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【レプリカ・ミッシング・リンク】

◇総合目次 ◇エピソード一覧

この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正番は、上記リンクから購入できる第3部の物理書籍/電子書籍に収録されています。また、第2部のコミカライズが現在チャンピオンRED誌上で行われています。



【レプリカ・ミッシング・リンク】



 重金属酸性雨が静かに降る夜。ネオサイタマ有数の富裕層居住区、カネモチ・ディストリクト。ここには広大な強化樹脂製の分厚い透明ルーフが地上百メートルの高さに築かれ、無数のビル群や鉄塔によって支えられている。彼らの健康は、高級パックド・スシめいて重金属酸性雨から守られているのだ。 

 ミッドウィンターは広い自室で目覚め、サイバーカンオケ型のベッドから体を起こす。昼に寝て夜に目覚める……極めて反社会的だが、サイバーゴスになった無軌道大学生としては至ってノーマルな生活リズムだ。無論、その名前も本名ではない。彼女の本名はユンコ・スズキ……ありふれた名前である。 

 酒か薬物が残っているのか……目覚めたばかりの彼女の意識は、まだケミカルな目眩に支配されている。姿見鏡を見た。メイクも落とさずシャワーも浴びずにベッドに入ったのだろうか。蛍光ブルーの液体入りチューブで装飾された下着姿のまま、彼女はスリープウォーカーめいた足取りで洗面台へ向かう。 

 ターコイズ色とクリーム色のLANケーブルが混じったサイバーゴスヘアを黒いヘアバンドで持ち上げ、顔を洗い、洗面台の前でダイナミックな表情をいくつも作る。意外にも肌の調子は良好だ。彼女の肌は雪のように白い。定期的に紫外線サロンに通うといわれるアンダーガイオン人めいた病的な白さだ。 

「悪くない、悪くない」高級オーガニック・タオルで顔を拭き、毒々しい蛍光ターコイズ色のリップを塗る。髪を下ろして鏡の前に目を近づけ、パチパチと瞬きする。右目は凍るように美しい青。左の瞳は黒い点が三角形に並び、時々回る。最新鋭の網膜ディスプレイ搭載、お気に入りのサイバネ・アイだ。 

 富裕層居住区の住人にしてはいささかチープな艶艶としたサイバーゴスウェアを着てブーツを履き、胸のテクノ・ジップを上げる頃、強化フスマが恭しくノックされて小綺麗なオイランドロイドが入室してきた。「おはようございますドスエ、ミッドウィンター=サン」「あ、おはよう」両者はオジギする。 

 オイランドロイドは高級パックド・スシを白い高足テーブルの上に置く。「おいしいね」立ったままオーガニック・トロスシを摘むユンコ。実際おいしい。「食事が終わったら御父上様と家族会議の予定が入っておりますドスエ」オイランドロイドは「家庭用」と漢字で書かれた瞳を瞬きさせながら言った。 

「家族会議……」ユンコは覚醒したばかりのニューロンでぼんやりと考えた。ケミカルの霧で覆われた記憶組織が、辛うじてリンクする。「そういえば、そうだった……」自分を捨てたとばかり思っていたエンジニアの父親が、数日前、突如彼女の前に戻り、この現実味の無いカネモチ生活が始まったのだ。 

「あのさ」「何ドスエ」「父さんの前でハンドルネームは止めてね」「ハイ」オイランドロイドは頷いた。その電子マイコ音声のイントネーションもかなり人間味がある。実際高級なAIを搭載している筈だ。医療用ではないので国からの補助が適用されず、ゆえに所持できるのはごく一部のカチグミだけ。 

 ワーオーワーオーワーオーワーオー!「アイエエエエエエエエエ!?」突如家中に鳴り響くエマージェンシー警報!回転する非常ボンボリ!困惑するミッドウィンター!いったい何が起こったというのか!「犯罪警報ドスエ」オイランドロイドがユンコを廊下へと誘導する。ユンコの胸は標準的であった。 

「アイエエエエエ!?」「こちらドスエ」逃げるユンコとオイランドロイド!廊下はまるでスペースオペラに登場する爆発寸前の宇宙艦艇コリドーめいて、真っ赤な非常明滅ライトに照らされている!二人が玄関に向かって駆け出した、その時……「アイエーエエエエエエ!」ナムサン!父親の悲鳴が! 

「危険ドスエ」オイランドロイドがユンコの手を引く。しかし父親の悲鳴が彼女を踏みとどまらせた。「アイエエエエエ!ちょっと待って!どこ、父さんの部屋はどこ!?」「危険ドスエ」「アイエーエエエエエ!ニンジャ!ニンジャー!」ナムアミダブツ!父親が発する謎めいた絶叫音が聞こえてくる! 

 (((ニンジャ……!?)))ユンコのニューロンに大きな疑問符が浮かぶ。そして得体の知れぬ恐怖が鎌首をもたげた。それは日本人の精神に遺伝子レベルで刻まれた、ニンジャへの恐怖心か!「アイエエエエエエエ!」父親の絶叫!ユンコはオイランドロイドの手を振り払い、声の方向へと駆けた! 

 (((どの部屋だ?)))ユンコは廊下を駆ける。まだ家の構造をよく知らない。それに怖い。何が起こっているのかも解らない。こんな時、ネオサイタマ市民が取るべき行動は、速やかに安全圏へ避難すること。だが彼女にはそれができなかった。再会してからまだ、何も伝えてもらっていないからだ。 

 父親の悲鳴が聞こえなくなった。ユンコは手当り次第にフスマを開ける。UNIX室。ラボめいた部屋。オーガニック・タタミが敷かれたザゼン・ルーム。違う!違う!違う!非常ボンボリが彼女をさらに焦燥させる。そしてユンコが、長い廊下の突き当たりにある、父親の寝室のフスマを開けた時……! 

「……アイエエエエエ!」ユンコは短い沈黙の後、部屋の入口で悲痛な叫びを上げた。だだっ広い部屋に置かれたベッドのシーツが乱れ、そこで父親が仰向けに倒れていた。その額には黒い刃物。サイバネアイが回転してそれを赤外線ロックオン、拡大する。……スリケンだ。ユンコは父親に駆け寄った。

「父さん、父さん!?」父親の肩を揺り動かすが、すでにユンコの父、トコロ・スズキは物言わぬ死体へと変わっていた。……おお、ブッダ!再会したばかりの父娘に何たる仕打ちか!割られた強化ショウジ戸からネオサイタマの酷薄な風が吹き込み、カーテンを揺らしているのを、ユンコは睨みつけた。 

「マッポが来ましたドスエ」後を追ってきていた忠実なオイランドロイドが、奥ゆかしい姿勢で控え、開いたフスマを叩く。ユンコは窓の外の日本庭園を見やったが、侵入者の姿は無く、カエル型石灯篭の上で見事なヤナギの枝が冷たい風に揺れているだけだった。まだ自分が夢の中にいるようだった。 

「オジャマシマス!」タングステン・チョウチンを掲げた深夜勤務マッポたちが20人ほど列を成してやってきた。カネモチ・ディストリクトの警備体制は万全だ。「アイエエエエエエエ!殺人事件だ!」レッサー・マッポたちが驚く。ユンコは何をすればいいか解らず、父親の横に立ち尽くしていた。 

 ユンコの脳もどんな物質を分泌すべきか混乱していた。不自然なほど冷静な自分の中に、時間差で怒りが形成され始めた。おかしいな、悲しさはどこにいったんだろう、と、父を見ながら思った。プログラムされた機械めいて夜な夜なサイバーダンスを踊り反抗していた自分が、こんな事を考えるなんて。 

「ご家族の方ですか?」「ハイ」ユンコが答える。過剰勤務でマグロの目をしたレッサー・マッポたちはベッドの周囲に集まり、様々な重点ポイントを指差し確認しながら騒然としていた。カネモチ・ディストリクトで自分たちの勤務時間中に殺人事件が起これば、ケジメどころの騒ぎではないからだ。 

「これは何ですか」若いマッポが死体の額に刺さった凶器らしきものを指差す。「スリケン?」「まさか!スリケンはニンジャの武器だぞ」「ニンジャなんて馬鹿馬鹿しい」「カトゥーンだ」「これは自殺かカロウシかもしれませんね」申し訳なさそうに顔を歪めた初老のマッポが、ユンコに告げた。 

「そんな!自殺だなんて!もっとちゃんと調べてください!」ユンコは予想外の流れに困惑した。自分たちは被害者だ。なのに何故こんな事に。「アイエエエエ……」初老マッポがたじろぐ。彼らはカネモチに弱いのだ。「叫び声を聞いたんですよ!……そう、確か……ニンジャって!」ユンコが叫んだ。 

「ゲエエエエップ!ニンジャだあ!?ニンジャなんかいるわけねえだろうが!」その時、困惑するレッサーマッポの波を押し分けるようにして、ディストリクトの西を担当するチーフマッポが寝室に入ってきた。くちゃくちゃと何かを咀嚼している。紙袋に隠れているが、それは違法なアンコドーナツだ。 

 ユンコは運が悪かった。あるいは全てが最初から仕組まれていた事なのかもしれない。チーフマッポは実は、裏世界ではキングピンの異名で知られる悪徳腐敗警官だった。そして周囲の人間は誰もその事実を知らないが……彼もまたアマクダリ・セクトに属する、邪悪なマッポ・ニンジャだったのである! 

 ニンジャ真実を隠蔽し、さらに自分の担当地区のマイナス点評価を避けるために、極悪非道なるキングピンはこう言った。「……この不良娘を殺人容疑で逮捕しろ。遺産目当てか、怨恨のスジだ」「ハイヨロコンデー!」水を得た魚のように返事するマッポたち!「アイエエエエエ!?」困惑するユンコ! 

「オジャマシマス!」マッポが近づき、ユンコに手錠をはめる。キングピンは白い紙袋で口元を隠しながらアンコドーナツを咀嚼し、勝ち誇った目でユンコを見ていた。「アイエエエエ!助けて!」激しい無力感に苛まれながらもユンコは身をよじって後ずさりし、父にすがるように叫んだ。……その時! 

「非常事態宣言な」部屋の隅に突っ立っていたオイランドロイドが不意に呟き、瞳の漢字が「家庭用」から「戦闘用」に変わる!ゴウランガ!その直後、微かなモーター音とともに肘から手首にかけての秘密パーツが展開し、中から暴徒鎮圧用の小型アサルトライフルが出現したのだ!「私は無慈悲です」 

「おいちょっとやめないか!」マッポたちが威嚇のために銃を抜こうとした時には、もう遅かった。「投降は受け付けておりません」BRATATATATATA!有無を言わさぬアサルトライフルの乱射だ!「アイエエエエエエ!」混乱し逃げ惑うマッポたち!撃ち抜かれたフートンの白い羽毛が舞う! 

「アイエエエエエ!?」ユンコは無我夢中で駆け、窓の下のタンスの陰に飛び込む。その上に置かれた茶壺が銃弾を受けて砕け散った。「これは私の個人的判断でありスズキ家とは何ら関係ありません」オイランドロイドが射撃を一時停止し無表情に言った。逃げろと言っているのだ、とユンコは悟った。 

「撃てッ!撃てーッ!」BLAMBLAMBLAMBLAM!アサルトライフル乱射が止んだ隙をついて、床に伏せて回避行動を取っていたマッポたちが銃撃を行う!ガイン!ガイン!オモチシリコンと強化カーボンに包まれた金属ボディから痛々しい命中音が発せられ、オイランドロイドがよろめいた! 

「暴徒の反撃映像を録画したから掃討モードに移行だ」頬に被弾し美しい肌が焼け焦げても表情ひとつ変えず、オイランドロイドは再びアサルトライフル化した両腕で前後左右に乱射を開始した。「アイエエエエエ!」「アバッ!アバーッ!」スズキ邸は殺戮の場と化す!ユンコは割れた窓から庭へ脱出! 

 KLICKKLICK!両のアサルトライフルが同時にアウトオブアモー!「リロード重点な」オイランドロイドの両脛に仕込まれた秘密のパーツが展開しマガジンが出現!マイコ回路による流麗な動きで再装填しにかかるが……「イヤーッ!」回避に徹していたキングピンが急接近しカラテタックルだ! 

「ピガガー!」オイランドロイドは壁に向かって弾き飛ばされた。床に倒れた直後、球体間接をモーター回転させマシンじみた動きで起き上がり、戦闘姿勢を取る。そして小さな声で呟いた。「ニンジャソウル感知」ナムアミダブツ!彼女の正体は、そしてこのような兵器を有するスズキ家とは何者か!? 

「何だこいつァ!?戦闘用オイランドロイドが実用化されてるなんて話、聞いた事ねえぞ!」キングピンは電磁メリケンサックとジッテを装備してカラテを構え、壁際のオイランドロイドに向かって突き進む!「カラ……テ……ゼンメツ・アクション!」オイランドロイドも中腰でカラテ迎撃態勢を取る! 

「ゼンメツだ!」オイランドロイドの左ふくらはぎの秘密パーツが展開し、超小型ミサイルポッドが出現!上から順に全弾射出!右ふくらはぎは故障し展開せず!「あぶねェ!」キングピンはニンジャ反射神経でこれを側転回避!彼の後方では超小型ミサイルの煙が複雑な軌跡を描き、小爆発の花が咲く! 

「アイエエエエエエ!」「アババババババーッ!」マッポたちに不幸な事故!さらに流れ弾の一発が割れた窓から日本庭園へ飛んでゆき、ユンコの数メートル後ろにあるカエル灯篭を破壊した。KABOOM!「アイエエエエエエ!」電子手錠をはめられた走り辛い状態のまま、必死に逃げ続けるユンコ! 

 室内では、キングピンとオイランドロイドがカラテを激突させていた。「イヤーッ!」「カラテ」「イヤーッ!」「カラテ」「イヤーッ!」「カラテ」その動きはカラテ十段のブラックベルトにも匹敵する程の精密さだ。ワザマエ!かくのごときカラテ動作までプログラムされているとは、何たるAIか! 

 相手がただの一般カラテマンならば、彼女は難なくこれを制圧していただろう。だがキングピンの正体はニンジャなのだ!加えて、彼女の素体はあくまでも医療用オイランドロイド……威力に欠ける彼女のカラテキックを弾き、キングピンが電磁メリケンフックを叩き込む!「イヤーッ!」「ピガガー!」 

「イヤーッ!」「ピガガーッ!」「イヤーッ!」「ピガガーッ!」「イヤーッ!」「ピガガーッ!」一発食らうたびにオイランドロイドのカラテ反応が鈍る。電磁メリケンサックの物理衝撃と、インパクト時に生するジャミング波が、オイランドロイドのマイコ回路に深刻な損傷を与えているに違いない! 

「自爆モード作動、大変危険ドスエ」首を斜め45度に傾け半スクラップと化したオイランドロイドの瞳が、秒読みを開始する。「自爆!?アイエエエエエエ!」生存マッポたちが床に突っ伏し頭を下げる。「イイイヤアアアーッ!」その時、キングピンがショック・ジッテを敵の口に突き刺し出力最大! 

「ピガッ!ピガガガガ!ピガガガガーッ!」頭部が内側から電気発光!バチバチと青白い電流が走り、オイランドロイドの制御基盤が……焼ける!こもった内爆音が鳴り、耳と鼻から煙を吐き出し力無くくずおれた。自爆は四秒前で回避。オモチシリコンの焼ける独特のケミカル臭が室内に充満していた。 

「ケッ!脅かしやがって!」キングピンは床に転がったスクラップを踏み付け動作停止を確認し、唾を吐きかけた。そして邸宅前で待機する別チームと連絡を取るべく、マッポIRC無線機のアンテナを伸ばす。「……そうだ、犯人はこの家の娘だ……サイバーゴスの格好で……あァ!?逃げられた!?」 

 

◆◆◆

 

「ハァーッ!ハァーッ!ハァーッ!」ユンコはLEDランプを点滅させる電子手錠を隠しながら、夜のカネモチ・ディストリクトを駆け抜けていた。(((父さんが死んだ。ここじゃ道も解らない。あのオイランドロイドはどうなっただろう。無事だといいけど)))「……私、これからどうなるんだろ」 

 ユンコは逃げた。マッポビークルのサイレンやライト、上空を威圧的に泳ぐネオサイタマ市警のツェッペリンなどを恐れながら、闇雲に走り続けた。世界の全てが敵に回ったかような感覚を覚えた。この区画の最果てにして猥雑な繁華街でもあるカネモチ8に到達すると、ようやく記憶がリンクし始めた。

 ここは来た覚えがある。幸いな事に人通りも多くなってきた。等間隔で存在する市警の小型掩蔽壕、コーバン・アウトポストに常駐するマッポの目を逃れるには持ってこいだ。「高収入」「実現」「スシモ」ユンコはネオン街を走り、行きつけのサイバーゴスクラブを探す。「名前……なんだっけ……!」 

「シンセ世代」「ヤバイ・オオキイ」「ミネウチ」いくつもの案内カンバンを見ながらユンコは駆けた。そしてついに発見する。やや危険なサイバーゴスクラブ「ウゴノシュ」だ。LANケーブルを繋がれた鴉のカンバンが両目からレーザーを放つ。店の前の階段にはサイバーゴスが大勢たむろしていた。 

 ユンコは迷わず階段を駆け上がる。「それは電子手錠ですか?」「私も欲しいです」とろんとした目つきのサイバーゴスたちが、彼女の手錠を反社会的アクセサリか何かと勘違いし声をかける。彼女は答える時間も惜しんで走り、首から下げた電子素子ロケットの鎖を噛み、胸の谷間から引っ張り出した。 

 入口には異常巨体のLANドレッドヘアが威圧的に立ちはだかる。見覚えのないセキュリティ。新人か。入れ替わりの激しい世界だ。やはり見覚えのない小柄なスタッフが彼女の素子を読み取る。チャージは十分。「ハンドルネームは?」「ミッドウィンター」「称号は?」「……えっと、ツァレーヴナ」 

 心安らぐサイバーテクノの重低音と光の洪水が彼女の目と耳に飛び込んでくる。だがその直前で足止めだ。「ツァレーヴナ・ミッドウィンター=サン……」入店して日が浅いのか、小柄なスタッフはUNIX検索画面を見ながら首をひねる。ユンコはいらいらした。電子手錠はきっとシグナルを発してる。 

「ヘイトディスチャージャー=サンは来てる?私の友達なんだけど!」ユンコは彼の称号を付け直して、スタッフの耳元でがなった。称号はそのクラブの中でだけ通用するものだ。「ダークロード・ヘイトディスチャージャー=サンよ!」「アッハイ、三階のプライベート室です」スタッフが恐れ入った。 

 プライベート室へと向かうと、そこにはサイバーゴスユニット「電気信号」のヴォーカル兼オコトとして有名なヘイトディスチャージャーが居た。白いモヒカン、口元を覆う拡声器付小型ガスマスク、針のような瞳、空挺部隊風サイバーウェア。少し雰囲気が変わったろうか。前に会ったのはいつだろう。 

「ミッドウィンター=サン…?」ヘイトディスチャージャーの細い瞳がさらに細くなった。「久しぶり、だっけ?話は後!ヤバイことになっちゃったの……誰か、これ外せない!?」ミッドウインターの剣幕に押され、ヘイトディスチャージャーは部屋の隅でLAN直結していたハッカー双子の肩を叩く。 

「やってみます」双子の片割れが電子手錠のLAN端子に直結した。「なあ、ミッドウィンター=サン」ヘイトディスチャージャーが怪訝な顔で言う。「ゴメン、ちょっと休ませて。頭を整理しないと。いろんな事がありすぎて」ユンコはソファに体を沈めて、ホールの極彩色閃光をぼんやりと見つめた。 

 本当に色々な事がありすぎた。まだ夢の中にいるようだ。それも、かなりタチの悪い電子的悪夢の中に。再会したばかりの父親が殺されて、マッポが来て、罪を着せられて、オイランドロイドが銃を撃ち始めて……あんな殺人兵器を持ってるなんて、父さんは何者だったの?私に、何を伝えようとしたの? 

