【ビガー・ケージズ、ロンガー・チェインズ】
【ビガー・ケージズ、ロンガー・チェインズ】
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「ワイルドハント=サン死亡、インペイルメント=サン死亡、モスキート=サン死亡、……アブサーディティ=サン、戦線離脱直後に連絡手段喪失。生存を確認できておりません」ドージョーめいた広間、シシマイ像に埋め込まれたUNIX端末に向かい、淡々と報告を行うニンジャ有り。アンバサダー。
『実際手ひどい打撃だ』通信相手は言葉とは裏腹、平然たるイントネーションで答えた。『だが、上昇志向を隠しもせぬワイルドハント=サンは、ここのところ下品であった事よ』「御意」『テロリスト一匹の退治を口実に、ネオサイタマでの地盤固めとは、まこと僭越。これもインガオホーか』「御意」
『……御身はその点わきまえておろう。アンバサダー=サン』「御意にございますパーガトリー=サン」アンバサダーは低く言った。『これで御身も却って動き易かろう』「……御意」
アンバサダーはドージョー入場者の気配を感じ取り、振り向く。入場者は先にアイサツした。「ドーモ。ブラックヘイズです」手練れめいて、油断ならぬアトモスフィアを漂わせるニンジャである。「ドーモ、ブラックヘイズ=サン。アンバサダーです」アンバサダーは通信相手に囁く「傭兵が報告を」
『よい。このまま話せ』「は。……ブラックヘイズ=サン。首尾はどうか」「煙いいかね」訊きながら、既に傭兵ニンジャはメンポに葉巻を差し込み、親指のバーナーで点火し終えていた。「イッキ・ウチコワシのアムニジアはドラゴンドージョーの忘れ形見、ユカノだ。まず間違いあるまい」「やはりか」
『流石だアンバサダー=サン。ロードもお喜びになる』「有り難き幸せ」『そして、この件ではサラマンダー=サンに恩を売ってやるとしよう』パーガトリーが応答するたび、シシマイUNIXの目が謎めいて点滅する。『詳細な捕獲計画は御身に任せる。信頼しておるがゆえに。ぬかるなよ』「御意に」
『ロードの御治世ますます栄えんことを。ガンバルゾー……』「ガンバルゾー!」シシマイの目が消灯した。アンバサダーはブラックヘイズに向き直った。不敵な傭兵ニンジャは壁に寄りかかり、葉巻をふかしている。
「終わったか。見ざる、言わざる、聞かざる」ブラックヘイズは宣誓めいて言った。「当然だ」アンバサダーは言った。とはいえ、ブラックヘイズがそうしてわざわざ言うまでもない事であった。ブラックヘイズはプロフェッショナルであり、ザイバツもそれを承知だ。「で……ミッションは、いつ入るね」
「知っての通りイッキ・ウチコワシはその実、ニンジャ集団。君一人送り出すのも偲びない」アンバサダーは言った。「こちらからはフェイタル=サンをつけよう。連携してくれ」アンバサダーの傍らに、女のニンジャが膝まづいていた。闇を照らすが如き華やかな美貌!「ドーモ。フェイタルです」
「こりゃまた美しいニンジャ殿」ブラックヘイズは肩をすくめた。「ドーモ、フェイタル=サン。ブラックヘイズです」「くくく」フェイタルは低く笑う。腰まであるストレートのプラチナブロンド。ニンジャであるがメンポはせず、瞳は謎めいた黒だ。「彼女には変身能力がある」とアンバサダー。
「変身能力?」「そうだ。イクサのための変身だが」アンバサダーは謎めかして言った。フェイタルがせせら笑う。「ミスターダンディズム。私の美貌がお気に入りなら、今のうちに網膜に焼きつけておけ……後で泣きを見る前に。くくく」「ま、頼らせてもらうとしよう」彼は目を細め、葉巻をふかした。
「イッキ・ウチコワシの首領は近々、反オムラ企業の秘密会合に出席する」アンバサダーは言った。「中心にいるニンジャは本部を外す事になろう」「理想を追うにも、結局はカネ、しがらみ、企業というわけだな」ブラックヘイズはメンポから煙を吐き出した。「可哀想な連中よな」
「ドラゴン・ユカノはバスター・テツオの信頼も厚く、側近として常に首領と行動を共にしている」アンバサダーは続けた。「掌握するのであれば、この機会を利用するのが比較的容易い。ウチコワシの下部構成員は当然、企業体との密約など知らされておらぬ。手兵は連れまい」
「内部者以上に組織の事情を知るアンバサダー=サンか」ブラックヘイズは言った。アンバサダーは頷く。「いかにも"そういう事"だ……ゆえにアムニジアの違和感に気づく事もできた」「いつから潜り込ませている?」「さて」「恐ろしい事だな、ザイバツとは」「そう、ザイバツは恐ろしい組織だよ」
「で、その反オムラ会合の警備規模はどうだ?情報はあるか。リスク如何で報酬額を修正する」とブラックヘイズ。アンバサダーは頷いた「後ほどIRCで情報を送る。会合は崩れる……なかなか見ものなインシデントとなろう。むしろ、そのインシデントの中でユカノが死なぬよう注意してほしい」
「インシデント?オムラが仕掛けでもするか」ブラックヘイズが言った。アンバサダーは頷いた。「その通りだ。オムラには会合の情報が漏れている。ゆえに……混乱に乗じるといい」「力仕事だな」ブラックヘイズは肩をすくめる。「ま、そこの美人の助けもある事だ」「ハン」フェイタルは鼻で笑った。
◆◆◆
「闘争!」「打破!」「作戦!」場をぎっしり満たした闘士たちのユニゾンが鳴り響く。壇上ではニンジャ同志が拳を振り上げ、組織的闘争心の昂まりを全身で表現していた。壇の後ろには巨大な肖像画が掲げられ、厳しい眼差しで闘士たちを見下ろす。ニンジャや老人。四つの肖像画のモデルは様々だ。
ここは武装戦闘組織イッキ・ウチコワシ……その本部中央会議室。高い天井、巨大な空間は、会議室というよりホールとした方が適切である。だがしかし「ホールという呼称はブルジョワの夜会を徹底的に連想させ、よって敗北主義的である」との理由で、あえて会議室と称するのだ。
「次に第16支部の目覚しい進歩的達成を、惜しみない礼賛と拍手で迎えたいと思うが、いかがだろうか!」大ホール(……否、会議室)に響き渡る堂々とした声の主は、ニンジャ同志アンサラー。メンポにはクワとハンマーがレリーフされ、装束は赤い。重鎮的存在、そして相当なカラテの使い手だ。
「「是認!」」闘士達が一斉に応えた。アンサラーは手元の朱塗りUNIXシステムを操作する。すると背後にOHPスクリーンが降り、ネオサイタマ市街地図が映し出された。次々に地図上に打ち込まれるハンマーのアイコン、そして矢印!「諸君!彼らの犠牲的努力だ!該当地域の倉庫施設破壊成る!」
万雷の如き拍手!「第12支部は同時刻、堕落的回転スシ労働施設の欺瞞的エネルギーサイクルを攻撃、完全にインフラ断絶!」万雷の如き拍手!「この決断的潮流はやがて巨大なうねりとなる。反動的勢力はもはや決してこの自由革命闘争の息吹を封殺できないと考える!」万雷の如き拍手!
「感じ取っていただけただろうか?ネオサイタマ全域に広がり今や止める事のできない進歩の足音!」万雷の如き拍手!アンサラーが拳を振り上げる!「この場に集まったすべての同志が皆等しく精鋭!闘争の礎であり思考者であり指揮官なのだ!キョート市民との連帯も実際近い!」万雷の如き拍手!
「なお本日の大会に際し、同志バスター・テツオから、諸君らの決断的闘争行為へ向けた、熱く感激するメッセージが届けられている!」万雷の如き拍手が一際大きくなり、感極まって泣き叫ぶ者も現れた。スクリーンには不明瞭なバストショットが映し出される。フードを目深に被り、導師めいた影だ。
「諸君らの意志が岩をも穿ち、やがて退廃堕落の源たる暗黒メガコーポ群を必ずや突き崩す。その時諸君らのシュプレヒコールは瓦解した搾取存在の虚しき殿堂の灰燼に芽吹いた若葉を美しく育てしめる希望象徴として真の進歩への足がかりとなりましょう!」万雷の如き拍手!
袖に立ち、満足げに様子をうかがっていた女性闘士は、アンサラーと視線を交わし、裏口から退出した。縛った黒髪と顔とをスカーフで覆い、常に戦闘可能な状態であるべく、その背中には彼女の得物である大弓を負う。豊満な胸に斜めに掛けたベルトには鋭利なダガーナイフが複数本収まる。
彼女こそがアムニジア、喪失した記憶に革命思想を遺憾なく染み込ませた純粋闘争戦士、弓のタツジン、バスター・テツオの懐刀、そして……かつてドラゴン・ゲンドーソーのもと、ニンジャスレイヤーと同じチャを飲んだドラゴン・ニンジャ・クランの最後の血筋に他ならない!
アムニジアはLEDボンボリが明滅する狭い廊下をツカツカと歩み進む。この通路は通常の同志が使用する事は無い。彼らはこの手の区域の存在すら知らぬだろう。すべての構成員を同志と規定するイッキ・ウチコワシであるが、その実、こうした仕掛けは抜かりなく用意されているのだ。
だが、彼女の前進は停止する……全方の闇の中から現れた存在があったからだ。この場所にいていい同志は限られている。そしてその存在は同志ではない!問答無用!アムニジアは瞬時に大弓を構え、矢を放つ!「キエーッ!」「イヤーッ!」……だが!その者は矢を止めた!赤黒のニンジャは!
赤黒のニンジャは、飛来する矢の箆を、稲妻めいた手さばきでもって掴み取り、止めたのだ!そしてニンジャは流麗にオジギした……「ドーモ。アムニジア=サン。ニンジャスレイヤーです」
「どこから入った!」アムニジアは間髪いれずに第二矢を弾き絞る「組織を裏切り、同志フリックショットの命を奪った卑劣漢!よくぞおめおめと姿をさらし……」ニンジャスレイヤーは臆する事なく近づく。「アムニジア=サン。話があって参上した」その目に苦悩の影がよぎる「争いは後で幾らでも」
「キエーッ!」問答無用!アムニジアは矢を放つ。ニンジャスレイヤーがこれを再び掴み取ってかわすと、ベルトからダガーナイフを抜き放ち、二刀流となって襲いかかった。「キエーッ!」斜めに飛び、壁を蹴って、空中から攻撃だ!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは同時に襲いかかった二刀流ダガーナイフを両腕のブレーサーで弾き飛ばす!「キエーッ!」アムニジアはさらに空中で回転、回し蹴りだ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは素早くこれを防御!彼女の脚を抱えるようにして、背中から壁に押しつけた!「ンアーッ!」
「離せ……離せ無礼者!」アムニジアは首を振って暴れた。「辱めになど屈さぬぞ!私は自由闘士!決断的訓練を経て内的矛盾を滅し、精鋭化した革命戦士だ!」ニンジャスレイヤーは押さえつける!アムニジアはその腕を力一杯に噛んだ。「ヌウッ……!」ニンジャスレイヤーは呻いた。だが離さぬ!
「頼む……話を聞いてほしい。アムニジア=サン」ニンジャスレイヤーは……おお、読者諸氏よ、おわかりだろうか?あのニンジャスレイヤーが……地獄の殺戮者が今、目を伏せ、請うているのである。ユカノの名を呼ぶ事すらせず、己を殺し、請うているのだ!
「オヌシは狙われている!ザイバツ・シャドーギルドに!」「ザイバツだと!」アムニジアは睨み、もがいた。「イッキ・ウチコワシと、かの抑圧的反動組織との闘争は、貴様にわざわざ教えられるまでもなく自明だ!そんなくだらぬ話をしに参ったか!離せッ!」
「イッキ・ウチコワシではない。オヌシだ。オヌシの身が危ないのだ。オヌシだ!」ニンジャスレイヤーは必死に言った。「過去の……ユカノとしてのオヌシを……ギルドが狙っているのだ!アムニジア=サン!」アムニジアは目を見開いた。「……離せ!」「……!」ニンジャスレイヤーは力を緩めた。
ニンジャスレイヤーは一歩下がった。アムニジアは壁に寄りかかるように立ったが、更になお襲いかかる様子は無かった。彼女は荒い息を吐きながらニンジャスレイヤーを睨んだ。「……過去の私だと?」「そうだ。ユカノとしてのオヌシを」とニンジャスレイヤー。「ザイバツが」「……」
「それが本当だったとして」アムニジアは言った。「貴様には関係の無い話だ。百歩譲って、警告は受け止めておくとしてもだ……」ニンジャスレイヤーは沈黙した。そして重々しく頷いた。「……それでもよい」「アムニジア=サンか?」アムニジアの来た方角から声が飛んできた。「誰かいるのか」
「行け」アムニジアは言った。「私の気が変わって、貴様の背中を射抜く前に」「アムニジア=サン?」ニンジャスレイヤーはその声に聴き覚えがあった。アンサラー。「……」ニンジャスレイヤーは身を翻し、元来た方向へしめやかに走り去った。
……『まずは上出来ってところ』通信のナンシーが淡々と言った。人気の無い路地裏に身を潜め、通信機に耳をつけるニンジャスレイヤーの目は、苦悩と罪悪感に曇っていた。「ああ。……ああ、上手く行った」彼はさっきの争いの最中、彼女が決して手離さぬ弓に、微細な発信機を仕込んで来たのだ。
『しっかりしなさいよ』とナンシー。『貴方は最善の手を打てている。手段が不本意でも、ユカノ=サンを護る事が、まずは最重要の目的、そうでしょ……あのままアジトで暴れたとして、誰の得にもなりはしない』「……大丈夫だ。その通りだ」彼は強いて言った。
『来た、来た……位置情報、しっかり受信できてる』とナンシー。『ディープスロートから詳しい襲撃日時の示唆は無かったけど、そう先の話じゃない筈。彼女に何かあっても、これで把握できる。ここからが退屈かもね……貴方はアジト近くに潜伏して、警戒し続けないといけない』「無論だ」
『今更になって随分と献身的ですこと』ナンシーは皮肉めかして言った。「今更だからこそだ」ニンジャスレイヤーは答えた。「この状況を作り出したのは、私の弱さだ。センセイに託されたというのに、こんな事態を招いた」『……ま、いろんな考え方があるものよ』
◆◆◆
自治体そのものが冷徹に要塞化され、浮遊飛行する防衛システムや対空砲の数々に護られる、黒く巨大なビルディング……これこそが、ネオサイタマを睥睨する暗黒メガコーポ、オムラ・インダストリ本社社屋!その108階……社長室!
「よォシ!」UNIXモニタに向かって意気揚々と叫んだのは、宇宙服めいた無骨な白いパワードスーツに全身を包んだ男……モーティマー・オムラ、47歳!オムラ・インダストリの代表取締役社長その人である!
