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【アナザー・ユーレイ・バイ・ザ・ウィーピング・ウィロウ】

◇総合目次 ◇エピソード一覧
この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードは上記物理書籍に加筆修正版が収録されています。また、第2部のコミカライズが、現在チャンピオンRED誌上で行われています。



【アナザー・ユーレイ・バイ・ザ・ウィーピング・ウィロウ】


「爺さん」その夜降る重金属酸性雨はシトシトと柔らかく、路傍の瓦礫やゴミクズの輪郭をぼんやり白く浮かび上がらせていた。「爺さん」「死んだ」隣のダンボール・ハウスから顔を出した老人が教えた。「死んだ」「……ナンデ」「そんな事……もともとワシら、歳だもの」「違いねえな」

「アンタ……ジーザスの何かだろ」「ジーザス?」「とぼけるなよ」老人は言った。「その格好、映画で見た事あるぜ。弔ってやってくれや」「悪いが俺はニセ神父だ」カソックコートの男は言い切った。「それにな、こういう時は、祈り屋じゃなく行政を呼ぶンだ。腐っちまうぞ」酒臭い息。「俺みてェに」

 背後の道路を三輪トラックが走り抜け、その光を受けた巨体は実際不穏な存在であった。カソックコートも、帽子も、ところどころが裂け朽ちて、帽子のツバと藁めいた長髪の陰からのぞく顔は包帯まみれだ。「アイ……アイエ……」老人は男の緑の目を覗きこみ、ごくりと息を呑んだ。

「……」奇怪な大男は白く酒臭い息を吐いた。老人が棲家に後ずさると、怪人は再び身を屈め、死体が横たわるダンボール・ハウスを探り始めた。「何……何してるんでェ」老人が震え声で問うた。怪人は答えない。やがて彼は雨の中へ戻る。その手には汚れた分厚い封筒が掴まれている。

「死体には」怪人は言った。「必要ねえものだ」「中身カネか?畜生、ワ、ワシにも一割受け取る権利があるぞ!法律だぞ、そういうのがある!」老人が叫んだ。その眉間に、ピシャリと音を立ててコインが命中した。「アイエーッ!」「金じゃねェー……」親指でコインを弾いたのだ。「そいつを取っとけ」

 老人は失禁しながらコインを握りしめ、棲家に引っ込んだ。そのまま大人しくなった。怪人は朽ち果てたコンクリート動物人形がまばらな公園の敷地から去ると、ドブ川沿いのおぼつかない路へ降りてゆく。得体のしれぬバイオ魚が水面を跳ね、また潜る。歩きながら彼はスキットルを取り出し、グイと呷る。

 川沿いの路はやがてトンネルになった。彼は歩き、また歩き、立ち止まる。そしてまた歩き出す。また、立ち止まる。彼は背後に、微かな音を聴く。(ハッ……ハッ……ハッ……)「……」彼は再び歩き出した。やがて前方に、壁に寄りかかって座る浮浪者有り。

「爺さん」「……」「爺さん」「……」ベレー帽を目深に被ってうなだれる男は、返事をしない。「シケてやがる。行く先々で死体だぜ」怪人は毒づいた。突如、男が跳ね起き、怪人を睨んだ。「死んで!ねえ!」震える手で、転がっている杖を探り、怪人に突きつけた。「爺ッて歳でもねェぞ!」

「ドーモ……俺はジェノサイドだ。覚えてるか、爺さん?俺はアンタの名は忘れた」「近寄るな!」浮浪者は後ずさった。「……」怪人……ジェノサイドはカソックコートの懐から汚れた封筒を取り出す。男の表情が変わった。「オイ、まさか」「……」男の目の前で、ジェノサイドは封筒を開いた。

 封筒から出てきたのは、色褪せた写真の束である。「アーッ!」男は掴み取ろうとした。ジェノサイドは高く手を挙げてそれを阻止し、顔面に無言で蹴りを叩き込んだ。「アバーッ!」「慈善事業じゃねェぞ……出せ、約束のモノを」「アバッ、いじめないでくれ!」「面倒クセェ真似させるんじゃねェー」

