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【ナイス・クッキング・アット・ザ・ヤクザ・キッチン】

◇総合目次 ◇エピソード一覧
この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版は上の物理書籍に収録されています。第2部のコミカライズが、現在チャンピオンRED誌上で行われています。


ナイス・クッキング・アット・ザ・ヤクザ・キッチン



 狭いバーカウンターに座りながら、ジェイクは己の判断ミスを呪っていた。おそらく一杯数万円と思われるホット・サケを呷りながら、持ち合わせの装備を頭の中で再確認する。LAN直結型拳銃1挺、電磁ドスダガー1本、隠し味に各種グレネード少々。サイバネ置換された両手にすら汗が滲む気がする。

 店内に客は彼ひとり。支払いを拒否した哀れなサラリマンは、先程ショウジ戸の奥に連れて行かれ、まだ帰って来ない。カウンター向こうのキッチンにはヤクザサングラスにスーツ姿の、屈強なヤクザが三人……手を後ろに組んで威圧的に立つ。まるで三つ子のように身体的特徴は同じ。

 ウシミツアワーの時報が鳴る。「「「ラストオーダーの時間です」」」ヤクザが同期機械めいて喋った。(((噂のクローンヤクザか……ますますツイてないな、ラッキー・ジェイク!)))彼はニューロンの中で悪態をつく。一般市民は知らぬが、日本暗黒社会では既にクローン技術が実用化されている。

 当然ながら、それを知るジェイクも表社会の人間ではない。身体の各所にサイバーギアが埋め込まれ、防弾サイバネ処理を施した上にフェイクスキンを貼られた胸郭は「SHOOT撃つ↑」と2カ国語で書かれた強化Tシャツで覆われ、装備を隠すのに最適な耐重金属酸性雨ダスターコートを羽織っている。

「テッパンヤキをください」「「「焼き方は?」」」「ミディアムレアでお願いします」ジェイクは流暢な日本語で返す。脳内に埋め込まれた言語変換UNIXによって、ほぼリアルタイムで英語から日本語への翻訳が可能だ。クローンヤクザたちは仏頂面のまま、カウンター前の大型鉄板で調理を始めた。

 ジェイクは日本の生まれではない。最先端の違法生体LAN端子インプラント手術を受けるため、偽造ハンコを使い、キョート経由でネオサイタマに潜り込んだ不法入国者である。闇サイバネ医者の手術は実際素晴らしかった。だが不運なことに、支払い方法についてはいくつか行き違いがあった。

 賞金首となった彼は、偽造素子もハンコも失ってしまったため、故郷へと戻るには、かなりのカネとコネを作る必要があった。だがジェイクは前向きに考えた。犯罪都市ネオサイタマで手術を受けただけでなく、非合法ビズをこなしつつ生還したとなれば、帰国時に経歴にハクがつくだろうと思ったからだ。

 ラッキー・ジェイクはそれから1年間、ドブネズミめいて生き延び、ネオサイタマの生活に順応していった。快適とすら思え始めていた。だが今夜はとびきり不運だった。ブツメツの概念が彼にあったならば、今夜昔の女に会おうなどとは思わなかっただろう。彼は賞金稼ぎに襲撃され、モモコも死んだ。

 腕利きのスラッシャーに追跡を受けながら、ジェイクは立体迷宮の如き超高層猥雑ネオン街を駆けた。「ツボ」「マロマ」「ノパン」「押す」……神秘的なカンバンの明滅に溶け入るようにして逃げ続けた彼は、念には念を入れ、このテッパンヤキ・バーに逃げ込んだのだ。それがそもそもの間違いだった。

「おいしいサケですね」ジェイクが言う。ヤクザたちは黙々とテッパンヤキを作る。どうやって彼らを殺すか、ジェイクは冷静にシミュレーションする。カウンターの三人は恐らくLAN直結拳銃で一気に撃ち殺せるだろう。問題は……あの男だ。彼は割り箸立てに手を伸ばす自然な動きで、左手を見る。

 ホール奥にはジューウェアを着た用心棒らしき日本人がひとり。そのベルトは黒い。彼は高級革張りソファでサケを呑み、低俗なオスモウ中継を見ている。ジェイクはカラテの恐ろしさを知っている。ニンジャなどはくだらぬ幻想だったが、カラテマンは実在する脅威だ。ジェイクの額に汗粒が生まれる。

