【シージ・トゥ・ザ・スリーピング・ビューティー】
◇総合目次 ◇エピソード一覧
この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの物理書籍版は、内容のほぼ全てをリライトしたものとなっています。上記リンクから購入できる第2部の物理書籍/電子書籍に収録されているので、当アーカイブと物理書籍エディションとを是非読み比べてみてください。また、第2部のコミカライズがチャンピオンREDで行われています。
【シージ・トゥ・ザ・スリーピング・ビューティー】
(ズッダンズダダン、ズッダンズダダン、ギュウイーン……プロブレム……イナースペース……プロブレム……デジャーヴュー……)シャッターが開き、己の巣穴に足を踏み入れれば、出迎えるのはいつものように内省的なダークエレクトロ・ミュージック。
足を踏み入れた彼の背後、しめやかにシャッターが降りる。内省的なBGMのアトモスフィアを崩す事のない、滑らかな駆動音。彼の恋人だけでなく、このガレージの全てが、偏執的ですらある彼の完璧なメンテナンス下にある……(ギュウイーン……プロブレム……イナースペース……)
UNIX卓上のLEDライトが瞬き、優しい明かりで主人を出迎える。逆モヒカンの髪、サイバーサングラスを外して露わになった謎めいた左目、黒革のジャケットが闇の中に浮かび上がる。彼の名はミフネ・ヒトリ……またの名をデッドムーン。武装霊柩車ネズミハヤイを駆る運び屋だ。
(ズッダン、ズズダン、ズッダン、ズズダン、プロブレム……)デッドムーンはUNIX卓の電源を入れようとして足を止め、油圧チャブ上の恋人を振り返った。ネズミハヤイを覆う黒いシート、そこに描かれた鯉を見やる。(ギュウイーン……プロブレム……)
「……プロブレム……」デッドムーンはBGMのコーラス部分を口ずさんだ。シートに手をかける。彼の左目が光った。(プロブレム)
KRA-TOOOOOOOOOOOM!爆炎が内側からガレージを吹き飛ばす!夜空に吐き出される黒煙!ナムサン……ウシミツ・アワーの突然の惨事を双眼鏡を通して観察していたのは、近隣のビル屋上で片膝をついたニンジャ。その胸元に「罪」「罰」の菱形エンブレム……ザイバツ・シャドーギルド!
「こちらは済んだ」そのニンジャ、アブサーディティは、爆発炎上するガレージを見ながら、己の殺戮破壊行為に対してまるで何の感慨も持たない冷たい声で、通信機に報告した。「次に進む」
1
『なにかマズい』テンサイ級ハッカー、シバカリからのIRCノーティスは唐突であった。だがニンジャスレイヤーは躊躇せず従った。五分後には、彼はインテリジェント・モーターサイクル「アイアンオトメ」にまたがり、ハイウェイを疾駆していた。目的地はノビドメ・シェード・ディストリクト。
運河と屋形船、マイコセンター、オイランパレス、合法非合法の性的施設群で賑わうかの地には、ナンシー・リーの眠るコフィンが隠されている。コフィン。比喩的な名称だ。彼女は死んではいない。彼女は今、覚めない眠りの中にいる。強い、かつ恒常的なハッキング・ストレスに曝され続けた結果だ。
彼女は24時間のうち数十分だけ実世界に覚醒する。そしてまた眠りにつく。眠っている彼女がどんな状態にあるか、他者には窺い知れない。だが時折、彼女の意識はどのようにしてかネットワークに繋がり、情報や指示を送る……傭兵ハッカー・シバカリは、彼女がその為に雇ったエージェントなのだ。
『辿られた』シバカリの送信文は端的に過ぎるハッカー流だ。『痕跡は残ってない。でも、嗅いだ。多分スゴイの。ドーシ。それかアルケイン。とにかくヤバイ、きっと爪を伸ばすよ』ニンジャスレイヤーにはそのスラングの全てはわからぬ。だが、伝わった。
走行するウキヨエ・トレーラーを躱して走りながら、ニンジャスレイヤーはシバカリへ音声通信を行う。『デッドムーン=サンに依頼を』デッドムーンはノビドメの隠しコフィンを手配した男であり、実際、以前のアジトに迫る敵の手からニンジャスレイヤーとナンシーを助けた腕利きだ。
要求する報酬額は高額だが、確かな仕事をする。互いに何度か死線をくぐりぬけた信頼もあった。シバカリが示唆する通り、何者かがナンシーの居場所をハッキング行為で割り出し、迫っているのならば、とにかく彼女を安全な場所へ逃がさねばならない。『nope』……だが、シバカリは否定。
『オフライン。多分、尻尾を取られた。死んだかな。だいぶ深く喰い込んでるね。デッドムーン=サンまで辿るなんてね』……ナムサン!ニンジャスレイヤーはさらに加速。ニンジャにとっても危険速度!『本当ヤバイよ』
ゴウ、音を立てて標識が頭上を通過する。「大体もうしばらくでノビドメ・シェード・ディストリクトな」のLED表示と、そのすぐ下に「恋人が一杯で困るかも知れないが」の広告。『ナリコが鳴った。これ以上は俺も危険。悪いが一度 ”チュース” だ』シバカリがセッションを強制解散させた。
◆◆◆
「アーッ、ファーファーファーッ」エンキドゥは腕組みしてアグラしたまま、声帯で電子音を模倣したかのような恐ろしい笑い声をあげた。山吹色の装束を着、黄金の鎖やブレスレットを重ねて身につけた黒人のニンジャである。「なかなかだ、なかなかハヤイ、練れておる」
彼は茶室めいたハッカードージョーにただ一人で座す。天井からはボンボリライトのかわりに、金箔を塗った立方体が、金の鎖で吊り下げられている。アグラする彼のタタミ三枚先には漆塗りの台の上に無人のUNIXデッキが鎮座し、呪術じみたファイヤーウォール装置に囲まれている。
ナムサン……彼こそは伝説めいたハッカークラン、「ゴールデンドーン」の首領である。彼のハッキング姿をこうして垣間見る事ができる読者の皆さんは非常に幸運である。彼の正体を掴む者は、おそらくこの世にはいないはずだ。彼はハッカーであり、ニンジャであった。
彼は腕組みし、アグラ姿勢を取ったままだ。一見それは風変わりなメディテーションめいているが……違うのだ。タタミ三枚先にあるUNIXデッキの金箔塗りのキーボードをご覧になられたい。触るものが誰もいないにもかかわらず、キーが恐るべき速度で激しく動いている!ナムサン!キネシスである!
彼は持ち前の恐るべきキネシス能力によって、およそ人間の指では決して到達できぬタイピング速度を実現するのだ!実際キーボードは常に残像に霞んでいる!ハヤイすぎる!コワイ!
「ファーカカカカカカ……なかなか練れておる。うまい判断……逃げ足の速さ……まずは逃がしてやる。だがゴジュッポ・ヒャッポな……」彼の傍でひとりでに茶器が動き、チャが入った。メンポを開いた彼の口元へ運ばれて行く。エンキドゥは引き続き激烈なキネシス・タイプを行いながらチャを飲む。
「ほれ、ニンジャスレイヤー=サン捕捉……ザイバツ諸君、ついてこられるかね……アー、ファーファー」エンキドゥが笑う。チャの次にオハギが浮かび、口元へ。モニタにはハイウェイ衛星写真と、ソナーめいたエフェクトが映る。そして「このあたりにニンジャスレイヤーだ」のミンチョ点滅文字!
その時にはすでに、彼はザイバツ・シャドーギルドの専用チャネルへ情報を送信し終えている。アブサーディティ、そしてワイルドハントを中心としたチームに!ナムアミダブツ!「ファー……高みの見物な……ニンジャスレイヤー=サン、残念ながら焚き火にジャンプするホタル……カカカカ……」
ザイバツのマスターニンジャ、ワイルドハントは腕組みして、急ごしらえの陣営が彼の前に隊列を為すのを待ち構えた。埠頭へ次々に集まってくるのは、装甲車、屋形ジープ、オムラの逆関節ロボニンジャ=モーターヤブ改善を乗せたトレーラー……ギルドの戦闘車両だ。戦闘ヘリもある。
これらはマルノウチ・スゴイタカイビル包囲時の部隊の再編成、短期間のうちに、ある程度の頭数を確保した。上出来だ。それでもワイルドハントは胸騒ぎを覚えてならなかった。ダークドメインが倒されるなどという事態は全くの不測。あってはならない事だ。彼はただただ驚愕した。理解の外だ。
マルノウチ・スゴイタカイビルの包囲を破り、クローンヤクザを殺戮しながら逃走したニンジャスレイヤー……そして地下遺跡には、グランドマスターの無惨な爆発四散痕……ワイルドハントにとってダークドメインは恐怖の象徴、畏怖の対象だった。ザイバツの多くのニンジャ達と同様に。
故に彼は、速やかに追撃の手筈を整え、ニンジャスレイヤーを滅ぼすべきと考えた。だが、実際に二人目のグランドマスターを失ってさえ、キョートの反応は鈍い。曰く、ネオサイタマに展開するアマクダリ・セクトへの対抗力の低下。ただ一人の敵を大勢で追い回せば、手薄な地域を奪取されかねない。
マスター位階のワイルドハントが過ぎた大部隊を率いる事を不遜とする意見も多かった。ダークドメインは故イグゾーション、スローハンド派とは距離を置いていた。故に今のワイルドハントは後ろ盾を失った格好だ。(くだらぬ!)ワイルドハントはキョートとのIRCセッション中、何度も机を殴った。
(「たかが野良ニンジャ一匹」だと……?ただ一人のニンジャがここまで掻き乱す!だから危険なのだ。奴は今後何をしてくる?)ダークドメインの死をあからさまに喜んでいるような者達もいた。自派閥の拡大……。(キョートの連中は、自分の尻に火がつくまで悠々とチャでも飲んでいるつもりか?)
キョートから承認が下りるまで、いったい何日が費やされた事だろう?まるで永遠めいた時間を要した。繰り返される申請と却下……迷宮的な官僚主義!ニンジャスレイヤーがアマクダリの支配地域に潜伏しておれば、こちらからはろくに動く事ができないというのに!
