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【リターン・ザ・ギフト】

◇総合目次 ◇エピソード一覧
この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版が、上記リンクから購入できる第2部の物理書籍/電子書籍に収録されています。また、第2部は現在チャンピオンRED誌上でコミカライズが連載され、コミックスが刊行されています。



1

「おや、おや、どこから入ったのだか」背後から近づく足音に男は反応した。男は当然、その声と足音の主を振り向きざまに殺すつもりであった。男は両手足を投げ出す格好で長椅子にもたれ、一見、酔った浮浪者が夜を隠れ過ごそうとしている風なアトモスフィアである。あるいは行き倒れの者か。

「珍しい時間にいらした客人である事よ」背後から近づく声は落ち着き払っており、その落ち着きぶりは男を苛立たせる。ウシミツ・アワーの礼拝堂は、当然、闇に包まれている。だから男の正体がわからぬのだ。間近に見れば恐怖に叫び出す事だろう。男は息を殺し、相手が攻撃範囲へ入ってくるのを待つ。

 あと三歩。あと二歩。男のニンジャ聴力は死刑執行の刻を計る。あと一歩。まるで素人、無警戒の接近だ。更に一歩。手首に枷めいて嵌められた鉄輪、その先の鎖を男のカラテが伝い、バズソーのモーターに注ぎ込まれ、自ずから回転を開始する。シュイイイイイ!なんたる超常現象!男は跳ね起き……

「イヤーッ!」振り向きざまにバズソーの鎖を放つ!「アイエエッ!」人影はひるみ、本能的に手を翳した……バズソーはその者のその腕ごと胸を水平に切断、さらにもう一方のバズソーが首を切断……しなかった。回転する円形の刃は老人の極近くを奔り抜け、別の長椅子を破壊し、飛び戻った。

「なんで外したァ……」男は腐臭とともに問うた。己に向けられた言葉であった。それは月だった。男がまさに跳ね起きて振り向き様に攻撃を加えようとした瞬間。窓の外、雲間から月が顔を出し、堂内を照らしたのだ。ステンドグラスの啓示的な図画を。そして神父の老人を。実際、それが理由だった。

「懺悔に参ったか。切羽詰まったご様子だの」老人は息を吐き、長椅子を破壊したバズソーが飛び戻るさまを恐怖とともに見やった。そして男を見据えた。数秒の沈黙。月明かりは男の姿をも、はっきりとさらしていたであろう。「聖職者を殺すとバチが当たるぞ、お前さん。しかも審判の日にはちと早い」

 男は全身を汚れた包帯で覆い、患者服めいたズボンをはいていた。包帯の巻かれ方は粗く、また、争いか何かの結果として破損したりほつれたりしていた。包帯の中からのぞくのは、腐敗した筋組織……老人は言った「告解なら、あっちの部屋だ。聴いてやるから入ンなさい」「ふざけるんじゃねェー……」

「とにかく落ち着きたまえ!落ち着きたまえ!」相手は後ずさった。両手を前に出し、せわしなく周囲を見渡す。「フブキ君!グール!ちょっと!こんな時に困るねェ!グール!来なさい!グール!」「……」男は訝しんだ。相手は老人ではない。リー・アラキだ。男は……ジェノサイドは、一歩踏み出す。

「イヤーッ!」呼びかけに応え、斜め上方からアンブッシュを仕掛けて来たニンジャあり!ジェノサイドは咄嗟にバズソーを振って撃墜を試みる。敵ニンジャはバズソーを腕で受け止め、反動で跳躍すると、リー・アラキを庇うように着地!そしてオジギ!「ドーモ、ジェノサイド=サン。グールです」

「ドーモ。ジェノサイド……」ジェノサイドは己の名前を一瞬確かめ、続けた。「ジェノサイドです。なんでテメェがここにいる」「それはこちらの台詞ですねェ」長身痩躯の男、リー・アラキは斜めに顔にかかった前髪を払いのけ、眼鏡を光らせた。「いや違う!正確には、なんたる幸運!と言いたい!」

「幸運?」ジェノサイドはグールを一撃で殺し、返す刃でリー先生の両膝を切断する方向で、戦術検討した。「俺とお前じゃ、幸運の定義が違うか?」「ドーモ、グールです」グールが再びアイサツした。「イヒヒーッ!」リー先生は跳び退がり、「グールは二回アイサツしてしまうのです!申し訳ない!」

 ジェノサイドは状況を整理しようとした。ここは礼拝堂だ。確かにそうだ。長椅子を幾つかバズソーが破壊し、月明かりが高い天井の側の窓から差し込んでいる。だが相手は神父ではなくリー先生と手下のニンジャ。わかる。わかる。紛らわしいロケーションがおかしな記憶混濁を引き起こした。わかる。

 当然ジェノサイドの包帯の上にはカソックコートにウエスタンハット。礼拝堂のステンドグラスもあの夜のあの図画とはまるで違う。七枚の翼を生やし後光に照らされるニンジャの姿だ。(馬鹿げてやがる)ジェノサイドは毒づく。キョート辺境古城内の礼拝堂。ネオサイタマではない。わかる。

「会いたかった、本当に会いたかった!ジェノサイド=サン!」リー先生はグールの後ろから興奮気味に言った。「お前は依然として最高傑作!そう言わざるをえないねェ!その事実は実際憎くもある!私の研究がまだまだ至らぬ事の証左……」彼はぜいぜいと息を吐いた。「戻りなさい!我がもとへ!」


【リターン・ザ・ギフト】


「イヤーッ!」グールがジェノサイドめがけ走る!リー先生は長椅子の影にカサカサと走り込み、身を隠した。「嗚呼、いけないぞ!ジェノサイドは大事なんだ、グール!わかれ!」「ドーモ、ジェノサイド=サン。グールです」「三回目!何たる事か!ククーッ!」リー先生は長椅子を噛んだ。

「ジェノサイド!グールも大事なのだ、貴方も殺してはダメ……」「ゼツ!」二本の鎖つきバズソーが凶悪な軌道でグールに襲いかかる!「メツ!」「イヤーッ!」グールは前方の床へ身を投げ出し、急激な匍匐前進で刃を躱しつつ接近!「イヤーッ!」うつ伏せ状態から跳躍、ジェノサイドに掴みかかる!

 ジェノサイドはしかし、何の不都合も無し!彼は手首でバズソー鎖を操るのだ。拳は自由!「イヤーッ!」「グワーッ!」ネクロカラテ正拳突きがグールの胴体を直撃!「イヤーッ!」「グワーッ!」もう一撃!グールは吹き飛ぶ!

「アーッ!これはいけない!勝負あった!イヒヒーッ!」リー先生が長椅子の陰から狂おしく叫んだ。「ゼツ!メツ!」ジェノサイドの両腕がしなり、バズソー鎖が再度旋回……起き上がるグールを左右から襲う!「アババババババーッ!」バズソーの一方がグールの腰を!一方がグールの首を!切断!

「サヨナラ!」グールがジゴクめいて叫ぶと、そのネクロボディは爆発四散した!ジェノサイドはリー先生に何か言おうとした。その時だ!死角方向から飛び来たった巨大な手錠めいた形状の拘束具が、ジェノサイドの胴体をガッキと銜え込んだのだ!「グワーッ!?」

「何だァ歯ごたえの無い!」ジェノサイドの後方の闇から姿を現したのは、全身に鉄の輪を装着した恐ろしげなニンジャ。拘束具の投擲主だ。「ドーモ、リストレイントです」そしてもう一人、長身の女!「ドーモ、フブキ・ナハタです。先生いけませんわ、お一人で」「グールもいたのだ!死んだがねェ」

「イヤーッ!」ジェノサイドはそちらへバズソー鎖で攻撃しようとした。だがその時には更なる拘束具が飛来し、ジェノサイドの上腕と胸をまとめてしまった。「グワーッ!」「もう一丁!イヤーッ!」「グワーッ!」両足首を拘束!ジェノサイドはなす術無く仰向けに倒れた!「グワーッ!」

「ウオオーッ!」ジェノサイドがもがいた。だが、いかんともし難し!リー先生が素早く長椅子の陰から飛び出す。「理想的対処だ!素晴しいねェー!」リストレイントは腕を組む「所詮ゾンビはゾンビ。生身の手練には手も脚も出んのさ!」「その意見はあまりにも一面的ゆえ、採用しないねェ!」

