる素早い反撃対応か!ディミヌエンドの左手が額当ての強烈な打撃を受けてひしゃげる!アブナイ!ウィッカーマンはディミヌエンドに致命的打撃を……否、繰り出さない!彼はディミヌエンドを押しのけ、台座へロケットスタートした。墨壺!墨壺が宙に浮き、輪郭がノイズを発する!

「イヤーッ!」ウィッカーマンがノイズ輪郭めがけ、ヤリめいたサイドキックを繰り出す!「イヤーッ!」ノイズ輪郭が火花を散らし、ブレーサーで蹴りを受けながら、黒装束のニンジャが姿を現す。ミラーシェード!半身中腰姿勢、後ろ手に墨壺を抱える!「フゥーム?」ウィッカーマンが目を見開く!

 その瞬間、緋色の光が断たれた!台座から墨壺が剥がされるや、壁や天井に葉脈めいて明滅していた光の帯は途絶え、鳥籠牢獄の光も失せた!フシギ!「アバーッ!?」クアースの悲鳴!「ウフフフ、中の墨を零すでないぞ!」ウィッカーマンはミラーシェードへ言った。「誰の得にもならぬゆえ!」

「ドーモ」ミラーシェードは素早く墨壺の蓋を回してロックすると、懐へしまいこみ、オジギをした。「ミラーシェードです」「ドーモ。ディミヌエンドです」ディミヌエンドもそれに続く。左手指は惨たらしく折れ曲がっているが、その目の闘志は消えていない!

「ドーモ。ウィッカーマンです」挟み撃ちの間合いでカラテを構える二者に、ウィッカーマンはアイサツを返す。「ザイバツ・シャドーギルドとやら。ウフフフフ……その壺はお前達の手に余るぞ、ハトリ者……だいじなものだ」「「イヤーッ!」」ディミヌエンドが、ミラーシェードが同時に仕掛ける!

「イヤーッ!」ウィッカーマンは半身姿勢で両手をクロスし、二者に同時にクナイを放った。二者は直撃を回避!だがウィッカーマンの想定内と見て、古代ニンジャが狼狽える事は無い。彼は両手をしならせる。すると鎖がしなやかに左右に振れ、鞭めいて襲いかかる!「イヤーッ!」

「「イヤーッ!」」ディミヌエンドとミラーシェードは同時に側転し、この鞭めいた攻撃を回避!だが、ウィッカーマンはその場でコマめいて回転!伸び切った鎖クナイ鞭が時計回りに旋回!ナムサン!何たる旋回速度か!それはあたかも殺戮の鋼鉄竜巻が現出したがごとし!「イイイヤァーッ!」

「ンアーッ!」ディミヌエンドが遅れを取る!先のイクサで負った決して小さくない負傷がうらみか!その太腿を先端のクナイが切り裂き、よろめかせる。「クッフフフフ!イヤーッ!」ウィッカーマンは回転しながら鎖を手離す!すると、おお、見よ!一体これは何事か!?

 ウィッカーマンが両手で振っていた筈の一対の鎖クナイは、クナイを両先端の重しとする一個のボーラと化してディミヌエンドへ飛来、がんじがらめにしたのだ!「ンアーッ!?」ナ、ナムアミダブツ!何たる一瞬のうちに両の鎖クナイ末端部をロック接合し投擲したウィッカーマンのニンジャ器用さ!

 いわばそれは、それまで一カ所に根を張り荒れ狂っていた竜巻が突如狙いを定めて突進して来たようなものであり、手負いのディミヌエンドが咄嗟に回避出来る代物ではなかった。ドサリと床に落ちたディミヌエンドは悔しげに歯を食いしばり、鎖拘束を逃れようともがく!そのすぐ傍でドモボーイは瀕死!

「イヤーッ!」ウィッカーマンは振り向きながらの回し蹴りを繰り出す。ボーラ鎖クナイの投擲によって生じた隙を突きにきたミラーシェードへの対応だ。「イヤーッ!」ミラーシェードは踏み込み、この回し蹴りを裏拳でガード!黒装束にノイズの波が走った。その姿が……消えた!「グワーッ!?」

 ウィッカーマンは身を捩る!背中側から突き刺さり、胸板から生えた刃!バチバチとノイズを鳴らしながら、彼の背後にミラーシェードが再び可視化される。ゴ……ゴウランガ!打撃をガードしたミラーシェードは一瞬のステルスで攻撃軌道を不過視化!側面、背後へ回り込んだのである!

