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【オペレイション・レスキュー】

◇総合目次 ◇エピソード一覧
この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正番は、上記リンクから購入できる第2部の物理書籍/電子書籍に収録されています。また、第2部のコミカライズが現在チャンピオンREDで行われています。




1

「ハァーッ!……ハァーッ!」泥水を跳ね散らかしての強行軍……異形ニンジャの一団は全方向を厳しく警戒しながら、なおかつ最大限に速度を維持、道なき斜面を下ってゆく。先頭の編笠の男が繰り返しマチェーテを打ち振り、剣呑なバイオ野ばらの茂みを切り開く。キョートの雨は冷たい。

「大将……撒いたかよ!?」水銀色のニンジャが周囲を見回した。装束も、メンポも、その奥に見える顔も、すべて水銀色。雨粒を装束が受けるたび、表面に細かい波紋が浮かんでは消える。「あいつ無事かな」「死んだと思え。アテにはするな。不確定な希望をもとに行動した奴から死ぬ。それがナムだ」

「ハメられたんだぜ!絶対だ」ひょろりと長い手足を持つニンジャが不満げに唸った。メンポの奥でLEDめいて光る目は三つ。シュウシュウと息を吐く。「最初からハメられてやがったんだ。俺、そう思う。許せねえ」「後悔は死んでからだ、ハイドラ=サン」リーダー格の編笠ニンジャが厳かに言った。

 編笠ニンジャは彼ら二人を手振りで留め、茂みの陰に身を潜めさせた。彼のニンジャ嗅覚は雨の中を接近して来る者たちの匂いを捉えている。その人数、10を越す。だが匂いは同じだ。つまりクローンヤクザである。加えて、匂いの違うものがひとつ混じっている。ニンジャだろう。

 包囲網の展開速度は彼の予想を超えていた。彼は今まで数えきれぬほどのクローンヤクザを手にかけて来た。ヨロシサンのプラントは武装クローンヤクザによって護衛されているのが常だ。部下の生存に不可欠なバイオインゴット、あるいは武装、万札を手に入れる為、彼のクランは頻繁に施設を襲撃する。

 神出鬼没、そして鬼のようなニンジャとしての戦闘能力を備えた彼とその部下に対し、クローンヤクザは烏合の衆に過ぎない。彼らは護衛クローンヤクザや研究員、作業員を素早く無慈悲に殺し、奪う。生態系ピラミッドめいた規定の行動……だが、この日は何もかもが違っていた。

(増援はまだか……第一騎兵師団……間に合わんな)彼はぬかるんだ斜面に匍匐し、思いを巡らす。敵部隊は確かにクローンヤクザ。だがその動きのキレ、判断力。別物だ。新型のクローン?その可能性は確かにある。だが、説明がつかぬ。戦闘能力の次元が違う。(ベトコンとは思えん……)

「いいか」彼は呟いた。「包囲網を突破する必要がある。やり過ごすことはできん。こちらへ向かって来ている。敵は大変に精強だ。お前の分析は残念ながら当たっていると見た方がよいな」三つ目のハイドラに言った。「物資投下情報自体が敵軍の罠であったと見るのが自然だ」「畜生……!」

「期を見て我が隊は分散し、個別に下山する。合流地点は事前に指定したDポイント。30分刻みでE、F、G、Hとポイントを移す。わかったか」「ガッチャ」「ガッチャ」「……お出ましだ」彼は匍匐したまま、弓矢を構えた。

「ドーモ、フォレスト・サワタリ元研究員」声は前方の木々の中だ。名を呼ばれたフォレスト、すなわち編笠ニンジャは二人にまだ応戦せぬよう無言で指示し、声の方向を見やる。彼のニンジャ聴覚はドップラーセンサーめいて、声の方向を精細に特定する事が可能なのだ。……敵ニンジャは枝の上にいた。

 ニンジャは樹の幹に片手を添え、悠々と立つ……濃緑に金の渦巻き模様を刺繍されたニンジャ装束は、ただそれだけで恐るべき強者のアトモスフィアを漂わせる。その下の地面を次々に完全森林武装のクローンヤクザが進んで来る。ニンジャは言った。「私はヨロシサンのニンジャ。サブジュゲイターです」


【オペレイション・レスキュー】


「3……2……」フォレストは呟いた。そしておもむろに彼は矢を放った……樹上のサブジュゲイターめがけ!ヒョウと風を切り、完璧な軌道で毒矢が飛ぶ!サブジュゲイターは幹に添えていた手を放し、無造作にその矢を掴み取った。眉間から矢尻の距離、わずか数センチ!だが彼は平然としていた!

「「「イヤーッ!」」」茂みから同時にフォレスト達が飛び出す!BRATATAT!四方から浴びせられるアサルトライフル弾。驚くほど潜伏位置の特定と攻撃が早い!早すぎる!「イヤーッ!」フォレストはククリナイフ二刀流を振り回し回転、弾丸を切り裂くと、片手のナイフを投擲!「グワーッ!」

 ナムサン!瞬殺アンブッシュならず!クローンヤクザ兵は身をかわし、肩口でナイフを受けて致命傷を回避した。驚くべき反応速度だ!しかし、ひるんだところへさらに、水銀色のニンジャが飛びかかっていた。振り上げた右腕の肘から先は変形し鋭利な刃に!「イヤーッ!」振り下ろす!「アバーッ!」

 鎌状に変形した刃はクローンヤクザ兵の喉を裂き、脊髄を貫通して殺した。BRATATATAT!浴びせられる銃弾へ左手を翳すと、その手は盾状に変形し銃弾を受ける!「イヤーッ!」銃撃ヤクザを横からアンブッシュしたのはハイドラ!空中回し蹴りで首を刎ね飛ばす!「アバーッ!」

「イヤーッ!」「グワーッ!」さらにフォレストは手近のクローンヤクザにもう一方のククリナイフを投擲、銃持つ手首を切断!そしてオジギ!「ドーモ、フォレスト・サワタリです」残る二人もオジギ!「ドーモ。ディスターブドです」と水銀ニンジャ。「ドーモ。ハイドラです」とハイドラ。

「貴方はヨロシサンの恥部です。これまで放置されてきたのは単なる社の都合と知りなさい」いまだ樹上のサブジュゲイターは三人を見下ろし言い放った。「今回、社の都合により貴方を抹殺する。それだけの事です。これまで長いバカンスを楽しんだ事でしょう」

「自由!」 フォレストは言った。「ヨロシサンの犬にはわかるまい。サヴァイヴァー・ドージョーは自由の為に不断に闘争する。すなわちサヴァイヴァルだ!」「哀れな」サブジュゲイターは言った。「貴方の妄念は典型的な憑依ニンジャソウルの拒否反応。貴方を筆頭に、貴方のペットも不良品ばかり」

「ペット?なめるな!」ハイドラが叫び返した。そこへクローンヤクザがアサルトライフル掃射!BRATATAT!「イヤーッ!」ハイドラは跳躍!樹を蹴って再跳躍! サブジュゲイターは親指を下向けるバッドサインを突きつけた。「役立たずなりに、有意義な戦闘データを残して死んで頂きたい」

「イヤーッ!」ハイドラは銃撃ヤクザを飛び蹴り強襲!銃撃ヤクザは素早く銃を盾にして直撃回避!「イヤーッ!」ハイドラは空中で一回転して逆の脚で蹴る!「アバーッ!」銃撃ヤクザは首骨を折られて死亡!BANG!「グワーッ!」別のショットガンヤクザが発砲!ハイドラの蹴り足が吹き飛ぶ!

「イヤーッ!」ショットガンヤクザの死角からフォレストが竹槍を構え突進!「アバーッ!?」脇腹に突き刺さった槍が反対側の首を突き破って飛び出す!即死!「イヤーッ!」フォレストは樹上のサブジュゲイターめがけ、力強く竹槍を振る!刺さった死体が槍から剥がされ飛ぶ!

「イヤーッ!」サブジュゲイターは両手で飛来死体を弾き返す。死体はバラバラに砕かれクローン血液の雨を降らせながら地面に散乱!「……?」サブジュゲイターが眉根を寄せる。フォレストが矢を放った。死体を投げつけた直後、既に彼は弓矢を構えていたのだ!ヒョウと音を立て毒矢が飛ぶ!

「グワーッ!」避ける時間無し!サブジュゲイターは鎖骨に毒矢を受けてよろめく。彼は舌打ちし、バック転して地面に着地した。その時だ!包囲するクローンヤクザ達が一斉に電気ショックめいて痙攣したのだ。「「「アバーッ!?」」」「復帰せよ!」サブジュゲイターが己のこめかみに指を当て叫ぶ!

 すぐにクローンヤクザ達は何らかの異常をやり過ごし統制を取り戻した。だがその瞬間をディスターブド、片脚跳躍したハイドラともに見逃さなかった。「イヤーッ!」ディスターブドが両手をギロチンめかせて回転!「アバーッ!」「アバーッ!」クローンヤクザ二人がまとめて胴体切断死!

「イヤーッ!」樹木を蹴ったハイドラがクローンヤクザの喉笛にかぶりつき、動脈を食いちぎって殺害!「アバーッ!」フォレストがマチェーテ二刀流を抜きはなった。「このクローンヤクザは貴様のジツか、サブジュゲイター=サン。厄介な」そして突進!「だが要はコマンダーを落とせばよし!」

「フーッ……」サブジュゲイターは毒矢を引き抜き、待ち構えた。「イグザクトリー。要はそういう事です。ですがそれは不可能なんです。不可能」「イヤーッ!」フォレストが片手のマチェーテを投げつけ、もう一方で斬りかかった。

「イヤーッ!」サブジュゲイターは飛来したマチェーテの柄を驚くべきニンジャ器用さで掴み取った。そしてそれを振ってフォレストの斬撃を打ち返す!「イヤーッ!」「ヌゥーッ!?」さらに逆の手で腹部にショートフックを撃ち込む!ハヤイ!「グワーッ!?」「……少し時間が欲しいですね!」

 フォレストは震え、よろけた。「これは」身体を強張らせる。フックを受けたとは言え、彼ほどのニンジャがスタンさせられるほどの打撃では無かったはずだ。「サブジュゲイト(服従させる)……それが我がジツ」サブジュゲイターはマチェーテを捨て、片手の指を己のこめかみに当てていた。

「貴方はヨロシサンのバイオ筋肉移植手術の実験体でもあったわけです。貴方も社から自由ではいられない。ヨロシDNAコードを掌握する我がジツから自由ではいられない」「ウオオーッ!」フォレストは力を振り絞り、バック転で飛び離れる!「よく動ける。が、想定内ではある」とサブジュゲイター。

「間合いを取ったのは正解でしょうか?私には何とも言えませんね」彼は瞑想めいて呟く「貴方の掌握率はそう高くできないが、ニンジャのイクサでは致命的になりかねない。しかし……」彼は両手をこめかみに当てた。ディスターブドがフォレストを飛び越し、蹴りかかってきたのだ!「イヤーッ!」

「ヨロシ・ジツ!イヤーッ!」サブジュゲイターが眼を見開く!「グワーッ!?」「イヤーッ!」「グワーッ!?」空中で瞬時に痙攣したディスターブドをサブジュゲイターは蹴りで撃ち落とし、踏みしめる!「グワーッ!」「美しき哉、忠犬めいて」サブジュゲイターは笑った。

「イヤーッ!」フォレストがマチェーテを投擲!「イヤーッ!」サブジュゲイターは片手で弾き返す!ハイドラは?クローンヤクザ六名を相手に立ち回っている!フォレストを銃撃しようとする者を片端から攻撃しているのだ。「バイオ度が高ければ高いほど掌握率は重点」とサブジュゲイター!

「大将……逃げろ」ディスターブドが呻いた。「こいつ、ヤバイ……」フォレストはディスターブドに向かってゆく。だがクローンヤクザ三名が素早く両者を遮る!「少し時間をください」とサブジュゲイター。「例えばこのバイオニンジャは流体金属のボディを持つゆえ、通常、カラテでは殺せないが」

「イヤーッ!イヤーッ!」フォレストは鬼神めいてダガーナイフを打ち振る!「グワーッ!」「アバーッ!」切断され宙を飛ぶクローンヤクザの四肢!「……ヨロシ・ジツにより流体化のニューロン信号を阻止する事で……イヤーッ!」頭部を踏み潰し、破壊!「サヨナラ!」ディスターブドは爆発四散!

 サブジュゲイターは肩を竦め、挑戦的にフォレストを見た。「……このように、あっけなく殺す事ができました」

「兄者ーッ!」ハイドラが絶叫した。「テメェ!殺す!殺すーッ!」取り囲むクローンヤクザの最後の一人を叩き殺すと、向かって来ようとする。「イクサだ!」フォレストはピシャリと言った。そしてサブジュゲイターにカラテを構えた。「逃走し体制を立て直せ!プランは継続!」

「ち、畜生!畜生!」ハイドラは脱兎のごとく駆け去る。それを追ってクローンヤクザ部隊の銃声が木霊する!「貴方に私は倒せません」サブジュゲイターは円を描くように足を運ぶ。「あの個体も逃げおおせる事は出来ないでしょう」飛散したディスターブドの僅かな水銀体は命を失い、蒸発してゆく。

 敵を見据えながら、フォレストはその蒸発のさまを視界の端に見送った。銃声が遠ざかる。「当然、貴方を逃がすつもりもない。ここで殺します」サブジュゲイターが言った。「イヤーッ!」フォレストが斬りかかる!「イヤーッ!」サブジュゲイターは懐へ潜り込み、ショートフックを撃ち込む!

「グワーッ!」「イヤーッ!」さらに顔面めがけ掌打!「イヤーッ!」フォレストは上体を反らせて躱し、頭を下げながら後ろ足の回し蹴りを繰り出す!カポエイラにおいてメイアルーアジコンパッソの名を持つカラテ技だ!サブジュゲイターは側頭部に腕を添え、ガード!

 さらなるカラテで畳み掛けんとするフォレストだが、サブジュゲイターは許さぬ!「ヨロシ・ジツ!イヤーッ!」「グワーッ!」フォレストはスタンガンを当てられたように苦悶!そこへ叩き込むは、踏み込みながらの中段突き……ポン・パンチだ!「グワーッ!」回転しながら吹き飛ぶフォレスト!

 バイオ松の木に背中を叩きつけられ、フォレストは苦悶!「グワーッ!」バイオマツボックリが次々に落下し、地面で炸裂する!サブジュゲイターはゆっくりと接近……その時だ!斜面の上から転がり落ちて来るものあり!さらにそれを追う異形者!「ニィィィーッ!」

 転がり落ちて来る巨大な球状の異形物体を、サブジュゲイターはジャンプで飛び越し回避!「イヤーッ!」KRAAASH!下側に生えたバイオ松の木に衝突し、異形物体は停止した。それは、蛙だ。ボールめいて膨れ上がったバイオ蛙……それに身体を添わせるようにニンジャがしがみつく……生死不明。

「ニィィィーッ!」それを追って降りてきたニンジャは……そう、確かにニンジャだ……下半身が鹿の四本脚であるが……上半身は人間のそれで、装束を着ているのだから。頭巾からは雄鹿めいた角が飛び出し、その手にはサスマタを持つ!「ニィィィーッ!」異形ニンジャはフォレストの周囲を駆け回る!

「……」サブジュゲイターはカラテ警戒し状況を見渡す。フォレストは震えながら立ち上がる。……膨れ上がったバイオ蛙の白い腹から、四本の刃が飛び出した。

 四本の刃は蛙の腹を内側から裂き開き、バイオ血液を噴出させた。そして開かれた腹部から、バイオ血液でぬらぬらと光るニンジャが這い出して来た。「ノトー……リアス?」フォレストは思わず呟く。そのニンジャは四本の腕を生やしていた。だが、すぐに違うニンジャとわかった。

「ニィィィーッ!ニィィィーッ!」鹿ニンジャが怒声を張り上げ、サスマタを頭上で振り回しながら、旋回速度を増す。四本腕のニンジャは口の中のバイオ血液を地面に吐き捨てた。手に持つカタナは四本。ノトーリアスの二倍。バイオ蛙がしなび、しおれてゆく。そこに繫がるニンジャの生死は不明。

「ドーモ。アサイラム=サン」サブジュゲイターが血塗れの四本腕ニンジャにアイサツした。「ドーモ、マスター」アサイラムはビュッ、ビュッ、と音を立ててカタナを振り、血を払う。「見ての通り。事前情報の無い個体がいたんで。手こずっている」縦のスリットが複数入った格子状のメンポ。赤い瞳。

「これはセントールです。もともと社のバイオニンジャではあるが、彼に拾われていたとは驚きだ」サブジュゲイターは高速旋回する鹿ニンジャを見ながら言った。「こう速いとヨロシ・ジツの捕捉は困難です」「ニィィィーッ!」「セントール=サン!」フォレストが叫んだ。

 叫びに応え、駆けながらセントールがサスマタを繰り出す!「グワーッ!」U字のサスマタ先端部が見事にフォレストの身体を掬い上げ、空中へ跳ねあげる!フォレストはくるくると回転しセントールの背に着地!「イヤーッ!」アサイラムが飛び出し、セントールの脇腹めがけ四刀流斬撃!

「イヤーッ!」「グワーッ!?」アサイラムはしかし、斬撃をインターラプトされて吹き飛ぶ!背中からほとんど落ちそうなほどに身を乗り出したフォレストが竹槍を投げたのだ!「セントール=サン!そのままだ!そのまま旋回!フロッグマン=サンだ、わかるか!」「ニィィィーッ!」

「チョコマカと……」サブジュゲイターは異様な形のスリケンをアンダースローで放った。スリケンは空中で炸裂し、破片がセントールの身体に突き刺さる!「ニィィィーッ!」だがセントールは耐えた。後ろへ手を回し、フォレストの背中を掴んで持ち上げ、地面にかざす!アブナイ!

「ジェロニモ!」フォレストは一瞬のタイミングで生死不明のニンジャを掴み、抱きかかえた!「行けッ!」「ニィィィーッ!」「イヤーッ!イヤーッ!」サブジュゲイターがスリケン投擲!セントールは走りながら細かく跳ねて回避!アサイラムは二刀を納め、スプリントを開始!追いすがろうとする!

 フォレストは自分の前にそのニンジャ……フロッグマンを座らせた。腰のあたりの管からは、傷つき萎びたバイオカエル収縮体がぶら下がっている。「フロッグマン=サン」フォレストは彼の背中から、鼓動が微かながら存在している事を感じ取った。彼は生き延びられるか?