彼がゴールデンドーンを今回雇い入れたのは彼自身の独断であった。ギルドには無許可だ。明るみに出れば何らかのケジメが必要となる危険すらあった。だが危険を冒しただけの甲斐はあったと言えよう……エンキドゥはニンジャスレイヤーのアキレス腱とも言うべき協力者の所在をあぶり出したのだから。
「ドーモ、ワイルドハント=サン」ニンジャが進み出てアイサツし、ワイルドハントの物思いを破る。ガスマスクめいた不気味なフルメンポを装備し、背中には複数のシリンダーを背負っている。モスキートだ。「今回は、そのう……まだあまり把握していないのだが……昏睡状態の白人女性を?」
「……」ワイルドハントはモスキートを見返した。モスキートはおずおずと繰り返した。「白人女性を……自由に?昏睡状態のところを……押し入って……?」「情報はネット送信してある。確認せよ」ワイルドハントは言った。「ナンシー・リーという女だ。このノビドメ・シェードに潜伏している」
「フィ…ヒ」くぐもった声を漏らし、モスキートは短く頷いた。異常者であるが仕事はこなす。贅沢は言えぬ。ワイルドハントは息を吐いた。ネオサイタマにいるザイバツ・ニンジャ全てが彼の招集に応じた訳では当然無い。対アマクダリに重点している立場の者は勿論。そうでなくとも動かぬ者は多い。
アンバサダー。ラオモトが没する以前からネオサイタマに潜伏していたニンジャであり、ポータル=ジツを用いて電撃戦を勝利に導いた存在。彼は動かなかった。なんらかの思惑があるのだろう。
アンバサダー一派が加わらなかった為、今回の作戦に彼が用いるニンジャは限られる。まず、非常な長リーチ剣「ザオ・ケン」の使い手、インペイルメント。発語はできぬが、カラテはマスター位階のニンジャを凌ぐ。そしてモスキート。加えて、元イッキ・ウチコワシの闘士、アブサーディティ……。
かつて彼がネオサイタマ労働者の自由と平和を獲得する為に用いて来た爆弾技術は、今やザイバツ・シャドーギルドの鉄槌だ。彼の爆弾「江戸時代」は電撃作戦の要となり、大勢の市民を殺した。革命を志した男が、ロードを頂点とする格差社会の尖兵に転向するとは、皮肉な話もあったものである。
「……」ワイルドハントはIRC装置に手を当てた。そのアブサーディティからの通信である。「押さえたか。よし」彼は頷いた。以前にナンシー・リーとニンジャスレイヤーの逃走を助けたデッドムーンのアジトを襲撃させ、これを排除したのだ。「チョコマカとうるさい非ニンジャの屑であった事よ」
そのイクサの際には、デッドムーンの手引きでナンシーとともにまんまと脱出しおおせたニンジャスレイヤーの手によって、ザイバツ・ニンジャのボーツカイと、INWのズンビー・ニンジャが滅ぼされている。(思えばニンジャスレイヤーはデスナイト=サンも殺したのだったな)彼は思いを巡らせた。
その後キョートへ移動したニンジャスレイヤーはザイバツ・ニンジャをいったい何人殺しただろう?14人の殺害リスト事件の報せはこのネオサイタマにまで届いた。実際この場にいるインペイルメントとモスキートはあの殺害リストに記載されたニンジャであり、地理的な要因により衝突を避けた格好だ。
(実際、ここまで奴をのうのうと生かして来たツケだ、この状況は!なんたる鈍重な官僚機構!)ワイルドハントはあらためて、ギルドの閉塞した派閥争いの体質を疎ましく思った。思えば、ネオサイタマへ戻るニンジャスレイヤーに追っ手を差し向けたのは外様のダークニンジャの発案と聞く。
シンカンセンの進行ルート防衛とソウカイヤ残党狩りを一手に引き受けていたザイバツ・シテンノのレッドゴリラ。ダークニンジャは部下であるレッドゴリラをそのままネオサイタマへ向かわせ、ニンジャスレイヤーにあたらせた。やんぬるかな、ニンジャスレイヤーはそれすらも破ったのだが……。
ワイルドハントは戦略椅子から立ち上がる。(ダークニンジャはニンジャスレイヤーの道程をいかにして予測したのか?不気味なニンジャ第六感めいた何かが?ともあれ、外様に出し抜かれた格好!情けなさの極み!だが、ここまでだ。今ここで、ザイバツの閉塞のスパイラルを食い止める。この俺が!)
「現在、ハッカーがナンシー・リーの潜伏地点を割り出しにかかっている。じきに詳細な座標が判明する」ワイルドハントはクローンヤクザやニンジャたちに言った。「どちらにせよニンジャスレイヤーはまっすぐにそこへ向かう筈。それを押さえれば話は早い。戦力差は圧倒的だ。叩き潰す!」
「叩き潰す!」クローンヤクザ達が一斉に繰り返した。ワイルドハントはもう一度言った。「叩き潰す!」クローンヤクザ達が返す。「叩き潰す!」ワイルドハントは両手を上げた。「ギルドの栄光!格差社会!名誉!ガンバルゾー!」禍々しき唱和!「ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!」
2
「スッゾコラー!」屋形装甲車のカワラ屋根上、クローンヤクザが身を乗り出してロケットランチャーを構えた。ニンジャスレイヤーはアイアンオトメを蛇行させる。火花煙を噴き出しながら、ミサイルが襲いくる!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはすぐ前のトレーラーの荷台をアイアンオトメで駆け上る。後方で爆発!そしてニンジャスレイヤーは荷台から装甲車めがけてバイクごと跳躍した!「イヤーッ!」「ザッケンナコラー!」機銃ヤクザがミニガンを旋回させる。だが遅い!
「アババーッ!」無慈悲な鋼鉄のモーターサイクルが機銃ヤクザの頭に前輪でのしかかり、無惨にネギトロめかせた。「チェラッコラー!?」ロケットヤクザはRPGを脇にのけチャカを構える。だがその時にはニンジャスレイヤーがバイク上から投げつけたスリケンが脳天を貫通、即死!インガオホー!
ニンジャスレイヤーは攻撃者を失った屋形装甲車から飛び降りる。彼は後方頭上を見上げた。フロント部を危険な鬼瓦で武装した戦闘ヘリが接近してくる!ニンジャスレイヤーはカウボーイの投げ縄めいて、バイクを巧みに運転しながら、頭上でフックロープを振り回す。
ヘリの下部から「絶対追い殺せ」と書かれたショドーが威圧的に展開、鬼瓦の両目が禍々しく光ると、その口の中の砲塔から超高速の磁力弾丸が発射された!キャドゥーム!ニンジャスレイヤーは間一髪、バイクをほとんど寝かせるように横へ避けて無事だ。前を走っていたタンクローリーが爆発炎上!
「イヤーッ!」体勢を立て直しながら、ニンジャスレイヤーはドウグ社謹製のフックロープをイナズマめいて鬼瓦ヘリめがけ投擲!ゴウランガ!みごとフック部がヘリのステップにガッキと噛みついた。ニンジャスレイヤーが凧揚げめいて力を込める!「イヤーッ!」
ナムサン!なんたるニンジャ膂力か!ヘリはコントロールを失い、ニンジャスレイヤーの斜め前を走る屋形装甲車へ急転直下、衝突!カブーム!ニンジャスレイヤーは素早くロープ巻上げ機構でカギを引き戻すと、炎の海を背後にハイウェイを走り抜ける。彼の中には何ほどの狼狽も無い。襲撃など想定内!
そもそも協力者であるナンシー・リーを駆り立てんとする今回の行為自体、彼をおびき寄せる為のものであろう。この大々的な備え。シバカリが捉えた痕跡も、あえて敵が零し与えたエサと見る。(その安直な手段……後悔すらできぬほどの苦痛で、貴様らのニューロンを塗り潰してくれる)
「イヤーッ!」ノビドメ・シェード!ニンジャスレイヤーは料金所到達を待たず、アイアンオトメをドリフトさせると、ハイウェイのガードレールを突き破っていきなり真下へ飛び降りた。ナムサン!なんたる決断的危険行為か!
「ここに前後」「覗き見」「活力!バリキトカ!」「外れたらセプクするくらい外れない要素」……猥雑なネオン看板がたちまち出迎えるが、大通りに酔漢サラリマンの類は無い。かわりに、道のあちこちの広告スピーカーからタテマエめいた放送が流れる。「映画の撮影中でご迷惑をかけるドスエ」。
ナムサン、当然そう都合良く、街を挙げた映画撮影など行われるわけがない。即ちこれは、この区域のマッポをすら懐柔したという事。ニンジャスレイヤーを闇に葬るべく、既にザイバツの手によって舞台は整えられたという事だ。
先日の、グランドマスター=ダークドメインによる直々の襲撃。そしてこの大掛かりな作戦。ザイバツという鈍重な巨象のごとき組織が、いよいよニンジャスレイヤーという一個人に対し、ここまで戦力を振り向けるに至ったか。あるいは、敵方に何かあるか?どちらにせよ、ニンジャを全て殺す!
チチチチ、街頭監視カメラが首を巡らせて目で追ってくるのを、ニンジャスレイヤーは持ち前のニンジャ第六感で感じ取る。治安維持システムの一部もしくは全体がハッキングされている。となれば彼の居場所は筒抜けとなった事だろう。その思考に呼応するように、地下鉄入口からロボットが飛び出す!
逆関節の巨体がニンジャスレイヤーの進路を塞ぎ、合成音声でアイサツした。「ドーモ。モーターヤブ改善!これは映画の撮影なので合法に殺戮されます!これは映画の撮影なので降伏は却下されます!」パリパリパリ!ガトリング砲の火線が集まる!「イヤーッ!」
ニンジャスレイヤーは二枚のスリケンを投げ放った。狙い過たず、一枚はモーターヤブ改善の左膝逆関節に突き刺さり破壊!一枚はガトリング砲に突き刺さり暴発破壊!ニンジャスレイヤーは加速!体当たりだ!鉄の弾丸と化したアイアンオトメの質量がモーターヤブ改善に突き刺さる!「ピガガーッ!」
無慈悲破壊!ニンジャスレイヤーはそのままモーターヤブ改善のスクラップを踏み潰し、車体をドリフトさせた。「……」ニンジャスレイヤーは睨み渡した。大通りの前後から複数の屋形装甲車が迫る。なかなかに対応が早い。進路、退路ともに塞がれた格好だ。ならば包囲を破るのみ!……と、その時!
「フーンクッ!」装甲車を飛び越し、サイバー馬が踊り込んだ!馬上には鉄仮面めいたフルメンポと白いスプリントアーマー状のニンジャ装束を装着したニンジャあり。万全の装備!そして、その手には巨体になお余る長さの刀身をもつ大業物……まさにその威容、マッポーの地獄騎士か!
「フーンク!」馬上ニンジャは長い得物を額の前に真っ直ぐに立て、アイサツした。「……ドーモ。ニンジャスレイヤーです」速度を求めて凶暴に唸るアイアンオトメを停止させながら、ニンジャスレイヤーはアイサツを返した。「オヌシはインペイルメント=サンだな。初対面では無い」
「フーンク!」インペイルメントは激昂めいて肩を揺すり、得物を構えた。ニンジャスレイヤーは腕組みして睨んだ。「またぞろ、こけ脅かしの長物武器か。旗でも引っ掛けておけ。それとも前回同様、この私に折られたいか」「フーンク!フーンク!」
(((フジキド……よもや忘れたわけではあるまい)))どろりとした悪意がニューロンを汚す。ナラク・ニンジャ!(((奴はオヌシが喉から手が出るほどに欲しておった仇の一人であろう……忌々しき巨塔……マルノウチ・スゴイタカイビル……ぐぐぐ……)))(無論だ)ヌンチャクの封印が解けた。武器には武器!
「フーンク!」大業物を真っ直ぐに構え、インペイルメントはジャウスト騎士めいて突進!ニンジャスレイヤーもアイアンオトメを一気に加速させる!「イヤーッ!」「フーンク!」切り結ぶ二者!ともに無傷!互いにすれ違い、180度方向を転換、ふたたび向かい合う!
(((ぐぐぐ……)))ナラクの奈落めいた含み笑いがニューロンをざわめかせた。(((さあ、殺せ……殺せフジキド)))ニンジャスレイヤーはヌンチャクを振り回しながらインペイルメントを睨む。ヌンチャクは封印が解けたのみだ。ナラクの炎を纏うには、まだ体内のカラテが足りぬ。共振が必要だ。
大通りを塞ぐ屋形装甲車からの攻撃は無い。一騎打ちというわけか。(ふざけた真似を)「フーンク!」インペイルメントが駆け出した。ニンジャスレイヤーもアクセル!再び切り結ぶ二者!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは瞬時に身を沈め、ヌンチャクでインペイルメントの刃を側面から打つ!
「フーンク!?」ヌンチャクは跳ね返り、ニンジャスレイヤーが腕先をしならせると、蛇めいて再度インペイルメントを攻撃!「イヤーッ!」「フーンク!?」フルメンポの顔面を強打!さらにニンジャスレイヤーはアイアンオトメから身体を半ば投げ出すようにしながら再三の攻撃!「イヤーッ!」
CRASH!三度目の打撃が打ち砕いたのはサイバー馬の後脚だ!ニンジャスレイヤーはアスファルトに手を突き、反動で再びバイクの上に体勢を戻す。タツジン!一方、インペイルメントはたまらず落馬だ!ニンジャスレイヤーは再度、180度バイクを旋回させる!加速!「イヤーッ!」
「フーンクッ!」インペイルメントは得物で咄嗟にヌンチャクを受ける!火花が飛び散る!ニンジャスレイヤーはそのまま駆け抜け、バイクをウィリーさせた。屋形装甲車を跳び越える!「イヤーッ!」「フーンク!?」ニンジャスレイヤーは振り返り叫んだ「五分だけ待っておれ!オヌシを必ず殺す!」
(((バカな!バカなフジキド!バカ過ぎる!)))ナラクが叱責する。(まずナンシー=サンだ)(((……何だと?もう一度申してみよ!バカ!何たるセンチメント!女など餌!囮に過ぎぬ!死んでも復讐に支障無し!)))(黙れ)ニンジャスレイヤーは会話を打ち切った。彼が重点したのはシバカリからのIRCだ!
シバカリ曰く……『ドーモ、時間取らせ謝罪。今数秒の余裕。ナンシー=サンへ急いで。コフィン特定されたね。彼女ビズ主だから、俺ももうヒト頑張り、でもアテにしないで。チュース』ニンジャスレイヤーはアスファルトに火花を散らして直角にターン、脇道へ飛び込んだ!
