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【リブート、レイヴン】

◇総合目次 ◇エピソード一覧
この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正番は、上記リンクから購入できる第2部の物理書籍/電子書籍に収録されています。また、第2部のコミカライズが現在チャンピオンREDで行われています。




 私立探偵タカギ・ガンドーは、悪夢を見ていた。冷たい水のフートンにかき抱かれ、静かに沈降しながら、リプル模様に歪むガイオンの月を見上げていた。冗談を飛ばす気にもならなかった。……オイオイ、ブッダ、こいつは笑えねえジョークだぜ。サムライ探偵サイゴなら、こんな時、なんて言うだろな?

 海馬が痒い。闇と月光だけのモノクローム的世界。いけすかん場所だ、と彼は思った。色彩も、音楽も、暖かな灯もない。落ち着かぬ鴉のように、左右を見る。右上にスマキの人影。……思い出した。女を助けないと。だが横殴りのガウス的ノイズが視界に混じる。奥歯で白砂を噛んだような疑似感触が襲った。

 俺は歓迎されているのか、その逆か? なあ、帰っていいか。今日はリキシ・リーグの中継日なんだぜ。……彼の体は沈降を続ける。冷たい水の底に向かって、ゆっくりと。ガンドーの網膜ディスプレイ内で、LEDミンチョ体の「REBOOT」がめいっぱいに映し出され、左右に揺れながら赤く明滅した。

◆◆◆

「……! ハァーッ! ハァーッ……」彼は使い古した医療用ベッドの上で悪夢から覚め、上半身を起こす。数年前に拾ってきたその武骨なパイプベッドは、クリーム色の塗装が所々剥がれ、錆びた鉄を晒している。微かな軋み。拍子抜けするほど穏やかなレトロテクノのレコード音が、事務所内に流れていた。

 ガンドー探偵事務所には、まるでカラスの巣のように、ガラクタ同然のジャンク品が並んでいる。リキシの手形色紙。書類の上に乗ったワータヌキの置物。色褪せたカトゥーンのリーフ。古いUNIX基盤や筐体の山。二ヶ月前までは、事務所全体がそんな有様だった。今はエントロピーが減少している。 

 本棚の向こうに女の気配がする。オスモウTVの音も。助手のシキベ・タカコがいるのだろう。コーヒーを淹れる音と、アンコトーストを焼く香ばしい臭い。ガンドーはZBR切れの頭痛と格闘しながらベッドを下り、ワイシャツの一枚に袖を通すと、くたびれた濃紺スラックスをサスペンダーで吊った。

 クルゼ・ケン所長から引き継いだその事務所は、壁の無いだだっ広い灰色の空間だったため、本棚やUNIXの山を仕切りに使っている。ゆえに防音効果は乏しい。低俗なオスモウTVの音が洩れ聞こえる「……スゴイ!こ こでオオキイウミがハシゴに登ってしまう!……揺らせるか! 揺らせるのか!……」

 悪貨が良貨を駆逐する、だ。ガンドーは偽物のオスモウ中継を聞き、溜息をつく。「……ヤッタ! 掴んだ! 掴みました! ……オオキイウミの右手に万札束! 左手にはバット!……反撃の狼煙だ! さあどうだ!……」しかしガンドーの関心はもう、シキベが推理机の上に置いておいた最新の新聞に移っていた。

「ハローハロー、俺のZBRはどこだ?」新聞を開いた彼は、視神経のストを感じながら、応接室側へ歩く。傾いた黒いセル眼鏡のシキベは、露悪的に眉根を寄せ、呆れた様子で言った「所長、折角私がコーヒー淹れて、トースト焼いてンのに、また先にZBRなんスか?私の作ったメシ、嫌いデスか?」

「ブッダ! 待てよ! ほら、見てろよ、喰うぜ!」ガンドーは一口でトーストを頬張る。「つまり、味わう気がゼロなんスよね」シキベはティーンネイジャー男子めいた日本語で言った。外見だけでなく、その発音や奥ゆかしさの欠如した言い回しからも、彼女がアッパーガイオン育ちでないことは実際明らかだ。

「オイオイ、ゼンモンドーか? 俺のZBRはどこだ?」ガンドーはヤスイ社のコーヒーでトーストを押し流す「あれがなきゃ今日は閉店だ。つまり、助手の給料も払えねえ」「アー……」シキベは事務机に向かったまま愚鈍そうに口を開き、何か異星人に通じる言葉を探すかのように、UNIXキーを叩いた。「既に二ヶ月、滞ってるんスけど」

(((そうだ、俺は満足に払っていない。クソッタレめ、二ヶ月分の給料をだ。三ヶ月雇う約束で、一ヶ月目から失敗だ。よし、思い出してきた、少し頭が回り出してきたぜ……あとはZBRだ、ZBRさえあれば万事解決……)))ガンドーの錆付いた重量級ニューロンが助走を開始し、現在の状況を把握し始めた。

 目の前にいるのはシキベ・タカコ。彼女の外見は、キョート的奥ゆかしさも、探偵助手的な美学も備えていない。体のラインが全く見えないボーダーニットに、薄汚いジーンズ、青色のワークブーツ。黒い髪の毛は何の面白みもなく真中で分けられ、下膨れ気味の頬にはそばかす。育ちが悪く歯列も汚い。

 ちぐはぐな外見に幾ばくかの知性と秩序をもたらすように、シキベは黒いセルフレームのレトロ調眼鏡を掛けている。少なくとも一般的な美人ではないし、スクールに入ってからは異性にカワイイだと言われたこともない。何よりも彼女自身がそれを一番よく知っており、一般的な何かといったものを敵対視していた。

 職業柄、ガンドーは外見や仕草から様々な情報を読み取れる。もっとも、彼はクルゼほどのタツジンの域には至っていないし、女性の心理を読むのは未だ苦手だ。特に、このシキベという風変わりな助手の心を読むのは難易度が高い。「……さあ、教えてくれよ! 俺は昨日、どこにZBRを置いたんだ?」

「昨日っていうか、一昨日なんスけどね」シキベは欠伸をしながら、引き出しに仕舞っておいたZBRアンプルと使い棄て注射器を取り出した。「一昨日?」ガンドーは、泥酔しアザだらけで帰ってきた一昨日の夜の不確かなメモリーを掘り出す。「それでこの体たらくか。もう少しでニューロンがブッダ並に永眠だぜ」

「給料払ってからにして欲しいスね」シキベは食卓のショーユか何かを扱うように、ZBRを寄越した。ガンドーはそれを手早く注射し、ニューロンの加速を感じる。遥かに良い。TVの音もよりクリアに聞こえる「……これは大変だ! ……オオキイウミから万札束を受け取りました! ……軍団を裏切るのか!?」

 ガンドーは体を推理椅子に預け、ZBRが回り切るのを待ちながら、輝かしい栄光の時代を回想する。十年近く前……クルゼとガンドー、二人の探偵は少女シキベをカラテ殺人鬼の手から救い出した。その後シキベは成人し、そこそこの就職先を見つけたが、二年ほどで解雇されて、この階層に戻ってきたのだ。

「アー、ところで所長、私もココに一個開けようかなと思って、金貯めてるんスけどね、ドンブリ屋でバイトとかして」シキベはUNIXキーを叩き、探偵事務所の事務仕事を再開した。「何社のだ?」ガンドーは立ち上がり、壁の木人と向かい合う。「あー、何でもイイっスよ、別に。こだわり無いデスし」「やめとけよ」

「アー、今見てるんスけど、ハヤイ社のマチオVの16bitバルクとか、実際安いデスし」「やめとけって」ガンドーは首の後ろを掻きながら言う。「あと二年で旧型になってインプラントし直しだ。ニューロン損傷リスクが増えるぞ」「でも、うちらアンダーの貧乏人は、身を削るしか無いんじゃないスか?」

「ヌゥー」ガンドーは同意するように唸った。そして俺は八方塞りの負け犬だ、とニューロンの中で呟く。……だがそんなクソのような人生に、若いシキベを付き合わせるわけにはいかねえ。三ヶ月分の給料をキッチリ支払い、探偵業がクソみたいなものだと悟らせ、何か堅実な仕事を探す気にさせる。ナムサン! 難題が山積みだぜ!

「まずは知恵を絞れ。段階的に考えろ。そもそも何で生体LAN端子を開けたい?」「そりゃ、タイピング速度っスよ」「仕事中にIRCチャットを十個も同時に立ち上げるのか?」「アー、1個くらいで十分」「仕事中の私用IRCは禁止だぜ。それでクビになったんだろ? ……まあいい。タイピング速度なら、手指をサイバネ化すりゃいいんだ」

「ウェー……指はちょっと」「脊髄、そして脳ミソに近づくほど、サイバネ手術は後戻りが効かねえ。毎年毎年、オムラ社やハヤイ社や闇医者に振り回され、メンテで金が搾り取られる。カネが滞ったら、錆びてノイズ流入だ。手や足ならまだいい。ニューロン絡みは最悪だ。頭痛や記憶障害、精神崩壊、薬物依存、何でもござれだ」

「アー……所長は、どうなんスか、それ。開けてまスよね? 違法なの」「ああ、最悪だぜ。海馬にグリースが滲み出して来てる」ガンドーはシキベを怖がらせるため、少し大袈裟に言う。「病院いったらどうスか?」「カネが無いのさ」「ウェー……経理の視点から言いまスとね、所長が違法薬物を控えたら、一発で実際解決なんスよ?」

「必要経費は減らせねえ。それよりインカムだ」とガンドー。「依頼料が足りてないんだ。ZBRやアンコを買えるだけのカネが入ってくりゃいいのさ。昔はそれで巧く行ってた」「あとは、オイランハウスの経費デスかね。もうちょっとランクを落とすとか、ウェー……そういうの、できないんスかね?」

「それもインカムで解決だ。もっとマシな仕事が来れば、一発さ」「アー……」シキベは洞窟から出てきた原始人を哀れむような目をガンドーに向けた。「そんなら、ミニバイオ水牛探しの件、何で放り投げたんスか?」「依頼人がクソだった」ガンドーは壁の木人相手に、ピストルカラテの基本型を決めながら答えた。

「クルゼ所長の頃は、なんで経営できてたのか、マジで不思議デスよ」とシキベ。「時代が変わったんだ。リアルスモトリは、紛い物のショウビジネスに負けて廃業。私立探偵業も、絶滅待ちのシーラカンスだ。しかも、マグロといっしょにツキジに水揚げされた状態だ。俺が人類史上最後の探偵になるかもな」

 シキベは表情を変えず、薄いコーヒーを啜りながら言う。「マグロで思い出したんスけど、先週の、キンギョ屋の爺さん? 成功報酬が足りないんデスけど、どういうことなんスかね?」「あれか。俺が下手を打ったんで、多少埋め合わせた」「赤字デスよ」「爺さんが脚を折っちまったんだ、仕方ないだろ」

 それからしばし事務所内には、レトロテクノと、オスモウTVの今シーズンダイジェストと、ガンドーの小刻みなカラテだけが響いた。「イヤーッ! イヤーッ!」ガンドーは49リボルバーを両手に握ったまま、木人に対してセイケンヅキの基本動作を繰り返す。額に微かな汗が滲み、ZBRが心地良く回る。

 シキベの反面教師という狙いもあろうが、今のガンドーの思考力は鈍り切っている。クルゼを失って以来、彼は精彩を欠き、必要以上に老け込み、停滞していた。二ヶ月前にシキベが来なかったら、廃人になっていたかもしれない程だ。彼女の前で少しはマシな所を見せようとしたが、一週間でボロが出た。

 ガンドーは心の中で歯噛みしていた。何もかも、錆付いちまった、と。ピストルカラテの切れ、思考力、推理力、何もかもだ。(((オイオイオイ、弱音を吐くな、タカギ・ガンドー。俺はまだやれる。ZBRと、変化のチャンスさえあれば……)))だが怖かった。老け込んだ自分の力に全く自信が持てない。

 彼の実年齢はまだ、壮年の域に達していない。もしクルゼが今のガンドーの弱音を聞いたら「若造が、なに老け込んでやがる」と一笑に付しただろう。しかしガンドーにとって、肉体の黄金期であった二十代はとうの昔に過ぎ去り、クルゼ探偵事務所の栄光もまた、記憶から少しずつ霞み始めていたのだ。

「所長ォ? 質問いいスか?」「何だ? ついにZBRの備蓄切れか?」ガンドーは追憶から我に返った。若い世代の考えは読みにくい。「いえ、雑談なんスけどね。私立探偵業がもうこの先、ジリー・プアー(訳註:徐々に不利)って解ってるンなら、なんでまだ続けてるんスか? そもそも所長は、何で、探偵になったんスか?」

「あぁ?」ガンドーは振り返り、UNIX前に座るシキベを心理分析した。彼女は首を微かにかしげて口を開き、両手はタイピング準備を整えている。(((俺の言葉をメモする気か?まさか本気で、探偵を目指すんじゃねえだろうな? オイオイオイ、こぃつぁヤバイぜ、何か適度に失望させるようなことを言わねえと……)))

「俺が探偵になった動機? そいつは実際、呆れるほど単純で……」ケミカル励起したニューロンをフル回転させながら、ガンドーが答えかけた。その時……! TRRRRRR! ワータヌキ置物型のレトロ電話機が突如鳴る! ガンドー探偵事務所はISDN回線を引いており、ネットと同時に通話が可能なのだ!

「はいこちら、ガンドー探偵事務所」ガンドーが受話器を取る。シキベがいつものようにUNIXヘッドホンをかけ、IPの逆探知プログラムを走らせた。「……ガンドー=サン」ザリザリ、ザリザリ、横殴りのノイズが混じる「依頼があるんだ」ザリザリ、ザリザリ「怪盗スズキ・キヨシ……」ザリザリザリザリ

◆◆◆

「REBOOT」ガンドーは再び、悪夢の中にいた。暗く冷たい水の中で、身動きもとれず、静かに落下してゆく。彼の目元の皺やほうれい線は、探偵事務所でワータヌキ電話を取った時に比べて、数年の時の流れを感じさせる。「REBOOT」ザリザリザリザリザリザリ……横殴りのノイズ「REBOOT」




「はいこちら、ガンドー探偵事務所」ガンドーが受話器を取る。シキベがいつものようにUNIXヘッドホンをかけ、IPの逆探知プログラムを走らせた。「……ガンドー=サンだね? 伝説の探偵、クルゼ・ケン=サンの跡を継いだ……」フランジャーめいた電子音声が、受話器の向こうから聞こえてくる。

 合成音声か? いや違う、肉声の電子エフェクター加工だ。単純に、依頼人が正体を明かしたくないのだろう。ヤバイ香りがする。それと同時に、大金の匂いも……「ああ、そうだ」ガンドーはオスモウ中継を消すようシキベにサインを送りながら、落ち着き払った笑い声で対応した。「俺は紹介者無しの依頼は受けない主義だ。だが……」

「クルゼ所長の事を知ってるってんなら、その辺の事情を考慮しなくも」KRASH!オスモウ中継を消そうと焦ったシキベが、枯れたサボテンの花瓶を倒したのだ。ガンドーは額に手を当て、言葉を繋ぐ「……考慮しなくもない」しばしの沈黙。「では率直に言おう。ある男を捕まえてほしい」と依頼人。

「人探しかい?」とガンドー。彼が受ける依頼の9割は人探しだ。アンダーに逃げ込んだ裏切ヤクザや、女や、スモトリや、愛玩ミニバイオ動物などを見つけ出す。ガイオン・シティでは階層を下るほどマッポの影響力と市民の善意が衰えるため、アッパーの依頼者は私立探偵や殺し屋を雇わざるを得ない。

「そうだ。だが、君が普段受ける依頼とは、少し性質が異なるだろう」と謎の依頼人「怪盗スズキ・キヨシを捕まえてほしいのだ」「ナムアミダブツ!スズキ・キヨシだと?」ガンドーは、推理机に置かれた今日の新聞に目をやる。『またしてもスズキ・キヨシだ』の力強いミンチョ体見出しが躍っていた。

スズキ・キヨシは、キョートを騒がせる神出鬼没の犯罪者である。アッパーガイオンで主に活動し、数週間に一度、こうして紙面を賑わすのだ。「成功報酬は?」「一億円払おう」破格の報酬額を告げられたガンドーは、思わず受話器の口を抑えて息を呑む。UNIXヘッドホンで通話を聞くシキベも同様。

「興味深いな。だが、紹介者も介さず、こんな荒唐無稽な依頼は受けにくい。わかるよな?」ガンドーは通話を続けたまま、LAN直結したUNIXでシキベにIRCを送る『逆探知はどうだ?』『固すぎデスよ。全然無理っス』シキベはUNIX画面に明滅する【無理な】の電子文字を見て肩をすくめた。

「依頼を断るという意味で捉えて……いいのかね?」銀河の彼方から聞こえてくるようなスペイシー音声が、再び受話器の向こうから聞こえた。「オイオイオイ、早合点しないでくれよ。つまりはこういうことさ……あんたは、何者なんだい?顔の見えない奴のために働くのは、あまり気が進まないからな」

ガンドーは首を傾けて受話器を固定したまま、ZBRをもう一発注射する。化学反応。ニューロンのスパーク。遥かに良い。「……その言い分はもっともだ。シツレイした。では、ガンドー=サン、そちらの納得できそうな理由を話そう。まず、私の正体は明かせない。非常に高い立場にいる人間だからだ」

「私はスズキ・キヨシの怪盗行為によって名誉を傷つけられた。具体的に何を盗まれたかは言えない。私の正体に繋がる。私は何としてもスズキ・キヨシを捕まえ、法の裁きの下に引きずり出したい。要するに、これは私の個人的な……」「復讐か」「察しが良い。その通りだ。理由はこれで十分かね?」

「もう少し頼むぜ」ガンドーは推理椅子に深く腰掛け、目を閉じる「何故俺を使う?確かにアッパーでの仕事もこなすが、俺の専門はアンダーだ」「……知っての通り、ガイオン市警は無能だ。加えて、アッパーの探偵会社は信用が置けない。ガンドー=サンのような、ノーマークの人間が必要なのだ」

「大体解った」ガンドーはZBR煙草を咥えて目を開き、ライターを鳴らす「依頼人=サン、つまりこうか?あんたはスズキ・キヨシの正体か、少なくとも人物像をおおよそ掴んでる。だが手が出せねえ。多分それは……スズキ・キヨシがあんたと同じくアッパーの人間で、地位かカネに守られてる……」