「アアーッ!さらにこれは大変だ……ズバリ・ナオミ!悪徳マネージャーのズバリ・ナオミが、西軍マネージャーのヨシコにネンゴロ行為だ!客席からは大変なブーイングだ!行司はシックスフィート・アンダーに警告するのに夢中で見えていない!」「クソ試合だ」カラテマンが吐き捨てるように言う。

「おい、サケ追加だ」男はキッチンに声をかける。「「「ハイヨロコンデー」」」クローンヤクザたちが反応した。願ってもいない好機到来だ。(((ヤクザがサケを運びにいく隙をついて仕掛ける……右から左へ……1、2、3、4…)))ジェイクが拳銃に手を伸ばしかけた、その時。「来客ドスエ」

 ナムサン!追跡者か!?だが自動電子マイコ音声とともに扉を開けて現れたのは、黒スーツ姿の客三人。ジェイクは舌打ちし、僅かに浮かせた腰を再び椅子に沈める。ニューロンがチリチリし始めた。男たちはコートを脱ぎながら一列で歩き、全員同時にバーカウンターに座る。……まさか、この者達は!

 隣に座った三人組は全員が同じ黒スーツにサングラス!……さらにその顔立ちまでも…おお、ナムアミダブツ!いまやそれは六つ子だ!(((……クローンヤクザ!ホーリーシット!)))ラッキー・ジェイクは歯噛みした。「「「サケを」」」しかもラストオーダーなど存在しないかのような注文態度!

 重苦しいアトモスフィアが店内に満ちる。不味そうな合成肉テッパンヤキが焼き上がり、ジェイクの席に供された。彼はそれをナイフとフォークで切りながら、殺戮プランの練り直しを行う。これほどの修羅場は久方ぶりだ。(((虎の子のガスグレネードを使うか……温存しておきたかったが……)))

「美味しいお肉ですね。ノパン・サービスはありませんか?オイランは?」ジェイクが和やかに聞く。ノパンは闇世界の符丁であり非合法な性的サービスを指す。クローンヤクザは互いに顔を見合わせ、何も答えない。「テッパンヤキには付き物でしょ?さっきの客は奥でサービス中?」ジェイクが笑う。

「初めてなので、緊張してきました。ちょっとトイレへ。ああ、わかりますよ。あっちでしょ」ジェイクは脳内UNIXの機械翻訳能力に感謝しながら、「男性」と書かれた緑色ネオン光のドアへ向かう。慣れないホット・サケが回っているかのように、途中、少し足元をふらつかせて見せる。上出来だ。

 薄汚い個室便所のドアが閉まる。クローンヤクザは顔を見合わせて頷き、その場でゆっくりと懐へ手を伸ばした。……チャカ・ガンのお出ましだ。全員が無表情のまま、トイレのドアに銃を向ける。ジェイクを出迎えるのはノパン・オイランではない。ブラックホールめいて無機質で黒い6つの銃口だ。

 ジェイクは体を店内に向けたまま、便器の横で口笛を吹く。そして水を流しながら、ハンドヘルドUNIXにコマンドを送った。ピボッ。

 KABOOOM!カウンター下に忍ばせておいた小型グレネードがIRCトリガによって起動!突如爆発!「「「「「「グワーッ!」」」」」」直後、無色の神経ガスが店内に拡散され、クローンヤクザの半分が卒倒!「「「ザッケンナコラー!」」」辛うじて残った3人がチャカ・ガンでトイレに射撃!

 BLAM!BLAM!BLAM!弾丸がトイレの扉を撃ち抜く直前、ジェイクはそれを内側から蹴り開けて前方へとダイブ!ヤクザの銃弾が頭上を掠めていく!「死んでください!貴方!前後している!庶子!」口元を簡易ガスマスクで覆ったジェイクは、叫びながらLAN直結拳銃の論理トリガを引く!

 BRATATATATA!LAN直結拳銃から恐るべき勢いで重金属弾が吐き出され、クローンヤクザ三人の頭部をあやまたず破壊!「グワーッ!」「アバーッ!」「ダッテメッグワーッ!」ワザマエ!その横では神経ガスで気絶したクローンヤクザ3人が鉄板で額を焼かれている。ナイスクッキング!

 ジェイクはテーブルの下から素早く身を起こす。すでにクローンヤクザ6人は無力化。あとはレジから素子を奪い脱出するだけだ。しかし次の瞬間、店内を瞬時にスキャニングした彼のサイバネアイは、ある違和感に気付いた。……ジュー・ウェアの男である!