「これは」ウィッカーマンが目を見開き、もがいた。ミラーシェードは更に刃を深々と突き刺す。「ア、アバーッ」ウィッカーマンが仰け反る。ミラーシェードは刃を捻り込む!「アバーッ!」ウィッカーマンが叫ぶ!傷口から迸り出たのは血ではない。炎。ミラーシェードは一瞬にして火だるまになった。

「グワーッ!?」ミラーシェードは弾かれたように後ずさる。炎!今や彼は人の形をした炎じみて、叫びながら苦悶した。「ミラーシェード=サン!?」クアースが檻を揺さぶった。「グワーッ!?」「ア、アバーッ……」ウィッカーマンはよろめき、たたらを踏む。前傾姿勢で堪える。「コシャク……」

 ウィッカーマンの傷口からは燃える重油めいて炎が噴き出し、ボタボタと地面にこぼれ落ちる。なんたるジゴクめいた光景か……これがウィッカーマンのカトン・ジツだというのか?その体内には水風船の水めいて炎が詰まっている!ミラーシェードは仰向けに倒れた。炎が掻き消える。ナムアミダブツ!

「オオオ……」ウィッカーマンが捧げ持つのは……墨壷!ミラーシェードの身体をもぎ離す際に懐から奪い取ったのだ。「我が……君……一滴たりとも失われてはおりませぬゆえ……」一歩。二歩。ウィッカーマンが台座に近づく。傷は重いのだろうか?火山噴火めいて炎が背中の裂け目から断続的に噴く!

 クアースは鳥籠牢獄の中、震えながらこの光景を見下ろしていた。マスター・ミラーシェード=サンまでもが。あのような有様に。勝てなかった。なんという怪物。なぜこんな事になった。きっかけは単なるカネモチの古物蒐集情報だ。隅で失禁しているあのふざけたモータルのカネモチ。呪われよ。

 ウィッカーマンはよろめき、床上に火の痕をボタボタと残す。「ああ……」クアースは呻いた。ニンジャ洞察力で知ってしまう。知りたくも無い事を。ウィッカーマンの傷は塞がりかけている。歩を進めるごとに、その動きは再び着実なものになってゆく。彼は再び墨壷を台座に戻そうというのか。

 ミラーシェード。ドモボーイ……カイシャクならまだいい。最悪の場合、あの印を額に刻まれて……。(((ミラーシェード=サンは何故ここに)))クアースの思考が乱れる。圧倒的絶望を前に、ソーマト・リコール現象じみて。(((何故彼がここにいる?これは新たなクエストの筈だ。何故?)))

 援軍?バカな、彼はクアース達より先に別のクエストの途上であったのだ。何故彼が……別のクエストとは一体どこへ何をしにゆくクエストであったのか。判らない。判らない事ばかり……「イ……イヤーッ!」ディミヌエンドが両腕に力を込め、巻きつく鎖の一部を跳ね飛ばした。クアースは我に返った。

 ウィッカーマンは墨壷を掲げる。台座にそれを再び据えようとする。クアースは為すべき事を電撃的に悟った。鎖はそう易々と彼女を解放しない。だが彼女はなおももがく。クアースは?クアースはどうなのだ。なぜお前はもがかないのだ?彼は自責した。墨壷が台座に戻れば元の木阿弥。然り、今ならば!

「イイイイヤァーッ!」クアースは格子にしがみつき、思い切りねじ曲げた。ウィッカーマンが墨壷を台座に再び据えると、緋色の光が壁を、天井を、籠を、再び不気味に輝かせた。「イヤーッ!」だがその瞬間、クアースは檻の外へ自らを放っていた。宙を飛び、ウィッカーマンの真後ろへ着地した。

「我が君。何一つ問題無し。しかもこれにて」「イヤーッ!」クアースはウィッカーマンに後ろからタックルを仕掛けた。「イヤーッ!」「グワーッ!」その脳天にウィッカーマンの無慈悲な肘が落とされた。「……しかもこれにて、新たに四体ものニンジャの生命エキストラクトを獲られる事に」