 フブキが壁の装置を操作し、礼拝堂の照明を起動させた。デコルテを強調するラバー白衣、鮮烈なオレンジのショートボブが照らされる。彼女は無意味に自分の豊満な胸を揉みしだきながらジェノサイドに近づく。歩くたび深いスリットから白い太腿がこぼれる。「何がどうなっていらっしゃるンですの?」

「こっちの台詞だ」ジェノサイドが唸った。「なぜここにテメェらがいる」リー先生は眼鏡を直した。「フーム……先程長椅子の陰で全ての可能性を検討しましたが、お前の目的と私の目当ては同じでしょう。……ジェイキ・ミズノ博士の秘密研究だ」「……」ジェノサイドは沈黙した。

「図星のようですわ、先生」フブキが嬉しそうに言った。リー先生は神経質に前髪を直しながら、何度も頷いた。「情報を入手した経緯は後日に確かめたいがねェ」彼はジェノサイドを見下ろした。「何が望みだ?言ってごらん。むしろ私はお前の味方だ、乱暴な息子に手を焼く優しい父親だと思って……」

「ウオーッ!」ジェノサイドが陸揚げされたマグロめいて跳ね、リー先生に噛み付こうとした。「アーッ!」「いけませんわ先生!」フブキがリー先生を突き飛ばし、そのまま馬乗りになって頭に胸を押し付けた。リー先生が呻いた。「その反抗心すら高度に評価したい!望みを言え、息子よ!」「体だ!」

「体!」リー先生はフブキを押しのけた。「アーン!」「やはりその……イヒヒヒーッ!その為にここまで旅をしてきたというのか!」「俺の体は限界だ。ふざけるんじゃねェ……俺を!戻せ!」ジェノサイドが叫んだ。リー先生が哄笑した。「なんたる生への渇望!なんたる意志力!イヒヒヒヒヒーッ!」


2

 ドドダド、ドドダド、ドドダド、ドドダド、ゴゴガガガガガガ、ゴゴガガガガガガ、ゴゴガガガガガガ、ゴゴガガガガガガ、「オウイェー、背中は白いぜェー、オウイエーイエー、頭がおかしい女だぜェー」キョート辺境のギラつく太陽を受けるチョッパーバイクは鋼のクーゲルめいて凶暴だ。

 ドドダド、ドドダド、ドドダド、ドドダド、ゴゴガガガガガガ、ゴゴガガガガガガ、ゴゴガガガガガガ、ゴゴガガガガガガ、「オウイェー、豊満だしハイだぜェー、オウイエーイエー、死ぬのも面倒臭えぜェー」バイクは爆音のストーナーロックを鳴り響かせ、乗り手も大声でシンガロングする。

 チョッパーバイクのリア部には鎖がつながれ、それが車輪付きの鉄製カンオケを牽引している。カンオケには白く粗末なペイントで七枚の葉とクロスボーンの意匠、「ハッパ」というカタカナがショドーされている。乗り手はズタズタのロングコートを風にはためかせ、頭には山高帽を目深に被る。異様だ。

 山高帽から真っ白なストレートの頭髪が流れ、その顔には……ナムサン、黒い包帯が乱雑に巻きつけられている。包帯の隙間からのぞくのは……ナ、ナムサン……ソクシンブツめいて焦げ茶に乾いた死者の顔ではないのか?「オウイェー、実際安いぜェー、オウイェーイエー、くたばっちまうぜェー……」

 歌いながら、バイクはもはや道路すら無い荒れ地を走り進む。禍々しいスパイクタイヤ。車体には二本のノボリ旗が立ち、一方には「神ハヤイ」もう一方には「エルドリッチ」と威圧的書体で書かれている。背中のホルダーにクロスで背負うは、黒光りする二丁のソードオフショットガン。絶対に危険だ。

 ぞんざいなギターソロがスモーキーに鳴り響き、曲が終わった。丁度そのタイミングで、男はチョッパーバイクをドリフトさせ、停止した。「ハァー」半開きの口から煙を吹き出す。男は前方に並べられたバリケードを見ていた。すぐに、全方位から装甲バギーが集まってきて、彼を包囲した。

「よォし、お前!そのままホールドアップしなさい」装甲バギーの窓から上半身を乗り出した男が命令した。裸の上半身にリベットつきベルトを巻きつけ、顔にはホッケーマスクを被っている。彼は手にしたマグナム銃の撃鉄を起こし、チョッパーバイクの男に向けた。コワイ!「通行税払いなさい」

「ハァー……」男は山高帽のツバの下から睨み返した。「通行税ナンデ?」「ここは俺たちグレート・キョート・デスデリバー団のテリトリーよ」ホッケーマスクは他の装甲バギーを示した。剣呑な男達が皆、銃をチョッパーバイクの男に向けた。「そのカンオケと持ち金全部。あとガソリンを半分置いてけ」

「そうかァー」チョッパーバイクの男は言った。「俺はエルドリッチです」「名前なんて聞いてねェーんだよ!ホールドアップしろ!」ホッケーマスクが叫んだ。「三秒以内だ!その後撃つ。今から数えるぞ。三、」BANG!ホッケーマスク男の頭が噴き飛んだ。即死!噴水めいた鮮血!

 何が起きた?当然、エルドリッチと名乗ったこの異様な男がやったのだ。彼は背中にクロスで負っていたソードオフ・ショットガンを二丁構えていた。抜き撃ちしたのだ!「アイエエエエ!?」山賊の一人が拳銃を取り落とし失禁した。「ボス!?」「カンオケは俺のベッドだ。だからァー、やらねェー」

 そう言い終わると同時にエルドリッチは左手のショットガンを発射!BANG!「アバーッ!」山賊が一人即死!「う、撃ち殺……」BANGBANG!エルドリッチはさらに両手同時発砲し二人殺すと、バイクから跳躍!「イヤーッ!」「アイエエエ撃て!撃て!」

 エルドリッチは銃弾を躱しながら、太陽を遮るように飛ぶ!ズタズタのコートがはためき、その下のニンジャ装束が見え隠れする。彼は飛びながら二連式ソードオフショットガンを背中へ戻し、キリモミ回転した。「イヤーッ!」回転の中から何かが飛び出す!鎖だ!その先端部には分銅!

「アバーッ!?」山賊の一人が分銅に頭を割られ即死!山賊達は狂ったように銃を撃つが当たらぬ!「アバッ!」むしろ誤射で一人が死亡!「カタナだ!」口々に指示しあい、山賊がカタナを抜き放つ!そこへ飛来する分銅!「アバーッ!」即死!さらに鎖はその隣の山賊に巻きつく!「グワーッ!?」

「イヤーッ!」エルドリッチが鎖を引くと、グルグル巻きの山賊は跳ね飛んでエルドリッチの手元へ引き寄せられた。鎖は手元で鎌武器の柄尻に繋がっている。エルドリッチはその鎌で、ナムサン!「イヤーッ!」「アバーッ!」頭から胴体までバックリと裂いた!恐るべき膂力!つまりニンジャ!

「ハーッ」エルドリッチは背後を振り返る。「アイエエッ!?」斬りかかろうとしていた山賊がたじろいだ。奥にさらに三人。「アイエーイエー!」彼らはバギーの中へ逃げ込もうとした。「イヤーッ!」エルドリッチは手近の一人に分銅を投げ、頭を砕いて殺害!奥の三人に飛びかかる!「イヤーッ!」

「アイエエエ、アバーッ!」着地しながら振り下ろした鎌が三人のうち一人を横に裂いて殺害!「イヤーッ!」エルドリッチはそのまま横回転!「アイエエエ、アバーッ!」右隣の一人を横に裂いて殺害!「イヤーッ!」エルドリッチはそのまま横回転!「アイエエ、アバーッ!」殺害!コンボ三倍点!