 フォレストは背後を振り返る。アサイラムは追って来る。走りながらアサイラムは残る二刀をも納刀し、全力疾走する。速い!恐るべきニンジャ脚力だ。一方のセントール。背中に二人も載せてのスプリントは大変な負担であろう。フォレストは励ました。「頑張れ。頑張れよ」

 フォレストは後ろを向き、追ってくるアサイラムめがけ弓矢を構える。アサイラムとフォレストの視線がかち合う。アサイラムは赤い瞳に残忍な喜色を浮かべた。ハッシ!フォレストは矢を射た。「イアイド!」走りながらアサイラムはイアイドを繰り出し、カタナで矢を叩き斬った。減速無し!

「ニィ……ニィーッ」前方に急カーブ!フォレストはフロッグマンを押さえ、こらえる。アサイラムが迫る!「イアイド!」二刀のイアイドがフォレストに襲いかかる!フォレストは危ういところでマチェーテを抜き、これを弾き返す!「イヤーッ!」「ハハハハーッ!我がバイオ・イアイドに敵無し!」

「……行けるか?セントール=サン!」「ニィィーッ……!」「イアイド!」「イヤーッ!」さらなるイアイド斬撃を弾き返す!山道は直線だ!徐々に引き離す!木々が開け、雨雲を抜けた。暮れなずむガイオンと街の灯りが下に見える!フォレストは弓矢を構え、おもむろに頭上を狙う!「イヤーッ!」

 何を?無駄撃ちか?否!フォレストが狙ったのは崖上の不安定な地盤!ニンジャ腕力で射た矢が岩々を穿つと、それらがぐらつき、落石と化して降り注いだ!「急げ!くぐり抜けろッ!気張れセントール=サン!」「ニィィィーッ!」ZGGGGGT!

「ハーッ!」アサイラムは目の前の土砂崩れを前にスライディングでブレーキをかけ、停止した。崩落は予想外に大きく、岩と砂が山道を塞いでしまった。アサイラムは長く息を吐き、四つの腕を組んだ。「悪運の強い奴よ」その赤い目はジゴク・パイソンめいている。彼は携帯IRC端末を取った。

「俺だ。どうした」端末の向こうはクローンヤクザ部隊であろう。「捕らえたか。でかした。ああ……いや。殺すな。こっちは取り逃がしたんでな。だがこれで手間が省ける」彼は冷たく言った。「その出来損ないをエサにする。ノコノコやって来るだろう」彼は通話を終えた。そして喉を鳴らして笑った。

 

◆◆◆

 

 ほぼ同時刻!

 廃ビルのそのフロアはかつてオフィスであったと見え、壁は無く、虚無的に広かった。光源はUNIXモニターと、そこへLAN直結した小型ドロイドの赤い光のみ。弱い電子の灯りが、モニタを覗き込む者たちの顔を一色で照らす。

「……ヨロシサン」三人のうちの一人、大柄な男が呟いた。「面倒がまた増えたかね……」その額にはスティグマめいた黒い印。男は続ける。「まぁ何だ。今までむさ苦しかったんでなぁ、美しい女性とミッションに臨むとなりゃ元気百倍。多少の余分の面倒もなんのそのよな。な!」「ふふ……」

 女はただ静かに笑った。モデルめいたスタイルを隠さぬレザーのライダースーツ。「……だよな?」大柄な男はもう一人の男にしつこく相づちを求めた。「すまんな」もう一人の男が美女に言った。ハンチング帽を被り、トレンチコートを着ている。

「なかなか雰囲気あっていいじゃない」女は微笑み、言った。女の名はナンシー・リー。大柄な男はタカギ・ガンドー、またの名をディテクティヴ。そしてもう一人はフジキド・ケンジ……ニンジャスレイヤー。


2

 この廃ビルはキョート城潜入の下準備ミッションのひとつ、いわば「ヨロシサン・アタック」の開始地点であり、ナンシー・リーとの合流座標でもある。彼女がオバンデス航空旅客機ファーストクラスから降り立ってから半日も経っていない。ガンドーと彼女はこの廃ビルで顔を合わせた。つい先頃である。

 ナンシーはモニタから離れ、窓まで歩くと、朽ちたバンブー・ブラインドの隙間を指で拡げた。廃ビルはガイオンの端にわだかまるバイオ森林を臨んでいる。そして緑に覆われたキョート双子山を。山の斜面では毎夜、カンジの形で並べられた松明が燃やされるのだ。「焼畑アートの時間には少し早いわね?」

「ああ。だが、夕焼けもいいもんだろ」ガンドーはZBRタバコを吸いつけ、ナンシーのそばに立った。「ありがたい夕焼けだ……ガイオン市民の半数以上は、これすら一度も拝めずに死ぬ。観光にゃ十分さ」

 この廃ビルから見下ろす光景が、そのまま今回のミッションの概略地図でもある。眼下の森林の中に、ヨロシサンの廃プラントが隠されている。諸要因によって、セキュリティがアップデートされぬまま放置されたプラント……目当ての暗号プログラムを回収するならば、このプラント以外に無い。

 ガンドーの言う「面倒」とは、当然、ニンジャである。廃棄にはそれなりの理由があったと言うわけだ。詳細な解析によって、あまり嬉しくない追加情報がもたらされた格好である……「避ける事ができりゃあ一番いいんだが、そうも行かんだろうな!」ZBRR成分も手伝い、ガンドーの語気は強い。

「バイオニンジャとは、何度かやった」ニンジャスレイヤーは机のふちに腰掛け、両手を握ったり開いたりしながら言った。「侮れぬ力を持つが、イクサは化学ではない。結局はカラテだ……しかも正気を喪っているとあらば」「まあ、備えるしか無いわな」とガンドー。「そうだ」

「『ボタニック』。クローンヤクザに光合成機能を付加する実験の過程で生み出された個体」ナンシーは端末に戻り、バイオニンジャのより深部の情報を展開した。「隠滅記録、もっと見る?」「出発は早い方がよかろう」ニンジャスレイヤーは床に立った。「後にダイジェストで送信してくれ」「そうね」

「光合成とはまた」ガンドーはタバコを捨てて踏み消し、二丁マグナムを確かめながら呟く。「何でもやってみりゃいいってもんじゃねえだろう」「ヨロシサンとはそういう企業だ」ニンジャスレイヤーは低く言った。「倫理など、はなから持ち合わせておらぬ」

「重点!」モーターチイサイがフラフラと飛行。ガンドーがキャッチし、懐にしまいこむ。「そのドロイドに……」「モーターチイサイな」とガンドー。ナンシーは頷き「とにかくその子に、追加機能をインストールしてある。電磁パルス反応をわたしのUNIXに送信して、プラントの位置を計算するの」

「足で稼ぐわけだ」とニンジャスレイヤー。ナンシーは頷く「そう言う事ね。ドロイドがレーダーの役割をする。こちらから逐一、プラントが存在する方角をガイドできると思う。LANは森林全域をカバーしているし、ここから何でもやるわ」「浮かねえピクニックの始まりだな」ガンドーが言った。

 

◆◆◆


 洞穴の外で日が沈んだ。フォレストは立ち上がった。応急処置を施されたフロッグマンがゴザの上に横たわる。研究員として彼らバイオニンジャを取り扱っていたフォレストは、彼らに関する解剖学的知識も当然持ち合わせる。バイオ蛙とフロッグマン本体は一心同体。蛙がこれほど傷つけば……厳しい。12

 フロッグマンの身体から管で繋がっている切り裂かれた巾着袋めいたものが、蛙の成れの果てだ。処置は済ませた。ここからの回復を……奇跡を期待するのなら、少なくともバイオインゴットが必要だ。メディキットも要る。このままこうしておれば望みはゼロだ。

「ニィー……」洞窟の奥の闇で、セントールが身じろぎした。「……オニイサン」「おれはお前の兄では無いぞ」フォレストは何度も繰り返した訂正を再び行なった。「とにかくおれは動かねばならん」フォレストは鉛筆を舐め、拡げた紙に書かれた森林地図に、線を書き加えてゆく。

 この地に関する情報は断片的に彼の手元にある。これまでの略奪行為で得た情報は、彼とフロッグマンとでそのつど吟味し、地図を作成し、潜伏や更なる略奪行為のガイドとしてきた。「ここはヨロシサン所有の森林だ」フォレストはセントールに言った。思考の整理の為だ。「プラントを探す」

「……」セントールは答えない。フォレストは言った。「フロッグマン=サンをしっかり守るのだ」「ニィー……」フォレストはナイフひとつひとつをあらため、再びホルスターに納めてゆく。さきのイクサで結構な数の武器が失われた。これについても再調達が必要だが、今考えるべき事では無い。

「大……将……」フォレストはフロッグマンを振り返った。フロッグマンは瞬きした。「ざまあねぇぜ……」意識を取り戻したのだ。「無理をして喋るな」「ノトーリアスじゃ無かったよな、あいつ……気が散ってよ……」「赤十字を襲い、医療物資を調達して戻る。それまで持ちこたえるのだ」

「麓の森か、ここは」フロッグマンは震えた。フォレストは頷く「そうだ。施設が必ずある」「やめろ……ハイドラの鼻が感じ取ってたろ……ヤバイんだよ、ここは……。おい、あいつは?ディスターブドは……?」フォレストは一瞬ためらい、そのあと首を振った。「ディスターブド=サンは戦死した」

「……」フロッグマンは息を吐いた。「死んだか」「奴には悪いが、葬式はもう少し後だ。お前のための医療物資を確保し、同時に、捕虜収容施設を襲撃する。ハイドラ=サンは集合地点に現れなかった。敵の手に落ちたおそれがある」「確かに奴は殺しても死なねえ……ディスターブド以上に……」

「敵はヨロシサン製薬。ゆえに、この森のプラントを奴らが一時拠点とするのは自然だ」フォレストは言った。「医療物資を求めれば、捕虜にも辿り着くだろう。そのように状況判断する。クスリとハイドラを連れて戻る」「おい……この森……深入りは……」フロッグマンは喋りながら気絶した。

「頼んだぞ」フォレストはもう一度言った。セントールは頷いて見せた。フォレストは己のニンジャ野伏力を頼りに、しめやかに夕闇の森の中へ突き進んで行った。

 

◆◆◆

 

「そこへ行くとよ……俺やお前は、言わば都会的ニンジャのはずだろ?少なくとも俺は私立探偵だったわけだ。アーバンなクリーチャーだった」ガンドーが垂れ下がった蔓草を嫌そうにどかし、言葉を継いだ。「だがよ。振り返ってみれば、地表に出るたび殆どいつも、こんな事をやるハメになっている」

「四方の自然とコネクトするのがフーリンカザンの真髄だ。キョートの四聖獣の教えもそういう事だろう」ニンジャスレイヤーは藪を掻き分けながら言った。「文句はやめたらどうだ。それで快適が得られるわけでもあるまい」「満点回答だな」ガンドーはむっつりと言った。「センセイの教えか、それも」

「重点!重点!」「おっ」ガンドーは懐からモーターチイサイを取り出す。ホログラフィ装置が働き、空中に森林の俯瞰画像が映し出される。「方位修正重点!」「アイ、アイ、アイ」ガンドーは唸った「これで何時間歩いてるかね?」「30分も経っておるまい」「多分そうだろうとは思ったんだ」

 既に日は落ち、二者はニンジャ知覚力、ニンジャ野伏力、ニンジャ聴覚、ニンジャ嗅覚、そしてニンジャ第六感を駆使して、陰鬱な森を進んでゆくのだった。彼らは気づいていた。鳥の声が無く、バイオリスやバイオキツネ、シカといった獣の姿も一度として見ない。どこかおかしなアトモスフィアなのだ。

 ニンジャスレイヤーは赤黒の装束と「忍」「殺」のメンポ。タカギ・ガンドー即ちディテクティヴはカラスめいたロングコートに覆面マフラーという出で立ちだ。木々のあわいを進む二者の装いは驚くほど夜の闇と森の風景に溶け込み、訓練を受けていない者であれば発見するのも難しいだろう。

 なにしろ彼らはどちらも容赦無きニンジャであるからだ……しかし、こうも静まり返った森に包まれてみれば、やがて、この森全体が一個の巨大な生き物めいて、二者を監視しているような……そんなバカげた錯覚すらも持ち上がってこようというものだ。「単調極まる光景だな」とガンドー。

「ウロウロ歩き続けてよォ、モーターチイサイが本当に正しく仕事できてるか、実際確かめようも無い……」ガンドーはぼやいた。「仕事していますよ」モーターチイサイが喋った。ナンシーの音声通信だ。「ビビらせるなよ」とガンドー。ナンシーは笑い「ご苦労様。電磁パルス反応の源が特定できたわ」

「ここからどのくらいだ?」ガンドーは言った。「端末に座標を送ったわ。あなたたちの足なら一時間くらいで……」ガンドーはモーターチイサイを懐にしまい、二丁マグナムを構えた。ニンジャスレイヤーも同様にカラテ警戒していた。ザワザワ、ザワザワという葉ずれの音が、彼らの四方を取り巻く!

 直後、 危機の予感は現実のものとなった!「MYYYYYYYAAAAAAHHHHH!」「MYYYYYYYYYYAAAAAAHHHHH!」気味の悪い叫び声が森に木霊する!二者は周囲を警戒!やがて、おお、見よ!木陰からじわりと進み出てきた複数の人影を!

「MYAAAHHH!」人?否?それは人なのか?否……?蔓草めいた植物の塊?否……確かに頭と四肢を備えた人間……少なくとも人間の形をしている。ギョロリと瞼の無い目が二者を捉え、口らしきものがダラリと開いている!「MYAAAAHHHH!」なんたる恐怖モンスター!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの投げた二枚のスリケンが植物人の頭部と胴体を破壊!「MYAAAH!」植物人は激しく痙攣しながら倒れ伏す。死んだらしい!「ウオオーッ!」ガンドーは背後から迫ってきた植物人に発砲!BLAMBLAM!頭と肩が爆ぜ、やはり死んで倒れる!「これは!」

「MYAAAH!」既に二者は大量の植物人に周囲を囲まれている。これはいかなる事か?彼らのニンジャ知覚力を欺いて、これほどに多くの敵が包囲網を敷いたのか?否!おお、見よ、あの木々の奥の闇を!今まさに地面を蔦が這い絡み、地中から腐乱死体を引きずり出して、その全身を覆い尽くす様を!

 彼らは今まさに、次々に産声を上げているのだ!地中の腐乱死体に寄生し動かす、冒涜的生命体としての産声を!「MYAAAAHH!」「カートゥーン!カートゥーン!」ガンドーは絶叫した。手近の植物人に発砲し殺す!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーもスリケン投擲!殺害!押し寄せる新手!

「おかしいぞ!おかしい!俺にはわかる。俺は詳しいんだ!」ガンドーは弾丸をリロードしながら叫ぶ。影から作るカラス弾丸の装填を夜の闇で行えるか?これが不可能なのだ。厳密なニンジャ物理秩序とでも言うべきものがあるらしい!「これがボタニックとやらか?」ニンジャスレイヤーが呻いた。

「MYAAAH!」「イヤーッ!」包囲網から飛び出した一体をニンジャスレイヤーの回し蹴りが破壊!「MYAAAH!」「イヤーッ!」包囲網から飛び出したさらなる一体をニンジャスレイヤーのシカめいたキックが破壊!

「MYAAAH!」「イヤーッ!」包囲網から飛び出した一体をニンジャスレイヤーの飛び蹴りが破壊!「MYAAAH!」「イヤーッ!」包囲網から飛び出したさらなる一体をニンジャスレイヤーの投げた二枚のスリケンが殺害!

「MYAAAH!」「イヤーッ!」包囲網から飛び出した一体をニンジャスレイヤーの後ろ回し蹴りが破壊!「MYAAAH!」「イヤーッ!」包囲網から飛び出したさらなる一体をニンジャスレイヤーのバック転からの蹴りが破壊!「ガンドー=サン!」「わかる!わかる!」「走れ!」「……おうよ!」

 二者は脱兎のごとく駆け出した。走りながらのスリケン投擲とマグナム射撃が進行方向の植物人を次々に倒してゆく。個々の戦闘能力はクローンヤクザと大差無し!ガンドーもさる者、イクサの中で恐慌状態から平常心を取り戻す!「MYAAH!」「MYAAH!」背後に恐ろしい叫びを置き去りにす!

「アー、アー、ナンシー=サン」ニンジャスレイヤーと共にニンジャ速度で駆けながら、ガンドーが携帯端末に向かって話す。「大騒ぎの様子は伝わったか?今のはな、本当の俺じゃない。それだけわかってくれればいい。植物めいたゾンビーに襲われた。蔦が絡まって、死体を動かしてだな」「ええ」

「光合成実験、副産物、ニンジャ、そのあたりひっくるめるとだな、今のオバケ植物がボタニックと見ていいのじゃないかと思うが……」「そうね。具体的なデータが残っていないけど……そんなものがただの自然現象やバイオ植物の類のわけがない……投げ出すように施設を放置したのも頷けるし」

「特性に関するデータ、一切無しか?」「ニンジャとしての……人間の姿は持っているはず。デジタル三面図のデータはあるから。ただ、それがどんなものなのか……」「ああ、次のラウンドだ」ガンドーは通信を中断した。前方にわだかまる植物人!「MYAAAAAHH!」

「施設に辿り着くまで、何回これを切り抜けるのかよ?」ガンドーはマグナムを構えた。「森全体に死体が埋まってるなんて事は、ねェよな。荒唐無稽だぜ」「廃棄処分されたクローンヤクザかも知れん。数はたしかに多いようだ」ニンジャスレイヤーは言った。「だが、あえて考える必要は無い。弱敵だ」

「……そうだな」ガンドーは同意した。井戸の淵を覗けば落ちる。理解できぬ宇宙的恐怖に対しては、あえて割り切る事で、イクサに求められる正気を保つのだ。ニンジャが用いる精神汚染プロテクション手段である。「伏せろ、ガンドー=サン」ニンジャスレイヤーが低く言った。

「伏せる?」問い返しながらガンドーは素早く伏せた。ニンジャスレイヤーはその場でコマめいて高速回転!四方八方から迫る植物人!「MYAAAHH!」ニンジャスレイヤーの回転が臨界点に達する!「イヤーッ!」たちまち全方向に放たれたスリケンが、十数体の植物人を殲滅!「MYAHHHH!」

 さらに木陰から這い進んでくる第二波に対し、再び放たれるスリケン嵐!「イヤーッ!」「MYAAHH!」再殲滅!ゴウランガ!これはスリケン奥義ヘルタツマキ!回転しながら無数のスリケンを投げて殺す恐るべきワザマエだ!ニンジャスレイヤーは摩擦熱の煙を足元から立ち上らせ、回転を停止する!