 クアースは脳天から血を噴き、両膝から崩れた。鎖骨の痛みが彼のニューロンに喝を入れた。彼は目を見開き、ウィッカーマンを見上げた。ウィッカーマンは振り向いた。怪訝そうに目を細めた。クアースは左手首の輪を右手で掴んだ。ディミヌエンドの叫びが聴こえた。言葉は聴き取れない。

 (((その覚悟は本当のものか?)))ニューロンに問いが響く。彼の白昼夢ではない。別の誰かの声であった。(((命は無いぞ)))ラジオの混線めいた遠い声だった。クアースは笑おうとした。ただ死ぬならば、一矢報いて死ぬ!自らの命を引き換えに活路を拓くのだ!彼は左手首の輪を起動した!

「イヤーッ!」ウィッカーマンのチョップがクアースの首を切断した。クアースは爆発四散した。胴体、頭部、等しく、塵と化して爆散した。「……」ウィッカーマンは後ずさり、カラテ警戒した。その爆発は、何にも、誰にも、害を為す事は無かった。ディミヌエンドが叫んだ。

 白色に輝く霧めいて、クアースの霧は宙に留まっていた。ウィッカーマンは恐るべき殺気を身に纏い、一切の油断無くカラテ警戒した。その目に楽観は無かった。ニンジャ第六感でこれから起こりうる何かの予兆を察知したのであろうか。……やがて、白い霧の粒は無数の0と1のノイズに変化した。

 0と1のノイズは……クアースの肉体と装束を素材とするノイズは、金属の輪の周囲に収束を開始する。それは一瞬の事だ。まず、そこにオブシディアン色のローブが生じた。そしてそれを纏う者が生じた。その者の左手首にはクアースの鉄の輪が嵌まっている。その者の顔はフードの闇の中だ。

「サラバ。クアース=サン」ローブ姿の存在は無感情に呟いた。「彼のイサオシは永劫に刻まれよう」「……!」ディミヌエンドは鎖の破壊すら忘れ、雷に打たれたような畏怖で見つめた。ローブの者はウィッカーマンにオジギした。「ドーモ。ゴグウ・ニンジャ=サン。ダークニンジャです」

「ドーモ……ダークニンジャ=サン」ウィッカーマンはアイサツを返した。「さきのサンシタのヘンゲというわけではないようだが。面妖なジツを。そして、おれの名を口にしたな」「……」ダークニンジャはカラテを構えた。ウィッカーマンは一歩後ろへ退き、間合いを取る。

「お前は一人寂しく飼い主の戻りを待つ哀れな犬だ。だがその忠誠が報われる事はない。お前が省みられる事はない」ダークニンジャは墨壷を一瞥した。「そのけなげな努力は何一つ実を結ぶ事がない」ローブの闇の中に眼光が灯り、ウィッカーマンを射る。「お前は誰からも必要とされぬまま滅びるのだ」


6

「クフフフフ下郎」ウィッカーマンは喉を鳴らして笑った。だがその瞳に満ちるのは敵意と憎しみだ。「チョップひとつ満足に打てぬサンシタがメソメソ泣くを聴いて、おっとり刀で馳せ参じたか」「その墨壺をいただく」ダークニンジャは低く言った。「お前には過ぎた玩具だ、ゴグウ・ニンジャ=サン」

「ズガタッキェー!」ウィッカーマンは目を見開き一喝した。空気が震える程の怒気!「アバーッ!」やや遠くで発せられた悲鳴はナミコモ!両目から血を、口から吐瀉物を噴き出し、既に生命衰え果てたモータルは、いにしえのニンジャスラングがもたらしたニンジャリアリティショック反応で事切れた。

 ダークニンジャの超自然の熾火めいた眼光は、ウィッカーマンの怒声にさざ波ひとつ返さなかった。「念のため訊いておくとしよう。答えよ、ゴグウ・ニンジャ=サン。この地上において、お前の他にカツ・ワンソーの手のものの覚醒ありや」「……知らぬ」ウィッカーマンは呻いた。「おれは備えるのだ」

「どうして……何が」ディミヌエンドは二者の間に渦巻くカラテ緊張に身を震わせ、呟いた。「テメェの鎖を壊せ、ディミヌエンド=サン!」ドモボーイが呻いた。傷口から零れる血は減りつつある。ニンジャ耐久力の為せるわざだ。「お前、まだイクサできるんだろうがよォ!畜生、何が起きてやがる……」

