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【シー・ノー・イーヴル・ニンジャ】

◇総合目次 ◇エピソード一覧
この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版が、上記リンクから購入できる第2部の物理書籍/電子書籍に収録されています。また、第2部のコミカライズがチャンピオンREDで行われています。


【シー・ノー・イーヴル・ニンジャ】


1

 高速上昇するシリンダー型の息苦しい垂直エレベーターに五人。四人はガイオン中央拘置所のケビーシ・ガードであり、残る一人が問題の被疑者である。このケビーシ・ガードの装備は極めて用心深い。二秒通電で脳が沸騰して死ぬショック・ジュッテは勿論、防護服も重装ケンドー機動隊に匹敵するものだ。

 シリンダー内、四人に東西南北の四聖獣ゲートめいて、あるいは梱包剤めいてガッチリと囲まれたその被疑者は最新式の拘束具で両手足と首、腰を固定され、あらゆるカラテ攻撃の試みを予防されている。オジギすらも許されない。

 全身を覆う拘束具から外気にあらわになっているのは両目だけであるが、ウカツにその目を覗き込んだ市民は良くて失禁、下手をすれば発狂、それどころか急性のストレスで血泡を吹いてショック死する者すらいるやもしれぬ。

 拘束具は猿轡も含んでおり、言葉を発することも許されない。被疑者はただニヤついた目でケビーシ達に視線を走らせていた。下劣な表情であった。ケビーシ達は居心地が悪そうにお互い目配せし、身じろぎした。ポーン!「到着ドスエ」合成マイコ音声とオコト音が鳴り、目の前の闇が四角く切り取られる。

 エレベーターを出ると、そこはそのまま法廷の被告人席であった。ただし檻で囲まれている。被疑者は彼をコロシアムの観客めいて見下ろす傍聴人らをニヤニヤと檻越しに見渡した。「アイエエエ!」傍聴人席から悲鳴が上がった。彼と目のあった者が失禁でもしたのだろう。

 法廷の壁には規則正しく額縁入りの掛け軸がかかっている。「正義」「遵法精神」「不如帰」「マナー」「ちょっとやめないか」といったショドーは、それ自体が叱責となって被告人を精神的に打ち据える仕組みだ。しかしこの男はただニヤついた目を覗かせるだけだ……。

 イヨオー!と合成音声が鳴った。男の正面上方に位置する「罪を憎んで人を憎まず」のノレンが巻き上げられ、三人の裁判官席が現れる。ダークモンツキを羽織り、黒光りする四角いエボシ帽という儀礼的な出で立ちだ。エボシ帽からは顔面を覆い隠す黒いメッシュ布が垂れている。意趣返しを防ぐ意味合いだ。

「エートそれでは、事件エート、処理番号『ぬ015441121号』第一審のですね、エー本日は結審ということで、始めます」中央の裁判長が宣告した。ざわついた傍聴席は一瞬静まり返るが、すぐにまた囁き声が交わされ出す。「……死刑だろ」「死刑」「死刑しか……」「いくらなんでも……」

「エー、本件において、被告人ゴトー・ボリスは、己の鬱積した感情のはけ口に……」主文後回しである!キョートの裁判において、判決を読み上げず理由から話す場合、これすなわち死刑を意味する。これはキョート・リパブリックが独立国となる以前からの伝統である。伝統は何よりも重んじられるのだ。

 通常このような場合、己の命が風前の灯と決まった被告人はこの判決理由朗読の最中にブザマに泣き叫び、あるいは裁判官に対して無力な恫喝を叫び、セプクを試みたり、大声でハイクを詠む。だがゴトー・ボリスは……拘束椅子に座らされて何もできない事もあるが……落ち着きはらってニヤついていた。

「……強姦殺人……一家を残虐に……連続放火……通りがかった何ら落ち度のない男女を……拷問……屍姦……銀行を……これらをわずか……」「アイエエエ!」あまりに凄惨な犯行内容の記述をあらためて耳にしただけで、傍聴席の誰かが叫びながら嘔吐し、失禁した。ゴトーは白昼夢の中にいるようだった。

 彼は判決などどうでもよかった。何故か。彼には根拠の無い確信があった。ここで終わるわけが無いという確信が。彼は己の衝動をなかば神の啓示か何かのようにうけとめ、欲望のままに行動してきた。何の裏付けも無いが、彼は自信に満ち溢れていた。だからやりたいようにやってきた……そしてこうなった。

 それでも彼の自信は揺るがなかった。驚きもしなかった。裁判官が「被告人を死刑に処する」と宣告した時も、檻の外の弁護人が曖昧に笑いながら「まだ二回審理がありますからね」とゴトーに言った時も、己のニューロンになにかの声がいきなり語りかけてきた時も。

(……ガイオン・ショウジャ……ノ……カネノコエ……ショッギョ・ムジョ……)「へへへ、来た来た、おいでなすったぜ」ゴトーは猿轡の下でモゴモゴと呟いた。「追い詰められた時、俺には必ず神の助けが降りるんだ。だから心配なんかした事ぁねえよ……へへへ」(オゴレルモノ……ヒサシカラズ……)

「ドーモ、神様……どうすンだい……とっととどうにかしてみろよ」(……ドーモ、はじめまして。ダイコク・ニンジャです)「ダイコク?ニンジャ?」ゴトーは繰り返した。「「退席させなさい!」」裁判官がケビーシを促す。その声もゴトーには遠くの世界だ。彼は今、おぼろな影と対峙していた。

「ドーモ、ダイコク・ニンジャ=サン。ゴトー・ボリスです」ゴトーはオジギを返した。「神様ってのはニンジャなのか?おかしな話だな?」「自由!」「自由?それだ!どうにかしてくれよ!」「今から私はお前だ。オハヨ!」影は左手でゴトーの口をこじ開け、右手を喉奥に突っ込んだ!「グワーッ!?」

 手が、腕が、上半身が、全身が……ダイコク・ニンジャの全てが体内に入り込む!邪悪な生命エネルギーに体の内側を灼かれ、ゴトーは絶叫した。「アバーッアバババババーッ!?アーババババババ、アババババーッ!?」「「ひ、被告人を退出させなさい!」」「「こっち来い!……うわ、こいつ……?」」

 ニューロン内の光景が現実と重なり合い、光がゴトーの視界に戻ってきた。ゴトーを四人がかりで地面に引きずり倒したケビーシ・ガードが絶叫した。「「「「アバーッ!?」」」」おお、ナムアミダブツ!?一体なにが?四人は目、鼻、口から黒い血を迸らせ、狂気のダンスを踊り出す!

「アーッ!アーッ!アーッ!」ゴトーも絶叫していた。四つん這いになり、その苦しみに耐える……そう、四つん這いだ。全身の拘束が解けている。正確には、拘束具が変形している……ニンジャ装束に!「アーッ!アーッ!アアアア、ああ……あー」ゴトーの痙攣が止まった。彼は立ち上がった。「……フー」

「あら、死んじゃってやンの」ゴトーは四人のケビーシを見下ろした。彼ら自身の体内から絞り出された黒い液体にまみれ、恐怖の形相を一様に凍りつかせて、無残に絶命している。「アイエエエエエ!」傍聴席はパニックに陥った。「なにが!?」「死んだ?」「あれは……ニンジャ?ニンジャナンデ!?」

「正当防衛重点!」裁判官が直々に宣言し、ハンマーで「非常」と書かれた赤いボタンを叩いた。ビガー!ビガー!途端に警報音と「御用!御用!」という警告音声が法廷内に鳴り響く。「正当防衛?へへ!」ゴトーはせせら笑う。頭部拘束マスクは鼻から上が融解し、ジゴクじみた黒髪が逆立って揺れている。

 溶け残った下半分もやはり変形し、奇怪なメンポ(金属製マスク)となっていた。ゴトーの足元に黒い液体がわだかまり、泡立ちながらその質量を増してゆく。「スゲぇだろ!エエッ!?スゲぇよな?」ゼリー?油?スライムめいてべとつくその暗黒物質は、ゴトーを取り囲む檻に巻き付く!

 ギギッ……嫌な音を立て、鋼鉄製の檻がいともたやすく歪む。ゴトーは悠々と檻を乗り越えた。「自由!へへへへ!」「アイエエエエエ!」傍聴人たちは出口へ我先にと殺到する。だがスシ詰めインシデント!お互い押し合ってロクに出られはしない。「せ、席に戻りなさい……」裁判官が震え声で命じた。

「あんたバカだなぁ!」ゴトーは笑った。「何で俺が席に戻るの?」「ほ、法律が……」「『ほ、法律が……』へへへへ!」ゴトーはおどけて真似をした。そして傍聴席へ叫ぶ。「お前らァ!早く逃げた方がイイぜ!今から見境なく殺すからなァ!」「アイエエエエエ!」

 ドブッ……ドブッ!ゴトーの背後で暗黒物質が沸騰しながらせり上がる。「汚ねぇだろォ!汚ねぇなァー!へへへへ!まるでアンダーガイオンの掃き溜めだな!最高じゃねぇか!」「アイエエエエエー!」ゴトーのそばにいた弁護人、法廷警備員がまず犠牲になった!黒い液体は容赦なく彼らを包み込む!

「アイエエエ!助けアバッ……何でアバッ……」暗黒物質に溺れ、押し潰されながら、弁護人が哀れな声を上げる。「だって面白いんだからしょうがねェよ!」ゴトーは真顔で答えた。「そのツラも最高におもしれぇ!」「アババーッ!」彼らを無慈悲に殺めると、ゴトーはは裁判官に向き直った。

「ドーモお前ら!今日から俺はデスドレインだ!死、そして排水溝だ!デスドレイン!まったく俺の品性そのまま!ドブみてェなジツだもんな?わかりやすいよな?俺はさっきニンジャになった。これから殺す奴に教えても仕方ねェか!へへへへ!」「ア、アイエエ……」「アンコクトン=ジツ!イヤーッ!」

 ゴウランガ!ゴトー=デスドレインが両手を突き出す。片手は裁判官席、片手は傍聴席だ!暗黒物質は二又に別れ、ギュルギュルと渦を巻いて傍聴人と裁判官、検察官に襲いかかる!「アバーッ!」「アッバ、アッババーッアーッ!」ナ……ナムアミダブツ!なんたるマッポー的大殺戮宴会!

