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【ザ・フォーチュン・テラー】

◇総合目次 ◇初めて購読した方へ ◇三部作アーカイブ

この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません(このエピソードは書籍未収録の第1部時系列エピソードですが「ニンジャスレイヤー殺」で部分的にコミカライズが行われています)。また第2部のコミカライズが、現在チャンピオンRED誌上で行われています。




【ザ・フォーチュン・テラー】



 CRAAAAASH!床が砕け2人は死の罠へと落下した。「シューッ!」暗闇の中で、姿見えぬ巨大な敵が動き、落下中のニンジャスレイヤーを襲う!だが紙一重!「イヤーッ!」彼はオリンピック体操選手めいて身を捻り、攻撃をかわして着地した。膝下が生臭い水に浸かり、緑色に濁った飛沫が飛んだ。

「アイエエエエエエ!」だが落下したもう1人、IRC傍受情報屋のクムモトは、哀れにもこの襲撃者の手に掛かっていた。「シューーーーッ!」ナムアミダブツ!巨大なバイオズワイガニが、巨大なハサミを振り上げ、泡を吹きながらニンジャスレイヤーを威嚇する!右のハサミには、哀れなクムモトが!

「アイエエエエエエエ!」「クムモト=サン!」着地から体勢を立て直すや否や、ニンジャスレイヤーはこの怪物に対してスリケンを投擲した。だが遅かった。「シューーーーーーッ!」「アバーッ!」怪物は巨大ハサミで軽々とクムモトの体を両断し、それを濁った飼育プールの中へと放り捨てたのだ。

「シューーーーーッ!」しかも怪物の分厚い甲羅はスリケンをものともせず、左のハサミを振り回したのだ!「イヤーッ!」彼はこれをブリッジで間一髪回避!「愚かなり、ニンジャスレイヤー=サン!」コンクリート壁面の高所にあるガラス窓からは、この殺戮光景を青装束のニンジャが見下ろしていた。

「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン、私の名前はホロスコープです」そのソウカイニンジャは安全な高所から相手を見下ろし、オジギした。「ドーモ、ホロスコープ=サン、ニンジャスレイヤーです」復讐者はジュー・ジツを構えてアイサツを返し、憎き敵を睨んだ。クムモトの血が膝下へと流れてきた。

 ガチン、ガチン……巨大バイオズワイガニは両手のハサミを高々と掲げ、相手を威圧する。ニンジャスレイヤーはカラテを構え、横歩きで睨み合う。濁った水が彼の足にまとわりつき、地の利が敵の側にある事を訴える。額に脂汗が浮かぶ。ここは18フィート四方のコンクリート造りの縦穴。怪物の巣だ。

 スッ、スッ、スッスッ……かたや大ガニはその長い脚を水面から垂直方向へと巧みに引き抜き、あるいは差し込み、時には壁面そのものに引っ掛け、一切の水圧抵抗を受けぬ。しかも隙が無い。ニンジャスレイヤーが懐へ駆けこもうとするたび、機先を制してハサミが閃いた。両者のカラテは拮抗していた。

 だが果たしてバイオ生体兵器と言えど、ここまでの力を発揮するものであろうか?その答えは、ジツである!見よ!ホロスコープは謎めいたマントラを唱え、このイクサを見下ろしている……これこそが彼のジツだ!彼は十二星座生物に対して精神を投射し、その戦闘力を何倍にも高めることができるのだ!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは再び敵の目を狙いスリケンを投げた!「シューーーッ!」だが巨大バイオズワイガニは水面の僅かな動きを読み、瞬間的にハサミを構えてスリケンを防ぐ!「シューーーーーーッ!」さらに多脚戦車めいた速度で猛然と前進し、左右のハサミ攻撃を交互に繰り出した!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは4連続側転から壁を蹴りトライアングルリープ、さらに逆方向への4連続側転でこれを回避!ワザマエ!だが室内の水が彼の側転ムーブを0コンマ2秒遅らせ……ニンジャのイクサにとって致命的な遅れをもたらし……ハサミがついに彼の脛を捉えた!「グワーッ!」

 危うしニンジャスレイヤー!「イヤーッ!イヤーッ!」連続チョップも強靭な甲羅には通じぬ。彼は逆さ吊りの状態で高々と掲げられ、怪物の口元へと運ばれていった。怪物は突き出した真っ黒い4つの目玉をせわしなく動かし、マニピュレータめいた口を蠢かせ、彼を分解して貪り喰らわんとした。

 絶体絶命と思われた、まさにその時である。ニンジャスレイヤーは逆さ吊り状態から、強靭なるニンジャ筋力と平衡感覚によって己の上半身を捻り起こすと、ガラス窓からイクサを見下ろすホロスコープめがけスリケンを投擲したのだ!「イヤーッ!」CRAAAASH!「グワーッ!」ジツが途切れる!

