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【レッド・ハッグ・ザ・バッド・ラック】

◇総合目次 ◇エピソード一覧
この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版は上の物理書籍に収録されています。第2部のコミカライズが、現在チャンピオンRED誌上で行われています。



1

 ネオカブキチョの一角、粋な「雨まい」の漢字平仮名ネオン看板を掲げるバー、レイン・ジルバ、店構えは狭苦しく思えるが、地下に降りれば快適で、それなりの広さがある。

 サクソフォンに更にファズをかけた抉るような過剰サウンドに乗せ、店の奥ではポールダンス専用にカスタマイズされたオイランドロイド「ヤケナ」が艶かしく脚を振り上げ、ビスチェ姿の上半身を反らす。客の何人かは酩酊した眼差しをヤケナに這わせ、何人かはまどろみ、何人かはグラスを睨む。

 カウンターの左端にはバサついた長い黒髪の女。色褪せたデニム、拍車のついたブーツ、背中に逆さまに「婆」と赤く押されたレザー・ジャケット、腰にはカタナ、要はまともな稼業で無い事は明らか。咥えていた二本のタバコを真鍮の灰皿に押しつけ、ショットグラスを受け取る。

 表面に火を灯すスピリッツで満たされたショットグラスの底をカウンターに叩きつけ、一息に呷る。女の睫毛は長く、不機嫌そうで、両目に涙ぼくろがある。ブァーン!ブァァーン!ファズ・サクソフォン音がうねり、曲はたけなわ、オイランドロイドは腰をくねらせ、尻を突き出す。

 カウンターには既に次のショットグラスが置かれている。彼女は機械的な倦んだ仕草でグラスの底を再び叩きつけ、一息に呷る。酔漢の一人がオイランドロイドの回転に仰け反って手を叩き、その勢いで床にひっくりかえった。

 彼女は新たなタバコを二本取り出し、まとめて咥え、クロームのライターで火をつける。店内のハンニャ時計はウシミツ・アワーを示す。「ウェーゲホゲホ、ウェーゲホ」咳き込み、またタバコを吸う。年は30前後、美しいが、台無しにする要素は多い。彼女の周囲だけ、霧が立ち込めたようになっている。

「あのサ、そのサ、誰か待ってンの?」少し前に入店してきたウニパンクヘアー青年は壁際で店内をキョロキョロと見渡していたが、やがてオイランドロイドの前を横切り、彼女の隣に腰を下ろした。青年のTシャツにびっしりと埋め込まれたLEDは音響リズムを感知して色を変え、バー模様を波打たせる。

「ああ、もう来ないね、いい時間だ」女は煙を吐き出した。「タバコ二本ナンデ?マブだよね」青年は笑った「お姉さん置いてかれたの?」「ああそうね。この世にね」「かわいそうだね、今夜これからどこ行くの?」「ああ、決めてない、ウェーゲホゲホ!」「マジで?ダイッジョブ?じゃあ一緒に遊ぶ?」

「フ」女は笑った。「じゃァ、ここで今、何か面白い事喋ってみなよ」「え?イイの?」青年は勢い込んだ。「あのサ、じゃあサ、ボンズ・ジョークどう?」女は頷き、タバコを消した。バーテンが示し合わせたようにオカワリを置いた。女は底をカウンターに叩きつけ、一息で呷った。「いいよ。やって」

「あのネ、チベットのボンズがネ、空を飛んでたんだよ」「ウェーゲホゲホ!ウェーゲホゲホ!」「ダイッジョブ?続けていい?」「いいよ。で?空を飛んでて?どうしたって?川で遊んでた女を見て落ちた?」「えッ……と」青年は目を見開いた。「うん?」女は青年を見た。「図星?頑張れ、ホラ」

「それもあるけど……」「それもあるけど?」女はタバコを二本咥え、真顔で訊いた。「アー……」青年はニューロンをランドリーめいて回転させ、機智に富んだ新たな答えを捻り出そうと務めた。「ウェーゲホゲホ!」女は咳き込んだ。「まだ?」「そう!ボンズは、下にシカの……」「グワーッ!」

 女はカタナに手をかけ、入口を見やって立ち上がった。一瞬後、階段を転がり落ちてきた男がゴロゴロと店内にエントリーしてきた。血みどろだ。「アイエエエエ!?」青年は悲鳴をあげた。バーテンはショットガンを構えた。ブァーン……BGM音量は大きく、ポールダンス周囲の客は気づかずにいる。

 ドカドカドカ、駆け下り音が続く。肩をサイバネ手術し、目に隈取りした屈強なパンダモヒカン男が二人、入口からエントリーしてきた。「スッゾコラー!」「グワーッ!」血みどろの男を蹴り上げる。女が青年の椅子を蹴り倒して(「アイエエエ!」)横に退くと、血みどろの男はカウンターに激突した。

「お客さんヤリスギナイデネーッ!」バーテンがショットガンを威圧的に振り上げた。ドウ!「グワーッ!」その肩から赤い血が噴き出す!パンダモヒカンの一人がいきなりリボルバーを抜き撃ちしたのだ!バーテンはショットガンを取り落とし、転倒気絶!「「アイエエエ!」」悲鳴が店内を満たす!

「ハーッ、ハーッ!」血みどろの男が手探りでカウンターに手をつき、もがく。灰皿が吹き飛び、タバコが散乱した。「ダッテメッコラー!」「チェラッコラー!」パンダモヒカン兄弟は店内を威嚇的に睨め回した。「「アイエエエ!」」逃げ場なし!客はポールダンスするオイランドロイドの陰に避難!

「ハーッ!ハーッ!」血みどろの男は痙攣し始めた。「ウェーゲホゲホ!アンタらさァー」女は顔をしかめてパンダモヒカン達を見る「こういうの外でやれッての……アトモスフィアがあンのよ……アトモスフィアが」「ヘイ姉ちゃん!前後するかグワーッ!」パンダモヒカンの挑発が悲鳴に変わった。

「ブラザー!どうした、アン?」もう一方が苦しむ方のサイバネ肩に手をかけた。「パクパク!パクパク!」苦しむ方は喉を掻き毟り、血泡を噴き始めた。喉にスリケンが刺さっている!「パクパク!パクパク!」仰向けに転倒し、痙攣!「なッ……女ッコラー!?」もう一方が怒声を上げ銃口を向ける!

 BLAM!リボルバーが即座に火を吹く!だが、弾け飛んだのはハンニャ時計だ。女はそこにはもういない。パンダモヒカン男のワン・インチ距離、やや横!「イヤーッ!」「グワーッ!?」パンダモヒカンの顎がちぎれ飛ぶ。女のパンチだ!拳にはクロームのナックルダスターが装着されている!

「アババーッ!」顎を喪失したパンダモヒカンはバレリーナめいて回転し、うつ伏せに倒れ込んだ。床に広がる血だまり!「アイエエエエ!?」ウニパンクヘアー青年が尻餅姿勢で失禁しながら数メートル後ずさり、恐怖に満ちた視線で女を見上げた。「「アイエエエ!」」他の客も総失禁!踊るヤケナ!

 ブァァァーン!ブアアン、ブァァァーン。ファズ・サクソフォンの蛇めいた旋律が何事もなく流れる中、女はタバコを咥え、「火。……火。火」ジャケットを叩く。やがて、カウンターの上にクロームのライターを発見した。かぶさるように突っ伏している血みどろ男を蹴ってどかし、ライターを取った。

 女はため息をつき、タバコに火をつけ、頭を掻いて店から退出した。「アイエエエ……」ウニパンクヘアー青年は痙攣するパンダモヒカン達を見て再失禁した。……数分後、カウンターに突っ伏していた血みどろの男が震えながら起き上がった。「ハーッ……ハーッ……」「アイエッ!?」「ハーッ……」

 男はカウンターを探り、クロームのライターを拾い上げた。(((もう一個?)))パンクヘアー青年は首を傾げた。「ハーッ……よかった畜生……」男は大切そうにライターを握りしめ、ふらつきながら店を退出した。ブァァーン!ブァァーン!青年はヤケナを振り返った。ポールダンスは続いている。

【ノット・ザ・ワースト・デイ、バット・アット・リースト・カースド・エニウェイ】

「店閉めたいんで」「ウェーゲホゲホ!」レッドハッグは咳き込んだ。「閉める?朝?」「ハイ」「払ってない?無い?無いね?ダイジョブだよね」「先払いなんで」「だよね」レッドハッグは席から立った。「やれやれだね……ありがと」「オタッシャデー」ノーレンをくぐると、朝のネオ・カブキチョ。

 彼女はあのあと数軒をハシゴし、したたか飲んだ。タバコの箱を逆さに振った。アウトオブアモーだ。彼女は空箱をその場に捨て、踏みつけた。ゴミバケツの中からバイオネズミが彼女を見た。曇り空が黄色い。彼女はコメカミを拳でゴンゴンと叩いた。

「運の無い奴……」レッドハッグは眩しそうに目を細めた。欠伸を噛み殺す。そしてまた歩き出す。路地を曲がり、禍々しく「バカ」「ヤジウマ」などと赤くスプレー書きされたシャッターの横を通り過ぎる。野犬が彼女を一瞥し、逃げるように角を曲がって消える。

「……ハン?」彼女は立ち止まった。「何の用?」角の店のシャッターを見た。ヒマワリの絵が描かれている。応えるかわりに、ギゴギゴと音を立ててシャッターの中から刃が見え隠れし、ほぼ人型に切り抜かれた。「イヤーッ!」切り抜かれたシャッターを蹴飛ばし、中からニンジャが現れ出でた。

「俺の待ち伏せとアンブッシュを事前に察知したか」焦茶のニンジャはカタナを構えた。「やはりニンジャか。ドーモ。ロックイーターです」「ウェーゲホゲホ!あンた全く意味がわからない……」「待て!その涙ぼくろ……貴様は……聞いたことがある。レッドハッグ=サンだな」「ウェーゲホゲホ!」

「ここ最近派手にやっている女ニンジャ。バウンティハンター、バウンサー、ボディーガード……」焦茶のニンジャの話が長い。彼女のニンジャ第六感が暴れた。後方頭上!「イヤーッ!」振り向きざま、カタナを抜き放つ!「イヤーッ!」カタナ同士がぶつかり合う!新手のニンジャによるアンブッシュ!

「チィーッ!気づきおった。こいつはちと手間よのォーッ!」ロックイーターが叫んだ。新手の深緑のニンジャはクルクルと後方へ回転し、着地。挟撃フォーメーション!「ドーモ、マントラップです」「ウェーゲホゲホ!何だって?」彼女は顔をしかめた。「ドーモ、レッドハッグです。何の用だッて?」

「思い知ったか?そう簡単に我々を出し抜けると思ってはならん。貴様に逃げ場は無いのだ」ロックイーターが言った。レッドハッグの表情は一瞬曇った。ロックイーターは続けた。「記憶素子を渡せ」「素子?ハ!」ヒュン!カタナが風を切った。レッドハッグは笑った。「何かと思えば、見当違いか」

「誤魔化すな」マントラップが言った。「我々は血も涙もない」「奇遇だね。あたしもだ」レッドハッグは言った。「そして機嫌も悪い……色々あったんでね。ちょっと付き合ってもらおうか」「「イヤーッ!」」ロックイーターとマントラップが同時に斬りかかる!

「イヤーッ!」レッドハッグはロックイーターのカタナを朱塗りの鞘で、マントラップのカタナをカタナで受けた。彼女のカタナの鞘は鋼鉄の五倍硬度のバイオバンブーを特殊加工したもので、刃を受ける事ができる。「イヤーッ!」瞬時に身を沈め、ウインドミル蹴りを放つ!

「「イヤーッ!」」ロックイーターとマントラップは同時に跳躍して蹴りを躱し、交互にカタナで斬りつけた。「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」レッドハッグはジグザグに刃を操り、これを受ける!「イヤーッ!」「グワーッ!」さらに朱塗りの鞘がロックイーターの顎を打つ!

 ロックイーターは吹き飛び、手をついて起き上がった。「イヤーッ!」そこへ飛来するスリケン!レッドハッグの電撃的速度の投擲だ。「イヤーッ!」ロックイーターは素早くカタナを繰り出し、これを斬り捨てる。二者はやや間合いを離し、再び挟撃フォーメーションを取った。

「兄者。この女やりおるぞ」マントラップが言った。レッドハッグは舌打ちした「また兄弟か」「弟者。侮るな。噂が真実ならば、そ奴はただの女ではない。ただのニンジャでもない。元ヤクザアサシン、それも凄腕」ロックイーターは警告した。「詳しいじゃない。いい気分はしないね」とレッドハッグ。

「イヤーッ!」ロックイーターがクナイ・ダートを放つ!「イヤーッ!」レッドハッグは側転して回避、動作中にカタナを繰り出しマントラップの斬撃を相殺!「イヤーッ!」マントラップが更に斬りつける!「イヤーッ!」レッドハッグはバック転で回避!着地方向のロックイーターに上から斬りつける!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」ロックイーターは振り下ろし回転斬撃を横跳びにかわす。避けきれず左肩に傷!「ヌウーッ!」「イヤーッ!」着地したレッドハッグがすくい上げるように斬り上げる。「イヤーッ!」ロックイーターは飛び下がり回避!さらに突きを繰り出す!「イヤーッ!」

 レッドハッグの目が光った。「イヤーッ!」突き出される切っ先めがけ、彼女は朱塗り鞘を繰り出した。「何ーッ!?」ロックイーターが呻いた。彼のカタナが朱塗り鞘に納まった!ゴウランガ!なんたるニンジャ器用さ!「イヤーッ!」レッドハッグは腕を捻り、カタナを没収!「グワーッ!?」

「イヤーッ!」マントラップが斬りつける!レッドハッグはロックイーターの首を己のカタナで撥ねながら振り向き、鞘でこの斬撃を受ける!真上に噴き跳ぶロックイーターの首!「兄者ーッ!」「サヨナラ!」ロックイーターが爆発四散!「イヤーッ!」レッドハッグは勢いをつけさらに回転!

「まずい……」マントラップは回避しようとした。だが遅い!一瞬の動揺が明暗を分けた。「イヤーッ!」回転の勢いを乗せたレッドハッグの横薙ぎ斬撃が襲いかかる!マントラップが咄嗟に立てたカタナを切断!そのまま刃はマントラップの額から脳へ達する!「グワーッ!」

「フーッ」レッドハッグは回りながら片膝をつき、右手にカタナ、左手に没収カタナが納まったままの鞘を構えてザンシンした。マントラップは頭から鮮血を噴き出しながら後ずさりした。「お前もすぐに!ジゴク行きだーッ!」「……そりゃよかったね」「サヨナラ!」爆発四散!

「ウェーゲホゲホ!」彼女は咳き込み、この突然のアンブッシュが意味するものを考えようとした。昨晩から一体何が起こっている?まるで映画のエンドロールの後そのまま続編が始まったような異様。彼女としてはセンチメントを決め込みたいというのに、ネオサイタマがそれを許さないのか?