「最高!最高だぜ!」デスドレインの足元が暗黒物質で高く盛り上がる!天井近くまでせり上がった不浄な台座の上に立ち、デスドレインは最高裁判官を睨み下ろす。その首から下は暗黒物質に飲み込まれ動きが取れていない。他の裁判官は全員死亡!「気分!どうだ?」「ア、アイエエ」「へへへ!」

 BLAM!BLAM!検察官席のデッカーがデスドレインに発砲した。ヘドロに呑み込まれながら、果敢に反撃を試みたのだ。「おほッ!」デスドレインの目の前にカーテンめいて暗黒物質が迫り出し、銃弾を受け止めてしまう!「俺はスゲぇな!実際強い!」

 デスドレインが突き出した拳を握り込む。「イヤーッ!」「アバーッ!?」デッカーは無残にクラッシュ死!最高裁判官も同様にクラッシュ死!首だけが切断されて跳ね飛び、傍聴席へ 飛び込む!ナムアミダブツ!傍聴席はさらなるアビ・インフェルノ・ジゴクである!

「アイエエエ!」「アイエエエ!」「アイエエエアババーッ!アババババーッ!」「アバーッ!アバーッ!」「アッバババーッ!」黒い塊は市民を呑み込み、押し潰し、窒息させて、さらなる犠牲者へ襲いかかる。下で暴れた暗黒物質も今や傍聴席に這い上がり、その殺戮の勢いをさらに加速する!

「ホラホラ!逃げないとホラホラ!へへへへ!」デスドレインは手を叩いて囃し立てた。「アイエエエエエ!」市民は出口へ殺到する、しかし「アババババババ!」当然、ダメだ!戸口を覆った黒い暗黒物質がヌリカベ・オバケめいて、殺到した市民を呑み込んでゆく!「アバババーッ!」「へへへへ!残念!」

 ……ナムアミダブツ……デスドレインの覚醒から、ものの五分で法廷は静寂につつまれた。生きているのはただ一人、デスドレインのみである。拘束具が変形したニンジャ装束のフードを頭から被り、押し潰され窒息した死体を踏みつけて出口へ向かう彼の目は、邪な悦楽に濁っていた……ナムアミダブツ……!

 デスドレインが歩いた後を、黒い暗黒物質が長い影あるいは黒いスライム・オバケめいて這いずりながら追う。それらはスタスタと歩く彼の踵から背中、首へ登り、目や耳、メンポの呼吸孔へ這い上がり、吸い込まれてゆく。

「自由!」デスドレインは呟いた。「だが、どうしたものかね?いいかげん、寂しいのは嫌だよなァ?」イマジナリーフレンドと会話する癖が彼にはあった。今やそれは具体的に、内なるダイコク・ニンジャへの語りかけとなっているのかもしれない。ダイコク・ニンジャはゴトーの中に溶け、答える事は無い。

 ゴトーはおよそ七年の間、拘置所の独房に拘束され続けてきた。日本の裁判は読者の皆さんが信じられぬほど時間がかかり、なかには最終判決まで50年かかったケースもある。それは独立後のキョートにおいても同様だ。ゴトーの犯罪事実はあまりに大量で、最初の判決まで、必然的に七年もの期間を要した。

 彼はいわば、古事記に書かれたあのウラシマ・ニンジャ、亀に呪われ海底に監禁された英雄の伝説にも似た境遇にあった。今の彼には何も無い。いや、ニンジャの力がある。生まれ変わったようなものだ。第二の人生。「自由!へへへ……」彼は笑った。「まずは女。その後どうする……そうだよ仲間だよ……」

 法廷周辺の荒んだ大通りを歩く彼の体に、風に吹かれたカワラバン・タイムスのくしゃくしゃの紙がぶつかった。「ンー?」彼はタイムスを掴み、拡げた。号外である。そこにはひとつの事件の経緯が詳細に書かれていた。「かつて善良かつ勤勉だったソバ職人……犯行は何故」。

 記事をせわしなく追う彼の目はしだいに愉悦を帯びていく。「イイなァ……こいつイイよ……へへへ……イイよ……」


◆◆◆


 ガラガラガラ!ザシキ・ダンジョンの鋼鉄障子戸が引き開けられた。フクワライに勤しんでいた四人は顔をあげ、戸口に立った看守と「新人」を見上げた。部屋の隅で陰気に座っていたもう一人も、目だけ上げて二人を見た。「自己紹介せよ」看守が促し、新人はオジギした。「ドーモ。イチロー・モリタです」

「どんな罰当たりしたんだよ?アー?」牢名主めいたスモトリ崩れがイチローを睨んだ。「大した事じゃありません」イチローは奥ゆかしく答えた。スモトリ崩れは破顔した。「一日で二人だぜ、なァおい!今日はブッダメイヘムか?なァ、ゼンダ=サンよォ?」スモトリ崩れが部屋の隅の陰気な男を振り返る。

「……」ゼンダは体育座りの膝に顎を沈め、イチローを睨むのだった。「何にも言わねェんだこいつ!おい!」「だまらっしゃい!」看守が一喝した。イチローが座敷に上がると、看守は手際よくショウジ戸を閉めてロックし、足早に去って行った。

「まぁいいや、罰当たりな話はここにゃ一杯あるぜ、なぁ?」スモトリ崩れは笑い、フクワライの他の三人も笑った。イチローは社交的に微笑んだ。ゼンダは無言であった。


2

 ナムアミダブツ……おお……ナムアミダブツ……なんたる陰惨光景か!今ガイオン第二階層の路地裏で行われているデスドレインの悪魔的所業、果たして読者の皆さんにどの程度伝えたものか?ナムアミダブツ……!

「へへへへ!へへヘへへ!」半壊のボンボリが、激しく前後するデスドレインの影法師を映し出す。犠牲者にはもはや抵抗する気力も無い。その足元に転がるのは、己の喉元を掻き毟るようにして息絶えた男の、無残な窒息死体である。おそらくは今まさに蹂躙されている犠牲者の恋人あるいは夫……!

 その影法師に向かい、着実な足取りで接近する後ろ姿あり。二人である。二人ともニンジャ装束姿である。闇からボンボリの光の中へ踏み込んだ彼らのブレーサーが光を跳ね返し、菱形正方形のエンブレム「罪罰」を露わにする。「……」デスドレインは動きを止めた。そして来訪者へ顔を向ける。

「取り込み中だぜ、もう少し待てよ」「ゲスめ」二者の片方、緑のニンジャが吐き捨てる。それをもう一人の黄緑のニンジャが制すると、一歩進み出た。「ドーモ、はじめまして。ザイバツ・シャドーギルドのジャイアントマンティスです。こちらはアプレンティス(弟子)のジェイドソード」

「……フー」デスドレインは身を離し、二者に向き直ると、ふてぶてしくオジギを返した。「ドーモ。デスドレインです」闇の中、どさりと倒れる音。「ザイバツ。なんだそりゃ。お前らニンジャだな?」「その通り」ジャイアントマンティスはデスドレインを睨んだ。デスドレインはニヤニヤと笑う。

「何しに来たァ?おこぼれはねぇぜ。もう死んでるぜ、きっと。まあ、俺と同じ趣味ってンなら……」「ヌウウ!」ジェイドソードが飛び出そうとするのをジャイアントマンティスが再度、制する。デスドレインはアクビをした。「それともアレか?正義の味方?このへんの自警団?ニンジャも大変だな?」

「オヌシにはザイバツ・シャドーギルドの審問を受けてもらう」ジャイアントマンティスが無感情に告げた。「ニンジャだからだ」「ア?」「拒否権は無い。ここで死ぬか、我らに命を預けるか、二つに一つ」「闇の秩序ってやつか!」デスドレインは殊勝に察した。「大変だな、ニンジャってのもよ」

「!」ジャイアントマンティスは素早くカラテで警戒した。ジェイドソードもやや慌ててニンジャソードを引き抜き、構えた。デスドレインの足元に黒い沸騰するヘドロ溜まりが拡がっている。「実際大変だ!へへへへ!」「貴様……」ジャイアントマンティスの両手ブレーサーからカマ状武器が飛び出す!

「イヤーッ!」先手を打って仕掛けたのはジェイドソードだ。斜めにジャンプしながら、肘先ほどの長さの剣をデスドレインめがけ投げつける。激しく回転し、円盤めいた残像を形作りながら飛行する剣!「へへへへ!まだ何もやってネェのになァ!」デスドレインが笑う!「正当防衛だな!イヤーッ!」

 デスドレインは電撃的速度でブリッジした!その上をむなしく飛んでゆく回転剣!同時にデスドレインの足先の地面から間欠泉じみた勢いで黒い粘液が爆ぜのぼり、ジャンプして「簡易交換」の看板を蹴ろうとしていた空中のジェイドソードの足に絡みついた!「グワーッ!?」

「いかん!」ジャイアントマンティスがカバーに飛び出す。だがこの事態は彼のウカツであったと言えよう。ジェイドソードの独断攻撃にあわせて戦術を素早く変更し、自らも即座にデスドレインを攻撃するべきであったのだ。この一瞬の遅れがニンジャの生死をわけてしまうのだ!

「イヤーッ!」ジェイドソードに絡みつく暗黒物質を、ジャイアントマンティスのマンティス・カマが切り裂いて切断!その瞬間、ジャイアントマンティス自身の腰から下は、足元から湧き上がる暗黒物質にドップリと飲まれてしまった!「それは違う違う違う!へへへへ!」デスドレインがあざ笑う!

「グワーッ!?」「ニンジャはこんな時どうやって切り抜けるんだ?新参者に教えてくれよ!」「ジャイアントマンティス=サン!?イヤーッ!」ジェイドソードは「簡易交換」の看板を蹴った。三角飛びからの飛び蹴りがデスドレインを襲う!「ヘヘヘヘ!うまくねえな!イヤーッ!」「グワーッ!?」

 飛び蹴りを止めたのは当然、デスドレインの暗黒物質だ!ジェイドソードは空中で右脚を根元まで呑み込まれ、がっちりと固定されてしまった。「どうやら俺はお前らより強い!実際強い!」「グワーッ!?」粘着く暗黒物質は二人のニンジャを取り込み、さながらラオコーンの古代彫刻めいたオブジェと化す!

「こいつを試してみたかった」デスドレインは懐から小さな箱を取り出した。そこから出てきたのはマッチ棒だ!「ヤメロー!ヤメロー!」ジェイドソードが叫ぶ。しかし武器も失い宙吊りになった彼に出来るのは、空中に虚しくパンチする事だけだ!ジャイアントマンティスは?ナムサン!既に意識が無い!