 ソファに身を深々と沈めたまま、その男は腕を組み、ジェイクの努力を嘲笑うかのように太い眉を上げて彼を凝視していた。しかもその頭部には、ガスグレネード攻撃を予想していたかのように、いつの間にかガスマスクが……いや、バラクラバめいた頭巾とサイバーメンポが装着されているではないか!

 まさか……ニンジャ?その疑念が脳内で言語化されるより速く、彼は論理トリガを引いた。重金属弾の連射!高級革張りソファが破壊され、後ろに据えられたネオントリイが砕け散る。だがジュー・ウェアの男は何処へ?血飛沫も痙攣する死体も見当たらない。直後にサイバネアイが発した警告は……右!

 (((ハヤイ過ぎる!最新鋭のサイバネ者でもこの瞬発力は……!)))サイバネアイの誤作動か。疑う暇は無し。トレス情報を信じLAN直結拳銃と上半身を右へ高速旋回!BRATATATA!カウンターの酒瓶やグラスが次々割れる!だが「イヤーッ!」敵は紙一重の側転で全弾を回避!メイジン!

 ジェイクは敵が鋭角ターンから蛇行突進してくる姿を辛うじて捕捉。論理トリガを引き続ける。当たらない。なら至近距離で頭を吹き飛ばしてやる。彼は常に前向きに検討する。ついに敵の顔が銃口のワン・インチ距離まで接近!だが……KLICKKLICK!「ガー、前後している……!」弾切れだ!

「ハッハッハッハ!」ニンジャは彼の弾切れを予測していたかのようにその位置でぴたりと止まり、ジェイクを睨んで笑った。「ハ…ハハハハハ……!」ジェイクもニンジャと睨み合い、笑った。「イヤーッ!」突如、ニンジャの痛烈な右カラテフック!「グワーッ!」「イヤーッ!」左!「グワーッ!」

 ジェイクはたった2発で打ちのめされ、ブザマに後ずさってコートハンガーごと転倒した。顔面は血塗れだ。頭の中でニューロンと内蔵UNIXがカリカリと悲鳴を上げる。しかし相手はそれ以上打ち込まず、ジェイクを睨め下ろし、立ち上がるのを待った。右手を前に突き出す挑発的な手招きポーズで。

 ジェイクは血を吐き捨て、頭を振ってから立ち上がる。そして呼吸を整えカラテを構えた。「ワオ!カラテ!」ニンジャは眉を上げてジェイクを嘲笑った。そして両手で手招きする。「イヤーッ!」怒りに燃えるジェイクは二連続のカラテストレート!ケリキック!バックスピンキックの連撃を繰り出す!

 だが敵は全攻撃を紙一重で回避!さらに側頭部を狙ったバックスピンキックを軽々と受け止めた!サイバネ強化された踵を、素手でいとも容易く!「ハッハッハッハ!」ニンジャは彼を睨み笑う。ジェイクは片脚で飛び跳ねながら唾を吐きかけた。直後「イヤーッ!」ニンジャの痛烈な拳!「グワーッ!」

 ジェイクはたった1発で打ちのめされ、ブザマに後ずさってコートハンガーごと転倒した。顔面は血塗れだ。頭の中でニューロンと内蔵UNIXがカリカリと悲鳴を上げる。しかし相手はそれ以上打ち込まず、ジェイクを睨め下ろし、立ち上がるのを待った。右手を前に突き出す挑発的な手招きポーズで。

 ジェイクは再び立ち上がり、カラテを挑んだ。彼は幼少の頃から格闘技に親しんでいた。密入国後はネオ・ロポンギの殺人カラテ・ドージョーで1ヶ月間の集中トレーニングすら受けた。並のブラックベルトが相手なら、互角以上に戦える。だがこいつは「イヤーッ!」まるで「グワーッ!」ニンジャだ。

「まだ無駄なあがきと解らんか!俺はニンジャだ!」「グワーッ……ニ……ニンジャ……ナンデ…」ジェイクは髪を掴まれ、屠殺待ちの牛めいてカウンターへと引きずられる。ニンジャは鉄板の上に油を引きながら言った。「ヤクザキッチンの警備を任され退屈していたので、貴様と遊んでやったのだ!」

「貴方!俺の周りで前後しないでください……!」「いい度胸だ」ニンジャはジェイクの顔を引っぱり、熱された鉄板のワン・インチ距離まで近づけた。汗と血が垂れ、その熱がジェイクに跳ね返る。「アイエエエエエ!」たまらず悲鳴を上げると、ニンジャは目を細め、彼の顔を再び鉄板から遠ざけた。