 数秒後かそれとも数十分後か……小さな音が鳴ってLAN端子から煙が上がり、手錠が外れた。彼女は覚醒するように目を見開く。まだ終わりじゃない。マッポは自分を追ってくるだろう。どうすればいい。「なあ、ミッドウィンター=サン、言いにくいんだが」ヘイトディスチャージャーの顔が見えた。 

 

◆◆◆

 

「ゲエエエエップ!」セントラル・コーバンの暗い電算機室でオハギを貪りながら、キングピンは驚きとともに画面を見つめた。ユンコを指名手配しようとして、システムエラーが発生したのだ。「何だこりゃあ!?ネオサイマ市警データの間違いか?ユンコ・スズキは……既に……死んでる……だァ?」 

「キングピン=サン、その情報に間違いはないな?」彼の後ろに立つ暗い人影が言った。「ゲエエエエップ!知らねえよ、データがそう言ってるだけだ。保証しねえ。ハッキングで改竄されてるかどうかは、他の奴らを使わねえと……ちいとばかし手間がかかるぜ」「そうか……。だがどちらにせよ……」 

 その暗い人影……すなわちスズキ邸を襲撃したもう一人のアマクダリ・ニンジャは窓に向かって歩を進めながら言った。「……どちらにせよ、あの娘がカギだ。親父の抹殺には成功したが、死ぬ直前に差し出したデータはとんだ食わせ物だったからな」「……俺のミスじゃねえぞ、ターボアサシン=サン」 

 キングピンは立ち上がり、落ち着かない様子で逆Uの字型の濃いヒゲを掻いた。ターボアサシンは窓の横で立ち止まり、言った。「そうだな、両者のミスだ」次の瞬間、彼は踵の小型ブースターを吹かしてジャンプすると、窓から飛び降りネオサイタマの闇に消えた。キングピンはまたオハギを頬張った。 




「私が、死んでる?ナンデ?」ミッドウィンター(本名ユンコ・スズキ)は眉根を寄せて立ち上がり、ヘイトディスチャージャーに問うた。電子手錠がコンクリートの床に転がり、ハッカー双子がそれを弄ぶ。「電電電子電子電子刺激クルー!」ホールからは耳を聾するようなサイバーテクノの轟音と閃光。 

 ヘイトディスチャージャーは密着してくる彼女を、ユーレイでも見ているかのような顔で見下ろした。これは幻覚か?クスリか?いや、別に新しいカクテルを試した覚えはない。やはり目の前にいるのは、ミッドウィンター=サンだ。「何でって……去年事故で死んだだろ……?詐欺とかそういうアレか?」 

「去年死んだ?」ユンコは間の悪いジョークを言うジョックでも見るような顔つきで、彼を睨んだ。彼は無言で頷くばかり。後ろを向くと、全員が揃って頷いていた。双子ハッカーも、少し遅れて頷いた。これはシリアスだ。「その娘は誰ですか?」金網ドアを開けて、IRC中毒のサイバーゴス女が入室。 

「ミッドウィンター=サンだ」ヘイトディスチャージャーが言う「知らないか。ここに来て半年ぐらいだったな」「昔の人ですか?」サイバーサングラスをかけたその若いサイバーゴス女は、彼の腕に絡み付いてユンコを警戒しつつ、ユンコの頭から爪先までをジロジロ観察した「さっきTVで見ました?」 

「TV?」「ニュースです」「ニュース?」プライベート室のサイバーTVがつき、チャンネル球が操作される。嫌な予感がする。マイコ天気予報の中で臨時ニュースが流れていた。「凶悪殺人事件の続報ドスエ」豊満なマイコキャスターがキモノを着替えながら告げる。そこにはユンコの顔が映っていた。 

「アイエエエエ!?」ユンコが困惑する。青色と骨色のLANケーブルヘアー、黒いゴーグルを額に、肌は雪のように白く、眉毛はバーコード状、そして印象深いサイバネアイ……間違いなく彼女だ。しかも表情が悪い。いかにも凶悪で知能が低そうな写真を選んだに違いない。マッポがやりそうなことだ。 

「指名手配犯ユンコ・スズキは、保険金目当てで事故死を装った直後に雲隠れし、今度は父親の遺産を奪うべく凶行ドスエ。さらにネオサイタマ市警の職員十数名を死傷させたいへん凶暴ドスエ。賞金は実際高い。情報提供は、アアーン……今すぐこのIRCアドレスに……」「……どういうこと、これ?」 

 ワオーワオーワオー!突如、独特な電子サイレン音が鳴り響き、ダンスホールを照らしていたレーザービームの色が警戒色に変わる!「アイエエエエエエ!?」「マッポ?マッポクルー!?」狼狽えるサイバーゴスたち!ナムアミダブツ!これはマッポがクラブに乗り込んできた時に鳴らされる非常警報だ! 

「ケミカルションベン臭え所だぜ……」マッポを引き連れたキングピンが、ジッテとチョウチンで客を威嚇しながらエントランスを抜けてきた。まるで熱帯魚の楽園を切り裂くマグロ魚群のように。カニ捕り漁船のカゴめいた構造の三階プライベート室の金網床から、ユンコたちはそれを見下ろしていた。 

「アイエエエエエエ!マッポ!マッポクルー!?」プライベート室にいたレッサーゴスたちも、慌てて金網の隙間から違法薬物を下に落とそうとしたり、違法フロッピーを物理破壊しようとする。その動きでプライベート室を吊るす四本の鎖が軋み、ユンコの覚束ない未来を暗示するかのように揺れた。 

「……ねえ、まさか、助けてくれないってワケじゃないよね?」ユンコがプライベート室の面々を見回した。誰も答えない。「……ミッドウィンター=サン、悪く思わないでくれよ、俺はこのクラブを守らなくちゃいけないんだ」ヘイトディスチャージャーが首を横に振った。「逃げるなら、今、独りで」 

 電子手錠を投げ渡されたユンコは、頭の中が真っ白になっていた。怒りと、失望と、恐怖と、ヘイトディスチャージャーに対する少しの感謝と、よくわからない気持ちで胸がいっぱいになり、今にもニューロンが焼き切れそうだった。「オタッシャデー……」彼女はそう言い残し、プライベート室を出た。 

「アイ、アイ、アイアム、ヘイ、ヘイ、ヘイトディスチャージャー」彼は口元を覆うガスマスクのディストーション調整ボタンを押すと、シーケンサー搭載型電子オコトの前に立った。ズン!ズン!ズズン!ズン!ズン!ズズン!ズンズンズンズズキューワキューキュキュ!重低音がクラブ内に鳴り響く! 

「マッポが悪いー」ナムサン!これは実際かなり珍しいヘイトディスチャージャーの生演奏だ!「ワオオオー!」ホールにいた薬物酩酊サイバーゴスたちは皆、電子刺激を与えられたカエルの脚めいて急激なサイバーダンスを始めた!「ガキどもが!」足止めを受けたキングピンが電撃ジッテを振り回す! 

「アイ、アイ、アイアムザマシーン」ダークロードの非人間的マシンボイスが響く中、ユンコは弾丸めいて逃げた。理不尽への怒りがタイムラグ的に沸き起こり、全ての感情を吞み込む。「ブッダ……ファック!」彼女は二階の窓を強化ゴスブーツで蹴破った。冷たいネオサイタマの風が吹き込んできた。 

 暗い路地裏を見下ろし、ユンコは飛び降りを一瞬躊躇った。LANケーブルを後ろに引っ張られるような想いだ。だが、自分の居場所はもうここにはない。飛んだ。「アイ、アイ、アイアム、ヘイ、ヘイ、ヘイトディスチャー……アバッ!アバババババーッ!」その絶叫ノイズは彼女には聞こえなかった。

「ンアーッ!」ユンコはゴミ袋の山にダイブし、アスファルトの上に転がった。お気に入りのサイバーウェアが傷だらけだ。息つく間もなく「こちらへどうぞ!」「スゴイ!」「賞金が欲しい!」カネに目の眩んだ中階層サイバーゴスの声が大通りから聞こえ、ライトの灯りが何本もユンコを照らした! 

「…まだ走れって?」ユンコは立ち上がって逃げる!不確かな記憶を頼りに、夜のカネモチ・ディストリクトを駆け抜ける!「アイエエエエ殺人犯!」「コワイ!」背後に聞こえる無数の罵声や、悲鳴や、マッポサイレン音を振り切りながら。「ファック!ファック!ファーック!私が何したっての!?」 

 だがユンコ自身ですらも、その糾弾が的外れであることは薄々感づいていた。ここはネオサイタマ……無数の陰謀と殺人事件と冤罪と、それを上回る数の不運と理不尽がそこかしこに転がっているのだ。道に迷った彼女はビルの迷宮に迷い込み……やがて隣接ディストリクトとの境界線に偶然行き当たる。 

 カネモチ・ディストリクトは露骨な高台になっている。目の前の坂を下り、透明な「天井」から滝のごとく降り注いでくる重金属酸性雨を抜ければ、猥雑なネオン街が彼女にカモフラージュ効果をもたらしてくれるだろう。だがその前に、坂の前には高さ3メートルの電磁金網が立ちはだかっているのだ。 

 別の逃げ道を探すしかない。あるのかどうかは解らないが……ユンコは威圧的な低い電子音を放つ金網に対して悪態をついてから、後ろを振り返った。自分が通ってきた灰色の無機質ビル街の谷間を、再び駆ける。……その時、彼女の出口を塞ぐかのように、数台の黒いヤクザベンツが大通りに停車した。 

 今度は何だ?ユンコが立ち止まり、ショーユドラム缶の陰に身を潜める。だがその努力は徒労に終わった。敵は既に彼女を発見していたからだ。……全員同じ背丈と顔つき、全員同じスーツ、全員同じサングラスのヤクザたちが、一糸乱れぬ動きでベンツから降り、ユンコに向かって黙々と歩を進めた。 

 (((……アイエエエエエ!?ヤクザ!?ヤクザナンデ!?)))ユンコはヤクザに対して民間人が取る反射行動として後ずさり、後ろを振り向く。すると……おお、ナムサン!数メートル先の電磁金網の前に、ニンジャが立っているではないか!「ドーモ、ユンコ・スズキ=サン、ターボアサシンです」 

「アイエエエ!ニンジャ!」その場にへたりこむユンコ。「随分と手間取らせてくれたな。だがお前は実際ラット・イナ・バッグの状態だ。逃げ道はない。研究データを渡すがいい……お前の父親が遺した、スズキ・マトリックス理論の詳細データを……」「し、知りません!」彼女は実際知らないのだ! 

「知らない、と……」ターボアサシンは機械的メンポの奥で眉根を吊り上げ、クローンヤクザたちに聞こえるように指を鳴らした「ならば体に聞こう。お前を連行する」「ザッケンナコラー!」「スッゾコラー!」コワイ!恐るべきヤクザスラングを吐き捨てながら、ヤクザたちが彼女の腕を引き上げる! 

「アイエエエエ!」ユンコは合衆国エージェントに捕獲された偽宇宙人めいた姿勢でベンツへと引きずられてゆく!ALAS!マッポから逃れたと思えば、次はヤクザとは!「アイエエエエ!」ユンコはがむしゃらに抵抗する!「シャッコラー!」「ンアーッ!」クローンヤクザの容赦ない暴力カラテ! 

 ユンコは錆び付いたドラム缶に後頭部を強打する。激痛信号が彼女のニューロンに伝わる。「タッテコラー!」クローンヤクザが再び彼女の両腕を再び強引に持ち上げる。「我々は暴力だ」ターボアサシンが彼女をせせら笑うように言う。抵抗時に、PVCサイバーウェアの上下がぼろぼろに破れていた。 

 視界にノイズが入る。底知れぬ巨大な暗黒に押しつぶされ、ユンコの自我が崩壊しかける。その時だ……彼女の脳内UNIXに見知らぬ違法電波が忍び込んできたのは。(((ユンコ……サン……ユンコ……サン……ようやく繋ぐ事ができた……君のサイバネアイを通して現在の事態を把握した……))) 

 (((あなたはだれ?)))(((そんな事は後だ……この電波出力を維持するのは難しい……遠隔操作でセーフティ回路を解除する……その権限が僕にはある……)))ユンコはついに頭がおかしくなったのかと思いながら、ビルに狭窄された暗い夜空を見上げていた。間もなくベンツに吸い込まれる。 

 ピガガー……不吉な電子ノイズを発しながら、ユンコの左眼が回転する。電子金庫の解錠操作めいて、右へ、左へ、右へ、また左へ……。ユンコは自らの心臓の奥で微かなモーター音が鳴り、何か熱いものが生まれてゆくのを感じた。今までそれが拍動していなかった事すら、彼女は気づいていなかった。 

 (((あなたはだれ?)))全身に力がみなぎる。暴力に抗うための力だ。(((協力者だ)))(((私はだれ?)))(((君はユンコ・スズキではない)))ユンコの蒼い右目に「戦闘用」の漢字が浮かび上がる!(((君……は……モーター・ユンコだ!偉大……な……るオムラの遺産だ!))) 

「インダストリ!」ユンコの全身に信じ難い力が溢れる!テクノカラテが彼女を導く!父が遺した殺人AIの力だ!右手の拘束を解き、クローンヤクザの顔面を殴りつける!「グワーッ!」左!「グワーッ!」背後!「グワーッ!」正面!「グワーッ!」ゴウランガ!一瞬で四人のクローンヤクザを撲殺! 

「まさか、この娘もオイランドロイドだったというのか!?」ターボアサシンが目を見張り、カラテを構える。「敵を許さないです」ユンコはマシンめいた平坦な合成マイコ音声で言った。直後、サイバネアイから発せられた三点ドットの赤外線ターゲッターがターボアサシンの額をロックオンした。 

 

◆◆◆

 

「私は無慈悲です」ユンコの左腕に隠された秘密のパーツが瞬時に展開し、恐るべき非人道兵器ZAPライフルが出現!空気を焦がすようなZAP音とともに、レーザー光線が射出された!「イヤーッ!」ロックオンを察知していたターボアサシンは、咄嗟のブリッジでこれを回避!ニンジャ反射神経! 

「アバーッ!」ターボアサシンの背後にいた不運なクローンヤクザの頭部が蒸発!ユンコのサイバネアイは即座に標的を再捕捉にかかる。だが……「物騒なお人形さんだ!」ZOOM!ターボアサシンの両踵に備わった小型ブースターが火を噴き、壁を蹴って飛ぶトリッキーな動きでレーザー光線を回避! 

 (((何、これ?)))ユンコは無軌道大学生が無免許運転する車の助手席に座りながら、ネオン・ハイウェイをUNIXフロントガラス越しに見ているような感覚を覚えていた。自分の体が、自分ではない誰かによって操縦されている。ハンドルを握っているのは自分だ。だが、それが勝手に動くのだ。 

 ZAP!ZAP!ZAP!モーターユンコの左腕から強力なレーザー光線が次々射出されるが、ターボアサシンの動きを予測できず命中させられない。さらに彼女の左足の秘密のパーツがモーター音とともに展開し、小型ミサイルポッドが出現!あのオイランドロイドに搭載されていたのと動型の兵器だ! 

 ジェットコースターめいて揺さぶられるユンコの視界内には無数の「重点」ロックオン照準が点滅し、得体の知れないインジケータ群やデジタル漢字が脈打つ。(((オエーッ!)))ユンコは嘔吐感を覚えた。三半規管が悲鳴をあげているのでも、脳髄が揺さぶられているのでもない。不安感からだ。 

「アバーッ!」「アバーッ!」「アバーッ!」ミサイルの直撃を食らってクローンヤクザが3人死ぬ!するとユンコの視界の右隅にある人形DOTパターンが4個に増えた。これは撃破マークだ。ユンコはそれを直感的に感じ取った。拡張された身体能力に、ニューロンが全速力で追いつこうとしている。 

 小型ミサイルの半数は噴射煙を複雑に絡ませ合いながら、主攻撃目標であるターボアサシンを追尾する。だがこの攻撃は本命ではない。オムラの遺産、対ニンジャ戦闘AIが絶対確実な敵の予想回避地点を分析し……「見つけ出して殺します」モーターユンコは冷たい機械音声とともにレーザーを射出! 

 だがレーザーが射出される直前、ターボアサシンは空中で膝を屈伸すると、透明な足場を蹴ってサマーソルト回転を決めたのだ!ZOOM!これはジツではない。彼の両踵に備わった偏向スラスターが最大出力で噴射されたのだ!ニンジャ脚力にサイバネの力が乗算された、戦闘AIには予測不能な動作! 

 レーザー光線はターボ噴射の残り香だけを貫き、斜め45度で虚空に消えた。(((ファック!)))ユンコは全身にズシリと倦怠感を覚える。視界左側のインジケータが大幅減少している。(((これは?)))すると擬人化カエル型のAIアドバイザが出現し、吹き出しで答えた「エネルギバー」と。 

「オムラ・インダストリは死んだ」ターボアサシンは音も無く軽やかにモーターユンコの後方へと着地する。そして殺人オイランドロイドが振り向くよりも早く、彼はオナタカミ社製のニンジャ用試作型ターボレッグ装置「ヒキャク・マニューバ」の力で高速前進した。ZZOOM! 

 オリンピックスケート選手めいた低姿勢の突進から、ターボアサシンは敵の背中に高速振動ダガーナイフを突き立てにかかる!「お前は存在すべきでないユーレイなのだ!イヤーッ!」「カラテ!」モーターユンコの上半身が180度回転!AIカラテの力で反射的に彼女の腕が動き、敵の腕を弾く! 

 不意をつかれ弾き飛ばされたダガーナイフが、不運なクローンヤクザの額に突き刺さる!「アバーッ!」緑色の血を撒き散らして即死!モーターユンコは瞬時に下半身を回転させ、ZAPライフルを収納して通常腕に戻すと、ターボアサシンとのゼロ距離カラテに入った!「カラーテ!」「イヤーッ!」 

「カラテ!」「イヤーッ!」「カラテ!」「イヤーッ!」「カラテ!」「イヤーッ!」「カラテ!」「イヤーッ!」スゴイ!オイランドロイドとは思えない!まるでタツジン同士の戦いを見るかのようなカラテ・ラリーだ!だが……「所詮はAI風情!機械はニンジャには勝てんのだ……イヤーッ!」 

 ZZOOM!ターボアサシンの肘と手首に仕込まれた小型ブースターが火を噴く!ニンジャ筋力とターボ噴射が合わさった実際危険な破壊力!「ピガガーッ!」モーターユンコの体はワイヤーアクションめいて吹っ飛び、ヤクザベンツのドアに命中!車体がへこむほどの衝撃だ! 

 彼女はジョルリめいて崩れ落ち、四肢を投げ出してぽかんと虚空を見つめていた。どこかがショートしたのか、バチバチと嫌な音が鳴る。裏路地に遺棄され重金属酸性雨に腐食されるがままのオイランドロイドめいて。「シ…ス、シを…クダサイ…」AI電子音声がノイズ混じりの弱々しい言葉を発する。 

 右目から「戦闘用」の文字が消え、制御権はAIから彼女に移った。ユンコのニューロンには、激しい怒りが沸き上がっている。だが、体が動かない。「ハッ!手のかかるお人形だったな!」ターボアサシンがこちらに向かってゆっくりと歩いてくる。だが、体が動かない。 

「……スズキ・マトリックス……葬り去る……」ターボアサシンの声をユンコはノイズ混じりで聞く。なんで死ななきゃいけないのか。スズキ・マトリックス理論とは何だったのか。先ほどの電波音声は何だったのか。父親は、そして自分は何者だったのか。何故自分は今、こんなに怒り狂っているのか? 

 こいつは私を、スズキ・ユンコを侮辱している。私という存在を踏みにじっている。そしてトコロ・スズキを!彼の遺した技術を!……声にならぬ感情の爆発が支離滅裂な文字列と化し、孤独なIRCチャットめいてユンコのUNIX視界に流れた。怒りの涙を流す機能は彼女には搭載されていないのだ。 

 父と再会して、突如視界が開けたような感覚を覚えた。ようやく、本当の自分に立ち戻るべき時が来たのだと感じていた。だが、その曖昧な答えを掴みかけた所で、この仕打ちか!おお、ブッダよ!まだ寝ているのですか!?(((ニンジャ……ニンジャのせいだ!ファック!ファック!ファック!))) 

(((私が何者だって構うものか!こいつを、ニンジャを殺したい!ニンジャを殺したい!ニンジャを、殺す……!モーターよ、動け……!動け……!動け……!)))ユンコの思考がAIめいて単純化され洗練されてゆく。だが感情論でエネルギバーを満たす事はできない。マシンは非情なのだ。

「反抗的な目だな」モーターユンコの左胸を重いターボレッグで踏みつけながら、ターボアサシンは嘲笑った。感情を持つオイランドロイドへの、嗜虐的な好奇心ゆえに。「まだ人間のつもりか?どっちだろうと俺はかまわん。貴様は孤立無援の凶悪殺人ドロイドで、今まさにジャンクと化すのだ」

 だがモーターユンコの電子音声は何も反応を返さなかった。ナムアミダブツ!「ミッションコンプリート」ターボアサシンは彼女の心臓を踏み砕いてカイシャクすべく、足を上げた……その時!「イヤーッ!」おお、見よ!ネオサイタマの闇を切り裂き飛来する、謎のスリケンを!

「イヤーッ!」ターボアサシンは咄嗟にバック転を打ち、スリケンアンブッシュを回避!彼が立っていた場所に四枚のスリケンが小気味良い金属音を立てて突き刺さる!「何者だ⁉」「Wasshoi!」稲妻の如き鋭さでビルから飛び降りた赤黒のニンジャは、ベンツの上で直立不動の姿勢を取った!




