【アイアン・アトラス・ホットショット!】前編
◇総合目次 ◇シリーズインデックス
フォー……ファオー……フォー。荘厳な笙リード・サウンドが夜のネオサイタマの冷たい空気を震わせる。ダイボクチャ・テンプルの正門は蛍光ピンクのネオンでライトアップされ、正門前の長い石段には、セブン・ラッキー・ゴッズが葛飾北斎風のウキヨエ波を航海するさまがプロジェクションマッピング映像に映し出されていた。
石段の麓には今のところ規制ロープが張られており、「まだ待って」のネオン看板が期待と夢を予感させる色彩に明滅していた。ロープの前は人でごった返していた。世界各地から暗黒メガコーポが進出し、そのしのぎの削り合いの中で産業と娯楽を無慈悲に加速させ続ける不夜城ネオサイタマといえど、このようなブッダテンプル敷地前、日付が変わる前の深い時間に、これほどの人だかりが何故?
答えはトミクジにある! 日本のブッダテンプルでは江戸時代の昔からロッテリーの販売による資金集めが許されていた。それが「トミクジ」だ。経済と科学技術の発展により、トミクジに流入する娯楽マネーは拡大の一途を辿り続けていた。明治維新、世界大戦、電子戦争、政府崩壊を経てなお、トミクジのシステムは強固に維持され続けているのだ。
この日は年に4回あるアタリの第2回の発表日。ダイボクチャ・テンプルはトミクジ運営団体としては突出した収益を上げているテンプル法人であり、1等2億円という高額賞金は他の追随を許さない。
フォー。ファオー。フエエー……。笙リードのトーンが一層強まり、テンプル正門前にイオンストラクチャ数珠を首から下げたボンズが、サイバーサングラスを装着したスモトリ二名を伴ってありがたく出現した。「「ワオオーッ!」」群衆が沸いた。上空をマグロツェッペリンが旋回し、決定的瞬間に備え、サーチライトの雨を降らせた。
「ドーモ、みなさん。本日は吉日です」
ボンズのマイク音声が鳴り響き、「まだ待って」のネオン看板が「もうすぐ」に変わった。
「「ワオオーッ!」」
群衆がさらに沸いた。ボンズはオジギし、スモトリが銅鑼を鳴らした。ドジャーン。すると正門に掲げられた電子蛍光版に01のノイズが流れ、やがて「!アタリ抽選会!」の決断的ミンチョ文言が立ち上がった。電子掲示板が可変し、8桁のスロットマシンじみたドラムが出現した。
「「「ワオオーッ!」」」
群衆の歓声! そして、ドロドロドロ……ドラムロール音!「イヨオーッ!」「ドッソイ!」スモトリがシコを踏むなか、ボンズは金メッキされた拳銃を手に取り、構えた。
「始めます!」「「「ワオオーッ!」」」
BLAM! BLAM! BLAM! ありがたい銃撃が回転ドラムを撃ち抜き、止めていった。
【へ】【D】【2】【3】【1】【4】【2】【9】
「アバババーッ!」群衆の一人が嘔吐し、人だかりのその部分だけ空間が生じた。彼の震える手から、しわくちゃのトミクジが零れ落ちた。「へD231405」。
「ア……アタリ……アタリだと思ったのにィー!」「ア? 何だよ。カスリもしてねえじゃねえか」隣に立っていたモヒカンがバカにした。「紛らわしいんだよ!」「アイエエエエ!」
然り。下二桁が違えば、それはド外れと大して変わりはしない。今回のクジの結果で言えば、少なくとも「へD23142」まで合っていなければ、悔しがるアタリ・レベルにすら達していないといえるだろう。
「……」その騒ぎから、人だかり四人分右にずれた地点で、コミタ・アクモは無言のうちに震撼していた。「……!」彼はPVCブルゾンの内側で用心深くトミクジの内容を確認し……もう一度回転ドラムを見……もう一度トミクジの内容を見た。
アタリは【へ】【D】【2】【3】【1】【4】【2】【9】
コミタは【へ】【C】【2】【3】【1】【4】【2】【9】
(アバーッ!)
彼はニューロンの中で嘔吐した。番号一致! 完全なる一致! アルファベット部分が違うだけだ! これが何らかのアタリであることを意味しているのは間違いなかった。コミタのニューロンは加速した。幾らのアタリだ? 番号一致アタリは当然一等ピタリ賞2億円からは程遠いが、二束三文の金額ではなかったはずだ。
(アババババーッ!)
ニューロン内で彼は嘔吐し、失禁していた。霞む視界。歪む重力。周囲の人だかりは潮が引くように正門前石段を去ってゆく。蒼ざめて佇む彼を借金一発ハズレ組と見たのだろう、人のよさそうな中年が「まあ頑張りなよ。いいことあるって」と肩を叩き、去っていった。やがてコミタはトミクジの紙屑が散乱する無人の石段に残されていた……否。無人ではない。
「アレッ!? オイ!」
コミタは聞こえないフリをして、下を向いたまま、足早に階段を降り始めた。
「やっぱそうじゃん! オイ! UNIXマンじゃねえか! オイ!」
「……!」
コミタはギュッと目を閉じ、降りる足を速める! 笑い声がついてくる!
「オイ、UNIXマン! 何やってんだよお前!」
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