彼の判断は実際のところ、サイオーホースめいて、結果的に別の致命的危険をも回避していた……一騎打ちの場となった大通りを近隣のビル屋上から注視していたアブサーディティは目を細めた。彼の不快のサインだ。大通りの6つのマンホール全てに、彼の独断で大規模な爆薬が仕掛けてあった。
ニンジャスレイヤーがあのまま更に数秒もインペイルメントと戦闘を続けていれば、アブサーディティは大通りの爆薬を起爆させていただろう。彼はインペイルメントもろともに、ニンジャスレイヤーを爆殺するつもりでいた。彼自身の独断である。彼は仲間の命などどうでも良いのだ。
かつてのニンジャスレイヤーならば、殺戮衝動に任せ、インペイルメントを執拗に攻撃したやも知れぬ。もしそうであれば、ナンシーの身に危機が迫り……否、それどころか、彼自身、アブサーディティの爆破に巻き込まれ、志半ばにサンズ・リバーを渡っただろう。彼を変えたのは……様々な出来事だ。
己の変化によって、彼自身知らぬままに命を拾った、この一瞬の交錯。単なる偶然の結果か?否、これもまたインガオホー。ブッダが織り成す複雑怪奇なタペストリー、理由と結果の巨大なドミノ倒しの仕掛けの一側面なのだ……。
「……さもなくばカラテか」抑揚の無い不気味な声でアブサーディティが呟いた。彼はビルの屋上からしめやかに身を躍らせた。
◆◆◆
「ス、スス、ス……」狭い廊下、紫のボンボリライトに照らされながら、背中を丸めて歩みを進めるニンジャ有り。モスキートだ。「ス、ス、スメル……フローラルめいた……シャンプー?」ガスマスクめいたメンポからシューシューと呼吸音が漏れる。「シャワーつき設備……フィヒヒ」
モスキートはクスクス笑いながら歩みを進める。ここが……例のコフィン、今回のミッションの目的地だ。ハッカーから投げ渡された潜伏可能性区域は複数あったが、彼は性的執念で「当たり」を見つけ出した。窓口の管理者に汚染血液を注入して殺し(彼はここでまず達した)、UNIX情報を盗んだ。
利用者アカウントに不自然な部分がある。ハッカーに情報を投げると、すぐに解析結果が返った。つまりは、ここだ。「ス……スス……昏睡状態……だがお互いの血液循環はもうちょっと待たないか……なにしろ、き、聞き、インタビュー、インタビューせねば……様々な手段でもってフィーヒヒヒ!」 37
モスキートは狭いエレベーターを使用し、階数の書かれていないフロアで降りた。部屋プレートに「リンゴ」とある。彼はプレートに顔を近づけ、舐めるように見た。「あ……甘し!リンゴとは重点!」モスキートは震え、唸った。「ポエム」
彼はカーボンフスマに耳を近づけた。「……シャワー中」彼は指先でフスマの表面を撫でた。「昏睡から覚めている時間帯?……様々な反応を確認しつつインタビューだ、これは」モスキートは独りごちた。「まったく、なんてふしだらなタイミングだ!いけないぞナンシー=サン、そんな事では!」
ドアのロックは解除されている。モスキートは腰を折って顔をほとんど床にまで近づけ、深呼吸を繰り返した。「紳士的に入室」彼は呟いた。フスマに手をかけ、勢いよく開く!「フィーヒヒヒ!アバーッ!?」
彼は驚愕のあまり痙攣して後ずさった。確かにナンシーはいる、奥のフートンで寝ている。だが、だがしかし、彼のすぐ目の前に立っているのは、腕組みをして直立する赤黒のニンジャなのだ!「アバーッ!?」モスキートは再度叫んだ!
「ドーモ。その卑しいなりは、モスキート=サンだったな。ニンジャスレイヤーです」「アバーッ!血の匂い!?じゃあ、シャワーは?だってフローラルな女は……寝ている!」「フェイクだ。水を流しているだけだ」ニンジャスレイヤーは言い捨てた。「私の気配に気づかなかったろう」「アバーッ!」
「イヤーッ!」「グワーッ!」ナムサン!待った無し!ニンジャスレイヤーの容赦無きポン・パンチがモスキートの鳩尾に叩き込まれた!モスキートは吹き飛び、すぐ外の廊下の壁に背中から激突!「グワーッ!」割れ砕け飛び散る背中の汚染血液シリンダー!「グワーッ!」
「アイサツせよ」ニンジャスレイヤーはジゴクめいて言った。「もしくはハイクを詠め」「ウオオオーッ!」モスキートはニンジャスレイヤーへ飛びかかろうとした!ヤバレカバレ!だが、「イヤーッ!」「グワーッ!」ヤリめいたキックがモスキートの鳩尾に叩き込まれる!壁に再激突!「グワーッ!」
「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーのスリケン投擲!右手首が壁に縫いつけられる!「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーのスリケン投擲!左手首が壁に縫いつけられる!「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーのスリケン投擲!右足首が壁に縫いつけられる!
「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーのスリケン投擲!左足首が壁に縫いつけられる!「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーのスリケン投擲!股間を破壊!「グワーッ!……グワーッ!」「インタビューだ。モスキート=サン」ニンジャスレイヤーは言った。
「この包囲網。ニンジャは全部で何人いる」「グワーッ!我が熱い血潮が……」「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは鳩尾に拳を叩き込む!「包囲網のニンジャを全て挙げよ」「言う!ワイルドハント=サン、アブサーディティ=サン、インペイルメント=サン、そして私だ!」
「ワイルドハント=サン?」「コマ・ジツだ!自立型のコマで攻撃する。今回の司令官だ。これで勝ったと思うなよ。奴ならば……」「アブサーディティ=サンとは?」「爆弾製造者だ!カラテもスゴイ。インペイルメント=サンも強い!いくら君がネオサイタマの死神と言えど、彼らが……」
「もう一つ。マルノウチ・スゴイタカイビル。わかるか」「マ、マルノウチ?例のキル・リストか狂人め!」モスキートはもがき叫んだ。「くだらん真似を!ギルドは揺るがぬぞ」「オヌシはあの抗争に参加したか?」「し、したとも!勇敢にな!」ニンジャスレイヤーは無感情な目を細めた。
「私の妻子が殺された。オヌシらの、くだらん抗争によって」「……」モスキートは黙った。そして、ある種の諦念であろうか、彼は騒ぎやめ、冷酷な眼差しでニンジャスレイヤーを見返した。「……だから?」「……」ニンジャスレイヤーも眉一つ動かさない。
ニンジャスレイヤーは拳を構えた。「イヤーッ!」神速のジキ・ツキがモスキートの顔面を一撃で叩き潰した。「サヨ……ナラ!」モスキートは爆発四散した。
ニンジャスレイヤーは部屋へ戻った。フートンにナンシー。奥のユニットバスからは全開にしたシャワーの音が鳴り続けている。彼は反対側の壁を一瞥した。彼が入ってきた隠しエレベーターだ。こんな時のためにあらかじめ室内に設置されたもので、機関はネットワークから切り離されている。
猶予はもはや無い。ニンジャスレイヤーは眠るナンシーに失礼を詫びる片手アイサツをした後、フートンを剥がした。そして患者衣姿のナンシーを抱き上げた。その身体が、電気ショックを受けたように、数秒間、ニンジャスレイヤーの腕の中で激しくふるえた。ニンジャスレイヤーは目を見開いた。
「……ナンシー=サン?」「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン」ニンジャスレイヤーの腕の中で、ナンシーが見上げた。彼女の眼差しは力強かった。「タダイマ」彼女は薄く微笑んだ。
3
「モスキート=サンが」ハイ・テック屋形装甲車内の狭いタタミ、モニターに囲まれて独りアグラし、精神を研ぎ澄ませていたワイルドハントは、エンキドゥからの通知を驚愕めいて口に出した。「ハヤイ。幾らなんでもハヤイ過ぎる。化け物かニンジャスレイヤー……!」
モスキートは油断ならぬ使い手であり、ニンジャ野伏力も確かだ。だが功を焦るあまり、アジトを見つけ出すや、単独で飛び込んでしまった。その行いはインガオホーではある……しかし予想できようものか?まさか既にニンジャスレイヤーがナンシーを確保し、待ち構えていようとは!
一戦交えたインペイルメントに重篤な負傷は無い。彼は既に手勢を率いて包囲網に合流した。あの場で仕留める事ができていれば……否、考えるまい。『敵ハッカーの妨害が少々。意外にしぶとい。情報集約にやや遅延が出ているが解消予定』エンキドゥのノーティスも胸騒ぎを誘う。
そこへ唐突に割り込むIRC接続有り。IDはignite_hell_o。アンバサダーのチームの女ニンジャだ。『遊びに来たよ』(イグナイト=サンをよこすか)彼女の脳天気な文章に、ワイルドハントは眉根を寄せる。(アンバサダー=サン、義理を立ててアデプト一人……まあいい)
『だから、来たッての!』「グワーッ!?」装甲車内に、鼓膜を破らんばかりの爆音で女の声が鳴り響いた。前方カメラには睫毛の長い目が接写で大写しになっている。ワイルドハントは舌打ちし、屋形装甲車の瓦屋根ハッチを開いて顔を出した。「ヘル・オー!ワイルドハント=サン!イグナイトです!」
カメラに顔をくっつけていた女ニンジャはワイルドハントを認めると装甲車から転がり落ち、裏向きキツネ・サインを出してアイサツした。片手には防衛クローンヤクザから奪ったとおぼしきトランシーバー。「あ、これ返す」と放り投げる。
彼女は真っ赤に染めた頭髪の左半分を丸刈りに剃り上げ、右は前髪だけを伸ばしてギザギザに固めている。後頭部は刈り込まれて縞模様を作っている。眉毛は無く、かわりにイバラめかした模様をタトゥーしてある。目の周りは赤紫の隈取り。鼻から下はマフラーで覆面し、その布には「地獄お」の文字。
彼女は確か、まだ若い。確か、というのは、パンクスめいたデコレーションが過剰であるがゆえだ。痩せた身体を包むニンジャ装束は、稲妻パターンが刺繍されたレザー製だ。「で?何を燃やしャいいの?」彼女は欠伸して身体を伸ばし、耳をほじりながら言った。
「……。……ニンジャスレイヤー……だ!」ワイルドハントは腕組みし、唸るように言った。「とにかく今すぐ指定ポイントへ向かえ。情報はIRCで送信する」「ニンジャスレイヤー!アッハ!」イグナイトは甲高く笑った。「死なないようにしよッと!」
◆◆◆
「もう眠りは平気なのか。ナンシー=サン」ニンジャスレイヤーは問うた「それとも例の短時間覚醒……」「このままでも悪くないんだけど、降ろしてくれてもいいのよ」抱えられたままのナンシーがニンジャスレイヤーを見上げて言った。「これはすまぬ」ニンジャスレイヤーは丁重に彼女を降ろした。
「眠りはおしまい。私は帰ってきた」ナンシーは壁に向かって患者衣を無雑作に脱ぎ捨て、黒レザーのライダースーツを着込みながら言った。「代償は大きいけど、身体が死んだらどうなるか、わからなかったし」闇調達デッカーガンの装弾を確認。ホルスターにおさめる。「代償?」「そう。代償」
彼女は「不如帰」のショドーの横に立て掛けられたカタナを手に取り、身につけた。「私はコトダマ空間の……ネットワークの中の自分を切り離した。置き去りにして、無理矢理戻った」「そんな事が可能なのか?」「可能。みたいね。現に私はこうしてる」彼女は肩をすくめた。「おかしな体験が沢山」
「身体は何ともないのか」「鈍っているけどね」ナンシーは頷いた。二人は直通エレベータに乗り込んだ。「でも、私は以前のようにネットワークに没入する事が出来なくなった筈。それが代償。そして、私のネットワーク自我がどうなったのか、わからない。急な話だったから。それが面倒の種」
「理解……しよう」ニンジャスレイヤーは言った「状況はわかるか?」「勿論。だから戻ってきたのだし」二人はシリンダーめいたエレベータの中、向かい合って立ち、文字盤が地上を目指して瞬くのを見ていた。「ナンシー=サン。私の名はフジキド・ケンジだ」ニンジャスレイヤーは唐突に言った。
「……」ナンシーがニンジャスレイヤーを見た。「……ドーモ。フジキド=サン」「ドーモ」ニンジャスレイヤーは頷いた。ナンシーは微笑んだ。
◆◆◆
BLAM!BLAMBLAM!「グワーッ!」「グワーッ!」アイアンオトメの車上、ニンジャスレイヤーの後ろに座るナンシーはLAN直結した改造デッカーガンを構え、正確な射撃で、行く手を阻もうとするクローンヤクザを次々に撃ち殺してゆく。狙い撃つ敵は必要最小限。さもなくば間に合わぬ。
『高架は昇らない。そのままストレイトスルー。上はさっきのトイ一杯』アイアンオトメの小型UNIXモニタにせわしない0と1が流れ、シバカリのナビゲーションが音声と文字とで絶えず投げかけられる。『ビークル、次の角から。備えて』ニンジャスレイヤーは加速!