 謎のニンジャは、射竦めるような鋭い眼でターボアサシンを睨む。その心臓で憎悪の永久機関が稼働しているかの如く、バッファロー殺戮機関車めいた廃蒸気が「忍」「殺」と彫られた彼の鋼鉄メンポから排出される。「そのメンポ……まさか……貴様は!」ターボアサシンは後ずさり、その男を指差した。

 重金属酸性雨の霧をはらんだ風が吹き抜け、電磁網フェンスにバチバチと火花が散る。「ドーモ、ターボアサシン=サン……ニンジャスレイヤーです」「ドーモ、ターボアサシンです」(((またニンジャ…?)))2人のニンジャがオジギする暗黒幻想的光景を、ユンコはノイズ混じりの視界で見守った。 

 ユンコのUNIX視界解像度が荒くなる。「殺戮ロックオンプログラムに障害」「ゼンメツアクションモード不可な」「再起動必要性」システムメッセージ・カンバンが次々と視界に現れ消える。体がガクンと揺れた後、ユンコの眼から光が消えて頭が垂れ、廃棄オイランドロイドのように動かなくなった。 

 青画面に変わりオムラ・メディテックのロゴが映し出される。何も見えず、体も動かず、声だけが聞こえた。「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」……やがてニンジャ達のカラテシャウトすらも聞こえなくなり、彼女は心細くなっていった。自分は何者なのか。父さんは私に何を…… 

 意識がフェードアウトするかと思ったが、そんな事はなく、彼女のニューロンは外部入力情報皆無の暗闇の中で継続的に覚醒状態だった。それが逆に焦燥感を煽った。パワリオワー!苛立たしいほどポジティブな再起動音。ガガ……ガガピガー……。ユンコの視界が復帰する。自動重点……露光量調整……。 

 (((早く……!ニンジャに……ニンジャに殺される……!)))光が戻り、左眼の∴が回転する。首が微かなモーター音とともに正面を向く。次の瞬間、ユンコの視界に大写しで飛び込んできたのは、トレンチコートにハンチング帽の男の顔。男の両目は、喜怒哀楽の哀怒以外が欠落しているかのようだ。 

 (((父さん……?)))ユンコは何か言おうとしたが、セーフモードAIが制御権を渡そうとしない。「……スシ…ヲ……クダ…サイ!」口も舌も動かすことなく、喉奥から旧世代電子マイコ音声が漏れた。「……スシ……?」立膝で彼女の前に屈み込んでいた男は、懐のマルチタッパーに手を伸ばした。 

「オムラ製か……?だがそれにしては……」男は険しい表情のまま呟き、タマゴスシを彼女の舌上に置いた。高度な咀嚼プログラムが作動する。ああ、この男は自分をオイランドロイドだと思っているのだ、とユンコは悟った。ではなぜスシを与えてくれるのか?混乱する彼女の回路はまだ答えを導けない。 

「ウウウウウ……ウマーイ……」電子マイコ音声が鳴り、エネルギバーが微量回復する。市街戦における継続戦闘性と自律補給能力を重点した非常に高度なエネルギー変換メカニズムが作動しているのだ。ユンコは自分の体が機械の怪物に変わってしまった事を実際悟った。「……トロ……ヲ…クダサイ!」 

「……まさか……トロだと……?」男はハイテックの進歩に対する畏敬にも似た、小さな驚きの表情を作る。そしてマルチタッパーに唯一残っていたトロスシを、オイランドロイドに食させた。ユンコは訳の分からぬ惨めさと驚きの中にいた。「ウウウウウ……ウマーイ……」セーフモードが解除される。 

 トロ成分の摂取とともにニューロンとAIが再び覚醒してゆくのをユンコは感じた。そして礼を述べようとした、その時……「ニンジャソウル感知!ニンジャソウル感知!」ユンコにだけ見えるUNIX視界にロックオンマークと警告メッセージカエルが出現し、男の顔にロックオンが重なる!ナムサン! 

 右目に「戦闘用」の漢字が出現。(((ダメだ!この人は……敵じゃないのに……!)))ユンコは赤警告状態のUNIX視界に答えを探し求める!(((AIを……切り替えろ!切り替えろ!……カエル!どうにかしろ……!)))カエルが葉っぱの傘を持って慌ただしく駆け巡り、戯画的に転倒する。 

「AI切替完了な」ドット警句が流れる。だが……ナムサン!ユンコは未だ制御権をAIから奪い返せない!(((ワッタ…ファック!)))体が意志に反して動き始める!(((ヤバイヤバイヤバイ!スシをくれたけど、相手はニンジャなんだぞ!殺される!止まれ!止まれよ!クソAIが……!))) 

 ……男のニンジャ動体視力は、彼女の瞳の「戦闘用」漢字を見逃さなかった。そしてチョップの構えを取った。だが咄嗟の状況判断が彼のカラテを止めた。漢字は「医療用」に切り替わり、オイランドロイドはマイコ回路由来のしなやかな動きで男の首に腕を絡ませ、彼にキスをした直後に動作停止した。 

 ファオンファオンファオンファオン……自我科の緊急救急車を率いたマッポビークル隊が乱雑に急停車し、マッポたちが進入禁止パイロンを張り巡らせる。「ゲエエエエップ!二度目の取り逃しはやべえぞ!急げ!」「ヨロコンデー!」キングピンに率いられたマッポ達がビル街の谷間をライトで照らす。 

 ターボアサシンからの緊急IRC通信で、ニンジャスレイヤーが出現したことは知っている。だがマッポが一緒ならば奴も手を出せまい。加えてネオサイタマの死神とユンコには何の接点も無い筈「ゴヨダー!ゴヨダー!」キングピンはジュッテとチョウチンを掲げ、クローンヤクザの死体を踏み越えた。 

 だが、ユンコ・スズキを発見することなく、キングピンは電磁鉄網に突き当たる。「いねえ……?」彼は代わりに切断されたターボアサシンの片腕を見つけ、それを電磁鉄網に手際よく蹴り飛ばして破壊隠蔽した。「なあんか、厄介なことになってきちまったな。俺のせいじゃねえぞ。ゲエエエエップ!」 

 ……ニンジャスレイヤーは、数百メートル離れた高層ビル街の屋上を駆け抜けていた。ターボアサシンを追って、ではない。彼の肩には、複雑な陰謀の中心に存在すると思しき謎のオイランドロイドが、停止状態のまま担がれている。彼は最初、ユンコを人間と見紛い、暗黒非合法探偵の姿で接したのだ。 

 だがユンコの意識はフェードアウトしていなかった。彼女は惨めさと気恥ずかしさと怒りの中にいた。フートンがあれば入りたい、そしてその中でセプクしたい……そんな衝動に襲われるほどのショックだった。(((……なんでそもそも、そんな機能が搭載されてるのさ……何だよ……何なんだよ))) 

 ショックの最たる原因は、自分をこの状況に追いやった父の意図が不明な事にあった。補給されたトロ成分が、非情にも彼女のニューロンを冴え渡らせる。マグロのトロ部位には、脳神経をテクノ活性化させる稀少な化学成分が含有されているのだ。(((オムラの遺産?私が一年前に…死んでる?))) 

 自分は何者だ?ユンコの思考は無限遠マトリックスめいた自我の迷宮へと嵌り込み、ついに彼女の自我はフェードアウトした。そしてニューロンサーキットの電子パターンが僅かに変化し、ソーマト・リコールの如き記憶洪水現象が起こる……。 

 

◆◆◆

 

 自分は何者だ?ユンコの思考は無限遠マトリックスめいた自我の迷宮へと嵌り込み、ついに彼女の自我はフェードアウトした。そしてニューロンサーキットの電子パターンが僅かに変化し、ソーマト・リコールの如き記憶洪水現象が起こる……。 

 

◆◆◆

 

 色鮮やかなモザイク。ショウギボードの目の如く正確に分割されたモザイク。1枚1枚の色がパラパラと変化する。それぞれのモザイクが4分の1に分割される。さらに小さなモザイクが生まれ、それがさらに4分の1に。また4分の1に。徐々に夢の解像度が上がる。何かが規則的に前後に動いている。 

 ユンコはそれを見たいと思った。すると電子機器を操作するかのように簡単に、映像が自動重点された。それは電車のおもちゃだった。それを動かしているのは、小さな子供の手。自分の手か?わからない。そんな玩具を持っていたかどうかさえも。どこか遠い所で電子オルゴールめいた音が鳴っている。 

 もっと近くで見たい。ユンコが思うと、電車の玩具が急激にズームアップされた。雷神のエンブレム。(((オムラ・インダストリ……)))ズームアップが止まらない。雷神の顔は厖大なモザイクによって作られていた。後戻りはできない。ズームし続けると再びモザイクが4分の1に分割され始める。 

 彼女の精神は奇妙な飛翔感を覚えていた。コトダマ空間認識者たちが覚える、全能感に満ち溢れた自由自在の飛翔感ではない。見えないブラックホールに向かって永遠に吸い込まれてゆくかのような、一方的な飛翔感。罠にはまったズワイガニの群が、カニ捕り漁船に向かって引き揚げられる時に見る夢。 

 またモザイク分割が始まる。4分の1……4分の1……4分の1……。「第七ロウドウ駅ドスエ」電子マイコ音声。父の背中を追って、ユンコは武装新幹線から降りる。プシューガコン。背後で新幹線の隔壁が閉じる。「ネオサイタマに帰るんじゃなかったの?」ユンコは不安そうな声で問う。 

「話をしよう。大切な話だよ」父は労働者たちを押し分けながら薄汚いベンチに座った。「アイ!アイエエエエエエ!」ホームの端では違法乗車を試みて警備員に捕獲された下層労働者が、エレクトリック磔トリイにかけられて電流を浴びせられている。ユンコは父の横に寄り添うようにベンチに座った。 

 武装新幹線が遠ざかってゆく。しばらくすれば次の便がやってくるだろうが、ユンコにとってはこの上なく心細い。鉄網製の床越しに下のコンコースを見る。薄汚い巡礼者の群れ、場末のストリートオイラン、ライト付きのヘルメットを被った炭坑夫たち……その両目は双眼鏡めいた旧式のサイバネアイ。 

「窓の外を見てみよう」父親が言った。ユンコがそれに従った。重金属酸性雨が降り注ぐ広大な焦土の先には、真黒いスモッグに覆われた雄大なるフジサンが。そこに向かって伸びる何本もの線路。各結節点には黄色やオレンジ色の光が虫の卵のように群がり、ニューロンめいた形状の街を形成している。 

「レアアース採掘で一攫千金を狙う人らが住む。巡礼者のための駅でもある」父が言った。明日からまた、彼はいつ帰れるか解らぬ仕事に向かう。それが母と別れる原因だった。「大切な話って?」「新幹線だ。それぞれの……光と光を繋ぐ……レールとモーターの力で動く。どちらが欠けてもならない」 

「だから?」「……レールが破壊されれば、あの開拓地は全滅するかもしれない。パンダの群れや強盗団に襲われて」「それを作るのは、インダストリ。だから、いい大学に行って、敷かれたレールに乗ったまま、オムラで働け?そうしないと、私もここに来てオイランになるって事?」「そうじゃない」 

「じゃあ何?」「ちょっと待った……そういう質問を想定していなかったので。……そう、選択肢を押し付けたくない。そう、安全なレールだ。選択するのはお前だよ。高校生になったからには。この世界は無数の選択肢と限られたリソースでできている」父親は素子入りロケットを懐から取り出した。 

 ユンコはそのプレゼントを受け取った。ただのアクセサリだと思ったのだ。高校入学祝いの。「……ありがとう」「リソースとはマネーだ。マネーがモーターを動かす。お前が自立するまでに必要だと思われるマネーを渡したよ。もちろん、これとは別に生活費は今まで通りに振り込まれる」「何の話?」 

「もう行こう。次の新幹線が来る。大切な仕事がある。人類をレールに乗せ、モーターで先へ進ませる。父さんは選択肢をいくつか誤ったが……もう間違えないつもりだ……どちらの選択肢も不正解……で……ない……限り……は……」声が遠ざかり、それと同時にまた視界はモザイクへと変わってゆく。 

 ユンコの精神はまた強制飛翔する。そういえば自分はこの時、父親の仕事の内容すら知らなかったのだと考える。(((……私は大丈夫。私はユンコ・スズキだ。記憶がある。昔から今までの記憶が、ずっと……自分ですら覚えていないような細部まで、ずっと……私の脳は、覚えてたから……))) 

 ダッダカダカダン!ダッダカダカダン!ピロリロリロリピガー!ダッダカダカダン!ピロリロリロリピガッガー!ダッダカダカダン!ダカダッダカダッダカダッダンダン!電子オルゴールに代わって鳴り響く重低音サイバーテクノ!無限モザイク・マトリックスがノイズを受けて僅かに乱れる! 

「俺は機械!脳内にUNIXを搭載して行進する!エンベデッドGOTO命令を受けて前進する世代!ピッチシフターと電子刺激とダンスによって生まれた突然変異的プログラムが俺!」ヘイトディスチャージャーの人間離れした電子歪み声が重なる。ストロボ閃光のホールでユンコは激しく踊り狂う。 

「壊れたオイランドロイドのように首を規則的に振って否定するのが俺!憎悪と命名された電子刺激!スパーク!励起する怒り!激しい怒り!怒りのロボット軍団全体的に制圧する!怒りのロボット軍団全体的に制圧する!怒りのロボット軍団全体的に制圧する!怒りのロボット軍団全体的に制圧する!」 

「怒りのロボット軍団全体的に制圧する……怒りのロボット軍団全体的に制圧する……俺は機械……憎悪……拡散器……」あの機械的で暖かい、紛い物のロボット空間が遠ざかってゆく。そしてユンコの記憶は、動かないハンドルと、ケミカル小便臭いシートと、ハイウェイの夜景に激突し、途切れた。 

 

◆◆◆

 

 一方その頃、アマクダリ地下秘密基地では。 

「スズキ・マトリックス理論のデータはどうなった?」上等なスーツに身を包んだ少年が、戦略チャブ上を流れる株価グラフを見ながら聞いた。今夜のラオモト・チバは機嫌が悪い。「申し訳ありません、ニンジャスレイヤーに妨害を受け……」UNIXモニタにターボアサシンの顔が映る。 

「ニンジャスレイヤーだと?では奴が問題のオイランドロイドと行動を共にしているのか?」「ハイ、大変申し訳…」「ムハハハハハ!カマワヌ!ニンジャスレイヤーがいるならば詮無し!増援を送るぞ!奴を始末し、オイランドロイドも同時に奪う!アブハチトラズ!」チバはグンバイを掲げ哄笑した。 

「参謀として何か意見はあるか?」チバが横を向く。アガメムノンは政治家めいた薄笑いを崩さない。「いいえ、ラオモト=サンの判断を支持いたします」「ムハハハハハハ!行け!ターボアサシン=サン!行け!経費を自由に使え!だが失敗は許さんぞ!僕は無能な駒を許さない!」「ヨロコンデー!」 

 

◆◆◆

 

「……それで彼女、目が覚めるなり冷蔵庫のトロスシを食べて、シャワーを浴びに行っちゃったの?」ワイシャツ姿のナンシーが、ゴージャスなソファに身を沈めながら言った。打ちっぱなしのコンクリート床にはLANケーブルが何十本も敷かれ、雑然と置かれた数台のUNIXラックに繋がっている。 

「……そして随分と長い」埃まみれのチャブを挟んだ反対側では、ニンジャスレイヤーが直立不動の姿勢のまま腕を組み、柱を睨んでいた。「残業はなるべくしない」と警句が書かれたマネキネコ時計が掛かっている。このだだっ広いアジトが、かつてどこかの企業のオフィスだった時代の残置物だ。 

「ニンジャスレイヤー=サン、サイバーゴスの格好をしたオイランドロイドが、トロスシを食べてシャワーを浴びに行くかしら?ヤクザの血を洗い流す以外に、AIが気持ちの整理でもしてるのかしら?一体どういう事なの。解らなくなってきたわ」ナンシーはこめかみに人差し指を押し当てて思案する。 

「……事の発端は、マッポ・データベースに内側からハッキングが行われ、ユンコ・スズキの死亡記録が強引に書き換えられた事だったな、ナンシー=サン」「そうね、私がそれに気づいた。おそらくはアマクダリが後ろで糸を引いている……」「彼女の父親は殺され、彼女が濡れ衣を着せられ逃走……」 

「しかし彼女はオイランドロイドだった……。今さっき潜って調べたけど、1年前のユンコ・スズキの事故死はほぼ間違いないわ。病院で心停止してる」「タイサ・ノートに名前があった以上、父親は何らかのハイテック技術者だろう」「じゃあ、父親が彼女に似せて特注のオイランドロイドを作った?」 

「残念だけど、私は人間」サイバーゴスウェアに身を包んだユンコが、シャワールームから出てきた。血の汚れは洗い流せたが、小さく焼け焦げた腕のオモチシリコンは再生していない。「遅くなってごめん、色々試してたから。ええと……つまり、その、この中にあるAIの制御方法をね」頭を指差す。 

 ユンコはオフィスチェアの1個に座り、チャブに向かう。タフそうに見せているが、正体不明のニンジャと女ハッカーを前にして、内心はヒヤヒヤものだ。「ニンジャソウル感知」「直ちに攻撃しますか」の警告メッセージ看板が、ユンコのUNIX視界に映し出される。当然彼女は「いいえ」を選ぶ。 

「緊張しないで。私たち、あなたを売り飛ばしたりしないから。たまに非合法な事はするけど、非道行為はしない」ナンシーが彼女をリラックスさせるために笑う。人間に接するように。「トロ成分が補給できれば、AIは制御できる」ユンコは言い、照準ロックがかかったままのニンジャの顔を見た。 

「さっきみたいな事は、もう起こらない。あれはAIの誤作動。ボディが意志に反して勝手に動く……最悪でしょ?」「……理解できる」ニンジャスレイヤーは厳めしい声で言った。「感謝は、してるけど」ユンコが付け足す。「じゃあ作戦会議の時間かしら」ナンシーがUNIXと直結しながら言った。




 (((大丈夫、私はカワイイ)))ユンコは自分を勇気づけながら、女ハッカーとニンジャに対して気丈に向かい合った。先程モーター覚醒時に届いた謎の電波はぷっつりと途絶えている。差し当たって味方と言えば、孤立無援の状況下で自分を助けてくれた、このニンジャだけ。だが、まだ釈然としない。 

「作戦会議ナンデ?」ユンコが問う。「あなたを狙っているのは、アマクダリ・セクトと呼ばれる邪悪なニンジャ組織」ナンシーがブロンドをかきあげながら言った。奇麗な人だな、と考えながらユンコは返す。「家を襲われて、父さんを殺された、そのうえ…」「殺人の濡れ衣を着せられたのね」「そう」 

「簡単に言うとね、私も奴らに命を狙われてるのよ」「ナンデ?」「目障りだから、かしら?」有能秘書めいた服装の女ハッカーは肩をすくめた。「目障りだから、殺す?」ユンコは頭を掻きながら、唇を大げさに歪める。「そう、相手はニンジャ。人が虫を殺すように、人を殺す。マッポも奴らの影響下」 

「貴方のお父さん……トコロ・スズキ=サンが最後に何を研究していたか、知らない?」「さあ。大学に入ってからはずっと、連絡も来なかったから……オムラ関連企業の極秘プロジェクト……のはず」オムラ家族寮で一人暮らしをしていた頃が、遠い昔のように思えた。(((大丈夫、私はカワイイ))) 

「貴方のお父さんが最後に所属してたのはオムラ・メディテック。ネコネコカワイイを開発した会社よ」ナンシーはハッキング情報を解読しながら言う。何で私より父さんの事に詳しいんだろう……ユンコは高校生の頃にネオ・オテモサンドーで友達と受けたカワイイ・ロールシャッハの気分を思い出した。 

「オムラ倒産直前に、オムラ・メディテックが起死回生を狙って、要人暗殺用の戦闘オイランドロイドを開発しようとしていたらしいの。CEOの怒りを買って、実現しなかったけど」ナンシーが単刀直入に言う。「つまり?」ユンコは頭を掻きながら聞き返す。あまりの情報量に、頭が爆発しそうだった。 

「LAN端子を繋いだら、何か解るかも」ナンシーがサイバーサングラスをかけながら言った。唐突な提案に、ユンコは心臓の奥でマイコ回路が作動し、左目の∴が回転し始めるのを感じた。無軌道学生サイバーゴスは肉体的前後関係を嫌う反面、LAN直結のモラルに乏しく、それは彼女も例外ではない。 

「AI切り替えます」アドバイザーカエルがUNIX視界に現れ、戯画化されたオスモウ動作を取りながら報告した。ナムサン!またもマイコ回路の誤作動か!?大変なことになるぞ!ユンコは無表情で固まったまま、必死にキャンセル命令を下そうとする!(((…止まれ!止まれ!このクソAI!))) 

 間一髪でカエルが消える!だが……ピガーピーガガーガリガリガリピガガガー!追い打ちをかけるように、ユンコの脳内UNIXへ違法電波!モーター覚醒時と同じ波長!ナムアミダブツ!何たる間の悪さか!(((……来た!)))ユンコは動作を停止し、2人の前でロボットめいた姿勢のまま固まった。 

 (((ユンコ=サン、視覚情報が送信されていない。聴覚もだ)))謎の「協力者」の声が脳内に響く。(((シャワー中だから)))ユンコが返す。権限は自分の手にある。彼は確かに味方かもしれない。だがそれでも、見知らぬ相手に視界を覗かれるのはいい気分じゃない。どちらかと言えば最低だ。 

 (((シャワー。なるほど、つまり君はニンジャの撃退に成功した。エクセレント!君の父上は実際素晴らしいものを遺したな!だが、まだ君には改善可能性がある)))(((父さんを知ってる?)))(((当然だ。だが質問を受け付ける時間はない。僕の所に来てくれ。そうすれば全てが解る))) 

 UNIX視界に矢印と数字が出現した。(((僕は動けない。この違法信号だけが君と僕を繋ぐリンクだ。誰も信じるな。僕と君の父だけを信じろ。オタッシャデー!)))(((待って、ひとつだけ!私は、死んだんじゃなかったの?)))(((…君は……バイオ……ニューロ……チッ……プ…))) 

 ガガピガガーピガガーガリガリガリガリ……違法電波ノイズが遠ざかり、協力者の最後の言葉はほとんど聞き取ることができなかった。しかしコンパスめいた矢印は失われていない。自分の絶望的な状況は変わらないが(((でも手掛かりは掴んだ……!)))ユンコは驚くほど前向きな気持ちになった。 

「直結はしない。思い出したから」ユンコが動き出す。立ち上がる。オーバーな身振りで話す。「何を?」「ええと、スズキ・マトリックス理論。奴らはそれを探してる」「初めて聞く名前。それをあなたが持ってるの?」「解らない。でもどこに行けばいいかは解った!私のボディからは違法電波が出」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは突如立ち上がると、右腕をムチのようにしならせ、ユンコに向かってスリケンを投擲した!「アイエッ!?」ユンコは目を大きく見開き、その場に固まる。風圧がユンコの髪を撫でる。スリケンはそのまま暗闇を切り裂いて飛び、廃オフィスの窓を突き破った! 