「ハッハァー……」エルドリッチは山賊達の凄まじい死骸の中に立ち、満足げに唸った。不気味な青黒い舌で口の周りを舐めた。「ヘルプ!ヘルプ!」装甲バギーの一台がガタガタと揺れた。「ヘールプ!」

「ヘルプ!奴らに捕まったんです!縛られてるんだ、助けてくれ!」エルドリッチはそちらへ歩いた。ドアを剥がすと、後部シートには肥った中年男性だ。「助けて!」エルドリッチはショットガンをリロードし、BANG!「アバーッ!」無雑作に撃ち殺した。「……面倒くせェー」

 エルドリッチはバイクにつながれたカンオケを開いた。中に死体は無い。かわりに、フートンめいて、ハッパが敷き詰められている。エルドリッチはカンオケのふちに腰掛け、そのハッパで器用にジョイントを作った。「火ィー……あったァー」コートのポケットからマッチを取り、ハッパに点火した。

「スゥー……ハァー……ハァーハァー」酸鼻な惨殺死体に囲まれながら、彼は煙を吸引し、リラックスした。遠くの地平に霞むものを見やる。丘の上に建てられた城。「ジェノサイド……」太陽が照りつける。彼は吸いカスをもぐもぐと食べると、おもむろにカンオケの中へ転がり込み、蓋を閉め、寝た。


◆◆◆


 その12時間後!まさにその古城の礼拝堂において、リストレイントの拘束具投擲を受け、リー先生に囚われたのが、ジェノサイドというわけなのだ!大小の鉄製拘束具で捕縛されたジェノサイドは、そのまま台車に寝かされ、今、リー先生の一行とともに、古城の闇を進んでゆくのだった。

「全く、後先考えないこと甚だしいものだネェ」先に立って進むリー先生が言った。「意識の混濁も相当進んでいる。確かに限界だねェこれは。私がいたから良かったものの」「全くですわ」「全くだ。ゾンビーってのはロクでも無いもんだぜ、先生」「その論評は論拠不十分故に採用しないねェ……」

 リー先生、フブキ、リストレイントが交わす奇怪な会話を、仰向けで運ばれるジェノサイドは朦朧としながら遠くに聴いている。彼の意識に薄ぼんやりと被さるのは、あの教会での出来事だ。だが、神父の言葉、面影、そういったものは、飛蚊症めいて捉え難く、するりと彼の意識から零れ落ちてしまう。

「で、このゾンビー野郎の願い事をきいてやるってのか、先生は」「イヒヒヒヒ、みすみす廃棄処分などするものですかねェ……」「コストもかかっているんですのよ、リストレイント=サン」「その無駄金を俺のサラリーに上乗せしろよ……俺の方が役に立つ」「その結論は性急故に採用しないネェ」

「身体を治すってのがピンと来ねえんだな」とリストレイント「腐って落ちるばかりだろう。所詮は死肉」「イグザクトリー、なにしろジェノサイドは初期の実験体ですわ」フブキがくすくす笑った。リー先生が答える。「ゆえにこの古城の研究施設だねェ。ジェイキ博士は偉大なる科学者だったのだ」

 リー先生が語った。「彼は電子戦争以前、さらに前、20世紀の科学者だ。体系化されぬ異端研究であったが、スポンサードされていたねェ。今の今まで、こうして人知れず秘匿されていた……彼は何事も為す事無しに悲劇めいて没したが、私には彼のノートとネクロ電解槽が是非とも必要なのだネェ」

「そうか。よくわかった」リストレイントは言った。リー先生は声をやや荒げた「わかッていないねェ!君は今、どうでもよく思ったネェ?」「絶対そうですわ」「……」「いいかね?君にも恩恵があるかも知れないのだ、ジェイキ博士の研究は!ニンジャソウルに関わる身体強化の研究だネェ!?」

「わかるわかる!」リストレイントが遮った「だがその代償で、俺がそこの役立たず同様ゾンビーになるんだ。俺は詳しいんだ。お断りだ。サラリーを上げろ」「その発言は君の私情が多分に含まれている故、採用しないねェ。ゾンビーは役立たずでは無いねェ!だが君はゾンビーにならないねェ」

 一行は廊下の突き当たり、鋼鉄の門に辿り着いた。リストレイントが舌打ちし、ニンジャ筋力で押し開く。「イヤーッ!」錆びた門が嫌な音を立てて開いてゆく。門の中はがらんとした円形の広間だ。「イヒヒヒーッ!さあひと仕事!」リー先生が駆け込み、床のニンジャ十二芒星を示した。「どうぞ!」

 リストレイントはそこまで歩いて行き、拳を床に向けて振り上げ、打ち下ろす!「イヤーッ!」カワラ割り!ニンジャ筋力の直下打撃を受けた床は轟音とともに崩壊!「イヤーッ!」リストレイントはバック転して下がり、落下を回避した。ニンジャ十二芒星の部分だけ床が意図的に安普請なのだ!

「アーン、ちゃんと壊さず開ける方法がありますわ!開けたり、閉めたり」フブキがノートをめくって身悶えした。「そんなもの、構わないネェ!よくやったリストレイント=サン!」壊れた床の下は狭い竪穴になっており、螺旋階段が這う。リー先生はジャンプして階段に飛び降りた。「イヒヒーッ!」

「こいつは俺が運ぶのか」リストレイントはジェノサイドの台車を指差した。フブキは頷いた「勿論そうですわ」そして、壊れた床から階段へ飛び移った。「リー先生!おイタなさらないで!暗くて危ないですわ!いけませんわ!」「イヒヒーッ!」

 リストレイントは台車を蹴った。「イヤーッ!」「グワーッ!」リストレイントは台車を階段へ投げ落とし、自らも飛び移った。「イヤーッ!」螺旋階段は正体不明の粘液で汚れている。リストレイントのニンジャ嗅覚は、その粘液がさほど古くない事を感じ取った。「先客がいたようだぜ、先生」「何だと!」下の闇から狼狽した声。

「本当か!由々しき事だ。気配はあるかね!」「……今は無い」「心配だ!心配でならない!不粋なトレジャーハンターなどがもし、博士の貴重な研究を、それこそガラス玉か何かと間違えて持ち帰ったり、施設を荒らしたり、そんな事があれば、そんな……アーッ!」「きっと大丈夫ですわ」とフブキ。

「先程の床の仕掛けを、開けたり、閉めたり、したという事ですもの。紳士的な殿方に違いありませんわ」「くだらん事を!……さあ着いたぞ。リストレイント=サン!扉だ。施錠されている。錠を壊したまえ!」リストレイントは台車を引きずりながら二人に追いつき、ドアノブの錠を破壊した。

「イヒヒーッ!」リー先生は真っ先に飛び込もうとしたが、フブキが後ろから抱きついて留めた。「いけませんわ、危険があったら……まずリストレイント=サンに」彼女は豊満な胸でリー先生の頭を挟みながら咎めた。「そんな危険は無いんじゃないのかねェ?まあいい!頼む!」「……アイ、アイ」

 リストレイントは台車を引きながらエントリーした。ブルズアイ。そこはリー先生の見たて通り、軍用施設めいた地下ラボラトリーであった。リストレイントは数秒、警戒した。「……いねェよ」口を開いたのは台車のジェノサイドだ。「いねェ。ここを使った奴は、もう殺した」「何?」「早くしろ……」

 ジェノサイドの混濁した意識は、つい先日の激しいイクサの記憶を呼び戻しかけた。イヴォルヴァーと名乗ったニンジャを。イヴォルヴァーはこの古城から力を見出し、力によって歪められた者らで軍勢を組織した。彼の力の用い方は誤っており、結局それが彼自身を破滅せしめたと言えよう。

 ジェノサイドの視界に、ソーマト・リコールめいて、イクサの光景が去来する。ニンジャ達……夜空……あの……守ろうと……その記憶も曖昧に霞み、損傷した映画フィルムめいて歪み、夜の礼拝堂、神父の言葉に戻ってゆく……いや、ユリコ……?「素晴らしい!実際素晴らしい!」リー先生が叫んだ。

「なんたるヒョウタンからオハギ!よく整備されている。その先客とやらかねェ?」リー先生はラボラトリーを見渡した。手枷、足枷のついたベッド、遠心分離機やモーター類を初めとする機材群。「なんたる事!近代的な機材も!ネオサイタマと比較すれば当然カスめいているが……」

