【オア・ザ・シークレット・オブ・ダークニンジャ・ソウル】
◇総合目次 ◇エピソード一覧
この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版が、上記リンクから購入できる第2部の物理書籍/電子書籍に収録されています。また、第2部は現在チャンピオンRED誌上でコミカライズが連載され、コミックスが刊行されています。
1
夜。五段重ねの重箱めいたビルが整然と並ぶ、ガイオン・オミヤゲストリート。ビルの壁面は黒く艶々としたガラス液晶になっており、階と階の継目部分は右から左へと赤いLEDライトがグラデーション点灯して、嫌がおうにもサイバー感を高める。
1階から2階部分は、江戸時代を彷彿とさせるような高級土産屋、キンギョ屋、コケシ屋、オメーン屋などが並ぶ。目が痛いほどの神秘的な青いビームを放っているのは、最高級の合法オイランハウスだ。奥ゆかしく林立したノボリには「真実味」「伝統的な」「出来が違う」などの極細ミンチョ体が躍る。
ストリートの横幅はかなり広い。実際タタミ50枚分ほどはあるだろう。車は進入できず、ストリートの入口ではマシンガンを持ったマッポやスモトリたちが警備にあたっている。下層市民を中に入れないためだ。通りにはボンボリツリーなどの幸福オブジェが並び、市民や観光客でごった返している。
「マッポー近し!マッポー近し!」ぼろぼろの僧衣をまとった無精髭の男が、「私が救います」と書かれたアンテナノボリを掲げながらストリートの中心を歩いていた。顔を覆うフードの下からは何十本もの薄汚いLANケーブルが垂れている。どうやって侵入したのか、明らかに場違いで異質な存在だ。
「何あれ?」「パフォーマンス?」「コワイ!」「誰かマッポを呼ぶだろ」「コワイ!」「ペケロッパだな」「それより早く前後したい」市民や観光客は、この異常なマッポーボンズから遠ざかるように道を空ける。あたかもモーゼの海割りのように。だが反対側から、意に介さず進んでくる5人組が!
ブンズーブンズーブンズーブンズー!ブンズーブンズーブンズズブンズー!アッアッアッアアッ、アシカゲ・タクジ!ブンズーブンズーブンズーブンズー……現れたのはサイバーコンポを抱えた5人組のテクノサムライ!カチグミの次男である彼らは特にやることも無く、日々こうして踊っているのだ!
全員、どぎつい色のサムライドレスに身を包み、片方の肩または両方の肩をはだけ、鍛え上げられた筋肉や、最新サイバネパーツで置換された腕などを見せびらかしている。彼らのテクノダンスは激しく、クローンヤクザ並の統一感を誇る。実際ダンスができて金も持っているので若い婦女子は入れ食いだ。
ブンズーブンズーブンズーブンズー!ブンズーブンズーブンズズブンズー!アッアッアッアアッ、アシカゲ・タクジ!ブンズーブンズーブンズーブンズー!アシカゲ・タクジ!アシカゲ・タクジ!アッアッアッアアッ、アシカゲ・タクージ!……5人は前進しながらダンスを決める。だがボンズは退かない。
先頭のビッグチョンマゲが、無線IRCで停止合図を送った。後列2人が背負っていたサイバーコンポも、同時に止まる。彼の血筋はエド戦争に勝利したアシカゲ家のサムライであり、今はメガコーポの重役だ。アシカゲ・タクジはボンズに問う「……お前、誰よ?どこの家柄よ?エド戦争、戦ったワケ?」
ナムアミダブツ!尊大な態度!だがアッパーガイオンにおいてこのような発言はチャメシ・インシデントである。「俺のカラテ、喰らいたいの?」とアシカゲ。「マッポーカリプスが近づいておるぞ。ぬしら、そんな所に立っておって良いのか?」男はフードの陰から覗く口元に、不敵な笑みを浮かべた。
「てめえええーッ!タクジ=サンを馬鹿にしやがったァーッ!?」後ろに控えていたカブキモンの一人が、怒りを露にしながら歩み出る。だがアシカゲは彼をわざとらしく制止し、周囲の見物人たちを意識しながら、大見得を切った。ジュー・ジツを構えるアシカゲ!「イヤーッ!」そしてケリ・キック!
「グワーッ!?」これは何事か?確かにケリ・キックは命中した。だが弾き返されたのはアシカゲ・タクジ!呆然として地に転がるサムライ!この薄汚いカルティストは、指ひとつ動かしてはいない。ぼろぼろの僧衣の下には、常人離れした筋肉が隠されており、その力だけで弾いたとしか思えなかった。
「近いぞ……すぐそこに」カルティストは鈴を鳴らし笑う。アシカゲは仲間の手を振り払いながら、相手の顔を見上げた。フードの陰になった男の両眼が微かに見えた。そこには白い電流がバチバチと走っていた。アシカゲは失禁した。「何だ、てめえ…」「グワーッハハハ!マッポーカリプス、ナウ!」
ブゥン!上空から突如、光柱が降り注ぎ、アシカゲ・タクジを包み込んだ。そして消える。タクジはおらず、アスファルトが溶けて黒い蒸気が立ち上っていた。「「「「エッ」」」」4人のテクノサムライは愕然とする。観光客らも息を飲んだ。次の瞬間、光の柱がストリートに向けて無差別に降り注ぐ!
「アイエエエエエ!」「アバーッ!」何が起こったのかわからず逃げ惑う観光客たち!だが罪無き人々が次々と蒸発してゆく!ナムサン!「グワーッハッハッハ!マッポーカリプス、ナァァアウ!ドーモ!ドーモ!全滅する人間の皆さん!メテオストライクです!私が救います!グワーッハッハッハ!」
「「「「アイエエエエエエエエ!」」」」残った4人のテクノサムライたちは、メテオストライクの狂った笑い声を背に、一斉に4方向へと逃げ出す!ビームの雨が止むと同時に、ストリート中のマンホールの蓋が飛び、コールタールめいた暗黒物質が間欠泉めいて吹き上がり、人間たちを捕まえ始めた!
「ハァーッ!ハァーッ!」テクノサムライのモダは観光客らを押しのけ、倒れた者があれば踏みつけながら北に逃げた。そしてコケシ屋へと避難!「ここまで逃げれば大丈夫だッ!」肩で息をし、顔を上げるモダ。…だが、おお、ナムサン!そこはすでに血の海で、灰色装束のニンジャが1人立っていた!
「ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」絶叫するモダ!「ドーモ、ストームタロンです」そのニンジャは両腕をムテキ・アティチュードで鋼鉄鉤爪化し、モダに情け容赦なく切りかかった!「イヤーッ!」「アバーッ!」両腕を切断されコケシに!「イヤーッ!」「アバーッ!」さらに首が飛ぶ!コワイ!
「ハァーッ!ハァーッ!」テクノサムライのシマズは観光客らを押しのけ、倒れた者があれば踏みつけながら南に逃げた。そしてキンギョ屋へと避難!「ここまで逃げれば大丈夫だッ!」肩で息をし、顔を上げるシマズ。…だがそこは血の海で、女達は縄で縛られ、茶色装束のニンジャが1人立っていた!
「ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」絶叫するシマズ!「ドーモ、シーワーラットです。男はいらねぇ」そのニンジャはどす黒く変色した右腕をシマズの腹に突き刺す!「イヤーッ!」「アバーッ!」おお、何たること!忌まわしい汚水毒が注ぎ込まれ、キンギョめいて腹が膨れ……コワイ!ハ、ハレツ!