2秒後、左手から屋形装甲車が道路を遮るように飛び出した。屋形にはミニガンヤクザ!「スッゾコラー!」だがナンシーの右手には既に、ピンが抜かれたグレネードが握られている。「swallow this!」投擲!それがミニガンヤクザの目の前に到達した瞬間に爆発!完璧なタイミングだ!
「アバーッ!」爆発炎上した屋形装甲車をすり抜け、二人の乗るアイアンオトメはさらに速度を上げる。ナンシーは後方に銃を向け、追跡してくるバイクヤクザに応戦。タイヤに執拗な銃撃をくわえ、破壊してゆく。道はカーブしながら上り坂となり、右手に海が現れる。
暗い海には無数の屋形船やバイオイカ釣り舟の明かりが宝石めいて、遠方海沿いのビル群のネオンライトも さやかだ。「現実ってすごく綺麗よ」ナンシーは笑った。バラバラバラバラ!上空を追跡してくるのは、またしても鬼瓦戦闘ヘリだ!「ま、汚いものも前提にね」
鬼瓦ヘリの下部から「絶対な即死」とショドー垂れ幕が降り、鬼瓦の目が不吉に光った。今度の武装は磁力弾丸ではない。閃光とともに放たれたのはアンタイ・ニンジャミサイルだ。ボディには「馬」とペイントされている!ナムサン!
「久しぶりね。こういうの」ナンシーはデッカーガンのカートリッジを交換しながら呟く。『そこを左。デカイの有、でもn.p.な』シバカリからのノーティスだ。「掴まれ」ニンジャスレイヤーは言った。そして車体を傾け、ほとんど直角に曲がる。ナムサン、だがミサイルは追尾してくる!
「これは映画撮影。実際CG合成ですので、もんだいありません」拡声器めいて発せられる大音量の合成音声。ニンジャスレイヤーは前方を注視する。確かにシバカリの言う通り「デカいの」が待ち構えている。蜘蛛めいた八本の逆関節脚部を生やしているが、上部はどことなくアンバランスなフォルム。
読者の皆さんには説明しておこう。巨大な蜘蛛状脚部にオムラ社のロボニンジャ、モータードクロの胴体を接合したこの不格好なマシンの名はモーターカニ。アマクダリ・セクトのニンジャ、ブラックウィドーが使用していた脚部を修復し、不足パーツを間に合わせた機体なのだ。今回の腕は四本!
「ピガー!」モータードクロ頭部が回転!四本の腕はガトリング砲を展開して集中砲撃をかける!火線が強烈過ぎる!「ナンシー=サン」ニンジャスレイヤーは有無を言わさぬ口調で言う。「何」「運転をかわれるな」言うなり彼は座席からジャンプ!「イヤーッ!」バイクのフロントカバー上に立った!
「ちょっと!」ナンシーは目一杯身体をのばして危うくハンドルを握り直し、座席をにじり進んでアイアンオトメを引き継いだ。ニンジャスレイヤーは恐るべきニンジャバランス感覚で車体フロントカバー上に立ち、激しくヌンチャクを振り回す!ゴウランガ!ガトリング砲の弾丸を弾き飛ばしているのだ!
「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」な、なんたるヌンチャクさばきか!「でも、後ろ!ミサイルが!」然り!ミサイルが既にタタミ数枚程度の後方まで肉薄!ニンジャスレイヤーは弾丸を弾き続ける!『n.p.』そこへシバカリの通信。『ミサイルいただき』
突如、それまでピッタリとアイアンオトメの後ろにつけていたミサイルが上空高くへ浮かび上がった。閃光を撒き散らしながら、ミサイルは前方で待ち構えるモーターカニめがけて飛行!KABOOOOOOOM!「ピガガーッ!」モーターカニは爆発炎上、崩れ落ちる!
『ALAS、追跡スゴイ速い。悪いがネタ切れ、囮蒔いてサラバするんで、後はよしなに。推奨ルートはマーカー済み。時間と共に陳腐化重点。チュース』 シバカリは矢継ぎ早なノーティスを送ったのち、切り離した。「……だ、そうよ」ナンシーが通信を読み上げた。ニンジャスレイヤーは頷く。
「残念ながら正念場はここからだ」ニンジャスレイヤーはジャンプしてナンシーの後ろに直立した。アイアンオトメのインテリジェント自律システムは、無茶な取り回しに見事に応えてみせる。「ニンジャがまだまだ残っている」彼は周囲を警戒する。ニンジャがアンブッシュを試みれば、即座に反撃だ。
「この先に鉄橋」ナンシーが言った。「ノビドメから離脱するには橋を渡るしかない。橋は他に二箇所あるけど、どこも全部あらかじめ押さえられていると見た方が心臓にはいいわね」「その通りだ」ニンジャスレイヤーは頷いた。「後で落ち合う場所を決めておくとしよう」ナンシーは彼の意を理解した。
◆◆◆
エンキドゥは異常緊張のために両目両耳、鼻から血を流し、アグラ姿勢のままで激しく震えていた。前方に設置されたUNIXデッキでは今も黄金のキーボードが激烈な無人タイピングを行っている。ファイヤーウォール装置は白煙を吹き上げている。彼の血走った目は見開かれ、死地を見ていた。
「ヌウウウー……」メンポの隙間から絶え間なく血がこぼれる。グシャリと音がしてキーボードが破砕した。タイピングが激烈過ぎるのだ。だが既にキーボード上空にはスペアのキーボードが浮かんで待機している。わずか1秒で破損キーボードはスペアと差し変わる。
『重点』『重点アラート』『重点』『重点』秒単位で次々に新規の懸念事項が立ち上がる。負荷による遅延もひどい。(タツジン)キネシスによる無人タイピングがさらに高速化する。二台目のファイヤーウォール装置も火を吹いた。(俺はウーンガン・タナカの継承者。これは物理的に矛盾した状況だ)
『重点』『重点』『重点アラート』『重点』『早期解消が要』『ワイルドハント=サンが言う:すぐにニンジャスレイヤーの現在地0100101』『重点』『重点』「ヌウウウウーッ!」『重点』『重点』『重点な』「貴様は!何なのだ!」エンキドゥは絶叫した。
『重点』『重点』……事態は急転直下だ。何が起きている?エンキドゥは取り乱している。当初のハッカーを追跡下に置くまでに予想の15倍の時間を要してしまった。それも、この第三者、突如攻撃を仕掛けて来た正体不明のアカウントのせいだ!「何だ?貴様は!」『01001……電子の…10』
ザリザリザリ……01001脳下垂体に異常激痛が走る!01000110エンキドゥは他者のコトダマ空間に強制的に投げ込まれていた。0100010そこには輪郭のはっきりしない意志体が浮かび01011101……「我が……0100010電子の嫁……01000」
「0100101誰だ01011貴様010111」「いない……01011ヨメがい010ない……01011101どうして010111」『重点!』『重点!』『重点!』「グワーッ!」「0111010コトダマ直結0100101なぜ010111ナンデ」「グワーッ!」
「011011101なぜ0100101いないナンデ010010111」「アバーッ!」エンキドゥは吐血!血飛沫0010はコトダマ空間00内で0と1に還元さ01れてゆく。「誰!だ!貴様は0100」「ドドドド0101グリーンゴーストです010電子のヨメ……キエタ」「アバーッ!」
『重点!』『重点!』『重点!』痙攣するエンキドゥの意識体にアラート表示が蟻めいて無数にまとわりつき、その四肢を徐々に0と1へ還元してゆく。ぼんやりと定まらない緑の輪郭は陽炎めいて揺れながら苦しみ続ける。「01001直結できないナンデ0100101どこ01011101」
「01001ヨナ01011ラ」エンキ00101ドゥ01はバラバラに01拡散し、コトダマの彼方へ消えた。ナム0100101アミダブ0110ツ!そこには人型の緑の揺らぎが残り、なおも苦しむ……「直結……直結?」揺らぎは新たな侵入存在の気配を感じ、燃え上がった。「電子の嫁!」
天使の降臨めいてパルスとともに現れた光り輝く存在が、グリーンゴーストを見下ろしていた。彼は這い寄ろうとした。「嫁……直結!」光は美しい女の姿を取り始めた。女は目を閉じていた。美しいが、豪雪の山めいた厳しさがあった。彼女は目を見開いた。「!」「グ、グワーッ!?」
光り輝く存在がグリーンゴーストめがけ、拒絶するかのようにその手を突き出すと、グリーンゴーストは輪郭を破壊されながら遥か地平の彼方にまで吹き飛ばされた。「グワーッ!」やがて彼の姿は緑の火の玉めいて単純化され、コトダマ空間の狭間へ彷徨い消えて行った。「ヨメェェェ……」
光り輝く意識体はゆっくりと人間性をあらわし始めた。水中めいて揺らぐ黒髪があらわれ、暗黒をおさめた恐ろしい眼窩には秩序が生じ、物憂げな瞳となった。さらに、その首から下が……内側から光を発する白い裸体が形作られた。迎えるように現れた格子模様の床に、彼女は音も無く着地した。
数秒前の彼女はナンシー・リーに似ていたが、その美貌は徐々に移り変わりつつあった。彼女は椅子に腰を下ろした。……過去、現在、未来。時間の流れに対し斜めに交差した空間の中で、彼女は訪れるべき者を待つことにした。黄金立方体の輝きを遥か頭上に。
◆◆◆
ノビドメ第二鉄橋上、アブサーディティは突進してくる白いライトを睨み据えた。当たりを引いたのは彼の部隊だ。前方のクローンヤクザバリケードが、接近してくるヘッドライトで逆光のシルエットとなる。「……」アブサーディティは淡々と爆薬を起爆させた。KABOOOOOOOOM!
信じ難い巨大な爆炎の地獄が、彼のすぐ目の前に現出した。当然クローンヤクザバリケードはすべて巻き添えだ!ナムアミダブツ……アブサーディティの倦んだ目には何の感慨も無し!そして突入せんとしたニンジャスレイヤーのバイクは!?ああ!あそこに!見よ!あそこに!
ほとんどそれは一瞬の交錯!最大加速とウイリージャンプによって爆炎を突破したアイアンオトメが着地!ナンシー・リーは一切の迷いなき加速でそのまま対岸へ走り去る!ニンジャスレイヤーは?いない!バイクにはいない!上だ!「Wasshoi!」
アブサーディティは身構える!そこへ、空中からエントリーしたニンジャスレイヤーが飛び蹴りを叩き込む!「イヤーッ!」「イヤーッ!」アブサーディティは手の甲でこれをガード、ニンジャスレイヤーを弾き返す!「……来たな」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは反動でバック転し着地!
「ドーモ。はじめまして。ニンジャスレイヤーです」ニンジャスレイヤーは流れるようにオジギした。爆炎から間一髪飛び出したアイアンオトメのシートから一人、彼は飛び下りたのである……ナンシーを逃がし、ニンジャを殺す為に!