 フブキがパネルを操作し、奥の照明も点灯した。「アーッ!まさに!」ラボラトリー内を駆け回っていたリー先生は奥のガラス張りの個室めがけ三段ジャンプし、張り付いて中を覗き込む。「ネ、ネクロ電解槽!完全な形ではないか?よくぞやった!そしてよくぞ事前に邪魔者を排除した!ジェノサイド!」

 ガラス張りの個室には、巨大な水槽が鎮座している。ガラスには「重態」「死ぬ」「達者と共に一緒」「飲食厳禁」「体操第一」といった色褪せた警告文が貼られたままだ。水槽には禍々しい大蛇めいたパイプ群が接続され、真空管を満載した有機物めいた奇怪な非UNIXシステムが存在を主張している。

「フブキ君、早急に準備だ!」「勿論ですわ先生」フブキはネクロ電解槽のガラス個室にエントリーし、実際アンティークめいたダイヤル装置類を検証し始めた。「心配も問題も無いねェ、すでに博士の周辺論文等については集めに集めてある!おお、そうだ!どこだ!絶対にこのラボにメモが……」

「こいつが、それらしいな」リストレイントは鉄製の机の引き出しを破壊し、金属の表紙でロックされた書物を取り出した。「それだ!」リー先生は素早く書物を受け取り、床の上に這いつくばってページを高速でめくり始めた。リー先生の肩越しに垣間見える冒涜的図画とヴォイニッチ写本めいた暗号文!

「ア、アアーッ!こんなにも!こんなに!」リー先生は小刻みに痙攣しながらページを繰り返し高速でめくり続ける。「まさにこれだ!何という事だ!破壊されずに、よくぞ!」「俺は実験体にならんぞ」リストレイントが腕組みして言った「全部そっちのゾンビ野郎でやれ」「そうなのかね?まあいい!」

 リー先生の黒目が左右別々に激しい速度で動き、文書を高速解析してゆく。持ち前の天才的頭脳をさらに脳改造によってブーストした彼の頭脳が熱暴走寸前にまで回転!「彼はニンジャソウル憑依者の肉体強化現象に着目し、人工ニンジャ兵器の量産を目論んでいた!愚かな夢だ!だが副産物が重点!」

 リー先生は早口で話し続ける。思考の整理にそのプロセスが必要であるかのように!「ネクロ電解槽に被検体を投入し、特定負荷環境下でケオス周波震動を重点!これによりニンジャソウル憑依時の諸現象をエミュレート重点!いいですか、ケオス周波数算出がこれまでのヨクバリ計画でも非達成重点!」

 リー先生の目が灰色になった。ぐるぐると黒目が高速で動き、残像めいて白と黒が混ざって見えるのだ!「当然被検体は死んで間もない肉体、あるいは死んでなおニューロンの働きを保つアアーッ!ジェノサイド!死んではいけないぞ!リストレイント=サン!早くジェノサイドを!」「アー……」

「スタートザーマシーンですわ」ガラス個室の中からフブキの嬌声が聴こえた。彼女は巨大なレバーを引き下ろした。ブゥオオーン……真空管が赤熱し、非UNIXコンピュータがチカチカと瞬き始める。ブラウン管モニタに「渾」のカンジ!ネクロ電解槽がドボドボと蛍光する液体で満たされてゆく!

「アーッ早く!早くなさい!」「うるせぇ先生だぜ!」リストレイントが拘束具を着けたままのジェノサイドを掴み上げた。「そのまま放り込んでいいのかよ?」「イイ!」リー先生は息も絶え絶えに頷く!「イイーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」SPLAAAASH!

「アーン!」フブキのラバー白衣にネクロ電解槽の液体飛沫が少量かかり、ボロボロに溶かした。豊満な胸が露わだ!「アーン!」フブキはガラス個室から転がり出た。「危ないぞフブキ君!」「無事でしたわ!」ワンワワワンワンワンワワワワン……胸の悪くなるような振動音がラボラトリーを満たす!

「見たまえ!これがイモータル・ニンジャ・ワークショップの礎めいた瞬間となろう!博士の研究単独では無価値なゴミと見なされようとも、今このとき、我が研究のエッセンシャル・パズルピースとなって息を吹き返し、吹き返し重点!」ZZZZT!電気!震動!閃光!KABOOOOOOOOM!

「ジェーノサイード!」その直後だ!ラボラトリーのドアがひしゃげ、内側へ跳ね飛んだ!「ジェーノサイード!ハーッ!ハッ!」「!?」リストレイントは振り返りカラテ警戒!リー先生はその陰に隠れ、小刻みにネクロ電解槽と戸口を交互に見やる!フブキはリー先生に豊満な胸を押しつける!

「なンだと言うのだ!この……この大事な時に」リー先生は歯ぎしりした。一秒後、彼は戸口に現れたその侵入者の正体に気づいた。「……エルドリッチ?」「ジェーノーサイード!いるんだろォー!」山高帽とズタズタのコートを着た黒包帯の男は吠えた!「感じるぞォー!ジェーノ、サイード!」


3

「感じるぞォー!ジェーノ、サイード!」……彼はいかにしてこのラボラトリーに至ったのか……つまり彼は螺旋階段を下ってきた……つまり回廊を進んで来た……つまり礼拝堂を通過して来た……つまり玄室を通過してきた……つまり大ホールを 通過してきた……つまり中庭を通過してきた……

 つまり正門を突破してきた……つまり跳ね橋を通過してきた……つまり荒野をチョッパーバイクで飛ばしてきた……つまりハッパが敷き詰められたカンオケの中から起き上がって、チョッパーバイクにまたがり、古城めがけ出発した……のである。

 エルドリッチは古城の跳ね橋の前で一度バイクを停め、その奥の大門を眺めた。「ジェーノサイード、感じるぜェー……」彼は数秒考えたのち、行動を決めた。稲妻めいた排気音を轟かせ、おもむろにバイクを発進、全速で跳ね橋を走り抜け、ウイリー!ジャンプ!大門に、KRAAAASH!

 チョッパーバイクとカンオケは木材を撒き散らしながら中庭に着地した。エルドリッチは中庭に駐車された悪魔じみたトレーラーを見やった。ウイングや牙で覆われた車体にはポニーや渦巻き模様の禍々しいペイントが施され、「INW」と赤くショドーされていた。イモータルニンジャワークショップ。

「リー先生ィ……」エルドリッチはトレーラーのスライドドアを根元から破壊し、車内を覗き込む。車内にはハイ・テック機材が満載だ。そして幾つかのカンオケ。中は空っぽ。奥の部屋は悪趣味な寝室。「ハッパ……樹脂インゴーット……ねェよな」エルドリッチは一通り物色した後、トレーラーを離れた。

 エルドリッチは中庭を横切り、古城城内、大ホールにエントリーした。彼は入ったその場で足を止め、クンクン鼻を鳴らした。ソードオフショットガンを頭上のシャンデリアに向け、おもむろに撃った。BANG!砕け散り落下するシャンデリア!そこから飛び出した影がある!「SHHEEEAAAH!」

 影は空中でクルクルとバランスを取り、エルドリッチに襲いかかる!「イヤーッ!」エルドリッチはショットガンの引き金を再度引いた。BANG!「アバーッ!」襲撃者は散弾を受け、床に墜落!だがその距離からの散弾は威力不足だ……ニンジャを殺すには。襲撃者は床を転がり、起き上がる!

「ドーモ……ガーストリィ……アバー」汚れたニンジャ装束を身に纏ったニンジャはぎこちなくアイサツした。骸骨めいたメンポの奥は……ナムアミダブツ!蛆虫がうごめく緑の肉だ!エルドリッチは二丁ショットガンを構え、アイサツを返す。「ドーモ、ガーストリィ=サン。エルドリッチです」

 気の弱い市民であればショック死すら誘発するであろうガーストリィの恐るべき風貌に、エルドリッチは無雑作にショットガンを向けた。「はじめるぜェー……」「アバー」BANG!「アバーッ!」ガーストリィが散弾を転がって回避!エルドリッチも反対方向へ側転!戦闘開始である!

 BANG!さらに発砲!「アバーッ!」ガーストリィはバックフリップで回避!ハヤイゾンビ!だがエルドリッチは涼しい顔だ。彼は撃ちながら空中へ弾丸四つを放り投げていた。指を支点に二丁ショットガンをぐるりと回し、薬莢を排出!降って来る四発を弾倉に直接収め、再度ぐるりと回して装填!