「わたし……」ディミヌエンドは我に返り、再び身体に力を込め始める。鎖が軋む。ドモボーイは這いずった。「クアース=サンはどうなった、死んだのかよ……あれは、あるじ……ダークニンジャ=サンなのか?ディミヌエンド=サン、どうなって、アバッ……俺の腕、ダメか……?」

「ニンジャの血肉を用いて現れ出でる。それはいかなるジツだ」ウィッカーマンが問う。「おれには興味がある。ハトリ者がキンカクにコソコソ逃げ隠れたワザではあるまい。あれは記憶も肉体も失うゆえに」「古事記の世の生き腐れにしては好奇心の旺盛な事だ。ハラキリもお前にとっては遠い未来の筈」

「おれの眠りは余の者よりも浅かった。眠りを妨げた者がおったゆえ(ウフフフ、そこで死んでおる干し肉もその一人よ)……」ウィッカーマンは謎めいて言った。「それが我が不幸であり、僥倖でもあった。我が君のため、万全に備えられるゆえ。さあ、次はお前。既におれはお前の問いに一度答えたぞ」

 ダークニンジャはウィッカーマンの問いを吟味し、やがて答えた。「ドラゴン・ニンジャが遺した装置の援用だ。腕輪は単なる受信装置に過ぎぬ」「ドラゴン・ニンジャの装置とな……?」ウィッカーマンが眉根を寄せた。「またも忌々しき者の名を口にする……またも六騎士!」

 キョート城についてダークニンジャは言及を避けた。最小限の回答だ。「何の装置だ」ウィッカーマンは身を乗り出す。「あの淫売はソガら外道どもと何を企んでおった?」「答える必要はない」ダークニンジャは冷たく言った。「お前は他のカツ・ワンソーの手の者の所在を知らぬ。ゆえに問答は終わりだ」

「なんたる横柄な態度!」ウィッカーマンは笑った。「まことザイバツ・シャドーギルドとやらのニンジャは増上慢の宝庫。お前が首魁であるな?平安時代、江戸時代、クッフフフ、ましてや近現代!神代に比すれば、所詮児戯に過ぎぬことよ!」「ミラーシェード=サン」ダークニンジャは振り返った。

「あるじ」重傷を負ったミラーシェードがかろうじて身を起こす。ダークニンジャは無感情にそれを見た。彼は片手を差し上げた。ミラーシェードは力を振り絞り、無言の命令に応えて、懐のニンジャソードをダークニンジャに投げ渡した。「奴の体内にはカトンの炉が……ご注意を……」「イヤーッ!」

「イヤーッ!」ミラーシェードめがけてウィッカーマンが投擲したカイシャクのクナイを、ダークニンジャはカラテで弾き飛ばした。そして飛来したニンジャソードを掴み取るや、ウィッカーマンに向き直りながらの斬撃を見舞った。「イヤーッ!」

「イヤーッ!」ウィッカーマンはワン・インチへ踏み込み、斬撃を回避!そのままショートフックを叩き込みにゆく。「イヤーッ!」だがダークニンジャの身体は弾かれたように後ろへ跳び、これを回避!ローブが生き物めいてはためき、超自然の斥力を生み出す!

 間髪いれずダークニンジャは透明の壁を横に蹴るかのように虚空で跳ね、再びウィッカーマンに襲いかかった。「イヤーッ!」鞘走るニンジャソード!イアイ!「イヤーッ!」ウィッカーマンは鎖クナイを鞭めいて繰り出し、これを弾き返す!「イヤーッ!」ダークニンジャは空中回し蹴りを繰り出す!

「イヤーッ!」ウィッカーマンは上に飛んでこれを回避!三つのクナイ・ダートを同時投擲!「イヤーッ!」ダークニンジャは刃を閃かせてこれらを弾き返す。そして追うように垂直跳躍!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」二者は上昇しながら繰り返し切り結ぶ!闇に火花が走る!そして、KRAAASH!応酬の余波で支える鎖を切断された鳥籠牢獄の一つが床へ落下、砕け散る!「アバーッ!」中の虜囚がひとたまりもなく圧死!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」切り結ぶ二者はそのまま落下し、台座上の墨壺の周囲をマイめいて動き回りながら、激しい攻撃を互いに繰り出し続ける!ゴウランガ!ドモボーイは驚愕と畏怖を隠すこともできず、床に横たわったまま、ただそれを見守る!