「ご明察」と依頼人。その合成音から表情を読み取ることはできない「……そして君が、あのクルゼ・ケン所長の直弟子であるという事も理由の一つに加えたい」一連のやり取りからガンドーが知り得たのは、相手が実際大物であり、交渉慣れしていて、知能も高い……その程度の漠然とした情報だけだ。

「依頼を受けてくれるだろうか?」「30秒待ってくれ」ガンドーは煙草を吹かしながら、シキベのほうを振り返る。シキベはかぶりを振って、逆探知不能を告げた。「…この依頼を受けるならば、スズキ・キヨシの人物像についての情報提供と、必要経費の前払いを行う。むろん、成功報酬とは別だ」

「金額は幾らだ?」「幾ら必要だ?」「アッパーで立ち回る必要があるなら、最低でも百万は欲しいところだぜ」「5百万振り込もう」ナムアミダブツ!その金額に、再びガンドーは絶句した。5百万あれば、溜まりに溜まった借金をほぼ返済し、シキベの滞納給料も支払える。「……よし、受けよう」

キャバァーン!キャバァーン!キャバァーン!突如、探偵事務所内の口座管理UNIXが鳴った。つい先程まで大型赤色LEDの表示は3千円だったが、一瞬で数字がロールし、5百万3千円に。スゴイ!「……オイオイオイオイ、もう振り込んだってのか?」「私が本気であることを示すためだ」

ガンドーは、謎の依頼人と二言三言言葉を交わしてから、受話器をワータヌキの頭の上に戻した。しばしの静寂。そして手を叩き、ガッツポーズを作る。「ハッハー!いいぞ、遥かに良い!やっと俺にもツキが回ってきたな!よし、服を買いに行くか!」「エ?服デスか?」「助手らしい服が必要だろ?」

シキベは急いでUNIXのデータを保存し身支度を整える。「アー……所長」「何だ?」白髪の偉丈夫ガンドーも、両胸のホルスターに49マグナムを収めると、茶色いダスターコートを引っ手繰り、冷たい殺人凶器と逞しい肉体を手早く覆い隠す。「サボテン、これ、割れちゃったけど、いいんスか?」

「枯れてたしな、仕方ない。シキベ=サンは悪くないぜ」ガンドーは受信した依頼人からのデータを素子に移し、それを首後ろのLAN端子に差し込む。シキベはまだ眼鏡の角度を確かめている。「当たり前ッスよ、所長。だから2ヶ月前に、捨てますかって、聞いたじゃないデスか」「そうだったか?」

ガンドーに続き、防塵ブルゾンを羽織ったシキベが事務所を出る。「私が掃除しても掃除しても、ガラクタ拾って来まスよね?なんでなんスか?」「いつか何かの役に立つかも知れんだろ?」とZBRガムを口に運びながらガンドー。ニューロンの回転に身体が取り残され、もどかしそうに足が速くなる。

『天然に似た』『飛び回る』の薄汚れたノボリが立つ蜻蛉屋の横を、探偵と助手はリフトに向かって早足で歩く。「鴉みたいデスよね」「俺のラッキートーテムだ」「忘れっぽいところも」「タフな仕事だからな、忘れて次へ次へ行くのさ」「給料、忘れてないっスよね?」「ああ、だがその前に服だぜ」

◆◆◆

『…ズッキュンズッキュンズッキュンズンズズ、ズッキュンズッキュンズッキュンズン、なんでもないのに体温上がって来ちゃって夢みたいー!!ズッキュンズッキュンズッキュンズンズズ…』凡庸なハードコア歌謡テクノが流れる、アンダー第三階層の複合商業的施設。2人は助手的な服を探していた。

「こいつはどうだ?」ガンドーは有能秘書めいたレトロ調セットアップを選ぶ。シキベはどうも気乗りしない。試着したが、違うシリーズのアクションフィギュアを首だけすげ替えたかのようだ。「ウェー……所長?」「何だ?」「こういう普通なの、苦手…なんスよね。あとBGMもダサいデスし……」

「オイオイ、勘違いするなよ。ブッダも怒るぜ」ガンドーは首後ろのカートリッジ型素子を抜き差しし、端子の接触不良を改善しようと試みながら続けた「今回の依頼は、アッパーでの情報収集がメインになる。いつもの服じゃあ、何度マッポや警備スモトリに呼び止められるか、わかったもんじゃない」

確かにガンドーの言葉は一理ある。ガンドー同様、彼女は陽光差さぬアンダーガイオンの出だ。アンダー生まれのマケグミは一様に、不健康そうな青白い肌を持つため、艶々としたアッパーの連中とは外見が明らかに違う。その上シキベのように薄汚い古着を纏っていれば、一部施設には入れないはずだ。

「ウェー、そうデスね、仕事ッスからね」シキベは納得したようで、どこか憮然とした態度で返す「ならせめて、私のセンスで選んでも、いいデスか?」「ああ」ガンドーは肩をすくめた。軽い偏頭痛が走った。…確かに俺は保護者じゃないしセンスも古い。ニュージェネレーションに口出ししすぎたか。

◆◆◆

午後三時。浮付いたアッパーガイオン大路を、ダスターコートの探偵が歩む。横には探偵助手めいた服装のシキベ。黒いパンツにサスペンダー、白ワイシャツ。所々に控え目なパンク的要素が混じる。セル眼鏡は傾いたままだ。「体の線が見えた方がずっといいな」「そうスか?」その胸は標準的だった。

「まずどこに?」シキベが少しハキハキした口調で問う。服のせいか、アッパーの空気のせいか、それとも初めて本格的な調査に同行できて喜んでいるのか。「ライブラリだ」ガンドーは素子カートリッジから脳内へ流入してくるデータとZBRガムを咀嚼しながら、市の総合情報集積施設へと向かった。

「リキシャーとか、使わないんスか?」大路を歩くシキベは早くも息が上がってきたようだ。「情報は街の中にも転がってる」ガンドーはダストボックスから新聞紙を引っ張り出し、放り捨て、観光客やアッパー住民たちの話し声に耳を傾け、歩みを止めず目も合わさず馴染みの薬売人に万札を手渡した。

---「神出鬼没、正体不明、鮮やかな手口……カトゥーンも真っ青の典型的怪盗って奴だな。時代錯誤も甚だしいぜ」ツキヌケ・ライブラリの薄暗い閲覧室、ガンドーはLAN直結で様々な合法情報や非合法情報にアクセスし、シキベは新聞各社の年鑑でスズキ・キヨシ関連の記事をコピーしていた。

---「犯罪に使ったガジェットを列記だ」「ウェー……ドリル、睡眠ガス、スーパーカー、無線LANジャミング装置……」---「被害に遭った連中が、どこのメガコーポ系列か調べるんだ。カチグミ名鑑データのディスクを」「借りて来たッスよ」「手が離せない、右の端子に挿してくれ」--- 

---「大丈夫なんスか、これ?」地下情報集積室前で、シキベは渡された偽造IDをUNIXのスロットに通し、セキュリティプログラムの代わりに作動中の電子タンクゲームを操作する。「あと3分だ」セキュリティ檻の向こうに行ったガンドーからIRCメッセージが届く「撃破されるなよ」---

---「アー、撃破されたんスけど」「コンティニューしろ。暇つぶしだ。ハッキングには支障ない」---「高級オイランハウスに行く、2時間後にスシバー『大人』だ」「仕事する気になったんじゃないンすか?」「最高の情報収集源だ」「アー、だから経費なんスか」「言ってなかったか?」--- 

---月明かりの下,縁側でキナガシを羽織り,白砂の海に浮かぶ見事なコケシ灯篭を見ながらZBRキセルを吹かすガンドー。背中合わせでオコトを爪弾く、たおやかで知性的なハイオイラン。「危険ドスエ」「いつもの事さ」「…3人組で遊びに来る御曹司の…」「…スズキ・キヨシな…」---

---上級スシバー『大人』。客同士は黒いノレンで顔を隠し、互いの素性は割れない。カラオケステージでは『大人』の文字が輝きラメ壁に乱反射する。「体温上がって来ちゃってー!!」シキベは頬を真赤に染め屈辱に震えながら歌謡テクノを歌う。リアルヤクザはガンドーにメモを手渡した。---

---「……同類だからな」「俺が?俺は探偵さ」「ヤクザは人類が残したジーンでありミーミーであり、いつか文明に大破局が訪れた時,ポストカタストロフィーの後にヤクザの暴力が人類を導く。そのために俺はリアルヤクザであり続けるのだ」「絶滅危惧種ってか?俺は選民思想は好かねえ」---

---ザリザリザリ「ハァーッ!ハァーッ!俺は有能なヨージンボーだ!スモトリだ!マイッタカ!」ローマ百人隊長めいた平行モヒカンの大男は、背中のダクトから圧縮空気を排出し、口からは唾を吐いた。床に倒れ伏すガンドーに向けて。ザリザリザリ「所長ーッ!」叫ぶシキベ!---REBOOT

---ザリザリザリ「イヤーッ!」ガンドーの右セイケンヅキがスモトリ・ヨージンボーの顔面にめり込む!しかもその手には殺人凶器49マグナムが握られているのだ!「ウォーッ!」背後から棍棒を持った別モヒカンが襲い掛かる!BLAM!射撃反動による背面への高速肘打!「グワーッ!」---

---ザリザリザリ。記憶がやや安定する。落ち着いたレコードの音。暖かに揺らめく電子ボンボリの間接照明。「探偵なんてうんざりだろ?」「遥かに良いっスよ」シキベは眠た目を擦りながら、UNIXキーを叩いていた。ガンドーは腫れた顔を冷やし,推理机で無数の手掛かりと向かい合う。---

---「まだUNIXか?」「アー、もう少し……いいスかね。忘れないうちに……」シキベは事務所の隅にいるガンドーの遠い背中を見つめながら,ヤスイ社のコーヒーをごくりと飲下した。「雇用期間は,あくまでも3ヶ月間だぜ。延長は無しだ」「わかってまスよ……」シキベは欠伸する。---

「ボーナスも出す。それで、もう少しマシな仕事を探すんだ」「……所長ォ、そういや、アンコ、止めるんスか?……」「ああ」「……何かあったんスか?」「俺も少しはマシな仕事をする。せめて、クルゼ所長がいた頃くらいのな」「……フアー、今日も寝てって……いいスか?」「ああ、俺は寝ない」

 古い医療用パイプベッドが微かに軋む。ガンドーの巨体ではないことに、安堵の息をつくように。驚くほど暖かく、心地良い、穏やかな空間だった。巣のような。「所長ォ……?」「早く寝とけよ」「所長にとって、探偵って、どんな仕事なんスか?」「俺にはこれしかできねえ。最低で最高の仕事だ」

「アー……この前……聞きそびれて……何で探偵やろうって、思ったんスか……?」シキベが問う。ガンドーは話をはぐらかそうとしたが、シキベは食い下がった。「あのな……俺がガキの頃だよ。最下層の最低な場所で育ったんだ。笑いも娯楽もない世界で、不安しかない世界で、小さなゴミを拾った」

 ガンドーはZBRが回り推理に夢中になっていた。だから何の小細工も歳相応の照れもなく、シキベに手の内を明かした。そうすれば寝ると思ったからだ。「汚水にまみれてくちゃくちゃになって乾いたカトゥーンリーフだ。レトロな探偵ものだ。それだけが俺の希望だった。それだけが俺の笑顔だった」

 シキベは返事を返さなかった。ガンドーはまた頭を掻き、推理に集中し始める。スズキ・キヨシの尻尾が、一億円の尻尾が、すぐそこに見えているのだ。少しして、満足そうでカワイイな寝息がベッドから聞こえてきた。サツバツとしたガンドーの生涯の中で、最も優しく穏やかなアトモスフィアだった。



 二週間後。ガンドーとシキベは、未だ怪盗スズキ・キヨシの正体を追い続けていた。かさむ経費と滞納料金取立により、探偵事務所の預金残高は減る一方だ。何としてもキヨシを捕え、一億円を手に入れねば。ガンドーは『斑鳩』『探偵』『不如帰』のショドーを貼った壁に向かい、今日も机で朝を迎えた。

 電話が鳴る。シキベは昨晩ヤタイで酒を飲み過ぎ、未だ眠っていた。ガンドーが取る。謎の依頼人だ。Zooom……またあの不気味な細切れフランジャー電子音声が聞こえてくる。自分は宇宙の真理であるとでも言いたげな、冷たい威圧感を放つ声「ドーモ」「ドーモ」「首尾はどうかね」「悪くないぜ」

 ガンドーは煙草を吹かしながら、調査と推理の経緯を報告した。……スズキ・キヨシの正体は恐らく、カチグミ企業コケシ社の道楽御曹司だ。同じような地位にある若者二人とつるみ、愉快犯的行動を繰り返している。いくら証拠を揃えても、現行犯で捕えない限り、カネと地位の力でもみ消されるだろう。

「……では次の犯行は?」「明後日、琵琶湖クルーズ船『グランド・オモシロイ』で、財界の大物らを招き、ネオサイタマ系メガコーポ各社による大規模なビジネスショウが行われる。添え物として、企業所蔵の骨董美術品もいくつか展示されるはずだ。俺はそこに、スズキ・キヨシが現れると踏んでいる」

「流石はクルゼ・ケン所長の直弟子。興味深い推理だ。君はそこで、違法行為に及ぼうとするスズキ・キヨシを捕まえるというわけか。……私から協力できることはあるかね?」「追加で三百万の経費」キャバァーン!預金口座が再び潤う「……これ以上の経費は無しだ。私は君のスシ・パトロンではない」

「オーライ。プロとして必要経費は最低限に留める」ガンドーは推理机の薄汚いメモを手繰り『ZBR1リットル』を横線で消す「あとは、俺が目星をつけた3人の誰かが乗船するかどうかを知るために、ショウの招待客リスト……それからショウ当日の乗船チケットが2枚必要だ。無理なら俺たちの手で」

「その2つの調達は難しくないだろう、私の地位を使えば。今日中に届けさせよう。なお、君がこの仕事を達成した後」電子エフェクト音声がピッチの変動を増す「君とのコンタクトを断つ。私の正体を詮索しようとはしないことだ」「ああ、その手の制約はチャメシ・インシデントさ」ガンドーは笑った。

「幸運を祈る。カラダニキヲツケテネ……」不気味な余韻を残し、音声はそこで途切れた。その奥ゆかしい言葉からも、依頼人の高い地位は自明である。正体はコケシ社の失墜を狙う対立メガコーポの重役か、どこかのファンドの人間か、あるいは本当に、個人的復讐を果たそうとする位の高い公人か……。

「詮索好きの犬は警棒で殴られる、だな」ガンドーは平安時代の哲学者ミヤモト・マサシの有名なコトワザを呟いた。私立探偵にとっての重要な警句でもある。ベッドで欠伸する助手の声を聞きながら、彼はカレンダーを見た。今日はブツメツ・バッドラックだ。一日事務所に篭って、英気を養うとするか。

 たまには助手にコーヒーでも淹れてやるか。驚く顔が見たい。ガンドーは小さな冷蔵庫に向かい、1ヶ月前に開封した賞味期限ぎりぎりのケモミルク・ボトルを取り出す。俺は1億の依頼でシリアスになり過ぎていないか?逆に、シキベが来てから腑抜けてはいないか?ガンドーは時折、自問自答を行う。

 師匠クルゼ・ケンの教えが脳裏をよぎる……「ある日ブッダは使途を集め、ワニで満たされた蓮の泉の上に一本の縄を張らせると、そこを渡るよう使徒たちに命じた。一人目は全くブレずに渡ろうとし、あえなく泉に転落した。二人目は棒を持ち、左右にブレながら歩くことで、見事これを渡り切った」

このゼンめいた故事は、様々な意味に解釈できる。クルゼはここから、柔軟性と平常心の大切さを説いた。シリアスになり過ぎて右にブレ過ぎても、リラックスし過ぎて左にブレ過ぎても、かつ小さなブレを恐れてもいけない。そうしなければ綱は渡れないのだ、と。皮肉にも彼は、右に転落したのだが。

「俺は大丈夫さ」ガンドーはブレッドを錆び付いたトースターに差し込みながら、独りごちた。コーヒーを注ごうかと思った矢先、電話がまた鳴る。シキベは完全に眼を覚まし、上半身を起こした。「はいこちら、ガンドー探偵……ああ、ムタギ=サンか。どうだい、調子は……あァ?家出?娘さんが?」

「家は……8階層か?ヤバいな、そりゃ……」ガンドーはメモを走らせる。落ち着かない鴉のように、寝起きのシキベと預金残高、重点赤丸がついたカレンダーを順に見やる。ほとんど依頼料の期待はできない仕事だ。それどころか明後日の計画を立てる時間が削られる。しばしの思案「……今すぐ行く」

 歩きながらコートを羽織るガンドー。「アー……依頼デスか?最近全部、断ってたんデスよね?」「馴染みの客が、ちょっとな、トラブルだ」「明後日の準備は大丈夫なんスか?」「まあな。あの大宇宙野郎が、手間を省いてくれる」「電話来たんスね」「ああ、火星人のマネさせてやったぜ」「ウェー」

「シキベ=サン、留守番頼む」「アー、所長、いいスかね?一緒に行きたいんスけど」ガンドーは投げ縄で捕えられた牛のように、大回りのターンを決めて振り返る「……まあいいか。女のカンも役に立つ。まずスラックスを履いて、5分で支度だ」「アー……」「返事はノーか?」「ハイヨロコンデー」

◆◆◆

 二日後!

 炭化したトーストと冷めたコーヒーを残したまま、2人はキャブで琵琶湖に向かっていた。家出事件は解決したが、グランド・オモシロイの出港時間が近い。「だからあれほど言ったんスよ!」大慌てで化粧を整えるシキベ。「今データを確認中だ、愚痴なら後で頼むぜ」首後ろの端子をさするガンドー。

「もっと速く頼む」ガンドーは依頼人から提供された情報を脳内にダウンロードしつつ運転手に注文した。無数の電子ボンボリでライトアップされた巨大クルーズ船が彼方に見える「違法速度ギリギリでな」「…アー、まだちょっと眠いんスけど、ZBRって、どうなんスかね?」「ZBRは、やめとけ」

 ブオーン。ブオーン。虚無僧が吹き鳴らすホルンめいた音が、港に響き渡る。ガンドーは黒いタキシードにサイバーグラス。49マグナムを持ち込む余裕はない。助手は斜めに傾いたいつもの黒いセル眼鏡に、カジノディーラーめいた服装。2人はマキモノを警備員に渡し、ぎりぎりで船内に駆け込んだ。

 グランド・オモシロイの威容は、まるでサイバーオイラン空母だ。一つの街なのだ。甲板には土が敷き詰められ堀が走る。中央部には高さ数十メートル、コの字型の遊郭めいた建物が聳え立つ。無数のボンボリの灯り。後部にはアンテナに覆われた荘厳な巨大トリイ。ブッダ!全てが整然と奥ゆかしい!