「とにかく礼を言う!」男は呻き、鼻血を拭った。「それ、俺の命なンだ」「命をタバコ代と交換か?俺にァ、どうでもいいがな……」ジェノサイドは写真を一枚一枚確かめた。ネコネコカワイイ。ユメミコ。ヤマミオン。ネオサイタマをときめくアイドル達のブロマイドである。「早くくれ」「交換だ」

「チッ。約束も、ついでに忘れちまえばイイんだ」男は毒づき、後ろのリュックサックを探ると、中から木彫りのコケシを取り出した。「ほら!これだろ!」「……」包帯まみれの手がヌゥと伸び、それを奪い取った。「ブロマイドよこせ!」男が叫んだ。その顔面に写真束を叩きつける。「グワーッ!」

 バラけて散らばったブロマイドを拾い集める男を尻目に、ジェノサイドは踵を返し、歩き出す。「……」先ほどの鼻息は聞こえない。「おお、おお!畜生、ブッダ!絶対手放すもんかよ!もう二度と!嗚呼!イイ!良かった!」「そいつは良かったぜ……」ジェノサイドはトンネルを後にした。


◆◆◆


 その30分後、ジェノサイドは、がらんと広いコケシ工場の作業所に居た。「間違いないね」サムエ姿の中年女性は、木彫りコケシの底に刻まれた焼印を虫眼鏡で確かめ、厳かに言った。「間違いない。ウチの基準コケシだ」

 コケシの縮尺は厳密に規格が定められている。基準コケシが無ければ、コケシ工場の業務は立ち行かなくなる。「礼を言うよ」「礼は要らねえ。言葉はな」「キメダの野郎、どこに逃げてやがったんだい?あの野郎……」「さあな」ジェノサイドは帽子を直し、「故買屋から故買屋へ、最後は浮浪者の手だ」

「夜食をとろうとしてたんだよ。アンタも食べるかい?」彼女は腰を叩きながら立ち上がった。「しかし、まさか取り返してくるとはね……」「礼も、食い物も要らねェ」ジェノサイドは言った。「要るのはモノだ」「……」中年女性は頷いた。「そうさね」彼女は事務所の隅にある金庫に屈みこんだ。

 ダイヤルを左右に回すと、金属製の扉がカチリと開く。彼女はそこから手の平大の桐箱を取り出した。「とっとと持ってっておくれよ。捨てるに捨てられなくってね。良かったよ」「それなら素直に渡しやがれ。面倒を押し付けやがって」「ウッフフフフ!それが、経済さね……」彼女はニヤリと笑った。

 ジェノサイドは彼女が見ている前で桐箱の蓋をスライドさせた。……中には、水分を失い、干からびた指が入っていた。「間違いねェな」ジェノサイドは呟いた。ヤクザのケジメ指だ。「誰に返しゃいいか、わからない。誰が奪い返しにくるか、わからない」中年女性は言った。「あんたは知ってるんだろ」

「ああそうだ」ジェノサイドは低く言った。「邪魔したな」彼は踵を返した。「待ちな、待ちな!」ショウジ戸を開けかけたジェノサイドを、彼女は呼び止めた。棚から出した、サケの瓶を抱えている。ラベルには、銘柄「卵焼き」と書かれている。「アンタ、酔っぱらいだろ!サケなら嬉しいだろ」


◆◆◆


 いつしか雨はあがり、明滅する街路灯から街路灯へ、ジェノサイドはしめやかに歩き進む。手にしたサケをラッパめいて繰り返し傾けるうち、すぐに中身が空になった。(ハーッ……ハーッ……)「……」彼は足を止めた。声はまた聞こえなくなった。空の瓶をゴミ山に放り捨て、再び歩き出す。


◆◆◆


 一時間後。ジェノサイドは朱塗りのヤクザ庭園に通されていた。カーボンフスマがゆっくりと両開きになると、サツバツとした電子録音トランペット音が再生され、膝立ち姿勢のオヤブンが膝を擦りながら入室、ジェノサイドにドゲザをした。タタミの上にアグラするジェノサイドの前には、例の桐箱。

 オヤブンは頭を上げ、厳かに桐箱を受け取る。そして、自身のケジメ痕に、干からびた指を当てはめた。「……間違いねえ」「ああそいつは良かったぜ」ジェノサイドは頷いた。オヤブンは指を桐箱に戻し、「これでメンツが立つ。実際助かった」「そうか」「先祖に呪われてクランが滅ぶところだった」

