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S4第8話【ビースト・オブ・マッポーカリプス 前編】分割版 #7

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「今のネオサイタマの天変地異は、ダークカラテエンパイアが始祖カツ・ワンソーを顕現させようとしている行為。そういう理解でいいわね」ナンシーは念を押し、ユカノがそれに答える。「その通りです。ティアマトはカツ・ワンソーの影が生み出した存在。セトと結び、己の望みを果たそうとしているのです」

「目覚めてみれば、この世界は随分とのっぴきならない様相ね」ナンシーは言った。「人間の営みは、神話のニンジャの手の中にあるというのかしら?」

いな!」トイレの個室ドアが勢いよく開き、トレンチコートとハンチング帽姿のフジキド・ケンジが出現した。隣の個室のドアが開き、ベレー帽とレザーブルゾン姿のドラゴン・ユカノが進み出た。鏡の前で二人の準備を待っていたブレザー姿の少女、ナンシー・リンは力強く頷いた。「ええ。否よ」

 ナンシーが二人に共有した偽造IDは、タキ達が決死のアタックでエネアドのシステムから掠め取ったばかりのデータだ。無効化されるのも時間の問題。急がねばならない。ユカノのティアドロップ・サングラスは薔薇色だった。「キマってるわね」「こうしたアタックには説得力が肝要です」「……ゆくぞ。今はまだカラテはならぬ」

 一階ホールに戻った三人は、堂々とエントランスの受付係のもとへ進み、オジギして偽造IDを提示。「ドーモ。我々はNSTVから派遣されました」「……」凄まじく張り詰めたアトモスフィアが流れた。見目麗しい受付係の男は無言でオジギを返し、ゲートを動かした。

 無人の廊下を進み、やがてナンシーは息を吐いた。「さすがはセトといったところね。受付係からして、只事ではなかったわ」「あの者もニンジャだ」フジキドは断定した。「あの者に誰何すいかされれば、たちまち複数のニンジャ戦士が我らを取り囲む事態となった。今はまだ、その時ではない……」

「ええ。まだダメよ」ナンシーは呟き、偽造IDを用意したタキとユンコに感謝した。そして、リアルニンジャたるフジキドとユカノの、研ぎ澄まされた奥ゆかしさに舌を巻いた。必要とあらば文明社会に溶け込む彼らのヘイキンテキは、ジャーナリストの装いで、カラテの爆発力をおくびにも出さず隠しきる。

 エネアドの黒く磨かれた廊下の壁には、薄っすらと古代エジプト様式の壁画紋様がレリーフされている。手を触れればわかる微細な紋様。恐らくはこうした様式すらも、セトを助ける呪術的な意味合いを持つのだ。

 やがて眼前にエレベーターが現れた。三人は目を見交わす。エレベーターが開き、社員が進み出る。「……」見目麗しきエネアド社員は、黒く縁取りされた油断ならぬ目でフジキド達を見た。「取材の方ですか」

「ハイ。我々はNSTVのジャーナリストです」「若い方もいますね」社員はナンシーを凝視。ユカノは彼女の肩を抱いた。「実際のところ、彼女は社会見学に。IDは認証済ですわ」「……ごゆっくり」

 三人はエレベーターに入り、去る者の背中を見つめた。「……あの者も、ニンジャだ」フジキドが低く言った。「怪しまれれば増援のニンジャ戦士が駆けつけ、イクサとなった」ユカノも頷いた。「一筋縄ではいきませんね」扉が閉じ、上昇が始まった。


◆◆◆


 バラバラバラバラ! ネオサイタマ上空、ヘリのローター音とエンジン音で満たされたNSTV報道ヘリ内では、今まさに諍い事の真っ最中であった。「いいか? 俺達はNSTVの……」「ちょっと! 暴れないで! アブナイですよ! 空中なんです」「うるせえ! NSTVのジャーナリスト魂ってのはなァ! スクープ! ヤッテヤル! 以上だ!」

「ちょっとイデモチ=サン! 首が苦しい!」「お前がくだらねえ事言うからだ、サトバ=サン!」「くだらなくないですよ! 実際マズイんじゃないですか? カイシャから帰還命令出てるじゃないですか! これ以上はダメですよ!」イデモチは舌打ちし、操縦士に指示。「全責任はこの俺が持つ! 飛行継続しろ!」

 NSTV報道ヘリの彼らは、この異常な状況のネオサイタマ上空を飛び回り、積極的にレポートを放送しようとしていた。不気味な緑の侵食、影から現れる顔のない存在たち、ジグラット富士や奇妙なオリガミ・オブジェクトが作り出す安全地帯。どれも凄いスクープだし、視聴数と広告も見込める筈だった。

 だが、どうも天変地異以降、上との意思疎通がうまくいっていない感触があった。大規模な通信障害も勿論ある。しかしそれ以上に、現場から上げた情報が会議室でたらい回しにされた挙げ句に、お蔵入りになっているようなのだ。「俺達はなあ、命かけてンのよ! バカどもを煽ろうと頑張ってンのよ!」

「放映されるかもよくわかんないし、無駄じゃないですか? 私まで巻き込まれちゃうじゃないですか!」「もう巻き込まれてんだお前は! オッ、見ろ! あのビル! 屋上で50人くらいセイケン・ツキだ! ZBRも打たずに外に出るからだぜ! ズームしろ、ズーム!」ヘリはショッキングな光景を求めて飛ぶ!

「「イヤーッ! イヤーッ!イヤーッ!」」おお、何たる冒涜的光景か! 確かにイデモチが指差す先、屋上では黄金光の影響を受けたネオサイタマ市民が、一斉にトレーニングを行っていたのである!「「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」」しかしそれも今やチャメシ・インシデントの一部に過ぎない!

「ダメだな、もっと、絵だ! もっと! もっとねえか?」「帰りましょうよ!」「アレだ! アレに近づけ!」「エッ……しかしアレは……」「見るからにヤバくていいじゃねえか!」イデモチが目をつけたのは、ネオサイタマの摩天楼からなお高く屹立する緑の塔……マルノウチ・スゴイタカイビルだ。

「ちょっと待ってください! マルノウチ?」サトバは呻いた。「あの上空はダメですって! 何か、確か企業軍が……あのホラ、エネアド社ですよ! エネアドが包囲してるって言ってたじゃないですか!」「エネアド? 知るか!」「でもNSTVはエネアドと提携したッて話じゃないですか……まずいッスよ、まず過ぎる」「上等だよ!」

『ザリザリ……帰還……還せよ……ザリザリ』本部通信が断片的だ。「ホラ見ろ、あんまり聞こえてこねえ。指示が聞こえねえンだから、現場の裁量でどうにかするンだよ!」「アイエエエ! ブッダ!」NSTVヘリは恐れを知らぬ軌道を描き、光の柱の中にあるスゴイタカイ・ビルをめがけ飛翔するのだった!


◆◆◆



 チョウチン・ディストリクト。

 ネオサイタマに存在する大繁華街のひとつである街区は、その名通り、建物という建物が大小さまざまなチョウチンを掲げている事で知られる。ある程度の規則性を伴って配置された低層の建築物は、一説には、西のキョート、ガイオンシティに街の有力者が憧憬を抱いているからだとも。

 高層建築が存在しない構造ゆえ、ここにジグラット富士の景色はよく届く。「安全地帯」だ。

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