 乗船してまず目を引くのは、見事な柳が並ぶ庭園。美しい日本の伝統美を感じさせるたおやかなオイランが等間隔で立ち、スシの盛られた黒漆オボンを持って微笑む。「これはすごいですね!」「胸を揉みたい!」「君、ここはネオサイタマじゃないぞ!」キョート・ニュービーたちが馬脚を呈している。

 スシには目もくれず、ガンドーとシキベは堀に渡された橋を渡り、遊郭めいた建物内のイベントホールへと急いだ。「この建物は巨大なホテルだ」ガンドーは早足で歩きながら小声で説明する。限られた時間の中で考えた、場当たり的な作戦だ。「ターゲットの部屋は解ってる。忍び込んで情報を掴む」

「ウェー……中に相手がいたら、どうするんスか?」「グッドポイント!」ガンドーが有能な助手を指差す「抜かりはない。まずはターゲットが室外にいるのを確認する。車内で見せた写真を思い出せ。今はちょうどイベントホールでヨロシサン製薬やオムラ重工のハイテック・ショウが開催されている」

 アコースティックな雅楽が鳴り響く庭園を、探偵と助手は足早に渡る。「ハイテック・ショウに奴らがいるって、何で解るんスか?」「奴らのこれまでの手口を考えるんだ。常にハイテックを駆使してる。だからショウも見物してるに違いない。アリーナ席を歩いて、あの3人の誰かがいないか探すんだ」

 イベントホールは目の前だ。観客席から響く拍手の音と、ネオサイタマらしい下品なアナウンス音声が聞こえてきた。「アー……でもそれ……ウェー……居なかったらどうするんスか?」シキベが問う。「次の手を考える」ガンドーはZBRガムを噛みながら返した「仕方ないだろ、時間が無かったんだ」

「彼女は不幸な事故で四肢を失いましたが、見てください!」芝居がかったプレゼンターの声。ステージ上にスポットライトが当てられ、笑顔を浮かべた美しいオイランが現れ背中を露にした。白いうなじに4つのLAN端子、そこから脊髄へとケーブル類が伸びる。「我が社のサイバネ義肢の力です!」

 ガンドーとシキベは二手に別れ客席を歩く。ステージ上のオイランは着物で再び背中を隠すと、どこか空虚な笑みを作って振り返り、奥ゆかしい姿勢で正面に一礼した。観客席から小さな拍手が起こる。だが、最前列から仕込みと思われる男の声。「しかし、この技術は半年前のショウでも見ましたよ?」

「い、か、に、も、その通りです!」プレゼンターが大仰な口調で答える。手元のボタンを押すと、オイランに注ぐスポットライトが消えた「時代は変わりました。我が社はついに、高性能オイランドロイドの開発に成功したのです!しかもそこに、アイドルというエクスプロイテーション要素を重点!」

 胸糞悪いプレゼンだぜ、人間を何だと思ってやがると思いながら、ガンドーは薄暗いアリーナ席を捜索する。幸いにも、観客たちは現在のプレゼンを食い入るように見つめている。時代の転換点を目撃するかのように、静かな熱狂がホール内を支配していた。すでに立ち上がり拍手をする者すらいる。

 軽薄で性的なサイバーテクノがホール内に流れ始めた「ご紹介しましょう!ネコネコカワイイです!」プレゼンターが叫ぶ。ステージのソデから人間と区別がつかない……いや人間以上に完璧にカワイイな動きをプログラムされた2体のオイランドロイドが、元気いっぱいに駆け込んでくる!万雷の拍手!

 暗がりの中、俯き加減で退場してゆく義肢オイランに一瞥をくれながら、ガンドーはやり場のない怒りを覚えていた(((スモトリも、ヤクザも、オイランまで紛い物だ。次は何だ?探偵か?俺たちも遂に絶滅か?メガコーポめ、調子に乗りやがって)))……ふと目をやると、発見サインを作るシキベ! 33

 ネコネコカワイイは球体関節技術を活かした完璧なW字開脚ジャンプを決める!湧き起こる歓声!「スゴイ!」「スゴスギル!」「カワイイ!」鳴り止まぬ拍手!「我が社のサイバネとピグマリオン・コシモト兄弟カンパニーの人工知能が……」勝ち誇ったプレゼンターの声を背に、出口へと向かう2人。

「いたか?」とガンドー。「所長の推理通り、ターゲット3人ともいて、仲良く立ち上がって、拍手してたっスよ」緊張感からか、シキベもいつになくハキハキとした口調だ。「ブッダ!上出来だぜ。ZBRが効いて来た」2人はエレベーターに乗り、最上階へ。オーガニック畳の匂いが彼らを出迎える。

 ニューロン内にワイヤフレーム式の見取図とスタッフ巡回ダイヤを展開したガンドーは、薄暗い無人スタッフルームに押し入って大型フートン・キャリーと酒瓶を調達し、マツ1203号室へ向かう。横並びで歩く2人は交代で蝶ネクタイをスタッフ用のそれに付け替え、さらに乗務員バッジを装着した。

 幸いにも乗客の大半は、ハイテック・ショウに参加しているようだ。ガンドーはマツ1203号室の少し前にキャリーを止めると、酒瓶の蓋を開けて床に放り投げ、撒き散らす。フートンの陰に隠れながら、屈み込んだシキベが金属製のLAN端子蓋をドライバーでこじ開け、ガンドーのケーブルを直結。

 予想以上に守りが固い。ガンドーは胸元から真鍮フラスコを取り出し、ZBR・ウィスキーを呷りながら、少々焦り始める。もうじき5分経過だ。偏頭痛。ようやく、重い物理鍵が3つ回る音が聞こえた。「無理するなよ、IRCで連絡を取る」とガンドー。シキベは頷き、フスマを開け単身部屋に潜入。

 美しいビヨンボで区切られた20畳の優雅なタタミ部屋には、贅を尽くした調度品が並んでいる。半開きになったショウジ戸の彼方には、大型トリイがライトアップされた琵琶湖の夜景と、キョート山脈に映し出される壮大な漢字。『明かり』シキベは携帯IRCでガンドーに伝える。『1分待ってくれ』

 少しして、ガンドーが室内のハッキング支配度を深める。電子ボンボリが燈り、雅楽が流れ始めた。『音楽はすぐ切る』とガンドー。シキベは頭を掻きながら、ターゲットがスズキ・キヨシ一味であることを示す証拠を探した。『大型スーツケース3個、開かないス』『他は無いか』『タンス』『安直だ』

 シキベはチャブの上に置かれた置物を片端から裏返し、何かが隠されていないか確認する。『マズイ、奴らが来た』ガンドーから緊急IRC『30メートル先の角を曲がって、近づいてきてる』『脱出の時間は?』『間に合わない、隠れてくれ』『どこに隠れりゃいいスか?』『チャブの下か、タンスだ』

 ナムサン!シキベは一瞬迷った跡、オブツダン式の大型衣装ダンスを開き、中に飛び込んだ。物理鍵が下り、電気が消える。ガンドーがハッキングを一時解除したのだ。運搬中にフートンと酒瓶をこぼした無能なホテルスタッフの芝居を打つガンドー。3人のターゲットは小さく笑いながら部屋に入る。

「実際スゴスギルな!ネコネコカワイイは!」3人のリーダー格であるコケシ・ソイチは、興奮冷めやらぬ面持ちで言った。「計画変更ですか?」「もしかして今夜、中庭のライブステージからネコネコカワイイを盗むとか?」2人のヤングカチグミが囃し立てる。タンスの中に隠れたシキベは息を呑む。

「いや、計画重点だ」と声を潜めながらコケシ。後ろ手で室内雅楽BGMのボリュームを増す「ストイックにやらなけりゃ、怪盗は務まらない。さあ、急ぐぞ。プロポはどうだ?」「大丈夫です」「スモークは?」「抜かりないです」「よし、じゃあ俺のスーツケースは……こんな所に……置いたかな?」

(((ウェー)))シキベはタンスの中で冷汗をかいた。先程開けようとした時に、並び方を変えてしまったのかもしれない。日頃のがさつな性格が災いしたのか。「気のせいじゃないですか?」「もうすぐ計画の時間ですよ?」と取り巻き2人。「……」コケシ・ソイチは眉をしかめ、タンスを開ける!

 アブナイ!シキベが隠れている側と反対側の戸が開く!コケシ・ソイチの艶々とした手が掴み取るのは、ハンガーに掛けられシワを伸ばされたレトロ調の怪盗マントと、ハーフヴェネツィアマスクめいた形状のハンニャ・オメーン!ナムアミダブツ!それこそは、怪盗スズキ・キヨシの代名詞ではないか!

 タンスが閉じる!息を吐くシキベ!「何か臭うな……」コケシが呟く。「誰かが正体に気付いたとか?」と取り巻き。「そろそろ潮時かもしれないですよね?」もう片方がチャブの下を覗き込む。「……まだだ。もっとやる。詮索者がいたら、琵琶湖に沈めてやる。跡形も無く揉み消してやる」とコケシ。

 3人は大型スーツケースを転がしながら部屋を出て行く。角を曲がってエレベータに乗ったのを見計らって、ガンドーが再び部屋の前に駆け戻り、LAN直結を再開した。いざとなれば、全てを台無しにしてでも殴り込むつもりでいたが……緊急事態IRCは来なかった。それでも不安は募る。錠が開く。

『もう大丈夫だぜ』IRCメッセージを飛ばす。シキベが固い表情で部屋から駆け出してくる。暗闇に浮かぶガンドーの大きく四角いシルエットを見ると、シキベはいつも、十年前のあの日を思い出す。「間違いないデスよ、あいつら、スズキ・キヨシっス」歩きながら言葉を探す「急がないと、時間が」

「何そんなに怒ってんだ?シキベ=サン」「焦ってるんスよ!犯行時間が近いんデスから!」ガンドーは横に並んで歩きながら笑い、助手の背中を優しく叩く。平常心を失いかけているのが見て取れたからだ。「それ以前に怒ってるだろ、ちょっと落ち着け、深呼吸しろ」「ウェー……」シキベは従った。

「時間ホントに大丈夫なんスか?」「ああ、大丈夫だ」ガンドーは自分にもそう言い聞かせた。「アー……自分でもよく分かんないんスけどね……なんか、この船に乗ってから、腹立つコトばっかで……所長とか、私とか、毎日死ぬような思いして、捜査して、女の子助けて、危ない橋渡ってンのに……」

「……スズキ・キヨシだって、カネがあって、道楽で怪盗やってるんスよね?もうホント、なんで、アンダーだけこんなワリ喰わなきゃいけないんスか?昨日の女の子なんて、捜査しなかったら、死んでるんスよ?オイランの人とか可哀想デスよね、あんなプレゼンで拍手とか、ワケわかんないっスよ?」

「でもやっぱ、一番腹立つの、道楽のスズキ・キヨシなんスよ」シキベは涙を零し始めた。ガンドーも驚くほどに。「詮索者は、琵琶湖に沈めて、揉み消すとか、つまり、私のことなんスよ?十年前に所長に助けてもらって、ホント、ボンクラでも必死で生きてンのに?それを、偉そうに、消すとか?」

 ガンドーは十年前のように身を屈め、嗚咽する彼女を抱いた。シキベはもう限界だ。一度に多くのことを体験しすぎた。これ以上深入りさせると、右に傾いて落ちる。分厚くごつごつしたガンドーの肩を感じ、シキベは驚いた。そして少しだけ、平静を取り戻した。「最高の助手だ」ガンドーは言った。

「ここから先は、俺がケリをつける。ラウンジかどこかで、先に祝杯でもあげとけよ。正体を掴んだだけでもキンボシ・オオキイだ」ガンドーが言った。シキベは鼻水をぬぐって頷いた。「さあ、推理の時間だぜ」ガンドーが身を起こす「手掛かりが必要だ」。シキベが頷く「……プロポと…スモーク…」




 琵琶湖クルーズ船、グランド・オモシロイ。遊郭めいたホテルのカーボンカワラ屋根の上に、タキシードを着た偉丈夫……私立探偵タカギ・ガンドーは、月明かりと微かな赤い誘導灯に照らされながら、双眼鏡で中庭を見下ろしていた。船に住み着く何十羽もの鴉が、不思議そうにガンドーを観察している。 

 彼の横にシキベの姿はない。未熟な彼女をこの場に連れてくるのは危険すぎると判断したからだ。決戦前の静寂。琵琶湖の風が吹き付ける。湖面で静かに上下を繰り返す巨大トリイのライトアップ色が、赤から緑に変わる。彼方に聳えるキョート山脈の山肌には、『ムッジョ』の文字が照らし出されていた。

 ガンドーはここ数日間のことを反芻していた。より具体的には、シキベ・タカコのことだ。3ヶ月の期限付雇用は、明日で終わりを迎える。その先、どうすべきか。当初の予定通り、3ヶ月の給料に色を付けて渡し、彼女に相応しいマットウな世界へ送り出すか。あるいは……正式な助手として迎えるか。

 クルゼの死後、打ち捨てられた重機めいて錆付く一方だったガンドー。この3ヶ月で油が差され、ぎこちなく再起動を始めた。だが黄金時代に比べれば、彼の肉体やニューロンは輝きを失っている。そこへ、シキベの未熟な感情の暴発が、小さな種火を与えた。炉に点火し、彼の重いケツを蹴り上げたのだ。

 無論、こうして思考を続けつつも、警戒は怠らない。ただ、ZBRで昂揚したニューロンが、その演算能力を持て余しているのだ。……シキベの処遇について、回答を先送りにし続けてきたことを、ガンドーは内省のうちに認めざるを得なかった。錆付きだけでなく、自分の中に迷いと弱さがあったことを。

 雇うにせよ、巣立たせるにせよ、シキベには教えるべきことがある。この事件の依頼人も、結局はスズキ・キヨシと同類の人間なのだ。しかし、そのカネがなければ事務所は倒産し、先日の少女……第二のシキベも救えなかった。不条理を飲み込まねば、マッポーの世では生きて行けない。タフであらねば。

 同時に、あの未熟で小さな火を忘れてはいけないのだ。ガンドー探偵事務所の看板に掲げられた、ガンドー(平安時代の懐中灯)を持つ三本足の鴉に、彼はその想いを込めたはずだった。ガキの頃に与えられた、あの太陽の火を。いつしか、見失っていた。それをシキベ・タカコが持って帰ってきてくれた。

 おっと、ここまでだ。ゲーゲーと鴉たちが鳴き始めた。中庭でファンシーな七色のライトが輝き、重低音の効いたカワイイテクノが響き始める。「ブッダ、機嫌はどうだい?」ガンドーは思案を止め、全神経を中庭に集中させた。特設ステージで、ネコネコカワイイによる屋外ライブが始まろうとしていた。

◆◆◆

「コンバンワー!」「キョート!コンバンワー!」スモークの柱が立ち上り、屋外ステージに2体のオイランドロイドが現れる。BPM133のカワイイテクノに合わせ、驚くほどの人間味でダンス。そして脚をW字にネコネコカワイイジャンプを決めた。「スゴイ!」「スゴスギル!」観客は拍手喝采!

 中庭に作られた特設ステージは豪華絢爛であり、オムラグループの意気込みを感じさせる。バックに積み上げられた大型ビヨンボは、伝説のウキヨエ師葛飾北斎が描いた逸品で時価数千億。中央には国宝級アーティファクトであるトクガワ・エドの武者甲冑。経済でも東が再び西を征伐するという暗喩か。

「最近女性とうまく付き合えない」「そんな症状は出ていませんか?」「ビョウキかもしれません!」ネコネコカワイイはサイバーステップを刻みながらMCパフォーマンス「薬を飲むの?」「いいえ!オムラ・メディテック社のオイランドロイドが解決します!」「「一部医療保険適用ヤッター!!」」

「これはスゴイぞ、君」和服を着て右眼をサイバーアイ化した老人が、扇子で口元を隠し、美人秘書に耳打ちした「今すぐネオサイタマ株式市場にアクセスし、オムラ・メディテックの株を買うんだ!力強く!」彼は経済界の大物の一人だ。キョートからネオサイタマへと、大量のカネが流れ込み始める!

 観客を煽るようにBMPは上昇し、極彩色のテクノビームやLEDカタカナがビヨンボを染める。静かな狂熱に包まれ始めるグランド・オモシロイ。それを見つめるオムラ社員たちは、ほっと胸を撫で下ろした。プレゼンは大成功だ。「……あれ?」しかし1人が異常に気付く「スモークが……出過ぎだ」

 彼が指摘する通り、ステージから吹き出すスモークの量がおかしい。リハーサル時の10倍はある。そもそもスモークの質が違う。これではまるで煙幕グレネード弾めいている!「タイムイズマネー!早く何とかするんだ!台無しになるぞ!」「アッハイ!ヨロコンデー!」技術者がステージへ駆ける!

「アイエエエ!」接近したオムラ技術者が悲鳴を上げる!ひときわ猛烈な煙幕がステージ上だけでなく全側面から同時に噴出したのだ!ブリザードに飲み込まれたかのように、目の前が真っ白になる!すわ、テロルか?観客たちも異常に気付き逃げようとするが、白い煙幕は容赦なく彼らをも飲み込んだ!

 バラバラバラバラ!プロペラ音が接近。船に搭載された脱出用中型ヘリの一機だ。「何だこれは?」「操縦席には誰もいないぞ!無人だ!アイエエエエエ!」警備員たちはライトとジッテを構えて空を見上げる。「……フフッ、遠隔操縦さ」ホテル中階層の展望席では、1人の若者がプロポを握っていた。

 ヘリは特設ステージの真上へと移動し、強化カーボン製の縄梯子を投げ落とす。その先に掴まっているのは、ハンニャ・オメーンと黒いマントを纏った怪盗スズキ・キヨシ!何たるレトロな演出か!「ハーッハハハハハ!ガイオンの紳士淑女の皆さん、コンバンワー!この煙幕は無害だ!安心したまえ!」

「キヨシ=サンだわ!」観客席から黄色い歓声が上がる。ガイオン上層の女性達にとって彼は、知的でミステリアスで危険なオム・ファタールなのだ。コケシは優越感に口角を小さく吊り上げる。彼の獲物は一体何か!?縄梯子の先に備わった超磁力マグネットが……武者鎧のショーケース上部に吸着!