「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。はじめまして。アブサーディティです」アブサーディティはアイサツを返した。彼は巨大な爆発によって完全に破壊され分断された鉄橋を背にしていた。「お前は運の強い奴だ。ニンジャスレイヤー=サン」彼はあらためてカラテを構える……「ゆえにカラテで殺す」
4
ニンジャスレイヤーはジュー・ジツの構えで応じた。「運だと?」「そうだ」二者はジリジリと互いの間合いをはかる。「お前を爆殺するチャンスは数度あった。諸要因でたまたま阻まれたのだ。ブッダに感謝する事だな」とアブサーディティ。「だが、俺のカラテの前にまぐれは通じない。悪運もここまで」
「単にオヌシに機微が無かっただけだ」ニンジャスレイヤーは、にべも無く言った。「本業で役に立てぬ爆弾屋が、言うに事欠いてカラテの真似事。そう鼻高々になる事でもあるまい」「減らず口を」アブサーディティは鼻で笑う。「本業というならば、爆弾などくだらぬ暇潰し……否。全てが終わった祭」
「祭だと?ポエット気取りめ。爆弾屋に続いてカラテも廃業し、ハイクでも詠み暮らすか」「それもつまらぬ……」アブサーディティは抑揚のない声で笑い、おもむろに間合いを詰めた。「イヤーッ!」ハヤイ!稲妻めいたローキックだ!
「ヌウッ」ニンジャスレイヤーの足が一瞬止まる。その時すでに二度目の蹴りが繰り出されていた!同じ脚でハイキック!ハヤイ!「イヤーッ!」「グワーッ!?」側頭部めがけた蹴りを咄嗟にガードするニンジャスレイヤー!だが強烈!彼はよろめく!
「イヤーッ!」逆の脚のミドルキックが反対側からニンジャスレイヤーを襲う!「ヌウーッ!」ニンジャスレイヤーは腕で受ける!「イヤーッ!」アブサーディティは蹴りの勢いで回転し、回し蹴りを繰り出す!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは首を刈るような強烈な蹴りを、腰をかがめて回避!
「イヤーッ!」そのままニンジャスレイヤーは低い姿勢から鳩尾めがけて正拳を繰り出す!「イヤーッ!」アブサーディティは腕を円形に動かし拳を払いのける!そして前蹴り!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはバック転で回避、間合いを取る!
アブサーディティはその場でトントンと小刻みなステップを踏み、待ち構える。油断ならぬアトモスフィアだ。「なかなかやるようだ、ニンジャスレイヤー=サン。だが俺はお前を凌駕する事にさほど興味が無い。わかるか?……お前は秒単位で不利となってゆくぞ」
ナムサン……アブサーディティが示唆するのは他の部隊の加勢だ。当然彼は今この場におけるニンジャスレイヤーとの戦闘開始をIRC報告していよう。他の鉄橋に展開していたザイバツの部隊がこちらへ向かって来ているであろう事は必定……!
となれば、残念ながらアブサーディティの言葉は事実だ。とにかく、できるだけ素早くこの者を殺す必要がある。ニンジャスレイヤーは弧を描くように摺り足を巡らせ、間合いを詰めにゆく。ヌンチャクは封印状態だ。素手のカラテを相手にヌンチャクが解放される事は稀である。ナラクの反応も今は無い。
「どうする。さあ」アブサーディティが挑発する。「知れた事!」ニンジャスレイヤーは側転した!「イヤーッ!」そしてスリケンを投げつける!「イヤーッ!」アブサーディティは腕を円形に動かし、飛び道具を弾き返す。ニンジャスレイヤーはさらに地面を蹴る。奇襲!バック転で襲いかかったのだ!
「イヤーッ!」着地点のアブサーディティは自らもバック転で飛び離れ、これを回避!「イヤーッ!」「イヤーッ!」両者さらにバック転!「イヤーッ!」「イヤーッ!」両者さらにさらにバック転!
「イヤーッ!」「イヤーッ!」両者さらにバック転!「イヤーッ!」「イヤーッ!」両者さらに……いや違う!アブサーディティがさらにバック転したのに対し、ニンジャスレイヤーは天高く飛び上がったのだ!空中で体操選手めいて身体を捻り、アブサーディティの背後に着地!「何……」「イヤーッ!」
「グワーッ!?」アブサーディティはエビ反りになって吹き飛ばされる!ニンジャスレイヤーは己の肩から背中にかけて、アブサーディティの背後から、壁めいて叩きつけたのだ。暗黒カラテ技、ボディチェックだ!アブサーディティは鉄橋上をゴロゴロと転がる!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスプリントしてこれを追う!「イヤーッ!」転がりながらアブサーディティはスリケンを投げつける。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは走りながらそれらをブレーサーで弾き飛ばす!
「イヤーッ!」スプリントの勢いを乗せた右手低空ジャンプパンチ!アブサーディティは左手の甲と右手の平を添えるようにしてこれを反らす!「イヤーッ!」右膝でニンジャスレイヤーを蹴る!「グワーッ!」ナムサン、脇腹に痛打!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはチョップを繰り出す!
「グワーッ!」ハヤイ!アブサーディティの左肩を直撃!アブサーディティはガードを固めようとするが、ニンジャスレイヤーがハヤイ!「イヤーッ!」「グワーッ!?」ゴウランガ!またしても暗黒カラテ奥義!サマーソルトキック!宙返りしながらの蹴りがアブサーディティの顎をしたたか蹴り上げる!
「ヌウウーッ……!」ニンジャスレイヤーは中腰姿勢になり、スリケン投擲姿勢を取る。肩の筋肉が縄めいて装束越しに浮かび上がる!ニンジャ膂力を最大限に込めた投擲……ナ、ナムサン!さらなる奥義、ツヨイ・スリケンの動作ではないか!
空中へ蹴り上げられたアブサーディティは咄嗟に防御姿勢を取る!だが受けきれるものか?ニンジャスレイヤーはスリケンを、「グワーッ!?」
ニンジャスレイヤーはよろめく!あさっての方向へ飛んでゆくツヨイ・スリケン!背中に爆発の衝撃があった。一体何事?アブサーディティ?「フーンク!」そして、おお、ナムサン!前方、裂けた鉄橋の向こう側から無謀にも跳んでくるサイバー馬!空中で馬上ニンジャが鞍の上に立ち上がり、跳躍!
サイバー馬はそのまま下の海へ落下!だが鞍から跳躍した乗り手は空中でクルクルと回転し、橋のこちら側へ音を立てて着地した!なんたる命知らずめいたエントリーか!「詰んだな。ニンジャスレイヤー=サン」アブサーディティが呟き、そのまま空中で姿勢制御、ダイビング選手めいて海へ飛び込む!
「フーンク!」獣じみた叫びを鉄仮面メンポの奥から発しながら、そのニンジャ、インペイルメントが得物を構える。ニンジャスレイヤーはジュー・ジツを構える。だが敵は彼だけでは無い。背後からインターラプトを仕掛けたのは……「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。ワイルドハントです」
ニンジャスレイヤーは振り返る。名乗りの直後、対岸を封鎖するように集合した屋形装甲車群が一斉にライトを照射!逆円錐形の物体に乗ったニンジャ、ワイルドハントのオジギは逆光の影法師だ!「貴様はここで必ず殺す、ニンジャスレイヤー=サン」
「……ドーモ、はじめましてワイルドハント=サン。ニンジャスレイヤーです」ニンジャスレイヤーはアイサツを返した。アブサーディティはまんまと逃げおおせた形。下の海には続々とザイバツの屋形ガンボートが集まってきている。退路は断たれたか……!
「やはりこの場に残ったは貴様だな」ワイルドハントは言った。逆円錐形の物体の上に見事なニンジャバランス感覚で直立している。円錐形物体は、コマ……停止したコマだ。「ナンシー・リーを逃がし、自らは囮となり、この包囲を切り抜けると……切り抜ける事ができると?この包囲を?」
「フーンク!」インペイルメントがくぐもった唸り声をあげ、大業物を ビュッ、ビュッと音を立てて威嚇的に振った。ワイルドハントは直径1メートルのコマの上で腕組みする。「ナンシー・リーは所詮、貴様を呼び寄せる為の餌に過ぎぬ。あちらへもニンジャを遣った故、安心されては困るがな」
ニンジャスレイヤーは状況判断にせわしなくニューロンを駆使する。後ろにインペイルメント。前にワイルドハント。その奥には屋形装甲車、クローンヤクザ。下の海には屋形ガンボート。ナンシーのもとへ向かったというニンジャ。絶体絶命とはこの事か?だが万事休すには早い!嘆くのは死んだ後だ!
「ベラベラとくだらん事を話す」ニンジャスレイヤーは言った。「離れた場所でそうやって震えておるのがオヌシの仕事か?曲芸師。コマの上に乗る以外に見せる物が無いのなら、黙って私がこのニンジャを殺すのを見ておれ」「黙れ!袋のネズミは貴様だ、ザイバツの敵め!」「フーンク!」
インペイルメントが迫る!ワイルドハントも傍観などしていない。手にした長い鞭状武器で足下のコマを鞭打つと、火花を散らしながら高速回転を開始!乗り手のワイルドハントもろとも、竜巻めいた残像と化す!「ニンジャ!」ニンジャスレイヤーの目がセンコ花火めいた赤い光を帯びる!「殺すべし!」
「フーンク!」インペイルメントが踏み込み、得物を横薙ぎに振り抜く!恐るべき長大リーチを誇るニンジャロングソード、ザオ・ケンだ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは跳んだ!跳躍で切っ先を回避した彼は空中で一回転、長身のインペイルメントの胸めがけ蹴りを繰り出す!「イヤーッ!」
「フーンク!」インペイルメントはニンジャスレイヤーを殴り落とそうと拳を繰り出す!「イヤーッ!」タツジン!ニンジャスレイヤーはその拳を正確に蹴り返すと、さらに垂直跳躍!ここで本命の飛び蹴りだ!「イヤーッ!」「フーンク!?」丸太めいた首に蹴りが突き刺さる!
ひるむインペイルメント!ニンジャスレイヤーは彼の身体を蹴って飛び離れる!なぜなら背後からワイルドハントの攻撃が迫って来ていたからだ。飛来して来たのは、ワイルドハントが乗っていたのと同じ形状、だがずっと小さいコマだ!ニンジャスレイヤーはヌンチャクを解き放ち、コマに叩きつける!
小型コマは弾き飛ばされ、空中で爆発!なるほどこれが先程のインターラプトの正体!「イヤーッ!」高速回転するワイルドハントは弧を描いて旋回!その大ゴマからさらに複数の小型コマが射出され、ニンジャスレイヤーめがけ次々にジャンプしてくる!「フーンク!」背後からインペイルメント!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは瞬時に判断し、まず後ろから襲い来たザオ・ケンをヌンチャクでガード!超自然力が中で燃えていないヌンチャクは所詮はヌンチャク。だがそれとて業物である事にはかわりなし!ニンジャスレイヤーは致命的斬撃を受け切り、その勢いで跳ぶ!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは飛来した小型コマを空中で踏み、跳躍!足のすぐ下でコマは爆発!「イヤーッ!」次の小型コマをヌンチャクで叩き壊し、三つめの小型コマを蹴ってワイルドハント本体めがけて跳躍!「イヤーッ!」
「イヤーッ!」高速回転するワイルドハントはしかし、ニンジャスレイヤーの飛び蹴りを弾き返す!ナムサン!なんたる遠心力防御!強烈な衝撃とともにインペイルメントめがけ吹き飛ばされるニンジャスレイヤー!
「フーンク!」待ち構えたインペイルメントはザオ・ケンで恐るべき刺突攻撃を繰り出す!長大リーチと彼自身の長身が生み出す全身のバネの力が合わさり致命的な一撃だ!アブナイ、ニンジャスレイヤー!ケバブめいた串刺し死体になってしまうぞ!「イヤーッ!」
ナ、ナムサン!ニンジャスレイヤーは空中でヌンチャクを打ち振り、ザオ・ケン先端部に叩きつける!そして、おお……ゴウランガ!一瞬後そこにあったのは、刀から「ぶら下がった」ニンジャスレイヤーの姿!刀からぶら下がる!?一体これはいかなる事か!?
ニンジャスレイヤーは斜めに突き出されたザオ・ケンの刀身をヌンチャクの鎖でまたぎ、逆Vの字状に引っ掛けて、ヌンチャク棍棒にそれぞれの手で掴まったのだ。さながらそれは収容所の電線にシャツを引っ掛けてぶら下がり、滑車めいて脱獄する第二次大戦アメリカ兵捕虜のごとし!
