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【ギア・ウィッチクラフト】全セクション版

◇総合目次  ◇全セクション版 ◇「磁気嵐の晴れた世界で」


1

 この小屋は電子戦争以前からシュヴァルツヴァルト(黒い森)の中にひっそりと佇む。住人も管理者もないが、壁も屋根も無事である。時刻は既にウシミツ・アワー。闇の中、二人の顔をオレンジ色に照らし出すのは古式ゆかしいアナログ・ランプである。床に置かれたUNIXデッキのライトは仄暗い。

 関節部にあてられた溶接機がパシパシと火花を放つ。サイバネ四肢のアクチュエータ調整、その仕上げの作業を終えると、アキナは溶接眼鏡を外し、一息ついた。「むむ……」ニンジャが声を発した。アキナは四肢をサイバネ置換した彼の専属エンジニアであり、今回の「強行調査」にも同行する事となった。

「終わりましたよ」「……うむ」「寝てらしたのですか」「……まあな」ハンダの煙の臭気を含んだ空気の中で、彼は葉巻に火を灯した。「お疲れですか」「お前はどうだ」「後方作業ですから」アキナはUNIXデッキを操作しながら、ふと問う。「夢を見たりもしますか」「俺を何だと思っている。見るさ」

「今は? 見ていました?」「……」「どんな夢を見ますか」「ネオンライト……それから……スシ・バー」キュイイ。キュイイイ。彼は試すように指を動かし、腕を曲げた。「どうですか」「うむ」「これで遅延はほぼゼロです。夢……記憶の夢ですか?」「さあな」

 彼の名はブラックヘイズ。


【ギア・ウィッチクラフト】


ドーモ。お目覚めかね。

「ドーモ。俺が起きるのを待っていたか。奥ゆかしいな、アンタにしては」

なに、現場に入ってしまえば、私のできる事といえば激励くらいだからね。

「……わかっているようだな」

君は必ず私の期待に応えてくれる。実戦のカンは既に完全に取り戻した事だろう。我が社のテクノロジーのバックアップを受け、今や往年の君の戦闘能力を上回っているだろう。

「そうかね」

今回のミッションは軽く片付けられる筈だ。

「十年前の"俺の経緯"は判明したか?」

調べさせている。

「つまり、進捗無しか」

色々と複雑な問題が山積している。そういう場所だったのだよ。カスミガセキ・ジグラットはね。

「そうか」

君の不満はわかる。だが、私を信頼したまえ。それが君にとっても最善なのだ。私の判断があってこそ、当時のジグラットから君は発掘され、四肢も再び得たというもの。

「それはそうだな」

関係各所の調整やら……滞りがちなのだよ。カイシャとはそういうものでね。私に任せておきたまえ。必ず期待に応えよう。

「俺のローンの残高は?」

ン? サイバネティクスかね? アキナ=サンに確認してくれたまえ。

「思ったほど減らんな。利子か」

心苦しいが、そういうものだ。

 ブラックヘイズは暗黒メガコーポ大手、カタナ・オブ・リバプール社の「強行偵察隊」に所属するニンジャ・エージェントである。ネオサイタマのカスミガセキ・ジグラットで「発掘」された彼は、失った四肢をサイバネティクスで補い、曖昧な記憶と身体にしみついたカラテ、カタナ社の技術で戦い続ける。

今回のミッションはいわば小手調べだ。次に向けての調整と考えてくれてもいい。

「次? それの詳細はまだだな」

概要は一度伝えてはあるがね。リー・アラキの身柄確保。INWへの潜入任務だ。これは実際非常に危険で、大掛かりなミッションだ。シュンシナムに出向し、そのうえで……。

「また聞こう」

うん?

「過去がわからん俺に未来の話をしても仕方あるまい。俺は今だ。まずはこのシュヴァルツヴァルト」

はは……前向きだね。さすがだ。

「要は現地部隊のもとへ赴き、ケツを叩いてくる……それでいいんだな」

そういう事だ。詳細はアキナ=サンとしっかりブリーフィングしてほしい。

「ああ」

私は心配はしていないよ。

「それはドーモ。論理聖教会の護りあれ」

素晴らしい。よい心がけだ。

「ハレルヤ」


◆◆◆


 IRC通信を終えたブラックヘイズが顔を上げると、アキナが魔法瓶からマグに注いだチャを差し出してきた。「ドーゾ。カンパイ」「ああ」二人はしめやかにチャを飲んだ。

 ゴウウ。窓の外で風が唸っている。アキナは不安そうにした。「ガイストですね」「ここの連中の戯言を本気で信じるのか。先が思いやられるぞ」「私は後方支援ですから、弱いのです」アキナは呟き、目を閉じた。「奇跡よ、訪れたまえ」「奇跡と共にあらん事を」ブラックヘイズは応じた。