「アバーッ!」ガーストリィが猿めいて素早く飛びかかる。エルドリッチは二丁ショットガンを発砲!BANGBANG!「アバーッ!」胴体に散弾を受け、ゾンビーが跳ね飛ばされる!だがやはり死なない!床を跳ねてガーストリィは側転!BANGBANG!追い撃ちの再発砲!回避!

「速いじゃねェかァー」エルドリッチは呟いた。「面倒くせェー」「アバーッ!」ガーストリィが飛び跳ねて反撃!飛び蹴りだ!「アバーッ!」「イヤーッ!」エルドリッチは空中へショットガンを投げ上げ、回し蹴りを繰り出す。ぶつかり合う二者のカラテ!そして落下した銃を受け止め、背中に戻す!

「アバッ!アバッ!アバッ!」ガーストリィが小刻みな爪攻撃を繰り出す。爪は不気味な紫の液体をしたたらせるが、毒めいたそれがエルドリッチのネクロボディに効くかは不明だ。エルドリッチはどちらにせよ素早い腕さばきでこの攻撃を防御!タツジン!「イヤーッ!」そして蹴り!「アバーッ!」

 蹴りを受けガーストリィが吹き飛ぶ。「おめェー」受け身を取るガーストリィを見据えながら、エルドリッチが鎖鎌を構えた。「脳ミソあるかァ」「アバーッ!」「そうかァ」片手で鎌を持ち、もう一方の手でヒュンヒュンと鎖分銅を振り回す。「ここで死んどけェー」「アバーッ!」「イヤーッ!」

 エルドリッチは鎖分銅を投擲!ネクロニンジャ筋力で振り回され遠心力の乗った分銅が、致命的速度で飛ぶ!「アバッ!」ガーストリィは走りながら上体を逸らし回避!避けきれず肩口が破砕!貫通!「アバーッ!」「イヤーッ!」エルドリッチは手元の鎖を操作!分銅がガーストリィの身体に巻きつく!

「アバーッ!?」「イヤーッ!」エルドリッチは鎖を上へ打ち振り、ガーストリィの身体を放り投げる!「アバーッ!?」「イヤーッ!」エルドリッチはガーストリィめがけ斜めに跳躍!鎌とともに縦回転!「イヤーッ!」「アバババーッ!」ガーストリィは空中で脳天から真っ二つ断裂!ナムアミダブツ!

 エルドリッチは回転しながら着地し、ザンシンした。両断されたガーストリィの身体が落下、「サヨナラ!」粘液と蛆虫を撒き散らしながら爆発四散!エルドリッチはバック転で飛沫を回避!「きったねェー……」

 彼は今度は懐から出したパイプにハッパを詰めて点火し、喫煙しながら大ホールを通過した。廊下を渡り、古城の持ち主のゆかりと思しき肖像画が多数飾られた玄室を通り抜ける。エルドリッチは立ち止まりもしなかった。やがて彼は礼拝堂にエントリーした。「感じるぜェー……」

 七枚の翼を持つニンジャのステンドグラスと、破砕した長椅子、飛び散った肉片と粘液……生々しいイクサの跡がエルドリッチを迎えた。エルドリッチは反対側の戸口に注意を向けた。「ジェーノサイード……楽しンでるのかァ……」エルドリッチは礼拝堂を横切る「この後、もっと楽しいぜェー……」

 その先の回廊を進むと、がらんとした円形の広間だ。彼は床の大穴を見ると、躊躇無く飛び降り、螺旋階段を下った。「ハァー……」エルドリッチはパイプをしまい、扉の前でひと呼吸置いた。室内では何か騒ぎが起きている。彼は叫んだ「ジェーノ、サイード!」そして扉を、蹴った!「イヤーッ!」


◆◆◆


 ラボラトリーのドアがひしゃげ、内側へ跳ね飛んだ!「ジェーノサイード!ハーッ!ハッ!」「!?」リストレイントは振り返りカラテ警戒!リー先生はその陰に隠れ、小刻みにネクロ電解槽と戸口を交互に見やる!フブキはリー先生に豊満な胸を押しつける!

「なンだと言うのだ!この……この大事な時に」リー先生は歯ぎしりした。一秒後、彼は戸口に現れたその侵入者の正体に気づいた。「……エルドリッチ?」「ジェーノーサイード!いるんだろォー!」山高帽とズタズタのコートを着た黒包帯の男は吠えた!「感じるぞォー!ジェーノ、サイード!」

「またぞろ、いかれゾンビー野郎か、先生よォ!?」リストレイントは叫んだ。「ガーストリィはどうしたんだよ!」「これはエルドリッチ!」リー先生がフブキに後ろから愛撫されながら叫び返した。「何ということだ!ガーストリィで対処できるワケがないねェ!君、どうにかしたまえ!」

「ジェーノサイード!」エルドリッチが叫んだ。「隠れてねェーで、出て来いよォー!」そして、BANG!エルドリッチは無雑作にリストレイントめがけショットガンを撃った。「イヤーッ!」リストレイントは両腕を素早く振って散弾を弾き返す!「こいつは何なンだ、って聞いてるんだぜ先生!」

「エルドリッチ。あの場を生き延びた……?実際計算外……」リー先生は口の端の泡を手で拭った。「それは役に立たん出来損ないだ!様々なネガティブ・データの塊なのだ。そしてジェノサイドに執着している……できるなら捕獲したまえ!リストレイント=サン!」「できるなら?殺していいんだな」

「ニンジャァー……」エルドリッチはハッパ臭い息を吐いた。そして胸の前でショットガンをクロスし、オジギした。「ドーモ。エルドリッチです」「ドーモ。リストレイントです」リストレイントはアイサツを返す。オジギの頭を戻すと同時に胴体拘束具を投擲!「イヤーッ!」

 BANGBANG!エルドリッチは恐るべき早撃ちで拘束具に散弾を叩き込んだ。鉄がひしゃげて四散!「イヒーッ!」流れ弾がリー先生の目の前の床に着弾!リー先生は仰け反り、フブキの豊満な胸に受け止められた。「アーン!」「イヤーッ!」リストレイントは散弾を受けつつ、拳を繰り出す!

「グワーッ!」エルドリッチは想定外の第二撃をさばく術を持たず、胸に拳を受け吹き飛ぶ!リストレイントの拘束具投擲は布石に過ぎず、これに対処したエルドリッチの隙に対し、さらに踏み込みながらのポン・パンチを叩き込むストラテジーであったのだ!「イヤーッ!」そこへさらに小型拘束具投擲!

「グワーッ!」エルドリッチの右腕が、肘を曲げた形で拘束された!「面倒くせェー」エルドリッチは呻くが、左手のショットガン銃口は既にリストレイントを捉えている!BANG!「イヤーッ!」リストレイントは側転で回避!散弾の数発を腿に受ける!フブキはリー先生を床に押し倒して共に退避!

「とにかくネクロ電解槽とジェノサイドを護れリストレイント=サン!死守しなさい!」リー先生が叫んだ「サラリーは何とでもするネェ!」「アーン!」フブキがリー先生に覆いかぶさり腰をくねらせる!リストレイントはさらなる拘束具をエルドリッチめがけ投擲!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」エルドリッチは左手のショットガンを投げつけ拘束具の囮とした。そのまま長いリーチの回し蹴りを繰り出す!「イヤーッ!」「イヤーッ!」リストレイントはブリッジでこれを回避!エルドリッチは蹴りながら左手をコートの懐に入れ、黒いケーキめいた塊を取り出す。おもむろに咀嚼!

 咀嚼しながらエルドリッチはもう一回転!さらなる回し蹴りでリストレイントを牽制し、間合いを取る!「最後の一個……もったいねェー……」エルドリッチはぼやいた。ハッパヨーカンを飲み込むと、右腕に力を込める。「イヤーッ!」二の腕にメキメキと力がこもり、拘束具が破壊された!