第二次大戦捕虜は滑車の先に自由を見出した。では、このヌンチャク滑車の行き着く先は?自由?それはわからない。だが倒すべき敵の身体がそこにある事だけは確かだ!滑れ!滑れニンジャスレイヤー!「フ、フーンク!?」「イイイイイヤアァァァァァァーッ!」
KRAAAAASH!ヌンチャク滑車ドロップキックを顔面に叩き込まれ、インペイルメントはたまらずよろめく!ナムサン、おそらくこの攻撃を無効化する方法は幾らでもあったはずだ。だが一秒一瞬の高速戦闘下でこの変幻自在めいた奇襲!対応できなかったインペイルメントを責めるは酷!
「フ、フ、フーンク!?」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはさらに空中で滞空右手パンチ!「フーンクッ!?」さらに滞空左手パンチ!「イヤーッ!」「フーンクッ!?」さらに再度滞空右手パンチだ!「イヤーッ!」「フーーンク!」インペイルメントは激烈な打撃を顔面に受けて仰向けに倒れる!
立て続けの打撃で接続部をほぼ破壊された鉄仮面フルメンポが、転倒の衝撃でインペイルメントの顔面から吹き飛んだ!ニンジャスレイヤーは決断的に近づく!「イヤーッ!」ワイルドハントが背後からコマ爆弾で攻撃!「イヤーッ!」素早いヌンチャク攻撃で弾き返す!
既にニンジャスレイヤーはインペイルメントのワン・インチ距離、ワイルドハントは誤射を恐れ、コマ爆弾で攻めきれないのだ。だがインペイルメントはこのわずかな隙を拾って素早く起き上がり、マウントを取られる事は回避した!ニンジャスレイヤーは長身のインペイルメントを睨む!その素顔を!
おお……ナムアミダブツ……いかなる非人道的な理由あっての事か……その口はブードゥー人形めいて、縄によって荒々しく縫いつけられているのだ。縄には皮膚が被さり、肉とほぼ同化している。それだけでは無い。目も同様に、瞼を閉じた状態で縫い合わされているではないか……!
言葉を発さなかったのはこれが理由か!だが、だが目は!?おお、インペイルメントは見ていなかったのだ。彼は異常発達したニンジャ聴覚とニンジャ嗅覚、ニンジャ第六感でもって、空気の流れや呼吸、物体の表面温度などの情報を敏感に読み取り、視力のかわりとしていた……!
ニンジャスレイヤーは構える。だがその不条理な正体を目の当たりにした心の動きが僅かにあっただろうか?ワイルドハントの再度の背後攻撃が飛び込んできたのだ!「イヤーッ!」ナムサン!小ゴマではない。大ゴマに乗ったワイルドハント自らの回転体当たり攻撃だ!「ヌ、グワーッ!?」
質量攻撃を受けてよろめくニンジャスレイヤー!「グワーッ!」そこへ叩き込まれたのはインペイルメントのケリ・キック!「フーンク!フーンク!」吹き飛ばされながらも着地したニンジャスレイヤーへ、さらにインペイルメントは迫る!ワン・インチ距離!素手のカラテだ!
「十分だ、インペイルメント=サン!」ワイルドハントが叫ぶ。いつの間にか、ニンジャスレイヤーとインペイルメントの周囲を四つの中型コマが取り囲み、旋回を開始していた。「退避せよ!」「フーンク!」インペイルメントは無視!ニンジャスレイヤーに殴りかかる!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは迫る拳を手の甲で内側から弾き、腹部へ拳を叩き込む!「フーンクッ!?」インペイルメントがよろめく。「フ、フーンク!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはインペイルメントの二度目の拳が届くより早く、さらなる正拳を腹部へ叩き込む!「フーンクッ!?」
「イヤーッ!」さらに右拳!「フーンクッ!?」「イヤーッ!」さらに左拳!「フーンクッ!?」インペイルメントはもはや一方的に攻撃を受けるばかり!そしてニンジャスレイヤーの両眼の炎は、殴るほどにいや増す!やがて拳に赤黒い超自然の炎が生じた!殴る!殴る!右拳!左拳!
「イイイイイヤアァァァァァァーッ!」殴る!殴る!殴る!殴る!「大馬鹿物めがァーッ!」ワイルドハントは叫んだ。彼らの周囲を旋回する四つの中型コマがにわかに速度を増す!それらが一斉に、中心の二者めがけ怒涛のごとく大量のスリケンを射出開始!攻撃対象は二者もろともだ!
「イイイイイイヤアアアアァァァァーッ!」ナムサン……ナムサン!飛び散る火花とスリケンに、二者の姿が霞む!ワイルドハントは執拗に四つの中型コマでスリケン射撃を継続する。ネギトロと化すまで絶対に攻撃を絶やさぬ覚悟だ!さらに上空、鬼瓦ヘリが滞空!鬼瓦の目を光らせ、ミサイルを発射!
KRA-TOOOOOOM!閃光とともに着弾し爆発したアンタイ・ニンジャ・ミサイル!だがワイルドハントはなおもスリケン射撃をやめぬ。やめぬ!「「「「アウトオブアモー」」」」「「「「スリケン再装填な」」」」一斉に中型コマが通知……そして爆風の中から、地獄の風めいて飛び出す……影!
片手でインペイルメントの身体を吊り上げ盾とした赤黒の鬼。その瞳の暗い光が、決断的殺意が、ワイルドハントを射た。インペイルメントのスプリントアーマーはズタズタに破壊され、スリケンまみれだ。ニンジャスレイヤーの身体も当然無傷では無い。だが彼は言い放つ。「ニンジャ……殺すべし!」
刮目せよ!目を逸らすな!これがニンジャのイクサ!これがニンジャの死に様!これがニンジャと闘い、ニンジャを殺すという事!これがフジキドの覚悟!インペイルメントの覚悟だ!「ニンジャスレイヤーッ!」ワイルドハントは叫んだ。再び彼は高速回転を開始!迎え撃つ!
「イヤーッ!」死したインペイルメントを地面に叩きつけると、ニンジャスレイヤーは超高速回転体と化したワイルドハントめがけ、ヌンチャクを叩きつける!闇夜に描く炎の軌跡!おお、その両端には今まさに「忍」「殺」の火文字が浮かび上がる!両者がぶつかり合うたび、ジゴクめいた火花が跳ねる!
「イヤーッ!」「イヤーッ!」ぶつかり合い、離れ、またぶつかり合う!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ぶつかり合う!離れる!「イヤーッ!」ぶつかり合う!離れる!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ぶつかり合う!離れる!
「イヤーッ!」「イヤーッ!」ぶつかり合う!「グワーッ!」ワイルドハントの旋回軌道が乱れる。「イヤーッ!」「イヤーッ!」ぶつかり合う!「グワーッ!」ワイルドハントが弾き飛ばされ、地面を転がった。大コマは乗り手を失い、橋の裂け目から飛び出し、空中で爆発四散した。
ニンジャスレイヤーはなおも突き進む。その目から、その手から、ナラクの炎が失せた。彼は一度よろめいた。然り。彼は到底無事ではない。だが歩みを止めぬ。「やれ!集中放火重点!」ワイルドハントは血を吐きながらIRCで命令した。そしてニンジャスレイヤーに背を向け、対岸めがけ走り出す!
ニンジャスレイヤーは腰を落とし、スリケン投擲姿勢を取る。「スゥーッ……ハァーッ」チャドー呼吸を繰り返し、全身を筋肉の緊張で震わせる。ツヨイ・スリケンの構えだ。ワイルドハントは対岸のヤクザ部隊めがけ真っ直ぐに駆ける。屋形装甲車が前進し、ミニガンで一斉に照準した。
「撃てェ!」「イヤーッ!」……ドウン。その瞬間に起こった出来事は三つ。ひとつ、屋形装甲車のミニガン掃射開始。ひとつ、ニンジャスレイヤーのツヨイ・スリケン投擲。……ひとつ。後方、鉄橋の裂け目を越えて飛び来たり、ニンジャスレイヤーの隣に着地した一台の車両。武装霊柩車ネズミハヤイ。
ニンジャスレイヤーは倒れ込んだ。ツヨイ・スリケンは狙い過たず飛び、ワイルドハントの心臓を後ろから撃ち抜いた。「サヨ!ナラ!」ワイルドハントは爆発四散した。ミニガンの掃射。ニンジャスレイヤーの身体に数発の弾丸が着弾。直後、その射線上に武装霊柩車がドリフトして盾となった。
「ヌウ……ウ」ネズミハヤイの陰となったニンジャスレイヤーは、震えながら手をついて起き上がった。助手席ドアが自動でわずかに開き、外部マイクを通してドライバーのバリトン声が発せられた。「深夜は割増料金だぜ、お客さん。それでも乗るかい……」
5
暗い海をクロールし、屋形ガンボートのひとつに乗り上げたアブサーディティは、橋の上で起こった壮絶な出来事を無感動に見上げた。そしてIRC音声通信の回線を開いた。「ワイルドハント=サンとインペイルメント=サンが死んだ。……ああ、ニンジャスレイヤーだ」
「……いや。当然俺は、殺せたら殺す気でコトを進めていた。ま、最も意外なのは、非ニンジャが俺の爆弾を生き延びて、奴を助けに現れた事だ」彼は特に意外でもなさそうに、淡々と言うのだった。「わざわざ死体をあらためる必要も無いと思えたがな。どのみち時間も無かったが。フフフ」
「アブサーディティ=サン、アバーッ!?」操舵室から甲板へ彼を迎えに現れた操舵ヤクザを、アブサーディティはひと蹴りで殺した。ハイキックで首の骨を折ったのだ。その一秒後に彼は、甲板でアサルトライフルを持ち警戒するクローンヤクザに背後から近づき、こちらは手で首の骨を折って即死させた。
「……ああ、気にする事は無い」アブサーディティはIRC通信機に呟く。「ここは潮時だ。また後ほど」彼は回線を切断した。
……その頭上!崩壊した鉄橋上!
「シバカリ=サンは……回線がつながらぬという話だったが」車内へ転がり込んだニンジャスレイヤーはなおもチャドー呼吸を深々と繰り返しながら、ドライバーへ尋ねた。「ああ。おっしゃる通りで」逆モヒカン・ヘアーの男はハンドルを切り返しながら低く言った。「ちょっとしたスパイスってとこ……」
カカカカ、カカカカ。車体フロント部、超硬質フロントガラスに装甲車の銃撃が跳ねる。『攻撃を受けています』ダッシュボードのLEDが点滅、警告した。「ああ。もう少し辛抱してくれよ、レディ」ドライバー、ミフネ・ヒトリ……通称デッドムーンは、まるで通り雨にあった程度のテンションで呟いた。
「シートベルト締められるかい」ニンジャスレイヤーは言われた通りにした。彼は一度チャドー呼吸を止め、デッドムーンを見た。そして言った。「感謝する。デッドムーン=サン」「悪いが今回、ルートは俺のお任せだ」デッドムーンはアクセルを踏み込む。そして後部ロケットに着火!BOOM!
強烈なGを受けながら、デッドムーンはダッシュボードの「跳び」のボタンを押す。車体下部のスプリング機構が働き、銃弾を受けながら突入するネズミハヤイは、あわや装甲車バリケードへ衝突するかという寸前で跳躍した。と同時に車体からウイングが展開、グライダーめいて滑空!包囲車両為す術無し!