 発端は日常的な暗黒メガコーポ間の軍事行動である。このシュヴァルツヴァルトはEURO戦闘領域に定められており、軍事衝突が認められている。月破砕後の世界において暗黒メガコーポは互いのパワーバランス調整とイノベーションを目的として断続的に戦争を行っている。

 安全な文明地域に暮らす企業市民が軍事行動の対象となる事はない。ゆえに彼らはひいきのスポーツチームを応援するような精神テンションで、パブやIRC電子スタジアムに集い、暗黒メガコーポのキルスコアや拠点破壊ボーナスに快哉をあげる。……そうした日常戦争の最中、カタナの軍はそれを発見した。

 電子戦争以前……それどころか産業革命以前に築かれたと思しき、人工の大空洞だ。ただちに特別管理体制が敷かれ、調査部隊が組織された。大空洞の中でその神秘に触れた者達は六名。五名が死亡し、残る一人も発狂した。そののち、哨戒部隊に被害が生じはじめた。ガイスト(幽霊)の徘徊である。

 神聖ローマ帝国期の甲冑に身を包んだケンドー・オートマトンが複数目撃されるようになった。それらは皆3メートルを超す体格と、銃撃をものともしない耐久力をもち、唸り声をあげて両手剣で企業戦士を殺戮するさまはジゴクの使者そのもの。更には物理肉体を持たぬ電磁生命体が木々のあわいを飛翔する。

 電磁生命体は実際ガイスト(幽霊)そのものであり、何らかの力がEMP障害を発生させる。統制を失ったカタナの部隊はもはや一方的な狩りの対象であった。かくして、強行調査隊のブラックヘイズに事態収拾の白羽の矢が立てられたのである。

「知らんぞ。俺がEMPを喰らって使い物にならなくなっても」「問題ありません。貴方のサイバネティクスには、過去に収集した類似ケースのデータをもとに対策がとられています。駆動系にはエメツの特殊処理が施されていますから……」「俺のローンになるのじゃなかろうな」「経費申請してください」

「……フー……」ブラックヘイズは葉巻を消し、立ち上がった。「始めるか」「論理聖教会と共にあらん事を」「ハレルヤ。……カラダニキヲツケテネ」ブラックヘイズは手を差し出した。アキナは握り返した。「カラダニキヲツケテネ」ブラックヘイズは頷き、廃屋から森へ、しめやかに踏み出した。


◆◆◆


「マテッコラー!」「そっちだ!」「まじない師!」罵りを上げ、カタナの完全武装トルーパーが藪をかきわけ追ってくる。コルヴェットは旅人帽を手で押さえ、ピュウと口笛を吹いた。口笛の音は霧が深まる森の夜の空気を走り、木の幹に反射し、あさっての方向で鳴った。「アッコラー!」「あっちだ!」

 銃口ライトの光の方向が逸れた。コルヴェットはほとんど這うように身を沈め、息を殺した。追手はガサガサと音を立て、罵りながら徐々に遠ざかる。「ナメやがって……!」「最先端科学の奇麗な鉄のアサルトライフルは呪いの力に決して負けないんだよ!」「ヤッツケテヤル!」

「やれやれ、いきりたっておるな、かなわんぞ」コルヴェットはゆっくりと身を起こし、スキットルの酒を含んだ。他人事のように呟いた彼だが、実際彼はこのシュヴァルツヴァルトの木々の闇に身を潜め、石碑レリックを荒らすカタナ社の部隊を攪乱し続けていた。

 彼自身、森の中にいくつのレリック・オジゾウが隠されているものやら、全てを把握しきっているわけでもない。守るべきもの……すなわちカタナ社が本格的に暴こうとしている最大の遺跡の詳細すら完全にわかってはいない状況だ。曖昧で朧な冒険行。「これも惚れた弱みというものよ」彼は独り言ちた。

(デジ・プラーグが、極めて不安定な状態になりかかっている)ジプシー・ウィッチ・ギルド「無限遠」の長は、コルヴェットに内密な願いを託した。(大まかな座標はすぐに判明した。シュヴァルツヴァルトの「ギンカク」が何らかの物理的な接触を受けている)(ギンカクと言ったかね?)