彼が歓喜の叫びを上げたのは、UNIXで中継監視していた重点テストの結果を受けての事だ。すなわち、驚異的武装システム「モーターツヨシ」のプロトタイプが、遂に実践投入可能な状態となったのである。「これでモーター理念は次のステージに進むぞ!決算時に色々やらないでも黒字になるぞ!」
手を叩いて喜ぶ彼は先ほど述べた通り47歳。そして社長だ。当然ながら立派な大人であり、そして社長だ。身体はフットボール選手並みにがっしりと大きく、パワードスーツはそれを覆ってなお無骨。だが、その頬は興奮に赤く上気し、小さな目を輝かせるさまは、どこか奇妙で危うげであった。
「どうだ!ネブカドネザル=サンのバイタル数値は!」社長はモニタ越しにエンジニアへ問うた。エンジニアは莞爾として答える「素晴らしく正常値です。ちなみに薬物は使用していません。素晴らしい成功体験を私はしました。社長のおかげです」「ネブカドネザル=サン!聞こえるか」「イエスボス」
画面が切り替わり、ニンジャ装束風のシャープな機甲外殻に覆われた不穏な存在がアップになった。メンポの奥で輝く四つの赤い光は眼光であろうか?彼こそがネブカドネザル……オムラ・インダストリが抱える決戦ニンジャであり、身体の95%が機械化されたサイボーグなのだ。
「現在私はノードラッグです、社長。禁断症状の心配はいらない」ネブカドネザルは言った。画面は全体を捉えていないが、そのサイボーグ身体は恐ろしげな機甲アーマーに接続されているのがわかる。「もう少しカメラを引け。もう一回やってくれよ」「イエスボス」
カメラが引くと、ネブカドネザル、そして、彼に合体したモーターツヨシの雄姿が再び明らかになった。モーターツヨシ即ち、機甲ニンジャに接続する超火力の外部アーマーシステムである。ネブカドネザルの背骨沿いの16のコネクターはモーターツヨシに直結、脳信号をロスレスでやり取り可能だ。
背中、肩、腕を覆うマッシヴなアーマー、砲撃機構は、計測するのも恐ろしい質量だ。ニンジャ腕力の持ち主でなければ、単に押し潰されて死ぬ。否、ニンジャであってもネブカドネザルのような思い切ったサイバネ化を前提としなければ、まともな運用は難しい筈だ。一体これはいかなる設計思想か?
(「これがモーター理念だ!」)役員会でモーティマーは自信満々に言ったものだ。(「凄くて強い!だから凄い。だから売れる。だからオムラは大きく、凄くなる。運用?ニンジャを集めてサイバネ化すればいいだろう。何をバカな……リスクの話ばっかりしやがって。お前はセプクだ!今すぐだ!」)
モーティマーは妄執に取り憑かれていると言ってもよかろう。ニンジャ、ロボット、質量、強さ……そうしたものに。彼の無慈悲かつ夢見がちな采配は、近年、この暗黒メガコーポの暴威を等比級数的に加速させつつあった。「よし、早速やれ!モータードクロでいいだろ」「イエスボス」
エンジニアたちが慌てて隔壁の外へ退出すると、戦闘テストルームに四脚・八本腕の怪物めいた鋼のロボニンジャが入場してきた。「ドーモ。モータードクロです。これは機能テストであり降伏は認めない」「アイサツは省略します」ネブカドネザルは無慈悲に言った。彼はロボットではない。ニンジャだ。
「ピガッ!ニンジャソウル検知!」テスト用の無塗装モータードクロは頭部を回転させ、胸部をはじめとする全身から複数のミニガンを展開した。「ゼンメツ・アクション・モード!」ミニガンの砲身が狙いを定める。「これを圧倒的火力で制圧だ」モーティマーがネブカドネザルに命じた。「イエスボス」
ドウ!噴射音を伴い、モーターツヨシが白い蒸気を床めがけて迸らせた。カメラが曇るが、一瞬にしてワイパーが働き問題ない。ネブカドネザル・モーターツヨシはジェット噴射によって空中へ浮かび上がっていた!襲い来るミニガンの銃撃!
「イヤーッ!」ドウ!再度のジェット推進!その噴射時間はコンマ5秒、一瞬の加速でネブカドネザルはモータードクロの真横の壁に飛んだ。ミニガンは完全にロックオンを外される!「イヤーッ!」ネブカドネザルは壁を蹴って反射跳躍!そして両腕のアーマーのカバーが展開、ミサイルを6発発射!
キャブーム!「ピガーッ!」モータードクロが炎に包まれる!おお、なんたるモーターツヨシの機動力と攻撃力の両立!これを可能にするのがネブカドネザルの身体能力か?ネブカドネザルはそのまま反対側の壁を蹴り、さらに反射!モータードクロへ跳び蹴りを見舞う!「イヤーッ!」「ピガーッ!」
モータードクロは半壊状態!ネブカドネザルは蹴りの反動で間合いを離しながら、肩装甲を展開!内部からキャノン砲を露出させ、モータードクロを重点射撃!「イヤーッ!」BOOM!BOOM!BOOM!BOOM!「ピガガガーッ!サヨナラ!」モータードクロは圧倒的火力を前に爆発四散!
「モーターヤッター!」社長は拳を握り、身につけたパワードスーツの音を立てて勢い良くバンザイした。「ネブカドネザル=サン!」「イエスボス」「お前は実際スゴイ!活躍の舞台は今後幾らでもある!業績も大きくV字回復だ!」「ソウ、ウマク、イクモノカ」音も無く社長室のショウジ戸が開く!
「何」モーティマーは勢い良くそちらを振り返った。そして苦虫をかみつぶしたような顔になった。「……パパ」「ソウダ、パパダ、バカ息子、カハーッ」苦しげにサイバネ声帯から音声を出力するのは、立ち乗り3輪車に乗って現れた老人……着物姿のミイラめいた男、会長のアルベルト・オムラ!
「バカナ、テストニ、高価ナ、ロボヲ、消費シテオルノカ、カハーッ」アルベルトは大儀そうにステッキでモーティマーを指した。「シカモ、ソノ消費ロボモ、結局マッポニ、採用サレヌ、ポンコツ、カハーッ」「……」モーティマーは睨み返した。
「何しに来たんですかパパ」モーティマーは憎々しげに言った。「そんなくだらない忠告をしにここまで上がって来たの?帰れよ。もう僕の会社だぞ」「ソノ、カイシャモ、コノママ、オマエニ、マカセレバ、一年モタヌ、カハーッ、カハッ、カッ、コフッ」老人が苦しみ出す。
すると傍にいつの間にか跪いていたニンジャが立ち上がり、吸入器を素早く手渡した。「コフッ、コフッ、ヒューッ……アー、遥カニイイ、ヨシ」多彩めいたニンジャは頷き、返された吸入器を懐へ戻すと、再び跪いた。モーティマーは舌打ちした。「オメガ」「ドーモ。モーティマー=サン。オメガです」
「お前がパパの事を唆したんじゃないだろうな。忠犬気取りめ」モーティマーが言った。「滅相もございません」オメガは奥ゆかしく否定した。「カツ!」アルベルト会長が叫ぶ。サイバネ声帯の発音にディストーションがかかる。コワイ!モーティマーは思わず身をすくませた。「ワシダ!バカメ!」
「アイエッ!」「ワシガ、ダマッテミテオレバ、湯水ノゴトク、クダラン投資ニ資金ヲジャブジャブト!シカモ、キサマ、ウイリアム、ヲ、セプク、サセタナ!忠臣ヲ!」ウイリアム・オムラ……いかにもモーティマーがセプクさせた役員だ。モーターツヨシの計画に異を唱えたからだ。「だから何だよ!」
「キサマノ、脳ハ、ウイリアム、ノ、脳細胞、1グラム、ホドノ、価値モ、ナシ!カハーッ!」アルベルト会長がディストーション怒声を張り上げる。「人材ノ、流出!死亡!資金フロー、ノ、悪化!何ガ!モーター理念!モーターチビ、ハ、ドウシタ!」「あんな小さいの、ウチらしくない!完全廃止だ」
「カッ!」アルベルトが喉をからめた。「ピグマリオン・コシモト兄弟!ムザムザト、提携ヲ、反故ニ、シタナ!」「破壊力に関係しないだろ!それこそ無駄なコストだ。オイランドロイドなんてくだらない!」「ソレデ、モーター、ナンダ?モーターツヨシ?笑ワセルナ!バカ息子!」
モーティマーの小さな目が血走った。パワードスーツを父親めがけ構える。BLAM!腕から銃弾が射出され、アルベルトを撃った!「イヤーッ!」そこへ立ちはだかるのはオメガ!彼が何をしたか、モーティマーは目視する事ができなかった。だがアルベルトは死んでいない。オメガもだ。
「冷静になられよ。モーティマー=サン」オメガが低く言った。彼は同時に射出された四発の銃弾を、右手の人差し指と中指とで挟み取っていた。一瞬でやったのだ。彼は指先で四発の銃弾を押しつぶし、平たい金属片にすると、懐に収めた。ゴミになるからだ。「……!」モーティマーは歯噛みした。
オメガはアルベルト会長直属のニンジャ……サイバネ改造を一切行っていない生身のニンジャで、そのカラテは恐るべき境地にある。邪魔な父親を護り続ける不愉快な忠誠ぶりに加え、モーティマーにはその生身ぶりが我慢ならない。彼は父を、そしてオメガを心底憎んでいた。
オメガがいる限り、アルベルトは決して失脚する事が無い。そしてオメガを殺害する事は現状、不可能だ。オムラ・インダストリのモーター理念を持ってしても、このニンジャ一匹を排除できないのである。アルベルトはこうまで衰弱しながら、決して寿命で倒れようとしない。そして口を出しにくる。
「トモアレ、モーターチビカ、モーターツヨシカ、ソンナ、ミクロナ、ハナシハ、ドウデモイイ、カハーッ」アルベルトは話を戻した。「貴様、ハ、会社ヲ、私物化、度ヲ、越シテイル、カハーッ」「……」「忠臣ノ、言ニ、耳ヲ、傾ケヨ、バカメ!カハーッ」「……」
「見ヨ、バカメ。コレガ、モタラサレシ、情報……オメガ!」「は」オメガが素早く小型モニタ端末を取り出し、モーティマーに示した。「ご覧めされよ」そこにはネオサイタマの遺棄されたメガ立体駐車場区画の地図が表示されている。「反オムラ企業、ノ、寄リ合イダ!コンナ、事ニモ、気ヅケヌ!」
「反オムラ企業……集会だと……?」「ソウダ!憎キ、イッキ・ウチコワシ、ノ、資金源、ダ!ナゼ、現場ヲ退イテオル、ワシ、ソシテ、オメガ、ガ、コンナ事ニ、心ヲ、砕イテ、オルカ!貴様ガ、モーター何トヤラ、ニ、ウツツヲヌカシテ、オルガユエ!死ンデモ!死ニキレヌ!」「……!」
モーティマーはオメガから小型モニタ端末をひったくるようにして受け取った。「サブリ化学……ニッキキ・コープ……ヤマミ鋼材……オナタカミ?オナタカミはう、うちの下請けじゃないか!」「サヨウ!愛想ヲ、ツカサレタ、ソウイウコトダ、カハーッ!」「おのれオナタカミ……他の企業も……!」
モーティマーはテスト施設と繋がるUNIXモニタへかじりついた。そして叫んだ。「ネブカドネザル=サン!出番だぞ!」「イエスボス」ネブカドネザルはスシを脇に置いて、モニタにオジギした。モーティマーは勢い込んだ。「モーターツヨシの初陣を用意してやる。パパの鼻をあかせ!命令だ!」
「イエスボス」「いいか、めちゃくちゃにしてやれ!モーターヤブ改善も沢山連れて行け。火の海だ。オムラの威力を見せろ」「イエスボス」「……ソレ、ニ、ヤラセルカ?モーターツヨシ、ニ?」アルベルトが47歳の息子を睨む。息子は挑戦的に頷いた。「パパに見せてやる!モーター理念を!」
2
廃墟と化した巨大ショッピングモール「コケシ」の暗い立体駐車場を、ケンドー型装甲服に身を包んだ2人の男が互いの背中を守りながら進んでいた。1人の手にはショットガン、もう1人の手には小型火炎放射器が握られている。銃身に備わったスコープライトで闇を切り裂き、休み無く獲物を探している。
ブーンブーンブブーン。ブーンブーンブブーン。単調なベース音が特徴的な、コケシ・マートの店内BGMが、立体駐車場のスピーカーからざらついたノイズとともに微かに漏れ出している。
外からはネオサイタマの無機質な光が僅かに差し込んでくる程度で、この空間に光はほとんど無い。壁や柱に備わった非常ベルの赤い光や、九割がた割れ落ちた天井の蛍光灯が頼りなく明滅し、「21階」「ジビールで」「柑橘類の匂い」といった、色褪せて殆ど読めない張り紙を照らす。
これらの文字は、彼らの埋め込み型サイバーサングラスのディスプレイに、薄青いミンチョ・フォントで映し出されていた。無線LAN端末機能とIRCメッセージング・クライアントを内蔵したハイ・テックな装備で、脳改造よりはローリスクだ。
二人の武装サラリマンガード、イシイとケイノーは、ケンドーヘルメットで防護された頭を近づけ、吸殻を注視した。この巨大ショッピングモール区画はかつてキルゾーンと呼ばれ、繁殖したバイオスモトリをカネモチがハントする闇の遊戯場として成り立っていた。マザースモトリ事件が起こるまでは。
ブンブンブーン、ズズン。ノイズまじりのウィアードな音楽は当時と変わらない。二人はゲートの奥へ火器を構えた。キルゾーンは閉鎖されたが、中にはスモトリ殺害に依存症めいて嵌り込んだスクワッターもいる。当然、半日後の秘密会合に、その手のヨタモノや、スモトリの生き残りを近づけてはならぬ。
廃棄されたこの区画をキルゾーンとしてプロデュースしたのは、ヨロシサンとオムラ・インダストリ、暗黒メガコーポの二大巨頭である。マザースモトリ事件を期に、この区画は、オムラの提携企業であるオナタカミ社に下げ渡されていた。
そのオナタカミは、今回の秘密会合の出席企業の一つでもある。反オムラ企業による秘密会合!ただでさえ遺棄されて人の寄り付かぬ区画、しかも表向きはオムラに恭順する企業の管理下にある場所……ミヤモト・マサシが好んだ「非常に明るいボンボリの真ん前はかえって見にくい」の比喩そのものだ。
イシイとケイノーはオナタカミの忠実なサラリマン戦士であり、DNAコードにもオナタカミの社章が刻み込まれている。彼らにとって愛社行為は呼吸と同義である。こうしてオムラが無理に押しつけた不採算施設のことをオナタカミの役員が憎むように、彼らも憎む。
イシイはゲートの奥で蠢いた影をショットガンで指し示した。ケイノーも火炎放射器を構えた。……だが、二人の緊張はある程度緩んだ。火器の先端のマグライトが映し出したのは、スモトリでもキルジャンキーでもなく、プラチナブロンドの、そそる女だったからだ。
『そこの女!止まれ』ケンドーアーマーの外部音声出力を通し、イシイが牽制した。『IDを提示しろ。ここはオナタカミの管理区域だ』「ハハン」女は冷たく笑っただけだ。身につけた際どい白のボディスーツは、どこかニンジャ装束めいている。女でニンジャ?不法侵入コス・プレイ・ビデオ撮影か?
『こんなところで何をしている。不法侵入者は実際殺害しても構わない法律を知っているか。ホールドアップして事情を話せ』イシイはショットガンを威嚇的に振った。『返答如何では……』「お前ら、不幸だな」女は遮った。銃口に少しも臆する事が無い。「ンー、むしろ不幸は私か、面倒が増えた」
『何だって?』イシイはケイノーと顔を見合わせた。ケイノーは(狂人)とジェスチャーした。イシイは女を見る……『え?』女はボディスーツのジッパーを下ろし、裸の上半身をいきなり露出させた。豊満な乳房もあらわだ。『おいおい、ちょっとやめないか』(ならファックしよう)とケイノーの仕草。
『仕方ないな全くアイエエエエ!?』イシイは瞬時に失禁した。彼の目の前で突如、女の美貌が凶悪に歪んだのである!眉毛の上に第三、第四の目が開き、瞳は拡大して白目が失われた。さらにその白い裸体にはみるみるうちに縄状の血管組織が浮かび上がり、鎧めいて覆ってゆく。顔とて例外では無い!
