見出し画像

【ネヴァーダイズ 1:オハカ・エピタフ】

◇総合目次 ◇初めて購読した方へ ◇三部作アーカイブ

この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版は上記の書籍に収録されています現在第2部のコミカライズがチャンピオンRED誌上で行われています。




第3部最終章「ニンジャスレイヤー:ネヴァーダイズ」より



【1:オハカ・エピタフ】



 色を失ったメガロシティ。ネオサイタマは十数年ぶりの寒波に見舞われていた。

 重金属酸性雪で灰色に染まった摩天楼は、さながら整然と立ち並ぶ緩慢な巨人たちのカンオケ。蜘蛛の巣の如く張り巡らされるケーブル。整然とハイウェイを走る陰鬱な車の列は、死骸を貪る甲虫の群れか。だがこの街に真のハカバは無い。合理化の名のもとに撤去され電子化、管理下、やがて忘却の果て。

 巨大なカスミガセキ・ジグラットは、電子貨幣と秩序を崇める顔の無い司祭たちの祭壇にして、それら全てを睥睨する王族のデジタル墳墓の如し。その頂に君臨していた男アガメムノンは、さらなる高みを目指し、凍てつく街を離れた。傲慢なる半神は月を目指し、世界全土を再定義し、支配しようとしている。

 オオヌギ・ジャンク・クラスターヤードは、大規模な犯罪温床浄化プロジェクトの後に更地と化し、イミテイション自然公園と暗黒メガコーポの資材置場に変わった。オオヌギの名は地図から消え、住民達の行方は知れぬ。その名が記されたカンバンは鉄骨基盤の下、砕けたオジゾウの隣で静かに錆びゆくのみ。

 ニチョームは01の巨大な光柱の中に消えた。その異様な光景は、近隣ディストリクトの高層ビルからも容易に観測できる。一帯は立入禁止区域となり、なんら市民への説明は行われていない。暗黒メガコーポ、あるいは軍の実験か。様々な憶測が飛び交うも、それをIRC上で吐き出すウカツな市民はいない。

 空には黄金立方体が浮かび、01の風が吹く。明らかに異常な何かが、まかり通ろうとしている。真実が隠され、作り替えられようとしている。抑圧された人々は、欺瞞に満ちたニュースとタノシイドリンクの力で不安を振り払う。治安は向上している。犯罪は減っている。そうチャントめいて繰り返しながら。

 およそ、まともな感情と人間性を守ろうとすればするほど、この街では正気を保てない。LANケーブルにまみれたサイバネ辻説法師が、終末論じみた戯言を叫び、ハイデッカーに追われる。黒い装甲に覆われた重マグロツェッペリンが空を覆い、威圧的な漢字サーチライトと、柔らかな鎮静番組を投げ落とす。

 かくの如く凍てついた都市の中、監視カメラをかいくぐりビルを跳び渡る、ひとつの赤黒い影あり。彼は岡山県での過酷な修行の果てに、この街へと戻っていた。襤褸布めいたニンジャ装束。口元には「忍」「殺」の鋼鉄メンポ。腰にはドウグ社製のヌンチャク。その背には、重いオブシディアン製の一枚岩。

 無論、常人の筋力でそれを背負うことはできない。彼は膂力をみなぎらせ、ニンジャの力でそれを運んでいる。内なるニンジャソウルが、彼に超常のカラテをもたらしているのだ。(((見よフジキドよ、お前の凶相が映っておるぞ……!)))ニューロンの同居者は、大型モニタの指名手配映像を見て嗤った。

 街を見渡す彼の目は憎悪で赤く輝き、メンポからはジゴクめいた蒸気を吐き出す。あの日、フジキド・ケンジは全てを失った。あの日死んだサラリマンは、ニンジャとなって蘇った。復讐のため。ニンジャの力をもってニンジャを殺すため。そして。(((見よフジキドよ、あそこにお前のハカバがあるぞ)))