「イヤーッ!」ディミヌエンドは最後の拘束を跳ね飛ばした!「ドモボーイ=サン!」彼女は駆け寄った。「アバッ……こんなもの、ツバつけときゃよォ」ドモボーイの減らず口は続かなかった。彼は一瞬失神した。「ドモボーイ=サン」「何がどうなってやがるんだよ……」その目から焦点が失われる。

「何でだよ……ナンデ」ドモボーイは呟いた。ディミヌエンドは涙をこらえた。目の前ではダークニンジャとウィッカーマンが激しいイクサを続ける。つけいる隙の無い、恐るべき戦闘を。「脱出し、アンカーで帰還しろ」仰向けに倒れたまま、ミラーシェードが言った。「戻れ。ディミヌエンド=サン」

「わたし」「ヌウーッ」ミラーシェードは床に手を着き、身を起こした。「お前はカラテの才がある。マスターにも恵まれている。犬死にすべきニンジャではない」黒い装束からは断続的に火花が散り、高熱による損傷がハイ・テック機構にまで及んでいる事を示す。「お前達のクエストは完了した」

「マスター……マスター・ミラーシェード、ナンデ」ドモボーイが呟いた。「貴方がどうしてここに」「……」ミラーシェードは片膝をつき、出口から入り込んで来る数体の歪んだヤクザを注視する。ミラーシェードはまだ戦うつもりでいる。彼は言った。「ならば言い換えよう。お前が退路を拓け」

 ディミヌエンドはミラーシェードを、ドモボーイを見た。それから歪み者達を。「イー……」「イイー」創り主に何らかのテレパス・ジツの類いで呼び寄せられて来ているのだろう。ディミヌエンドは得物を構えた。そして頷いた。「わかりました」「私は後からついてゆく。地ならしをしろ」「ハイ」

「行けェー」ドモボーイが言った。「お前は強いんだからよォ」「行け」ミラーシェードは己のニンジャ耐久力を少しでも高め、カジバチカラめいた当座の体力を取り戻すべく、じっと静止している。「ドモボーイ=サンは私が回収してゆく。命があれば」「わかりました!」ディミヌエンドは駆け出した。

「イヤーッ!」「イイーッ!」「イヤーッ!」「イイーッ!」ゆくてを遮るものの手が、脚が、ディミヌエンドの二刀流カラテによって次々に跳ね跳ばされてゆく。そのまま彼女は闇の奥に消えた。 

「畜生ーッ」ドモボーイが咳き込みながら毒づく。ミラーシェードはドモボーイの胸に手を当てた。「十分だ」そして彼は見渡した。広間の壁沿い、足首の高さに穿たれた通気口から這い出し、じわりじわりと彼らを包囲にかかるあらたな歪み者達を。「あるじへのインターラプトを許すわけにはいかん」

 ……「イヤーッ!」「イヤーッ!」放たれた鎖クナイはまたもダークニンジャを捉え損ねる。超自然の斥力を生む暗黒のローブはダークニンジャ自身のカラテによって動き、彼に変幻自在の三次元戦闘をもたらす。今の彼の装いは布装束とこのローブのみ。斥力を妨げる装甲は皆無である。攻撃は躱すもの。

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ウィッカーマンは鎖を掴んで振り回し、その致命的触手に敵を絡めとろうとする。乱れ飛ぶ鎖と刃の狭間を、鋭角的な軌道を描いてダークニンジャが迫る。「イヤーッ!」ワン・インチ距離へ迫ろうとするダークニンジャにウィッカーマンがチョップ突きを繰り出す!

「イヤーッ!」額と額がぶつかり合う程の距離から突如ダークニンジャが消える!否!90度の方向転換でウィッカーマンの視界を切ったのだ!クナイ・ダートがローブの中から放たれ、ウィッカーマンの首と心臓を狙う!「イヤーッ!」ウィッカーマンは鎖クナイを振り回し、それらを撃墜!