完璧なバランスであった鼻は上へと反り返って縄状の組織に覆われ、猪めいた鼻孔と化す。犬歯はサーベルタイガーめいて上下に伸び、プラチナブロンドはゴワつくタテガミと化して、背骨沿いの体毛と同化した。「フーッ、オーッ……」牙の隙間と鼻孔から、白い煙が音を立てて噴き出された。
もはや胸は豊満な乳房ではなく、隆起した筋肉に覆い尽くされて厚い胸板と化し、両腕も丸太めいた剛力、その手指には黒く鋭利な逆棘の爪が生え揃う。サイじみた皮質の耳はダラリと伸び、ロップイヤーウサギめいて長く垂れ下がる。『アーイーエー!』イシイは絶叫し、失禁し続けた。
「ドーモ。フェイタルです」異形がオジギした。四つの目には知性がある。残虐な知性が。その目が愉悦に歪んだ。『『アーイーエー!』』二人の武装サラリマンガードは反撃も忘れ失禁し続けた。「イヤーッ!」フェイタルは無雑作に右腕を振り抜いた。「アバーッ!」イシイの頭の半分が吹き飛んだ。
『アバババババ、アバババババ』外部音声出力越しに不気味な断末魔を漏らしながら、顔の左半分をケンドーヘルメットごと削り取られたイシイが、クルクルとダンスする。フェイタルは血と筋繊維で汚れた自分の右手の爪をしゃぶった。『アーッ!』ケイノーが恐慌から脱し、火炎放射器を構える!
「イヤーッ!」背後から繰り出された飛び蹴りがケイノーの首を一撃で折り、頭を480度回転、即死させた為、火炎放射器のトリガーが引かれる事は無かった。アンブッシュしたのはガンメタル色の装束で身を包んだ新手のニンジャだ。「ブラックヘイズ=サン」とフェイタル。「余計なマネを」
「愉しむのはもう少し後でよかろう」彼は平然と言い、葉巻型ナリコ(索敵機)を回収した。葉巻はフロアの要所要所に配置してあったのだ。彼はケイノーのヘルメットを剥がし、自分のポータブルUNIXとケイノーのこめかみの生体ジャックとをケーブルでLAN直結した。
『アバババババ、アバババババ』イシイは狂った死のダンスをいまだ踊り続けている。一流のイタマエはサシミを作ったのち、肉の失せた魚の骨を水槽に浮かべる。すると骨の魚はそのまま水槽を泳ぐという。読者の皆さんがこの地獄図からそれを想起したとしても無理はない。
「私は辛抱の効くほうでは無いのでな」フェイタルがイシイを蹴ると、彼はついに完全に死んで横たわった。「アドレナリンの味が欲しいのだ」見る間にその身体は収縮し、余分なタテガミは抜け落ちて、もとの美しい女の姿を取り戻していた。装束の上ははだけたままで、豊満な乳房があらわだ。
「ならば、勝手にするがいい」ブラックヘイズは無感情に言った。「データの吸い出しは終わった。ハッキングを開始した……暫くすれば会合の開催フロアが割り出される」彼は己のメンポに葉巻を差し込み、義手のバーナーで点火した。「私にも貰おうか」「葉巻か?」フェイタルは頷いた。
ブラックヘイズは懐から葉巻をもう一つ取り出し、指先で弾いて投げ渡した。フェイタルがそれを噛むと、彼は義手のバーナーで点火した。「ハ!爆発するやつをよこすなよ」とフェイタル。ブラックヘイズは肩を竦めた。「あいにく、あれは高価なんでな」
「しみったれた廃墟でクネクネとした相談事とは」フェイタルは煙を吐き出す。「革命戦士もご苦労な事だ」「……前を」ブラックヘイズは手振りでジッパーを上げるよう促す「閉じろ」フェイタルは素直に従い、「ハ!オボコめいた傭兵殿!」「あいにく、ビジネスと個人の嗜好は分離させる主義でな」
「サブリ化学……ニッキキ・コープ、ヤマミ鋼材、オナタカミ。後はヤナマンチにマトモ電器か」ブラックヘイズはポータブルUNIXの解析データ、重要警護情報を目で追う。「ヤナマンチにお目にかかるか。あの会社はニンジャが厚い」「サラリマン・ニンジャ」フェイタルが笑う。
「烏合の衆でしかなかろう」フェイタルが言った。ブラックヘイズは煙を吐いた。「物事にはイレギュラーってものがある……イッキ・ウチコワシ。構成員にも極秘の会合と言えど、本当にテツオとユカノだけと思うかね?」「イレギュラーの為に私がいる。それだけの話」とフェイタル。
「デカい会社が軒を連ねたものだ。提携企業まで」ブラックヘイズはハッキング進捗を見守りながら呟く。「オムラの権勢も今むかし……ショッギョ・ムッジョと言ったところか」「所詮は非ニンジャの化かしあい、くだらん争いだ」とフェイタル。ブラックヘイズは目を閉じた。「お前はシンプルだな」
◆◆◆
ヒュ、ウ、ウ、ウ……。シリンダー状のエレベーターが甲高い上昇音を鳴らし、表示板のLEDが点滅しながら、その階数を増やしてゆく。エレベーターの中には二人いた。一人は弓を背負った女のニンジャ……アムニジア。そしてもう一人。ボロ布じみた真紅のフードつきマントを身につけた男は?
赤いボロ布マントには禍々しいミンチョ文字で、長々とした文言が書き連ねられている。「天下社会国家のハンマーや金床と……」「インタナショナル……」「革命」「暴力を辞さない。そして決断した結果、負けなかった」「経験則」「犬死に」「我ら十勇士だ」「……の会議室をロケット粉砕」……
男は円く赤いレンズのスコープゴーグルを装着し、さらに鼻から下は真紅のスカーフで覆っている為、その顔は全く窺い知れないと言ってよい。さらにその背中には二本のノボリを背負っている。一方の旗には「一揆」。もう一方には「打毀」と力強いショドーだ。
彼こそがバスター・テツオ。革命闘争組織イッキ・ウチコワシのアイコン、その実在すらも疑われる伝説的戦士その人だ。バスター・テツオは実在するのだ。
エレベーターは六階で停止。ケンドーアーマーを装着した武装サラリマンガードが出迎えオジギする。彼らはバスター・テツオにホログラフィックIDを提示した。オナタカミ社員である。バスター・テツオは懐から赤い名刺を差し出した。「進歩的革命闘争連帯」「一揆打毀」「バスター・テツオ」。
「次のエレベーターへ」武装サラリマンガードが促す。この六階は彼ら武装サラリマンだけでなくオナタカミのニンジャの力も用いて完全クリアリング済であり、スモトリ、ヨタモノ、浮浪者、コヨーテの類は一切存在していない。ここでなら小学生でも無事に寝泊まりできるだろう。
六階には七基のエレベーターが存在する。彼らは朽ち果てたテナントの間を無言で進み、エレベーターのひとつの前で止まった。エレベーターが開いた。エレベーターの中でニンジャがオジギしていた。オナタカミ社のニンジャだ。「ドーモ。ディスメンバメントです。皆様既にいらっしゃっています」
バスター・テツオとアムニジアは、ディスメンバメントと共にエレベーターに乗り込む。さらに上昇……。「お目にかかれて光栄です」とディスメンバメント。「実在されていたとは」「隠してはいません」バスター・テツオは言った。「噂には尾ひれがつく。私は所詮、市井の声のひとつに過ぎない」
「奥ゆかしいですな」ディスメンバメントは言った。「しかし、本当にいらっしゃるとは……その、あなたがたお二人のみで」「それはそうです」バスター・テツオは頷く。「我らは戦争をしに参ったのではありません。我らの為すべきは、共に進歩的未来社会の絵図を描くことなれば」「仰る通りですな」
エレベーターは17階で停止した。ディスメンバメントが先導する。通路は所々でスモトリトラップや瓦礫に塞がれ、左に右に折れ曲がる。遠く聴こえるBGM、残存電力で明滅するネオン看板「実際安い」「鍼灸治療」「ピラフ」……。どことなく有機的な迷宮を進むと、広場めいたポイントに出た。
「ドーモ、皆さん。ディスメンバメントです。こちらにバスター・テツオ=サンのご到着です」ディスメンバメントが告げた。中央には直径9メートルの円形コタツが置かれ、そこに今回の会合参加者達が座っていた。コタツが発する赤外線ライトがコタツのフートンから漏れ、彼らの顔を赤く照らす。
順にコタツから立ち上がりオジギしてゆくのは、マトモ電器、オナタカミ、ニッキキ・コープ、ヤマミ鋼材、サブリ化学、そしてヤナマンチ。肩書きは全員が役員だ。「ではあらためて、参加のお歴々で名刺の交換を」最年長者であるサブリ化学のCEOが口火を切った。「ドーモ」「ドーモ」「ドーモ」
当然この中に面識者同士が存在する事は自明であるが、暗黙される。何しろこの会合は非公式中の非公式、反オムラを旗印に招集されたデアデビルの集まりなのだから。名刺交換後、バスター・テツオが懐から和紙を取り出し、革手袋を外して己の親指を噛み、血判を捺す。他の者もそれに倣う。
「エー。これまでイッキ・ウチコワシ=サンとは皆様、個別にそれぞれ提携されて。ウィンウィン関係で。築かれてきたわけで」ヤナマンチの専務役員が言った。見事な1:9分けのヘアースタイルである。実際、この広場空間の四隅にアグラしている警護ニンジャの何人かはヤナマンチの所属であろう。
「そうして個別にオムラの経済拠点をね、革命的に、ハハハ、削いで来たわけでございますが。まあそれをですね、今回その、オナタカミ=サンが実際もう、義憤!ね?義憤されて。反オムラであると。もう許せん!と。それは皆様と同様に。これによってもはや、役者は揃い。ライジングタイドめいて」
「オムラの専横許すまじ」ニッキキの取締役がコタツを叩いた。「癒着!競争を妨げたり調子に乗って、とにかくダメだ」「その通りですね!」ヤマミ鋼材の跡取が扇子で指した。「そこですよ。既存のこのスキームではですね、政府の発注が全部オムラに行ってしまう。カネが廻り過ぎだ」
「どうにかせんと。あのバカ息子になってから、もはやまるでこれでは、ネオサイタマ経済全てを道連れに滝壺に飛び込もうとするスタンピードだ」ニッキキの取締役が興奮して言った。髭を生やしたマトモ電器の専務が頷く。「滝壺!ポエットだ」ヤマミ鋼材の跡取りが太鼓持ちめいて褒めた。「流石」
「で、どうするというのだね。これから」サブリ化学のCEOがチャを飲み、言った。「オナタカミ=サンの舐めた苦渋はそりゃあ大変なものだったでしょう。で、どうするね。今後どうする」「そこですよ!」ヤナマンチの専務が頷いた。「そこはもう、テツオ=サンのマンパワーを我らの資金力でね!」
「その通りです」バスター・テツオが一座を見渡した。その後ろでアムニジアは正座し、石のように沈黙している。テツオは雄大な手振りをまじえて言った。「皆様のごもっともな義憤を私が具体的鉄槌に換えて、皆様のかわりに撃ち下ろす。今まで散発的だった撹乱作戦を、怒濤のごとく展開します」
「……火の粉はかからないんだろうね?君ィ」ニッキキの取締役が声のトーンを落とした。「ウチには。このお歴々の会社には。エッ?」「そうだぞテツオ=サン!」ヤマミ鋼材の跡取りが扇子を向けた。「大事なことだぞそれは!」「……」オナタカミ専務は眉間に皺を寄せ、タバコを灰皿で揉み消した。
「人は力なり」バスター・テツオは言った。「人とは力です。そして我がイッキ・ウチコワシとは、すなわち人だ。進歩的未来を信じて己を省みず闘う勇敢な革命戦士の集まりです。我々にお任せいただければ、万事巧くゆく。貴方がたは言わば神!神として、我々の闘争を悠然と見ておられれば良い」
「神か」ニッキキの取締役員は自身の顎をさすりながら、まんざらでもない、という様子で呟いた。「神です」テツオが頷いた。「我々イッキ・ウチコワシが言わば神の拳となって、貴方がたの経済力を、実行力に換えます。オムラが滅びれば、富が再配分されるのです。ノーリスク、ハイリターンです」
「成る程」マトモ電器の専務が相づちを打った。サブリ化学のCEOはチャを飲み干し、「だがカネを出すのはワシらだ。まあ、それはよい……」「オムラはその実、紙の城だ。ブリキの兵隊だ」オナタカミの専務が口を開いた。「あの社長には何もできん。やるなら今だ。今が最適だ」
「疾風怒濤のイクサを見せます」バスター・テツオが畳み掛けるように言った。「このように」彼が促すと、アムニジアがポータブルモニタをコタツの上に置き、電源を入れた。IRCで中継されるのはオムラ・インダストリの第三コンビナートの遠景……画面右上に「生」の文字。ライブ中継なのだ。
「コンビナート?」「オムラ?」「オムラですね」「……実際その通りです。さすがですね」バスター・テツオは頷いた。そしてモニタの時計表示を注視し、やおら片手を上げた。「ハイ、こうなります」コンビナートの中央管理塔が突如、爆発した。一座がどよめいた。「何と」サブリCEOが呻いた。
「オナタカミ=サンには兵器技術と設備が」バスター・テツオが言った。「オムラの技術と人材が流入している」オナタカミの専務が頷く。カメラの視点が動き、爆発とともに突入する者達にズームした。何か叫びながら突入する粗末ななりの兵士達と、装甲車、そして、自走する数機の大型バイク。
「バイク?」「何だね?」「実際バイクか?」「……実際バイクです」バスター・テツオは頷いた。「だが兵器でもある。ご覧なさい」おお、とヤマミ鋼材の跡取りが感嘆の声を上げた。大型バイクは突入しながら一斉に変形した。流麗な機構でもって、バイクは黒い鋼の人型ロボットとなったのだ!