「……情報素子……?」彼女は首を傾げた。ロックイーターのカタナを捨て、自剣を朱塗り鞘に戻した。「ウェーゲホゲホ!たまったもんじゃないよ」彼女は嗄れ声で毒づいた。

 ……同時刻!そこからさほど離れぬ雑居ビルの一室。ブラインドから漏れ出る縞模様の光が、二人の影を切り取る。一人は憔悴した初老の男。一人は……トレンチコートを着た男。「あり得ない」初老の男は呻き、頭を抱える。トレンチコートの男は手にしたものを光に透かす。クロームのライターを。


2

「これは単なるライターだ。情報端末では無い」フジキドは低く言い、ライターの表面を指でなぞった。「あり得ない」サヌマは繰り返した。フジキドは首を振った。「あり得てしまったな」「……」サヌマは机を殴りつけた。フジキドは言った。「遊んでいる時間は無い。カベヤ=サンの死が無駄になるぞ」

「ああ……すまん」サヌマは椅子にもたれかかり、天井をうつろな目で見上げた。「そうだな。すまん」「本物を奪って行った者がいるのならば、それを探す」フジキドは言った。サヌマは言う「もう時間が随分経ってしまったよな……」「では、ここでチャを飲んで待つか?オヌシの破滅を?」

「……」「オヌシの破滅は、さらに多くの人々の破滅だ」フジキドの目が光った。「黙ってそれを横で見ておる趣味は無い。続けるぞ」「ああ。ああ。ハンマーで殴られたような衝撃だったんだ。すまん。もう大丈夫だ」サヌマは台所へ歩いて行き、顔を洗った。

「続けよう。まだ終わってない」「始まりだ」


◆◆◆


「クリアー」「クリアー」「……クリアー」アサルトヤクザがSWATめいた精密な編隊行動を取り、マンションの6階廊下へしめやかに侵入、606号室の左右にハンドマシンガンを構えて陣取った。さらに集団の中からバラクラバを被ったブレイカーが進み出、音を殺してドアに耳をつけた。

 ドアに耳をつけたまま、ブレイカー役は鍵穴にブレイカーキットを被せ、キットのダイヤルをゴリゴリと動かした。キットのLEDライトが緑色に点灯。所要時間わずか2秒。ブレイカー役はサムアップで合図する。アサルトヤクザ達は同時タイミングで一斉に頷く。クローンヤクザなのだ。

 ブレイカーはドアノブに手を添え、アサルトヤクザ達にアイコンタクトする。アサルト達は指でカウント。3、2、1。「シャッコラー!」ブレイカーがドアを引き開けると同時に、アサルトヤクザの二人が室内へ突入した。「グワーッ!?」「グワーッ!」そして二人とも仰け反って転倒した。ソクシ!

「何……」ブレイカーが目を見開く。脳天に突き刺さっているのはスリケンだ。室内、窓ガラスの逆光を受け、女のシルエットが黒くにじむ。「スッゾコラー!」さらに二人がブレイカーの脇を通り抜け、ハンドマシンガンを乱射しながらエントリーする。「イヤーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!?」

「ダッテメッコラー!」さらに二人がブレイカーの脇を通り抜け、ハンドマシンガンを乱射しながらエントリーする。「イヤーッ!」「グワーッ!?「グワーッ!」ナムサン、既に六人のクローンヤクザが折り重なって倒れる地獄絵玄関図!だがそこへさらに一人!前傾姿勢でエントリーだ!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」七人目は飛来したスリケンを飛び込み前転で回避し、起き上がりざまにスリケン三枚を連続で投げ返した。SMACK!女はベッド上でブリッジし、恐るべきスリケン攻撃を回避!その背後の窓ガラスが粉々に砕ける!「イヤーッ!」女はそのままバック転を繰り出し、窓から飛び出す!

 七人目は後を追ってベランダへ飛び出す。そして、眼下のハイウェイへ飛び降り自殺めいて落下していくターゲットを見下ろした。女は落下地点のハイウェイを高速走行してきたバッテラ冷凍トラックの荷台にそのまま着地。あっという間に遠ざかる!

「チィーッ!」走り去る荷台上の女とベランダの七人目、それぞれの怒りに満ちた視線が交錯した。七人目の左腕が煙を噴き、手首から先がパージされた。ナムサン!中から現れたのは小型磁力弾丸射出銃!なお、察しのいい方は既にお気づきだろうが、彼はニンジャである。

 キューン!蒸気とともに肘先からも発射機構の一部が飛び出す。彼はベランダの手摺をねじ曲げ、バッテラ冷凍トラックに狙いを定める。コココココ……不穏な充填音とともに、サイバネ小型磁力弾丸射出銃のLEDが次々に点灯していった。「ホノオ!」BOOOM!……KABOOOOM!

 バッテラ冷凍トラックの荷台後部が火を噴き、ハイウェイ上で横倒しになった。「ンアーッ!」ベランダ上のニンジャのニンジャ聴力はターゲットの悲鳴を捉えた。爆発炎上する冷凍トラックに、後続のタンクローリーが追突。さらに爆発した。KABOOOOM!

 ドウドウドウドウ、音を立てて左腕表面の放熱パネルが開き、冷却を開始する。彼の後ろではアサルトヤクザの生き残り達が女の部屋の中をクリアリングにかかる。「ブッダシット!」「……」彼のニンジャ聴力はターゲットの悪態を聴き取った。彼もまた呟いた。「ブッダシット。女は生存。プラン継続」

 ……「ブッダシット!」レッドハッグは吐き捨て、炎の中で身を起こした。BOMB!さらに爆発。焼けこげたバッテラが彼女の目の前で飛散した。彼女は帰宅後、わけがわからぬながら、続く襲撃を警戒。ベッド上でアグラ・メディテーションによる休息を取った。寝たいのはやまやまだ。だが無理だ。

 懸念は当たり、どう突き止めたものか、彼女の部屋へ侵入者が現れた。あわよくばその者らを返り討ちにしてインタビューしたかったが、状況がそれを許さなかった。そこで彼女は潔く作戦を切り替えた。脱出だ。下のハイウェイを走行する車両に着地、次のイクサに移る。……半分成功、半分失敗だ。

「ふッざけた、武器を……ウェーゲホゲホ!」レッドハッグは咳き込む。懐からタバコケースを取り出し、咥えた。チロチロと燃える車両破片にかがみ込み、その火で着火した。「スッゾコラー!」合成ヤクザスラング・クラクションを放ち、この爆発事故現場の横をすり抜けようとするトレーラーが接近!

「イヤーッ!」レッドハッグは回転跳躍、このトレーラーの背に飛び乗ると、今度こそ、この場を脱出にかかる。遠ざかる自分のマンションを警戒。「二発来るか?来るか……来ない」彼女は警戒を解き、トレーラー荷台上に膝をつく。どこで「途中下車」したものか。彼女は携帯端末を操作しようとする。

「畜生……遅い……遅いッての」レッドハッグは端末液晶パネルの「今は待て」の点滅表示に顔をしかめた。ナビ機能の起動を待ちながら、彼女は思いを巡らせた。腕をサイバネ磁力弾丸射出銃に置換したニンジャ……噂は聴いた事がある。ミョルニールだ!厄介な奴が出て来た……だが、何故?

 バラバラバラバラ……進行方向の空から轟音。レッドハッグは振り返った。そして、あれこれ考える時間が今のところまだ与えられていない事に気づく。轟音の正体は四基のローターをもつ鬼瓦武装ヘリであった。鬼瓦の目が光り、口の中からミサイルが迫り出した。レッドハッグは苦笑した。

 放たれたミサイルはまっすぐにバッテラ冷凍トレーラーをめがけて飛んだ。「イヤーッ!」レッドハッグは回転ジャンプし、斜め前の鉄骨輸送トラックに飛び移った。KABOOM!冷凍トレーラーにミサイルが着弾、爆発!ナムアミダブツ!「イヤーッ!イヤーッ!」レッドハッグはスリケンを投げ返す!

 カカカカカ、火花が散り、鬼瓦武装ヘリがわずかにバランスを崩す。ニンジャの投げるスリケンは銃弾よりも強いが、攻撃ポイントを絞り込む必要がある。レッドハッグはタバコを吐き捨て、片膝をついてさらにスリケンを投擲する。ジワジワとその口元に覆面が生成され、マフラーめいて布がなびく。

 鬼瓦武装ヘリは射出前のミサイルの誘爆を怖れ、機銃掃射に切り替えた。2門のガトリングガンが迫り出し、レッドハッグを狙う。「!」レッドハッグは背後……つまり進行方向前方からの殺気をニンジャ第六感で感じ取る。ナムサン!検問バリケードが築かれ、数人のヤクザがバズーカ砲を構えている!

「戦争でもしようッてのかい……」スリケンをさらに投擲。やがて鬼瓦武装ヘリのローター1基が火を噴き、バランスを崩した。レッドハッグはそのときすでに鉄骨輸送トラックから跳んでいた。別の車両?否……ハイウェイ高架から飛び降りたのだ!1秒後、彼女がいた場所をヤクザロケット弾が通過!

 彼女はそのまま高架下のストリートへ着地。着地時に前転して全ての落下衝撃を殺すと、起き上がって走り出した。マンションからさほど離れる事ができなかった。どこかで体勢を整えたいが……役に立ちそうな協力者は……クラクズー?遠い。そしてカネがかかる。バーワー洞?冗談もいいとこ……。

「ウェーゲホゲホ!」端末をいじりながら、狭い路地を選んで移動する。敵の正体がわからない。始末が悪い。「ブラザーフッド」の七人は一人残らず殺した。だから、あれは終わった事だ。別の連中が……複数のニンジャを、武装ヘリを惜しげも無く投入してくるような……。

 最近のネオサイタマの闇の勢力図の変遷はドラスティックで、謎めいている。地域ごとの組織の再編成……粛正……フリーランスだったものが幹部に納まり、逆に、権力を欲しいままにした者がネオン看板に逆さに吊るされて見せしめになっていたりする。それら再編成の奥、さらに糸を引く何かがある。

 とにかくまず、戦う相手の正体を……。情報屋なり、何なりから……。情報端末のナビゲーションはたいした助けにならなかった。彼女は端末をしまい、顔を上げた。そしてカタナに手をかけた。ビルから飛び降り、彼女の目の前に着地したのは、赤黒装束のニンジャであった。

「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」機先を制し、流れるようにアイサツしたのは赤黒のニンジャであった。レッドハッグはこれによりアンブッシュと逃走の選択肢を奪われた格好だ。彼女はアイサツを返す。「ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン。……レッドハッグです」路地裏に殺気が満ちる。

 ニンジャスレイヤーはジュー・ジツを構えた。レッドハッグは朱塗り鞘を構え、すり足で間合いを調節する。……ニンジャスレイヤー。噂に聞いた事はある。かつてネオサイタマでニンジャ狩りを行っていたとされるが、レッドハッグがニンジャになった時、既にその存在は都市伝説めいてぼやけていた。

 要するに、ニンジャを殺しに……レッドハッグを殺しに来たという事か?「アンタがソウカイヤを滅ぼしたってのは本当かい」レッドハッグは言葉を投げた。「そうだ」ニンジャスレイヤーは答えた。レッドハッグは言った。「……キョートのザイバツ・シャドーギルドが実際やったって話もあるよ」

「"詳しい"な」ニンジャスレイヤーは低く言った。「どちらの説を取るか、イクサの後に決めるのも良い。だが」「……」会話しながら、両者は隙を窺う。殺気を堰き止めたダムが決壊する瞬間を。「カネが目当てか?」ニンジャスレイヤーが言った。レッドハッグは目を細めた。「カネ?」

「オヌシがすり替えたライターだ、レッドハッグ=サン。私の調べでは、今回の件に関わるアマクダリ下部組織のニンジャにオヌシの名は無い。欲をかき、組織悪に荷担するか?」「ライター?」「おうむ返しをやめてもらおうか。時間の無駄だ」

「ライターって……ちょっと待ちな!」レッドハッグはカタナを抜き、ニンジャスレイヤーに切っ先をつきつけた。そのまま、ジャケットの懐に手を入れた。「人聞きの悪い事言ってンじゃないよ。これはアタシの……アタシの?」取り出したライターを見て、彼女は眉根を寄せた。「ハン?」

 BOOM!その時だ。遠方から飛来した磁力弾丸が頭部に直撃し即死する光景を、レッドハッグは幻視した。ヤクザバウンサー時代の鍛錬と「ブラザーフッド」との闘いの中で研ぎすまされたニンジャ第六感である!「イヤーッ!」彼女は咄嗟に斜めに跳び、壁を蹴ってさらに上へ跳んだ。KABOOM!

「イヤーッ!イヤーッ!」彼女は爆風から逃れるように壁から壁へ跳び、ビル屋上に着地した。下の路地は爆風と粉塵で霞んでいる。ニンジャスレイヤーはどうなった?BRATATATATATAT!「ンアーッ!」レッドハッグの背中を銃弾がかすめた。彼女は屋上を転がった。BRATATATAT!

 ナムサン、彼女のすぐ頭上を旋回するのは先程の鬼瓦武装ヘリだ。なんたるしつこい追跡!そして磁力弾丸攻撃は当然、ミョルニールだ!飛来角度からあのニンジャが狙撃姿勢を取る位置を割り出さねば……だがヘリをまずどうにかするのが先決だ。さらなる銃撃が襲いかかる!BRATATATATAT!

「イヤーッ!」レッドハッグは側転で回避しながらスリケンを連続投擲!カカカカカカ、鬼瓦武装ヘリのローターが火花を散らす。4基のローターを半分にでもしてやれば、さすがに墜ちるだろう。「イヤーッ!イヤーッ!」カカカカ……「イヤーッ!」ヘリから黒い影が回転ジャンプで飛び降りた。

「イヤーッ!」レッドハッグは着地した新手へカタナ攻撃を繰り出す!「イヤーッ!」巨大な鞭状武器がカタナを跳ね返す。「イヤーッ!」レッドハッグはさらなる攻撃を諦め、隣のビルへ飛び移る。忌々しきは鬼瓦武装ヘリ!

 レッドハッグのニューロンが加速し、次に取るべき行動を探す。武装ヘリの銃撃が一瞬止むと、先程の新手がビルの縁に進み出、下のレッドハッグを見下ろし、オジギした。ウェットスーツめいたサイバネ装束を身につけ、上半身は裸。灰色の皮膚。流線型のニンジャヘルム。「ドーモ。ワイバーンです」


3

「ドーモ、ワイバーン=サン。レッドハッグです」レッドハッグはアイサツを返す。「どこのワイバーン=サンだい」「噂に聞く通り、どうやらそこそこやるようだ。レッドハッグ=サン」ワイバーンは拳をゆっくりと握り込んだ。「支払う代償は大きいぞ」「代償も何も」

 レッドハッグはライターを取り出す「狙いはこれかい」「……この期に及んで交渉でもするつもりか」ワイバーンは首を傾げた。レッドハッグは睨んだ。「アンタら、せっかちもいいとこ。悪いけどアタシには何にも話が見えてないんだ」「……それで?」「だからさァ!興味無いッての!」

「……」「このライターはアタシのじゃ無い。すり替わったんだろうね」「フ」ワイバーンは鼻を鳴らした。「それは不運だったな、レッドハッグ=サン」そしてカラテを構えた。「お前自身ではお前の無関係を証明できまい。残念だが、お前は詰みだ。それを預かった時点でな」

「ああ、そうかい」レッドハッグは笑い、ライターをしまった。「それ程の物かい。カネになりそうだね。とりあえずアンタを殺して、このブツの売り込み方を考えるとするかね……」「その皮算用を手土産に死ぬがよかろう」ワイバーンが尻尾状のマニピュレーターを振った。鞭の正体はこれだ。

 ババババ……鬼瓦武装ヘリはホバリングしながら銃口をレッドハッグに向けた。「イヤーッ!」レッドハッグが跳んだ。「イヤーッ!」ワイバーンも同時に動いた。空中でレッドハッグのカタナと尻尾がぶつかり合う。「イヤーッ!」さらにワイバーンが間髪入れず回し蹴りを繰り出す!