「チャとオカキのサービスはもう少し待ってくれよ」デッドムーンは遠ざかる包囲車両をミラー越しに確認しながら言う「俺が引っ越しを余儀なくされた顛末やらを話したいのは山々……だがアンタも随分やられたね、前に乗せた時と同じかね……」「ナンシー=サンを」ニンジャスレイヤーは呻いた。
「包囲からは抜け出た。ニンジャが引き続き彼女を追っている」「拾って行くさ……シバカリ=サンもお戻りだ」彼はダッシュボードの液晶パネルを示した。『シバカリ=サンがオンラインな』奥ゆかしい文字列が流れて消えた。「大概しぶといハッカー=サンだ。ま、職人だな。彼女の位置情報を頂く」
ネズミハヤイはパラシュートを展開させつつ道路上に着地、即座に切り離し、ドリフトして何事も無かったかのように走行を再開した(ただしその背後では、進路を突然遮られたコケシトラックが急ブレーキ、荷台から大量のバイオスイカが溢れた。スイカを拾いにヨタモノ達が飛び出し、群がった)。
「さて、近いぜ」モニタ地図の縮尺が切り替わる。「ニンジャとドンパチやってない事を祈るか」「敵は倒す」ニンジャスレイヤーは即答した。デッドムーンは彼の負傷を横目で見やり、「難儀だね……」と呟いた。「デッドムーン=サン。その後の目的地はどこかアテが?」ニンジャスレイヤーが問う。
「ルートは決まっていると先ほど言っていたな」「ああ」デッドムーンは頷き「消去法でそこしかない。俺のガレージも吹っ飛んだ事だし」もう一つの小型モニタに別の地図を表示させた。「ザイバツ、アマクダリ……ま、その手の縄張りの谷間って事で……ヘイブンだな。勝手に気を利かせてもらったが」
「ニチョーム。ネオ・カブキチョ」ニンジャスレイヤーは表示を読み上げた。デッドムーンはハンドルを切った。「ま、そこはそこで問題はある……油断ならん奴が仕切ってる。不干渉主義って話だ。後でちょいと頑張らないといけない、当然ザイバツ御一行を引き連れての入場なんてNG……どうした?」
「サイオー・ホースと言うべきかもしれん」ニンジャスレイヤーはデッドムーンを見た。彼は先日の記憶をたぐり寄せた。ザイバツ・シテンノのレッドゴリラを殺した後の邂逅を。("ニチョームの『絵馴染』にいるわ。何か困った事があったら訪ねてらっしゃい")「油断ならぬ者とは、ニンジャでは?」
デッドムーンは片眉を上げた。「知り合いかい……」「一度会った」いや、二度。だが二度目は先方が気絶していた。数日前の出来事だ。「話は私がつけよう」ニンジャスレイヤーは言った。「頼もしいね……俺の当座の寝床もかかってる」デッドムーンが言った。「ああ、先の話は後だ。行くぜ、前」
◆◆◆
ナンシーは構えていたロケットランチャーを下ろした。数十メートル先の道路上では墜落した鬼瓦ヘリが爆発炎上し、分厚い煙を噴き上げている。彼女はアイアンオトメのUNIXモニタを操作、シバカリから送信されたばかりの逃走経路指示を確認した。
『ザイバツ・ハッカー沈黙。二秒でバレるから先ず白状、俺の手柄じゃ無い。いきなりオフ、気配無し。理由は謎。とりあえず一通り石橋を叩いた後、再エントリーが俺。』「……」ナンシーは沈思した。自身の覚醒と関係があるのだろうか。昏睡中のコトダマ空間での体験の記憶は限られている。
「あなたこの後どうするの?」『10日ぐらいバカンス。あったかいところ』「それがいいかもね」ナンシーはロケットランチャーを地面に捨て、アイアンオトメのハンドルを握り直した。そして目を凝らした。前方の鬼瓦ヘリの中から飛び出した影を見た。ニンジャというわけだ。
「ゲホッ!ウェーゲホッ!……ッたくクソヘリ……」身体をはたきながら近付いてくる女ニンジャを、ナンシーは見据えた。後ろへ逃げるか?すり抜けるか?「あンたムチャクチャやるよね、あンたがニンジャスレイヤー=サン?女だったっけ?違うよね!」
BLAM!BLAM!ナンシーは返答がわりにデッカーガンを撃ち込んだ。奇抜な髪型の女ニンジャは歩きながら口の端を歪めて笑った。パシ、パシと音を立てて火の粉が散り、彼女は無傷だ。「アタシにそういうの、効かないンだよね。こちとら熟練してンの。ニンジャになる前からね」
「あらそう」ナンシーはアイアンオトメのエンジンを駆り立てた。「逃げられると思ってンのかよ?ヘル・オー!アタシの名はイグナイト……」女ニンジャは足元に転がってきたものを見下ろした。ピンの抜けたグレネード……「あン?」KABOOOOOOOM!
ナンシーはアイアンオトメを加速させた。ヤクザハンドマシンガン(死んだクローンヤクザから獲ったものだ)を爆煙めがけて撃ち込みながら、その横を突っ切る。通り過ぎざま、最後のグレネードを置き土産めいて投げた。KABOOOOOOOM!
ナンシーは爆発を振り返りもせぬ!加速させたまま車体を横に傾け、90度のカーブを右に!彼女は安堵などしていない。なにしろイグナイトはニンジャであり、なんらかのジツも持っている……後方を追ってくる、ボウ、ボウという断続的な音……薪が爆ぜる音を一秒間テープ再生するような……。
ナンシーはミラーを見た。そして舌打ちした。道路上2メートルの低空、ナンシーを追って、炎のリングが円く点いては消える。炎と共に、イグナイトの姿が現れ、消え、また近くに現れ、消える。そうして追尾してくる。どんな原理かはわかりようもないが、炎と共に行う短距離のテレポーテーションだ。
ナンシーは走りながら後ろへヤクザハンドマシンガンを突き出し、撃ち尽くした。そして投げ捨てた。着弾したのかどうか判然としない。ボウ。ボウ。ボウ。イグナイトはテレポーテーションを繰り返しながら追尾を続ける。実際執拗!「……!」ナンシーは前方へ注意を戻し、息を呑む!
前方を壁めいて遮るように、左から直進してくるのはウキヨエ・トレーラーだ!ナムサン!ナンシーは車体を全力でドリフトさせる。そして転倒!「ンアーッ!」「アッハーッハ!」地面へ投げ出されたナンシーのすぐそばに、イグナイトが出現!「アタシの勝ちだッ!」
「ザッケンナコラー!」あやうくナンシーを轢き殺しそうになったウキヨエ・トレーラー運転者が、車体をぐらつかせながら、罵声とともに猛スピードで走り去る。ナンシーは寝ながらデッカーガンを構えようとした。イグナイトは即座にデッカーガンを蹴って弾き飛ばした。
「ちょッと!お前、なンでアタシのこと睨んでいられンだよ?」イグナイトはナンシーの頭を踏みつけて押さえ、唾を吐いた。そしてIRC音声通信を試みる。「ワイルドハント=サン?こっちニンジャスレイヤーいなかったよ!……オフライン?」ナンシーは目を閉じ、笑った「さあ、どうしたかしら」
「アンタさァ!」イグナイトはナンシーを踏みつけたまま、身を屈めて覗き込むようにした。「立場わかってンの?アタシはニンジャ、アンタは非ニンジャの負け犬でショ?現に犬みたいになッてんじゃないのサ、アンタがさ!」左手を振ると、イグナイトの五本の指先に、ロウソクめいた炎が灯った。
ナムサン……これがイグナイトのジツ、炎を生むパイロキネシスだ!燃える指を威圧的にナンシーの頭に近づけ、彼女は凄む。「アンタの事は生かして捕らえる命令だけどサ、その綺麗な髪の毛ぐらい、やっちまってもいいのかなァ?謝りゃいいよね?」「ふふ……」ナンシーは笑った。「どうかしら」
「アァ?」イグナイトは激昂した。「やっぱ殺そうか!バーベキューにしてサ!」「どう思う?」ナンシーは言った。踏まれながら、彼女はイグナイトの後ろを見ていた。「……ダメだな」彼女の視線の先、ジゴクめいた声が答えた。
「な?」「イヤーッ!」イグナイトが振り返るのと、ニンジャスレイヤーがヤリめいたサイドキックを叩き込むのは同時だった。「グワーッ!?」イグナイトが吹き飛ぶ!着地点近くをドリフトしながら接近する車両あり!アブナイ!イグナイトは炎と共に数メートル瞬間移動して回避!
「!」ナンシーは力を振り絞り、起き上がった。クロームシルバー車両の助手席ドアが開く!ナンシーは中へ飛び込んだ。武装霊柩車ネズミハヤイはドリフトしながらナンシーを迎え入れる。「アアーッ!」イグナイトが叫び、車体へ両手を突き出す。その線上にニンジャスレイヤーが割り込む!
炎が爆ぜ、ニンジャスレイヤーを襲う。だが彼は稲妻めいた速さで腕を打ち振り、ブレーサーで跳ね散らした!「ドーモ、ニンジャスレイヤーです。名乗れ。ザイバツニンジャ」「イグナイトです!」彼女は憎々しげにアイサツした。「ダムンシット!アンタがニンジャスレイヤー=サンだってのか!」
「いかにもそうだ」ニンジャスレイヤーはジュー・ジツを構えた。「……モスキート。インペイルメント。ワイルドハント。奴らが今どこで何をしているか。確かめてみたらどうだ」「……」イグナイトは歯を剥き出して唸った。チチチ、彼女のIRCインプラントが新規ノーティスを報せる。
「ハン?」イグナイトはわずかに目を見開いた。「でもさ……でもさ……アイツ弱ってる!」オペレーター存在に向って抗議していると見える。ニンジャスレイヤーは油断ない視線をイグナイトに据えたまま、深々とチャドー呼吸を行う。「ならば命をかけて試すがいい……小娘!」
二者の視線はコンマ数秒、交錯した。「……わかッたよ!得しねェし」イグナイトはオペレーターに言う。ボウボウボウ、彼女は炎と共に三度瞬間移動し、道路を跨いだ位置に出現した。「悔しくねェし!」イグナイトは叫んだ。ニンジャスレイヤーの背後から、ネズミハヤイが威圧的にライトを照射した。
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは回転しながら垂直に跳躍!ネズミハヤイが発進、ニンジャスレイヤーの落下地点に走り込んでシュラインの屋根に彼を着地させると、そのまま加速!イグナイトは壁を蹴りつけ、地面にアグラすると、見る見る小さくなるネズミハヤイの後姿を見ながら頭を掻き毟った。
◆◆◆
……開いた後部ハッチからニンジャスレイヤーは車内に滑り込んだ。デッドムーンは奥ゆかしく専用ボタンを押し、自動トレーから二人の客人にチャとオカキを振る舞う。プロフェッショナルのもてなしだ。「ドーモ」「ドーモ」ニンジャスレイヤー、ナンシーともに、素直にそれらを手にとった。
「貴方のモーターサイクル。ちょっと無茶させちゃったね」ナンシーは詫びた。「うまいこと業者に回収させるから」「それはともかく、無事でなによりだ。ナンシー=サン」ニンジャスレイヤーは頷いた。「ミッションは成功……」彼は俯き加減に、深々とチャドー呼吸を行う。
「顛末の擦り合わせをするにはいい時間かもね」助手席のナンシーはチャを飲み、言った。「大観覧車でも眺めながら」然り。日没から日の出まで、常にネオンでライトアップされたカスガ大観覧車が遠方に美しい。「……コトダマ空間に自我の一部を捨ててきたと言ったな。ナンシー=サン」「そうね」
「平気なのか」ニンジャスレイヤーは言った。理解を超えた事象を前に、彼には他に表現のしようが無い。ナンシーは頷く。「多分。端的に言うと、あちら側で背負った荷物を、あちら側に残してきた、とでも言えばいいかしら。それで戻ってこられた。あちら側での私の力、技術、記憶」「……」
「その行いの詳細は覚えて無いの。ただ『あちら側に捨てた私』にも自我があって、野放しになっている。それはもはや私とは言えない別の何かで、いずれケリをつけるべき時が来る筈。放っておくわけにはいかないと思う。倫理的にもね……ネットワークはドリームランド埋立地じゃ無いと思うし」
「いずれまた、再びコトダマ空間へエントリーする術(すべ)を、か」「そう」ナンシーは頷いた。ニンジャスレイヤーはおもむろに、懐からひとつの銀の鍵を取り出した。「記憶も置いてきたとなれば、やはりわからぬかも知れんが……」ニンジャスレイヤーは言った。「これは何だ?」「鍵?」
「マルノウチ・スゴイタカイビルの地下深くで、コトダマ空間に触れ、 戻らなかった者がいる。その者は私を助けようとしたのだ。かわりにこの鍵が残った。その者の名と同じだ。シルバーキーという」「……」ナンシーは鍵を受け取り、観察した。「なにかの情報端末という事は無いかしら」