 KRAAASH!スリケンは降下ロープに吊られたクローンヤクザの額に命中!「グワーッ!」即死!「お客さんかしら」ナンシーがソファに座ったまま言う。次の瞬間、全ての窓に降下ロープとクローンヤクザの影!「「「ザッケンナコラー!」」」彼らの肩にはロケットランチャー!ナムアミダブツ! 

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは目にも留まらぬ速さでスリケンを投擲し、ロケット弾を撃墜する!KBAM!KBAM!KBAM!「ニンジャソウル感知」「全力でやっていく」「王将」ユンコのUNIX視界に警告カンバンが複数出現!ナムサン!他のニンジャが接近か!? 

「ウオーッ!」謎の巨漢ニンジャがフスマを破壊して出現!アマクダリ・セクトの放ったエルダーコングである!逃げ場なし!前門のタイガー後門のバッファローのコトワザじみた状態だ!「ここも廃棄ね、ニンジャスレイヤー=サン」ナンシーは自分に向かって飛んでくるロケット弾を見ながら言った。 

 CABOOM!ロケット弾はナンシーに命中し、小爆発とスモークを吐き出す。だが……彼女は平然とソファに座り続けている。ワザマエ!それはIRCシステムを応用したホログラム映像!ナンシーの物理肉体はより安全な場所にある!UNIX群がバチバチと火花を散らし、モニタが爆発!証拠隠滅! 

「アイエエエエエエ!」ユンコはチャブをバリケード代わりに立て掛け、咄嗟にその背後に隠れた。「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」煙幕の向こうからは情け容赦ないカラテシャウト!「「「スッゾコラー!」」」制圧射撃を終え、一斉に乗り込んでくるクローンヤクザ軍団! 

 (((父さん、やれるかな?AIを制御できるかな?なんでこのボディを私にくれたの?)))ユンコの心臓の奥でモーターが回転を開始する!エンベデッド憎悪が恐怖を塗り潰す!ニンジャに対する憎悪が!オムラの執念が!(((やってやる!私はカワイイだッ!)))モーターユンコが立ち上がる! 

「「「シャッコラー!」」」クローンヤクザたちは全員同時にスーツからドスダガーを抜き放ち突撃してくる!モーターユンコはチャブを蹴り飛ばし、両脛に備わった極小ミサイルポッドを展開!「敵を許さないです!」ロックオン重点マークが無数に点灯!残されたミサイルの50パーセントを射出! 

 KBAM!KBAM!KBAM!KBAM!「グワーッ!」「アバーッ!」「グワーッ!」「アバーッ!」クローンヤクザが小爆発に呑まれて消える!窓から際限なく突撃してくる後続クローンヤクザ!右腕のアサルトライフルを展開し、機械めいた無表情でこれを殺戮するモーターユンコ! 

 (((際限がないッ!)))ユンコは苛立っていた。UNIX視界には無数の数字やバーが現れては消える。後方には先程からニンジャソウル反応が2個。後ろに目玉がついているような違和感を覚えつつ正面のヤクザを殺戮!(((何これ!?)))ナムサン!新たな警告!ニンジャソウルが3個接近! 

 ソウルの方向と距離!新手のニンジャは窓から来る!未視認のままロックオン!ミサイル射出!「これは自己防衛機能であり」「ニンジャスレイヤー=サン!」「オムラ社とは何の関係も」「ニンジャがもっと来るッ!3人ッ!」電子マイコ音声と人間味のある発音機能を用いた肉声が同時に発声される! 

 ユンコほど正確にではないが、ニンジャスレイヤーも新手の接近を感じ取った。ならば決着を急がねばなるまい「……さらばだ、エルダーコング=サン!イヤーッ!」あれは伝説のカラテ技、サマーソルトキック!赤黒い円弧が巨漢ニンジャの首を刈り飛ばす!「サヨナラ!」エルダーコングは爆発四散! 

「ヌゥーッ……!」ニンジャスレイヤーは着地ザンシンと同時に眉根を寄せた。エルダーコングの暴力的ビッグカラテが、確かなガードの上から彼の肋骨にダメージを与えていたのだ。ワザアリ……油断ならぬ強敵であった。ほぼ同時に、ミサイル射出を終えたユンコが駆け寄ってくるのを彼は見る。 

「独力でそこへ行けるか」「たぶん」ユンコの視界に、照準マークつきのニンジャスレイヤーの顔が映る。彼女はロックオンを否定する。そして残念そうに目を伏せる。AIの生み出した感情か。解らない。「では行け」彼は激しい十二連続側転でヤクザ軍団を翻弄した後、チャブの上へと回転跳躍した。 

「イイイヤアアアーッ!」ニンジャスレイヤーは前方180度を薙ぎ払うようにスリケンを連続投擲!「グワーッ!」「アバーッ!」「グワーッ!」「アバーッ!」クローンヤクザが緑色の血を噴き出して死ぬ!その間に、ユンコはエルダーコングの巨体によって塞がれていたフスマから逃走を開始した! 

「ナマッコラー!」クローンヤクザが一斉射撃!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはジャンプ回避!着地と同時に、スリケンを喉に突き立てられたヤクザ数名が後ろに倒れる!その直後「下がれ……無駄弾を使うな!」新手のニンジャソウル憑依者の声が、タタミ20枚分離れた窓側から聞こえる! 

 謎のニンジャ存在が命令を下すと、クローンヤクザたちは一斉に痰を吐いてから素早く後方に下がり、後ろに手を組んで威圧的に整列。窓の外には四機の重武装ヘリが現れ、サーチライトが廃オフィルビル内を照らした。サーチライトに背後から照らされ、2人のニンジャのシルエットが浮かび上がった。 

 不気味な静寂。ヘリのローター音が戦場を圧する。ニンジャスレイヤーは額に汗を滲ませながら、左右の敵を順に睨んだ。右は竜人めいたシルエット。左は何の特徴も無いぼろぼろのニンジャ装束。アマクダリが本腰を入れてきたか。「ドーモ、シャドウドラゴンです」「ドーモ、パンデモニウムです」 

「ドーモ、ニンジャスレイヤーです……」これはアマクダリ中枢の情報を掴むまたとない好機。やはりあのオイランドロイドは何らかの陰謀の中心にいたのだ。だが……オジギから頭を上げるまでの僅かな時間に、フジキドのニューロンは警告を発した。あのオイランドロイドは何と言った?……3人と? 

「イヤーッ!」突如、背後から絞殺モノフィラメントワイヤーを持つ二本の腕がアンブッシュ出現!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは咄嗟に両腕で首周囲をガード!確かな仕事!ドウグ社のブレーサーが彼の命を間一髪で守った!「イヤーッ!」ワイヤーを断ち切り背後へとヤリめいたキック! 

 暗殺ニンジャは連続バック転でこれを回避!そして「ドーモ、シズケサです……」奥ゆかしい声でアイサツしたかと思うと、光学迷彩ニンジャ装束を揺らめかせて消えた。さらには、アンブッシュ時に露わになったはずの心音やニンジャソウル痕跡も、再びジツによって隠蔽されたのだ!何たる隠密能力! 

「ニンジャスレイヤー=サン、貴様を排除する」シャドウドラゴンが抑揚の無い声で言い放ち、パンデモニウムとともに挟撃体勢を取りながら威圧的に歩み寄った。「望むところだ。死せるラオモトの操り人形ども。オヌシらの努力は無に帰する……イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはカラテを構え突撃! 

 

◆◆◆

 

「ハアーッ!ハアーッ!ハアーッ!ハアーッ!」ユンコは破壊された自動販売機が並ぶ廃オフィスビルの廊下を駆け抜ける。オリンピック短距離走選手めいた、信じられないほどの速度で。未だAIは戦闘用のままだ。制御できている。(((息を切らす意味は?)))ユンコは気づく。必要がない。 

 階段が近い。廊下に黒いタイヤ痕めいた線を残しながら強引に横滑りブレーキをかける。下から整然と登ってくるクローンヤクザを連続ロックオン。「イヤーッ!」「グワーッ!」踊り場への鋭角ジャンプキックで3人倒す。直後にZAPライフル射撃が下から来るヤクザ5人の腹を貫通。「アバーッ!」 

 下階に飛び降りる。両脚は即座に疾走を開始する。コツが解り始めた。体が熱い。ジャケットを脱ぎ捨てる。上半身は蛍光スポーツブラとアームカバーだけ。背中の秘密のパーツが開き、排熱を開始。初めてサイバーダンスを踊った時のような高揚感。AIを制御できている。なんて素晴らしいんだろう。 

 矢印へ向かえ。そこに向かえば全てが解る。自分が何者なのか。父さんが私に何を遺してくれたのか。「最短経路!」ユンコが叫び、UNIX視界のカエルアドバイザーに同じ質問をタイプする。次の瞬間、モーターユンコは真横の窓に向かって頭からジャンプし、それを突き破って裏路地へと落下した。 

「アイエエエエエエエ!」ユンコは直立不動姿勢のまま真っ逆さまに落下する。落下直前、モーター回路が平衡状態異常を感知し、体の上下を入れ替える。膝部分のショック吸収装置を展開しながら、パトカーの屋根へと着地!「「アイエエエエエエエ!」」ユンコとマッポが同時に叫ぶ! 

 ファオンファオンファオンファオン!「ブッダ!ファック!クソAI!」ユンコはパトカーの追跡を振り切りながら、AIに身を任せて大通りへとオリンピック短距離走めいた姿勢で走る!危険な交通量!矢印の向き……最短経路は……このまま直進!「アイエエエエエエ!」 

「ワッザ!」「アイエエエエ凶悪殺人犯!」歩道を歩いていた通行人たちが反射的にドゲザ姿勢を取る!「イヤーッ!」ユンコは彼らの背中を踏み台にして、車道に大きくジャンプ!「ザッケンナコラー!」「シャッコラー!」クラクションと運転手の罵声!急ブレーキをかけた車の上を強引に跳び渡る! 

 四台の車を飛び越えて交差点を渡り切ると、頭上で「シンボリック体」と書かれた最新ゲームのネオン看板がバチバチと火花を散らした。(((……ちょっと、ちょっと待って!))モーターユンコは信号待ちをしていたヤンクを改造バイクのサドルから放り投げる!「アイエエエエ!」バイクを強奪!

 バオオオオオン!バオオオオオオオオン!四気筒エンジンが唸りを上げ、モーターユンコの股がった改造ヤンクバイクが走り出す!(((制御……制御を……!)))ユンコはニューロンを研ぎ澄ます。AIとの合一感や高揚感が消え去り、制御権が奪還される。と同時に、バイク操縦が覚束なくなる。 

「アイエエエ!」ユンコは即座に制御権をAIに戻す。ヤンクバイクは左に傾きながら前方のタクシーを回避し、車体を起こしながら猛スピードでこれを追い抜いた。バイクに股がった指名手配オイランドロイドはそのまま、矢印に向かって無軌道ミサイルのように不確かなバランスで突き進んで行った。 

 

◆◆◆

 

 ……数十km先。無数のLEDライトが明滅する薄暗い秘密ラボラトリー。 

 全方位ソナーレーダーめいた大型UNIXモニタを見つめながら、白衣を着た家庭用オイランドロイドが驚くほど高性能な状況分析を行った。「モーターユンコ……実際近づいていると言えますドスエ」その型式は、スズキ邸にいたあのオイランドロイドと同型。首の後ろには2/2の限定試作シリアル。 

「ゴボボボボ……ついに彼女が僕のもとへやって来るか……ゴボボボボ……オムラの遺産……一時はどうなる事かと思ったが……ゴボボボボ」UNIXメインフレームに備わったスピーカーから、謎めいた電子音声が漏れる。「彼女……」無表情なオイランドロイドは、隣にある暗い大型水槽を見た。 

「……彼女は……ゴボボ……輝かしき……真の対ニンジャ決戦兵器……彼女は、君のようなモーター理念のカリカチュアめいた冒涜デク人形とはわけが違う……ゴボボ……そう思うだろう」「ハイそう思います」水槽の中では、その瞳に知性の光を宿したマグロが、瞬きしない眼でソナーを見つめていた。




 深夜のネオサイタマ。重金属酸性雨の雨脚は弱く。指名手配オイランドロイドの跨がったバイクが、首都高速ハリキリ・ハイウェイをフルスロットルで駆け抜ける。 

 中央分離帯の3Dカンバンから溢れる光の洪水。ピンク、ブルー、グリーン。飛び出す漢字やカタカナ。渋滞情報。オイランドロイド・アイドルデュオ「ネコネコカワイイ」が性的囁き声で歌うスローでアンニュイなエレクトロ・ポップがハイウェイに大音量で響き、あの夜のように速度感覚を麻痺させる。 

 ユンコは下唇を噛んだ。彼女はネコネコカワイイを複雑な思いで見た。幼い頃、人形より新幹線が好きだった彼女は、最新曲の話も出来ず、周りの女子からムラハチされ孤立していた。ハイスクールでは無機質サイバーゴス文化が彼女の救いとなったが、ゴスなので当然スクールカーストの最下層であった。 

 ミラーに飛び込んできた警戒すべきマッポランプの大群が、記憶素子迷宮の探索から彼女を引き戻す。100メートル後方、追いすがるネオサイタマ市警のパトカー部隊。さらに後方に武装ヘリ2機。まるでアクション映画めいた追跡劇。現実味の無い悪夢。彼女は映画の登場人物になどなりたくなかった。 

「シンボリック体!無限のハイスコア!大変画期的な入力デバイス!」3D広告カンバンに流れる最新ゲームCMのほうがよほど現実味があった。黒い画面に蛍光サークル。ウィトルウィウス人体図めいて固定され大の字で浮かんだ人型。「音楽に合わせて手や足を上下に動かして倍点!シンボリック体!」 

 シュゴウン!シュゴウン!シュゴウン!後方のマッポビークルから追尾ミサイルが発射された。「熱反応物体の飛来を感知な」平坦な合成音声。モーターユンコはバイクに跨がったまま上半身を180度回転させ、AIめいた無表情のままZAPライフルでそれを撃墜する。ダンスホールじみた閃光。爆発。 

 ユンコは上半身を回転させ、再び前方視界をズームアップする。車の流れが妙に少ない事を訝しんだその直後……ロックオンターゲット候補の照準マークが、横一列に並んだ。「ブッダ!ファック……!」ナムアミダブツ!重装甲マッポビークルが何台も横並びになり、ハイウェイを封鎖していたのだ! 

 ユンコは不吉な電子的デジャヴを味わう。あの夜自分はハイウェイで……死んだ?それを確かめるために「協力者」の元へ向かってる?……そんな事のために私は戦ってるのか?ファック!死んだ理由なんかどうでもいい!今こうして生きてる理由が欲しい!(((考えろ!考えろ!抜け道を……探せ!)))

「ウウーップス!!」違法アンコドーナツを頬張りながら、キングピンは大きく放屁した。悪徳警官ニンジャは分厚い封鎖バリケードの背後に立ち、サイバー双眼鏡でユンコの接近を確認する。秘密の影響力を駆使して、ケンドー機動隊までも動員した。相手が全弾を撃ち尽くしても、ここは突破できまい。 

「あと50メートルくらいです!」腐敗しきったケンドー機動隊員がキングピンに報告する。「漢字サーチライト。で、マッポガンで一斉射撃しろ。転倒したら囲んで警棒で叩け」キングピンは舌なめずりしながらコート越しに尻を掻いた「…ようやくあの人形を捕まえられるぜ。少しは役得しねえとな」

「迎撃態勢ーッ!」「ハイ!」「ハイ!」「ハイヨロコンデー!」マッポやケンドー機動隊が一斉に武器を構える。トラップが展開され、漢字サーチライトがバイクに乗ったオイランドロイドに向けて照射される。ナムサン!だがその瞬間、バイクは堅牢な側壁に向かって車体を大きく傾け……ZZAP!

 BLAMBLAMBLAMBLAM!マッポガンの一斉射撃が無人のアスファルトに浴びせられる。「…アァ!?何処行った!?」激突に備えてバリケードの影に隠れていたキングピンが、異常を察して体を起こす。三基の漢字サーチライトは、強化側壁にZAPライフルで穿たれた大穴を照らしていた。 

「アイエエエエエ!」ユンコの跨がったバイクは、ZAPライフルが引き起こした爆発の黒い煙を引きずりながら、極彩色ネオンサインの海に向かってダイブした。巨大カンバンが接近する。戦闘用AIに身を任せる。モーターユンコは飛翔するバイクの上に立ち、激突寸前でサドルを蹴って飛び降りた! 

 KA-TOOOOM!無人のバイクが突っ込み、ヨロシサン製薬のCMが映し出された巨大カンバンが派手に爆発した。モーターユンコは、スクランブル交差点のど真ん中へと着地。アスファルトにヒビ割れ。カエルが右膝部分へのダメージを報告する。「アイエエエエエエ!」通行人がパニックに陥る。 

 まだ動ける。ユンコはナビ矢印の方向を向いて走り出す。目的地へとかなり近づいている。だがエネルギバーが低い。腰を抜かしている通行人のスシ折詰を流れるような動きで奪い取り咀嚼しながら、モーターユンコは道路を駆けた。どこまでがAIでどこからが自分の意志なのか、不確かになってくる。 

 (((…近づいて…いる…)))違法電波の着信。ユンコはアスリートスタイルで車道を駆け抜けながら応答する。無茶なアクションの連続で所々シリコンが裂け、機械部が露出し始めている。(((膝が壊れかけてるッ!ほとんどアウト・オブ・アモー!修理は?そこに着いたら修理できるの!?))) 

 (((修理……もちろんだ……弾薬補給……それだけではない改善が君を待つ……今の君には余計なモノが多すぎる……破壊力に関係しない……マイコ回路などだ……モーター回路だけが必要なのだ……)))協力者が言った。(((マイコAIを消せる!?)))(((ここに来れば全て実現する))) 

 その瞬間、前方上空を武装ヘリが横切った。ニンジャソウル感知機能が警告を発する!だがユンコが反応しようとした時には、既にターボアサシンが視界いっぱいに接近していた!「イヤーッ!」「ピガガーッ!」ナムサン!信号待ちで並ぶ車の上を走っていたモータユンコは路地裏へと弾き飛ばされる! 

 モーターユンコの体はコンクリート壁に叩き付けられながらピンボールめいて飛び、ポリバケツに衝突して止まる。(((…イディオット……!……何故……自動攻撃機能……切っていた…!)))違法電波通信が乱れる。ウカツ!攻撃可否をマニュアル判断のままにしていた事が、仇となったのだ! 

 協力者の声が遠ざかってゆく。「通信機能に深刻な障害です」アドバイザーカエルが無表情で転倒しながら告げる。矢印はまだ消えていない。UNIX視界にウィトルウィウス人体図的なオイランドロイドが現れ、各部に黄色警告が点灯する。右膝や左腕に赤色警告。ユンコは立ち上がりカラテを構える。 

「イヤーッ!」ターボアサシンは左右の壁を蹴りながら飛びかかった!「ピガガーッ!」ノイズまみれの視界の中で、モーターユンコはありったけのマイクロミサイルを発射!だが敵はこれを巧みにかわしつつ、スリケンを投擲してくる!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」 

 戦闘AIは回避動作を取らず、スリケンはユンコの額、喉、胸に突き刺さった。生身の人間ならばいざ知らず、オイランドロイドならば致命傷にはほど遠い。「ピガガガガガーッ!」回避動作の代わりに得た攻撃機会で、モーターユンコは両腕のZAPライフルとアサルトマシンガンを連射する! 

 だがターボアサシンは両踵に仕込まれた秘密のブースター装置を駆使し、見えない足場を持っているかのように空中で突如サマーソルト跳躍を繰り出して、巧みにロックオンを回避する!ALAS!モーターユンコに搭載された戦闘用AIには、自動学習機能が搭載されていないのだ! 

 そして一瞬の隙をつき、ターボアサシンは敵の背後に着地。「イヤーッ!」前のめりのカラテパンチ!「カラテピガーッ!」殺人オイランドロイドは上半身回転カラテでこれを弾く!だがこれを先の戦闘で学習している彼はすでに次の一撃を!「イヤーッ!」「ピガガーッ!」重いカラテパンチが命中! 

 ZZZOOM!インパクトの瞬間、ターボアサシンのサイバネ腕に仕込まれたブースターが作動!推進力がカラテ打撃力に変換される!彼はその場でコマめいて高速3回転!すなわち3連続の殺人カラテフックだ!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「ピガガガーッ!」ユンコの右肩が容赦なく砕かれる!