「ドラグーンです」オナタカミ専務が低く言った。「苦渋を舐めさせられた、志ある元オムラ・エンジニアの設計。当初はモータートラという開発ネームでした。これは、我らが今後行うであろう作戦の為に開発したロボニンジャ」"我らが"のところを彼は強調し、一座を眺め渡した。「賽は投げられた」
怒濤のごとき勢いで両腕のバルカンを乱射しながら侵攻するドラグーン。警備のモーターヤブとの戦闘力差は歴然だ。その後ろに叫びながら続き、モロトフ・カクテルを手当り次第に投げつけ、あたりを火の海にかえてゆくイッキ・ウチコワシ闘士たち。「音声が無いのが残念ですが」テツオは言った。
「まさに賽は投げられた。この小さな炎を消す事なく吹き荒らす事がかなうのなら、オムラと言う巨象は斃れ、その死骸の土壌に美しい花々が咲き乱れるでしょう。花々……それは貴方がたです。貴方がたであればこの火に油を注ぐ事ができる。貴方がたにしかそれはできない。貴方がたの義務だ!」
バスター・テツオの怒声が雷のように一座を打ち据えた。そしてその怒声は思いがけず、轟音によって応えられた。それはとてつもない震動を伴った破砕音……何かがショッピングモールに突入したのだ。恐るべき質量を持つ何かが。そしてそれはテツオのものでも、オナタカミのものでも無かった。
3
「アイエエエエエ!?」ヤマミ鋼材の跡取りがコタツを飛び出し、狼狽えて周囲を見渡した。「何?どこから?コワイ!」KABOOOM!さらに轟音、そして震動!「下からだ」オナタカミ専務が言った。「上空は旧キルゾーン時代の対空迎撃設備が生きている」「襲撃か?」とサブリ化学CEO。
「誰の責任だ!こんな簡単にバレて!」ニッキキ役員が血相を変えて言った。「オムラだろ?襲撃だろう!」「アイエエエ絶対そうです!だから僕は最初から反対しましたよね?」ヤマミ鋼材の跡取りが言った。そして走り出そうとした。「行くぞブルージュッテ!僕を逃がせ!」自社ニンジャに命ずる。
「イエッサー、グワーッ!」広場の警備にあたっていたブルージュッテは上司を守るべく飛び出そうとした。その背中にカタナが突き刺さり、胸から切っ先が飛び出した。「シューッ」アンブッシュをしかけた黄色のニンジャは、同様に警護にあたっていた企業ニンジャ!「エッ?ブルージュッテ=サン?」
オナタカミのニンジャ、ディスメンバメントが主を守ろうとするが、そこへも別の警護ニンジャがアンブッシュをかける!「イヤーッ!」「イヤーッ!」繰り出された飛び蹴りをディスメンバメントは回し蹴りで受け、ガード!「貴様ら……ヤナマンチ?」さらに周囲のモールから飛び出す武装サラリマン!
「裏切りか?ヤナマンチの!」サブリ化学CEOが責めた。1:9分けの髪を撫でつけながら、ヤナマンチ役員は冷淡に返す「最初からこんな会合にアレしていません。裏切りとは人聞きが悪いですよ!」「貴様ーッ!」ニッキキ役員が立ち上がった。だがその首筋にヤナマンチ兵の銃口が突きつけられる!
「アバーッ!」「グワーッ!?」「アバーッ!?」ブルージュッテ以外のニンジャ達も、ヤナマンチのニンジャのアンブッシュを受けて次々に絶命、爆発四散!「「「サヨナラ!」」」ヤナマンチのニンジャは五人もいる。さらに武装サラリマン達がアサルトライフルで出席役員達をホールドアップさせる!
バスター・テツオはといえば、反撃に転じようとしたアムニジアを留め、されるがままであった。彼とアムニジアは大人しく両手を頭の後ろで組んだ。スコープゴーグルと鼻下の覆面で表情は窺い知れぬ。「鮮やかだな、ヤナマンチ=サン。参りました」テツオは言った。「どうか命だけは」
「アイエエエ……」うつ伏せに組み伏せられたヤマミ鋼材の跡取りが震えながら失禁した。マトモ電器とオナタカミの役員は、厳しい面持ちで、ヤナマンチ役員とバスター・テツオ、アムニジアを交互に見守る。ヤナマンチ役員の脇に黄色のニンジャが立った。KABOOOM!引き続き下では轟音。
「貴方がたの身柄はこのままオムラ・インダストリに引き渡しますよ。私の居場所情報は今、オムラへ随時発信している。このフロアに到達するのも時間の問題です」「我が社は唆されたのだ!」ニッキキ役員は言った「そこのバカ跡取りに!ヤナマンチ=サン、ちょっとやめないか」「ダマラッシェー!」
黄色のニンジャが怒声を張り上げた。「アイエエエー!」ニッキキ役員はニンジャに古のパワーワードであるニンジャスラングで凄まれ、役員のプライドを砕かれて失禁!「ドーモ、ヤナマンチの忠実なニンジャ、サンドウルフだ」黄色のニンジャは腕組みして一座を見渡した。
続けて残る四人のニンジャがアイサツした。「ドーモ、シーパンサーです」「クレイモーンです」「スティングレイです」「バンケットです」武装サラリマン達もそれに伴い、威圧的に銃器を揺らす。「そのライブ映像、実際コワイ」とヤナマンチ役員。「早期に反抗の種を摘み、オムラとウィンウィンだ」
「早期に反抗の種を摘む」バスター・テツオが言った「実際その通りですね」「ハン?」ヤナマンチ役員が髪を撫でつけた。「黙ってなさいよ貴方」「大事なことです」テツオは続けた。「こうして色々とハッキリする。裏切り者は燻し出され、怯懦な仲間は鞭打たれる。物事がシンプルになる。大事です」
ヤナマンチ役員が舌打ちした。「胡散臭い弁舌は沢山だ!黙らないと腕の一本でも折って……」「イヤーッ!」「アバーッ!?」役員の隣で腕組みしていたサンドウルフの首が刎ね飛んだ。そのすぐ側に、武装サラリマンの一人が膝をついた。その右手が血で濡れている。素手だ。
「え?」「イヤーッ!」「アバーッ!?」スティングレイの胸板を輝く軌跡が捉え、稲妻状に切り裂いた。心臓が零れ落ち即死!反対側が見える!やったのは別の武装サラリマンだ。その手には銃ではなく刺突剣が握られている!「え……え?」ヤナマンチ役員は死んだ自社のニンジャ二人を交互に見た。
「イヤーッ!」ドウン!マグナムめいた銃声!バンケットの首が無い!吹き飛んだのだ。別の武装サラリマンの正拳によって!その手の甲からは白煙が立ち上っている。仕込み銃の類であろうか?「え、え、え……」
「イヤーッ!」一瞬の隙をついて、オナタカミのニンジャ、ディスメンバメントがジツを発動!飛び上がって両手両足を拡げると、それらが胴体から分離された!頭も分離!コワイ!六つに別れた身体は対峙していた二人のニンジャをすり抜け、オナタカミ専務の周囲を高速回転して防衛開始!
「ち、畜生」シーパンサーとクレイモーンがヤナマンチ役員とディスメンバメントを見やって逡巡する。そこへツカツカと突き進むのは、当初バスター・テツオを拘束していた筈の武装サラリマンだ。「ビビりあがってンのか?ニンジャのくせによォ」ケンドーヘルムを外す!「ドーモ、コロッシヴです」
「何?」オナタカミ専務の頭上に浮かぶディスメンバメントの頭部が喋った。「コロッシヴ?奴はアマクダリ・セクトでは?」「そうです」バスター・テツオが頷く。「アマクダリ?」オナタカミ専務が呻いた「では貴方は……」「いえ」テツオは悠然と否定した。「私はアマクダリの人間ではありません」
サンドウルフをチョップで瞬殺した武装サラリマンが立ち上がり、着脱機構で一瞬にして全身の装甲を外した。中から現れたのは豹頭を意匠化した白金色のフルメンポ、白金色の装束を着たニンジャだ。「ドーモ。ドラゴンベインです」
装甲の脱落音が続けざまに鳴り、ニンジャを殺した武装サラリマン達が正体を見せる。その者ら全員がニンジャであり、役員を拘束していた他の武装サラリマンは全員殺害済みだ。刺突剣の使い手がアイサツした。やや特殊な、鼻から上を覆う仮面メンポが光る。「ドーモ。スワッシュバックラーです」
「ドーモ。ファイアブランドです」最後にアイサツしたのは仕込み銃のニンジャだ。リベットを打ち込んだベルトを装束のあちこちに装着し、その背中には「トクシュブタイ」と大きく書かれている。
「何?」ヤナマンチ役員はパチパチと瞬きした。「何?ニンジャナンデ?」「ウオオーッ!」ヤバレカバレ!クレイモーンが武骨な両手遣いの大剣でコロッシヴに斬りかかる!「ハハァー」コロッシヴは笑う「ハエが止まるほど、おっそいィー!」振り下ろされる大剣を、側面から両手で挟み、止めた!
「やれやれ、相性負けとはアワレ」スワッシュバックラーは芝居がかった仕草で肩を竦めながら、そちらへ歩みを進める。「イヤーッ!」シーパンサーがサイバネ爪でコロッシヴに襲いかかる。「グワーッ!」そしてそのままシーパンサーは前のめりに倒れた。両足のアキレス腱が切り取られていた。
「グワッ?アバーッ!?」シーパンサーが床をのたうち回る。ゴ、ゴウランガ!それをやったのはスワッシュバックラーの斬撃だ!なんたる速さ!「お節介しやがったな?まあいい、ありがとうよ!」コロッシヴがせせら笑う。彼が押さえる大剣の刀身からは刺激臭とともに激しく煙が噴き出している!
「ウオーッ!ウオーッ!?」クレイモーンの目が驚愕に見開かれる。押せも引けもしない!コロッシヴが押さえつけているからだ!「ちと待ってろ、サンシタ!」コロッシヴが叱責した。「ハイ、折れたァー!」折れた!大剣が!赤く錆び腐食して、ボロリと折れたのだ!「ウオーッ!?」
「実にその、素早いカラテだな。コロッシヴ=サン」スワッシュバックラーが欠伸しながら言った。「晩飯までにはその敵を倒してくれ」「ちと試してみたかったんでな。イヤーッ!」「アバッ!」コロッシヴは無造作に回し蹴りを繰り出し、クレイモーンの首の骨を折った。「サヨナラ!」爆発四散!
「アバーッ!アバーッ!」シーパンサーは床をのたうち回り続けている。「アバーッ!アバーッ!ア……アバッ!」「すまんな、忘れていた」側頭部をスワッシュバックラーの刺突剣が貫き、床に串刺しにした。「サヨナラ!」爆発四散!
「こんなの聞いてないッ!」ヤナマンチ役員が叫び、後ずさる。だが素早くドラゴンベインがそのネクタイを掴み、引き戻した。ヤナマンチ役員は失禁した。「……これで物事はシンプルとなった」バスター・テツオが厳かに言った。「雨降って地固まる、とも言いますね」
「だが……だがしかし、アンタは一体、何者だ」サブリ化学のCEOが呻いた。「私は市井の人間です」バスター・テツオはそっけなく言った。「より良き社会の実現のため、こうして八方手を尽くし、足掻いております。ゆえに皆さんの資金協力が大変重要だ。わかっていただけますね」
「アイエエ……」うつ伏せ姿勢のまま、ヤマミ鋼材の跡取りが弱々しく再失禁した。テツオは立ち上がった。「さあ!血判状で強く結び付けられた我々は、この試練を反動存在の処刑で乗り越え、今こそ足並みを揃えて前進します。まずはオムラの退廃的勢力を決断的に迎撃だ。貴方がたを必ず守ります」
「処刑により?」ヤナマンチ役員が瞬きした。テツオは頷いた。そして片手を上げた。「イヤーッ!」ドラゴンベインがヤナマンチ役員の頭を掴み、その首を無慈悲に捻じり切った。「アバーッ!」サツバツ!テツオは役員を見渡す。もはや、あえて足並みを乱す者はいない。「……賽は投げられた」
KABOOOM!ひときわ大きな轟音と震動だ。近い。「このフロアだな」ファイアブランドが手甲に弾丸を装填しながら言う。「先導せよ、オナタカミ」ディスメンバメントを見る。「逃走ルートを確保するんだろ」「……」ディスメンバメントは分離していた身体を再び合体し、専務の隣に立った。
「屋上からヘリで脱出を図ります」ディスメンバメントは通路を先導しながら一同に説明した。「階下は実際危険だ。安全のため、物資運搬用のリフトエレベータで移動しましょう。脱出時のみ、高射砲による自動迎撃システムを一時的にオフにする」「よかろう」ファイアブランドは頷いた。
ディスメンバメントはオナタカミ専務を見た。専務は頷いた。「当然、許可する」「施設情報をIRC送信する。アマクダリ=サン」ディスメンバメントは言った。「既にセンサーがこのフロアの侵入敵の熱反応を捉えている」「よろしく頼みます」バスター・テツオがアマクダリのニンジャに促した。
ドラゴンベインは頷き、四人のアマクダリ・ニンジャは二手に別れて散開した。役員たちの防衛を行うのはディスメンバメントとアムニジアだ。「大丈夫だろうな」すっかり憔悴したニッキキ役員が言った。テツオは言った「保証の無い世界です。ビジネスと同様に。ゆえに我々は闘争する」
「アイエエ……」ヤマミ鋼材の跡取りが震えた。だがテツオは力強く言った。「貴方がたは我々の闘争を見ておられよ。保証はできないが、しかしこの燃える心はあけすけに申し上げます。必ず守ります。この試練を乗り越える事ができます。そして退廃堕落企業オムラの圧政の鎖を引きちぎる時が来ます」
パリパリパリ、パリパリパリ。遠方で機関銃の銃撃音、そして「イヤーッ!」という叫びが聴こえてきた。「交戦が開始されたようだ」とディスメンバメント。「侵入敵第一波を彼らが排除したのち、リフトエレベータへ進みましょう」
『侵入敵を排除。オムラ。ロボニンジャ。モーターヤブ改善。3機を破壊した』ドラゴンベイン、ファイアブランドのチームが通信を送ってきた。『こちらも全て排除。モーターヤブ改善が2機。オムラ武装社員6名。皆殺しにした。弱い』そしてコロッシヴとスワッシュバックラー。
「ルートを確保した。急ぎます」ディスメンバメントが促した。役員達は素直に従った。(同志)アムニジアがバスター・テツオに囁いた。(アマクダリ・セクトとはどのような?)(どのようなとは?)テツオが応じた。アムニジアはためらいがちに尋ねる(どのような取り決めをされたのですか?)
(利害の一致)とテツオ。(アマクダリは今後オムラを必要としていない。ゆえに付け入る隙があった)(しかし、アマクダリは)……テツオは、しばし足を止め、アムニジアを見た。(君の懸念も尤もだ、同志。だが案ずる事はない。私は同志達に純粋信念を与え、その発露の場として闘争を与える)
テツオのスコープゴーグルの円いレンズは赤く、至近距離においてもその中の目を覗く事はできない。「確かにアマクダリとは即ち体制に他ならぬ。だが、革命の諸段階において、表層的な敗北主義を恐れては本質を見誤るぞ、同志。これは政治だが、君達が先回りして悩む事は無い。純粋闘争したまえ」
「純粋闘争します」アムニジアは頷いた。「弱い心がありました。恥じます」「恥じる事などない」テツオはアムニジアの肩に手を置いた。「それは人間らしい感情だ。だが、君は生まれながらにして革命戦士。余剰の記憶を持たぬがゆえ、余剰の思想を持たぬ。迷いを乗り越えるのは容易い……行こう」
「急がれよ」ディスメンバメントが前方から呼ばわった。集団最後尾にいたマトモ電器の役員も振り返り、二人を手招きした。「失礼した」テツオは足早に追いついた。アムニジアも追いすがる。ジジ……「不如帰」のネオン文字が光を閃かせる。
一同の目の前にはゲート隔壁が立ちはだかった。隔壁表面には作業着を着た蛙・兎の絵とともに、「物を運ぶ」「死ぬかも」「指差し確認」とミンチョ書きされている。「開けられます」とディスメンバメント。通路を二人のニンジャが歩いてきた。ひと仕事終えたドラゴンベインとファイアブランドだ。
「ハ。ここが輸送用エレベータか」ファイアブランドが文字を見上げる。「ヤツらは?まだか?」コロッシヴとスワッシュバックラーについての言及である。「まだだ」ディスメンバメントはIRC通信のインプラントを再度操作した……応答無し。
4
……その、しばし前!