「イヤーッ!」レッドハッグは咄嗟に朱塗り鞘を掲げてこの攻撃を防ぐ。二者は互い違いの場所に着地した。BRATATATATAT!そこへ鬼瓦武装ヘリの機銃掃射!「イヤーッ!」レッドハッグは側転を繰り返しこれを避ける!そこへ襲いかかるワイバーン!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」レッドハッグは鞘とカタナをクロスし、サイドキックをガードした。「イヤーッ!」そこへさらに、伸縮性のある尻尾が鞭めいて襲いかかる!尻尾の先端はサソリめいた針状で危険!「イヤーッ!」レッドハッグはバック転でこれを回避!BRATATATAT!そこへ再度の機銃掃射!

「この……」カカカカ!レッドハッグはカタナを打ち振り、致命的な銃弾を弾き返す。幾つかはその身をかすめ、傷つける。「ブッダファック」レッドハッグは毒づいた。「イヤーッ!」ワイバーンが斜めから回し蹴り!回避!さらに尻尾打撃!「イヤーッ!」「ンアーッ!」殴り倒される!

 尻尾がしなり、そのまま刺突攻撃を繰り出す!「イヤーッ!」レッドハッグは横へ転がって回避!一瞬前にその身があったコンクリートを刺突攻撃が粉砕!なんたる恐るべき威力か!さらに、ゴウランガ!突き刺した尻尾を支点に、バネめいてワイバーンが跳躍!不規則軌道を描き、飛び蹴りで襲いかかる!

「イヤーッ!」「ンアーッ!」起き上がりかけたレッドハッグにワイバーンの尻尾を支点とした旋回ドロップキックが直撃!レッドハッグは屋上をゴロゴロと転がる!重いダメージだ!更に機銃掃射、BRATAT……「イヤーッ!」KABOOM!「何?」ワイバーンはヘリが発した衝撃音を振り返った。

 ローターが破砕し黒煙を噴き上げる鬼瓦武装ヘリめがけ、クルクルと回転しながら飛びかかる赤黒い影があった。ワイバーンは咄嗟にバック転からカラテ警戒した。「イヤーッ!」赤黒い影がヘリの直上から、回転力を乗せたカワラ割りパンチを打ち下ろした。「アバーッ!」運転者の悲鳴が漏れ聞こえた。

 赤黒い影は……ニンジャは、キリモミ墜落する鬼瓦武装ヘリから跳躍!「イヤーッ!」屋上へ流麗に着地すると、ワイバーンめがけ威圧的にオジギした。「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」KRA-TOOOM!その背後でヘリが隣接ビルの側面に激突し爆発!逆光が赤黒のシルエットを禍々しく強調!

「事情がありそうだな」ニンジャスレイヤーはレッドハッグを見やる。彼女は口の血を拭い、鞘を杖に起き上がる。「……事情が無いっていう事情がね」「そのライターを此奴らに渡してはならぬ」ニンジャスレイヤーはジュー・ジツを構えた。ワイバーンはアイサツを返す。「ドーモ。ワイバーンです」

「ドーモ。ワイバーン=サン。成る程、アマクダリ・セクト……アクシスのニンジャか」「ご名答だ」ワイバーンは言った。「お前がしゃしゃり出て来るとは」「つまりオヌシの命運は尽きた」ニンジャスレイヤーは無慈悲に言った。「この陰謀もな」「ハハハ!自信たっぷりだな!ロートルめが」

 ワイバーンはせせら笑い、尻尾を打ち振った。「破壊衝動を持て余す時代遅れのテロリストが、セクトを嗅ぎ周り、情報のおこぼれを拾って歩いておると聞く」「その通り。時代遅れのテロリストが、いずれオヌシらの尻尾を掴む」「思い上がりよ。不可能極まる」「オヌシの想像力の程度に興味は無い」

「フン」ワイバーンはニンジャスレイヤーとレッドハッグを交互に見た。「やや多勢か。レッドハッグ=サン。チャンスをやろうか?我々の側に来てニンジャスレイヤー=サンを殺すならば、申し開きを聞いてやってもよい」「ア?」レッドハッグは顔をしかめた「アンタをどうブッ飛ばすか考えてるよ」

「だろうな」ワイバーンは頷いた。ZZZT!その時だ、遠方から飛来した磁力弾丸がニンジャスレイヤーを狙う!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは間一髪でバックフリップ回避!レッドハッグも横跳びに距離を取った。「しばし預ける!」声が遠ざかり、ワイバーンの姿は屋上から消えていた。

「……」ニンジャスレイヤーは砲撃の方角を振り返った。彼のニンジャ視力は遠くのビルの屋上にニンジャの影を認めた。影はひらりと身を躍らせ、消えた。……「続きやるかい」レッドハッグがニンジャスレイヤーに問う。ニンジャスレイヤーはかぶりを振った。彼女は頷いた。「今のはミョルニール」

「サイバネティクスのニンジャだな」「そうね。腕をやってる。わりと名の知れた殺し屋の……ウェーゲホゲホ!」彼女はライターでタバコに火をつけようとした。カチカチと鳴らしたが着火できず、舌打ちした。「で、アンタは何を知ってる?アマクダリって?……このライターは?」

「オヌシのライターはこれだ」ニンジャスレイヤーは懐からクロームのライターを取り出し、示した。「ああ、それだ!」レッドハッグはよこすように手で仕草した。ニンジャスレイヤーは言った。「そちらの手にあるものを渡せば、返そう。それで元通りだ」「そうもいかないね」彼女は腕を組んだ。

「これが?何かの端末だって?」「そうだ」「迷惑な偽装しやがったよ。本当に」「通常のUNIXではアクセスできん。オヌシには価値の無いものだ」「価値?大アリさ」「身に染みてわからなかったか?それをもってアマクダリと取り引きできるとでも?」「それはこれからアタシが決める事さ」

 レッドハッグはニンジャスレイヤーを睨んだ。「いいか?アタシは無関係もいいとこ。家をやられるは、ヘリに撃たれるはで、散々だ。ライター返してお役御免?バカ言っちゃいけない……元は取るよ」「……」ニンジャスレイヤーは彼女自身のライターを懐へしまい直した。「ならば、これもお預けだ」

「返せッて。アタシのなんだから」「ダメだ」ニンジャスレイヤーは無感情に言った。レッドハッグは頭を掻いた。首に巻いた赤い布は風に吹かれて分解し、溶けるように消える。「で、アマクダリ?アマクダリってのがこの端末を探してんのかい」「そのようだな」「アンタには何の関係が?」

「依頼だ。……」ニンジャスレイヤーは一瞬、沈思黙考し、答えた「……よかろう。あくまで降りぬというなら、条件がある。オヌシを私の依頼者の元へ連れてゆく。端末を持つ事は許可する。だが持ち逃げは許可しない」「……ああそう、了解」彼女は肩をすくめた。「ライター返せよ」「まだダメだ」

 

◆◆◆

 

 発端は、町プログラマーのサヌマが受けた、一見なんの変哲もない発注にある。

 サヌマのプログラミング社屋はナバケ・ストリートに建ち並ぶ小規模町プログラミング工場地帯の一角にある。プレハブの粗末な社屋、規模こそ小さいが、精密で確かな仕事が自慢だ。「宇宙コロニー対応のワザマエ」の看板は、宇宙植民が絵空事と成り果てた今でもなお有効だ。

 二体のカニ型マスドロイド、ジミチとハデ。そして社長のサヌマ。二体と一人とで様々なプログラムを組み、大小の企業に納めてきた。健全経営、確かな腕、機密保持。サヌマ・アーキテクト社は小さくも優秀な企業と言えた。

 サヌマが受注したのは大規模工場施設のオペレーション・プログラムであった。途中で要件が変更され、サヌマが全体を開発するのでなく、部門ごとに複数の企業がプログラミングし、それらを組み合わせる方式となった。サヌマはやや首を傾げたが、報酬額が据え置きであったため、仕事の旨味が増した。

 案件の全体像は不透明であり、何を作る工場であるのかもはっきりしない。だがそれがサヌマの仕事に支障を来たすわけではなかった。全体を統括する元請企業の担当者の指示は明瞭で、質問にはすぐに返事が返ってきた。ビッグディールの手応えと快適な環境に、サヌマのタイピング速度は加速した。

 転機をもたらしたのはマスドロイドのジミチだった。統括者から返される圧縮データを解析しながら、ジミチは奇妙なノイズを発するようになった。「罪悪感」。「罪悪感」。「罪悪感」。サヌマの耳には、カニ型マスドロイドが発するノイズがそのように聴き取れた。彼は訝しんだ。

「罪悪感」。「罪悪感」。当初は単なる錯覚、過剰なタイピングによる精神の疲労がもたらした幻聴であろうと彼は考え、睡眠時間を増やした。スケジュールには十分な余裕があった。だが、夜毎繰り返すジミチの言葉は、いよいよもって「罪悪感」としか思えないのだ。

 サヌマは念の為、統括者に問い合わせようと考えかけて……やめた。直感的に、不穏なアトモスフィアを感じ取ったのである。彼はデータを再送してほしい、とだけ依頼した。すると、今度のデータは別のノイズを吐き出した。「相殺」。「相殺」。「相殺」。もはや錯覚ではあり得ぬ。

「相殺」とは何を意味するのか?これは謎かけだ。誰が?何のために?サヌマは日々のプログラミングのかたわら、あれこれ思案した。ある夜、思い立った彼はジミチとハデを向かい合わせ、データを音声に変換して、同時に再生させた。ジミチは「罪悪感」。ハデは「相殺」のデータ。

 すると……おお、なんたることか。対面するマスドロイドの発するノイズはぶつかり合い、相殺されて、その中から新たな言葉が浮かび上がって来たのである。ザリザリ、ヒョロヒョロと鳴るノイズをかきわけ、音声がサヌマの耳に届いた。「……私には、瓶詰めの手紙を送る事しかできない、しかし……」

 サヌマは目を見張った。「……明らかな非人道行為……看過……罪悪感は抑え難く……」サヌマの額を冷や汗が伝い落ちた。「……罪悪感……」

 ノイズ音声は続ける。「非人道的計画……罪悪感……私は胸の内にしまっておく事ができなかった。告発するか、告発しないか、これを受け取り理解した貴方に任せたい。告発……決定的な資料。これから述べるマイコ電熱喫茶のUNIXからアクセスする事が可能……」

 サヌマは薄気味悪いメッセージの扱いに困り、暫くそれを放置していた。数日後、統括者が新任の担当者に取って代わった。前任の者は退職したとの事だった。なにか異様なアトモスフィアであった。それがかえってサヌマを……遠ざけるどころか……動かした。結局サヌマは、ユーレイじみた話に乗った。

 指定の個室UNIXデッキには、あらかじめ専用のツールが仕込まれていた。画面に「取得後すぐ逃走」の文言が表示された時、サヌマの鼓動は倍になった。複雑に偽装されたバックドアを通り、工場施設の発注企業サーバーからデッキに流れ込んで来た断片的な情報が織り合わさって膨大な資料を形作る。

 サヌマは圧縮フロッピーを大切に持ち帰り、自分の社屋で内容を確認した。その時はまだ、スパイめいた高揚感があった。……工場施設が建設されるのはネオサイタマ校外、北東部のカナリーヴィル。特にこれといった産業をもたぬ零細自治体であり、サヌマもその村の名を知らなかった。

 おそらく村の関係者は工場施設建設を歓迎した事だろう。ビッグディールだ。資料は前任の統括者が流出させたものである事は間違いない。全体をある程度掴んだ者による情報なのだ。少なくとも、これが何を作る工場なのか、明らかにされていた。……新型のロケットである。

 精密な軌道計算と環境計算、軌道修正をスムーズに行う為の何らかの人工知能を備え、聞き慣れぬ物質を推進剤に用いた大型のロケット。「まるで宇宙時代だ。何だこれは」サヌマは呻いた。だが、なぜそんなものを作る?そして、罪悪感?非人道とは?

 更に奥底に格納されたデータがそれを示唆する。このロケットに用いられる新型のコンポジット推進剤……フォーダマ・バヤシノ社の商標……キョート、アンダーガイオン低層のプラントにおいて、大規模な汚染と千人規模の健康被害を引き起こした疑い……。土壌の有毒地底ガスとして事実を歪曲……。

「これをその、どっかの、何とかいう村で?国を変えて?」サヌマは蒼ざめた。「住人は?……畜生、何で俺なんかに知らせたんだよ!」彼は震える拳を机に叩きつけた。善良なサヌマの心中を後悔が満たす。もはや彼は知ってしまった。 十字架を背負って生きるか、危険なお節介をするか、二つに一つ。

 そんな彼を見透かすかのようにUNIXがアラートを鳴らす。「ポート強制解放な」の文字が点滅した。ザリザリ……ヒョロロー!二体のマスドロイドが歌い出した。「畜生!」サヌマは二体を向かい合わせた。逆位相のノイズの相殺。音声が浮かび上がる。画面には「生」の表示。『……見ましたね……』

「アンタ、アンタが流したのか、これを」サヌマは震え声で呟いた。そしてタイピングした。「カベヤ=サンですか」カベヤは前任の統括者の名だ。『……ドーモ。カベヤです。今は、専用の直通回線を開いています。外に漏れる事は無い。サヌマ=サンですね。ありがとうございます……』

「なぜこんなものを流したのですか」『罪悪感です。わかってほしい』「私を巻き込まないで欲しかった」『否、受注したその時からあなたは渦中だ。申し訳ありませんが』「貴方はカイシャを辞めたのですね?今どこに」『言えません。隠れています。だが、なるべく早く貴方と待ち合わせる必要がある』

「この資料をどうしろと言うのですか」『説得材料です。貴方にも罪悪感を持って欲しかった。告発にはその資料ではまだ足りない。政治的な内容が必要だ。工場施設が引き起こす、推進剤合成や実験に伴う土壌汚染と住人の大規模健康被害。自治体はそれを知った上で招致を行った。その記録が有ります』

「自治体が承知済」『そうです。村長や自治体執行部は土地を捨て去り、暖かい一等地で余生を過ごす』「記録があるのですか?」『あります。企業と執行部の密約の記録。私の手元に有ります。盗み出しました。これを然るべき方法で世に送り出せば、巨大なスキャンダルです。悲劇は阻止できる』

「どうすれば」『私一人では無理です。どうか助けて欲しい。今から集合ポイント情報を10箇所送ります。時間帯ごとに場所を移します。よろしくお願いします』……有無を言わさず、データの受信が始まった。サヌマは溜息をつき、パンチシートに情報をプリントアウトした。

 その約5秒後、液晶モニタに「検知」「天下網」のカンジが大きく表示され、一瞬で消えた。警告表示めいていた。

 ……「……」サヌマは仮眠から覚め、ソファーから起き上がった。ブラインドを薄く明けてストリートの様子を窺い、また戻した。サヌマはあの後ばたばたと準備し、ほとんど着の身着のままで社屋を飛び出した。カベヤとはうらぶれたバイオ釣り堀で顔を合わせた。無精髭を生やし、生気の無い男だった。

 カベヤはクロームのケースに封じ込められた情報端末を示した。データ読み出しに対応する機器が少なく、ハード的なプロテクトとなっている。「弁護士にもアテがある。慎重にやりましょう」立ち寄ったカフェで、カベヤは熱病めいて説明した。そのあと彼はトイレに立ち、悲鳴を残して、いなくなった。

 それはほんの数十分の邂逅であり、後には困惑したサヌマ一人が残された……全てを背負わされ、ナムアミダブツ……ニンジャとヤクザに包囲された状態で。暗黒非合法探偵がそこへ偶然に割って入り、そのニンジャを殺さねば、その時にサヌマは死んでいただろう。カベヤは路上で死んだ。

「……何でこんな事に」サヌマはもの思いを中断し、瓶入りのケモビールを呷った。彼は室内を歩き回った。……ドンドン。金属扉が鳴らされた。サヌマは飛び上がった。……ドンドン。ドンドン。

 サヌマは蒼ざめた。探偵と取り決めたノック方法と違う。「配達ですよ。間違えたかな?」外で声が聴こえる。「モシモシ!?」ドンドン。……ドンドン。なんてうるさいんだ!周囲に訝しまれる。誤配送を指摘すべきか?否!否!ニンジャを侮るな、と探偵は言った。最悪の事態を想定せよ!