 バチバチと火花を散らしながら、モーターユンコの右腕が肩からちぎれ飛ぶ。戦闘AIが繰り出した反撃カラテは、存在しない右腕を振ろうとしてブザマに体勢を崩すのみであった。「インガオホー!イヤーッ!」ターボアサシンは立膝状態で敵の足下に着地した後、すぐさま小跳躍! 

 ターボアサシンは隙だらけの敵の頭部めがけて、ボレーキックを繰り出す!ZZZOOOM!インパクトの瞬間、踵に仕込まれた秘密のブースターが火を噴く!ターボアサシンの体は空中でネズミ花火めいた高速回転!すなわち8連続のボレーキック!「イイイヤアアーッ!」「ピガガガガガガガーッ!」 

 モーターユンコは壊れたジョルリのように吹っ飛び、路地裏のさらに暗がりに転がった。むき出しになったオモチシリコンがコンクリートに削られて独特の香ばしい香りを発し、内部機械が露出して火花を散らした。 

「ピ……ピガガガッ……オムラ……オムラッ……」仰向けになったモーターユンコは、L字にした左腕をハンマーを振り下ろすように定期的に動かし、首を定期的に左右に振っていた。それは皮肉にも、ヘイトディスチャージャーと一緒に踊ったサイバーロボットダンスにも似た、非人間的動作であった。 

 壊れかけた殺人マシーンの内側で、ユンコの自我は悲鳴をあげていた。今にもニューロンは焼き切れ、ただのジャンクへ変わろうとしていた。ターボアサシンが機械を見つめる冷たい目で歩み寄る。「…憎悪と命名された電子刺激……スパーク……励起する怒り…」ユンコが壊れたオルゴールめいて歌う。 

「……激しい怒り!怒りのロボット軍団全体的に制圧する!怒りのロボット軍団全体的に制圧する!怒りのロボット軍団全体的に制圧する!怒りのロボット軍団全体的に制圧する!」「ハッ!流石はオムラのクソAIだ」「怒りのロボット軍団全体的に制圧する!怒りのロボット軍団全体的に制圧する!」 

 ゴアアアアアオオン!機械咆哮の如きエンジン音が突如鳴り響き、路地裏のニンジャとオイランドロイドを強烈光量のライトが照らす!「何者だ!?」ユンコを小脇に抱えたターボアサシンは、背筋が凍るような恐怖を覚えた!それは1330CCインテリジェント・モーターサイクル、アイアンオトメ! 

 ゴアアアアアオオン!アイアンオトメは路地裏を猛スピードで突進してくる!その上に跨がるのは、満身創痍の殺忍装置!ネオサイタマの死神!「そんな!まさか!ニンジャスレイヤー=サンだと!?」ターボアサシンは目を剥き、踵のブースターを連続射出しながら見えない階段を駆け上がる! 

 ニンジャスレイヤーは速度を落とさない。断固たる殺意に満ちた目で、斜め上方へと逃げ去る臆病者の背中を睨みつけた!ゴアアアア!アイアンオトメは加速する!そして驚くべき走行性能で路地裏の錆び付いたタラップ階段を一気に駆け上ると、砲弾めいた勢いで斜め上方に飛ぶ!「Wasshoi!」 

「ハァーッ!ハァーッ!ハァーッ!」ターボアサシンは血眼で見えない階段を駆け上る。いかなバイク跳躍でもここまでは達せまい。死んだら終わり……彼は平安時代の哲学剣士ミヤモト・マサシが残した兵法コトワザの忠実な実行者であり、アマクダリ・セクトとラオモト・チバの忠実なる駒であった。 

 だが「死神を三度欺く事はできない」とのコトワザもある!ニンジャスレイヤーは憤怒に燃える目で敵との距離を測ると、ハンドルを蹴って多段式ロケットめいた二段跳躍!「イヤーッ!」スゴイ!何たるニンジャ平衡感覚!「グワーッ!?」背後から密着ジュー・ジツを極められるターボアサシン!  

「今回は腕一本では済まさぬ」ニンジャスレイヤーは空中で体勢を入れ替え……敵もろとも路地裏へと垂直落下!これはジュー・ジツの禁じ手、アラバマオトシ!「グワーッ!」頭部を打ち据えられ、敵はオイランドロイドの拘束を解く!モーターユンコは転げ落ち、手足を不自然に曲げながら仰向けに! 

 ターボアサシンへのダメージは浅い!ブースターで間合いを取ろうとする敵に対し、ニンジャスレイヤーは米に漢字を書くかのごとき精度でスリケン投擲!「イヤーッ!」「グワーッ!」片脚のブースターを破壊!逃走不可能と悟ったターボアサシンは観念しカラテを構える!「バンザイ!アマクダリ!」 

「イヤーッ!」ターボアサシンの真正面ケリ・キック!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーのカラテ・ブロック!だがインパクト寸前にブースター!ZZOOM!「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの体が浮き上がる!「イイイヤアアアーッ!」空中の敵に対しターボアサシンの8連続回転ボレーキック! 

「グワーッ!」ネオンカンバンに背中を叩き付けられるニンジャスレイヤー!「スシ直行!!」と書かれた水色のネオンが金網デスマッチめいた派手な火花を散らして割れ、無数のガラス片がニンジャスレイヤーの背中に突き刺さる!コワイ!死闘に次ぐ死闘が、殺戮者のカラテを消耗させているのだ! 

「勝てる……今なら勝てるぞ!この勝利をラオモト=サンに!」ターボアサシンはニンジャスレイヤーの落下予測地点に向かって駆け、恐るべきブースター・カラテの隠し技を繰り出す!「イイイヤアアアーッ!」両腕でカラテ・フックを構えてから片方のブースターを全力噴射し、コマめいて高速回転! 

 さらに完全サイバネ置換したばかりの片腕から、大型カッターが展開される!アブナイ!甲高い音を立てながら高速回転するターボアサシンは、さながら生きたネギトログラインダーだ!「落ちてこい!ニンジャスレイヤー=サン!落ちてこい!」そこへ吸い込まれるように落下するニンジャスレイヤー! 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは巻き込まれる直前で両目を見開き、巧みに体を捻ると、敵の頭にダブル踵落としを決めた!何たるニンジャ平衡感覚!「グワーッ!」体勢を崩し、回転を止めるターボアサシン!ZZZOOOM!ブースターを噴射しながらの三連続バック転で距離を取る! 

 バック転着地を終えてカラテを構え直そうとするターボアサシン。だがすでに死神は目の前へと接近している!「今度は逃がさぬと言った筈だ……イヤーッ!」「グワーッ!」ブースター破壊!「イヤーッ!」「グワーッ!」ブースター破壊!「イヤーッ!」「グワーッ!」ブースター破壊! 

 ニンジャスレイヤーは機動力を失った敵の頭を掴むと、顔面に対して容赦ない連続膝蹴りを叩き込む!死ぬ寸前まで弱らせインタビューするために!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」 

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!サ……サヨナラ!」突然の爆発四散!

 自爆か。ラオモト・カンの亡霊は未だ奴らを支配しているのか。ニンジャスレイヤーは爆煙の中で舌打ちする。バオオオオン!インテリジェント自律走行によって雑居ビルの屋上を走っていたアイアンオトメが、階段タラップを駆け下りてくる。スピードを少しも緩めさせぬまま、彼はサドルに跨がった。 

「ピガガガ……」戦闘用AIを停止させたユンコは、背中をコンクリ壁に預けながら左手で体を引きずり、大通りへと逃げていた。貪欲なバイオネズミたちが排水溝から顔を出し鼻をひくつかせる。不法投棄されシリコンを喰われた旧型オイランドロイドの死体が、違法基板の山の中に転がっていた。 

「ドロイドに人権を」と書かれた煽情ポスターがスプレーで塗り潰されているのを見ながら、ユンコは黴臭い路地裏を脱した。「アイエエエエエ!」通行人達が怪物を見るような目で恐れおののき、逃げ惑う。ファオンファオンファオンファオン……彼女の努力を嘲笑うかのようにサイレン音が近づく。 

 重金属酸性雨の勢いはいよいよ強さを増す。雨の一粒ごとに、彼女は熱が奪われてゆくような感覚を味わった。あえて考えては来なかった……追跡を振り切ったとして、その先どうやって生きて行くのか?自分の生きる世界はあるのか?学生にはもう戻れない。途方も無い闇がぽっかりと口を開けていた。 

 バオオオオオン!エンジンの轟音が路地裏の暗闇から聞こえてくる。へたり込むユンコは泣きじゃくるような顔を作り、闇の中を見た。爆煙を切り裂き、アイアンオトメのライトが彼女を照らす!力強い武装新幹線のサーチライトめいて!彼女の心臓に搭載されたモーターが回転を始める!体温が上がる! 

 アイアンオトメは速度を緩めない!その上に跨がる死神めいた殺戮者が、血塗れの手を差し伸べる!ユンコが手を伸ばす!視界が目まぐるしく回転した。火花が散った。アイアンオトメは車体を地面すれすれに倒して垂直カーブすると、迫り来る威圧的マッポビークルの間をすり抜けて走り去った。 

 片腕オイランドロイドはサドル後部に跨がり、マイコ回路の力によって、殺戮者の背に辛うじてしがみついていた。それは鉄と硫黄の香りがした。トロ成分を急激に消費したニューロンが疲弊し、彼女の自我は暫時の眠りにつこうとしていた。電子音声による矢印ナビをマイコ回路に託し、彼女は眠った。 

 ニンジャスレイヤーの跨がったバイクは、モーターユンコの電子ナビ音声に従って、灰色のメガロシティを駆け抜ける。アイアンオトメに搭載されたIRC装置に、ナンシーからの音声通信が入る。「スズキ・マトリックス理論のおおよその正体が掴めたわ……アマクダリが欲しがる訳ね」「続けてくれ」 

「発端は、オムラ・メディテック社が十数年前に開発した、脳記憶情報のバイオチップ化テクノロジー……」「有名な話だ。移植技術開発の目処が立たず、富裕層の反感を買って株価を下落させる原因となった……」ニンジャスレイヤーが返す。「その開発チームに所属していたのが、トコロ・スズキよ」 

 ナンシーは手短に背景を説明する。バイオニューロチップへの記憶情報コピーは、脳に物理ダメージを及ぼすため、生命活動を停止した個人に対して遺族が行う保険適用外手術であった。チップ情報を復元する技術は未実現で、富豪や好事家が気休めに行う死体冷凍保存めいた、いかがわしいハイテック。 

 十年が経っても、再生技術実現の目処は全く立たなかった。遺族はニューロチップ保存のためのバイオ脳漿液メンテナンス代を強いられるのみで、次第にその評判を下げてゆく。投資を取り付けるための見世物小屋めいたハイテックであると糾弾する声も増えた。だがオムラ・メディテックは本気だった。 

 彼らは黒字である医療用オイランドロイド部門から資金を注入し続けた。CEOの反対を受け頓挫した暗殺用オイランドロイド開発計画……モーターカワイイ計画も、ニューロチップ部門にその資金の一部を転用されていた、とさえ噂される。それを一部裏付ける帳簿データをナンシーは発見していた。 

「……脳記憶情報のコピーと再生技術の開発は、オムラ・メディテックだけが取り組んでた訳じゃないわ。ヨロシサン系列企業にも、そういう部門は存在する。万が一実現したら……次の百年間を……あるいはその先までを支配する技術になるから。勿論オムラ・メディテックほど本気じゃなかったけど」

「仮にその技術が実現し、理論化されたとするならば……」ニンジャスレイヤーが言う。「厖大な特許料を生むでしょうね。そして他の暗黒メガコーポが開発してきたニューロチップ理論は淘汰される……旧世紀のビデオテープ戦争を思わせる、弱肉強食の争いよ」「そしてトコロ・スズキはそれを……」 

「そう、成し遂げた……完全か不完全かは解らないけれど。それが、タイサ・ノートとハッキング情報から導き出される仮説。それが、スズキ・マトリックス理論。アマクダリ・セクトはそれを求めている。恐らくは、そこから将来的に得られる厖大なマネーを求めて」ナンシーの声にノイズが混じる。 

 ニンジャスレイヤーは以降のIRC通信を、音声ではなく文字情報に変更した「……ネオサイタマ中央病院の情報にアクセスしたわ。ユンコ・スズキが一年前に事故死し、父親の手でニューロチップ化された事は、ほぼ間違いない。つまり、今あなたと一緒にアイアンオトメに乗っているのは……」 

「人間(モータル)……?あるいは……」ニンジャスレイヤーは司祭めいた低く厳かな声で言った。アイアンオトメは派手な水飛沫を上げ、荒み切った廃ビル地帯の闇を疾走する。「……それを定義するのは、私たちにはまだ無理かしら。前例が無いから……」ナンシーとのIRC通信が終了する。 

 暫くして、アイアンオトメは目的地へと到達する。錆び果てたトレーラーが周辺に何台も廃棄されていた。「家族でおいしい」「団欒」「スゴイ楽しい」と辛うじて読めるノボリが泥水の中で朽ちかけている。廃墟と化した大型回転スシ・バー「真実味」の暗い立体駐車場へと彼らは吸い込まれて行った。 

 雷が上空で閃く。十字架かあるいはトリイか……立体駐車場の鋭角な骨格によって作られた、死者を弔うシンボリック影絵めいたシルエットが、バイクに跨がる二人に烙印のごとく刻まれた。遅れて鳴った雷鳴は、ヴァルハラの神々がインガオホーと不吉に叫んだかのようであった。 

 アイアンオトメが停車する直前、ユンコは目を覚ます。覚束ない意識の中で、彼女は一瞬、この血塗れのオブツダンのごとき男を、また己の父親と錯覚した。「……この地下に行けば、全てが解る」ユンコが言った。「……清算の時だ」ニンジャスレイヤーは彼方から迫る武装ヘリ群を睨みながら言った。 




 立体駐車場は、巨大海洋生物の朽ち果てた肋骨を思わせる。しめやかにインテリジェント・バイクを停車させた男の周囲には、ある種のカラテが漂っていた。 

 この満身創痍の殺戮者が放つキリング・オーラと厳かな怒りは、死者とショベルを背負って墓地へと運ぶ、暗黒時代の埋葬人を思わせた。だがニンジャスレイヤーは、背に負った娘が息を吹き返し、彼女が心臓の奥のモーター回路を再び回転させているのを感じ取った。 

「ニンジャを殺したいです」ユンコが言った。AIが言ったのか自分が言ったのか、彼女にも解らなかった。傷ついたオイランドロイドをバイクから降ろしながら、ニンジャスレイヤーは、かつて出会った、人よりも人らしいAIオイランドロイドを追憶した。そして、この娘はまた別物なのだとも悟った。 

 武装ヘリが接近してきていた。「独力で行けるか」復讐者が言った。「たぶん」ユンコは電子音声ノイズ混じりに答えた。彼女は片脚を引きずりながら、スシ・バーの入口へ向かった。ユンコは最後にもう一度振り返り、傷だらけのニンジャ装束に包まれて立つ男の背と、無意識に現れる照準マークを見た。 

「もし無理だったら、また助けてくれるかな?」ユンコが聞いた。「オヌシは思い違いをしている」ニンジャスレイヤーは目前に迫るイクサに備えてゼンめいた精神集中を行いながら、ユンコに背を向けたまま無慈悲に……突き放すように言った「私はオヌシの保護者ではない……頼るべき相手を間違うな」 

 ユンコは困惑と怒りを覚え、下唇を噛みながら踵を返した。「……サヨナラ!」左足を包んだ厚底サイバーブーツで乱暴に地面を踏み付けながら、彼女は「真実味」と書かれたノーレンを払い除けるように、無作法にくぐり抜けた。反抗期にも似た全方向性の怒りが、胸の奥でぐるぐると回転していた。 

 ターン!ユンコは入口のショウジ戸を乱暴に引き開け、暗い店内へと足を踏み入れた。色あせ埃をかぶったスシ・クリスマスツリーが左右に並んで彼女を出迎える。レジ前の壁には「旬のうまみ」「これしかない」「味これが大好き」と書かれた有名ゲイシャのポスターが、箸を持って無根拠に笑っていた。 

 暗く広大なフロア。効率的に配された曲線的なスシ・レーンが、あたかも迷宮じみて広がっていた。「漁獲後すぐに加工!」大きな鯖を両手に掲げたサンタクロースの等身大ポップの横を進む。天井から吊り降ろされる金銀のオーナメント。この施設が放棄された時から、時間が凍り付いているかのようだ。

 片足を引きずり進む。視界が暗視モードに変わっていたが、生理的違和感を覚えたユンコは、肩に隠された秘密パーツを展開して小型トーチを灯らせた。出刃包丁を構えたスシ職人が突然前方に現れ、ユンコはハッと息を呑む!……だがそれは、まな板を前にシェフが真剣な表情を浮かべるポスターだった。 

「脅かさないでよ……」ユンコは孤立無援の小型深海探査艇めいて、大型スシ・バーの廃墟の奥へと進んでいった。千切れた片腕の付け根がバチバチと火花を散らす。暗がりの中で監視カメラが静かに動き、侵入者の挙動をスキャンした。 

 

◆◆◆

 

 地下秘密ラボ。「監視カメラに反応があります」白衣のオイランドロイドが無表情に言う。「……ゴボボボ……ついに……あと少しだ……」UNIXスピーカーからは、謎めいた知性マグロの声が、ノイズ混じりで発せられた。モーターユンコとスズキ・マトリックス理論の秘密を知る「協力者」の声が。 

 大型スシ・バー「真実味」の地下には、電子制御イケス・プールが隠されていた。イケスは本来、スシネタを新鮮な状態で供するために、高級スシ・バーなどで使用されるものである。だが、この凄味のある大型イケスには改造が加えられ、ひとりの科学者の生命維持プールとして機能していた。 

「……ゴボボボ……一時はどうかる事かと思ったが……モーターが彼女をここへと導いてくれた……サイオー・ホースというやつだ……ゴボボボボ……」マグロはコトワザを使った。高いインテリジェンスを持つ何よりの証拠だ。「ユンコ=サンを、迎えに行きましょうか」助手オイランドロイドが問う。 

「……そうだな、彼女をエスコートしたまえ……厄介な奴らが近づいているようだから……ゴボボボ……」マグロはその瞬きせぬ両目に知性の光を輝かせながら、ビルの屋上に備わったソナーレーダーの解析モニタを注視する。「ハイ」オイランドロイドは無表情にオジギし、チャブ型リフトへ向かった。 

 

◆◆◆

 

 ニンジャスレイヤーは地下駐車場でアグラ・メディテーションの姿勢を取り、五感を研ぎ澄ます。接近する敵の戦力を分析するために。輸送能力を持つアマクダリの武装ヘリが前方から5機。マッポビークルの駆動音が下階から近づく。アイアンオトメは自律走行モードに変わり一時この場を離れている。 

 未だ傷は癒えない。アマクダリはこれまでのどんなニンジャ組織よりも狡猾で手強い。だが「ニンジャ、殺すべし……!」彼はかっと目を見開き、右手にスリケンを構えて立ち上がった。そして体を捻り、円盤投げめいた姿勢で全身の筋肉を引き絞る。破れた装束の奥で、縄のような筋肉が浮き上がった! 

「イイイヤアアアアーッ!」それは奥義ツヨイ・スリケン!凄まじい勢いで投げ放たれたスリケンは、輸送ヘリのコックピット部に命中して貫通!さらに後方の武装ヘリも貫通!KABOOOM!小爆発が起こり、大きく傾くアマクダリ武装ヘリ!落下傘を背負ったクローンヤクザたちが整然と降下する! 

 ニンジャスレイヤーのニンジャ動体視力は、健在な武装ヘリに飛び移る敵ニンジャのシルエットを見逃さなかった。やはり大雑把な狙撃で息の根を止められるほど容易い敵ではないか。即座に彼は二投目の姿勢に入る。武装ヘリを全て撃墜し、敵の同時攻撃タイミングを狂わせるために。……だがその時! 

 不意に背後から、何者かがニンジャスレイヤーの首筋へチョップを叩き込んだのだ!「グワーッ!?」体が沈み片膝をつく!背後に現れたのは……シズケサである!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは咄嗟に後方肘打を繰り出したが、そのシノビ・ニンジャは鮮やかな三連続バック転で回避!タツジン! 

 (((ウカツ!)))ナラク・ニンジャの叱責がフジキドのローカルコトダマ空間に響く。(((……何故、奴の気配を察せぬのだ、ナラクよ……!)))体を起こし、敵が消えた闇に向かってジュー・ジツを構えながら、フジキドが問う。急がねばヘリとビークルによる同時エントリーを受けてしまう。 

 (((グググ……今のアンブッシュで儂は確信を得たわ……奴のシニフリ・ジツは一時的に自らの心臓を止め気配を消し、ニンジャソウル痕跡すらも一時的に隠蔽する……まがう事ことなき強敵ぞ!)))(((ならばどうする)))危険を承知でツヨイ・スリケン予備動作を取りながらナラクに問う! 

 (((グググ……だが奴は……トザマ・ニンジャは、天守閣で敵に包囲され、そのジツを長く使い過ぎ、完全に心停止して死んだ……)))(((要点を言えナラク!)))(((そう長くは隠れられぬ)))「グワーッ!」再び背後からシズケサが現れ、ニンジャスレイヤーの膝裏に水面蹴りを入れる! 