「ブードゥーじみた信仰は勝手にやってくれりゃいいが」とジェノサイド、「その先祖のメンツにかけて、約束を守るがいいぜ」「そりゃ勿論です」オヤブンは頷いた。そして、部屋の隅で直立するワカモノを振り返り、命じた。「ヤジ!すぐ持って来い!」「ハイヨロコンデー!」 

 ターン!ワカモノはフスマを勢い良く引き開け、退出した。「アバーッ!」コンマ5秒後、ワカモノは吹き飛ばされて部屋へ戻ってきた。その胸から腹部にかけ、斜めに切り裂かれた刀傷から鮮血が噴き出し、天井を汚した!「アバババーッ!オヤブン!デイリだ!」死亡!ナムアミダブツ!「何だと!」

「ザッケンナコラー!」「スッゾオラー!」ドタドタと足音が近づき、隣室のボンボリやフクスケを蹴散らしながら、騒動の主たちが姿を現す!オヤブンは驚愕し、腰を浮かせた。「貴様は!ゲンミ!」「アッコラー!」ハカマにサラシ、リーゼントのヤクザはオヤブンを睨み下ろした。「戻ってきたぜ!」

「ゲンミてめえ……何のつもりだ!」「アッコラー!」リーゼントヤクザ、ゲンミは叫び返した。手勢の者達がズカズカと部屋に入り、ショウジ戸や押入れを蹴破って回る。「スッゾー!」「チェラッコラー!」ジェノサイドはアグラしたまま動かない。目深に被った帽子の下、その表情は窺い知れない。

「ウオーッ!」オヤブンはトコノマに飾られたカタナを取ろうとした。BLAM!ゲンミはチャカ・ガンを躊躇いなく発砲!「グワーッ!」キドニーを撃たれ、タタミに転がるオヤブン!「アバーッ!」「テメッコラー……俺に罪をおっ被せてテメェ、約束破ラレッコラー……何でジヘキ後継者ッコラー!」

「アバーッ!」オヤブンは畳の上でのたうつ!「何が」ゲンミは歯を剥き出しにし、「何がクランの為に頼む、だコラー!」BRATATA……BRATATA……廊下の外では激しい銃撃戦の様相だ。ナムサン……ジェノサイドは思いがけず、ヤクザクーデターの現場に居合わせてしまったというのか?

「てめえ、犬野郎!」オヤブンは泣き叫び、罵る。血の染みが拡がってゆく!「狂犬!」「バカハドッチダー!」ゲンミはその横面を容赦なく蹴りつけた。「アバーッ!」「ジヘキどこに隠れてやがる!ア?言えオラー!」「ジ、ジヘキ、は、アバッ、オキナワだ、リゾート……」「シャッコラー!」

 興奮したゲンミは己のリーゼントをかきむしり、部屋の中を肩を怒らせてグルグル歩きまわった。「あの野郎、ネオサイタマ入りするその日を命日にしてやる……!あの野郎!いつもいつも器用に立ち回りやがって!俺のマゴコロを利用して!踏みにじりやがる!」「アバッ……テメェは狂犬だ!」

「アッコラー!」「テメェ、テメェなんざなァ……」オヤブンは血を吐きながら、「テメェなんざ、最初から、捨て駒よ!忘れ果てたわ!」「チャルワレッコラー!」「アバーッ!」オヤブンの脇腹を蹴りつける!「スッゾオラー!」「モノはどこだ」ジェノサイドが呟いた。「死ぬ前に教えてけェー……」

「真鍮ダルマの」オヤブンは白目を剥いた。「中……」そして痙攣。動きを止めた。「スッゾオラー!」BLAM!ゲンミが振り向きざまに発砲した。銃弾はアグラするジェノサイドの帽子を貫通し、弾き飛ばした。「……」緑の目がゲンミを睨み据えた。

「ア?さっきからどこの誰だテメエって話だよ」ゲンミが凄む。興奮に目は血走り(まず間違いなくZBR影響下にあるだろう)、口の端から泡を吐いていた。先程室内を荒らし廊下へ飛び出していった二人が戻ってきて、それぞれジェノサイドの頭に銃を向けた。「俺はよォ……」ジェノサイドが呟いた。