「いいか、これから貴様にたっぷりとインタビューしてやる」ニンジャは背筋が凍るほど残忍な口調で言う。ジェイクはすぐ横で突っ伏して顔面を焼かれるクローンヤクザたちを見た。肉と樹脂の焼ける嫌な臭いが鼻孔を責め苛む。インガオホー!「ま、待ってくれ……!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 ジェイクは頭を横に向けられ、左耳から鉄板に叩き付けられた!ナイスクッキング!「アイエエエエエエエ!」激痛と高熱がジェイクを責め苛む!この時ほど左耳をサイバネ化していない事を悔やんだ事は無かった!暴れ抵抗しようとするが、万力めいたニンジャ筋力で押さえつけられもはや為す術無し!

「イヤーッ!」ニンジャはジェイクの頭を持ち上げる。「ハァーッ!ハァーッ!ハァーッ!」押し付けられたのは僅か1秒間だが、ジェイクのニューロンにはそれが数分間のようにも感じられた。「マイッタカ!この拷問に耐え切った奴はいない!さあ、貴様を送り込んだ組織の名前を言え!」

「本当に知らないんだ……何なんだここは……俺が聞きたいくらいだ…」「ハッハッハッハッハ!これはしたり!まさか貴様は、ここが何かも知らずに足を踏み込んだのか?そしてグレネードを爆発させた?フゥーム、そうとは思えんなあ……」「ま、待ってくれ……!」「イヤーッ!」「グワーッ!」 

「アイエエエエエエ!」「ハッハッハッハッハ!今のは2秒だ。どこまで耐えられるかな……」「ま、待ってくれ……!」ニンジャが有無を言わさずジェイクを焼こうとしたその時!「来客ドスエ」電子マイコ音声が鳴り、ヤクザコートにヤクザサングラスの客3人が一糸乱れぬ行進で店内に入ってきた。

 ベンチレーション装置の作動により、既に神経ガスは消え去っている。黒尽くめの男たちは異常殺戮現場を前にしても眉一つ動かさず、ニンジャの命令を待つように、扉の前で整列して後ろに手を組んだ。「……またクローンヤクザか……俺の頭が狂っちまったのか……?」ジェイクはうわ言めいて言う。

「貴様、本当に何も知らずにここへ?……ならばサンズ・リバーの渡し賃代わりに教えてくれる!ここは我らアマクダリ・セクトがネオサイタマ各所に隠し持つ、クローンヤクザ・アウトポスト……通称ヤクザキッチンのひとつだ!」「ヤクザ……キッチン…だと…」「違法飲食店に偽装しているのだ!」

 アマクダリ。ジェイクはネオサイタマの闇社会を生き抜く中で、その不吉な名を聞いたことがある。得体の知れぬ巨大な暗黒経済組織。絶対に関わってはならない。……その教訓が彼を今日まで活かしてきたのだ。「なあ頼むぜ、何も知らなかったんだ……俺は賞金首で……」

「貴様はたった今アマクダリの秘密を知ってしまった。もはや生きて返すわけには行かん!貴様は俺の退屈しのぎのために死ぬのだ!」非道!ジェイクの頭が再び鉄板ワンインチ距離へ近づく!「アイエエエ!」アナヤ!だがその時、ジゴクめいた声が戸口から発せられた!「インタビューはそこまでだ」

「……何だとォ……?」ニンジャはテッパンヤキを中止して、ぐるりと上半身をめぐらせ、戸口を睨む。店内に不穏なアトモスフィアが満ちる。その声は確かに、先程入店してきた3人のクローンヤクザから発せられた。だが、このジゴクめいた声は……明らかにクローンヤクザのそれでは無い!

 3人のクローンヤクザのうち左右2人が違和感に気付き、銃に手を伸ばす!だが「イヤーッ!」中央の男は両側面にカラテ掌打を放った!「「グワーッ!」」即死!「何者だ!イヤーッ!」ニンジャがスリケンを投げ放つ!「Wasshoi!」男は回転ジャンプで回避しコートとサングラスを脱ぎ放つ!