「イヤーッ!」シズケサは連続側転で闇に消える。投擲姿勢を乱されたスリケンは武装ヘリの機体をかすめ、あらぬ方向へと飛んでいった。ナムアミダブツ!武装へリはそのまま接近し、新手のニンジャソウル憑依者を吐き出す!さらに立体駐車場のスロープを登って二台の武装マッポビークルが現れた! 

 

◆◆◆

 

「おいどうだ、ここで合ってンだろうな!?こっちはターボが死んじまったせいで、ケツに火が付いてんだよ!ゲエエエップ!」マッポビークルの後部輸送スペースに座ったキングピンが、ジッテをハッカーの鼻に突っ込みながら息巻く。「ハイ!ハイ!」ハッカーは死に物狂いでタイピングを続けた。 

 ハッカーのUNIXがLAN直結された先は、ジャンクと化した戦闘用オイランドロイド。ボディは床に転がされ、外された彼女の首は増設MOドライブかフクスケのように、UNIX筐体の上にぞんざいに置かれている。彼らはドロイドの機能を解析し、ユンコの発する微弱違法電波を追っていたのだ! 

「入口とニンジャを発見しました」運転席から声。装甲ビークルは急停止!「よっしゃ!行くぞ!」キングピンを先頭に、マッポ部隊が整然と降車する。だが何かが妙……おお、ナムサン!彼らは全員が同じ体格、同じ顔、同じヤクザサングラス!彼らはキングピンの私兵、クローンヤクザマッポ部隊だ! 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはシズケサの奇襲に注意を払いながら、腕を大きく振ってヤクザマッポ部隊に十発のスリケンを投擲!「「「アッコラー!」」」マッポ部隊は突入用盾を掲げて整然とファランクスを組みスリケンを弾き返すと、中央のキングピンをガードしながら入口へ前進してゆく! 

 直後、シズケサが今度は側面から現れボレーキックを繰り出す!「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは辛うじてガードを固めるも、反撃を繰り出す前に敵は再び距離を取ってステルス状態に入った。厄介!さらに、ヘリから展開したシャドウドラゴンとパンデモニウムが雷光を背にして威圧的に接近する! 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは四連続バック転を決め、スシ屋のエントランス前に立ちふさがる!「「「ダッテメッコラー!」」」突撃盾を全面に押し出し、古代ローマファランクス歩兵軍団めいて突撃するクローンヤクザ! 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーのカラテキック!「「「「グワーッ!」」」クローンヤクザが死ぬ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーのカラテキック!「「「「グワーッ!」」」クローンヤクザが死ぬ!「おい!退け!一旦退け!」後方から命令を下すキングピン! 

 ブロロロロオオオン!武装マッポビークルの一台が急角度バックから一気にアクセルを踏み込み、コンクリ壁に向かって突進!新たな突入路をこじ開けるつもりか。だがニンジャスレイヤーにはそれを食い止める余力は無い!「イヤーッ!」シャドウドラゴンの飛ばすシャドウピンを紙一重で側転回避! 

 (((解っておろうなフジキドよ……!このイクサはさながらマグロめいて……)))(((……止まれば即ち死ぬ!)))「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは続けざまの前宙パルクールでシズケサの攻撃を回避した直後、四方向にスリケンを投擲しながら、不規則なパターンで立体駐車場を駆けた! 

「GRRRRRR!」「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」シャドウドラゴンが尾を振り回し連続攻撃を仕掛けてくるが、ニンジャスレイヤーは立体駐車場の柱をも巧みに使った高速連続側転でこれを回避!しかしクローンヤクザマッポ部隊への攻撃ルートを阻むように、パンデモニウムが立ちはだかる! 

 ニンジャスレイヤーは構わず前進!パンデモニウムはぼろぼろのフードの下で口を歪ませると、腰だめ状態から胸の前で拳と拳を押し合わせ、特殊なカラテミサイルを生み出す!「ヒサツ・ワザ!」先の戦闘では温存していたジツだ!背中から黒い小光球が次々出現し、自らの体の周囲を高速回転する! 

 ニンジャスレイヤーが目前に迫る頃、暗黒光球の数は1ダース……2ダース……3ダースにも達するというのか!?だがもう軌道修正はできない!ニンジャスレイヤーはすでに、鋭角トビゲリを繰り出しているのだ!「イヤーッ!」「イヤーッ!」パンデモニウムは両腕を交差させ防御姿勢を取る! 

 SMAAASH!ニンジャスレイヤーの痛烈なトビゲリが命中する!「グワーッ!?」カラテガードの上からでも油断ならないダメージを受け、弾き飛ばされるパンデモニウム!だが、彼だけではない!「グワーッ!」ニンジャスレイヤーもまた左方向にワイヤーアクションめいて吹っ飛ぶ!ゴウランガ! 

 果たして何が起こったのか!?トビゲリ・インパクトの瞬間、パンデモニウムの体の周囲を高速回転し続けていた小光球2ダースが、ニンジャスレイヤーに連続命中したのだ!24連発カラテフックを一瞬にして叩き込まれたかのような衝撃を受け、ニンジャスレイヤーは当然ながら弾き飛ばされた! 

「ヒサツ・ワザ!イヤーッ!」パンデモニウムは身を起こして血を吐き捨てると、己に残されたカラテを絞り出すように、再びジツの構えを取った。数こそ減ったが、未だ2ダース近いカラテミサイル球体が体の周囲を回転!それを射出することなく、彼はカラテを構えてニンジャスレイヤーに突撃した! 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケンを連続投擲!スリケンとカラテミサイルが対消滅するが、消しきれる数ではない!ジュー・ジツを構えてこれを迎え撃つ!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」油断ならないカラテ攻防! 

 敵のカラテ力量は、ニンジャスレイヤーよりも明らかに劣っている!だが彼は自らの手数不足を自動旋回するカラテミサイルで補っているのだ!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」射出直後よりも速度は落ちているが、ニンジャスレイヤーは1対5にも等しい手数差に直面した! 

「イヤーッ!」「グワーッ!」均衡を破ってニンジャスレイヤーのケリ・キックが命中!のけぞるパンデモニウム!だがその直後、数発のカラテミサイルが連続でニンジャスレイヤーの脇腹に叩き込まれた!「グワーッ!」よろめくニンジャスレイヤー!そこへシャドウドラゴンが飛びかかる! 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは紙一重の連続バック転で回避!シャドウドラゴンの力任せの一撃が叩き付けられ、駐車場の床に蜘蛛の巣状のヒビが入る!ニンジャスレイヤーは着地からジュー・ジツを構え直す!そこへ「イヤーッ!」シズケサ!全力のカラテシャウトとともに絞殺ワイヤーを引く! 

「イヤーッ!」辛うじてニンジャスレイヤーはこれをしゃがみ回避!頭上ではモノフィラメント絞殺ワイヤーが空気を切り裂く嫌な音が鳴った!SMAAASH!左後方では武装ビークルが破城鎚めいて三発目の体当たりを食らわせ壁を突き崩した!「「「ザッケンナコラー!」」」突入するヤクザ軍団! 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは蓄積し続けるダメージに顔を歪めながらパルクールで仕切り直しを試みた。シャドウドラゴンとパンデモニウムは再び彼を挟み込むように展開し連携攻撃の機会を窺う。ナムサン!アマクダリの恐るべき組織力とノウハウ蓄積力よ!敵は着実に包囲網を狭めつつある! 

「ムッハハハハハハ!ニンジャスレイヤー=サン、貴様の負けだ!アマクダリの前に跪き、ブザマに命乞いを……」ビル周囲を旋回していた武装ヘリのスピーカーから、ラオモトの残酷な高笑いが響き渡る!その直後……BLATATATATATA!ノーズ部に吊られたミニガンが突如乱射を開始した! 

 火炎放射器めいて高速射出された大量の弾丸が、フロアを薙ぎ払う!「「「「イヤーッ!」」」」ニンジャスレイヤーを含む全員が、回避動作を余儀なくされた!シズケサもステルスを解いて側転せざるを得ない!「おい、何だ、演説中に勝手な攻撃を!」スピーカーからラオモトの困惑する声が漏れる! 

「ハッキング攻撃下な」操縦クローンヤクザは冷静にUNIX画面のアラートを読んだ。「通信切断しろ!今すぐIRCを落とせ!」ラオモトの声がノイズ混じりで届く。「切断解除できません」とクローンヤクザ。「ごめんなさいね、坊や」ヤバイ級ハッカーYCNANの挑発的な声が回線に割り込む! 

 ニンジャスレイヤーはナンシーの援護に短く感謝しながら、シャドウドラゴンに狙いを定める。他が援護に入ろうとするが、ミニガンが再び乱射され敵の連携から正確性を奪う!ニンジャスレイヤーは乱戦の中に勝機を見いだすべく、不屈のカラテを構えて跳躍した!高く!鋭く!「Wasshoi!」 


◆◆◆


 静寂。重苦しいほどの静寂。武装マッポビークル突入の少し前。廃墟と化した大型スシ・バーの店内。頼りないタングステン・トーチの光を掲げて闇の中を進むユンコは、前方に白い人影を見た。また何かのポスターか等身大ポップかと思ったが、それは白衣を着たオイランドロイドであった。 

「お迎えにあがりました」オイランドロイドが無表情に言った。ユンコはZAPライフルを収納し、彼女の顔をまじまじと見る。「……生きてたの?」「意味を理解できません。こちらへ」オイランドロイドが歩き出す。ユンコが足を引きずり続く。「私の家に……いたはずの」「私の姉でしょうか」 

 オイランドロイドは無愛想な人間のように、不気味なほどなめらかな会話を行った。姉妹のごとき概念を理解するということは、ネコネコカワイイのマイコ回路の一部が違法流用されているのだろう。継ぎ接ぎの、フランケンシュタインの怪物めいた、自我と人格のパッチワーク。二人は闇の中を歩いた。 

「大丈夫ですか?」彼女はユンコの足の不自由に気づき、介護プロトコルに従って少し冷たい手を差し伸べた。「優しいね」「たいへん優しいです」ユンコはそれを握り、ゆっくりと二人でスシ屋の廃墟を歩いた。全ての事がこんなにシンプルに運べば、世界はどれほど幸福だろうかとユンコには思えた。 

 階段を下りながら、ユンコは電子音声ノイズ混じりに、オイランドロイドとどこか奇妙な会話を続けた。残された時間を惜しむように。「この先に何が待っているの?」「話すことが許可されていません」「私の父さんを知っている?」「情報が不足しています」「トコロ・スズキ」「知っています」 

「詳しく話して」「話すことが許可されていません」「彼はどんな人だったか」「質問が曖昧です」オイランドロイドがそう答えた直後、ある種のIRC自我科セラピーめいた二人の会話を踏みにじるように、上階からクローンヤクザマッポ軍団の物々しい靴音と怒号が聞こえてきた。 

 二人はすぐ近くにあるVIPタタミ・ルームのフスマを開けた。「チャブに乗ってください」オイランドロイドが手を離す。ユンコ独りを乗せたチャブが回転しながら地下に降りてゆく。「来ないの?」「エスコートを命じられています。侵入者を許さないです」オイランドロイドの顔は見えなくなった。 

 ユンコはまた命綱をひとつ失ったような感覚を覚えながら、地下秘密ラボへと到着した。水槽とUNIX群が放つ青白い光に向かって歩いてゆく。「協力者=サン!」ユンコは苛立たしいほどの焦燥感に駆られながら叫んだ「早く!このクソッタレなAIとボディを修理してよ!ミサイルを補給してよ!」 

 左手の闇の中からユンコの前に、ドロイド修理用のメカアームを備えたホバー椅子が、頼りないセンサー機能を駆使して近づいてきた。「座りなさい」有無を言わさぬ協力者の声が、マーシャルアンプめいて高く積まれたUNIXのスピーカーから響く。ユンコがそれに座ると、ホバー椅子は前進した。 

 ガクン。いささか乱暴な調子で、ユンコの首の後ろの端子に充電ケーブルとLAN端子が突き刺さった。「まずは膝の修理から」姿なき声。アームが動き、遠隔操作で精密なハンダ付けを開始する。「どこにいるの?姿を見せて……姿を見せてよ!」「いいだろう」ホバー椅子は滑るように前進を続ける。 

「ブッダ……」ユンコは自らの目を疑った。青白く輝くイケス・プールの中。人工的に作られた水流の中で静止したように泳ぎ続ける、一匹の大マグロがいた。「これが僕だ」相手はユンコの視界を覗いていた「ゴボボボ……今見ている、これが、僕だ」「……あなたは誰?」「ゴボ……僕は君の父親だ」 

「ワッタ……父さん……?トコロ……スズキ……?」ユンコは呆然とした顔で言った。引きつった笑いが漏れた。「……ゴボボボ……そうではない。僕が彼とともに、君を作ったのだ……」マグロは言った「……そして彼は死んだ……」 

 ユンコはまだ事態を吞み込めず、実際混乱の中にいた。油断すれば、自我が真っ白になってゆきかねない不安感を覚えた。ひとつひとつ、オイランドロイドと会話するように、入念に言葉を選んで質問した。「トコロ・スズキは、何故、私をこのボディに移植したの?彼は、私に、何をさせたかったの?」 

「……ゴボボボ……」知性マグロは瞬きしない瞳でユンコを見た。彼女は何も父親から知らされていないのだ。それを聞く前に彼は殺されてしまった。「……ゴボボボ……全てのニンジャを殺させるためだ……。特にニンジャスレイヤー……!オムラを傾かせたあのニンジャを……何としても殺すのだ!」 




 廃墟と化した大型スシ・バーの地下。薄暗い秘密ラボ。UNIXのおぼろげな青色LED光が、ユンコの白いボディを照らす。ホバー椅子にLAN直結され物理固定された彼女は、生命維持プールに浮かぶ己の創造主、知性マグロと向かい合っていた。これもまた、古事記に予言されしマッポーの一側面か。 

「インダストリの力で!人類の英知で!ニンジャを屈服させろ!君はそのために生み出された!」水槽横のスピーカーから漏れるノイズ混じりの電子音声……ユンコを修理する四本のメカアーム……上階のトラップ作動……マグロはニューロンを加速させ、脳内無線LANから驚異的マルチタスクをこなす! 

 ユンコは瞬きしない目で知性マグロを見つめていた。キュキュキュイーン!修理用メカアームのスクリュー音。話し続けねば自我が消え去りそうだった。「スズキ・マトリックス理論って何?あなたは何故マグロなの?」「知りたいかい!そうだろうとも!彼の娘らしい科学的好奇心!」マグロは上機嫌だ。 

 一方その頃、立体駐車場では!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの渾身の連続カラテがシャドウドラゴンに!だが「イヤーッ!」パンデモニウムの挟撃!「イヤーッ!」側転回避!そこへシズケサの絞殺ワイヤー!アブナイ!「イヤーッ!」「グワーッ!?」 

 ナムアミダブツ!遂に絞殺ワイヤーが彼の首に巻き付いた!「イヤーッ!」締め上げるシズケサ!「グワーッ!」目を剥くニンジャスレイヤー!辛うじて指一本を首とワイヤの間に滑り込ませていたが、身動き不能!そこへ他二人の連続カラテ!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」 

 一方その頃、スシ・バー店内では!「オイ!何だ!?」キングピンが異常を察して私兵団に警戒態勢を取らせる!スシ・レーンが静かに回転を始め、そこに隠されていた秘密のマシンガンが自動射撃を開始したのだ!BARATATATATA!「グワーッ!」「ザッケンナコラー!」ヤクザの怒号が響く! 

「スシ・レーンだ!スシ・レーンを狙え!」キングピンが頭を下げながら叫ぶ!BLAM!BLAMBLAMBLAM!クローンヤクザ軍団のチャカ・ガンが一斉にマズルフラッシュを放つ!トラップが破壊された直後「敵を許さないです」奥の暗闇から声!十二個の小型ミサイルが小爆発の花を咲かせる! 

 バチバチバチ……修理用メカアームがユンコの片足をぞんざいに掴み熱線溶接を行う。外部の混沌からは隔壁で完全に遮断されている。「トコロ・スズキ=サンは、実際優秀な技術者であり研究者だったよ。僕は彼ととても親しかった」マグロの声。「もっと話して」ユンコは父親の記憶と過去を懇願した。 

「彼のチームは、脳記憶チップをドロイドに載せ復活させる研究に何度もトライしたが、全て失敗!」マグロが無表情に語る「もしくは再生者が即座に発狂して行き詰まった。そこで彼は、モーター回路などのAIをパッチワーク的に並列して情動を補う理論を構築。これがスズキ・マトリックス理論だ!」 

「ア……ア……」ユンコは情報量に圧倒され何も言えない。電極を埋め込まれ電子刺激を与えられるマグロめいて口をぱくつかせるだけだ。「なお、この理論の構築には、元モータードクロ開発チームであったこの僕が、50%以上の貢献を果たしている。論文ではファーストオーサーになる予定だった」 

「細部については彼と意見が合わない箇所もあったが、君が成功した点に着目すると、ある意味で実際彼は正しかったのだ」パチン、パチン。蛍光スポーツブラが外されオモチシリコン製の形のいい胸が露わになる。「ア……ア……」ユンコはそれにも気づかず、ぼんやりとイケス・プールを眺め続けた。 

「父さんは、なんで、私を……」ユンコが言いかけたとき、LAN直結を通して何らかの強制命令が彼女の制御UNIX内に流れ込んできた。ガクンと頭が揺れる。ぞんざいな扱い。脳味噌をハンマーで殴られるような衝撃。肋骨近くの秘密パーツが展開して、開閉部が数個露わになる。左右の胸が開く。 

「ヒサツ・ワザ!」パンデモニウムが暗黒カラテミサイルを生み出し、右腕の周囲を回転させ「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの腹に痛烈なカラテフック!同時に、カラテ光球が連続命中した!「グワーッ!」ニンジャスレイヤーが姿勢を崩す!一発一発は軽くとも、積み重なれば侮り難い打撃となる! 

「イヤーッ!」直後にシズケサが絞殺ワイヤーを締め上げる!「グワーッ!こ……呼吸グワーッ!」ナムサン!ニンジャスレイヤーの瞳が曇り、その膝が子鹿めいてがくがく震える!武装ヘリはシャドウドラゴンの攻撃で今まさに撃墜され、ミニガン乱射による仕切り直しはもはや期待できない! 

「ウウープス!あぶねえ!」スシ・バー廃墟内に緑色の血飛沫が飛ぶ!キングピンは咄嗟のブリッジでマイクロミサイルの着弾をかわしていた。周囲では、爆死して千切れ飛んだクローンヤクザの首が、悪夢のようにゆっくりと空中を回転している。「カラテ」白衣のオイランドロイドがカラテを構えた。 

「ゴッシュ!またこいつかよ!」キングピンがチョウチンとメリケンサックを構えて突撃!生き残りヤクザも続く!「イヤーッ!」「カラテ」「イヤーッ!」「カラテ」両腕ガードを揺らすキングピンの重いカラテ!実際優位!だが彼が次のパンチを叩き込んだ瞬間……KBAM!ドロイドの左腕が自爆! 

「スゴイ!今の不意打ちは少しは効いただろうな!実際僕が操縦しているからな!少しは役に立つぞ!」知性マグロは、マルチタスク処理によるニューロンの冴え渡りを感じて昂揚していた。「やっぱりAIだけじゃダメだな!応用力のないイディオットだ!その点モーターユンコは違うぞ!賢く強い!」 

「父さんは、なんで、私を……」ユンコは巻き戻されたCDめいて同じ言葉を繰り返した。思考が濁る。ニューロンが疲弊しているのだ。理性が……いや、感覚的衝動が警告を発する。何かがおかしい。何が本当だ。何が嘘だ。この体の。このニューロンの。この記憶の。この感情の。どこからどこまで。 

 両胸に隠されたAI回路の回転が弱まる。マイコ回路とモーター回路。知性マグロの操作するメカアームが、品定めするように動いた後、マイコ回路の搭載された片胸の前に突き出される。アーム先端部が開きさらに小さい精密メカアームが展開。さらに先端部が開きさらに小さい精密メカアームが展開。 

 ゴアアアアアオン!怒りに満ちたエンジン音が立体駐車場に響き渡る!それは伏兵として隠されていた1330CCインテリジェント・モーターサイクル、アイアンオトメ!ナンシーによって遠隔オンライン認証された彼女は、煙幕弾を前方に射出しながらニンジャスレイヤーに向かって自律走行を開始! 

 前方50メートル。ニンジャスレイヤーはくずおれ、片手を震わせながら絞殺ワイヤーに抗っていた。今が勝機とばかりに、相手の背中を踏み付けながら自らの両腕に力を込め、さらなる締め上げを加えるシズケサ!「イヤーッ!」「グワーッ!」 

「阻止しろ」パンデモニウムが全体の戦況を冷静に判断し、小さく命令を飛ばす!「GRRRRRRR!」シャドウドラゴンが側面に向けてクナイ・ダートをばら撒く!だが完全防弾処理が施されたアイアンオトメの突進をそう簡単に阻む事はできない!ましてや機械にシャドウピン・ジツは効かぬのだ! 

 ゴアアアアアア!凶暴な排気音とともに突進してくる漆黒の殺戮機械!武装新幹線めいた威容!ニンジャスレイヤーもろとも敵を粉砕するとでも言いたげな機械的威圧感!「ムウウ!」パンデモニウムは忌々しげに舌打ちし回避行動を取る!「……クヤシイ!」シズケサも小さく言い捨て、バック転回避! 