「確かに頂くぞ!」スズキ・キヨシの高笑いとともに、ヘリは上昇!「何をボンヤリ見ている!イディオットか!?撃て!撃てーッ!」オムラ重役が血相を変えて叫ぶ。あの鎧を失ってネオサイタマに帰る事になったら、セプクでは済まない。BLAM!BLAM!警備員がスズキ・キヨシへと発砲する!

「アイエエエエエ!」一部の女性は、惨事を予感して目を覆った。失禁し卒倒する者すらいる!だが……ナムアミダブツ!銃弾は豆鉄砲のように弾き返された!「こういうことだ!」スズキ・キヨシはマントを翻した。彼の体を覆っていたのは、数ヶ月前に盗んだLAN制御型最新鋭プロテクタースーツ!

 このガジェットを明かすと、それまで勿体ぶるようにゆっくり上昇していたヘリは、その速度を速めた。「フフッ、一丁あがりだ、イージーモードのゲームだね」プロポがほくそ笑む。スズキ・キヨシもまた、遠ざかる中庭と躍り続けるネコネコカワイイを見ながら、今夜の劇場犯罪を自画自賛していた。

 下界の喧騒から遠く離れたカワラ屋根の上。ひゅうと、寂しい琵琶湖の風が吹いた。ヘリの軌道を予測しながら、ガンドーは助走を開始する。「オイオイ、届くかな。落ちたら笑ってくれよ、シキベ=サン」始めは蒸気機関車のように重い足取りで。次第に速度が乗る。「遊びは終わりだぜ、坊ちゃん!」

「イイイイヤアアアアーッ!」タカギ・ガンドーは全速力でカワラ屋根の上を疾駆した!鴉たちがゲーゲーと鳴きながらカワラを飛び立つ!「アイエッ!?」その姿を認め、困惑するスズキ・キヨシ!腰に吊ったオートマチック拳銃を抜き、発砲!銃弾がガンドーの頬をかすめる!もう一発は脇腹に浅く!

(((撃ってきやがったぜ、畜生め!)))ガンドーは両腕を交差させて頭部をガードしながら、なおも突き進む!その勢いは落ちない!シャチホコを蹴り、大きく跳躍!ヘリの横腹を狙ったがわずかに届かない!辛うじて縄梯子とスズキ・キヨシの足を掴む!ガンドーの体重で、振り子が大きく揺れた!

『上昇一旦停止!』キヨシは困惑し、ガンドーに対し闇雲に発砲しながらIRCを飛ばす!「所長ーッ!」屋上に突如響くシキベの声!何故彼女が!?ガンドーは後方を振り返った。どこから調達したのか、リボルバー銃を手に非常ドアから走ってくるシキベ!「馬鹿野郎!足手纏いだ!」叫ぶガンドー!

 ガンドーは、真上からの銃撃で左肩をやられたことに気付いていた。だが何度打ちのめされようとも立ち上がる驚異的タフネスと違法薬物で武装したこの男は、黄金時代のカラテとともに左右に揺れる縄梯子を登り、スズキ・キヨシと向かい合ったのだ。「ヌウウウーッ!」キヨシの拳銃を掴むガンドー!

 BLAM!BLAM!拳銃を奪い合いながら、キヨシが闇雲にトリガを引く。プロテクタースーツによって握力が強化されているのか、ガンドーとの体格差を考えると驚異的な抵抗である。「俺は大丈夫だ!来るな馬鹿野郎!」ガンドーが背後に向けて叫ぶ!「ハイ!」シキベが答えカワラ屋根に伏せる!

「ヌウウウーッ!」ガンドーは肩を撃ち抜かれた片腕に、さらに力を篭めた。だが、押し負けている。一瞬の判断で手を離し、拳をスズキ・キヨシの顔面に叩き込んだ!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ほぼ同時に、プロテクタースーツで強化されたスズキ・キヨシの膝蹴りが、ガンドーの鳩尾にめり込む!

「「グワーッ!」」二人は苦痛に顔を歪めながらも、さらに泥臭い殴り合いを続ける。放り捨てられた拳銃が屋根の上に転がる。縄梯子が大きく揺れる。互いの服を掴んで引きずり下ろそうとする。両者は入り乱れ、武者鎧のケースに落下!その衝撃で偶然にも超磁力マグネットが解除される!ナムサン!

 ガンドーは死を覚悟しながら、必死でショウケースにしがみついた。スズキ・キヨシもそうだ。ゴウランガ!大揺れになっていた振り子の錘は、そのままカワラ屋根の上に叩きつけられる!ガラスが割れ、飛び出すトクガワ・エドの鎧甲冑!探偵と怪盗は真正面から組み付き合いながら屋根を転げ落ちる!

 屋根から飛び出した2人は、3つ下の階に突き出した展望席へと落下する!「アイエエエエエ!」突如目の前に降って来た2人を見て、プロポが失禁した!ガンドーとスズキ・キヨシは、言葉にならない言葉を叫び合いながら、互いを殴りつけ、組み付き、転がり、柵を壊してさらに下へと落下してゆく!

 中庭に造られた小さな池へと2人は落下した!派手な水柱!見事な鯉が空中に浮かぶ!乗客らの悲鳴!そして……固唾を呑んで皆が見守る中……ぐったりとうなだれるスズキ・キヨシの襟首を掴んだガンドーが、池から這い出し立ち上がった。「誰だ、あんたは!?」警備員らが叫ぶ。「……私立探偵だ」

 中庭でどよめきと歓声が上がった。それは屋根の上にいるシキベの耳にも伝わった。「良かった……所長……捕まえたんスね……!」シキベはシャチホコに掴まって泣きじゃくりながら、中庭を見下ろしていた。少し離れた場所には、割れたガラスケースとトクガワの鎧、キヨシの拳銃が転がっていた。

 ガンドーの疾駆で追われた鴉たちも、カワラ屋根に戻ってきた。シキベは暫しシャチホコに背を預け、アッパーガイオンの夜景を見渡し息を整える。勝手な行動を取り、足手纏いと言われたことが、急に不安になった。「アー……所長……これじゃ……ずっと事務所に置いてもらうの……無理スかね……」

 ……心の中でひとりごちた直後、シキベは本能的に何かの異常を感じ取った。だから彼女は、口に手を当てて息を止め、シャチホコの背後に身を隠したのだ。鴉たちも同様だった。何か不吉なものの接近を予感したかのように……騒がしくゲーゲーと鳴き、翼を開いた。

 その夜、鴉たちが、その黒い翼で彼女を覆い隠すことができたならば良かったのだが。

 ガンドーは観衆を掻き分け、警備員や救護班も押しのけながら、屋上へ向かう。途中、黒いスーツの男が正面から彼にぶつかり、紫色のフロシキで包んだ大きな重箱を押し付けた。すれ違いざまに、その男は「報酬だ」と告げる。走狗だろう。ガンドーは一億の重みを感じながら、笑顔で屋上へ向かった。

 4ヶ所に銃弾を受けながらも、ガンドーは笑っていた。シキベが下りてこないことの不安を頭の外に追いやり、彼は笑っていた。警備員、救護班、カチグミ野次馬を後ろに引き連れながら、ガンドーは屋上へと登った。……そこで彼は、血を流し横たわるシキベ・タカコの姿を見たのだ。

 ザリザリザリ……ガンドーの記憶に再び横殴りのノイズが走る……ガンドーは彼女を抱き上げ、何かを叫んだ。だが彼の記憶の中には、この時の音声はもうなにも残っていない。流れ弾か?まさかな?突然、全身から血の気が引いていく。全てがスローモーションに映る。救護班が2人をヘリに載せる。

◆◆◆

「……!ーッ!ハァーッ!」ガンドーは悪夢から醒めるように、医療用ベッドで上半身を起こした。探偵事務所か?それにしては殺風景だ。いけすかねえ、真白い部屋だ。レコードの音も無ければ、トーストの香ばしい匂いもない。パイプベッドはクリーム色の塗装ではない。真新しい、真白なベッドだ。

 痛みが全身に走った。体は包帯で覆われ、患者用の白い服を着せられている。シキベの巻いた包帯ではないことは、すぐにわかった。プロが巻いたものだ。腕にちくりとした痛みを感じ、点滴チューブが刺さっていることに気付く。背中にもだ。ガンドーはチューブを引き抜くと、裸足で床に下りた。

「…オイオイオイ、ブッダ、どうなってんだこりゃ。話が違うぞ」ガンドーは苦痛に顔を歪めながら、冷たいホワイトマーブルの床を歩き、重いフスマを開ける。大きな窓が並ぶ廊下と、アッパーガイオンの曇天が彼を迎えた。長い廊下には、車椅子の男、サイバネ義足で歩行練習する男、そして看護婦。

「……!アイエエエエエ……」ガンドーの姿を見ると、看護婦は驚き、その場に立ち尽くした。彼はまだ動ける状態ではなかったからだ。「なあ、ちょっと病室を教えてくれよ」ガンドーは看護婦のところまで歩き、聞いた。「シキベ・タカコの病室はどこだ?俺の大事な助手なんだ」

 数分後、ガンドーは医療主任の部屋にいた。2人が向かい合って座るテーブルの上には、チップが浮かぶ円筒状の透明なチューブが一本、置かれていた。「で、俺は何日間寝てたんだ?」「3週間です」「そうか」「ZBR依存症だと気付くのが遅れたら、永眠していたでしょう」「そうか」

「で、こいつは何だ?」ガンドーがチューブを指差した。医療主任が咳払いする。「シキベ・タカコ=サンです」「そうか」ガンドーはチューブの中の高密度バイオニューロンチップを見る。「もう一回説明してくれよ、センセイ」「正確には、記憶のコピーです」「体は?」「生命活動を停止しました」

「なあ、センセイ……3週間も寝てた俺が言うのもなんだが、どうしてこうなった?」「貴方が望んだからです」「俺が?」「一億ある、何としても彼女を助けろと」「言ったかもしれん、だが……」「我々の力が及びませんでした」医療主任はドゲザする。「オイオイ、センセイ、顔上げてくれよ」

「で、センセイ、俺はどうすりゃいい?」ガンドーはチューブを指で触った。「どうする、といいますと」「シキベ=サンをだよ」「定期的に、バイオ脳漿液を新鮮なものに取り替える必要があります。呼吸していますので」「いや、そうじゃなくてだな、どうやったらシキベ=サンは生き返るんだ?」

「人体からの高密度バイオニューロンチップへの記憶コピーは、最先端技術です」医療主任は言った「そこからの復元技術は、未だ実用化されていません」「オイオイ、つまり、どういうことだ?」「……遠い昔、富豪たちが死体を冷凍保存して将来の復活に備えました。それに近いものということです」

「いつ実現するんだ?……センセイ、あんたは科学者だろ?大体でいい、5年か?10年か?」「それの答えは……」医療主任は目を逸らし、自分の机の上にあるレトロ調のロケットオブジェを見やった「いつ宇宙殖民が果たされるのか、と同じくらい不確かです。ハイテックの進歩を……待つしか……」 

◆◆◆

「……ッ!ハァーッ!ハァーッ!ハァーッ!」ガンドーは再び、医療用ベッドの上で目を覚ます。今度は病院ではない。ガンドー探偵事務所だ。TRRRRR!TRRRRR!ワータヌキ電話が鳴り響く。シキベは居ない。ガンドーは苦痛に顔を歪めながら立ち上がった。

「はいこちら、ガンドー探偵事務所」「アッ……シキベ・タカコ=サンはいらっしゃいますか?」「……あんたは?」「ネオサイタマのシトネ出版社です。サムライ探偵サイゴの原稿の件で、シキベ=サンにファイルを依頼していたのですが、一向に連絡がないもので」「……サムライ探偵……サイゴ?」

「出版が決定しましたので、残りファイルを全て送っていただければと」「オイオイ、ちょっと待ってくれ、順を追って説明してくれよ」ガンドーはまだ長い夢の中にいるように言った。「ええ、荒削りではありますが、非常に、その、キャラの設定が良く、キョートという舞台も、我々には魅力的で…」

 ガンドーはそこで受話器を放り投げ、UNIXの階層を掘った。シキベが作った隠しフォルダを見つける。そこには数年単位で書き溜めてきたと思しき、膨大なIRC日記と、サムライ探偵サイゴの原稿が置かれていた。キーを叩くガンドーの指が震えた。「オイオイオイ、俺はなんて馬鹿なんだよ」 

 シキベに文才は無かった。ガンドーが読んでも、文章の稚拙さが解る。だが、彼女の書いた小説には、火が宿っていた「俺なんかより、よっぽど、考えてたんじゃねえか……どうやって戦うのかを」全てのファイルをLANで吸い上げながら、ガンドーは嗚咽した。そして、自分が取るべき行動を悟った。

「……それでも強く笑えってのかよ、こいつあ、堪えるぜ」ガンドーは入稿を終えると、夢から醒めたように立ち上がった。タフになるために捨てたはずの涙が、ひとしずく流れた。コートを羽織り、額に手を当てる「ガンドー探偵事務所は、今日から営業再開だ。一緒に捜査に行こうぜ、シキベ=サン」

 ガンドーは探偵事務所のドアに手をかけた。それから少し思い留まって、机の下に転がったサボテンと割れた瓶を拾い上げると、役目を負えたそれを優しくダストボックスの中に葬った。

◆◆◆

「大都会な」「ポップカルチャー」「武道」…空虚なノボリやネオン電飾が、アンダーガイオン最上層の目抜き通りを彩る。「死んだ人に会いたくないですかー!!」「ペケロッパー!!」新興カルトの狂信者らが、観光客の間で奇声を上げる。ガンドーはそれを横目で見ながら、事務所へと向かっていた。

 ガンドーが背を向け道路を渡り終えると、後方から悲鳴が聞こえてきた。マッポたちが狂信者を囲み、警棒で殴りつけているのだろう。彼らはネオサイタマを中心として活動地域を広げるペケロッパ・カルトだ。数々のエキセントリックな教義を持つが、中でも異彩を放つのがコトダマ空間への言及である。

 それは一握りのハッカーたちが囁く、伝説の存在。電脳IRC空間内に存在し、生体LAN端子と超越的タイピング能力を持つヤバイ級ハッカーだけが視るという、無限の地平。ガンドーはリフトで階層を下りながら、その荒唐無稽な伝説に思いを馳せた。シキベももしかしたら、そこにいるのだろうかと。

 サイレン塔から流れる、ネコネコカワイイの最新曲。上層から滴る雨水が、キンギョ屋の窓を濡らす。ガンドーはそこに映る顔を見た。あの夜から、数年。彼の顔には、さらに深い皺が刻まれている。だがネット上には、サムライ探偵サイゴの読者が作った静かな慰霊碑が存在し、シキベは22歳のままだ。

 ガンドーは事務所の鍵を開けた。机のアンプルを取り、錆び付いた思考を加速させる。レコードを回し、オスモウTVをつける「……復活を果たしたシックスフィート・アンダー!……セコンドのZBR・ナオミが相手女子マネージャーを挑発……ゴウランガ!羽交い絞めだ!……な胸が!豊満な胸が!…」

 ガンドーは推理机に腰掛け、久方ぶりに推理ノートを開く。時折こうして、シキベを追憶する。常日頃ではない。そんな辛気臭い探偵なんざ、真っ平だ。しかし時折、彼はこうして推理する事を止められない。あの夜、何が起こったのか?本当にシキベは死なねばならなかったのか?自分のミスだったのか?

 ……あの夜、ガンドーとシキベが救急病院へと空輸される一方で、スズキ・キヨシの3人は現行犯逮捕されていた。主犯格のコケシ・ソイチは無論、ヘリ操縦機が動かぬ証拠となったプロポ、そして半狂乱状態でプロポのいる展望席へと向かったスモークも。

 屋上に残されていたのはソイチの拳銃。装填された弾丸は、シキベの腹部の痕と一致。時価数百億の鎧甲冑は、シャチホコに引っ掛かって落下を免れ、盗まれずに残った。これらの状況証拠から、ガイオン市警はスズキ・キヨシことコケシ・ソイチの発射した銃弾が流れ弾となり、シキベに命中したと推測。

 カチグミ企業各社の御曹司や次男坊らが含まれているとあり、株価に与える長期的悪影響が懸念されたため、キョート中央裁判所は素早い審判を行った。3人全員に有罪判決が下されたが、プロポとスモークは当然のごとく多額の保釈金によって釈放。しかし、ソイチの父コケシ・サイコウの判断は違った。

 彼は、息子を切り捨てることによって株価暴落を防ぐ選択肢を取ったのだ。「俺は探偵を撃っただけだ!助けてくれよ!父さん!」ソイチは必死で訴えたが、サイコウは首を横に振った。「息子が罪を償うことを、望みます」涙交じりの決断的パフォーマンスが功を奏し、コケシ社の株価は実際上昇した。

 ……ガンドーは全ての出来事を、推理ノートに無秩序に書き連ねていく。謎の依頼人……その正体は、コケシ・サイコウだったのではなかろうかと、ガンドーは推理していた。では、彼がシキベを殺すだろうか?口封じのために?……いや、それなら俺も死んでいるはずだ。一億を受け取ることもなく。

 何かが引掛かる。だが何かは解らない。何かこの事件の裏には、とてつもない闇が隠されている気がする。ブッダ!俺はそこに、ライトを当てられるのか?ガンドーは頭を掻きながら、ペンを走らせた。点と点を繋ぎ、図形を描く。いつしか無意識のうちに、無数のひとつ眼や格子がノートを覆っていた。

「オイオイ、何だこりゃあ?ぞっとしねえな!」ガンドーはペンを放り投げ、両手を広げて見せた。キャバァーン!そこへ辛気臭い空気を蹴り飛ばすような電子音が鳴る!預金口座の数字が回転した。シキベがケツを蹴飛ばしている。ネオサイタマから定期的に振り込まれるサムライ探偵サイゴの印税だ。

 ガンドーは知らなかったが、身寄りの無いシキベは印税振込先を探偵事務所に指定していた。小説、コミック、アニメと広く展開しているが、ネオサイタマ式契約により、印税振込額は年々少なくなっている。それでも、報酬見返りの少ない下層からの依頼を彼が定期的に受けるには、十分な金額だった。

「そうだな、座ってても仕方ねえ」探偵は立ち上がり、雑然と積み重なった記憶ドライブをUNIXに繋ぎ、直結してデータを吸い取る。ドブネズミ事件の調査を続行しよう。俺はまだやれる。事務所を後にする。オスモウ中継が遠ざかる「……これは放送限界に近い!……ZBR・ナオミだ!胸が……」