「ハァーッ!ハァーッ!」テクノサムライのヒロシは観光客らを押しのけ、倒れた者があれば踏みつけながら東に逃げた。そしてオメーン屋へと避難!「ここまで逃げれば大丈夫だッ!」肩で息をし、顔を上げるヒロシ。…ナムサン!そこはすでに血の海で、ブッダオメーン・ニンジャが1人立っていた!
「ドーモ、デスネルです」「ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」絶叫するヒロシ。周囲の死体を見渡せば、何故かどれも腰から上だけがゴアまみれの骨に変わっている。一体どんな恐ろしいジツを使えばこのような非人道行為を行えるのか?「イヤーッ!」「グワーッ!」デスネルのカラテが心臓を襲う!
だがヒロシはまだ生きていた。逃げようともがく。恐怖で脚が動かない。心臓の拍動が少しずつ大きく、少しずつ早くなっていくのを感じる!耐え切れない!「アーッ!アーッ!アーッ!」そして108回目の拍動と共に何故か上半身だけ内側から爆発!「ナムアミダブツ!これぞブツメツ・ケン!」
「ハァーッ!ハァーッ!」テクノサムライのポマは観光客らを押しのけ、倒れた者があれば踏みつけながら西に逃げた。そして高級チェーン蕎麦屋へと避難!「ここまで逃げれば大丈夫だッ!」肩で息をし、顔を上げるポマ。だがそこはすでに血の海で、ソバシェフ装束の男が店の奥に1人立っていた!
「あの……」ポマは店の奥で黙々と柱に正拳突きを繰り出すソバシェフ風の男に近づいた。「イヤーッ!イヤーッ!」だが男は振り返らない。黙々と柱を殴るのみ。ソバヌードルを仕込むように。次第に強化コンクリートにヒビが入り始めた。「アイエッ!?」彼は人間ではない。ポマはそう確信した。
「イイイヤアーッ!」強烈なカラテ!柱のみならず壁全面にヒビが入り、この責め苦に耐えかねたビル全体が激しく揺れ始めた!そしてその男……ランペイジは振り返る!彼の着ていたのはソバシェフ装束ではない!ソバシェフ装束を改造したニンジャ装束だったのだ!「アイエエエエ!」ポマは失禁!
「ソバシェフ・ランペイジ事件はまだ終わっていない……」ランペイジは床に倒れ失禁するポマになど気付きもせず、「お」「い」「し」「い」と書かれたノーレンをくぐってそのまま外へと向かった。後方でビルが崩落し、ポマの短い絶叫が潰された。「……俺がソバシェフ・ランペイジ事件なのだ」
ランペイジ、かつての名をゼンダと呼ばれていたソバシェフは、オミヤゲストリートで猛威を振るうレーザーの雨と、触手めいて荒れ狂う暗黒物質の大波を見た。アンコクトン・ジツで作られた黒いボンボリツリーには観光客たちが何人もぶら下げられ、その上に彼の相棒……デスドレインが立っていた!
「へへへへ!メテオストライク=サン?お前ホラ吹き野郎だと思ってたよ!」デスドレインは観光客の中でも一際そそる女をまた一人見つけ、暗黒触手で締め上げると、手元に引き寄せていた。そしてクイズを出す。「なあ嬢ちゃん!あの光、何かわかるか!?ヒントは、そうだな、宇宙!ワカルカナ?」
「ニンジャ?ニンジャナンデ!?」女は泣き叫ぶ。「あと3秒ー!」「宇宙?宇宙ナンデ!?」「はい時間切れ!」「ンアーッ!?」口の中に暗黒触手を流し込まれ、女は激しく痙攣しながら絶命した。デスドレインは下劣なネクロフィリアなのだ!「へへへへへ!答えはどっかの国のレーザー衛星!」
◆◆◆
アッパーガイオン上空。ザイバツ・シャドーギルドの有する2機の黒塗りVTOL機が、二重螺旋状にスクランブル飛行しながら、オミヤゲストリートへと向かっていた。
VTOL機の上にはそれぞれ1人ずつニンジャが立ち、爪先をわずかな取っ手部分に引っ掛け、時速666kmの高速飛行の中でも微動だにせず直立浮動している。タツジン!彼らが向かう先はまさにマッポーカリプスのごときジゴクめいた戦場!空を覆う黒雲がレーザーの照射で丸く切り開かれている!
ザイバツ・シャドーギルド発足以来の緊急事態であった。キョートは観光業で成り立っている。そこへの打撃はキョート闇経済界と繋がるザイバツにとって死にも等しい痛手!ゆえに彼らは切り札を緊急投入した。一者は妖刀ベッピンを背負うダークニンジャ!もう一者はヘビ・ケンの使い手ニーズヘグ!
すでにオミヤゲ・ストリート周辺を定期パトロール中であったマスター1名とアデプト数名が通信を絶っている。爆発四散したのだろう。もはや一刻の猶予も無いのだ。間もなくレーザー地帯に差し掛かる。VTOL機は二重螺旋飛行を止め、裏返った状態で横並びに高速飛行した!
グランドマスターのニーズヘグは、左手を飛ぶニンジャに一瞥をくれた。(((…ソウカイヤから寝返ったムーホン者、ダークニンジャか。パラゴンのタヌキめに、いかなる賄賂を贈ったか……。ハン!涼しい顔をしているようだが、貴様の力とロードへの忠誠心を、この目で確かめさせてもらうぞ)))
「垂直落下まで30秒ドスエ」VTOL機電子マイコ音声が告げる。「のう、ダークニンジャ=サンよ!」ヒエラルキーの外にいる者に対し、武人ニーズヘグは戯れに問いかける「前回はマスター位階の名誉すらも辞退したとな!オヌシの望みは何だ!金か!?より上の位階か!?ロードの寵愛か!?」
垂直落下ポイントが近い。VTOL機が急速減速する。ダークニンジャはニーズヘグに対して、ぞっとするほど冷たい一瞥をくれた。そして言い放つ「……カラテだ。カラテあるのみ」「……ほう」「0秒ドスエ、オタッシャデー!」2者は同時にVTOL機を蹴り、真っ逆さまに地上へと降下した!
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(あらすじ:ガイオンシティ上層、オミヤゲストリート。ザイバツ支配下にあるこの重点商業地域に、デスドレイン率いる犯罪者ニンジャ軍団が出現。レーザー衛星から光の雨が降り注ぐ中、VTOL機から垂直落下を行う2人のザイバツニンジャ!…ダークニンジャとニーズヘグが今、死の任務を遂行する!)
猛スピードで降下する2人のニンジャ。頭を下に、スケルトン競技めいた体勢だ。血に染め上げられたアスファルトが近づく。距離はあとタタミ十枚。ナムサン!いかなニンジャとて、このままでは落下衝撃によりウォーターメロンのごとく砕け散ってしまう。だが、ここで両者はバンザイの姿勢を取った!
そのまま地面へ!まずは指先と掌、スナップを使い頭から肩、背中へ……この動きは……前転!前転である!タツジン!二者は事も無げに垂直降下飛び込み前転をやってのけ、落下の衝撃を殺したのだ!横並びでしめやかな立膝姿勢を取った2人は、50m先の攻撃目標群を捕捉し、互いの得物を抜き放つ!