 カウンター席の上に見事な着地を決めたのは、赤黒のニンジャ装束を纏った復讐者!口元を覆う鋼鉄メンポには禍々しい「忍」「殺」の文字が刻まれていた!「そ…そのメンポ……まさか、貴様は……!」「ドーモ、ブラックシープ=サン、ニンジャスレイヤーです」

「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン、ブラックシープです。貴様……何故俺の名を……!」ニンジャがオジギを返した。ワッツハプン?ジェイクは飽きられた玩具めいて放り捨てられ、呆然とその光景を見ていた。彼は不意に全てを悟った。ニンジャは実在したのだ。そしてアイサツしているのだと。

「今度はこちらがインタビューする番のようだな」ニンジャスレイヤーは無慈悲なるジュー・ジツを構えた。「「「ザッケンナコラー!」」」奥のフスマが開きカタナを構えた増援クローンヤクザが2ダース溢れ出した。「イヤーッ!」ブラックシープが覚悟を決め、死に物狂いのカラテを挑みかかった。

「ニンジャ……ニンジャ……」ジェイクは急性ニンジャリアリティ・ショックに襲われ、銃弾とスリケンが飛び交う店内を這い進み、戸口へと向かった。途中、放り落としていたLAN直結型拳銃を拾う。目の前をチャカ・ガンの流れ弾が飛んでいき、粉砕されたテーブルの木片が視界一杯に広がる。

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」……凄まじいカラテシャウトが遠ざかってゆく。何も聞こえない。視界が狭窄され、扉しか見えない。這い出す途中にどこかに被弾したかもしれないが、咄嗟に注入したZBRの効果でジェイクは何も感じない。

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」店内はヤクザの死体が積み重なりゴアにまみれている。ブラックシープは頭を掴まれ、屠殺を待つ牛めいた姿勢でカウンターへと運ばれていた。「この施設はオヌシ共々爆破するが、その前に聞きたい事がいくつかある」「ま、待ってくれ…」

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」……おお、ナムサン!ジェイクはその恐るべきインタビュー光景を知ることなく、ヤクザキッチンから脱出し、血の痕を引きずりながら廊下を這い進み、猥雑雑居ビルの非常階段を這い降りていた。

 何かに阻まれ、下の踊り場まで転げ落ちる。それはニンジャスレイヤーが潜入工作のためにフックロープで吊り上げたクローンヤクザの死体だとは、予想すらできない。重金属酸性雨を孕んだ冷たい風が割れた窓から吹き込み、ジェイクの昂ったニューロンを慰める。ZBRが切れ、あちこち軋み出した。

 追っ手がかかると面倒だ。非常ドアを蹴り開け、ビルとビルを繋ぐ屋根無しの立体回廊へ這い出す。いいぞラッキー・ジェイク、調子を取り戻してきたな。彼は自分を励ました。地上数十メートルの強風に吹かれ、ジェイクは手すりを掴みながら強い雨の中を這い進む。上下に猥雑ネオンの迷宮が広がる。

 ネオカブキチョに鳴り響く無数のサイレン音が心地よい。俺は元の世界に帰ってきた。彼は喜んだ。先程までの出来事が夢のようだった。ニンジャなんざクソ食らえ。犯罪とサイバネと銃こそが俺の世界。そして俺は今日も生き残って…次の瞬間、彼は視界いっぱいに広がるサイバーブーツの爪先を見た。

「グワーッ!」人気のない立体回廊の十字交差部分で、ジェイクは顎をしたたかに蹴り上げられ、仰向けに倒れた。幸い重金属酸性雨は降って来ない。その代わり、赤漆塗り茶屋めいた天井と、闇の中でミステリーサークルめいて青く光るタトゥーを、ジェイクは見上げるハメになった。

「アーララララ、手間が省けちゃった」茶屋の屋根に叩き付ける重金属酸性雨の雨音の中で、デジタル・チョコレートのように甘く艶かしい電子エフェクト音声が聞こえた。「何でアナタ、死にそうになってるワケ?ノパン・テッパンヤキでヤクザにこってり絞られちゃったの?」

 白肌に映えるその光は、ヤサシイ社が開発した流行りの夜光インプラント管、ホタルN-VII。まるでネオン・キンギョのように神秘的でセクシー。だが残念ながら、ジェイクが今夜彼女を口説くのは難しいだろう。彼女はモモコを殺し彼を追跡し続けていたスラッシャーの賞金稼ぎ、ミコチだからだ。

 スラッシャーは闇社会に生きる者たちの中でも極めて残忍で異常な連中だ。ましてやパーティも組めず、単独の賞金稼ぎになっているような者は、大抵が度し難いサイコ野郎である。黒髪を頭の上で四つに束ねた彼女は殆ど半裸で、円環型サイバーグラスは単眼めいた青い光を放ち非人間性を高めている。