 探偵はあの時、ニンジャの痕跡を追跡し、あの場に至ったのだという。ニンジャ!恐怖そのもののような存在だ。サヌマはそれまで、ニンジャになど一生縁が無いと考えていた。だが、彼はその目でニンジャのイクサを見てしまった。常識などもはや用済みだ。探偵に従い、生き延びねば!

 サヌマは慌ててリュックサックを背負い、ブラインドをかき分け、窓ガラスを開け放った。ここは四階である。路地裏の薄汚れたアスファルト。路上のサラリマン達がサヌマを見上げる。サラリマン?バカな!あれはヤクザだ!そして、「もう開けちゃいますね?」ドアの外の声が宣言!ナムサン!

「と……と……跳ぶ」サヌマはガチガチと歯を鳴らした。四階の高さ!脚が折れるのでは?更に、路上のヤクザ達が明らかに彼の事を指差したり、互いに呼び合ったりして、集まって来ていないか?……ガァン!ガァン!ドアが音を立ててひしゃげる!「アイエエエ!」「跳べ!」その時、決断的な声!

「ナムアミダブツ!」サヌマは目をつぶり、ヤクザが待ち受ける下へ身を躍らせた。「アイエエエ!」……「Wasshoi!」何かがサヌマの身体を空中で抱えた。重力が消失したように思った。サヌマは目を開けた。「……アイエエエエ!?」

 サヌマを抱えた赤黒装束のニンジャは……探偵は……ニンジャスレイヤーは、そのままベランダを、隣接ビルの壁を蹴って上昇!「上だ!」「上に逃げた!」「ニンジャ!」「ニンジャ乱入!」下ではヤクザ達が口々に叫ぶ!

 ……「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは潜伏雑居ビルの屋上よりも高く跳び上がると、サヌマの身体を投げつけた。「アイエエエエ!?」「ちょっと!」屋上に待ち構えたレッドハッグが、困惑しながらサヌマの身体をキャッチする!ニンジャスレイヤーはそのまま空中でキリモミ回転を開始!

「スッゾ!」「スッゾ!」「スッゾ!」「スッゾ!」「スッゾコラー!」屋上の奥側を次々にアサルトヤクザが這い上がって来る!ニンジャスレイヤーは空中キリモミ回転の中から……無数のスリケンを放つ!「イヤーッ!」ヘルタツマキ!「「「「「グワーッ!」」」」」

「どうすンのさ!」レッドハッグはサヌマを抱え忌々しげに問う。ニンジャスレイヤーは着地し、振り返らず答えた「依頼者だ。降ろすな。場所を変える」「アーそう。アタシが運ぶのかよ!アンタは……」「イヤーッ!」屋上奥側から回転ジャンプでエントリーしてきた新手ニンジャがその答えになった。

「ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン。ミョルニールです」ニンジャは着地と同時にアイサツした。「ドーモ。ミョルニール=サン。ニンジャスレイヤーです」ニンジャスレイヤーもアイサツを返した。互いにカラテを構える。視線の火花が散る。「出発だ」ニンジャスレイヤーはレッドハッグに言った。


4

「イヤーッ!」「アイエエエ!」レッドハッグはサヌマを摑んだまま、屋上から飛び降りた。ミョルニールとニンジャスレイヤーは互いにカラテ警戒し睨み合う。ミョルニールの左腕は唸るようなモーター音を発し、LEDを不穏に明滅させている。「俺は遠近両用だ」ミョルニールが呟き、拳を開閉した。

「来い」ニンジャスレイヤーは手招きした。「オヌシらの目当ての情報端末がどんどん遠ざかるぞ」「どのみち貴様らに逃げ道など無し」ミョルニールは言った。「セクトのオーバーウェルミングな武力により各個撃破される定めよ。まずは貴様だニンジャスレイヤー=サン!」踏み込む!「イヤーッ!」

 左拳のフックがニンジャスレイヤーに襲いかかる!ブレーサー(手首装甲)で受けるか?否。彼のニンジャ第六感が警鐘を鳴らす。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは側転回避!ZAPZAPZAP!ミョルニールの拳が青白い雷光を周囲に放つ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは更に回転跳躍し回避!

 実際この拳を通常ガードしようものなら、電撃攻撃によって隙をさらし、次なる致命的打撃の呼び水となったのは必定!側転回避は的確な判断であった。「さすがだニンジャスレイヤー=サン!だが……」拳からランダムな軌道で放たれる電光の鞭が反撃を封じる!「近づいてよいのは俺が許可した時のみ!」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは牽制のスリケンを二枚投げ放った。稲妻がそれらを迎撃し破壊!その下から、身を沈めたミョルニールが驚くべき速度でタックルを繰り出す!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは肩を摑まれるが、危ういところでタックルをカット!

「イヤーッ!」振り向きながらの蹴りがニンジャスレイヤーの背中を襲う!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは前転回避!「イヤーッ!」そこへ俊敏に飛びかかるミョルニール!ハンマーめいて拳を打ち下ろす!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは振り向きざまに斜め45度ポムポムパンチで迎撃!

「イヤーッ!」二者の拳がかち合う!ZAPZAPZAP!「グワーッ!」拳から再び電光が放たれ、ニンジャスレイヤーの装束が煙を吹いた。「イヤーッ!」ミョルニールが空中で身を捻り、さらに踵落しを繰り出す!「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの肩を直撃!

「イヤーッ!」反撃を空中バックフリップで回避するとミョルニールは余裕めいて着地、カラテを構え直す。「ヌゥーッ!」ニンジャスレイヤーは肩を押さえた。ミョルニールは笑う「電撃を警戒しようが、すまいが、関係無し。わかっていても避けられんのが、一流の攻め手よ」「同感だ」「減らず口を!」

 ……一方、落下したレッドハッグは、真下の路上でエンジンをふかしたまま停止していたヤクザオートバイのシートに直接に着地した。「スッゾオラー!?」建物を包囲していたアサルトヤクザのものだ!BANG!BANGBANG!ヤクザ達は手に手にチャカ・ガンを構え発砲を開始!

 ギャルギャルギャル!レッドハッグはオートバイの後輪を思い切りスピンさせる!アスファルトをタイヤが擦り、火を吹く!「アイエエエ!」タンデム状態のサヌマが絶叫し、レッドハッグの腰にしがみつく!「ザッケンナコラー!」BANGBANG!「イヤーッ!」フルスロットル逃走!

「チェラッコラー!」次々にヤクザライダー達が追跡にかかる!ヤクザライダー達は「悪さ」とペイントされた恐ろしいフルフェイスヘルメットに黒スーツという出で立ち。走りながら道路にカタナをぶつけて威嚇的に火花を散らす。レッドハッグは振り返り、舌打ちした。「で?どこに行くのさ」

「アイエエエエ!貴方、味方なんだね?」「アンタが判断しな!」「わ……わかった!情報端末は失くしていないね?」「いないよ!畜生!」ギャギャギャギャ!無茶な切り返しで立体交差路の下の道路へ飛び降りる!「アイエエエエ!……つまりだね、情報端末の内容を読み出さないといけないんだ」

「どこで!」「そう、問題はそれです!このフォーマットはかつて規格競争に破れた大昔のハードウェアを敢えて使っている……そこらのUNIXじゃダメなんだ」「だから、どこで!」「スッゾオラー!」次々にヤクザライダーが後を追って飛び出してくる。一台が着地に失敗し爆発炎上!「アバーッ!」

「トコシマ地区にデータ博物館というランドマークがあります。マニア的なカネモチが己のコレクションを開陳する為に建てたんですが……」「イヤーッ!」レッドハッグは後ろ手にスリケン投擲!「グワーッ!」先頭のヤクザライダーが脳天を破壊され即死スピン!「そこなら端末の内容を吸い出せる筈」

「違法にやるッて事かい。勝手に使って?」「多分そうなります」「まあいいさ」「ザッケンナコラー!」追いついたヤクザライダーがカタナを振り上げる!レッドハッグは速度を落として一気に斜め後ろを取り、攻撃を回避!さらに再加速しながら斬りつける!「イヤーッ!」「グワーッ!」首切断殺!

「トコシマ区ね……トコシマ……やれやれ。そう遠くない」爆発を背後に、レッドハッグはさらに加速。「アンタ、襲ってきている連中が何なのか、わかる?」「アマクダリ・セクトだそうです。ご存知で?」「つまり、ありゃ何なんだい」「ニンジャスレイヤー=サンは組織について調べておられると」

「ブラザーフッド……ソウカイヤ……アマクダリ・セクト……ンーッ!」レッドハッグは首を振った。「……後回しだ!」考えるのは苦手なのだ。「前を!空を!」サヌマが叫び、指差した。「あれはなんです!」「ハン?アタシに訊くなよ……」レッドハッグは目を細めた。鳥?コウモリ?黒い。大きい。

 グライダーめいて黒い翼を拡げ、滑空するそれは、明らかにレッドハッグのオートバイと速度をシンクロさせ、高度を徐々に下げ……「何だ」「スッゾオラー!」ヤクザライダーが追いすがる!レッドハッグは舌打ちし、ドリフトUターンすると、後続二台と交差しざまにカタナを振り抜く!「イヤーッ!」

「「グワーッ!」」ヤクザライダー二台同時首切断殺!これで差し当たっての追っ手は全滅……否!レッドハッグは首筋に寒気を覚え、反射的に空を見上げた。ゴウ!風音を唸らせ、空からの来襲者は巨大鳥の威嚇行為めいて黒い翼を拡げ、ホバリングした。奇怪!「な……」

「イヤーッ!」黒い竜は抱えていたものを投げるように放った。丸く身を縮めていたそれは回転しながらレッドハッグの目の前に着地、仰け反るように身体を伸ばす。……ワイバーン!では空の竜は?注視する間もあらばこそ、黒い翼は霧めいて拡散、上空を旋回。切り離された本体が着地し、膝をつく。

「ドーモ。レッドハッグ=サン。ワイバーンです」巨大な尻尾が鞭めいてアスファルトを叩く。その斜め後方、黒く沸騰する不気味な竜人めいた存在が続けてアイサツした。「……ドーモ。レッドハッグ=サン。シャドウドラゴンです」

「アイエエエ!」サヌマが絶叫した。「シャドウドラゴン=サン?またぞろアマクダリのニンジャかい……」レッドハッグはオートバイを再発進させようとした。唸る。だが動かない。レッドハッグは眉根を寄せた。彼女はかろうじて、オートバイの影に溶ける黒い霧を視認した。先程まで翼だったものだ。

「ア、アア、ア、ア」サヌマが震え出した。「イヤーッ!」レッドハッグは直感的な危機を察知し、オートバイから回転ジャンプで逃れた。バイクは既にその下半分が胡乱な影に覆われている。「アアアア」サヌマが痙攣し泡を吹く。着地するレッドハッグにワイバーンが襲いかかる。「イヤーッ!」

「イヤーッ!」レッドハッグは朱塗り鞘を咄嗟に掲げ、ワイバーンの尻尾打撃を受けた。ワイバーンはバック転で間合いを取る。彼女はカタナによる反撃を見送った。不気味なシャドウドラゴンがフリーだからだ。このニンジャは何をしてくるのか?「SHHH……」竜頭が牙の隙間から黒い煙を漏らす。

「アンタもたいがいしつこいね、ワイバーン=サン」レッドハッグは睨んだ。覆面めいた赤布が生成されてゆく。「しつこい?」ワイバーンは首を傾げて見せる。「これが兵法だ。有利な戦況で仕切り直す。分断し各個撃破」「お友達を呼んで自信たっぷりだね」「一方、貴様にあの邪魔者の助けは無い」

「ア、アア、ア……タノム」サヌマが震えながらレッドハッグに顔を向けた。「頼む……あなた、頼む」「シャドウピン・ジツ。この者を殺しはしません」シャドウドラゴンがくぐもった低音で説明した。微かにエコーめいたエフェクトがかかっている。「貴方がたを尋問します」「ご苦労なこったねェ」

「一気に片付けるぞ!シャドウドラゴン=サン」「それは対象の捕縛を意味しますね?」謎めいて問う。「ああ、それでいい」「それでいい?命令を違えないように」「アイ、アイ、アイ」ワイバーンが煩そうに頷く。「……」レッドハッグは訝しんだ。何者だ?しかし、とにかくここを切り抜けねば……。

「頼む、タノム、どうにか、あなた、だけ、でも」サヌマが白目を剥いた。レッドハッグは目を細めた。ワイバーンが跳躍した。さらにシャドウドラゴンが……

 

◆◆◆

 

「イヤーッ!」ZAPZAPZAP!ミョルニールの拳から稲妻が枝葉を拡げ、ニンジャスレイヤーに襲いかかる。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは高く跳んで感電を避け、下めがけスリケンを連続投擲した。「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「イヤーッ!」ミョルニールの稲妻がスリケンを迎撃!

「何度やっても同じ事」ミョルニールが言い放った。「貴様の実力はその程度ではあるまい。偉そうな事を言っておきながら己は時間稼ぎか?」「イヤーッ!」着地しながら再度のスリケン投擲!「くどい!イヤーッ!」ミョルニールはそれを指先で挟みとって止め、投げ返す!「イヤーッ!」

 接近しつつキリモミ回転して身を沈め、飛来するスリケンを避けたニンジャスレイヤーは、その勢いで中段回し蹴りを繰り出した。「イヤーッ!」ミョルニールは半身になってこれを避け、蹴り返す。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはブリッジで蹴りを回避、バックフリップを繰り出す!「イヤーッ!」

「イヤーッ!イヤーッ!」ミョルニールの頭上間近で宙返りしながら、ニンジャスレイヤーは二連続の逆さ蹴りを繰り出す!ジュー・ジツの高難度アーツ、カマキリケンだ!だがミョルニールは的確な腕さばきでこれを受け流しノーダメージ!ミョルニールは至近膝蹴りを繰り出す!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」「……グワーッ!?」ミョルニールが呻き、怯んだ。何事か?むしろ押されていたのはニンジャスレイヤーでは?見よ!ニンジャスレイヤーは右手一本で逆立ちしていた。否!単なる片手逆立ちではない。左手で膝蹴りを受け流し、右手は……ミョルニールの足の甲に突き刺さっている!

 なんたる天地逆さインシデントか?「ヌウーッ!」足の甲の骨を粉砕されたミョルニールはニンジャアドレナリンを分泌し、激烈な痛みに耐える。だがニンジャスレイヤーの攻撃は終わっていない!左手でミョルニールの腿を押さえ、逆さ蹴りを再度繰り出す!「イヤーッ!」「グワーッ!?」

 ミョルニールの側頭部に今度こそ蹴りが叩き込まれた。執拗!カマキリケンを起点とした、粘りつくような厄介な連携である。「離れろーッ!」ミョルニールの左腕が稲妻を放つ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはブリッジからバック転を繰り出し間合いを取る。背中を稲妻が焼くが、耐える!