 前方に、マルノウチ・スゴイタカイビルが見えた。ニンジャスレイヤーは高く跳躍し、目を逸らさずそれを見た。サイバーサングラスで目を塞いだ人々は、かつてここで何が起こったかを、もはや覚えてはいない。ビル前の広場では、誰かが捧げたと思しきセンコが無関心に踏みにじられ、灰色の雪の中に沈む。

 かつてここでニンジャが戦い、爆発が起こり、大勢の市民が死んだ。その事実も改竄され、隠蔽され、忘れ去られた。仕事場へ急ぐサラリマンたちが、黙々と行き交う。忘却と無関心こそが、この世の常であると言わんばかりに。ニンジャスレイヤーは目を逸らさず、歯を食いしばり、その光景を睨め下ろした。

 これが世の常か。だが、だとしたら、何が己を生き残らせたのか。

(((何を躊躇しておるフジキドよ。ここに群がりおるは、ニンジャの餌ぞ。いっそここでイクサを構え、皆殺せ)))「黙れ、ナラク…!」(((あ奴らをくびり殺し、そのニンジャへの憎悪すら、我らの力とせよ!我らはあとに屍だけを残して大地を歩み、殺し尽くし、焼き尽くせばよいではないか!)))

「違う……!」(((ググハハハハ……!お前の憎悪を感じるぞ、フジキドよ。解っておる。解っておる。無念よの。お前はずっと己を騙し続けてきたのだから。最早その必要は無い。殺せ!殺せ!殺せ!ニンジャへの憎悪を啜れ、フジキドよ……!そして全てのニンジャを殺せ!今の我らならばできる!)))

「Wasshoi!」禍々しくも躍動感のあるシャウトが、スゴイタカイビル前広場に響いた。行き交う市民は、空を見上げた。赤黒い影が降ってきた。それは凄まじい音とともに、広場に設置されたオナタカミ社の大型ショウケースをカラテで粉砕した。その中に収まっていた多脚戦車シデムシが起動した。

「「「アイエエエエエ!?」」」広場にいた市民は逃げ惑い、遠巻きに見守った。ガラスと共に砕かれたコンクリート。舞い上がる煙の中を、人工脳を搭載した多脚戦車がうごめく。「イヤーッ!」銃弾よりも早く、カラテシャウトが響き、重い打撃音、そして凄まじい金属破砕音が鳴った。

 空気を震わせるカラテシャウトの残響が収まり、粉塵が晴れると、暗黒メガコーポの最新展示製品とガラスとコンクリートは、瓦礫の礎に変わっていた。その上に、黒い石板がハカイシめいて突き立てられていた。それは数百の犠牲者の名を刻まれた、黒い墓碑。かつて、その場所に立っていたものであった。

 多脚戦車が、一瞬で破壊された?人々は何が起こったのかも分からず、恐怖に打たれ棒立ちとなった。そして墓碑の横に立つ怪物を見た。赤黒の装束を纏い、マフラーめいた襤褸布をはためかせる、人外の怪物であった。ジゴクめいた蒸気。熱された鉄の如く発光する瞳。超常のカラテ。ニンジャがそこにいた。

 市民のサイバーサングラス越しに、アルゴスの視線がニンジャスレイヤーへと集まる。『その場から動かないでください』アルゴスはハイデッカーIRCを通し、その場の市民らに命令を下し続ける。『ハイデッカーが対処します』何が起こっているのかも解らぬまま、人々はなすすべもなく、命令に従う。

 フジキドの目が憎悪に燃え、ナラクが嗤う。(((ググハハハハ……!さあ殺せ!気に病むことなど無い!こ奴らを殺せ!我らがやらずとも、じきにニンジャに殺されることを知らず、目も耳も口も塞いでおる連中よ!大地にどす黒い血の川を流し、憎悪を啜れ、フジキドよ!そのために来たのであろう!)))