「何だと?」リストレイントがカラテ警戒し、眉根を寄せた。フブキに組み敷かれたリー先生が仰向けに壁際まで這いずりながら叫んだ。「樹脂インゴットだネェ!エルドリッチの力の源だ。だがオーバードーズ効果はほんの一瞬だ!どんどん攻めなさい!」「チィーッ」

 リー先生の指摘は科学的に的確であり、実際エルドリッチのカジバチカラの発揮は拘束具破壊の一瞬だった。リストレイントはニンジャ洞察力でこれを確認すると、すぐさま胴体拘束具を投擲、自らも回転ジャンプした。「イヤーッ!」「イヤーッ!」エルドリッチは鎖鎌で応戦!鎖分銅が飛んだ!

 リストレイントは天井を蹴り、空中から襲いかかろうとした。拘束具に対処させつつ別方向からのアンブッシュ!必勝のパターンである!だが、その身体が横から何かに殴りつけられた!「グワーッ!」吹き飛び、叩きつけられて手術台を破壊!

「似たような事するンじゃねェー」エルドリッチは鎖分銅の先端に絡まった拘束具を床に投げ捨てた。「退屈だからよォー」ナムサン、これで殴ったのだ!飛来した拘束具を鎖で絡め取り、そのままリストレイントを殴ったのである!ゴウランガ!なんたる攻防一体の強引な反撃!

「ヌウーッ!」リストレイントは呻き、起き上がろうとした。歩きながらエルドリッチは床に転がる彼自身のショットガンを蹴り、手元に跳ね上げて掴み取る。リストレイントの胸に銃口を向け、ゼロ距離で撃つ!BANG!「グワーッ!」リストレイントの胸が爆ぜた!「弾は一発残ってたぜェー!」

 そう、右手で使っていたショットガンだ!「アバーッ!」リストレイントは爆ぜた胸板を見下ろし、血を吐いた。反撃を試みようと片手をかざす……「イヤーッ!」カマが振るわれ、切断されて吹き飛ぶ!「アバーッ!」さらに振り下ろされたエルドリッチの鎌が脳天から顎へ貫通し、顔面を裂き開く!

「サヨナラ!」リストレイントの真っ二つに裂けた口が不明瞭な声を発すると、爆発四散!ナムアミダブツ!「アアーッ!何たる事だ!」リー先生が手足をバタつかせた。「アーン!モー!いけませんわ!」「エルドリッチ!やめろ!ヤメロ!やめなさい!」「ハーッ……ジェーノサイード……」

 エルドリッチはリー先生と、彼に馬乗りになって腰をくねらせるフブキを一瞥し、ネクロ電解槽室のガラスを一撃で蹴り割った。「そこだなァー!ジェーノサイード!セントーかァー?いいなァー!」泡立つ電解槽と、その中の物体に呼びかける。「ビビッたかァー?寝てンのかァー?ジェーノサイド!」

 ボゴボゴ……蛍光色の不透明液体はただ泡立ち続けている。エルドリッチは鼻歌を歌いながら二丁ショットガンに弾薬を装填する。「ンーフフーン、死ぬのも面倒くせェぜェー……」「エルドリッチ!お前にそんな権利は無い!科学革新を蹂躙する権利など!万人に無し!やめなさい!」リー先生が叫ぶ!

「ンーフフーン……」エルドリッチは音を立てて装填を完了した。そしてリー先生をもう一度見た。「面倒くせェなァ、リー先生よォー。あンたは後だァー……ア?」彼は砕けたガラス越し、実験室内に目を戻した。槽の液体が驚くべき表面張力で、エルドリッチの背丈よりも高く隆起していた。

「ア?」その液体柱が、爆発した!SPLAAAAASH!「グワーッ!?」エルドリッチは飛沫を浴びて後退した。ラボ内に蛍光色の液体が散布され、霧めく!フブキのラバー白衣は化学反応を起こし完全に溶け崩れた。全裸!「アーン!」リー先生はフブキを押しのけ起き上がった。「ムムーッ!?」

「オイ……ふざけるなよ」ネクロ電解槽周辺をひときわ色濃く覆う蛍光色の霧の中で、長身の影が身じろぎした。「ハハァー」エルドリッチが毒々しい色の舌を出して歪んだ笑みを浮かべた。「ジェーノサイィード!お目覚めかァー?」返答がわりに、霧の中から鎖つきバズソーが飛び出す!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」エルドリッチはバック転でバズソー・アンブッシュを回避!「ハハハァー!」やがて霧がその色彩を失い、ラボラトリーが晴れ渡る。実験室内にはずぶ濡れのカソックコートとウエスタンハットを被ったゾンビーニンジャが立っていた。ジェノサイド!「俺の身体。腐ったままじゃねえか」

「ジェーノサイード。ジェーノサイード。ジェーノサイド!」エルドリッチが狂おしく呼ばわった。「ドーモ!俺だァー、エルドリッチだぜェー!始めようじゃねェか!」シュイイイ!バズソーが袖口へ引き戻される。「……ドーモ。はじめましてエルドリッチ=サン。ジェノサイドです」「ア?」

 ジェノサイドはリー先生を睨みつけた。「散々勿体つけて、これか。リー先生。ふざけるなよ」「イヒッ!イヒッ!」リー先生は壁を背に立ち上がり、眼鏡を直した。「素晴らしい!何をあさっての期待をしていたのだ、ジェノサイド?まさか人間に戻れるとでも?イヒヒヒ!成功だねェ、誇りたまえ!」

「何だと?」「なにしろ失敗しておれば今頃君は……まあ考えぬ方がいいネェ!自覚症状は?身体が軽いだろう!」「……腐ってやがるがな」「そうだろう、自覚できるだろう!意識の混濁は?澄み切り冴え渡ったニューロンを感じるかね?」「……腐ってやがるがな」「そうだろう!自覚できるだろう!」

「……たくましくなったんですの?」フブキが胸を手で隠しながらリー先生に耳打ちした。リー先生は笑った。「イヒッ、イヒヒッ!たくましいとも!さあ、これで君はより完全性をもったニンジャとなったのだネェ、ジェノサイド!とにかくそこのエルドリッチを倒し……」「イヤーッ!」

 KRAAAASH!ジェノサイドのネクロカラテ裏拳が真空管機材を粉砕破壊!「アーッ!何を!?」「イヤーッ!」KRAAAAASH!ジェノサイドのネクロカラテ正拳突きが非UNIXコンピュータを粉砕破壊!「アーッ!何を!!」「イヤーッ!」KRAAASH!バズソーが電解槽を切断破壊!

「アーッ!何をーッ!?」リー先生がフブキを押しのけ、乱舞するバズソーの目と鼻の先に飛び出した。エルドリッチはヘラヘラと笑いながらそのさまを眺めている。「いいじゃねェかァー、いいじゃねェかァー……早くおっぱじめようぜェー……」

「何をするカーッ!」リー先生が頭を抱え鼻血を噴出!その顔の数センチ手前をバズソーが通過した。「先生いけませんわ!」「モーッ!」リー先生はフブキを荒々しく突き飛ばしブリッジした!「叡智が!解析前に!オーパーツがーッ!何故ーッ!」「ムカつくからだ!」ジェノサイドが叫び返した。

 ネクロ電解施設を完全に破壊し尽くすと、ジェノサイドは割れガラスを乗り越えて現れた。全身から白い蒸気が噴き出し、みるみるうちに蛍光色の液体は蒸発していった。「ハーッ!」エルドリッチが銃口を構える!「決着をつけるぜェー!」「アーッ!モーッ!」リー先生の狂った叫びが響き渡った。


4

(これまでのあらすじ:キョート辺境荒野の古城を訪れたゾンビー・ニンジャ、ジェノサイド。彼の目的は腐敗劣化してもはや如何ともし難い己の肉体や脳の修復であった。古城には大昔の邪悪な研究成果が残っており、ジェノサイドはこれを求めた。だが、時同じくして古城を訪れた者あり。)

(リー・アラキ……バイオ技術、サイバネティクス、ニンジャソウル研究を推し進め、言うを憚る無数の倫理的堕落研究に手を染める天才科学者にして、ゾンビーニンジャ概念の創造者である。ジェノサイド自身も彼によって産み出されたのだ!)