「イヤーッ!」次の瞬間、ニンジャスレイヤーは潜望鏡めいた大ガニの目玉を片手で掴み、己の握力のみで圧し折った!「シューーーーッ!」ジツの力を失ったバイオ生物はたまらず獲物を放り落とす!「イヤーッ!イヤーッ!」彼は身を捻って着地し、ハサミの根元にカラテチョップを振り下ろし切断!

「イヤーッ!」「シューッ!」「イヤーッ!」「シューッ!」「イヤーッ!」「シューッ!」さらに、無防備となった巨大バイオズワイガニの頭部へと、怒りに満ちた左右の連続カラテフック!一発では通らぬ打撃も、蓄積する事によって固い甲羅を打ち砕くのだ!「イヤーッ!」「シュシューーーッ!」

 そして……巨大バイオズワイガニは動作を止めた。ホロスコープも己の下僕の死を悟り、逃走を開始した。残されたニンジャスレイヤーは、部屋の隅で身を屈め、生臭い汚水に己の両腕を浸した。「ニンジャ……スレイヤー……サン……か…」虫の息のクムモトを、せめて溺死の運命から掬い上げたのだ。

「これで解ったろ……ソウカイヤから……手を引け……たとえアンプル……見つけても、その先に……きっとまた……絶望だぞ……」腰から下を失ったクムモトは、今際の際のうわごとめいて言った。最早助からぬ。「それでも、私はやるのだ」「……そう言うと思った……なら飛び切りのネタだぞ……」

「腐らせても……しょうがねえ……持ってけ……。アラキ・ウェイという男を捜せ、ニンジャスレイヤー=サン。あんた……俺が見込んだ男だ…きっと」「仇は討つぞ……!」「へ……これが……情報屋の運命さ………だが、ありがとう…サラバ……!」クムモトは興奮薬物の残り香の中で息を引き取った。


◆◆◆


「ハァーッ、ハァーッ…!」ホロスコープは固いコケシを噛みながらスリケンを抜き、セルフ応急処置を終えると、アジト内チャノマで乱れた息を整えた。既にソウカイヤへはIRCを打ってある。ニンジャスレイヤー。恐るべき敵であった。「だが、さしもの奴も、あの傷では撤退せざるを得まい……」

 それが道理であった。ここはいわば、ホロスコープの要塞。各所にワナが仕掛けてある。ましてやニンジャスレイヤーは、既に巨大バイオズワイガニとの戦いで満身創痍の状態にあるのだ。しかし次の瞬間……クローンヤクザからの通信音声に、彼は己の耳を疑った。『ホロスコープ=サン、奴が来ます』

 遅れて、映像が届けられる。……壁には電子ボンボリが四つ。そのうちのひとつ、血染めスリケンの突き刺さった不運な電子ボンボリが、断末魔めいてバチバチと火花を散らしていた。床に転がるのは、三つ子めいたクローンヤクザの死体。

 この殺戮の中心に立つのは、赤黒いニンジャ装束の男。ニンジャスレイヤーである。彼は己の左肩に受けた矢を引き抜き、涌き上がる怒りとともに、右手の握力だけでこれをへし折った。「毒か……!」傷の周囲がしびれ、まるで肩が十倍にも膨れ上がったかのような感覚異常と熱が彼を襲う。

「無駄だ、ニンジャスレイヤー=サン!貴様に勝ち目は無い!」姿見えぬソウカイ・ニンジャ、ホロスコープの声が廊下から響く。「あきらめて引き返すがいい!」……だが、ニンジャスレイヤーはフスマを開き、進んだ。毒の痛みはむしろ、彼の怒りを煽り立て、前へ前へと突き進ませるだけだった。

 ホロスコープは虎の子のメキシコライオンをも放った。だがそのような小細工はニンジャスレイヤーの怒りの炎に油を注ぐだけだった。「バカな!奴は何故進み続ける!自殺行為だ!ここに非常出口は無し……増援が到着すれば、奴に逃げ場は無……」彼はそれが今の己自身にも当てはまることを悟った。

「どこへだ……どこへ逃げれば奴を……!」ホロスコープは廊下を渡り、フスマを開き、ニンジャスレイヤーから逃げ続けた。だが死神は止まらぬ。トラップもヤクザも十二星座動物も突破され、ホロスコープは次第に追いめられてゆく。そして彼は、最後の賭けに出た。「あの部屋があったか……!」

「姿を現せ、ホロスコープ=サン。オヌシがどれほど小細工を続けようと、私の怒りの炎に油を注ぐだけだ!」ニンジャスレイヤーの声が、廊下にこだました。ホロスコープの高笑いだけが帰ってきた。死神はなおも進んだ。廊下は突き当たりへ。ニンジャスレイヤーは右手で、目の前のフスマを開いた。

「バカな……行き止まりとは……!」ニンジャスレイヤーが足を踏み入れたのは、タタミ敷きの四角い小部屋であった。それはシュギ・ジキと呼ばれるパターンで、十二枚のタタミから構成されている。四方は壁であり、それぞれにはスコーピオン、カニ、バッファロー、山羊の見事な墨絵が描かれていた。