イアイド・リチュアルを思わせる電撃的な前転立膝抜刀によって、周囲は一瞬だけ、シシオドシめいた静寂に圧された。熱病のごとき殺戮と狂乱とケオスに包まれたオミヤゲストリートが、一瞬だけ、はっと息を呑んだかのように。ダークニンジャの握る妖刀ベッピンの刃が大気を震わせ、甲高く鳴った。
ダークニンジャの横には、利き手の左でヘビ・ケンを構える、オーカー色装束のニーズヘグ。彼の得物は、刀身が五つにセグメント化され、高伸縮性のモノフィラメントワイヤ束で繋がれた、極めて奇妙な形状の剣だった。蛇腹剣とも呼ばれ、フジサン山麓の暗殺ドージョーにしか流派継承者は現存しない。
着地後の1秒間で、ニーズヘグは戦況を見渡した。犯罪者ニンジャ軍団は、大路やビルの中で今なお堂々と非道行為を行っている。ビル群の破壊率はおよそ20%程度だが、内部の惨状は不明。極太レーザーの狙いは半ばランダムで、彼ら自身ですらも回避行動を取る姿が見える。正気の沙汰とは思えない。
情報によれば、レーザー人工衛星をハッキングしたニンジャが1人混じっているはずであり、それが最重点攻撃目標だ。だがニーズヘグの琥珀色の目は、大路中央にそびえる暗黒触手ツリーとその上に乗るニンジャに、実際強く引き寄せられた。この男から、吐気がするほど邪悪なニンジャソウルを感じる。
それ以外にも何個か、マスター級に近い強さのニンジャ存在が感じられる。のみならず、オミヤゲを略奪すべく下層民どもが雪崩れ込み、大路の混乱はなお増している。……ニーズヘグはこれまで無数のイクサを生き延びてきたが、ここまでケオスに狂ったマッポー的戦場は、一度たりとて経験が無かった。
ニュービーならば小失禁、アデプトでも怖気づくだろう。圧倒的なカラテを持つグランドマスターたちも、数パーセントの不確定リスクを懸念し、自分の高すぎる地位を守るために、足を運びたがらないはずだ。この2人が身を置くのは、それほどまでに危険で、何が起こるか予測不可能な戦場なのである。
だがニーズヘグの顔には、武人めいたマーシャルな笑いが浮かんでいた。「ハハハ!こいつぁ……死ぬかもな!」かつてバジリスクと同じドージョーで修行を積んだ彼は、死と殺戮の中にしか喜びを見出せない、生まれついての戦闘狂なのだ。そして彼は驕ることなく、数パーセントの死の可能性を認めた。
「俺は死なん」とダークニンジャ。ほぼ同時に、二者は立膝姿勢から攻撃目標群へと駆け出した。…これは慢心でも虚勢でもない。彼はそのハガネの眼力と戦争用FORTRANめいた冷徹な判断力によって、読者の皆さんがニーズヘグと共に知った状況説明の50倍の情報を瞬時に読み取っているのだ。
ウォーミングアップに略奪下層民を斬り、レーザーをタンブル回避しながら大路を並走する二剣士。だがダークニンジャの顔にも心にも、ニーズヘグのような武人の笑みは無い。戦場に立つ彼は電子タンクのように冷徹だ。またそもそもフジオ・カタクラには、人間的な喜びを感じる機能が欠落している。
「イヤーッ!」鋭いベッピンの太刀筋!全身のニンジャ筋力がしなやかに躍る!「アバーッ!」略奪モヒカンの首が飛ぶ!「イヤーッ!」鋭いベッピン!「アバーッ!」モヒカンの首!「イヤーッ!」ベッピン!「アバーッ!」モヒカン!「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」
(((こいつは、もしかして、べらぼうに強いんじゃないのか?)))ヘビ・ケンで下層民を惨殺しながら並走するニーズヘグは、この男のワザマエに惹かれ始めた。彼は大業物であるヘビ・ケンを愛している。刃先の無慈悲な曲線具合から、完璧な均整まで、全てを。それに似た感覚を覚え始めたのだ。
血の道を刻み走る二剣士の前には、観光客を惨殺する2人のニンジャの姿が。いかなソウル感知能力を持つとて、どれが重点目標ハッカーニンジャかまでは解らない。殺してみるまでは。どちらにせよ、全ての敵を抹殺する必要があるのだ。「「イヤーッ!」」アンブッシュ!同時に低空トビゲリを放つ!
「「グワーッ!?」」辛うじて防御姿勢を取るも、衝撃で後方に弾き飛ばされる敵ニンジャ!だが浅い!すぐに立ち上がり、ジュー・ジツを構える。一方のダークニンジャとニーズヘグは、打撃命中のインパクトを利用して後方ムーンサルト回転、着地、側転!2つの1対1を作り出す形で向かい合った!
「ドーモ、ダークニンジャです。これより貴様らを排除する」「ドーモ、ダークニンジャ=サン、ストームタロンです。シャーッ!またザイバツのいい子チャンかァ?!イカルガ連続切裂殺人事件の犯人にして元死刑囚のオレ様が、てめえをネギトロにしてやるぜェ!」ジツで両腕が金属鉤爪へと変わる!
数メートル横でも、別なオジギが。「ドーモ、ニーズヘグです」「ドーモ、ニーズヘグ=サン。シーワーラットです」こちらは極めて簡素なアイサツだ。その名前だけで、ニーズヘグにはこの死刑囚の正体が推測できる。下水道に潜み婦女子を連続カラテ拉致監禁した、所謂ドブネズミ殺人事件の犯人だ。
激しいカラテの攻防が始まった!交錯するカタナ、鋼鉄鉤爪、蛇腹剣、下水毒クナイ!ウカツにも近づいた人間は、観光客か略奪暴徒かを問わずネギトロへと変わる!ナムアミダブツ!平安時代の哲学者ミヤモト・マサシが詠んだ「モスキート・ダイビング・トゥ・ベイルファイア」のコトワザ通りだ!
ただの1対1ならば目の前の敵を即座に圧倒しただろう。だが敵は既に新たな刺客の参戦に気付き、レーザーやスリケンやマンホール伝いの暗黒触手などで支援してきているのだ。いや、支援などという高等な戦法ではなく、悪童が戯れに仲間の喧嘩へとナイフを投げ込むような、無秩序な攻撃であった。
暗黒触手によるスネア攻撃を連続側転で回避したダークニンジャは、不安定な着地体勢のままL字ターンを決め、ストームタロンに上段から斬りかかる!「イヤーッ!」「ムテキ!」鋼鉄化された鉤爪が防御!だがこれは狡猾なフェイントだ!続けざまに鳩尾への冷酷な膝!「イヤーッ!」「グワーッ!」
ストームタロンの体勢が崩れる!あとは妖刀で心臓を貫き、禁断のニンジャソウル吸収技ヤミ・ウチで止めを刺すのみ。だが……ここでダークニンジャは何を思ったか素早く側転を打った。ストームタロンも逆方向に側転を打つ。直後、2人が戦っていた場所にレーザーが降り注いだ!ナムサン!間一髪!
一方のニーズヘグも、ネズミめいた姑息な動きを見せるシーワーラットを捕えあぐねていた。シーワーラットは常人の3倍を誇る脚力でチョロチョロと駆け回り、ビルの壁を蹴って三角飛びを決め、ヘビ・ケンの間合いから逃れながら、毒手で一瞬握って猛毒化したクナイ・ダートを投げ込んでくるのだ。
これではジリー・プアー(徐々に不利)。「カーッ!せこい奴じゃ!」敵の首領が残っている状態で手の内を気前良く明かしたくはないが、やむをえぬ。ニーズヘグは再び間合いを詰めた。ビル壁面へ跳躍し逃れるシーワーラット。「ヒヒーッ!俺の下水毒は、かすっただけで肉がハレツして死ぬぞ!」
黒漆重箱めいたビルの液晶ガラス窓を蹴り、高く三角飛びするシーワーラット。液晶面には「ナムアミダブツ」のLED文字が点滅していた。「イヤーッ!」ニーズヘグは腰の捻りを効かせながら、ヘビ・ケンを斜め上へと振り抜く!ゴウランガ!剣のセグメント部分が一瞬で分割され、長い鞭状武器に!