「やったか!終わったか?」ガンドーは叫んだ。「ああ。立て!来るぞ」ニンジャスレイヤーは答えた。「ニンジャだ!」彼はジュー・ジツを構え前方を警戒した。植物人は殲滅されたのでは?確かにそうだ。だが、見よ!地面を這い進み、集まる蔦!再び死体を地中から引きずり出そうというのか?否!

 這い寄る蔦は一箇所へ集中し、まず脚が、その上に腰が、やがてトルソーが、腕が、そして頭が形作られて行った。やがて顔の部分の植物表皮がバリバリと剥がれ落ちる……そこには生身の顔があった。網の目状に葉脈めいた血管を浮き上がらせた奇怪な顔が!最後に鼻から下を蔦が覆い、メンポを作る!

「ドーモ。ボタニックです」ボタニックがアイサツした。その目は気味の悪い赤一色!濁った知性の片鱗が邪悪に光る!「ドーモ、ボタニック=サン。ニンジャスレイヤーです」「ドーモ。ボタニック=サン。ディテクティヴです」二者はアイサツを返す、「勿体つけやがったな!」とガンドー!

 ……彼らの遭遇地点から数十メートル離れた枝の上、編笠の角度を指で調節し、その様を見守るもの有り……フォレスト・サワタリである!「……ニンジャスレイヤー」眉根を寄せ、彼は低く呟いた。「奴め……」


3

 ヒートリー、コマー「ザザッ」キターネー。ミスージノ、イト「ザザッ」ニー。……ゼンめいたタイコ・ビートに乗せて、ノイズ混じりの歌唱が流れる。安らぎと得体の知れぬ深淵めいたアトモスフィアの入り混じった音楽は、この施設全体に流されている。

 この音楽はサブジュゲイターの指示だ。彼はヨロシサン製薬に造られたバイオニンジャであるが、部長クラスよりもなお上の管理者権限を与えられている。今回クローンヤクザやバイオニンジャと共にヨロシサン研究員も数名同行している。彼らは恐怖とへつらいの眼差しで、サブジュゲイターに会釈する。

「最適化の具合は如何で」廊下の壁にもたれ、四本の腕を組むニンジャがサブジュゲイターに声をかける。アサイラムである。サブジュゲイターは答える「不安定な個体ゆえ、多少時間がかかります。フォレスト・サワタリ元研究員の到着が先になるやも」「頭数に含める必要も無し」「その通りです」

 サブジュゲイターは瞑想的に目を細める。「そもそも、ボタニックを越えてここまでこられるものかどうか」「フン」アサイラムは侮蔑的に言った。「俺のイクサもあれきりか……カエル一匹、歯ごたえの無い」「いずれまた力を振るう機会は訪れましょう」「そう願いたいものですな。もっと殺せますよ」

「……」サブジュゲイターはこめかみに指を当てた。「……ボタニックの反応かね?」アサイラムが言った。サブジュゲイターは頷く。「憎悪のパルスを感じる事ができる。戦闘が開始されたようです」「便利なものよな……」「ナーガラージャはどこに?」「さあね。どうせ鼠でも喰ってるさ」

「フォレスト・サワタリの配下には、かつて、貴方の旧型がいました」サブジュゲイターは言った。「どおりで」とアサイラム。「妙な反応をしてやがった。ヌルい奴らです。確かにイアイドには慣れている様子だったが」「油断なさらぬように」「油断?」アサイラムはせせら笑った。「殺すだけさ」

 サブジュゲイターはアサイラムとの会話を終え、独り、施設地下室への階段を降りてゆく。壁には「結構防護服が要します」と書かれたパネル。階段を降りきったところに、「バイオハザード」とカタカナでショドーされた隔壁だ。彼は認証鍵を挿し、ためらわずこれを開く。

 二重隔壁を通過すると、彼のニンジャ皮膚感覚は空気中の毒をチリチリと感ずる。まっさらな市民サラリマンが無防備に立ち入れば最悪死ぬ。当然、ヨロシサンの生体改造技術と彼自身のニンジャ耐久力がこれを無効化する。サブジュゲイターは打ち捨てられてなお動き続けるUNIXの間を進む。

 当時のいたましき事故の折、この施設のヨロシ研究員は、シャットダウンやデータの持ち出し・消去を行う暇もなく、着の身着のままで退避し……ようとした。結局、誰一人として生きて帰ることはできなかった。ボタニックから逃れる事は叶わなかったのだ。

 当時サブジュゲイターがいれば、事故がこれほどに手つかずの問題として放置される事も無かったであろう。実際彼はボタニックを容易にヨロシ・ジツで服従させ、こうして研究施設にエントリーした。そもそも、サブジュゲイターが生み出された背景は、社によるこうした実験事故の頻発にあるのだ。

 バイオニンジャの暴走、脱走事案が無視できぬ頻度となり、監査役員や株主が難色を示し始めるに至って、社は重い腰を上げた。研究陣はヨロシDNAコードに存在する脆弱性の逆利用に着目。ヨロシ・ジツ構想、そしてサブジュゲイターを完成させた。彼こそが……ニンジャこそがセキュリティなのだ。

 サブジュゲイターにとって、ヨロシサンの全てのバイオ研究は、帝王たる己が征服し所有すべき手つかずのバルバロイに過ぎない。サブジュゲイターに対する抑止力は確かに存在する、存在するが、それが何だというのか?過大な力を不用意に与えられた彼がヨロシサンCEOに就任するのは時間の問題だ。

 ストココココ、ストココココ、ストココココ。埃をかぶったUNIX機器はまどろむ獣の寝息めいて、地下室を計算音で満たしている。彼は破損した巨大なシリンダーを見上げた。ガラスに「ボタニック」と刻印されている。彼は振り返る。檻がある。そして、中にニンジャが座っている。

「ニンジャじゃねえか。ヨロシサンのニンジャかよ」檻の中のニンジャは態度悪くあぐらをかいていた。サブジュゲイターを見上げる。サブジュゲイターは不思議な懐かしさめいた感覚をおぼえた。「……ドーモ。サブジュゲイターです」「サブジュゲイター……?」

 檻の中のニンジャは歪んだ笑みを浮かべた。「サブジュゲイターは、俺よ。するってえと、結局うまくいったんだな?おめでとう俺」「これはこれは」サブジュゲイターは目を見開いた。「データのみならず、実験体も死なずに残っていたとは」「あぐらをかいて寝ていただけだからよ。死にゃしねえさ」

 檻の中のニンジャは肘をついて横向きに寝た。「殺していいぜ。この世にいちゃいかんよ、俺は。製品版がロールアウトしたなら。俺なんかアルファ版だ。役立たずだしよ」「それはおいおい決めます。社には不要でも、私には意義があるかも知れません」「無い無い」彼はパタパタと手を振った。

「ここへ降りてきたって事は?ボタニックは?やったんだな?」彼は欠伸した。「いや、パルスを探れば、わかるんだがな。それくらいはできる。だが調べるのも面倒くせえから、いいさ。よくやったな。さすがだ。俺の?研究データ?そっちのUNIXだろ、フロッピーが挿さったままだ。持ってけ」

「……」サブジュゲイターはこの胡乱なニンジャを見下ろした。石灰色の装束に黒い渦巻模様。装束の意匠も似ていない事は無い。彼は起動したままのUNIXデッキを操作し、ディスク内容をあらためた。彼は目を細めた。フォレスト・サワタリ殺害ミッションの陰で彼が密かに求めていたデータだ!

「それで充分じゃねえか?どうだ?」檻のニンジャは言った。「悪いことするんだろ?」「……」サブジュゲイターは睨んだ。檻のニンジャは首を振った「そりゃ、プロトタイプの生体データなんてものを確認するってンだから、理由なんて一つだろ……外すんだろ、プロテクションを」

「……察しがいいですね」サブジュゲイターは言った。檻のニンジャは欠伸をした。「まずい事言ったなら、殺してくれ。いや、殺してくれ。お前にとってまずいだろう、こんな奴が生きてたらよ……」「それはおいおい決めます」サブジュゲイターはフロッピーを抜き、懐にしまった。

 退出する彼に、檻のニンジャが声をかけた。「またスシを食ってみたいんだなあ。もし何かしてくれるってんなら、それくらいだな、死ぬ前にな」「あいにくシェフは連れてきておりません」「そうか。スローハンドの奴は来てるのかい」……サブジュゲイターは足を止めた。「いいえ」「そうかい」

 

◆◆◆

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」ハヤイ!ニンジャスレイヤーの空中飛び膝蹴りがボタニックの顎にクリーンヒットした。のけぞるボタニック! だが、アブナイ!ニンジャスレイヤーの頭上の枝々から、複数のツタ状触手が襲いかかる!BLAMBLAM!ガンドーが割り込み、マグナム弾で触手を破壊!

「MYAAAAHHHH!」再び彼らの周囲を奇声が取り囲む!現れたのは複数体のボタニックだ。顔が無い事を除いてはボタニックにそっくりなバイオ・ブンシン・ジツだ!「またかよ!畜生……」ガンドーは毒づいた。「もう弾が殆んどねぇんだ。そのまま本体を!ケリをつけろ!」「イヤーッ!」

 ニンジャスレイヤーの右ショートフックがボタニックの脇腹を捉える!「グワーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの左肘がボタニックの側頭部を捉える!「グワーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの右ローキックがボタニックの太腿を捉える!「グワーッ!」

「イヤーッ!」左ショートフックがボタニックのみぞおちを捉える!「グワーッ!」ニンジャスレイヤーはさらに踏み込む!「イヤーッ!」中段突きだ。ポン・パンチ!「グワーッ!」ボタニックの身体が腰から裂けた!「まただ!」ガンドーは歯噛みした。「ヌウーッ!」ニンジャスレイヤーは呻いた。

 誰の目にも優位なイクサ、勝利は目前と見えるであろう。なぜ彼らは悔しそうなのか?すなわち……ナムサン、見よ、裂けたボタニックの身体は地面に崩れ落ち、無数のツタに分解して樹々の陰を這い進んで逃れてゆく。そしてそれらのツタは複数のミニオン身体を新たに生成する!コワイ!

「「「「「MYAAAAAHHHH!」」」」」「クソッ!どうなんだ、こりゃあ」「効いてはいる筈」ニンジャスレイヤーは言った。「奴の動きにダメージの蓄積を感じる」「そうは言っても、またぞろ間違い探しの時間だ……この中からグワーッ!?」「ガンドー=サン!?」

 ニンジャスレイヤーは振り返ろうとする。逆さになったガンドーが引き上げられる!「ヌゥッ!?」すかさずスリケン投擲を試みようとするも、次々に殺到するボタニック!「MYAHH!」「イヤーッ!」回し蹴りでこれを蹴り飛ばし、羽交い締めを回避!「グワーッ!」ガンドーの叫びが樹上から届く!

「イヤーッ!」「MYAAAHH!」「イヤーッ!」「MYAAAHH!」「イヤーッ!」「MYAAAHH!」「イヤーッ!」「MYAAAHH!」ニンジャスレイヤーは殺到するボタニックを破壊してゆく。ナムサン、本体に至らず!「ウオオーッ!」上からガンドーの叫び!そして降り注ぐ落葉!

「ア……アバーッ!」「ガンドー=サン!」ニンジャスレイヤーがスリケンを構えたその時!バサリと音を立て、ガンドーが吊り下がった!ナ……ナムアミダブツ!首吊り死体めいた状態!首に絡みつく蔦植物が樹上から!ガンドーはツタを掴み、ニンジャ腕力で引きちぎろうともがく。だが硬いのだ!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!?」ニンジャスレイヤーはツタめがけスリケンを投げようとした。しかし斜めからの飛び蹴りインターラプトを受け、倒れ伏す!あさってに飛ぶスリケン!着地したボタニックの顔面が剥がれ落ち、メンポと顔が現れる。本体だ!

「アバッ……アバーッ!」もがくガンドーが徐々にその力を弱めてゆく!「イヤーッ!」ボタニックがニンジャスレイヤーにケリ・キック!「イヤーッ!」跳ね起きながらのバック転で回避!「イヤーッ!」飛びながらツタめがけスリケン投擲!「イヤーッ!」ボタニックはジャンプチョップで阻止!

「……アバーッ……」ナムアミダブツ!救出が阻まれる……叫びがかき消える……タカギ・ガンドー死す!?その時だ!ヒョウと音を立てて飛来した燃え輝く物体がガンドーのすぐ頭上のツタに突き刺さる!火矢である!たちまち燃え広がる炎!ツタが焼き切れ、ガンドーは地面に落ちた!「グワーッ!」

 さらにもう一矢、ニンジャスレイヤーとボタニックの間の地面にヒョウと音を立てて火矢が飛来し、突き刺さる!「これは」ニンジャスレイヤーは眉根を寄せた。「ゲホーッ!」ガンドーは咳き込み、夜目を効かせて火矢の飛来方向を見やった。「なんだこりゃァ……とにかく命拾いしたが……」

「新手」ボタニックが呟く。熾火めいて突き立った火矢をいとわしげに見る。ニンジャスレイヤーはカラテ警戒した。バサバサと枝葉を鳴らす音が急速接近、「ィー……ヤアアアー!」飛び出して来たのは、蔦から蔦へモンキーめいて飛び移ってきたニンジャ!編笠!そして迷彩装束が炎の明かりを受ける!

「何だと!」編笠ニンジャはニンジャスレイヤーの頭上を回転しながら飛び越し、ボタニックめがけ、頭上からククリナイフで斬りつける!「イヤーッ!」「グワーッ!」ボタニックは首の後ろに浅く刃を受けて苦悶!編笠ニンジャは前転し着地、素早くオジギした。「ドーモ。フォレスト・サワタリです」

「イヤーッ!」ボタニックはバックフリップでニンジャスレイヤー、フォレストから間合いを取り、アイサツを返す。「ドーモ、フォレスト・サワタリ=サン。ボタニックです。イツデモヨロシサン……ターゲット確認重点……イツデモヨロシサン……現れたな……イツデモヨロシサン……」

「知り合いか」ガンドーはニンジャスレイヤーとフォレストがぶつけ合った剣呑な視線を訝った。地面に刺さった火矢の根本から暗黒のカラスが羽化し、バサバサと飛び来たる。ガンドーがリボルバーを開くと、カラスは弾丸と化して吸い込まれていった。「単なる邪魔者だ」ニンジャスレイヤーは答えた。

「MYAAAAHHHHH」「MYAAAAAAHHHH」ボタニックのミニオン体が周囲を取り囲む。フォレストはもう一方の手でマチェーテを構え、二刀流となった。「距離をおき、貴様らを観察しておった。当然、恩を売り取り引きするためである」彼はいかめしく言った。「ブザマなイクサだな」

 ニンジャスレイヤーは睨んだ。「取り引きだと?」「そうだ!不本意ながら、我が隊は戦力が不足している!」「MYAAAAHH!」BLAMBLAMBLAMBLAM!ガンドーは次々にミニオン体をカラス弾丸で銃撃しながら叫んだ。「なあ、実際知り合いなのか?あの時よォ……」「邪魔者だ!」

「貴様らはヨロシサン施設を目指しておるな?この森を訪れるとなればそれだ」フォレストはニンジャスレイヤーに言った。ボタニックは彼ら複数敵と向かい合い、カラテを構えて隙を伺う。フォレストは言った「目的地は同じ。ここに協同の余地有り。貴様らには、おれが今貸した恩を返す義務がある!」

「アー……すまん」ガンドーは首の締め傷を腕で掻いた。「俺が不甲斐なかったぜ」「……」「交渉成立だな」フォレストは言った。「そもそも悲観するのはシツレイだ。むしろ、おれの戦力により千人力!実際、敵本陣のニンジャは一人では効かぬ。相互利益!」「……」ニンジャスレイヤーは渋々頷いた。

「MYAAAAAHHHH」「MYAAAAAHHHH」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーがスリケンを投げ、ボタニック本体の両脇に進み出た2体のミニオンを破壊!「イヤーッ!」フォレストが竹槍を投擲!「イヤーッ!」ボタニックは回転ジャンプして回避!BLAM!ガンドーが射撃!

「イヤーッ!」ボタニックはバックフリップで銃撃を回避!ガンドーの左右からツタ触手が伸びる!「イヤーッ!」フォレストはボタニックめがけ回転跳躍しながら、背後のそれらにマチェーテを投げて切断破壊!勢いのまま前方のボタニックへ蹴りを繰り出す!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」ボタニックは跳び蹴りをガード!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが地面すれすれの水面蹴りを繰り出す!「イヤーッ!」ボタニックは短いジャンプで飛び越し、回避!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは二回転し回し蹴りを繰り出す!「イヤーッ!」ボタニックはチョップを打ち相殺!

「イヤーッ!」フォレストは背後からククリナイフで斬りつける!「イヤーッ!」ボタニックはフォレストの手首を蹴り、これを無効化!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが左フック!「イヤーッ!」ボタニックはこれをガード!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが右ストレート!

「イヤーッ!」ボタニックは上体を逸らしこれを回避、反り返りながら、さらなる斬撃を繰り出そうとするフォレストを蹴って弾き飛ばす!「グワーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは踵落としを叩き付けようとする!「イヤーッ!」ボタニックは横へ転がりこれを回避!

 BLAMBLAM!そこへカラス弾丸が着弾!ミニオンを一通り退けたガンドーの攻撃だ。「グワーッ!」「イヤーッ!」さらにニンジャスレイヤーがケリ・キック!「イヤーッ!」「グワーッ!」フォレストが後方へ回転ジャンプしながら弓矢を構え、火矢を放つ!「イヤーッ!」「グワーッ!?」

 ゴウランガ!ボタニックの胴体を矢が貫通!たちまち炎が広がる!「グワーッ!」上半身が松明めいて燃え上がった!「枯れ木めいてよう燃えるわ!」フォレストが勝ち誇った。彼らを取り囲む木々が鳴動する!樹木に絡み付く蔦植物が……全てがボタニックの身体の延長なのか!?

 捻れながらツタ触手が三者に襲いかかる!「イヤーッ!」フォレストとガンドーは側転で回避、ニンジャスレイヤーはボタニックめがけスプリントする。そして蹴り上げた!「イヤーッ!」「グワーッ!」顎を直撃!「イヤーッ!」さらに蹴る!蹴りながら宙返りだ!カラテ奥義サマーソルトキック!

「MYAAAHHH!」ツタがさらに殺到!ニンジャスレイヤーはサマーソルトキックを出した直後の空中で身体を捻り、今度は高速キリモミ回転を開始した。ガンドーは思い当って素早く地面に伏せた。フォレストも危険を察知し匍匐!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーから放たれる無数のスリケン!

 四方八方に飛ぶスリケンがツタ触手を次々に貫通破壊!ボタニック本体はその上半身を炎とサマーソルトキックによって砕かれていた。炎のせいで、身体をツタ化して逃れられぬのだ!「サヨナラ!」落下しながら爆発四散!「終わり!終わった!」ガンドーが熾火に駆け寄り、コートを叩き付けて消火!