「待て」ブラックヘイズがフェイタルを手振りで留めた。角を曲がって接近するニンジャ存在あり。気配を殺しているが、ブラックヘイズにはわかる。彼のニンジャ野伏力は接近してくる者達のそれを上回るのだ。「二人。ニンジャだ」彼は隣接するブティックのテナント跡を指差した。「そこへ」
「マネキンのフリでもしていようか?」フェイタルが笑った。ブラックヘイズは床に膝を突き、サイバネ化された左腕のUNIXを操作する。「好きにしろ」「冗談だ」「だろうな。どちらでも構わんから隠れろ。そう時間は無い」
「アイ、アイ」フェイタルは肩を竦めてみせ、テナントの割れたガラスをまたぐと、ショーウインドー内に身を潜めた。朽ち果てたオイランマネキンたちが裸でパントマイムするさまは、見るものに異様な哀れを誘う眺めである。ブラックヘイズも作業を終え、マネキンのあわいにしゃがみ込んだ。
彼らはしばし、息を殺した。……やがて、接近ニンジャの小声の会話が聴き取れる距離となった。「……しかし滅入るぜ。俺の趣味じゃねえ。ここは」「反論する者は少ないだろう」「おい、近いぜ。熱反応だ」ブラックヘイズとフェイタルは目を見交わした。だが違った。「ポンコツ一匹。曲がった先だ」
ブラックヘイズとフェイタルは通路の反対側を見やる。都合よき事に、モーターヤブ改善がガシガシと恐ろしげな逆関節歩行音を鳴らし、周囲にサーチライトを投げかけながら接近してくる。逆方向では接近者の会話だ。「これで最後」「そうだ。第一波は終わりだ」「チョロいぜ。アニキに勝ったかな?」
角を曲がって、二人のニンジャが姿を現す。ブラックヘイズは眉根を寄せた。(アマクダリ・セクト?)モーターヤブ改善がサーチライトを二者に集中し、アイサツ動作をした。「ドーモ、モーターヤブ改善は賢く!強い!」「へへへ、バカが……錆びクズにしてやるぜ!」
「ピガッ!破壊します!降伏は受け付けない仕様で、バグでは無い!」モーターヤブ改善がサスマタを突き出し、ニンジャめがけ突進を開始!「スワッシュバックラー=サン、下がってろ!こいつは俺がいただきィー!」接近ニンジャの一人も突進を開始!そして、「ピガーッ!?」「グワーッ!?」
ナ、ナムサン!モーターヤブ改善と接近ニンジャの一人は、ぶつかり合う直前、突進姿勢でそれぞれ空中に釘付けとなったではないか!「何ィー?」「イレギュラー状況重点!」「コロッシヴ=サン?」スワッシュバックラーが手を打とうとした瞬間、既にブラックヘイズは起爆スイッチを押していた!
KABOOOOM!通路が爆炎に飲まれる!伏せるブラックヘイズとフェイタルの頭上を熱余波が吹き抜ける。ブラックヘイズは己の武器を熟知しており、爆発から安全な距離にいる事を当然踏まえている。彼は何を仕掛けたのか?ヘイズである……彼のコードネームの由来、ヘイズネット(霞網)だ!
通路の両側に張り渡された透明のヘイズネットは、モーターヤブ改善と接近ニンジャの一人をまんまと絡め取った。この網を目視で判別する事は非常に困難であり、瞬時に見破るには高度なセンサーもしくは高度なニンジャ第六感が必要だ。しかも、それぞれ目の前の敵に注意を奪われていたとあっては!
「グワッ……何が起き……」ヘイズネットの爆発に巻き込まれたニンジャが崩れるように着地した時には、既にフェイタルが、恐るべき暴力の獣へ我が身を変化させながら飛び出していた。「イヤーッ!」「グワーッ!?」振り下ろされる右腕!爪がニンジャの顔の左半分と肩口をざっくりと切り裂く!
「イヤーッ!」「イヤーッ!」スワッシュバックラーはフェイタルにインターラプトを試みた。だがブラックヘイズによって周到に阻まれた!ブラックヘイズが突き出した左腕、手首から先が火薬で射出されて飛び、スワッシュバックラーの腕を掴んだのだ!分離した手はワイヤーで手首と繋がっている!
「ドーモ。ブラックヘイズです。……アマクダリのスワッシュバックラー=サンだな。で、そこでこれから死ぬニンジャはコロッシヴ=サン」ブラックヘイズはキリキリと左腕に力を込め、スワッシュバックラーの攻撃を封じながら、アイサツした。「ちなみにIRCは無理だ。今の爆発はチャフだからな」
「イヤーッ!」フェイタルが左腕を斜めに振り下ろす!「アバーッ!」コロッシヴの右肩が破砕!さらに、おお、ナムサン!牙の生え揃ったフェイタルの口が開く!「ウゴーッ!」おお、おお、ナムアミダブツ!コロッシヴの頭が無惨に喰いちぎられた!爆発四散!
「プッ!」フェイタルはコロッシヴの頭部を脇へ吐き捨てた。「食人趣味は無いんでな」「イヤーッ!」スワッシュバックラーは自由な方の手でワキザシを腰から抜き、ブラックヘイズのワイヤーを切断しようとした。一瞬早くブラックヘイズは手を離し、手首へ引き戻した。「年収の半分だ、この腕は」
「ザイバツ・シャドーギルド……と、傭兵殿」スワッシュバックラーは刺突剣をヒュンヒュンと翻してフェイタルを牽制しながら後退する。「これは異な所でお目にかかる」「同感だ」フェイタルはビーストカラテを構えた。「アマクダリの犬が革命家に転向か?」「フン、そちらはランデブーかね?」
「ピガ、ピガッ!」モーターヤブ改善の残骸が音声を発し、頭部からミニガンを展開させた。「ゼンメツ……」「!」フェイタルは身を翻し、強靭な獣の肉体を盾にしてブラックヘイズを庇う。銃弾の嵐!「不利なイクサはせんよ!」スワッシュバックラーは弾丸を刺突剣で弾き返し、角を曲がって退散!
「イヤーッ!」KABOOM!放物線を描いて葉巻爆弾がモーターヤブ改善へ落下、最期のあがきを吹き飛ばした。フェイタルは上体に力を込め、食い込んだ銃弾を弾き飛ばす。傷口が煙を噴きあげ、徐々に塞がってゆく。「礼を言う」「ハ!死なれたほうが面倒だ。か弱い傭兵殿」「ま、その通りだ」
「追うか?」「状況判断のしどころだ」ブラックヘイズは葉巻をメンポに差し込んだ。再び轟音が鳴り響き、床を揺らす。「奴らの会話。会合潰しで突入してきたオムラのロボと、アマクダリが戦闘状態にある。事情は知らんがアマクダリは会合側だ」「……」フェイタルが変身を解除した。力が要るのだ。
「下からオムラが押し上げて来ているのだから、まさかそこへ役員ともども飛び込んで行くほどバカではあるまい」ブラックヘイズはコロッシヴの携帯UNIXを拾い上げ、言った。「会合の連中の脱出路は屋上以外にあり得ん。飛んで逃げるさ」「対空迎撃網は」「当区画の管理企業が会合の中にいる」
ガッシ!ガッシ!耳慣れた逆関節歩行音が接近してくる。「さて時間だ。先回りする。会合は大所帯、シリンダーエレベータで数人ずつ運ぶ?バカな」「リフトエレベーター」フェイタルは携帯端末を操作する。ブラックヘイズは頷く。「俺たち二人はシリンダーで行くぞ。ああ、服の前を閉じてからだ」
「わざとだ、ミスターダンディズム」フェイタルがニヤニヤと笑った。「よくよく冗談が好きな女だな」「そう、冗談が好きなんだ」
◆◆◆
ディスメンバメントがパネルを操作すると、重苦しい唸りを立てて、リフトエレベーターに通じるゲートがゆっくりと上昇を開始した。ドラゴンベインとディスメンバメントが中のクリアリングを行い、役員達を促す。アムニジアとファイアブランドはゲート周囲を警戒。応答無き二人は死亡前提である。
ガッシ!ガッシ!ガッシ!ガッシ!逆関節歩行音が接近してくる。「やれやれ、第二波だ。来やがっているぞ」ファイアブランドが言った。リフトエレベーターが轟音と共に上から現れると、役員達は転がるようにそこへ駆け込んだ。「頼む、どうか頼むよテツオ=サン」ニッキキ役員が半泣きで言った。
「信念を持つ者は決して斃れない」バスター・テツオはニッキキ役員の肩に手を置いた。「こうした試練を通じて信念が試される。惰眠に暮らすよりもよほど素晴らしき事だ。ケージの中でぼんやりと死を待つ豚では無く、戦士であると実感できる……私は高揚し、不断の闘争に輝くビジョンを見ます」
「ドーモ!モーターヤブ改善は賢く強い」「ドーモ!モーターヤブ改善は賢く強い」「ドーモ!モーターヤブ改善は賢く強い」「ドーモ!モーターヤブ改善は賢く強い」三方向から視界内へモーターヤブ改善がエントリーする!ファイアブランドはスリケンを、アムニジアは弓を構えた。
「ヤブ!改善!」「改善!」「改善!」「改善!」「キエーッ!」放たれた矢が稲妻めいた速度でモーターヤブ改善のミニガンに命中、暴発!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ファイアブランドのスリケン連投!モーターヤブ改善の関節部が火花を噴き上げる!他の者は粛々とエレベーターに乗り込む!
「ちと数が多いぜ、まだか」肩越しにファイアブランドが急かした。倒れたモーターヤブ改善の後ろにも数機!「改善!」「改善!」「改善!」ディスメンバメントが役員を促す。「急がれよ!」ファイアブランドとアムニジアは応戦しながら徐々に後退!
「ピガーッ!」モーターヤブ改善の一機が頭部のミニガンを展開!だがそれを、横からすり抜けざまに繰り出された斬撃が切断破壊!駆け込んでくるのはスワッシュバックラーである。「やれやれ、ちと激しい運動だ」「来たか!遅いぞ」隣に立ったスワッシュバックラーにファイアブランドが言った。
「コロッシヴ=サンは?」「死んだ。ブラックヘイズと、ザイバツのフェイタルだ」「フン。ザイバツが何の用だかな」「アムニジア=サン。彼らに任せよ」バスター・テツオが命じた。アムニジアは頷き、リフトへ身を翻す。ファイアブランドがリフトに叫んだ。「上がれ!俺らは適当に遊んでから帰る」
リフトは上昇を開始!「改善!」「改善!」「改善!」「改善!」「一難去ってまた一難かね」スワッシュバックラーが肩を竦めた。「ようやく仕事も終わりと思うたが……運の無い日よ」「そうか?壊す相手が一杯だ」ファイアブランドの目が笑った。
「ドーモ!汚らしい革命家諸君!」モーターヤブ改善の後ろから、鉄板で補強されたニンジャ装束を着たニンジャが進み出てアイサツした。「オムラ・インダストリの極めて優秀なニンジャ、インフェルノです。……あン?お前らを置き去りに、他の奴らはエレベーターで逃走か?」
「その通りだ」ファイアブランドが腕組みして言った。「ちと遅かったな、インフェルノ=サンとやら!貴様らはヌルいぞ、ヌルい!」「ハハーッ!オムラの武力をナメ過ぎである!そして貴様ら居残り組は取り敢えず蜂の巣となったうえで焼かれて死ぬべし!」両腕のサイバネから威嚇的に火炎放射!
「え?アバーッ!?」「……ドーモ、スワッシュバックラーです」インフェルノがぱくぱくと口を開閉した。だが声が出ない。喉を刺突剣で貫かれているからだ。恐るべきは一瞬で間合いに飛び込んだスワッシュバックラーのニンジャ瞬発力!「ああ、すまんな。一方的なアイサツになってしまったかね」
「改善!」「改善!」モーターヤブ改善がスワッシュバックラーめがけサスマタを繰り出し、あるいは機銃で射撃!スワッシュバックラーはケバブめいたインフェルノの身体を盾のように振り回し、ロボニンジャの攻撃を躱す。「アバ、アバーッ」インフェルノが裂けた声帯で呻く!
「イヤーッ!」そこへ飛び込んで来たのはファイアブランドだ!彼のニンジャ跳躍力は足元の特殊ブーツのジェット噴射によって加速されている。その勢いを載せたジャンプパンチがモーターヤブ改善を横から殴りつける!KABOOM!爆発音とともにモーターヤブ改善の頭部がひしゃげ、IC破壊!
「改善!改善!」モーターヤブ改善がファイアブランドへ機銃を向ける。「イヤーッ!」スワッシュバックラーは彼めがけ刺突剣を振った。突き刺さっていたインフェルノが切っ先から解き放たれて飛ぶのを、ファイアブランドがキャッチ。そのままその身体を盾に機銃をガード!「アバ、アバッ!」
「イヤーッ!イヤーッ!」スワッシュバックラーの刺突剣が閃くと、機銃を撃っていたモーターヤブ改善の両脚関節の支持部が切断され、またたくまに自重で押し潰された。彼はモーターヤブ改善の頭を踏みつけ、上からの刺突でカイシャク!「さあ、どんどん来たまえ。慣れておるのでな」
「改善!」「改善!」「改善!」包囲網のモーターヤブ改善が彼らめがけ次々に接近する。だがニンジャ達の目に恐れは無い。スワッシュバックラーの言葉は嘘ではなく、彼らはこのロボニンジャの弱点部を熟知し、効率的に破壊する事ができるのだ。
「さすが役に立つぜ、オムラ=サン。素敵な鉄板装束をありがとよ」ファイアブランドが死にゆくインフェルノの耳元で嘲った。依然、盾がわりに抱えられたままなのだ。「コフッ、アバッ、ヒューッ……行け、ヤブ改善、行け、ヒューッ……」インフェルノは震えながら腕のUNIXを操作した。ウカツ!
インフェルノのIRC命令を受けると、残る五体のモーターヤブ改善は背部から煙を噴き出しジェットパックを展開!ニンジャ達を無視してリフトエレベーターの方へ飛行してゆく!「ハハハーッ!オムラ!バンザイーッ!」「ああン?悪あがきだ!ドラゴンベイン=サンをナメるなよ!」「ハハーッ!」
「そいつを捨てろ!」スワッシュバックラーが叫んだ。「イヤーッ!」ファイアブランドがインフェルノの身体を投げ捨てる。「サヨナラ!」一瞬後、その身体が爆発!KABOOOM!恐るべし!自爆だ!「ヌウーッ!」ファイアブランドは床を転がり、辛うじて衝撃を回避!
当然その爆発は死亡時のニンジャソウル爆発ではない。恐らく身体に仕込まれた爆薬……自爆装置によるものだ。なんたるインフェルノの愛社精神!「くだらねェ真似をしやがる」ファイアブランドが埃を払い、起き上がった。「さて、俺達の仕事は終わりだぜ。包囲を破ってオサラバよ」「違いない」
……「改善!」「改善!」「改善!」「改善!」「ピガーッ!」一方、五体のモーターヤブ改善は竪穴状のエレベーター路をジェットパックで垂直に上昇してゆく。うち一機のジェットパックから猛烈な黒煙が噴き出し、二秒後に爆発した。KABOOOM!この飛行システムはいまだ試作段階なのだ。
「上がってきます。5……4機」アムニジアがリフトエレベーターの淵から見下ろし、息を呑んだ。「なんてこと……」「屋上はまだかね、君ィ!」ニッキキ役員がオナタカミ専務に詰め寄る。「まだまだですな」と専務。「アイエエ……」ヤマミの跡取りが嗚咽した。アムニジアは大弓を構える。
「改善!」「改善!」「キエーッ!」アムニジアが下めがけて矢を放つ!「ピガッ!?」タツジン!モーターヤブ改善の一機がジェットパック機構付近を射抜かれ、狂ったように手足をバタつかせたのち、爆発四散!「改善!」一機がリフトエレベーターの高さに追いつく!頭部のミニガンが展開!