 ニンジャスレイヤーはさらに回転ジャンプし、隣接ビルの屋上へ着地した。共に手負い!片膝をついたニンジャスレイヤーの背中は痛々しく装束が裂けている。すぐに赤黒い血が背中を覆い、装束が再生するが、身体の傷の再生は追いつかないだろう。そして一方のミョルニールは左足を破壊されている。

「……」やおらニンジャスレイヤーは踵を返し、駆け出す!(((逃走?この程度で俺を足止めしたつもりか?愚かな)))ミョルニールは中腰姿勢で左腕をかざす。手首から先がパージされ、蒸気を吹きながら左肘先がサイバネ展開する。キューン!機械音と共に現れたるは、小型磁力弾丸射出銃!

 ココココ……LEDが点灯し、電力エネルギーの充填を伝える。ミョルニールはニンジャスレイヤーの背中めがけ、「ホノオ……」その瞬間!「イヤーッ!」走り去るニンジャスレイヤーは突如として前転!BOOOM!直後、ミョルニールの磁力弾が射出される!……KABOOOM!「グワーッ!?」

 ALAS!爆発したのはミョルニールの左腕だ!何が起きたか?見よ!ニンジャスレイヤーは前転しながら後方のミョルニールめがけ、正確無比な軌道でスリケンを投げていた!前転の最中、上下逆さで後ろを向く瞬間に……投げたのだ!磁力弾丸とスリケンはワン・インチのスレスレを互いに交差した!

 その時既にニンジャスレイヤーは前転からのセットプレーめいて膝を抱え、回転ジャンプを繰り出していた。真下の空気を裂いて磁力弾が通過した。一方のミョルニールは射撃姿勢のまま、まさかそのような正確無比な反撃が襲いくるとは想定せずにいた。否、想定できていたとして、手負いの足では……!

「想定しようと。すまいと。避けられん」ニンジャスレイヤーは着地と同時に振り返る。「グワーッ!」ミョルニールは左腕から炎を吹き上げ苦悶する。ニンジャスレイヤーはさらなるスリケン投擲の予備動作を取っていた。腕を大きく後ろへ振りかぶると、上半身の筋肉が装束越しに縄めいて浮き上がる。

 ゴウランガ!この構えこそは、奥義ツヨイ・スリケン!今まで幾人ものニンジャを葬ってきた無慈悲な処刑ムーブメントが紐解かれる!「ハイクを詠め……ミョルニール=サン!」ニンジャスレイヤーの目が赤黒く燃え上がった!

 ミョルニールはもがいた。そしてもはや進退極まった事を自覚した。「イクサに生き/イクサに死ぬ/悔いはない」彼はハイクを詠んだ。ドウ!左腕の排熱機構から更に発火!「グワーッ!」「イヤーッ!」ツヨイ・スリケンが飛来!胸部を吹き飛ばす!「サヨナラ!」ミョルニールは爆発四散した!

「スゥーッ……ハァーッ」ニンジャスレイヤーはザンシンののち、深くチャドー呼吸した。傷の回復を早め、続くイクサに備えねばならない。……十数秒の待機ののち、彼はIRC端末を取り出し、レッドハッグ達の位置情報を確認しようとした。その目が見開かれた。

 

◆◆◆

 

「オラララー、オーウエー、アワワワオワー!」「アワワワオワー!」「アワワワオワー!」スクーターが二台、古ぼけたビルとビルの間の路地裏から這い出し、蛇行しながらゆっくりと進む。それぞれのスクーターには若いパンクスが二人ずつまたがり、ガラガラ声で歌っているのだ。

「オラララー、オーウエー、アワワワオワー!」「アワワワオワー!」「アワワワオワー!」二台のスクーターは蛇行しながらゆっくりと進む。ゴミ溜めの陰をバイオネズミが走り去る。「あのよう」「あン?」「この後どうする?どこ行く?」「そんな未来の事はわかンねえ!」「……だよな!」

 計四人のパンクスの髪型は、トロージャン、チョンマゲ、モヒカン、ウニパンクヘアーである。それぞれのファッションは、「忘れ物」と手書きで書かれたシャツ、革ジャン、ズボンに首穴を開けた改造衣類、メイルストローム柄の3DTシャツと雑多だ。

「おいあれ見ろよ」「ドリンク無いか」「ネズミと目があった」「おいあれ見ろよ」「さっき何食った?」「大昔じゃん!」「おいあれ見ろよ」「え?」「見ろ!女!」「え?」「あれ女だろ!」「死んでる!」「死んでない!」「俺はなあ!ノーカジュアルセックス、ノー……エート……」「見ろ!」

「え……待て待て」トロージャンはスクーターを停め、飛び降りた。スクーターが転倒しチョンマゲがもろともに倒れた。「グワーッ!」「本当、女だってば」モヒカンもスクーターを停めた。ウニパンクヘアーが先に飛び降りた。モヒカンはスクーターもろとも倒れた。「グワーッ!」「マジだ」

「女だ……」「ヤバイよ」「ヤクザ?」「かもな」「ヤクザトラップ?」トロージャンがスタンジュッテを構えて周囲を警戒した。「誰もいねえ」「ネズミと目があった」「エーッ!これ、この人」ウニパンクヘアーが素っ頓狂な大声を出した。「マブ姉さんじゃん!」「エ?」「知ってんの?」「マブ?」

「オイオイオイオイ……」ウニパンクヘアーが女をゴミ溜めの中から引き摺り出した。「なんで死んじゃったンだよォ!」「エ?」「知り合い?」「肉親?」「ワイフ?」「ゲイシャ?」「姉さんよォ!」ウニパンクヘアー青年は跪いた。女の青ざめた唇を見て涙を浮かべた。「ちょっとォ!」体を揺する。

「知り合い?」「エ?」「とにかく酔いが覚めた」ウニパンクヘアー青年はブツブツ呟いた。「心臓マッサージすれば?」とモヒカン。「それだ」とチョンマゲ。ウニパンクヘアー青年は手を伸ばす。その手首を女の手がマンリキめいて摑んだ。「アイエエエ?」女の目がカッと開いた。「アイエエエエ!」

「アンタさァ」女が枯れた声を出した。「ハイ」ウニパンクヘアー青年は反射的に返事した。後ずさろうとしたが、握力が凄まじく、離れられない。「今何時」「エッ?時計?」「ゾンビ?」「ヤクザトラップ?」他の三人は遠巻きに様子を見る。女はバネ仕掛けめいて上体を起こした。「アイエエエ!」

 ウニパンクヘアー青年は引き摺り倒され、無様にゴミ溜めを舐めた。「グワーッ!?」「ちッくしょう!」女は獰猛に歯を剥き出し、唸った。起き上がり、己の身体のあちこちを叩く。そして懐からライターを取り出した。「あった!」そして朱塗りの鞘に触れた。カタナの柄に触れた。「あった!畜生!」

「ウェーゲホゲホ!」「お姉さん」ウニパンクヘアー青年が顔をゴミ溜めから剥がした。「お姉さんダイッジョブ?」「……みたいだね」彼女は左の肋を押さえ、顔をしかめた。「落ちた時か」「ダイッジョブ?」「ああ、それくらい。あのオッさん死んだかな……」「ダイッジョブ?」「ああ畜生!」

 彼女は直近の記憶を手繰り、顔をしかめた。「ゲホゲホ!まあいいさ、多勢に無勢、ノーカウントだ」「ダイッジョブ?何の事……」「アンタ、足ある?」「足……?」ウニパンクヘアー青年は仲間を振り返った。彼らは不安げに視線を交わした。女は言った「まだ時間はたいして経ってない……」

「足……スクーター……とか?」ウニパンクヘアー青年は不安げに呟いた。女は頭を掻いた「スクーター、それ!そういうのだよ!……ところでアンタさァ!」「ハイ」「どッかで会った事無いか?気のせい?」


5

 リムジン車内の天井には雄々しき書体で「天下」とショドーされ、車内ボンボリは宝石めいて美しい。紺色のソファー、向き合うように座るは、シャドウドラゴンとワイバーン。ワイバーンの両脇にオイラン。後ろ手に縛られ、うつ伏せに倒されているのはサヌマ。意識はあるが目は虚ろで、涎を垂らす。

「ダメドスエ」「口移しで食べてネ」左右からワイバーンにしなだれかかるオイランは競い合うように嬌声をあげ、主の気を引こうとする。ワイバーンはそれを無視するが、満更でもない様子だ。どっかと開いた足の間からバイオサイバネティクス尻尾が伸び、ゆらゆらと揺れている。

「腿を揉め」「ウフフ!」両脇のオイランはワイバーンの筋肉の塊めいた腿のマッサージを始める。ワイバーンは腕組みして座る向かいのシャドウドラゴンに水を向ける。「不快かね?マジメ殿」「不快?好きになされよ。オイラン使用を制限する指示は出ておりません」「……フン」不服げに鼻を鳴らす。

 向かい合うニンジャはともに竜めいた異形であり、特にシャドウドラゴンは輪郭を絶えず沸騰させる黒い影であるが、よく訓練されたオイランは恐怖に叫んだりはしない。それをすれば己のキャリア、ひいては生命に関して、実際かなり不利益である事が身に染みてわかっているのだ。

「アー……」サヌマが呻いた。濁った目がワイバーンを見上げる。ワイバーンの尻尾が動き、毒液をたたえた先端部が眉間に狙いを定める。「それ以上の投与は不要です」シャドウドラゴンが注意した。「わかっておる」ワイバーンは両脇のオイランの豊満な胸を揉み、せせら笑った「元気か?サヌマ=サン」

「アー……わかりません」「で、あろうな」ワイバーンは言った「サイコ毒素のその酩酊感を好む愚か者もおるぞ」「アー……わかりません」「で、あろうな」「ウフフ!」オイランが笑う。「アー」「始めるか。貴様の後ろ盾のニンジャは何人だ。ニンジャスレイヤー=サン、レッドハッグ=サン、他には」

「アー……その二人のみです」サヌマは呟いた。「本当だな」「アー……本当です」「なぜカベヤ=サンに加担した」「アー……頼まれました……自分から手を貸したのではない……」「他に協力者は」「アー……私は知らない……」「フン」ワイバーンは頷いた。

「カベヤ=サンは貴様に資料を送ったな?」「アー……それは社屋の地下室に……金庫に隠してあります……」「金庫のダイヤルは」「アー……」サヌマは七桁の数字を呟く。ワイバーンがシャドウドラゴンを見た。シャドウドラゴンは頷き、小型端末で指示を送信した。

「情報端末はどこでデータを吸い出す」「アー……トコシマ……データ博物館で……」「あの女は訪れるか?」「アー……わかりません……アー……でも……来るのでは……」「どのみち、追跡させればよい」ワイバーンはシャドウドラゴンに言った。シャドウドラゴンは無言で頷く。「質問を続ける」

「アー……」「イッキ・ウチコワシの関与は無いか」「アー……ありません……」ワイバーンはシャドウドラゴンに言った「ならば、博物館でケリをつければ、終わりだ。ニンジャスレイヤーの奴も……」「たった今、報告が。ミョルニール=サンが殺されました」「フン。ウカツをしたか」

 ワイバーンはサヌマの頭を軽く蹴った。「サヌマ=サン。貴様の位置情報をニンジャスレイヤー=サンは共有しているか?」「アー……しています」「ならば遅かれ早かれ現れるか。貴様にはもう少し使い道がある」「敵を排除したのち、再度、念入りにインタビューします」「ああ、念入りにな、何だ?」

 ワイバーンとシャドウドラゴンは接近するニンジャソウルの暴威を感じ取り、同時に後方を向いた。「アレー!」オイランがソファーに倒れ伏した。後部モニタの粗い映像に、爆発炎上する後続ヤクザモービルが……「イヤーッ!」シャドウドラゴンが垂直跳躍!リムジン天井を破壊し飛び出す!

「SHHHH!」シャドウドラゴンの背に影の翼が生え、道路上空を旋回する。「アバーッ!」さらにヤクザモービルが爆発炎上!その炎と黒煙の中から弾丸めいて飛び出したモーターサイクル有り!見よ、獣じみた唸りと共に現れた美しく無慈悲な黒鋼のシルエットを!それにまたがる赤黒のニンジャを!

 ゴアアアア!凶暴な排気音と共に接地した黒い殺戮機械は、転倒したヤクザオートバイを乗り手もろともに轢き潰す!ゴアアアア!残骸を後ろへ跳ね飛ばしながら更に加速するそれこそ、ニンジャスレイヤーの愛機!改善を繰り返した1330CCインテリジェント・モーターサイクル、アイアンオトメだ!

「スッゾ!」「スッゾ!」「スッゾコラー!」ヤクザオートバイが包囲するように展開し、ライダーが一斉にカタナを抜き放つ。ニンジャスレイヤーは眉一つ動かさず手元パネルを操作。液晶に「大人女」「我思う」の表示が灯る。「チェラッコラー!」襲いかかるヤクザライダーカタナ!「イヤーッ!」

 ニンジャスレイヤーはアイアンオトメから瞬時に跳躍し、カタナを上に回避した。アイアンオトメはグリップを失する事なく見事に走行を継続する。なんたるインテリジェントな自律走行か!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはヤクザライダーの脳天にストンピング着地!「グワーッ!」

「イヤーッ!」ヤクザライダーの脳天を破砕しながら別のヤクザライダーをスリケン殺!「ザッケンナコラー!」「イヤーッ!」「グワーッ!」果敢に斬りかかるヤクザライダーを上昇飛び蹴りで蹴り殺し、空中回転!「イヤーッ!」上空のシャドウドラゴンめがけスリケンを投擲!

「SSHHHHH」シャドウドラゴンは黒い翼を羽ばたかせ、スリケンを回避!曇天に雷鳴が轟く!「イヤーッ!」穴の空いたリムジンからワイバーンが飛び出し、天井に立った。蛇行するリムジン上でカラテを構え、自律走行アイアンオトメのシートに着地したニンジャスレイヤーを睨む。「来たな!」

 鋭い軌跡を描いて前方の移動式シュライン・トレーラーの屋根瓦に着地したシャドウドラゴンは、ニンジャスレイヤーめがけアイサツした。「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。シャドウドラゴンです」「ドーモ。ワイバーンです」「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」ガガガガガ!稲妻が空を割る!

 ニンジャスレイヤーは雷雨の中で状況判断する。サヌマはワイバーンが立つリムジンの中だ。生死は不明だが少なくともそこに身柄がある。ワイバーンのワザマエは如何程か。アマクダリ・アクシスはセクト直轄の集団であり、既存組織をフランチャイズした衛星組織の玉石混交のニンジャとはモノが違う。

 そして、シュライン・トレーラー上のシャドウドラゴン。ザイバツ・シャドーギルドのニンジャであった彼が己のソウルに呑まれ堕落したのち、いかなる経緯でアマクダリ・セクトに身を置いたか。知る由もない。ニンジャスレイヤーとアマクダリにおけるシャドウドラゴンは既に数度のイクサを経ている。

 セクトの相当な深奥に身を置いていると思しき彼はニンジャスレイヤーにとって重点尋問対象だが、専ら後方支援に徹し、白兵戦に出る事は稀だ。背中の巨大な翼はそれ自体が追尾性のシャドウピン・ジツであり、飛行能力と引き換えに厄介な飛び道具となる。口から吐く影のブレスも驚異だ。

「アクシスのニンジャに加え、オヌシが出て来たか。ロケット工場とやらが余程重要と見える」ニンジャスレイヤーはフットレスト上で直立し、言い放つ「何が狙いだ」「当然、答える必要無し。計画は止まらぬ。貴様の妨害も無駄だ」「毎度毎度、尻尾を巻いて逃げるしか能の無いニンジャめ。笑止」

「作戦遂行上、私が貴様と死力を尽くして戦う事にさほど意味は無い」シャドウドラゴンは淡々と言った。ニンジャスレイヤーは目を細めた。「オヌシのごとき物言いをする手合いは過去にも存在した。オムラのロボ・ニンジャどもだ」「無意味な発言だ。……仕掛けましょうワイバーン=サン」

 ガガガガガ!稲妻が閃いた。「イヤーッ!」ワイバーンが跳んだ!空中で回転し、鞭めいてバイオサイバネティクス尻尾を振り下ろす!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは裏拳でこれを弾き返し、アイアンオトメの機首を振った。車線変更前のアスファルトに追尾シャドウピンが炸裂した。アブナイ!