 その後も彼は探偵として活動を続けた。よく飲みよく笑い、ヤバすぎるヤマには首を突っ込まず、可能な範囲の厄介事を解決した。ザイバツなる秘密結社が世界を裏から操っている……ナンシー・リーという名のハッカーがコトダマ空間を自在に飛び回っている……こうしたマッポー的噂には深入りせず。

 そしてあの日……あの男が現れたのだ。キョートに垂れ込める沈鬱な神秘のノレンを軽々と払いのけるように、その男は浮浪者めいた薄汚いなりで、ガンドー探偵事務所にやってきた。「オイオイオイオイ!どこの惑星から来たんだ!?」「ドーモ、タカギ・ガンドー=サン。イチロー・モリタです」

 その後、ザイバツ・シンジケートとの戦いに巻き込まれたガンドーは、隠された世界の真実を少しずつ理解し始めた。ニンジャの恐ろしさを。それに挑もうとするこの男の無謀を。この男は全てのニンジャを殺すと言った。この男はシリアスだった。全てが危ういほど本気なのだと、ガンドーには解った。

 ザリザリザリ……再び記憶が飛ぶ。初めて見る地平の果て。広大な空。ハゲタカの群れ。シキベにも見せてやりたかった。バトルフィールド・セキバハラ。落日。月明かり。ヘルボンチの夜。ガンドーとニンジャスレイヤーは、クローンヤクザ軍団に対抗すべく、ストーンヘンジで落とし穴を掘っていた。

「落とし穴なんざ効くのか?ネオサイタマ式のジョークか?」ガンドーが汗を拭う。「ハイテックの時代に、落とし穴というローテクが裏をかく」フジキドは淡々と答えた「誰も、窓からロープで敵が突入してくるとは思うまい。妻子の仇討ちのためだけに、秘密結社に戦いを挑む男がいるとは思うまい」

「あんた、全ニンジャを殺すと言ったな」ガンドーが腕を動かしながら問いかけた。「左様」フジキドが答える。「妻子の仇だ、そりゃ解るぜ。でもよ、全部殺す必要はあるのか?全てのニンジャは、その、ザイバツだの、ソウカイヤだので、結局全員グルなのか?そもそも、あんたも、ニンジャだろ?」

「……全ニンジャを殺す。そう誓った。全てのニンジャソウルは邪悪だ。憑依後急激に、あるいは少しずつ……人間は必ずや、大きすぎる力と狂気に魂を蝕まれる。私はそれを何度も見てきた」ニンジャスレイヤーは先を鋭く切断したバンブーを穴の底に突き刺しながら続けた「…他ならぬ、この私もだ」

「なら、ニンジャスレイヤー=サン、例えばだぜ、俺が明日、急にニンジャになったらどうだ?俺が急に、ニンポを使えるようになったら……?」ガンドーも殺人的バンブーを設置しながら問う。「オヌシは、ニンジャになりたいのか?」「なりたかねえさ!取り留めの無い話をしてくれって言ったろ?」

「……オヌシを殺す……いや、正確には、殺そうと考えるだろう」彼はゼンモンドーめいて答えた「……私の一部は、そう望む」「内なるニンジャソウルって奴か?」「いかにも」「なら、あんた自身の考えはどうなんだ?」「……混じり合い、分かち難いのだ、私とそ奴は。……私が喚んだのだから」

 もう少し単純な答えかと思ったが……まるでゼンモンドーだ、ブッダが司会のクイズ番組だぜ、とガンドーは考えた。彼は哲学的な話が苦手だった。まして、ニンジャの思考は常人には理解し辛い。「……まあ、難しい話だよな。ならよ、ザイバツをやったら、次はどうすんだ?ニンジャは大体死んだぜ」

 ニンジャスレイヤーは跳躍して穴を出ると、隣の穴でZBR煙草を一服するガンドーに手を伸ばした。「ザイバツを滅ぼしてから考えるとしよう」「ネオサイタマに帰るか?」「恐らくは」しばしの沈黙。ガンドーのZBR励起したニューロンが、不意に突飛な考えを導き出した。「探偵、やらねえか?」

「探偵……」ニンジャスレイヤーは唖然としていた「……探偵?」「ああ、ニンジャで私立探偵だ。どうだ、笑えるだろ?」「……笑えるな」ニンジャスレイヤーは鋼鉄メンポの奥で、微かに笑いを漏らした。珍しいことだ。なんだ、こいつも笑うんじゃないか、とガンドーは思った。朝焼けが近かった。

「…考えておこう」ニンジャスレイヤーは殺意の篭った目でキャニオンの彼方を睨めつけながら言った。朝陽が昇れば無駄話は終わり。西部劇カトゥーンでこういう場面があれば、確かそうするのが流儀だ。ニンジャスレイヤーは磔台へ。ガンドーも49マグナムを回し、呼吸を整えて険しい顔を作った。

◆◆◆

 ザリザリザリ……ザリザリザリザリ……また記憶が飛び始める。水の中を落下してゆく感覚。浮遊感にも似ている。水面の向こうに揺らぐ、ピンク色の瀟洒なネオン文字……「グランド」「オモシロイ」……ザリザリザリザリ……船体の横に光るネオン……

「ッ!ハァーッ!ハァーッ!ハァーッ!……」ガンドーは酷い寝汗をかきながら、身を起こす。ナムアミダブツ!ここは病院のベッドの上でも、象牙色のペンキが剥がれたあの懐かしいパイプベッドの上でもない。ここはガイオン下層部……8畳しかない潜伏アジト内の、煙草臭いフートンの中だ。

 部屋の中にはUNIX、コートハンガー、TV、オブツダン、チャブ、そしてぼろぼろになったガンドー探偵事務所のカンバンだけ。ガンドーはチャブの上のZBRアンプルに手を伸ばし、滞った思考を研ぎ澄ます。遥かに良い。ニューロンが目覚め、現在の状況が脳内で整理されてきた。

「スズキ・キヨシ、脱獄す」ガンドーはチャブの上に置かれた新聞記事の写しを読み上げた。「十年近く前、キョートを騒がせた怪盗が、昨晩ミタラシ刑務所から脱走したのです」l文面はそれだけだ。時の流れは速い。市民は誰も昔の出来事など覚えていない。忘れ去られた話題でカネは作れないのだ。

 スズキ・キヨシの脱獄は、もう数ヶ月以上前のことだ。ニンジャスレイヤーとの共闘で忙しく、完全に見逃していた。……続いてガンドーは、もう数枚の猟奇殺人事件記事の写しを手繰る。ここ3週間のうちに、アンダーガイオン下層部を中心として無差別殺人事件が複数発生。それらの断片的な情報だ。

 連続殺人など、アンダーガイオンではチャメシ・インシデントだ。だが、この事件には奇妙な猟奇性があった。被害者の誰もが腹部を撃たれ、黒いセル眼鏡をかけ……あるいは死後にかけさせられて……口紅を塗りたくられていた。男も女も、年齢も、モヒカンも、スモトリも、ペケロッパも、区別なく。

 ガンドーは煙草を吹かしながら、メインフレームUNIXにLAN直結。灰が端子に積もるとかで、シキベが掃除していたことを何気なく思い出す。直後、ニューロン内にアンダーガイオンの緑色ワイヤフレーム略図が描画された。ガンドーはここに、殺人事件が発生した点を三次元プロットしてゆく。

 ワイヤフレームを回転させ、ある角度からその光点を星座のように繋ぐと……そこには「グランド」「オモシロイ」の文字。いや、正確には「グ」の濁点となるべき場所が1つ足りない。「間違いねえ、あの野郎だ……誘ってやがるな」ガンドーはイカジャーキーを齧りながら、忌々しげに吐き捨てた。

 ニンジャスレイヤーは居ない。コフーン遺跡の戦いの後、彼はネオサイタマへと向かった。「なら1人で出て行くか?オイオイオイ、参ったぜ、どうするよ」ガンドーが手をこまねいている間にも、新たな犠牲者が出る。最後の濁点を勿体ぶるように、昨日もまたカタカナを繋ぐ別な場所で殺人があった。

「しかもこのペースは、尋常じゃねえぞ。このサイコホラーを全部、あの野郎が1人でやってるとしたら……ブッダ!こいつは悪い冗談だぜ!」ガンドーは頭を掻いた。相手はおそらくニンジャだ。ザイバツの追っ手をまくために暫く潜伏することを、ニンジャスレイヤーと約束したばかりだというのに。

◆◆◆

 アンダーガイオン第8階層。廃社屋。ネオンが全て死滅したカンバンには「猥褻動画の会社」の文字と、欺瞞的にカワイイなカトゥーン調のカエルとウサギの絵。閉ざされたシャッターには「スラムダンク」や「ニューヨーク」などのスプレー文字。数年前に何らかの理由で倒産し、放置されているのだ。

 だが、本当にそうだろうか?どうも様子がおかしい。黒いヤクザスーツを着た2人の男が、シャッターのひとつの前で仁王立ちになっている。周辺は廃ビルが多く、接近者は殆ど居ない。彼らは全く完璧に同期した動きで右を見て……次に左を見る。そして痰を吐く。もしや彼らは……クローンなのでは?

 ご明察。その通りである。彼らの首の後ろには、ヨロシサン製薬によって刻印されたバーコードと数字が隠されている。彼らは総理大臣すらも暗殺したと噂されるレジェンドヤクザ、ドゴシマ・ゼイモンの遺伝子をもとに生み出された、製品版クローンヤクザなのだ。ナムサン!何たるマッポーの世か!

「畜生め、ここはクローンヤクザのデパートか?」ガンドーは無数のLANケーブルやISDNが敷設された床下スペースを這い進む。時折LAN直結小型カメラを潜望鏡のように穴から出し、廃ビル内を探索した。クローンヤクザの人数は、およそ20。皆、チャカガンではなくカタナを持っている。

 ブゥーン、ブン……部屋の隅に横置き放置されたUNIXが突然動き出し、古臭い3Dオイランビデオが流れ始める。ガンドーのハッキングだ。「ザッケンナコラー!」「スッゾコラー!」異常に気付いたクローンヤクザたちは、一糸乱れぬ動きで等間隔に整列して行進し、UNIXの前で首を傾けた。

 ガンドーはその隙に姿を現し、積み上げられたオフィス机を登る。さらにLAN敷設の定石を頼りに天井のトラップドアを開け、そこに潜り込んだ。天井裏の配線スペースである。クローンヤクザたちが後ろを振り返る直前、トラップドアが閉まる。クローンたちは顔を見合わせ、持ち場に散っていった。

 一番奥の窓の無い大部屋に、その少女は監禁されていた。探偵助手服を着せられ、髪型もシキベに酷似。真新しい黒いセル眼鏡、ハミ出した口紅。机にはスシと水。頬に青あざ。椅子に座り、泣きじゃくる。部屋の隅には、切られた頭髪が埃に混じってぞんざいに捨てられている。戸口にはヤクザが2体。

 天井から穴を開け、その光景を確認したガンドーは、少女がまだ生きていることに安堵しつつも、犯人に対する激しい怒りで全身の血が煮え立つような感覚を味わった。抑えていた感情が暴発しそうなほどだ。……落ち着けガンドー。らしくねえぞ。冷静さを奪うのが敵の狙いだ……自らに言い聞かせる。

 だが、彼は明らかに冷静さを欠いていた。誰が彼を責められよう。彼はUNIXではない。シキベを模した無関係な市民を、何十人も、虫ケラのように殺されたのだから。加えて、コフーン遺跡での戦闘の疲労から、彼の肉体とニューロンは未だ回復しきっていない。しかも今日は……ブツメツだった。

 粗悪な天井パーティションの1枚が、ガンドーの巨体に対して悲鳴のような軋み音をあげたのだ。金属の切れる嫌な音がし、天井パーティションの一枚が斜めに傾いた!「ブッダミット!」ガンドーは毒づきながら両腕で板を叩く!剣豪ミヤモト・マサシのコトワザ『泥棒がばれたら家に火をつけろ』だ!

 ゴリラめいた両腕の叩きつけによって、天井パーティションの止め具が完全に破壊される!ガンドーを乗せたタタミ大の板が落下!LANケーブルや回線が千切れ、バチバチと火花を散らす!フロア全体でタングステン・ボンボリ電灯が明滅する!ナムサン!ガンドーはサーファーめいた立膝姿勢で着地!

「「ザッケンナコラー!」」クローンヤクザが背後を振り向きカタナを構える!BLAMBLAM!ガンドーの49マグナムが火を噴く!「「グワーッ!」」クローンヤクザは胸部を吹き飛ばされ即死!「アイエエエ!」少女が混乱し叫ぶ!「泣くな、嬢ちゃん」振り向いて笑うガンドー「俺は探偵だ」

「ナンオラー!」「ダッテメッコラー!」部屋の外からヤクザスラング暗号が聞こえる!間もなく、30人のクローンヤクザ軍団が雪崩れ込んで来るはずだ!「結局はカラテかよ」ガンドーは二挺のリボルバーに49口径弾を再装填し、敵全員を殺し脱出する算段を立てた「クルゼ所長にゃ、ほど遠いぜ」

 ガンドーは呼吸を整え、暗黒武道ピストルカラテを構える!弾丸はわずか12発!再装填の猶予無し!これで30人以上のカタナで武装したクローンヤクザを殺そうと考えるならば、一発も撃ち損じは許されない!銃弾1発で2人殺し、反動カラテで1人殺す!これで36人まで殺せる!ヤバレカバレだ!

「イヤーッ!」BLAM「「アバーッ!」」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」BLAM「「アバーッ!」」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」BLAM「「アバーッ!」」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」BLAM「「アバーッ!」」「イヤーッ!」「グワーッ!」

「イヤーッ!」BLAM「「アバーッ!」」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」BLAM「「アバーッ!」」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」BLAM「「アバーッ!」」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」BLAM「「アバーッ!」」「イヤーッ!」「グワーッ!」 

「イヤーッ!」BLAM「「アバーッ!」」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」BLAM「「アバーッ!」」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」BLAM「「アバーッ!」」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」BLAM「「アバーッ!」」「イヤーッ!」空を切る反動蹴!

 ……キリンキリンと49口径の薬莢音がコンクリート床に響く。しばしの静寂。少女は驚きのあまり息を呑む。……既にガンドーの周囲に敵はいない。35人!タツジン!暗黒武道ピストルカラテと、ヤバレカバレと、潜入前に限界まで注ぎ込んだZBRが、ガンドーにこの奇跡的勝利をもたらしたのだ!

 ガンドーも実際無傷ではない。軽傷ではあるが、カタナによる攻撃をいくらか受けている。ガンドーは少女の横に歩み寄った。「良く頑張ったな、逃げようぜ」少女の体を椅子に縛る厄介な鎖を見て、小さく舌打ちする。椅子ごと担いで逃げるか?そう考えた直後、廊下の奥から挑発的な拍手が聞こえた。

 ガンドーは49マグナムに弾丸を再装填しながら振り返り、長い廊下の先を見た。バチバチと電灯が明滅しているが、その男の姿には見覚えがある。ロングコート状ニンジャ装束の上から黒いケープ。白手袋。そしてハーフハンニャ・オメーン!「ヘェーヘェーヘェー……ブラーヴォ!……ブラーヴォ!」

 ガンドーは無言で少女の椅子を部屋の隅へと運んだ。そして恐ろしいほど静かに、暗黒武道ピストルカラテを構える。彼が構え終わるのを待っていたかのように、そのニンジャはアイサツした「ドーモ、タカギ・ガンドー=サン。ガンスリンガー……いや、スズキ・キヨシです」「やっぱりテメエか……」

「ヘェーヘェーヘェー……興味深い戦いを見せてもらった……何故興味深いかと言うとォ……俺に憑依したニンジャソウルに関係があるのさ……ヘェーヘェーヘェー……」スズキ・キヨシもまた、二挺のリボルバーを抜き……おお!ナムアミダブツ!その構えはまさか!?……暗黒武道ピストルカラテ!?


 チリンチリンと、陶器の中でダイスが跳ねる。囚人服の男たちは、額にハナフダを1枚表向きに押し当て、インディアン・ポーカーめいた体勢だ。

 ただならぬ緊張感。薄闇の中で眼光が輝き、囚人たちは相手の額に貼られた札と、オチャワンの中のダイスの出目を交互に見やり、のるかそるかを決断する。「フジサン」「アタリ」「……バンザイ」「……ライオン」難解なルールを思わせる掛け声。これは囚人たちの典型的ギャンブル『ミツメアウ』だ。

「下りねえのか?その札じゃ、勝てっこねえぞ。アンコ1箱だぞ。ライオン来るぞ」厚ぼったい唇の大男が凄みを利かせる。「やめとけよ、そいつ頭がおかしいんだ」別な囚人が笑う。「ヘェーヘェーヘェー……やってみろよ、俺を誰だと思ってる」コケシは涎を拭いながら笑う「親父がアンコ百箱くれる」 

「サンハイ」サツバツとした掛け声とともに手札の公開。全員ゴクリと息を呑む。……どう見てもソイチの大負だ。「アーッ!」ソイチが半狂乱状態で大男に殴りかかる!ナムサン!彼の手にはドライバーと布で作った囚人武器!「ウォーッ!」「アバーッ!」だが相手のカラテ一撃で華奢なソイチは失神!

「明日取りに行くからな」「アイツ、何でここに入ってンだよ?」「盗みと殺しだっけか」「元カチグミ企業の御曹司だか何だか」「どうせ嘘だろ……」囚人たちの残酷な笑い声が遠ざかってゆく。休憩時間終了ぎりぎりに、コケシ・ソイチも立ち上がり、引きつった笑い声のまま部屋へと壁伝いに戻った。

 その夜、コケシはフートンの中でいつものように反芻した。何故こうなったのか?黄金時代は遠い昔。20代の肉体は失われ、イカを裏返す囚人生活の中で老化が体を蝕む。探偵、助手、プロポ、スモーク、そして父親の顔が、現れては消える。コーヒードリップめいて、歪んだ殺意が一滴ずつ胸に溜まる。

 あと10年もこんな生活を続けるのか。発狂するか、殴り殺されたほうがマシだ。刑務所にはセプク室があり、いつでも自由にセプクできるが、彼にそのような勇気は無い。明日こそは父親からの助けがあるかもしれないと考え、その度に何度も失望してきた。もう寝よう。明日こそは死ねるかもしれない。

 そして、コケシ・ソイチは奇妙な夢を見た。彼は仮面をつけて馬に跨り、雷鳴を背に林を駆け抜ける。両手には、装飾美麗な三連式フリントロック・ピストル。体を包むのは黒いハイウェイマン・ロングコート。左右の林を並走するニンジャ達の影……追手である!そして夢の中では彼自身もまたニンジャ!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」左右から投擲されるスリケン!馬の首や脚に突き刺さる!馬上の男は、銃を交差させながら左右に向けて発砲!林の中のニンジャに命中!射撃の反動をカラテ瞬発力に変換し、両足であぶみを蹴る。タツジン!コートの裾を水平になびかせながら、鮮やかに回転し宙を舞った!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」凶悪武器クサリガマやボーを手に、さらなるニンジャが飛びかかってくる!ハイウェイマンは空中で右のニンジャの顔面に回転カラテ蹴りを決め、心臓めがけてピストルを発砲!射撃反動でハイウェイマンの体が逆垂直回転し、背面の敵に空中サマーソルトキック!スゴイ!