「イヤーッ!」ディスメンバメントの身体が六つに分離!役員達の周囲をサイバネ身体が高速浮遊、機銃掃射から護ろうとする……重点的に防護するのは当然、自分の上司役員だ。アムニジアもまたバスター・テツオの前で盾になる。機銃掃射開始!アブナイ!「グワーッ!」
マトモ電器の役員が肩を撃たれて呻く!アムニジアはよろめく役員を支える。非戦闘員のウカツ!リフトの揺れに足を取られたか!「イヤーッ!」ドラゴンベインがリフトから跳んだ!狙いは浮遊するモーターヤブ改善だ!頭部ミニガンを、空中から打ち下ろすカワラ割りパンチで破壊!「イヤーッ!」
白金のニンジャはその直後にモーターヤブ改善の頭を蹴って再跳躍!空中で六回転して勢いをつけ、真下へ飛び蹴りを繰り出す!「イヤーッ!」「ピガッ!?」ナムサン!強力無比な踵を叩き込まれたモーターヤブ改善は飛行バランスを崩し落下、もう一機とぶつかり合ってともに墜落だ!「ピガーッ!」
ドラゴンベインは飛び蹴りを叩き込んだ反動で再跳躍。そのままもう一機にとりつき、カワラ割りパンチ!「イヤーッ!」「ピガッ!?」さらに一撃!「イヤーッ!」「ピガガガーッ!」頭部を破壊!なんたるニンジャ腕力か!そのまま頭を蹴って跳躍、壁から壁へ飛び移ってリフトへ復帰!ゴウランガ!
ドラゴンベインがバスター・テツオを見、この作戦で初めて言葉を発した。「片付いた」テツオが頷く。「流石だ。決断的カラテを賞賛します」「屋上……だ!」ディスメンバメントが分離した身体を戻し、上を見上げた。リフトのパネルを操作すると、頭上に迫り来るハッチが開き、曇天の光が差した!
「ヤ、ヤッター!」ヤマミ鋼材の跡取りが涙を流してバンザイした。「あ、貴方のおかげです!テツオ=サン!実際貴方のおかげです!助けて頂いた……バンザーイ!」「貴方もこれで晴れて決断的戦士だ、同志」テツオが彼の手を握り返した。「だが、油断はなりません」「なんだ、この音は」
サブリ化学のCEOが眉をひそめた。屋上ヘリポートに鳴り響く轟音。オナタカミ専務が周囲を見渡す。この建造物を囲むように、等間隔で地上から生えたキョート風の細い五重塔……それらの瓦屋根が割れ、中から迫り出した無骨な高射砲が、上空めがけて激しく砲撃をかけているのだ。「これは」
「迎撃システム。上から来ているのだ」ディスメンバメントが言う「バカな奴らだ。システムは高射砲だけではない。大量の地対空ミサイルによる迎撃もあります。ご覧なさい」彼ははるか上空を指差した。マグロツェッペリンとおぼしき航空機の影が、燃える煙の軌跡を空に描きながら遠くへ落ちてゆく。
落ちてゆくツェッペリンめがけ、さらに無数のミサイルが蛇めいた尾を引き、貪欲なピラーニャのごとく追いすがる。ナムアミダブツ!「ヘリを出しました。あちらへ」ディスメンバメントが促す。ヘリポートの床が開き、大型の装甲輸送ヘリがせり上がってくる。
「あれで脱出だ。急がれよ」ディスメンバメントが促した。アムニジアは落ちてゆくツェッペリンをもう一度振り返った。小さな影が、ツェッペリンから飛び出したように見えた。彼女は目を凝らした。幻覚では無い。「なにかが来ます!」「迎撃させる!だから……なに?なんだと?」
ゴウランガ!一体いかなる事か?弧を描いて空中を旋回する飛行物体にミサイルが到達しようとするが、なぜか爆発せずにそのまま消えてしまうように見える。高射砲の弾丸もやはり同じだ。実際、飛行物体は迎撃などどこふく風……この屋上ヘリポートへ、接近してくる!
「脱出だ!」ディスメンバメントが駆け、装甲ヘリのドアを開け放った。「あれがどんな馬鹿げたものだろうと、迎撃システムに相手をさせているうちに脱出を……グワーッ!?」役員達を手振りで招く彼の身体が揺れた。ヘリの中からワイヤーが飛び出し、先端についた手で、彼の顔を掴んだのだ。
「取り込み中、済まんね……」ヘリの中からゆらりと現れたのは、ガンメタルカラーの装束を着たニンジャ!ディスメンバメントの頭を掴む手のワイヤーは彼の左手首から伸びているのだ!「ドーモ。ブラックヘイズです」「アガッ!アガッ!」ディスメンバメントが悶える!
ワイヤーが収縮し、ディスメンバメントの身体が引き寄せられた。ディスメンバメントは胴体と四肢を分離!だがブラックヘイズは肝心の頭部を無慈悲にニンジャサイバネ握力で握り砕き、潰した!「サヨナラ!」浮遊する胴体が爆発四散、四肢は地面に落下!ナムアミダブツ!
降りてくるブラックヘイズの脇から、白い風が駆ける!鋼鉄めいた筋肉と鬣、奇怪な四つ目をもつ獣じみた存在!咄嗟にドラゴンベインが立ちはだかる!「イヤーッ!」「イヤーッ!」鉤拳とチョップがぶつかり合う!ドラゴンベインが吹き飛ばされる!「ヌウーッ!?」
跳ね起きるドラゴンベインにブラックヘイズが割って入る!「大物だな。ドーモ」獣人はドラゴンベインにそれ以上構わず、一直線に目指した……アムニジアを!「!」「ハッハァ!イヤーッ!」……「イヤーッ!」アムニジアへ稲妻めいた速度で伸ばされた獣の手首を、横から割り込んだ手が、掴んだ!
テツオ?違う。彼は飛来する影とブラックヘイズ達とを見比べ、身構えている。獣人の手首をマンリキめいた力で掴んだのは、マトモ電器の役員だ!「何だと?」「……お出ましだな……ザイバツ・シャドーギルド」「ヌウウウッ」獣人が牙を剥いた。「私はフェイタルだ!名を名乗れ……!」
「……!」アムニジアは事態が呑み込めぬまま、後ろへ転がってフェイタルから間合いを離した。マトモ電器の役員は片手でフェイタルの手首を掴んだまま、己の髭を掴み、引き剥がした。付け髭だ!その目に赤黒の光が灯る!「……ドーモ……」役員スーツが内側から赤黒の炎に燃え上がる!
スーツを包んだ赤黒の炎は、一瞬にして衣類の繊維を捻じ曲げ、変形し、ニンジャ装束を作り出していた。そこには赤黒の装束を着たニンジャが立っていた。彼は腕を掴んだまま、懐からメンポを取り出し装着した……「忍」「殺」のメンポを!「……ニンジャスレイヤーです」
5
「ニンジャスレイヤー!?」フェイタルが焦げ臭い息を吐いた。「なぜ貴様がここに……イヤーッ!」自由な方の腕で殴りつけにかかる!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは懐へ潜り込み、掴んだ手首を支点に投げた!イポン背負いだ!「グワーッ!」悪魔めいたフェイタルの身体が床に叩きつけられる!
「ニンジャスレイヤー?」ブラックヘイズが横目で不測の事態を追った。「イヤーッ!」ドラゴンベインが回し蹴りを繰り出す。アブナイ!「イヤーッ!」ブラックヘイズは咄嗟のバックフリップで回避しながら、右手首からヘイズネット弾を撃った。「イヤーッ!」ドラゴンベインは側転でこれを回避!
「貴様にはそろそろウンザリさせられる!ニンジャスレイヤー=サン」ブラックヘイズがドラゴンベインを牽制しつつ叫ぶ。サブリ化学CEOが呻いた。「わけがわからん……新手のニンジャだと……?ニンジャスレイ……何だって?では本物のマトモ電器は?」
そう、本物のマトモ電器は!?……同時刻!既にもぬけの殻となった巨大コタツ会議場を包囲したオムラ社員兵達は、なにか手掛かりとなる物が遺されていないか、伏兵は無いか、注意深くクリアリングを行っていた。そして男子トイレの中から聴こえてくるくぐもった叫びを耳にした。
「突入!」オムラ社員兵はツーマンセル戦闘体制でドアを蹴破り、アサルトライフルを突きつける!(ヘルプミー!ヘルプミー!)「……?」(ヘルプミー!ヘールプ!)そこには両手足と口を縛られた髭面の男が便座に座らされていた。アワレにも身ぐるみはがされ、下着姿だ。
「なんだ、これは?」社員兵は注意深く猿轡をほどいた。髭の男は堰を切ったようにまくしたてた。「た、助けてくれ!いきなり襲われたんだ。ありゃニンジャだ!私は……あんたら、オムラ=サン?アー……とにかく助けてくれ!私はマトモ電器の専務だ!御社とは何でも提携するから!」ナムアミダブツ!
「おい」社員兵が床に置かれたオリガミメールを拾い上げ、書かれた内容を読み上げる。「このマトモ電器役員はオムラに会合を売ろうとした裏切り者、親オムラ人間であるがゆえに、ここで反省を促す。無慈悲なイッキ・ウチコワシより」「……」社員兵は顔を見合わせた。「我が社のスパイなのか?」
「え……じ、実際そうだ!そうなんだ畜生!」役員は激しく頷いた。「上の人間を呼んでくれ!話をつけるから」社員兵はしぶしぶ頷き、IRC通信を開始した。……ナムサン……その巧妙極まるオリガミメールは、ニンジャスレイヤーによる、せめてもの奥ゆかしいアフターケアであったのだ!
読者の皆さんも今や全容を把握しつつある事だろう。ニンジャスレイヤーはアムニジアに取り付けた発信器を利用してアジトから移動する彼女を追い、区画へ潜入した。そして状況判断し、マトモ電器の役員と入れ替わったのだ。役員がこの後、巧みな弁舌で切り抜けたか否か……それはここでは語るまい。
「バスター・テツオ=サン。こうして顔を突き合わせるのは初めてだ」ニンジャスレイヤーが言った。テツオが赤いスコープ越しに彼を見やる。「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。実に面白い。アムニジア=サンへの未練が戻って来たかね」「ザイバツの手が伸びているとあれば」彼は無感情に答えた。
「イヤーッ!」フェイタルが跳ね起き、バック転で間合いから脱出した。ブラックヘイズと背中合わせに立つ。「忌々しい……アマクダリにニンジャスレイヤーだと」「目的のアムニジアを頂き、とっとと仕事を終わらせるとしよう」ブラックヘイズは言った。「どうやらアレも降って来る。幸か不幸か」
◆◆◆
『電磁バリア限界が近いです』ネブカドネザルの網膜インプラントにアラートが映り込む。モーターツヨシが球状に展開する電磁バリアは高射砲の弾丸とミサイルを完全に無効化する。エネルギー喰いだが、計算装置インプラントは電磁バリア限界時間予測を算出済みだ。ヘリポート到達に十分間に合う。
『ネブカドネザル=サン!どうだ!当然問題無いな!』モーティマー・オムラ社長の興奮した声がノイズと共に届いた。「イエスボス。マグロツェッペリンが撃墜されました。宜しくお願いします」『そんなのはどうでもいい!やれ!やっちまえ!』「イエスボス。11秒後にヘリポート突入」
ネブカドネザルはモーターツヨシの背部ブースターを切り離した。肩のブースターで逆噴射をかけ、突入速度と角度を調整。ヘリポートがぐんぐん近づいてくる。チチチチ、アラート音が鳴り、屋上に居る者たち全てをセンサーがロックしてゆく。「役員は殺しますか?ボス」『殺せ!面子の問題だ』
「あれが……バスター・テツオと推察……テツオは殺しますか?」『当然だ、ぜんぶ殺……ザザッ……パパ!やめてよ!』『ネブカドネザル=サン!』皺がれた老人の声が割り込んだ。アルベルト・オムラ会長だ。『うまくやれ!殲滅してはイッキ・ウチコワシの全容も反オムラ組織の情報も得られぬぞ』
「……ボス?会長のご提案は妥当な物と判断しますが、いかがなさいますか」『畜生畜生!』ネブカドネザルは有効な命令を得られなかったので、降下タイミングでの殲滅攻撃を却下し、屋上に着地した。そして屋上の者たちに向かってアイサツした。「ドーモ。ネブカドネザルです」
◆◆◆
「ドーモ。ネブカドネザルです」陽炎に霞む巨大なシルエット……恐るべき背部アーマーを装着した鋼鉄ニンジャがアイサツした。全ての者たちが一瞬、固唾を飲んだ。「アーッ!」ヤマミ鋼材の跡取りが風圧で床を転がった。バスター・テツオが叫んだ。「オムラだ!奴をやれ!皆殺しになるぞ!」
「あなた方のアイサツは省略します」ジャキン!音を立て、ネブカドネザルが両肩のキャノン砲と両腕アーマーのミサイルランチャーを展開した。「とりあえず重要対象を除く者達を全滅させます。当然ながら降伏は認めない」「イヤーッ!」ドラゴンベインが跳んだ!
BOOM!BOOM!キャノン砲が放たれる。一発はドラゴンベインの驚異的跳躍速度を捉えきれない。もう一発は彼の脇腹を僅かにかすめた。「イヤーッ!」そのままドラゴンベインは、背部アーマーによって二倍以上の体長を持った敵の肩へ、蹴りを叩き込む!
「イヤーッ!」ネブカドネザルが腕部ミサイルを発射!尾を引いて飛来するミサイル群!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは咄嗟にアムニジアを抱えた。「ンアーッ!」そして横跳びに転がる!「イヤーッ!」ブラックヘイズは両腕からヘイズネットを展開!KABOOOM!
彼の両手から放たれたヘイズネットはミサイル群を絡め取り、無効化!「イヤーッ!」空中へ放った直後、ミサイルは爆発した。「オムラと調整する時間があればな……」ブラックヘイズがぼやいた。バスター・テツオは?彼は役員達を促し、装甲ヘリへ走っていた。「奴を攻撃させるな!」
もはや迎撃システムは無意味。オナタカミ専務は携帯端末から屋上コントロールシステムに短距離無線アクセスし、停止させた。テツオが操縦席へ、他の者は後部へ雪崩れ込む。「アムニジア=サン。君はニンジャスレイヤー=サンと連携し、ヘリに対する攻撃を阻止せよ。生き延びたなら追加指示を出す」
「把握しました、同志」アムニジアはニンジャスレイヤーから身をもぎ離した。テツオが叫んだ。「ニンジャスレイヤー=サン!君はアムニジア=サンを見殺しにできまい。また会える日を楽しみにしている!」「……」ニンジャスレイヤーは目を細めた。得体の知れぬ存在……!
「イヤーッ!」「グワーッ!」ネブカドネザルのジェット加速パンチがドラゴンベインを捉える!白金のニンジャは身体をくの字に曲げて吹き飛んだ。「逃がすぐらいなら殲滅も止む無しです」ネブカドネザルは無感情に宣告し、徐々に浮上するヘリめがけ腕部を突き出す。ミサイル攻撃だ!
「キエーッ!」アムニジアが大弓を構え、素早く射撃した。ネブカドネザルのミサイルハッチを矢が直撃、破壊!ネブカドネザルはもう一方の腕部ミサイルを構える。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの放つスリケンがこちらのミサイルハッチを破壊!タツジン!