「グワーッ!」ヘビの頭めいた先端セグメントが、シーワーラットの腹を貫通する!空中では脚力も活かせない!「イヤーッ!」ニーズヘグは敵の支援レーザー攻撃をかわしながら、ニンジャ筋力と単繊維束ワイヤーの戻りの力で得物を引き寄せた!銛のような逆棘状の刃のせいで、腹から刃が抜けない!
「オゴーッ!」地面に叩きつけられバウンドするシーワーラット!だが刃の逆棘は抜けない。「噛み付いたら放さんぞ!」ニーズヘグは哄笑しながらヘビ・ケン鞭を振り、ビル壁面へと獲物を叩きつけた!鼠をいたぶる蛇のようだ!「ちくしょオーッ!」シーワーラットは闇雲に猛毒クナイをばら撒く!
一発がニーズヘグの頬をかすめた!細い朱色の線が引かれる!「ハレツだァーッ!」鼠が下卑た笑い声を上げる。だが蛇は意に介さず鞭を振った!「グワーッ!?」叩きつけられる鼠!「わしにドク・ジツは効かんぞ?」「ナンデ!?」だが蛇は意に介さず鞭を振った!「グワーッ!」叩きつけられる鼠!
ランペイジが調達した強力ズバリの過剰摂取によって痛みは感じないが、シーワーラットの心は完全に折れていた。(((もう嫌だ、下水に帰りたい。そして餌をあげて前後したい。でも脚力も毒も通じないんなら、モウダメダー!)))「サヨナラ!」シーワーラットは断末魔の叫びを残し、爆発四散!
その爆発四散の数秒前。ダークニンジャはストームタロンと戦いながら、大路を挟んでニーズヘグとは反対側のビル前へと移動し、レーザーや暗黒触手による支援攻撃を可能な限り分散していた。かなりの距離だが、ニンジャ視力をもってすれば、問題なく互いのイクサぶりを確認しつつ戦える。
「シャーッ!逃げてんのかーッ!?」ストームタロンは鋼鉄爪で闇雲に切りかかってくる。上下左右全ての攻撃を、ダークニンジャはベッピンで冷静に弾き返した。復活した妖刀の振るい心地を確かめるように。彼は琵琶湖からの脱出直後、試し切りをする暇もなく、緊急IRCで出撃命令を受けたのだ。
「キリステ・ゴーメン」ダークニンジャは古のノロイ文句を放ち、魔剣を右上段で水平に構える。ただそれだけで、ストームタロンは名状しがたい恐怖を感じた。底無しの縦穴に落ち込んでいくような、悪夢の中で見る暗闇への永久降下感覚の予感が、彼の精神とニンジャソウルを震え上がらせたのだ。
「何だ何だチクショウ!?」ストームタロンは、敵のカタナが淡い紫色の光を放っていることに気付いた。刀身の漢字か?漢字が光っている?だが難しすぎて読めない!目を合わせられない!無意識にその妖刀から目を逸らしてしまう!先程の言葉も意味が解らない!だが恐ろしい何かであることは解る!
漢字サーチライトを浴びた暴徒のように、あるいは陽光にさらされたノスフェラトゥのように、ストームタロンは鉤爪状に強張らせた両手を顔の前にかざし、妖刀が放つ朧な暗黒の光を遮った。ここからどんな攻撃を繰り出してくる?彼には予想がつかない。彼はこれまで人間しか殺した事がないからだ。
ストームタロンの視界から突然、ダークニンジャの姿が消えた。「デス・キリ!イヤーッ!」背後へと遠ざかってゆくダークニンジャの声!一秒ほど遅れて、ストームタロンの胸元に斜めの深い傷口が走り、壊れたスプリンクラーめいて血飛沫が飛ぶ!「グワーッ!」力を失い両膝をつくストームタロン!
(((何だ?)))シーワーラットを爆発四散させたニーズヘグは、レーザーを蛇行疾走で回避しながら、その恐るべき光景を見ていた。彼の動体視力でも追いきれぬほどの速さで、ダークニンジャは敵の背後へと駆け抜けていたのだ。限界まで引き絞られた矢が放たれるように、静から動へと、一瞬で。
わずかな硬直の後、ダークニンジャはカタナを回しながら素早く背後へと向き直り、再び一直線に駆け込んだ。そして膝立ち状態のストームタロンに背後から迫り、ベッピンで心臓を突き刺す!ヤミ・ウチ!「イヤーッ!」「グワーッ!」…ドクン!ドクン!ドクン!妖刀が血とソウルを吸い上げ始める!
血、記憶、カラテ、ニンジャソウルが分解され吸い上げられる。その一部が、魔剣を握るダークニンジャのニューロンにも流入してくる。敵の鼓動に合わせ、彼の視界は白く明滅した。解読不能なまでに断片化され、抽象化された相手の記憶やソウルのイメージがソーマト・リコールし、虚無へと消える。
意識が飛びそうなほど激しい昂揚が、ダークニンジャを満たす。(((屑……!貴様の人生は……屑だ……!無価値だ……!)))(((何だ!何を見てる!?ヤメテ!!)))死刑囚が絶望に喘ぐ。ダークニンジャの口角が歪む。胸の奥に溶けた貪欲な竜が送り込んできた、不快な感情のパルスだろう。
ドクン!ドクン!ドクン!ニンジャソウル吸収速度がなおも速まる!激しい興奮はいつしか、耐え難いニューロン異常快感めいたものへと変わってゆく!……だが、ダークニンジャは敢えて自らの意志を制御し、ソウル吸収途中で血濡れの妖刀を引き抜き、素早く側転を切った!直後、降り注ぐレーザー!
「サヨナラ!」言葉だけを残し爆発四散するストームタロン!間一髪!あのままソウル吸収を続けていれば彼もまた消し飛んでいた!「……お預けだ、竜め……!」ダークニンジャは小さく吐き棄てるように言った。あの残忍で卑屈な笑みは、どこかへ消えた。ハガネ・ニンジャの潜む胸の奥底に。
連続側転と側宙で死の光を回避しながら、ダークニンジャのニューロンは加速する。彼は知っていた。かつて、くだらぬボンノが竜を滅ぼしたことを。彼に同じ轍を踏むつもりはない。より先に進んでみせると決意した。その意志を竜と妖刀に見せ付け服従させ、彼は運命と宿命に宣戦布告を行ったのだ。
長らく味わっていなかった感覚を、ダークニンジャは再び覚えた。空中から容赦なく振り下ろされる、あの見えない巨大なハンマーを。自らの魂がアンヴィルの上に置かれ、鍛え直される感覚を。彼はもはやただのカタナではなかった。他者の血と魂と憎悪で冷やされた、自我持つ妖刀へと変わっていた!
その瞬間である!彼の両腕を包む装束が内側からズタズタに引き裂かれ散った!彼の肘から手首までを覆っていた聖なるブレーサーが変形し、無慈悲なる法と統率を予感させる禍々しいガントレットと化して指先までを完全に覆ったのだ!ゴウランガ!甲に輝くは、「鋼」「鉄」のエンシェント・カンジ!
「「イヤーッ!」」二剣士は暗黒触手やレーザーを回避し、大路の中央へと背中合わせに着地!そしてジュー・ジツを構えた!ダークニンジャの頭にはこの時、何らかの構想が芽生え始めていた。おそらくは世界にとって善からぬ、何らかの構想が。だが、それはまだ先の話だ。今は……カラテあるのみ!
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ダークニンジャとニーズヘグは背中合わせに着地!一瞬言葉を交わす!「重点」「重点」2人のニンジャの視線は、修道ボンズめいた風体のニンジャに向けられている。タツジン!これまでの戦闘の中で、位置取りや衛星レーザーの攻撃パターンなどから、2人は同じ最重点攻撃目標を導き出していたのだ!