「ピストルと……カラテ……ピストルと……カラテ……」コケシは夢の中の動きに合わせフートンの中で身悶えする。「ピストルと……カラテ……。……ピストルカラテ!」ゴウランガ!彼に憑依したニンジャソウルこそは、かつてピストルカラテを編み出したテッポウ・ニンジャクランの首領であった!

 次の朝。コケシ・ソイチはアンコを取りに来た囚人らをカラテで殺害した後、ミタラシ刑務所を脱獄。ザイバツのエージェントに見出された彼は、ガンスリンガーを名乗り、シャドーギルドの一員となった。そして数ヵ月後……アデプトとなった彼は、因縁を隠したままガンドー殺害作戦に自ら志願する。

◆◆◆

「そいつは何の冗談だ?」ガンドーはピストルカラテを構えたまま、一定の間合いを保ってスズキ・キヨシと同心円状に横歩きする。ガンドーの脳裏に、いくつもの疑問符が灯っていた。ニンジャと常人の力の差は歴然としている。この戦いは自殺行為以外の何物でもないと、ニューロンが警告していた。

 ここはアンダーガイオン第8階層。猥褻動画の会社。……正確にはその廃社屋の一室。旧型UNIX、扇情的オイランポスター、クローンヤクザの死体などが散乱する剥き出しコンクリート空間の中で、私立探偵タカギ・ガンドーと怪盗スズキ・キヨシは向かい合っていた。

「ヒィーヘェーヘェー……俺は冗談は嫌いだ。特にアンダーの奴らの冗談は」スズキ・キヨシが笑い、それから突然、怒声を張り上げる「俺は常にシリアスだった!それを!貴様らのせいで!台無しだ!」UNIXの後ろに隠れた少女が失禁する。姿を直接見なくとも、ニンジャの威圧感は圧倒的なのだ。

 ガンドーも小さく息を吐いた。危うく、相手の怒号に反応して、無謀にトリガを引くところだったからだ。何とかして、脱出の糸口を掴まねばならない。ニンジャと真正面からやりあって勝てるわけがない。突進してくるダンプカーに突っ込むようなものだ。……会話で敵の注意を逸らせれば、あるいは。

「何が望みだ?」ガンドーは横歩きを続けながら問うた。敵の視線、銃口、指先の筋肉の震え、全てに注意を払いながら「俺の命か?それだけじゃあるまい?こんな大掛かりなことをしたからには」「ヘェーヘェーヘェー……知恵比べか、探偵=サン?俺の知能指数は凄いぞ。ゼンモンドー20段だ」

「面白い冗談だな」ガンドーが努めて笑う。「何がおかしい!?」スズキ・キヨシが突如激昂する「イディオットめ!俺は壊れたヒコーキなんだ!わかるか!?」「ああ、解った、悪かった。落ち着け、落ち着くんだ。お前の目的は何だ?真犯人探しか?そうなんだろ?な?」緊張で心臓が爆発しそうだ。

「真犯人。ヘェーヒィーヒィー……良くわかってる探偵=サン。流石はライバルだ。知能指数高いよ……」スズキ・キヨシの表情は目まぐるしく変わる。参ったぜ、こいつは完全にニンジャで、しかも狂ってやがる……銃口を向け合ってタタミ2枚の距離にいるガンドーには、まるで生きた心地がしない。

「ヘェーヘェーヘェー……やっぱりお前も、あのメガネ女を殺したのが俺じゃないって、わかってたんだな、探偵=サン?真犯人の名前、言ってみろよ」スズキ・キヨシの問いを受け、ガンドーのニューロンは最適解を探す。「……調査中だ。協力する気は?」「生憎……俺には真犯人がわかってるんだ」

「真犯人は誰だ?」ガンドーは銃口を少しもぶさらずに問う。こいつはもしかすると、話し合いで解決できるか、と一縷の望みを抱きながら。だが!「ヒィーヒィー……お前だよ!探偵=サン!お前の不注意が、助手を殺したんだ!」敵の両手が動く!反射的に、ガンドーは49マグナムの引金を引いた!

 BLAM!象すらも殺す49口径弾!だがスズキ・キヨシは流れるようなブリッジでこれを回避!タツジン!それどころか真上に向けて自らのピストルで射撃し、ガンドーの49口径弾の横腹を撃ち抜くと、ヘッドスプリングで身を起こし一気に間合いを詰めてきた!「ヒィーヒヒィーッ!」

「イヤーッ!」続けて左の49マグナムを撃つガンドー!「イヤーッ!」だがキヨシの右手の甲が一瞬早くガンドーの手を弾き、銃弾を天井に向けて発射させる!銃口が乱れたため、続くガンドーの反動蹴りも、当然のことながら均整を欠いたものとなる!これも最低限の動作で嘲笑うように弾くキヨシ!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」激しく交錯するビストルカラテ!いかなニンジャとて、49口径弾を喰らえばただでは済まない!ゆえにキヨシはガンドーの射撃タイミングを完全に読み、機先を制して手を弾く……キヨシにはそれができる。そしてこの狂人は、ガンドーとの力の差を楽しんでいるのだ!

 惜しみなく射撃するガンドーに対し、スズキ・キヨシは一発も銃を撃っていない。ガンドーの射撃や反動カラテを弾くのみ。銃口を頭や首筋に押し付けて、いつでも殺せることをアッピールすると、またすぐに間合いを取ってガンドーを挑発するのだ。「畜生が……!」ガンドーは最後の一発を発射する!

 ガンドーの怒りを乗せた49口径弾が、顔面めがけ迫る!だがガンスリンガーは両腕を真っ直ぐ伸ばすと、手首を内側に向けて倒し、49口径弾を両横から押し潰すように自らの38口径弾を早撃ちした!スゴスギル!3種類の螺旋回転がぶつかり合い空中消滅!「ウォーヒヒィー!」涎を垂らすキヨシ!

「マジかよ……?!」全弾を撃ちつくしたガンドーは、殆ど無意識のうちに排出動作を行う。Killin、Killinと金属質の音を立てて空薬莢が床に零れ落ちてゆくその2秒間に、スズキ・キヨシの黒いロングコートと蹴りが急接近し、視界いっぱいに広がった。そして、何も見えなくなった。

◆◆◆

「ッ!ハァーッ!ハァーッ!」これで何度目だろう。ガンドーは再び悪夢から目覚めた。冷たい夜風が頬を撫でる。今回はベッドやフートンの上ですらない。彼はスマキにされ、クローンヤクザに支えられたまま、琵琶湖クルーズ船グランド・オモシロイ船尾の巨大電波トリイの端に立たされていたのだ!

「……おい、何だこりゃ?ブッダ、見てるか?」ガンドーは頭痛を堪えながら、何が起こっているのか把握しようとした。体はスマキで固く縛られ、身動きが取れない。横にはシキベ似の少女が同じく直立スマキ状態。真下は湖面。どこかで覚えのある状況……海賊カトゥーンでよく見る処刑シーンだ。

 後方に頭突きすればクローンヤクザくらいは倒せるか、と考えた所で、ガンドーは自分の足に巻かれた鎖に気付く。隣の少女の足と繋がっているらしい。ナムサン!ガンドーが落下すれば、道連れというわけだ!「ヘェーヘェーヘェー……こっちだぜ、探偵=サン」拳銃とカメラを構えたキヨシが笑う。

「オイオイ、何をしようってんだ?」ガンドーが対話を試みる。それしか手段は残されていない「この娘は見逃してやってくれよ」「駄目だ」キヨシはビデオカメラの調整を行いながら、ガンドーを支えるクローンヤクザに自分の側に来るよう促した「その助手はお前のせいで死ぬ。俺は時間を巻き戻す」

 ガンドーは歯噛みした。こいつはシリアスだ。「なあ、待てよ。俺が誰の依頼で動いてたか、知りたくねえのか?」本来なら、依頼人の事を明かすのはタブーだが、この際は仕方ねえ。何しろ、あの依頼人こそが、俺たちに一杯食わせたのかも知れねえんだからな……ガンドーにとって苦渋の選択だった。

「俺たちは両方ともハメられた可能性が……」ガンドーは、依頼人の正体について確証など持っていない。あくまでブラフだ。こういった狂人は、何かの弾みで、パチンとスイッチが入ることがある。あくまで、そのチャンスを引き出すための……足掻きだ。しかしキヨシはいとも容易くそれを看破した。

「ヘェーヘヘヘヘ、無駄話は付き合わないぞ。俺は知能指数が高いからな。依頼人は多分……俺の親父だよ」キヨシは涙を流し始めた「……俺を体よくダシにしてッ、会社を救いやがったッ!次期社長は従兄弟か誰かだろう!あのクソ親父がッ!」そして空に向かって数発発砲!笑いながら肩で息をする。

「待てよ、他にも可能性が」「黙れッ!もう時間だッ!」キヨシは銃を構えて威嚇する。そして興奮のあまり涎を垂らす。「……ヘェーヘェー、それじゃあ……練習した通り、やれッ!」「……ガンドー=サン、助けてェ……」少女が嗚咽と共に叫ぶ。「……!この外道ッ!」我を忘れ激昂するガンドー!

「ウォーヒヒィー!もっと大きな声でッ!名探偵タカギ・ガンドー=サンに!助けを求めろッ!」キヨシはファインダーを覗きながら、一人悦に入っていた「ドーモ!怪盗スズキキヨシです!コンバンワー!」「……コンバンワー……私の名前はシキベ・タカコです……ガンドー=サン、助けてェ……!」

ガンドーはスマキ状態も忘れ、叫び声をあげてスズキ・キヨシに突進してゆこうと試みる。BLAM!38口径が火を吹く!弾丸はガンドーの額に命中!白目を剥いて、ゆっくりと傾き、暗い湖面に落下してゆくガンドー!鎖に引きずられ、少女も琵琶湖に向かって落下する!キヨシの哄笑が遠ざかる! 

◆◆◆

 私立探偵タカギ・ガンドーは悪夢を見ていた。冷たい水のフートンにかき抱かれ、静かに沈降しながら、リプル模様に歪むガイオンの月を見上げていた。冗談を飛ばす気にもならなかった。……オイオイ、ブッダ、こいつは笑えねえジョークだぜ。サムライ探偵サイゴなら、こんな時、なんて言うだろな?

 海馬が痒い。闇と月光だけのモノクローム的世界。いけすかん場所だ、と彼は思った。色彩も、音楽も、暖かな灯もない。落ち着かぬ鴉のように、左右を見る。右上にスマキの人影。少女を助けないと。…だが横殴りのガウス的ノイズが視界に混じる。奥歯で白砂を噛んだような感触がガンドーを襲った。

 俺は歓迎されているのか、その逆か?なあ、帰っていいか。今日はリキシ・リーグの中継日なんだぜ。…彼の体は沈降を続ける。冷たい水の底に向かって、ゆっくりと。ガンドーの網膜ディスプレイ内で、LEDミンチョ体の「REBOOT」がめいっぱいに映し出され、左右に揺れながら赤く明滅した。

◆◆◆

「…ッ!ハァーッ!ハァーッ!」彼は使い古した医療用ベッドの上で悪夢から覚め、上半身を起こす。数年前に拾ってきたその武骨なパイプベッドは、クリーム色の塗装が所々剥がれ、錆びた鉄を晒している。微かな軋み。拍子抜けするほど穏やかなレトロテクノのレコード音が、事務所内に流れていた。

 ガンドー探偵事務所には、まるでカラスの巣のように、ガラクタ同然のジャンク品が並んでいる。リキシの手形色紙。書類の上に乗ったワータヌキの置物。色褪せたカトゥーンのリーフ。古いUNIX基盤や筐体の山。2ヶ月前までは、事務所全体がそんな有様だった。今はエントロピーが減少している。

 本棚の向こうに女の気配がする。オスモウTVの音も。助手のシキベ・タカコがいるのだろう。コーヒーを淹れる音と、バタートーストを焼く香ばしい臭い。ガンドーはZBR切れの頭痛と格闘しながらベッドを下り、ワイシャツの一枚に袖を通すと、くたびれた濃紺スラックスをサスペンダーで吊った。

 何か違和感がある。こいつもまた夢か?それにしちゃ、ずいぶんリアルだな、とガンドーは思った。懐かしい音、手触り、匂い、色褪せた色彩、暖かいアトモスフィア……周囲の全てを、ニューロンがリアルに感じ取っている。彼は知らず知らずのうちに、自らのローカルコトダマ空間に入っていたのだ。

「シキベ=サン、コーヒーをくれよ」新聞を開いたガンドーは、視神経のストを感じながら応接室側へ歩く。薄汚いボーダーニットにジーンズ、傾いた黒いセル眼鏡のシキベは、バタートーストをテーブルに置くと、驚いた顔で言った「ウェー……所長?ZBRやらないんスか?」「ああ、夢の中だしな」

「……ハァ?」シキベは露悪的に眉根を寄せ、呆れた様子で言った「所長、何寝ボケたこと言ってんスか?アー……遠回しに結局、ZBR寄越せってことなんスかね?」「オイオイ、違うぜ。それより……」ガンドーは事務所のデジタル時計を見た。物凄い勢いでゼロに向かってカウントダウンしている。

 さらにワータヌキ電話が鳴り始めた。「出なくていいんスか?」「まだ少しだけ、大丈夫だ」ガンドーにはそれが何を暗示しているのか、直感的に解った。そして腰を落ち着け、トーストを食べながら、笑って言った。「色々、ありがとうな、シキベ=サン」

「ちょっと、所長、どうしたんスか……」シキベは頭を掻きながら頬を赤らめて照れ臭そうな表情を作った。ガンドーは、その赤らみに少し不自然さを感じ取った。網膜にもだ。生身ではない。サイバネ化された義体。そうだ、シキベはチップに。「ウェー……そういう堅苦しいの、苦手なんスけど……」

 あるいは電脳化され、ニューロン内に投影された幻影か?このシキベは、本当にシキベか?だとしたらむしろ、俺の勝手な行動が、逆にシキベを苦しめてはいないか?ガンドーは限られた時間で答えを見出そうと必死だった。「ウェー、でも…やっぱり…」シキベは照れ臭そうに笑った「…嬉しいスよね」

 ガンドーにはそれで十分だった。もう時間が無い。彼は席を立つと、ワータヌキ電話の前に立った。最後にシキベにもう一度静かに微笑み、受話器を取る。「ドーモ、タカギ・ガンドーです」「ドーモ、カラス・ニンジャです」探偵事務所の電灯が全て明滅を始めた。死刑宣告を受けたかのような衝撃!

 ニンジャソウル憑依現象においては極めて珍しい事だが、この時ガンドーには選択肢があった。彼の精神力ゆえかもしれないし、カラス・ニンジャの性質ゆえかもしれない。ガンドーは電話を切って湖に沈み、半永久のノスタルジアの中で朽ち果てる道も選べたのだ。だが彼は、稚気じみた未来を選んだ。

「「オタッシャデー」」全ての電灯やUNIXが明滅し、激しく揺れる事務所内で、探偵と助手は言葉を交わした。UNIXのLED板やオスモウ中継TVには、横殴りのノイズに混じって無数の「REBOOT」の文字!

◆◆◆

 REBOOT!ガンドーの意識は、再び冷たい琵琶湖の中に戻った。ニンジャソウルが憑依したことを感じながら。確かに、ニンジャソウル憑依直後には、傷付いた肉体が急速再生される現象が研究者らの間で知られている。だが、脳に銃弾を撃ち込まれた者が蘇生したという話は聞かない。では何故?!

 おお、見よ!タカギ・ガンドーの額を!脳に辿り着く直前で銃弾は止まっている!ガンドー探偵事務所のオブツダンにシキベの高密度バイオニューロンチップは無い!彼はチップを自らの頭蓋内にインプラントし、防弾バイオ線維で頭蓋強化手術を施していたのだ!ではバイオチップは!?無事なのか!?

 REBOOT!これはいかなる電子の奇跡か?!ガンドーの脳内スクリーンに、シキベの記憶の一部が流れ込んでくる!……「良かった……所長……捕まえたんスね……!」シキベはシャチホコに掴まって泣きじゃくりながら中庭を見下ろしていた。ナムサン!これはあの夜!シキベが撃たれた夜の記憶!

 ガンドーは脳内でもう一つの光景を見ながら四肢に力を篭めた!ニンジャ筋力!スマキ繊維が内爆的に引き裂かれ、小さな泡がゴボゴボと湖面に浮上してゆく!ガンドーの意志か、あるいは消え行こうとするカラス・ニンジャの自我か、彼はほとんど無意識のうちに体を動かし、少女を掴み湖面を目指す!

 その間にも、シキベの記憶再生は続く。必死でガンドーに何かを伝えようとするのかのように!……あの夜、シキベはグランド・オモシロイの中庭を見下ろした。彼女の腹に銃弾の痕は無い!(((何だ、何を見た?シキベ=サン!?これは俺がキヨシを捕えた後?つまり……流れ弾は受けてない!))) 

 そしてシキベは、屋根の上に残された武者鎧や拳銃などを眺めてから、シャチホコに背を預け……暫くして、何者かの存在を感じ取る!かつてシキベが味わったであろう、身の毛もよだつような恐怖感を、ガンドーは追体験する!(((シキベ=サン、立ち上がるな!隠れてろ!シャチホコの陰に!))) 63

だがシキベは立ち上がった。そしてそれを……見た?(((何だ、ちくしょう、一体何が…?!)))おお、ナムアミダブツ!これは果たしていかなる現象か?ガンドーの見る記憶映像にノイズが入り、記号化された無数の一つ目と格子が視界を覆いつくしたのだ!かつてガンドーの推理にも現れた記号!

 ショッギョ・ムッジョ!ガンドーには未だ知る由もなかったが、それこそはロード・オブ・ザイバツが張り巡らせる結界!キョジツテンカンホー・ジツの網だったのだ!(((……ブッダ!タネはわからねえが、誰かが俺たちの記憶や思考を、曇らせてやがる!蓋をして、覆い隠そうとしてやがる!)))