「イヤーッ!」ダークニンジャは更なるクナイ投擲を行い、後転しながら床に着地した。ローブがバサリと音を立てて重力のくびきを受け入れる。「イヤーッ!」一瞬の隙をつき、ウィッカーマンがクナイ・ボーラを投擲!ディミヌエンドを拘束した危険な攻撃!鎖の竜巻がダークニンジャを襲う!

「イヤーッ!」ダークニンジャは斜め頭上へクナイを放った。何故!クナイ・ボーラがビョウビョウと音を立てながら迫る!そこへナムサン!クナイによって天井からの吊り鎖を断ち切られた鳥籠牢獄が落下!KRAAASH!飛来したクナイ・ボーラを巻き込む!「アバーッ!」籠の中の虜囚は当然死亡!

「イヤーッ!」粉塵の中から弾丸めいた一直線でダークニンジャが飛び出し、ウィッカーマンの正面に再び迫る!「イヤーッ!」そこへヤリめいたサイドキック!狙い澄ましたカウンター狙いの一撃だ!「イヤーッ!」ナムサン!だが、またもダークニンジャ消失!「グワーッ!」ウィッカーマンの叫び!

 ウィッカーマンは胸から飛び出したニンジャソードの刃を見下ろす。カラテ斥力を用いた恐るべき反射ムーブメントによって、ダークニンジャはウィッカーマンの攻撃を躱すとともに背後をとり、刺突攻撃を繰り出したのである。「ヌウーッ……フフ……ウフフフフ!」ウィッカーマンはしかし笑い出した!

「ウフフフフアハハハハハハ!」傷口から噴き出した猛烈な炎が、刃を溶かしながら伝い、ダークニンジャに襲いかかった!ミラーシェードは今まさに迫り来た歪み者を切り伏せ、絶望の影を含んだ目でダークニンジャを見た。己を焼き焦がした攻撃に捉えられたあるじを!

 おお、ナムサン!これぞ、ウィッカーマン、即ちゴグウ・ニンジャの秘めたる必殺のカトン・ジツ!ゴグウ・ニンジャは罪無き非ニンジャを生きたまま山と積んで焼殺、その炎の中でザゼン修行を行ったリアルニンジャであり、以て体内に不浄な炎を滾らせる邪悪なジツを身につけたのである!

 ダークニンジャの輪郭は今や赤々と炎に包まれ、神話の生け贄めいていた。「ハーハーハハハハハ!」ウィッカーマンは胸から炎をビュウビュウと噴き上げ、狂笑した。そして背後のダークニンジャから身をもぎ離す!「ハハハハグワーッ!?」だがウィッカーマンは次の瞬間エビ反りに吹き飛んだのだ!

 当然ウィッカーマンの背中に強烈なヤリめいたサイドキックを叩き込んだのはダークニンジャである!不気味なオーロラめいて禍々しく燃え輝く暗黒のローブを背後空中2メートル地点に残留し、オブシディアンのシルエットが床を蹴った。布装束姿のダークニンジャは、吹き飛ぶ敵よりも速い速度で追う!

「イヤーッ!」「グワーッ!」キャノンボールじみた勢いのトビゲリがウィッカーマンの背骨に更に突き刺さる!「グワーッ!」不等号記号じみてエビ反りになったウィッカーマンはそのまま壁へ!だが、やはりそこはいにしえのゴグウ・ニンジャ!空中で身体を捻り、壁を蹴る!「イヤーッ!」

 背中の傷からロケットエンジンめいて火を噴くウィッカーマンは、その勢いを乗せた強烈極まるジャンプパンチで襲いかかる!「イヤーッ!」ダークニンジャは両腕をクロスし、これをガード!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ダークニンジャを、殴る!殴る!殴る!

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」恐るべき連打!背中だけではない。いつしかその肘からも燃える血がジェットのごとく噴き出し、打撃速度と威力を上乗せしている!ダークニンジャはクロスガード姿勢でこの乱打に耐え続けた。だが、ナムサン!ついに押し切られ、後ろへ吹き飛んだ!「グワーッ!」

「イヤーッ!」今度はウィッカーマンが追撃を狙う!吹き飛ぶダークニンジャに更なるジゴク連打を叩き込むべく回転ジャンプを繰り出す!「イヤーッ!」だがウィッカーマンを見据えるダークニンジャの目はあくまで冷徹であった。冷たい否定と憎悪の目だ!彼を空中で受け止めたのは、暗黒のローブ!