「……AHHH……」叫び声はさざ波めいて拡散、遠くの木々を震わせ、やがて沈黙が訪れた……どれ程広く、どれ程の範囲に、ボタニックの延長身体たる蔦植物は展開していたのか?まさかこの森林全体に?ヨロシサンはいかなる悪魔を放ったのか?……知る由も無い。どちらにせよ、それは滅びたのだ。

 あらためて、ニンジャスレイヤーとガンドーはフォレスト・サワタリと対峙した。フォレストは腕組みして言った。「これが適切な戦術展開だぞ。おれに協力を仰ぐという貴様らの判断は実際正解だ。感謝せよ」「協力を仰いでいるのは、オヌシだ」ニンジャスレイヤーは言った。「だがこの際それはいい」

 ニンジャスレイヤーはフォレストを見た。「私に交渉を持ちかける程の焦りの源は、何だ」「……」フォレストは顔をしかめた。「強行軍が必要だ……認めたくない事実だが、我がサヴァイヴァー・ドージョーはヨロシサン正規軍の包囲攻撃を受け、壊滅的被害を被った。捕虜を救出し、物資を接収せねば」

「正規軍?物資?」ガンドーがおうむ返しにした。フォレストは隈の浮いた目でガンドーを凝視した。「そうだ」「わかった」ガンドーは頷いた。「で、その、ヨロシサンだと?さっきアンタ、ニンジャが複数いるとかなんとか……」「そうだ」……ニンジャスレイヤーとガンドーは顔を見合わせた。

「今の奴がラビリントスの主だろ」ガンドーは言った。「アンコール有りかよ」「そのようだ」とニンジャスレイヤー。彼はフォレストを見た。「ヨロシサン所属のニンジャか」「うむ……バイオニンジャだ。強力なジツを用いるサブジュゲイター。バイオ・イアイドのアサイラム。恐らく他にもいる」

「サブジュゲイターのジツとは?」ニンジャスレイヤーが尋ねた。フォレストは苦しげに言った。「バイオニンジャをコントロールする。単なる身体強化とて例外ではない……つまり」彼は俯いた。「つまり。おれのような筋力強化であってもだ。ヨロシサンの技術に繋がりのある者は服従を強いられる」

「だ、そうだぜ」ガンドーは懐からモーターチイサイを取り出した。赤い12面体が柔らかく点滅した。「だいたい状況は把握してる」モーターチイサイ音声が答える。「想定外なんてものじゃないわね」「どちらにせよ暗号プログラムは必須だ。このまま行く」ニンジャスレイヤーは決断的に即答した。


4

 フォレストのニンジャ野伏力とヨロシサン研究員時代の断片的な知識は、合流後の道程を実際助けた。通常の未開ジャングルであればしばしば出くわすバイオゴリラ、バイオローチ、バイオコモドドラゴンといった危険なバイオビーストを、ボタニックが駆逐してしまっていた事も大きい。

 モーターチイサイを経由するナンシーのナビゲーションも、その後は数度の軌道修正で事足りた。やがて彼らは崖下に目的の建造物を発見した。カワラつきの塀で囲われた、風変わりな施設を。「……あれだな」ガンドーは双眼鏡を下ろし、陰気に言った。

 廃施設に眠るヨロシサンの暗号プログラムは、ザイバツ・シャドーギルドの本拠地、キョート城への潜入に不可欠だ。いかにしてヨロシサン所縁のセキュリティホールがザイバツの防衛システムに生まれる事となったか……彼らが掴んだ情報は断片的だが、何らかの派閥闘争に絡んだものである筈だ。

 潜入を経たガンドー曰く、ザイバツは末端戦闘員にあれほどクローンヤクザを導入しながら、一定以上のビジネスレベルにおいては突然にヨロシサンに対して冷淡になるのだという。社員はより深い提携を画策するが、ガラスの天井めいた、不可視の、だが確実に嗅ぎ取れるアトモスフィアの変化に阻まれる。

 その一方で、ギルドの上位の何者か……恐らくはグランドマスター位階……とヨロシサンが、接触を繰り返していると思しき痕跡がある。おそらく秘密裏に。独自に。その捻れの中に、つけいる隙が生じていた。

「ゆくぞ」枝の上からフォレストの声がした。斥候から戻ってきたのである。「中庭には巡回クローンヤクザがいるのみだ……武装は通常の兵装……指揮官を初めとするニンジャどもは施設内であろう」彼はするすると樹木から滑り降りた。

「もとは打ち棄てられた建物。推測だが、敵軍による施設占領は、我がサヴァイヴァー・ドージョー襲撃の後に行われたと見る。一日も経っていない……防衛システムを展開する時間は無かった筈だ」フォレストは抑揚の無い声で説明した。ガンドーはニンジャスレイヤーに目配せした。(信じていいのか)

 ニンジャスレイヤーは頷いた。フォレスト・サワタリは油断ならぬ敵であり、市民に害を為す残虐なニンジャであり、なおかつ狂人である。だが、敢えてヨロシサンと組みして捻じくれた陰謀を巡らすパーソナリティの持ち主では無い。この局面で疑う要素は無かった。「ゆくぞ」

 

◆◆◆

 

 廊下の蛍光ボンボリがバチバチと鳴り、光が揺れた。巡回クローンヤクザ二名の蒼ざめた横顔と、壁に貼られた「ヘルス大事」「売上高い」の色褪せたショドーを照らす。クローンヤクザ二名は15秒ごとに向きを変え、アサルトライフルを構える。バチバチバチ。蛍光ボンボリが点滅する。

 照明の問題は、施設が放置されてきた為だ。ボンボリはジリジリと音を鳴らし、消え、また点灯した。……また消えた。……点灯した。クローンヤクザそれぞれの真後ろに、ニンジャスレイヤーとフォレストが立っていた。二人のニンジャはそれぞれの獲物の首を捻じって殺した。

 フォレストは死体の手首をククリナイフで無雑作にケジメし、廊下突き当たりの隔壁の認証パネルに押し当てた。「管理レベル不足ドスエ」電子マイコ音声が告げた。フォレストは手首を捨て、去ろうとした。だがその直後、認証パネルが点滅。「開けた。ディテクティヴ」のLED文字が浮かび上がる。

 つまり、ガンドーが第一電算室への侵入に成功したという事だ。彼はそこのUNIXとモーターチイサイをLAN直結、ナンシーと共にシステムをハックした。二者は温室めいた区画にエントリーした。通路の左右は汚れて霞んだガラスであり、その向こうは得体の知れぬ枯れた植物である。

 放置され、枯れるに任せた植物園か。強化ガラスには大穴が開けられた箇所がある。飛び散ったガラスは脇に寄せられている。二者はそのまま進み、ロックの解除されたカーボンフスマを開く。「……」ニンジャスレイヤーは一度振り返った。フォレストは先に進んでゆく。ニンジャスレイヤーも続いた。

 その先は再び通路。壁には猿が二足歩行し、道具を手にし、人間となる絵図がある。人間のその先に何か描かれていたようでもあるが、その部分の壁が抉られるように砕けており、判別できない。突き当たりには「静電気」「第二が計算」のノーレン。くぐり抜けると、オフィスめいたUNIXルームだ。

「第二電算室だ」ニンジャスレイヤーは呟いた。ピピポピポ……ピポポポ。ビープ音が室内を満たしている。ヨロシサンのニンジャが起動させたのではない。ずっと動いたままなのだ。ニンジャスレイヤーはキーボードの血汚れを横目で見た。モニタの一つが点滅し、「ディテクティヴ」と表示された。

 二者はモニタを注視する。「巡回が接近中だ。アンブッシュだ。ディテクティヴ」文章がモニタに徐々に書き込まれ、点滅した。フォレストは奥のドアの隣で壁を背にした。ニンジャスレイヤーはUNIXデスクの陰に身を潜めた。……「13時間働いた」「食事タイミングを」会話と足音が近づいてくる。

「特に問題無いですね」「そうですね」ドアが自動で開き、武装クローンヤクザが二名入室!「イヤーッ!」フォレストが手近の一人の首筋を掴み、床に引きずり倒す。その衝撃で首があらぬ方向を向き即死だ。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーのスリケンが飛び、もう一人の眉間に突き刺さる。即死だ。

 ピポピポ、モニタが再び点滅した。「もう一人接近中。ぬかるな。ディテクティヴ」「……」フォレストとニンジャスレイヤーはクローンヤクザの死体の足を引きずって室内へ運び、デスクの下に押し込む。そしてドアの両脇で待ち構えた。……ドアが開く。チョンマゲ頭に白衣のひ弱な研究サラリマンだ。

「イヤーッ!」フォレストは白衣サラリマンを掴み、室内に引きずり込んだ。「アイエ……」叫びかけた口を塞ぎ、ククリナイフで喉をかき切ろうとする。「!」ニンジャスレイヤーが咄嗟にケリ・キックをフォレストに叩き込む!「イヤーッ!」「グワーッ!」阻止!

「貴様!」フォレストは素早く受け身を取り、ニンジャスレイヤーに弓矢を構えた。ニンジャスレイヤーはサラリマンを掴んで腕を捻じり上げると、フォレストを睨み返した。「戦闘員ではない。無駄に殺すな」「偽善!」フォレストは叫んだ。「ジャングルは待ってくれん……」「聞き出す情報もあろう」

「情報だと?そんな理由は後付けに決まっておる。おれにはわかる」フォレストは不満げに吐き捨て、渋々、弓を下ろした。「……要するに、貴様は己の殺戮を免罪したいだけだ!非戦闘員を救ってポイント倍点?無意味!戦士の本能を鈍らせる惰弱な自己満足よ」「それは良かったな」彼は冷たく流した。

 サラリマンはフォレストの凶刃から守られた格好だが、ニンジャスレイヤーも当然甘くない。彼は捻じった腕に力を込めた。「何人のニンジャがいる。言え」「アイエエエ!死ぬ!痛い」「死にはせん。サブジュゲイター。アサイラム。他には」「ろ、漏洩はケジメで……」「イヤーッ!」「アイエーッ!」

 サラリマンは失禁しながら震え声で答える。「言います……その二体……いや二人……いや……とにかくその他に、ナーガラージャ、ボーンアーマー……」「詳細を言え」「ナーガラージャは……」「SHHHH!」天井から何かが飛び出した!ダクトの蓋を吹き飛ばし、その中から落ちてきたのだ!

「ヌウッ!?」「イヤーッ!」落下してきた存在は巨大なムチめいたものをニンジャスレイヤーに叩きつけ、吹き飛ばす!「グワーッ!」そしてサラリマンにのしかかると、牙の生え揃った巨大な口を大きく開き、顔面にかぶりついた!「アバババババーッ!?」「SHHHH!」「アバババーッ!?」

 サラリマンは断末魔の悲鳴をあげ痙攣!「アバババババ!」「SHHHHH!」「アバババババ!」フォレストは弓をしまい、マチェーテ二刀流で警戒!ニンジャスレイヤーも素早く受け身を取り、ジュー・ジツを構える!サラリマンを蹂躙しているのは薄緑の肌をした奇怪な存在!

 ナムアミダブツ!サラリマンは事切れている!異形存在はなおもその身体を揺さぶり……おお、なんたる事か……血を呑んでいるのだ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーがスリケンを投げつける!「血ィィー!」奇怪存在は俊敏に跳躍しスリケン回避!フォレストはスリケンをマチェーテで弾き飛ばす!

 その生き物は天井に奇怪な握力でしがみつき、赤い瞳でニンジャスレイヤーとフォレストを睨め回した。ナムサン……獣ではない……知性を持った生き物だ。ニンジャ装束を着ているのだから!だが腰から先が蛇めいた爬虫類の尻尾だ。ニンジャスレイヤーを殴ったムチの正体はこれだ!

「ドーモ……ナーガラージャです……SHHHHH!」天井に張り付いたまま、そのニンジャは二者にアイサツした。吸血した血が口から床へしたたる!髪を振り乱し、牙を剥き出しにしたこの怪物的存在の性別は女であり、装束の下には乳房がある。巨大な尾を含めればその体長は人間の二倍以上!

「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」「ドーモ。フォレスト・サワタリです」「SHHHHH……イツデモヨロシサン……ニンジャの血ィ……ビョーキトシヨリ……アハアハアハ!イヤーッ!」ナーガラージャが上からフォレストに襲いかかる!落ちながら背中のシミター剣を振り抜く!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」フォレストはマチェーテをクロスし、数百キロの体重が乗った恐るべき落下斬撃を防御!膝をつき、堪える!「ヌゥーッ!」「イヤーッ!」再度の斬撃!ハヤイ!「グワーッ!」フォレストのマチェーテが手を離れ、弾け飛んだ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが背中に飛びかかる!

「イヤーッ!」「グワーッ!」ナーガラージャはニンジャスレイヤーに尻尾を叩きつけた!ニンジャスレイヤーは吹き飛び、UNIXデスクに叩きつけられた!「グワーッ!」デッキの一台が火花を吹き爆発!「イヤーッ!」フォレストはダガーナイフを引き抜き、突き刺そうとする!

「イヤーッ!」「グワーッ!」横殴りのシミター剣がハヤイ!フォレストは咄嗟にダガーを引っ込めて身を守った。当然、堪えきれぬ!二の腕が刃を受けて出血!「アハアハアハ!血ィィー!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが再び背中に飛びかかる!

「イヤーッ!」「グワーッ!」ナーガラージャはニンジャスレイヤーに尻尾を叩きつけた!ニンジャスレイヤーは吹き飛び、UNIXデスクに叩きつけられた!「グワーッ!」デッキのもう一台が火花を吹き爆発!隣のモニタに「戦闘か。できればデッキ全滅は避けろ。ディテクティヴ」の文字が点灯!

「イヤーッ!」ナーガラージャが倒れたフォレストにシミター剣を振り下ろす!「イヤーッ!」フォレストは横に転がって回避!「イヤーッ!」さらに振り下ろす!ハヤイ!「イヤーッ!」横に転がって回避!刃がかすめ、肩口から出血!「グワーッ!」「アハアハアハ!血ィーヒヒィー!」

 フォレストは反撃可能な武器を探した。だがナーガラージャがハヤイ!フォレストの上へのしかかり、肩に噛りつく!「SHHHHH!」「グ……グワーッ!」吸血!ニンジャスレイヤーは損壊したデスクの残骸に転がるテックナイフを掴み取った。再び背中に飛びかかる!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」「グワーッ!」ナーガラージャはニンジャスレイヤーに尻尾を叩きつけた!ニンジャスレイヤーは吹き飛……ばない!ナーガラージャはフォレストに囓りつきながら尻尾を振り回す。だがニンジャスレイヤーは離れない。見よ!尻尾にテックナイフを深々と突き立て、しがみついているのだ!

「ウオオーッ!」フォレストは苦悶し、ナーガラージャの怪力が緩んだ瞬間に力を振り絞って引き剥がす!肩の肉が裂ける!「グワーッ!」「血、血ィー!」ナーガラージャは尻尾を壁に叩きつける!「グワーッ!」だがニンジャスレイヤーは離れない!突き刺したナイフを抉り込み、傷を拡げにかかる!

「グワーッ!」ナーガラージャは尻尾を床に叩きつけた。だがニンジャスレイヤーは離さない!テックナイフを押し込み、床に突き刺す!だが刃が貧弱!「オヌシのナイフをよこせ!」ナーガラージャの拘束を逃れ転がり出たフォレストに叫ぶ!「イヤーッ!」フォレストは床に転がるマチェーテを蹴る!

 ニンジャスレイヤーはマチェーテを受け取り、テックナイフが裂いた傷にさらに突き刺す!「イヤーッ!」「グワーッ!」刃を押し込み、床に縫いつける!「グワーッ!」フォレストはさらに一本、マチェーテを投げる!ニンジャスレイヤーは受け取り、これも突き刺す!「イヤーッ!」「グワーッ!」

 ナーガラージャは狂い暴れた。シミター剣をフォレストに叩きつけようとする!その時、ニンジャスレイヤーは突き刺したマチェーテを深々と尻尾の根元めがけスライドさせ、裂き開いた!「イイイヤァァーッ!」「アバババーッ!」「イヤーッ!」フォレストは竹槍を取り出しシミターを打ち返す!

 尻尾から背中にかけ、致命的な攻撃を受けるナーガラージャの膂力は相当に殺されており、フォレストの竹槍は容易に斬撃を跳ね返した。フォレストは踏み込み、竹槍を繰り出す!「イヤーッ!」「アバーッ!」オニめいた顔の顎下から後頭部へバイオバンブーの鋭い槍が貫通!迸るバイオ血液!

 ニンジャスレイヤーは尻尾を裂き開いたマチェーテを背中に抉り込む!さらに、尾の先を床に縫いつけるもう一本を掴み、引き抜く!そして再び背中めがけ飛びかかる!「イヤーッ!」後ろから心臓を貫く!「アバーッ!」並のニンジャであれば三度は死んだであろう致命傷だ!「サヨナラ!」爆発四散!

 パワーウー!パワーウー!照明が点滅し、ノイズ混じりの合成マイコ音声が鳴り響いた。「第二電算室でナーガラージャのバイタル信号喪失、何かが起こっているドスエ」休む間無し!フォレストは舌打ちした。彼は懐から包帯を取り出し、負傷した左肩に素早く巻きつけた。パワーウー!パワーウー!

「イヤーッ!」二者が入ってきた戸口から、ガンドーが転がりこんできた。部屋の状況を素早く確認し、事態を把握した。「アー、よし。警報は、どうせ遅かれ早かれだ、だが時間を稼いでくれ!今度はこのデッキだ!」ガンドーは破壊されていないUNIXデッキに駆け寄り、モーターチイサイを直結!

 パワーウー!パワーウー!「ちょっと待て!ちょっと待て。悪いが集中させてもらいたいんだ、施設の皆さん」ガンドーは独り言めいて呟き、キーを素早くタイプした。パワ……。警報が止み、照明点滅が収まった。だが、じきにこの部屋はシュラバと化すだろう!「ヌンヌンヌン……」ドロイドが唸る!