「ヤメロー!ヤメロー!」「ヘヘヘヘヘヘ!最高だな!お前のその喚き声が最高だ!」デスドレインはメンポにマッチをこすりつけた。リンの炎が燃えあがる。死神めいた炎が!「ヤメロー!ヤメロー!」「実際燃えるのかね?俺のこいつは?ホラ、まだわからんぜ?俺の気がかわるかもしれねェ。懇願しろよ」

「ヤメロー!ヤメロー!」「ウーン」デスドレインは目の前でマッチを左右に振った。「……やっぱりヤメ。面倒になった」「……?」ジェイドソードがデスドレインを見る。デスドレインが笑う。「バカだな!こうやって無駄話するのが面倒だッてんだよ!話、ヤメ!」マッチを投げつける!「アイエエエ!」

 暗黒物質は火を受けるとまさにタールめいて燃え上がった!「グワーッ!グワーッ!グワアアアー!」「アバッ!?アババババババーッ!」不浄な火と煙につつまれ、二人のニンジャが断末魔の悲鳴をあげる!炎によって路地裏がジゴクめいて照らし出される!デスドレインが哄笑する!「ヘヘヘヘヘヘヘ!」


◆◆◆


 詐欺罪のタケオ兄弟、違法ドラッグ精製のベツリキ、ケンカで一般人を誤って撲殺したスモトリのジャイゴ、そしてイチロー・モリタ。最後に、寡黙なゼンダ。これが、ザシキ・ダンジョンの部屋号「リンドウ」に収監されている六人である。

 ジャイゴのイビキとベツリキの歯ぎしりは強烈であったが、誰もが死んだように眠っていた。ただひとりイチロー・モリタ、すなわちニンジャスレイヤーことフジキド・ケンジを除いて。彼はフートンに横になった状態で天井を凝視し、ぴくりとも動かずに、沈思黙考していたのだ。

「起床!キアイ!」合成音声が叱責した。ガンガンガン、というアラーム音が鳴り、ボンボリが点灯。全員の硬質フートンがL字に折れ曲がって強制的に起床させた。「アイエッ!」「アイエ!」「グワーッ!?」口々に悲鳴を上げ、強制起床させられる面々。フジキドだけは一瞬早く自ら起き上がっている。

「畜生!こいつにばかりは慣れねえにも程があるぜ!」ジャイゴが毒づいた。時間は朝6時である。壁に四角い穴が開き、囚人たちが「飼料」と蔑称するオカラ・スシが人数分のトレーに乗って、オートメーションで供された。天井のスピーカーからは精神を澄み渡らせる効果を狙ったネンブツが流れている。

「食って寝て、食って寝てだ」ベツリキがモサモサとオカラ・スシを頬張りながら、ため息を吐いた。「これじゃ出所する頃にゃ、ジャイゴ=サンみたいなスモトリになっちまう。しかも味がマズイ」双子のタケオ兄弟は同時に相槌を打った。「「そのとおり!」」

「逆に俺にゃあダイエットだぜ、こいつは」ジャイゴがあっという間にオカラ・スシを呑み込んだ。「ビフテキが食いてえ。バッファローの味噌漬けでもいい。クリスマスはいつだ!?」「……」正座してスシを食べ終えたフジキドはゼンダを見た。誰とも目を合わせず、暗い目でオカラを咀嚼している。

「労働!キアイ!」合成音声が叱責した。ガンガンガン、というアラーム音が鳴り、ボンボリが点滅。ザシキが解放され、廊下への整列が促される。廊下には既に看守がジュッテを構えて待機している。「歩け歩け!」

 数人の看守が追い立てるままに複数のザシキ牢の囚人達は薄暗い廊下を何度か曲がり、工場区画へ集められる。区画入り口のノレンには「労働が自由にします」「不如帰」とミンチョ書きされている。ここで正午のスシ供給時間まで、彼らには労役としての工場労働が待っている。

 フジキドら「リンドウ」チームに割り当てられたのはバイオイカ・ジャーキーの裏返し業務だ。コンベアーベルトで右から流れてくるバイオイカが繰り返し赤熱するプレス機でプレスされる合間を縫って手をさしはさみ、イカを裏返さねばならない。

 この作業は実際危険で、見よ、「アイエエエエ!」少し離れた上流で悲鳴が聞こえた。うっかりと手をプレスしかかってしまった囚人だ。手動の安全装置があるため致命傷には至らぬが、火傷は免れない。コンベアーベルト表面にはお節介にも「インガオホー」とあらかじめプリントされている。

「アップ」「ダウーン」定期的にジャイゴが発する合図にあわせ、皆で手を差し入れ、イカを裏返す。胸の悪くなるような悪臭である。「アップ」「ダウーン」「アップ」「ダウーン」ベツリキがゼンダとフジキドにおどけた調子で警告する「だんだんトリップしてきて、いい感じに眠くなるけど、ダメだぜ」

「アップ」「ダウーン」……「アップ」「ダウーン」……「アップ」「ダウーン」……プレス機の高熱とイカが発する蒸気で、皆、大粒の汗を流している。フジキドの右隣では、ゼンダが荒い息を吐き、しきりに額の汗を拭っている。「アップ」「ダウーン」……「アップ」「ダウーン」

「アップ」「ダウーン」……「アップ」「ダウーン、おい!」ジャイゴが叫んだ。意識を失いかけたゼンダが、吸い込まれるようにコンベアーベルトへ倒れこんだのだ!「ヤバイ!」巨体のジャイゴが咄嗟に近くの安全装置レバーを引く!「ウオオーッ!ドッソイ!」ガゴン!装置が悲鳴めいた軋み音を発する。

「ドッソイオラー!」ジャイゴがスモトリ仕込みの鬨の声を発し、ジャッキアップめいてレバーと格闘する。だが安全装置が十分に働かない!軋みながらイカもろともゼンダを押し潰そうとする赤熱プレッサー!「早く引きずり出せ!」「「さ、作業着がひっかかっちまってる」」タケオ兄弟が悲鳴を上げた!

 そのときだ!「イヤーッ!」電撃的速度でジャイゴの傍らに到達したフジキドが自らもレバーに手をかけ、力任せにジャッキアップ!ジャイゴのスモトリ膂力を持ってしても押しとどめきれなかったプレッサーがあっという間に引き上がった!「お、オメエ、すっげえな!」ジャイゴが興奮して叫んだ。

 その隙にベツリキがコンベアーベルトに引っかかったゼンダの作業衣のボタンを引きちぎり、タケオ兄弟が朦朧状態のゼンダを力いっぱい引っ張る!ゴウランガ!その苦力、古事記に記された巨大カブ・サルベーション伝説のごとし!見事な連携によりゼンダは救出された!実際彼は危険な状態であった!

 ビガー!ビガー!今更警報音が鳴り響き、機械が完全停止した。おっとりガタナで監督看守が二人駆けてくる。「大事ないか」「ねェよ、おかげさまでな!」ジャイゴが吐き捨てるように答えた。「ならばOK」「エート、よかった」看守たちはくるりとUターンして帰っていく。ベツリキは床にツバを吐いた。

 フジキドは備え付けの水瓶の水をヒシャクで汲み取ると、ゼンダに頭からかぶせて意識を取り戻させた。もう一度ヒシャクで水を掬い、それを飲ませる。「……飲め」ゼンダは荒い息を吐きながら、「クソくらえ余計なお世話……いや……違う。俺が悪い。すまなかった。皆、迷惑をかけた。すみません」

「そうだぜ!」ベツリキがゼンダの肩を叩いた。「こんなとこでタフガイ気取ってもいい事ねェって。仲良くしようじゃねぇの、ジゴクのサバービアは亡者同士って言うだろ?あれと同じさ」ゼンダは口を拭いながら、少し恥ずかしそうに無言で頷いた。冷水が彼の鬱屈を実際洗い流したかのようだった。


◆◆◆


 昼食休憩でガリ・スシを食べながら、ようやくゼンダは「リンドウ」の面々と会話を交わした。彼らを驚かせたことに、この男は、実際この所内食堂備え付けのテレビで囚人たちも観ていたニュース……まさにそこで逐一中継されていた壮絶な「ソバシェフ・ランペイジ事件」の犯人その人なのであった。

 ゼンダはもともとガイオンの地表住まいの人間であり、実直な老舗ソバ店を夫婦で切り盛りしていた。朝早く起きてソバ粉を打ち、適正な価格でそれを振る舞い、店を閉めて4時間睡眠をとり、また起きてソバを打つ……そんなゼンめいた禁欲的な職業生活を営んでいた彼が、なぜあれほどの暴力に走ったのか?

 ……すべての始まりは、彼のソバ店の道路の向かいのマンション群がある日突然、メガコーポ「マグロアンドドラゴン・エンタープライズ」によって買い上げられて更地となり、周辺住民への周知無しに、人工プロテイン粉末加工工場の建設が開始された事であった。

 スシ用プロテイン粉末加工工場が落成すれば、近隣地域はスシ・プロテイン加工時に巨大プラントが際限なく撒き散らす有毒な大気に包まれることになる。反対運動の先陣を切ったのがゼンダだった。大気が汚染されればゼンダのソバ粉はおしまいだ。なにより、愛してきた町が汚される事が我慢ならなかった。

 そもそもなぜ、閑静な住宅街の真ん中にそんなものが?それはマグロアンドドラゴンの巨大コンビナートが、ちょうどその区域の垂直直下、アンダーガイオン二階層にわたってブチ抜きで存在していたからだった。単にそのメガコーポにとって地理的な利便性があったという、それだけの理由の暴挙である。

 なぜそんな暴挙を伝統に厳格なキョート政府が許したのか?賄賂である。莫大な賄賂だ。ゼンダは計画を止めさせるべく、必死に汚職の情報を集めた。脅迫にも耐えた。さらにはマグロアンドドラゴンの後ろ盾のヤクザクランと対立するヤクザクランに協力を仰ぎすらした。

 反対運動が長期化するにつれ、ゼンダを支援していた人々は一人また一人と離れていった。マグロアンドドラゴンによる分断工作……ヤクザクランを用いた執拗な嫌がらせ、転居支援約束といった飴と鞭のやり口が功を奏したのである。しまいにはゼンダは逆に、でっち上げの法令違反をつきつけられてしまう。