(((おい、カラス・ニンジャ=サン!ニンジャになったんだろ、俺は!どうにかならねえのか!なるだろ!?)))ガンドーが吠える!格子が砕かれる!常人を捨て、ニンジャ憑依者となった彼は、隠蔽された真実にアクセスするのだ!「アイエエエ!」シキベの悲鳴!「ナンデ!ニンジャナンデ!?」

 シキベの視界の中に、ガンドーはニンジャの影を見た!直後……BLAM!記憶の中で銃声が鳴り響く。シキベが自分の腹を見る。続けて彼女は、ニンジャの手に握られた、スズキ・キヨシの拳銃を見る。視界が揺れる。嗚咽。痛ましい光景に、ガンドーは目を閉じたくなった。だがそれは許されない。

 シキベは仰向けに倒れた。声にならぬ声。視界が揺らぐ。ニンジャが彼女の顔を上から覗き込み、耳を澄ますような仕草をして、シキベが事切れてゆくのを冷静に観察する。「……お許しくださいマイロード。御身の放つ御力だけでも娘の記憶は消せたやも知れませぬ。だが私は完璧主義者なのです……」

 そして記憶の中のシキベは瞳を閉じ、心臓が最後のビートを打ち終える「…目撃者は消えましたぞ…」ザリザリ「…ニューワールドオダー…」ザリザリザリ……ニンジャの謎めいた言葉とともにノイズが混じり、シキベの記憶映像はそこで終わった。ガンドーは敵の装束、メンポ、声、目、全てを覚えた。

 意識が琵琶湖に戻る。ガンドーは右腕で少女を抱き、グランド・オモシロイの船体に取り付いていた。逞しく登攀する。「嬢ちゃん、生きてるな?」「…アッハイ」少女は水を飲んでいない。幸いだ。落下して長い時間が経ったと思ったが、ごく一瞬の、ニューロンの中で走った電気的ノイズだったのか。

 足場に辿り着くとガンドーは額に手を当てた。皮膚がねじれ、強化頭蓋が砕け、指を差し込むと血濡れの金属質感。弾丸はそこで止まっていた。チップは今も寝息をたてている。感覚を集中させれば解る。弾丸はチップを軽くノックした程度だ。「ああ、ヘッドストロングって奴だな」ガンドーは笑った。

 メガネを琵琶湖に落としてきた少女は、不思議そうな顔を作った。月明かりを背負い、彼女からはガンドーのシルエットしか見えない。十五歳程度だろうか。ガンドーはスマキを解くと、鎖をどうするか思案しながら、ふと彼女に問うた。「嬢ちゃん、何があったか、覚えてるか?」「アイエエエ……?」

 ナムアミダブツ!重度のニンジャリアリティ・ショックから回復した少女は、ニンジャとの遭遇前後の記憶を失っていた。ロード・オブ・ザイバツから常時放たれるキョジツテンカンホー・ジツが、今回ばかりは慈悲をもたらしたのだ。ガンドーはその謎を未だ知らない。彼には未だ証拠が不足していた。

 ガンドーが西の空を睨みつけると、そこには飛び去ってゆく一台のヘリの機影。スズキ・キヨシだろう、とガンドーは直感した。今すぐにでも追いかけて、あのサイコ野郎を殴りつけたかったが、ガンドーにはまだやる事が残っていた。鎖を切ってこの少女を開放し、額の弾丸を摘出してからでなくては…。

◆◆◆

 明日。曇天。キョート城中庭の迷路式庭園にて。

 この庭に出入りできる者は限られている。常人は無論立ち入り不可。ザイバツ内でも、ごく一部の者しか、この見事なオーガニックバンブーや松を愛でることはできない。黒漆にさりげない金装飾のフレーム、傘にノレン……奥ゆかしい高貴さを醸し出す専用車椅子に座す、ロード・オブ・ザイバツの姿。

「ムフォーフォー、余は鯉を見たい」紫色のノレンの奥に顔を隠したロードは、車椅子を押す最側近に対して命じた。「御意のままに、マイロード」パラゴンに押され、車椅子はヒョウタン型の洒脱な池の前に。オーガニック鯉が湖面から大きくジャンプする。「ムフォーフォーオー!」拍手するロード。

 そこへ竹箒を持った一人のニンジャが近づいてくる。グランドマスターにして庭師、ケイビインだ。「報告が」立膝状態でパラゴンの横に控え、最敬礼の姿勢を取る。「ロードは今、オタノシミであるぞ」パラゴンが叱責する。ケイビインは非礼を詫びつつも、続けた「ガンスリンガーの件で」

 ロードは未だ御満悦で鯉を御観覧中であった。「申せ」と短くパラゴン。「ガンドー殺害までの間に、不用意に衆目を集めかけた件は御報告済み。さらに昨晩、カチグミ企業の若い重役2人を殺害。また先程、素性も明らかに」「申せ」「かつて怪盗スズキ・キヨシを名乗っていた、コケシ・ソイチです」

「素性などどうでもよい」とパラゴン「問題は、ロードそしてギルドへの背信行為である。アプレンティス時代のメンターは誰か。責任の所在を問うべし」「ニュービー時は狂気の片鱗を隠していたとしか」ケイビインが続ける「ここ数日の奇行。ニンジャソウルの暴走により、狂気に呑まれたか……と」

 しばしの静寂。ロードの干乾びた拍手だけが中庭に響く。ジツに精神を集中している間、彼は極めて無防備な状態にあるようだ。パラゴンは池の向こうに立つホウリュウ・テンプルが朝霧にけぶるのを見ながら、平淡な声で言った「ギルドの恥辱、ガンスリンガーを消すべし……ニューワールドオダー…」



 夕暮れ。アッパーガイオン。ハイウェイマン風ニンジャ装束を纏った男が、イミテーション漆の塗られた大型トリイの上で陰気に笑う。大鳥居に吊るされた古い木板には「不如帰」のショドー。ホウリュウ・テンプルで突き鳴らされる弔鐘の音が、風に乗って運ばれる。

 LAN直結で吸い出したビデオ映像が、脳内でループする。何十人ものシキベの死体。落下するガンドー。そして新たな2つの殺人映像。……スモークは毒ガスコケシを投げ込まれ、妻子とともに茶室で悶死!プロポは操縦方法の分からぬヘリに独り乗せられキョート山脈に墜落死!サツバツ!何たる非道!

「…ヘェーヘェーヘェー!おお、哀れ、哀れ!怪盗スズキキヨシことコケシ・ソイチは、泣く泣くかつての友人2人を殺害したのでありました!彼らは裏切者だったのです!」彼方のビルを撮影しながら、彼は涎を垂らした。サイバーハンディカムは、コケシ・マニュファクトリ本社ビルにフォーカスする。

 留まり場の占拠に抗議するように、カラスたちが周囲を飛び回る。芝居がかったナレーション口調から一転、彼は舌打ちして数羽のカラスを撃ち落とした。そして陰気に笑って仕切り直す「……ザイバツの刺客が彼を追う!スズキキヨシは果たして、黒幕を討てるのでありましょうか?……ウォーホホー!」

◆◆◆

 額に包帯を巻いたガンドーは、隠れ処のドアを開け、呆然としていた。オブツダンは引き倒され、シキベの写真と書籍は燃やされ、UNIXは全てデータを消去されて徹底的に破壊されている。ガンドーは苦虫を噛み潰すような顔を作り、首の後ろのLAN端子を触った……気絶中にデータを抜かれたか?

 サイコパス野郎め。イモムシを脳内にねじ込まれなかっただけマシか。ガンドーはZBR煙草を吹かし、キヨシの次の動きを推理する。「……あの野郎と、決着をつけなくちゃならねえ……」誰に対してか、そう言った。それからオブツダンを立て直すと、いくつかのものに祈りを捧げ、隠れ処を後にした。

◆◆◆

 奥ゆかしい室内庭園がしつらえられた社長室。コケシ・サイコウは見事なオーガニック・ヒノキの一枚板デスクに向かい、今期のレポートに目を通していた。江戸時代より続く由緒正しきコケシ・マニュファクトリ社は、キョートにおけるコケシ製品、および日本全域におけるコケシ関連版権を有している。

 部屋の隅には、虚無僧編笠を被りサイバーレインコートを纏った大柄な男。ザイバツから派遣された用心棒だ。コードネームはジャッジメント。ヒトダマめいて彼の背後で浮遊するのは、赤色の光を放つ正十二面体の小型ドロイド……オムラ社がザイバツに提供した試作機、モーターチビのひとつである。

 コケシ社はカチグミ企業だが、オムラ重工やヨロシサン製薬のような暗黒メガコーポには遠く及ばない。ゆえにサイコウの認識するザイバツ・シンジケートの姿は、ヤクザめいた秘密結社である。キョート大企業の経営者らのほとんどは、ザイバツがニンジャ組織である事までは知り得ていないのだ。

「もう一度聞こう」サイコウはレポートを閉じると、こめかみを押さえた「脱獄したソイチが、わしを狙っている、と?」「俺はそう聞いた、それだけだ」ジャッジメントはぶっきらぼうに返す。キョート生まれではないのだろう、無作法な男だ、ヤンナルネ、とサイコウは心の中で荒事師を侮蔑する。

(((あれは馬鹿な息子だった、浪費しか知らん……)))サイコウは机の上の写真立てを見る。ここ数年で生まれた、コケシ家の新たな若枝たちの顔があった。それから引き出しを開け、スペイシーボイス・エフェクター「宇宙」に目を落とす。ガンドーに仕事を依頼した日のことを回想しているのだ。

 彼も初めは、手のつけられない息子に灸を据えるだけだと考えていた。だが、人を直接殺めたとあっては、誤魔化しはきかない。世間体の面でも、ソイチを更正させる面でも。古式ゆかしい企業の代表者だけあって、サイコウは筋を通す人間であった。だから彼は、約束通りガンドーに1億を渡したのだ。

 BLAM!BLAM!突如銃声!廊下を守るクローンヤクザ2人が即死!「「グワーッ!」」ショウジ戸に張り付き、血の染みを作る!サツバツ!困惑するサイコウ!開くショウジ戸!姿を現す怪盗!「コンバンワー!スズキ・キヨシです!」二挺拳銃から硝煙を立ち上らせつつ、芝居がかったアイサツ!

「ドーモ、ガンスリンガー=サン、ジャッジメントです。ザイバツの依頼で貴様を処刑しに来た。悪く思うな!」アイサツを決めるや否や、用心棒はレインコートを脱ぎ捨てた!黒いニンジャ装束があらわに!「ザッケンナコラー!」カタナで武装したクローンヤクザたちも社長室へとスクランブル発進!

 BLAMBLAMBLAM!次々射殺されるクローンヤクザ!池が血で染め上げられる!ジャッジメントは銃弾を難なくかわし、カエル型灯篭の上に着地すると……「イヤーッ!」鎖付き虚無僧笠を投擲した!「イヤーッ!」スズキキヨシはブリッジで回避し、UFOじみて上を通過する虚無僧笠を射撃!

 銃弾が命中!不可解な金属音!それは虚無僧笠の内側に、謎の金属製機構が備わっていることを暗示する!コケシ・ソイチの知能指数は高いので、それが瞬時に判断できる!ガチィン!背後で耳障りな金属音!「アバババーッ!」クローンヤクザの悲鳴!ガンスリンガーは身を起こし背後を振り返った! 

 一体何が?……おお、ナムアミダブツ!虚無僧笠を被せられたクローンヤクザは一瞬で首無し死体へと変わり、カタナを構えたまま後方に倒れたのだ!コワイ!ジャッジメントは鎖を引き、笠を手元へ引き戻す!「これぞ暗殺武器、トバシ・ケン!そして俺のジツの秘密を知って生き残った者はいない!」

◆◆◆

 雑踏に紛れながら、ガンドーはアッパーガイオンを歩む。感覚が異常に鋭敏になっていることに驚く。ZBRすら決めていないのに。ラジオのダイヤルを回すように、一人一人の囁き声すらも聞き分けられる。視覚や嗅覚も同様。そして今までは全く感じ取れなかった、ニンジャ存在の気配すらも……。

 悪意に満ちた走狗が、獲物を求めて上層にひしめいているのが解る。「あいつは、こんなサツバツとした世界に生きてたのかよ」ガンドーは小さく呟く。だが急がねば。彼は暗い路地裏へ進む。捨てられた黒布をスカーフのように巻いて口元を隠す。そして常人の三倍近い脚力でビルの谷間を蹴り登った。

 ビルの屋上に静かに着地すると、アッパーガイオンの夜景を見渡してから、ゆっくりと助走した。全身の筋肉が、黄金時代以上のレスポンスを返すのが解る。真新しいコートを羽織ったときのような、微かな違和感。だがそれもすぐに慣れる。跳躍!車道を軽々と跳び越え、隣の区画のビルへと着地する!

◆◆◆

 BLAM!BLAM!スズキキヨシの38口径リボルバーが火を噴く!「グワーッ!」両膝を撃ち抜かれたジャッジメントは膝立ちになり、後方に倒れた。ナムサン!室内庭園は絶命したヤクザで満たされ、松の木からはバンザイ状態の死体が垂れ下がる。生き残ったのは2人のニンジャとサイコウのみ。

 スズキキヨシは無傷である。だがジャッジメントが無能だったわけではない。戦闘スタイルがかみ合わなかっただけなのだ。「待て、俺は雇われただけだ…!」暗殺者ニンジャは命乞いをする。キヨシは虚無僧笠を相手の頭に無理矢理被せながら、鎖を握った「これを引くと、刃物が飛び出す仕組みか?」

「俺を殺しても他の傭兵ニンジャがお前を殺すぞ。ザイバツは本気だ。十人もの傭兵を上層に放った。俺を助ければ、虚偽の報告でお前を逃がして」「イヤーッ!」スズキキヨシは虚無僧笠を足先で抑えつつ、鎖を引く!「グワーッ!?」ギロチンめいた金属音!ジャッジメントは首を切断され爆発四散!

「アイエエエエ……」写真立てを伏せ、机の横でへたりこむサイコウ。日本庭園を抜け、スズキキヨシが近づく。「本当にソイチか?」BLAM!ピストルが返答!サイコウは思わず両腕で頭をかばい、目を閉じた!……だが、弾丸は命中していない。撃ち抜かれたのは、後ろを浮遊するモーターチビだ。

「ヘェーヘェーヘェー、父さん、久しぶりだね……俺が怖いか?俺が信じられないか?」ソイチはメンポで顔を覆ったまま、ニタニタと笑う。サイコウは胸元から拳銃を抜こうとするが、キヨシのピストルが機先を制した!「グワーッ!」サイコウの銃は西部劇めいて弾かれ、さらに両膝を撃ち抜かれる!

「ALAS!何たる悲劇でありましょう!悲しみで狂った哀れなソイチは、己の父にまで銃を突きつけられたのでありました!」キヨシは涎を垂らしながらビデオを撮影し終えると片膝をつき、血を流すサイコウを抱き抱えて、額に銃を向けた。「アバーッ……わしを殺してどうする?社を乗っ取るか?」

「相変わらず何も解っちゃいないな!こんなくだらない会社!」コケシは突如激昂する。息を荒げ、震えながらトリガを引こうとする指を自らの逆の手で押さえつける。「ヘェーヘェーヘェー、もう筋書きはできてるのさ父さん……己の父を撃ち殺したソイチは、後悔の念に苛まれ、自分の額を撃ち抜く」

「馬鹿息子が、せめて生きろ…!」サイコウは怒りの形相で声を振り絞る。「生きる?残酷だな!嫌だね!俺はお尋ね者!これで俺のドラマは終わりだ!全ての悲劇をまとめてIRCに放流し、ドラマは永遠に生きる!最高の幕引きだろ!怖くてセプクできなかったが、ニンジャになった今ならできる!」

「ティックティックティック!最高の悲劇と共に、俺は時間を巻き戻すんだ……誰もが忘れ去った、俺の黄金時代へ……父さん、サヨナラ……!」ソイチはトリガを引きかけ……止めた?!サイコウの顔に困惑がよぎる。「ヘェーヘェー、待てよ……父さん、何か隠してるだろ?俺は知能指数が高いんだ」

 ソイチは立ち上がり、社長机へと近づく「ヘェーヘェーヘェー……写真立て……写真立て……妙に多い写真立てェ……伏せられてるの……ナンデ?」血濡れの白手袋で包まれた手を震わせながら伸ばす。サイコウは胸をえぐられるような表情を作り、目を閉じて祈った。救いは無いのか!光明は無いのか!

 KRAAAASH!社長室のスモークガラスを突き破る影!その手には路地裏で拾った長いシメナワ!片方の先端を屋上に括り付け、ロープアクションを決めたニンジャの正体は何者か!彼は武骨な着地からアイサツを決めた!「てめえの辛気臭えドラマは真っぴらだぜ……ドーモ、ディテクティヴです」

「ヘェーヘェーヘェー、シリアスな場面が台無しだァ……ふざけやがって」ソイチは写真立てに伸ばした手を止め、再び二挺拳銃を引き抜く。そして涎を垂らし、舌なめずりしながら敵に歩み寄る。「悪いなキヨシ=サン、俺の流儀でな」ディテクティヴもまた49マグナムを抜き、静かに前方へと歩む。

「俺の助手を殺ったのがザイバツニンジャで、お前はとんだ濡れ衣と言ったら……どうするよ?」「ヘェーヘェー……俺の好みの筋書きじゃないな」二挺拳銃を前方に突き出した両者は、社長室の中央に向かってゆっくりと歩きながら言葉を交わす。サツバツ!タタミ2枚の距離を取って二者は静止した。

 必殺圏内!一触即発!だが未だ両者はトリガを引かぬ!「最初からニンジャだったか?違うよな?ニンジャになって生き返ったな?探偵でニンジャ?ふざけた筋書きだな」キヨシが嗤う。「ああ、ひどいジョークだぜ」ガンドーも黒布の奥で短く笑う「……手加減しねえぞ坊主。俺は今、腹が立ってんだ」

 一瞬の静寂の後、四挺がほぼ同時に火を噴く!BLAM!ニンジャ動体視力を集中させたガンドーにはその軌道が見える!空気をゼリーのように切り裂きながら、四つの弾丸は互いの頭と胸に向かって飛ぶ!だがディティクティヴとガンスリンガーは、発射と同時にブリッジ回避を決めていた!ワザマエ!