BOOM!BOOM!BOOM!BOOM!肩のキャノンがアムニジア、ニンジャスレイヤー、フェイタル、ブラックヘイズめがけ、無差別めいた砲撃を開始!「パージします」同時に腕部ミサイルを廃棄、かわりに腕部ガトリング砲が展開!
BRATATATATATAT!ガトリング砲が容赦なくニンジャ達を狙い撃つ。ニンジャスレイヤーの目が光った。圧倒的攻撃の危険を前に、腰に下げたヌンチャクの封印が解かれる!「イイイイヤアァァァーッ!」アムニジアをかばうように立ち、恐るべき速度でヌンチャクを振り、銃弾を弾き返す!
「イヤーッ!」フェイタルはガトリングの銃撃をつぶてめいて受けながら、致命的なアサルトキャノンの砲撃だけを避け、徐々に間合いを近づけてゆく。鋼鉄めいた筋繊維を銃弾が削ぎ落とす。無視できないダメージである!「ブラックヘイズ=サン!わかっているな。やれ!」獣人は叫んだ。
「イヤーッ!」ブラックヘイズがフェイタルの陰から横に飛んだ。狙いはニンジャスレイヤーの後ろで弓を構えるアムニジアだ!「ンアーッ!?」ブラックヘイズが被弾しながらアムニジアを押し倒し、転がる!ウカツ……否、恐るべきはザイバツ・チームの我が身を顧みぬ大胆な行動!
「ユカノ!」ニンジャスレイヤーが叫んだ。一瞬、集中が途切れ、ガトリング弾が彼の、そしてブラックヘイズとアムニジアの身体をかすめた!「グワーッ!」「グワーッ!」「ンアーッ!」なんたるジレンマ!彼はこのまま防御を続け、むざむざとアムニジアを……いや、ユカノをさらうに任せるのか!?
「オイオイ、しっかり守ってくれたまえ。ニンジャスレイヤー=サン」ブラックヘイズはアムニジアの腕をねじり上げて拘束し、低く言った。「離せ……離せッ」アムニジアが呻き、力を込めて拘束をはがそうとする。ブラックヘイズは眉根を寄せる。「こいつ……この力。ニンジャか」
「離せーッ!」「面倒が増えていかんな」ブラックヘイズはアムニジアを締め上げる。「ユカノ!……ヌウウーッ!」ニンジャスレイヤーはやむなくヌンチャクで二人を守り続け、攻撃の糸口を探る。何たる残酷な運命か!BRATATATATATAT!「フェイタル=サン!確保した。退散……」
ブラックヘイズは目を見開く。「バカめ……無茶をしたか」彼はアムニジアの腹部を殴り、いとも容易く昏倒させると、アームをフェイタルめがけて射出した。フェイタルは仰け反りながら後退……いまだ銃弾を受け続けている。獣めいた姿が徐々に人間へ戻りつつある。アームが彼女の二の腕を掴む。
BOOM!BOOM!アサルトキャノンの砲撃!ヘリが被弾!弾丸のもうひとつはフェイタルを狙ったが、アームが収縮し、回避!ブラックヘイズのもとへフェイタルの身体が飛び込んでくる。「俺はお前に腹を立てているぞ。フェイタル=サン」ブラックヘイズは呟く。返事は無い。
「……行け」ニンジャスレイヤーは 腹の底から絞り出すような声を出した。誰に?ブラックヘイズに言ったのだ。無念の声であった。「このまま攻めずにおれば、いずれ、みな、死ぬ」「……そうだ」ブラックヘイズは抑揚の無い声で言った。「お前にはその選択肢しか無い。犬死には最悪の結末だ」
「だが必ず取り戻す」ニンジャスレイヤーは言った。ブラックヘイズは空虚に笑った。「心中お察し申し上げる……ともあれお前は、当座の敵に勝つ事と、俺が厄介な荷物を二つ抱えて逃げられる事を祈っておけ」バラバラバラバラ!上空でヘリのローター音に変化が生じつつあった。騒音が増している。
上昇するテツオのヘリの上から、降下してくる別の小型ヘリ有り。鎖で何かを吊っている。アサルトキャノンが重点的にヘリ達に狙いを定める!「イヤーッ!」ブラックヘイズがビルの淵めがけ駆け出すのと同時に、ニンジャスレイヤーが仕掛けた。右手でヌンチャクを回しながら、左手でスリケン投擲!
BOOM!アサルトキャノン発射の瞬間にスリケンが肩に命中、ネブカドネザルがよろめく。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは立て続けにスリケンを投擲した。「イヤーッ!」その横後方からもスリケンが投げつけられ命中!ドラゴンベインだ!腹部装束が円形に削ぎ落とされ、赤い肉が見えている。
「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」二人のニンジャは激しくスリケンの連投を開始!ネブカドネザルはスリケンを受けて各部から火花を噴き出す。「無視できないダメージです。対応が必要」アサルトキャノンが肩部に格納され、球状の放電が彼を包む!
すると、ナ、ナムサン!スリケンはこの球状の放電を越える事ができず消滅してしまう。これが恐るべき電磁バリアのテクノロジーなのだ!「イヤーッ!」ネブカドネザルが腕をバリアの外に伸ばし、ガトリング砲をヘリに向けた。BRATATATATATAT!
小型ヘリがテツオのヘリを庇うようにすれ違い、銃撃を受ける。テツオのヘリは攻撃圏を離脱!KABOOM!小型ヘリが爆発し、スピンしながら斜めに落ちてゆく……鎖が切り離され、吊られていた何かが落ちた!「あれは自動操縦だ」ドラゴンベインが言い、落下してくる大質量の物体めがけて駆ける!
「イイイヤアァァーッ!」スリケンが効かぬと見るや、ニンジャスレイヤーは即座に状況判断してヌンチャクを構え直した。ブラックヘイズはビルから飛び降りた。どのように立ち回るか、それはわからぬ。だがあのニンジャならば勝算の無い選択はせぬであろう。もはや護らねばならぬ者はここには無い。
あるのはただ、倒すべき敵のみ……このネブカドネザルを速やかに滅ぼす。その後、邪魔をするならば、白金のニンジャも排除する。なにも迷う事は無くなった!ニンジャスレイヤーはガトリング砲を弾きながら前進を開始!
BRATATATATATAT!ガトリングの嵐!だが今やニンジャスレイヤーはこの銃撃を完全に制していた。ただ、滅ぼす!できる限り早く!そしてブラックヘイズを追い、ユカノを取り戻す!「イイイイヤアァァーッ!」ヌンチャクの軌跡が炎を発する!
一方ドラゴンベインは、落下して来た巨大武器を受け止めていた。武器。そう。槍である。槍頭はオベリスク状の巨大な四角錐の金属塊。柄に絡まる鎖。槍頭に「ツラナイテタオス」というルーンカタカナ刻印……ドラゴンベインの代名詞たる恐るべき古武器!小型ヘリは彼が潜ませた運搬機だったのだ!
「不測事態です」ネブカドネザルは呟いた。両腕のガトリング砲撃が目の前のニンジャに通じない。白兵戦で決着をつける必要に迫られている。「アウトオブアモー」ガトリング砲が砲撃を止めた。弾切れだ。ネブカドネザルはガトリングをパージした。横から突進してくる白金のニンジャ。アラート。
……「イヤーッ!」ドラゴンベインが凶槍ツラナイテタオスを構え、斜めに跳躍した。ネブカドネザルはインプラントICで素早く計算、槍の質量が電磁バリアを貫通する可能性が99%以上の確率であると結論した。彼は電磁バリアをオフにし、肩からアンタイニンジャ・アサルトキャノンを展開した。
BOOM!アンタイニンジャ・アサルトキャノンが狙うのはニンジャスレイヤーだ!燃える弾丸!「イヤーッ!」だが!おお、ゴウランガ!弾いた!ヌンチャクはこれを弾いたのだ!ニンジャスレイヤーは衝撃で1メートル押し戻され、地面が抉れる!逸れた弾丸は五重塔に命中!五重塔は爆発し、倒壊!
ドラゴンベインが空中から迫る!ネブカドネザルの腕部から、赤熱震動する刃が展開!「モーターブレード充填完了です」「イヤーッ!」繰り出されるツラナイテタオス!大質量!ネブカドネザルが向き直る!「イヤーッ!」
KRAAAAAASH!「「グワーッ!」」ネブカドネザルの背部アーマーが肩から巨大槍で貫かれ、火を噴く!一方のドラゴンベインは、ナ……ナムサン!モーターブレードで下から逆袈裟に斬り上げられていた!左脇腹から右肩にかけ、深く斬られたドラゴンベインの傷が鮮血を噴出させる!
「イヤーッ!」「グワーッ!」ネブカドネザルは深手を負ったドラゴンベインに蹴りを叩き込み、弾き飛ばした。そしてニンジャスレイヤーに向き直った。モーターツヨシにはツラナイテタオスが刺さったままだ。火花も激しい。だが……「損傷大、戦闘に支障なし」彼は両腕のモーターブレードを構えた。
「オヌシは機械か?ニンジャか?」ニンジャスレイヤーは炎をまとうヌンチャクを構えた。ネブカドネザルは応じた。「無意味な質問です。私はニンジャソウル憑依者であり、私の身体は機械です。私はオムラ・インダストリの所有物です」「死ねば鉄屑か」「無意味な質問です」
「「イヤーッ!」」ヌンチャクとモーターブレードがぶつかり合う!ニンジャスレイヤーはヌンチャクを手足のごとく流麗に扱い、繰り出す!モーターブレードの致命的な刃が幾度もニンジャスレイヤーを捉えかかるが、攻撃と回避がシビアに一体化したニンジャスレイヤーの身体を捉える事ができぬ!
「イヤーッ!」ヌンチャクがネブカドネザルの右腕を打つ!「イヤーッ!」返すヌンチャクがネブカドネザルの左腕モーターブレードを弾き返す!「イヤーッ!」身を翻し、肘打ちを叩き込む!「グワーッ!」「イヤーッ!」その肘を支点に、裏拳を叩き込む!「グワーッ!」
並のニンジャであれば衝撃を受けて吹き飛ぶ打撃だ。だがネブカドネザルはこれを受け切った。そして、ここへきてアーマー胸部が展開!蜂の巣めいた発射口が露出!「イヤーッ!」ワン・インチ距離のニンジャスレイヤーめがけ、散弾が放たれた!「グワーッ!」
ニンジャスレイヤーは炎に呑まれたが如き衝撃を背中に受け、うつ伏せに地面へ叩きつけられた。なんたる恐るべき隠し武器!ニンジャスレイヤーの背中の装束が爆ぜ、血にまみれた傷だらけの背中が露わになる。「ヌウウッ……!」ニンジャスレイヤーは全身を強い、なんとか起き上がった。
「肩武装、展開不能」ネブカドネザルがズシリズシリと足音を立て接近する。「モーターツヨシ、ジェネレーターに損傷無し。戦闘継続が可能です」両腕のモーターブレードが赤い軌跡を描く。ニンジャスレイヤーは転がって間合いを取り、低い姿勢で構えた。
「……イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが口火を切る!スリケンを二枚同時投擲!「イヤーッ!」ネブカドネザルは横に飛んでこれを回避!ぎこちない損傷ロケット噴射でバランスを取り、地面を蹴って襲いかかる!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが跳ぶ!襲い来るモーターブレード!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは右腕モーターブレードにヌンチャクを叩きつけて勢いを殺す。鈍った刃に一瞬の蹴りを入れ、跳躍!ネブカドネザルの眼前でくるくると回転した。「イヤーッ!」ネブカドネザルが胸部散弾を放つ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはヌンチャクを超高速で繰り出す!
「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ゴ、ゴウランガ!襲い来る主要弾丸はヌンチャクによって弾かれた。数発のベアリング弾がニンジャスレイヤーの身体を撫でるが、意に介さず!「イヤーッ!」ヌンチャクを胸部に叩きつける!
「グワーッ!」ネブカドネザルが上体を僅かによろめかせた。「イヤーッ!」「グワーッ!」空中のニンジャスレイヤーはその胸を蹴る!「イヤーッ!」「グワーッ!」肩を蹴る!蹴り登る!「イヤーッ!」そして跳躍!驚異的なニンジャバランス感覚でモーターツヨシの上に着地!
ニンジャスレイヤーは、いまだ肩に突き刺さったままの巨大槍ツラナイテタオスの柄を掴んだ。そして!引き抜く!「イヤーッ!」「グワーッ!」あまりの重さに、全てを引き抜く事はかなわぬ。だが十分だ。彼は柄に力を込め、捻じった。「イヤーッ!」「グ……グワーッ!?」
ナ、ナムアミダブツ!彼はネブカドネザルの肩、背中を覆うモーターツヨシに刺さっていたツラナイテタオスの傷口を拡げにかかっているのだ!火花が飛び散り、電光が爆ぜる!「グワーッ!攻撃を受けている!ジェネレーターに損傷!」「イイイイヤアアアァァァァァーッ!」「グワァァーッ!」
KRA-TOOOOM!モーターツヨシが爆発!ニンジャスレイヤーは跳躍、爆風を逃れて回転しながら流麗に着地した。「オオオ……オムラ……オムラ!インダストリーッ!」ネブカドネザルが叫んだ。KRATOOOOOM!再度の爆発!
ニンジャスレイヤーは振り返り、ザンシンした。し……信じ難い!ネブカドネザルは爆発寸前にモーターツヨシとの接続を断ち、転がって、爆発に呑まれる形での即死を逃れていた。だが彼自身のボディの損傷も実際大きい!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはネブカドネザルめがけスリケンを放つ!
「イヤーッ!」ネブカドネザルは腕をかざしてスリケンを受けた。その腕先が吹き飛ぶ!「グワーッ!」ネブカドネザルは苦しみながら飛び離れる!その腰から宇宙飛行士めいた小型のジェットノズルが展開、青白い炎を噴射!飛び上がった!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケンを投擲!「グワーッ!」ネブカドネザルの右脚を破壊!ネブカドネザルはさらに背中からもジェットパックを展開、推進力を増して、一直線にビルから飛び離れてゆく。退却である!なんたるしぶとさか!「……!」ニンジャスレイヤーは怒声を噛み殺す!
「ヌ……ウッ」離れた場所で仰向けに倒れたドラゴンベインが身じろぎした。ニンジャスレイヤーはそちらへ一瞬、視線をやった。ドラゴンベインは血だまりの中で震えている。そして、バラバラバラバラ……接近するヘリのローター音。ニンジャスレイヤーはそちらを見る。アマクダリ・セクトの救援だ。
彼はコンマ数秒、逡巡した。だが踵を返し、ビルの淵へ。「イヤーッ!」飛び降りた。なぜドラゴンベインにトドメを刺し、殺さなかったか?愚問だ。それをすれば、彼は到着したアマクダリ・セクトとのイクサに巻き込まれる。手当り次第に手近のニンジャを殺すのが彼の目的か?彼の本性か?断じて否!
ブラックヘイズを!ユカノを追え!ニンジャスレイヤーはドウグ社のフックロープを巧みに用いて落下衝撃を緩和し、地面に降り立った。感じるか?ブラックヘイズのニンジャソウル痕跡を!彼は己のニンジャ第六感を研ぎ澄ます!
そして彼は走り出す。キルゾーン周辺はバイオ原生林だ。「改善」「オムラ……改善」周辺を巡回するオムラ軍団を縫って、彼は木々の間を駆ける!走れ!ニンジャスレイヤー!走れ!