 もはや先へ進むためのフスマは見当たらない。では、ホロスコープはどこへ消えたのか。「姿を現すがいい、ホロスコープ=サン……!」この謎を解くべく、ニンジャスレイヤーは右手にスリケンを握り、物音ひとつ立てぬ精緻な足運びで、部屋の中心部へと進んでいった。額の汗を右手の甲で拭った。

 ニンジャスレイヤーはついに部屋の中央へと達する。…まさにその時であった。ホロスコープが後方のスコーピオン壁中央を音もなく回転させ、姿を現したのは!「イヤーッ!」「グワーッ!」ホロスコープはニンジャスレイヤーの背後へと忍び寄り、斜めに斬りつけるようなカラテチョップを浴びせた!

 ニンジャスレイヤーは体勢を立て直すと、背後の敵めがけて死の投擲武器スリケンを放った!「イヤーッ!」だがホロスコープの動きは俊敏であり、スコーピオンの描かれた秘密ドアを回転させ、再び消えてしまったのだ。標的を失ったスリケンは不運なスコーピオンに突き刺さり、虚しくも止まった。

「ヌウーッ……!」ニンジャスレイヤーは四方の壁を順に睨みつけた。スコーピオン、カニ、バッファロー、山羊……それぞれに回転式シークレットドア。おそらく内部で繋がっており、次にどこから攻撃を仕掛けてくるか予想できぬ。

 ニンジャスレイヤーはスリケンを捨て、右腕一本でカラテを構えた。左腕はもう感覚が無い。次が最後のチャンスだ。次の攻撃で返り討ちにせねば、クムモトの仇討ちは潰える。「どこだ……ホロスコープ=サン…!」ニンジャスレイヤーは目を血走らせ、四方を順に睨む。だが敵は物音ひとつ漏らさぬ!

 その時、(((……惑うなかれ。敵の姿見えぬならば、邪悪なるニンジャソウルの存在を感じ取るのだ)))ドラゴン・ゲンドーソーの教えが、フジキドの脳裏に響いた。(((ニンジャスレイヤー=サン、それはお前のうちにも、敵のうちにも在る。ニンジャソウルを感じ取れ……そこに敵は在る)))

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの渾身のカラテチョップ突きが、カニの描かれた壁を貫通した!「グワーッ!」壁の向こうで、壮絶な悲鳴!復讐の手刀は、この回転扉に背を密着させて潜んでいたホロスコープの胸をも貫通したのである!壊れたジュースサーバーめいて、鮮血が吹き出した!

「最後までカニの背後に隠れるだけの臆病者か」「バカ……な……」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは右腕を引き抜き、部屋の中心でザンシンを決めた。大穴の空いた壁の向こうで、恐怖と断末魔の悲鳴が響いた。扉がゆっくりと回転し、ホロスコープは力無く床に倒れ爆発四散した。「サヨナラ!」

 恐るべき敵、ホロスコープを倒したニンジャスレイヤーは、巨大バイオズワイガニと毒矢によって負った傷に抗い、よろめきながら、廊下を引き返した。肉体が限界に近い。再びユカノにニンジャピルの調合を頼まねばなるまい。彼は汗を拭った。そして一刻も早く…タケウチの解毒剤を見つけ出さねば。

 タケウチの解毒剤は、ソウカイヤではなく、暗黒メガコーポであるヨロシサン製薬の領分だ。一介の復讐者である己が、ヤクザ組織ではなく暗黒メガコーポの電子的防御にどう対抗すれば良いのか。その答えは未だ見えぬ。だが永遠の暗黒にも思えた探索の道のりはクムモトの言葉で照らされた。僅かに。

(((……アンプル……見つけても、その先に……また……絶望だぞ……))))高熱と眩暈の中で、クムモトの言葉が二律背反なるフォーチュンテラーの啓示めいて脳裏に響いた。「望むところだ……!」そしてニンジャスレイヤーは、さらなる死地へと進む。復讐のカラテが彼を突き動かすのだ……!



【ザ・フォーチュン・テラー】終わり



◇訳注:「〜バタフライ」と「〜フォーチュンテラー」は旧版「ネオサイタマ炎上」原書収録の初期作品。改訂版(現在日本語で読めるもの)からは抜かれ、短編集「〜エイトミリオンニンジャソウルズ」に収録された。ファンの間で一連の作品は、モーゼズの実験だともアルコール依存期だったとも噂される◇



N-FILES(設定資料、原作者コメンタリー)

解毒アンプルの情報を追い、ニンジャスレイヤーは情報屋のクムモトとともに敵地へと乗り込む。バイオズワイガニや毒矢などの非人道的トラップによって深手を負ったニンジャスレイヤーを待ち受けるのは、さらに恐るべきトラップであった……。メイン著者はフィリップ・N・モーゼズ

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