「俺は貴様らヤクザの問題なんぞに、興味はねェ……」「ア?」「俺はただ、俺の環境を改善してえ、ただそれだけだ……それなのに貴様らのようなカスどもが……ややこしくしやがる……ナメやがって……土足で乱していく……」「ア?」ドルッ。ドルッ。ドルッ。何らかの唸り音。「ナメやがって!」

「ア?何者だッツってんだよ!」「俺は!」ジェノサイドは立ち上がった。「エ?」ゲンミは狼狽し、彼を見上げた。天井につくほどの巨体だったからだ。ズタズタのカソックコートが作る朧なシルエット。そこから伸びる鎖。畳の上の円盤状の物体……円形の鋸刃。死の危険。「俺は!ジェノサイドだ!」

 ドルッ、ドルル、ドルルルルル……「俺は!」ジェノサイドの両腕が霞んだ。鎖が跳ねた。「俺はジェノサイド!」チュン!「え?」ゲンミは切り株めいて切断された己の右手を見た。チュン!その顔面が鼻の高さで水平に断ち切られた。チュンチュン!ジェノサイドの背後の二人の首が同時に飛んだ。

 一秒後、切断面から鮮血が噴火し、赤い霧が室内を満たした。「アッコラー!」「スッゾオラー!」騒ぎを聞きつけたヤクザ達が殺到する!ジェノサイドの緑の眼光が赤い霧を透かす!「ゼツ!」バズソーが展開!柱を、フスマを切り裂きながら、ヤクザ達を切断!「メツ!」「「アバーッ!」」

 五臓六腑!鮮血!殺戮!ジェノサイドはタタミに落ちた帽子を蹴りあげ、掴んでかぶり直すと、隣室へ飛び込んだ。「アイエエエエ!」生き残りヤクザが後退りながら発砲を繰り返した。BLAMBLAMBLAMBLAM!「イヤーッ!」「アバーッ!」切断殺!室内を見渡す!ガラス棚に、真鍮ダルマ!

「イヤーッ!」KRAAASH!ガラスを破壊し、真鍮ダルマを引きずり出す!そのまま廊下へ飛び出す!BRATATATATATAT……アサルトライフル銃撃が襲いかかる!遠い!攻撃範囲外だ!「イヤーッ!」ジェノサイドはカモイから白砂へ跳躍、石灯籠を蹴って塀の上へ跳躍、更に跳躍!

 BRATATATATAT……BRATATATATAT……「スッゾオラー!」「チェラッコラー!」「イヤーッ!」ヤクザ敷地から飛び離れ、着地した道路のマンホール蓋を持ち上げると、彼は躊躇いなく地下へ飛び降りた。


◆◆◆


 ……ざぶざぶ。ざぶざぶ。足首まである水を蹴り、ジェノサイドは歩き進む。足を止める。また歩く。ざぶざぶ。また足を止める。また歩きかけ、素早く振り返る。痩せた犬が飛び離れた。「……」ジェノサイドは犬を睨みつける。犬の目は赤い。レーザーサイト。サイバネ改造されているのだ。

 この異形の動物に、ジェノサイドは心当たりがある。リー先生が放ったゾンビー斥候犬。犬の死体をサイバネで無理やり動かす冒涜的な存在だ。ジェノサイドの居場所を求め、その周囲を嗅ぎまわる。「……」「……」ジェノサイドと犬は、しばし、互いを凝視した。……BLAM!「ギャン!」

 ゾンビ犬の頭が爆ぜ、泥水の中に倒れた。その奥の闇から、銃撃者が姿を現す。その手に構えたショットガンをポンプしながら。「フームフームフーム」「……」ジェノサイドはカラテ警戒を解く。そしてアイサツした。「ドーモ。キャプテンジェネラル=サン」

「フーム。フーム。ドーモ。ジェノサイド=サン」南北戦争風のニンジャ装束を着たヒゲモジャの男は、ガラス玉めいた狂的な目をジェノサイドに向け、ぎくしゃくしたアイサツを返した。「フームフーム。フームジェノサイドフーム」「話が早い」とジェノサイド。「アンタの棲家に向かってたところだ」