 ゴウランガ!窮地を脱したか!?だがこのままでは、その場に四つん這い状態で残されたニンジャスレイヤーだけが撥ね飛ばされ、絞殺ワイヤーで死ぬのと大差ないブザマな運命を辿ってしまうぞ!これでは「ウルフをやり過ごしたらその先にライオン」のコトワザだ!立て!ニンジャスレイヤー!立て! 

「サツバツ!」おお見よ!右の瞳が一瞬だけ、センコの炎のごとく細く変じるのを!赤い光の軌跡を!両腕両膝の力を使い、プッシュアップ・エクササイズめいた姿勢から回転跳躍!そのままニンジャ敏捷性でハンドルを掴み複雑な動きでサドルに着地した!暴走荒馬に正面から飛び乗るがごとき離れ業! 

 復讐者はバイクを大きく傾け、立体駐車場の柱をクナイ除けの盾として回り込みつつ鋭いターン!司令塔パンデモニウムに狙いを定める!敵は廃墟スシ・バーの入口へと逃げる!トップスピードで追う!「GRRRR!」シャドウドラゴンのばら撒いたクナイが何本か腕や背に突き刺さる!だがまだ浅い! 

 

◆◆◆

 

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「ピガガーッ!ピガガーッ!ピガガーッ!」廃墟スシ・パーでは、頭と顔をべったりと血に染めたキングピンが戦闘オイランドロイドの顔面を固く無慈悲なスシ・レーンに繰り返し叩き付けていた!「クソめ!秒読みも無しで自爆しやがって!俺を驚かせやがって!」 

「ピガーッ!」全ての武器を射出し終え、半ばスクラップとなりかけた戦闘用オイランドロイドには、もはやAIカラテしか残されてはいない!「ピガーッ!」彼女は腰から下を180度回転させ、キングピンの鳩尾に膝蹴りを入れる!「グワーッ!」目を剥くキングピン! 

「ピガーッ!ピガーッ!」「グワーッ!グワーッ!」次はキングピンが固く無慈悲なマグナムめいたグリーンティー蛇口に顔面を叩き付けられる番だ!だが「「スッゾコラー!」」BLAM!BLAMBLAMBLAM!ヤクザ軍団がクローンならではの統一感で、オイランドロイドを背後から一斉射撃! 

「ピガガガガーッ!」戦闘用オイランドロイドが銃弾を受け、一発ごとにエクストリーム・ロボットダンスめいたポーズを取る!CRASH!CRASH!CRASH!流れ弾がカウンターに放置された空のサケ・ボトルやスシ・ユノミを粉砕する!「イヤーッ!」キングピンが再びカラテ優位に立つ! 

 電磁メリケンサックの重い一撃!「ピガガーッ!」よろめくオイランドロイド!すでに遠隔操縦装置は機能停止を起こし、モーター回路のみが彼女を導いている!「イヤーッ!」キングピンは歯を食いしばり、全力のカラテ・ブローを胸に叩き込む!「ピガガーッ!」「イヤーッ!」「ピガガガガーッ!」 

「このファッキンシットビッチドロイドは俺が破壊する!テメエらはとっとと下を制圧しろ!このクソ危ねえクソ仕事をさっさとオシマイにしろ!」「「「ヨロコンデー!」」」血みどろのキングピンが電磁ジッテに得物を持ち替え叫ぶ!すでにオイランドロイドは機能停止寸前!火花や機械油を散らす! 

 ゴアオオオオオン!1330CCのモーター音が廃墟を圧する!眩しいヘッドライト!スシ・カウンターに置かれたプレートを次々と踏みしだきながらアイアンオトメが乱入してきたのだ!「計画変更だ!あのクソを撃て!」キングピンが叫ぶ!BLAMBLAMBLAM!だが乗り手は不在!何処に!? 

「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーのトビゲリが汚職マッポニンジャに直撃!銃撃を受ける前にアイアンオトメのサドルから跳躍し、柱を蹴り渡っていたのだ!そのまま頭を掴み、流れるような動きで敵の顔面をカウンターに!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」 

「「「シャッコラー!」」」支援行動を取るヤクザ軍団!銃撃!ニンジャスレイヤーは側転で弾を回避!即座のスリケンで数名を殺戮!……キングピンは与し易い相手だが予想以上に頑丈だ。あるいは自分が体力を消耗し過ぎたか。未だほぼ無傷の敵2人が近づいてくるのが解る。恐らくはシズケサも…… 

「イヤーッ!」「グワーッ!」バックスタブ!シズケサの絞殺ワイヤが再びニンジャスレイヤーを襲う!「死ね!狂人め!今夜こそ死ね!」パンデモニウムが哄笑する!「ピガガガガガーッ!」暴走状態になったオイランドロイドが頭を回転させる!脳髄の代わりに搭載された隠し小型マシンガンが出現! 

 BRATATATATA!戦闘用オイランドロイドは、ぼろぼろの白衣に包まれたその体を傾けながら、前方のニンジャスレイヤーとシズケサに対して頭頂部のマシンガンを乱射!マズルフラッシュがダンスホールめいてスシ廃墟を照らす!「グワーッ!」「グワーッ!」ナムアミダブツ!何たるケオス! 

 果たしてその頃、地下秘密ラボでは!先程まで火花を散らしていた修理用メカアームは全て収納され、残されたのは、ユンコの胸の前に突き出された回路チップ交換用精密アームのみ。「……ゴボボボボ……間もなく改善は終わる……モーターユンコよ、僕に最終セキュリティの権限を解放したまえ……」 

「父さん……父さん…」ユンコはぽかんとした表情のまま中空を見つめ、あの時と同じソーマト・リコールを見ていた。暗いフジサンの夜景を「ごめん……難しすぎてわかんないよ……私が聞きたかったのは、そんな事じゃなくて……」「おい!モーターユンコ!聞いているのか!」知性マグロが怒った。 

 椅子のLAN直結部からコマンドを叩き込まれ、ユンコの頭が再び揺れる。彼女は正気に戻り知性マグロを見た。次に、修理を終えた自分の右腕を見た。肩から先は工業用カッターが備わった武骨で醜悪なパワーアームに置換されていた。片膝から下は、姿勢維持力に優れる機械ゾウ足に置換されていた。 

「……ねえ、何これ?」「ZAPライフルは実際強いので残した!君の戦闘力は300%アップ!つまり上にいるニンジャ全員をイチモ・ダジンだ!」「……ちょっと、こんなの…」「まず奴らを皆殺しにしろ!その後、僕が設計したマッシヴ・ドクロボディに完全置換だ!戦闘力は1200%アップ!」 

「ファック……冗談でしょ……?」ユンコは混乱し、首をゆっくりと左右に振った。「私はシリアスだ!あとは君のマイコ回路をモーター回路に置き換えるだけだ!モーター回路直列で戦闘力はさらに2倍!最終セキュリティを解除したまえ!オムラの遺産よ!君の破壊力と無慈悲さを知らしめるのだ!」 

 UNIXスピーカーから漏れた叫びが、地下秘密ラボに響く。わずかな静寂。「ねえ、待ってよ」ユンコは言った。「ワッツ?」知性マグロが問う。「ちょっと待って、勝手に話を進めないで!……ああ、ファック!私はこれっぽっちも納得してないのよ?」「何を言い出すんだ!?」知性マグロが驚く。 

「もうニンジャがそこまで来てるんだぞ!?お前が動けば全て解決するんだ!」計算が狂い、知性マグロは狼狽を始める。子を殴りつける親めいた乱暴なIRCコマンドが送り込まれ、ユンコのボディが揺れる。「ンアーッ!」「言う事を聞けよ!運命を受け入れろ!トコロ=サンの遺志を受け入れろ!」 

「ピガーッ!父さんの……!」「そうだ!トコロ=サンと僕は完全無欠の殺人マシーンを作り出すつもりだったのだ!君はそのために作られ、蘇った!ニンジャを殺すためだ!仇を討ちたくないのか!?モーター回路を起動させた時、君が叫んだIRCメッセージを思い出せ!そしてニンジャを殺せ!」 

 なおも抵抗するユンコ!精神的ショックでニューロンが疲弊して意識が遠のき始める!(((これが父さんの遺志?探し求めていた答え?)))「そうだ!早くしろ!」苛立ち始めた知性マグロは、セキュリティ突破用のウイルス攻撃を開始。「ンアーッ!」電気ショックを受けたようにボディが揺れる! 

 上階の戦闘で天井が揺れる。「悪い子だ!」怒声がユンコの脳内に響く。痺れを切らした知性マグロは強硬手段に出た。精密メカアームで強引にマイコ回路チップのカバーを掴む!飛び散る火花!「ま……待って!解除する!」(((……父さん!それが父さんの望みなんでしょ!?))) 

「本当に解除しますか?」カエルAIが質問してくる。私は何者だろう?この思考も操られたものか?最後にもう一度自問自答した。その瞬間、ユンコの中で、ある種のゼンめいた悟りが開かれた。答えは出ていた。確証や言葉が欲しかっただけなのだ。何故自分がカワイイなのか。答えはもう出ていた。 

 モーターユンコは知性マグロの制御下に置かれていない自らの頭部を左右に激しく振り、首の後ろに差し込まれたLANコネクタをへし折る!「アイエエエエエエ!?」狼狽する知性マグロ!ZZAPP!モーターユンコの左腕からエネルギー光線が最高出力で発射され、目の前の強化イケスを破壊した! 

 KRAAAASH!ガラスの割れる凄まじい音が鳴り響く!ツナミめいた水流とともに巨大なマグロが地下秘密ラボのコンクリート床に投げ出された!「ゴボボボボボーッ!」跳ね回る知性マグロ!「ハァーッ!ハァーッ!ハァーッ!」ユンコは椅子の拘束具を破壊解除し、マグロに威圧的に歩み寄る!

「ゴボボーッ!苦しい!何故!?何故!?」知性マグロがもがく。「お前は……信用できないからだ!」ユンコは機械ゾウ足で巨大なマグロの頭を踏みつける。「ゴボボーッ!そんな主観的な!バカ!お前はバカだ!理性的判断のできない欠陥ニューロンチップだ!トコロ=サンはやはり失敗していた!」 

「バカハドッチダー!」怒りに燃えるユンコは、ブッダでさえも目を背けるほど口汚い罵りの言葉とともに、知性マグロの顔面を蹴り上げる!「ゴボボボボボーッ!」「父さんは成功した!お前はスズキ家を侮辱した!私に敬意を払え!私はカワイイだ!父さんが遺してくれたこのボディに敬意を払え!」 

 知性マグロは口をぱくつかせ、無線LANで電子音声を送る!「ゴボボボーッ!その!父親が!望んだ事だぞ!」「信じない!」さらに一撃!「ゴボボボーッ!何故!?何故!?」「お前は信用できない!私が決めた!AIも洗脳もプログラムも電波も……誰の意見も関係ない!今、私が、そう決めた!」 

「改善しなければ!ニンジャを殺せないんだぞ!オムラの遺産が!無数の技術者の血と汗の結晶が!オムラの特許が!他者の手に渡るんだぞ!ゴボボボーッ!イケスに戻せ!まだ間に合う!苦しい!」知性マグロはニューロンを限界までブーストし、ユンコに対して直接違法電波を飛ばす!危険行為! 

「ピガガガガガーッ!」ユンコは頭を抱えてその場にうずくまる!脳を直接殴られたかのような衝撃!視界に凄まじいノイズが混じり、意識が遠のき始める! 

「ピガガガガガガーッ!」ユンコの右目に「戦闘用」「医療用」「戦闘用」「医療用」「戦闘用」「医療用」の漢字が繰り返し出現する。ユンコの意識が完全に飛び、AIだけとなった時、マイコ回路の誤作動が起こった。彼女の右目の漢字は「家庭用」に代わり、目の前のトロマグロを冷徹な目で見た。 

 知性マグロはユンコが抵抗をやめたと思い、安堵の息をついた。間一髪であったが、イケスに戻る事ができると。だがユンコは彼の前に正座すると、腿に隠された秘密のパーツを展開して、小型ナイフを取り出したのだ。「ゴボボボボボーッ!?止めろ!何をする気だ!?やめ……アイエエエエエエエ!」 

 マグロは違法電波を送ったが、ユンコの自我は既にショートを起こしていた。モーターユンコの雪のように真白いオモチシリコン製の肌に、返り血が飛ぶ。家庭用オイランドロイドは表情も変えず、ただ黙々と、トロ・サシミの切り出し作業を行った。そしてブロックを一口大に切って丁寧に並べた。 

 暗い地下秘密ラボでUNIXが火花を散らす。正座したオイランドロイドが手を合わせてブッダに祈りを捧げる。彼女がトロ・サシミを口元に運ぶシルエットが壁に映し出された。「ウウウウウ……」表情のない電子マイコ音声が、冬の日の朝に詠むハイクの如く、ワビサビめいて響いた。「ウウマーイ」 




 古来より日本人は、マグロに対して特別な感情を抱いている。その稀少なトロ部位に、ニューロンを活性化させる特殊な……化学合成不能な……オーガニック成分が実際豊富に含まれていることと、恐らくは無関係ではないだろう。 

 サイオー・ホースと呼ぶべきか、あるいはインガオホーと呼ぶべきか……マグロから切り出された大トロが、モーターユンコのバイオニューロンチップを癒した。そして、眠りかけていた彼女の自我は再びボディの制御権を取り戻したのだ。彼女は立ち上がり、血塗れの手とマグロを見て、それを理解した。 

 さほど時間は経っていないが、知性マグロは既に、物言わぬ死体へと変わっていた。「ブッダ……ファック……死んじゃったの?」だが人間という存在の意味を問い直すためのモラトリアム時間は彼女にはない。あちこちのUNIX画面から火花!天井が揺れる!上の戦闘がさらに激しさを増しているのだ! 

 火花を散らすUNIX画面の中に、スシ・バーの暗視映像が次々映し出される!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」アマクダリ・ニンジャの連携攻撃に苦戦を強いられるニンジャスレイヤー!「ザッケンナコラー!」「ピガガガガーッ!」囲んで警棒で叩かれるオイランドロイド! 

 スパーク!怒り!激しい怒り!ユンコは胸の奥でモーター回転を感じた!だが……ブガー!ブガー!ブガー!ブガー!地下秘密ラボ内で非常ボンボリも回転し始める!「心停止完全確認重点な……自爆装置が作動いたしましたドスエ……30分以内の脱出が推奨されております」合成マイコ音声が響き渡る! 

 右腕の重機めいたパワーアームが圧縮空気を吐き出しながらピストン駆動し、唸りをあげる。ユンコは上階へと続くエレベーター・チャブと、火花を散らし始めたUNIXデッキと、物言わぬ知性マグロを交互に見た。LANケーブル頭をかきむしり、Fワードをいくつも吐き、半ばパニック状態で考えた。 

「ここに来たのは……私が何者か……ファック!それはもういいんだ!今は…」ユンコは苛立たしげに足踏みした。「考えろ……!考えろ……!時間がない!あっちも!こっちも!」そして止まる。「……スズキ・マトリックス理論!」手近なUNIXデッキへまっしぐらに駆け、危険なLAN直結を行う! 

 ユンコはUNIXデッキの前で落ちつかないウサギのように片足を踏み鳴らす。モニタから火花が散り、ユンコは顔を大げさにしかめた。混乱ゆえ論理タイピングも覚束ない。戦闘が彼女を呼んでいる。焦燥感が募る。「ファック!あのマグロに!論文データの場所をインタビューするつもりだったのに!」 

 データの迷宮の中でユンコは、思いつく限りのUNIXコマンドを駆使した。だが現れるのは「DELETEDなファイル」の警句のみ。「ブッダ!どうしろっての!?」彼女はただのサイバーゴスであり、大学でもエンジニアリングの授業は休みがちで、ましてやスゴイ級ハッカーですらないのだ。 

 大トロ成分によってニューロンが加速する。だが技術も知識も追いつかない。目の前に立ち塞がる巨大なデータとネットワークの前に、無力感を味わう。衝動と焦燥感だけが歯がゆく空回りし、ユンコの思考に敗北感が垂れこめ始めた。 

 一方でボディは戦闘を求めていた。ニンジャを前にして、手も足も出なかったというのに。モーター回路は性懲りもなく、猛犬のように彼女のニューロンを引っぱり、上階の戦闘へ向かわせようとする。バチバチバチ……UNIXモニタが火花を散らして故障し、彼女の顔を黒いガラス面に鏡映しにした。 

 死の戦闘を覚悟したユンコは、自分の顔を見た。大好きな自分。父さんが遺してくれた体。眉もサイバネアイも髪も実際カワイイな。あの口下手で不器用な技術者。「父さん、ごめんね。サヨナラ」ユンコは暗いモニタの中の自分にキスをした。胸の素子ロケットがモニタにぶつかり乾いた金属音を立てた。

 

◆◆◆

 

 廃墟スシ・バーではなおも死闘が続く!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはシャドウドラゴンの放つクナイ・ダートを連続側転で回避しながら、クローンヤクザ3人をスリケンで殺害!「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」 

 スシ・カウンターの上に着地!だがそこを狙ってパンデモニウムとキングピンが左右から挟撃カラテキックを仕掛けてくる!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは中腰姿勢を取ってカラテを高め、左右に勢いよく腕を開いて2人の攻撃を同時を弾き飛ばす!「イヤーッ!」ワザマエ! 

「イヤーッ!」反撃に転じるニンジャスレイヤー!だがマシンガンに抉られたふくらはぎの筋肉が、激痛とわずか数ミリの姿勢の乱れをもたらす!「イヤーッ!」これを捌きカラテを返すパンデモニウム!さらに背後からシズケサが音もなく出現し、ふくらはぎの負傷箇所へと卑劣な水面蹴りを見舞う! 

「グワーッ!」連携攻撃を受けてよろめくニンジャスレイヤー!やはりシズケサの隠密能力を打破せぬ限り勝機無しか!機動戦法に活路を見出そうとしたが、このようにカラテ挟撃を受ければ、短時間とはいえ踏み止まって戦闘せざるを得なくなる。戦況はまさに、ジリー・プアー(訳注:徐々に不利)。 

「ヌウーッ!」彼はなお闘志を翳らせる事なく、ジュー・ジツを構え直す。だが次の瞬間には、竜人めいた異形のニンジャ、シャドウゴラゴンがその大顎を開きながら眼前に迫っていた!「GRRRRR!」「グワーッ!」ダガーめいた牙で脇腹を噛まれ、高々とリフトアップされるニンジャスレイヤー! 

 バオオオオオオオン!暗く狭いイタマエ・エリアで転倒したアイアンオトメは、口惜しそうにエンジン音を轟かせている。転倒状態から車体を起こすためのエマージェンシー装置が無惨にも破壊されているのだ。「ピガガガガーッ!」オイランドロイドもついに頭部を弾き飛ばされて機能停止に陥った。 

「ネオサイタマの死神もついに死ぬか。クローンヤクザどもを下階へ送り込めい!」パンデモニウムは陰気なフードの下で口角を歪めた「アマクダリの統率力の前に敵はないのだ。我々は容赦も慢心も知らぬ。マストドンを狩るかの如く、貴様をじわじわと疲弊させ、確実な死へと至らしめる……!」 

「グワーッ!」苦痛にうめくニンジャスレイヤー!アマクダリ地下秘密基地へと送信されるそのブザマな姿を見ながら、ラオモト・チバは笑った!手に汗握り、UNIXモニタを食い入るように見つめる!「ムハハハハハ!殺せ!殺せ!ニンジャスレイヤーを殺すのだ!ラオモト・カンの仇を……討て!」 

「ヨロコンデー……!」パンデモニウムは再び口を歪めた。総帥への成果アッピールは十分だ。ゆっくりと首をかっ切るようなサインをシャドウドラゴンに対して送る。「GRRRRRR!」「グワーッ!」「GRRRRRR!」「グワーッ!」壁に連続で叩き付けられるニンジャスレイヤー!ナムサン! 

 KBAM!KBAM!不意に、爆発音と破壊音が階段方面から響く。「グワーッ!」「アバーッ!」「グワーッ!」「アバーッ!」クローンヤクザマッポ軍団の断末魔の悲鳴が順番に上がる!「グワーッ!」「アバーッ!」「グワーッ!」「アバーッ!」果たして何が近づいて来ているというのか!? 

 パンデモニウムは階段に向かって不愉快そうに顎をしゃくった「キングピン=サン」「ハイヨロコンデー!」汚職マッポニンジャは尻に火がついたように走り出す。「GRRRRRR!」「グワーッ!」「GRRRRRR!」「グワーッ!」その間も壁に連続で叩き付けられるニンジャスレイヤー! 

「「「ザッケンナコラー!」」」突然の襲撃を受けたクローンヤクザたちは、暴徒鎮圧用シールドを並べ、古代ローマファランクスめいて威圧的に前進!同じ髪型!同じ服装!同じヤクザサングラス!完全にLAN同期しているかのように足並みを揃えて更新!まるで一切の感情を持たぬロボット軍団だ! 

「進め!あの不良娘を囲んで警棒で叩いて、国家権力の恐ろしさを思い知らせてやれ!」上階からキングピンが叫ぶ!直後、最前列にいたクローンヤクザの額に∴マークの照準が灯る。「アッ……コラー?」次の瞬間、ZAPライフルの射撃がヤクザ五人の頭を貫通した。「「「「「グワーッ!」」」」」 

 左右のクローンヤクザは表情ひとつ変えず、一瞬で首無し死体となって後ろに倒れてゆく中央列の仲間たちを見て、また一斉に正面に向き直った。「イヤーッ!」闇の中からモーターユンコ!機械ゾウ足の武骨な駆動音を響かせながら、突破口の穿たれた中央列へと突き進む!重機アームが唸りを上げる! 