 反対運動に心を砕いたが為に肝心のソバ屋は廃業。心労で倒れた妻はそのまま帰らぬ人となった。しかもゼンダが頼ったヤクザクランは最初から敵方とつながっていた。ヤクザクランの敵対関係など、ウィンウィン関係の利益折半約束を前にすれば容易に吹き飛ぶ。ゼンダはお人好しのピエロだったのだ。

 彼は絶望したが、世をはかなんで死ぬかわりに、今回の事件を起こした。ソバシェフ・ランペイジ事件を。「あのとんでもねェ車、お前一人で作ったのか?」ジャイゴが問う。ゼンダは頷いた。「そうだ」中古のリキシャーとソバ出前バイクを溶接合体し、鋼板装甲でカブトムシめいて覆った悪魔のビークルを。

 過重装甲を施され、ロードローラーをタイヤ替わりにしたビークルはトレーラー以上に巨大な怪物であった。ゼンダはそれを用いて道路向こうの工場予定地へ突入。建設中の工場建屋を破壊し尽くすと路上へ飛び出し、道路脇に駐車されていた車両を次々にスクラップにして、最終的に戦車によって鎮圧された。

「俺は許さない……奴らの事は許さないんだ」湯呑みを握り締めるゼンダの手に血管が浮き上がる。「許さない」彼の物言いは現在進行形だ。判決を受け、こうして服役の身となった今も、その憎悪は覚めるどころか永久機関めいて、一層その苛烈さを育てているようであった。

「お前……」ジャイゴは言葉を呑み込んだ。フジキドはそんなゼンダに気圧されて凍りついたようになっている面々の食器を素早く重ねると、静かに席を立った。「今日は私が食器を片付けて来よう。新入りだからな」「お……おう」

 洗い場に食器を素早く返すと、フジキドはほとんど野伏めいたさりげない隠密性でもって食堂の人々をすり抜け、中庭に出た。昼の休憩時間は長い。ケマリ・フットボールをする者、壁によりかかって本を読む者、日陰で写経をする者。看守達の見守る中ではあるが、囚人たちは一時の平安を過ごすのだ。

 フジキドは己のニンジャ動体視力をフルに働かせ、囚人一人ひとりの顔をサーチしていく。彼のニューロンには求める人物の顔立ちがはっきりと刻み込まれている。ガンドーと共に見付け出したマキモノ。そこに挟み込まれた不明瞭な一枚の写真。被写体は、ウミノという名の考古学者……。

「どこにいる……ウミノ=サン」フジキドは呟いた。「どこに……」


3

 キョート城、黄金茶室。

 黄金のイロリで火にかけられた黄金チャガマを挟んで、差し向かいに正座する二人のニンジャあり。

 赤熱する炭を思わせる赤橙色の装束を着たニンジャは煮えたぎる緑の液体を黄金のヒシャクで掬い上げ、茶器に注ぐ。茶器は金ではない。ナスめいた艶やかな黒である。ゼンのアート観はショッギョ・ムッジョを内包したストイックなもので、極めて注意深い洗練の上に存在する。華美なだけではダメなのだ。

 赤橙のニンジャは熟練の手つきでチャ・ミキサーを用い、チャを泡立てると、奥ゆかしく向かいのニンジャに差し出す。「つまらないものですが」「いえ、結構です、悪いです」暗銀色の装束を着たニンジャは一度断る。ここですぐに受け取る愚者は蛮人と見なされ、ムラハチだ。「そう仰らずに」「それでは」

 一度断った事で十分な奥ゆかしさがこの暗銀のニンジャに生まれ、儀式めいて手元で茶器を二度廻した後、いよいよその茶器を口元に運ぶ事が許される。一息に飲み干せば、もちろん「ヨクバリ」扱いで即時にムラハチである。三度茶器を傾け、茶器の底にわずかにチャの緑を残すのが正当なワビチャとされる。

 この黄金茶室の黄金タタミに上がる事を許される彼らのギルド位階は共にグランドマスターであるから、複雑怪奇なムラハチ・トラップが幾重にも仕込まれたワビチャの作法は細胞レベルで正しく理解している。彼らは驚くべき事に、ある程度のくつろぎすら見せていた。

 ここで一度、皆さんに、「格差社会」を掲げるザイバツ・シャドーギルドの厳格な位階制度について説明しておくとしよう。最下級はアプレンティス(徒弟)。これはニュービー、あるいはそれに準ずるニンジャである。その上に位置するのがアデプト(達者)。最も数の多い下級ニンジャだ。

 アデプトの中で特に成果を収め、カラテを極めた者達がマスター位階を授かる。ブラックドラゴンらシテンノは皆、このマスター位階にある。この位階の上にグランドマスター位階は存在し、特にロードのおぼえ目出度い幹部級のニンジャだけが入門を許される。ピラミッドの頂点は無論、ロードその人だ……。

「彼は実際いかがか?スローハンド=サン」赤橙のニンジャ、イグゾーションが切り出した。「……」暗銀のニンジャは言葉を探した。「そうよな」スローハンドの目の周りの皺は熟年者のそれであり、声も低い。だが彼の実年齢は若い、ずっと若い……その老化は、彼のジツの副作用なのだ。

「カラテのワザマエ、状況判断、奥ゆかしさ。申し分無し」スローハンドは言った。「ギルドをより高次の組織へと導く存在たりうるやも知れぬ」「……絶賛だな。スローハンド=サン」イグゾーションは含みを持たせた。スローハンドは目を細める。「何か引っかかる事があるか、イグゾーション=サン」

 イグゾーションはしばし沈黙し、答えた。「そこよ。その申し分の無さ、完璧さ。それがかえって、彼の真意を隠しておるように」「……」「彼の来歴も、実際コウモリめいている事だ」「ふむ」スローハンドは沈思黙考した。イグゾーションは扇子を取り出し、己を扇いだ。スローハンドは茶菓子を取る。

 カコーン。茶室の黄金ショウジ戸の向こうで、控えめなシシオドシが鳴った。これはイグゾーションへの何らかの報せの合図である。外には配下のアデプトないしマスター位階のニンジャが膝まづいているはずだ。しかし当然、「用ができた」などと言ってこの場をすぐに中座するような行為は厳禁である。

「おや、何か聞こえましたな」スローハンドが水を向けた。彼も勿論シシオドシ音がイグゾーションへのメッセージ合図である事を知っている。イグゾーションは頷き、「私が見てきましょう」と答えて腰を浮かせた。「こちらはお任せください」とスローハンド。「申し訳ありません」とイグゾーション。

 二人のやり取りはアートめいて滑らかに完成されていた。ワビチャに精通しない者がこういった場に紛れ込んだ場合、まず間違いなく、恥辱のあまり自らセプクするはめになる。こういった官僚的儀礼の数々は長い年月をかけて形成された無言の障壁であり、格差社会を強固に維持するシステムなのだ……。

「ドーモ、クラミドサウルス=サン」茶室を離れたイグゾーションは廊下で傅く茶色のニンジャに目配せした。「ハハーッ!」クラミドサウルスは両手を顔の前で組み合わせアイサツした。「君の姿を見られるという事は、首尾があったと考えて良いのかな」「その通りでして!」クラミドサウルスは頷いた。

「見つけましてございます。ウミノ・スド。存命です。まぁ、見つからなかったのは、偽名で獄中にいたからでして。ちったあ考えたんでしょうなぁ、しかしまぁ、考えが浅いといいますか、こうなると袋の中のネズミですわ」「でかした!素晴らしいぞクラミドサウルス=サン」イグゾーションは褒め称えた。

「ありがたき幸せで!」クラミドサウルスは額を床に擦りつけた。イグゾーションは彼を促して先を歩かせ、廊下を進んでゆく。ここはキョート城の高い階で、廊下はバルコニー状、朱塗りの手摺の向こうにはキョートの夜景が広がる。夜空には汚染大気を透かして満月が出ている。「風流なものだ」「へへえ」

「今回の任務は君ひとりの極秘任務だよ。ウミノの居場所を知るのは、私と……君だけだ」「へえ。ありがたき幸せで!口が固いのが取り柄でして」クラミドサウルスは頭を掻いて照れ、ノソノソ歩いて行く。「私自身がプリズンへ直々に向かわねばならん。ウミノが抱えるのは、それほどまでに重大な秘密だ」

 イグゾーションはクラミドサウルスから受け取ったマキモノを懐へしまい、繰り返す。「重大な秘密なのだ。……すまんな……」「へえ?」イグゾーションの謝罪をクラミドサウルスは訝しんだ。「そりゃもう、お安い御用です……?」「君の忠誠を疑った事はない」イグゾーションは彼の肩に手を置いた。

「ありがたき幸……え……え?え……アバッ!?」クラミドサウルスは己の身体に異変を感じ、肩に手を置くイグゾーションを見た。「アバッ……アバババッ……アバババッ……!?」驚愕に見開かれたクラミドサウルスの目が内側から光を放ち、白色高輝度LEDめいて激しく輝き出す!「アバババッ!?」

「君の忠誠は素晴らしいものだ……だから私は悲しい。こうしなければならない事はほんとうに悲しいし、すまないと思う」眉間に皺を寄せ、イグゾーションが言う。「ア、アッ!?アバッ?アバババッ!?」クラミドサウルスはせわしなく顔を左右に振ってもがくが、イグゾーションの手は肩から離れない。

「『充填』に時間がかかるね……さすがだ。誇りに思っていいのだよ。ハイクを詠む時間もあるやも知れん、実際詠めはしないが……なにしろ脳がね……しかし君をこんな目に合わせねばならんとは、本当に残念だ」「アバババッ!?アバババッ!?アバババッ!?」

 懐中電灯めいた白光が、両目から、そしてズキンを透かして両耳から、そしてメンポの呼吸孔から迸り出る!「アッバーッ!?」クラミドサウルスは弾かれたように突如バンザイした!「アバババーッ!」そしてバンザイしたまま廊下を走り出す!アブナイ!手摺だ!それをハードル競走めいてジャンプ!

「アバーッ!」ナムアミダブツ!突然の自殺衝動に駆られたが如く、クラミドサウルスは手摺を超えて空中へ飛び出した!「アバーッ!」全身が発光!そして爆発!カブーン!跡形も無く塵と化し、はるか下、城を囲む堀に潜むバイオリュウグウノツカイの餌と化して散らばり落ちる……!ナムアミダブツ!