(((違う!見るがいい、ナラク!)))ニンジャスレイヤーは市民らに背を向け、肩から湯気を立ち上らせながら、墓碑と向き合った。己の内の怒りが何なのか、いまや彼は確と認識していた。それはドラゴン=センセイに続きヴォーパル=センセイによって復讐者に授けられた、二番目の不純物であった。

「私は……!」ニンジャスレイヤーは腕を震わせながら、半ば鈎爪の如く化した右手の指を墓碑へと伸ばし、己の名前に触れた。己は生きている。己は死せるサラリマンではない。己はネオサイタマの住人だ。そして、隣に並ぶ者たちの名を、胸の奥で復唱した。二度殺された者たちの名を。フユコ、トチノキ。

 一瞬の惑い。それは恐怖か。己も死者として妻子とともに在りたいと願い続けていたのか。だがフジキドはニンジャに攫われた子供を抱いたあの夜のように、立ち向かい、妻子の名を祈り、誓い、爪で一本の線を刻んだ。ネオサイタマの住人となるために。生者の怒りとカラテを、内より湧き上がらせるために。

 フジキドはいつからか、己の胸の中にあるニンジャの理不尽への憎悪に、不純物が混じっていることを認識していた。不純物は、この地から慰霊碑が抉り取られた夜に生まれ、サップーケイの中で研がれ、開戦前夜の戦いで敗北に至るまで、彼の心臓を内側から切り裂き続けた。ヴォーパルがそれに名を与えた。

 手綱を握るのは己自身。人間性を守り、憎悪の力を御さねば、己自身もまた邪悪なニンジャへと堕する。あるいは巨大な災厄と化す。だがニンジャを殺すサツバツの中で、人間性を取り戻さんとすればするほど。人間らしい感情を守ろうとすればするほど。アマクダリに支配されたこの街は……!

「ともにゆくぞ、ナラク……!」ごく短い儀式を終えると、ニンジャスレイヤーは跳躍した。「イヤーッ!」再び、カラテシャウトが広場に響き渡り、彼は闇へと消えた。あとには黒い碑だけが残されていた。それはかつて撤去され、何処とも知れぬ闇の中へ遺棄されたはずの、マルノウチ抗争慰霊碑であった。

「アイエエエエ……今のは一体……」やがて、遠巻きに見守っていたサラリマンの一人が、抗い難い不条理の火に引き寄せられるように、その墓碑へと近づいた。サイバーサングラスを外し、見た。爪痕の線で消し去られた名がひとつ。それを読んだ。「フジキド・ケンジ……!」サラリマンは恐怖に打たれた。

 街頭モニタに映る指名手配犯の顔と名。今ここに現れた怪物は、もしや、あのフジキド・ケンジだったのであろうか。いや、待て、ニンジャなどいるはずがない。だが突如現れ、瓦礫の上に突き立てられた、この慰霊碑は何だ?人間業ではない。ニンジャだ。ニンジャがこれを為したのだ。カラテによって……!

 これは、未来に待つ家族の幸せを信じながら粛々と働き続けた実直なるサラリマン、フジキドが、ネオサイタマに対し己の意志と怒りでもって初めて浴びせた、反抗の一撃であった。それは断じて、復讐の正当化でも大義のためでもない。忘却の波打際に突き立てられた一本の木枝の如き、無謀な抵抗であった。

 フジキド・ケンジが慰霊碑をここに再設置する合理的な理由など、何一つなかった。ただ、そこに刻まれた者たちの名を見た時、そうせざるを得なかったのだ。この碑はここに在るべし!そう決めたのだ!彼は死せるサラリマンであることをやめた。もはや己がこの街に影響を及ぼすことを微塵も恐れはしない!

「今のは何ですか!?」「こんな物がここにあっていいんですか!?」「こんな事が許されるんですか!?」「誰か!ハハイデッカーを早く呼んでください!アイエエエエ!」広場では、未だサイバーサングラスをかけたままの人々が、抑圧されたNRSにより失禁し、IRCで叫んだ。死神は顧みず、進んだ。

 アマクダリよ、決着をつける時だ。私が何者であったか。私が何のために生きてきたか。お前たちに、私の為した何一つも無駄ではなかったと思い知らせてやろう!「イヤーッ!」次の目的地へと向かうべく、死神は千の眼をかいくぐり、ネオサイタマの闇を渡った! 黒い火の粉を散らすマフラーめいた襤褸布を、風になびかせながら!