「フーム?」キャプテンジェネラルはショットガンを収め、リュックサックにくくりつけたカンテラを手に持つと、それでジェノサイドの顔を照らした。「そりゃあ、そうじゃろうとも。ここは暖かいし、若い人間どもはおらんじゃて。ワシだけじゃてな。若い連中は老人を棄てる!殺してやる!」

「やりたきゃ勝手にやれ」ジェノサイドは取り合わず、懐から真鍮のダルマを取り出した。「ホム?」突発的な怒りに顔色を紫に染めていたキャプテンは、興味をそそられたようだった。「それは……」「お望みの品が入ってる」「盗品!」キャプテンは顔を近づけた。「フーム……旋盤を使おう」

 老人はジェノサイドを追い越し、泥水を蹴立てながら早足に進んでゆく。「早く来なさい。ワシの店がすぐそこだ」ジェノサイドは黙って後に続く。老人は闇の中でブツブツと呟いていた。「ヤクザどもめ。目にもの見せてやったろうな?ワシの、ワシの宝がな……許せんのじゃ!やつらが盗みよった!」

 やがて右の壁に崩された部分が見つかる。「フームフーム」キャプテンジェネラルはヒョイヒョイと瓦礫をまたぎ、奥に入り込んだ。天井は低い。ジェノサイドは身を屈めて続いた。キャプテンは天井から垂れる紐を引いた。蛍光ボンボリが隠し部屋めいたその空間を冷たく照らした。「ダルマ貸しなさい」

 キャプテンはジェノサイドからダルマを受け取り、作業机に置いた。旋盤のスイッチを探る。その間に、ジェノサイドは室内を見回した。人体模型や、布製フクスケ、郵便ボックス、ソバ屋台のノレン、UNIXデッキ等が並び、全てに手書きの値札がつけられていた。およそまともな場所ではない。

 二、三度、旋盤の操作を試みたが、キャプテンはもたついた。彼はいきなり背負った斧を掴み、ダルマに振り下ろした。「イヤーッ!」KRASH!ダルマが真っ二つになった。「よしッ!」キャプテンは拳を握って喜び、ジェノサイドを見た。「うまくいった!そして……おお、おお!」

 ジャラジャラと音を立て、ダルマの中から机の上にこぼれ落ちたのは、瓶ビールや自動販売機ドリンクの王冠であった。「……?」ジェノサイドは無言で、やや首を傾げた。一方、キャプテンジェネラルは興奮のあまり痙攣しかかりながら、王冠をなで、一つ一つ丁寧に並べ始めた。

「失われたもの、無し!」キャプテンはニヤニヤ笑いを張りつかせ、ジェノサイドを見た。「お前に価値はわかるまい、ゾンビー!」「わからねえな、耄碌ジジイ」ジェノサイドは傾いた帽子を直した。「どうでもいいことだ。モノを出せ。お前で最後だ」「はて……?」ガラス玉めいた目をしばたたいた。

 答えるかわり、ジェノサイドはキャプテンのベルトにくくりつけられたキーリングをむしり取った。「約束は守らせる」「こら!邪険だぞ!」キャプテンジェネラルは狼狽えた。「老人に邪険はよせ!」「最初からの約束だ」「フーム……フーム」いまだ不服げではあったが、キャプテンは引き下がった。

「ワシはな」ジェノサイドの去り際、キャプテンジェネラルは強調した。「ワシは、地上の連中に様々な物を盗まれ、奪われた。哀れじゃ。だから若い奴らは絶対に許さん。それをわかってほしい。そして今後も、困ったことがあれば……きっとそれはワシから盗んだ奴らのせいゆえ、ワシに相談しなさい」

「そうか。じゃあな」ジェノサイドは振り返らず、キャプテンジェネラルの店を退出した。彼はきた道とは別の方角へ進み、地上のしかるべきポイントへ通ずるハシゴにたどり着いた。地下に長居は無用。キャプテンのような狂人は一人ではない。リー先生の研究施設。そしてサヴァイヴァー・ドージョー。