 UNIXモニタが目まぐるしく画像データを遷移させ、モーターチイサイを通じたナンシーのハッキングが進行してゆくさまを生々しく視覚化する。やがて第三電算室を初めとする最深部のデータが像を結び始めた。「捕虜はどこだ。ハイドラ」フォレストがモニタに顔を近づけた。「メディ・キット」

 UNIXデッキから白煙が立ち昇る。フォレストは表示された見取り図のうち、「バイオニンジャ培養槽」の位置を、網膜に焼けつくほどに凝視した。確証は無いが、当たりをつけた。「おれはここを目指す。故にこの……ここ。ここまでだ」彼はモニタを指差す。最深部へ降りたのちの最初の分かれ道だ。

「そこまで行けりゃいいな」ガンドーは奥の戸口に二丁マグナムを構える「一番乗りが来やがったぞ」「進捗は」「そいつを殺る頃には終わる」ガンドーはニンジャスレイヤーの問いに答えた。そしてエントリー者を睨んだ。外骨格で覆われたニンジャがアイサツした。「ドーモ。ボーンアーマーです」


5

「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」ニンジャスレイヤーはアイサツを返した。「ドーモ。ディテクティヴです」ガンドーも二丁マグナムの狙いを定めたまま、素早くアイサツした。「イヤーッ!」フォレストはアイサツせずバックフリップした。そして机を蹴り、さらに高く飛んで、ダクト穴の縁を掴んだ。

「戦略的迂回!」フォレストは天井にぶら下がって叫んだ。「諸君の健闘を祈る」そのまま、ナーガラージャが落ちてきたダクトをよじ登って、あっという間に逃走した。「ヌンヌンヌン……」モーターチイサイは激しく点滅する。「まだかかる!」とガンドー。

「イツデモヨロシサン……貴様ら劣等バイオニンジャプロトタイプども……反ヨロシサン存在……劣等バイオニンジャプロトタイプども……」ボーンアーマーは骨めいたメンポの奥からくぐもった声を発する。7フィート超の巨大は白い外骨格で覆われ、悪夢めいていた。「バイオ?誤解だぞ」とガンドー。

「イヤーッ!」ボーンアーマーは両手をしならせた。牙めいた不気味な骨のスリケンが二枚、ニンジャスレイヤーとガンドーに飛ぶ!BLAMBLAM!ガンドーの黒い弾丸がそれらを相殺!ニンジャスレイヤーは既に飛び出している。投擲直後のボーンアーマーにチョップを叩き込む!「イヤーッ!」

「ボーンーアーマー!」ボーンアーマーが叫んだ。外骨格はニンジャスレイヤーのジゴクめいたチョップを受けてもわずかにヒビ割れただけだ!「イヤーッ!」「グワーッ!」反撃のショートフックを脇腹に受け、ニンジャスレイヤーが苦悶!さらにショートアッパー!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはバック転を繰り出しこれを回避!着地地点に今まさにハッキング中のUNIXデッキ!アブナイ!ニンジャスレイヤーはモニタを両手で保持し、破壊せずに身体を捻ると、見事に机の側に着地した。なんたるニンジャバランス感覚か!「ヌンヌンヌンヌン……」

「イヤーッ!」ボーンアーマーがすかさずショルダータックルで追撃にかかる。UNIX机ごと破壊しようというのだ!「イヤーッ!」ガンドーは斜めに飛びながら二丁マグナムを全弾射出!黒い超自然の弾丸がボーンアーマーの顔面、外骨格で覆われた両眼付近に集中!「グワッ、グワーッ!?グワーッ!」

 細かい骨の破片が散り、ボーンアーマーはたまらず吹き飛ばされて仰向けに転倒!ニンジャスレイヤーが跳躍!回転し、ストンピングを狙う!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ボーンアーマーは横に転がってこれを回避!「俺をバイオテック頼りのサンシタと思ってヨロシサンいるな?」不敵に笑う!

「悪いが俺やアサイラム=サンは胚培養のヒヨッコどもではヨロシ無い。もとより優等なエリートニンジャ戦士であっヨロシサンたところ、さらに選ばれ、バイオ生体改造に耐えたエリートの中のエリート」「その結果、壊れたレコードプレイヤーになったか。アッパレだ」ニンジャスレイヤーは言い捨てた。

「減らず口を叩くしかヨロシサンない弱敵!」ボーンアーマーが殴りかかる!「イヤーッ!」BLAM!「グワーッ!」振り上げた腕の肘関節にカラス弾丸が命中!「形勢不利だ、あンた」ガンドーが睨んだ。ニンジャスレイヤーが踏み込む!「イヤーッ!」ポン・パンチ!「グワーッ!」

 ボーンアーマーは吹き飛び、壁に叩きつけられた。ガンドーの足元からは次々にカラスが生まれ、弾倉に吸い込まれてゆく。影から作り出す超自然の弾丸は実際無尽蔵!ニンジャスレイヤーはさらに追撃にかかる!「イヤーッ!」だが、その時だ!ボーンアーマーの外骨格肋骨がバグンと音を立てて展開!

「ボーンマントラップ!」ボーンアーマーが叫び、鋭利な肋骨がトラバサミめいてニンジャスレイヤーを両サイドから挟み込む!「グワーッ!?」ニンジャスレイヤーは咄嗟に両腕で7対の肋骨を防いだ。ブレーサーに、装束に、骨の刃が食い込む!「このヨロシサンまま挟み潰してミンチ重点!」

「ヌウーッ!」ニンジャスレイヤーの背中に縄めいた筋肉が浮き上がり、小刻みに震えて抵抗する。相当な重圧で挟み込まれているのだ!ボーンアーマーは勝ち誇る!「形勢ヨロシサン不利と言ったな?バカどもめ、どこが」「こういう事だ!」ガンドーが跳躍!壁を蹴り、さらに跳躍!上から連続射撃!

 BLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAM!「グワッ、グワ、グワーッ!?」激しく動きながらの射撃にもかかわらず、撃ち出されたカラス弾丸は外骨格で覆われたボーンアーマーの両眼に集中的に着弾!ボーンアーマーがひるむ!「イイイヤァーッ!」ニンジャスレイヤーが肋骨を跳ね返した!

「グワーッ!?」肋骨の数本が跳ね返された衝撃で根元から折れ、弾け飛んだ。ニンジャスレイヤーは肋骨の守りの無い胸部に右拳を叩き込む!「イヤーッ!」「グワーッ!」左拳!「イヤーッ!」「グワーッ!」右拳!「イヤーッ!」「グワーッ!」左拳!「イヤーッ!」「グワーッ!」

 このまま連撃でケリをつけるべし!ニンジャスレイヤーの拳が唸る!「イヤーッ!」新たな叫び声は背後!ニンジャスレイヤーとガンドーが入り来た戸口である。ガンドーは咄嗟に振り返り銃を構える。だがリロードが間に合わない!エントリー者はニンジャスレイヤーの背中に四本のクナイを同時投擲!

「!」ニンジャスレイヤーは咄嗟に側転を繰り出し、これを回避!クナイがボーンアーマーの胸に突き刺さる!「グワーッ!」だが、傷は浅い……?開いた肋骨がボロボロと崩れ落ち……ナ、ナムサン!?新たな外骨格が胸に脱皮めいて生じ、クナイを受け止めている!コワイ!そしてクナイの主!

「ウオオーッ!」ガンドーはリロードされた二丁マグナムをエントリー者に撃ち込もうとした。だが!その銃身が二丁とも真っ二つに切り開かれ、吹き飛ぶ!エントリー者は二本のカタナを鞘に戻した……四本の腕で!「……これがバイオ・イアイドだ。ドーモ。アサイラムです」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはガンドーの傍へ跳び戻り、アサイラムを睨む。「ドーモ。アサイラム=サン。ニンジャスレイヤーです」「ドーモ。ディテクティヴです」「これは予測せぬ闖入者」アサイラムの赤い瞳が酷薄に光る。「情報は得ておるぞニンジャスレイヤー=サン。貴様もグルか」

「実際二対一で形勢不利ヨロシサンだったことを百歩譲って認めるヨロシサンとしてもヨロシ少なくともさっきまでだ!」ボーンアーマーが威圧的に腕を振った。パキパキと音を立て、目を護る仮面めいた外骨格も修復してゆく。キャバァーン!モーターチイサイが電子音を鳴り響かせた。

「オイ!何を勝ち誇ってやがる。このカラスは爆発するぜ!」ガンドーが叫んだ。影からカラスが次々に生じ、飛び立つ!アサイラムは舌打ちし、カラテ警戒した。ニンジャスレイヤーの状況判断は一瞬!彼はフックロープをダクト穴めがけ射出した。「イヤーッ!」そして跳んだ。ガンドーを掴む!

「イヤーッ!」ガンドーは手を延ばし、モーターチイサイを掴む。「完了重点!」モーターチイサイが叫ぶ。ニンジャスレイヤーはフックロープの巻き上げ機構を働かせた。たちまち彼らの身体が跳ね上がり、天井のダクト穴に飛び込む!「サラバだ!ハッハハハ!」ガンドーはヤバレカバレに高笑いした。

 電算室内を、主を失ったカラスが飛び回った。一羽がボーンアーマーの肩に衝突した。「グワーッ!……アン?」ボーンアーマーは首を傾げた。肩のあたりに黒い染みが拡がり、すぐに蒸発した。「ヨロシダムンシット!」「チィー。ハッタリか」アサイラムは四本の腕を組んだ。「追い詰めて殺すまでよ」

 

◆◆◆


「展開!」「展開展開!」「スッゾー!」廊下の角を曲がり、十数人の武装クローンヤクザが走り出る。「展開展開!」……彼らの足音が聴こえなくなるのを待って、天井に張り付いていたフォレスト・サワタリは床に降り立った。「フゥーム」彼は歯でくわえていたククリナイフの刃を舐め、鞘に戻した。

 ダクトを這い進んだ彼は別の温室めいた最深部区画に到達、その先の詰所にいた二名のクローンヤクザを殺し、居合わせた研究サラリマンを殺した。彼は今、闇の中をしめやかに進むクーガーめいていた。先程の警報に反応し、施設内が騒がしい。クローンヤクザ部隊はなかなかに規模が大きいようだ。

 彼は中腰の姿勢で足を運ぶ。足音は殆ど無い。やがて彼はT字の別れ道に到達する。第二電算室で当初の解散地点として指定したポイントだ。フォレストがニンジャスレイヤーらの無事を祈る事など当然無い。「……」彼は己のニンジャ方位感覚と地図画像の記憶を照合し、実験室方向へ進んだ。

「……」赤外線ナリコ・トラップ等を警戒しながら、すり足で前進する。彼は弓矢を構えている。前方から敵が現れれば即座に射殺す。罠は無い。彼はサブジュゲイターとの遭遇を警戒する。やがて、壁に「結構防護服が要します」と書かれたパネルを発見。そして、隔離された実験室に通ずる下り階段だ。

 フォレストは階段を降りきった。「バイオハザード」とカタカナでショドーされた隔壁。「……」彼は認証鍵のパネルを眺める。「フゥーム……」彼は思案した。パネルに手をかざす。「社員コード。網膜」とマイコ音声が告げる。廃棄された施設。ずっと前に……。彼は身を屈め、覗き込んだ。

「認証出来ドスエ」マイコ音声が告げた。ブルズアイ!外界から打ち棄てられたこの施設は、社員データベースすらも未更新。研究職としてのフォレスト・サワタリのデータが残ったままだ。彼は二重隔壁を抜け、さらにその奥へとエントリーする。

 暴走したボタニックは当時の研究員達を虐殺し、施設を蹂躙し、その後の復旧作業を不可能とし、外界から全てを断絶せしめた。ゆえにセキュリティも穴だらけだ。サイオー・ホースめいて、施設を破壊したボタニック自身が侵入者をも阻み続けた。この施設はヨロシサンにとって如何ともしがたい恥部だ。

 ストココココ、ストココココ、ストココココ。フォレストはUNIX計算音で包まれる。彼は弓をしまい、マチェーテに持ち替えて警戒する。破損した巨大なシリンダーに「ボタニック」の刻印。既に殺したニンジャの名。彼はその側にある檻を見据えた。ニンジャの気配はそこにある。「ハイドラ……」

「違うね!」皮肉めかした否定の言葉が返って来た。フォレストはいつでも斬りかかれる姿勢だ。ニンジャは檻の中で肘を突き、横になっている。サブジュゲイター……違う。装束がモノトーンだ。メンポの奥の目には、どこか馬鹿にしたようなアトモスフィアがある。「残念、こっちはハズレだよ」

「何者だ」フォレストは問うた。ニンジャはヒヒヒと笑った。「どいつもこいつも。俺を閉じ込めてほったらかしておいて、またぞろやってきて、何者だ、と来らぁ。アンタ、おかしな格好してやがるな」「貴様も捕虜か?」「捕虜?」ニンジャは訊き返した。「ぷっ!戦争気分か?ンなわけねぇだろ」

「では犯罪者か。戦争のドサクサで盗みでも働いたか?」「まだ言ってやがる。お前さんの妄想にこっちも付き合わなきゃいかんのかい」「フゥーム」フォレストは親指で顎を擦った。「ジャングルの奥地でイクサの継続を知らぬ脱走兵の話は、聞いた事がある。情けない奴め」「アー……」

 ニンジャは尻を掻いた。「とにかく俺のことはアレだ、いないと思っていい。もしくは、殺せ。好きに家捜しすりゃいいや。もっともサブジュゲイター=サンがお前さんの目当てのモノを持って行っちまったかも知れんがね」「……」フォレストは思案した。「私はフォレスト・サワタリだ。お前の名は」

「名前はサブジュゲイター=サンにあげちまったよ」ニンジャは答えた。「お前さん、何を探してンだ?捕虜?ぷっ!捕虜ね、捕虜」「捕虜の名はハイドラだ。我がサヴァイヴァー・ドージョーの隊員だ」「バイオニンジャか」「そうだ」 「……」ニンジャは目を細めた。「電算室に気配が二つ」

「では一つはサブジュゲイターだ。敵軍の指揮官だ」フォレストは言った。ニンジャは起き上がり、アグラした。「じゃあ、もう一つが、そのハイドラだろ」ニンジャは言った。「なァるほど、取られちまったってわけだ。あいつのジツで。こいつは傑作だ」「ヨロシ・ジツだ。知っておるのだな」

「知っているとも。俺はあいつの出来損ないよ」ニンジャは言った。「俺の能力がベースになっているんだ。あいつは完成形だ。俺にゃ、遠隔操作だの、洗脳だの、とてもとても……」「お前もバイオニンジャか」フォレストは言った「ヨロシサンが生み出した……」「まあ、そうだな」「ずっとここに」

「そうだよ。ボタニックが研究員を皆殺し。以来、ここでこうして、ほったらかしさ。何もする事ねえし、寝てンのさ」彼はアクビした。「殺していいぜ」「……」フォレストは檻に手をかけた。「ヌゥーッ……」「イイね。ひと思いにやってくれ」「殺す?何をバカな」格子を捻じ曲げながら言った。

「アア?」「お前は一緒に来い」フォレストの眉間に血管が浮かび上がった。極度のニンジャ腕力の発揮だ。「サヴァイヴァー・ドージョーに」「ナンデ?」ニンジャは心底不可解そうに目を見開いた。フォレストは答えた。「そこで座って、何になる」格子が曲がってゆく!

「何になる、って、何にもならねえよ」ニンジャは言った。「バイオ手術を受ける前の事なんか忘れちまったしよォ、仕事もねえし、寝てるか殺してもらうか、二つに一つ……」「ナンデ?」今度はフォレストが問うた。「檻は空いたぞ。なぜ出ない」「出る?」「当然だろう」

 フォレストは一歩下がった。そして言った。「お前がそこにいる理由は何も無い!」「……まあ、そりゃ、無いさ」「ならば共に来い。サヴァイヴァー・ドージョーは戦力を必要としている。自由獲得の為の戦力を!サヴァイヴァルの力をな!」「……」ニンジャはのそのそと檻から出てきた。

「バイオニンジャは企業の道具では無い。わかるか?サヴァイヴァルする為のニンジャだ。厳しいサヴァイヴァル環境に適応する肉体と力を持つ。ゆえにサヴァイヴァルする。我がドージョーはサヴァイヴァル集団であり、サヴァイヴァルの為に戦う!自由!」フォレストは叫んだ。「お前もそうなのだ!」

「何言ってんだアンタ」ニンジャは檻から出ると、その場でストレッチを始めた。「だがまァ、寝る・死ぬ以外に、俺にやる事があるとはな!その発想は無かった。発見(ディスカバリー)だ」「ディスカバリー!」フォレストが言った。「名前が無いなら、今からそれが名前だ。ディスカバリー=サン!」

「ディスカバリーか」彼は呟いた。「俺はディスカバリー。ははは」「よし。作戦再開だ、ディスカバリー=サン。我々は医療物資を必要としている。そして捕虜奪還」「わかりくいんだよ、アンタ。メディキットだのバイオインゴットだのか?この部屋にあるだろ、そこのコンテナだ」「よし!流石だ!」

 フォレストはコンテナに飛びつき、蓋を力任せに引き開けた。冷気が漏れ出る。中には緑のヨーカンめいた直方体が満載!バイオインゴットだ!さらに壁際の棚にバイオエンブレムの箱を発見!メディキットだ!「モッチャム!」バイオフロシキに詰め込む!「待っておれハイドラ!フロッグマン!」


6

 ダクトから降りたニンジャスレイヤーとガンドーは転がる死体を踏み分けて進み、やがて現れた分岐点を第三電算室方向へ向かった。モーターチイサイが点滅し、ナンシーからの通信が開かれた。「第三電算室。なんらかのプログラムが動いている」二者は歩きながら目配せした。

「先客か。ヨロシサンの連中だろうな」ガンドーは言った。モーターチイサイが点滅した。「何のプログラムを走らせているかは、直接第三電算室のデッキをハッキング出来ていないから、わからないわね」「何でもいいさ」とガンドー「要するに、一悶着の覚悟をしろってことだ」

「暗号プログラムを盗むには、例によってモーターチイサイをLAN直結させて」「三度目だ。任せとけ」「時間はどれだけかかる?」ニンジャスレイヤーは問うた。「やってみないと……というところね」「そうか」「知っての通り、既に立て込んでやがってな」ガンドーは時折後ろを振り返る。

「ニンジャがわんさかいやがる」彼は道中のクローンヤクザの死体から剥ぎ取ったオートマチック・チャカ・ガンを、歩きながら一つ一つ点検しては、己のホルスターにしまってゆく。全部で六挺。愛用のマグナムは破壊された。ピストルカラテは制限されるだろう。リボルバーでないのも彼の気に食わない。

 敵との遭遇は無い。ガンドーはドロイドを懐にしまった。後は一本道だ。やがて彼らは開かれたシャッターフスマをくぐり、断崖めいた空間にエントリーした。人間二人がどうにかすれ違える程度の手摺つき通路が橋めいて、向こう岸に「三な電」のノレン。崖下は倉庫か。積まれたコンテナ類が見える。

 橋の中途で二人はいちど立ち止まった。「準備いいか?」ガンドーは息を吐いた。ニンジャスレイヤーは険しい声で返した。「……行け、ガンドー=サン」ガンドーは聞き返さなかった。ノレンに向かっておもむろに全力疾走!ニンジャスレイヤーは来た道を振り返る。そしてジュー・ジツを構えた。

 ガンドーがノレンの奥に消える!「「イヤーッ!」」直後、二つの影が下から飛び上がってきた。手摺を飛び越え、ニンジャスレイヤーの目の前に着地したのは四本腕のニンジャ、アサイラム!さらにニンジャスレイヤーの背後に降り立ったのはボーンアーマー!ナムサン、挟み撃ちの形だ!