「重点!」さらにダークニンジャの背後に青白いヒトダマのごとく付き従っていたモーターチビも、ザイバツの援軍接近情報を音声で伝えた。最重点攻撃目標であるメテオストライクめがけ、両者は並走しながら一直線に駆け込む!その距離はおよそ100メートル!間に立ち塞がるは、元死刑囚デスネル!
「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イイイヤアアアーッ!」突っ込んでくる敵ニンジャ2人の心臓に対し、両腕で同時にブツメツ・ケンを叩き込むべく予備動作を行うデスネル!これはかなり高い難易度だ!だがデスネルは、これまで人間相手に何度もダブル・ブツメツ・ケンを成功させている実績がある!
斜め後方から伸びる暗黒触手を回避しながら、二者は低姿勢で大路を駆ける!今は一秒でも惜しい。ここで足を止めれば挟撃を受けてしまう。前門のタイガー、後門のバッファローは、避けるべき最悪パターンだ。「連携バンブー16型は」とニーズヘグ。「可能だ。マキモノで読んだ」とダークニンジャ。
「ナムアミダブツ!ブツ!メツ!ケン!」不気味なブッダオメーンの下でデスネルが叫んだ!腰溜め状態から、危険な両腕カラテが繰り出される!ナムサン!「「イヤーッ!」」だが、ダークニンジャとニーズヘグは同時に跳躍!デスネルの左右の肩を踏み台にして、さらに前方へと跳躍!ヒトットビ!
攻撃目標に対しクナイを投擲しながら、夜の大路を鋭角に飛ぶニ剣士!「メテオストライク=サン!アブナイ!」コケシ屋のノーレンをくぐって出てきたランペイジがこの緊急事態を見て咄嗟に叫ぶ!「ヌウーッ?」メテオストライクは敵に向き直り、ニューロン損傷覚悟でタイピング速度をブーストした!
ブゥゥゥゥン!上空からメテオストライクの前へと衛星レーザーが降り注ぎ……消えない!光の柱として残り続ける!何たるタイピング速度であろうか!?「グワーッハッハッハ!」まるでメテオストライクを守る障壁だ!投げ込まれたクナイが瞬時に蒸発する!おお、このままでは二剣士も実際蒸発か!?
だがザイバツのツーマンセル連携は、これで終わりではない。烏合の衆である元死刑囚ニンジャ軍団の連携をモンキーとすれば、彼らの連携はまるでブッダ!「「イヤーッ!」」二者は空中で体を捻り、両足の裏を向け合う!そしてキック!トロンバイクめいた垂直カーブで左右に跳び分かれる!ワザマエ!
「ア、アバーッ!?アバババババーッ!!」辛うじて爆発四散を免れたメテオストライクだったが、瞬時に高負荷がかけられたニューロンへの損傷は実際大きかったようだ。おびただしい鼻血を流し、その場にくずおれる。光の柱は連続射出を続けたまま、発狂ショドーのように全くランダムに動き出した!
左右に跳び分かれ、回転着地したダークニンジャとニーズヘグ。メテオストライクめがけて再度攻撃姿勢を取ろうとするが……ナムアミダブツ!2人の前にそれぞれ敵ニンジャが割り込んできた!ダークニンジャの前にはデスドレイン!ニーズヘグの前にはランペイジ、さらに後方からデスネルが接近する!
両者は目を合わせた瞬間から、激しい嫌悪感を抱き合った。「ドーモ、はじめましてデスドレイン=サン、ダークニンジャです」「ドーモ、ダークニンジャ=サン。って……アァン?俺の名前知ってンの……?まあイィや……デスドレインです」何たる不遜な態度か!神聖なアイサツを省みぬ悪童的姿勢!
「「イヤーッ!」」アイサツ終了直後、間髪入れずにダークニンジャとデスドレインは動いた!ダークニンジャは眉間目掛け、クナイを投擲!拘束服ニンジャ装束を着たデスドレインは、口元を覆う囚人メンポから暗黒ヘドロを吐き出して自らの足下に撒き散らし、そこから触手を伸ばしてクナイを掴む!
「おおッと!一回やってみたかったンだよな!」デスドレインは眉間の手前で止まったクナイを指で触りながら笑った。ザイバツ・ネットに蓄積された情報により、デスドレインが使うジツの危険性は百も承知だ。だが意に介さず、ベッピンを構え鋭い跳躍斬りを繰り出すダークニンジャ!「イヤーッ!」
首を狙うベッピンの太刀筋!これを電撃的ブリッジで避けるデスドレイン!「俺のレーザーに手出しすンじゃねぇよ!」後方のメテオストライクへ向かうダークニンジャの足を暗黒触手で掴み上げ、元の位置へ引き戻し叩き付けようと試みる!「ダークニンジャ=サンよォ!つまンねえ名前だ……なッ!」
空中停止から、凄まじい勢いで後方へと引っ張られる!まるでワイヤーアクションだ!「チィッ!」だがダークニンジャは妖刀で暗黒触手を軽々と切断すると、触手の牽引によって生まれた勢いを逆に活かし、デスドレインの顔面へとしたたかにカラテキックを叩き込んだ!「イヤーッ!」「グワーッ!」
倒れるデスドレイン!着地を決めるダークニンジャ!立ち位置はアイサツ時と同じだが、両者のカラテの差は歴然!「ニンジャに目立つ必要があるか?お前にはカラテと奥ゆかしさが足りん」ダークニンジャは右手でベッピンを逆手に構え、左手を前に突き出した低姿勢を取る。「死ね下郎。いや、屑め」
「アァァァア!?畜生が!最強じゃ無いのかよ!?カラテ食らってンじゃねえか!?」デスドレインは囚人メンポから血を吐きながら起き上がる。両手が怒りに震え、周囲にドロ沼のごとく広がった暗黒スライムが泡立つ。ニンジャソウルに憑依されて以来、彼はジツだけで全ての敵に勝利してきたのだ。
「……ドレイン……!…理だ!……潮時…!」メテオストライクを挟んで反対側からは、撤退を訴えるランペイジの声が途切れ途切れに聞こえてくる。デスネルと二人掛かりでも、ニーズヘグのヘビ・ケンに歯が立たないのだ。そもそも彼らの目的は殺戮と破壊であり、ザイバツと無理に戦う必要は無い。
だがデスドレインは退却命令を出さない。ランペイジは確かに切れ者だ。面倒臭がる彼を説き伏せ、死刑囚らをスカウトしたのもランペイジだ。だがこの屈辱的な状況でまたランペイジの意見を呑むのはムカつく。そしてそれよりも輪をかけてムカつくのは、目の前に立つ殺人UNIXのような男だった。
ベッピン逆手構えでジリジリと間合いを詰めるダークニンジャ。それを反抗的に睨みつけるデスドレイン。眼を見てすぐ解った。この男は異常なまでの敵意や殺戮衝動を隠している。……なのに「オスマシ顔しやがってよォ!お前はなんで暴れ回らねえンだよ!?狂って殺しまくれよ!?人間をよォ!?」
「殺す理由が無い」ダークニンジャは、カタナのように切れ味鋭く言い捨てた。そして構える「…キリステ・ゴーメン」。逆手ベッピンの刀身が小刻みに震え出した。これまでに無いほど濃い紫色の光が、難しいエンシェント・カンジの内側から漏れ出す。切っ先に向かって、徐々に漢字が発光してゆく!