 おお、おお、これこそがザイバツ・グランドマスターの一人たる彼のおそるべきカラテ、バリキ・ジツ!対象のエネルギーを異常な速度で引き出し、爆発させるジツなのだ!「無駄ではない、君の死は無駄では無いぞ、クラミドサウルス=サン!」イグゾーションは懐のマキモノを撫でる……!

 フェー、フェアオー、フェー。鑑賞的なアコーデオン音をBGMに、繰り返しの再生でノイズまみれとなった映像が流れている。等間隔であぐらをかいた囚人達は、ある程度くつろいで、手元のスナックやチャを口にしながらそれを眺めている。今日は月に一度の映画レクリエーション日である。

 レクリエーションや体操は囚人のフラストレーションを解消し暴動を防ぐうえで実際重要である。その意味で、プリズンといえど、ある程度の権利保証はあるのだ。……「アカチャン。おっきくね」「オマエサン」「働くよ」発車直前の新幹線のホームで、赤子を抱えた女と屈強な男が最後の別れを惜しむ。

「グフッ、ウフッ」フジキドは隣のジャイゴを見た。ジャイゴは笑っているのではない。嗚咽しているのだ。「ウウー」「あいつ、カカアと子供が塀の外にいるからな。ど真ん中よ」隣のベツリキがフジキドに耳打ちした。「カミさん律儀なもんだぜ、まだ五年はお勤めが残ってるのに、毎週手紙が来るんだと」

「そうか」フジキドは無表情にバイオ米ウエハースを食べた。「……家族はいい」映画は走り去る新幹線の画で幕を閉じ、スタッフロールが流れ出す。「ウオッ、ウオーッ」「うるせえよ!」他の囚人の誰かがジャイゴを咎める。「ウオーッ」

 ゼンダは無言でモグモグとお相撲チョコを咀嚼していた。彼もまた妻と別れている、そして彼の場合は死別である。一週間である程度リンドウの面々と打ち解けたゼンダであるが、いまだ、暗い瞳には、読み取り難い闇を秘めているのだった。

「そんでよ、モリタ=サン」ベツリキがフジキドに耳打ちした。「どう……だった」フジキドは答える代わりに、バイオ米ダンゴを差し出した。「食べろ」「いや、おい……」フジキドは無言でさらに促した。ベツリキは何かを悟り、ダンゴを口に入れて噛んだ。ガリ、と硬い音。ベツリキは目を見開いた。

「マジでやりやがった」ベツリキは呻いた。ダンゴの中に入っていたのは小さな鍵である。フジキドはベツリキを瞬きせず凝視する。彼は鍵をアメのように舐めながら頷いた。「わ、わかってら。大丈夫だよ。あんたを騙そうなんて思ってねえ。マジで感謝だぜ。怖い顔で見ねえでくれよ」「……で、どうだ?」

「いねぇ」ベツリキは言った。「いや、待ってくれ。ウミノって奴はいねぇんだ。本当だ!だが、おかしい奴がいる。おかしいってのは二重の意味だな、考えてみりゃ」「……」「問題行動を起こしてばっかりだ。独房に入り浸ってる奴がいるンだよ。出てきちゃあ、また戻る。……で、俺は思ったのさ」

 フジキドは目を細めた。ベツリキは一層声のトーンを低くした。「……察しがつくかい?そいつ、何でそんな独房に行きたがるんだ、って考えるわな。当然、独房懲罰はホテルなんかじゃねえ。引きこもりたい奴が快適でいられるような場所じゃねえぜ。実際キツイ。なのにそいつは……」

 フジキドはほぼ確信した。追っ手を逃れるためにプリズンへ自ら入って行ったのなら、さらなる「安全」を求めて独房を求めるのも自然だ。ウミノという人間がいないのであれば、即ち偽名。独房のその男をまず目指すべきであろう。

「マツリ!アソビ!ヨイサ!ホイサ!」映画プログラムは二本立てだ。タイコを叩く大量のスモトリが映し出され、画面に「大きい勝負」とタイトルが表示される。「ウオオー!」ジャイゴがまた号泣した。「しょうがねェな。今度はスモトリ時代を思い出してンだな。ど真ん中よ」ベツリキが呟く。

 あまり時間は残されていないやも知れぬ……フジキドは沈思黙考した。囚人と信頼関係を築き上げ、情報を収集するのに一週間。鼻の聞く囚人が同室にいたのは僥倖だった。ベツリキが欲したのはボイラー室の鍵だ。なぜ?……ベツリキは大胆にも、脱獄を計画しているのだ!

 ベツリキには半年にわたって練り上げた脱獄計画がある。入所したばかりのフジキドであるが、持ち前のニンジャ洞察力を持ってすれば、日々の服役でベツリキが隠しきれずにいる不自然さを察知するのは容易であった。フジキドは容赦無いプレッシャーで彼の計画に割って入り、取引を持ちかけたのである。

 フジキドは看守詰所からボイラー室の鍵を取ってくる。ベツリキはウミノの所在を探し出す。それが交換条件であった。フジキドはあっさりと鍵ミッションを成功させた。ニンジャだからだ。

 地下のボイラー室に侵入したベツリキがどのような手段でプリズンの外を目指すか、フジキドにはさほど興味がない。おそらくそこから下水かアンダーガイオンへでも抜けるのだろう。ベツリキはあと三年で出所だ。だが彼には秘密のカネの隠し場所があり、放置はできぬという事だった。

「独房棟へつながる渡り廊下は一つだ」ベツリキは言った。「どうすんだよ。どうやって行くつもりだ?」「気にするな」フジキドは無感情に答える。「オヌシらの迷惑にならんように、やる」「知らねえぜ」


◆◆◆


 プリズンの玄関に現れた男がIDを係官に提示するまでもなく、その佇まいは十分に威厳に満ちたものであり、男が非常に丁重に扱わねばならぬ来客であるという事は明らかであった。対応した係官は失禁をこらえた。それはあるいは、遺伝子に刻み込まれたニンジャへの畏れか。

 男はニンジャ装束姿で現れたわけではない。紳士然とした隙の無いスーツ姿である。だが、彼の名状しがたい威圧感……ニンジャ性とでも言うべき迫力は、一般人への擬態で隠しきれるものではない。白金色の虹彩と暗黒の瞳孔が係官を射抜く。「ドーモ。キョート中央署のコジマです」男はIDを提示した。

「こちらに収監されているトオヤマ・デンジとの面会を希望します」「アイ……エエ……」係官はゆっくりと失禁しながらコジマのIDと令状を見た。「た、確かに確認致しました」息も絶え絶えに、係官は「出さない」と書かれたシャッタードアを開いた。「この先は別の者が案内します……」「ありがとう」

 かくして、イグゾーションは堂々と正面からプリズンへ侵入した。IDと令状は当然、偽装されたものである。コジマというデッカーも存在しない。ザイバツ・シャドーギルドにとって、キョートの治安システムなど児童の積み木にも等しい。だが仮に偽装が見破られたとしても、係官は彼を咎めず通すだろう。

 例えば読者の皆さんが警官だとして。竜巻の信号無視を咎め、行く手に立ちはだかるだろうか?そんなことをしてバラバラに引き裂かれて死ぬ事に、果たして何の意味があろう?正義はあるか?勇気は?否。ただの蛮勇、無意味、犬死である。ザイバツのグランドマスター・ニンジャとはそういう存在なのだ。

 考古学者ウミノはトオヤマ・デンジという名でこのプリズンに潜伏している。アンダーガイオン最下層の遺跡発掘隊から脱走した愚かな男。彼の握った秘密はザイバツ・シャドーギルド自体の欲するところである。だがイグゾーションには独自の思惑があった。ロードへ身柄を献上する前に、確かめるべき事実。

(フジオ・カタクラ。せいぜい思い上がって、何もかも上手くいっている気になっておるがいい)別の係官に導かれて廊下を歩きながら、イグゾーションはダークニンジャを呪った。(過去は腐れた流木のごとし。どれだけ念入りに沈めようと、また再び浮かび上がるものよ)


4

「アップ……ダウーン」「アップ……ダウーン」むせ返る熱気とバイオイカが焼ける臭気で、この日のバイオイカジャーキー作業場も平常どおりの過酷さであった。囚人たちは単調な作業に埋没し、己が機械のネジクギとなって取り込まれたような感覚に陥る。それが何年も、罪によっては何十年も続くのだ。

「アップ……ダウーン」「アップ……ダウーン」ベツリキは顔色がすぐれず、目が泳ぎがちだ。フジキドはそれを尻目に無表情で淡々とイカを裏返す。「……モリタ=サン」思いがけずフジキドに声をかけて来たのはゼンダであった。「どうした」「この前は済まなかったな」「……」

 フジキドはイカを裏返しながらゼンダの言葉を待った。ゼンダは無駄口を叩かない男である。極端に。「あんた、どうしてここに?」「前も言った通り、スシ屋強盗だ」フジキドは答えた。だがゼンダは遮った、「いや、いいんだ。そういうのは。咎めたり、チクろうってンじゃない」「……」

「俺が言うのも何だが、あんた、普通じゃ無いからな」「……その質問は単純な興味からか、ゼンダ=サン」「そうだ」ゼンダは言う。「今後あんたと話す機会も無いだろう」「……」フジキドはイカを裏返しながらゼンダを見た。ゼンダは確信的な表情であった。今後話す機会が無いと彼は言ったのだ。

 この男はベツリキの脱獄計画について、ある程度感づいているようだ。今日これからフジキドが行う事について……?ゼンダの方から口を開いた。「だいたい知ってる。今日なんだろ。ベツリキ=サンを見てりゃわかる。俺は鋭いんだ……最近な……」

 フジキドは無言である。ゼンダは言葉を継いだ。「ベツリキ=サンの計画に乗っからせてもらう」「……復讐か」「俺にはもう何も無い。だが、外でやるべき事が残ってる。ソバシェフ・ランペイジ事件は続いているんだ」ゼンダは目を細め、フジキドの反応を見守った。

 フジキドはイカを裏返しながら考える。ゼンダはどこまでやる?彼が世に放たれれば、今度は建設中物件の破壊などでは終わるまい。彼を絶望へ追いやったメガコーポの人間のみならず、多くの無実の市民すら犠牲になるやも知れぬ。だが、フジキドにはゼンダの復讐を懸念する資格など、ありはしない。