 ハシゴを登りながら、ジェノサイドは陰気に考える。この面倒もいよいよ最後の詰めだ。ふざけた探索行の終着点だ。


◆◆◆


 ……20分後、彼は周囲を安アパートに囲まれた空白地に足を踏み入れ、腰の高さに生い茂る、野生のバイオ米の稲穂(食べられない)をかき分けていた。遺棄されたこの庭の奥には、化け物じみて大きな柳の木が生えている。柳の木の下には、透き通る女が、陽炎めいて揺れながら、無言で佇んでいる。

 ザリザリ……ザリザリ……近づくと、透き通る女の周囲では、不穏な軋み音が断続的に鳴っている。ジェノサイドは稲穂をかき分け、かき分け、柳のたもとに近づいた。女のおぼろな顔はジェノサイドの方向を向いている。言葉を発する事はない。「……」ジェノサイドは柳の根にしゃがみ込む。

 彼は女を無視し、あらかじめ用意したシャベルを使って、土を掘り返していった。シャベルは硬いものに当たり、ガチリと音が鳴った。ジェノサイドに生身の顔、肌があれば、まったくうんざりした表情をした事だろう。彼は素手で土をかきわけ、四角く無骨な金属塊の表面を夜気の下に露出させた。

 こうして掘り返したのはこのサイバネ家電のごく一部分に過ぎず、大部分は土の下だ。それを掘り起こし処分するとなれば、たいへんな手間となる。ジェノサイドはパネルのキーシリンダーの土を払い退けると、キーリングの鍵を探り、一つ一つ、試していった。

 そうしている最中も、透き通る女は佇み続ける。恨み事を呟いたり、ましてジェノサイドに襲いかかる事もない。ジェノサイドは鍵を試していく。この、実際に現実に影響をおよぼすことのない、くだらぬ存在のせいで、ジェノサイドはひどく迷惑させられている。

 この空き地に隣接するアパートの大家が、この柳の下のユーレイを発見し、仰天。昼夜を問わず悲鳴を上げ、騒ぎたて、無意味なエクソシズムを試みるようになった。これがジェノサイドの安寧を大いに妨げることになった。

 路を挟んだ向かいの廃ビルが、現在のジェノサイドの住居だ。いい具合に周囲に溶け込み、邪魔なマッポの見回りもない。キノコ中毒者が集会することもない。お誂え向きの棲み家である。このユーレイの存在は迷惑千万だ。「迷惑だぞ」鍵を試しながら、彼は呟く。……応えるかのように、鍵が挿さった。

「……」ジェノサイドは鍵を回した。キャバァーン!えらく大きな音が鳴った。ジェノサイドは周囲を素早く見渡す。それから再び操作パネルを見る。ブルズアイ。物理鍵が受け容れられ、管理者モードの起動に成功した。予備バッテリーが作動し、小型液晶モニタが点灯した。彼は文字パネルに触れた。

 自動オモテナシ機能。これだ。奇妙なオイラン立体映像投射を行うこの機能が、ユーレイの元凶だ。地中に不法投棄されたサイバー家電は、何かの拍子で自律起動し、薄い土を越えて、地上にノイズまみれのオイラン映像を投射させていた……ユーレイを。ジェノサイドは消去命令を打ち込む。

「……」消去命令の実行を行おうとした彼は、その手を止め、顔を上げて、佇むユーレイをもう一度見た。ユーレイはノイズに包まれ、表情の判別はできない。ジェノサイドは肩をすくめた。(((アリガトウゴザイマス)))「あン?」ジェノサイドは発せられた声の主を探した。……無人である。

 (((最後のお世話、アリガトウゴザイマス)))ジェノサイドはユーレイを見た。ユーレイはジェノサイドを見た。そして、申し訳なさそうに、弱々しい笑みを浮かべた。ジェノサイドは首を振った。「バカげてやがる。オカルトはたくさんだ」機能消去。自律電源をOFFにした。

 ザリザリ……ザリ。ユーレイが消滅した。示し合わせたように、夜明けの時刻となった。ジェノサイドは立ち上がった。「やれやれ」スキットルのサケをふた口呷り、空き地を出て、路を挟んだ廃ビルへ。「これで静かに眠れるぜ」歩きながら、彼は独りごちた。


【アナザー・ユーレイ・バイ・ザ・ウィーピング・ウィロウ】終


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