(ザイバツ・シャドーギルドとの提携こそ失敗に終わった彼であったが、キョート来訪の重点目的はこの古城におけるジェイキ・ミズノ博士の研究記録、そしてネクロ電解システムのリバースエンジニアリングであった。リー先生はジェノサイドを捕らえ、ネクロ電解システムの実験台とする)

(そこへ乱入する第三の来訪者有り!その名はエルドリッチ、謎のゾンビーニンジャ!チョッパーバイクで古城へ突入した彼はリー先生の護衛ニンジャを殺し、ジェノサイドへ迫る!折しもジェノサイドはネクロ電解槽の中から蘇った……強化された腐敗肉体、憤怒とともに!死ぬにはちと早いみたいだぜ!)

「イヤーッ!」ジェノサイドがバズソーを繰り出す!「イヤーッ!」エルドリッチは地面すれすれに身を沈めて真横に駆け、刃を回避!そして二丁ソードオフショットガンを同時に撃ち込む。BLAMBLAM!「グワーッ!」肩口が爆ぜる!「ハァーッ……言い訳してみろよォ……寝起きだからってよォー」

「イヤーッ!」そこへすかさず、調度を破壊しながらバズソーが旋回して襲いかかる。ジェノサイドはゾンビーなので肩の負傷を頓着せぬのだ!「ハハァーッ」BLAM!エルドリッチは刃めがけ右手のショットガン発砲!弾き返す!BLAM!さらに左手ショットガンでジェノサイドを撃つ!「グワーッ!」

 肩口に再度の銃撃を受けると、ジェノサイドの左腕は上腕から切断されて吹き飛んだ!飛び散る血と肉片、筋組織!「アーン!いけませんわ!せっかく治したですのに……」フブキが頬に手を当てて叫んだ。リー先生はブリッジしたまま冷静に言った。「フブキ君、事象を観測したまえ……」

「オウイエー、実際安いぜェー……」エルドリッチは弾薬を空中へ放り、ショットガンで受け止めてリロードした。片腕となったジェノサイドはこの隙を逃さずエルドリッチに反撃……しない!「イヤーッ!」彼は跳んだ……そして床に転がるニンジャの腕を掴み取った……死んだリストレイントの腕だ!

「さすがだ!やるべき事がわかっている。本能的に知っているのだネェ、肉体変化の意味をジェノサイドが……ゼツメツ・ニンジャが!」リー先生が言った。エルドリッチが二丁ショットガンでジェノサイドに発砲しかかる。だが、「イヤーッ!」ジェノサイドの前蹴りが早い!「グワーッ!」

 エルドリッチは吹き飛び、フブキのすぐ横の壁に叩きつけられる!「グワーッ!」「アーン!」「こうしている場合では無いねェ……」リー先生は室内を見渡す。そして床に落ちた金属拍子の冊子を見つけた。ジェノサイドはエルドリッチを睨んだまま、その手に持ったニンジャ死体の腕に……囓りついた!

「ガフッ!」ジェノサイドの乱杭歯が皮膚を噛み裂き、筋肉を割り開き、骨に刺さる……咀嚼し、呑み込み、おお、ナムアミダブツ!マッポーめいたニンジャ・カンニバルだ!「食べていますわ!」フブキが震えながら言った。「では消化器官が……」ジェノサイドは骨を投げ捨て、吼えた!「オオォー!」

「ハーッ……愉快じゃねぇか……」エルドリッチがショットガンを構える。「イヤーッ!」その一瞬後、飛来したバズソーが銃を弾き飛ばした!「グワーッ!?」エルドリッチのニンジャ反射神経がなくば、手首ごとケジメされていたであろう!「チィーッ……」

 そして、さらに驚くべきインシデントだ!刮目せよ!ジェノサイドは切断された腕を床に転がる己の腕先にかざした……すると、ナムサン!切断面から筋線維がワイヤーめいて伸び、互いに結びつくと、引き寄せて接続したのである!繋ぎ目が泡立ち、血をしたたらせて、腐肉が再生した!コワイ!

「素晴らしいねェ」リー先生が呟いた。「実にお前らしい進化だ、ジェノサイド!いいかね、ニンジャの肉がお前を崩壊から救うのだ!だからその勢いでエルドリッチも殺せ!そして……」リー先生は金属表紙の冊子めがけ匍匐前進!「博士の研究のエッセンシャルぶりがあらためて確定重点だねェー!」

「イヤーッ!」エルドリッチが鎖鎌でジェノサイドを攻撃!「イヤーッ!」ジェノサイドはバズソーを振って鎖分銅を弾き返す!「イヤーッ!」もう一方のバズソーはリー先生の目と鼻の先を通過「アイエッ!?」、床の金属表紙の冊子を弾き飛ばす!「イヤーッ!」ジェノサイドは跳躍!

 そしてエルドリッチへネクロ飛び蹴りを叩き込む!「イヤーッ!」エルドリッチは鎖鎌でこれをガード!「アーッ!何をーッ!?」リー先生が悲鳴をあげた。ジェノサイドは金属表紙の冊子を歯で咥えていた。飛び蹴りしながら空中の冊子に噛みつき、確保したのだ!「それを返すのだジェノサイド!」

「いけませんわ先生!近すぎます」フブキが駆け寄り、裸の胸を押しつけ、腰に手を回して引き寄せた。その直後、それまでリー先生の頭があったところをエルドリッチの分銅が通過した。アブナイ!「アーッ!か、返すのだ!お前は何をしているかわかっていない!」リー先生が引きずられながら叫ぶ。

「わかりたくもねえ」分銅を弾き返し、ジェノサイドは冊子を咥えたままフガフガと言い返した。リー先生はフブキに抑えられながら暴れ叫んだ。「ヤメローッ!私の研究に必要なのだ!いいか、それは極めて重要なミッシングピースだ!お前の強化は副産物に過ぎない!その程度のレシピに留まらぬ!」

「イヤーッ!」「イヤーッ!」バズソーと鎖鎌がぶつかり合う!「お前にはわかっていない!ニンジャとは何か……そしてその上位存在!存在せねば全ての仮説が成り立たぬ上位存在!人類は解き明かし理解する義務がある!シンギュラリティを!人類の進化を妨げるな!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 鎖が飛び回り、ラボラトリーの調度を破壊してゆく。「研究倫理観」と書かれた壁のタペストリーが剥がれ落ち、フブキの裸体を毛布めいて覆った。「てめェの研究なんざ、犬にでも食わせろ」ジェノサイドが攻撃しながら言い放つ。「こいつは取り引き材料だ、リー先生……俺をナメるのは許さねえ」


◆◆◆


 ジェノサイド、エルドリッチ……二人のゾンビーは、今や古城のアウトサイド、断崖をのぞむ城壁にイクサの場を移していた。昇り来る太陽が遠い地平を染め、朽ちかかった塔の円錐形カワラ屋根がオレンジに染まる。二者は睨み合う……

「ハハーッ」エルドリッチはハッパ臭い白い息を吐いた。「そろそろ思い出して来たかァー?ジェーノサイード。俺をよォー……」その両手にはソードオフショットガン。当然、抜け目無い彼はラボラトリーでの戦闘中に銃を拾い上げたのだ。ジェノサイドはバズソーを地面に垂らす。無傷。冊子は懐。

「参ったねェ」崩壊するラボラトリーを辛くも脱出したリー先生は中庭のトレーラーから寝台を引き出し、そこへうつ伏せになってフブキにマッサージを受けながら、望遠レンズを注視する。「帰りは私が運転するから平気ですわ」とフブキ。「それもあるがエルドリッチだよフブキ君。冊子が……」

「知らねェ」ジェノサイドは言った。「買った恨みをいちいち覚えていたら、キリがねェだろうが」「そいつはヒデェー……」エルドリッチが笑った。「俺はてめェーをバラバラグチャグチャにする事が楽しみでよォー……はるばる追っかけてきたッてェのによォー」「思い出せねェものは仕方ねえ」

「そりゃあよォー……思い出させたうえで殺してェがよォー……手ぶらで帰るのも面倒くせェー……」「しつこい奴は、ムカつくぜ」シュイイイイ!ジェノサイドのバズソーが音を立てる。エルドリッチが毒々しい色の舌で口の周りを舐める。明け方の空に流星が光った。イクサの火蓋が再び切られた!