 ひとたびウィッカーマンの身体を離れれば、その貪欲な炎はそう長く持続するものでもなかった。ましてその炎と対したのが、キョート城のオヒガン・ゲートを超え、ロード・オブ・ザイバツの邪霊と対し、滅ぼし、そして生還した者のカラテ・エネルギーの化身であってみれば!

 ウィッカーマンの目はこのイクサにおいて初めて、疑念と驚愕に見開かれていた。ダークニンジャを受け止めた暗黒のローブは背中から再びあるじを包み込み、覆い隠した。ウィッカーマンは空中で回転の勢いをつけた鎖クナイを投げ放った。「イヤーッ!」「イヤーッ!」ローブが再び斥力を生み出す!

 鎖クナイの攻撃は虚しく宙を切る!「ヌウーッ!」ウィッカーマンは身をひねり、鳥籠牢獄の上に着地!振り子めいて揺れながら、さらなる攻撃手段を吟味する。「イヤーッ!」宙を蹴ったダークニンジャはニンジャソードの溶けた切っ先をチョップで斜めに折ると、ウィッカーマンめがけ再度宙を蹴った!

 ハヤイ!ウィッカーマンは鳥籠牢獄の鎖をチョップで切断し、垂直に落下!だがダークニンジャは更なる斥力を己のカラテ生成物たるローブによって生み出し、真下へ跳んでこれを追う!ウィッカーマンは落下する鳥籠の上で身を一瞬沈め、そして、迎撃のサマーソルト・キックを繰り出す!「イヤーッ!」

 ダークニンジャの姿が揺らいだ。サマーソルトキックがダークニンジャを捉える事は無かった。「キリステ」彼は床に片膝をつくように着地した。背後で今の鳥籠牢獄が床に叩き付けられ損壊した。「ゴーメン」ニンジャソードの刃が粉々に砕けた。ウィッカーマンが空中対角線上で真っ二つに裂けた。

「これがデス・キリだ。ゴグウ・ニンジャ=サン」ダークニンジャはウィッカーマンを振り仰ぎ、言い放つ。「もはやこの世にお前の居場所は無い。お前の重ねた歳月の一切が無駄だ。呪われよ」「サヨ!ナラ!」ウィッカーマンは爆発四散した。

 と同時に、満身創痍のミラーシェードを数の力で追い込みにかけていた有象無象の歪み者達も、操り主を失い、腐肉じみて崩れ、床に堆積した。彼のイクサは荼毘をハゲタカから守るモンクめいて悲壮であった。ドモボーイは動かない。ミラーシェードももはや立ってはおられず、その傍らに膝をついた。

 ダークニンジャは台座の墨壷の蓋を外し、中をあらためた。緋色の光を放つ奇怪な泥濘。彼は眉根を寄せ、墨壷を台座から剥がし取った。緋色の光が失せた。彼は部下のもとへ歩いて行く。「奴がカツ・ワンソーの帰還を夢見、モータルやニンジャの命から精製しようとした呪物が入っている」

「此奴は助からぬかと」ミラーシェードはドモボーイを示して言った。ミラーシェード自身もまた、そうして倒れずにいるのがやっとの状態である。ダークニンジャは墨壷の蓋を外し、中に収められた緋色の泥濘を指で掬い取った。「尋常の物でないが、我らには不要だ。あくまで壷そのものに用がある」

「それは」「すぐに呪物は乾き、力を失う。ここで使え」ダークニンジャはドモボーイのメンポを剥がし、泥濘を含ませた。数拍の間を置き、両腕を失ったニンジャは痙攣を始めた。「アバーッ!」覚醒し、床をのたうち回る。ミラーシェードは自らその泥濘を壷から取り、同様に嚥下した。彼は呻いた。

 ダークニンジャは床で苦悶するドモボーイを見下ろし、ミラーシェードに言った。「お前に余力があれば、連れて帰るのもよかろう」そして墨壷を差し出す。「気を抜くな。墨壷は必ず持ち帰れ」ミラーシェードは頷き、懐へしまい込んだ。「クアースは!クアース=サンは!」ドモボーイが叫んだ。