 バネ仕掛けめいてブリッジから復帰した2人の拳銃使いは、ピストルカラテを構え間合いを詰める!常人の反応速度を遥かに超えた……これぞまさにニンジャのイクサ!しかも両者は、互いのカラテを知り尽くしている!BLAMBLAMBLAM!紙一重でゼロ距離銃弾を回避しながら、カラテが交錯!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」BLAMBLAMBLAMBLAM!両者は惜しみなく銃弾を発射し、射撃反動で生まれた強力でトリッキーなカラテを相手に叩き込む!ディテクティヴの一撃は重い!ガンスリンガーの一撃は速い!致命的な銃弾をかわすには、多少のカラテを体で受ける必要がある!

 BLAM!ガンスリンガーが最後の一発を射出!「イヤーッ!」射撃反動で回転跳躍し、首を刈るほど痛烈なカラテキックをディテクティヴの側頭部に叩き込んだ!「グワーッ!」ガンドーの骨が軋む!しかし彼は持ち前の圧倒的タフネスを見せて敵の脚を掴み、トリガを引く!KRIK!ブッダ!不発!

「イヤーッ!」窮地を脱したガンスリンガーは体を捻り、そのまま重い銃底で敵の額を殴りつける!「グワーッ!」ディテクティヴは相手の足首を固定したまま、ハンマー投げ競技めいて力任せにその体を放り投げる!「イヤーッ!」「グワーッ!」社長机に衝突し背中を強打するガンスリンガー!

 同じく全弾を消費したディテクティヴは、カラテだけを頼りに社長机の前へと飛びかかる!その体躯を活かし、敵を踏み潰さんとする勢いだ!「イヤーッ!」ガンスリンガーは紙一重のパルクールでこれを回避し、助走無しのタイドー・バックフリップを決めて、タタミ4枚分はある社長机の上に着地!

 ガンドーも、着地から直ちに社長机の上に飛び乗った。「イヤーッ!」「イヤーッ!」間髪入れず、社長机の上でカラテの応酬!銃弾を失ったとて、ピストルカラテの殺人能力は微塵も減じない!49リボルバーが鳩尾にめり込む!「グワーッ!」38リボルバーが頬骨を軋ませる!「グワーッ!」

 さらに両者のカラテが正面から激突!「「グワーッ!」」それぞれ反対方向へとワイヤーアクションめいて弾き飛ばされる!空中で姿勢を制御した2人のニンジャは、社長机の真横に転がり込むように着地し、頑丈なヒノキ材に背を預けて銃弾再装填を行った。KILLIN、KILLINと薬莢が鳴る!

「ヘェーヘェー!俺たちは似てるな!」ガンスリンガーが弾を篭めながら嗤う「頭にチップ埋めるのもサイコ野郎だろ?サイゴと掛けてるのか?」彼は事務所を荒らした時に、シキベの秘密を知ったのだ。彼女のハンドルネームと著作も。「お前のジョークはつまんねえぜ」ガンドーは冷静さを失わない。

「「イヤーッ!」」両者はほぼ同時に再装填を終えて、社長机の上に跳躍する!間髪入れず、ピストルカラテの応酬!BLAM!BLAM!BLAM!BLAM!「イヤーッ!」BLAM!BLAM!「イヤーッ!」BLAM!BLAM!全てが紙一重!コワイ!最高潮に向けて危険な加速が続く!

KRIK!またも49マグナムが不発を起こす!「ブッダミット!」カラテに反動の力が乗らない!知能指数の高いガンスリンガーが、その隙を見逃すはずがない!本来ならばかわすのが精一杯の重い反動回し蹴りをブロックし、射撃!BLAM!ガンドーの回避動作は間に合わない!脇腹に銃弾が命中!

「グワーッ!」腹を抉られ呻くガンドー!彼の残り弾数はゼロ!「イイヤアアーッ!」BLAM!キヨシは即座に右トリガも引き、残された最後の銃弾をガンドーの左脚に叩き込むと、二倍の反動を使いジゴクめいた回転ジャンプ!ナムアミダブツ!…だがその時!BLAM!49マグナムが咆哮を放つ!

「グワーッ!」49口径の銃弾が、キヨシの胸をネギトロめいて粉砕!回転ジャンプは停止寸前の独楽のように傾き、社長机に落下してから床に転落した!そして停止!「…不発弾をリロードし、ハングファイアを狙っ…た…?」気管から空気を漏らしながら、キヨシはガンドーのトリックを言い当てる。

「助手のアイディアを拝借だ」ガンドーは敵の横に立ち、二挺拳銃を回しながらホルスターに収め、ピストルカラテの残身を決める「カレンダー見たか?今日はブッダピースだろ」「父さん……助け…」呻くキヨシ。サイコウが視界に現れ、彼の額に銃弾を放つ!「サヨナラ!」スズキキヨシは爆発四散!



 何故か爆発四散した息子を、サイコウはぽかんと見つめていた。社長机にもたれ、両膝からを血を流しながら。これはもしやオバケ……数年前のあの夜に生まれた、ファントムなのではあるまいか。…どちらでもいい。変わり果てようとソイチはソイチだ。「わしらはジゴクでまた遭うだろう」そう祈った。

 ブガーブガー!社長室に鳴り響くエマージェンシーブザー!非常ボンボリが赤く回転する!「ドーモ!社長ッ、ご無事ですか!エントランスから死体の道が!まるでツキジです!」スピーカーから聞こえる正規セキュリティの声。サイコウは机のボタンを押し、手短かに答える「撃たれた。救護班を送れ」

「じ、状況を詳し……」サイコウは通信を切る。荒い息を吐きながら、社長椅子に座り、伏せた5枚の写真立てを起こす。その中には、まだ幼いソイチの写真もあった。痛みを紛らわせるためにZBR煙草を吹かすガンドーに対して、サイコウは話しかける。「セキュリティが来るまで2、3分はある」

「ああ」ガンドーは煙を吹きながら返す。「過去の清算をしよう」サイコウは引き出しからボイスエフェクターを取り出す。「あんたが依頼人だな」とガンドーは答え、スカーフを外した。「新たな依頼を受けてくれるか?真犯人への復讐を」「そうだな……」ガンドーは思案した「俺一人の力じゃ難しい」

「断るか?」「いや、あんたにも手伝って欲しい。もう安全圏には居られないかもしれないが……その覚悟があるならだ」ガンドーは故障したドロイドを物珍しそうに拾い上げる。「いいだろう」サイコウは答えた。身を乗り出し探偵と握手を交わす。「よし、俺たちのコードネームはディープスロートだ」

◆◆◆

 アンダーガイオンのひなびた裏通りにあるキンギョ屋。ガンジーめいた風貌の老人が、小汚いランニングを羽織って番頭台に座る。薄暗い店内にはいくつか水槽が置かれているが、キンギョの数はまばらで、値札もついていない。観光客が寄ってきても、老人は痴呆じみた顔で路地を見つめるだけだ。

 今日も閉店の時間か。老人はハシゴで台から下り、ボタンを押す。錆び付いたシャッターが下りる……だが、一人の男が靴先をねじこみ、閉じかけのシャッターを止めて持ち上げた!姿を現したのは、サイバーレインコートに虚無僧笠を被った怪しげな男!「アイエエエエ?」老人は驚きの声を上げる!

「すまん、爺さん、俺だ」額に痛々しい包帯を巻いたガンドーが虚無僧笠を脱ぎ、キンギョ屋の主に非礼を詫びる。「ああ、なんだい」老人は乾いた笑いをあげ、ガンドーを中に迎えてシャッターを再び下ろす「そろそろ死ぬかと思ったよ。で、弾丸はどうだったい?」「1回不発したぜ」ガンドーは笑う。

「そりゃ、しょうがねえさ。あんな注文、初めてだ」とキンギョ屋「まあでも、巧く行ったんだろ?生きてるって事は」「ああ、御蔭様でな。それでだ、爺さん、折り入って頼みがある」「またかい」「こいつをすぐに直せねえか?ジャイロがイカれてる」ガンドーは小型ドロイドを胸元から取り出した。

「オムラか?」キンギョ屋は丸眼鏡で損傷部を調べながら、二度三度うなづいた「まあ、やってみようじゃねえか」そして老人は、キンギョ鉢におもむろに手を突っ込むと、中にある五重塔を回す!ガゴンと音がし、店の奥のシャッターが開く!UNIXとジャンク電子部品で満たされた工房が姿を現す! 


◆◆◆

ネオサイタマ。バー『絵馴染』。

「キョートに戻る」ニンジャスレイヤーはチャドー呼吸を止めた。「何もかも、かの地に残したままだ。何ひとつ解決していない」……そして彼は、ザイバツ・ニンジャのダークドメインが彼に言い放った言葉を思い起こしていた。タカギ・ガンドーの死……その真偽と経緯も確かめねばならぬ。

 それに対し、ナンシー、ヤモト、デッドムーン、ネザークイーンらが言葉を繋ぐ。四人のうち、二人はニンジャ。何ともショッギョ・ムッジョだ、とフジキドは思う。IRC通話機が鳴る。「アータをご指名よ、ニンジャスレイヤー=サン」ネザークイーンが言う。「何……?」フジキドは受話器を取る。

「……ドーモ」『ドーモ』磁気嵐の影響と思しき、ノイズまみれの音声。加えてそれは、大宇宙から響いてくるようなスペイシー・ボイスだ。『……ニンジャスレイヤー=サン、時間が無い……時間が無い……イッキ・ウチコワシ本部をザイバツが襲撃しようとしている。狙いはドラゴン・ユカノ。急げ』

「ユカノ=サンだと?オヌシは一体!」フジキドは低く険しい口調で問うたが、すでに通信は切断されていた。

……遥か遠きキョートの地では、数年前に使用した秘密通信室に座り、『宇宙』装着済みマイクを前にしたコケシ・サイコウが独り、回線切断ボタンを押していた。「心臓に悪いな…」冷汗が滲む。サツバツ!壁に掛けられた赤色LEDの数字は、あと5秒でザイバツに探知されていたことを示している! 


◆◆◆

 シャドー・コンの崩壊より間もなくして。夜。アッパーガイオン。

 五重塔の上に、一人の男。中央のポールに手をかけて屋根に爪先立ちで座り、もう片手には狩ったばかりのニンジャの生首。彼こそはニンジャスレイヤー。キョートの陰鬱で冷たい夜風が吹き付け、マフラーめいた首布を後方へと吹き流す。そのサツバツとした視線は、彼方のキョート城へと突き刺さる。

 生傷の耐えない男だ。復讐に次ぐ復讐が、彼を駆り立てる。シャドー・コンで負ったダメージも、まだろくに癒えていない。だが、妻子の仇ダークニンジャ、さらわれたドラゴン・ゲンドーソーの忘れ形見ユカノ、そして生死不明のタカギ・ガンドー……これらの要素が、激しい焦燥と憤怒を生むのだ。

 ニンジャスレイヤーは、電子基盤めいたキョートの夜景を睨みつけながら、ネオサイタマで受けた謎の情報提供者からの二度目のIRC通話を回想する……『ドーモ』「ドーモ。またおぬしか?一体何者だ?ガンドー=サンか?」『……違う。だが、ガンドーは無事だ。そんな事よりお前には時間が無い』

「正体を明かさぬならば切る」『私の名は便宜的にディープスロートとでもしておこう。それよりお前には時間が無い。ドラゴン・ユカノを救い出したくはないのか?』「……続けろ」『彼女はキョートへと護送中だ』「何のために?」『何らかの陰謀のためにだ。危険だが、先回りする方法が一つある』

「……手短に答えろ」『アンバサダーとディプロマットというザイバツ・ニンジャを探せ。片方がネオサイタマに潜伏している。危険だが、お前を一瞬でキョートに運ぶだろう』「その後は?」『アンダーガイオン第八階層、イーグル区画の廃工場地帯にある、壊れた赤いコケシ電話ボックスを探せ……』

 その後の経緯は、述べるまでもない。ニンジャスレイヤーは双子ニンジャにポータルを開かせてキョートへと一瞬でジャンプした後、廃工場街でディープスロートと三度目のIRC通話を行った。そしてシャドー・コンとモミジ・ヤンガの名を伝えられ、あの地下トーナメントへと出場したのだ……。

 そして……そしてこの有様だ!とフジキドは己の力不足を嘆いた。彼は一度ならず二度までも、後一歩の所でユカノを救い出すことに失敗したのだ。それだけではない。ガンドーは無事だと伝えられていたが、隠れ処は徹底的に破壊されていた。ディープスロートの正体も解らずじまいだ。

 かくなる上は正面突破あるのみ。三度目の通話から、ザイバツの本拠地が重要文化財キョート城であることを、彼は知りえていた。……逆に言うならば、残された手掛かりはそれしかない。フジキドは自らの魂を、再び復讐という名の炉にくべた。トコロザワ・ピラーへ単身乗り込んだ、あの夜のように。

 心臓が、ニューロンが、復讐の黒い炎で塗りつぶされる!(((フジキドよ、ようやく悟ったか!それで良い!)))ナラク・ニンジャの不吉な哄笑が聞こえる!「……黙れナラク」(((ニンジャと馴れ合うなど言語道断!儂がおらぬ間に、腑抜けおってからに!それゆえに敗北を重ねたのだ!)))

「……黙れナラク。ウシミツ・アワーにはまだ早い!」フジキドが抗う。ナラク・ニンジャはニューロンの奥底へと引き下がった。「……これは私の決断だ……ソウカイヤを滅ぼしたときと同じく、ザイバツを一晩で滅ぼす。蛇の頭を一撃で叩き潰す……!」ニンジャスレイヤーが立ち上がった。その時!

 黒いコートを羽織り、口元をスカーフで隠した一人のニンジャが、五重塔の上へと跳躍してきたのだ!ニンジャスレイヤーは生首を屋根を突起に突き刺し、敵の方向を振り向く。アンブッシュの様子は無い。「ドーモ、ニンジャスレイヤーです」電撃的アイサツ!「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン…」

「……俺の名はいくつもある……」そのニンジャは灰色のスカーフを外しながら名乗った。掌には緊張の余り汗が滲む。下手をすればこの男は一瞬で俺を爆発四散させるだろうと、彼は知りえていたからだ。「俺はディテクティヴ、ディープスロート、カラス・ニンジャ……そしてタカギ・ガンドーです」

「スマキにされ、額を撃たれて琵琶湖に沈んだと聞いたが……」間合いを徐々に詰め、フジキドは問うた。その手にはスリケン!「頭が固かったのさ」ディテクティヴは笑い、額を指差した。……塞がってはいるが、弾痕はまだ残り、その周囲の皮膚は、緩やかに渦を巻くように、固く黒く変形していた。

「……キョート城に乗り込む気だな?」「いかにも」「まあ、これを見ろ」ディテクティヴは胸元から小さな浮遊型ドロイドを取り出す「オムラ社の試作品、モーター……チイサイだ」その正十二面体ドロイドは、立体ホログラフ映像を足元に投射する!その姿は……ユカノ!?ナムサン!これは一体!

「俺は虚無僧笠で変装し、キョート城に潜入した。数日後、ユカノ=サンの監禁場所を突き止め、見張りとして同型のドロイドが置かれていることも解った。俺はこいつを遠隔操作して接近させ、LAN直結して設定を書き換えた。要するに……向こうのドロイドの映像はこっちに筒抜けだ。さらに……」

 ホログラフ映像の中のユカノは、何かに気付いたように辺りの様子を窺った。その胸は豊満であった。それからモーターチビに向かって、声を押し殺しつつ言った「ニンジャスレイヤー=サン、ガンドー=サン、私は大丈夫です」「ユカノ=サン!?」ニンジャスレイヤーがホログラフ映像に話しかける!

「何故私がさらされたのかは不明です。何か恐ろしいことが……ジゴクめいた陰謀が起ころうとしていることは確かですが……」ユカノは見張りニンジャが戻ってくることを警戒しているのか、殆ど一方的に語りかけた。「しかし私の身はまだ大丈夫です。焦らないでください、虻蜂取らずです……」

 ここでユカノの3D映像は横を向き、回線切断の合図を送る。ブゥーンと鈍い音がして、3D映像はモーターチイサイの中へと消えていく。「ザイバツ上層部はハイテクやネットに疎い」ガンドーが続けた「連中はニンジャの力を過信し、人間の力を軽視しているからだ。おそらく、そこが突破点になる」

 そして畳み掛けるように言う「な、解ったろ?ニンジャスレイヤー=サン。時期尚早なんだ。それに、ロード・オブ・ザイバツの力は底知れねえ。キョジツテンカンホー・ジツという、大規模マインドコントロールめいた力を使う。無策で突っ込んでも犬死するだけだ。もう少し待つんだ、そうしたら…」

「そうすると、どうなる?」ニンジャスレイヤーは既にスリケンを収めていた。目の前に居るのがタカギ・ガンドーであることを認めていたからだ。「……何か策が見つかるはずだ。そうしたら、キョート城に乗り込もうぜ。ああ、俺も行く。助手の仇だ。まだ話してなかったと思うが……」

「策を練ろう」フジキドは掌を前に突き出し制止した。細かい話はいい、というサインだ。眼光の鋭さは失わないまま、少しリラックスした調子で、ガンドーに語りかける。「ニンジャになった気分はどうだ?」「……一度死んで、生き返った気分だな。残りの人生はオマケだ。粗末にできねえオマケだ」

 ……ガンドーは突然のインタビューに驚き、何の小細工も考えも無いまま、咄嗟にそう答えていた。我ながら、文才の無い言葉だと思いながら。「そうか……」ニンジャスレイヤーは頷く「……私はオヌシを殺すだろう。内なるニンジャソウルがオヌシの魂を屈服させた時、躊躇なくオヌシを殺すだろう」

「ああ」ガンドーは返した「だがもし、あんたと殺し合うことになったとしたら……その時は俺も、ただじゃあ死なねえだろう。何しろ俺の頭は」「強情だからな」フジキドが返した。「ああそうだ」ガンドーは小さく笑い、ZBR煙草を吹かした「少し変わったな…?」。ニンジャスレイヤーも返す「そちらもな」

「俺が変わったって?」ガンドーが意外そうに問うた「性格がか? ニンジャソウルの影響って奴か?」「いや……アトモスフィアだ……」フジキドは自分でも答えが解らぬといった顔で続けた「オヌシの性格ではない……カラス・ニンジャとやらのソウルでもない……後ろに誰か、隠しているのか?」

「後ろに?オイオイ、まだ何か俺を疑ってるのか?」ガンドーは振り向き、ニンジャスレイヤーに背中を見せ、横に歩き、そこには誰もいないことを確認させた。「何でもない、気のせいだろう。忘れてくれ」フジキドは言葉を収めた「……誰か、オヌシの側で、嬉しそうに笑ったような気がしただけだ」



【リブート、レイヴン】 終



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