「お久しぶりだ、ニンジャスレイヤー=サン」アサイラムがせせら笑った。「まずは貴様をバラバラに切断殺!もう一匹のサンシタは……先に行かせたか。どうでもよい事よ。サブジュゲイター=サンのカラテで死ぬだけだからな」「貴様は自分のヨロシサン心配で手一杯になるであろう」とボーンアーマー。

「貴様らはネズミめいてダクトを通り、逃げおおせた気だったヨロシサンろう?残念だな、見るがいいヨロシサンこの状況悪化を。結局貴様は前門のタイガー、後門の……」「悪いがディテクティヴ=サンは多忙でな」ニンジャスレイヤーは無感情に答えた。「二人まとめて、私の暇潰しに付き合ってもらう」

「さっきから減らず口ばかり達者!イヤーッ!」ボーンアーマーがいきなり肋骨を展開!「ボーンマントラップ!」アサイラムもまた攻撃動作に入った。四本の腕で二刀のイアイを構える!「逃げられんぞ!イアイド!」鞘走る!背後からは肋骨!万事休す!「イヤーッ!」

 X字の斬撃がニンジャスレイヤーに襲いかかる。ニンジャスレイヤーは上体を大きくのけぞらせた。後ろに迫ってくるのはボーンアーマーのボーンマントラップ肋骨だ。ニンジャスレイヤーはブリッジ寸前にまでのけぞり、バンザイした。その両手が肋骨を一本ずつ掴む!顔の上を二本のイアイ刃が通過!

「ヌゥーッ!」閉じられぬ!何たるニンジャ腕力か?ボーンアーマーはさらなる力で圧殺せんとす!だがニンジャスレイヤーの掴み動作は一瞬だ!肋骨に力を込めて弾みをつけ、バネめいて起き上がる!「イヤーッ!」そして額の前で交差させたチョップを目の前のアサイラムに叩きつけた!「グワーッ!」

 イアイの戻り際、メンポ顔面に思いがけぬタイミングで反撃を受けたアサイラムは苦しみ、たたらを踏んだ。ニンジャスレイヤーはクロスチョップの反動で再び仰け反る!「イヤーッ!」勢いよく背後に繰り出された両肘が、力任せに肋骨を閉じたばかりのボーンアーマーの胸を強打!「グワーッ!」

 ボーンアーマーは吹き飛び、仰向けに転倒!強打によって肋骨がバラバラに砕け飛んだ。肋骨は折れやすい!だがすぐに新たな肋骨が生えてくる!「チィーッ」アサイラムは二刀流を構えた。否、さらに二刀だ!背中に吊るした鞘からもカタナを抜くと、四本の腕全てにカタナを構えた……四刀流である!

「貴様に俺の太刀筋が見切れるか」アサイラムは言った「俺のバイオ・イアイドは無敵だ」「その言葉を聞いたのはオヌシが最初ではない」ニンジャスレイヤーの右腕が閃いた。炎めいた軌跡が奔った。その手にはヌンチャクが握られていた。「そ奴のバイオ・イアイドは無敵では無かった。私が殺した」

「フン!」アサイラムは鼻を鳴らした。「不完全なプロトタイプを倒して増上慢か?笑わせる……真のバイオ・イアイドを味わって死ぬがいい」「真贋などどうでも良い」ニンジャスレイヤーは言った。「その無駄なプライドは数ばかり多い腕とともに悉くへし折り、命を奪う。ニンジャ、殺すべし」

「貴様はどちらにせよ圧倒的不利ヨロシサンだ、不利なのだ!」背後のボーンアーマーが頭を振って起き上がった。「死ぬのは貴様だニンジャスレイヤー=サン!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは激烈な腕さばきでヌンチャクを振り回し、前後の敵を威圧する!

 

◆◆◆

 

 第三電算室のノーレンをくぐり、滑り込んだガンドーは、素早くその場で匍匐し、バルコニー状の足場から下の様子を伺った。これまで突破した二つの電算室よりも、ずっと大きい。今いる足場は天井に近く、下の電算室を囲むようになっている。奥にあるリフトエレベーターで昇降する仕組みだ。

 ストココココ、ストココココ、ストココココ……。UNIX電算音で満たされた空間、壁に沿って並べられた計器類。眼下、ガンドーから背中を向ける形で、緑に金の渦巻き模様のニンジャが腕組みして立ち、数名の研究サラリマンを監督している。フォレストの言及したサブジュゲイターだ。

 遠目にも強者めいたアトモスフィアを漂わせるサブジュゲイターの他に、アサルトライフルで武装したクローンヤクザは二人。そしてもう一人。手足の長いニンジャだ。人間離れした体型だ。バイオニンジャであろう。(((力仕事だぞ……)))ガンドーは沈思黙考した。

 正面切って挑むわけには行かない。ガンドーに愛銃は無く、敵のカラテは未知数。あのバイオニンジャがフォレスト曰くの「捕虜」ハイドラなら、ああして大人しく佇んでいることからも、ヨロシ・ジツの洗脳とやらは完了していよう。敵だ。数の不利に加え、ハイドラは再生能力を持つという。厄介だ。

 (((迷っている時間はねえぞ)))ニンジャスレイヤーは二人のニンジャを一手に引き受けている。いたずらに時間を過ごして状況を悪化させるわけにはゆかぬ。とにかく暗号プログラムが優先。ハッキングの時間を稼ぎ、目的を果たしたのちに脱出だ。ガンドーはモーターチイサイを懐から取り出した。

 ……その20メートルほど下。サブジュゲイターはモニタを高速で流れてゆくUNIX表示を瞬きひとつせずに凝視していた。彼が解析させているのはプロトタイプ・サブジュゲイターの脳改造情報。研究サラリマン達のタイピング速度は実際速い。サブジュゲイターは彼らの家族の生殺与奪を握っている。

 サブジュゲイターは己より高位の役職者に反抗できない。彼に対してバイオニンジャがそうであるように。ニューロンにプロテクションが施されているのだ。しかしながらヨロシサンの役員達が実際サブジュゲイターの野心を懸念している様子は薄い。サブジュゲイターは極めて愛社的に行動してきた。

 プロトタイプ・サブジュゲイターにはこのプロテクションが施されていない。研究の完成を見るより前に、ボタニックの暴走がこの施設を破壊、外界から隔絶させ、全てをうやむやにしたからだ。サブジュゲイターは元研究員フォレスト・サワタリの処刑を社に進言し、承認を得た。この施設の為にだ。

 反ヨロシサン存在であるフォレストの事は社としてもそれなりに苦々しい存在として認識しており、その処刑ミッションには正当性があった。サブジュゲイターはこの施設の付近へフォレストを誘導し、隠れ蓑として利用した。フォレストは単に始末すればよい。ヨロシ・ジツの前には赤子も同然だ。

 プロトタイプのアルゴリズム差異を割り出し、再度脳改造を行ってプロテクションを解く。さすれば、彼はヨロシサンのクローンヤクザやバイオニンジャを自由自在に動員し、非ニンジャの役員達を容易く排除する事ができよう。彼は権力を望んだ。己の力に見合った権力を。CEOだ!

「ん?」キーをタイプする研究サラリマンの手が一瞬停まった。「どうしました?」素早くサブジュゲイターが反応する。「遅延が……」サラリマンはズレた眼鏡を直し、モニタを覗き込んだ。「気のせいかな?戻りました」「タイピングを再開しなさい」サブジュゲイターは促した。「ハイ」

「ビョウキトシヨリヨロシサン。ビョウキトシヨリヨロシサン」サブジュゲイターのやや後ろに立つハイドラが、うつろな三つの目を瞬かせた。「ビョウキトシヨリヨロシサン。ビョウキトシヨリ」ストココココ、ストココココ、ハイドラの機械的チャントとUNIX音がループトラックめいて重なる。

 ビョウキトシヨリヨロシサン。ビョウキトシヨリヨロシサン。ビョウキトシヨリヨロシサン。ストコココ。ストコココ。スト?コココ、ス、ト、コ。コココ?ストコココ。「やっぱり遅延していませんか?」別のサラリマンがモニタを覗き込んだ。「確かに遅延しています」「おかしいですね」

「遅延」サブジュゲイターは呟いた。「どうも違和感があります。フォレスト・サワタリの目的はこのバイオニンジャではあるが……侵入者……」「ビョウキ」「ハッキング可能性は?」「いえ、特には」サラリマンの一人が眼鏡を直した。「ファイアーウォールも我々の持ち込みの最新式ですし」

 サラリマンは床にいかにも慌ただしく置かれたファイヤーウォール機を指差した。大理石めいたペイントが施された円柱型のボディは堅牢さを体現しており、頑丈そうだ。その上にはホログラフィで「安全」のカンジが浮かび上がっている。外部からの侵入があればこの機器が働く。

「……」サブジュゲイターは眉根を寄せたままだ。サラリマン達は顔を見合わせた。サブジュゲイターは釈然としない様子で、促した。「タイピングを続けなさい」「ハイ」BANG!ファイアーウォール機がいきなり爆発した!

「アイエッ!?」「これは!」「爆発したぞ?」サラリマン達が浮き足立った。「侵入です、サブジュゲイター=サン!しかしファイアーウォールが身代わりになって侵入される前にオフラインだ!大丈夫です」「由々しき事です」サラリマン達が口々に言った。「こんな事までされるとは!」

「ええい!何が目的だ?フォレスト・サワタリ研究員!」サブジュゲイターが苛立たしげに言った。「野蛮人の分際で文明人の真似事を!」彼はこめかみに指を当てた。クローンヤクザがアサルトライフルを構え素早く警戒!「アイエエエエ!」サラリマン達が騒然とする!「黙りなさい!敵襲可能性!」

「アイエエエ!」サラリマン達はサブジュゲイターの威圧的視線に凍りつき、備え付けのヘルメットと防弾ベストを装着、高速タイピングを再開した。一人はLANケーブルをファイアーウォール予備機に接続し直し始めた。「アー、オホン、アーアー」一角から声!ライフル銃口が一斉にそちらを向く!

「撃つな。撃たないでくれ」ホールドアップしながらサーバー機器の陰から進み出たのは……ガンドーだ。「ドーモ皆さん。ディテクティヴです」「ドーモ、ディテクティヴ=サン。サブジュゲイターです」サブジュゲイターは目を細めた。「非バイオニンジャだと」「何の事だね?」ガンドーは瞬きした。

「ドーモ……ビョウキトシヨリヨロシサン……ビョウキトシヨリヨロシサン……ハイドラです……ビョウキトシヨリヨロシサン……」ハイドラが遅れてアイサツした。ガンドーは眉間に皺を寄せたが、ホールドアップしたままだ。「そいつをけしかけないでくれ。俺はアンタらとイクサしに来たんじゃない」

「別働隊とは」サブジュゲイターは言った。「他のニンジャが関わっていたとなれば、ハッキング・インシデントにも説明がつく。……ディテクティヴ?他に仲間は?」「アー……」「どちらにせよ、貴方の行動は解せませんね」「解せんも何も」とガンドー。「戦意が無いんだ。俺は。聞いてほしいんだ」

「……」その場の全員が固唾を呑んでガンドーの言葉を待った。ガンドーは深呼吸を繰り返した。「悪い。緊張して」「……」サブジュゲイターはガンドーを睨んだ。「あなたの持ち時間はそう長くありませんよ」「ああ」ガンドーは頷いた。彼は機器の陰から陰へ渡ってゆくドロイドから視線を逸らした。

 モーターチイサイはデッキの陰に潜み、LANマニピュレーターをしめやかに露出させる。サラリマンの一人が緊張に視線を泳がせ、そちらを見そうになった。BANG!予備ファイアーウォール機が爆発!「アイエエエ!」「まただ!」「またハッキング行為だ!」「オイオイ、大丈夫か?」とガンドー。

「とぼけた真似を」サブジュゲイターがスリケンを構え、クローンヤクザ達の銃口がガンドーを狙った。「オイオイオイ!待ってくれ」ガンドーは叫んだ。「俺は情報を売りたい」「貴方を殺しましょう」とサブジュゲイター。「待ってくれ!俺は無理矢理協力させられてんだ!フォレスト・サワタリに」

「それだけですか?わかりきった事を」サブジュゲイターはスリケンを構えたままだ。サラリマン達を見ずに指示する「再度、予備機に交換してネットワークを復旧しなさい!タイピングを休まないように!」「アイエッ!」「……フォレストはどこです。貴方の他に誰が協力している?」「それだよ!」

 ガンドーは勢い込んだ。「俺は単なる見張り役みたいなもんで……耐えきれなかったんだ。ヨロシサンのあんたらに恩を売って、不本意なボスも排除すれば重点だろう?」「貴方の他に誰がいる!」「つまりだな、アンタらのアサイラムとボーンアーマーは……」サブジュゲイターの視線が殺気を帯びた。

「オイオイ!コワイ顔しないでくれって」ガンドーは後ずさった。「そう、アサイラムとボーンアーマーは、交戦中なんだ。だから、エート、通信が来ない、合ってるか?俺、結構当たっているだろう?誰と交戦中なんだろうな?つまり、」「時間稼ぎだ!殺せ!」サブジュゲイターが叫んだ!その時だ!

 パオーウー!パオーウー!パオーウー!UNIXデッキが激しく明滅!モニタには「KABOOM」の文字が無限増殖!そして、BANG!再度交換されたファイアーウォールが爆発!ガンドーはホールドアップした腕をムチのようにしならせた。コートの袖からチャカ・ガンが滑り出し、両手に収まる!

「イヤーッ!」ハイドラがガンドーに襲いかかる!BLAMBLAM!ガンドーは横跳びにハイドラの蹴りを躱し、両手の銃を発砲!「「アバーッ!?」」クローンヤクザ二名の脳天に弾丸が直撃し即死!サーバーの一基が白煙を噴き出す!キャバァーン!デッキの陰のモーターチイサイが音声を轟かす!

 ハッキングはデッキにLAN直結したモーターチイサイからの強制アクセス効果によって、それまでのネットワーク経由ハッキングの100倍の速度で進行する!第一・第二電算室は既に手中に落ちており、それらが押し拡げたセキュリティーホールが今この密かなLAN直結によってこじ開けられたのだ!

 唐突に電算室が消灯!「アイエエエエ!?」叫ぶサラリマン!サブジュゲイターは舌打ちする!「ここまでの計算データを護りなさい!記録を確保!フロッピーを回収せよ!最優先だ!」「アイエエエ!」全てのモニタが激しく点滅する中、床を転がったガンドーはハイドラめがけ銃弾を連射!

 BLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAM!「グワーッ!」ハイドラの肉を弾丸が削り取る!だが止まらぬ突進!ハイドラの長い脚がガンドーを蹴り上げる!「イヤーッ!」「グワーッ!」その瞬間、照明が復旧!跳ね上げられたガンドーにサブジュゲイターがスリケン投擲!「イヤーッ!」

 ガンドーは咄嗟にスリケンを撃って破壊しようとした。その瞬間、スリケンは空中で炸裂!BOOM!「グワーッ!」炸裂弾がガンドーの全身に突き刺さる!その時にはサブジュゲイターは二枚目のスリケンを投擲していた。スリケンは一瞬気絶状態に陥ったガンドーの顔に突き刺さった! 「グワーッ!」

 KRAAAAASH!落下したガンドーはデッキのひとつを破壊し、そのまま床へ転げ落ちた。「イヤーッ!」「グワーッ!」ハイドラが最速接近しガンドーを蹴り上げる!ガンドーは吹き飛ばされ、サーバーに叩きつけられる!「グワーッ!」

「データ類は!」サブジュゲイターがサラリマンを振り返った。サラリマン達も必死だ!彼らは家族を人質に取られているのだ。一人がフロッピーを高く差し上げた。「こちらに!これさえあれば引き続き……」「でかしました!」サブジュゲイターは叫んだ。そしてガンドーを睨む「このドブネズミめ!」

「ビョーキトシヨリヨロシサン。ビョーキトシヨリヨロシサン。ビョーキトシヨリヨロシサン」ガンドーのもとへ、ハイドラがのしのしと向かってゆく。「マズッたかァ……?」ガンドーが朦朧と呟いた。顔の右半分が血で染まっている。サブジュゲイターは言った。「フォレスト・サワタリは……」

 サブジュゲイターは斜め上に手を翳し、飛来した物体を掴み取った。毒矢!「訊く必要は無くなりました。ドーモ。フォレスト・サワタリ=サン」彼は呼ばわった。頭上、天井付近の足場、手摺越しに弓を構える編笠のニンジャに。その横に立つもう一人を認めた時、彼の顔は険しくなった。「貴方は」

「AAARGHHH!」編笠のニンジャ……フォレスト・サワタリは弓矢を投げ捨て、瞬時にマチェーテ2刀を抜き放つと、野獣じみた咆哮を放った。「全軍!突撃せよ!」彼は吠えた。「おう!ゆくぞ!突撃!」応えるのも彼自身!狂気!そしてその横に立つのは……。「ドーモ。ディスカバリーです」


7

「よいデータが揃ってきつつあります」所長らしき男が来訪者のニンジャにデータを示した。「以前も似た答えをもらっている」ニンジャは冷たく言った。所長らしき男は食い下がった。「いえ、専門家的観点からは大きく進歩しております、本当です」「私が老衰で死ぬのとどちらが先か賭けるか?」

「いや、まさかそんな……」「まあよい」ニンジャは遮った。「統制プログラム0010101011……(映像が乱れる)……01001そう先の話では無い。首脳との会合をセッティングせよ」「必ず承認を得てみせます」所長らしき男は意気込んだ。「社としても重点しており」

「当然だ。貴社はいわば、私と一蓮托生関係……私が01001011あるいは、私共々貴社もまた斃れるか、二つに一つ」「実際、良い条件のビジネスと判断しておりますとも!」「良い条件か」ニンジャは笑った。「入念な軍備……入念なバイオテック、クローンヤクザ001001011」……

 010010100……ナンシーはノイズばかりのデータから浮上し、コトダマ空間から現実世界の廃墟へ戻ってきた。UNIXモニタには高速で文字列が流れ、第三電算室のコントロールを掌握した事実を示した。彼女は無意識に机にザゼンドリンクを探すが、勿論、一瓶も用意は無い。絶ったのだから。

 モーターチイサイの内蔵カメラ映像は必要最低限のものだ。彼女は電算室の監視カメラをハックしようと試みる。状況はかなり悪い……ハッキング過程で触れた先程の映像記録の意味を吟味するのはもう少し後だ……

 

◆◆◆

 

 時間は前後する!