「フロッピーやサイバネカートリッジのような?」ナンシーは頷く「可能性の話になってしまうけど。鍵という意匠も、そうなると示唆的じゃない?……ごめんなさい、『あっちの世界』にいた時の私なら、ハッキリと答えられたのかしらね……」「いや」ニンジャスレイヤーは言った「説得力はある」
ニンジャスレイヤーはナンシーを見る。「コトダマ空間とは、実際何なのだ?」「……」「ある者は可視化されたネットワークだと言う。長じたハッカーが触れる空間であると」「……そうね」「だが、腑に落ちぬ」「……そうね」ナンシーは再び頷いた。
「『21世紀初頭に確立されたものの、電子戦争以後、その詳細が失われてオーパーツ化した巨大なテクノロジー』……と、説明がつけられては、いる」ナンシーは言った。「でも、その説の具体的な根拠を探そうとする者はいない。探さぬまま、恩恵を受けてきた」「……」
「コトダマ空間の正体を知る事が、私や貴方の今後に深く関わってくると、私は思う」ナンシーはゆっくり言った。「多分ね」「異論無い」ニンジャスレイヤーは言った。彼はマルノウチ・スゴイタカイビル地下でコトダマ空間を通じ、ナラク・ニンジャの一端に触れた。だが謎は十倍も増えた。
ナラク・ニンジャ、シルバーキー、ナンシー・リーのネットワーク自我、神器……それらを通して、「いずれわかる時が来るだろうか? 」ニンジャスレイヤーは呟いた。漠然とした問いであった。ナンシーは肩をすくめた。「ええ、いずれ。……きっと。願わくは」
『目的地であるネオカブキチョ、ニチョーム。だいぶ近いです』ネズミハヤイのUNIXが、ふと黙った車内に告げた。「長旅お疲れのところ悪いが、もう一仕事」奥ゆかしく沈黙を保っていたデッドムーンが言葉を継いだ。「あちらさんには既に連絡を入れた。ネゴシエーションが要るかもな……」
「私達みんなの寝床の瀬戸際ってわけね」とナンシー。「わかってらっしゃる……」デッドムーンは頷いた。「オヌシには何があったのだ」ニンジャスレイヤーは問うた。デッドムーンは首を振り、「何も無いっちゃ、無い。ガレージに爆弾が仕掛けられていたんで、レディの中で取り急ぎ寝たのさ」
「爆弾?それでオフラインに?……ネズミハヤイには傷ひとつ無しか?」「比喩の次元ならな」デッドムーンは言った。「これでもレディはボロボロなんだぜ。早いとこ新しいガレージを見つけて、たんと愛してやらなきゃいけない。俺は俺で必死だぜ……ん?見ろ、あちらからお出迎えだ」
デッドムーンは速度を落とし、窓から身を乗り出した。「ネオカブキチョニチョーム」、ゲート看板のいかめしいフォントはどぎついネオンで彩られ、その傍に番人めいて二人の人影がある。一人は2メートルのボンズヘアー大男、もう一人は黒髪の少女だ。「お迎えドーモ」デッドムーンが呼ばわった。
6
「ワイルドハント=サン死亡、インペイルメント=サン死亡、モスキート=サン死亡、……アブサーディティ=サン、戦線離脱直後に連絡手段喪失。生存を確認できておりません」ドージョーめいた広間、シシマイ像に埋め込まれたUNIX端末に向かい、淡々と報告を行うニンジャ有り。アンバサダー。
『実際手ひどい打撃だ』通信相手は言葉とは裏腹、平然たるイントネーションで答えた。『だが、上昇志向を隠しもせぬワイルドハント=サンは、ここのところ下品であった事よ』「御意」『テロリスト一匹の退治を口実に、ネオサイタマでの地盤固めとは、まこと僭越。これもインガオホーか』「御意」
『……御身はその点わきまえておろう。アンバサダー=サン』「御意にございますパーガトリー=サン」アンバサダーは低く言った。『これで御身も却って動き易かろう』「……御意」
アンバサダーはドージョー入場者の気配を感じ取り、振り向く。入場者は先にアイサツした。「ドーモ。ブラックヘイズです」手練れめいて、油断ならぬアトモスフィアを漂わせるニンジャである。「ドーモ、ブラックヘイズ=サン。アンバサダーです」アンバサダーは通信相手に囁く「傭兵が報告を」
『よい。このまま話せ』「は。……ブラックヘイズ=サン。首尾はどうか」「煙いいかね」訊きながら、既に傭兵ニンジャはメンポに葉巻を差し込み、親指のバーナーで点火し終えていた。「イッキ・ウチコワシのアムニジアはドラゴンドージョーの忘れ形見、ユカノだ。まず間違いあるまい」「やはりか」
『流石だアンバサダー=サン。ロードもお喜びになる』「有り難き幸せ」『そして、この件ではサラマンダー=サンに恩を売ってやるとしよう』パーガトリーが応答するたび、シシマイUNIXの目が謎めいて点滅する。『詳細な捕獲計画は御身に任せる。信頼しておるがゆえに。ぬかるなよ』「御意に」
『ロードの御治世ますます栄えんことを。ガンバルゾー……』「ガンバルゾー!」シシマイの目が消灯した。アンバサダーはブラックヘイズに向き直った。不敵な傭兵ニンジャは壁に寄りかかり、葉巻をふかしている。
「終わったか」ブラックヘイズは言った。「見ざる、言わざる、聞かざる」「当然だ」アンバサダーは言った。とはいえ、ブラックヘイズがそうしてわざわざ言うまでもない事であった。ブラックヘイズはプロフェッショナルであり、ザイバツもそれを承知だ。「で……ミッションは、いつ入るね」
「知っての通りイッキ・ウチコワシはその実、ニンジャ集団。君一人送り出すのも偲びない」アンバサダーは言った。「こちらからはフェイタル=サンをつけよう。連携してくれ」アンバサダーの傍らに、女のニンジャが膝まづいていた。闇を照らすが如き華やかな美貌!「ドーモ。フェイタルです」
「こりゃまた美しいニンジャ殿」ブラックヘイズは肩をすくめた。アイサツを返す。「ドーモ、フェイタル=サン。ブラックヘイズです」「くくく」フェイタルは低く笑う。腰まであるプラチナブロンド、ニンジャであるがメンポはせず、瞳は謎めいた黒だ。「彼女には変身能力がある」とアンバサダー。
「変身能力?」「そうだ。イクサのための変身だが」アンバサダーは謎めかして言った。フェイタルがせせら笑った。「今のうちに網膜に焼きつけておけ。私の美貌をな。ミスターダンディズム……そうしたいのなら!くくく」「ま、頼らせてもらうとしよう」彼は目を細め、葉巻をふかした。
◆◆◆
「……ドーモ。ネザークイーンです」「ヤモト・コキです」武装霊柩車を降りてアイサツした三人に、ネオカブキチョの二人はオジギを返した。鍛え上げた2メートル超の身体を持つネザークイーンと華奢な少女ヤモトが並んで立つさまは、いささか滑稽とも言えた。
(およそ数日前に会ったばかりではあるが……)とニンジャスレイヤーはヤモトに切り出そうとしたが、ヤモトの目配せに気づき、奥ゆかしく触れずにおいた。ネザークイーンはその時意識が無く、やり取りは無い。二人が互いにアイサツしたのはレッドゴリラとのイクサの時だ。
「委細は先刻IRCで伝えた通りなんだが、どうかね……」デッドムーンが口火を切った。「ザイバツとコトを構えちまっててな」ネザークイーンは厳しい目で彼を見返した。「ええ、話の方は、だいたい把握させてもらった」腕を組み、言った。「正直、迷惑ね。トラブルの種でしかない」
「ま、そうなるな」デッドムーンは頷いた。ネザークイーンは続ける。「ニチョームはザイバツとアマクダリ・セクト、それぞれの微妙なせめぎ合いの間で浮かんでいる。ツブす口実があればツブしに来る……アタシはそう考えている。最悪の事態を考えて動かないと、寝首をかかれるの」
ニンジャスレイヤーとナンシーは無言で目を見交わす。デッドムーンは言った「俺らは面倒の種……それを踏まえた上で、だ……幸い、敵の指揮官以下はニンジャスレイヤー=サンのほうで排除した。ハッキングも抜かりなしだ。長居はしないだろうさ……体勢の立て直しができりゃ、それでいい」
「……」「ザクロ=サン」ヤモトがネザークイーンに囁く「その、なんか言えなくて、言わずにいたんだけど、この前の……」「仕方ねえわ」ネザークイーンは目を閉じ、重々しく頷いた。「困っている奴を助けないとダメ。ミヤモト・マサシがそんなような事を、アレよ、まあコトワザにもあるし」
「いいのかい」とデッドムーン。ネザークイーンは踵を返し、歩きながら言う。「まずその霊柩車。当座のガレージに案内する。でも贅沢言うんじゃないわよ」「有難いぜ……」「そこのニンジャスレイヤー=サンにも、以前にノリで言っちまった手前もあるし。困ったらアタシの『絵馴染』に来いってさ」
「かたじけない」ニンジャスレイヤーは頭を下げた。ネザークイーンは手を振り、「仕方ねえわ。実際、ザイバツに追われながら飛び込んで来るとまでは思わなかったけど!しかも傷だらけでね……ナンシー=サンも」「ありがとう。私はせいぜいバイクで一回転んだぐらいよ」「アータもタフなのね」
◆◆◆
……10分後、彼らはネザークイーン=ザクロのバー、『絵馴染』の一階で、めいめい椅子に掛けていた。ニンジャスレイヤーだけは別で、彼はシツレイを詫びた後、床にアグラしてチャドー呼吸を繰り返していた。彼の負ったダメージは軽くは無く、メディテーションによる治癒力のブーストが必要だ。
「旦那、ネザークイーン=サンと面識アリとは」デッドムーンは飲み干したグラスを置いた。「以前にな……」ニンジャスレイヤーは深く呼吸しながら答えた。ネザークイーンはデッドムーンにボトルを投げ渡した。「アイサツ程度よ」「……本当に感謝するわ」ナンシーがあらためて礼を言った。
「アータは初めましてよね。ナンシー=サン」「ええ」ナンシーは頷いた。ネザークイーンは笑った。「タフな女は好きよ。謎めいた女も」ナンシーは笑って肩をすくめて見せた。「……で、これからどうするんだい……」デッドムーンが言った。
「キョートに戻る」ニンジャスレイヤーはチャドー呼吸を止めた。「何もかも、かの地に残したままだ。何ひとつ解決していない」……そして彼は、ザイバツ・ニンジャのダークドメインが彼に言い放った言葉を思い起こしていた。タカギ・ガンドーの死……その真偽と経緯も確かめねばならぬ。
「まあ、そうなるわね」ナンシーは言った。「私も行く」「……」ニンジャスレイヤーはナンシーを見た。ナンシーはサケ・ボムを呷った。「とことんやる気なんでしょ?私も乗る。結局、今となっては私も貴方同様、ザイバツに狙われてるわけだし。逃げ回るのは性に合わないの」
「わかった」ニンジャスレイヤーは頷いた。彼は彼女をどこか安全な場所へ潜伏させようと検討もした。たとえばこのネザークイーンに頭を下げ、この地において護衛を依頼する。あるいはどこか別の場所。……だが、ザイバツの伸ばす指は長い。ガンドーはどうなった?
結局のところ安全な場所など無い。ならば攻撃こそ防御。そして彼はナンシーの覚悟を、そしてその強さを、疑いはしない。「とことんやる」彼はナンシーの言葉を繰り返した。「とことんやるのか……」とデッドムーン。「とことんやるのね」とネザークイーン。「とことん……」とヤモト。
「ま、戦争よね」ナンシーは呟き、微笑んだ。ニンジャスレイヤーは頷いた。……その時だ。ルルル!ルルル!カウンターに置かれたピンクのIRC通話機が鳴り響いた。「アラやだ。急に臨時休業にしちまったもんだから……」ネザークイーンは受話器を取った。「……」訝しげに眉根を寄せた。
ネザークイーンは無言で受話器をニンジャスレイヤーに差し出した。「アータをご指名よ、ニンジャスレイヤー=サン」「何……?」「シバカリ=サンか?」デッドムーンは首を傾げた。ニンジャスレイヤーは立ち上がり、受話器を受け取る。「……ドーモ」『ドーモ』ノイズまみれの音声。
『ひと仕事やったな?そこへ急き立てて悪いんだが、ニンジャスレイヤー=サン……』「誰だ」ザリザリザリ……ノイズが鳴り響く。『ニンジャスレイヤー=サン……時間が無い』ザリザリザリ。『時間が無い』
【シージ・トゥ・ザ・スリーピング・ビューティー】終
N-FILES(設定資料、原作者コメンタリー)
ここから先は
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?