 ジャカッ!エルドリッチが左手ショットガンを構えた。「イヤーッ!」ジェノサイドはバズソーを投げる!BLAM!散弾がバズソーを弾く。相当に強靭な合金で鍛えられており散弾では破壊不可!ジェノサイドは逆の手のバズソーを投げる!BLAM!逆の手のショットガンから放たれた散弾が弾き返す!

 バズソーチェーンは弾かれ、ジェノサイドの両手が開く。「こいつでェー……おしまいかなァー」エルドリッチが笑った。ジェノサイドはそのまま突進!BLAM!エルドリッチは左手ショットガンの二発目を発射!「俺は!」ジェノサイドの胴体にスイスチーズめいて着弾!肉が爆ぜるが突進は止まらぬ!

「ハ、ハ、ハァー。無理できんのかァー?ニンジャの肉はもうねェーだろォー」エルドリッチが右手ショットガンを構える。「俺を殺して食うまでよォー!?」BLAM!二発目を発射!「俺は!」ジェノサイドの右肩に被弾!肩がえぐれ、千切れかかる!突進は止まらぬ!エルドリッチが鎖鎌を構える!

「いただきィー!」繰り出される鎌!逆袈裟に切り裂かれるジェノサイドの胸板!そして右上腕をも切り裂き、腕を切断!迸るゾンビー血液!「俺は!」だが……突進は止まらぬ!振り上げた左拳がエルドリッチの顔面を!「俺はジェノサイドだ!」直撃!「グワーッ!?」

 エルドリッチは仰向けに地面に倒れ込み、その勢いで3メートル滑る!ジェノサイドはなおも走りながら左手を打ち振る。鎖が唸り、バズソー明け方の空を舞う!「俺はジェノサイドだ!」振り下ろす!「ウオオーッ!?」エルドリッチはかろうじて横転!一瞬前に体があった場所をバズソーがえぐる!

「危ねえェー……ハッ、ハッ、ハッ!危ねえェー!」エルドリッチは城壁のへりに掴まって起き上がり、振り向きながら蹴りを放つ!「イヤーッ!」ジェノサイドは避けぬ!その首に蹴りが直撃し、120度回転!だが止まらぬ!振り上げた左腕を……脇腹に叩き込む!「イヤーッ!」「グワーッ!」

「ちくしょォー……不利くせぇなァー……」転がりながら起き上がったエルドリッチは毒々しい色の唾を地面に吐き捨る。「無茶しやがってよォー……」「俺は!」既にジェノサイドはワン・インチ距離だ!「ジェノサイドだ!」「グワーッ!」丸太めいた蹴りをエルドリッチの脇腹に叩き込む!

「喰われるのは!」エルドリッチはかろうじて城壁のへりの上に立った。その背後は……圧倒的断崖!「ごめんだよなァー!」ジェノサイドはバズソーチェーンを振り上げ、叩きつける!「イヤーッ!」「イヤーッ!」エルドリッチはバック転を繰り出す!飛んだ!断崖へ!

「アスタァァァー!ラァァァー!ビスタァァァー!」落ちながらエルドリッチは大の字に手足を拡げ、哄笑した。ジェノサイドは120度曲がったままの頭を左手で掴み、ボギボギと音を立てて無理矢理に戻した。そして城壁から下を見下ろす。コートをはためかせながら、エルドリッチは落ちてゆく。

「ハッ、ハッ、ハッハァー!」エルドリッチは豆粒ほどに小さくなった。一度、断崖の斜面にバウンドした。「アバーッ!」……「チッ」ジェノサイドは舌打ちし、よろよろと歩き出した。「腹が減ってしょうがねえ。身体も腐ってやがる」中庭のトレーラーを睨み下ろす。フブキが手を振る。「ド畜生が」


◆◆◆


 ……「私は実際寛大であるが」リー先生は渋い顔で首を傾げた。「それはちょっとやめないか。寛大さをあまりに期待し過ぎだねェ」「そんなら取り引きは終わりだ。このクソ紙は他所でケツでも拭いて捨てるとするぜ」ジェノサイドは冊子を懐にしまい、キャンプ椅子から立ち上がった。「待ちなさい!」

「復唱」歩きながらジェノサイドは言った。フブキが答えた「ひとつ、ジェノサイドをイモータル・ニンジャ・ワークショップは今後追わない。危害を加えない。ひとつ、研究過程で肉体を人間に戻す技術が得られ次第、ジェノサイドを呼び出し、無償で技術提供する。……先生?」リー先生は渋々頷いた。

「まだあるだろ」歩きながらジェノサイドが言った。フブキはリー先生を見た。リー先生は渋々頷いた。フブキは言った。「ひとつ、ここからネオサイタマへの全旅程補償、カチグミクラス。当然この古城からガイオンまでは、そこの……悪趣味じゃないですわ!そこの悪趣味なトレーラーで送り届ける事」

「……まだあるだろ」歩きながらジェノサイドが言った。フブキはリー先生を見た。「これはどうかと思うネェ」「じゃあ決裂だ」……リー先生は渋々頷いた。「科学のためだねェ……今後、サンをつけて呼ぶ。ジェノサイド=サン」「フン」ジェノサイドは立ち止まり、冊子をリー先生に投げつけた。

「ククーッ!」リー先生は悔しげに叫び、冊子を猛スピードでめくって確かめた。「本物だねェ。では、話は終わりだ。こんな場所にもはや用はないねェ。フブキ君。ジェノサイド=サン。とっとと乗りたまえ」彼は立ち上がり、トレーラーに向かう。フブキがキャンプ椅子を素早く畳み、担ぎ上げた。

「しかし肉体を戻したいとはナンセンスな!戻すとは、なんだねェ?君は詰まるところゼツメツ・ニンジャのソウルではないのかネェ?」「頓知に興味は無えんだよ……期待もしちゃいねえがな。てめェのアタマには」「君の評価観点は特殊かつ個人的ゆえ、その断定には一切同意しかねるネェ……」


◆◆◆


 コラジは焚き火を消し、サイバー馬を起動させようとしたところで、川向こうのオブジェクトに気づいた。「アン?」こんなところまで追って来る賞金稼ぎが?……否、有り得ない。追っ手がコラジのキャンプを見つけたとして、その目と鼻の先で安心して一日夜明かしなどするものか。コラジでもわかる。

 コラジは快楽殺人鬼であり、現在、辺境指名手配を受けての逃亡中であった。女子供をさらい、バイオサボテンに逆さにくくりつけ、血を抜いて殺すのだ。まだまだ死ぬには早い、もっと殺したいし、カラテ10段で、戦闘訓練も受けている。何度か賞金稼ぎを返り討ちにし、サボテンにくくった。

 コラジは毛むくじゃらの腹を掻きながら、バシャバシャと川を歩いて渡った。その手には危険な幅広のダガーナイフ。無防備な旅人であるなら、後ろから近づいてこれで脅し、サボテンにくくりつけてやるつもりだった。彼は川向こうのオブジェクトを睨んだ。チョッパーバイクを。

 彼は向こう岸へ上がり、見渡した。無人だ。チョッパーバイクと、牽引鎖に繋がれているタイヤつきの棺桶……「ハン?」コラジは笑った。ナンセンスだ。そして、おかしな事に、テント類は見当たらない。乗り捨てだろうか?……コラジは鼻をひくつかせた。ハッパの匂いだ。どこから?棺桶だ……。

 コラジは思案した。棺桶の中に死体が入っていたら気味が悪い。だが、ハッパ臭は強烈だ。棺桶に偽装したトレジャーボックスの類では?でも、死体は恐ろしい……否。死体が入っているなら、サボテンに逆さにくくればいいのだ。それで解決だ。彼は棺桶の蓋に手をかけ、力任せに開いた。

「ジェーノー……サイード!」「アイエエエエ!アイエエエエエ!アイエエエエエエエ!」「ンなわけねェなァー……眩しいじゃねぇかァー、お前ェー……」「アーイーエーエー!」「ハハーッ」「アバーッ!」「ハハーッ!」「アバーッ!」「ハハーッ!」「アバーッ!」


【リターン・ザ・ギフト】終


N-FILES(設定資料、原作者コメンタリー)


画像1

!!! WARNING !!!
N-FILESは原作者コメンタリーや設定資料等を含んでいます。
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