「クアース=サンは死んだのですか」「死んだ」ダークニンジャは答えた。「腕輪はジツではない。専用のLAN回線をネクサス=サンに繋ぐためのものだ。彼を経由し、キョート城と腕輪それぞれが繋がっている。ニンジャの肉体……城に縛られたニンジャの肉体を消費せねば、おれは現世に立てぬ」

「俺、俺は……」ドモボーイが呻いた。「お前達はよくやった」ダークニンジャはそれ以上説明をしなかった。「気を抜くな」彼はミラーシェードにもう一度言った。彼の姿は0と1のノイズに変換され、数秒後には跡形も無く消滅した。当然、クアースの死体がそのあとに現れる事も無かった。

「畜生」ドモボーイは歯を食いしばった。ミラーシェードは感情の読み取れぬ目で己のアプレンティスを見下ろした。ドモボーイは言った。「俺にもよくわからねえんです。ただ悔しいんだ。わからねえけどさ……俺……」「その様子ならば、お前をここに捨てずにすみそうだな」ミラーシェードは言った。

「あのさ……マスター・ミラーシェード=サン」ドモボーイは言った。「もう一つだけ訊きたいんだ……ミラーシェード=サンが、どうしてここに居たのかッて……俺達を追って来たんですか?それとも先に何か調べに来て?」「……」「この城の実際のとこを、マスターや、上の人らは、その……」

「お前はどう思う」ミラーシェードは逆に尋ねた。ドモボーイは答えを探した。城に棲む恐るべきニンジャ。そして墨壷。ダークニンジャの肉体化。「織り込んだ計画だとすれば、どうする。お前らを騙した形だとすれば。恨むか」「……」ドモボーイは顔をしかめた。「わからねえです。わからねえよ」

「クエストは成功裏に終わった」ミラーシェードは言った。「少なくともそれは真実だ。わかるか」「……真実」「お前を担いで帰る」「起こしてください。歩けるか、やってみますよ。荷物みたいでみっともねえからよ」「よかろう」

「少なくともスパルトイの奴よりは、ずっと役に立てると思うんですよ、俺は」「それだけ口がきけるなら安心だな」「あの女……アイツさあ、マスター……」ドモボーイは己を強いて、他愛のない話を絶え間なく持ち出した。彼は必死に話し続けた。そうするしかなかった。

 

◆◆◆

 

「握って、開く。そう」外科医は大げさな身振りを交えてドモボーイに指示した。「もうしっかり繋がった」「本当か、オイッ!カラテがなまってしょうがねえ。イクサだ!」「せっかちはイケナイです!慣らしが要ります」「アアッ?」「アイエエエ!わかってくださいよ!大変な重傷だったんです!」

 ……廊下に出たドモボーイはカーボンフスマを蹴りつけ、足早に廊下を歩いた。幾つかの渡り廊下を経て、螺旋状の階段が外周沿いに存在する円柱状の竪穴へ。底の広間には奇怪な魔法陣じみた図形が描かれ、襤褸をまとったニンジャがしゃがみ込む。ネクサスだ。

 その傍には、恐らくたった今アンカーから帰還したばかりであろうディミヌエンドが、肩で息をしながら佇んでいる。待つのはスパルトイか。ニーズヘグか。別の誰かか。螺旋階段を降り切ったドモボーイは、そのまま奥のアーチ扉へ向かう。ディミヌエンドは顔を上げ、ドモボーイを見る。

 その身体のあちこちに、大小の新しい傷。ドモボーイは歩く速度を緩めず、通り過ぎる。「……ドーモ」ディミヌエンドが会釈した。「ドーモ」ドモボーイは会釈を返した。「腕」ディミヌエンドが呟いた。ドモボーイは鼻を鳴らした。「ツバつけて直したぜ」「そうね」ディミヌエンドは少し笑った。

 二人はそれ以上の言葉をかわさず、すれ違った。軋むアーチ扉を開け、ドモボーイは次の廊下へエントリーした。


【ザイバツ・ヤング・チーム】終



N-FILES

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オヒガンを漂流するキョート城に、ザイバツ・シャドーギルドの残党が息づいていた。彼らはダークニンジャを新たな首領に戴き、各地に転送されるニンジャ達が対カツ・ワンソーの呪物を求め、ニンジャクエストに挑み続けていた。

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