 殺人AIが彼女を導く!「イヤーッ!」重機アームが連続ピストン動作してクローンヤクザの腹を貫通!「グワーッ!」「イヤーッ!」重機アームがクローンヤクザの頭を掴み工業用カッター回転!「アババババーッ!」ゴウランガ!何たる残虐性か!「ゲエエエップ!何だ、この、バケモノは!?」 

「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」モーターユンコはクローンヤクザを虐殺しながら駆け上る!「モーターユンコは!ニンジャを殺す!」「やべえ」鬼気迫るカラテを感じたキングピンは、アクシス勢から庇護を得るために尻尾を巻いて逃げ出す! 

「GRRRRR!」「グワーッ!」「GRRRRR!」「グワーッ!」「ムハハハハハ!やれる!今回こそやれる!」激しい興奮のあまり、グンバイを握るラオモト・チバの手が震える。その横で何事かを耳打ちするネヴァーモア。「何だと?」チバは株価チャートに目を転じた。相場が荒れ狂っていた。 

「さて、何事でしょうな…」参謀アガメムノンは冷静さを少しも乱すことなく、戦略チャブの席を立ち、エコノミック解析クローンヤクザたちのもとへ歩み寄る。チバが敵意に満ちた目を彼の背中に投げかける。テック系銘柄、医療系銘柄、バイオ系銘柄が、熱病に浮かされたかのように乱高下していた。 

「……我々の負けかも知れませんな」アガメムノンが振り向いて言う。ラオモト・チバは驚異的な解析能力で市場パニックの病巣を見つけ出し、それを抽出した。「スズキ・マトリックス理論の論文データが……特許権放棄の状態で……IRCに流出だと……?」若く端麗な暴君の顔が、屈辱に引きつる。 

「ニンジャスレイヤーを重点しすぎましたな。遺憾ながら、撤退を、進言いたします」「確かに脳チップ再生技術の独占には失敗した!だがもう少しで殺せるんだぞ!せめてニンジャスレイヤーを!」「撤退を、進言いたします」象牙色のダブルスーツに身を包んだ参謀は、微かにデン・ジツを閃かせた。 

 チバの動揺が現場のアマクダリ・ニンジャたちに伝わる直前……すでに戦況は一変していた。ニンジャスレイヤーの片眼がセンコのごとく変わり、爆発的なカラテの力によってシャドウドラゴンの顎を押し開けたのだ!そして敵の頭に痛烈なカラテチョップ!「イヤーッ!」「グワーッ!」回転跳躍脱出! 

「何故彼がここまで一方的にやられ続けたか。確かに戦力差もありましょう。だが何かが腑に落ちなかった」アガメムノンは戦略チャブに戻り、手で台形を作って口元を隠した「そう見せて我々のリソース配分を狂わせたのでは。ナラク化と呼ばれる切り札を温存しつつ……」「時間稼ぎ……だったと?」 

「スズキ・マトリックス理論が流出!?」混乱が時間差でパンデモニウムらに伝播する。息が詰まりそうなほど縮み上がるキングピン。戦場に躍り出たモーターユンコがありったけのマイクロミサイルとZAPライフルを乱射する。再びケオスが廃墟スシ・バーを覆い尽くした! 

 ユンコはAIに身を任せ、ジェットコースターめいた視界の中で、微かな恐怖を覚えていた。先程までの怒りと憎悪の高揚感が、どこかに消え去っていた。自分はこんなにも残忍で暴力的だったろうか。作り替えられたボディに引っ張られるように、何か自分が変質していくような恐怖を覚えた。 

 混戦の中でZAPライフルの照準がニンジャスレイヤーに合った。駄目だ。ユンコはそれを否定した。赤い光の軌跡を残しながら、赤黒の死神が回転跳躍してきた。「イヤーッ!」鋭いチョップが彼女のZAPライフル腕を破壊した。「イヤーッ!」鋭いケリ・キックが彼女の重機アーム肩部を破壊した。 

 畳み掛けるように、彼はボトルカットチョップで彼女の首を撥ね飛ばそうとし、命中直前で止まった。その腕がガタガタと震えていた。「足手纏いも甚だしいわ……イヤーッ!」カタナを引き抜くようにチョップを引いてザンシンすると、彼はナラクの赤い眼光を宿したまま後方へムーンサルト跳躍した。 

 全弾を撃ち尽くしたモーターユンコは、その場にぺたりと腰を下ろし、廃墟スシ・バーに響き渡る銃声や、絶叫や、カラテシャウトを、きょとんとした顔で聴いていた。 

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」廃墟スシ・バーの中をニンジャたちが飛び回る。スリケンが、クナイが、ヤクザの首が乱れ飛ぶ中、ユンコは立ち上がり、火花を散らす重機アームを引きずりながら、出口に向かってゆっくりと歩き始めた。

「……くだらん。撤退せよ!タイムイズマネー!」ラオモトはグンバイを戦略チャブの上に放り投げ、席を立った。戦場に動揺が走る。誰がケジメか。「これはキングピン=サンが論文データの奪取に失敗したためであり…」パンデモニウムが敵の攻撃をシャドウドラゴンに押し付けながら自己弁護する。 

「ゴジュッポ・ヒャッポだ。パンデモニウム=サン、お前が撤退作戦の責任を持て」ラオモト・チバは振り返り、冷たく言い放つ「……お前がニンジャスレイヤーに戦力を集中させ過ぎ、僕に無駄なアッピールと点稼ぎを行ったのが原因だ」「そんなつもりは……!」「ラオモト・カンの息子をナメるな」 

 アガメムノンは何も言わず、ご自由に、のボディーランゲージを送る。ラオモト・チバは側近クローンヤクザに対して不機嫌そうにサインを送り、IRC回線を切断させた。そして棚のコケシを叩き落としながら司令室を後にする。このような理不尽さこそが暴君には必要であると、彼は学んできたのだ。 

 後方でシャッターが閉じる。アガメムノンを戦略室に残して。濃い紫色の高級ヤクザシューズでタラップを威圧的に踏み鳴らしながら、チバはネヴァーモアが差し出す高級葉巻を咥えた。「奴はそれなりに有能な駒だった」チバが言う「だが中途半端に有能で賢い奴ほど、いらぬ出世欲を働かせるものだ」 

「アガメムノン……!」チバは眉間に皺を寄せながら、葉巻を噛んだ「せいぜい僕を、ラオモト・カンの威光で動く人形か何かだと思っているがいい……!」 

 廃墟スシ・バーでは、ユンコが出口を目指していた。走るだけのエネルギーは無い。正面出口付近では激しい戦闘が続いており危険。スシ・レーンに身を隠しながら、マッポビークル突入時に穿たれた洞穴の入口めいた脱出口を目指す。時折、流れ弾が彼女の肌をかすめ、スリケンが背中に突き刺さった。 

 破壊された右の重機アームは使い物にならず。左はZAPライフル部分が半壊、腕としての機能をわずかに残すのみ。「ハァーッ!ハァーッ!ゲエエエエップ……てめえは……」同じく脱出口を目指していた血みどろのニンジャが、タタミ5枚の距離で彼女と鉢合わせ、チョウチンと電磁ジッテを構えた。 

「……ハァーッ、ハァーッ、ハァーッ……」ユンコはグロッキー寸前のボクサーめいて前屈みで立ち、ニンジャを睨む。「……ハァーッ、ハァーッ、ハァーッ……」キングピンもその欲深い眼を輝かせながら、オイランドロイドの価値と戦力を値踏みするように、上から下までを舐めるように観察した。 

 彼らは弱肉強食のサバンナで鉢合わせた野生動物めいて睨み合う。「……ハァーッ、ハァーッ……」キングピンは電磁ジッテの出力を最大にし、先端からバチバチと威圧的な火花を散らせた。「……ハァーッ、ハァーッ……」ユンコは壊れかけた血塗れの左腕を持ち上げ、反抗的に拳を握って唇を歪めた。 

「……ハァーッ、ハァーッ……」手負いのキングピンは冷静にソロバンを弾いた。司令室とのIRCは切断。作戦は失敗し、論文データは一銭の価値もない。そして目の前の敵はヤバレカバレと見えた。「……クソみてえな……仕事だったぜ……!」彼はユンコを威嚇しながら脱出口に向かって後ずさる。 

「クソ野郎……!」ユンコはじりじりと距離を詰める。気圧されたニンジャは次第に後方小走りになり、やがて尻尾を巻いて逃げていった。マッポビークルのエンジン音が遠ざかる。「……ハァーッ、ハァーッ、ハァーッ……」緊張の糸が切れ、ユンコは片膝をつく。すぐ傍にジャンクドロイドが見えた。 

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーはパンデモニウムに狙いを定め、容赦ない連続カラテを叩き込んでいた。シズケサは何処かに消え、シャドウドラゴンも撤退命令を最優先している。彼の手駒は僅かなクローンヤクザのみ。 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」パンデモニウムは歯を食いしばり、辛うじてケリ・キックをガードすると、その勢いを力に変えてスシ・レーンを超えながら六連続パック転!「弱敵!何たる弱敵!切り捨てられた尻尾め、せいぜいのたうって見せよ!」ニンジャスレイヤーが赤い軌跡を描き飛びかかる! 

「ヒサツ・ワザ!イヤーッ!」パンデモニウムが独特のカラテ姿勢を取ってシャウトする!背中から複数の防御的カラテミサイルが発生し、彼の周囲を回転した!「イヤーッ!」空中で散弾銃めいてスリケンを撒き散らすニンジャスレイヤー!カラテミサイル球がいくつも相殺される!そしてトビゲリ! 

「イヤーッ!」「ヒサツ・ワザ!グワーッ!」痛烈なカラテを受けて吹っ飛ぶパンデモニウム!CRAASH!スシ・レーンに背中を叩き付けられ、大きく仰け反る!だがそれと同時に、ヤバレカバレで生み出した追加カラテミサイル球がニンジャスレイヤーにも命中したのだ!「グワーッ!」ワザアリ! 

「ガハッ……ハァーッ……ハァーッ……ヒサツ・ワザ!イヤーッ!」パンデモニウムは再び内なるカラテを振り絞り、自らの周囲に防御的カラテミサイル球を生み出した。「俺のジツは破れんぞ……ニンジャスレイヤー=サン……!貴様の攻撃が命中すると同時に俺のカラテミサイルも命中する……!」 

 パンデモニウムは敵を躊躇させ撤退すべく、かなりの数のカラテミサイルを生み出した。だが満身創痍のニンジャスレイヤーは、四連続側転から体勢を立て直すと、その瞳に殺忍衝動をあかあかと輝かせながら再び飛びかかったのだ!「イヤーッ!」再び空中でばらまかれる、散弾銃めいたスリケン連射! 

「イヤーッ!」「ヒサツ・ワザ!グワーッ!」痛烈なカラテを受けて吹っ飛ぶパンデモニウム!CRAASH!スシ・レーンに背中を叩き付けられ、大きく仰け反る!だがそれと同時に、ヤバレカバレで生み出した追加カラテミサイル球がニンジャスレイヤーにも命中したのだ!「グワーッ!」ワザアリ! 

「ガハッ……ハァーッ……ハァーッ……ヒサツ・ワザ!イヤーッ!」パンデモニウムは再び内なるカラテを振り絞り、自らの周囲に防御的カラテミサイル球を生み出した。「ニンジャスレイヤー=サン、貴様はジリー・プアーだ!何故ならば同時命中により姿勢が崩れ俺に対しては有効打にならず……!」 

 パンデモニウムは敵を躊躇させ撤退すべく、かなりの数のカラテミサイルを生み出した。だが満身創痍のニンジャスレイヤーは、四連続側転から体勢を立て直すと、その瞳に殺忍衝動をあかあかと輝かせながら再び飛びかかったのだ!「イヤーッ!」再び空中でばらまかれる、散弾銃めいたスリケン連射! 

「イヤーッ!」「ヒサツ・ワザ!グワーッ!」痛烈なカラテを受けて吹っ飛ぶパンデモニウム!CRAASH!スシ・レーンに背中を叩き付けられ、大きく仰け反る!だがそれと同時に、ヤバレカバレで生み出した追加カラテミサイル球がニンジャスレイヤーにも命中したのだ!「グワーッ!」ワザアリ! 

「ガハッ……ハァーッ……ハァーッ……ヒサツ・ワザ!イヤーッ!」パンデモニウムは再び内なるカラテを振り絞り、自らの周囲に防御的カラテミサイル球を生み出した。「何度やっても同じ事だ……!同時命中により姿勢が崩れ、俺に対しては有効打にならず、逆に貴様はダメージを蓄積し続け……!」 

 ここでパンデモニウムのカラテが底をつき始める。カラテミサイル球は明らかに減り始めていた。満身創痍のニンジャスレイヤーは、四連続側転から体勢を立て直すと、その瞳に殺忍衝動をあかあかと輝かせながら再び飛びかかった!「イヤーッ!」再び空中でばらまかれる、散弾銃めいたスリケン連射! 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーのジャンプチョップが振り下ろされる!「ヒサツ・ワザ!グワーッ!」痛烈なカラテを肩に受け、膝をつくパンデモニウム!追加カラテミサイル球を脇腹に食らいながらも、踏み止まるニンジャスレイヤー!彼の脇腹はすでに装束も肌も黒く焦げている!だが倒れない! 

「ググググ……愚かなり、カラテの何たるかも知らぬサンシタめが!イヤーッ!」「グワーッ!」立膝から体を起こした所へカラテフックを叩き込まれ、よろめくパンデモニウム!「燃費の悪いジツに頼り切りとは!底の抜けた風呂桶の如し!カラテを垂れ流す未熟な小僧よ!イヤーッ!」「グワーッ!」 

 強烈なカラテフックを受けて脳震盪を起こしたパンデモニウムは、生まれたての子鹿めいて足腰を震わせながら再び立ち上がろうとする。だがまたも無慈悲なカラテフック!「イヤーッ!」「グワーッ!」「オヌシに本物のジゴクを見せてくれよう……!本物のニンジャのイクサを……!暗黒カラテを!」 

 ニンジャスレイヤーが無慈悲なる連続カラテフックを繰り出す!その血みどろの両腕が、不浄なる黒い炎に包まれる!「イヤーッ!」右フック!「グワーッ!」「イヤーッ!」左フック!「グワーッ!」崩れ落ちるパンデモニウムを斜めに拾い上げるようにさらに右フック!「イヤーッ!」「グワーッ!」 

 ニンジャフードが焼け落ち、パンデモニウムの目が恐怖に見開かれる!逆にニンジャスレイヤーの両目は無慈悲なる愉悦に輝く!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!……サ、サヨナ……」「イヤーッ!」「グワーッ!」 

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「サツバツ!」ナラク・ニンジャは小跳躍し、四連続回転の勢いを乗せたボレーキックを側頭部に!「グワーッ!」パンデモニウムの首が蹴り飛ばされスシ・レーンのスシ皿に乗った!「サヨナラ!」爆発四散! 

 何度ワザアリを取ろうともイポンを取らねば即ち死ぬ……神秘的なジュー・ジツの教え通りの結末であった。しかしアマクダリ中枢へ至る情報源はまたも失われてしまったのだ。フジキドは片目にナラクの光を宿したまま、チャドー呼吸とともに歩み、自省する。己自身も暗い闇へと堕ちる寸前であった。 

「……ハァーッ、ハァーッ……」ユンコはジャンクドロイドを引っ張りながら、辛うじて廃墟スシ・バーを脱出し、立体駐車場へと逃げ出していた。「エネルギバーがだいぶ低いですよ」とAIカエルが注意喚起。「分かってるって……」地鳴りのような音とともに、ビル自体が激しく振動し始めた。 

 トロ成分も不足し始めた。「完璧なリソース配分なんて、ちょっと、無理だったみたい……」固いコンクリートの上にへたりこんだユンコは、またあのエンジン音を聞いた。そちらを見る。片目を赤く輝かせたニンジャが、1330ccの武装バイクに跨がって暗いスシ・バーから飛び出すのが見えた。 

 ロックオンマーク出現。否定。ユンコはヒッチハイクめいて手を掲げる。満身創痍のニンジャはフジキド・ケンジの瞳に戻り、走行ルートを変更した。アマクダリ武装ヘリがバイクジャンプでも届かぬ距離まで飛び去ってゆく。2体のオイランドロイドを拾い上げると、彼は崩れ行くハカバから脱出した。 

 

◆◆◆

 

 ズンズンズンズズズンズンズンズズ!ライブハウスにサイバーテクノが響く。ステージ上で平行LAN直結した「電気信号」のメンバーは、首をロボットめいて規則的に左右に向け、さらにL字形にした両腕をロボットめいて規則的に上下に振っていた。その危険な同期ダンスにフロアは沸き返っている。 

 ズンズンズンズズズンズンズンズズ!BPMが加速し、同期ダンスも加速する。ドドコンドドコンドドコンビーン。「スゴイ!」「新曲重点な!」危険なロボットダンスを踊るサイバーゴスたちが熱狂する。「電子的デジャブ!ゴースト!お前はまた何処かに消えた!」ヘイトディスチャージャーが歌う。 

「電子ノイズによる冤罪!沸き上がる怒り!激しい怒り!スパーク!火花が散るとお前はいない!突然変異的マシーンの脳内UNIXが生み出したゴースト!社会という名の演算装置に現れたノイズ!ハイ!お前はまた何処かに消えた!生き写しのレプリカ!レプリカ!レプリカ!ミッシング!リンク!」 

「ワオオオオオーッ!」「ワオオオオオオーッ!」ホールの熱狂は最高潮に達していた。フードを目深にかぶり、最後列の壁を背にそれを聴く女。彼女は誰にも気づかれることなく、出口に向かった。ここはもう自分のいるべき場所ではない。だが敬意を払うべき場所。自分を支えてくれた場所。 

 彼女は細く白い足で階段を上り、ネオンサインが火花を散らすエントランスに達する。「ダッセ!」「サイバーゴス、ダッセ!」ライブハウスの前を通り過ぎるカラテ・ジョックスが、ブラックベルトと最新鋭サイバーサングラスをこれ見よがしにアッピールしつつ、笑いながら通り過ぎていった。 

 フードを目深に被った少女は、些細な怒りに囚われて拳を握る。すぐにそれは制御される。バオオオオオン!黒いバイクがエンジン音を上げて、彼女を迎えた。ロードキル・デトネイター。それに乗るライダースーツを纏った金髪コーカソイドの女性が、サイバーサングラス越しに彼女を見てうなずいた。 

 フードの端からLANケーブル髪を微かに覗かせながら、ユンコはナンシーの操るロードキルの後部座席に乗った。2人を乗せたバイクは夜のネオサイタマをしめやかに走り出す。「ハッキングは終わり。指名手配の事なんて、すぐに押し流されるわよ」ナンシーが言った「半年もすれば誰も覚えてない」 

「考えたけど」ユンコは言った「ハッカーなんて、どうかな?記憶チップから再生されたドロイドで、しかもハッカーなんて……ねえ?かなりカワイイじゃない?」メンテナンス代、スシ代、その他諸々を賄わねば生きてはゆけないのだ。「興味深いわ」ロードキルは右へ、左へ、鈍い車たちを追い抜く。 

「エンジニアは……多分無理だよね」ユンコは言う「大学からファッキン・ドロップアウトしちゃったから」「企業に入らなくたって、何とかなるかも知れないわよ」「そうかな」「多分ね、分からないけど。試してみたら」「試してみようかな」ロードキルは速度を上げる。ネオンサインが流れてゆく。 

 ユンコの胸には、父親から貰ったロケット素子はもう無かった。地下秘密ラボのUNIXに挿入されたまま、爆発に巻き込まれて消滅したのだ。答えは結局のところ、すぐ近くにあった。あの素子に全てのデータが収められており、即座に特許登録ができる状態だった。望むならば権利者の名前とともに。 

 ハイテック市場は徐々に落ち着きを取り戻していた。むしろ失望により低迷している。スズキ・マトリックス理論は基礎理論にすぎず、即座に脳記憶チップからの安定した蘇生技術が確立される見込みはゼロであることが明らかになったからだ。モーターカワイイはある種のロストテクノロジーとなった。 

 少しの沈黙の後でナンシーが言った。「……まあ、そうね、暫くは一緒にいるといいわ。アジトの護衛役が欲しかったし、あなたには色々と興味があるのよ」「興味?」「そう、ジャーナリスト的な興味がね。まだまだ謎は解かれていない」 

「例えば?」「眠っている間にどんな夢を見ていたのか、とかかしら……それとも、あなたが見るIRCコトダマ空間はどんな風景なのか…」「コトダマ空間?」「そうね、アジトで話しましょ。ゆっくりシャワーでも浴びてから……ね。そう、私も少し嬉しいのよ。この世界って、男ばっかりだから」 

 長い長い戦いを終えて少し緊張がほぐれたのか、ナンシーの背を抱きながら、ユンコは静かに……少し長い眠りについた。ロードキル・デトネイターは夜のネオサイタマに吸い込まれてゆき、見えなくなった……。 


【レプリカ・ミッシング・リンク】 終


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