「貴様はどちらにせよ圧倒的不利ヨロシサンだ、不利なのだ!」背後のボーンアーマーが頭を振って起き上がった。「死ぬのは貴様だニンジャスレイヤー=サン!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは激烈な腕さばきでヌンチャクを振り回し、前後の敵を威圧する!

「イヤーッ!」アサイラムが四つのカタナで斬りかかる!ニンジャスレイヤーは高速でヌンチャクを振り回し、次々に襲いくる刃を打ち返す!「イヤーッ!「イヤーッ!」第一の剣!「イヤーッ!」「イヤーッ!」第二の剣!「イヤーッ!「イヤーッ!」第三の剣!「イヤーッ!」「イヤーッ!」第四の剣!

「ボーンマントラップ!」背後からボーンアーマーが肋骨を開き襲いかかる。アブナイ!だがまるでセットプレーめいた淀み無き動きで、ヌンチャクを振り回しながらのヤリめいたバックキックが放たれ、肋骨を開いたボーンアーマーの胸部を直撃!「グワーッ!」吹き飛ぶボーンアーマー!

 アサイラムは次々に剣を撃ち込む!「イヤーッ!「イヤーッ!」再び第一の剣!「イヤーッ!」「イヤーッ!」再び第二の剣!「イヤーッ!「イヤーッ!」再び第三の剣!「イヤーッ!」「イヤーッ!」再び第四の剣!

「ボーンマントラップ!」背後からボーンアーマーが肋骨を開き襲いかかる。アブナイ!だがまるでセットプレーめいた淀み無き動きで、ヌンチャクを振り回しながらのヤリめいたバックキックが放たれ、肋骨を開いたボーンアーマーの胸部を再び直撃!「グワーッ!」吹き飛ぶボーンアーマー!

「イヤーッ!」アサイラムは再び四連撃を繰り出しにかかる!だがニンジャスレイヤーはボーンアーマーの予備動作を一瞥し、反撃速度を早めた。ボーンアーマーを蹴った反動でアサイラムの顔面にジャンプパンチを叩き込んだ!「グワーッ!」そして素早く振り向き、ヌンチャクをプロペラめいて回転!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」残像を伴うヌンチャクのプロペラ回転は、ボーンアーマーが投擲したボーンスリケンを盾めいて弾き飛ばした!「グワーッ!」跳ね返されたスリケンがボーンアーマーの腕の付け根を傷つけ、ひるませる!ニンジャスレイヤーは素早くアサイラムへ向き直る。次の連撃が来る!

 だが……来ない!かわりにアサイラムは上側の両腕と下側の両腕をそれぞれ交差し、力を溜めていた。縄めいた筋肉が腕に盛り上がり、放たれる!「イアイド!」交差した上側の両腕が閃き、二本のカタナで同時にイアイした!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは身をそらし、かろうじてこの斬撃を回避!

 だが……「ダブルイアイド!」時間差で繰り出された下側の両手イアイ斬撃がさらにニンジャスレイヤーを襲う!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは身体を捻り、跳躍して、斬撃を回避!だがダブルイアイドがハヤイ!「ヌゥーッ!」腰から背中にかけて痛烈な刃が掠め、鮮血が散る!

「イヤーッ!」そして空中のニンジャスレイヤーめがけて跳び、襲いかかるボーンアーマー!「イヤーッ!」回し蹴りだ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは己も蹴りを繰り出し、相殺!背中の傷から血が噴き出す!「イヤーッ!」ボーンアーマーはさらに空中裏拳で攻撃!「イヤーッ!」

 ニンジャスレイヤーは空中裏拳を空中ガード!「イヤーッ!」ボーンアーマーは逆の手をふりあげ、空中チョップでニンジャスレイヤーの肩を狙う!そしてアサイラムは!「ヌゥーン!」再び腕を交差させ、イアイドの予備動作だ!全ての腕が異常緊張に震え、筋肉が盛り上がる!

 四本の腕の同時筋力緊張……まさか!?まさか、いや、そのまさかだ!アサイラムは四本のカタナで同時にイアイを繰り出そうとしているのだ!赤い目が残忍に光る!そして、ボーンアーマーのチョップがニンジャスレイヤーの肩を直撃!「グワーッ!」さらに肋骨が展開!「ボーンマントラップ!」

 ニンジャスレイヤーは……ナムサン!逃れられぬ!ジゴク番犬の恐るべき噛みつきめいて、ついにボーンアーマーの肋骨はニンジャスレイヤーをがっちりと捉えた!「死ねーッ!」ボーンアーマーが叫ぶ!アサイラムが今まさにイアイドを解き放つ……!「「イヤーッ!」」

「グワーッ!?」次の瞬間、アサイラムの四重の斬撃は、逆さに落ちて来るボーンアーマーの背中を四段に切断していた。ボーンアーマーはバラバラに吹き飛んだ。ニンジャスレイヤーは橋に手をつき、アサイラムに背中を向けた逆立ちの形で着地した。背中には四つの傷が新たに生まれたが、浅い。

 これはいかなる事か?アサイラムをも上回るニンジャ動体視力をお持ちの方は是非教えて頂きたい。あるいは時間を巻き戻すしか無い!空中で肋骨に捉えられたニンジャスレイヤーは、空中でそのまま身体を捻り、上下を逆さにしたのだ。そして落下!敵の肋骨グラップリングを利用したアラバマ落としだ!

 肋骨で捉えられる瞬間、彼はまず身体を瞬時に背向け、あえて掴ませた。そして斬撃の途上にボーンアーマーが位置するように落下したのだ!ゴウランガ!なんたる瞬間的状況判断か!……バラバラに切断されたボーンアーマーの身体は橋の左右を落ちてゆき、下の倉庫空間に散乱した。インガオホー!

「……役立たずめが!」アサイラムが罵り、逆立ちのニンジャスレイヤーへ斬りかかる!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは腕の力だけで逆立ち姿勢から跳んだ!斬撃を回避!そしてそのまま、両脚でアサイラムの首を挟み込む!「グワーッ!?」

「少なくともオヌシのイアイの斬れ味だけは証明できた事よ」「おのれーッ!」もがくアサイラム!ニンジャスレイヤーは上体を勢いよく屈し、勢いをつける!そして身を反らす!「イヤーッ!」アサイラムの身体がニンジャスレイヤーとともに回転!床に脳天から叩きつけられる!「グワーッ!」

「アバ……アバーッ!」アサイラムは苦悶し、血を吐いて橋の上を転がった。ニンジャスレイヤーは踵を振り上げ、頭を踏み砕こうとした。「アバーッ!ウオオーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが踵を振り下ろす!アサイラムは転がってギリギリで回避!手摺の隙間から転がり落ちる!

「覚えておれーッ!ニンジャ……スレイヤーッ!」アサイラムは遥か下へ落下!下にあった木材コンテナを粉砕破壊すると、中の粉状物体が粉塵めいてもうもうと立ち込める!ニンジャスレイヤーは見下ろす……仕損じたか?だが今は為すべき事がある!彼はノレン方向へ向き直った。

「……」ニンジャスレイヤーは眉根を寄せた。カシャ、カシャ、と音を立て、向こう岸のノーレン側の崖状の壁を登ってくる者がいるのだ。すぐにわかった。フォレスト・サワタリである。両手のダガーナイフを壁に突き刺しながら登ってくる彼の首に、別のニンジャがしがみついている。

「サイゴン……ホーチミン……サイゴン……ホーチミン……」呪詛めいた呟きとともに、フォレストがぐんぐん壁を登ってくる。登り終えると、しがみついていたニンジャは何やらぶつくさ呟き、その背を離れた。ニンジャスレイヤーと目が合った。ニンジャスレイヤーを指差し、フォレストに尋ねている。

「ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン。此奴は我が隊に加わったディスカバリーである」フォレストが言った。「ニンジャスレイヤー=サン。露払いご苦労であった。お前が敵軍に与えた被害は甚大だ。存分な働きである」「……」「もはや我が軍は敵城塞を突き崩すに充分であり、休まず進軍する!」

 フォレストは言い放つや、身を翻し、ノレンの奥へ飛び込んで行った。ディスカバリーと呼ばれたニンジャはしかめ面で肩をすくめて見せ、その後に続いた。ニンジャスレイヤーも走り出した。その遥か下、ボーンアーマーの無惨に切断されたバラバラ死体と、粉塵の中で苦悶するアサイラムが残された。

 

◆◆◆

 

 すすめ!すすめ!すすめ!すすめ!銃声と爆発音、ジェット機の通過音がフォレスト・サワタリの周囲で渦巻いた。フォレストは後続の味方たちを叱咤した。洞窟は狭く薄暗い!だが敵は変幻自在だ、ゲリラ達は穴を自在に往き来して獲物を殺す!何人もの仲間が餌食になってきた。油断すべからず!

「サイゴン……ホーチミン……グエン・グエン・グエン・グエン・グエン・グエン・グエン・グエン」フォレストはダガーをベルトへ戻し、弓矢を構える。彼は獣だ。手負いの、飢えた獣だ。洞窟がひらける。光が瞬いた。明るい!彼は眼下の光景を注視した。ミサイル発射基地の管制コンピュータ群!

「これは……ソビエト製」フォレストは唸った。「ここまで戦力を展開しておったか。ナムからワシントンを直接核攻撃する気か」彼は戸口に潜んで、壁を背に、慎重に覗き込んだ。「……非常にまずいな……だが……」

 彼は管制コンピュータを前に繰り広げられる戦闘を見守った。コンピュータを操作するヨロシサンのサラリマンらを前に、敵将サブジュゲイター、そして……ハイドラ!「グワーッ!」蹴り上げられたのはニンジャスレイヤーの仲間、ディテクティヴ!そこへサブジュゲイターのスリケンが突き刺さる!

「ハイドラ……」フォレストは目を細めた。何をしている?事情如何では軍法会議にかけねばならぬ。「ハハハ、あんたのお仲間、一足先に暴れてるな!だが劣勢じゃねえか?」追いついたディスカバリーが言った。「ハイドラってのは、アレだろ?ヒョロっちい奴。洗脳済だな、ありゃあ」

「データ類は!」サブジュゲイターがサラリマンを振り返った。サラリマンの一人がフロッピーを高く差し上げた。「こちらに!これさえあれば引き続き……」「でかしました!」サブジュゲイターは叫んだ。そしてディテクティヴを睨む「このドブネズミめ!」38

「ビョーキトシヨリヨロシサン。ビョーキトシヨリヨロシサン。ビョーキトシヨリヨロシサン」ディテクティヴのもとへ、ハイドラがのしのしと向かってゆく。「奴のジツは、ああまで深いか」「そうさ。何しろ俺の完成形だ。たいしたもんだ。今のあのハイドラは、ロボットと一緒さ」「……そうか」

 フォレストはおもむろに弓矢を構え直し、サブジュゲイターを狙った。ディスカバリーが言った「本当にやるのかぁ?」答える代わりに、フォレストは引き絞った矢をサブジュゲイターへ放った。

「フォレスト・サワタリは……。……!」サブジュゲイターは斜め上に手を翳し、飛来した物体を掴み取った。「訊く必要は無くなりました。ドーモ。フォレスト・サワタリ=サン」彼は呼ばわった。ディスカバリーが進み出て、横に立った時、彼の顔は険しくなった。「貴方は」

 己の当惑と逡巡、恐れ、これまでの己の歩みに対して油断すれば沸き起こる疑念、悔悟……そうしたものをフォレストは、グエン・ニンジャの戦闘本能で……時にはベトコンに、時には米兵に感情移入する擬似記憶で……塗り潰そうとした。彼の心は引き裂かれた。彼は咆哮した。「AAARGHHH!」

 フォレストは弓矢を投げ捨て、瞬時にマチェーテ2刀を抜き放つ。「全軍!突撃せよ!」彼は吠えた。「おう!ゆくぞ!突撃!」兵士達が口々に応えた。「ドーモ。ディスカバリーです」ディスカバリーがフォレストの横でアイサツ!フォレストもまた叫んだ!「フォレスト・サワタリである!イヤーッ!」

 フォレストは手摺を飛び越え、そのまま下へ跳躍した!マチェーテを交差して構え、両膝を曲げて落下する。「イヤーッ!」サブジュゲイターが迎撃のスリケンを投擲!「イヤーッ!」フォレストはマチェーテを投げ返す!スリケンが空中で炸裂!BOOM!破片がフォレストを狙う!

「イヤーッ!」フォレストは編笠を盾めいて構え、炸裂弾を受ける!「イヤーッ!」サブジュゲイターは後方へバック転!一瞬後、フォレストがその地点にマチェーテを叩きつける!「アイエエエ!」間近のサラリマンが悲鳴を上げ失禁!その首が二撃目のマチェーテで刎ね飛んだ!「アバーッ!」

「ミサイル発射阻止!イヤーッ!」フォレストはさらにUNIXデッキに拳を叩き込み破壊!「イヤーッ!」そこへ後ろから飛びかかり、組み付いたのはハイドラだ!「イツデモヨロシサンイツデモヨロシサン」「グワーッ!」振りほどこうともがく!だがハイドラのニンジャ腕力は強く、果たせぬ!

「アーララ、どうしたもんかな、こりゃァ」手摺に肘をついて思案するディスカバリーの横を駆け抜ける一陣の風あり!「イヤーッ!」赤黒いニンジャは一切の躊躇無く跳躍すると、サブジュゲイターにトビゲリ・アンブッシュをかける!「イヤーッ!」サブジュゲイターは両腕を交差しこれを防御!

 ニンジャスレイヤーである!ニンジャスレイヤーはサブジュゲイターを蹴った反動でフォレストに組みついたハイドラの頭部にジゴクめいた二段目の跳び蹴りを叩き込む!「グワーッ!」ハイドラの首がちぎれ飛び、サーバー機器にグシャリと衝突!頭部を失ったハイドラはしなだれ落ちる!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは着地と同時にバック転で飛び離れ、ガンドーのすぐそばへ着地!「おう、暗号はいただいた……」ガンドーは朦朧としながら呟いた。その周囲をモーターチイサイがくるくると飛び回る。「重点!重点!」「潮時だ、あいつらに任せてオサラバしようや」

「貴方は社のデータにも重点されています」サブジュゲイターがニンジャスレイヤーを睨んだ。「ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン。サブジュゲイターです」「ドーモ。サブジュゲイター=サン。ニンジャスレイヤーです」「では、アサイラムとボーンアーマーは」「そういう事だ」

「イヤーッ!」そこへフォレストが斬りかかる!「イヤーッ!」サブジュゲイターはブレーサーで刃を受け、膝蹴りを返した。「グワーッ!」フォレストは身体を折り曲げ、後ずさる。その動きに精彩無し!「身体……ヌウーッ!」「貴方には学んでいただきたいものです。大人しくカイシャクされなさい」

 倒れていた首無しのハイドラが痙攣し、新たな頭が音を立てて生えた。そして跳ね起きた。「ビョウキトシヨリヨロシサン」苦しむフォレストを掴み、反対側の壁へ投げつける!「グワーッ!」壁に蜘蛛の巣状の亀裂が走り、フォレストが大の字に磔めいた!「その虫は始末してください、ハイドラ=サン」

「ビョウキトシヨリヨロシサン……」「ハイドラ」かろうじて着地したフォレストはククリナイフを抜き、構えた。「おれがわからぬか」「ビョウキトシヨリヨロシサン」三つの目が戦闘的に輝く。フォレストは無感情に言った。「ならば殺す。おれの命をくれてやるわけにはいかん」

「貴方はここに何をしに来たのですか?」サブジュゲイターはニンジャスレイヤーに向き直った。「あの狂人に力を貸す理由は?」「答える必要無し」ニンジャスレイヤーは言った。彼はガンドーを振り返った。「立てるか」「しんどいがなァ」大儀そうに立ち上がる。サブジュゲイターはカラテを構えた。

「貴方がたを逃がす必然性が私にはありません」彼は冷たく言った。「見たところ貴方も手負いだ、ニンジャスレイヤー=サン。そこのディテクティヴ=サンも重傷、フォレスト・サワタリに至っては、もはや使い物になりますまい。それがヨロシ・ジツです」「よく喋る」ニンジャスレイヤーは言った。

「前口上は十分だ。オヌシのカラテを見せてみろ」「オイ!相手にするな」ガンドーが囁いた。「俺たちはギリギリだ。しかも奴のカラテ……」「そう悲観したものでもない」ニンジャスレイヤーは答えた。「フォレストは不快なニンジャだが、このイクサでは協力者だ。はなから捨てて逃げるのは好かぬ」

「お前……」ガンドーは問いを呑み込んだ。ニンジャスレイヤーの言葉はいかにも取ってつけたようだ。むしろガンドーは彼の目と声音から、怒りを読み取った。サブジュゲイターのやり口に対してであろうか。この場で詮索するのも時間の無駄だ。ガンドーは銃を構えた。「俺は疲れてる。期待するなよ」

「イヤーッ!」フォレストめがけ、ハイドラが踏み込みながらのストレートを繰り出す!フォレストはそれを躱そうとする。「グワーッ!」回避が遅れ、その拳がフォレストの顔面を捉えた。フォレストはのけぞった。のけぞりながらマチェーテを繰り出した。ハイドラの腕が切断され撥ね飛ぶ!