 フジキドがニンジャスレイヤーとしてニンジャを殺し続ける中で、無実の市民はどれだけ死んだだろう?ニンジャスレイヤーの存在がどれだけの市民を不幸にしただろう?そんな事を考えていてはキリが無い……。「イカを裏返せ、ゼンダ=サン」フジキドは言った。


◆◆◆


「アイエエエエ!アイエエエエ!アイエエエエ!グワーッ膵臓!膵臓がーッ!」グラウンドにフジキドの絶叫が響き渡ったのはその日の昼休みの事であった!「グワーッ!アバーッ!」砂利の上に嘔吐!さらに両腕をしゃにむに振り回し、近くの囚人を殴りつける!「グワーッ!?」「苦しい!苦しい!」

「てめェ何を……グワーッ!?」「苦しい!苦しい!」「グワーッ!?」「取り押さえろよ!看守!」「助けて!」「グワーッ!グワーッ!」ジュッテとサスマタで武装した看守達が駆けつけた時には、フジキドは砂利の上で痙攣、虫の息であった。「この野郎!」殴られた囚人達が倒れた彼を蹴りつけている。

「おい畜生やめろ!」ジャイゴが食堂からグラウンドへ飛び出し、囚人達を押しのけて近づいた。「そいつはリンドウの奴だ!おい!どうしたんだモリタ=サン!」「膵臓グワーッ!」「どけ」看守が無慈悲にジャイゴを押しやる。そしてフジキドから他の囚人を引き離した。「全員首の後ろで手を組め!」

「グワーッ!アバーッ!」フジキドは痙攣しながら今度は吐血しだした。「ヤバイぜ!」囚人達がどよめく。「医務室だ!急げ。ストレッチャー重点!」看守が大声で指示。すぐにストレッチャーが別の看守達によって運ばれてくる。「グワーッ!グワーッ!」「急げ!」

「ナムアミダブツ!あいつ、マジでやりやがった」ベツリキは柱の陰で呟いた。フジキドは複数の看守によって医務室へ運ばれて行く。医務室は独房と同じ建物、渡り廊下の先だ。グラウンドでは興奮した囚人達が看守に詰め寄り、あるいは互いに言い争い一触即発!

 ベツリキはしめやかに歩き出す。囚人達の視線とは逆方向だ。看守達もグラウンドでの騒ぎが暴動に発展しないよう、今まさに瀬戸際の状態である。そんななか、ベツリキ一人だけが目的を持って……否!「待て、ベツリキ=サン」「アイエエエ!?」ベツリキは思わず悲鳴を挙げた。振り返るとゼンダ!

「俺も行くぞ」「なンだと!?」「お前の企みに気づいたのはモリタ=サンだけではなかったと言う事だ。だが話は後だ。お前に拒否権は無い。断ればすべてバラす。迷っている時間も無いぞ、さあ!」「……クソッ!なら来い!早く!」

 ビガービガービガー!警報音が鳴り響く。『正門でトラブル!各自武装し侵入者を押しとどめよ!マッポの到着を待て!』「……正門?」腰を落として足早に進みながら、ベツリキは訝しんだ。「また何か別件か?」ビガービガービガー!「まあいい。好都合よ。いいかゼンダ=サン、ボイラー室だぜ」「うむ」


◆◆◆


「おや、なんだか騒がしいね?」紳士然とした男は……イグゾーションは独房の外へ耳を向けた。だがさほど気にはかけず、狭い独房の隅で震えながら失禁するトオヤマ・デンジをにこやかに見下ろすのだった。「そうでも無いか?ウミノ=サン」「……!」「そんなに怖がる事は無い、ウ、ミ、ノ、サ、ン」

「アイエエエエ……!」「よいか?私は、その……拷問だの、暴力だの、その類の野蛮な行いは好まないのだ。あれはそれ相応のゲニンの仕事だからね」イグゾーションは無感情に言う。「部下にはその手の行為を好むサディストも少なくないがね。ニンジャソウルは人間の残虐性に影響を及ぼすのかな?」

 イグゾーションの手がトオヤマ・デンジ……偽名を使ったウミノ……の首筋に伸びる。「教えてくれないか。質問には全て答えたまえ。正直にするんだ。そうすれば君もきっと生きられる。私は寛大なのだから」「し、知りません。ニンジャソウルのそうした性質の事は。本当です」「そうか。では次の質問だ」

「アイエエ……アバッ……!?」首筋を押さえつけられたウミノの目が白色LEDボンボリめいて徐々に輝き出す。「アバッ……?」「大丈夫だ……まだ……まだオーバーロードはしていない……実際繊細な作業だよ。君の体内から活力を引き出してあげているんだ。恐れずに喋る……活力を」「あああ……」

「では次の質問だ。君はなぜ、君が指揮するコフーン遺跡の調査隊から逃げた?大変名誉な仕事であるし……ロードのご期待も大きかったわけだが……」「アバッ……アバッ……アバッ……お、恐ろしかったのです。災いが。全世界に災いが。ビジョンが……」「ビジョン。なんと非科学的な」

 イグゾーションは眉を顰める。ウミノが震え、体の内側が輝き出す。「アバババッ!?」「……いけない。力がこもってしまう。君は嘘を言っていないね。あの神器が大きな災いを呼ぶと?学者の君はそんな蒙昧な話を真っ先に否定してかからねばならんだろうに。だからカギを持って逃げたと?」「そうです」

「宝具殿の鍵はどこに隠した。言いなさい」「アバッ……アバッ……」「言いなさい」「い、言います……言います、全て話します、観念しました。本当です助けてください」「言いなさい」「アバッ……口頭の説明ではわかりにくい……」「なるほど。では次の質問だ」「アバッ……」

「君の教え子の事だ」「アバッ……?教え子の……?」「そう。君の研究室にかつて、フジオ・カタクラという男がいたはずだ」「アバッ……!フジオ……フジオ、カタクラ!」

「そうだ!知っているね!」イグゾーションの声に熱がこもる。「フジオ・カタクラ!」「アバッ……アバッ……か、彼は。彼は、私の元助手のホソダ=サンと二人で会社を興していた。インディペンデントな冒険家カンパニー……それこそ遺跡の発掘も請け負って……しかし、なぜそんな事を……?」

「私にとって大変重要な情報だ!」「アバッ、ホソダ=サンは!ホソダ=サンはしかし、落盤事故で遺体で発見され、フジオ=サンは……彼に至っては死体すら発見されなかったと聞く……」「実際生きておるからな!素晴らしいぞ!」「アバーッ!」「……何者!」イグゾーションは突然入り口を振り返った。

 その瞬間だ!「Wasshoi!」独房の鋼鉄フスマが一撃で破砕!廊下から一人の囚人が飛び込んで来た!「イヤーッ!」イグゾーションは一瞬のためらいも無しに、フスマの穴から突入して来た囚人めがけてカラテパンチを繰り出す!

「イヤーッ!」囚人はカラテパンチを片手でそらし、自らもチョップで反撃!囚人は赤黒いニンジャ頭巾を被り、鋼鉄のメンポで顔を覆っている。禍々しき「忍」「殺」のレリーフ!「なんだと!」叫ぶイグゾーション!そのままワン・インチ打撃の応酬が始まる!「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 激しい格闘が行われるうちに、両者の衣服に変化が生じる……イグゾーションの上等なスーツはカラテの一打一打のたびに細切れに破け、中から全身を覆う赤橙色のニンジャ装束が現れた。いつのまにかその顔もニンジャ頭巾とメンポを装着している!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」囚人もまた同様だ。囚人服は内側から染み出した赤黒い血で染まり、超自然的な力で捻じ曲げられ、いつしか頭巾と同じ赤黒い色のニンジャ装束の形をとっていた。我々はこの男をあまりにもよく知っている。その通り!彼こそ復讐の鬼、ニンジャスレイヤー=フジキド・ケンジ!

「イヤーッ!」イグゾーションがニンジャスレイヤーの顎を蹴り上げる。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはバック転で鋼鉄フスマの穴から廊下へ飛び退がり、空中でスリケンを四連続投擲!「イヤーッ!」電撃的速度で四枚全て指先で挟み取るイグゾーション!「アイエエエ!」悲鳴を上げるウミノ!

「イヤーッ!」イグゾーションの激烈な回し蹴りがひしゃげた鋼鉄フスマを根元から破砕!フスマは廊下の床に叩きつけられる!「……ドーモ、はじめまして。ニンジャスレイヤーです」廊下にゆっくりと進み出たイグゾーションへ、ニンジャスレイヤーがアイサツした。

「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。私はザイバツ・シャドーギルドのグランドマスター・ニンジャ。偉大なるロード・オブ・ザイバツの腹心。イグゾーションです」イグゾーションがオジギを返した。「どこで知ったか、君もウミノ=サンを追って来たか。一足遅かったな」

「遅い?何が遅いものか。ザイバツの幹部級ニンジャ。オヌシの事は惨たらしく殺し、プリズンの正門に首を吊るす。そしてウミノ=サンを確保するだけの事。ニンジャ殺すべし」ニンジャスレイヤーは無造作に言い放った。「噂通り無慈悲な男だ」イグゾーションはカラテを構える。

「君のワザマエはある程度理解した。なるほど、デスナイト=サンやブラックドラゴン=サンを破ったのは嘘では無いようだ」「そして次はオヌシだイグゾーション=サン。ニンジャを全て殺し、ザイバツ・シャドーギルドも解体する」「なんたる夢見がちな男であろうか」「イヤーッ!」

 ニンジャスレイヤーが仕掛けた。心臓めがけた右手チョップ突きだ!「ハッハハハ!イヤーッ!」「グワーッ!?」ニンジャスレイヤーはスマートボールめいて元来た位置へ弾き飛ばされた!右手チョップ突きと交差させてイグゾーションの左チョップ突きが伸び、ニンジャスレイヤーの顔面を捉えたのだ!

「ヌウッ!」体勢を立て直すニンジャスレイヤーへイグゾーションは追い討ちをかける!「イヤーッ!」回し蹴りだ!ガードするニンジャスレイヤー!重い!「イヤーッ!」さらに回し蹴りだ!重い!「イヤーッ!」さらに回し蹴りだ!重い!

 ニンジャスレイヤーは肘先で重い蹴りをガードするが、徐々に体の向きが強制的に横向きにされてゆく。これは実際アブナイ!「イヤーッ!」イグゾーションが身を沈め、水面蹴りでニンジャスレイヤーのふくらはぎを蹴りに行く!ナムサン!もはやほとんど真後ろからの攻撃だ!