「ね……興奮してきちゃった。ここで上下しちゃう?……しちゃう?あの女を殺したシーンを直結で見ながら、ね……。あれ、千切れかけてる」ミコチは己の右手首から展開したスラッシュカッターをジェイクの義手に捩じ込み、筋繊維を切断した。「グワーッ!」「気になっちゃうわよね、こういうの」

「ところでアナタ、何してたの?」ミコチは途端に冷酷な口調になり、ジェイクの顔を踏みつけながら聞く。「……ジャ……」彼は消え入りそうな声で言う。ミコチはこめかみを押さえ、サイバネイヤーのインプットを上げる。「ヤクザ……キッチン…ニンジャに……襲われて……」「ハァ?ニンジャ?」

「ニンジャなんて居るわけないでしょ。とんだサイコ野郎ね、興奮してきちゃった」ミコチが唾を吐き捨てる。ジェイクもそう思った。…あれはきっと幻覚か何かだったのだ。違法飲食店で捕まり、薬物を打たれたのだろう。「じゃあそろそろ殺すから」ミコチが立ち上がり、銃を抜いた。これは現実だ。

「……何よこれ。撃てっての?」ミコチが何かに気付いた。ジェイクの強化Tシャツの左胸に描かれた照準マークと、二カ国語で書かれた「SHOOT撃つ↑」の文字だ。「アナタ、いい歳して、こんなのでタフガイのアウトロー気取り?バカ!スゴイバカ!」容赦ない罵倒を浴びせながらミコチは笑う。

「全くブザマ!そうね、なるべく頭は撃つなって言われてるから、心臓でもいいんだけど……。やめた!やっぱり頭よね!」ミコチはジェイクの胸を踏みつけて立ち、サイレンサー付きの銃口を彼の頭に向ける。皮肉なノパン・サービスだ。ジェイクは祈るように目を閉じ、何事かを呟いた。

「でも、やっぱり気になっちゃうわよね」スラッシャーは直前で銃口をTシャツの照準マークに向け直し、トリガを引いた。対サイバネ弾がジェイクの左胸の強化胸郭を抉る。次の瞬間、トラップとして埋め込まれた小型装置から凄まじいノイズとフラッシュが溢れ出す!KATOOM!

「グワーッ!」女スラッシャーはエンハンスした視覚と聴覚に深刻なダメージを受け、頭を抱えて銃器を取り落とす。ラッキー・ジェイクは目を開き、コートの奥に隠していた虎の子の電磁ドスダガーを抜くと、彼女の足首を切断した。そしてサイレンサー付きの銃を拾い、手すりを掴んで立ち上がる。

「サノバビッチ!」地に這いつくばり、視界ゼロ状態で銃を探すミコチの罵声。甘い電子音声はもう無く、オニババめいてざらついた肉声だけが聞こえた。「俺はフェミニストなんだ」ジェイクは言い、サイレンサー付きの銃で敵の頭部を撃ち抜いた!BLAMN!「ンアーッ!」

 モモコの仇を討ち終えると、ジェイクはその場を立ち去ろうとした。だがふと思い直して踵を返し、絶命した女スラッシャーのマルチポーチをまさぐると、ラッキー・ジェイクは運良くZBR煙草を探り当てる。「フゥーッ……」死体の横に座り込み、それを吹かして急場を凌いだ。

 ジェイクは今日も生き残った。キョートから母国に帰れる日は来るのだろうか。後方では雑居ビルの一室で爆発が起こり、仮眠中だった不運なクローンヤクザ数体の死体とニンジャ2人が窓ガラスから吐き出された。

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」フックロープとカンバンを駆使した烈しい空中カラテ!そして「イイイイヤアアアーッ!」「グワーッ!」鋭いチョップが一方の心臓を貫いた!「サヨナラ!」ナイスクッキング!ブラックシープは爆発四散!

 ジェイクが煙草を吸い終え立ち上がり、後方を見ると、最早ニンジャなど影も形もなかった。ジェイクは軋む体を引きずりながら、暗く暖かいネオサイタマの闇へと再び潜ってゆく。安らぎへと。女スラッシャーの死体はまだ青く光り、流れ出た血は薄汚い重金属酸性雨に混じって下界へ下降していった。


 【ナイス・クッキング・アット・ザ・ヤクザ・キッチン】終


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