「イヤーッ!」ハイドラはまるでひるむ事が無い!フォレストのみぞおちにミドルキックを叩き込む!「グワーッ!」フォレストは防御しきれず、それをまともに受ける!「イヤーッ!」さらにハイドラは無事な方の手を振り下ろし、フォレストの肩にチョップを叩き込む!「グワーッ!」

「イヤーッ!」地面に膝をつきながら、フォレストがマチェーテを繰り出す。「グワーッ!」ハイドラの片足を切断!ハイドラは床に手を突き、支えた。するともう一方の切断された腕が音を立てて生え変わり、フォレストの顔を掴んで、床に叩き伏せた!「イヤーッ!」「グワーッ!」

 そのさまを、ディスカバリーは天井近くの戸口から見下ろしている。だがその目はよくよく見れば傍観者のそれではない。彼は眼力で穴を穿とうとするかのような鋭い眼差しで、ハイドラを注視しているのだ。

 不意にその目から血が流れ出す。「キツいぜ」ディスカバリーは呟き、それから叫んだ。「もう一回、アレだ、頭、やれねえかよ!」「ヌゥーッ」フォレストは起き上がろうとする。やはりその動きは生彩を欠く!「イヤーッ!」ハイドラの脚が生え変わり、フォレストの顎を蹴り上げた!「グワーッ!」

「プロトタイプ!何かしているな?」ニンジャスレイヤーとチョップを打ち合いながら、サブジュゲイターが叫んだ。「私に害を為す事は許しません」「プロトタイプはもうヤメだよ。俺はディスカバリーだ、サブジュゲイター=サン。悪いな!」ディスカバリーは叫び返した。「仕事を頑張るんだよ!」

 ディスカバリーは背後を振り返り、狼狽した。「いけねえ」手摺を乗り越え下へ飛び降りる!「イヤーッ!」直後、戸口から続々とクローンヤクザ達がエントリーしてくる!「ザッケンナコラー!」サブジュゲイターによる操作だ!クローンヤクザはディスカバリーめがけ銃撃を開始!「スッゾコラー!」

 するとガンドーが別方向からそれらクローンヤクザめがけ両手のチャカ・ガンで射撃!ディスカバリーを援護するかたちとなる!彼なりのニンジャ判断力の発揮だ。ディスカバリーには状況を打開する何かがあると踏んだのである。BLAM!「グワーッ!」BLAM!「グワーッ!」

「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの肘打ちがサブジュゲイターの脇腹を強打!「イヤーッ!」「グワーッ!」飛び膝蹴りがサブジュゲイターの顔面を強打!転倒し、受け身を取って起き上がる!ニンジャスレイヤーはジュー・ジツを構え直す。「気が散っているようだが、大した余裕だな」

「イヤーッ!」サブジュゲイターが両手で二枚のスリケンを同時投擲!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは二枚のスリケンを投げ返し迎撃!サブジュゲイターのスリケンが炸裂すると、流麗なブリッジを繰り出してそれらを回避!「アイエエエ!」生き残ったサラリマンがサーバー機器の陰で泣き叫ぶ!

「ビョーキトシヨリヨロシサン。ビョーキトシヨリヨロシサン」ハイドラが倒れたフォレストをカイシャクすべく迫る。「イヤーッ!」フォレストは武器帯から新たなククリナイフを抜き放ち、寝たまま投擲!地面すれすれを飛んだ刃がハイドラの両足首を切断!「グワーッ!」

 床に両手をつくハイドラ!フォレストは起き上がりざま、さらなる武器を……頭に被った編笠を投げつけた!「イヤーッ!」ニンジャ腕力のこもった投擲、編笠は回転飛行し、円形の縁でハイドラの頭部を切断!「グワーッ!」さらにフォレストは竹槍を構え、頭を失ったハイドラへ突進!「イヤーッ!」

「グワーッ!」バイオバンブーの鋭利な切っ先がハイドラの胸の中心を貫通!「サヴァイヴァー・ドージョー・イチノタチ!」フォレストは叫んだ。恐るべき連続攻撃!編笠ブレードは隠し持った奥の手であり、めったに用いる事は無い。無惨な貫通体となったハイドラはバイオ血液をまき散らし痙攣!

「やりやがったな!」駆け寄って来るのはディスカバリーだ。フォレストはバンブーを持ち上げ、ハイドラの体を旗めいて掲げる!「なにか出来るのか!ディスカバリー=サン!」「試すだけ試してみようじゃねえか、お仲間なんだろ」彼はハイドラめがけ両手を突き出した。「俺の仲間でもあるんだろ」

「スッゾコラー!」クローンヤクザが上から銃撃を試みる。ガンドーは撃ち尽くしたチャカ・ガンを投げ捨て、更なる予備のチャカ・ガンを構えて撃ちまくった。ヤクザ達が次々死んでボロボロと落下してくる。「何でもいいが何かやるなら早くしろ」ガンドーは言った。「帰りたくてしょうがねえんだ!」

 クローンヤクザはヨロシ・ジツの影響で通常ヤクザより遥かに強い兵隊となる。だがサブジュゲイターは現在、ジツを存分に用いる事ができていない。ニンジャスレイヤーのせいだ!手負いでありながら凄まじきカラテだ。サブジュゲイターは己のニューロンをカラテ戦闘に注ぎ込まざるをえない!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」チョップがぶつかり合う!「イヤーッ!」イヤーッ!」ハイキックを互いに回避する!「イヤーッ!」「イヤーッ!」裏拳がぶつかり合う!「イヤーッ!」「イヤーッ!」メイアルーアジコンパッソを互いに回避する!

「何?」蹴り終えたサブジュゲイターは思わず呟いた。次の瞬間、彼は吹き飛ばされ、ちょうどフォレストが先程叩きつけられた場所に、大の字に釘付けにされていた。「グワーッ!」蜘蛛の巣状のヒビが更に拡がる!肩と背中!ニンジャスレイヤーの肩と背中の当て身を受けたのだ!ボディチェック!

「今か?」ディスカバリーが呟いた。彼は突き出した両腕に力を込めた。「イヤーッ!」すると、バイオバンブーにケバブめいて突き刺さったハイドラの身体が一瞬激しく痙攣!ディスカバリーの両目から血が噴き出す!「グワーッ!」「ディスカバリー=サン!」「剥がした!ぞ!」苦悶し、両膝をつく!

「イヤーッ!」フォレストが竹槍を打ち振ると、ハイドラの身体は槍から剥がれ、地面に仰向けに叩きつけられる!直後、その頭部と両足が再生!「グワーッ!グワーッ!」「ハイドラ!無事か!おれがわかるか!?」「グワーッ!グワーッ!」胸の穴からバイオ血液が噴出!跳ね起きる!「ウオオーッ!」

「何の真似をーッ!」サブジュゲイターが激昂し、フォレストとディスカバリーめがけスリケンを投げつける!そこへ壁めいて立ちはだかったのは……ハイドラだ!一秒後、突き刺さった二枚のスリケンが炸裂!「アバーッ!」ハイドラの身体は胸から上がUの字に抉られ消失!仰向けに転倒!

「ハイドラ!」フォレストが、痙攣するハイドラの身体へ叫んだ。「戻ったか?戻ったな!」ハイドラの身体はブルブルと震えている。ディスカバリーは目の血を拭い、立ち上がった。「張り切りすぎたなァ、俺は」その横を足早に通り過ぎ、サブジュゲイターめがけ接近する……ニンジャスレイヤー!


8

 サブジュゲイターは体勢を立て直し、迫り来る敵に対応しようとする。ニンジャスレイヤーの燃えるような目は……その殺意は、敵を一方的に服従させる為に作られ、事実これまで一度の挫折もなく淡々と勝利してきたこのバイオニンジャの心臓を、死神めいた冷たい霊的鉤爪で鷲掴みにしていた。

「イヤーッ!」サブジュゲイターは炸裂スリケンを投擲!「イヤーッ!」まるでそれを見越したかのように、既にニンジャスレイヤーはスリケンを投げ終わっていた。BOOM!炸裂スリケンはサブジュゲイターの目と鼻の先で迎撃され、爆発!「グワーッ!」

 この局面での炸裂スリケンへの過度の依存は実際悪手であった!サブジュゲイターは全身から出血し、身悶えする!非凡なニンジャ回復力がすぐに治癒して行くが、ニューロンの動揺は彼自身も驚くほどに深い!「貴様は何者だ!」サブジュゲイターは叫んだ「私は秩序そのものだ。秩序へ牙を剥くか!」

「イヤーッ!」「グワーッ!」拳がサブジュゲイターの顔面に叩き込まれる!よろめくサブジュゲイターを追撃するかわり、ニンジャスレイヤーは拳を握り仁王立ちした。そして低く言った「秩序だと?企業?システム?……何するものぞ……芝居の書き割りにも劣る虚飾を傘にきるか、道化め!」

 ヨロシサンの最新プログラムをニューロンに直接刻み込まれ、強靭でしなやかなバイオ筋肉とあいまって、並のニンジャ憑依者では相手にならぬカラテを生まれながらに身につけたサブジュゲイターであったが、今やニンジャスレイヤーは、彼のエリート・カラテを呑み込もうとしていた……憤怒によって!

 彼の怒りとはニンジャへの怒りであり、即ち、突き詰めればそれは理不尽な抑圧に対する怒り、他者の命をいたずらに弄んで省みぬ者たちの無自覚な悪意に対する怒りであった。彼はサブジュゲイターの、ヨロシサン製薬の行いのその先に、象徴的な邪悪を見出していた。彼はジュー・ジツを構え直す……。

 サブジュゲイターはもはや壁を背にしていた。彼はハイドラを見た。音を立て、失われた上半身が再生した。「グワーッ!」震えながら起き上がる。傍に立つディスカバリーがサブジュゲイターを見た。「アンタの助けにはならんな、こいつはもう。俺も痛い思いをしたんだ。納得してくれねえか」「何……」

「ハイドラ!わかるか!」「ボス?」ハイドラはフォレストを見返す「アンタと戦ってたな、俺は。苦しいし腹が減った」ハイドラは床に散らばる己の四肢を見た。「夢じゃねえのか。これ以上やったら死んじまう」「バカめ……」フォレストは俯いた。ディスカバリーは言った。「な?感動的再会ってわけよ」

 サブジュゲイターは上を見た。クローンヤクザの最後の一人が心臓を撃ち抜かれ、手摺を乗り越えて落下するところだった。サブジュゲイターはディテクティヴを見る。数箇所を撃たれており、気力で立っているような有様だが、サブジュゲイターの視線に気づくと不敵に笑い、ガン・スピンをして見せた。

「ヌゥーッ!」サブジュゲイターは唸った。カラテを。目の前のニンジャスレイヤーを排除するカラテを……ニンジャスレイヤーがワン・インチ距離に接近、中腰に……「イヤーッ!」「グワーッ!」突き出された拳が腹部を直撃!ポン・パンチだ!サブジュゲイターは身体をくの字に折り曲げ吹き飛ぶ!

「グワーッ!」KRAAAASH!三たびニンジャの衝突を受けた壁が、ついに砕ける!サブジュゲイターは壁を粉砕しながら奥の闇に落ちていった。「イヤーッ!」フォレストが間髪いれず回転ジャンプし、穴の淵に飛びついて、その奥の闇を凝視した。「……地下水路」「水路か」とディスカバリー。

 なんたる事か?壁を隔てた向こうは川の流れる天然の洞穴であった。天然であるが、岩壁には警戒色のペイントや「出禁」のカンジが施されている。ニンジャスレイヤーはザンシンを解き、振り返るディスカバリーを見た。「水を引き込んでいるんだ、この施設に」ディスカバリーは言った「逃げられたな」

「やるか、お前ら。やらねえよな」ガンドーが銃底で首を叩きながら近づく。「やるなら今度だ。わかったな」よろめく長身を、ニンジャスレイヤーが咄嗟に支えた。フォレストは編笠を被り、マチェーテをしまった。「援軍要請によくぞ応えた。素晴らしい戦果だ。その点、感謝させてもらいたい」

 UNIXモニタが点滅し、ナンシーのメッセージが映る。「念の為ここのデータを全消去」「だとよ」ガンドーは言った。「カートゥーンではこの後、施設が自爆したりするンだ。だからさっさと退散したほうがいい」 「……」「今日は何人やった?1、2、3、4、5……殺し損ねもあるが、十分だろ」

「アイエエエ」サーバー機器の陰で、生き残りサラリマンが震えた。「殺すな」ニンジャスレイヤーがフォレストを見た。フォレストは答えず、いまだニンジャスレイヤーを睨むハイドラの肩をどやした。「撤退する。戦果報告と軍法会議は後だ」「ボス……そいつは誰だよォ」「新入りだ」「後輩か!」

 

◆◆◆

 

 ビョーキトシヨリヨロシサンビョーキトシヨリヨロシサンビョーキトシヨリヨロシサンビョーキトシヨリヨロシサンビョーキトシヨリヨロシサンビョーキトシヨリヨロシサンビョーキトシヨリヨロシサンビョーキトシヨリヨロシサンビョーキトシヨリヨロシサン目覚めたか。サブジュゲイター=サン」

 サブジュゲイターは己のいる場所を認識しようとした。安らぎフートンを跳ね除け、立ち上がった。患者キモノを着せられている。部屋の隅には己のニンジャ装束が畳まれていた。茶室めいてごく狭い。窓も無い。壁と同じ水色の四角い扉、目の高さに格子窓がある。その向こうに人影がある。

「お前は無事救助された。社員数名と共に。大儀であった」「ここは」サブジュゲイターは声の主を訝しんだ。合成音声めいた、だが不快では無い、ともすれば音楽的な声であった。格子の向こうで来訪者が答える。「ヨロシサン製薬本社だ。お前はネオサイタマに移送された」「今は……いつです」

「予測外インシデントが重なった結果であるから、お前はケジメやセプクをせんでいい。お前は社の安全保障の要であるから」「失礼ですが……貴方は?」「休むがよい、サブジュゲイター=サン。ただ休むがよい。社に忠実であれ」「貴方は……」フードを被った人影の正体は定かで無い。

「お前の野心ももっともである」人影は唐突に言った。サブジュゲイターは背筋に氷を当てられたような衝撃を受けた。「お前は優れた存在であるゆえに」「……」「だが、お前はヨロシサンのニンジャを知らぬ。私を知らぬ。それがお前のウカツであり、不幸であった。私はお前をアワレに思う」

「貴方は?」「休め、ただ休め、サブジュゲイター=サン」「貴方は……」人影は身を翻した。再び眠気が襲ってきた。サブジュゲイターは倒れた。

 

◆◆◆

 

 かつてオフィスであった廃ビルのフロアにおいて、光源はUNIXモニターと、そこへLAN直結した小型ドロイドの赤い光のみ。弱い電子の灯りが、モニタを覗き込むナンシー・リーの顔を一色で照らす。その側でニンジャが一人アグラし、もう一人は、大の字に身を投げ出す格好で仰向けに寝ている。

 日の出の光がゆっくりと地平に滲み、廃ビルに明かりが差し込みつつあった。フロアを沈黙が満たしている。平和と言っても良い。……「ウオッ!」大の字に寝ていたガンドーが跳ね起きた。「グワーッ!」裸の上半身は包帯まみれで、顔の右半分が特に痛々しい。「今何時だ?日の出か、畜生め」

「もう少し寝ていても良かったのに」ナンシーが言った。ガンドーは唸った。「寝れば全部怪我が治るとか、ねぇんだな、ニンジャでも……こいつは?寝てンのか……」「起きている」アグラし、目を閉じたまま、ニンジャスレイヤーが答えた。

 施設脱出からわずか数時間。この後も、すべき事が山積みだ。「ZBRはねえか」「怪我、治らないでしょ」「ナンシー=サン。俺にはな、俺にはアレが必要なんだ、わかってほしい」「ニンジャスレイヤー=サンの真似でもしてみたら?」「アグラかァ?」「私もやってみようかしら。肩も凝ったし」

「アー」ガンドーは頭を掻いた。ニンジャスレイヤーは目を閉じたまま、規則正しい呼吸を続けている。ガンドーとナンシーはニンジャスレイヤーに向かい、車座のようにそれぞれアグラした。「こッぱずかしいな」「目を閉じて」「寝ちまうよ」アグラする三人が朝日を受けて逆光に黒く染まった。

 

◆◆◆

 

 荒地の高台で、彼らは荼毘を囲んだ。フォレスト・サワタリはナムアミダブツを唱えながら、その周囲にトーチを突き立てて行く。厳かな儀式アトモスフィアの中、皮肉屋のディスカバリーでさえも沈黙を守る。荼毘に火が移され、朝の空に火の粉と煙が登ってゆく。

「ウオーッ。……ウオーッ」ハイドラが堪えきれず、唸り声を上げて、両手で地面を殴りつけた。止める者はいない。セントールはサヴァイヴァー・ドージョーの旗を掲げた。フォレストはチャントを唱え終えると、クランの者達を振り返った。「おれたちはサヴァイヴした。おれたちの闘争は続くのだ」

「ウォーッ……」「構わん、ハイドラ。今はただ弔うべし」ディスカバリーは、やや居心地悪そうにしていた。セントールは微動だにしない。「……終わりかい」やがてディスカバリーが言った。「そうだ」フォレストは頷いた。「我らの闘争に戻る」

「これからどうすンだ」とディスカバリー。「決まってんのか」「否」フォレストは首を振った。「我らは遊撃兵なのだ」「遊撃兵?あのよォ、これから一緒にやっていくにあたって、もっと詳しいところを教えてくれねえと、俺も……色々わからねえんだよな、アンタらに対してどう接するかとかよォ」

「お前!お前、なんか、うるせえぞ!」ハイドラが口を出した。「新入り!遠慮とかをしろよ」「そりゃ、悪かったなァー」ディスカバリーが睨み返した。「ヌウーッ!黙れ、貴様ら」フロッグマンが苦しみながら声を絞り出した。「ディスターブド=サンの……弔い、ゲホッ」「無理すンなよ、アンタも」

 ディスカバリーはフロッグマンを見た。メディキットの重点処置により、どうにか一命を取り留めた格好であるが、いまだ重篤。バイオカエルが動かせるかも定かで無い。この丘にはセントールが背に載せて運んで来た。それだけでも身体に障るが、フロッグマンは待機命令を頑として聞かなかった。

「ディスカバリー=サン。お前のジツが実際大事だ」フロッグマンが掠れ声で言った。「お前は……アンテナできると言ったな」「できる」 ディスカバリーは頷いた。「離れた場所にひとつふたつ、見た事がねえ奴の存在を感じる。敵かも知れんし、手がつけられん奴かも。責任は取れんよ。洗脳も無理」

「バイオインゴットの所在もアンテナできると……」「できる」ディスカバリーは頷いた。フロッグマンは呻いた。「今まで俺たちは、当てずっぽうでやってきた。もう少し、効率的に……フゥー」辛そうに息を吐いた。フォレストが言った。「……よし。我らはまだ見ぬ仕官者を見出す旅に出る」

「厄介ごと増えるかもしれんよ」ディスカバリーは繰り返した。ハイドラが指差した。「お前、生意気だな!ボスが言ってるんだから、そうするんだろ!」「こいつみたいな奴が増えたら俺はたまらんなァ」「なんだと!」「黙れ!」とフロッグマン。

 フォレストは咳払いし、全員を見渡した。「我らの戦場は苛烈だ。いずれまた戦死者が出よう。軍備増強はクランの命題だ。サヴァイヴァルの為に」「そうか」ディスカバリーはあえて(その後どうする?)という問いを発さずにおいた。フロッグマンが呻いた。「頼んだぞ」「アンタは早く治ってくれよ」

 噴き上がった煙はやがて雨雲を呼び、サヴァイヴァー・ドージョーはにわか雨に打たれた。トーチの炎がひとつ、またひとつと消えて行った。


【オペレイション・レスキュー】終


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