 だが!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはイグゾーションの水面蹴りをまたぐようにブリッジ!そこから手をついたままバック転!これは後世にカポエイラやブレイクダンスへ転用された古代カラテ技、マカーコである!バック転の着地点にはイグゾーション!「グワーッ!?」全体重と遠心力を叩き込む!

 イグゾーションを踏みつけた反動でニンジャスレイヤーは垂直に回転ジャンプ!再度ストンピングにゆく!「イヤーッ!」イグゾーションは床をゴロゴロと転がるワーム・ムーブメントでこれを回避!「イヤーッ!」至近距離からスリケンを投げつつ起き上がる!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは飛来するスリケンを全て指先で挟み取り、投げ返す!「イヤーッ!」「イヤーッ!」イグゾーションはニンジャスレイヤーへ向って半身になり、側転!その足をぶつけに行く!スリケンをかわしながらの奇襲攻撃だ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはバック転で回避!

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」側転蹴りを連続で繰り出すイグゾーション、それを連続バック転で回避するニンジャスレイヤー!赤橙と赤黒、二色のニンジャが回転しながら渡り廊下を猛烈な速度で突き進むさまはさながら炎の車輪のごとし!

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」いつしか二者は渡り廊下を渡り終えようとしていた!「アイエエエエ!?」「ニ、ニンジャ!?」「ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」渡り廊下の入り口を警戒していた看守が悲鳴を上げる!

「ニンジャスレイヤー=サン。君は実際良くやった」イグゾーションは無造作に看守の一人のもとまで歩くと、怯える彼の頭を有無を言わせず掴んだ。「アイエエエ!?アイエ……ア、アバーッ!?」看守が痙攣し、体内が眩しく発光する!もう片方の手で、もう一人の看守の頭も掴む!「ア、アバーッ!?」

「マカーコの奇襲は目の覚めるようなものだった。君のワザマエを疑いはすまい」「アバーッ!」「アバーッ!」ナムアミダブツ!掴まれた二人の看守は目、口、鼻、耳から激しく発光!ニンジャスレイヤーはジュー・ジツを構え警戒!「……充填完了だ。さあ、バリキ・ジツだ。ニンジャスレイヤー=サン」


5

 イグゾーションは看守二人から手を離した。「これがどうなるかというと……」「「アバーッ!」」突然看守二人はバネじかけオモチャめいて両手をバンザイした!「「アバーッ!」」そして、ナムアミダブツ!ニンジャスレイヤーめがけ二人がバンザイしたまま突進開始!「「アバーッ!」」「ヌウウッ!?」

 なにかマズイ!ニンジャスレイヤーは素早く回転ジャンプして看守二人を飛び越える!「「アバーッ!?」」看守二人がさらに激しく発光!そしてカブーン!スマートボムめいて輝きながら爆発四散!「グワーッ!?」空中に避けながらも爆風はニンジャスレイヤーを襲う!吹き飛ぶニンジャスレイヤー!

「ハッハハハ!これがバリキ・ジツだ!」イグゾーションは笑った。「君のカラテはこのジツを破れはしない!そして私が求める『弾薬』はきっとこの先にあるだろう!」「ヌ……待て!イグゾーション=サン!」「ハッハハハ!」ナムサン!イグゾーションは余裕の体で身を翻し、通路を走り去る!

 ニンジャスレイヤーはイグゾーションを追う。この先は食堂そしてグラウンドだ。無数の囚人がいるはずだ。イグゾーションのバリキ・ジツはどうやら人間をああして時間差で爆発させる効果を持つと見た。彼の目的はあまりにも明らか。囚人を爆弾にしてニンジャスレイヤーへ次々にぶつけようというのだ!

 ウミノは独房で拘束されたままである。どのみちここは刑務所だ、動けはすまい。今はただイグゾーション殺すべし!いかな囚人といえど、ゴミのように爆弾として消費される謂れは彼らには無いのだ!

 イグゾーションを追って角を曲がると、早速その悪魔的洗礼がニンジャスレイヤーを出迎えた。「アバーッ!」「アバーッ!」「アバーッ!」「アバーッ!」「アバーッ!」食堂廊下をバンザイしながら走ってくる囚人達!その目、鼻、耳、口が激しく輝くさまはまるで黄金のトーチライト爆弾群!無慈悲!

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケンを投擲!あやまたぬ狙いで彼らの脳天にスリケンが突き刺さるが、バンザイ突進の勢いは止まらない。なんらかのカナシバリ・ジツを応用しているのだろうか、彼らは機械的決断力でニンジャスレイヤーへ 突進してくるのだ!

「アバーッ!」「……イヤーッ!」迫る囚人めがけ、ニンジャスレイヤーは槍めいたサイドキックを繰り出した。爆発する前に蹴り飛ばそうというのだ。「アバーッ!」カブーン!蹴りを受けて吹き飛んだ囚人は壁に激突、その瞬間に爆弾四散!さらに次の囚人が迫る!「イヤーッ!」「アバーッ!」カブーン!

 さらに次の囚人が迫る!「イヤーッ!」「アバーッ!」蹴り飛ばす!カブーン!さらに次の囚人が迫る!「イヤーッ!」「アバーッ!」蹴り飛ばす!カブーン!さらに次の囚人が迫る!「イヤーッ!」「アバーッ!」蹴り飛ばす!カブーン!「どこだ……どこだイグゾーション=サン!」

「世はなべてこともなし!」どこからかイグゾーションの嘲笑が響く。姿は無い!食堂から次々にバンザイで飛び出してくる囚人達!「「アバーッ!」」「アバーッ!」「アバーッ!」先頭の男二人は……ナムアミダブツ……同室のタケオ兄弟に他ならぬ。

 ニンジャスレイヤーの脳裏に一瞬、作業の合間に双子ジョークを披露するタケオ兄弟の姿がよぎった。「イヤーッ!」一度に10枚のスリケンを連続投擲、二人の両脚をスリケンで破壊!「「アバーッ!」」バンザイしたまま転倒する彼らに後続の囚人が次々につまずく!そしてまとめて爆発!カブーン!

 うずたかく積もる囚人達の無惨な死骸を踏み越え、さらに多くの囚人達が食堂から飛び出してくる。「アバーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはガラスショウジ戸を突き破ってグラウンドへ退避した。さいわいグラウンドは既に無人だ。開けた場所へ出ればあるいは……!

「当然そうするであろう」姿無きイグゾーションが嘲笑う。「そして君に逃げ場はなくなった事だ!」ナムサン……グラウンドに接する全ての戸口から次々に現れるバンザイ囚人達!これを凌ぎ切れるのか?ウカツ?いや、行動選択の余地は無い。恐るべきはイグゾーションのアドバンスド将棋めいた包囲戦術!

「アバーッ!」「アバーッ!」「アッバーッ!」グラウンドにつながる昇降口は四つ!その全てからバンザイ囚人が飛び込んでくる!ニンジャスレイヤーは片膝をつき、スリケンを機関銃めいた速度で連続投擲!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」狙いはバンザイ囚人達の脚だ!

「アバッ!アババッ!アバババッ……」スリケンで膝下を破壊され、崩れてゆく囚人達!後続の者たちがそこへ殺到、次々に転倒しながら爆発四散!カブーン!爆発四散!カブーン!爆発四散!カブーン!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「アババッ!アババッ!アババッ!」

 四つの出入り口のどれかから囚人が姿を現すたび、ニンジャスレイヤーは素早くその膝下へ照準しスリケンを投擲、転倒・自爆させる。ニンジャスレイヤーは逡巡を押し殺す。彼らは犠牲者にすぎない、これは虐殺ではないか?否、彼らは既にイグゾーションのジツのエジキとなっている。死体と同じ!同じだ!

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「アババッ!アババッ!アババッ!アババッ!」カブーン!カブーン!カブーン!カブーン!この地獄絵図はいつまで続く?防戦一方……果たして攻めに転ずるきっかけはどこにある?なんたる陰惨……なんたるサツバツか!そして……おお……現れた巨体……!

 ニンジャスレイヤーは己の心を昆虫めいて無感情に保った。スリケンを連続投擲した。バンザイしながら突進してくるジャイゴの顔は目・鼻の穴・口から激しく発せられる光によって窺い知る事ができぬ。それが幸いである。膝下へスリケン。五枚。十枚。十五枚。崩れぬ。スモトリだからだ。

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」40枚……崩れぬ……崩れぬ……!50枚!「アババーッ!」ついにジャイゴは膝をつく。しかし、これによりニンジャスレイヤーは複数の囚人の接近を許してしまう事となった。爆風の届く距離に!壁だ!壁を蹴って三角跳びで逃れる……カブーン!カブーン!

 カブーン!カブーン!「アババッ!」「アババッ!」「アババッ!」「グワーッ!」カブーン!カブーン!「グワーッ!」ニンジャスレイヤーへ折り重なる囚人達……爆発……ナ……ナムアミダブツ……ナムアミダブツ……!

「……なんと。入念にもほどがある重点攻撃で、実際オーバーキルと考えたのだが。これでは自信喪失だよ」闇の中、ニンジャスレイヤーの聴覚は接近する足音とイグゾーションの声を聞く。「原形を残しているとは。なんたるニンジャ耐久力か、ニンジャスレイヤー=サン」

 ニンジャスレイヤーは全身の力を振り絞り、起き上がろうと努めた。血流が四肢にエネルギーを循環させるが、それはアスファルトの淡雪めいて虚しく失われてしまう。ぼやけた視界がイグゾーションの足先をとらえる。用心深く距離をとったまま、値踏みするようにニンジャスレイヤーを見下ろしている。

(殺すべし……ニンジャ……憎き敵……殺すべし……)ニューロンにフジキドの憎悪が木霊する。それはやがて地獄の底から沸き上がるようなもう一つの声と重なりあう。((殺すべし……ニンジャ……ニンジャ殺すべし……))フジキドはナラク・ニンジャのうわ言めいた呟きを命綱のように握り締める。

((……ニンジャ殺すべし……))やがて全身に新たなエネルギーが循環しはじめる。不浄なエネルギーが。枯れた温泉の隣に新たな温泉脈が発見されたように。ブラックドラゴンとのイクサ以後、戦いの中でフジキドは徐々にこのイメージを育てていた。ナラクの力を引き出すイメージを。ニンジャ殺すべし。

「なんと!まだやれるのか」イグゾーションが驚きの声を上げた。「何者だニンジャスレイヤー=サン?」殺すべし……ニンジャ殺すべし……「ニンジャ殺すべし!」次の瞬間、ニンジャスレイヤーはうつ伏せ姿勢のまま空中へ跳び上がった!「イヤーッ!」

 そのままニンジャスレイヤーはイグゾーションめがけてダイブ!そして空中パンチを繰り出す!「イヤーッ!」速い!「イヤーッ!」イグゾーションは咄嗟に腕をクロスさせ奇襲攻撃をガード!並のニンジャであれば一撃で首から上を吹き飛ばされたであろう打撃!イグゾーションのブレーサーがひしゃげる!