「ハーッ!」弾かれたワイバーンはクルクルと跳び、今度は通過する標識に尻尾を巻きつけた。ゴム紐めいて反動力をつけ、ニンジャスレイヤーめがけ高速で跳ね返り飛ぶ!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはアイアンオトメから飛び離れ、ワイバーンのクロスチョップを蹴りで受ける!

 もう一つの追尾性シャドウピンがすかさずトレーラー荷台上のニンジャスレイヤーに襲いかかる。「イヤーッ!」アブナイ!側転回避!「ザッケンナコラー!」トレーラーが合成ヤクザクラクションを鳴らし、蛇行した。次々にヤクザオートバイが対向車線から中央分離帯を跳び越えエントリーして来る!

 ヤクザライダー達はサブマシンガンで武装!ニンジャスレイヤーを照準する!「イヤーッ!イヤーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーはヤクザライダーにスリケンを投げ、殺してゆく!生き残りが果敢に銃撃開始!TATATAT!「イヤーッ!」さらにワイバーンが飛び移ってくる!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはチョップを繰り出す。ワイバーンは同じくチョップでこれを相殺、蹴りを放つ!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは片脚を上げて蹴りを受け、ショートフックを放つ!「イヤーッ!」ワイバーンの上半身が斜めにずれる!回避!何たる非人間的柔軟性!

「ヌウッ……」「イヤーッ!」ワイバーンの上半身は真横90度に曲がり、さらにその姿勢からハイキックを繰り出した。「グワーッ!」不意をつかれたニンジャスレイヤーはこれを側頭部に受ける!TATATAT!さらにサブマシンガン銃弾がかすめる!「グワーッ!」

「イヤーッ!」さらにワイバーンの尻尾が襲いかかる!「グワーッ!」脇腹を強打!さらに水平チョップが襲いかかる!ニンジャスレイヤーは咄嗟に腕をクロスし、これをガード!だが攻撃は終わりではない。尻尾が鎌首を上げるコブラめいて高く持ち上がり、鋭利な先端部を光らせる!回避が……できぬ!

 ニンジャスレイヤーは訝った。足が荷台を離れぬ。そして瞬時に気づく。己の影が妙に大きいのだ。ナムサン!ワイバーンの攻撃を受けたまさにそのとき、シュライン・トレーラー上のシャドウドラゴンが放った追尾性のシャドウピンが足元に炸裂していたのだ。ニンジャスレイヤーは既に術中にある!

 ワイバーンの尻尾にカラテが漲り、震動した。レッドハッグとワイバーンのイクサにおける尻尾刺突攻撃の破壊力を覚えておいでだろうか?この至近距離でこれを受ければニンジャスレイヤーの上半身に大穴があくのは必定!「死ね!ニンジャスレイヤー=サン!」「ヌゥーッ!」「イヤーッ!」

 窮地!ニューロンをニンジャアドレナリンがどよもし、流れる時間は泥のように遅くなった。両足はニカワめいてトレーラー荷台に張り付き、封じられている。側転回避を選択肢から外す。ワイバーンの尻尾がギュルギュルとコークスクリューしながら振り下ろされる。ニンジャスレイヤーは目を見開く!

 尻尾が狙うのは心臓だ。側転がダメならブリッジによる回避か?否!尻尾は上から下へ。胸を貫通し背中から飛び出す。ニンジャスレイヤーの死骸を荷台に縫いつけるのみ。ならばガードか?否!ニンジャスレイヤーのニンジャ洞察力は無慈悲かつ冷徹な結論をくだす。コークスクリュー刺突が勝つだろう。

 では、観念しハイクを詠むか?否!あまりにも否!ニンジャスレイヤーは両掌それぞれでチョップの形を作り、構えた。コークスクリュー回転で空気を裂きながら刺突が迫る。極度に鈍化した主観時間の中、ニンジャスレイヤーは螺旋状に波打つ空気すらも視認した。「……イヤーッ!」両掌を繰り出す!

 迫り来る尻尾を、ニンジャスレイヤーの両掌は左右から挟み込むように捉えた……ギュイイイ!耳障りなグラインド音!何が起きた?見よ!コークスクリュー回転する尻尾の上側を、下向けた右掌が!尻尾の下側を、上向けた左掌が!ロクロを回る粘土を整えるかのごとく、摩擦しながら挟み抜けたのだ!

「ヌウーッ!」ニンジャスレイヤーの両掌が裂け、流血!……ナムサン……この動きはすなわち、ニンジャスレイヤーから見て時計回りにコークスクリュー回転する尻尾に、反時計回りの回転力をぶつけて相殺、威力を半減させた事を意味する。なんたる物理学を把握した上での科学的カラテ防御か!

 尻尾先端のマニピュレーターがニンジャスレイヤーの心臓やや下に突き刺さった。ナ、ナムサン!「ヌゥーッ!」ニンジャスレイヤーは筋肉を締め、堪える!「これは」ワイバーンが驚愕した。コークスクリュー回転を相殺された為、貫通破壊殺に至らず!「バカな。ならば毒素注入……」「イヤーッ!」

「グワーッ!?」断!黄緑のバイオサイバネティクス循環液が迸り、ワイバーンが苦悶して後ずさった。ニンジャスレイヤーの決断的な振り下ろしチョップが、殺人マグロを処刑するツキジ肉切り包丁めいて、ワイバーンの尻尾先端を一撃で切り離したのだ!サイコ毒素注入には一秒遅い!

「オオッ……オオオーッ!」ワイバーンはのけぞり、たたらを踏んだ。ニンジャスレイヤーはジュー・ジツを構える。両手からボタボタと零れる鮮血が足元のトレーラー荷台に落ち、シュウシュウと蒸気を吹き上げる。

「……イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは斜め後ろへ突如スリケンを投げる!その先にはシュライン・トレーラー……シャドウドラゴンだ!「イヤーッ!」シャドウドラゴンは回転ジャンプしてスリケンを回避!ニンジャスレイヤーは足元の拘束が解けたこの一瞬を見逃さず跳躍!「Wasshoi!」

「チィィーッ!」ワイバーンは空中のニンジャスレイヤーめがけスリケンを投擲!「イヤーッ!」空中のニンジャスレイヤーはスリケンを投げ返しそれらを相殺!飛んだ先には……天井に大穴を開けたリムジンだ!ニンジャスレイヤーは車内へ落下!「アレーエエエエ!」二人のオイランが悲鳴を上げる!

「ナマッコラー!?」運転ヤクザが振り返りチャカを構えた「グワーッ!?」その手の甲にスリケンが突き刺さる。「よそ見せず運転せよ」「グワーッ!」「アレーエエエ!」「サービスは不要だ」ニンジャスレイヤーはサヌマの後ろ手の拘束を素手で切断した。「アー……ニンジャスレイヤー=サン」

 ニンジャスレイヤーは己の胸に突き刺さったマニピュレーター先端部を引き抜き、捨てた。そして右側ドアパネルを力任せに蹴る!「イヤーッ!」SLAM!ドアパネルは一撃でひしゃげ、道路の後方へバウンドしていった。ゴウゴウと音を立てて外の空気が入り込む。「アレーエエエエ!」

 ニンジャスレイヤーはぐったりとしたサヌマを脇に抱え、蛇行するリムジンから身を乗り出す。自律走行するアイアンオトメがリムジンの右横に進み出る。彼はサヌマを抱えたまま、躊躇せずバイクに飛び移った。「イヤーッ!」「アレーエエエエ!」車内では見送りのアイサツめいてオイランの悲鳴!

 ゴアアアア!アイアンオトメが急加速し、敵のシュライン・トレーラーやリムジンを後方へ引き離した。ヤクザオートバイが数台しつこく追いすがるが、ニンジャスレイヤーは無慈悲にスリケンを投げ、車体を破壊して転倒させ、あるいは乗り手に直接当てて殺す。そしてゲート待ちの車列をすり抜ける。

 既に現在地はトコシマ区だ。「データ博物館」ニンジャスレイヤーが呟く。アイアンオトメのUNIX音声認識が働き、液晶パネルが点滅した。そしてミニマルな道路図が呼び出された。「アイエエ……」小脇に抱えられたままのサヌマが涎を垂らす。ニンジャスレイヤーは片手で運転しているのだ。

 スロープ・カーブを下りながら、ニンジャスレイヤーはサヌマに話しかける。「気分はどうだ」「アー……よくわかりません」ニンジャスレイヤーはストリートに出ると道路脇に停止し、懐から取り出したニンジャ・ピルをサヌマに飲ませた。「効き目のほどは保証できぬが、無いよりマシだ」「アー」

「座れるか。シート後ろに」「アー……ああ……遥かにいいです」サヌマは地面に足をつき、少なくとも目の焦点を取り戻した。ニンジャスレイヤーは彼の眼前に指を立てた。「何本に見える」「五本以内……」「まあいい。後ろに座り、しがみついておれ」「はい」弱々しく頷く。「急ぎましょう」

 彼はすぐにバイクを発進させた。「レッドハッグ=サンの位置情報が掴めん」「彼女は戦いました……私を助けようと」サヌマが言った。「だが彼らに力及ばず……」「死んだか?」「わかりません。高架下へ落下しました」「ならば生きておろう」ニンジャスレイヤーは呟いた。

 トコシマ区は比較的生活水準の高い地域だ。カネモチ・ディストリクトとまではゆかぬが、街並みには活気があり、街路灯やネオン看板にも趣向が凝らされている。アイアンオトメは人気の少ない路地から路地へと影のように進む。「彼女は来てくれると思います」サヌマが弱々しく言った。

「短時間のうちに信頼か?センチメントか」「わかりませんが」とサヌマ。「あの人、負けず嫌いのようでしたし」「成る程」ニンジャスレイヤーは言った「少なくとも彼女は自身のライターに執着していた。私が預かっている。意地でも取りに来るだろう」「貴方も冗談を言うのですね」「それはそうだ」

 液晶パネル上で目的地のデータ博物館を示す光点が波紋めいたエフェクトを繰り返す。近い。「……クスリを盛られ、あらかた話してしまいました。申し訳ありません」「オヌシは散々な目に遭い通しだな」「正直、早く逃げたいのです……」ニンジャスレイヤーは全方位に警戒の感覚を研ぎ澄ませている。

「再びアマクダリの攻撃があるはずだ。データ博物館で」ニンジャスレイヤーは言った。「レッドハッグ=サンと合流し、端末の中身を処理する」「はい」「デッキの操作はオヌシがやらねばならんぞ」「はい」サヌマは震え声で言った「私は死にますかね」「オヌシは依頼主だ。確かな事はそれだけだ」

 道が開け、前方のトリイ階段の上に、トルコめいた建築様式の建物が姿を現す。サーチライトが上空の曇天を照らし「古く奥ゆかしいハードウェアです」という謎めいた文言を映し出す。黒い翼をもつ影が空を横切る。その正体は言うまでもない。ニンジャスレイヤーはバイクをドリフトさせ、停めた。

 二者は素早くアイアンオトメを降り、トリイ階段を駆け上がる。アイアンオトメは走り去る。バラバラバラバラ……ローター音が轟き、鬼瓦輸送ヘリが博物館の屋根越しに姿を現す。縄梯子が屋根へ伸び、アサルトヤクザが次々に降下を開始する。そしてシャドウドラゴン。抱えられたワイバーン。

「イヤーッ!」KRAAAASH!ニンジャスレイヤーは「閉館」の札が下ろされ、施錠された正門を、決断的な飛び蹴りで破壊した。大事の前の小事!「走れ!」サヌマを促す。ホールには天狗やハンニャのオメーンを被り、キーボードを肩に抱えてポーズを取る彫像の数々。サヌマは見渡す。

「場所はわかるか、サヌマ=サン」「いえ、わかりません」彼は額の汗を拭った。「でも探します」その時、上階バルコニーの奥の扉から次々にアサルトヤクザが姿を現し、ライフルを彼らめがけて構えた。先ほどのヤクザ降下部隊!ハヤイ!「ザッケンナコラー!」「奥へ!」BRATATATAT!

 銃撃から逃れ走りこむ二者!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは「8ビット」と書かれたパネルが嵌め込まれた施錠扉を決断的な飛び蹴りで破壊し、中へ躍り込む。大事の前の小事!「ここの展示物はどうだ!」「古すぎます、もっと先です」サヌマはアンティーク・コンピュータ群を見渡す。

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは「16ビット」と書かれたパネルが嵌め込まれた施錠扉を決断的な飛び蹴りで破壊、次の部屋へ躍り込んだ。大事の前の小事!「旧世紀。我々人類は偉大な電子の啓示を……」来場者センサーが彼らを感知し、液晶モニターに恰幅の良い紳士の映像が浮かび上がる。

 ドカドカドカ、来た戸口に足音が近づく。「伏せておれ!」ニンジャスレイヤーは振り返りスリケンを構える。「スッゾ!」「スッゾ!」「スッゾ!」「スッゾ!」「スッゾコラー!」アサルトヤクザが突入!ニンジャスレイヤーは片膝をついた姿勢でスリケンをマシーンめいて連続投擲!「イヤーッ!」

「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」BRATATAT……流れ弾が液晶モニタに撃ち込まれる。「この時代、既に我々はピガガッ」映像が歪み、煙を吹いた。「イヤーッ!イヤーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」

 第一陣を一掃!だが当然警戒すべきはアサルトヤクザではない。二人のアマクダリ・ニンジャだ。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは奥の扉を決断的な飛び蹴りで破壊!直線回廊に躍り込む。大事の前の小事!右の壁には神秘的なコンピュータ故事イコンが飾られ、左はガラス張り、庭にはバンブー林。

「もっと先……二階か三階か……アイエッ!」サヌマはニンジャスレイヤーによって床へ倒された。「頭を上げるな!這って進……」BRATATATATAT!ZAPZAPZAP!KRAAASH!ガラスが粉々に砕け、銃弾がイコンを次々に粉砕!サヌマは頭を抱えて床を転がる!「アイエエエ!」

 ナムサン!バンブー林を引き裂きながら庭に現れたのはキャタピラー装甲車両!BRATATATATATAT……二門のミニガンが激烈な撫で斬り銃撃を継続!たちまち回廊は轟音と破壊のケオス・トンネルと化した!「アイエエエエ!」「顔を上げるな!」「それはもう、アイエエエエエ!」

 ニンジャスレイヤーは匍匐姿勢で黙考する。頭上を絶え間無く切り裂き続ける苛烈な銃弾!まずは外の装甲車両を沈黙させねば……だが無理を通せばサヌマは死ぬ。どう出るか……回廊を渡り切り、奥の扉を……「イヤーッ!」KRAAASH!「!」

 ニンジャスレイヤーは目を見開く。破壊された扉……奥から現れたのは……ワイバーン!「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。這いつくばっていいザマだな」BRATATAT!銃撃継続!「まさにネズミ袋だニンジャスレイヤー=サン!そのまま死ぬか!起き上がって死ぬか!貴様が決めてよいぞ!」

 ワイバーンは尊大に腕組みして言い放つ。「どちらにせよ貴様の命運尽きた。そこの非ニンジャのクズをせいぜい庇いながら死ね。まさか尻尾ひとつ切り抜けた程度でこの俺を下したと思っておるまいな」BRATATATAT……BRATATAT……あくまで銃撃は執拗……その時!「イヤーッ!」

「グワーッ!」若い男の悲鳴!「イヤーッ!」女のカラテ・シャウト!KRAAAASH!何らかの破砕音!BRATAT……KABOOM!破砕音!「何だと?」ワイバーンが向き直る、だが、「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは起き上がり、すかさずスリケン投擲!「チィーッ!」ワイバーンは防御!