(ご存知?)ギルド長のルツィエはコルヴェットを見たが、コルヴェットは首を横に振った。(否、知っていたとしても曖昧な記憶よ。どこで聞いたかも、とんと思い出せぬな。詩情をそそる名ではある。それが大いなる電子魔術と繋がっておると?)(ええ……そういう事になる)

 ルツィエは深刻な表情で思いを巡らせた。(ギンカクは極めて強大な……凄まじい質量を抱えた存在。その性質はオヒガンを揺らがしかねないもの。それゆえに太古の昔から秘されてきた。私自身もその所在地は知らずにいた……それがEURO戦闘領域に、よりによって)

(状況を考えるに、呑気な戦争で新型ロケットが着弾でもして、暴かれたとでも言ったところか)(考えたくはないけれど、放置はできない)ルツィエは言った。(何が起こるかすら、はっきりとは示せない。デジ・プラーグに発生している障害からも、到底楽観視はできない……)

 よかろう、任せておけ! コルヴェットは二つ返事で引き受けた。まずは一体全体何事が現地で起こっておるか、この俺がしっかりと見定めてこようではないか! そして彼は……「アイエエエエエ!?」悲鳴! それは先程の追手が去っていった方角からだった。コルヴェットは逡巡ののち、そちらへ向かった。

「アイエエエ!」「グワーッ!」「アバーッ!?」BRATATATATA! BRATATATATA! 霧を通し、カタナ・トルーパーの影たちが慄き、後退と発砲を繰り返していた。「おのれ、まじない師め!」「許さんぞ!」罵りが聞こえて来た。コルヴェットは木に背をつけ、唾を呑んだ。(……否、濡れ衣だぞ、それは!)

「AAAAARGH……!」地鳴りめいた唸り声とともに、恐るべき長身の存在が進み出る。霧を透かして、彼は見た。えらく時代がかった甲冑だ。それが体格にあまりに見合った大剣を振り上げては振り下ろし、恐慌状態で発砲するトルーパーを斬り伏せてゆく!「イヤーッ!」「アバーッ!」「アババーッ!」

「……いかんぞ、これは」コルヴェットは唇を舐め、後ずさった。スキットルの酒を更に飲み、カゼのジツを備える。カゼの分派ローグニンジャ・クランのニンジャソウル憑依者である彼はサケのエテルの力を借り、様々な超常の力を操る。だがそれらの力は暴力に向かないものが殆どだ。

 あの怪異、間違いなくこの辺りに目指すレリックが存在する証左。しかし無計画に進めばあのトルーパーと同じ目に遭う事は……「AAAARGH……!」コルヴェットは立ち止まり、背後を振り向く。ナムサン。直立するマクシミリアン甲冑のケンドー・オートマトンが、彼を見下ろしていた。

「イヤーッ!」ケンドー・オートマトンは大剣を振り下ろす! コルヴェットは帽子を手で押さえながら咄嗟の横転で回避!「イヤーッ!」薙ぎ払い! コルヴェットは上へ跳ね、枝を掴んだ!「SHHHHH……!」冷たい鎧の内から殺意を漲らせ、オートマトンが着実に接近する! コルヴェットは樹上を見る……。 

 枝の上の霧が濃い。そこだけ濃い。……否。コルヴェットは目を見開いた。枝の上に存在する「それ」は身を屈めてコルヴェットに顔を近づけた。霧は骸骨めいた顔を垣間見せた。そこに無限の狂気が宿っている……! もはや待ったなし!「イヤーッ!」コルヴェットはカゼを呼び、飛び込んだ!

 ゴロゴロと転がり、着地した彼は、まだほど近い場所にオートマトンたちの唸り声を聞く。一度のジャンプでは足りぬ! 彼はサケを更に呷り、再度のジャンプを試みた。「イヤーッ!」

 風を抜け、空中に出現した彼は、枝を破壊しながら落下した。かろうじて受け身をとった彼は胸を押さえた。せり上がる悪寒!「オゴッ……オゴゴゴーッ!」嘔吐! ナムサン、これが酒のエテルがもたらす大きなデメリットだ。その場で嘔吐しながら、彼は敵が追いつかぬ事を必死で祈った!

 ……「おい」

 声の主は女だった。コルヴェットは四つん這いで顔をあげ、口を拭った。眼前に立っているのはプラチナブロンドの髪を長く伸ばした女だった。「違うぞ」言い訳が反射的に口を突いて出かかる。「違う、これはな……」そこで彼は我に返り、バック転を打った。「イヤーッ!」

 女は身構えた。コルヴェットはそのカラテの充実を敏感に感じ取り、着地と同時に先手を打ってアイサツを繰り出した。「ドーモ。はじめまして。コルヴェットです」相手のニンジャはコルヴェットの身なりを観察し、訝しげに眉を動かした。そしてアイサツを返した。「ドーモ。フェイタルです」


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