デスドレインは向かい合い、周囲の暗黒物質を引き寄せて濃密にし、さらに激しく泡立たせる。彼はジュー・ジツを構えない。彼にカラテは無く、また仮に持っていたとしても、ダークニンジャのカラテに付き合うつもりはない。全力でアンコクトン・ジツを使い、デス・キリを防ごうという構えである。
「へへへへ!何だこりゃア?!調子に乗るンじゃねえぞ!?掛かって来いよ!!」デスドレインもやはり、ベッピンの刀身に光る漢字から自然と目を逸らしてしまう。ダークニンジャの構えはまるで、彼を狙って限界まで引き絞られた弓矢だ。もうじき凄まじい一撃が繰り出される。それは彼にも解った。
「デスドレイン!撤退だ!」後方からは相棒の警告が聞こえる!「うるせえンだよ!」死刑囚は聞く耳を持たない!彼は決闘ガンマンめいて指先を小さく動かし、全神経を集中させる。高速斬撃を耐え、ストームタロンの時に見たデス・キリ後の硬直を狙うのが彼の作戦だった。スリルで笑みが浮かんだ。
(((へへへへ!そろそろ来るンだろォ……?教えろよ?よし……3、2、1!)))デスドレインが数をカウントし終えた直後……ダークニンジャの姿が消える!同時に、濃縮暗黒触手がデスドレインの周囲に何本も立ち昇る!「イヤーッ!」元死刑囚の体を反省独房めいて囲み、小さな檻を形作った!
何たるカラテ!ハヤイ!解き放たれたダークニンジャの動きはハヤイ過ぎる!彼の姿はもはや目視できず、ただ刀身の放つ紫色の光が一瞬の残像となって現れるのみ!デスドレインは自らの胸に走るカタナの感触を感じた!暗黒触手の檻が切断されたのだ!だがそれにより斬撃の勢いは弱められた!浅い!
敵の気配が背後へと遠ざかってゆくのが解る。デスドレインは己のニンジャ第六感の命ずるままに、敵が無防備な硬直状態を作っているはずの後方を振り向いた。だが、その直後!再び見えない斬撃が前方から急接近し背後へと駆け抜けたのだ!「……ヤベぇ!」デスドレインは解きかけていた檻を戻す!
このカラテは一体!?ダークニンジャの動きはなおも止まらない!彼はベッピンに吸収されたニンジャソウルの力をF1燃料のごとく使って推進力を生み出し、超人的カラテで魔剣の動きを御しつつ、連続でデス・キリを仕掛けているのだ!デスドレインは自らのジツだけを頼りに徹底防御の構えを取る!
僅か3秒の間に、果たして彼は何度死刑囚の前後を往復したのか!?ついに彼は敵の後方へ駆け抜け姿を現す!「カンジ・キル!イヤーッ!」残心のカラテ・シャウト!直後、デスドレインの周囲に紫の残像光が現れ、宙に「咎」の漢字を刻んだ!ゴウランガ!これは伝説の暗黒カラテ技、カンジ・キル!
「グワーッ!」死刑囚は全身に電気ショックを浴びたかのように仰け反る!ダークニンジャは動かない!キンタロアメめいて細切れにされた無数の暗黒触手が、ずるりと滑って地に落ちる!「咎」の漢字に沿ってデスドレインの顔から胸、背中、脚まで、全身に深々と真赤な斬撃の傷が開き……大量出血!
フジオは硬直の中で技の反動を味わう。手首が軋んだ。鋼鉄ガントレットの物理掌握がなければ、妖刀の暴走を許していた筈だ。ベッピン、カラテ、篭手の三つによる合わせ技イポンである。後方の液晶ビルではオイラン映像がレーザーに切断され火花を散らし、ショッギョ・ムッジョの世を儚んでいた。
「デスドレイン!」正面からジュー・ジツを構え突き進んでくる敵の姿!ランペイジ!無心の連打によってビルすらも突き崩す、強烈なカラテだ!「イヤーッ!」しかし鋼鉄ガントレットで覆われた左手が、ランペイジの手首を掴む!「……くだらんファミリーごっこは終わりだ、屑どもめ」掌握!切断!
「イヤーッ!」ランペイジは残った片方の腕でさらに捨て身のカラテ!だが、彼が完璧なモーションで突き出したと思っていた左のストレートは、肘部分から切断されずるりと滑って落下していた!ナムアミダブツ!ベッピン!「グワーッ!」両腕から激しく血を噴き出すランペイジ!
ダークニンジャは左の鋼鉄篭手でランペイジの頭を掴み、足元へと叩きつける。顔面がアスファルトに削られ、血が滲む。両腕を破壊され呆然としているのかランペイジの抵抗は乏しい。「……キリステ・ゴーメン」ダークニンジャはソバシェフ頭巾ごと敵の後頭部を踏みつけ、ベッピンを回転させた。
(((ケッ!あンの野郎……俺にとどめを刺さなかったのか……?何様のつもりだ……)))仰向けに横たわるデスドレインは、覚束ない視界の中で、相棒が処刑されようとする光景を見ていた。排水溝に溜まった濃厚ヘドロのような暗黒物質が彼の傷に染み込み、塞ぎ、それで辛うじて死を免れていた。
デスドレインの体は動かない。暗黒触手を動かすことはできるが、ダークニンジャを倒せるとは思えない。万事休すだろうか?だが、それでもゴトー・ボリスはまだ自分が死ぬとは思っていなかった。どんなときでも、自分には強力な悪運がついている。今回もきっと何とかなる。死ぬわけがない……と。
「へへへへへ、何とかなんだろ……?今回もよォ……」デスドレインは、むさ苦しい最後の抵抗などする気も無かった。その代わりに、余裕の表情を浮かべて、狂人めいた笑いを笑った。……そして実際、彼の強運はまだ健在であったのだ。おお、ナムサン!突如、オミヤゲ・ストリート全体が揺れた!
衛星レーザーである!連続射出状態にあった極太レーザーは、アッパーガイオン地表をケーキナイフのごとく深々とランダムに切り刻み続けており、その切れ目がついに繋がって大路の半分をアンダーガイオンへと崩落させ始めたのだ!ダークニンジャたちの視界が斜めに傾き、直後に地面ごと落下する!
「チィッ!」一瞬拘束が解け、ランペイジの体がダークニンジャの後方へと転がる。左を見ればニーズヘグ。後方にデスドレイン。金属鉄骨の軋む音やアスファルトの引き裂かれる異音が周囲を包む!「グワーッハッハッハ!マッポーカリプス!ンナァァアウ!」斜め上方からメテオストライクの高笑い!
「へへへへへ!来たぜ!」デスドレインは一瞬のチャンスを活かし、暗黒触手でランペイジを引き寄せると、そのままマンホールの中へと逃げた。ヤミ・ウチを狙ったカモネギ的企みが、ダークニンジャに災いしたのだ。二剣士は半分に切断されたビルを駆け上り、折れ曲がった地表部鉄骨を跳び渡った!
激しい落下音、ビルと空の衝突音、アンダーガイオンから響く悲鳴……辛うじて地表部まで戻ったダークニンジャとニーズヘグは、メテオストライクに挟撃を行い、これを難なく爆発四散させる。だがデスドレインらは落下地表層の下水管を通って逃げ、切断面から飛び出してアンダー層の闇へと消えた。
一方、落下を免れていたデスネルは、オミヤゲ・ストリートから逃走すべく、ひとりアッパーガイオンの暗い路地裏を駆けていた。
「ハァーッ!ハァーッ!ハァーッ!ここまで逃げれば大丈夫だッ!」ブッダオメーンに顔を隠したデスネルは、肩で息をしながら、先程捕まえてきたサラリマンを引きずり起こす。「ニンジャ?ニンジャナンデ!?」恐怖するサラリマン!その心臓にブツメツ・ケン!「イヤーッ!」「アイエエエエ!?」
「これぞブツメツ・ケン!貴様の心臓は108回鳴った後死ぬ!」無慈悲に宣告するデスネル!ブッダ!血も涙もない!「アイエエエエ!アイエエエエエ!」死の恐怖に恐れおののくサラリマン!そして心臓の鼓動は速まり……108回目!「アイエッ!?」血肉が内側から爆ぜ、上半身が骨に!コワイ!