「イヤーッ!」更にニンジャスレイヤーはワイバーンにスリケン投擲!「イヤーッ!」ワイバーンは指先でこれを挟み取る!「邪魔を……」ニンジャスレイヤーは窓の外を一瞥する。まさにその瞬間、レッドハッグはカタナを下向け、装甲車のハッチに深々とカタナを突き下ろしたのだ!「イヤーッ!」

「アバーッ!」ニンジャスレイヤーのニンジャ聴力は装甲車両内のトルーパーの断末魔を聴き取った。黒髪を振り乱し、カタナを引き抜いた装甲車両上のレッドハッグが油断なくカラテ警戒する。車両の脇には炎上するスクーター!「アイエエ痛てェェ!」膝を抱えて転がるウニパンクヘアー青年!

「今どうなってる!」レッドハッグがニンジャスレイヤーへ問う。だが答える間もあらばこそ、「イヤーッ!」ワイバーンがニンジャスレイヤーへ襲いかかる!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはジュー・ジツで迎撃!

「そいつにゃアタシも貸しが……」レッドハッグは言葉を切った「イヤーッ!」バック転を繰り出し、装甲車両上から飛び降りる!直後、SMASH!そこへ上からの垂直降下キックを叩きつけ、新たなニンジャがエントリーした!「SHHHH……ドーモ……シャドウドラゴンです」

「……ハ!」レッドハッグは唾を吐いた。「ああそうかい!アンタでもいい。貸しは同じさ」レッドハッグはカタナを突きつける。「ドーモ、レッドハッグです!」


6

 ウニパンクヘアー青年は炎上するスクーターの近くで身体を丸めて呻いた。「俺これ絶対死ぬ」装甲車の上にわだかまる超自然の竜人シルエットを絶望的に見上げ、「ニンジャ」と呟く。それから竹林に転がるアサルトヤクザの死体を見る。エントリー時にレッドハッグが斬り殺した連中だ。「ニンジャ……」

 首を巡らし、レッドハッグを見やる。彼女はシャドウドラゴンを睨み、ジャケットを無雑作に脱ぎ捨てた。覆面と同様の赤布がヤクザ包帯めいて身体に巻きつき、やがてアサッシンめいた装束を形成した。「ニンジャ……」ウニパンクヘアー青年は呟いた。さらに屋内で対する二者を見た。「……ニンジャ」

「イヤーッ!」シャドウドラゴンが回転ジャンプし、宙返りしながら翼を切り離した。追尾性のシャドウピン・ジツだ。レッドハッグは飛び込み、それらをかわしながら、装甲車を蹴って跳び、シャドウドラゴンに追いすがった。「イヤーッ!」跳躍斬撃!シャドウドラゴンは回転してこれを回避!

「イヤーッ!」シャドウドラゴンの空中回し蹴りを朱塗り鞘で受け、レッドハッグは蹴り返す。「イヤーッ!」シャドウドラゴンは空中でこれをガードし、尻尾を叩きつける。レッドハッグはカタナでこれを斬り飛ばす!だがシャドウドラゴンは平然と次なる攻撃に移る。チョップ攻撃だ!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」レッドハッグはカタナを咄嗟に掲げる。シャドウドラゴンはチョップ手でカタナ側面を打って逸らし、痛烈な竜頭頭突きをレッドハッグの顔面に叩き込んだ。「イヤーッ!」「ンアーッ!」さらにシャドウドラゴンは空中で回転、蹴りを叩き込む!「イヤーッ!」「ンアーッ!」

 KRAAASH!レッドハッグは背中から地面に叩きつけられる!「イヤーッ!」レッドハッグは素早く跳ね起き、宙返りを打った。SPLASH!そこへ降り注ぐ影のブレス!「イヤーッ!」レッドハッグは回廊内に飛び込み、ニンジャスレイヤーとチョップ応酬するワイバーンに横から蹴りを繰り出す!

「イヤーッ!」ワイバーンは裏拳でこのインターラプトを煩わしげに跳ね返し、隙の無いローキックをニンジャスレイヤーに繰り出す。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはバック転で回避!「イヤーッ!」ワイバーンはさらに回し蹴りをレッドハッグに繰り出す!「イヤーッ!」レッドハッグは側転回避!

「イイイイイイヤアアアァーッ!」シャドウドラゴンが恐るべき速度でクナイ・ダートを連続投擲!影から生成されたカラテミサイルめいた不可思議物質だ。「イイイイイイヤアアアァーッ!」レッドハッグもまたスリケンを連続投擲!

 レッドハッグのスリケンは物量で負け、その身を影のクナイがかすめ、傷つける。「チィーッ!」「アイエエエ!」イクサを見ぬようにしながら床の隅を決死的匍匐前進で這い進むサヌマ!腕先はガラスで血塗れだ!「レッドハッグ=サン!」ワイバーンを殴りつけ、ニンジャスレイヤーが叫ぶ「端末だ!」

「あン?端末?」「端末です!」ニンジャスレイヤーとワイバーンのイクサをすり抜け、這い進んだサヌマが、レッドハッグの脚を摑んだ。「端末ありますか!ありますよね!」「アタシにゃイクサが……」「イヤーッ!」シャドウドラゴンがクナイ・ダート第二波を連続投擲!

「イヤーッ!」レッドハッグはカタナでこれらを弾き返す!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはワイバーンのヤリめいたサイドキックを抱え込み、肘打ちを打ち込む!「イヤーッ!」「グワーッ!」「行け!オヌシがサヌマ=サンを連れてゆけ!グワーッ!」ワイバーンの反撃肘打ちが顔面にヒット!

「行かせるなシャドウドラゴン=サン!」ワイバーンが叫んだ。「なんならそのモータルは殺せ!止めろ!」「殺す命令は受けていません」クナイを投擲しながらシャドウドラゴンが答えた。「捕獲し尋問する必要があります」「貴様グワーッ!」「オヌシの相手は私だ。たいした余裕だな」「グワーッ!」

 カカカカカ!レッドハッグはカタナと鞘でクナイを受けるが、如何せん投擲数が多い!彼女はその場に釘付けにされ、時間と共に裂傷が増してゆく!「アイエエエ!」足元ではサヌマが頭を抱える!このままではジリー・プアー(註:徐々に不利)だ……と、その時!「アッ……アンタイセーイ!」

 シャドウドラゴンの背後、ヤクザカタナを振り上げたウニパンクヘアー青年が突進する!「未来は無い!」ナムサン、腰が引け、くの字の攻撃シルエットだ!「イヤーッ!」シャドウドラゴンは回し蹴りを放つ!「グワーッ!」ウニパンクヘアー青年はカタナで蹴りを受ける!竹林に吹き飛ばされる!

 バキバキとバンブーを薙ぎ倒し、ウニパンクヘアー青年が転がる!「チィーッ!」レッドハッグは舌打ちした。だが、生じた敵の隙は逃さなかった。「イヤーッ!」投げた!自らのカタナを!「グワーッ!」シャドウドラゴンの左肩に突き刺さる!「畜生!起きな!」サヌマの首を摑み、引きずり上げる!

「アバーッ!」ウニパンクヘアー青年は竹林をのたうち回る。両腕複雑骨折!シャドウドラゴンは左肩からカタナを引き抜く。鮮血の代わりに黒い影がブスブスと噴き出した。「SHHHH!」「追って来い!クソが!」レッドハッグが叫んだ。そしてニンジャスレイヤーに、「アタシのライターよこせ!」

「「イヤーッ!」」ワイバーンとニンジャスレイヤーの蹴りがかち合い、反動で二者は間合いを取って仕切り直す。「アタシのライターよこせ!それが条件……」彼女の手に、ニンジャスレイヤーが後ろ手で投げたクロームのライターが飛び込んできた。「来い影野郎!」サヌマを引きずるように走り出す!

 レッドハッグとサヌマは駆け出し、戸口の奥に消えた。「SHHHH!」シャドウドラゴンは高く跳び、回廊内からは見えなくなった。別ルートからの先回りを画策しているのだ。ニンジャスレイヤーは思考する。レッドハッグは上手くやれるだろうか?とにかくワイバーンとのイクサに集中せよ!

「イヤーッ!」ワイバーンが踏み込みながらの肘打ちを仕掛ける。ニンジャスレイヤーは側面にステップを踏み、これを回避。軸足を蹴りに行く。「イヤーッ!」「イヤーッ!」ワイバーンは宙返りでローキックを回避、片手で逆立ちしながらニンジャスレイヤーの肩を蹴る!「グワーッ!」

 ニンジャスレイヤーは天地逆転蹴りの打撃力を無視できず、片膝を突く。ナムサン……これはカポエイラに通ずる南米古代カラテ奥義、アウー・バチゥドだ。異常な柔軟性を活かしたワイバーンのカラテは実際手強く、口先だけのサンシタでは無い事は明白。だが負けるわけにはいかぬ。ニンジャ殺すべし!

「イヤーッ!」ワイバーンは逆立ちから側転へ移行、更なる致命的エアリアル・カラテを狙う!アブナイ!だがニンジャスレイヤーは片膝を突いたまま、瞬間的速度で床に掌を叩きつける!ドォン!床に蜘蛛の巣状の亀裂が走る。一体何ゆえの行動か?……見よ!散乱したガラス片が空中へ舞い上がった!

「ヌゥーッ!」勢いよく側転したワイバーンは、微細かつ鋭利なガラス片の海に飛び込んだも同然!無視できぬダメージが全身を襲い、追撃機会が失われる。そして次なるニンジャスレイヤーの行動に対する対応力も奪われた!膝立ち姿勢のニンジャスレイヤーは力を溜め、床を蹴って跳ぶ!「イヤーッ!」

 ゴウランガ!あれは伝説のカラテ技、サマーソルトキック!しかも膝立ち姿勢で限界まで力を込める事で通常あり得ぬほどのカラテ蓄積を行い、その跳躍力と回転力は実際およそ三倍!床に残された抉るような跳躍痕がその証明だ!「グワーッ!」直撃!跳ね飛ばされるワイバーン!更に……何だと!?

「イヤーッ!」「グワーッ!」ナムサン!更に空中で回転!エクストラ・サマーソルト・キックがワイバーンを蹴り上げた!何たるただ一撃では到底止まらぬ回転エネルギー解放!KRAAASH!二度蹴られたワイバーンが天井を突き破る!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは着地!追って上へ再跳躍!

 天井を突き破り、すなわち二階の部屋の床を突き破り、「グワーッ!」もがきながら垂直に飛び出すワイバーン!それを追って垂直に飛び出すニンジャスレイヤー!「ハイクを詠むなら今詠め。既にオヌシの命運尽きた!」「グワーッ!」垂直上昇しながらニンジャスレイヤーはワイバーンを羽交い締めに!

「バカな!バカな!ゴボーッ!」ワイバーンは血を吐き、抗った。しかしニンジャスレイヤーのグラップリングは完全に極まっており、破れない!弾丸めいて二階の部屋の天井へ飛びつつ、天地逆転!ニンジャスレイヤーはワイバーンを羽交い締めにしたまま、天井を両足で蹴る!「イヤーッ!」

 ナムアミダブツ!これは暗黒カラテ奥義アラバマオトシ!しかも通常のそれではない!重力による落下に天井を蹴った勢いを乗せた禍々しい殺戮フーリンカザン・アレンジメントが施されている!「イイイイヤァーッ!」二者は床の穴へ真っ直ぐに降下!下の回廊へ!「アバーッ!」KRAAAASH!

 ……回廊に穿たれた小クレーター状の穴から、ニンジャスレイヤーが回転ジャンプで脱出した。赤黒の死神は回廊に着地し、ザンシンした。「サヨナラ!」穴の中から断末魔の叫びが聴こえた。そして爆発四散音とともに、粉塵が噴き上がった。「……」天井の穴を見上げる。そして跳んだ。

 

◆◆◆

 

 SLAM!レッドハッグは扉を力任せに蹴り開けた。「いちいちカギかけやがって邪魔臭いね!」「ここは……ここかもしれない」サヌマはおずおずと展示室内に進み出た。「だといいねェー」二階、三部屋目である。レッドハッグはタバコを二本咥え、ようやく自分のライターで点火した。「急ぎなよ」

 レッドハッグは右手にクロームのナックルダスターを装着した。シメナワつきの漆塗り台座に仰々しく鎮座するオールドUNIXを一台ずつためつすがめつするサヌマを見やる。爪先で床を鳴らす。数分後、数十秒後、あるいはタバコひと吸い後。どのタイミングでシャドウドラゴンが乱入してくるか。

 フォーン!唐突にエフェクト音が室内に鳴り響き、備え付け液晶モニタに恰幅の良い紳士が映し出された。「この展示室に収められているのは、いわば、かつて我々が辿り得たかもしれない輝かしき夢の時代。宇宙時代……人々はその実現に燃え、イノベーションを積み重ねていたのです」

「ビックリさせンじゃないよ」レッドハッグは毒づいた。展示室は広く、扇状で、出入り口は来た道ともう一端の計二つ。扇の外側の壁全体に窓。大きく、気になる。「宇宙時代……」サヌマが呟いた。「きっとここだ」一つ、また一つ。彼はデッキを確かめてゆく。

「しかし、ネットワークIPアドレスは新世紀における新たな植民戦争の様相を……」「……」やがてサヌマはデッキを探り当てた。デッキには風変わりな形状のスロットがある。「……これだ。これです」サヌマはレッドハッグを見た。レッドハッグは情報端末を取り出した。「全く」サヌマに放った。

「所謂『電子戦争』の結末としてもたらされた、EMP障害……汚染……各国は関与を否定しておりますが、結果として今のこの冬の時代は厳然たる事実であります。私もまた、あの日あのオーロラを……」サヌマはライター型端末の底部から端子を引き出す。そしてデッキに挿し込んだ。パワリオワー!

 デッキモニタにモチを右から左へ箱詰めするウサギとカエルのドットアニメーション画像が表示され、冷却音が室内を満たした。ガガッ!雷が閃き、展示室を光と闇のモノトーンに切り取った。レッドハッグの背筋に寒気が走った。ガガガッ!落雷音!近い!「!」レッドハッグは振り返る!そこには影!

 だが、遅かった。彼女はアンブッシュに対応できなかった。「ア……アバッ!」シャドウドラゴンの至近距離チョップ突きがレッドハッグの鎖骨を打ち砕いた。「え……レッドハッグ=サン……?」サヌマは振り返ろうとした。その首を、影めいた腕は後ろから鷲掴んだ。「アバーッ!?」

「解凍中な」シャドウドラゴンは呟き、そのままサヌマをウルシ塗りのデッキ台座に押しつけた。「アバーッ!」サヌマはもがく。だが、当然逃れる事はできない。レッドハッグは膝から床に崩れ落ちる。「ア……」「イヤーッ!」シャドウドラゴンの処刑めいた蹴りがレッドハッグの頭を襲う!