6
「モーターガッデム!」モーティマー・オムラは叫びながら鼻血を噴射し、頭を抱えて仰け反った。「モーターツヨシが!負けた!こんなの!おかしい!」「ナニガ、オカシイモノカ!カハーッ」アルベルト・オムラがステッキでモーティマーを打擲!「グワーッ!?」「ロクナ作戦モ!用意セズ!」1
「僕の作戦は何も間違ってない!ネブカドネザルがしくじったんグワーッ!」「バカメ!バカメ!バカメーッ!」「グワーッ!」「会長!お身体に障ります」「コフッ、ヒューコフッ……」ピポピポ、『緊急連絡ドスエ』合成マイコ音声が通話機から発せられた。「うるさいな!さっきから!」
「……サッキカラ?」アルベルトが眉をぴくりと動かした。『本当に緊急連絡ドスエ』アラートが繰り返される。モーティマーは鼻血を拭い、「そうだよ!僕はこんなに頑張って作戦に集中しているってのに。繰り返し繰り返しうるさい!ケジメ……パパ!?やめろよ!」アルベルトが通話機を取ったのだ。
「申セ!ワシダ!アルベルト、ダ!……何?第三コンビナート?……完全制圧サレタ!?グワーッ!」「会長!」オメガがアルベルトの身体を支えた。老人は胸を押さえ、顔色が紫めいた。「グワーッ!コフッ!ヒューコフッ……」「会長!……会長!」「何だよ!」モーティマーが通話機を拾い上げた。
「僕だ!何だよ。第三コンビナートが……エ?」『完全制圧されました。社長。イッキ・ウチコワシと、おそらく対抗他社の新型ロボット……いえ、ロボニンジャによる大規模な襲撃が』「イッキ?だって僕はそのイッキの会合をメチャメチャにしてやったんだ……けど……え?」
モーティマーは小さな目を瞬きさせた。「エ……どうしよう……」彼は床でオメガに介抱されるアルベルトを呆然として見た。「父さん……?誰に……助けてもらえば……え?あれ?父さん?」やがて、オメガが顔を上げた。「……お亡くなりに」
「嘘だ」モーティマーは震え声で言った。その目から涙が溢れ出す。「嘘つくなよオメガ」「……」オメガは会長の傍で正座したまま、目を伏せる。「嘘をつくなって言ってるんだよォ!」パワードスーツを着た腕で殴りつける!オメガは抵抗せずそれを顔で受けた。「嘘だァ!」
「……」「ニンジャだろ!すごいニンジャなんだろ!何とか言えよ!何とかしろよ!じょ、冗談は許さないぞ!」「……」二人の背後では、UNIX株価モニタが無慈悲な断崖めいた折れ線グラフを表示し続ける。「何とか……してよォ……」「……」
◆◆◆
「……そうか。君達一人一人の勝利だ」バスター・テツオは通信に答えた。そしてオナタカミ社・会議室の一同を見渡した。「報せが入りました。第三コンビナートを完全制圧」「ヤ、ヤッター!」ヤマミ鋼材の跡取りがバンザイし、ニッキキ役員とサブリ化学CEOが安堵と驚きの視線をかわした。
キルゾーンを脱出したバスター・テツオと役員たちは、オナタカミ本社の屋上へリポートへ辿り着き、こうして、やや寛いだ姿勢でオーガニック・スシをつまみ、コブチャを飲んでいる。「今後も勝利体験を積み重ねてゆくことが必ずや出来ます。貴方がたのお力添えがあれば」テツオは満足げに言った。
「一生ついて行きます!」ヤマミ鋼材の跡取りが熱っぽく言った。「我が社を決断的闘争のお供にして頂きたい!」「いや、いや」テツオは笑いながらそれを嗜める。「独断はおやめなさい。まだ貴方はお若い。一時の熱狂が過ぎれば、より俯瞰した視点も持てましょう」彼はニッキキ、サブリ役員を見た。
「実際ハプニングも多かったが、貴方の実行力の程は十二分にわかり申した」サブリ化学CEOが言った。「力を貸そう」彼が手元の端末を操作すると、テツオの携帯UNIX端末が秘密口座への入金を報せた。キャバァーン!「私もです」ニッキキ役員が顔色を見ながら同様に操作する。キャバァーン!
スコープゴーグルと覆面の奥、テツオの表情は窺い知る事ができない。フスマを開け、オナタカミ専務が、彼よりもやや若い男を連れて戻って来た。「ドーモ皆さん。オナタカミCEOのギリダ・カンジです」「おお、これはドーモ」「ドーモ」役員達が立ち上がり、名刺の交換を始める。
「ドーモ、バスター・テツオ=サン。お初に御目にかかれて大変光栄です」ギリダはテツオにオジギした。テツオも立ち上がり、これに応え、赤い名刺を渡した。ギリダは彼の手を握った。「我が社はイッキ・ウチコワシを全面的に支援させて頂く。今後とも宜しくお願いします」「大変喜ばしく光栄です」
キャバァーン!オナタカミからの入金音だ。「オムラという鈍重な巨象……否、肥え太り自ら動く事もかなわぬ豚が死して大地に倒れるのは、さほど遠い未来ではありません」バスター・テツオが言った。「それは貴方がたの純粋正義、純粋信念が引き寄せる輝かしい未来でありましょう。……時は来た」
◆◆◆
「……食うか」ブラックヘイズがイカジャーキーを裂き、アムニジアへ差し出した。彼女は首を振った。後ろ手に拘束されている。応急処置を施されたフェイタルは、ブラックヘイズの傍らで横になっている。痛々しい有様。意識は無い。休息を取る三人を、バイオ密林の光るタケノコが囲んでいる。
ブラックヘイズは既にアンバサダーへの通信を済ませた。今はただ迎えを待つばかりだ。アムニジアには当初、自殺を恐れて猿轡を噛ませていたが、今の彼女は憔悴しきって、そんな事は到底実行できはすまい。彼はアムニジアの猿轡を外し、強壮剤を含ませた。「記憶が無いんだってな、お前」
「……わからない」アムニジアは呟いた。「とはいえ、過去の事は……ドラゴン・ドージョーの事は知っているんだろう。知識としては」「……」アムニジアは頷いた。ブラックヘイズはイカジャーキーを噛んだ。「この世はジゴク……流されるままでは、永遠にな」「流されるままでは……」「そうだ」
ブラックヘイズはメンポを閉め、葉巻を差し込んだ。「……ま、俺はお前をザイバツに引き渡して、それきりだ。お前は死ぬのかもな。知った事じゃない。そう考えてみれば、こんな話は所詮うわっつらのセンチメント、女衒の説教よ」「……私は何だろう」アムニジアが呟いた。
「あの人は……バスター・テツオは、からっぽの私に思想をくれた。生きる理由をくれた。闘いを」「ハッ」ブラックヘイズは煙を吐いた。「胡散臭い話さ、闘ってどうなる……」「自由」アムニジアはうつろな声で言った。ブラックヘイズは鼻で笑った。「信じるか、それを」「……」
「より大きな檻、より長い鎖」ブラックヘイズが言った。「入れ子構造のジゴクさ、この世ってものは……檻を破れば、また少し大きい檻の中に自分を見出す。マジックモンキーもブッダの掌から出られはしない」「……」「思想、闘争、役割、与えられるまま流されれば、お前の世界はジゴクのままだ」
アムニジアの頬を涙が伝った。ブラックヘイズは葉巻を地面に押し付けた。「どうしてこんなくだらん話をする気になったかね、俺は……これから売られる女にこんな話をする外道だ、実際」フェイタルが身じろぎした。彼はそれを見やった。彼女の呼吸は荒い。既に処置はした。今夜が峠かも知れない。
「……」ブラックヘイズは、やおら立ち上がった。振り返ると木陰にニンジャが立っていた。「……ザイバツ」「ドーモ、ブラックヘイズ=サン。私はメンタリストです」「メンタリスト=サン?」ブラックヘイズは首を傾げた。「知らんな。アンバサダーの遣わすニンジャは確か……」
メンタリストと名乗ったニンジャは、ブラックヘイズの胸元を無言で指差した。ブラックヘイズは己の身体を見下ろした。「……?」心臓から刃が突き出している。薄桃色から薄緑色に色彩を変え続ける刃が。「アバッ」ブラックヘイズは思い出したように血を吐いた。力が失せ、両膝をついた。
「来たまえ、ドラゴン・ユカノ」メンタリストがアムニジアに手招きした。アムニジアは後ずさろうとした。「これ……は、何だ、クソッ……」ブラックヘイズが心臓を押さえ、震えた。刃は無い。だが彼は血を吐いた。メンタリストはぞっとするような視線をそちらへ向けた。「はて。元気があるな」
「ザイバツ……シャドーギルド……メンタリスト……?」「左様、左様。ギルドは貴様がごとき卑しい傭兵を重用せんのだよ。夢でも見たのかね?」彼はアムニジアの顔の前に片手をひろげた。彼女の瞳孔が開ききり、うなだれた。メンタリストはブラックヘイズに向き直った。「死ね」
「この女はどうなる」「ん?フェイタルか?」メンタリストは当惑したように聞き返した。「ああ殺すとも。ドラゴン・ユカノは重要存在、アデプトごとき……だが死にかけだな、それは」「イヤーッ!」ブラックヘイズは咄嗟にフェイタルの身体を抱え上げた。そして左手をバイオバンブーめがけて射出!
「!」メンタリストはアムニジアとブラックヘイズを交互に見た「はて?しぶといね」「イ……イヤーッ!」ブラックヘイズとフェイタルの身体がワイヤー収納によって浮き上がる。ブラックヘイズは血を吐いた。左手が再び接続されると、また遠くのバイオバンブーめがけ、再度射出した。「イヤーッ!」
メンタリストはアムニジアの肩に手を置き、遠ざかるブラックヘイズに片手を翳した。ブラックヘイズの背中に、薄桃色から薄緑色に色彩を変え続ける刃がふたたび貫通!「グワーッ!」ブラックヘイズはさらに左腕を射出!「なんとしぶとい。死期を延ばして何になる」メンタリストが眉をひそめる。
彼はブラックヘイズをなおも追撃するそぶりを見せたが、接近する別の存在を感知し、思いとどまった。彼はそちらを見やった。片眉がぴくりと動いた。「はて。そのなりは。ニンジャスレイヤー=サン」「ユカノ」「左様、ユカノ=サンだよ」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーがスリケンを投擲!
だが、おお、いかなるジツであろう?メンタリストの身体は石を投げ込まれた泉めいて波打ち、スリケンを透過してしまった。「アイサツも無しに野蛮な」メンタリストはあきれたように言った。「ドーモ、私はザイバツ・シャドーギルドのメンタリストです。そしてどうやらオタッシャする時間です」
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは飛び蹴りを繰り出す!メンタリストの上半身が水飛沫めいて爆発した。「こんなにタケノコが光っている。タケノコは光りますか?おかしいと思いませんか?あなた」メンタリストが嘲笑った。声は?どこだ?ニンジャスレイヤーはユカノを振り返った。
……そこには何も無かった。ニンジャスレイヤーは鬱蒼と茂るバンブーに囲まれていた。土がむき出しになった円形の空間に彼はいた。ユカノは?いない。幻であったのか?彼はまるで目覚めた夢の名残のごとくに薄れゆく記憶をつなぎ止めようとした。ここにユカノがいた……そしてニンジャが一人……。
『010010……スレイヤー……ニンジャスレイヤー=サン』ナンシーからのIRCノーティスだ。ニンジャスレイヤーは深呼吸し、これに応えた。「ユカノを失った。彼女はザイバツの手に落ちた。私のウカツだ」『次の手を考えましょう0100100100101』ノイズが混じる。「どうした」
『混線……妨001001害』ザザッ、ザッ……ニンジャスレイヤーは通話機を凝視した。『ドーモ』音声通話だ。その異様な音声には聞き覚えがある。「ドーモ。またオヌシか?一体何者だ?ガンドー=サンか?」『……違う。だが、ガンドーは無事だ。そんな事よりお前には時間が無い』
『今どこで何をしている?』「……それはこちらの台詞だ。正体を明かさぬならば切る」『私の名は便宜的にディープスロートとでもしておこう。今どこで何をしている?お前がまごまごしている間にドラゴン・ユカノが……』ここで彼は頭上の空の様子、そして通信機の表示時刻の異常に気づいた。
おかしい。彼の体感していた時間よりも3時間は多く経過している。今の……おぼろげな……ジツのせいか?『お前には時間が無い。ドラゴン・ユカノを救い出したく無いのか?』通話が彼を我に返らせた。「続けろ」『彼女はキョートへと護送中だ』キョート?「何のために?」『何らかの陰謀の為にだ』
ディープスロートは捲し立てた。『危険だが、先回りする方法が一つある』「手短に答えろ」『アンバサダーとディプロマットだ。ザイバツ・ニンジャだ。探せ。片方がネオサイタマに潜伏している。危険だが、お前を一瞬でキョートに運ぶだろう』「その後は?」
『アンダーガイオン第八階層、イーグル区画の廃工場地帯にある、壊れた赤いコケシ電話ボックスを探せ……』
◆◆◆
「おい……おい」ブラックヘイズは背中のフェイタルを呼んだ。「……」「生きてるか、おい」「……」微かな息がかかる。ブラックヘイズは安堵した。自らも驚く程に。彼はフェイタルを背負い、そんな彼自身も足を引きずるようにして、竹林の中を歩いていた。
メンタリストは……追って来ない。彼は足を止めた。そして咳き込んだ。「生きてるか」「……」「生きてるか、フェイタル=サン」「……ああ」
「ここらで休むか」ブラックヘイズは言った。「つうか、アレだ、休ませてくれ、ちとしんどくてな」「……ああ」フェイタルは同意した。「下ろしてくれていい。立てるから」「すまんな」ブラックヘイズは彼女を下ろした。彼はバンブーにもたれかかるように腰を下ろした。
「今回の仕事は、しんどい……」ブラックヘイズは震える手で葉巻に点火した。「実入りも無し、割に合わん」「平気か。ブラックヘイズ=サン」フェイタルがしゃがみ込んだ。「それはこっちの台詞だ、フェイタル=サン。お前が雑なイクサを……したからこんな……」彼は俯いた。
「メンタリスト」ブラックヘイズは葉巻を吸おうとしたが、やめた。葉巻を揉み消すと、再び話し出した。「……始末しに来たぞ。俺だけじゃない。お前の事も」「メンタリスト」フェイタルが言った。ブラックヘイズは震えながら頷いた。「そうだ。知っているか」「ザイバツが……私達を」
「俺らはどうなる……」ブラックヘイズはなかば朦朧として、呟いた。「この後どうなる」「この後?」「ゴホッ、そう、30分後、1時間後、その後……」そして彼は黙り込んだ。フェイタルは問いの意味を考えようとした。だが、やめた。ブラックヘイズの隣に腰を下ろした。
「わからんよ」フェイタルは穏やかに言った。「わからんよ。そんな事は」返事が無い。いや、しばしの沈黙の後、答えた。「……そうか。ちと休もう」「そうだな」フェイタルは頷いた。ブラックヘイズがもたれかかって来た。彼女はそれをかき抱いた。
【ビガー・ケージズ、ロンガー・チェインズ】終
N-FILES(設定資料、原作者コメンタリー)
かつて「キルゾーン・スモトリ」の舞台ともなった巨大コケシモール廃墟に、オナタカミ社を始めとするカイシャの人間が集まり、反オムラ会合を行っていた。会合を取り持つのはあのイッキ・ウチコワシのバスター・テツオである。ウチコワシの戦士アムニジアの拉致を依頼されたブラックヘイズは、ザイバツのフェイタルと共に誘拐ミッションに臨む。メイン著者はブラッドレー・ボンド。
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