「やっぱり人間だな!ニンジャ相手なんざやってられるか!」デスネルは返り血を浴び、殺人鬼としての尊厳を取り戻すと、再び逃走を開始……「アイエッ!?」だが動かない。足が凍りついたように動かないのだ!「何……だ?」デスネルが強引に首を捻ると、自らの影に突き立てられた一本のクナイ!
「……シャドウピン・ジツだ.。もう動けない」後方から声、続いて片腕をサイバネ義手化したニンジャが影から現れた。「お前に俺のジツは破れない。俺の空はお前の空よりも暗い……。ドーモ、シャドウウィーヴです」。さらに前方からは、実際グラマラスな女の影!「ファハハハハ!アカチャン!」
「アイエエエエエエ!!」デスネルの絶叫が、アッパーガイオンの路地裏に木霊する!その上空では、いつから戦場にいたのか、アイボリーイーグルが冷酷な眼とともに旋回飛行し、デスネルの爆発四散を高性能IRCカメラで撮影し、ザイバツの本拠地であるキョート城の観戦の間へとリレイしていた。
4
連続殺人鬼ニンジャにして恐るべきブツメツ・ケンの使い手、デスネルを辛くも爆発四散させたパープルタコ、アイボリーイーグル、シャドウウィーヴの3人は、オミヤゲ・ストリートへと向かう。増援はわずかにこの3人のみ。彼らより上の位階にある者たちは、敢えて危険を冒そうとはしなかったのだ。
液晶面に「不知火」と明滅するオミヤゲ・ビルディングを昇り切ったパープルタコとシャドウウィーヴは、切り裂かれ苛まれた大路を見て、思わず息を呑む。道路部分はおよそ半分が崩落し、ビルも何個かアンダーガイオンの暗闇へと消えていた。まるで戦争の跡だ。シャドウウィーヴは小さく身震いした。
大路の中央ではダークニンジャとニーズヘグが、今まさに最重点攻撃目標を狩る所だった。狂ったようにメテオストライクの周囲へと降り注ぐ衛星レーザーの雨をかわしながら、ニ剣士は前後左右からの挟撃を繰り出す。そのイクサは、パープルタコの目からしても、ほとんど別次元のカラテ世界であった。
速さや強さの問題ではなかった。あのような修羅場に身を置けるかどうかで、すでにカラテが試されているのだ。3人は一瞬の躊躇の後、大路の中央へと向かう!……直後、ニーズヘグが正面からの蛇腹剣鞭でメテオの両腕を絡め取り、ダークニンジャが背後からのヤミ・ウチによって心臓を一突きにした!
「グワーッ!」哄笑が絶叫に変わる。衛星レーザーから降り注ぐ光の雨が止んだ。ドクン!ドクン!妖刀が血液吸収を始める!だが、メテオストライクに憑依したニンジャソウルは強靭であった。なお身悶えし抵抗しようとする怪僧の頭を、ダークニンジャの鋼鉄ガントレットが掌握し、完全に自由を奪う!
(((マッポーの運び手だと?……図に乗るな狂人。お前に世界は変えられなかった。何一つも!何一つも!)))絶望を誘発しソウル吸収を速めるべく、ダークニンジャは残忍な言葉を浴びせる!敵のニューロンにその声が響く!「アーッ!アッバババッバアーッ!」メテオストライクは白目を剥き絶叫!
(((貴様のソウルは折れたり!)))ダークニンジャは水平に突き刺していたベッピンを右手の捻りで90度回転させる!ナムサン!心臓を抉られる激痛と、直感的にニンジャソウルを奪われると分かる絶望が、同時にメテオストライクを襲った!「マ……マッポー……カリプ……サヨナラ!」爆発四散!
…爆煙と血煙が晴れる。4人のザイバツニンジャは、その奥から現れる不吉なダークニンジャの姿に視線を吸い寄せられた。右手には紫の燐光を放つ血濡れのベッピン、左手にはメデューサめいたLANケーブルを生やすメテオストライクの生首。一陣の風がマフラーめいた黒曜石色の布を後方へ吹き流す。
だが、彼の瞳は狂気に光っているか?否。そのハガネ色の瞳は、あくまでも冷徹である。空にカタナのごとく輝く、あの下弦の月が放つ光のように、凛として邪悪であった。レーザーに切り裂かれた雲の傷跡が閉じてゆく。そこから細く無機質な月光が一筋、斜めに地表へ降り注ぎ、暗き英雄を照らした
大路の中央に立つヤナギはその邪悪さを嫌悪するように身震いし、途方に暮れるリキシャー水牛たちは恐れ入って泡を吹いた。……ここで不思議なことが起こった。彼ら本人にも何故かは解らないが、4人のザイバツニンジャたちは、ひとり、またひとりと、英雄を讃える騎士のごとく片膝をついたのだ。
ある者は、キョート城に飾られた中世ニンジャ油絵めいた神聖性を感じたかもしれない。ある者の目からは、彼の姿が一瞬揺らぎ、平安時代の英雄ハガネ・ニンジャの面影が見えたのかもしれない。またある者は、単純に彼のカラテを讃え膝を折ったのかもしれない。いずれにせよ、それは起こったのだ…
◆◆◆
キョート城、表彰の間。
中央雛壇の上に設置された玉座。顔を高貴なノーレンで覆い隠すロード・オブ・ザイバツがそこに座し、手首から先だけを見せていた。その下には、デスドレイン一味の排除作戦に赴いた5人のニンジャが跪く。「フォーフォーフォー……こたびの働き、見事であった」小さく三度も拍手!おそれ多い!
脇に控えるパラゴンが恭しくマキモノを取り出し、ニーズヘグを起立させる。「ニーズヘグ=サン、ニンジャ1人を殺害したので、これを賞します、ドーモ」「ドーモ」二者は奥ゆかしいオジギを行い、マキモノ授与の儀式を終えた。オイラン奴隷が雅な曲を爪弾き、整列したニンジャたちが拍手を贈る!
続いてはダークニンジャである。「ダークニンジャ=サン、ニンジャ2人を殺害、さらに2人をほぼ殺害したので、これを賞します、ドーモ」「ドーモ」二者は奥ゆかしいオジギを行い、マキモノ授与の儀式を終えた。オイラン奴隷たちがドラを鳴らし、整列したニンジャたちがさらに大きな拍手を贈る!