◆◆◆


 闇の中にろうそくの火が灯った。ナイトキャップをつけた老人が不気味に照らしだされた。「ハア……」老人の吐く息は白い。窓は遮光カーテンで覆われている。寒くて明けていられないのだ。「まったくクソッタレのクソ寒波めが」老人は毒づき、コブチャを入れた。湯呑みが温かい。

「今何時だ全く」時間感覚が失せている。老人はフートンを畳み、カレンダーに印をつけた。カレンダーには「素晴らしい宇宙時間!イオニック・チタニウム片プレゼントキャンペーンに家族で参加しよう」と書かれ、美しい地球と人工衛星の写真。色褪せている。

 彼の名はタロウ・タイゴ。トコシマ区データ博物館の管理人である。宇宙時代の興奮とハードウェアを展示するデータ博物館が人々の共感を得られることはなく、常に開店休業状態であったが、以前に恐ろしい銃撃戦の舞台となって以来、管理人を置かねばならないようになった。タロウは住み込み管理人だ。

 宇宙、ロケット、ハードウェア。クソの役にも立ちはしない品物はクソッタレだ。俺と同じ役立たずの骨董に過ぎず、カネモチの道楽で集められ、こうして埃を被っている。なんと無駄な場所で、なんと無駄な仕事だろう。……タロウの思考は四六時中それだけだ。戸棚からチョコバーを取り、食べる。「ハア」

 吹雪は強まる一方だ。タロウは買い出しを怠った事を恨めしく思った。食糧が保つだろうか。「ぷっ」タロウは陰気に笑う。このメガロ文明社会において、まるで狩猟民めいた心配をしなければならないとは、人類もまだまだだ。宇宙ファックオフ。そういうことだ。彼はラジオをチューニングしようとした。

 KRAAASH!その時、ガラス破砕音がたしかに聞こえた。「アイエッ!?」タロウは息を呑んだ。こんな最悪な天候で泥棒が活動できるはずもなし。極低温でガラスが割れでもしたのか?なんたる面倒!そして少しの恐怖。タロウは備え付けの電気サスマタを持ち、管理室を出、階段を上がった。

 吹き込む氷雪を放置するわけにはいかない。雨漏りで管理室がやられるかもしれないし、さすがにクビになる。クビになれば破滅だ。彼はブツクサ文句を言いながら音のした展示室の扉を開いた。「……」タロウはしめやかに失禁した。風とともに入り込む雪。01のノイズ。その中で、赤黒の影が彼を見た。

「……」タロウは失禁しながら座り込んだ。足元に氷が広がった。赤黒の影は……ナムサン……赤黒のニンジャは、恐るべき腕力によって容易く展示ケースの囲いを取り外した。展示されていたのは、ずんぐりしたシルエットの、灰色の宇宙服であった。ニンジャはためらいなく、宇宙服を担ぎ上げた。

「アイエエエ」タロウは後ずさった。ニンジャは割れた窓へ向かって歩いた。去り際に振り返った。そして言った。「シツレイする」「そ、そんなものを、いったい何のために」タロウは震え声で尋ねた。「こんな天気なのに」的はずれな事を言った。「イヤーッ!」ニンジャは答えず、吹雪の中へ飛び戻った。


【1:オハカ・エピタフ】終わり。
次のセクションへと続く。



N-FILES

ついにアマクダリとの最終決戦の幕が開く。ヌンチャクによる対雷撃修行を終えたニンジャスレイヤーは、失われた慰霊碑とともにスゴイタカイビル前へと現れた……。このエピソードはシリーズ最終章のため、これまでの各部のシリーズ最終章と同様、フィリップ・N・モーゼズとブラッドレー・ボントが交互でシーンを担当するリレー執筆形式となっている。

続きをみるには

残り 1,682字 / 1画像

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?