「できる!」イグゾーションは飛び下がりカラテ姿勢をとった。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは素早く踏み込む。踵が地面と摩擦し煙を噴き上げる。そして拳を突き出す!ポン・パンチ!「イヤーッ!」イグゾーションは片膝と両腕でガード姿勢!しかしポン・パンチはそれを破った!「グワーッ!?」

 衝撃に負け、イグゾーションのガードが開く!ニンジャスレイヤーは突き進んだ。本来ポン・パンチは繰り出した後の体勢復帰に時間を要するカラテ技である。しかし、おお、いかなる物理的克服か!?ニンジャスレイヤーは既にイグゾーションのワン・インチ距離でジュー・ジツをかまえていた!

「なんと……」「……」ニンジャスレイヤーの片目が不吉に光る。そして、「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「グワァァーッ!?」六!六連打である!一瞬にして六度の打撃が、イグゾーションの肋骨に叩き込まれた!「ゴボッ!」イグゾーションのメンポから血が零れる!

 体勢を崩したイグゾーションめがけ、ニンジャスレイヤーはチョップを振り上げる。カイシャクだ!「フフフ君は……無理をしているね」イグゾーションが不敵に笑う。「ゴボッ」「……イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは肩口めがけ、無慈悲にカイシャク・チョップを振り下ろす!「イヤーッ!」

 ゴウランガ!チョップが!チョップが止まった!なんたることか!イグゾーションはチョップの手首を掴み、止めたのだ!「君は無理をしている。私も頑張ってみようじゃないか」イグゾーションの両眼が白色LEDボンボリめいた光を放つ!ナムアミダブツ!セルフ・バリキ・ジツ!

「実際このジツは……加減が難しい!」「ヌウーッ!?」ニンジャスレイヤーはもがくが、手首を掴んだ手は振り払えない。「このジツは自分用ではないのだ。加減を間違えばあっという間にオーバーロードだよ!そしてもちろん私はここでセプクするつもりは無い……イヤーッ!」「グワーッ!?」

 強烈!強烈なアッパーカットである!顎を拳で突き上げられたニンジャスレイヤーが垂直に吹き飛ぶ!そしてナムアミダブツ!グラウンドの空に張り巡らされた金網に大の字に叩きつけられ、力無く落下!ニンジャスレイヤーは大の字にうつ伏せダウン!もはやナラクの力は活動限界か……!?

「さすがだった!ニンジャスレイヤー=サン!さすがはベイン・オブ・ソウカイ・シンジケート!ハハハハハ!」バリキ・ジツが自らの精神に影響を及ぼしているのか、イグゾーションは大袈裟に拍手して歓喜した。「私の怪我はだいぶ重い!ハッハハハハハハ!誇りに思いたまえ!ハハハハハハ!」

 ニンジャスレイヤーはぴくりとも動かぬ。無念……無念の気絶か!そして恐るべしザイバツ・シャドーギルド!恐るべしグランドマスター位階!ニンジャスレイヤーのカラテ努力はまだ足りぬというのか!?このままカイシャクされてしまうのか……!?イグゾーションはなにやら思案顔で彼を見下ろす!

 そのままイグゾーションは4分の1分ほど思案していただろうか?やおら彼は背後を振り返った。そして、戸口に立ったニンジャ存在を睨みつけた。「何者だね?」「おう!派手にやってる!嫉妬しそうだぜ!」ニンジャはグラウンドに散乱したヒューマン・ボムの残骸たる無数の手足を見渡した。

「エート、ドーモ、どっかのニンジャ=サン。デスドレインです!」拘束衣めいたニンジャ装束を着たそのニンジャは嘲るようにオジギした。その足下に、じくじくと黒い質量存在が染み出し、わだかまる。「祭りは終わっちまったの?」

「ドーモ、デスドレイン=サン。ザイバツ・シャドーギルドのグランドマスター、イグゾーションです」イグゾーションはアイサツを返した。「残念ながらそういう事になるね、デスドレイン=サン。君は……ふむ、ザイバツのニンジャではないのか」「いやァ、悪いなァ」デスドレインは頭を掻いた。

「グランドマスターって偉いんだよな?ザイバツ=サン。この前、あンたのとこの下っ端をよろしくやっちまったよ。許してくれよな。死ぬ時そいつら、ブザマに泣いてたぜ、へへへへ!」デスドレインはニンジャスレイヤーを見た。「そいつ、死んでンの?」「……」デスドレインの足元が黒く沸騰する。

「まぁいいや!」デスドレインは肩を竦めた。「おれの目当て、そいつじゃねェし、このへんに散らばってる奴らでもねェから……わかるんだよ、俺の目当てはそのへんでクソどもに紛れて死ぬようなタマじゃねェって。俺はピンと来るのよ。実際あンた殺してる暇は今は無いや!目当てに逃げられちまう」

「私が君を引き留めるかも知れないぞ?」イグゾーションはデスドレインをまばたきせず見据えている。「ああ、それは無理だ!」デスドレインは手をひらひらと振った。直後、彼とイグゾーションとの間に間欠泉めいた黒い飛沫が噴き上がった!怒涛を挟みデスドレインが嘲笑う。「オタッシャデー!」


◆◆◆


「開けたり閉めたりする」とレリーフされた呪術的八角形のマンホール蓋がガタガタと揺れた。そして沈黙。……そしてまた音を立てて揺れ始める。路地は狭い。いまだ日は高い時間帯であるが、この区域は薄暗い。

 ガイオン地表レベルといえど、富裕層ばかりが暮らすわけではない。ゴリラ門付近などは尚更だ。門のただ一枚越えれば、その先にはキョート市民権IDを持たぬ者たち、アンダーガイオン居住者よりもなお虫けらじみて扱われる者たちのスラム街が広がる。門のこちら側も行儀が良いとは言い難い……。

 路地裏の先に、大通りのネオン看板が幾つか見えている。「テキヤ」「礼儀それがキョートです」「良くやっている」「お上品?否カラオケ」。それら看板はガイオン景観法によって厳しくその色調が制限されている。ネオサイタマのあの極彩色の喧騒はここには無く、ゆきとどいた美意識と沈黙が支配する。

 ガタガタと揺れていたマンホール蓋がついに下から跳ねあげられ、開いた。「ぶはァ!おい、すげえ!やったぜ!」ベツリキは上半身を穴からのぞかせ、昼なお薄暗い路地裏を見渡した。「マジかよ……自分でも信じられねえ!」「早く出ろ!」ベツリキの下でハシゴにつかまったままのゼンダが促した。

「ブッダ!やったぜブッダ!今日は人生最良のアバッ!?」なにか黒いものが鎌首をもたげてベツリキの上から覆いかぶさり、ひょいと穴から引きずり出した。黒い大蛇?いや……それは粘つく暗黒だ。「……」ベツリキの腰から下が黒い塊の中から突き出し、もがいている。「……」次第に弱まるその動き。

「ベツリキ=サン?どうした?……クソッ」ゼンダが急いでハシゴを昇り、マンホールから這い上がった。そして目を見開いた。「な……!?」「ドーモ、はじめましてゼンダ=サン。見つけたァー。へへへへ」彼を出迎えたのはヤンク座りをする一人のニンジャ。そしてその背後で沸騰する黒い塊であった。

「ニ、ニンジャ?ニンジャナンデ?」ゼンダはうろたえ後ずさった。地面を素早く暗黒物質が這いずり、元来たマンホールを塞いでしまう。「ドーモ、デスドレインです。俺はさァ、ソバシェフ・ランペイジ事件の事調べたのよ。ゼンダ=サン」デスドレインは背後を振り返った。「……あ、死んでら。こいつ」

 暗黒物質から突き出たベツリキの足は動きを止めていた。ナムアミダブツ……!デスドレインはゼンダに向き直り「あンた、すげえイイよ。あンたの破壊衝動、異常!異常ってのはつまり、つまんなくネェって事だよ!」「お前、何だ?」ゼンダは唾を飲んだ。退路は既に回り込んだ黒い液体に塞がれている。

「お前、ぶっ壊したり殺したりすると楽しいんだろ?ゾクゾクするんだろ。綺麗事じゃねえよこういうのは。俺、ピンと来るんだ、そういうの」デスドレインは真顔になった。「お前、俺と来いよ。仲間だよ、お前は。来てくれよ」「……」ゼンダは……自分でも不思議に思った事だが……誘いを断らなかった。

「お前は独りじゃない。そして俺もこれで独りじゃない」デスドレインは厳かに続けた。「お前、ぶっ壊し足りないから出てきたんだよな」「……」「いいじゃねぇか好きにやろうぜ。一緒にやろうってんだよ、俺たちをバカにするやつらの人生、メチャクチャにしてやろうじゃねえかよ?な?」「……」

 デスドレインは立ち上がった。ゼンダの退路を塞いでいた暗黒物質はスルスルと引いて行った。「強制はできねえからよ。こういうのは。嫌なら行けよ」「いいだろう」「マジか」ゼンダは頷いた。「どうせゴミみたいな人生だ。何もかもくだらない。やるなら、やってやる」「おほッ!話が早いじゃねえか」

 デスドレインはゼンダに近づき、肩を叩いた。「それでよ、お前ニンジャだぜ!入ってるぜ。ピンと来るんだよ、俺には!」「ニンジャ?俺が?」「じきにはっきりするンじゃねえの?ま、決まれば後は行くだけだ!まずカネ!そして女!そして、破壊だ!へへへへ!」

 デスドレインは歩き出す。ゼンダは肩を竦め、黙ってその後を着いて行く。大通りのネオンが電力不足でチカチカと明滅し、消える。やがて闇が訪れる。

【シー・ノー・イーヴル・ニンジャ】終


N-FILES(設定資料、原作者コメンタリー)

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