残る3人の表彰が終わると、パラゴンは咳払いをして総合評価を下した。「……というわけで、実際大きな被害は出たが、経済被害についてはヴィジランス=サンが今も電算機室で株式市場と為替相場の操作に精を出しており、ギルド収入への被害は3パーセント未満の見込」。ニンジャたちは拍手した。
「また、懸念されるニンジャ存在の一般層への暴露について。これはいつもの何倍もの御力でロードがキョジツテンカンホー・ジツをお使いになったので、問題は無い」一斉に万雷の拍手!奴隷オイランたちは必死の形相でドラを3度叩く!最敬礼を表しているのだ。作法を少しでも誤れば即、死である。
ダークニンジャは、そのジツの名をニューロンの中で繰り返す。この謎めいたジツにより、NRSに陥った人間たちは発狂から回復後、ニンジャ存在との接触を忘却するか幻覚だと思い込んでしまうのだ。このジツはロードを中心に、ニンジャ存在感の如く半径数百キロ規模で広がっていると考えられた。
「ムフォーフォーフォー」ロードが左手を上げ、制止のサインを送る。ニンジャたちは一斉に拍手を止め、直立不動の姿勢を取った。さらに後方に規則正しく整列する数百人のクローンヤクザたちも、一斉に拍手を止める。「ムフォーフォーフォー……して、ダークニンジャ=サン、さらなる報告とは?」
「これに御座います」ダークニンジャは、黒漆塗りのオボンに載せた聖なるブレーサーを、恭しく謙譲した。パラゴンがこれを受け取り、ロードのもとへ運ぶ。「回収直後にスクランブル命令が下ったため、実戦で使用したことを御許しください」「ムフォーフォーフォー……三神器の一つ。見事である」
「ダークニンジャ=サン、これほどの武勲を積んでなお、マスター位階に就くことは辞退するか?何かロードより賜りたい寵愛は無いのか?」パラゴンが問う。場内は静まり返った。「キョート者でない我が身には、過ぎたる果報」ダークニンジャが返す「しかし叶うならば2つ、私にも望みが」「申せ」
「かつてソウカイヤ時代そうであったように、野良ニンジャ始末屋の役目と自由裁量権を戴きたく」ダークニンジャは頭を下げながら続ける。「私めが仕損じたあの2匹の外道ニンジャがまだ生きており、雅なるガイオンに潜んでいると考えただけで、虫唾が走るのです。それ以外にも、屑どもは無数に」
「フォーフォーフォー……して、二つ目の望みは」ロードが直々に問う。「ホウリュウ・テンプルへのアクセス権を拝領したく」ホウリュウ・テンプル!その名を出しただけで場の緊張が急激に高まる!奴隷オイランたちは異様なアトモスフィアを察し、互いに顔を見つめ合って励まし合うように震えた!
「ホウリュウ・テンプルへのアクセス権は、グランドマスターにしか許されぬ!」パラゴンがぴしゃりと言った。「フォーフォー。まあ待て、パラゴン。……何ゆえ、それを望むのか?」「デスドレイン一味よりも大きな災いがキョートに潜んでおります。ニンジャスレイヤー、否、ナラク・ニンジャ…」
「古事記には名が存在せぬ……しかし実際古く恐るべきニンジャソウルに御座います、マイロード。既に多くのギルド員が、奴の手にかかり……。しかし私めがホウリュウ・テンプルの書庫にあるマキモノを紐解き古事記暗号などを解読すれば、かのニンジャ存在の正体を突き止められるやもしれません」
ダークニンジャは奏上を終え、片膝をつき頭を下げている。ロードは指を合わせ、何かを思考しているようだ。額に汗を滲ませたパラゴンは唾をごくりと呑み、ロードの答えを直立不動の姿勢で待つ。雛壇に並ぶ哀れな奴隷オイランたちはついに涙を流し、失禁寸前の状態まで精神を追い詰められていた。
「ムフォーフォーフォー、苦しゅうない」ロードは静かに笑った。パラゴンは心の中で胸を撫で下ろす。ロードは続けた「ではダークニンジャ=サン、余はそなたに懲罰騎士の特別位階を授ける。かつてはブラックドラゴン=サンが負っていたが、現在は空位」「身に余ります」辞退するダークニンジャ。
「ムフォーフォーフォー、そう言わず」「勿体無きお言葉」二度目もつつましく辞退するダークニンジャ!「ムフォーフォーフォー、ブッダも怒る」「それならば……謹んでお受けいたします」見事なワザマエ!複雑怪奇なエド様式の作法をそつなくこなすダークニンジャ!静かに失禁する奴隷オイラン!
「ならば、ダークニンジャ=サン、そなたに騎士の証として、余はこの聖なるブレーサーを下賜する。ニンジャ狩りの力となろう。三神器が揃う時まで、このブレーサーの守護の務めも負うのだ」「ヨロコンデー」頭を深々と下げるダークニンジャ。パラゴンがオボン上のブレーサーを彼の手許へと返す。
ダークニンジャは、オボンの向きを2回に分け合計180度回転し、ブレーサーの方向を逆にしてから拝領した。この正しい作法を即興で踏めるものは、グランドマスターの中にも1人いるかいないか。だがフジオ・カタクラは、古事記を全篇読破している男であり、これらの作法にも精通しているのだ!
続いてパラゴンは黒漆塗り重箱を持ち出し、そこに収められた何十個もの鍵束を手に取る。金属製大型物理鍵とIC素子が合成された、とても複雑な仕組みのアクセスキーである。ダークニンジャは「ホウリュウ書庫」と書かれた鍵を受け取りながら……その地下座敷牢の鍵の存在を抜け目無く確認した。
だが、手は出さない。今はまだその時ではないことを、ダークニンジャは知っている。確かにロードの強大なるニンジャソウルは、ヌンジャへと近づくための手段の一つとなるだろうが……ジツやカラテの詳細を含め、ロードの正体は未だ謎であり、この場でムーホンするのは自殺行為にも等しいからだ。
ダークニンジャは鍵を受け取り、表彰者の列に戻った。「以上で式を終わる」パラゴンが咳払いをして言う。「最後に、オミヤゲ・ストリートで散ったザイバツニンジャたちを弔い、ギルドのますますの繁栄を祈り、バンザイ・チャント重点!」失神寸前の奴隷オイランたちが、血相を変え持ち場につく!
「ガンバルゾー!」「ガンバルゾー!」「ガンバルゾー!」「ガンバルゾー!」「ガンバルゾー!」「ガンバルゾー!」 おお、聴くがいい!表彰の間に響き渡る禍々しきチャントを!おお……ナムアミダブツ……ナムアミダブツ! 「ガンバルゾー!」「ガンバルゾー!」「ガンバルゾー!」…………
◆◆◆
数日後、ホウリュウ・テンプル書庫。
数百畳はあるその広大な空間を照らすのは、等間隔に並んだトウロウの覚束ない灯りのみ。ダークニンジャは独り、マキモノや書物の山と向かい合い、コトワザなどを呟いていた。懲罰騎士の任を受け、三神器発掘の役目は他のマスター位階ニンジャへと引き継がれ、彼のフットワークは軽くなっている。
小さなつむじ風が巻き起こり、灯篭のロウソクがかすかに揺れ、書庫内に2人のニンジャが姿を現す。マスター・クレイン、マスター・トータスであった。「ベッピンの復活」「おめでたいことです。コトホギです」二者はダークニンジャの傍らでシシマイめいて跪く。「全ては」「運命の通りに」
ダークニンジャは聞き慣れたはずのその言葉に、小さな不快感を覚えた。「ああ……何も問題は無い」だが彼は、それをおくびにも出さない。「しかし、心配です。小さなノイズがいくつも混じり始めました」「ダイコク・ニンジャが御身を狙うでしょう」運命のオートマトンたちが伝えた。
「……構わん、それでいい」ダークニンジャは無表情に、しかしどこか残忍に言い放った。「奴に刻んだカンジのノロイは消えん。奴は俺を付け狙うだろう。だが、それでいい。遥かに良い……。次は奴の強大なニンジャソウルを吸収し、俺はヌンジャに近づく。……どうだ、何も問題はなかろう?」
その言葉を聞くと、鶴亀はシシマイ・オメーンの歯をカタカタと鳴らして消え去った。また小さなつむじ風が巻き起こり、ホウリュウ・テンプル書庫の灯りを揺らした。そう遠くない未来とそう遠くない過去を見張るために、戻ったのだろう。ダークニンジャはショウジ戸の隙間から、月を見上げていた。
【カース・オブ・エンシェント・カンジ、オア・ザ・シークレット・オブ・ダークニンジャ・ソウル】終わり
N-FILES(設定資料、原作者コメンタリー)
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