 レッドハッグの瞳は焦点定まらず、白目を剥きかけた。ナムアミダブツ!だが、ジゴクめいた蹴りのインパクト寸前、カジバフォースめいて、彼女は己が力を強いて引きずり出した。「ンアーッ!」彼女は顔の前で両腕をクロスし、シャドウドラゴンの蹴りを受けた。彼女は吹き飛ばされ、床を転がった。

 デッキモニタではウサギとカエルが平和な笑顔でモチを箱詰めしてゆく。「進行度九割六分」のミンチョ・フォント。カリカリカリ……情報端末の中身はデッキの内部ディスクへ今まさに書き込まれんとす!「アバーッ!」サヌマがもがく!パワリオワー!完了を告げるファンファーレ!

 シャドウドラゴンはデッキのカバーを片手で引き剥がし、内部ディスクを引き摺り出した。神経細胞めいた接続ケーブルがブチブチと音を立てて引きちぎれる。「アアーッ!」「少し黙るがいい」邪悪なニンジャはサヌマの後頭部を掴み、その顔面をデッキ台座に叩きつけた。サヌマは動かなくなった。

 シャドウドラゴンはクローム情報端末をぬかりなく引き抜き、影めいた身体の中にしまった。それから剥き出しの内部ディスク装置を。彼は淡々とIRC通信した「回収しました。サヌマ=サンの身柄を確保。ワイバーン=サンのバイタルサインは喪失」「待て……コラァ」レッドハッグが床に爪を立てた。

「……」シャドウドラゴンは顔を横向け、レッドハッグを見る。「ゲホッ!……ゲホッ!」起き上がろうとする。シャドウドラゴンは彼女に向き直り、スタスタと歩き出した。レッドハッグは震える腕を上げ、ナックルダスターのカラテを構えようとした。「イヤーッ!」「ンアーッ!」「イヤーッ!」

「ンアーッ!」左右ストレートをガードできず、再びレッドハッグは床へ叩きのめされた。ガガガッ!雷が閃いた。「……」シャドウドラゴンは再びスタスタと歩き、起き上がろうとするレッドハッグの顔面にカイシャクのケリ・キックを見舞う。「イヤーッ!」ガガガガッ!

「Wasshoi!」

 ガ ガ ガ ガ ガ ガ ! 光の激しいモノトーン点滅が、戸口から全力疾走で飛び込んでくるニンジャスレイヤーをコマ送りめいて照らした。「グワーッ!」シャドウドラゴンは顔面に決断的低空ジャンプパンチを受け、吹き飛んだ。ニンジャスレイヤーはジュー・ジツを構え、彼を睨み据えた。

「逃がさぬぞ」ニンジャスレイヤーは言い放った。「……」シャドウドラゴンは仰向けに倒れた姿勢のまま、手を使わずに、踵を支点として起き上がった。コワイ!「SHHHH……」彼もまたカラテを構え、ニンジャスレイヤーと対峙した。

 ニンジャスレイヤーはシャドウドラゴンの隙をうかがう。かつて未熟なザイバツ・ニンジャを殺し損ねたウカツが、アマクダリにのさばる邪悪な堕落ニンジャを育ててしまった。禍根は断たねばならない!「イヤーッ!」「イヤーッ!」二者は同時に踏み込む!蹴りと蹴りがぶつかり合う!

 さらにシャドウドラゴンはニンジャスレイヤーめがけ正拳を繰り出す。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはこれを片手でそらし、サミングを繰り出す!「イヤーッ!」「GRRR!」シャドウドラゴンは素早く上体を反らしてこれをかわし、ニンジャスレイヤーの顎を蹴り上げようとする。「イヤーッ!」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは蹴り上げをバック転で回避、スリケンを投げ返す。「イヤーッ!」シャドウドラゴンも蹴り上げからバック転に移行、更にタイドー・バックフリップを繰り出し間合いを離した。だがニンジャスレイヤーはバック転からそのまま背後の壁を蹴り、跳んだ!「イヤーッ!」

「グワーッ!」滑空する飛び蹴りが竜頭を直撃!鮮血のかわりに黒い影が飛び散る。ニンジャスレイヤーは更に右チョップを繰り出す!「イヤーッ!」「イヤーッ!」シャドウドラゴンの右チョップとぶつかり合う!「イヤーッ!」「イヤーッ!」左!「イヤーッ!」「イヤーッ!」右!「グワーッ!?」

 シャドウドラゴンの腕から焦げ臭い煙が噴き出し、鮮血めいた影が零れた。シャドウドラゴンはひるんだ。チョップが打ち負けた。ニンジャスレイヤーの目が赤黒く燃えている。そしてその腕先も同じ色の炎を帯びている!ニンジャスレイヤーが叫んだ「こわッぱ!オヌシのカラテは根無しの児戯ぞ!」

「構わぬ。任務遂行に支障無し」シャドウドラゴンが無感情に言った。そして横へ身をかわそうとした。「イヤーッ!」「グワーッ!」逃げ道を塞ぐ一撃!シャドウドラゴンの脇腹に稲妻めいた速度で燃える蹴りが叩き込まれる!さらに肩口へチョップ!「イヤーッ!」「グワーッ!」

「もう一度申してみよ」ニンジャスレイヤーがジゴクめいて言った。屈んだシャドウドラゴンの脳天めがけ、逆の手のチョップを振り下ろした。「イヤーッ!」「GRRRR!」竜頭の口が大きく開く!そして影の霧が吐き出された!「SHHHHHHH !SHHHHHH!」

 広範囲に吐き散らす影のブレス!ニンジャスレイヤーはこれを側転で回避しようとした。そして眉根を寄せ、踏みとどまった。「ヌ……グワーッ!」その身を酸めいた影の霧が焼く!何故逃れぬ!理由は彼の背後!UNIXデッキにもたれるようにして動かないサヌマだ。回避すれば彼が無事では済まない!

「SHHHHHH!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーはブレーサーを顔の前で交差し、恐るべきブレス攻撃に耐える!「SHHHHHHH!」「グワーッ!」ALAS!これはシャドウドラゴンの計算づくだ……ニンジャスレイヤーが避けられないであろう事を踏まえてのフーリンカザンだ!

 シャドウドラゴンは半歩下がり、真っ直ぐに立てた二本指をニンポめいて翳した。「リンピオトーシ……カイジンリッツァイゼン」「グワーッ!」見よ!黒い霧は生き物めいてニンジャスレイヤーに収束し、執拗にその身を苛む!なんたる恐るべきジツか?「……任務遂行に支障無し」彼は繰り返した。

「グワーッ!」「これが私だ。これが私のジツだ。アマクダリ・セクトのシャドウドラゴンだ」「グワーッ!」「ゲホッ!ゲホゲホッ!」女が咳き込んだ。シャドウドラゴンはニンジャスレイヤーを苛みながら、そちらを見やった。レッドハッグが立っていた。よろめいた。よろめきながらタバコを吸った。

「アタシャもうズタボロだ」タバコを咥えた不明瞭な喋り。「しょうがないから、さっきのはアンブッシュ、ノーカウントって事にして、寝てようと思ったのにさ」ナックルダスターを装着した両拳をぶらぶらと振った。「ラクさせてくれないもンかねェー。ネオサイタマの死神なんだろ……ゲホゲホッ!」

「グワーッ!……グワーッ!」ニンジャスレイヤーは立っていられず、ついに床に両手をついた。黒い霧は尚もまとわりつく。シャドウドラゴンはレッドハッグに向き直りカラテを構える。だが霧は退かないのだ!「手負い、かつ、弱敵」シャドウドラゴンは淡々と言った。「ジツを用いるまでもない」

「用いるまでもない?ヒッ!ヒッ!できねェの間違いだろ」レッドハッグは歯を剥き出し、引き笑いをした。「ニンジャスレイヤー=サン、悪いけど我慢してなよ、そのジツ、引きつけてろよ、アタシがこいつブン殴るまでさァ……」「不可能だ」シャドウドラゴンがレッドハッグに間合いを詰める。

 レッドハッグは両拳のナックルダスターを打ち合わせた。火打石めいて火花が散った。シャドウドラゴンが仕掛けた。「イヤーッ!」長い腕がしなり、鞭めいたパンチが襲いかかる!レッドハッグの上体がぶれた。重傷ゆえに構えを維持できず、よろめいたか?否……これが彼女の回避動作なのだ。

「イヤーッ!」右拳突をスレスレで回避したレッドハッグは、敵の横面に左拳を叩き込んだ。「グワーッ!?」伸びた右腕に交差するような軌跡だ。竜頭が爆ぜた。黒く塗り潰された人型の頭部が一瞬、剥き出しになった。吹き飛んだ影は再び頭に集束する。だがレッドハッグは続けて右拳を叩き込んだ。

「イヤーッ!」「グワーッ!」L字に切り込む激烈な右フックだ!KRAAASH!吹き飛んだシャドウドラゴンはUNIXデッキに突っ込み、火花を散らす!レッドハッグはよろめいた。上を向いて口を開け、宙を舞っていた二本のタバコを受け止めた。そのまま大の字、仰向けに倒れた。

 ガガガガガッ!落雷!モノトーンに点滅する室内!だが今度は閃光が去らなかった。窓の外、屋外から投げかけられる漢字サーチライトである!「ヌゥーッ!」ニンジャスレイヤーは床を殴りつけ、起き上がった。黒い霧は拡散消滅!仰向けに倒れたレッドハッグ!デッキに突っ込んだシャドウドラゴン!

 壁に焼きつく「御用」の文字!トコシマ区の治安機構だ。おっとり刀で駆けつけたか。外から拡声器ボイスが届く。「アー、この物件はトコシマ警察が包囲済である」ニンジャスレイヤーはシャドウドラゴンをカイシャクすべく近づく!「アー何がやりたいか知らんが、観念して出てきなさい、アーアー」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはシャドウドラゴンに踵落としを振り下ろす!「SHHHHH!」影が噴水めいて噴き出し、シャドウドラゴンの身体が跳ね上がる!竜人はニンジャスレイヤーを飛び越え、窓際に着地した。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケン投擲!脇腹に直撃!

 即ちスリケンを弾き返す力も残っていないということだ!いかな影で身を鎧う超自然のニンジャ存在であろうと、もはやそのニンジャ耐久力は限界に近い!トドメオサセ!「アーアー、応答せよ、抵抗せず、両手を後ろで組んで窓際に並べ、ああ?何だァ?ザザッ」ババババ!ローター音の接近!

 直後、窓の外、上からワン・インチ距離のヘリコプターが垂直降下してきたのだ!バババババ……「オイそこのヘリコプター!どこの許可を得てそんな……撃ち落とすぞ!」警察の警告も虚しい。ヘリコプター操縦席には……ニンジャ!リベットを打ち込んだベルトを身体中に巻きつけたニンジャである!

 ニンジャスレイヤーの怒りに満ちた瞳と操縦席のニンジャの不敵な視線がぶつかり合う。ニンジャスレイヤーは脳内記憶と身体特徴を照会する。アマクダリ・セクト・アクシスのニンジャ。ファイアブランドだ。ニンジャは顎を上向け、指で首を掻っ切る仕草をした。ヘリのガトリングが火を吹いた。


エピローグ

「ちょっと待てェ……!」シンゴは思わず目を擦った。当番待機勤務からこうして突然の増援に回され、その上でこのようなインシデントを見せつけられている、己のこの、己の悪夢じみた境遇、この不条理を、呪ったものか。悪夢から目を覚ます努力をすべきか。ヘリが窓をガトリング砲で掃射している。

 BRATATATATATATATAT……ZAPZAPZAPZAP!「ふざけるなよ……ロケットランチャーだ!持って来い!」「いやァ、それはちょっと」隣のタバタがビークルの通信機を取った。「モシモシ、対応し切れないです、無理です。増援お願いします」「行っちまうぞ!」「デスネー……」

 サーチライトに照らされる中、嘲笑うようにヘリは機首を巡らせ、博物館上空へ離脱した。粉々にガラスを砕かれた窓から、影めいたものがヘリに飛び移ったのをシンゴは目撃していた。不吉であった。そんな真似をするのは……「今の何スか」タバタがシンゴを見た。「アア?」「跳んだでしょ」

「ああ跳んだな」「それって……」「ああ、ああ、ああ」「もしかして49課マターじゃないですか」「報告するならしろや」シンゴはしかめ面をした。「お前がやれ」「嫌ですよ僕だって」「……」シンゴは頭を掻いた。「ハァ!?」タバタが通信機に向かって素っ頓狂な声を出した。「撤退!?ナンデ?」

 シンゴは欠伸を噛み殺した。「何だかなァ……いえ、ハイ。ハイわかりました。わかりましたハイ、オタッシャデー」タバタは通信を終え、肩を竦めた「何スかこれ」「……」シンゴは博物館を睨んだ。「気に入らねえなァ」「デスネー、痛ッ!」シンゴはタバタの頭を張った。「何スか!」「気に入らねえ」


◆◆◆


「アアア!」タバコを壁に押し当てて消すと、レッドハッグは再び大の字に床に寝そべった。銃撃を逃れた彼らは三階の廊下にいた。「何だアイツら!」「撤収する」ニンジャスレイヤーは言った「面倒が増えるぞ」彼はサヌマを背負っている。額を割られているが致命傷ではない。応急処置は済ませた。

「面倒?」レッドハッグが顔をしかめた。「もう腹一杯だよ!アタシャ死ぬ」レッドハッグは憮然として言った。「致命傷だ」「そうか」ニンジャスレイヤーは低く返した。彼の負傷もまた、重い。再生した装束の下は惨い有様であろう。「端末が……」ニンジャスレイヤーの背で、サヌマが弱々しく呟いた。

「起きたか。あまり喋るな」「ダメでした……奪われて……」サヌマは震えた。「何もかも無駄に……終わりです……」「……」ニンジャスレイヤーはレッドハッグを促し、廊下を歩き出した。「始まりだ」「え……」「それとも、放っておくか?」「……嫌ですよ……」「ならば、始めるのだ。今から」

「アタシはアイツをブン殴ったよ」レッドハッグが起き上がった。「アタシの勝ちだ」彼女の声音からは、しかし、納得から程遠い心情が伝わる。彼らはオツヤめいて重苦しい歩みを進めた。屋上へ通ずる階段を登る。

 雷雨は通過し、ぬるい風が屋上の彼らの頬を撫でる。マッポ包囲網の明かりが少しずつ剥がれてゆくのを、彼らは見下ろす。「何だい」不審げにレッドハッグが言った。「隠蔽だ」「何だって」「警察機構を動かす程の相手だ」「……」「マッポが去れば、恐らくアマクダリの別働隊が現れる。長居は無用」

「アマクダリ!ここンとこ、なにかっちゃァ、アマクダリ、アマクダリだ」レッドハッグが言った「気に入らないね」「残念ながら」とニンジャスレイヤー、「それは先方も同様だ。オヌシは既に、否応無しにセクトと敵対した格好だ」「ハ!」レッドハッグは笑った。「ああそうかい、ああそうかい!」

「身を潜め、傷を治せ」ニンジャスレイヤーは言った。「セクトは恐るべき敵だ」「休暇がずいぶん先に延びた」彼女は目を細め、ニンジャスレイヤーを見た。「最悪の24時間だった。十分最悪だ。でも、まだ最悪の最悪があるんだろうね」「そうだ」ニンジャスレイヤーは頷いた。「そういう事になる」

「……連絡する」レッドハッグはニンジャスレイヤーを指差し、言った。ニンジャスレイヤーはもう一度頷いた。レッドハッグは屋根の縁まで歩いて行った。黒髪がバサバサと風に踊る。彼女は下の竹林を見やった。「さあて……あの子のこと、拾って帰らないとね」


【レッド・ハッグ・ザ・バッド・ラック】完


N-FILES(設定資料、原作者コメンタリー)

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